最終話・永遠の赤点

 大嶽丸が地上に降りてきて、EXザムシードを睨み付ける。一方のEXザムシードも、自分より50センチ近く大きい大嶽丸を睨み付ける。


「文架支部の妖幻ファイター・・・確か、佐波木燕真と言ったな?」

「退治屋トップだか、鬼神だか、よく解んねーけど、俺のこと認識してんだ?」

「粉木勘平・・・その自慢の弟子と聞いているからな。」

「なんだよ?有名なのは、俺じゃなくて、粉木ジジイかよ?」

「優秀な粉木勘平と比べて、弟子はあまりにも無能すぎたな。」

「なに?」

「だってそうだろう?

 オマエが此処にいるのは、優秀な師の苦労を台無しにする悪手。

 反逆者(燕真)と、その協力者(雅仁)、そして討伐対象の酒呑一派(紅葉)が、

 封印結界の防衛をしている俺の命を狙って、揃って此処に辿り着いた。

 事情を知らぬ者達は。そう思うだろう。

 文架市に派遣された退治屋達に伝えれば、

 総掛かりで、オマエを討ちに押し寄せてくる。」

「だったら、やってみろよ!」

「言われずとも。そのつもりだ。」


 大嶽丸は、通信機で「反逆者に襲われている」と伝えた。だが、誰1人、「救援に向かう」と応じる者はいない。そして、大嶽丸が「邪魔者」と評価した耳障りな声だけが応答をする。


〈スマンのう、大武はん。・・・いや、大嶽丸。

 隊員達は、こちらで全て掌握した。

 もうオマンに従う退治屋なんて誰もおらんのや。〉


 EXザムシードは、此処に来る前にタイリン(田井)と接触して、退治屋が敵ではなくなったことを知っていた。


「バカなっ!俺は退治屋のトップなんだぞ!」

「退治屋のトップより、ジジイの方が人望あるんじゃねーのか?」

「バカなっ!」

「言っただろ!あのジジイは、自慢の師匠なんだよ!」


 妖刀を構えるEXザムシード!その周りで、Hガルダ、魍紅葉、茨城童子も身構える!


「佐波木、紅葉ちゃん、茨城童子、試したいことがある。」


 Hガルダは、EXザムシードが火の雨を攻略したことよりも、EXザムシードが大嶽丸にダメージを通した理由を考えていた。


「ん?なんだ、狗塚?」

「おそらく、この戦いのゲームチェンジャーは紅葉ちゃんだ。」

「んぇ?ァタシ?」

「俺は、何をすれば良いんだ?」

「佐波木と茨城童子は、紅葉ちゃんを守りながら戦ってくれれば良い。」

「なんだ、そんなことか?それなら、いつもやっている!」

「姫様の護衛で、私が人間如きに指図を受ける筋合いは無い!」

「要は、特別なことをするのは紅葉ちゃんだけ。

 佐波木と茨城童子は、いつも通りに戦えってことだ。」


 EXザムシード、魍紅葉、茨城童子が大嶽丸に向かって突進を開始!一方の大嶽丸は、掌を頭上に翳して赤雲を召喚!赤雲から、大嶽丸の全方位に、火の雨が降り注ぐ!


「んわぁっ!まだ火が降ってきたっ!!」

「姫様、俺の背にお隠れ下さい!」


 慌てて足を止めて、武器を振るって火の雨を弾き飛ばす魍紅葉と茨城童子!


「火の雨の攻略方法は‘我慢する!’だ!」


 だが、EXザムシードだけは、妖刀を振るって幾つかを弾き、幾つかを避け、幾つかを体のあちこちに着弾させながら、火の雨に突っ込む!


「んぇぇっっ!?燕真、バカなの!?それのどこが、作戦っ!?」


 確かに、大嶽丸の周りの全方位で、火の雨が降っている!だが、大嶽丸には、一発も着弾していない!大嶽丸が浮遊状態ではないので、「大嶽丸の真下」ほどの露骨な隙は無いが、大嶽丸懐にさえ飛び込めば安全圏というのは変わらない!そして、火の雨発動時は、自分自身が火の雨に打たれない為に、大嶽丸は、技の発動場所から動かない!


「うぉぉぉっっっっ!!」


 大嶽丸の懐に飛び込むEXザムシード!予想した通り、火の雨は降っていない!


「この程度で、俺を出し抜いたつもりか!?」


 火の雨を解除して、戦斧・鬼斧一鐸(きふのいちだく)を振るう大嶽丸!EXザムシードに振るった炎を纏う妖刀とぶつかり、戦斧から発せられた妖刃がEXザムシードを弾き飛ばし、妖刀から発せられた炎刃が大嶽丸に裂傷を付ける!


「ぐぉぉぉっっっ!人間如きが、相打ち狙いかっ!」

「こっちは、閻魔大王の力と、酒呑童子の意思を背負っているんだ!」


 立ち上がり、体勢を立て直すEXザムシード。火の雨の発動中を狙えば、大嶽丸は、迎撃のタイミングが遅れる。魍紅葉と、茨城童子は、今の一連で、火の雨の弱点を把握した。


「燕真、すっげー!燕真と同じコトすれば、オータケに攻撃できるねっ!」

「だが、損傷を無視して突っ込むなど、なんと無様な攻略法なのだ!?」

「うるせーぞ!茨城童子っ!頑張ってるんだから、少しくらい褒めろっ!」


 本当は、スッゲー熱いし、スッゲー痛い。エクストラの耐久力のおかげで保っていられるが、メチャクチャやせ我慢をしている。「凄い術式で相殺する」とか「結界で緩和する」なんてできれば格好良いんだろうけど、そんな技術は一切無いんだから、「死ぬほど我慢をする」以外の手段が無い。


「やるじゃないか、佐波木。実に、彼らしい攻略手段だ。」


 Hガルダは、EXザムシードが根性で堪えているのを把握していた。いくら、ザムシードが特殊なスキル(エクストラ)を発動していると言っても、大嶽丸の奥義を喰らって、ノーダメージで済むわけが無い。おそらく、あと2~3回、火の雨に突っ込んだら、ダメージ過多で、ザムシードの変身は強制解除をされる。

 しかし、それでも、EXザムシードは、他に攻略手段が無いと解っている。大嶽丸が火の雨を使い続けたら、実際には防御で手一杯で、満足に攻める手段など無いだろう。だからこそ、EXザムシードは、効かないフリをして大嶽丸の懐に飛び込み、「火の雨は攻略済み」「懐に飛び込まれたら迎撃が遅れる」と思わせる駆け引きをしているのだ。


「おのれ、人間如きがっ!!

 火の雨を攻略した程度で、いい気になるなっっ!!」


 大嶽丸は、奥義の構えを解き、戦斧を構えた。「火の雨を発生させれば、恐れて接近戦を挑んでこない」と思っていたので、「ダメージを無視して接近戦を挑まれる」のは、完全に想定外。アッサリと攻略をしたEXザムシードが目障りに感じられる。


「おのれっ!調子に乗りおって!

 こうなれば、実力行使だ!

 大太郎法師よっ!力を解放して、この町を焦土に変えろっ!!

 退治屋共から、守るべき物を奪い取れっっ!!」


 鬼神軍の副官は天逆毎。だが、鬼神軍で、大嶽丸に次いで高い戦闘能力を持つ者は大太郎法師。大嶽丸は、鬼神軍No2の破壊者の力を解放する!




-山頭野川-


   〈大太郎法師よっ!力を解放して、この町を焦土に変えろっ!!!〉


 大太郎法師は咆哮を上げてから文架に漂う妖気を吸い込み、全長30mに巨大化!


「なにっ!?デカくなっただとっ!!」


 まるで小動物でも追い払うようにして、妖幻ファイタータイリンに向けて手を振り回す!タイリンは、回避が精一杯で、巨大妖怪相手に攻撃に転ずることができない!


「こんな奴を町に出したら拙いっ!」


 さすがに、全長30mの妖怪まで出現すると、通行者や近所の住人達が、「なんかヤバいんじゃね?」と気付き、慌てて避難をする。何人かが堤防に上がって、異常状況を物珍しそうに眺めたり、スマホで撮影しているが、彼等については、もし被害に合ったとしても、自業自得としか言い様が無いだろう。


「オォォォ・・・ォォォオォォオオオォォッッッッッッ!!!」


 2mほどに開いた口を街に向けて高エネルギーを集束させる大太郎法師!高濃度のダークブレスを吐き出すつもりだ!しかし、寸前で、一斉砲撃が発せられて、大太郎法師に着弾!大太郎法師は体勢を崩し、ダークブレスは空へと放たれた!


「オォォォッッ」


 大太郎法師が睨み付けると、堤防上に数十人のヘイシトルーパーが並んで、対妖怪用グレネードランチャーの銃口を向けている!


「次弾!撃てぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 前CEO・喜田の指示で総合部隊長に就任した妖幻ファイターエリートが、号令を掛ける!一斉に発砲されたグレネード弾が次々と大太郎法師する!下級妖怪レベルならば2~3発で仕留められる破壊力だが、巨大な上級妖怪に対しては、僅かに皮膚を削るのみ!


「ォォォオォォオオオォォッッッッッッ!!!」


 目障りに感じた大太郎法師が、爆煙を掻き分けながら堤防上のヘイシトルーパー隊に迫る!


「じ、次弾・・・い、いや、各自の判断で対応しろ!俺は逃げる!」


 グレネード弾では倒せない!即座に事態を把握したエリートが、指揮を放棄して全速力で逃げ出した!


「・・・・は?」×たくさん


 ヘイシトルーパー達は、敵前逃亡をした総合部隊長を、呆気に取られた表情で2~3秒ほど眺めたあと、蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げ出す!勇敢な者は、逃げながらグレネードランチャーの引き金を引くが、照準も満足に定めていない状況では、掠りもしない!たまに1発2発と命中するが、その程度では大太郎法師は全く怯まない!


「オオオォォッッッッッッ!!!」


 身長30mの巨人は、あっという間に堤防を駆けるエリートに追い付き、巨大な手を振り上げて、勢い良く振り下ろした!


「ぎゃぁぁぁっっっっっっっっ!!お助けぇぇっっ!!!」


 エリートの悲鳴が轟く!標的を叩いた大太郎法師は、高水敷側から住宅街を眺め、開いた口に高エネルギーを集束させる!



-亜弥賀神社前-


「ガッハッハッッハッハ!これで、この都市は廃墟と化す!

 止めに行きたければ急ぐことだな!ただし、この俺が、そうはさせん!」

「行くつもりは無い!俺はアンタの討伐に専念する!!

 町は、ジジイや田井さんが守ってくれるって信じてるからな!

 それに・・・オマエは、俺達が町を守りに行くのを期待しているんだろうけど、

 オマエを、この場から逃がすつもりは無い!」


 再び突進を開始する、EXザムシード&魍紅葉&茨城童子!大嶽丸は、戦斧から妖刃を飛ばす!鋭い攻撃だが、火の雨に比べればマシ!先ずは、茨城童子が接近をして、鬼爪を振るった!大嶽丸は数歩退いて回避しつつ、妖刃を飛ばして牽制!続けて、魍紅葉が地獄の炎を纏った小刀を振るうが、大嶽丸は戦斧で受け止めて、軽量級の魍紅葉を弾き飛ばす!その間に、死角側から踏み込んだEXザムシードが妖刀を振り下ろした!しかし、次の瞬間には、大嶽丸は霧散して消え、EXザムシードの攻撃は空振りをする!


「ふん!俺に攻撃を当てられなければ、何の意味も無いな。」


 大嶽丸の姿は、いつの間にか、間合いを開けて待機をしていたHガルダの真後ろにあった。Hガルダは、慌てて妖槍を振るうが、楽々と受け止められ、妖気の衝撃波を喰らって弾き飛ばされる!


「・・・くっ!」


 立ち上がり、魍紅葉をチラ見するHガルダ。魍紅葉は小さく首を傾げた。


(もうしばらく、様子見が必要ってことか。)


 魍紅葉の感知力は、大嶽丸が声を発するよりも前に、Hガルダの後に大嶽丸が出現することを把握していた。だが、それでは遅い。もっと早く・・・可能ならば、大嶽丸が姿を現す前に、大嶽丸が出現する場所を特定したい。その為には、あと数回は、大嶽丸に霧散回避をさせて、魍紅葉に習性を把握してもらう必要がありそうだ。


(燕真、茨城ドージ!もうしばらく頑張ってっ!)


 魍紅葉は感知に専念しながら戦っているので、どうしても、攻撃に集中が出来ない。その分、EXザムシードと茨城童子に負担を掛けることになる。魍紅葉のアイコンタクトに対して、EXザムシードと茨城童子は「了解」と小さく頷いた。

 キツい戦いだが、EXザムシードからすれば、魍紅葉と敵対していた頃に比べれば、数百倍は気楽な状況だ。



-山頭野川-


 大太郎法師は高水敷側から住宅街を眺め、開いた口に高エネルギーを集束させる!


「大太郎法師っっ!」


 声のする方に振り返る大太郎法師!文架大橋の歩道上、粉木、喜田、アトラス、その他の退治屋隊員達が立つ!


「変身っ!」 「幻装っ!」×複数 「マスクドチェンジ!」


それぞれが変身過程を経て、異獣サマナーアデス(粉木)、妖幻ファイターワン(喜田)、その他の妖幻ファイター、マスクドウォーリアギガント(アトラス)へと姿を変えた!


「これ以上、オマエの好きにはさせん!総掛かりだ!」


 喜田(ワン)は自己保身の塊。だからこそ、妖怪を野放しにして多数の被害者が出れば、退治屋の評判は地に落ちて、自己を保身が出来なくなることを把握している。要は、市民を守る為の自己犠牲精神ではなく、自己保身の為には市民を守らなければならないのだ。


 一方、エリートは、叩き潰される寸前で、リンクスに救出されていた。エリートを抱えたリンクスが、大太郎法師の射程圏外に退避をして、戦況を見守る。


「大丈夫ですか?高菱さん?」

「お、俺は助かった・・・いや、佑芽ちゃんに助けられたのか?」

「潰されなくて良かったです。」

「是非、お礼をさせてくれ!」

「お礼なんて必要ありませんよ。当然のことをしただけです。」

「佑芽は命の恩人だ!救いの女神だ!聖母だ!」

「それは言いすぎです。(・・・てゆーか、急に呼び捨て?)」

「いいや!俺という救世主を救った佑芽は、まさに聖母なのだ!」

「・・・はぁ?」

「お礼に、将来有望な俺と結こ・・・・・・・・・」

「結構です!」


 リンクスは、「助けなきゃ良かった」と若干の後悔をしつつ、エリートの講釈を無視して、戦況を眺める。

 ワン(喜田)の号令で、モブ隊員達が散開!2/3が住宅街を守るように堤防上に立ち、残る1/3は高水敷を駆けて大太郎法師の背後に回り込んだ!タイリン(田井)と、逃げ出した隊員達が、各自の判断で各所と合流する!


「七篠隊!一斉砲撃っっ!!」


 山頭野川を背にして構える隊員達が、大太郎法師の背に向けて一斉にグレネード弾を撃ち込む!


「車輪ブーメラン・妖力バーストッッ!!」


 更に、タイリンが、フル出力で必殺技を撃ち込み、大太郎法師を削る!


「オオオォォッッッッッッ!!!」


 煩わしく感じた大太郎法師は、振り返って、タイリン&七篠隊に襲いかかる!


「各自、臨戦態勢を維持したまま散開をして待機!」


 妖幻ファイター(七篠)の号令で、大太郎法師の進行方向から、素早く退避。作戦の次段階を求めて、ワン(喜田)に視線を送る妖幻ファイター(七篠)。アイコンタクトで応じたワンは、山頭野川の対岸に向かって手を振った。


「合図が来たわ!」


 対岸では、妖幻ファイター(甘利)を班長にした別働隊(派遣隊B班)が待機をしていた。班長の号令で、大太郎法師に向かって、一斉にグレネード弾を放つ!


「オオオォォッッッッッッ!!!」


 身長30mの巨体からすれば、山頭野川の水深など、少し深い水溜まり程度。大太郎法師は、苛立ちながら対岸の部隊を追い散らすべく渡河を開始する。

 その頭上の空では、蝙蝠型の使役モンスターに掴まったアデスとギガントが、大太郎法師を見下ろしていた。


「此処までは作戦通りや。

 オマンならば、あのデカブツを一撃で仕留められるって話・・・

 信用してええんやな。」

「ああ!任せろ!」

「不可侵の大魔会が、退治屋に手ぇ貸すなんて、どういう了見や?」

「こちら(大魔会)の事情に、無駄にアンタ等を巻き込んだツケは、

 早めに清算をしておく。」


 アデスは、念の為に、ギガントの意思を確認したが、既に佑芽&麻由から経緯を聞いているので、ギガントのことは信用している。


「一度発動したら、止める事はできぬ。

 タイミングを見計らってアンタは退避をさせてくれ。」

「心得た。」


 現在、大太郎法師は渡河を開始した直後。退治屋の隊員達は、皆、50m以上離れている。民間人の姿は無く、河川敷なので建造物も無い。退治屋の総掛かりで、大太郎法師を、このポイントに誘い込んだのだ。

 ギガントは、『Gn』と『Sa』のメダルを両手甲にセット。小声で呪文を唱える。


「準備はできた!いつでも良い!」

「頼むで!」


 ギガントに促されたアデスが、奥義発動のカードを翳す!蝙蝠型モンスターが、アデスから離れて翼を羽ばたかせ、アデスとギガントの落下を加速させる!


「軍神よ!我に強大な力をっ!・・・ベルセルクッッ!!」


 ギガントは、落下をしながら真下に掌を向け、魔方陣を発生させて通過!ベルセルクフォームへと姿を変えた!


「うおぉぉっっっっ!!」


 アデスが、抜刀したサーベルを、大太郎法師の脳天に突き立てる!そして、素早く飛び上がって退避!


「オオオォォッッッッッッ!!!」


 大太郎法師は一定の痛みを感じて動きを止めたが、致命打には程遠い。だが、そんなことは、アデス自身が最も理解をしている。アデスの一撃は、大太郎法師の動きを止めること。

 間隙を突いて、ギガントBが、組んだ両手を真下に向けたまま、勢い良く大太郎法師の足元の川面に飛び込んだ!


「ウオォォォォォォォッッッッッッ!!」


 ギガントBのダブルスレッジハンマーが川底に叩き込まれ、最強奥義・ムスペルスヘイム発動!半径30m以上の範囲から、マグマの柱が上がり、大太郎法師は、悲鳴を上げる余裕も無いままに、一瞬で飲み込まれて焼き尽くされた!


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん

「チート・・・だよな?」 「チートだろ?」

「もうラストだし、チートでも良いんじゃね?」


 捲り上げられた土砂と、熱せられた川の水が降り注ぐ中で、ワン(喜田)、妖幻ファイター(甘利&七篠)、そして退治屋の名も無き隊員達は、巨大妖怪をたった一撃で仕留めた荒技を、呆然と眺めていた。


「よ、妖気・・・回収しなきゃ。」

「そ、そうだな。」


 呆気に取られすぎて、霧散した大太郎法師の封印を忘れるところだった。妖怪は、倒しても、封印をしなければ直ぐに復活をしてしまう。そして、封印の技術は、退治屋しか持っていない。その他大勢の退治屋達が、マグマの跡地に集まって、大太郎法師の封印を開始する。


 一方、滑空で爆心地から退避をしてアデスの元に、リンクスとエリートが寄ってくる。3人は、戦いが終わったと判断して変身を解除。粉木、佑芽、高菱の姿に戻った。


「お疲れ様でした、粉木さん!」 

「なんちゅう危ない技や。

 オマン、あんなとんでもない奴と戦うて、良う無事やったな。」

「実際に発動したのを見て、私も驚いています。

 奥義の習性を把握して、不発に終わらせた雅仁さんは凄すぎるってことですね。」

「二度と佑芽を危険な現場には行かせない!

 数年後には幹部の地位が約束された俺が、一生、守ってやる!」

「ああ・・・そうですか。私には関係の無い話ですね。」


 目を輝かせながら「雅仁を語る佑芽」を見て察した粉木は、その隣で懸命にアピっている高菱に対して、「ご愁傷様です」という言葉以外は思い付かなかった。


「燕真・・・現状は守ったで!

 希望有る未来を守れるかどうかは、オマン等次第や!必ず勝ちっ!」


 粉木は、鎮守の公園側の空を眺め、期待のバカ弟子に、思いを馳せる。



-亜弥賀神社前-


 大太郎法師が何一つ破壊できずに倒されたことを、大嶽丸は感知していた。これで、腹心は全て失った。大嶽丸は、「たかが人間」に、ここまで追い詰められたことが信じられない。


「おのれ、カス共がっっ!!我が真の実力、思い知らせてやるっ!!」


 拳を握り締め、丹田に力を込める大嶽丸!全身から闇が発せられ、その姿が二廻りほど広がっていく!ただでさえ2m越えをしていた巨体が、EXザムシードやHガルダの1.5倍以上の大きさ(3m越え)になった!大嶽丸が真の姿を開放!


「本性を現したってことゎ、最後の切り札を使ったってことだよね!?」

「良い事言うな、紅葉!アイツには、もう、これ以上の奥の手は無いってことだ!」


 炎を発した妖刀を構えて突進をするEXザムシード!大嶽丸を挟み撃つようにして、背後からは、邪今剣を振り上げた魍紅葉が突進をする!


「この程度の単純な攻撃で、俺を追い詰めたつもりか!?」


 大嶽丸が、妖力を込めた戦斧を振り回す!今まで以上に強烈な妖刃が全方位に飛んで、EXザムシードを弾き飛ばした!魍紅葉は辛うじて回避をするが、突進の勢いを止められてしまう!


「退治屋(ザムシード)は揺動だっ!」


 真上から、蒼玉剣を構えた茨城童子が急降下をしてくる!魍紅葉は再突進を開始!大嶽丸は、まだ次の迎撃態勢は整えていない!茨城童子に攻撃が決まれば、大嶽丸は、蒼玉水晶に封じ込められる!魍紅葉と茨城童子、どちらかの攻撃が、大嶽丸を捕らえると思われた瞬間、大嶽丸の姿が消えて、茨城童子の刃は空振りをして地面を貫いた!


「ふっはっは!茨城童子の蒼玉は、これで2度目!

 奥義を2度不発させたオマエの妖力は激減!これで戦線離脱は確実だな!」


 大きく間合いを空けた場所に立つ大嶽丸が、余裕の笑みを浮かべる!・・・だが!


「まさっちっ!今だっっ!!」


 大嶽丸が消えて次に出現する場所を、魍紅葉が把握していた!魍紅葉が指定をした方向には、大嶽丸が姿を出現させる前から、Hガルダが走っている!

 大嶽丸は、霧散をする直前に、「次に出現する場所」に念の一部を飛ばす。だから、大嶽丸が姿を現す前から、次に出現する場所には、大嶽丸の気配があった。そして、魍紅葉だけは、戦いが始まった直後から、高い感知力によって、その事実に気付いていた。大嶽丸が戦闘力を上げたのだから、必然的に、「次に出現する場所」に飛ばされた念も強くなり、魍紅葉なら感知は容易かった。


「おぉぉぉっっっっっっっっっっ!!!」


 ハイパーアカシックアタック発動!流星と化したHガルダが大嶽丸へと突っ込む!

 大嶽丸は、どのタイミングで霧散回避をして、どのタイミングで迎撃をするのか、Hガルダは考えていた。

 最初の、ガルダや茨城童子の攻撃は、霧散して回避をした。しかし、戦いの序盤で魍紅葉が感知力を高めて待機をした時は、霧散をせずに迎撃をした。それは何故か?魍紅葉に、再出現の場所を見抜かれることを警戒したからではないのか?参戦直後のEXザムシードに対して、大嶽丸が霧散ではなく迎撃をして、ダメージを受けた。何故、霧散しなかった?大技発動中は、「次に出現する場所」に念の一部を飛ばすことができないのではないか?つまり、大技発動中、もしくは、霧散から姿を現した直後は、攻撃を当てることができる。それが、ガルダの導き出した答え。

 これらを総合したガルダは、魍紅葉が的確に見抜けるゲームチェンジャーと気付いた。だが、魍紅葉を「感知力を高めた待機状態」にしたら、大嶽丸に魂胆を見抜かれてしまう。だから、魍紅葉には感知力を高めたまま攻撃に参加してもらった。


「ふんっ!退治屋(ザムシード)は揺動だが、私も揺動だ!

 姫様のフォローこそが、私の使命なのだからな!」


 魍紅葉が感知に集中すれば、攻撃や回避が雑になってしまう。ザムシードと茨城童子の役割は、魍紅葉のサポート。行動が大雑把な魍紅葉をサポートするのは、ザムシードや茨城童子からすれば、いつもと変わらない。つまり、「大嶽丸に違和感を与える特殊な行動」ではなく「いつも通り」に戦っているだけ。


「ぬぅぅぅっっっ!!我が習性の一部を見抜いた程度で、調子に乗るなっ!!!」


 姿を出現させた直後の大嶽丸は、「次に出現する場所」に念を飛ばしていないので、霧散回避が出来ない。霧散直後では、妖気の溜めも整っておらず、大技の発動も出来ない。


「だがっ!脆弱な技の1つくらい凌げるっ!!」


 突っ込んでくる流星(ガルダ)に向かって両掌を翳して、妖力障壁を発する大嶽丸!分厚い妖力の壁が、ハイパーアカシックアタックを押し留める!


「くっ!」


 Hガルダは、突進をしながら銀塊から霊力を解放してパワーチャージをする!しかし、それでも、押し込むことが出来ない!突撃を阻む数十センチの妖力壁が分厚すぎる!


「ぐっはっは!片腹痛いわっ!この程度で、俺を追い詰めたつもりかっ!?」


 競り勝ったのは大嶽丸!押し戻されたHガルダが弾き飛ばされる!


「うおぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」


 だが、Hガルダが退けられた真後ろから、地面に発生した炎の絨毯に照らされながら、EXザムシードが迫ってきた!


「よく解んねーけど、狗が無駄な行動をするとは思えないからさ!

 狗の後ろを付いてきたんだ!」


 Hガルダは、自分が決めるつもりだった。だから、EXザムシードには「魍紅葉のサポート」以外の指示は出していない。霧散をした大嶽丸が姿を現す前から、Hガルダは動き出していた。EXザムシードには、「ガルダが見当違いの方向に向かって技を発動した」ようにしか見えなかったが、「ガルダが無駄なことをするわけがない」と信じて、後ろから付いて走ったのだ。


「・・・閻魔様の!!」


 EXザムシードの動きは、Hガルダ&魍紅葉&茨城童子、誰1人予想をしていなかった!Hガルダが放つ流星の尾に隠れて、大嶽丸には、真後ろから迫る‘次弾’が見えていなかった!そして、EXザムシード自身、「Hガルダを追っ掛ければ、その先に標的が姿を現す」なんて想定していなかった!

 だが、現実に、EXザムシードの突進する先に、ハイパーアカシックアタックを凌いだ直後の、消耗した大嶽丸が立っている!


「裁きの時間だ!!」


 空高く飛び上がるEXザムシード!踏み切った場所の炎が一際大きな火柱となり、跳躍を加速させる!


「はぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!

 エクストラッ!エクソシズム・キィィィッッッッッッックッッッ!!!!」


 空中で一回転をして大嶽丸に向けて右足を真っ直ぐに突き出すEXザムシード!

 朱く発光したEXザムシードの右足が大嶽丸の胸に突き刺さり、そのまま一気に突き抜け、大嶽丸の中心を抜けて背後に着地をした!



-その頃・鎮守の森公園の外-


 燕真達に全てを託して、勝利の報告を待つ粉木の脇に、砂影が立つ。


「なぁ、滋子。

 閻魔大王が、なんで、燕真のような凡人を選んだのか、やっと解ったで。

 平和を守るんは、天才じゃアカンのや。

 天才は、崇拝はされるが、決して理解はされへん。

 天才の世界は、凡人には理解できへん。それは支配と変わらんのじゃ。

 凡人が守るからこそ、多くの一般人が安心をして住まう世界になるんやな。」

「そう言う事ね。

 ザムシードシステムちゃ、他の者では、装着をしても扱うことが出来ん。

 他の妖幻システムとは違うてぇ、

 潜在霊力が、閻魔の強大な力に反発をしてまう。」

「そう言えば、以前、お嬢がザムシードシステムを扱えんことがあったな。

 オマンは、全部解っておったんか?」

「ある程度はね。けどぉ、想定外はあったわ。

 エクストラ・・・ザムシードの妖幻システムに、そんな機能ちゃ無かったはず。

 あら、燕真に『心を寄せた鬼の娘と、娘を託した父親』がもたらした奇跡。

 そうとしか考えられんわ。」

「・・・で?平和を守った凡人は、この先、どうなる?

 伝説の英雄にでも祭り上げられるんか?

 それとも、上層部の命令違反で、懲戒免職か?」


 本来であれば、本部の指示に背いた佐波木燕真は、妖幻システムを剥奪されているだろう。しかし、東京本社が襲撃をされて満足に機能せず、且つ、命令の詳細を知る責任者(大武一派)が討伐された現状では、燕真の命令無視の記録は残らない。文架支部が記録をしなければ、命令違反の事実は無かったことになる。


「燕真の立場は、本部を襲撃したお嬢によって救われたっちゅうことか?」

「そうなるわね。」


 同様に、紅葉=酒呑童子という記録も残らない。高菱や田井のような派遣隊でも、詳細は把握していない。事実を知っているのは、壊滅した大武一派以外では、極めて身近な関係者(雅仁&佑芽&麻由)だけになる。


「酒呑童子の娘が本部を機能不全に陥れたことでぇ、佐波木燕真ちゃ救われ、

 ザムシードが大武一派を一掃したことでぇ、源川紅葉ちゃ救われた。」

「ワシ等が墓場まで持っていったら、なんも問題無し・・・か。」

「管理職数名が地方の新人隊員に倒され、本部が機能不全。

 諸手を挙げて喜べん結果論・・・やけどね。」


 粉木と砂影は、ジッと亜弥賀神社の空を見上げる。



-亜弥賀神社前-


 大嶽丸のど真ん中には、大きな風穴が開いている!


「ぐぉぉ・・・ぉぉぉ・・・なにが・・・おきた?」


 ガルダの攻撃を凌いでから、僅か2~3秒後の出来事。大嶽丸自身が、状況把握をする前に、貫かれていた。


「ありえん・・・俺が・・・人間・・・ごときに。」

「信じる信じないは勝手だが、これでオマエは終わりだ。」


 急所を貫かれた大嶽丸は、実体を維持できなくなって闇霧と化し、EXザムシードのブーツに填められた白メダルへと吸収され、『嶽』の文字が浮かび上がる。

 戦いを制したEXザムシードのところに、Hガルダと魍紅葉が駆け寄ってきた。


「燕真、主人公のクセして、ちょっとセコくね?」

「セコいって言うな!臨機応変と言え!

 まぁ、俺自身ラッキーアタックみたいな感じで、

 狗にはちょっと申し訳ない気分だけどさ。」

「いや・・・セコかろうがラッキーだろうが、大したものだ。

 君が動かなければ、大嶽丸は倒せなかっただろうからな。」


 これで、世界は地獄と繋がらずに済んだのだ。EXザムシード、魍紅葉、Hガルダは、安堵の表情で、守り抜いた封印結界を眺める。


「終わったんだな。」 

「ぅん、終わったね。」

「俺達の勝利だ。」


 変身を解除して、燕真、紅葉、雅仁の姿に戻った。だが・・・仲間達の所に凱旋をしようとしたその時!


「んぇ?」 「どうなっている?」 「どうした?」


 目の前で、最後の封印結界が崩れ始める(燕真には感じられない)!


「おのれぇぇっっっ!!おのれ、人間共っっ!!!」

「大嶽丸っ!?」


 粉砕をされた大嶽丸の一部が、封印の結界に取り付いている!


「バカな!?奴は封印をっ!」


 メダルを確認する燕真。間違いなく『嶽』の文字が記されて、大嶽丸が封印されたことを示している。しかし、酒呑童子が、強大すぎる妖力ゆえにメダル1枚では完全封印が出来なかったように、大嶽丸も全体の数パーセントが封印から逃れたのだ!


「貴様等を、勝たせはせぬ!」


 大嶽丸は自らを贄として結界の破壊!地獄を塞いでいた最後の結界が消滅をする!


「貴様等の行いの全ては、水泡に帰すのだっっ!!」


 地面に妖気が沸き上がり、巨大な穴が出現して、人間界と地獄界が繋がる!


「ぐっはっはっはっは!あっはっはっ!!

 これで、貴様等の敗北は決まった!!」


 闇に沈み、地獄へと落ちていく大嶽丸!このまま、地獄に逃げるつもりだ!


「くそっ!」 「なんてことだ!」


 いくら、大嶽丸を排除できても、人間界が地獄と化して妖怪が闊歩するのでは、戦い抜いた意味が無い。むしろ、最悪の事態だ。


「この結界は、簡単には復旧できない。もう、この世は・・・」


 燕真と雅仁は、マスクの下で悔しさを浮かべて、絶望に脱力する。


「ぅんにゃ・・・まだ終わってないょ!」


 だが、まだ諦めない者がいた。紅葉だ!


「紅葉?」 「紅葉ちゃん?」

「パパが言っていたよね!『酒』メダルには、封印1つ分の力が有るって!

 アイツ(大嶽丸)を追って、

 アイツの持ってるパパメダルを奪って妖力を解放して、地獄の穴を塞ぐの!

 ァタシなら、パパの妖力解放ができるよっ!

 そ~すれば、まさっちなら、結界を張ることができるよね!?」

「た、確かに・・・糧に出来る充実した妖力があるなら可能だ!」

「迷ってる暇は無い!やるぞっ!」


 紅葉の提案に頷く燕真と雅仁。燕真は『閻』メダル和船型バックルへ、雅仁は『天』メダルを五芒星バックルへ装填して、紅葉と並んで、一定のポーズを決める!


「幻装っ!」 《JAMSHID!!》

「幻装!」 《GARUDA!!》

「覚醒っっ!!」


 燕真と雅仁の全身が光りに包まれ、紅葉の全身は闇に包まれ、妖幻ファイターザムシード、妖幻ファイターガルダ、鬼女・魍紅葉、変身完了!

 作戦を理解した茨城童子が、闇霧化をして魍紅葉の足元で待機をする。


「お乗り下さい、姫様!

 御館様(『酒』メダル)のところへは、私がお連れします!」


 魍紅葉が飛び取った闇霧(茨城童子)が地獄界の穴に突入!マシンOBOROを駆るザムシードと、マシン流星を駆るガルダが後から続く!魍紅葉が乗る闇霧と、ガルダのマシン流星は飛行能力有り。落下速度を調整しながら大嶽丸へと接近をする!


「燕真っ!」 「佐波木っ!」


 ザムシードのマシンOBOROは、飛行能力無し!地獄へと墜落して行くのみ!

 だが代わりに、マシンOBOROには、空間転移の機能がある。そして、地獄と繋がるこの道は、ワームホールの媒体となる強い妖気が幾らでも漂っている!


「うおぉぉぉっっっっっっっっ!!!」

「なにぃっっ!!?」


 もはや、大嶽丸には、先程までのような圧倒的な強さは無い!大嶽丸の真正面にワープをしたザムシードが、妖刀を振るって斬撃を喰らわす!


「ぐおぉぉっっっっ!!」


 続けて、大嶽丸に接近した魍紅葉が、渾身の妖気を込めた拳を叩き込んだ!


「んぉぉぉぉっっっっっっっ!!!目覚めて、パパの妖力っっ!!」


 大嶽丸の所持していた『酒』メダルが、魍紅葉の妖力に反応!解放された妖気が爆発的に広がって、ザムシード、魍紅葉(+茨城童子)、大嶽丸を弾き飛ばす!


「狗っ!今だっっ!!」

「まさっち、お願いっっ!!」


 ガルダが、自身の翼と、マシン流星の飛行能力で、落下速度を調整しながら接近!呪文を唱え、有るだけの護符と銀塊全てをバラ蒔いて、両手で呪印を結んだ!


「封印結界発動!地獄の道よ、閉じろっっ!!」


 酒呑の妖気が、銀塊から発せられる霊気と混ざり合い、護符に反応をして結界が機動!地獄へと繋がる穴が、結界の蓋で覆われていく!

 これで、文架の4結界のうちの1つが復活!大嶽丸の野望は、完全に潰えた!

 地獄に存在をする資格の無いザムシードとガルダが、肥大化する結界の力に押し戻されて、大穴から人間界側に吐き出された!今の一連で、残されたパワーの全てを使ってしまった為に、変身が強制解除をされて、燕真の雅仁の姿に戻ってしまう!


「おのれっ!おのれっっ!!おのれぇぇぇっっ!!!」


 呪いの言葉を吐きながら崩れていく大嶽丸。肉体を失い、且つ、地獄に強制送還される大嶽丸は、これで当分は復活できないだろう。・・・だが!


「ただでは消えぬ!貴様等の思い通りにはさせぬっっ!!」


 大嶽丸は、崩れながら最後の力を振り絞り、人間界に戻ろうとする魍紅葉の足を掴んだ!


「んぇぇっっ!!?」

「俺の一方的な敗北など許さん!人間と妖怪の調和など許さぬ!

 小娘よ、貴様も道連れだ!!」


 魍紅葉が、大嶽丸諸共に地獄の穴へと落ちていく!


「はなせ、コンニャロウ!」

「姫様っ!」


 どうにか、大嶽丸を振り解こうとする魍紅葉と茨城童子。しかし、封印結界が、人間界と地獄界を完全に塞いでしまった。鬼の魍紅葉は地獄の住人。故郷から反発をされることは無い。本来有るべき世界に戻っていくだけ。


「紅葉っっっっ!!」


 穴に向かって、懸命に手を伸ばす燕真!既に、封印結界の効果が発揮されている為、穴の内側に入ることができない。


「燕真ぁぁっっっ!!!」


 叫ぶ魍紅葉。人間界と地獄界の繋がりが薄くなり、燕真側からはホワイトアウトを、魍紅葉側からはブラックアウトをしていく。燕真からは魍紅葉が、魍紅葉からは燕真が、徐々に見えなくなる。


「くれはぁぁぁっっっっっっっっ!!!」


 そして・・・人間界と地獄界は、完全に閉ざされた。



最後の戦いから1年が経過・・・。


 大魔会のアトラスは、碧玉詰めから解放されたカリナと共に、大魔会の本拠に帰った。退治屋と大魔会は、原則として暗黙の不可侵。全戦全敗のカリナは、かなり怒っていたらしいが、知った事ではない。

 夜野里夢は、最後の戦いでの切り札発動がキッカケとなって、精神が破綻して、退治屋本部が影響力を及ぼせる病院に入院をしている。一応は、退治屋の監視下にはあるが、ほぼ寝たきり。生命力の大半を失った里夢の寿命は、それほど残されていないらしい。



チィ~ン!

 粉木邸の仏壇には、粉木の盟友・本条尊と、紅葉の父・崇の遺影が立てられている。大嶽丸との決戦以降、燕真は、毎朝、仏壇を拝むようになった。仏壇に御参りをしたあと、台所で、粉木が作った朝食を食べて、燕真が後片付けをして、店の開店時間までを茶の間で過ごす。


「さてと、店、開けるぞ。」

「おう、頼むで!」


 粉木勘平は、茶の間で茶を飲みながら燕真を見送る。今でも、店のオーナーであり、退治屋の上司に変わりは無いが、最近では、「もう若い者の時代や」と少しばかり肩の荷を降ろして、退治屋の仕事も、喫茶店の仕事も、一歩引いて見守るようになった。



 先の戦いで壊滅的打撃を受けた退治屋本部から「本部務めの管理職に栄転」という辞令が出たが、粉木は「現場が性に合う」と断った・・・が、その件で、時々、本部勤務に栄転をした砂影滋子と、電話で口論をしている。


「ババアがいつまでもデカい面してないで、サッサと引っ込め!」

〈バカなことを言わないで!今のまま、放置できるわけが無いでしょ!

 アンタこそ、大変だから手伝いに来なさいよ!〉

「喜田にコキ使われるなんて冗談や無い!

 あのアホウ(喜田)、いつまで経っても。ワシの邪魔をしやがって!」


 今は、退治屋の再生の為に、本部にはマンパワーが必要な時期。粉木は、「もう若いもんに任せた」と、砂影と共に、のんびりと余生を楽しむつもりだった。一方も砂影は、「勘平は、組織の立て直しに尽力してくれる」と期待をしていた。

 結果、粉木は文架勤務で、砂影は本部(東京)勤務。粉木の求婚から1年が経過した現在でも、2人は今までと同じ離れ離れのまま。所帯を持つ前に、どちらかがポックリ逝かないか心配だ。



 前CEOの喜田御弥司は、退治屋が再生するまでの期間限定で、CEO代理の座に就いた。人望は無いが政治的コネクションだけは有るので、今のところは、活躍をしている。だからこそ、喜田の下で働きたくない粉木は、本部栄転を断ったのだ。

 ちなみに、組織の再生後は、喜田は身を引いて、甥っ子の高菱凰平が新CEOに治まることが決まっている。


「佑芽!何か困ったことがあったら、いつでも相談してくれたまえ!」

「高菱さんに相談するような困ったことは、特にありません。」


 根古佑芽は、本部の陰陽就学に復学をした。復学理由は、「ちゃんと学んで、好きな人の力になりたい」かららしい。高菱は、佑芽の復学を喜んだが、もちろん、佑芽の言う「好きな人」とは、高菱のことではない。高菱の好意を受け入れれば、将来のCEO婦人に成れるかもしれない。だが、佑芽は、「肩書きよりも大切な事が沢山ある」と文架市で学んだ。


「麻由ちゃ~ん!こっちこっち!」

「佑芽さん、お待たせしてしまって申し訳ありません。」


 葛城麻由は、東京の4年制大学に進学をしており、佑芽と行動を共にする機会が増えていた。歳上の佑芽が姉貴分で、新天地での新生活に不安を感じる麻由を、住み慣れた佑芽が支えている。


「私的には、頻繁に会いたいアピールをしてんのに、全然気付いてくれないの。

 麻由ちゃん、どう思う?」

「どうと聞かれましても・・・

 遠回しな言い方をせずに、ハッキリと好意を伝えてしまえば良いのでは?」

「それじゃ面白くないって言うか、私的には、言って欲しいんだよね~。」


 歳上の佑芽が姉貴分なのだが、麻由は、ほぼ聞き役。会話の内容は、佑芽の恋愛相談、及び、意中の相手に対する愚痴がダントツで多い。



 YOUKAIミュージアムは相変わらず、退治屋のアジトと、喫茶店営業の兼務を続けている。2階は博物館を維持しているが、ギャラリーアテンダントの麻由がいなくなった為に、客は全く寄りつかない。


「おはようございま~す!直ぐに入りま~す!」


 紅葉の幼馴染みの平山亜美は、地元の四年制大学に進学をした。YOUKAIミュージアムの看板娘の座は、亜美が座っており、紅葉&佑芽&麻由が居た頃に比べて客の勢いは無くなったが、それなりに安定はしている。


「おはよう!」 「ああ・・・おはよう。」


 雅仁は、朝から眠そうにしている。


「寝不足か?」

「ああ・・・まぁな。

 佑芽の、要領を得ない愚痴の長電話に、朝方まで付き合っていた。

 高菱が馴れ馴れしいからどうにかしろとか・・・

 年下の同期が付き合っているらしいとか・・・

 文架市に遊びに来たいが、旅費と宿賃が厳しいとか・・・

 同じような話題の繰り返しで、何が言いたいのか、サッパリ解らん。」


 佑芽の愚痴「高菱が馴れ馴れしい」は、ヤキモチを焼いて欲しいから伝えている。「年下の同期が付き合っている」は羨ましい感情の表現。「文架市に遊びに来たいが、旅費が厳しい」は会いたいけど行けないから、来て欲しい。「宿賃が厳しい」は、「家に泊まれ」と言われるのを期待している。もの凄くアピっているのに、なんで全く気付かないのだろうか?


「き、気の毒だな・・・

 寝不足のオマエではなく、

 意中の相手が朴念仁過ぎて、アプローチに気付いてもらえない佑芽ちゃんが。」


 狗塚雅仁は、近くのアパートを借りて、YOUKAIミュージアムに努めながら、次にやりたい事を模索中。イメケンで秀才でスポーツ全般が得意。何をやらせても合格点をクリアできる優秀な男なのだが、今まで、脇目も振らずに鬼退治一本で育った影響で、どうにも、一般常識に疎いのだ。


「なぁ、狗・・・。オマエ、女の子と2人で遊びに行ったことは有るか?」

「先日、平山さんと2人で店で使う食材を買い出しに行った。それがどうした?」

「遊びに行ってねーじゃん。」

「就学時には、何度か砂影さんに連れられて飯を食いに行ったぞ。」

「女の子じゃねーじゃん。オマエ、俺の質問をどう聞いていた?」


 燕真的には、「佑芽ちゃんはオマエが好きなんだぞ!」と教えてやりたいのだが、言ったら言ったで「どう応えれば良い?」とか「どこにデートに行けば良い?」とか「どうすれば子供を作れる?」とか、色々と聞かれて面倒臭そうなので、雅仁が、もう少し世間一般に馴染むまでは、放っておくことにする。佑芽が痺れを切らせて他に目移りをしたとしても、それはそれで縁が無かったってことなのだろう。



「佐波木、そろそろ迎えに行く時間じゃないか?」

「店番はしとるさかい、行って来いや!」

「あぁ・・・もうそんな時間か。」

「どうせなら、そのまま、遊んで来ちゃいなよ!」

「遊んで来ね~よ!」


 燕真は、エプロンを外して店を出て、愛車のホンダ・NC750Xに跨がって走り出す。目的地は、文架駅。15分もあれば到着するだろう。

 以前ほど頻繁ではないが、今でも、文架市には、妖怪が発生をする。妖怪は、人間の負の感情が呼び出して育てるものなので、完全な撲滅は難しい。だからこそ、人知れず、彼等を迷わせず、キチンと成仏に導いてやる‘妖幻ファイター’が必要なのだ。


 燕真が駆るバイクが、文架大橋の辺りに来ると、スマホが通話着信音を鳴らす。どうせ「到着したから早く来い」と言う催促だろう。確認しなくても解るので無視をする。すると今度は、1分おきくらいにLINE着信音が鳴り始める。送り主は、相変わらず落ち着きが無いというか、堪え性が無いというか・・・少しくらい「待つ」という行動が出来ないのかと、少しウザく感じてしまう。


 文架駅東口に到着をしたら、ライオンの噴水前で、慌ただしいメールの送り主が、見知らぬ男に声か掛けられていた。しかし、彼女は、迎えに来た燕真を見付けて、男には脇目もくれずに、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる。

 バイクを止めて、スマホのLINEを開くと、1分おきに10件以上ものメッセージが入っており、内容は「着いたよ」とか「ライオンちゃんの前」とか「まだ~?」とか「待ってるよ~」とか「今どこ?」とか・・・案の定、ワザワザ確認する必要の無いメッセージばかりだ。


「ちぃ~~~~っす!遅ぃよぉ~~!!ァタシが帰ってくるの、忘れてたのぉ?」

「5分や10分くらい、黙って待ってろ!・・・アイツ(見知らぬ男)は?」

「知らな~~ぃ!ァタシを、知り合ぃの誰かと間違えてるみたぃだねぇ!

 一緒にカラォケ行こ~とかって、誘ってきたから、

 『知り合いではありません!』て教えてぁげたょ」

「へぇ~~~」


 どうやら、ナンパをされていた事すら気付いていないらしい。

 チョットしたアイドルよりも器量が良いうえに、少々間が抜けているせいか、他人からは隙だらけに見えるらしく、1人で居るとたびたび声を掛けられるようだ。彼女の事を心配していないと言えば嘘になる。ただ、今のところ、彼女は、燕真以外の男には興味が無いので、口には出さないが、かなり嬉しい。


 源川紅葉は、高校卒業後、隣県の美宿(みじゅく)市にある婦都有(ふつう)女子短大に進学をした。毎週、土日には帰ってくるつもりらしく、文架駅までの送り迎えは、燕真の仕事だ。


 高校3年生の秋の進路指導で、紅葉は卒業後の希望欄に「燕真のお嫁さん」と書きやがって、校内で物議を醸した。

 当然、紅葉の母親の有紀は「早すぎる!」と反対をした。紅葉は、「親を説得しろ!」と言って、渋る燕真を親の前に引っ張り出す。もちろん、燕真は、会話が始まった瞬間に紅葉を裏切り、有紀と一緒になって「その前に進学や就職をしろ!」と、何とか説得をした。元々、亜美や麻由のように学業でトップクラスでもなかった紅葉は、数ヶ月前からの進路変更で、どうにか隣県の短大に滑り込む。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 1年前・・・

 人間界と地獄界が繋がる穴が封じられた時、生者の燕真と雅仁は、人間界に放り出された。

 一方、地獄の住人である魍紅葉と茨城童子は、人間界に脱出をすることが出来なくなる。


「紅葉っっっっ!!」


懸命に叫ぶ燕真。


「ゴメンね、燕真・・・

 やっぱり、ヨーカイのァタシが、人間の世界で幸せになるのゎダメみたい。」


 魍紅葉は、もうどうにもならないことを悟り、「平和の為の犠牲」になる覚悟していた。


「バカヤロウ!諦めるな紅葉っ!!」


 だが、燕真はまだ諦めていない。


「オマエは、この1年を通じて、一体何を学んだんだ!

 俺は、ジジイからも・・・狗塚からも・・・

 そしてオマエからも、沢山学んだぞっ!!」


 妖怪が憑く念は、邪悪に満ちた物ばかりではない。強い想いであれば、純粋な物でも良い。


「まだ、助かる方法はある!!」


 それは、氷柱女が20年間もの間、ずっと証明をしてきたことだ!


「紅葉ぁぁっっっ!!!俺を念じろぉぉぉっっ!!!

 俺もオマエを念じるっっ!!!」


 人間界と地獄界の狭間で、魍紅葉に向かって、精一杯手を伸ばす燕真!!燕真の手と魍紅葉の手を結んでいる糸が光を発する!


「えんまっ!?」

「俺を依り代にするんだぁぁっっ!!!」


 燕真を見た茨城童子が、紅葉の背中にそっと手を添え、残された妖気を注ぎ込む。


「・・・ぇ?茨城ドージ?」

「人間如き・・・しかも退治屋などに、姫様を託すのは口惜しいですが、

 ・・・それでも、我が主には生きて貰わねば困る!!

 あの男ならば・・・姫様を邪険に扱う事はありません。」

「でも・・・それじゃ、茨城ドージが?」

「忠節こそが我が最大の使命!

 主さえ生きれば、我等は、姫様に引かれて、いつかは復活を果たせます!

 さぁ、お行きなさい!・・・妖気を発して、あの男の思念に憑くのです!!」


 全ての妖力を魍紅葉に託した茨城童子は、実態の維持が出来なくなり、徐々に消滅をしていく。


「クックック・・・ハッハッハッハッハ!愚かな退治屋共よ!!

 今は、この世界は、オマエ等に預けてやる!!

 だが、次に俺が生を受けた時、それが、姫様の涙する世界であれば、

 その時こそは、容赦なく全てを焼き尽くしてやるから、心しておくが良い!!」


 邪悪に満ちた表情を浮かべ、闇の中に溶けながら、燕真と雅仁を見下して高笑い続ける茨城童子。

 燕真にも、雅仁にも、それが‘強がり’であり‘邪悪な表情’が本心ではなく、彼が純粋な忠臣だと言う事を知っていた。

 消滅をする寸前の茨城童子の眼は、燕真に「姫様を頼む」と語っているような気がした。


「茨城童子・・・心配すんな!」


 茨城童子が消え、穴の中で独りになった魍紅葉が、燕真一点を見つめる。


 妖怪は、人間の強い思念に取り憑き、その存在を維持する。

 心のリンクを失敗をすれば、魍紅葉は無駄に妖気を放出して消えることになる。だが、燕真にも、魍紅葉にも、失敗をしない自信はあった。2人を結ぶ糸が、魍紅葉を燕真の所に導くと信じきっていた。


「くれはぁぁぁっっっっ!!!」

「えんまぁぁぁっっっっ!!!」


 相手の名を呼ぶ大声に、有りっ丈の想いを込める!!


 地獄界に繋がる穴が完全に塞がった時、紅葉の体は、燕真の腕の中にいた。それは、燕真の思いが紅葉を呼び寄せ、紅葉が燕真に憑いた事を意味していた。


「ぅわぁ~~~ん!怖かったょ~~~!!ホントゎ死にたくなかったぁ~~~!!」

「泣くな・・・もう、大丈夫だ!」


 燕真の腕に抱かれた途端に、緊張感が途切れて号泣をする紅葉。取り起こされた穴の中で、どれだけ心細かったのかを理解して、抱きしめた腕に力を込める燕真。

 2人は、どちらからともなく、互いの唇を重ね合わせていた。


 半妖紅葉が、人間として生きていくのか・・・それとも、妖怪として依り代と共に生きるのかは、燕真と紅葉の2人で決めれば良い。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 文架決戦の終了後、臨時代表の喜田は、紅葉に対して、これまでの悪意を謝罪した。源川紅葉は、退治屋に協力をして平和を守った英雄だ。しかし、彼女は「燕真に着いて行ってイヤな奴をやっつけた」という認識のみで、世界を救った意識は全く無い。彼女は、燕真さえ傍にいてくれれば、それで良い。


「ねぇ、燕真?ァタシ、あっち(美宿市)で仲良くなった婆ちゃんに、

 バィトを勧められたんだけど、どぅすればィィかな?」

「・・・バイト?なんの??」

「良くヮカンナィけど、畑か田んぼのぉ手伝ぃみたぃ。

 自分で作ったお野菜とかを売ってるんだってさ!」

「・・・それ、バイトって言うのか?

 だいたい、どうやって、そんな婆さんと仲良くなったんだよ?」

「ぅん!重そぅな荷物持って歩ぃてたから、手伝ってあげたら気に入ってくれたの!

 陸堂(りくどう)の婆ちゃんが可哀想だから手伝ってぁげたぃんだけど、

 そぉすると毎週帰って来られるかヮカンナィんだょなぁ~」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・陸堂?」

「ぅん!婆ちゃんちの表札に書ぃてぁった!

 大きぃけど、古くてきったなぃ家だったから、ぉ掃除手伝ってぁげたょ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は嫌な予感がする。・・・てか、嫌な予感しかしない。

 そう言えば、数日前に、実家の近くに住む母方の祖母から、「たまには畑の手入れを手伝いに来い」「元気で可愛らしい女学生と仲良くなった」「燕真の嫁にどうか思うが、話を進めても良いか?」「他に心に決めた娘はいるのか?」と電話があった。


「・・・汚い家で悪かったな!」

「なんで、燕真が謝んのぉ?」

「謝ったつもりは無い!

 ・・・オマエ、学生だろ!そんな変なバイトなんかより、勉強を優先させろ!」

「ぁ!燕真もしかして、ァタシが、帰って来なくなるのが寂しぃの?」

「チゲ~よ!俺の話をどう聞いていた!?」

「だったら、燕真が来なょ!ど~せ、燕真の地元なんだし!」

「行かね~よ!」

「燕真も、陸堂の婆ちゃん所でバィトする?家ゎきったなぃケド!」

「しないよ!・・・てか、家が汚いって言うな!婆ちゃんが可哀想だろうに!」


 紅葉が進学をした女子短大がある美宿市は、燕真の地元であり、紅葉は、紅葉の母方の生家(友野家)に下宿をしている。・・・ちなみに、紅葉に説明をする気は無いが‘陸堂’は燕真の母の旧姓だ。


「俺が知らないうちに、俺の身内と仲良くなってるとか・・・勘弁してくれよ。」


 やがて、紅葉が「佐波木姓」を名乗ることに異論は無いし、燕真自身、ボンヤリとそんな未来を思い描いているが、まだそれは、もうしばらく先の話。


「久々に会えた彼女への、愛情たっぷりのご挨拶ゎ?」

「・・・・・・・・・・はぁ?」


 紅葉は、燕真に渡されたスペアヘルメットを両手で抱えながら、チョコンと唇を突き出してくる。

 この女が、何を求めているのかは直ぐに理解できた・・・が、こんな人通りの多い駅前で「キスをしろ!」とは、どういう了見なのか?


「どこが‘久しぶり’なんだよ!?先週、会ったばかりだろうに!!

 しかも、毎日毎日、電話を掛けてきて、

 延々と、どうでも良い話ばかりをしてるくせに!!」

「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は全面的に拒否をするが、紅葉は唇を突き出したまま微動だにしない。通行人達が「アイツ等、これからチュ~するぜ!」なんて眼で見ている。全員まとめて轢き殺したい気分だ。


「・・・やれやれ」


 根負けをした燕真は、紅葉の頬に軽く手を添えて、チョコンと触れる程度に唇を合わせる。見ないフリをしながら見ている通行人共がウザイ。


「え~~~~~~~~~~~~~!!これだけ!!?つまんなぁ~い!!

 深夜のドラマで見たみたぃな、ネッチョリベチャベチャしたのがィィ~!!」

「もう少しマシな言葉で表現してくれ!!

 ネッチョリとかベチャベチャとか言われると、汚い物のように聞こえるぞ!!」

「だってぇ~~~~~!!」

「・・・イイから、乗れ!!」

「は~~~ぃ!」


 紅葉をタンデムに乗せた燕真は、紅葉のマンションに向けてバイクを走らせる。

 燕真と紅葉を乗せたバイクが、文架大橋を通過して、東詰交差点で右折。2人の物語が始まった再会の地=鎮守の森公園入口前の赤信号で停車をする。


「なぁ、紅葉?」

「・・・ん?」

「今の俺ってさ?・・・いや、何でもない」


 燕真は、今の自分が「60点」から「100点」に成れたのかを聞こうとして、直ぐにやめた。

 気にならないと言えば嘘になるが、肝心なのは、「相手が自分をどう考えているか?」ではなく、「自分が相手をどう想っているか?」である。

 ちなみに、紅葉は、燕真に伝える気は無いが「ゼッケン60番は、永遠に16(ヒーロー)点」である。


 信号が青に変わり、バイクは再び走り出した。

 燕真と紅葉は、温かい日差しに照らされながら、舞い落ちる桜の花びらを潜るようにして、鎮守の森公園の大通りを通過していく。



             ~~~fin~~~

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