第46話・託された想い

-東京・退治屋本社ビル-


 ニュースで事件を知った喜田御弥司が、規制線の外側から、半壊したビルの様子を眺めていた。

 規制線の内側には退治屋達が集まっているが、警察主導で行方不明者の捜索に手を貸したり、変わり果てた職場を呆然と眺めながら事情聴取に応じているだけ。既に解雇済みの喜田は、ビルに近付く権利すら無い。


「何があったんだ?」


 自分を追い落とした憎むべき場所と言っても過言ではない。だが、喜田なりの努力で維持をした組織の危機を「対岸の火」と放置するほど冷静でもいられない。

 公私混同で退治屋を混乱させた自覚はある。しかし、代表者が変わった途端にこの有り様では、「自分だCEOをしていた頃の方がマシだったのでは?」と思えてしまう。


「ん?あれは?」


 野次馬の中に見知った部外者が居る。約4ヶ月前に、保管庫からメダルを持ち出した容疑者として解雇をされた前CFO(最高財務責任者)の遠斉武実(えんざい むじつ)だ。

 喜田が人混みを掻き分けて寄って行くと、喜田を認識した遠斉は逃げ出そうとする。しかし、喜田に追い付かれて腕を掴まれた。


「何故、逃げるんだ、遠斉君!?」

「俺の言い分を一切聞かずに、一方的に追い出した貴方とは会いたくないからだ!

 ビル破壊の件、まさか、また私を疑っているのか?」

「話を聞け、遠斉君!君は私を誤解している。」

「何の話を?」

「当時の私は、社内の恥を隠蔽することが会社を守ることと思っていた。

 だから、君の主張を聞こうとは思わなかった。だが、それは間違えていた。」

「なにを今更!」

「私も君と同じ立場になってしまったのだよ。

 身に覚えの無いメダル盗難の罪を着せられて解雇をされた。」

「なんですって?」


 遠斉は肩の力を抜き、ようやく聞く体勢になってくれた。冤罪で退治屋から追い出された過去の権力者が2人。そして、本社ビルの半壊事件。喜田は、2人の失脚によって権力を得た者によって、退治屋がとんでもない事をしているように思えてしまう。




-文架市・鎮守の森公園-


 中央付近の亜弥賀神社前で、大武剛COOと、秘書の迫天音が待機をしていた。粉木達が、反逆者との交戦状態になった報告は受けている。


「文架支部長(粉木勘平)・・・たかが人間のクセに、相変わらず、目障りだ。」


 退治屋の掌握と、文架の封印結界の制圧。ほぼ、大武の理想通りに進捗している。ただし、「些細な予定外」でしかないが、粉木勘平の動きが気に入らない。



 25年前、銀色メダルの技術を退治屋に持ち込んだのは、大武剛(大嶽丸)だった。当時の常務・喜田御弥司は、「ベテランに頼る必要の無い力」に飛び付き、即座に退治屋の新方針として採用した。

 銀色メダルが組織内に流通をすれば、隊員達は揃って妖怪に支配され、退治屋は大嶽丸が掌握できるはずだった。しかし、「銀色メダルは危険」と猛反発した老害がいた。大武(大嶽丸)は、喜田をそそのかし、老害を地方閑職に排除する。

 銀色メダルに支配された若者達が決起をした。そこまでは、大武(大嶽丸)の予定通りだった。しかし、地方に排除したはずの老害が、銀色メダルに支配された弟子を殺害して、大武(大嶽丸)が裏で画策した反乱を鎮圧する。


 18年前、大武(大嶽丸)は、狗塚の一族を惨殺して、その罪を、狗塚の天敵たる酒呑童子に被せた。そして、酒呑童子のアジトを退治屋内に漏洩させて、討伐を促した。目的は、酒呑一派と狗塚家の共倒れ。

 策略通り、奇襲を受けた酒呑一派は壊滅をして、狗塚の血統は幼い長男以外を失った。だが、妖力の大半を失った酒呑童子は文架市に逃げ、その存在と、中核を封印したメダルは、当時の文架市の退治屋師弟によって隠された。

 この時に力を失った勢力は、今現在、文架市で、新しい力となって芽吹いている。


 4ヶ月前の、大武が誘導をした「魂無き酒呑童子の暴走」は、文架支部によって鎮圧された。

 目障りな彼を、おだてて、直属に組み込み、支配をしようとしたが断られた。


 この度の、文架への部隊派遣では、文架支部の総意で反発をすると思っていた。そうなれば、文架の師弟諸共を退治屋の権力で潰して、文架で行動を起こす権限を、完全掌握できるはずだった。だが、師は大武(大嶽丸)を疑っているにもかかわらず、従う態度を見せた。その結果、「反逆をした弟子の不始末は、師が処理をする」という雰囲気になって他の退治屋達は手を出さず、反逆をした弟子は反逆の姿勢を貫いたまま守られた。


 功績と人望のある彼を粗略に追い落とせば、周りからの信頼を失ってしまうだろう。


 粉木勘平には、大武の隠れた野望を阻止する意図があったわけではない。

 だが、結果的に、正体を隠して野心を募らせる大嶽丸にとって、粉木勘平は、常に邪魔な存在だった。



「天逆毎よ。粉木と、その弟子(燕真)。酒呑(紅葉)と、その母親(有紀)。

 俺が想定していない争いは、少しばかり気分が悪い。

 雌雄が決してからで良い。文架の内輪揉めの勝者を潰してくれ。」


 ザムシードvsアデス、魍紅葉vsハーゲン、どちらも、大武からすれば、意にそぐわぬ者同士の潰し合いでしかない。共倒れは、ありがたい展開だ。だが、「ありがたい」以上に、「誰が勝っても大武のプラスにならない」という漠然とした不満を感じる。




-西側河川敷(vsアデス)-


 ザムシードが顔を上げ、アデスを睨み付ける。


「ふざけんな。全部背負うって・・・何様のつもりだよ、ジジイ!」


 Yウォッチから、水晶メダルを抜いて、正面に翳す。


「ジジイには死なれちゃ困る!

 過去の知り合いから、あの世に呼ばれてるってなら、追い払ってやる!

 アンタが退治屋のトップと刺し違えるつもりなら、俺が妨害する!」

「フン!大口叩くな、未熟な凡人がっ!!」


 天才は、‘出来ない事’を理解できない。秀才は、‘努力が実を結ばない事を手抜き’と判断する。どちらも、自分と同等の者以外を置き去りにしてしまう。だが、燕真(ザムシード)は、自分が何も出来ないと解っているから、何も置き去りにはしない。


「未熟も凡人も否定しない!

 だけど、未熟でも、凡人でも、負けばかりの人生でも、

 諦められないことが有るんだ!」


 燕真(ザムシード)が、置き去りにしない中には、言うまでもなく、粉木(アデス)も含まれている。




-回想(約1年前)-


 燕真の研修が開始された直後から、粉木にとって「悪い意味」での想定外の連続だった。


「え?オマン、霊を見たこと無いんか?」

「おばけなんてウソだろ。・・・ちょっと怖いけど。」

「誰が、童謡を歌え言うた?」


 才能ある様々な弟子を育成してきた粉木は、「砂影滋子のお墨付きなのだから逸材だろう」と考えていたのだが、佐波木燕真は驚くほど何も出来ない男だった。


「妖怪も知らんのか?」

「寝惚けた人が見間違えただけだろ?」

「誰が、童謡を歌え言うた?」

「歌ってねーよ。」


 適正ゼロ。霊感を使って妖怪と接触したり退治する職業なのに、霊や妖怪の存在を信じていない。前代未聞だ。砂影が、燕真の何を買って太鼓判を押したのか、全然、理解が出来ない。


「どういうつもりや、滋子?」

〈人間性の良さは保証すっちゃ。〉

「悪い男ちゃうんは解るけど、

 性格の善し悪しで務まる仕事じゃあれへんのやろう。」

〈まぁ、しばらく学ばせて、だちかんかったら返却して。

 その時ちゃ、こっちで引き取ってぇ、運転手や電話番で使うわ。〉

「・・・確実に、返品対象やろうな。」


粉木は「燕真は研修期間すらクリアできない」と感じていた。



ピーピーピー

 文架市内で妖怪が発生。YOUKAIミュージアムで、妖怪出現の警報音が鳴り響く。


「場所は川東のショッピングモールや!」

「了解です!」


 指示を受けた当時の粉木の弟子・田井弥壱が、バイクに乗って出動をする。


「燕真!オマンは店番を頼む!」

「はぁ?なんでだよ?俺も連れて行け!」


 最初の数回程度は、研修の為に、粉木は燕真を現場に連れて行った。だが、行っても何も感じないので、同行させても意味が無い。むしろ危険なだけ。


「現場に行っても、オマンには、何もすること無いやろっ!」

「客の来ない博物館に居ても、何もすること無ーよ!」


 燕真の‘人柄のよさ’だけは認めつつあった粉木は、本部への返品はせず、店番として燕真を受け入れるつもりだった。ただし、あくまでも、博物館の係員の扱いで、退治屋としては一切認めていない。燕真を残して、粉木は車で、田井の後を追う。


「待て、粉木ジジイ!」


 一応、退治屋に就職予定で研修を受けているのに、業務の蚊帳の外なんて納得できるわけがない。行っても何もすることは無い可能性は高いが、行けないのでは話にならない。


「腹立つっ!」


 粉木と田井の会話から、何処で事件が発生しているのかは、燕真も知っている。粉木邸の脇に置いてある錆びた自転車に乗って、現地へと向かった。


 現場では、妖怪が暴れ、客達が悲鳴を上げながら逃げ廻っていた。到着をした粉木は客の避難誘導を手伝い、田井は妖幻ファイタータイリンへと変身して、妖怪と交戦する。

 遅れて自転車で到着をした燕真は、ひとけが無くなった駐車場で、タイリンと妖怪の戦いを見守る。ふと視線を感じて顔を上げたら、大型店舗の屋上で、青白い顔色の中年男性が駐車場の妖怪を見下ろしていた。


「なんだ、あのオッサン?」


 今から飛び降りるような雰囲気だ。気になった燕真は「どうせ、見てるだけで何も出来ない」と駐車場の戦闘を無視して、建物に飛び込み屋上へと駆け上がる。粉木はタイリンの戦いを見守りながら、燕真の特異な行動をチラ見した。


「そこのアンタ、逃げないのか?」


屋上に上がった燕真は、不健康な風体の中年男性に声を掛ける。


「なんだ君は?」

「なんだって言われても・・・ただの通行人・・・としか説明できないけど。

 変な怪物が暴れてんのに逃げないのか?」

「ああ・・・あの妖怪のことか?奴なら大丈夫だ。俺には危害を加えない。」

「ん?アンタ、妖怪の存在を認識しているのか?」


 燕真は、妖怪の存在には未だに馴染んでいない。だが、研修を経て、騒然とする現場には、それなりに慣れていた。妖怪が人や念の隠った物に憑き、それを祓わなければ事件が解決しないのは教えてもらった。尤も、具体的に何をすれば良いのかは、解っていないけど・・・。


「なんで、アンタには危害を加えないって思えるんだ?」

「ただの通行人の君には関係無いだろう?」

「関係無くはない・・・かな?」

「なんなんだ、君は?」

「一応は、妖怪退治を仕事にしてます。」

「・・・妖怪退治?」

「まぁ・・・まだ、何も出来ないけど・・・・あっ!おいっ!」


 中年男性は、燕真の言葉を最後まで聞かずに、そそくさとその場から立ち去ってしまう。

 同時に、駐車場でタイリンと交戦中の妖怪が、特に追い詰められたわけでも、大ダメージを受けたわけでもないのに、急に消滅をした。


「くそっ!逃げられた!」


 タイリンが変身を解除して田井の姿に戻り、悔しそうな表情で粉木のところに寄ってくる。


「ああ・・・そうやな。」


 粉木は田井を労いつつ、屋上の燕真を見つめていた。


「才能の欠片も無いクセに、何をするつもりや?」


 妖怪の依り代は、燕真が接触をした中年男性。しかし、適正ゼロの燕真は、そんな重要な事実には気付いていない。ただ、不健康そうな中年が放っておけなくて追い掛ける。


「おいっ!アンタ、さっきの妖怪と何か関係あんのか?」

「余計なお世話だ!俺に構わないでくれっ!」

「待ってくれってのっ!」


 追い付いた燕真が、中年男性の肩を掴むが、中年男性は肩を回して振り解く。


「俺から妖怪を奪う気か!?」

「奪う?・・・えっ?さっきの妖怪と友達なのか?」

「友達ではない。アレ(妖怪)は、俺の心が形になったもの。

 俺を理解して、願いを叶えてくれるんだ。」

「・・・理解?・・・願い?」


 燕真は、「もしかして、このオッサンが依り代?」と初めて気付く。粉木か田井に通報して、妖怪を祓ってもらうのが正解ってことも解る。だけど、中年男性の拠り所の無い眼を見ていると、中年男性にとって「一方的に祓って終了」が正しいのか、よく解らない。


「アンタの願いって何だよ?暴れ回ることなのか?」

「幸せそうにしている奴等を妨害することだ。」

「・・・はぁ?」


 他人の幸せの妨害が願いってなんだ?意味が解らない。ムカ付いたので、粉木と田井を呼んで、「一方的に祓って終了」「オッサンがどうなろうと、知った事ではない」と感じたが、中年男性には放置をしにくい何かがあった。


「なぁ・・・そんなことして、何が楽しいんだ?」

「楽しい事なんて何も無い。」

「だったら何で?」

「俺が何も楽しくないのに、周りが楽しそうなのが不満だからだよ。

 君のような、前途ある若者には理解できまい。

 だから、俺のことは放っておいてくれ。」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、呆然とした表情で、表情を引き攣らせた中年男性見詰めている。


「軽蔑しろよ。」

「・・・・・・・・・・・」

「何をやっても上手く出来ない。

 少し優れたことがあっても、直ぐに追い抜かれる。

 底辺で、優秀な奴を眺めているだけ。」

「・・・・・・・・・・・」

「君には、無様な俺の気持ちなんて理解できまいっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・何か解る。」

「・・・ん?」

「俺も、何をやっても勝てない側・・・だからさ。」

「・・・君も?」

「手抜きをしてるつもりは無いんだけどさ。

 美味しいところは、全部、優秀な奴に持って行かれちゃう。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「大学になって、周りが同レベルの奴ばっかりになって、

 少しはマシになるかと思ったけど、

 今度は、多少バカでも、要領の良いヤツが、全部持って行きやがる。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「世の中、不公平だよな~。」

「・・・そ、そうか。君も?」


 燕真は、溜息を付いて虚しい表情で空を見上げた。「放置をしにくい」と感じた理由は、同レベルの人種だったかららしい。同情をした中年男性が、燕真の肩を軽く叩く。


「何なら、一緒に呑みに行くか?俺で良かったら愚痴を聞いてやるぞ。」

「いや・・・勤務中だから、それはマズい。」

「そうか。大変だな。だったら、代わりにコーヒーくらい、おごらせてくれ。」

「あぁ・・・どうも。」


 中年男性が気を遣って、近くの自販機で購入した缶コーヒーを燕真に差し出す。その光景を、粉木と田井が壁に隠れて観察をしている。


「さすがにマズいですよね、粉木さん?」


 ミイラ取りがミイラになってしまった。退治屋(見習い)が、妖怪の依り代に抱き込まれるって、どんな状況だ?堪りかねた田井が燕真に声を掛けようとしたが、粉木が止める。


「売り手市場だと思っていた就職活動も、全然、理想通りになりませんでした。」

「君も大変な思いをしているんだな。」

「はい、不満だらけですよ。

 でもね、勝つのは難しいってのは解ってるんですけど、

 いじけてしまったら、それで終わりというか・・・」

「・・・ん?」

「優秀な奴に勝つチャンスを、自分から捨てるような気がして・・・

 だから、放棄はしたくないって思っているんです。」

「・・・そうか。前途多難だろうが、頑張ってくれ。」

「ありがとうございます。」


 いつの間にか、立場が逆転して、燕真が中年男性に励まされている。


「はははっ・・・人のことは言えないな。俺も頑張るよ。

 人生の手本となるべき俺が、無様な姿は見せられないからな。」

「そうですね。お互いに、抗いましょう。」


 マウントを取り、先輩風を吹かせて、表情が穏やかになった中年男性は、燕真を激励して去って行った。中年男性の姿が見えなくなるのを見計らって、粉木と田井が現れる。


「ご苦労やったな、燕真。初の、任務達成や。」

「はぁ?何の話?」

「もしかして気付いてないのか?」

「オマンとの会話で、依り代の男は絶望を捨てて希望を持ち、

 憑けなくなった妖怪が祓われたんや。」

「えっ?いつの間に?」

「マジで気付いてなかったのか?」


 退治屋の任務は、妖怪を討伐すること。依り代の人生観など関係は無い。だが、佐波木燕真は、依り代に手を差し伸べて心を晴らし、邪気祓いを一切せずに妖怪を退けてしまった。こんなケースは前代未聞。「力と技術による討伐」が退治屋の大前提なのに、この見習いの若者は、会話だけで妖怪を討伐したのだ。


「佐波木燕真はゼロや・・・が、なんも持ってへん男ちゃう。」


 これまでの通例に当て嵌めれば、燕真の退治屋適正はゼロ。だがそれは「50年前に決められた古い考え方」でしかない。粉木は、砂影滋子が燕真を推薦してきた理由が、少なからず理解できた。


「まさかとは思うが、可能性はゼロではないか。」


 閻魔大王から「数ヶ月のうちに適正使用者が現れる」と言われてから、4年の間、適正者が見付からなかった『閻』メダル。粉木は「まさか、退治屋の才能ゼロの燕真が?」とは感じるが、念の為に試してみようと考えていた。



 燕真は、『閻』メダルに適合をした。


「おぉぉっ!これが、妖幻ファイターかっ!なんかスゲー!!」


 Yウォッチはコストの高い新型カスタムタイプで、数少ない選ばれたエリートにしか支給されていない。そして、『閻』メダルを起動できるツールはYウォッチだけ。

 だが、まだ研修中で、しかも、退治屋の才能ゼロの燕真が、最新システムをを獲得してしまった。


「色々とマズいのう。」


 基本的には、設備投資は後回しにされる地域支部が、本部や東京支部を差し置いて最新システムを扱う。他者より優れた経験など皆無の凡人が、人智を大幅に超える力を手に入れる。2つの問題が粉木を悩ませる。


「のう、田井。オマンが、燕真をコテンパに叩きのめせ。」

「えっ?俺が・・・ですか?」

「性能的にはアイツのが上やけど、戦闘はド素人。

 戦いのイロハもロクに解らんやろうからな。」

「俺に後輩をいたぶる趣味は無いんですがね。」


 粉木は、「心無き者が力に溺れる」を極端に嫌う。過去の弟子は力に溺れて心を失った。特殊な力を持った程度で「俺は凄い」「俺は特別だ」などと勘違いをされては困る。凄いのは『者』ではなく『物』なのだ。

 粉木は、「強大な力に振り回される」を極端に嫌う。50年前の親友は、世界を救う為に、強大すぎる力を頼って身を滅ぼした。

 もう、誰も『力』の犠牲にはなって欲しくない。目に映る者達だけでも『力』から守ってやりたい。特に「戦う理由を学ぶことなく、力を得てしまった燕真」には、使い方をキチンと学んでもらわなければならない。


「解りました。燕真を調子付かせないように、鼻っ柱をへし折れば良いんですね。」


 田井は、決して乗り気ではなかったが、粉木の意を汲む。

 当時のザムシードの装備は、木製ナイフ(裁笏ヤマ)と妖刀のみ。まだ、弓型の銃は支給されていない。


「どうした、燕真!高性能システムが泣いてるぞっ!」

「くそっ!」


 ザムシードの基本スペックでは、タイリン(田井の妖幻システム)を大幅に上廻っている。だが、ザムシードは、戦闘経験値が勝るタイリンには、全く歯が立たなかった。伸されたザムシードに、タイリンが手を差し伸べる。


「立てるか?」

「はい・・・なんとか?」

「よし!ならラーメンでも食いに行こう。俺がおごってやる。」

「・・・ど、どうも」


 任務とは言え、後輩をフルボッコにしなければならない田井は、申し訳なさでいっぱいだ。反面、燕真の師として長くコンビを組む粉木より、数ヶ月後には燕真から離れる自分の方が憎まれ役に適していることも把握していた。


「粉木さん、多分、アイツは大丈夫です。

 力をひけらかすような奴じゃありませんよ。」


 田井は戦いながら気付いていた。燕真は、先輩相手に本気で戦えるほど、シビアな性格ではない。燕真自身は本気で戦っているつもりだが、他者を傷付けることを怖がり、心がブレーキをかけている。退治屋としての心構えも、戦いのノウハウも学んでいないのだから当然なのかもしれない。


「ああ、ワシも見ていて解った。奴は甘ちゃんや。」

「模擬戦・・・まだやるんですか?」

「甘ちゃん過ぎるのも問題や。性根を鍛えたれ。」

「あ~あ~・・・俺が燕真に嫌われないことを祈っていてください。」


 燕真を叩きのめした後、田井は、必ず、燕真を飯に連れ出して、反省会を開いてやった。燕真が田井に対して頭が上がらない理由は、この時のアメとムチがモロに効いているからである。

 田井が、燕真への引き継ぎを終えて、東東京支部に配属されるまでの数ヶ月間、結局、燕真は、1度も田井に勝つことはできなかった。


 燕真は、戦うべき相手と、戦う必要の無い相手を、無意識に分けている。粉木は、ザムシードの初陣となる絡新婦戦の勝利で、それを確信した。



-回想終了-


 ガルダの仲裁は、逆にザムシードの闘争心を煽ってしまった。だが、ガルダは、止める気は無い。ザムシードを信じて託し、変身を解除して雅仁の姿に戻って引き下がる。


「結局は、決着を付けるしかないようやな!」

「そういうことだ!」


 この、似たもの同士の師弟は、互いの意地をぶつけ合い、雌雄を決することでしか先には進めない。


「ジジイは強い。

 まともにやり合ったら、100回に1回勝てるかどうか、

 それくらいの戦闘経験の差はあると思っている。

 だから、この先の喧嘩は全敗でも良い!だけど今だけは勝ちたい!

 100回のうちの1回を、今、手に入れるっ!」


 ザムシードは、水晶メダルをベルトの和船型バックルに装填!アデスはマキュリーのカードを掲げる!EXザムシード、及び、アデスM、フォームチェンジ完了!


「燕真っ!!」


 アデスMは、自身のスタミナの消耗に気付いている。長期戦では体力が保たない。だから、一撃必殺に賭ける。


「粉木ジジイっ!」


 EXザムシードは、白メダルをブーツのくるぶしに装填して、アデスMに正面を向け、腰を落として身構える。アデスMの奥義に対して、自身も奥義で応戦する構えだ。


「礼を言うぞ、燕真!」

「なんだよそれ、死亡フラグか?礼を言われる意味が解んねーよ!」


 EXザムシードとアデスMの間に炎の絨毯が出現!気勢を上げて駆け出すEXザムシード!アデスMは、バイクに変形をした蝙蝠モンスターに跨がり、スタートをする!バイクから発射された‘対象の動きを拘束する竜巻が、突進中のEXザムシードに襲いかかる!


「2度も喰らうかよっ!」


 昨日の戦いでは、アデスMの奥義に敗北をしている!パターンを把握していたEXザムシードは、飛び上がって竜巻を回避した!その真下を、竜巻と、アデスMの駆るバイクが通過をする!


「燕真っ!まだまだ甘いっっ!!」


 竜巻を回避されることは想定済み!アデスMは、素早くバイクをターンさせて、跳躍を終えて下降中のEXザムシードの無防備な背中目掛けてリスタートをする!


「空中では、進行方向は変えられん!これで終いや!」


 アデスMだけでなく、観戦中の雅仁と砂影も、ザムシードの敗北を想像した。

・・・だが!


「来い、マシンOBOROっっ!!」


 EXザムシードの叫びに呼応して、EXザムシードの正面にワープホールが出現!中から飛び出してきたマシンOBOROのカウルを足場にして蹴り、宙返りで体の向きを変えて、飛び蹴りの体勢でアデスMに向けて、白メダルが装填された利き足を突き出した!


「なにぃっっっ!?」


 マシンOBOROとの衝突を推進力にしたザムシードが迫る!


「うおぉぉぉっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 EXエクソシズムキックと、バット・ホワールウィンドゥの激突!アデスMの真芯を捕らえたEXザムシードと、奥義衝突のタイミングを狂わされて、バイクの鼻先をEXザムシードに向けきれなかったアデスM!互いが受けるダメージは、一目瞭然だった!

 弾かれながらも、空中で体勢を立て直して着地をするEXザムシード。一方のアデスMは、バイクごと弾き飛ばされて地面を転がり、変身が強制解除をされて、粉木の姿に戻った。



「のう・・・燕真。」


粉木は、大の字に仰向けになって、空を見上げたまま、ポツリと質問をする。


「聞かせろ。なんで、飛び道具(銃)を使わんかった?」

「ああ・・・戦いに夢中になりすぎて忘れてた。

 ジジイが飛び道具を使ってれば、思い出して使っただろうけどな。」


 EXザムシードは、粉木のところに寄っていって変身を解除。燕真の姿に戻って腰を降ろす。


「もう一つ聞かせい。なんで、わざわざ、ワシの奥義に付き合った?

 長期戦に持ち込めば、体力のあるオマンが有利。気付いておったんやろ?」

「ん?ジジイ、もしかしたらバテていたのか?

 だったら言ってくれよ。

 そうすりゃ、長期戦を仕掛けて、ジジイのスタミナ切れを狙ったのにさ。」

「ふんっ・・・バカもんが。」


 燕真は、正面突破で粉木を倒したかったので、あえて飛び道具は使わずに挑んだ。アデスが草で躓いた時点で粉木の消耗に気付いたので、あえて弱点を突いた攻撃をせず、長期戦は避けて奥義の打ち合いに応じた。

 粉木は、燕真に気付かれたことを気付いていた。だから、真正直な戦いを挑んだ愛弟子を「バカもん」と褒め称えた。


「思い通りに進め、燕真。」


 死力を尽くした2人は、もう、確執の色は無かった。倒れている粉木に、手を差し出す燕真。2人の手が結ばれる。


「ああ、ハナっから、そのつもりだ。」


 燕真&雅仁&粉木&砂影は、直ぐ間近に立ち上がっている白い竜巻=氷の結界を見詰めた。他者を寄せ付けない結界の内部では、母と娘が戦っている。




-同時進行・氷の結界-


 温羅鬼、栄螺鬼、牛頭、馬頭等々の兵鬼達は氷像と化していた。

 引退をした有紀の、17年ぶりの妖幻ファイターハーゲンへの変身。それは有紀の覚悟を示している。


「ママのクセに・・・超ムカ付く!」


 母親の戦いを初めて見た魍紅葉は驚きを隠せない。部下達を瞬殺された熊童子は、怒りを募らせる。そして、星熊童子が、恨みの隠った眼で、氷柱女の前に立って睨み付けた。


「魍紅葉様、私は、氷柱女には借りがありますので、任せていただきます!」

「雪山での一件だょね?ぅん、ワカッタ!任せるねっ!」

「ははっ!ありがたき幸せ!!」

「ママが二度とァタシのジャマをしないように、いっぱい反省させてあげて!」


 星熊童子は、以前(第11話)、羽里野山の戦いで、利用をしたつもりの氷柱女に逃走を邪魔され、ガルダに倒された経緯があり、深い恨みを持っていた。


「退治屋の次に討伐をするつもりだったが・・・順序が入れ替わったな!」

〈あの時の小賢しい鬼か?〉


 弓矢を装備して、鏃をハーゲンに向ける星熊童子。ハーゲンは、日本刀を抜刀して構える。


「行くよ、熊ドージ!」


 星熊童子に邪魔者の相手を任せた魍紅葉と熊童子は、標的(燕真)を狩る為に、ハーゲンの脇を通過して竜巻で出来た白い壁に飛び込んでいく。・・・が、数秒を経過して、竜巻の内側に飛び出して来た。魍紅葉達の眼前には、先ほどと同じ、星熊童子とハーゲンが対峙する光景が広がっている。


「これゎ!!?」

「チィィ!風の渦に惑わされたか!?」


 熊童子は、再度、竜巻の中に飛び込んでいく。魍紅葉は、その場から動こうとせず、憎々しい眼でハーゲンを睨み付けている。数秒をおいて、熊童子は再び竜巻の内側に飛び出してきた。


「バカな!?さっきと同じだ!!

 視界が白一色になった途端に、内側に戻ってきた!」


 魍紅葉は、以前にも同じ光景を見た事があった。竜巻の中に入ろうとしたザムシードを拒み、竜巻の外に弾き出した氷の結界。

 あの時は、紅葉は結界の干渉を通り抜けて竜巻の中に入る事が出来た。しかし、今は結界の干渉を受けている。理由は簡単だ。有紀と氷柱女が力を合わせたことで、以前とは比較にならないほど強い妖力を、今の‘氷の結界’に使用しているのだ。

 源川有紀と氷柱女の関係は、他の「妖怪が封印されたYメダルを扱う妖幻ファイター」とは違う。有紀と氷柱女の信頼と共存が、妖幻ファイターハーゲンに本来の性能以上の強さを与えている。



**************************************


 約20年前、有紀は、粉木から退治屋としての一通りの心構えを教えた後、共に文架市西にある羽里野山に登った。


「お氷・・・いるんやろ、顔見せい!」


 粉木が呼び掛けた途端、冷たい妖気が場を支配して、吹雪が吹き荒れ、氷柱女が出現をする。


「妖怪!雪女!?」

「氷柱女のお氷や。人害はあれへんさかい安心せんかい。」


 有紀は一瞬驚いたが、粉木の言葉を信じて直ぐに構えを解いた。


「この妖怪・・・粉木さんの恋人ですか?」

「ちゃうわ、ボケ!」

「なんだ、この小娘は?オマエ(粉木)のツガイか?」

「ちゃうわ、ボケ!・・・揃って、発想が下世話やの!」


 氷柱女は、妙なシンパシーを感じ、有紀を眺めて、微笑を浮かべた。


「この様な小娘を育てているのか?」

「小娘やけど、才能はあるで。」

「そんな物、見れば解る。私は、この小娘が気に入った。後見をしてやる。」

「・・・はぁ?何を勝手に?」


 家主の意思に関係無く、氷柱女が粉木邸に居候をして有紀の修業の補佐を開始する。

 その日から数ヶ月後、退治屋として順調に成長をした有紀は、粉木から妖怪博物館の事務室に呼び出された。


「有紀ちゃん、前線に出てみるか?」


 粉木の手元には、「粉木用」として、提供されたまま未使用の妖幻システム・Yケータイが一つある。


「そやけど、大問題が1つある。」


 通常の妖幻システムは、妖怪の能力を封印した状態で支給される。だが、粉木が持つYケータイには、何も込められていない。


「今まで倒したうちの、どれか好みの妖怪を選ぶんや。」

「倒した妖怪以外でも良いんですか?」

「これから倒すとでも?アテはあるんか?」

「いえ、倒した妖怪ではなく、友人の手を借りたいんです。」

「なんやて?」


 粉木には‘一体’しか思い浮かばない。有紀が合図をすると、窓から事務所内に雪混じりの冷たい風が吹き込んできて、しばらく吹雪が吹き荒れ、気が付くとソファーの有紀の隣に氷柱女が座っていた。


「やはりオマン(氷柱女)か。」


 ‘そのまま’では、妖幻ファイターと同一個体にはなれない。封印用のメダルに収まった状態で、本部で特殊加工を施さなければ成らないのだ。


「お氷・・・頼めるか?」

「娘のことは気に入っている。協力してやろう。」


 氷柱女は、未使用の妖幻システムの媒体となることを受け入れてくれた。

後に伝説となる【妖幻ファイターハーゲン】が誕生をする。



**************************************


 以前のような威嚇ではない。誇り高き鬼族が揃って足止めをされている。ハーゲンは、全身全霊で鬼の行動を妨害している。


「いくらママでも許さないんだから。」

「紅葉・・・。現役時代の私は、それなりに優秀だったの。

 あまり舐めないでほしいわね。」


 目障りすぎる氷の結界。妖力を消耗させて、鬼の結界で氷の結界をパンクさせるか、ハーゲンを倒して結界を解かなければ、魍紅葉達は脱出できない。ハーゲンの行為は血の気が多い鬼を挑発するには充分すぎた。


「星熊ドージ!何やってんのっ!サッサと倒しちゃって!」

「御意!」


 星熊童子が鬼の顔を模した鏃が付いた矢を3本召喚して、纏めて弓に番えて射る!しかし、ハーゲンが刀の素振りで発生させた吹雪によって、射られた直後の矢が凍りついて星熊童子の足元に落ちた!


「格下の分際で、生意気な!

 これならば、吹雪程度で吹き飛ばすことは出来まい!」


 星熊童子が掌を翳して妖気を発すると、星熊童子の正面に直径3mほどの巨大な氷の塊が出現する!


「潰れろっ!」


 ハーゲン目掛けて巨大氷塊を飛ばす星熊童子!しかし、ハーゲンが掌を向けると、巨大氷塊は星熊童子の目の前で砕け、無数の礫となって星熊自身に襲いかかる!


「なにっ!?・・・ぐわぁぁっっっ!!」

「氷の結界内で、氷使いの私に対して、氷で攻撃をするなんて、随分と浅はかね。」


 結界は発動者を有利に導き、敵を致命的なほど不利にする。ただでさえ、ハーゲンは氷への支配力の強い。その支配力が結界で強化をされ、星熊童子の作り出す氷さえもハーゲンに掌握されていた。


「熊ドージ、ボケッとい見てないで手伝ってあげてっ!」


 魍紅葉は苦々しい表情を浮かべ、熊童子に「倒せ!」と指示を出す!


「お待ち下さい、魍紅葉様!此奴は、私がっ!」

「まだやっつけていないクセに、エラそうなこと言うなっ!」


 ハーゲンは、娘の盲進的な性格を熟知している。参謀の茨城童子が不在ゆえに、この場には、魍紅葉を諫められる者が居ない。過去の酒呑童子とは違い、実戦経験が乏しい今の魍紅葉(酒呑童子)は、苛立ちと焦りから、まんまとハーゲンの挑発に乗せられる。


「グロロ!姫様の命令だ!加勢するぞ、星熊!」

「・・・チィッ!」

「オマエの戦い方は、消極的ってことなんだよ!」


 大金棒を振り上げて襲いかかる熊童子!金棒に熊童子の妖気が伝わって炎を纏う!


「グロロッ!灼熱で溶けてしまえっ!」

「氷の結界内で炎なんて・・・愚かね。」


 大金棒が振り下ろされるまでの間に、氷結界の干渉を受けて炎を掻き消される!ハーゲンは数歩後退をして、振り下ろされた「ただの金棒」を楽々と回避!だが、ハーゲンの動きを予測していた星熊童子が、ハーゲンに向けて矢を番える!

 ハーゲンは、鬼の幹部達の注意が自分に引き付けられた瞬間に、掌を翳して極寒の吹雪を発した!熊童子と星熊童子は、激しい吹雪の中でハーゲンを見失い、且つ、押し戻される!


「舐めるな、妖幻ファイター!!」


 吹雪程度では、鬼の薄皮1枚凍らせる事など出来ない。鬼達は強風をしのぐ程度の対応しかせず、離れて指揮をしている魍紅葉に至っては、涼風を感じる程度の表情をしているだけ。

 だが、それは、ハーゲン自身、百も承知だった。承知の上で「鬼達に侮られる」事を前提の攻撃をしていた。


「愚かなり!吹雪如きで、隠れたつもりか!?」


 星熊童子は、吹雪の中に存在する気配を探りながら矢を放った!熊童子が、矢を追って吹雪の渦に突っ込んでいく!

 ハーゲンは、飛んで来た矢を刀で弾き落とし、吹雪の中で掌を翳して鋭利な氷柱を作る!踏み込んできた熊童子が、大金棒を振り下ろした!ハーゲンは素早く数歩後退をして回避しながら、発生させた氷柱を撃ち出す!直後に、星熊童子が放った次矢がハーゲンの肩に着弾して火花が上がる!


「・・・ぐぅぅっ」


 同時に、吹雪の中から1本の氷柱が出現をして、傍観する魍紅葉の胸を貫いた!


「うぅぅっっっ!!!」


 魍紅葉は、氷柱に貫かれた胸の傷を抑え、片膝を付く。氷柱は魍紅葉の体に溶け込むようにして消滅をした。吹雪が消え、魍紅葉を睨み付けたハーゲンが出現する。


「マ、ママ・・・初めから、ァタシだけ狙って、目眩ましの吹雪を・・・」


 全ては、この一撃の為だった。鬼達を足止めし、挑発し、注意を引き、侮らせ、魍紅葉を無防備にさせる。以前、氷柱女は、燕真を蝕む闇を沈静化させる為に、冷気を打ち込んで一時的に闇を凍らせた。同様に、今回は、魍紅葉を支配している闇に、凍てつく一撃を打ち込んだのだ。


「これで‘魍紅葉’が凍り付き、魍紅葉の中で眠る‘紅葉’が目覚める。」


 魍紅葉の様子を見守るハーゲン。・・・しかし。


「・・・何かと思ったら闇の凍結?

 ママって・・・バカなの!?」

「・・・なに?」


 しばらく蹲っていた魍紅葉が、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、ハーゲンを睨み付ける。その表情は、先程までと同じで、人間の温かみは少しも感じられない。 間違いなく闇を凍らせる冷気は届いたはずなのに、闇は沈静化をしていない。


「・・・そう言う事か。」


 ハーゲンは直ぐに理解をした。紅葉は闇に支配をされて魍紅葉になったのではない。闇を受け入れて魍紅葉になったのだ。紅葉と闇は同化をしているので、魍紅葉の命を凍らせなければ、闇の沈静化は出来ない。


「少し・・・面倒なことになったわね。」

「んへへっ!ママゎ打ち止めみたいだねっ!

 もう諦めなよ!そ~すれば、ママだけは許してあげるからさっ!」

「諦めるつもりも、許しを請うつもりも無いわよ。」



-回想(昨日の夕方)-


 燕真と紅葉が牛鬼を倒した。通常で考えれば大金星なのだが、「幹部・牛木を殺害した大事件」として退治屋達に伝達をされてしまう。燕真と紅葉は陥れられたのだ。緊急事態と判断した粉木は、鎮守の森公園に有紀を呼び出す。


「・・・来たか。」


 事態の重さを察した有紀は、元相棒の氷柱女を連れて、粉木&砂影と接触をする。


「ついに、この時が来てしまったのね。」

「やれることは全てやるつもりや。」


 粉木は、燕真や佑芽を守る為に、騒ぎが大きくなりすぎないうちに、反逆者の汚名を着せられた彼等を捕獲して、彼等の罪を全て被るつもりだ。


「力及ばんと、取り零してまうかもわからん。」


 粉木が言う「取り零し」は紅葉のこと。退治屋の粉木では、鬼と判明した紅葉を守ってやることは出来ない。


「紅葉を粉木さんに預けた日から、

 どんな結果になっても、粉木さんを支持する覚悟はできているわ。」


 紅葉が人として生きることを望むなら、有紀は「娘の正体を隠した罪」を背負い、どんな処罰も受け入れ、代わりに「紅葉の保護観察願い」を粉木に託すつもりだ。だが、もしも、紅葉が鬼として生きることを望んだ場合は、討伐対象の紅葉を1人にはしない。紅葉と共に死ぬつもりだ。それが、紅葉の母親としての責任だと思っている。


「他人任せになってしまうけど、あとは、崇さん(酒呑童子)と燕真君しだいね。」


 娘と共に死する覚悟はある。だが、有紀には、僅かな希望もあった。崇の声は「やれるだけのことはやる」と言ってくれた。そして、「紅葉が信用する若者を信じよう」と言った。有紀は、幼い紅葉に人間性をもたらした燕真を信じている。

 だから、「紅葉の手が他者の血で染まり、鬼から人に戻れなくなる」を避ける為に、精一杯、紅葉の暴走を止めるつもりだ。もし、それが叶わないのなら、最初に紅葉の殺害をされるのは「私であるべき」と考えている。


 有紀は寂しそうに空を見上げ、氷柱女は、彼女が何を考えているのかを理解した。



-回想終わり-


 ハーゲンは、軽やかに舞うように、鬼達の攻撃を回避する。魍紅葉も、熊童子&星熊童子も、たかが妖幻ファイターの思い掛けない抵抗に苛立ちを爆発させていた。魍紅葉を狙った氷柱が効かなかった時点で、戦う手段を失ったとタカを括っていたのだが、未だにハーゲンは戦いを諦めていない。むしろ、先程までよりも果敢に戦い続けている。


「聞いてないっ!なんで、ママがこんなに強いのっ!」


 氷の結界で地の利を得ているとしても、上級妖怪の鬼が揃って足止めをされるなんて有り得ない。これほど強い氷の結界を張っているにも関わらず、未だに妖力が衰えないなんて考えられない。しかし、ハーゲンをサポートする氷柱女の妖気は、尽きるどころか、ますます増幅していく。


「小癪!」 「信じられぬ!」


 妖怪は、憑く‘依り代の念の強さ’により妖力を底上げする。そして‘依り代の意思への同調’で妖力を底上げする。氷柱女の基本能力値を底上げする力は、有紀(ハーゲン)の意思の強さと信頼関係なのだ。


「信じられなくても、これが現実なのよ!」


 宙に飛び、鬼達に掌を翳し、無数の氷柱を撃ち出すハーゲン!先ほどの涼風(吹雪)とはワケが違う!魍紅葉&熊童子&星熊童子は両腕で防御!だが、星熊童子が耐えきれなくなって弾き飛ばされた!続けて、熊童子が氷のプレッシャーに負けて弾き飛ばされる!未だに凌いでいるのは、魍紅葉のみ!


「グゥゥ・・・な、舐めるなぁぁっっ!!!」

「舐めているつもりはないわよ。」


 このままハーゲンの攻撃を受け続ければ、全員が氷に閉じ込められて全滅をする。無様な敗北は許されない。

 氷一辺倒の攻撃を排除するには、相対する攻撃をすれば良い。だが、ただの火がハーゲンには届かないことは、熊童子によって証明されている。


「だったらっ!ママに通用する炎を使えばイイ!

 んおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!!!」


 飛んでくる氷柱と、その先にいるハーゲンを睨み付け、脇に帯刀してある邪今剣の柄を握る魍紅葉!『ハーゲンに届く炎』をイメージして、抜刀をする!鞘走る刃から、灼熱の炎が発せられて氷柱を打ち砕き、熱い衝撃波がハーゲンに叩き込まれた!!


「うぐぅぅぅっっっ!!!」


 ハーゲンは、全身から火花を散らせながら弾き飛ばされ、地面に墜落する!


「これ、一番苦手でしょ?お氷と初めて会った時に、怖がってぃたょね?」

「・・・地獄の・・・炎を・・・召還したのね?」

「もぅ・・・ママの好きにゎさせなぃょ!

 焼かれるのが嫌なら、サッサと結界を解ぃてょ!!」

「・・・よりによって・・・それか?・・・・・・やはり・・・ね。」


 地獄の炎を帯びた小刀を携え、冷徹な目でハーゲンを見つめながら歩み寄ってくる魍紅葉!熊童子&星熊童子が後から続く!深い傷を抑えながら立ち上がって身構えるハーゲン!


「地獄の炎が相手では、分が悪いわね。」

〈・・・だが、興味深い物を見せてもらった。〉


 ハーゲンは、心の中で氷柱女と語り、呼吸を整えて妖気を高め始める!全身から強い凍気が発せられ、結界内の空気が、更に冷え込んでいく!


「今まで、ありがとう・・・お氷。」

〈ふん。礼を言われる筋合いは無い。〉

「それでも・・・ありがとう。」

〈オマエも気付いたんだな、有紀?〉

「気付いたわ。紅葉は気付いてないみたいだけど、可能性は見えた。」


 精神世界で、向かい合って笑顔を見せる有紀と氷柱女。


「やるわよ、お氷!」

〈最後まで付き合ってやる。〉


 魍紅葉と鬼達は、ハーゲンから際限なく溢れ出す強大な妖気を感じ取り、足を止めて身構える!結界内の地面が白く凍結して、空気が凍り付いて氷霧に変化をする!

 これまで以上に強く、まるで直径60mの竜巻内全てを1本の標柱に変えるほど充実をしたハーゲンの妖気が、氷の結界内を覆い尽くす!


「ふふふっ・・・

 下級妖怪を武装した程度の人間を相手にして、これ以上、恥を掻きたくないなら

 ・・・余力など考えずに本気で掛かって来なさい!」


 地獄の炎を帯びた短刀を構える魍紅葉!灼熱の炎で金棒を包む熊童子!自身が発す冷気で相殺をしながら弓矢を構える星熊童子!一斉に、ハーゲンに攻撃を仕掛ける!


「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 氷の凍気を纏い、冷気で覆われた剣を構え、ハーゲンが鬼軍団の中に飛び込んでいく!


〈・・・有紀。〉


 精神世界で、有紀と氷柱女は並んで駆けていた。走りながら、氷柱女が横を向いて有紀を見詰める。


「ん?どうしたの、お氷?」

〈礼を言うべきは、私だ。

 20年間、オマエの思いを依り代にして、

 この世界に存在を続けられたことを感謝している。〉

「急にどうしたの?」


 それは、実際の会話ではなく、ハーゲンが鬼達に突入するまでの、僅か数秒間に、有紀の脳内に擦り込まれた記憶。そのイメージの中で、有紀と氷柱女は話をしていた。


〈20年間も連れ添ったのだ。オマエの考えていることは解る。

 だが、オマエが死すべき場所は此処ではない。〉

「・・・えっ?」

〈オマエに死なれると、オマエの娘は人間に戻れなくなる。〉

「お氷?」


 有紀の前に氷の壁が出現。有紀は足止めをされ、氷柱女だけが先へと走っていく。

これらのヤリトリは、僅か数秒間の間で、氷柱女によって、有紀の脳内に刻まれた記憶。


「待って、お氷っ!」


 突進するハーゲンの中から有紀が弾き出されて、地面を転がる。尻もちをついたまま、自分を置き去りにしたハーゲンに視線を向ける有紀。


「お氷っっっっっっっっっっっっ!!!!」


 次の瞬間、有紀の目の前で、ハーゲンと鬼達が激突!爆炎と吹雪が吹き荒れ、弾き飛ばされた有紀が、氷の壁に叩き付けられる!




-結界の外-


ドォォォォンッッ!!

 燕真&雅仁&粉木&砂影の目の前で、氷の結界が強い光を放ち、激しい激突音が鳴り響いた!


     『彼女が切り札に選んだのは、オマエの技だった』


 燕真の耳に、聞こえるはずのない声が聞こえる。声の方向を見つめる燕真。粉木達には見えているのだろうか?燕真と同じ一点をジッと見つめている。


     『窮地で頼ったのが、ザムシードの地獄の炎・・・

      あの娘、自分でも気付いていないが、

      まだ、無意識に、オマエの背を追い掛けている。

      完全に決別したのなら・・・

      鬼に、自分をも焼きかねない炎なんてイメージ出来るはずが無い。

      あの娘はまだ・・・人間であろうとする心を残している。』


「・・・氷柱女の声?」


 燕真には‘見えない声’の説明が半分も理解できなかった。だが、「紅葉を取り戻せ」と言う意思だけはシッカリと受け止めた。




-氷の結界内-


 吹雪で作られた氷の結界が、空気中にほつれて徐々に消え、中に閉じ込められていた冷気が四方八方に逃げて行く。

 氷壁を背もたれにして動けない有紀の目の前で、氷柱女が、涼やかな笑みを有紀に向けていた。

 その体は、結界と同じように、空気に蒸発をするようにして、徐々に薄くなっていく。


〈これで良いのだ。〉


 氷柱女の背後では、凍結をした星熊童子の氷像が立ち、急激な温度変化に耐えきれなくなって砕け散る。魍紅葉、熊童子は、悔しそうに消滅中の氷柱女を睨み付ける。


〈あとは、酒呑童子が希望を託した青年に任せ、

 オマエは、ただの母親に戻って、娘の帰還を待て。〉


 氷柱女は、完全に空気と一体化をして消えていった。彼女の消滅により、Yケータイだけが残って、その場に落ちる。


**************************************


 18年前、有紀が死亡を偽装して引退した直後、Yケータイに収納されていた『氷』メダルが勝手に放出されて、氷柱女が出現をする。望んで封印されていたゆえに、自らの意思で封印を破ったのだ。


「悔いは無いのだな。」

「無いわ。」

「腹の子を守る為か?」


 無言で頷く有紀。彼女の腹には、酒呑童子に託された輝く闇が生命として根付いていた。この特殊な生命は他の妖怪から狙われる。才能の有る有紀の子ならば、本部は放っておかない。有紀は腹の子を守る為に、退治屋から離れる選択をしたのだ。


「オマエを戦いに駆り立てようとする道具は無用。Yケータイは私が預かろう。」

「・・・でも」

「オマエは、ただの母親として、腹の子を見守れ。

 特殊生命としてのソレは、私が見守ろう。」


 有紀は戦友を信頼して頷き、Yケータイを差し出した。有紀の「子を守る為に戦いたい」という強い念が宿っている。氷柱女が依り代にするには充分すぎる念だ。受け取った氷柱女は、「羽里野山から見守る」と告げて、吹雪に姿を変えて去って行った。有紀は、しばらく見送ったあと、羽里野山に深々と一礼をする。


**************************************


 その日から18年、氷柱女は、文架市に留まり続け、源川母子を見守り続けた。

 地面に落ちたYケータイには、念は何一つ残っていない。


 留まり続けた想いは、次の世代に託された。


 崩れていく氷の結界の外側には、燕真が立っている。

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