第45話・師の意地と弟子の意地

-東側河川敷(vs大魔会)-


「・・・驚いたな。」


 Hガルダは、佑芽と麻由だけで大魔会のアサシンに勝利したことを称賛する。


「そんなバカな?」


 ギガントは、リリスが戦力外の小娘2人に倒されたことが信じられない。


「これで、残った大魔会は、オマエだけ。

 俺は、大魔会と争う気は無い。武器を収めて退いてくれないか?」

「我らにもプライドがあるのでな。

 仲間達を悉く倒された現状で、尻尾を巻いて逃げ帰るつもりは無い。

 ・・・それに。」

「・・・?」

「里夢が戦線離脱をしたのは、俺にとっては、むしろ好都合。

 ようやく、仲間への被害を気にせずに、本気で戦えるのだからな。」

「なんだと?」


 ギガントは、「無用」と言わんばかりに大鎚を放り投げ、『Un』『Gn』『Sa』のメダルを、それぞれ、ブーツ、左手甲、右手甲のスロットに装填。小声で呪文を唱え、指先を足元に向けた。すると、ギガントを囲むようにして、直径2mほどの魔方陣が広がる。


「軍神よ!我に強大な力をっ!・・・ベルセルクッッ!!」


 ギガントの叫びに呼応して、魔方陣が青白く発光!ギリシア神話のギガースを模したプロテクターが照らされて、神々しい銀色から、禍々しい黒へと変化!魔力感知には慣れていないHガルダでも解るほどに、ギガントの発する魔力が爆発的に上がった!マスクドウォーリア・ギガント・ベルセルクフォーム(以後、ギガントB)登場!


「オォォォォォォッッッッッッッ!!!」


 雄々しく叫びながら、Hガルダに突進をするギガントB!今までの理性的なギガントとは違う!Hガルダは、距離を空けて様子を見る為に、背の翼を広げて飛び上がった!


「ウオォォォォッッッ!!」


 飛び上がるギガントB!その跳躍力は、これまでの比ではなく、滞空するHガルダの頭上を越えた!


「運動能力の強化か!?」


 鳥銃の照準をギガントBに向けるHガルダ!一方のギガントBが、横蹴りの素振りを振り抜くと、空中に津波=ウンディーネウェイヴが発生!


「なにっ!」


 蹴りからの奥義発動を想定をしていなかったHガルダに着弾!為す術も無く弾き飛ばされたHガルダは、地面に墜落と同時に素早く立ち上がって体勢を立て直そうとする!その真横に、ギガントBが着地をして、左拳を地面に叩き付けた!半径15mの範囲に強震=ノームクエイク発生!Hガルダは、体勢を整えることが出来ずに這いつくばる!


「拙いっ!!」


 ギガントBがHガルダに掌を向けて気合いを発すると、灼熱の光弾=サラマンダーバーストが発生!Hガルダは咄嗟に体を起こして、背負っていた妖槍の穂先を地面に突き刺して柄を伸ばし、棒高飛びのように上空に上がって回避!

 地表に着弾した光弾が爆発をして、地面にを抉って土砂を撒き散らした!Hガルダは、背の翼を開いて空中で体勢を立て直し、爆風を凌ぐ!


「い、今の三連コンボは危なかった。」


 これまでは、大鎚から1種類の奥義しか発動させられなかったのに、今は、足、拳、掌から、3種類の奥義を立て続けに発動してきた。蹴りから津波を発した時点で、強震と光弾の発動を予想して一定の警戒をしたが、対策が間に合わなかった。もし、判断が僅かに遅れていたら、致命打は免れなかっただろう。


「強震で体勢を崩されて、灼熱光弾を喰らうのは危険。接近戦は不利か。」


 必然的に、銃を使った遠距離戦が選択される。攻撃力を強化する属性メダルは、リンクスに貸したままだが、どのみち銃で致命打を与えられるとは思っていない。あくまでも大技発動までの牽制だ。


「ウオォォォォッッッ!!」


 だが、ギガントBは、Hガルダに制空権や牽制の余裕を与える気は無い!蹴りから放たれる津波がHガルダの放った光弾を掻き消し、ギガントBが飛び上がって津波の真後ろから突っ込んできた!Hガルダは、上昇で回避!しかし、ギガントBが放った灼熱光弾が掠って体勢を崩して墜落!


「くっ!」


 Hガルダは這いながら体を起こし低空飛行で、空中のギガントBの真下から遠ざかった!

 ギガントBが着地をして時点で、Hガルダとの距離は12~13m。しかし、強震の干渉圏内にもかかわらず、ギガントBはノームクエイクを発動させなかった。


「・・・これは?」


 津波でガルダの制空権を潰し、強震で反撃の体勢を妨害し、灼熱光弾で仕留める。連続攻撃を前にして、まるで隙が作れない。

 だが、解ったこともある。今の一連は、強震か津波でHガルダを捕らえて、灼熱光弾を浴びせるチャンスだったにもかかわらず、ギガントBは、それをしなかった。


「・・・しなかったんじゃない。出来ないんだ。」


 必殺技レベルを連続発動させるが、決して無尽蔵に発せられるワケではない。例え強震で足止めをしても、次を発動させる余力が無かったのだ。


「次の連続発動には、溜が必要。」


 違和感もある。右掌から発せられる灼熱光弾は「どの角度からでも発せられる」のだから理に適っている。しかし、何故、津波が足で、強震が左拳なのか?ガルダがギガントBの立場なら、灼熱と津波が両手で、地震は足に宿す。強震の効果を足に宿せば着地や踏み込みと同時に発動できる。ワザワザ、「拳で地表を叩く」というアクションをせずに済む。津波の効果を左手に宿せば、どの角度からでも瞬発的に発動できる。ワザワザ「足を上げる」というアクションをせずに済む。「拳で地表を叩く」と「足を上げる」のロスが無ければ、連続攻撃は、確実に今よりも早くなる。


「奴ほどの戦士が、こんなイージーミスをしているとは思えない。」


 つまり、意図的に「地震が拳で、津波を足にしている」としか思えない。


「雅仁先生っ!」


 リンクスが援護をする為に駆け寄ってきたが、Hガルダは掌を向けて「来るな!」と遮る。ギガントは、ベルセルクフォームを発動する前に、「仲間への被害を気にせずに、本気で戦える」と言っていた。リンクスを守りながら戦う余裕が無い現状では、ギガントBの無差別攻撃にリンクスを巻き込むのは危険。


「ん?待てよ?」


 改めて考えると、現時点で、ギガントBは、「仲間への被害を無視する」ような無差別攻撃はしていない。まだ温存をしているということだ。把握できたこと、違和感、ギガントの言葉が、Hガルダの脳内で、幾度も交差をする。


「見えた・・・奴の切り札が!」


 Hガルダは、Yウォッチから白メダルを抜き取って握り締め、ギガントBを警戒しつつ、リンクスを見詰めた。


「根古さん!俺が攻撃を終えた直後を狙ってくれ。

 1~2秒程度、奴の動きを止めてほしい。」

「それだけで良いんですか?」

「良い!あとは、俺を信じてくれ!」

「はいっ!雅仁先生を信じますっ!」


 リンクスは、Hガルダが何をするつもりなのか解らない。だが、見習いの自分をアテにしてくれて、「信じろ」と言ってくれただけで、気合いが入る。

 Hガルダが身構え、胸プロテクターのスロットに白メダルを装填!翼が開き、光り輝いて今まで以上に大きく広がり、風を帯び始める!


「おぉぉぉぉっっっっ!!!行くぞぉぉぉっっっ!!!!」


 全力疾走から飛び上がり、流星と化して光の尾を伸ばしながら、ギガントBに突っ込む!アカシックアタック発動!

 ギガントBは、蹴りから津波を放って迎撃をするが、流星は軌道を変えて回避をしながらギガントB目掛けて飛んでくる!


「ウオォォォォッッッ!!」


 迎撃&回避不能を判断したギガントBは、重心を落として両腕をクロスさせて渾身の魔力障壁を展開!直後に、アカシックアタックが衝突!衝撃に押し込まれ、ギガントBの足裏が、数十センチほど地表を滑る!だが、Hガルダの攻撃は、魔力障壁に阻まれてギガントBには届かない!


「おぉぉぉぉっっっっ!!」


 流星の中でHガルダが懸命に手を伸ばす!だが、魔力障壁を打ち抜けない!


「オォォォォォォッッッッッッッ!!!」 

「・・・くっ!!ここまでかっ!」


 流星の発する尾が徐々に短くなる!Hガルダの発しているエネルギーが弱まっていく!だが、ギガントBの発する魔力障壁は健在!渾身の衝突はギガントBに軍配が上がり、流星化を維持できなくなったHガルダは、真上へと打ち上げられる!


「にゃぁぁっっっ!!」


 Hガルダから、「攻撃を終えた直後を狙え」と指示されていたリンクスが、妖扇を装備してギガントBへと突進!真上に弾いたHガルダ、接近をしてくるリンクス、どちらも射程圏に入ったと判断したギガントBが、両腕を勢い良く振りかぶった!

 このまま突っ込んでも、妖扇の射程圏に辿り着く前に、返り討ちに合うのではないか?突進中のリンクスが動揺をする。


「そのまま突っ込め!俺を信じろ!」


 だが、空中のHガルダが檄を飛ばし、腹を括ったリンクスが突進を加速させる!


「はいっ!信じますっ!!」


 ギガントBが、腕に灼熱と地震の効果を装備した理由。それは、火と地の相乗効果によるマグマを、辺り一帯に発生させる為。この奥義は、敵味方問わず有効範囲にいる者の全てを焼き尽くす破壊力がある。だから、仲間が健在の状況では、使う事が出来なかった。


「ウオォォォォォォォッッッッッッ!!」


 足元の地面にダブルスレッジハンマーを叩き付けた!真上のHガルダと、接近中のリンクスは、ギガントBの最強奥義・ムスペルスヘイムによって地面から吹き上がるマグマに飲み込まれる!・・・はずだった。

 だが、確実にHガルダとリンクスを仕留められるタイミングにもかかわらず、両拳が地面を抉っただけで、奥義は発動しない!


「当然さ!発動に必要なメダルは、俺が持っているのだからな!」

「ヌゥゥッ!?」


 見上げるギガントB。上空のHガルダの手に、『Gn』『Sa』のメダルが握られている。先程のアカシックアタックは、ギガントBを仕留める為に非ず。Hガルダは、ギガントBの切り札を予測して、防御を誘い出し、両腕のメダルの抜き取るのが目的だった。

 そして、あえて話し掛けて、ギガントBの視線を上空へと向けさせるのも、作戦の一つ。Hガルダにつられてしまった行動が、勝敗を分ける。


「佑芽っ!今だっっ!!!」

「わぁぁぁっっっっっっっっ!!!」


 ギガントBの注意力の外側にいたリンクスが、ギガントBの懐に飛び込んで、『雷』メダルをセットされている妖扇を振るった!雷撃が飛び、ギガントBの全身を感電で硬直させる!


「上出来だ!」


 Hガルダは、最初のアカシックアタックでは、エネルギーを温存していた。あくまでも、メダルの略奪が狙いであり、且つ、自身の推進力を上向きにして、ギガントBの奥義の射程圏に放り出される演出をしていた。全ては、最強の敵から確実な隙を作る為に。


「おぉぉっっっ!アカシックッッッ!!アタッッッーーークッッッ!!!」


 再び流星化をしたHガルダが、動きを止めたギガントBに急降下!ハイパーアカシックアタック炸裂!


「グオォォォッッッッッッッッッ!!!」


 為す術も無く直撃を喰らったギガントBが、悲鳴を上げて地面に打ち付けられ、変身が強制解除をされた!


 パワーを使い果たしたHガルダも、ノーマルフォームを経て雅仁の姿に戻る。その隣に、リンクスの変身を解除した佑芽が並んだ。


「・・・殺せ。」


 仰向けに倒れたアトラスが呟く。変身が強制解除をされたことで、狂戦士化も解除をされていた。


「言ったはずだ。大魔会と争う気は無い・・・とな。」


 アトラスの要求に対して、雅仁が答える。


「私は、里夢さんのことは死んで欲しいくらい嫌いだけどさ。

 だからって、殺しても良いって考えたら、里夢さんと同じになっちゃう。」


 続けて、佑芽が「殺害拒否」の意思表示をする。駆け寄ってきた麻由も、佑芽に同意をして頷いた。


「認めよう。俺達の完敗だ。」


 アトラスが、もう戦う意志が無いことを伝える。その表情は、悔しそうではあるが、何処か清々しく見えた。


「なぁ、教えてくれ。

 オマエが本気になったのは、今だけ。

 夜野里夢や弓使い(カリナ)とは違って、

 これまでのオマエが、本気で戦っていたようには思えなかった。

 それは、俺の思い過ごしか?」

「フン、気付いていたのか。」

「・・・何故?」

「オマエが、我ら大魔会との争いを望まぬように、

 俺は、オマエ等(退治屋)との争いを望んでいない。

 逸る仲間達を死なせないように戦っていたのさ。」


 ファーストコンタクトが、離反者達や里夢だった為に、大魔会は「他者の命を弄ぶ非道な連中」という印象だったが、話の解る者もいたようだ。雅仁達は、離反者を追って最初に来日したのが里夢ではなくアトラスだったら、「大魔会との関係は変わっていたのかもしれない」と感じずにはいられなかった。



「ふざけるなぁぁっっっっっっっっっ!!!」


 怒鳴り声の方向に振り返る雅仁&佑芽&麻由。もう、大魔会との戦いは終わったと思っていた。しかし、まだ終わっていない。里夢が、憎悪に満ちた目で、こちらを睨み付けている。


「私に敗北なんて許されないっ!」

「もうよせ、里夢!退治屋の強さを認めろ!」

「認めるわけにはいかない!」

「この戦いに大義が無い!だから我らは勝てぬと、まだ解らぬのか!?」


 痛みを堪えて起き上がり、里夢を止めようとするアトラス。


「黙れ、役立たずっ!」


 しかし、里夢は聞く耳を持たない。



-回想・二十数年前-


 退治屋・銀メダル事件は、リーダー格が討たれ、統率力を失った反乱軍が瓦解をして鎮圧をされた。反乱に参加をした夜野圭子は捕縛をされたが、数日後には、反乱を傍観した協力者の手引きで脱走をする。幼かった里夢は、母・圭子に連れられて逃げた。当時は、追っ手(退治屋)が怖かった。協力者を、有り難く感じた。

 だが、今ならば解る。協力者は、反乱者達の為に、逃亡を手引きしたのではない。反乱者達の事情聴取をすれば、「誰が影で焚き付けたのか?」が判明して立場を失うと判断して、協力者の存在を知る者達全てを、退治屋から放逐したのだ。


 里夢や圭子、他の反乱者達は、退治屋と似たシステムと異なる思想を持つ、ヨーロッパの『大魔会』へと落ち延びた。退治屋の技術に興味を持った大魔会は、反乱者達を快く受け入れてくれた。


 大魔会とは、魔力を根源に、悪魔と契約をして、妖幻システムと似て非なるマスクドシステムを扱う者達。霊力や妖力に慣れた新参者達に、簡単に扱えるものではなかった。大魔会は実力主義の組織。快く受け入れられても、適正が無ければ捨てられる。大半の元退治屋は馴染もうと努力をしたが、悪魔を制御できずに食い潰されて死んだ。マスクドシステムに適合できたのは、まだ退治屋に就学前で、霊力や妖力に馴染んでいなかった幼い夜野里夢と堀田(後の離反者)だけだった。


「銀色メダルさえ開発されなければ、私が追いやられることもなかった。」


 里夢の母・夜野圭子は、銀色メダルへの恨み節を、たびたび口にした。銀色メダルを推進して、反乱者達を煽り、分が悪くなった途端に見捨てたのが誰なのかは解っている。だが、銀色メダルの思想が誰によって持ち込まれたのかは解らない。圭子は「銀色メダル事件の真の黒幕は、その技術を持ち込んで、銀色メダルを推進を担ぎ上げた者」と言っていた。


「里夢・・・先ずは、力を付けて、地位を得なさい。

 そして、私達に責任を被せて追及から逃れた協力者と接触して利用しなさい。

 彼は、反乱者との繋がりが公になることを恐れ、要求を受け入れてくれるはず。」


 圭子は、自分自身が影の協力者を揺するつもりだった。それが、トカゲの尻尾切りをされた復讐だと思っていた。だが、圭子も、悪魔とは適合できず、次第に命を吸われて、里夢に託すしかなかった。


「復讐?そんな生産性の低い手段には、興味が持てないわね。」


 喜田御弥司への復讐ではなく、退治屋のトップを利用する。それが、夜野里夢のスタンス。

 堀田は、自分達をていよく追い払った協力者への復讐の為に、その息子を襲撃して殺害した。里夢は、追い払われたことなど知らないフリをして接触をして、成り上がる為に利用をした。


 大魔会の古参メンバーの中には、里夢を新参者や部外者と解釈して、いつまでも認めない者達が多かった。アウェイの条件下で、駒として消耗させられるのではなく、駒を扱う幹部の地位に成り上がる必要があった。信用を得る為に、体は有効的な武器だった。最高幹部の地位を得るまでに、どれだけの権力者に抱かれて、何人の邪魔者から信頼を得た上で殺害をしたか、もう把握をしていない。成り上がる為の手段なので、数えるのもバカバカしいと感じていた。


 得た地位から引き摺り降ろされない為には、結果を残し続ける必要があった。それが離反者の始末。共に育った堀田に手を下すことなど、里夢が地位を盤石にする為には、些細な問題だった。

 そして、スペクター計画。死した英雄の戦力化が成功すれば、大魔会の方針は大きく変わる。計画を掌握できれば、不動の地位を得られる。

 「古参」というだけで闊歩している連中を一掃して、ポスト総帥の立場を握れるのも不可能ではない。


「里夢。オマエには、このメダルを提供しよう。

 追い詰められたら、使うが良い。」


 大魔会総帥は、里夢の野心を知った上で、里夢に高い地位を与えた。そして、日本に向かう前に、「切り札」として『Ti』メダルを渡した。



-回想終了-


 全てが成り上がる為。「敗走」という言葉は許されない。

 里夢は、Aウォッチ(懐中時計型)から『Li』と書かれたメダルを抜いて、コウモリの翼を模したバックルに嵌め込み、マスクドウォーリア・リリスに再変身!


「最後に勝つのは私だぁっっ!!」


 リリス自身、ティアマトの能力を付加した『Ti』メダルの効果は知らない。だが、追い詰められた現状を打破する為に、リスクは覚悟で「切り札」を使う。

 Aウォッチから、『Ti』メダルを抜き取って、デスサイズ・キルキスの柄のスロットに装填する。


「た、倒したはずなのに!」


 「もう一戦」を覚悟した雅仁&佑芽が、Yメダルを掲げて、ベルトのバックルに装填して、ガルダ&リンクスに変身して身構えた!


「おぉぉっっっっっっっっ!!!」


 既に枯渇していると思われたリリスの魔力が上昇をしていく!


「おぉォぉ・・・オォぉっっっっっっっっ!!!」


 リリスの全身から際限なく溢れ出す魔力が、デスサイズに吸収をされていく!


「おォぉォ・・・オォ・・・ぉっッッっっっっっっ!!!」


 リリスの発する魔力が尋常では無い。アトラスには、リリスが、命そのものをデスサイズに上乗せしているように見える。


「もう、やめるんだ、里夢っ!」

「ど、どうなっているの?」


 魔力感知を出来ないリンクスでも異常性が解る。リリスがデスサイズに魔力の上乗せをしているのではない。里夢(リリス)の生命力が、デスサイズに填められた『Ti』メダルに吸収をされているのだ。


「かなり危険な状態だ!」


 ガルダはハッキリと感じていた。リリスが放とうとしているのは、命を破壊力に変換した一撃だ。

 最終奥義・エヌマ・エリシュ!それは、発動者の命と引き替えにする最凶の自己犠牲攻撃!エネルギーチャージの臨界を越えたデスサイズが振り下ろされることで、辺り一面を焦土に変える!


「バカな!総帥は、メダルの危険性を把握した上で、里夢に提供したのか!?」


 アトラスには、大魔会総帥が部下を捨て駒にしたことが信じられない。リリスは、奥義を発した瞬間に命を失うだろう。

 この場にエヌマ・エリシュの破壊力を見た者が存在しない為、どの程度の範囲が被害を受けるのかは誰も解らない。だが、奥義の迫力とデスサイズに蓄積されているエネルギー量から考えれば、到底、数十m程度(河川敷)の被害で治まるとは思えない。


「退避をするべき・・・だな。」


 何処まで逃げれば、エヌマ・エリシュの有効破壊範囲から身を守れるのかすら解らない。ハッキリとしているのは、「この場に居るのは危険」ということだけ。

 アトラスは呆然と眺め、ガルダに促されたリンクスと麻由は、この場から退避をする為に、堤防斜面を駆け上がる。


「オおぉォ・・・おォォ・・・ぉぉぉ・・・・(いやだ・・・死にたくない)」


 様子がおかしい。リリスの雄叫びに混ざって、里夢の声が聞こえる。足を止めて振り返る麻由。つられて、リンクスも足を止めた。


「どうしたの、麻由ちゃん?」

「あの人(里夢)が・・・泣いている?」


 里夢(リリス)は勝ちたかった。勝つ為なら手段を選ぶ気は無い。だが、これは違う。勝利の代償で自分が死ぬなんて有り得ない。死んでしまったら、勝っても意味が無い。こんな展開は望んでいない。


「オオぉォ・・・おォ・・・・・・・(誰か・・・助けて・・・)」


 必死で、デスサイズへの生命力の強制徴収に抵抗していた。だが、止める手段が無い。リリスのシステムが勝手に変身者(里夢)の生命力を魔力に変換して、連動したデスサイズが吸い上げていく。

 他者を駒として扱い続けた里夢は、自分自身が大魔会総帥の駒として扱われていたことを知る。


(いやだ・・・いやだ・・・いやだ・・・死にたくない。

 ・・・誰か・・・アトラス君・・・佑芽さん・・・助けて。)


 麻由は堤防の外側にある町並みを眺めた後、踵を返して、リリス側(高水敷側)に体を向けた。もし、エヌマ・エリシュの有効破壊範囲が数百mも有った場合は、何も知らない一般人が被害を受けることになる。もう今からでは、住宅地に住む人達の退避なんて不可能だ。


「狗塚さん、根古さん、お二人は、まだ戦わなければなりません。

 だから、逃げてください。」

「ま、麻由ちゃん、なにを?」

「止められるかどうかは解りませんが、試してみます。

 近所の人達を・・・泣いているあの人を・・・無視することはできません!」

「ちょっと、麻由ちゃんっっ!」


 麻由は、堤防斜面を駆け降りながら黒焦げのサマナーホルダを翳して、異獣サマナーアポロに変身!全速力で、リリスに向かっていく!


「頭が良いハズなのに、何でそんなにバカなのっ!?

 もう、どうなっても知らないからっ!」


 続けて、リンクスがリリス目掛けて突っ走る!妹分だけに、無茶はさせられない!

 リンクスと麻由を先導しているつもりだったガルダは、2人の無謀すぎる行動が信じられない。


「うわぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!」


 変身者(里夢)の意思を無視して、リリスは、臨界まで魔力を溜め込んで放電を開始したデスサイズを振り上げた!

正面から取り付いたアポロが、振り下ろされそうとしたデスサイズの柄を受け止める!だが、リリスの力が強すぎて、押し切られそうになる!


「にゃぁぁぁっっっっっっ!!!麻由ちゃん頑張ってっっ!!」


 続けて、リリスの背後に廻ったリンクスが、デスサイズにしがみつくようにして、振り下ろされるのを妨害する!


「熱意には感謝をする!だが、これは、俺が背負うべき事だ!オマエ達は逃げろ!」


 アポロの背後から手が伸びてきて、デスサイズを掴んだ!振り返ると、いつの間にか変身をしたギガント(アトラス)が、リリスの妨害をしている!


「全く・・・どいつもこいつも・・・。」


 堤防上のガルダが、必死になってリリスを止めているアポロ&リンクスを見下ろした。「あきらかに余計なことをしている」としか思えないが、さすがに、一人だけ逃げ出すつもりはない。


「全員で抑え込んで、その先の方針はあるのか?

 まさか、ずっとその体勢を維持するつもりではあるまい?」

「方針はありません!」 「どうしよう?」

「・・・だろうな。もう少し考えてから動いてくれ。」


 予想通りの答えを聞いたガルダは、大きく溜息を付く。文架に滞在以降「考え無しに動く仲間」のフォローは、スッカリ慣れてしまった。

 リリスとデスサイズは連動している。デスサイズは既に臨界状態で、振り下ろせば奥義は発動するだろう。リリスの命を奪えば、デスサイズへの魔力吸収は止められるが、臨界状態のエネルギーが不発するのか暴発するのかは解らない。


「デスサイズを破壊する!

 葛城さん(アポロ)と鎚使い(ギガント)は、そのままデスサイズを抑えてくれ!

 佑芽は、『斬』メダルで、クサビを作って、デスサイズに宛てるんだ!」

「はいっ!」×2

「ただし、失敗をしたら全滅だ!責任は取らないからな!」


 ガルダは、白メダルを胸プロテクターのスロットに装填!翼が広がって光り輝き、アカシックアタックの待機状態にして構える!

 リンクスは、リリスを抑える役をアポロとギガントに任せて数歩後退!妖扇に『斬』メダルを装填して刃を伸ばして破壊力を高め、デスサイズの柄に押し当てる!


「雅仁先生っ!準備完了ですっっ!!」


 頷いたガルダが、堤防斜面を駆け降りて助走を付けてから飛び跳ね、流星と化してリリスに突っ込んだ!ただし、このまま突っ込んだら、リンクス&アポロ&ギガント&リリス、全員を弾き飛ばしてしまう!


「はぁぁぁっっっっっっっ!!!」


狙うは、リンクスがデスサイズの宛てた妖扇のクサビ一点のみ!流星化をしたガルダが空中で宙返りをして、足先をデスサイズに向けた!変則アカシックアタック=アカシックキックが妖扇に着弾!一点に激しい衝撃を受けた妖扇の鋭利な刃が、デスサイズの柄を切断する!


「どうなるっ!?」


 着地をしたガルダが、吹っ飛ばされた鎌の頭を見上げる。


「おぉっ!!」×たくさん


 リンクス&アポロ&ギガントがリリスにしがみつき、絡み合って倒れながら固唾を呑んで鎌頭を見詰めていた。蓄積されていた魔力が維持できなくなって溢れ出し、空気中に溶け込んでいく。


「媒介を失った。もう奥義は発動しない。」


 魔力を貯蔵したデスサイズが破壊された為に、超奥義・エヌマ・エリシュは不発に終わったのだ。専門家(ギガント)の意見を聞き、ガルダ&リンクス&アポロは、マスクの下で安堵の表情を浮かべる。


「こ、今度こそ終わりましたね。」

「麻由ちゃん、無茶しすぎ!」

「君(佑芽)もな。」


 リリスの変身が強制解除をされて、意識を失った里夢が地面につっ伏す。ガルダ&リンクス&アポロ&ギガントは変身を解除。

 どの程度の生命力が強制徴収されたのだろうか?アトラスに抱き起こされた里夢には、これまでのような妖艶な美しさは無く、20以上は老け込んでしまったように見えた。美しさを武器にしてきた里夢にとっては致命的だろうが、誰1人、彼女を気の毒に思う者はいない。今まで他者を使い捨て、且つ、容赦無く命を奪ってきた彼女の贖罪と考える。


「オマエ達のおかげで、汚名を重ねずに済んだ。礼を言う、文架の退治屋達よ。」


 アトラスの礼に対して、雅仁、佑芽、麻由が頷く。大魔会は、イケ好かない奴ばかりではない。


「一つ、オマエ等には耳障りの悪いアドバイスをくれてやる。

 今の方針を貫き通すつもりならば、退治屋のトップを叩くしかない。」

「・・・なに?」

「退治屋のトップは、妖怪だ。平和的解決が通じる相手ではない。」


 大魔会は、退治屋COO・大武の暗殺を企てたが失敗をして、大武が人外と知った。更に、その後の交戦で腹心が全て妖怪と知った。


「総合判断をすれば、退治屋トップが我々をオマエ等に嗾けた理由は、

 オマエ等が退治屋の方針に従わないからではない。

 妖怪として、対立妖怪(魍紅葉)側に立つオマエ等が目障りだからだろうな。」


 大武COOが「妖怪に利用されているだけのマヌケ」ではなく「妖怪を操る黒幕」。ずっと、大武に対する疑念を持っていた雅仁にとって、アトラスの言葉は決定打となった。


「退治屋にとって、真の敵は紅葉ちゃんではない。」


 雅仁の頭の中で、これまでの退治屋トップの不可解な裁定が、一本になって繋がった。退治屋同士の潰し合い、魍紅葉一派との交戦、早急に止める必要がある。全て‘真の敵’の利益にしかならない。


「本当に倒すべきは、退治屋を牛耳る大武COO!」


 大武は、最後の結界を破壊する為に動く。つまり、鎮守の森公園(亜弥賀神社)で、魍紅葉達を結界破壊の贄にする為に待ち構える。


「オマエは、これから、どうするんだ?」

「もう、オマエ達と戦う理由は無い。

 仲間を連れて本部に帰る。大魔会は出直しだ。

 ・・・が、その前に、オマエ達には、少しばかり借りを返したい。」

「・・・ん?」 「借り?」 「返す?」

「天狗の退治屋よ。オマエは、まだやるべきことがあるのだろう?」

「ああ・・・もちろんだ。」

「オマエは、やるべきことを果たせ。

 少女2人(佑芽&麻由)は、俺が責任を持って守る。」


 狗塚家の保護下に置くことで、退治屋が佑芽達に手が出しにくい状況を作ったように、大魔会の保護下でも退治屋は手を出せないだろう。


「あ、あの・・・ちょっと失礼じゃない?

 麻由ちゃんはともかく、私は、少女扱いをされる年齢じゃないんだけど・・・。」


 佑芽は文句を言ったが、佑芽自身が体力の限界を迎えており、麻由に至っては完全にオーバーペース。麻由だけをアトラスに預けるのは心配なので、自分も残るべきと解っている。


「佑芽、葛城さん。すまないが、俺は行く。」


 佑芽達の守りを考えずに、戦いに専念できる。アトラスは、真っ向勝負では適わず奇策で退けた相手。彼が守ってくれるなら安心して任せられる。雅仁にとっては、ありがたい申し出だった。

 雅仁は、ザムシードとアデスの師弟対決を止める為に西側河川敷へと向かう。




-同時進行・西河川敷(vsアデス)-


 駆けながら剣をぶつけ合うザムシードとアデス!パワーはザムシードが上、上手さはアデスが上、結果的に互角となり、互いに数歩に退いて間合いを開ける!


「ジイさん!俺の話を聞いてくれ!」

「聞いてどうなるんや!?」

「俺達が戦う理由なんて無いんだ!」


 突進をするアデス!互いの剣がぶつかって、鍔迫り合いとなる!


「大武COOの周辺が怪しい・・・程度のことを言うつもりやないやろな?」

「気付いてんのに、俺達の邪魔をしているのか!?」


 動揺で体を硬直させるザムシード!アデスは、その隙を見逃さず、半歩退いて間合いを開けてから、ザムシードにサーベルの乱打を叩き付けた!ザムシードは、凌ぎきれずに後退して尻餅をつく!だが、危機よりも、不満が先立ってしまう。


「ジイさん、答えろっ!」

「戦闘中に問答か?いつまで経っても、未熟モンのままやな。」


 アデスは、追い撃ちの為に振り上げていたサーベルを降ろす。


「文架支部を排除した上で、紅葉ちゃんを追い詰める行動、

 牛木CSOの正体が牛鬼、

 最初の派遣隊は、滋子と田井を除けば、上層部のYESマンばかり、

 COOが前線に来た途端に文架市中が混乱、

 ワシすら満足に把握していなかった4結界の存在、

 結界へのCOO腹心の配置と、3結界の崩壊・・・

 これで、大武COOは真っ当と考えるほど、ワシはモウロクしとらん。」

「だったらなんで?」

「燕真・・・オマンに問う。

 オマンは、何処まで把握をして背いたんや?

 COOが怪しいんは結果論や。ハナから気付いて背いたわけやなかろう。」


 アデスの指摘通り。ザムシードは、最初から「上層部は怪しい」と感じて反逆をしたわけではない。アデスが並べた異常のうちから、最初の「紅葉を追い詰める」に反発をしただけ。「牛木=牛鬼」すら、倒した後で知った。


「身勝手な独善で、佑芽ちゃんや麻由ちゃんを巻き込んだんを、どう考えておる?」

「・・・そ、それは、狗塚のおかげで。」

「ただの結果論や。反逆する前から、狗塚が付く目算があったわけやなかろう。

 狗塚が、鬼(魍紅葉)退治を優先させていたら、どうするつもりやった?」


 何もかもが、結果論に救われているだけ。雅仁の助力が無ければ、燕真は捕縛され、佑芽は有望な将来を失い、一般人の麻由は退治屋から要注意人物の烙印を押され、紅葉は討伐をされていた。


「オマンが、身勝手を通し続けた結果、紅葉ちゃんは鬼になり、

 文架は、退治屋が総力を上げても押さえられんほどに混乱をしている。

 オマンは、この事態を、どう考えておるんや?」

「だったら、ジイさんは、紅葉が犠牲になれば良いって思ってんのかよ!?」

「被害が最小限で済むなら、選択肢の一つや。」

「俺は納得できないっ!」

「だったら、オマンは、身勝手を通した責任を、どう取るつもりや?」

「責任だったら、全部終わった後で、追放でも、処刑台でも受け入れてやる!」

「その程度の浅はかさが、オマンの限界っちゅうことやな。」

「ジイさんはどうなんだよ!?

 結果論てのは否定できないけど、トップはあきらかに不自然なんだぞ!

 何で、この後に及んで上層部に従っているんだ!?」

「疑わしくても確証が無ければ、大勢は動かん。

 ワシまで反逆者になるだけや。」

「自分可愛さで、紅葉を見捨てるのかよ!クソジジイっ!!」

「どうとでも言わんかい!」


 怒りで打ち震えたザムシードが立ち上がる。



-回想(約1年半前)-


 見えない力に妨害をされて就職活動に難航していた燕真は、東京で出会った砂影滋子の推薦を受けて、紹介状を持って、文架市のYOUKAIミュージアムを訪ねる。


「あの・・・え~~っと、怪士対策陰陽道組織の粉木さん・・・ですか?」


 粉木勘平は、受付カウンターに座って雑誌を読んでいた。店内(当時は博物館)には、胡散臭い骨董品が陳列されており、客が1人も居ない。燕真が感じた第一印象は「怪しすぎる」だった。


「オマンが、佐波木燕真君か?

 ザムシードシステムの適合者っちゅうのはオマンか?」

「ざむしーど?」

「閻魔様や。」

「えんまさま?・・・俺?・・・燕真様?」

「いきなり言うてもわからんか?

 まぁ、良い。大学が春休みになるんはいつからや?」

「単位不足や補習が無ければ、2月の中旬頃には・・・」

「せやったら、2月の中旬から研修するから来てくれ。」

「えぇっ?」

「なんや?・・・ああ、住む場所か?

 研修中は、ワシの家の空き部屋を貸したる。」

「あ、ありがとうございます。

 でも、心配してるのは、住む場所じゃなくて・・・面接とか、採用試験は?」

「そんなモン受けたいんか?

 だったら、砂影に用意させるから、本部で受けてこい。

 どんな採用試験が良いんや?」

「う、受けたくはないけど、

 訪ねただけで採用されるとは予想してなかったので・・・。」


 2~3言話しただけなのに採用が決まった。ただし口答で、書類的なヤリトリや採用通知は無い。


「採用通知?面倒臭いのう。ちょっと待っとれ。」


 粉木は、A4の白紙に大きく「採用」と書き、「粉木勘平」とサインを入れて、燕真に渡す。


「あ、ありがとうございます。」


 雑すぎてメチャクチャ怪しい。こんな所に就職して、自分の将来は大丈夫なのだろうか?どう考えても安泰とは思えない。

 面接(?)を終え、採用通知(?)を鞄に入れて、YOUKAIミュージアムを後にした燕真は、直ぐにスマホでネット検索をした。紙に文字を書いただけの採用通知など無効。まだ雇用契約は交わしていないので、いつでも辞退は可能。怪士対策陰陽道組織をすっぽかして、もっとマシな就職先を選んでも問題も無し。

 安堵をした燕真は、その後も就職活動を続けたが、怪士対策陰陽道組織以外は、全て不採用だった。見えない力が片っ端から妨害するのだから仕方が無いのだが、バイトまで一緒くたにされて不採用を喰らい続けた時は、ちょっと泣きそうになった。

 ちなみに、採用通知については、ちゃんとした書類が、東京の本社名義で届いた。口答とA4用紙の落書きで終わりではなかったので、燕真はちょっと安心をする。



-回想終了-


「雑なところは沢山あるけど、曲げられない信念を持ってると思っていた!

 でも、違うんだな、ジイさんっ!!」

「ヒヨッコが偉そうにほざくなっ!」


 問答は平行線で、ザムシードの心からの叫びは受け入れてもらえない。


「もう・・・戦うしか無いんだな?」

「なんや?その程度の覚悟も無しに背いたんか?」

「覚悟はできているっ!」


 怒り任せに妖刀を振り下ろすザムシード!しかし、アデスに受け流されてしまう!

 ザムシードは、退治屋の誰を敵に廻しても、紅葉を守る覚悟で背いた。だが、粉木(アデス)なら理解してくれると、甘い考えを持っていた。敵に廻す対象に「仲間」は入れていない。


「クソジジイっ!」


 ザムシードは大振りの攻撃を繰り返すが、アデスのサーベル技術には適わずに全て受け流され、ガラ空きになった腹への一撃を喰らってしまう!

 アデスには一度完敗をしており、その強さは身に染みている。


「技術じゃ勝てない。小手先じゃ届かない。・・・力で押すしか無い!」


 妖刀を投げ捨て、帯刀してある裁笏を装備するザムシード!握り部分のスロットに属性メダル『炎』を装填!火の刃を構えて、アデスに突進をする!


「少しは性根が据わったようやな!」


 アデスの持つサーベルでは、炎の刃とは切り結べない。サーベルを宛てて受け流そうとしても、炎の刃は擦り抜けてしまい、アデスを焼くことになる。


「せやけど、まだ、小手先の域を出えへん!」


 武器の破壊力は上がったが、ザムシード本人の剣の技術が変わるわけではない。アデスは、自分に向けて振るわれる炎の刃を冷静に見極めて楽々回避する。


「まだまだぁっ!」


 持つ武器の長さと重量が変われば、当然、振り回す速度は速くなる!更に一歩踏み込みながら、振り下ろした炎の刃を素早く切り上げるザムシード!しかし、想定をしていたアデスは大きく仰け反って回避!


「無論、その程度は、想定内やっ!」


 アデスが、後退ではなく、仰け反って回避をした理由は、自分の得意とする間合いから離れない為。

 ザムシードが空振りをした直後に、アデスは急速に姿勢を戻し、上半身のバネを使って勢い良く刺突を放った!胸プロテクターに切っ先を喰らったザムシードが、為す術も無く弾き飛ばされる!


「・・・くっ!」


 立ち上がったザムシードが、裁笏を構えながら思案をする。

 アデス(粉木)は、50年も前から剣を武器にして戦い続けてきた。対するザムシード(燕真)は、学生時代に喧嘩をした経験すら数えるほどしかない。剣を使って戦った経験など1年弱。剣の戦いで、達人のアデスに勝てるわけがない。

 奥義の類いならば、アデスを上廻れるかもしれない。だが、同時に、アデスに対して、オーバーキルを発生させてしまう可能性もある。意地でも勝たなければならない戦いだが、師の命を奪いたくない。


「・・・ならばっ!」


 ザムシードは裁笏に填め込まれていた『炎』メダルを外して、左手首に巻かれたYウォッチの空きスロットに再装填をする。その光景を見たアデスは、マスクの下で微笑み、ザムシードには聞こえない声で「それで良い」と小声で呟いた。


「やぁぁっっっ!!」


 気勢を上げ、短剣ほどの長さの裁笏を構えて突進をするザムシード!アデスが振り下ろすサーベルを横に廻り込んで避け、裁笏の突きを放った!だが、リーチが短すぎて、アッサリと回避されてしまい、アデスの横に薙いだサーベルの刀身が迫ってきた!ザムシードは、素早く正面に戻した裁笏で、アデスのサーベルを受け止める!


「うおぉぉっっっっっ!!!」


 次の瞬間、炎を纏ったザムシードの左拳がアデスに炸裂!アデスは堪えきれずに数歩後退をする!


「やっと、一発入れられた!」


 剣の勝負に勝つ見込みが無いのなら、別の手段で戦えば良い。裁笏には、攻撃力が低い短所の代わりに、サーベルよりも小廻りが利く長所もある。裁笏は、攻撃をする為の武器ではなく、アデスのサーベルを防ぐ為の盾。手元でサーベルを防ぎ、拳を打つ。これが、ザムシードの思い付いた‘剣の達人’への対抗策だった。


「少しは頭をつこて戦えるようになったようやな。

 せやけど・・・こら、同じ手段では防げんで!」


 アデスは、武器を、サーベルからスピアに持ち替えて、突進をしてきた!重さを破壊力に上乗せするスピアでは、サーベルのように裁笏で抑え込むことは難しい!


「だけど、長柄武器ならっ!」


 スピアの射程圏の更に内側に入れば、こちらが有利になる!ザムシードは、迷わずに突っ込んだ!突き出された穂先に集中して回避!アデスの懐に踏み込む!


「甘い!この程度、誰でも思い付くねん!」


 ザムシードの行動を予測していたアデスは、懐に踏み込まれると同時に、バックステップで退いていた!ザムシードの炎を纏った拳が空振る!次の瞬間、スピアの横凪が、ザムシードに着弾!


「くっ!まだまだぁっ!!」


 退きながらの攻撃だったので、ダメージは浅い!ザムシードは、素早く体勢を立て直して、再びアデスに突っ込む!

 だが、ザムシードは気付いていなかった。一度目の‘勇敢な突撃’がまるで通用しなかった為に、カウンターを恐れて、無意識に踏み込みが甘くなっていることを。そして、アデスは、それを見逃さない。


「どないした燕真!腰が引けてんで!」


 ザムシードの踏み込みの甘さは、アデスに有利な間合いを作る!アデスのスピアの突きが、ザムシードに着弾!直撃を喰らったザムシードは、プロテクターから火花を散らせながら弾き飛ばされた!


「やっぱ・・・強い。」


 技術や戦術の類いでは、ザムシードはアデスの足元にも及ばない。だけど、負けたくない。


「勘平!もうやめてっ!燕真も武器を降ろさっしゃい!」

「・・・婆さん?」


 堪りかねた砂影滋子が割って入り、アデスを見詰める。滋子は、粉木がムキになって燕真達を止めようとしている理由を察している。だが、この師弟の争いは、無意味にしか思えない。


「なんや、滋子?邪魔や!」

「燕真ちゃ、本音でかつかっとるわよ勘平!

 でも、アンタはどうなの!?

 本音を隠いてぇ、頭ごなしに燕真を抑え付けようとして!

 それでは、燕真が理解をしてくれるはずがない!」

「・・・チィ、いらんことペラペラと。」


砂影は、アデスを止めたあと、振り返ってザムシードを見詰める。


「燕真、アンタもアンタちゃ。

 勘平が、本気でアンタ等を潰そうとしとるなんて、思うとらんがやろ?」

「ジジイのことは信じたいけど・・・

 でも、言い分を聞いてくれないんだから、退けるしかないだろ。」


 砂影に睨まれたザムシードは、構えていた武器を降ろす。それを見たアデスも構えを解く。


「勘平!先ずは、アンタを考えとることを、そんぐり、燕真に説明せっしゃい!

 嫌だって言うがなら、アンタの魂胆ちゃ、私がそんぐり、説明するわ!

 アンタが、もう2度と大切な者を失いたないと考えとることをね!」

「やれやれ、うるさい女やのう。」


 砂影の言い分は尤もだ。剣幕に押し切られたアデスは、腹を括って説明を始める。50年前に、唯一尊敬した友を亡くした。25年前に、巣立った弟子の全てを失い、且つ、最も将来を期待した弟子を自らの手で葬った。もう2度と、そんな思いをしたくない。

 新しい弟子は、歴代の弟子の中で最も無能だが、最も可愛がっている。彼から将来を奪いたくない。短絡的に反逆をしてしまった未熟者の未来を、どうすれば守ってやれるのか?


「オマン等の暴走は、ワシが指示をしたことにする。」


 燕真(ザムシード)達が退治屋との対立を深める前に、力でネジ伏せ、責任を全て背負う。それならば、自分が処分をされれば話が終わる。燕真や佑芽は一定の処分は受けるだろうが、人材不足の退治屋から放り出されることは無い。しがみついていれば、やがては日の眼を見る機会もある。燕真には、その根性がある。それが、粉木(アデス)の出した答えだった。


「ジジイ・・・アンタ、俺の為に、そんなことを・・・。」

「状況もロクに解れへんで反逆をするなんて、悪手中の悪手や。

 個が逆ろうても、集には勝てん。

 解ったか、燕真。解ったら、無謀な反発はやめんかい。」


 アデスの意図を理解するザムシード。その思いはありがたいと感じる。だが腑に落ちない。


「なんだよ、それ?

 俺は大人の手を借りなきゃ歩けないガキかよ?

 ジイさんの気持ちは嬉しいけど・・・俺をバカにすんなっ!

 だいたい、ジイさんの救いの中に、紅葉が入って無ーじゃねーか!」

「紅葉ちゃんは鬼や。温和しゅうしとってくれたら、隠蔽できたんやけどな。

 あない目立ってもうたら、上層部から眼ぇ付けられて当然や。

 紅葉ちゃんは、古から散々敵対をしてきた酒呑童子の生まれ変わり。

 ほんで、退治屋は妖怪を倒す組織。鬼の横暴を見逃す選択肢やらあれへん。

 出来る限りの助命嘆願はするつもりやったけどな。もう手遅れや。

 それもこれも、オマンが、短絡的に動いて、騒ぎを大きしてもうた結果やで。」

「・・・くっ!結局は、紅葉を見捨てるってことかよっ!?」


 ザムシードは、自分の短慮が恥ずかしい。アデスの指示に従っていれば、もっと平和的解決が可能だったのかもしれない。だが、退治屋のトップは、ハナっから「紅葉の処分」を前提にしているようにしか感じられなかった。それに、どのみち紅葉が危険な状態なら、自分だけが安全圏に保護をしてもらうつもりはない。


「ジイさん。巻き込んじゃった根古さんと葛城さんの未来は、守ってやってくれ。

 でも俺は、守ってもらわなくて良い。

 なんなら、根古さん達の罪も、俺に押し付けてもらって良い。

 ジイさんだけに罪を被せるなんて、俺には出来ない!

 紅葉を見捨てるなんて、絶対に嫌だ!」


 反逆をやめる気は無い。それが、粉木(アデス)の意図を聞いて、燕真(ザムシード)が出した答え。


「解ったやろ。下がれ、滋子。

 燕真は、正論を理解できるほど、利口ちゃうんや。」

「・・・随分、酷い表現だな、ジジイ!」


 砂影の仲裁の結果は、互いに、自分の立場を再確認しただけで、全く役に立たなかった。砂影には、2人とも「正論を理解できるほど利口ではない」似たもの同士にしか見えない。


「集中だ!」


 アデスからは「腰が引けている」と言われた。ザムシードに、そのつもりは無かったのだが、「無意識にアデスのスピアを警戒しすぎていたのだろう」と反省をする。 恐れていたら、アデスの懐には飛び込めない。アデスが構えるスピアの穂先一点に集中をする。


(フン。何に警戒をしているのか、視線で丸解りや。)


 あえて、スピアを左右に揺らすアデス。ザムシードの顔が、スピアの穂先に合わせて動く。「それ」しか見ていないのなら、崩すのは容易い。

 アデスは、スピアを引き気味に構えて突進!対するザムシードは、突きを警戒しながら駆け出す!


「駆け引きがまるでなっとらん!」


 アデスの合図で、ザムシードの背後の空間が歪み、アデスが使役する蝙蝠型モンスターが出現!ザムシードの背中に飛び掛かる!挟み討つようにして、アデスが刺突の姿勢で迫る!


「その評価は、俺を舐めすぎだっ!」


 ザムシードは、片足を軸に体を反転させて、追って来た蝙蝠型モンスターに、炎を纏った拳を叩き込んだ!更に、ダメージを受けて失速した蝙蝠型モンスターを掴んで、盾にしながらアデスに突っ込む!慌てて、スピアを引っ込めるアデス!


「もうろくジジイ!コウモリの不意打ちは、昨日、喰らってる!」


 蝙蝠型モンスターを手放し、スピアを引いたアデスの懐に飛び込むザムシード!炎を纏った拳が、アデスの胸プロテクターにクリーンヒットをする!


「出来は悪いが、ジジイの手札をもう忘れるほど、物忘れは酷くねーんだよ!」


 弾き飛ばされて、仰向けに倒れるアデス!ザムシードが、スピアの穂先に集中をしていたのは事実だが、集中しすぎているのは演技だった。視野が狭いフリをして、死角からの攻撃を誘ったのだ。


「やるじゃないか。わざと視線を動かして、ワシを填めたか。」

「ジジイのセコい駆け引きは、近くで見ているからな!」

「セコいやなくて、賢いと言わんかい!」


 向かい合い、互いに向けて突進をするザムシードとアデス。だが、アデスが、地面の草に躓いて体勢を崩した。ザムシードは、アデスの挙動の変化に驚いて、数歩後退して構え直す。一方のアデスは、足を前に出して、転倒を踏み止まった。


(拙いのう・・・スタミナが切れてきた。)


 身構えて様子を見ているザムシードを睨み付けるアデス。戦い続けて約50年。いくら戦闘技術で優れていても、歳には勝てない。戦いが長引けば長引くほど不利になる。アデスは、短期決戦で勝負を決めるべく、マキュリーのカード(パワーアップアイテム)を取り出した。


「ジジイ・・・勝負に出る気だな!」


 ザムシードは、アデスの動きを警戒する。剣術と槍術には、どうにか対応した。だが、パワーアップによって増える攻撃の組合せに対応できるのだろうか?


「できるかどうかじゃない!・・・俺は勝つ!」


 パワーアップ形態になる為にカードを翳すアデス!だが、その効果が発動する直前で、真上から光弾が降ってきて、ザムシードとアデスの間の地面に着弾!アデスのフォームチェンジを妨害する!


「ん!?」 「今度は何や!?」


 翼を広げたガルダが急降下をしてきて、ザムシードとアデスの間に着地をした!


「粉木さん!2人が戦う必要なんてありません!」

「・・・やれやれ、次から次へと邪魔が入るのう!」


 アデスはマキュリーのカードを下ろして一息つき、ガルダを見詰める。


「聞いて下さい粉木さん!大武COOの正体は・・・」

「退治屋のトップは倒すべき妖怪。

 そんなことを言う為に割り込んで来たわけやないやろな?」

「ジイさん?」 「えっ?粉木さん?」 「勘平?」

「ワシが、その程度の予想をしてないわけないやろ。」


 アデス(粉木)は、大武COO=妖怪と知った上で、指示に従っている?アデスの発言には、ザムシード&ガルダだけでなく、砂影も驚く。


「あくまでも推測やがな。そう考えれば、一連の辻褄は合う。」

「粉木さん!?・・・だったら、なんで!?」

「決定的な証拠が無いから・・・とでも、言うんじゃないだろうな、ジジイ!?」

「勘平、答えて!」

「燕真が言うた通り、証拠があれへんからや。

 なんぼ怪しいと推測しても、証拠を突き付けられな、大勢は動かせん。

 個は集に飲み込まれて終わりや。」

「だからって、敵に従うのかよ!?」

「大武に近付く為には、信用を得なならん。

 例え、大武が妖怪やとして、その化けの皮を剥がすとしても、

 地方閑職が内側に入って証拠を掴むには、信用を得るしか手段があれへんのや!

 大勢を動かして勝ち筋を作るんは、その後や!」


 大武COOが普通の人間だったなら、燕真達の反逆を押さえて、全ての責任を被り、燕真達を守る。大武が妖怪だったなら、反逆を押さえて信用を得て、大武に近付いて正体を暴く。どちらにしても、反逆の鎮圧は必須。それが、アデスの行動目的だ。


「これで解ったろう。いい加減に、無謀な反逆はやめい。」

「どちらに転んでも、粉木さんだけが負担を被ってしまうじゃないですか!」

「将来があるオマン等には負わせられん。

 大武が妖怪なら、ワシが刺し違えたる。

 退治屋腐敗の責任は、その発足からを見てきたワシが取るべきなんや。」

「勘平・・・まさか、アンタ、死ぬつもりで?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 アデスは、しばらく砂影を見詰めた後、小さく頷く。


「バカ弟子はバカのままやが、1人でも戦い抜けるくらいには育った。

 ワシは、死にそびれたまま、充分に生きた。

 もう、本条(親友)や信虎(弟子)のところに行ってもええ頃合いやろ。

 妖怪のボスと刺し違えて、退治屋の未来に貢献できるなら最高の死に場所や。」


 黙って俯いたまま聞いていたザムシードが、拳を握り締める。


「なんだよそれ?・・・冗談じゃない。」


 顔を上げ、アデスを睨み付ける。


「ふざけんな。全部背負うって・・・何様のつもりだよ、ジジイ!」


 Yウォッチから、水晶メダルを抜いて、正面に翳す。


「ジジイには死なれちゃ困る!

 過去の知り合いから、あの世に呼ばれてるってなら、追い払ってやる!

 アンタが退治屋のトップと刺し違えるつもりなら、俺が妨害する!」

「フン!大口叩くな、未熟な凡人がっ!!」


 天才は、‘出来ない事’を理解できない。秀才は、‘努力が実を結ばない事を手抜き’と判断する。どちらも、自分と同等の者以外を置き去りにしてしまう。だが、燕真(ザムシード)は、自分が何も出来ないと解っているから、何も置き去りにはしない。


「未熟も凡人も否定しない!

 だけど、未熟でも、凡人でも、負けばかりの人生でも、

 諦められないことが有るんだ!」


 燕真(ザムシード)が、置き去りにしない中には、言うまでもなく、粉木(アデス)も含まれている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る