紅葉編④終章

第47話・運命の糸

 燕真&雅仁&粉木&砂影の目の前で、巨大な氷結界が機能を失って崩れていく。


「あれは?」


 倒れている有紀を発見。皆で駆け寄り、粉木が抱き起こす。


「源川さん!」 「有紀ちゃん、怪我は!?」

「ごめんなさい、粉木さん。しくじってしまったわ。」

「気にすんな。しくじったんはワシも同じや。」


 有紀は、粉木に抱えられながら、正面の燕真を見つめた。


「燕真君・・・紅葉をお願い。」


 燕真は深く頷いてから振り返り、魍紅葉を見つめた。魍紅葉は、燕真を睨み付けている。


「・・・ムカ付く。」


 こんなハズではなかった。ハーゲン(有紀+氷柱女)に足止めをされ、星熊童子は倒された。熊童子は、悔しそうに、氷柱女が遺したYケータイを睨み付ける。

 こんなハズではなかった。何故、母(有紀)と潰し合わなければならないのか?友人(氷柱女)の、散り際の安らかな笑みは何だったのか?

 魍紅葉は、考えれば考えるほど、胸が掻きむしられるように苦しくなる。ハーゲンの形跡を遠ざけて、一刻も早く存在を忘れたい。


「その妖幻システム・・・スッゲー目障りっ!」


 魍紅葉が、ハーゲンのYケータイと、『氷』の文字が消えたメダルを潰す為に近付こうとしたが、燕真が先に拾い上げた。


「氷柱女・・・体張ってくれて、ありがとな。」


 Yケータイと空白になったメダルを握り締め、魍紅葉を見詰める燕真。その隣に雅仁が立つ。


「狗塚・・・すまないが、デカいの(熊童子)を頼めるか?」

「ああ・・・君は紅葉ちゃんに専念しろ。残り2体は、俺が仕留める。」


 燕真の視点では、魍紅葉の他には、熊童子しか見えない。


「ん?・・・2体?」

「ああ・・・2体だ。」


 雅仁は上空を睨み付けている。つられて燕真が視線を向けると、闇霧が猛スピードで接近してくるのが見えた。急降下をしてきて、魍紅葉の隣で実体化をする。


「茨城童子っ!」


 傷を癒やす為に戦線離脱をしていた茨城童子が合流して、魍紅葉の前で片膝を付いて頭を垂れた。


「出遅れた不覚、申し訳ありません!

 だが、この先、姫様を患わせる無礼者達は、全て私が片付けるっ!」


 立ち上がり、魍紅葉を庇うようにして、燕真を睨み付ける。燕真の目の奧にある光は、茨城童子に一種の警戒心を与えていた。未熟ゆえに戦いの定石が無く、凡人ゆえに時として調子付く佐波木燕真という男は、これまで何度も想定外を起こしてきた。見方次第では、狗塚雅仁よりも危険な男だ。


「これ以上の想定外は要らぬ・・・姫様には指1本触れさせん!」


 魍紅葉は、まだ人を殺めていない。何かが、魍紅葉の内側でストッパーになっている。茨城童子には、魍紅葉は、「燕真のみ」に拘って、それ以外は後回しにしているように感じられる。燕真が居なくなれば、魍紅葉のストッパーは解除され、真の鬼王へと覚醒する。茨城童子は、そう考えていた。


「貴様は、私の手で確実に倒す!」


 茨城童子は鋭い爪を伸ばし、熊童子は大金棒を振り上げ、燕真&雅仁に対して身構える!


「行くぞ、熊童子!!」

「グロロっ!!」


 燕真に向かって突進をする茨城童子&熊童子!


「紅葉以外は頼んだぞ、狗っ!」

「2体は引き受けた!・・・幻装っ!」


 燕真を庇うようにして前に出た雅仁が、妖幻ファイターガルダへと姿を変える!

 鳥銃・迦楼羅焔を構えて光弾を発砲!獣の咆吼のような銃声が鳴り響き、突進中の茨城童子と熊童子を足止めする!


「邪魔だ、狗塚の小倅!!」

「フン!忘れたのか、茨城童子!?鬼の邪魔をするのが狗塚家の使命だ!」


 ガルダは、銃を腰のホルダに収納して、妖槍ハヤカセを装備!油断無く構えながら、背後の燕真をチラ見する!


「天邪鬼が託した言葉を思い出せ!

 茨城童子如きに遅れを取るな!

 紅葉ちゃんは、君が何とかしろよ!」


 ガルダの言葉を聞いた燕真は、天邪鬼から「気持ちで茨城童子に負けている」とダメ出しされたことを思い出す。負けているつもりはないのだが、第三者からそう見えるのならば、茨城童子に比べて、何かが足りないのだろう。


「ああ!紅葉は任せろっ!」


 ガルダは、茨城童子&熊童子に向かって突進!妖槍の穂先を伸ばして低い位置で横薙ぎに振るう!茨城童子はジャンプで回避をするが、熊童子は足を引っ掛けて転倒!妖槍を片手持ちにして、素早く腰ホルダから鳥銃を抜くガルダ!放たれた光弾が、茨城童子に着弾して弾き飛ばす!


「佐波木、今だっ!」


 ガルダの攻撃で、燕真と紅葉の間に挟まる障害物が排除をされた!


「幻装っ!」


 燕真が、妖幻ファイターザムシードへと姿を変える!


「燕真っ!」


 魍紅葉に向かって行こうとするザムシードを、粉木が呼び止めた。


「お嬢とツーリングでもしてこい!」

「ツーリング?こんな状況で?」

「バイクで、邪魔の入らんところに行けちゅうこっちゃ!、」

「ああ、なるほど。

 解りにくい!ジジイのクセにシャレた言い廻しをすんなっ!」


 アドバイスを理解したザムシードは、魍紅葉に向けて駆けながら、愛車を召喚!ザムシードに追い付いて並走するマシンOBORO(専用バイク)に飛び乗り、魍紅葉を目指す!


「燕真っ!ァタシを轢く気っ!?」


 魍紅葉はマシンOBOROをギリギリまで引き付けて回避。しかし、ザムシードの狙いは、魍紅葉をバイクで轢くことではない。腕を広げて、脇に避けた魍紅葉の腹を掴んで抱きかかえる。


「んゎぁぁっっ!放せ、燕真っ!」


 マシンOBOROの朧フェイス(カウル)が口を開いて、妖気弾を発射!正面に、ワームホールが形成される!


「ツーリングが終わったら放してやるよ!」


 ザムシードは、魍紅葉を抱えたまま、マシンOBOROを駆ってワームホールに飛び込んだ!


 ガルダは、熊童子が振り下ろした大金棒を、空中に飛んで回避!しかし、ガルダの行動を読んでいた茨城童子は、掌を翳して、ガルダの周りの空間を掌握!漂っている妖気が衝撃波に変化して、ガルダに叩き込まれる!


「貴様如きと遊んでいる暇は無い!熊童子、狗塚の小倅は任せるぞ!」

「おうっ!」


 ガルダの背後を取った熊童子が、大金棒を振り下ろす!ガルダは、2歩ほど身を引いて回避!地面に叩き付けられた金棒を踏み台にして駆け上がり、熊童子の顔面に蹴りを叩き込んだ!


「グロォォォッッッ!!」


 熊童子は、咆吼を上げながら、顔面を押さえて仰向けに倒れ、ガルダは蹴りの反動を推進力にして、茨城童子に飛び掛かった!ガルダの妖槍と、茨城童子の鬼爪がぶつかる!


「チィ!満足に足止めもできんのか!?熊童子!」

「佐波木が紅葉ちゃんを取り戻すには、オマエの忠誠心が邪魔らしい!

 全力でオマエの妨害をさせてもらう!」


 単純な戦闘力の勝負ならば、魍紅葉がザムシードに敗れるとは思えない。しかし、茨城童子には嫌な胸騒ぎがある。ザムシードが何度も起こしてきた想定外が気に入らない。




-文架東中学-


 鎮守の森公園の近くに在る中学校のグラウンドにワームホールが発生して、魍紅葉を抱えたザムシードを乗せたマシンOBOROが出現!

 邪魔が入らない場所への移動を終えたザムシードは、魍紅葉を放して、マシンOBOROから降りる。


「紅葉っ!」


 倒すべき鬼の頭目が、紅葉だったなんて、未だに信じたくない。

 紅葉は、鬼化(魍紅葉化)をした後も、名を呼んで燕真や仲間達を認識している。つまり、酒呑童子に乗っ取られて紅葉の人格が消えたのではなく、紅葉の意識があることを意味している。紅葉の意識が起きているならば、何らかの手段で声は届くはず。


「燕真っ!」


 ザムシードを睨み付ける魍紅葉。見たいのは、「精悍」ではなく、「自信を失い泣き出しそうな表情」だ。ザムシードの自信に満ちた雰囲気を見ているだけでも、虫唾が走る。


「んぉぉっっ!!」


 瞬発的に邪今険(小刀)を振るう魍紅葉!ザムシードは、魍紅葉の腕を掴んで、切っ先を止める!


「離せ、こんにゃろうっ!」


 魍紅葉は、力任せに振り解いて、ザムシードから距離を空けた。


「なぁ、紅葉?鬼は・・・楽しいか?」

「あ、当たり前ぢゃん!だって、イヤなこと、なんにも考えなくてィィんだもん!」

「YOUKAIミュージアムで過ごしたことは、嫌なことだったのか?」

「燕真のせいで、イヤなことになったの!

 でも、燕真にゎ、ちょっとくらいゎお世話になったから、

 一生、ァタシの家来になるなら、許してぁげても良ぃょ!」

「・・・断ったら?」

「殺すに決まってるでしょ!ァタシ、燕真のこと大っ嫌いなんだもんん!」

「死にたくはないが、オマエの部下に成る気は無い。」

「そっか!・・・なら、ァタシに殺されるしかないねぇ!」


 邪今険を振りかざして突進する魍紅葉!ザムシードは、裁笏ヤマ(ナイフ)を抜刀して受け止めた!

 魍紅葉が発する研ぎ澄まされた妖気が、ザムシードに浴びせられて全身がピリピリと痺れる。無防備な人間や、下級妖怪レベルならば、魍紅葉が発する妖気だけでダメージを喰らいそうだ。


「・・・オマエ、ホントにこれで満足なのか?

 母親と氷柱女の想い・・・届いてないのか?


 氷柱女を倒した事も、ハーゲンとの争いで戦力を消耗させたのも、想定外だった。

 魍紅葉は、上目線の言葉で精神的優位を心掛けているが、実際には胸中は穏やかではない。ザムシードの問いかけは、魍紅葉の苛立ちの炎に、更なる油を注ぐ。魍紅葉の望みはザムシード(燕真)を追い詰めること。燕真が守ろうとしている世界など要らない。燕真が大切に思う人々など目障り。


「黙れ!燕真、超ムカ付く!!」


 魍紅葉は、眼前の憎々しい男を、「どうやって泣きっ面に変えてやるか」だけを考える。


「んへへっ!ど~やって、ママと氷柱女をやっつけたか、教えてあげよっか?

 きっと、燕真も嫌がってくれるよっ!」


 魍紅葉は、刃の切り結びから離れて、呪文を唱えながら掌を地面に置き、妖力を発した!地面から漆黒の球が浮き上がり人型を作り始める!


「・・・なに?」


 出現したのは、ザムシードと同じ形でありながら、ザムシードと異なる存在!

 全身が、朱色ではなく、禍々しい闇色!そして、頭部に2本の角が生えている!

 その姿はブラックザムシード!不気味な声で吼えながら、燕真を睨み付けている!


「バ、バカな!?なんで!!?

 黒いザムシードは、俺のはずだっ!」


 ブラックザムシードとは、酒呑童子の魂がザムシードに妖力を貸した姿。

 魍紅葉は、姿を知る妖怪ならば、封印メダルから解放して、形を与えてやることが出来る。その能力を応用して、自らが持つ酒呑童子の妖力を切り分け、ザムシードをイメージして姿を与えれば、ブラックザムシードとなるのだ。


「んへへっ!嫌がってくれる!?

 燕真、コィッ所為で死にかけたんだから、コィッの事、嫌ぃだよね!?

 氷柱女をやっつけた時よりも、ちゃ~んとイメージしたから、コィッゎ強ぃょ!」


 魍紅葉は、父親を戦わせた!?母親が愛した酒呑童子を母に嗾けた!?これでは、ハーゲン(有紀)の気持ちが折れて当然だ!


「なんて奴だ!!」


 邪魔者抜きで対峙できると思っていたザムシードの考えは浅はかだった。


「オオオオ――――ン!!」


 不気味な雄叫びを上げながら飛び掛かってくるブラックザムシード!素早くザムシードの懐に飛び込み、遠心力いっぱいの回し蹴りを叩き込んだ!ザムシードは、すかさず両腕で防御!しかし、受け止めきれずに吹っ飛ばされて地面を転がる!


「・・・くっ!」

「ウアアアアアアアアアア――――――――――――――ッッ!!!」


 ブラックザムシードの攻撃は止まらない!ザムシードの顔面目掛けて、拳を打ち込む!ザムシードは咄嗟に転がって回避!立ち上がって、体当たりをして、力任せに押し込む!しかし、ブラックザムシードは踏み留まり、ザムシードの体を持ち上げて、無造作に放り投げた!ザムシードは、地面に墜落をして、埃を上げながら無様に転がり、ようやく体勢を立て直して立ち上がる!


「ぁははっ!ぁははははっ!もしかして燕真、ソィッに勝つつもりで戦ってぃるの?

 勝てるわけ無ぃぢゃん!

 ソィッゎ燕真が使ってぃる弱っちぃザムシードとゎ違ぅんだょ!

 力がみんな解放されたザムシードなんだょ!

 バカなんじゃなぃ!?そんな事も解らなぃの!?」


 魍紅葉の容赦のない罵声が、攻め倦ねているザムシードには耳障りに聞こえる。

 目の前に居るブラックザムシードは、魍紅葉がコピーした偽物だが、その戦闘能力は、忠実に再現されている。


「・・・紅葉っ!」


 ブラックザムシードが強い事など、百も承知だ。4ヶ月前、エクストラへの覚醒が適わず闇に魂を破壊されていたら、目の前のブラックザムシードこそが自分の姿だった。張本人の燕真には、よく解る。

 その怪物が、心のリミッターまで解除された状態で襲いかかってくるのだ。


「オオオオ――――ン!!」


 ブラックザムシードは、休む間を与えずに掴み掛かってくる。ザムシードは、半歩身を引いて掌を回避。すかさず、ブラックザムシードのガラ空きのアゴ目掛けて、カウンターのアッパーを突き上げた。

 だが、ブラックザムシードは大きく反ってザムシードのアッパーカットを回避!同時に、膝蹴りをザムシードの腹に打ち込んでいた!ザムシードの駆け引きよりも、ブラックザムシードの闘争本能が優れていたのだ!


「グハァ!!」


 蹲り気味に動きを止めるザムシード!ブラックザムシードは、顔面に裏拳を叩き付けて、ザムシードを弾き飛ばす!


「ぁははははっ!どぅする燕真?

 ソィッに勝ちたぃなら、燕真のベルトに闇を打ち込んでぁげょっか?

 前みたぃに、リミッターを壊しちゃぇば、ソィッと同じ強さになれるょ!!」


 魍紅葉の嘲笑う声が、ザムシードには耳障りに聞こえる。嫌味なのか、本気なのか?過去のザムシード(燕真)が、闇の影響で死にかけたことを承知の上で、魍紅葉は「ブラックザムシードに勝つ為に、闇に墜ちろ」と言っているのだ。


「ふ・・・ふざけんな!」


 ブラックザムシードが拳を振り上げて襲い掛かってくる。ザムシードは、過剰なほどの後退をして何とか体勢を立て直した。その姿は、逃げ腰であり、精悍さの欠片も無い。


「オオオオ――――ッッ!!」


 突進してくるブラックザムシード。対するザムシードは、間合いをはかって、前方宙返りでブラックザムシードの頭上を越えて回避する。


「んははははっ!燕真、超格好悪い!ブザマブザマ!」


 魍紅葉が、逃げ腰のザムシードを見て嘲笑う。だが、ザムシードは、逃げるつもりも、戦いを諦めたつもりも無い。どんなに格好悪くても良い。必要なのは「ブラックザムシードでは不可能な攻撃」の間合いだ。

 ザムシードは、着地と同時に、更にブラックザムシードから逃げるようにして間合いを空ける。ブラックザムシードは、ザムシード目掛けて一直線に突進をしてくる。


「ここだ!!」


 Yウォッチに右手を添え、やや前傾姿勢でブラックザムシードに突進!Yウォッチから抜き取った『蜘』メダルを空きスロットルに装填して、ブラックザムシードが得意な間合いの1m手前で妖刀ホエマルを召還!ブラックザムシードの攻撃が届くよりも早く、切っ先を叩き込んだ!

 ブラックザムシードは、胸プロテクターから火花を上げながら後退。忠実に作られているが、所詮は作り物。動きはどんなに精巧でも、本物とは違い、メダルの使用は不可能。ザムシードは、間合いを開けながら、ブラックザムシードが徒手空拳しか使えないことを確認していたのだ。


「チィィッ・・・ムカ付く!」


 魍紅葉から冷笑が消え、ザムシードを睨み付ける!


「これで形勢逆転だぁっっ!!」


 ザムシードが、妖刀を携えて一気に攻勢に転じる!ブラックザムシードは、これまでと同様に、徒手空拳で突進をしてくる!やはり、武器の召還は出来ないようだ!


(一手目で攻撃を払い、二手目で渾身のダメージを叩き込む!)


 ザムシードは、脳内で勝利の方程式を立てる!だが、ザムシードがブラックザムシードが衝突をするよりも早く、魍紅葉がザムシードの懐に飛び込み、邪今剣で妖刀を受け止めた!


「紅葉っ!」


 ブラックザムシードの打倒に集中しすぎて、魍紅葉の動きを見ていなかった!


「なに言ってんの、燕真!?ケーセー逆転なんて無いよっ!」


 魍紅葉は、ザムシードの太股に蹴りを入れて体勢を崩しつつ、蹴りの反動を利用した後方宙返りで、ブラックザムシードを庇うように着地。一方のザムシードは数歩後退をして体勢を立て直す。


「どういうつもりだ、紅葉?」


 今の間合いは、完全に魍紅葉の間合いだった。魍紅葉が一歩深く踏み込んでいれば、魍紅葉の剣は、ザムシードの妖刀ではなく、ザムシードの体に打ち込まれていただろう。だが、魍紅葉は、ザムシードへの攻撃はしなかった。


「ふふふっ!ァタシが燕真をやっつけたって、なんにも面白くなぃぢゃん!

 燕真が、ァタシの作った燕真にやっつけられるから面白ぃんだょ!」

「・・・なに?」


 ザムシードは、「紅葉は自分とは直接戦いたくないのでは?」と僅かな期待をしたが、その考えは甘かった。次の魍紅葉の言葉と行動でアッサリと覆される。


「もっと簡単にやっつけられるかと思ってたのに、頑張るんだね。

 そー言えば燕真って、なにやっても下手っぴのクセして、

 コンジョーだけは有るんだよね。

 コンジョーだけしか無いんだろうけど、

 もっと頑張って、ァタシを楽しませてょ!」


 魍紅葉は、ブラックザムシードに手を添えて妖気を打ち込んだ!すると、ブラックザムシードの手の中が歪み、妖刀ホエマルと同じ形の物が出現をする!


「ごめんね燕真、今度こそ、これでぉんなじだねぇ!

 もぅ、パンチで痛ぃだけの時とゎ違ぅょ!刀で切られないように頑張ってねぇ!」

「チィィ!」


 戦闘再開!剣を与えられたブラックザムシードが、咆吼を上げながら、ザムシードに襲い掛かる!真上から振り下ろされた一閃を、妖刀で受け止めるザムシード!しかし、衝撃を受け止めきれずに弾き飛ばされる!

 飛ばされた勢いを利用して大きく間合いを空け、Yウォッチに手を添えるザムシード!しかし、『鵺』メダルをセットして弓銃カサガケを装備するよりも早く、ブラックザムシードの持っていた剣がカサガケと同じ形に変化をして、闇に染まった矢を撃ち出す!


「ぐわぁぁっっっ!!」


 無数の闇弾の直撃を受けて吹っ飛ばされるザムシード!全身のプロテクターから煙を上げながらグラウンドを転がる!


「ぁははっ!ぁははははっ!聞ぃてなかったの、燕真?おんなじって言ったぢゃん!

 なんなら、朧車のバイク(マシンOBORO)も使ぇるょぅにしてぁげょっか?

 このままボコボコにされるのと、バイクで轢かれるのと、どっちが良い?

 ァタシの作った燕真を越ぇたかったら、

 ァタシの知らなぃ武器を装備するしかなぃょ!

 そんなのある?もちろん・・・無ぃょねぇ~!ぁははははっ!」


 魍紅葉に否定されるまでもなく、ずっと紅葉を傍に置いて戦ってきたザムシードには、紅葉が知らない武器など持っていない。魍紅葉は、ザムシードが使える全てを複製できるのだ。


「くそっ!よく観察してやがる。」


 ダメージで重たくなった体を引き摺るようにして立ち上がるザムシード。迷いも、弱音も吹っ切ったハズなのに、再び、心が折れそうになる。

 闇墜ちをした紅葉と戦うことが選択肢には無いのに、まさか、忠実に再現された自分自身と戦わなければならないとは・・・。

 何で、こんな事になっている?「凡人」だとしても、「未熟者」だとしても、紅葉は、それを受け入れてくれた。相手がどんなに邪悪で強大でも、紅葉が傍に居れば、負けない気がした。ずっと、2人で1セットだった。

 だが、今はどうだ?「負けない気がする2人で1セット」が、目の前に立つ魍紅葉とブラックザムシードなのだ。


「・・・だけど、負けられない!」


 ザムシードのままでは越えられないなら、ザムシードを越える力を発動させるしかない!Yウォッチから金色のメダルを引き抜いて、思いの丈を込めて和船バックルに装填する!


《LIMITER CUT!!・・・EXTRA!!》


 エクストラ・ザムシード登場!

 装備をしていた妖刀ホエマルが、妖刀オニキリに形を変えた!EXザムシードは、柄のスロットに属性メダル『炎』をセットして、炎を帯びた妖刀を振りかざして、ブラックザムシードに突進をする!


「うぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」


 EXザムシードが振るう妖刀と、ブラックザムシードの妖刀がぶつかる!力は互角!だが、スキルが違う!EXザムシードの妖刀から発せられた炎の刃がブラックザムシードに着弾!数歩後退するブラックザムシードと、追い撃ちの突進をするEXザムシード!


「これなら行けるっ!」


 エクストラへのフォームチェンジの頻度は少ない。「紅葉が知らない武器」ではないが、確実に「紅葉が想像しにくい武器」だ。


「紅葉が、EXを‘想造’して、ブラックザムシードに流入する前に押し切る!」


 EXザムシードが振るう二撃目がブラックザムシードの妖刀を弾き飛ばし、三撃目がダメージを炸裂させた!後退するブラックザムシードに対して、立て続けに四発目を叩き込むべく踏み込む!しかし、足が縺れてしまい、振るった炎の刃はブラックザムシードを掠っただけ!


「チィ!気負いすぎたかっ!」


 EXザムシードは僅かな違和感を感じたが、「立ち止まったら攻勢が止まる」「対策をされる前に叩く」と考えて、退く一方のブラックザムシードに突進をする!


「燕真のクセに調子に乗るなっ!」


 魍紅葉が割って入って、小刀を振るった!


「オマエは後回しだ!邪魔をするなっ!おおぉぉぉっっっっ!!!」


 EXザムシードは、魍紅葉の小刀に妖刀を叩き付けて、力業で弾き飛ばす!


「後回しとか言うなっ!すっげームカ付くっ!!」


 魍紅葉は、弾き飛ばされながら、左掌に妖気を込めて弓を召喚!空中で体を捻って軽やかに着地をして、右手に矢を召喚!弓に番えて、EXザムシード目掛けて射る!

 ブラックザムシードに突進中だったEXザムシードは、足を止め炎の妖刀を振るって矢を弾き飛ばす!魍紅葉は二の矢、三の矢と連続で射るが、EXザムシードは次々と弾き落とす!


(まただ!どうなっているんだ!?)


 矢に対応をしながら、EXザムシードは違和感を感じていた。意識は、飛んでくる矢に対応しているのだが、腕の振りが意識に付いてこない。エクストラのプロテクターが、いつもより重く感じる。先程は、連続追撃に足が付いてこなかったように、今度は、少しずつだが矢に対する対応が遅れている。


「オオオオ――――ッッ!!」


 体勢を立て直したブラックザムシードが、弓銃カサガケを構えて、闇弾を発射!魍紅葉の矢と、ブラックザムシードの闇弾が、EXザムシード目掛けて同時に飛んでくる!


「・・・くっ!」


 意識は、余裕を持って、矢と闇弾を認識している。いつも通りならば、炎の妖刀の一振りで、どちらも防げるはずだった。だが、いつもとは違って、腕の振りが間に合わない。


「拙いっ!」


 矢は炎の刃で掻き消したが、闇弾への対応が間に合わずに着弾!爆発が発生して、EXザムシードは弾き飛ばされる!


「矢よりも燕真にお似合いなのをあげるよっ!

 今度は、簡単には消せないよっ!」


 魍紅葉が邪今剣(小刀)を装備して妖気を込め、刀身に炎を纏わせる。ただの火ではない。地獄の炎だ。


「んへへっ!地獄の炎を使えるのは、燕真だけじゃないんだよっ!」


 魍紅葉が小刀から飛ばした地獄の炎が、EXザムシードに炸裂する!


「ぐわぁぁぁぁっっっっっっ!!!」


 全身から火花を散らせながら弾き飛ばされるEXザムシード!

 先程までは「僅か」だったが、今は「明確」な違和感になっている。プロテクターが重くて満足に動けない。


「なにそれぇ、せっかくエクストラになっても、動けなぃんぢゃ意味無ぃねぇ!

 気合ぃや根性ぢゃ、どうにもならなぃって解んなかったの!?

 バカなんじゃなぃの?」


 EXザムシードは、体を震わせながら立ち上がるが、次の瞬間には、目にも止まらぬ早さで懐に飛び込んだ魍紅葉に、小刀の乱打を叩き込まれてしまう!

 堪えきれずに、地に両膝を下ろすEXザムシード!魍紅葉は冷たい眼で見下ろしたあと、高々と上げた踵を、容赦のなく脳天に叩き付けた!


「ガハァッ!!」

「もうギブなんでしょ?なら、そろそろ死になよ、燕真!」


 俯せに倒れるEXザムシード!目がくらむ!しかし、意識を失うわけにはいかない!拳を握って、飛びそうな意識に渇を入れて立ち上がり、魍紅葉に向かって手を伸ばす!だが、無防備な全身に、再び、小刀の乱打を叩き込まれる!


「ぐわぁぁぁぁっっっ!!!」

「ムカ付くのっ!居なくなっちゃぇ!」


 魍紅葉を掴もうとしていた腕を伸ばした状態で、大きく仰け反るEXザムシード!プロテクターから幾つもの小爆発を発し、仰向けに崩れ落ちる!だが、魍紅葉は、攻撃の手を緩めない!自分に向かって伸ばされた手を取り、背負い投げで、EXザムシードの体を地面に叩き付ける!


「聞こえてんでしょ?早く居なくなってょ!!」


 数々のダメージが重くて、意識が朦朧とする。しかし、それ以上に、魍紅葉から発せられた言葉が痛かった!


「く・・・くれはぁっっ!!!」


 魍紅葉の体にしがみつき、よじ登るようにして立ち上がろうとするEXザムシード。魍紅葉は、冷笑を浮かべながら、両拳を組んで振り上げ、EXザムシードの背中に叩き付けた!


「ぐはぁぁぁっ!!」


 再び、地に伏せるEXザムシード!ダメージで全身が痺れてしまい、動く事が出来ない!魍紅葉はEXザムシードの背を足で踏み付ける!


「ブザマ、ブザマ!車に轢かれた蛙みたぃ!ぁははははっ!」

「ぐわぁぁぁぁぁっっっっっ!!」


 堪えきれずに悲鳴を上げるEXザムシード!


「ふふん!面白くなぃんですけどぉ~!もう動かなぃの、燕真?

 もうちょっと、頑張って、ァタシを喜ばせてょ?」


 EXザムシードは動けなかった。プロテクターの重みの所為だけではない。

 皮肉な物だ。これまで、時には燕真(ザムシード)の背中を押し、時には乱暴に尻を蹴飛ばし、未熟で凡人な燕真を奮い立たせてくれたのは、ずっと紅葉だった。どんなにウザくても、どんなに邪魔でも、紅葉が傍に居てくれたから、戦い続ける事が出来た。その紅葉に、心を折られるなんて・・・。


「動ぃてくれなぃなら、もうィィや!トドメを刺しちゃぇ!」


 EXザムシードは、立ち上がるのが精一杯で、戦う事も身構える事も、もう出来ない。凡人の限界なんて、こんな物なのか?視界の先で、魍紅葉の指示を受けたブラックザムシードが、身を屈めて飛び蹴りの前段階を準備している。


「・・・エンマサマノ!!」


 ブラックザムシードとEXザムシードの間に、黒い炎を作られた絨毯が敷き詰められる!


「サバキノジカンダ!!」

「くそっ・・・何でもかんでも、俺ばっかりパクるんじゃねーよ・・・。」


 ブラックザムシードが発した言葉は、ザムシード(燕真)が単独で解決した最初の事件で、燕真が即興で考えた言葉だ。あの日から、燕真と紅葉のコンビが始まった。



-回想(約9ヶ月前)-


 夜の優麗高の屋上に、ザムシードが絡新婦を追い詰める。事件に巻き込まれた成り行きで戦いを見守っていた紅葉が叫ぶ。


「行けぇぇっっ!!!やっつけろぉぉっっ!!!

 佐波木燕真のお裁きの時間だぁぁ!!!」


 ザムシードは、横目で紅葉を見る!


「なんだそれ、センス無い決め台詞だ!

 ・・・でも、そう言うのも悪くない!いただくぜ!!

 どうせ台詞を決めんのなら、こんなふうに変えてな!!」


 絡新婦に正面を向け、ゆっくりと腰を落として身構えた。


「・・・閻魔様の!!」


 炎を絨毯に照らされたザムシードの体躯が、朱く染まる。


「裁きの時間だ!!」


 顔を上げ、絡新婦を睨み付けて突進をするザムシード!



-回想終わり-


 顔を上げ、EXザムシードを睨み付け、突進を開始するブラックザムシード!EXザムシード一点を目掛けて大股で黒炎の絨毯を踏みしめながら駆けてくる!ブラックザムシードが踏んだ炎が火柱となり、その突進を後押しする!


(倒された妖怪からは、俺って、こんなふうに見えていたのかな?)


 EXザムシードは、どうでも良い事を考えながら、その光景を見ている事しかできない。何から何まで複製された偽物を腹立たしく感じるが、抵抗する術はない。


「ごめん、天野さん、・・・ごめん、源川(有紀)さん、氷柱女。

 ・・・俺、期待に応えられなかった。」


 両足を揃えて空高く飛び上がるブラックザムシード!踏み切った場所の黒炎が一際大きな火柱となり、ブラックザムシードを大きく飛ばす!


「オオオオ――――ン!!」


 空中で一回転をして、EXザムシードに向けて、黒く発光した右足を真っ直ぐに突き出すブラックザムシード!

 インパクトの瞬間、EXザムシードの視界は真っ暗になり、衝撃で吹っ飛ばされる感覚が、全身を包んだ!



      『中途半端な気持ちでは、魍紅葉ちゃんには届かんよ。

       魍紅葉ちゃんは、まだ、他者の命で手を汚していない。

       だから・・・まだ、戻れる。』


 薄れていく意識の中で・・・天邪鬼の『最後の声』が聞こえた気がした。


      『彼女が切り札に選んだのは、オマエの技だった。

       あの娘、まだ、無意識に、オマエの背を追い掛けている。

       完全に決別したのなら・・・

       鬼に、自分をも焼きかねない炎なんてイメージ出来るはずが無い。

       まだ・・・人間であろうとする心を残している。』


 続けて、氷柱女の声も聞こえた気がした。



 何故、紅葉は、ザムシードと同じ地獄の炎を召還したのか?

 何故、忠実に複製されたブラックザムシードが相手なのか?



 燕真が目を開くと、そこは見覚えのある陸上競技場だった。スタンド席の最上段に立ち、競技場内を見つめている。陸上部の大会だけでなく、小学校の選抜大会でも、中学校の記録会でも、何度も訪れた事のある場所だ。見忘れるはずもない。


「いまわの際の光景が、なんで、大した思い入れも無い場所なんだ?」


 周りを見渡すと、トラックを走っている選手達がいる。そして、中段グループの1人が転倒をする。転倒をした中学生は、立ち上がって、痛めた足を引きずりながら走り出す。彼は、60番のゼッケンを付けている。


「あれは・・・俺?ここって、もしかして・・・?」


 燕真は、中学時代の自分に起きた出来事を見ている。だが、違和感がある。自身が走っているではなく、走る自分を見ている?これは、誰の視点だ?


「ようやく会えたね。佐波木燕真君。」

「・・・え?」


 真横で声がしたので振り返ると、穏やかな表情の青年が立っていた。燕真は、以前、闇に汚染されて死にかけた時(第20話)にも、その声を聞いた事が有る。


「アナタは?」

「君の、未来の舅候補・・・かな?まぁ、もう肉体は無いんだけどね。」

「・・・はぁ?」

「実感が無いかな?

 だから、‘茨城童子に負けてる’なんて妙なダメ出しをされるんだよ。

 酒呑童子と名乗った方が、まだ、今の君には伝わりやすいかな?」

「酒呑童子・・・。紅葉の親父さん?」

「今君が見ている‘この日’に、

 僕は、何もかもが平凡な君に、娘を託すことを決めたんだ。」


 燕真は気付いた。今の燕真の視点は、霊体となって娘を見守る酒呑童子の視点だ。


「君は、死に際に、この光景を見ているわけじゃ無い。

 黒いザムシードを通して、僕の意識とリンクして、ここに呼び出されたんだ。」

「・・・ブラックザムシードとリンク?」

「忘れたのかい?

 君が変身をした黒いザムシードは、僕が封印されたメダルで得た姿。

 紅葉は、自分の妖気を分け与えて、

 君の姿をイメージした黒いザムシードを召喚した。

 どちらの黒いザムシードも、半分は僕で作られているんだよ。」


 酒呑童子は、以前「燕真が、闇に汚染されて死にかける可能性」があると覚悟をした上で、「『酒』メダルを燕真に託してほしい」と有紀に指示をした。目的は、ザムシードに眠る潜在力(エクストラ)を覚醒させる為。そして、燕真の中に、自分の足跡を作ってリンクをする為。

 一定の霊感がある者ならば、霊体の酒呑童子が接触をする事は可能。だが、燕真は霊力の類いが全く無いので、荒療治で足跡を残す必要があった。


「エクストラのキッカケを作ってくれたことは感謝します。

 でも、なんで、俺にアナタ自身(闇の暴走体)を滅ぼす力を?」

「もう、必要の無い力だと思ったからさ。

 僕にも・・・そして、人間界で生きる紅葉にも。」

「俺を呼び出した理由は?」

「こうやって、君に会う為。」

「・・・はぁ?」


 崇(人間態の酒呑童子)は、燕真を見て穏やかに微笑む。


「こう見えても、一応は、紅葉の親なんでね。

 愛娘を守る為に、君をコキ使っている。

 人間界では、父親ってのは、娘が認めた男と会って、

 娘を託すに値すると思えたら、娘の将来を委ねるんだろう?」

「経験が無いのでよく解りませんが・・・多分、そんな感じです。」

「人間として生きることを望んでいる紅葉には、

 彼女の才能を警戒することも過度に期待することもなく、

 紅葉を普通の人間として扱ってくれる君しかいないんだ。」


 彼女を普通に扱うことは、粉木や雅仁には出来ない。だが、霊感ゼロの燕真は、紅葉を特異な存在とは思っていない。紅葉は、燕真から受ける普通の扱いに、居心地の良さを感じていた。


「紅葉は紅葉ですから・・・。」

「ふつつかな娘だがね。」


 崇がスタンド席の前方付近に視線を向けたので、燕真もつられて、同じ方向を見た。

 ツインテールの少女がスタンド席に座って、中学時代の燕真を見詰めている。

 無数の会話や雑音が飛び交っているにもかかわらず、ツインテールの少女が呟く声が聞こえる。


「やめちゃぇばィィのに」


 燕真は、少女の背を見つめてポツリと呟いた。


「やめるわけがないだろう・・・

 だって、今からオマエが、応援してくれるんだからさ・・・。」


 いつの間にか、2つ結びの少女は「ガンバレ60番」と声を上げている。

 これは、いまわの際の風景ではない。夢でもない。紅葉が、心の中で何度も思い描いた日。燕真には「女の子と出会った想い出の1つ」でしかないが、紅葉には、とても大切な出来事。


「僕が君を呼び出す場所は、此処じゃなくてもよかった。

 だけど此処だった。その理由を考えて欲しい。」

「・・・はい。」

「君は、もう解っているんだろう?

 何故、紅葉は、ザムシードと同じ地獄の炎を召還したのか?

 何故、忠実に複製されたブラックザムシードが相手なのか?」

「はい。」


 想いが込められたブラックザムシードの、想いを込められた一撃により、紅葉の想い燕真に流入をして此処に招かれたのだ。


「・・・ん?」


 気が付くと、そこは、夕暮れ時の公園になっていた。燕真は、「ツインテールの少女が、手の平に小さなチョコレートを乗せて、中学時代の燕真に差し出す光景」を眺めている。

 少年の燕真がチョコレートを受け取ると、ツインテールの少女は嬉しそうに微笑んだ。

 この風景にも覚えはある。正確に言えば、忘れていたが、つい最近、思い出した。


「・・・紅葉」


 燕真が、『今』を思い出すと、辺りが急激に闇に覆われていく。紅葉の父、少年時代の自分、ツインテールの少女、誰もいない。何も見えない闇の中に、燕真がポツリと立っている。


「ん?」


 いつの間にか、燕真の手にはチョコレートが握られていた。チョコレートには、ツインテールの少女の温もりが残っている。燕真が、手を開いて、温もりを見つめると、チョコレートだった物は、小さな光を放っていた。

 そして、手の平の光から、目を凝らして見なければ解らないほど細い光の糸が、ずっと向こうの闇に向かって伸びている。


「・・・これは?」


 糸を手繰り寄せながら歩いて行く燕真。とても細い糸だが、間違いなく、先の方で何かに繋がっている。

 足元も見えない真っ暗な闇の中だが、不思議と怖くはなかった。これまで、どんなに先の見えない窮地でも戦い抜いてこられたように・・・糸に従っていけば、歩き続けられるような気がした。


 公園の入り口で燕真を見て「・・・60点・・・かなぁ」と独り言を言う紅葉。

 妖幻システムを持ち出した挙げ句に失敗をして、ふて腐れながら「・・・ぉこらなぃのぉ?」と呟く紅葉。

 アイドルオーディションの最終選考まで進んだのに、辞退をして「これでイイの」と笑う紅葉。

 いつの間にか、燕真のバイクのタンデムシートを自分専用にして、燕真の背中にベッタリと密着する紅葉。

 燕真を蚊帳の外に置いて、燕真のことで雅仁と大喧嘩をする紅葉。


 様々な光景が、闇の中に浮かんでは消えている。燕真は、これが何なのかを理解していた。これは、紅葉の意識の中だ。


 やがて、糸の先に、ぼぅっと浮かぶ白い物を発見する。


「・・・切れて・・・いなかった。・・・ずっと、繋がっていた。」


 蹲り、虚ろな目で俯いている紅葉・・・糸は、彼女に繋がっていた。正確に言えば、糸の先は、紅葉の左手の小指に結ばれている。

 燕真は、『運命の赤い糸』などというロマンティズムは持ち合わせていない。少女マンガの創作としか考えていない。

 だからこそ解った。この糸は、紅葉がイメージをした物。紅葉の希望が形になった物。数年前のあの日から、ずっと繋げられていた物。


「紅葉・・・オマエの気持ち・・・ずっと気付かなくて

 ・・・いや違う、気付いていたのに・・・答えなくてゴメン。」


 何故、紅葉は、ザムシードと同じ地獄の炎を召還したのか?

 何故、忠実に複製されたブラックザムシードが相手なのか?


 その答えは、悩む必要も無いほど簡単。紅葉は、ずっと燕真に拘り続けている。


「オマエみたいな子が、なんで俺を特別扱いするのか解らなくて・・・

 自分に自信が無くて・・・

 でも・・・やっと解った・・・。そんなの関係無いんだ。

 だって俺・・・オマエの事が・・・」


 燕真は、手の平に乗せてある糸を握り、自分の小指に結わえる。



「うおぉぉぉぉぉっっっっ!!!」


 燕真が、マスクの下で眼を見開く!ブラックザムシードの必殺キックを喰らって吹っ飛ばされながら、腰を低くして重心を落とし、両足で精いっぱい大地を掴んで、足の裏を滑らせながら踏み留まろうとするEXザムシード(燕真)!

 迷いは、心をアンバランスに傾ける。エクストラは、「倒す為の闘争心」や「成り上がる為の渇望」では使い熟せない。100%を機能させるには、「力の有難味を知る凡人」の「大切な者を守ろうとする強い意志」が必要なのだ。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!くれはぁぁっっっ!!!」


 EXザムシードが、魍紅葉に伸びた「切れない糸」を掴んだ瞬間、糸がピィンと張り、EXザムシードの後退が止まる!EXザムシードの防御力が致命傷を防いだのか?切れない糸が、吹っ飛ばされようとするEXザムシードを繋ぎ止めたのか?

 一定のダメージを受けた為、EXモードが解除され、ノーマルのザムシードに変化をする・・・が、其処には、ブラックザムシードの奥義を防ぎきったザムシードが、確かに存在をしていた!


「そんな・・・バカな・・・?」


 驚いた表情でザムシードを見つめる魍紅葉。自分の小指に結ばれている糸が、ザムシードの小指に繋がっている事に気付く。


「なんでぇ?・・・なんでぇ?・・・うぅぅぅぅぅっっっっっ!!」


 先ほど氷柱女に打ち込まれて、胸に突き刺さったまま消えていた氷の矢が出現!魍紅葉の胸に暖かみが灯り、氷の矢が蒸発していく!凍てついた闇の中では機能しなかった氷の矢が、魍紅葉の中に残された暖かみに反応をしたのだ!

 途端に、魍紅葉は、身を屈めて、胸を押さえて苦しみ始める!


「アィッ(燕真)、ムカ付く!!ムカ付くムカ付くムカ付くっ!!!

 ブラックザムシード!!サッサと、ソィッ(燕真)をやっつけろ!!

 パワーダウンした弱っちぃ奴になんて、負けるわけがなぃでしょ!!」


 魍紅葉の指示を受けたブラックザムシードの眼が輝き、魍紅葉を庇うようにして、妖刀ホエマルを装備して、ザムシードに襲い掛かる!同様に、妖刀ホエマルを装備するザムシード!

 一合目の剣閃がザムシードとブラックザムシードの間で激突!共に弾かれ、数歩後退するが、直ぐに前に踏み込んで妖刀を振り下ろす!勢い良く振り下ろされた2本の妖刀は、中央で交わって、共に切っ先が地面を抉り、砂埃を舞上げる!


「まだ切れていない!!」


 ザムシード(燕真)と魍紅葉(紅葉)を繋ぐ糸は、光を放ち続けている!紅葉からの、無意識の妖力供給がザムシードを強くする!ザムシードの握る妖刀ホエマルが強い妖気を放って、妖刀オニキリに変化!

 3合、4合と刀身がぶつかり、ザムシードの勢いを凌ぎきれなくなったブラックザムシードが、数歩後退をする!!


「切れたと思っていたけど・・・ずっと前に繋がったままだった!!」


 紅葉(くれは)は、魍紅葉(もみじ)に取り込まれたのではなく、望んで魍紅葉を受け入れていた!

 だが、それは本心ではなく、本当の気持ちを隠す為の殻だった!


「おぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!」


 ザムシードが振り上げた切っ先が、ブラックザムシードの胸に炸裂!火花を散らせながら大きく後退りするブラックザムシード!魍紅葉の眼前で踏み留まり、装備を弓銃カサガケに変化させて、ザムシード目掛けて闇の矢を連射する!

 妖刀で、闇の矢を叩き落としながら突進を続けるザムシード!全身から光が発せられ、腕、肩、胸、腰、脛、そしてマスク、各プロテクターが雄々しく形を変え、エクストラザムシードへと姿を変化させる!


「く、くるなぁぁっっ!!!」


 魍紅葉が、どんなに燕真を憎んでいても、根源にある物は風化せず、燕真に力を与え続けていた!

 皮肉にも、魍紅葉が一番倒したかった相手は、魍紅葉自身に守られ続けていた!


「・・・1日でも!」


 EXザムシードの突進は止まらない!


「1時間でも!」


 ブラックザムシードの妨害を叩き落としながら接近をしてくる!


「1秒でも!

 オマエがイメージする過去よりも先にいる俺が、過去の俺に負ける事はない!!

 オマエがイメージする物が忠実なら忠実なほど、

 俺は、ソイツには絶対に負けない!!」


 ブラックザムシードは、弓銃を一撃必殺の破壊力に特化した‘強弩モード’にして、EXザムシード目掛けて発射!


「うぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」


 しかし、EXザムシードの猛進は止まらない!飛び上がって回避!闇弾はEXザムシードが飛び上がった直後の地面に着弾!爆発が発生して、空中のEXザムシードを押し上げる!


「オオオオ――――ン!!」


 2射目を放つブラックザムシード!妖刀オニキリを振り下ろして、闇弾を迎撃するEXザムシード!空中で大爆発が起こり、EXザムシードが爆煙を抜けて急降下してくる!

 紅葉との繋がりを確認し、紅葉からの霊力供給を自覚したEXザムシードは、過去の産物であるブラックザムシードの攻撃を物ともしない!「忠実に再現されすぎた過去」ゆえに、「未来を望み成長をした姿」には勝てない!


「こっちにくるなぁっっ!!こんなの反則だぁぁっっ!!!」


 魍紅葉は動揺を隠しきれない!EXザムシードに繋がっている糸は強い光を帯び、意思に反して、妖力を流し込んでいく!邪今剣で糸を断ち切ろうとするが、切る事が出来ない!


「無駄だ、紅葉!!俺の望んだ繋がりは、絶対に切れない!!」

「何をやってんの燕真(Bザムシード)!?

 早く燕真(EXザムシード)をやっつけろぉぉっ!!!」

「オオオオ――――ン!!」

「相手が紅葉じゃないなら・・・相手が自分自身なら・・・負けられないっ!!」


 急降下してくるEXザムシード目掛けて、妖刀を握り締めて飛び上がるブラックザムシード!EXザムシードは、妖刀オニキリの切っ先をブラックザムシードに向けて、腕を精いっぱい伸ばす!空中で2つの刃が交わった瞬間、ブラックザムシードの妖刀が砕け散る!


「紅葉のことっ!」


 EXザムシードは、ブラックザムシードの半分が「誰なのか?」と知った上で「越える為」に攻撃をしていた。


「任せて下さいっ!!」


 EXザムシードの突き出した妖刀オニキリの切っ先が、ブラックザムシードの胸を貫く!


〈この酒呑童子を討った褒美に、1つ教えておこう。〉


 EXザムシードとブラックザムシードが空中で交差。


「・・・えっ?それって?」

〈紅葉が‘完全な酒呑童子’を得られない為の嫌がらせをしているんだろうが、

 それは、大嶽丸にとっての致命的なミスだ。〉


 語り終えたブラックザムシードは崩れはじめ、砕けたマスクから崇の顔が現れて微笑んだ。


〈紅葉のこと・・・託したよ。〉



-西側河川敷-


〈有紀。〉


 ガルダの戦いを見守る有紀の隣に気配が立ち、耳元で声がした。姿は無いが、有紀には、それが誰なのか、直ぐに解る。


〈君にも面倒を掛けてしまったね。でも、もう大丈夫だ。

 あとは、紅葉が認めた平凡な青年に任せよう。〉


 眼に涙を浮かべて頷く有紀。その声を最後に、酒呑童子の気配は、人間界から完全に消える。



-文架東中・グラウンド-


 ブラックザムシードは、黒い霧に姿を変え、空気に解けるようにして消滅をした。


「ありがとうございます。崇さん。

 あとは・・・オマエ(紅葉)だけだ!」


 EXザムシードは、残骸となったブラックザムシードの闇を通り抜けて着地!魍紅葉に向かって手を伸ばす!一方の魍紅葉は、狼狽えながら後退で間合いを開け、振り上げた小刀に地獄の炎を纏わせた!


「うぐぅぅっっっっ!!」


 だが、胸に痛みを感じて、小刀を振るうことが出来ずに蹲る!

 皮肉にも、凍てついていた魍紅葉の心を最初に氷解させたのは、魍紅葉自身がハーゲン戦で発した地獄の炎だった。魍紅葉に人の心が戻り始めた今、地獄の炎は魍紅葉の闇を焼く。


「同じことが繰り返されるだけの‘変わらない同じ日’じゃダメなんだっ!!

 それじゃ、なにも面白くないんだっ!!」


 天邪鬼からは、「気持ちで茨城童子に負けている」と言われた。確かに忠誠心では、茨城童子には適わない。だが、紅葉に対する‘別の想い’ならば負ける気は無い。


「くれはぁぁぁっっっ!!!」


 魍紅葉との対峙に、武器なんて必要無い。妖刀を放棄して、魍紅葉に向かって駆けるEXザムシード!


「オマエがっっ!!!」


 EXザムシードを回避することは可能。しかし、魍紅葉は逃げることが出来ない。退いたら、決定的な何かを失うような・・・EXザムシードの次の言葉を待つかのように・・・その場から一歩も動けない。

 魍紅葉は抵抗できないと判断したEXザムシードは、小指に結わえられた光る糸を握って、力一杯引き寄せた。


「んわぁぁぁっっっっ!!」


 魍紅葉に繋がった光る糸がピィンと張り、EXザムシードに向かって魍紅葉の体が引き寄せられる。


「・・・好きだぁぁぁぁっっっ!!!」


 ビクンと全身を振るわせた後、硬直をする魍紅葉。小指から伸びる糸が、更なる光を放つ。

 紅葉との間に、無骨なプロテクターなんて要らない。EXザムシードは、和船バックルから『閻』メダルを抜き取って変身を解除。佐波木燕真の姿に戻って、妖怪・魍紅葉の全身に飛び込んだ。

 これが、どれほどバカな事なのか、充分に理解している。未熟者なんて言葉では生温いだろう。

 しかし、妖幻ファイターの姿では、紅葉に想いを届けることは出来ない。紅葉に拒まれ、倒されるなら、それが自分の可能性の限界なのだろう。


「えん・・・ま・・・。」


 だが・・・魍紅葉は退く事も、迎撃する事も出来ず・・・全身を硬直させたまま、燕真に力いっぱい抱き締められる。僅かに抗おうとするが、本気で燕真を振り解く事が出来ない。燕真の背中に、小刀を突き立てようとするが、突き立てる事が出来ない。


「変化をしていく日々は、楽しいことが沢山ある代わりに、

 きっと、辛いことも沢山ある。

 だけど、オマエが一緒なら乗り越えて行ける。

 これからも、オマエと一緒に成長をしていきたい。」

「・・・放・・・せ・・・・・・えん・・・・ま!」

「俺は生身だ!嫌なら、全力で振り解けばいいだろう!」

「・・・放し・・・て・・・ょ」

「嫌だ!離さない!」

「こんなの・・・ズルイょ・・・・こんなの・・・反則だょ・・・

 燕真・・・ァタシの気持ち・・・全部知ってるクセに・・・」

「そうだな・・・狡いんだろうな。

 でも、オマエが、俺をどう思っているかなんて、最初からどうでも良かったんだ。

 ただ・・・俺はオマエが好きなんだ。・・・たったそれだけの事なんだ。」


 それまで、抱き締められながら抗っていた魍紅葉の力が抜けていく。魍紅葉の冷たい眼から、温かい涙が溢れ出す。そして、妖怪の表皮に亀裂が入り、中から光が溢れてくる。


「・・・だから・・・俺のところに戻ってきてくれ。」

「えん・・・・ま・・・」

「・・・傍に居て欲しい。」

「凡人のクセに・・・」

「あぁ、俺は凡人だ。スーパーマンには成れない・・・。

 だけど、凡人がオマエを愛しちゃいけないって事は無いはずだ。」

「・・・・・・ん」


 燕真の背中に手を回す魍紅葉。その瞬間、中から零れる光が、紅葉を覆っていた妖怪の姿を消し飛ばし、人間・源川紅葉が姿を現した。

 燕真は、取り戻した紅葉を、「掴んだまま離さない」ほどの気持ちで体を抱き締め続ける。



~~~~~~~~~~~~~~~~


 残り2話はラストバトルになりますが、全ストーリーを通して作者が一番描きたかったのは今話になります。 これまでの全46話は、第47話の「燕真の答え」に集約される為の積み重ねのストーリーです。「半妖少女を受け入れる」を軽率に描きたくなかったので、時間を掛けました。

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