紅葉編③激突

第43話・文架乱戦

紅葉を救い出して、大武COOの裏の顔を暴く。やるべき方針は最初から決まっている。


「紅葉ちゃんと大武COO、どちらとの接触を優先させる?」

「紅葉との接触だ。罪を重ねる前にアイツを止める。」

「佐波木さんらしい考え方だね。」

「でも、どうやって紅葉さんに辿り着くのですか?

 私達が存在感をアピールすれば、紅葉さんから寄ってくるでしょうけど、

 それでは、粉木さん達まで集めてしまいますよね?」


 真っ向からぶつかったら、たった4人の抵抗勢力など、何も為せずに全滅するだろう。数日前までは同僚だった退治屋の隊員達との争いは極力避けたい。


「紅葉ちゃん達と退治屋の動きを見て、間隙を突くしかあるまい。

 退治屋の行動ならば、ある程度は予測できるからな。」

「解るの、雅仁先生?」

「無論だ。俺は、何の見通しも無いまま動くほど愚かではない。」

「・・・・・・・・・・・・・」×3


 燕真、佑芽、麻由は、「何の見通しも無いまま動く」つもりだったので恥ずかしそうに閉息してしまう。


「退治屋は、文架に張られている3つの結界を防衛する為の布陣をするだろうな。」

「結界?そう言えば、粉木のジイさんも、そんな事を言ってたな。」

「ただの結界ではない。

 地獄界から文架・・・いや、人間界を守る為の結界と言っても過言ではない。」

「なんで文架に、そんなもんが?」


 雅仁は、「日本の何処かに地獄と隣り合わせの一地域がある」という伝承と、「文架市が地獄と隣り合わせの地域の可能性」を説明する。「何故、文架に?」と聞かれても、ある物は仕方が無い。


「昨日、優麗高の結界が破壊されただろう。

 その影響で、文架の市街地を覆う妖気が強まり、

 残る3結界が干渉して、存在が露わになったんだ。」


 亜弥賀神社(鎮守の森公園)と文架駅西口に、優麗高で破壊された物と同質の結界基点があり、且つ、山頭野川の東側河川敷に補助の結界が設置されている。粉木や退治屋が、燕真を「ただの指示無視」ではなく「反逆者」として扱ったのは、優麗高の結界破壊に関与した疑いを掛けられているからだ。


「俺じゃねーよ!結界は牛鬼がっ!」

「その牛鬼が退治屋の幹部だから、ややこしいことになっているんだ。

 本部のエリートと、上の指示に従わない地方の未熟者、

 どちらの信頼度が高いのか・・・考えなくても解るだろう。」


 結界を破壊したのは、燕真や紅葉ではなく牛鬼。だが、それを証明できる者はいない。


「退治屋は、三結界の防衛、破壊された優麗高の結界修復、

 そして、紅葉ちゃんや、俺達(反逆者)の討伐隊に人員を割くことになる。

 つまり、今日明日中に、昨日以上の隊員が、文架市に集まるということだ。」

「さすがに、相手にしてらんねーな。」


 大前提として、討伐隊との交戦は避けるべき。必然的に、少数ゆえの身軽さを生かして、身を隠しながらピンポイントで目標のみを狙う作戦で決まる。


「紅葉さんは‘こんな世界は要らない、無くなれば良い’と言っていました。」

「・・・ってことは、紅葉ちゃんは結界の破壊を狙うってこと?」

「可能性はある。」

「紅葉と接触するなら、紅葉が結界破壊に動き出した時ってことか。」


 紅葉達が、最初にどの結界を狙うかは解らない。だから、動きを見せるまでは息を潜め、「いつでも、どの結界にも行ける状態」を維持する方針で決まった。


「大武COOと組んだ大魔会にも警戒しなきゃだな。」

「殺害対象は、雅仁先生と紅葉ちゃん。

 私と麻由ちゃんと佐波木さんは捕獲対象」


 麻由を連れていくのは危険だが、退治屋の捕獲対象ではないので、退治屋から危害を加えられる可能性は少ない。目を離して里夢に奪われるよりは、行動を共にして守った方が幾分かはマシだろう。


「とりあえず、3結界の中間点くらいで、身を隠して待機だな。

  ・・・と言いたいところだが、先ずは腹ごしらえだ。

 確実に体力勝負になるからな。」

「おなか減っちゃった。」

「・・・実は私も。」

「やれやれ、緊張感の無い連中だな。だが、自然体の方が良いのも事実だ。」


 昨夜は、皆が落ち込んでおり、味を楽しむ余裕も無く、少量を夕食を胃に押し込むだけだった。


「では、私が近所のコンビニで買ってきますね。」

「俺も行こう。」 「私も行くよ。」

「指名手配犯の佐波木さんや根古さんは、不必要に人前に出ない方が良いのでは?」

「指名手配はさせれてねー!」×2


 反論はしたが何処で元同僚に見られるか解らないので、麻由に甘えて買い出しを頼み、燕真&雅仁&佑芽は部屋で待つことにした。昨日の「優麗高生徒の集団暴走事件」はニュースになっているのだろうか?確認の為にテレビの電源を入れ、燕真&雅仁&佑芽は言葉を失う。


「おいおい」 「これは?」 「マジで?」


 数分後、買い出しを終えた麻由が戻って来ると、燕真達は食い入るようにテレビを見詰めていた。画面には、東京の明治神宮付近にあるビルが半壊した様子が映し出されている。


「物騒ですね。何かの事件ですか?」

「多分・・・妖怪の襲撃だ。」


 半壊をしたのは退治屋の本社ビル。常に戦闘のプロが警備をしているので、通り魔的な犯行で被害が出る可能性は低い。つまり、退治屋を目の敵にする‘人智を越えた抵抗勢力’以外には不可能な犯行だ。


「主力が文架市に来て、手薄に成ったタイミングを狙われたか?」

「私達の逆襲・・・などと解釈されないでしょうか?」


 麻由が、何気なく‘最悪の仮説’を口にする。冗談でも聞きたくない仮説だが、麻由が冗談を言うタイプではないことは、この場に居る全員が知っている。そして、逃亡したまま行方不明になった自分達が容疑者にされる可能性は、ゼロではない。


「状況は悪くなる一方か。」

「待った無しってことだ。」


 せっかく買ってきてもらった朝食だが、楽しみながら食べる余裕は無くなった。


「さぁ、行くぞ!」


 腹ごしらえを終えた4人は、気合いを入れて出動をする。




-文架市・優麗高-


 昨日の生徒集団暴走事件(牛鬼事件)の影響で、規制線で封鎖をされており、優麗高は、一時的に退治屋の基地と化していた。駐車場は退治屋の専用車で占領され、グラウンドには幾つものテントが張られている。上層部から政治家への根回しでマスコミには圧力が掛かっており、事件現場の中継に集まってくる者も居ない。


「全く、文架支部の若造が、とんでもない事をしてくれたな!」

「ブン殴ってやりたいよ!どんなアホ面してんだ!?」


 中庭では、牛鬼が破壊した(退治屋は、ザムシード&魍紅葉が破壊したと思っている)封印結界の再設置をする為に、本部からサポート班が収集されて任務にあたっているが、現時点の進捗は「調査の結果、非常に高度な結界」と把握できただけ。復旧には、かなりの時間が必要だ。


「おい、聞いたか?本部が何者かに襲撃されたらしいぞ。」

「昨日の深夜。俺等が此処(文架市)に向かってる最中だ。」

「反逆者達(燕真や雅仁)の犯行って噂もあるらしいぜ。」


 退治屋本部の襲撃事件は、隊員達の間で噂になっていた。想像以上に事態は切迫しているのかもしれない。皆、不安を隠しきれないが、与えられた任務に専念をする。


 校舎脇には、仮本部として学校から借りた集合用パイプテントが立てられ、屋根の下では、大武剛が寄せられてくる情報の精査をしていた。


「俺が離れた隙を突いて、本社を襲撃したか・・・。

 さすがは我が宿敵。残りカスのクセにしぶとい。」


 可能ならば、大ごとにせずに、魍紅葉を贄にして酒呑一派を葬り、野望を前進させたかった。だが、酒呑(魍紅葉)が復活をして、鬼の幹部達が揃ったとしても何も問題は無い。むしろ、酒呑一派を利用すれば、野望の達成が早まる。


「A班、B班、C班、全て配置完了です。」


 頼れる腹心達が所定の配置に付いた。あとは、酒呑一派が挑発に乗って引っ掛かるのを待つのみ。


「承知した。皆に、厳戒態勢の維持を伝えてくれ。」


 報告を受けた大武は、返事をしてから紙カップのコーヒーを飲んだ。1人だけ、ホテルの一室で情報を聞き流しながら、悠然と高みの見物をするのではなく、皆と同じ場所で不自由を分かち合う。これも、現場の士気を高めるには有効な手段だ。




-亜美(紅葉の友人)の家-


 ベッド脇の布団で、紅葉が眠っている。



 鬼女・魍紅葉に太刀が突き立てられている。鬼姫は、苦しそうな表情を浮かべながら、眼に涙を浮かべ、刀を突き立てた者を見る。魍紅葉にトドメを刺したのは、鎧で身を包んだ武者・源満仲。魍紅葉が愛した源氏の頭領・源経基が、魍紅葉とは別の女に産ませた子だ。


「な・・・なぜ・・・ぢゃ?ヮラヮゎ、人として生きたかっただけなのにぃ・・・。

 ィヤだ・・・浄化されたくない・・・暗ぃ冥界にゎ帰りたくない・・・

 この世にぃたぃ・・・。」


 武者は、鬼姫に突き立てた刀に力を込め、刀身を更に深く押し込んだ!鬼姫は喀血し、全身の力を失って、満仲にもたれ掛かる。そして、何度も「人として生きたぃ」「この世にぃたぃ」と繰り返しながら、実体を失い、霧散して消えた。



「ふん!イヤな夢。」


 覚醒後の初夢は最悪。夢の中で過去の記憶を見た紅葉が、目を覚まして不満そうな表情で起き上がった。


「おはよう、クレハ。」


 生徒集団暴走事件(牛鬼事件)の翌日なので、今日は調査の為に休校。先に起床した亜美が、ベッドに座ってスマホを弄っていた。


「おはよ、アミ。」


 紅葉に「人間ではない自覚」はあるが、他の鬼達と一緒に野宿をする気にはなれなかった。だが、母が戻っているかもしれない家に帰宅をするワケにはいかず、少ない所持金ではホテルに泊まることもできず、深夜に亜美に連絡を入れて、「ママと喧嘩をして家には帰りたくない」と説明をして泊めてもらったのだ。

 亜美は、トレードマークのツインテールを結わえていない‘ロングヘアの紅葉’に「いつもと雰囲気が違う」と違和感を感じつつ、受け入れてくれた。


「ちゃんと帰って、お母さんと仲直りしてね。」


 いつもの‘お泊まり会’ならば、亜美が「もう寝よう」と言っても、紅葉は「寝る時間が勿体ない」と、いつまでも遊んだりガールズトークを望んで、全然寝てくれない。だが、昨夜は、生徒集団暴走事件(牛鬼事件)に巻き込まれた亜美の調子を気遣って、二~三言の会話をしただけ。亜美は、「紅葉の雰囲気がいつもと違う」と感じたが、「母と大喧嘩をして機嫌が悪い」と判断して、あまり多くを聞かなかった。


「・・・ぅん。」


 紅葉は、一応は返事をするが、母親と仲直りをする気は無い。


「泊めてくれてアリガトね。ァタシ、行くね。」

「えっ?もう行くの?」

「ぅん。ァタシ、やること、いっぱいあるから。」


 紅葉は亜美の部屋が2階にあるにもかかわらず、窓を開けて、軽々と飛び出した。


「ちょっ・・・クレハっ!」


 慌てて窓に駆け寄って顔を出す亜美。軽々と地面に着地をした紅葉(魍紅葉)は、先程までとは違って、煌びやかな和装で、頭には角が生えている。


「みんなっ!いくよっ!」


 魍紅葉(紅葉)の呼び掛けに応じて、付近で野宿をしていた茨城童子&熊童子&星熊童子&虎熊童子&天邪鬼、そして昨日の本部襲撃後に復活をした金熊童子が集まってきて跪く。窓から眺めている亜美には、そのうちの1人が、見覚えのある先生に見えた。


「えっ?えっ?クレハに角?一緒に居るのは伊原木先生?

 どうなっているの、クレハ!?」


 呼ばれて振り返った魍紅葉が、小さく笑みを浮かべる。幼馴染みに、ややこしい事情を説明して巻き込むつもりは無い。


「アミゎイイ子だから、生き残れるようにしてあげるね。」

「な、なんのこと?」

「文架市にイヤな奴がいっぱい集まってるの。今日ゎ、おうちから出ないでね。」

「ク、クレハっ!!」


 魍紅葉は人間とは思えない跳躍力で向かいの民家の屋根に飛び上がり、更にジャンプをして隣の4階建てビルの屋上に上がった。鬼の力に覚醒した魍紅葉には、優麗高にあった結界と同じ物が、市街地に3ヶ所ほど立ち上がっているのがハッキリと解る。


「アレを全部ブッ壊すと、地獄と繋がるんだねぇ。」


 熊童子&星熊童子&虎熊童子&天邪鬼は、闇霧化をして飛び上がり、屋上で周辺の景色を眺める魍紅葉の周りに着地をした。茨城童子だけが残り、冷たい目で亜美をチラ見する。



-回想・昨夜の本部襲撃-


 9階役員室の窓ガラスが砕け散り、魍紅葉&茨城童子&天邪鬼が乗り込んできた。 

 臨戦態勢を整える前だった管理職2人と護衛の妖幻ファイター2人は、茨城童子の発した衝撃波を喰らって、アッサリと戦闘不能状態に追い込まれてしまった。


「姫様、保管庫の暗証番号は、指揮官(管理職)共が持っているようです。」

「どーせ、聞いても教えてくれないんだから、あんしょー番号なんてメンドイよ。

 保管庫、ブッ壊しちゃえばイイぢゃん。」


 魍紅葉は床に掌を当てて妖気を送り込み、共鳴する場所を探す。そして、最も妖気が干渉をしない場所を感知する。


「んへへっ!見~付けた!超わかりやすすぎっ!」


 ビルの中央付近で再び床に掌を当てて、真下で妖気が全く干渉しないことを確認する。


「この下が、一番、清浄化されてる場所ってことは、

 結界とかでメダルの存在感を隠しているってことだよね?」


 管理職2人はアッサリと見抜かれたことに驚き、茨城童子は魍紅葉の感知力の高さに感服する。

 魍紅葉は、腰に帯刀した短刀=邪今険を抜刀して、刃に妖気を充填!気勢を上げて、足元の床に叩き付けた!床が砕けて、真下(8階)の保管庫が露出!

 警報音が鳴り響くがお構い無しに踏み込んで、発する妖気の干渉で金熊童子を封印したメダルを見付ける。


「ねぇねぇ、偉い人達!?金熊ドージゎ見付けたけど、ァタシの残りゎ!?」


 獲得できたのは金熊童子の封印メダルだけ。酒呑童子の8割を封じ込めた『酒』メダルは何処にも無い。


「どっか、別の場所に隠したの?ァタシにイジワルしてるの?

 ムカ付くぅ~!教えてくれないと殺しちゃうよ!」


 怪我をして蹲っている管理職に掌を翳して、発した妖気で締め上げようとする魍紅葉。しかし、魍紅葉の妖気が到達する前に、天邪鬼が割って入って管理職の胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「魍紅葉ちゃんの質問に答えるのじゃ!答えねば、わしがオマエを縊り殺すぞ!」

「ぐわぁっっ・・・し、知らないんだ。本当だ。

 『酒』メダルは、何者かによって、数日前に持ち出されて、捜索中だ。」

「フン!役に立たない奴め!」


 天邪鬼は、管理職から手を離し、振り返って、魍紅葉に対して跪く。


「魍紅葉ちゃん。この場に留まって『酒』メダルを探しても、無駄なようじゃ。

 事態に気付いた退治屋の連中が集まって来る前に、撤退しよう。」

「そっかぁ~・・・無いんぢゃ仕方無いね。

 金熊ドージをゲットできたから、まぁ、イイや。」


 退治屋達が集まってきたとしても全滅させる自信はある。だが、その他大勢などに興味は無いので、天邪鬼の意見を採用して早急に立ち去ることにした。

 結果的に、宿敵のアジトを強襲したにもかかわらず、魍紅葉は誰の命も奪っていない。一連を眺めていた茨城童子は、天邪鬼の‘余計な行動と意見具申’に不満を感じる。



-回想・終わり-


 茨城童子は、亜美の命を気遣う魍紅葉の優しさが気に入らなかった。主君は、まだ人間だった頃の感情を残し、完全な鬼には成り切れていないようだ。


「1人でも自らの手で殺害をすれば、人間としての帰る場所を失い、

 完全な妖怪になって下さるはず。」


 忠臣として、人間らしさを残した魍紅葉を見過ごすことはできない。茨城童子は、誰を生贄にするかを思案しつつ、闇霧化をして主を追う。


「姫様!此処からならば目と鼻の先にある亜弥賀神社に向かいましょう!」

「んぉ!?結界がある場所だね!

 いいねっ!おうちの近くにあんなのがあると落ち着かないもんね。

 見てるとイライラするから、ブッ壊しちゃおっか!」

「仰せのままに!」


 結界の下には、「結界破壊の駆け引き」の為に、牛鬼と同等の上位妖怪が待機をしているはず。そしてその周りには、妖怪の駒にされていることに気付かない退治屋達がいるだろう。確実に交戦状態になる。


「私は姫様と共に神社に向かう。

 虎熊童子とと金熊童子は、その奥(山頭野川の東側河川敷)にある補助結界を、

 熊童子と星熊童子は町の中心(文架駅)にある結界を攻略せよ。」

「んぇ?みんで一緒に行くんぢゃないの?」

「同時襲撃で、防衛の連携を断つのです。」


 集中攻撃をした方が楽な反面、3ヶ所を同時に攻めれば、退治屋側は各所の連携ができない。特に、亜弥賀神社と河川敷は近いので、分断の楔を打ち込む価値は大きい。


「先陣は、河川敷の虎熊童子と金熊童子!

 戦いが始まり、神社と市街中心部の防衛が浮き足立った直後に、

 姫様と私、及び、熊童子と星熊童子が、同時に仕掛ける!」


 茨城童子の作戦は理に適っている・・・が、それとは別に、「魍紅葉が護衛されない」状況に追い込んで魍紅葉を戦わせ、その手を血で染めさせる意図が、茨城童子にはあった。

 幹部ではないゆえに、頭数に入れられなかった天邪鬼が、不満そうな表情で茨城童子を見詰める。


「わしも、魍紅葉ちゃんと同じ場所を担当させてもらうぞ。」

「お願いね、天野のじいちゃん。」

「ふん、好きにしろ。」


 茨城童子にしてみれば、「魍紅葉と親しい」という理由だけで側近面をしている下っ端の配属先など、どうでも良い。

 茨城童子の作戦、及び、魍紅葉の号令の元、文架駅西口、山頭野川の東側河川敷、そして鎮守の森公園へと、鬼一派が一斉に動き出す!


「・・・ク、クレハ。」


 一方で、亜美は、どう見ても人外な連中と共に去る幼馴染みを、呆然と眺め、黙って見送ることしか出来なかった。紅葉に異常事態が発生しているのは明らかだ。動揺で震える体を抑え、直ぐに燕真に連絡を入れる。




-山頭野川西側の路地裏-


 燕真と雅仁は専用バイクで、麻由は佑芽の後に乗って、人目を憚りながら住宅街を移動する最中に、亜美からの着信が燕真のスマホを鳴らした。


「・・・マジかよ?」


 燕真は、亜美からの連絡を受けて、雅仁達に説明をする。


「紅葉のヤツ、鎮守の森公園の方向に向かったってさ。」


 情報収集すらしていないのに、いきなり足跡を掴めるとは思っていなかった。


「亜弥賀神社の結界を破壊するつもりでしょうか?」

「可能性はありそうだね。」


 相変わらずせっかちと言うべきか、当たり前なんだけど、こちらの都合を全く考えてくれないと言うべきか。


「佐波木!君だけなら、移動行程を省いて公園に行ける。先に行ってくれ。」

「そうさせてもらう。」


 文架大橋、智拝橋、明閃大橋、どれかを通過しなければ、川東の鎮守の森公園には行けない。橋の通過中に発見されてしまうと逃げ場が無いので、「どう、目立たないように通過しようか?」と思案する余裕すら与えてくれないようだ。




-山頭野川の東側河川敷-


 闇霧2つが空中で停止をして、虎熊童子と金熊童子の姿に変わる。この地に設置してある結界は、他の3ヶ所(1ヶ所は破壊済み)を安定させる為の補助をしているだけなので重要拠点ではない。だが、真っ先に攻撃を仕掛けて、退治屋を混乱させ、他の地域同士の相互防衛を断つという戦略面での重要性がある。


「にゃははっ!弱そうな連中と、木偶の坊みたいなヤツが突っ立ってら。」

「アニキ(茨城童子)は、牛鬼と同格のヤツがいるって予想してた。

 見た目で判断すると、前と同じ(ザムシードに倒された)恥をかくぞ!」

「オイラより前に倒された虎さんが、それを言うなよな!」


 防衛の任に就いていたのは、大平法次(大武COOの護衛)と、魍紅葉捕獲隊のC班。退治屋は、早急に本部、及び、周辺地域の戦力を文架市に集めたかったが、昨夜の本部襲撃に伴う混乱が迅速な対応を鈍らせていた。


「ボスは木偶の坊みたいなヤツだよな?」

「だろうな。他のザコ共(退治屋の隊員)とは、雰囲気が違う。」

「そんじゃ、アイツから潰してやろう!」


 虎熊童子は帯刀している刀の柄に手を添え、金熊童子は両手にナックルダスターを装備して、大平法次目掛けて急降下をする!


「鬼が来たぞ!一斉銃撃だっ!!」


 C班リーダーの妖幻ファイター(七篠権兵衛)の号令で、ヘイシ5人が銃を構えて一斉に光弾を連射する!しかし、虎熊童子&金熊童子は楽々と回避!ザコなど相手にせず、大平法次の懐に飛び込んだ!


「秘剣・涼音!」 「おりゃぁぁっっっっ!」


 虎熊童子の放った音速の横凪が大平の上半身と下半身を分け、金熊童子の放つ拳の連打が大平の上半身を砕いた!


「何だ、コイツ?見た目通り、スッゲー弱いじゃん!」

「いや、警戒しろ!全身から妖気を発しているぞ!」

「グォッハッハ!おいだば、バラバラになったぐらいでは死なね!」


 粉々になった大平法次の体が闇霧に変化して肥大化!身長10mで全身漆黒の巨大妖怪=大太郎法師が出現をした!



-文架駅・西口ロータリー-


 空中で待機をしていた星熊童子と熊童子が、河川敷での戦闘開始を感知する。


「始まったな。」

「グロロロ!戦闘解禁だ!」


 防衛の任に就いていたのは、矢的大地(大武COOの専属運転手)と、魍紅葉捕獲隊のB班。この地区の結界は、地獄との繋がりを封じている主要結界の一つなので、攻略が必須になる。


「派手に暴れてやろうぜっ!」

「気配から察するに、虎熊童子と金熊童子が交戦しているのは鬼神軍の大太郎法師。

 そして、昨日、魍紅葉姫に倒されたのは鬼神軍の牛鬼。

 つまり、ヤツ(矢的)の実体は、鬼神軍幹部の残り。

 天逆毎、もしくは、八岐・・・あっ!おいっ!」


 星熊童子の講釈などお構い無しに、熊童子は金棒を振り回しながら矢的大地に向かっていく!群がってくるB班リーダーの妖幻ファイター(甘利亜真里)とヘイシ5人を金棒の一振りで弾き飛ばし、矢的に襲いかかった!


「チィ・・・四天王か。河川敷の気配も四天王。

 どうやら、天逆毎が担当すー神社が‘当たり’だったようだな。」


 矢的は、華奢な体格に似合わない力強い拳で金棒を受け止め、熊童子を睨み付けた。


「些か拍子抜けをしたが仕方あらん。

 おらはおらの仕事をすー!・・・覚醒!」


 矢的大地の全身から闇が発生して、八首の怪物=八岐大蛇へと変化をする!熊童子の金棒を受け止めた腕は蛇頭の一つだった!

 八岐大蛇や大太郎法師が結界を守る理由など無い。むしろ、魍紅葉一派と同じように、結界の破壊を望んでいる。それでも防衛のフリをする理由は、退治屋の信頼を得て駒(消耗品)として使い続ける為。そして、交戦を経て鬼の幹部達を倒して、結界破壊の生贄にする為だ。


「矢的さんが妖怪になった?」 「牛木CSOと同じだ!」


 妖幻ファイター(甘利)とヘイシ達は、戸惑いながらも、体勢を立て直す。



-亜弥賀神社-


 防衛の任に就いていたのは、迫天音と、魍紅葉捕獲隊のA班。妖幻ファイター(茂部)達には、麗しい秘書(迫)が戦力としてアテになるとは思えない。


「戦いは俺達に任せて、迫さんは下がっていてください。」

「お気遣い、ありがとう。頼りにしているわよ。」

「はい!是非、頼ってくださいっ!」


 上品に微笑む迫天音と、マスクの下で鼻の下を伸ばす茂部。麗しの美女に格好良いところを見せて気に入ってもらい、しかも、活躍ぶりを大武COOに報告してもらえる。

 気合いを充実させた妖幻ファイター(茂部)が、気勢を発して上空を睨み付けた!


「掛かって来いやっ!鬼共っ!!」


 神社の屋根から見下ろしているのは、魍紅葉&茨城童子&天邪鬼。


「なんか、モブキャラが騒いでるね。」

「その他大勢など、無視して構わぬでしょうな。

 優先的に叩くのは、あの女(迫)。鬼神軍の副官、天逆毎です。」

「牛鬼の時も思ったんだけど、なんで退治屋にキシン軍が混ざってんの?」

「無能な人間共が、小狡い鬼神軍に乗っ取られたと解釈するべきでしょうな。」

「へぇ~、そうなの?ヤベーぢゃん。」

「我らからすれば、どちらも敵。纏めて叩き潰せば済む話です。」

「んっ!そっか!」

「姫様は、ザコ共を摘み取っていただきたい!」

「んぇ?ァタシ、ザコ担当?ァタシも強いヤツと戦いたい!」

「姫様は、得たばかりの鬼の体に御自身を慣らすのが最優先。

 天逆毎の相手は私に任せてください。」

「ん~~~~・・・ワカッタ。」


 魍紅葉は、不満そうに妖幻ファイター(茂部)とヘイシ達に視線を向ける。茨城童子の最大の目的は、魍紅葉に人間を殺害させて、人間の心を捨てさせ、完全な覚醒に導くこと。

 天邪鬼は、茨城童子の魂胆を見透かして横目でチラ見をした後、真っ先に屋根から飛び降りて妖幻ファイター(茂部)とヘイシ達に襲いかかった!


「んわわっ!天野のじいちゃん!作戦、聞いてなかったの!?

 ソイツ等ゎ、ァタシがやっつけるんだってばっ!」

「彼奴め、手柄を焦って余計なことを!」


 天邪鬼は、ヘイシ達を叩き伏せてロッドを奪い取り、妖幻ファイター(茂部)に向かって振り上げた!妖幻ファイター(茂部)は刀を構えて、振り下ろされたロッドを受け止める!


「少しは骨があるようじゃな!」

「当然だ!本部所属のエリート・茂部園太を、モブや、その他大勢扱いするな!」


 妖幻ファイター(茂部)は、鍔迫り合いを維持しながら、属性メダル『閃』を刀の柄に装填!刀から光の刃が発せられて天邪鬼に着弾する!


「ぐおぉぉっっ!」


 悲鳴を上げて後退りをする天邪鬼!妖幻ファイター(茂部)が刀を横薙ぎに払うと、光の刃が飛んで、天邪鬼の腹に炸裂!天邪鬼は、堪えきれずに、全身を闇霧化させて、その場から退避をしようとする!


「フン!逃がすかよ!!」


 妖幻ファイター(茂部)は、刀の柄から『閃』メダルを外して、白メダルを装填!刀が邪気祓いの効果を発揮する!


「闇霧化には物理攻撃は効かない代わりに、浄化攻撃に対する防御力はゼロ!

 所詮オマエは、三流の鬼!これで終わりだぁっ!!」


 邪気祓いの刃を振り下ろす妖幻ファイター(茂部)!天邪鬼の敗北が決まったかに思われたその時!


「天野のじいちゃん!逃げるの、2秒我慢してっ!!」


 闇霧(天邪鬼)の背後から、魍紅葉が突っ込んできて、闇霧を潜り抜け、短刀・邪今剣で、妖幻ファイター(茂部)の刀を受け止めた!


「なにっ!?」

「天野じいちゃん、今だ!」

「おうっ!」


 魍紅葉の真後ろで実体化をした天邪鬼が、妖幻ファイター(茂部)の頭に、ダブルスレッジハンマーを叩き付ける!


「ぐはぁっ!」


 想定外の連係攻撃を喰らって体勢を崩す妖幻ファイター(茂部)!その懐に魍紅葉が飛び込んで、妖幻ファイター(茂部)の腕とベルトを掴んで引き寄せ、渾身の頭突きを叩き込んだ!妖幻ファイター(茂部)は、弾き飛ばされながら受け身を取って、素早く体勢を立て直す!


「本部所属の俺を舐めるなよ!今のは、予想外に展開に対応が遅れただけ!

 1対2と解っていれば、エリートの俺ならば幾らでも対処できる!」

「んっへっへ!次ゎもう、2対1・・・ぢゃないんだよね~。」


 魍紅葉は、妖幻ファイター(茂部)に向けて拳を差し出し、手の中に握られていた物を見せびらかす。数枚の妖幻メダルだ。妖幻ファイター(茂部)は、驚いてメダルホルダを確認。所有する妖幻メダルが奪い取られてしまったことに気付く。

 天邪鬼の攻撃直後の魍紅葉の接近は、メダル強奪が目的で、頭突きは‘ついで’だった。


「刺してあげることもできたのに、ワザワザ頭突きしたんだよ。

 なんでだろうって不思議に思わなかったの?」


 手の内にあるYメダルのうち、妖怪とは関係の無い属性メダルと白メダルを捨て、残ったメダルを握って念を込めてから、空中の放り投げた!メダルから闇が放出されて人型を作り、3体の妖怪が復活をする!


「そ、そんなバカな!?」


 Yメダルは、霊的な特殊皮膜によって、妖怪の力を抑え込んでいる。メダルから妖怪が復活することなど有り得ない。


「んっへっへ!ァタシにゎできちゃうんだよねぇ~!スゲーでしょ?」


 魍紅葉は、見たことがあり、明確にイメージができる物ならば妖力で実体化をさせられる。文架支部に押し掛け女房をして妖怪の生態を学び、霊封の銀塊で封印のノウハウを学び、ブロント事件で強制的な念の活性化を学び、自らがスペクターの召喚主にされたことで霊体の実体化の概念を学んだ。

 霊力の天才児は、様々な経験を積むことで、Yメダルの妖気を活性化させて実体を与える=妖怪を復活させるスキルを手に入れたのだ。


「魍紅葉ちゃん!コイツ等の面倒も見てもらえるか!?」


 天邪鬼がヘイシ1人を持ち上げて、魍紅葉の前に放り投げた。ヘイシのプロテクターにも、妖怪は封印されている。


「んっ!イイよっ!まとめて面倒みたげるっ!」


 魍紅葉が倒れているヘイシに掌を翳して念を送ると、ヘイシのプロテクターから闇霧が抜け出して妖怪化をする。魍紅葉は、続けて、狼狽えている残る4人のヘイシに掌を翳して、それぞれのプロテクターから妖怪を解放した。これで、ヘイシ達は何の特殊効果も無いプロテクターを装着しているだけ。


「役に立たないどころか、俺の足を引っ張るなんて、何やってるんだ!?」


 妖幻ファイター(茂部)が、無力化をされてしまったヘイシ達に怒鳴り散らすが、妖幻ファイター(茂部)は、変身に使用しているYメダルと、基本装備(刀)以外の特殊装備を全て妖怪化させられて失ったので、人のことを批難できる立場ではない。

 魍紅葉&天邪鬼と、8体の復活妖怪が、戦意を喪失させた妖幻ファイター(茂部)とヘイシ達に迫る。


「姫様は順調だな。」


 神社の屋根の上では、茨城童子が魍紅葉を見守っている。魍紅葉&天邪鬼vsモブ退治屋の勝敗は決まった。魍紅葉の手先となった妖怪が、ザコ共の命を奪うのは確実だろう。


「私は、幹部の首を!」


 茨城童子は、味方が劣勢にもかかわらず、余裕の笑みを浮かべたまま戦況を眺めている迫天音を睨み付けた。


「そこの女・・・

 妖気は隠しているようだが、その薄汚れた笑みには、見覚えがある。」

「以前、酒呑童子の成り損ないに潰されかけたオヌシを助けてあげたのに、

 随分冷たい物言いね。

 覚醒の切っ掛けを与えてあげたお嬢さん(魍紅葉)も、

 私達に刃向かってくれるし・・・

 酒呑一派は、恩知らずの集団なのかしら?」

「何が恩だ!?退治屋を操って我らを追い詰める卑怯者め!」

「オヌシ等の主は知恵が足りず、私の主は賢い。それだけの違いよ。」

「御館様を愚弄するなっ!」


 煽られて闘志を剥き出しにした茨城童子が、神社の屋根を蹴って飛び上がり、迫天音に襲いかかる!


「ひゃひゃひゃ・・・主だけでなく、部下も知恵足らずか?

 学習能力がまるで無いようじゃのう。」


 次の瞬間、嘲笑う迫天音に爪が届く前に、背後から矢が飛んで来て茨城童子を貫いた!


「ぐぁっ!この矢はっ!!?異国の小娘かっ!」


 茨城童子を貫通したのは、魔術によって、射る前に‘刺さる’を決定するオーキュペテーアロー!離れた大木の枝で、マスクドウォーリア・ハーピーが弓を構えている!


「昨日の卑劣な不意打ちのお返しだ!」


 更に、マスクドウォーリア・ギガントが突進をしてきて、茨城童子に向けて巨大ハンマーを振り下ろした!

 全身を闇霧化させて回避する茨城童子!しかし、ハーピーから2射目のオーキュペテーアローが放たれて闇霧に突き刺さった!強制的に実体化をさせられて、2本の魔力矢が突き刺さった茨城童子が地面に落ちる!


「チィ!姑息な魔術師共め!」

「オマエ等(魍紅葉達)に個人的な恨みは無いのだがな。

 勝手な事情で申し訳ないが、叩き伏せさせてもらう。」


 茨城童子は、駒(退治屋)が無力化させられたにもかかわらず、迫天音が‘薄汚れた余裕の笑み’を崩さなかった理由を理解した。彼女は、最初から、使い捨ての駒以外の手札を隠し持っていたのだ。


「オマエ等(退治屋)は、命が惜しくば下がっていろ。

 手柄を焦って前に出るなら、俺の攻撃に巻き込まれて死しても文句は言うな。」


 妖幻ファイター(茂部)&ヘイシに手を振って「邪魔だ」とジェスチャーをするギガント。

 妖幻ファイター(茂部)は、見ず知らずの奴に手柄を横取りされるのは不満だ。これでは、大武の美人秘書に存在感を売り込めない。エリートのプライドが許さない。・・・が、死にたくないので、下がって見守ることにした。


「私も、お嬢さん達には恨みが無いんだけどね、目障りだから死んでもらうわよ。」


 魍紅葉&天邪鬼&復活妖怪の前に、デスサイズを構えたマスクドウォーリア・リリスが立つ。リリスは、懐中時計型のアイテム=Aウォッチから『Ko』『Og』『Sp』『Go』『Xi』のメダルを抜いて、立て続けにデスサイズの柄にある窪みに装填!リリスの周りに5つの魔方陣が浮かび上がり、コボルト・オーガ・スプリガン・ゴブリン・キマイラが出現して、魍紅葉&天邪鬼&復活妖怪8体に飛び掛かる!


「お嬢さんの妖怪復活とは少し違うけど、私にも似たようなことが出来ちゃうの。」

「毒ナマコ(リリス)、超ジャマ!」


 その様子を、ワームホールを経由して現着をしたザムシードが、マシンOBORO(バイク)に跨がったまま、少し離れて眺めている。


「随分とややこしいことになっているけど、誰と誰が戦っているんだ?」


 茨城童子=敵。大魔会=敵。退治屋=敵対しているが争いたくない。天邪鬼=ウザいジジイ。見て見ぬフリをしたくなるような修羅場だ。修羅場すぎて、ザムシードの登場に誰も気付いていない。通常運転ならば敵同士の潰し合いなど放置するのだが、同じ場所に紅葉が居るので無視ができない。


「う~~~~ん・・・紅葉以外は、寄ってきたら、全部叩けば良いのだろうか?」


 状況把握ができないが、「紅葉と接触する」だけは決めてある。要は、紅葉との接触を邪魔してくる奴は全て敵ってことだ。方針を決めたザムシードが、バイクをスタートさせる。


「先ずは・・・オマエだぁっ!」


 ザムシードは、マシンOBOROを駆りながら妖刀を装備して、魍紅葉に危害を加えようとしているリリスに突っ込んだ!


「チィっ!」


 横飛びで回避をするリリス!ザムシードは、停めたマシンOBOROから降りて、魍紅葉を庇うように立つ!


「何で燕真がココに!?」

「オマエを助ける為に決まってんだろう!」

「頼んでないっ!」


 魍紅葉はザムシードに駆け寄ろうとするが、召喚された悪魔達が襲いかかってきて妨害される!


「もぅっ!みんなジャマっ!どっか行けっ!」

「天野さん!ソイツ等(悪魔達)は、力押しでなんとかなる!紅葉を頼んだぞ!」

「承知した!」


 魍紅葉を天邪鬼に託したザムシードは、妖刀ホエマルを装備してリリスに突進!リリスの振るったデスサイズと、ザムシードの妖刀が激突する!


「燕真君、貴方は何か勘違いをしているわよ!

 平和の為に戦っているのは私!平和を乱そうとしているのは鬼!

 倒すべきは、貴方の後に突っ立っている鬼のお嬢さんなのよ!」

「悪いけど、散々騙してくれたアンタの言葉を、信じる気は無い!」

「あら、そう。それは残念ね。」


 幾度かの刃と大鎌のぶつけ合いの後、数歩後退をして体勢を立て直すザムシードとリリス。リリスは、クラーケンの能力が付加された『Kr』メダルをデスサイズの柄に装填して、ザムシードから距離を空けた状態で振り上げる!


「それは、もう攻略済みだ!」


 ザムシードは、Yウォッチの空きスロットに属性メダル『閃』を装填!妖刀を握り直して突進をしながら、勢い良く横蹴りの素振りを放った!蹴りから放たれた光弾が、デスサイズを振り下ろす前のリリスの着弾!体勢を崩したリリスの懐に飛び込んだザムシードが、デスサイズ目掛けて妖刀を振るって、リリスの手から叩き落とした!


「アンタの技は、虚を突いた初見殺しばかりなんだよ!」


 ザムシードの指摘通り、リリスの攻撃は暗殺スキルや初見殺し特化したスキルばかり。前知識があって、予備動作を警戒すれば、それほど怖くはない。


「・・・くっ!」


 ガラ空きになったリリスの腹に、ザムシードの閃光を纏った蹴りが炸裂!弾き飛ばされて尻餅をつくリリス!


「これで終わりだぁっ!」


 妖刀を振り上げたザムシードが踏み込む!しかし、横から大鎚が割り込んで来て、振り下ろされた妖刀を受け止めた!ギガントがリリスのフォローに入ったのだ!ザムシードとギガントの鍔迫り合いが始まる!


「里夢、オマエは少し休んでいろ。」


 リリスが一対一の戦いには向かないことを、ギガントは把握している。だが、それ以上に、リリス(里夢)の性格が真っ向勝負には向いていない。悪魔召喚をザムシード戦で効果的に使えば、もっと有利に戦えただろう。しかし、リリスは、まるで、自分のスキルを誇示するかのように、早い段階で悪魔召喚の手札を晒してしまったのだ。ギガントは、リリスの戦士としての限界を感じていた。


「退治屋が鬼の保護か?随分と甘い組織だな!」

「こんなことやってたら、確実にクビだろうな!だけど、覚悟の上だ!」


 幾度かの、刃と鎚頭のぶつけ合いの後、数歩後退をして体勢を立て直すザムシードとギガント。ザムシードは軽く痺れた手を開いて握り握力を確認する。ギガントとの直接対峙はこれが初めて。雅仁から聞いた情報通り、真っ向勝負ならば、大魔会の3人で最も警戒しなければならない相手のようだ。


「この戦いは、大魔会の必然ではないだろうに!なのに何故、戦う!?」

「確かに必然ではない!

 だが、退治屋を逸脱して鬼を庇うオマエに批難をされる筋合いも無い!」

「俺には、退治屋を逸脱してても、やらなきゃ成らない事が有るんだ!」


 握力の回復を実感したザムシードは、水晶メダルをベルトのバックルに装填!EXザムシードにパワーアップをして、妖刀の柄に『閃』メダル、ブーツに『炎』メダルを装填して、ギガントに突進をする!

 その光景を、3本の矢が刺さった状態の茨城童子が眺めていた。


「フン!腹立たしいが、退治屋の若造には、礼を言わねばならんようだな。」


 ギガントのマークから外れてフリーになった茨城童子が、矢の発射地点を睨み付ける。射程外から「狙った時点で貫通が決定する因果逆転の矢」を射てくるハーピーは、100m先の大木の枝の上だ。


「目障りな弓使いには、この舞台から永久に退場してもらう!」


 闇霧化をして飛び上がり、ハーピーへと向かう茨城童子!対するハーピーは、次矢を装填して、鏃を向かってくる闇雲に向ける!


「バーカ!狙った時点で回避不能って、まだ解らないのか?」


 射られた魔力矢が闇霧に着弾!強制的に実体化をさせられ、肩に矢の突き刺さった茨城童子が出現をする!僅かに失速するものの、茨城童子は、痛みを無視して、ハーピーに向かって飛び続ける!その距離は80m!ハーピーは次の矢を番えて放った!


「ぐぅぅっっ!!まだまだぁっ!!」


 矢は‘飛ぶ’行程を省略して、茨城童子の腹に突き刺さる!しかし、茨城童子は、怯むこと無く飛び続ける!


「バカかオマエは!?」

「この程度の矢、刺さることを前提にすれば、凌げる!」

「何だ、コイツ!?」


 ハーピーと茨城童子の距離は70m。茨城童子の気迫に気圧されたハーピーは、退避を考えたが、「矢が飛んでこないこと」を察知された時点で、闇霧化をした茨城童子に追い付かれてしまうだろう。接近戦では分が悪い。それよりも、踏み止まって、距離が詰められるまで、矢を浴びせ続ける方が、確実にダメージを与えられる。


「だったら、アタイの所に辿り着く前に、ハチの巣にしてやるよ!」


 間の距離は60m、ハーピーの射た魔力矢が、茨城童子を貫く!距離は40m、ハーピーの魔力矢が、茨城童子に突き刺さる!距離は20m、ハーピーの矢が、茨城童子に命中する!


「テメェ!いい加減に落ちろっ!気持ち悪いんだよっっ!!」


 茨城童子は、自分の頭の角に手を添えてヘシ折った!角は、込められていた妖気を放出して、蒼玉の剣に変化をする!


「此処まで距離を詰めれば、貴様には何もできまいっ!!」


 次の矢は間に合わないと判断したハーピーは、枝を蹴って後ろに飛びながら、弓を横薙いで茨城童子を牽制!追い付いた茨城童子は、蒼玉剣を振るってハーピーに弓を叩き落とし、立て続けに刺突を放った!蒼玉剣の切っ先が、ハーピーに突き刺さる!しかし、ハーピーは後退をしている為、ダメージは浅い!


「フン!テメーはハチの巣!アタイは、掠り傷程度の痛み!

 覚悟の特攻をしたワリには、お粗末だったな!」

「いや・・・貴様の命運は尽きた!」


 茨城童子が欲したのは、剣で深手を負わせることではなく、蒼玉が突き刺さったという事実。蒼玉剣に込められた妖気が、ハーピーに流れ込む!


「な、なにぃ!?これはっ!・・・うわぁぁっっっっ!!」


 誇り高い茨城童子にとって、鬼の象徴たる角を折ることは屈辱以外の何物でもない。だが、忠誠の為、主に勝利をもたらす為ならば、自身の誇りなど些末。


「貴様は、私の脅威を愚かな人間共に知らしめる‘物言わぬ語り部’となる。」


 奥義・蒼玉結晶発動!ハーピーの体内に流れ込んだ妖気が、ハーピーの全身から強制的に発せられて、蒼い結晶と化す!やがて、硬質化はハーピーの自由を奪い、意識も奪い、蒼玉の塊に閉じ込められたハーピーが地面に落ちた!


「厄介な狙撃手は排除した。」


 茨城童子は、闇霧化をしてメインの戦場に戻り、魍紅葉の前に立って、キマイラに対して身構える。


「奇怪な獣など、私にお任せ下さい!

 姫様は、御自身の気持ちの赴くままに、御自身のやるべきことを!」

「んっ!アリガト、茨城ドージ!」


 数歩退いて戦場を眺める魍紅葉。無力化させられた妖幻ファイター(茂部)&ヘイシ達は、ボケッと突っ立って戦況を眺めているだけ。召喚された悪魔のうち、コボルト・オーガ・スプリガン・ゴブリンは倒され、今は、茨城童子&天邪鬼&復活妖怪とキマイラが対峙をしている。ハーピーは倒され、リリスとギガントは、EXザムシードと拮抗状態。


「燕真・・・そんなんで、ァタシに恩を売ったつもり?」


 自分がやるべきことは決まっている。ザムシードには「イライラさせたら殺す」と言ったのに、ヒーロー気取りな台詞でイライラさせられた。家来になるなら許してあげようと思ったが、上から目線で、家来になるつもりは無さそうだ。


「すっげームカ付く!」


 ザムシードは、Yメダルを使って、何も無い空中に武器を出現させることが可能。イメージの具現化が出来るの魍紅葉ならば、イメージした武器の召喚も可能だろうか?

 試しに、ザムシードが武器を召喚する姿を想像しながら、武器をイメージしてみる。すると、魍紅葉の左手に闇が蓄積をされていく。


「んへへっ!ァタシ、すげーぢゃん!」


 EXザムシードを睨み付ける魍紅葉。EXザムシードは、光の刃を伸ばした妖刀と、炎を纏った蹴りを駆使して、ギガント&リリスと戦っている。


「大魔会と潰し合いをする気は無い!倒された子(ハーピー)を連れて退け!」

「我らにも、やられたままでは収まらないプライドがある!

 退いて汚名を重ねるつもりは無い!」


 EXザムシードは光刃の妖刀でリリスを退け、ギガントの体勢を崩し、炎を纏った蹴りを叩き込む!


「退治屋の戦闘能力を、我らより下と認識したのが誤りだった。

 我が最大の奥義にて、反省の証とする。」


 ギガントは、サイクロプスハンマーの柄に、『Sa』メダルを装填!サラマンダーの能力が付加されて、鎚頭が灼熱の光球と化した!EXザムシードは、これまでとは違う危険性を感じて身構える!2人が、互いに向かって突進をしながら武器を振りかぶったその時!


「燕真っ!ムカ付くから消えてっっ!!」


 魍紅葉が召喚した弓を構えて妖力を込めた矢を番え、EXザムシード目掛けて射た!反射的に仰向けに倒れて回避するEXザムシード!矢はギガントが振り下ろした大鎚に着弾!妖気の爆発が発生して、ギガントを弾き飛ばし、仰向けに地に伏してしまったEXザムシードは逃げ場を失い、爆風の直撃を受けてしまう!


「うわぁぁっっっっっっっ!!!」


 悲鳴を上げるEXザムシード!地面にメリ込み、爆風が収まった直後に、変身が強制解除をされる。


「・・・も、紅葉っ!」


 燕真は、辛うじて立ち上がって魍紅葉に駆け寄ろうとしたが、体中が悲鳴を上げ、脱力をして片膝を付いた。


「ふんっ!下等な人間如きが、馴れ馴れしく姫様に話し掛けるな!」


 茨城童子は、飛び掛かってきたキマイラの口の中に拳を突っ込んだ!そして、押し込んだ手でキマイラの体内を掴み、もう片方の手で、キマイラの顎を掴み、力任せに引き裂いた!


「姫様(魍紅葉)は、貴様等の知る小娘(紅葉)と同一ではないと言うことだ!」


 引き千切ったキマイラの肉塊を放り出し、燕真の視界から魍紅葉を遮るようにして立つ茨城童子。全身が傷だらけで、腕が千切れかけた痛々しい状況だが、「主がザムシードを倒した祝い」に比べれば、些末な問題だ。


「退治屋と大魔会・・・

 誰かが、酒呑(魍紅葉)を倒してくれるかと期待したんだけど無理みたいね。」


 上空の声に反応して見上げる燕真&魍紅葉&茨城童子。


「ぬぅぅ・・・やはり貴様はっ!」


 それまで傍観を決め込んでいた秘書・迫天音が、空中に浮かんで、戦場を見下ろしている。


「結界破壊の贄になるのは茨城童子でも良かったのにね。

 反逆者(燕真)と狙撃手(ハーピー)は敗北。

 死神(リリス)と闘士(ギガント)は逃げ腰。」


 指摘をされたリリスとギガントは、悔しそうに迫を見上げている。妖幻ファイター(茂部)&ヘイシ達は、相変わらず突っ立って眺めているだけ。


「面白い戦いだったけど、終わってみれば、勝ち残ったのは酒呑一派。

 何奴も此奴も使い物にならなくて、ガッカリさせられたわね。」


 迫天音の全身から妖気が発せられて闇に包まれ、中から、獣顔で着物と炎の羽衣を纏った女妖怪=天逆毎(あまのざこ)が出現!腕を上げ、天に向けて人差し指を翳すと、上空に闇が集まって黒雲を形成する!


「贄も、役立たずも、纏めて消えなさい。・・・雷槍っ!!」


 天逆毎が気合いを発した途端に、上空の黒雲から公園内の戦場に向かって、無数の雷が降り注ぐ!


「まずいっ!紅葉っ!!」 「姫様っっ!!」


 魍紅葉を庇うべく、懸命に駆けながら魍紅葉に手を伸ばす燕真!しかし、手が届く前に、闇霧化をした茨城童子が魍紅葉を包んで、その場から退避をする!


「くそっ!紅葉っ!!」

「エンマ君!生身のオヌシは、他人の心配などしている余裕など無いはずじゃ!」

「天野の爺さんっ!」


 闇霧化をした天邪鬼が、燕真を包んだ!茨城童子ほど速くは飛べないが、幾つも降り注ぐ雷を潜り抜けながら、どうにか公園から脱出をする!


「チィ・・・逃げられたか。大技すぎるのも考え物ね。」


 宙に浮かぶ天逆毎の真下の地上には、リリスとギガントの姿も無い。状況を理解できなかった(迫を味方と信じて疑わなかった)為に逃げなかった妖幻ファイター(茂部)&ヘイシ達の残骸だけが転がっている。




-文架大橋西詰-


 橋の取付道路を上がる雅仁&佑芽&麻由の正面に、闇霧が着地。雅仁達はバイクから降りて身構えるが、闇霧の中からは、燕真が吐き出された。


「佐波木!」 「佐波木さん!」 「紅葉さんとは接触できたんですか?」


 尋ねられた燕真は、疲れた表情で俯く。


「接触はできた・・・でも、紅葉に負けた。」


 魍紅葉の攻撃の爆風を浴びただけで、変身が強制解除をされてしまった。武器で矢を受けたギガントも戦闘継続は不可能になっていた。もし、矢の直撃を受けていたら、どうなっていた?魍紅葉が燕真を殺すつもりで攻撃を仕掛けたのは、覆しようのない事実だ。

 悔しそうに拳を握り締める燕真。雅仁達は、僅かな言葉と仕草で「事態は好転しないどころか悪化している」と悟り、それ以上は何も聞けなくなる。


「エンマ君の、その中途半端な気持ちでは、魍紅葉ちゃんには届かんよ。」

「・・・なに?」


 燕真は、天邪鬼の言葉に神経を逆立てられる。どれだけ紅葉のことを大切の思っているのか、解りもしないのに口を挟んで欲しくない。振り返って、命の恩人を睨み付けようとして、燕真は目を見開く。


「天野・・・さん?」


 実体化をした天邪鬼は、全身が風穴だらけ。至る所から闇が湯気のように上がっている。


「副首領(茨城童子)は上手く逃げたのだろうがな・・・

 わし程度の小者妖怪では、天逆毎の術を回避するなんて不可能じゃ。」

「なら、何でサッサと逃げずに俺を助けたっ!?」


 燕真に見詰められた天邪鬼は、笑みを浮かべて燕真を見つめ返す。


「期待しているからに決まっているじゃろう。

 わしはな・・・魍紅葉ちゃんや、副首領の前では言えなかったが、

 鬼王の魍紅葉ちゃんではなく、人間の紅葉ちゃんが好きなんじゃ。

 紅葉ちゃんの笑顔を・・・取り戻してくれ。」

「解ってる!俺だって、そのつもりだ!でも、出来なかったっ!

 どうしたら良いのか解らない!」


 悔しそうに視線を下げる燕真。天邪鬼は、燕真の肩に、蒸発中の手を乗せる。


「エンマ君・・・獅子奮迅の戦いをした副首領を、どう見た?」

「・・・茨城童子の戦い?」

「憎むべき存在だろうが、君は見習わねばならんぞ。

 見て解るだろう。彼の、魍紅葉ちゃんへの忠節は絶対的じゃ。

 君の紅葉ちゃんへの気持ちよりも、彼の魍紅葉ちゃんへの忠誠心の方が強い。

 君よりも副首領の方が、魍紅葉ちゃんを必要としている。

 君は、気持ちで副首領に負けている。

 ‘手の掛かる妹分’などという感情を、魍紅葉ちゃんは求めていない。

 中途半端な気持ちでは、魍紅葉ちゃんには届かない。」

「・・・・・・・・・」

「魍紅葉ちゃんを討伐して退治屋の責務を果たすのか?

 もっと別の答えに辿り着くのか?あとは、君が自分で考えること。」


 顔を上げて頷く燕真。天邪鬼から上がる闇の湯気は、天邪鬼の表情を隠すほどに強まっており、消滅寸前と示している。


「最後に一つ・・・魍紅葉ちゃんは、まだ、他者の命で手を汚していない。

 そうならぬように、わしが阻止をした。だから・・・まだ、戻れる。」


 言い終えた天邪鬼は、自身の希望を託して、燕真&雅仁&佑芽&麻由に見取られながら消滅をする。

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