第42話・目覚めた鬼王



-山頭野川の西側河川敷-


「佐波木っ!」 「紅葉ちゃんっ!」


 茨城童子によって、ザムシードと紅葉が闇に沈められた。ガルダ&リンクス&麻由は動揺をする。しかし、消えた仲間達を心配する余裕すら与えてもらえない。大魔会のリリスとギガントが、襲いかかってきた!


「くっ!葛城さんは離れてくれ!」

「はいっ!」

「君(佑芽)は槌使い(ギガント)を頼む!

 ただし、スピードによる撹乱のみ!決して深追いはするな!」

「わ、解りました!」


 戦力としてアテにしていたザムシードの脱落は痛い。大魔会の2人は、素人のリンクスで凌げる敵ではない。それでも、物理攻撃メインのギガントの方が、即死攻撃をしてくるリリスに比べれば、生還確率は高いだろう。そう考えたガルダは、リンクスにギガントを宛てて、自分はリリスと対峙をする。

 リリスとギガント、そして茨城童子。全てをガルダが倒す以外に、この窮地を脱する方法が思い付かない。


「ペース配分を考えている余裕は無さそうだな。」


 意を決したガルダが、金色メダルをベルトの五芒星バックルに装填して、Hガルダへとパワーアップ!胸スロットに属性メダル『風』をセットして、妖槍を構え、リリスに突進をする!

 一方のリリスは、クラーケンの能力を付加した『Kr』メダルをデスサイズの柄にセット!一振りで十の刃が発せられる攻撃=アーキテウシス発動!


「おぉぉっっっ!!!」 「はぁぁっっっ!!!」


 2つの気勢が上がり、互いの刃が激突!十の刃のうちの2発がHガルダに着弾!対するリリスには、風を纏った無数の刺突が着弾!数歩後退して、素早く構えを整えるHガルダ!リリスは、全身から火花を散らせながら弾き飛ばされて地面を転がる!


「うぅっ・・・今の攻撃・・・見えなかった。」

「俺は、装備のパワーアップを実力と勘違いするほど他力本願ではない!

 ハイパーモードに相応しい技くらいは、自力で考えるさ!」


 風属性でHガルダの機動力を上げて、妖槍による目に止まらない早さの無数の刺突を発生させる=奥義・サハスラブジャ(千手観音)。


「それに、その攻撃(アーキテウシス)は、既に攻略されている。」


 過去のザムシードとリリスの戦いで、ザムシードは、デスサイズが振り下ろされるタイミングをずらして、十の刃を不発させた。同様に、Hガルダは、最初の刺突をデスサイズの刃の当てて、致命打となる放線から外した上で、残りの無数刺突をリリスに叩き込んだ。だから、ガルダが喰らった2発の刃は、急所には程遠い。


「悠長に戦っている余裕は無い!」


 リンクスの戦況をチラ見するHガルダ。指示された通りに、ギガントに対して、ひたすらスピード重視で走り回って、攻撃を回避している。もうしばらくは、致命傷を受けずに戦いを維持できそうだが、裏を返せば、深追いをしていないので、ギガントも無傷。このままでは、リンクスが消耗をして足が鈍ったところで連打を食らうのは確実だろう。


「決着を付けさせてもらう!」


 Hガルダが気合いを発すると、背の翼が開いて、光り輝きながら大きく広がり、風を帯び始める!助走から低空で飛翔する!ハイパーアカシックアタック発動!流星と化して、リリスに突っ込んでいく!


「フン!このギガントを、些か舐めすぎではないかな?」

「なにっ!?」


 リリスに襲いかかるHガルダの真上!ハンマーを振り上げたギガントが落下をしてきた!


「俺が、素人の無駄だらけの動きに翻弄されていたとでも思ったか?」


 ギガントは、リンクスのスピードに撹乱をされていたわけではなかった。大魔会の標的は、雅仁(ガルダ)と紅葉。紅葉が消えた今、狙うはHガルダのみ。ギガントはガルダの作戦を見抜き、走り回るだけで射程圏に寄って来ないリンクスなどハナから相手にせず、ガルダに攻撃できる隙を待っていたのだ。


「おぉぉっっっっ!!消滅しろっっ!!!」


 ギガントが握るサイクロプスハンマーの柄には、サラマンダーの能力を付加した『Sa』メダルが填め込まれている!サラマンダーバースト発動!ハンマーヘッドが灼熱の光球と化して、飛行中のガルダの背中目掛けて振り下ろされた!


「チィィッ!」


 このままでは、ハイパーアカシックアタックがリリスの届く前に、直撃を喰らってしまう!Hガルダは、咄嗟に翼を収納して、奥義を継続状態のまま飛行のみを解除!着地と同時に地面を蹴って、ギガントに飛び掛かりながら再び翼を広げた!


「回避が困難ならば、迎撃で破壊力を相殺する!」


 Hガルダの必殺技と、ギガントの必殺技が、空中で衝突!爆発が発生して、共に弾き飛ばされて地面に墜落!激しいダメージにより、両者の変身が強制解除をされて、雅仁とアトラスの姿に戻ってしまう!


「咄嗟に相打ちに持ち込むとは・・・見事!」

「かろうじて死なずに済んだか!」


 雅仁とアトラスは、痛む体に活を入れて同時に立ち上がり、互いを睨み付けながら再び変身メダルを翳す!しかし、デスサイズを振り上げたリリスが、雅仁の背後に襲いかかった!


「ふふふっ、隙だらけよ。貴方の魂・・・私のコレクションに加えてあげる!」

「しまったっ!」 


 振り返って、降りてくる刃を見て、青ざめる雅仁!足を止めた状態なので回避不能!変身をしていないので、迎撃も不能!


「わぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!」


 ソウルイーター(魂狩り)を発動させたリリスの真横に、左右の手に妖扇・猫爪を装備したリンクスが突っ込む!


「戦いの素人かもしれないけど、私は戦力外じゃなぁぁっいっ!!」


 奥義・ヘルクロウスラッシュ発動!五本の刃が装備された二枚一対の扇から放たれる五閃二連の斬撃が、リリスを直撃!リリスは悲鳴を上げながら弾き飛ばされ、地面を転がって、変身が強制解除をされる!


「くっ!小娘如きに、この私がっ!!」

「私の扱いが、酷すぎませんか!?」


 雅仁と、里夢&アトラスは、変身が解除された状態で、カリナは茨城童子に倒されて気絶中。戦闘状態を維持しているのはリンクスのみ。大魔会との戦闘は、一定の決着が付いた。




-同じ日が繰り返される世界-


 異常性が確信に変わった燕真は、直ぐに粉木に連絡を入れて説明をするが、粉木は「特に不思議には思わない」と言う。


「そんなはずはない!」


 改めて考えると、袂を分けたはずの師と、何故、【今までと同じ】関係を維持している?紅葉を討伐しようとしていた退治屋達は何処に行った?全て夢だったのか?

 何か、重要な事から取り残されているような気がする。ジッとしていられなくなった燕真は、部屋から飛び出し、バイクに乗って、夜の文架市内を走り回る。


「何処かに異常が発生しているはずだ!」


 しかし、何もかもが今まで通り。山頭野川の西側河川敷に、【数日前】に燕真と紅葉が闇に飲み込んだ八卦先天図が浮かんでいのだが、霊感ゼロの燕真では気付けない。

 燕真は、宛てもなく、だけど立ち止まっていることが出来ず、ひたすら、バイクで文架市内を走り回った。焦りばかりが募る。


「くそぉっっっ!!どうなっているんだぁっっっっっ!!!」


 遠い道路で響き渡るホンダ・NC750Xの走行音と燕真の叫び声を、聞こえるはずのない紅葉の自室で、紅葉が聞いていた。


「ダメだよ、燕真。これでいいんだから・・・。」


 紅葉は、耳を塞ぐようにして布団に潜り込み、就寝をする。


 飛び起きる燕真。周囲を見廻すと、そこは自分の部屋で、燕真はベッドの上にいた。


「・・・あれ?俺、バイクで走っていたはず。」


 何度見廻しても、そこは自分の部屋。夢を見ていたのだろうか?枕元のスマホで時刻を確認したら、9時を過ぎている。


「・・・またかよ。抜け出せないのか?」


 4日目の【同じ日】を迎えてしまった。YOUKAIミュージアムに到着をして、恐る恐る店に入ると、いつもと同じように、皆が開店の準備をしていた。


「おはよう。」 「早うはあれへんねん」 「おはようございます。」×2

「燕真~~!また遅刻だよっ!」


 燕真は、開店準備には手を付けず、粉木に寄って行って近くの椅子に腰を降ろした。


「なぁ、ジイさん。やっぱりおかしいよ。

 毎日、同じ事しかできないんだ。なんで、不思議に思わないんだ?」

「なんも不思議なことなんてあれへんやろ。」

「だいたいさ、ジイさんは、俺を処分するつもりじゃなかったっけ?」

「朝から何言うてるんや?寝惚けてるんか?」


 昨夜、電話で説明した時と同じで、粉木は現状への疑問を少しも感じていない。


「なぁ、皆はどう思っているんだ?」

「君は、何に不満を感じているんだ?」

「変わらない何もかもだ!」

「極端な変化を望む佐波木さんが変なんですよ。」

「極端どころか、少しも変化をしないんだ!

 葛城さんはどう思ってる?なんで4日連続で、朝一からバイトに来られる?

 学校はどうした?部活はどうした?」

「休みだからお手伝いに来ているのですが、迷惑でしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」


 一定の予想はしていたが、やはり、誰1人【繰り返し】を疑問に感じていない。


「このまんまでイイぢゃん。誰も迷惑してないんだからさ。

 早く準備しないとお客さんが来ちゃうよぉ!」


 紅葉の発した言葉に皆が同意をして、開店準備が再開される。燕真の疑問に誰も取り合ってくれないので、燕真は何も言えなくなってしまう。


「開店と同時に、紅葉目当ての客が2人・・・

 その次は、近所の婆さんが1人・・・」


 数日間の来客パターンを呟く燕真。その言葉通りに、駐車場で待っていた紅葉目当ての客が開店と同時に入ってきて、その20分後には近所の老婦人が来店をする。近くで聞いていた雅仁と佑芽は、燕真の予言が当たったことに驚く。


「え?何で解ったの?」

「偶然か?」

「そろそろ、葛城さん目当ての博物館リピーターが来る頃か?」


 麻由に声を掛けて2階に上がる燕真。その直後に博物館の客が入館をしたので、麻由が驚く。燕真にしてみれば、【全部同じ】が4回目なんだから、覚える気が無くても覚えてしまった。


「凄いですね佐波木さん。予言ですか?」

「予言でもなんでもねーよ。何も変わらないんだからさ。」


 自分だけが記憶を継承しているのなら、既に答えが解っている競馬やスポーツ振興くじで大当たりを狙えるのだろうか?


「ダメだろうな。多分、朝にはリセットされて、全部、夢になっている。」


 そもそも論として、【繰り返される世界】に馴染む気の無い燕真は、この世界で得られる利益になど興味が無い。

 この一連で解ったのは、昨日の記憶を意識しているのは燕真だけ。他の連中は、【昨日の出来事が今日も起こる】を認識していない。


「繰り返しが作用しているのは俺だけ?」


 皆が【同じ日の繰り返し】をしているのではなく、燕真だけが【同じ日】に閉じ込められている?

 茨城童子が発した闇に飲み込まれたのは、夢ではなく現実?この世界は、茨城童子の影響下に落ちた燕真が体験している仮想世界?


「確認をしてみる価値はあるか。」


 燕真は、2階の業務を麻由に任せ、階段を駆け下りて店の外に飛び出し、バイクに乗って出掛けていく。雅仁&粉木&佑芽&麻由は「燕真の奇行」を呆然と見送り、紅葉だけは「昨日と違うことをする燕真」を不安そうに眺めた。


「この世界が、茨城童子の影響下ならば・・・。」


 鬼印の作用で作られた仮想世界ならば、霊感ゼロの燕真には原因の究明が出来なくて当然だ。だけど、妖気探知が可能なザムシードならば解るはず。


「幻装っ!」


 燕真は、バイクを走らせながらザムシードに変身をする。途端に、周囲が薄い妖気に支配されていることを感知。当然のことだが、今までは、妖怪討伐時にしか変身をしていなかったので、薄い妖気は発生妖怪の妖気に紛れてしまい、気付くことが出来なかった。


「妖気は・・・どこから流れてくる?」


 妖気の密度が高い方に向かってバイクを走らせるザムシード。文架大橋の真ん中くらいを通過した時点で、発生源は予想できた。


「俺が、茨城童子の闇に飲まれた場所か!?」


 『朧』メダルをハンドルのスロットに装填。ホンダ・NC750Xに朧車が憑依して、マシンOBOROに変化をする。


「OBORO、頼む!ワープ先は、茨城童子の妖気だ!」


 マシンOBOROが口から妖気弾を発してワームホールを作る。ザムシードの予想が正しければ、山頭野川の西側河川敷に移動できるはず。どうせ、ただの思い付きだ。予想が外れたとしても、別の手段を思案すれば良いだけ。今は、何でも良いから試すべき時だ。


「うおぉっっっ!!正解してくれっ!!」


 ザムシードは、マシンOBOROを加速させて、眼前のワームホールに飛び込む。異空間(黄泉比良坂)を経由して、数秒後に到着した場所は、ザムシードの予想通り、山頭野川の西側河川敷だった。


「・・・やはりな。」


 マシンOBOROが出口に選択をしたのは、茨城童子の妖気。ザムシードが振り返ると、直径2mほどの鬼印が宙に浮かんでいる。予想が的中して誇らしい反面、こんなに堂々と発生していた闇の塊に今まで気付けなかったのが、我ながら恥ずかしい。


「この鬼印の所為で繰り返される世界が発生しているなら・・・

 これを浄化すれば脱出できるはず!」


鬼印が届く位置に立ち、妖刀を構えるザムシード!


「待ってよ、燕真!切らないで!」

「・・・え?」


 背後で聞き慣れた声がした。振り返ると、紅葉が立っている。


「オマエ・・・なんでここに?」


 直ぐに異常性に気付いた。ザムシード(燕真)がYOUKAIミュージアムから飛び出した時、紅葉は店内に居た。ザムシードは単身でバイクを走らせ、ワープも使用した。移動手段が足か自転車の紅葉が追い付けるわけが無い。


「切っちゃダメだよ、燕真!」


 しかし、紅葉は急に現れた理由には答えず、「鬼印を切るな」とだけ要望をする。


「オマエ・・・同じことが繰り返される世界に気付いていたのか?」


 紅葉は、不安な表情で小さく頷く。改めて考えると、雅仁や粉木は【繰り返される世界】に疑問を感じていなかったが、紅葉だけは理解をして受け入れていたように思える。


「解っていたなら、俺が質問した時に、なんで肯定しなかった?」

「だって・・・ァタシゎ、このまま・・・ずっと同じなのがイイから・・・。」

「良いわけが無いだろう!ここは、真実から隔離された現実逃避の世界なんだぞ!」

「それでイイの。」

「俺達がこうして呑気な同じ日を繰り返している間、狗塚達は戦っているんだぞ!」

「そんなの関係無い。」

「関係が無いわけが無い!」

「イイのっ!ァタシゎ、燕真がいてくれるこの世界だけでイイのっ!」

「・・・紅葉。」


 妖気認識力の高い紅葉の言葉で理解できた。この世界に存在する現実は、燕真(ザムシード)と紅葉だけ。あとは全て、平穏な日常を維持する為に作られた妄想。だから燕真は、自分と紅葉だけが現実から目を背けて立ち止まっていることを本能で感じ取って、「取り残されている」と焦っていたのだ。


「ありがとな、紅葉。」

「燕真なら、わかってくれるよね?」


 ザムシードの感謝に対して、紅葉は嬉しそうに微笑む。紅葉は、燕真だけを望んでいる。紅葉から必要とされる感情は嬉しい。


「だけど違うんだ。」

「・・んぇ?」

「俺だって、争いより平穏の方が良い。でもそれは、妄想の平和じゃない。

 俺は、急激な情勢変化に付いていけるほど器用ではない。

 でも全く成長できない世界なんて嫌だ。」


 鬼印に向き直り、妖刀の柄に白メダルをセットして浄化力を上昇させ、再び構えるザムシード。


「ダメっ!そんなの・・・イヤだっ!

 本当の世界は・・・辛いことしか無いのっ!戻りたく・・・ないのっ!」


 紅葉がザムシードの背に抱き付いて、共に【繰り返される世界】で生きることを望む。その声は、所々で、掠れ、途切れ、ザムシードには、紅葉が泣いていることが伝わる。


「解ってくれ、紅葉。俺が、オマエと過ごしたい世界は、ここじゃない。

 時々は苦しくても良いから、オマエや皆と共に前に進みたいんだ。

 思い通りに出来なくて辛かったり、負けて悔しかったり、

 そういうのも全部含めて、俺の人生だと思ってるからさ。

 平凡なりに、どうにかして前に進むのが俺だからさ。」

「イヤだ!イヤだ!イヤだっ!やめて、燕真っっ!!」

「妄想の世界に閉じ籠もるんじゃなくて、

 ちゃんと主張をして、受け入れてもらって、自分の居場所を作るべきだ。」

「ァタシゎ・・・燕真と一緒に、ずっとココに・・・いたいの!

 燕真がァタシの居場所を作ってくれれば、あとゎどうでもいいのっ!!」

「俺の傍だけなんて・・・そんなのは、ただの依存。やがて、無理が生じる。

 そんなのは、オマエの居るべき本当の場所じゃない。」

「イヤだっ!」

「・・・だから、一緒に戻ろう!」


 気勢を発し、鬼印を真っ二つに叩き切るザムシード!


「燕真ぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!!」


 紅葉が悲鳴を上げる!



 酒呑童子の魂の復活を待つ茨城童子の眼前、闇塊に一刀の閃光が走り、内側から光が溢れ出す!


「なにっ!?そんなはずはっ!?」


 闇が掻き消され、ザムシードと紅葉が出現!茨城童子の姿を見た瞬間に、ザムシードは、怒りが沸点を超えた!


「茨城童子っ!今日ほど、オマエにムカ付いたことは無い!!」


 茨城童子が身構えるよりも早く、懐に踏み込んで妖刀を振るうザムシード!刃が、茨城童子の腕に深い裂傷を作る!


「悪趣味な妄想を押し付けて、紅葉を泣かせやがってっ!!」

「ぐぅっっ・・・なんのことだっ!?」


 茨城童子が発動させたのは、「人間を消し去り、妖怪のみを残す」鬼印。退治屋如きに内側から破られただけでも想定外なのに、「悪趣味な妄想を押し付け」と言われても何のことだか全く解らない。


「しらばくれるなぁっっ!!オマエの言い分など、聞く気は無いっ!!」

「・・・チィッ、私は、何をしくじった?」


 鋭い爪を伸ばして、ザムシードが振り下ろした妖刀を受け止める茨城童子!しかし、爪は砕かれ胸に斬撃を喰らう!


「ぐはぁっっ!バ、バカなっ!?」


 仰向けに倒れる茨城童子!慣れない鬼印の発動で妖力を消耗したことを差し引いても、ザムシードに圧倒されることなど有り得ない!だが、まるで歯が立たない!怒りに満ちたザムシードの強さが、茨城童子を凌駕している!


「紅葉さんっ!」


 一方、戦場から離れて見守っていた麻由が、生還した紅葉に駆け寄る。麻由は、紅葉を引っ張って安全圏に退避させるつもりだったが、紅葉の様子がおかしい。麻由がいくら呼び掛けても、俯いたままで反応をしない。心配をして覗き込んでみると、瞳に光沢が無く顔色は青ざめており表情は虚ろだ。


「・・・そっか。ァタシのお願い・・・聞いてくれないんだね。」

「・・・紅葉・・・さん?」


 紅葉の気配がおかしい。麻由は、紅葉がこの世の者とは思えないような気がして、怯んで後退をする。


「これで、終わりだぁっっっ!!」


 ザムシードは、手元(柄)に白メダルがセットされていることを確認して、倒れた茨城童子に向かって、渾身の力で妖刀を振り下ろした!これで、クソのような敵が討伐されることを確信して!・・・だが。


「・・・燕真、ァタシと一緒にいるのがイヤなんだね。」


 帰還直後から俯いて動かなかった紅葉から、爆発的な妖気が発せられる。


「ァタシ、独りぼっちになっちゃったんだね。」


 妖気センサーで異常を感知したザムシードが、茨城童子に刃を突き立てる直前で動きを止めた!


「・・・紅葉?」


 退治屋に殺されかけ、母から「人間ではなく鬼」と死刑宣告をされた紅葉にとって、最後にしがみつこうとした砦が佐波木燕真だった。脱走直後、燕真に「ァタシを愛しているのか?」と聞いたのは、チャラけていたわけでも、自意識過剰だったわけでもない。気持ちに余裕が無くなって、燕真にしがみつきたくて発した言葉だった。 だけど、燕真には「そんなわけ無い」と言われてしまった。

 燕真は、紅葉が精神的に追い詰められていることを把握しながら、紅葉に安心を与えられる一言を与えることができなかった。


 【同じ日常が繰り返される世界】は、紅葉が「明日も同じ」を願いながら眠りに付くことでリセットが発生していた。紅葉の「燕真だけは傍にいて欲しい」という想いが、茨城童子の発した鬼印を利用して作った「紅葉の希望」が繁栄された世界。

 しかし、紅葉の‘一縷の望み’は、燕真に拒否をされ、燕真の手で破壊された。紅葉が最後まで手放そうとしなかった燕真は、紅葉に期待に応えることが出来なかった。 


 もう紅葉には、何も残っていない。


「おいっ!紅葉!!シッカリしろっ!!」


 紅葉から発せられている妖気は、茨城童子の妖気とは比較にならないほど強大で邪悪だ!ザムシードは、直感的に「拙い」と感じ、茨城童子へのトドメを中断して、紅葉に向かって手を伸ばす!


「もうイイや。」


 首にぶら下げた御守りを「目障り」と感じて外すと、紅葉の発する妖力が、鬼族のエリートのみが発することのできる鬼力に変化!激しく吹き荒れて、紅葉に接近しようとしたザムシードを押し戻す!


「・・・こんな世界、もうイラナイ。」


 今度こそは人として生きたかったのに、また否定をされた。頑張ったつもりだったけどダメだった。結局は、1100年前と同じだった。


「紅葉ぁぁっっっ!!!」


 もう、燕真(ザムシード)の声は、紅葉に届かない。


「全部、無くなっちゃえばイイっ!!」


 紅葉のツインテールが解けて長髪が靡き、アホ毛は今まで以上に逆立って、額に角が生え、瞳の色が紅く変色!ブレザーが千切れ飛び、全身に纏った闇が、煌びやかな着物姿に変化!鬼女・魍紅葉(もみじ)が覚醒をしてしまう!

 その姿は、茨城童子が欲した結果ではない。茨城童子が、怒りに打ち震えながら魍紅葉を睨み付けた。


「小鬼の出る幕では無い!貴様の肝を引き摺り出して、御館様を開放するっ!」


 重傷を負っていることなどお構い無しに、魍紅葉に掴み掛かる茨城童子!


「控えよ茨城童子っ!オヌシゎ、ァタシを何と心得るっっ!!」

「こ、この妖気は・・・。」


 威圧をされ、数歩後退して跪く。姿は鬼女・魍紅葉。しかし、発せられる妖気と圧倒的な気配は、鬼王・酒呑童子そのもの。


「貴方こそが・・・御館様っ!!」


 忠義の対象は、鬼女・魍紅葉の姿で目覚めたのだ。茨城童子は、魍紅葉に向かって頭を垂れる。


「紅葉ちゃんが・・・」 「鬼になった?」


 雅仁とリンクスは、「紅葉は鬼」と知っている。しかし、急激な変化を受け入れることができない。


「紅葉さんっ!目を覚ましてっっ!!」


 悪い冗談に決まっている。麻由は、間近で懸命に紅葉の名を呼ぶが、魍紅葉は邪悪な妖気を発したままだ。


「全部、無くなっちゃえばイイっ!」


 麻由に向けて掌を翳す魍紅葉。青ざめる麻由。発せられた妖気の塊が麻由目掛けて飛ばされる!


「うおぉぉっっっっっっっっ!!!!」


 ザムシードは割って入って麻由を庇い、妖気弾を背中で受け止めた!痛みで、片膝を地に落とすザムシード!


「ァタシのお願いは聞いてくれないのに、マユのことゎ庇ってあげるんだ?

 へぇ・・・燕真、マユのことが大事なの?すっげームカ付く!」

「紅葉っ!!」 「紅葉さんっっ!!」

「ァタシゎ魍紅葉(もみじ)!

 イライラするから、人間だった時の紅葉(くれは)って名前で呼ばないでよ!」


 魍紅葉が腕を一振りすると、闇の衝撃波が発せられて、ザムシードと麻由を弾き飛ばす!辛うじて体勢を立て直したザムシード!しかし、素早く突進をしてきた魍紅葉に懐に飛び込まれ、無防備の鳩尾に拳を喰らう!


「うぐぅっ!」


 ザムシードは、脱力をして両膝を地に落とす!魍紅葉は、片足を軸にして一回転しながら、腰に帯刀されていた小刀=邪今剣を抜刀して、遠心力を上乗せした一撃をザムシードの胸に叩き込んだ!


「ぐはぁっ!」


 プロテクターから火花を散らせて、仰向けに倒れるザムシード!変身が強制解除をされて、燕真の姿に戻ってしまう!


「燕真、大っキライ!だから死んでよねっ!」


 魍紅葉は、倒れた燕真を見下ろし、邪今剣を振り上げる。だが、振り下ろすこと無く、しばらく眺め、踵を返して燕真から離れた。


「気が変わった。直ぐに殺しちゃうのゎ、なんか面白くない。

 ねぇ、燕真!見てよ!ァタシ、こんなことができるんだよ!」


 魍紅葉が、懐から『天』の文字が描かれたメダルを取り出した。そのメダルは、雅仁(ガルダ)が天邪鬼を倒して封印した後、紅葉に提供したメダル(第14話)。


「出番だよ、天野のじいちゃん。」


 魍紅葉は、握り締めて念を込めてから指で高く弾いた。メダルから闇が放出されて人型を作り、天邪鬼となって着地。復活をさせてくれた魍紅葉に平伏す。

 燕真は、メダルに封印した鬼が復活するなんて、考えたこともなかった。特殊能力を見せ付けた魍紅葉は、笑みを浮かべて燕真を見詰める。


「あはははっ!褒めてよ燕真。ァタシ、スゴいでしょ?

 メダルがあれば、他の奴等だって復活させてあげられるんだよ!」

「・・・バカな?」

「アレェ?もしかして、偶然できたとかって思ってる?

 だったら、特別に、も~1回、見せたげるよ!」


 今度は、離れて様子を見ている雅仁に向けて掌を翳す魍紅葉。また、衝撃波を発する気か?危機を感じたリンクスが、雅仁を庇って間に入る。


「あははっ!ぶっ飛ばさないから安心してイイよ。」


 雅仁の周りに闇が纏わり付き、魍紅葉が掌を上げる動作に呼応して、雅仁の体も空中に落ち上がる。更に、魍紅葉が手を軽く握る動作をすると、闇が雅仁の首を締め付ける。ただの闇なので、雅仁が手で振り解こうとしても、首を絞める力は弱まらない。


「・・・くっ!ならばっ!」


 ポケットから銀塊を取り出して、指で印を結びながら、浄化の呪文を唱える雅仁。しかし、雅仁が浄化力を発揮する前に、魍紅葉は上げていた掌を素早く振り下ろした。呼応して雅仁の体が地面に叩き付けられる。


「ぐはぁっ!」


 衝撃でYウォッチから数枚のYメダルが零れて、地面に散らかった。


「ま、まずいっ!」

「雅仁先生っ!」


 地に這いつくばる雅仁に、リンクスが駆け寄る。


「お、俺よりもメダルの回収をっ!」

「えっ?えっ?」


 指示を受けて散らばったメダルを拾い集めようとするリンクス。魍紅葉は、リンクスに向けて掌を翳した。


「まさっちと違って、ニャンニャン(佑芽)ゎ、闇防御できないよね?」

「えっ?きゃぁぁっっ!!」


 紅葉が掌から発した妖気弾が、リンクスを弾き飛ばす。


「あははははっ!ぶっ飛ばさないって言ったのにウソ付いちゃってゴメンねぇ~!」

「や、やめろ、紅葉っ!」

「うるっさいなぁ~!その名前で呼ばないでって言ったぢゃん!

 今、忙しいから、あっちいってて!」


 魍紅葉を止める為に駆け寄る燕真!しかし、魍紅葉が放った妖気弾を浴びて弾き飛ばされ、山頭野川に墜落をする!


「茨城ドージ、天野のじいちゃん、

 まさっちが何枚か『鬼』メダル持ってるから拾ってきて。」

「御意!」 「承知した!」


 鬼の四天王を封印したメダルのうち、『熊』『星』『虎』は、討伐をした雅仁が所持をしていた。指示を受けた茨城童子と天邪鬼は姿を闇霧に変えて飛び上がり、倒れている雅仁の目の前で実体化をして、『熊』『星』『虎』メダルを拾い上げて、魍紅葉の所に戻る。

 受け取った魍紅葉は、3枚のメダルに念を込め、天邪鬼と同様に、熊童子&星熊童子&虎熊童子を復活させてしまった。


「おぉっ!久しぶりの実体化だ!」 

「新たなる肉体を与えてくださったこと、感謝いたします。」

「え~~っと・・・御館様って呼べば良いのだろうか?それとも、御姫様?」

「オヤカタサマより、オヒメサマの方が可愛くてイイな!」

「御意!」×5


 魍紅葉は、眼前に傅く副首領と4匹の鬼を満足そうに眺める。


「これで、鬼の幹部、全員集合だねっ!」

「姫様、お言葉ですが、天邪鬼は四天王ではありません。」

「あと1人足りませぬ。」

「すんすん・・・金熊童子が忘れられてるぞ。」

「ガッハッハ!こりゃ、笑える!」

「あっれぇ~?なら、金熊ドージゎどこ行ったの?

 拾ってきてあげなかったの?」

「閻魔の妖幻ファイターに倒されたので、保管場所が異なるのでしょう。

 おそらく、姫様から分割された妖気(『酒』メダル)も、

 同じ場所にあると思われます。」

「そっかぁ~!燕真ゎ持ってないから、退治屋の本部ってところかな?

 なら、取りに行ってあげよっか?

 金熊ドージだけ仲間ハズレとか、かわいそーだもんね。

 本部、超ムカ付くから、ついでにやっつけちゃお~!」


 方針が決まり、その場から去ろうとする魍紅葉を、川から這い上がってきた燕真が呼び止める。


「待ってくれ、紅葉!」


 魍紅葉は、足を止めて燕真の方に振り返った。


「超ムカ付くから直ぐに殺してあげようと思ったけど、

 チョットくらいゎお世話になったから、今だけゎ許したげる。

 ァタシの家来になるなら許したけでもイイけど、

 次に会った時に、またァタシをイライラさせたら、次ゎ殺しちゃうからね。」

「紅葉っ!」


 手を伸ばして駆け寄ろうとした燕真の前に、茨城童子が立つ。


「人間如きが、いつまでも、姫様を人間の名で呼ぶな!」

「バイバイ、燕真。」


 茨城童子は闇霧化をして魍紅葉を包み、空に向かって上昇。続けて、熊童子、星熊童子、虎熊童子、天邪鬼が闇霧化をして上昇。

 腹の底から声を発して紅葉の名を呼ぶ燕真。しかし、5つの闇霧は、燕真の声で止まること無く、東京に向かって飛び去っていった。


「くっそぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」


 両拳を地面に叩き付ける燕真。目の前に落ちていた‘紅葉の御守り’を拾って握り締める。両手から血が滲んで痛いが、心の方がもっと痛い。

 大魔会の3人は、いつの間にか撤退をしていた。雅仁と佑芽は、魍紅葉達が去った空を呆然と空を眺め、麻由は泣いている。


「くれはぁぁっっっっっ!!!」


 どこで間違えた?なんで、こうなった?燕真は、紅葉が精神的に追い詰められていることも、泣いていたことも気付いていた。だけど、心の何処かで「ちゃんと傍にいてフォローしてやる」「紅葉なら大丈夫」と慢心していた。紅葉が敵になるなんて、一欠片も想像していなかった。

 燕真達の退治屋への反逆は、誰も想像をしていなかった最悪の結果をもたらし、紅葉を討伐しようとした退治屋の行動が「正解」になってしまった。




-優麗高-


 生徒達が原因不明のの集団暴走をした為、規制線で閉鎖をされていた。軽傷の生徒達は親に迎えに来てもらって帰宅し、意識が混濁した生徒達は救急車で搬送される。 原因は妖怪の干渉なのだが、その事実が外部に公表されることはなく、数日の休校を経て、いつも通り「ガス漏れによる混乱」などで、無理矢理に落とし処を作るのだろう。


 校内は、子妖の制圧を終えた退治屋達の集合地点となり、優麗高は、退治屋の制圧下にある。


「おい、文架支部長!どうなっているんだ!?」

「やれやれ、めんどいのが来たな。」


 粉木&砂影のところに、文架支部の監視役で派遣された田井弥壱と高菱凰平が合流する。高菱は何も知らずに面子を潰されたので腹が立って仕方が無い。


「これは、文架支部長のアンタの責任だ!」

「言われんでも解っている。」

「俺はアンタ等に騙されたんだ!何も悪くない!

 アンタに責任を取ってもらうからな!」

「ワシの辞表で問題が解決するんやったら、いつでも出したるで。」


 高菱は、自分が事件の転換を見逃したミスを棚に上げて、全ての責任を粉木に押し付けるつもりだが、粉木は‘場違いな自己保身の塊’など、相手にする気も無い。


「統括責任者の後任が来たようやな。」


 校庭の一角に時空の歪み(ワームホール)が発生して、マシン入道(輪入道が憑いた高級車)が出現。休息を取っていた退治屋達(高菱含む)が慌ただしく動いて、停車したマシン入道の周りに整列をする。粉木&砂影は1テンポ遅れて動き出し、集団の後方に並んだ。

 最初に助手席から秘書の迫天音が降りて、後部座席のドアを開けた。既に通達はされており、戦死した牛木の後任が誰なのかは、皆が把握している。


「やぁ、ご苦労様。大変な事態になってしまったね。」


 現在の退治屋トップ・大武剛COOだ。


「牛木君の訃報は聞いている。実に惜しい人材を失った。

 彼ほど有能な者でも犠牲になるほど、過酷な現場だったのだ。

 責任は、情勢を見極められなかった俺が負うべきだろうな。

 君達にばかり苦労を掛けてしまい、すまなかった。」


 労いと謝罪の言葉、素早い状況把握、責任を背負う器、大武の全てが退治屋達を心服させる。しかし、大武からすれば、これは駒を掌握する為の枕詞でしかない。真の演説は此処から始まる。


「酒呑童子が目覚めてしまった!

 我ら退治屋は、人々の平和な営みを守る為、総力を上げて酒呑童子を討伐する!

 無論、邪魔をする者に情などは必要無い!容赦無く排除をしろ!

 これは、我々の使命だ!」


 源川紅葉が酒呑童子として覚醒したこと。佐波木燕真、根古佑芽、そして鬼退治の名門・狗塚雅仁が、酒呑覚醒に関与したこと(麻由は部外者なので除外)。彼等の討伐が最優先任務になったことを、大武が演説する。


「周辺地域の支店、及び、支部にも、招集をかけた!

 一両日中に集結をする予定だが、それまでは、此処にいる君達に頼るしかない!

 頼んだぞ、勇敢な同士達よ!」


 大武は、危険な野犬(大魔会)を放し飼いにしていることは、あえて説明しない。説明不足の結果、退治屋と大魔会が潰し合いを始めたとしても知った事ではない。むしろ「好都合」くらいに考えている。


「燕真のアホウめ・・・嬢ちゃんを抑え切れんかったんか?」


 演説を聞きながら粉木が表情を顰める。酒呑童子の出現は初耳だ。嫌な気配は感じていたが、「あれが紅葉の覚醒だったのか?」と改めて思い起こす。


「どうするの、勘平?」


 隣に立つ砂影が、粉木の心情を心配して話し掛ける。


「どうもこうも無いやろ。地方閑職のジジイとはいえ、ワシは歴とした退治屋や。」


 粉木は、決意を秘めた表情をしているが、眼だけは寂しそうだ。


「私情で迷走をするつもりは無い。」


 砂影は、粉木が生涯で唯一尊敬した友(本条尊)を失い、共に退治屋を盛り立てた仲間(芽高勇)や巣立った弟子達を殺害され、将来を最も期待した弟子(日向信虎)を自らの手に掛けたことを、ずっと傍で見てきた。粉木の心に穴が空く度に、粉木の心が自分から離れていくことも気付いていた。


「・・・勘平。」


 また、手の掛かる愛弟子であり、同時に信頼できる友、佐波木燕真を失わなければならない。砂影には、粉木の悲壮が手に取るように理解できてしまう。しかし、立場上、砂影は粉木の決意を否定することなどできない。


「本心は、何を犠牲にしてでも、燕真達の力になってあげたいんでしょうに。」


 現役退治屋ではない源川有紀は、集団から離れて、大武の演説を聞いていた。その隣に白い竜巻が発生して、実体化をした氷柱女が立つ。


「オマエは?母としてどう動く?」

「粉木さんと一蓮托生よ。」


 有紀は、紅葉の出生の秘密を知った上で、判断を粉木に託した。だから、粉木が紅葉の命運をどう判断しようと、従うつもりだ。


「・・・だけどね。」


 粉木の方針に反発するつもりはない。だが、娘に人間性が残っていることと、過去に紅葉の人間性を呼び起こしてくれた青年を信じている。愛娘と青年が奇跡を起こしてくれるなら、自分が糧となったとしても、命など惜しくはない。




-駅裏のビジネスホテルの一室-


 ベッドの上で意識を取り戻したカリナが、苛立ちながら、枕を壁に投げ付けた。


「クッソォ!あの青鬼(茨城童子)、腹立つっ!!」


 同室内では、里夢が窓の外を眺めて待機しており、今後の作戦会議の為に、スマホで、別室のアトラスを呼び出した。数分の間を空けて扉がノックされ、アトラスが招き入れられる。


「先ずは、威張った青鬼(茨城童子)をブッ潰す!手を貸せっ!」

「気持ちは解るが、鬼討伐は我々の任務ではなかろう。」

「うるせー!邪魔なヤツは全部潰して良いって、退治屋のトップが言ったんだっ!

 だから、青鬼潰しも任務なんだよっ!」

「ほぉ・・・これは、異な事を。」


 アトラスの反応に対して、口を滑らせたカリナは「マズった」と口を噤み、里夢は小さく舌打ちをする。


「退治屋トップの暗殺に失敗をしたということか?」

「状況が変わったので中止したわ。」


 カリナが黙りを決め込んだままなので、仕方無く里夢が答える。


「フン!物は言い様だな。」


 里夢とカリナが東京から戻ってきた直後、理由の説明が無いまま、アトラスは退治屋反逆者に駆り出された。

 アトラスは、「今は正面から退治屋とぶつかる時ではない」「暗殺をしてもトップが変わるだけ」と考えていたので、大武の暗殺計画には荷担しなかった代わりに、「暗殺中止」と聞いても気に止めない。里夢やカリナの方針が「大魔会の為」ならば、反対をする気も無い。だが、「大武が言った」を聞き流すことはできない。


「ガルダと鬼の小娘への襲撃は、退治屋の指示?

 退治屋に抱き込まれたとういことか?」


 アトラスの目的は、退治屋との抗争ではなく、スペクター計画の完成だ。里夢達に反発をする気は無いが、今回の目的が見えない襲撃には疑問を感じていた。


「妙な表現はやめて欲しいわね。」

「何故、暗殺を中止したのか、詳細を聞かせてくれ。」

「得策では無いと判断したからよ。」


 里夢は最低限しか語らない。アトラスがカリナに視線を向けると、カリナは不満そうに眼を逸らしてから口を開く。


「優れたパワースポット、優秀なマスター、念を維持できるアイテム、

 それで、強いスペクターが生み出されるって、退治屋のトップが言ったんだ。

 なんか、スゲームカ付くヤツだけどさ、

 あたし達の任務の答えを教えてくれたんだから、潰す必要は無ーだろ。」


 確かに、提示された答えが正しければ、「有益な情報提供者」として生かしておく価値が有る。だが、カリナは、どことなく奥歯に何かが挟まったような物言いだ。


「質問を変えよう。暗殺を踏み止まったのか?それとも交戦はしたのか?」


 アトラスの質問は、里夢達の面子を潰さないように配慮しつつ、「敗北したのか?」を問うている。


「チィ・・・負けたんだよ!悪かったなっ!」


 見透かされていると感じたカリナが素直に答える。


「暗殺や遠距離のスキルに特化したオマエ達が?」

「退治屋のトップは、妖幻ファイターじゃねー!妖怪ってヤツだ!

 妖幻ファイターなら、変身前を狙って仕留められただろうが、

 人間の姿で人外の能力を発揮できる奴等なんて、暗殺できるわけがねーだろ!」

「なるほどな。退治屋の土台は、既に崩れている・・・ということか。」


 文架市の監視をしていたアトラスは、牛木が妖怪化をしたことを含めて納得をする。どうやら、今の退治屋は、妖怪達によって牛耳られているようだ。倒すべき敵に中枢を掌握された組織など、健全に機能するわけがない。わざわざトップを暗殺せずとも、自壊をするだろう。


「ならば、無駄な争いに首を突っ込む必要はあるまい。

 任務完了とみなして、帰国をするべきではないのか?」

「確かに、スペクター計画を完遂する為の情報は得られたわ。

 でも、私達は大魔会6星(幹部)なのよ。

 言われたことだけをクリアして満足するのではなく、

 要求を越える実績を求められるの。」

「それが、狩りと拉致とでも?」

「眠っている念を活性化させる退治屋の技術は、まだ手札に無いわ。」

「根古佑芽とか言う娘か。」

「素体も必要。それが、葛城麻由さん。

 佐波木燕真君は、魔術が全く干渉しない興味深い素体よ。

 そして、彼女達を手土産にする為には、狗塚雅仁君は邪魔。

 大武の指示に関係無く、どのみち狩る対象なの。」

「ついでに、何の特徴も無いクセにバイクでアタイを轢いたヤツ(燕真)と、

 ムカ付く青鬼(茨城童子)を退治すんだよっ!」


 カリナの感情論は論外。里夢の言い分は、カリナよりは理に適っているが、所々に「お気に入り」に対する個人的な感情が見え隠れする。里夢が手土産に欲する「青年」と、カリナが退治したい「何の特徴も無い奴」が被っているが、アトラスからすれば、どうでも良い。




-夜・明治神宮を見渡せる超高層ビルの屋上-


 魍紅葉と鬼達が、退治屋の本社ビル(10階建て)を眺めている。


「金熊ドージと、ァタシの残りゎ、あそこだね。」


 狗塚家が討伐した妖怪の封印メダルは狗塚家が所持をするが、燕真などの退治屋が討伐した妖怪のメダルは、本部で回収をして、変身アイテムや武器に調整されて、全国各地の隊員(妖幻ファイター)達に提供される。ただし、金熊童子のような鬼や、その他の上位妖怪を封印したメダルは、「人間では扱えない物」として、本社で厳重に保管される。

 闇の巨大生命体(酒呑童子の妖気)については、討伐したのは狗塚雅仁だが、雅仁自身が「所持は危険」と判断をして、セキュリティーの高い本社に預けていた。


「サッサとブッ壊して、ァタシと金熊ドージを助けてあげようっ!」


 妖怪は夜にも発生するので、勤務者が昼間よりも大幅に減ることはない。ただし、文架市への出動、大魔会離反者による被害、喜田の浪費により、現在、本部直属の妖幻ファイターは不足していた。


「いくよっ!みんなっ!」

「おうっ!」×5

「姫様、我が背にっ!」

「ぅん、お願いね、茨城ドージ!」


 茨城童子が闇霧化をして魍紅葉を乗せ、退治屋の本社ビルに向かって飛行開始!熊童子、星熊童子、虎熊童子、天邪鬼が闇霧化をして後から続く!一定の距離まで接近したところで、熊童子&星熊童子&虎熊童子が急降下をして、予てからの打合せ通り、1階正面から本社ビルに突っ込んだ!



-退治屋本社ビル-


「ん?何だ?」 「ま、まさか!?」


 その日の待機は、東東京支部の妖幻ファイターが2人と、本部直轄の妖幻ファイターが2人。そして、サポートのヘイシが10人。入口を警備していたヘイシ3人は瞬く間に倒されてしまう。ビル内に警報が鳴り渡り、上階で待機をしていた東東京支部の妖幻ファイター2人と残りのヘイシ達は1階を目指し、本部所属の妖幻ファイター2人は幹部達を守る為に、上階に上がった。



-9階・役員室-


 退治屋は一般企業とは違う。妖怪事件は、いつ発生するか解らない。「夜間は若い連中に任せて管理職は全員が帰宅」などと言うことはなく、本日は、片布津栄里人(かたぶつ えりと)と頑奈雁子(かたくな がんこ)の2人が、夜勤統括の為に残っていた。

 攻撃が開始された直後は一時的に動揺をしたが、直ぐに落ち着きを取り戻し、帰宅済み、及び、非番の隊員達に、「緊急事態・即時招集」の通知を一斉送信した。直後に、役員室の扉がノックされて、護衛役の妖幻ファイター2人が部屋に入ってくる。


「襲撃者は、鬼が3体!現在、1階で交戦中!」

「俺達が護衛しますから、お二方とも、安全な場所に逃げてください!」

「慌てないで。指揮官の私達が真っ先に逃げちゃダメでしょ。

 だけど、まさか、COOが遠征に出たタイミングで仕掛けてくるとはね。」

「我々も、応戦に加わる覚悟を決めねばならんだろうな。

 援軍が来るまで、我々だけで守り切るぞ。」


 片布津と頑奈は、隊員達の前で幹部用のYフォンを取り出して、「状況次第では変身して戦うつもりだ」とアピールをした。2人は、堅物で頑固なキャリア組だが、自己保身を優先させるような小者ではない。的確、且つ、現場の気持ちを理解した言葉で、隊員達を叱咤激励する。


「偉い人のクセに命令して高みの見物をするんぢゃなくて勇敢なんだね。」

「!!!?」


 幹部2人と妖幻ファイター2人が、聞き慣れぬ声がした方を振り向くと、9階の窓にもかかわらず、外側から少女が覗き込んできた。


「なにっ!?」


 次の瞬間、窓ガラスが砕け散り、角の生えた少女と闇霧2つが入り込んできた!闇霧は人型を形作る!


「勇敢かもしれぬが、命の要らぬマヌケだ。」


 下階に隊員を集めて、メダル保管庫のある上階を手薄にする作戦。退治屋の中枢は、魍紅葉&茨城童子&天邪鬼の侵入を、アッサリと許してしまった。




-文架市・麻由のマンション-


 麻由の案内で、憔悴した燕真&雅仁&佑芽が上がり込む。退治屋から指名手配された状況で、粉木邸や燕真のアパートで休むわけにはいかない。セキュリティーが整った麻由のマンションは、身を隠して休むには都合の良い場所だった。


「キッチンや冷蔵庫に有る物は、勝手に使っていただいて構いません。」

「ああ・・・」 「すまない。」 「ありがとう。」


 一定の安堵をする燕真達だが、言葉は少ない。テレビの音で静けさを紛らわすが、見る者は誰もいない。こんな時、紅葉がいてくれれば、空気を読まずに場を賑わせてくれるのだが、紅葉はいない。皆、俯いて、どうにも成らない現実に対して、答えの出ない自問をしていた。

 その日は、コンビニ弁当を胃の中に詰め込み、麻由は自室で、佑芽は和室で、燕真と雅仁はリビングで臥床をする。


 それまでは気丈に振る舞っていた麻由だが、自室に籠もった途端に泣き出した。和室を提供された佑芽には、隣室の麻由の鳴き声が聞こえる。紅葉のことを思って悲しいのか、一般人なのに巻き込まれて不安になっているのか?泣きたいのは佑芽も同じだが、「歳上の私がシッカリしなきゃ」と、折れていた気持ちを奮い立たせる。


 消灯したリビングでは、燕真は床で仰向けになり、真っ暗な天井を見詰めていた。脳内では、いつもの紅葉(くれは)と、鬼化をした魍紅葉(もみじ)の顔が、交互に押し寄せている。何をどう上手に処理すれば‘いつもの紅葉’取り戻せるのか、全く解らない。【繰り返される世界】を受け入れれば「いつもの紅葉」を失わずにすんだのだろうか?


(でも、それじゃダメなんだ。)


 燕真には、天才のスタンスは解らない。少年時代は「俺は天才だ」と思ったこともあったが、それは中二病の妄想だった。天才の類いは、前進を意識しなくても成長するのかもしれない。壁にぶつかっても、必要に応じて、才能が手助けしてくれるのかもしれない。だけど、凡才は前進を意識しなければ立ち止まったままになってしまう。【繰り返される世界】は、燕真の生き方を否定する世界なのだ。


「なぁ、佐波木?」


ソファーで横になっていた雅仁が声を掛ける。


「・・・ん?どうした、狗?」

「これからどうする?」

「いくら考えても解らん。オマエはどうするつもりだ?」

「・・・解らん。俺は間違えた判断をしてしまったのか?」


 雅仁は鬼退治の血統。鬼退治の専門家が、鬼討伐を妨害して、鬼王の覚醒を手助けしてしまった。「責任を取って討つ」と言葉にするのは簡単だが、紅葉を殺害することが、自分にできるのだろうか?答えは「心を殺せば可能」だが、その後に、燕真との円滑な友情を維持できるとは思えない。ならば、やるべき仕事を熟して、燕真達の前から去るべきか?「ようやく手に入れた居心地の良い場所」など、自分には不要だったのか?


「オマエが間違えたのかどうか・・・

 天才のオマエに解らないのに、俺が解るわけがないだろ。

 だけど、助けてくれて嬉しかった。サンキューな。」

「・・・ああ。」


 その後は会話が途切れたまま、互いに悩んで眠れない時間を経過させ、疲労には勝てずに、いつの間にか眠っていた。




-朝-


「私・・・紅葉さんと会って、ちゃんと話をしたいです。」


 リビングに集まり、漠然とだが、最初に今後の方針を希望したのは麻由だった。想定外を聞いた燕真&雅仁&佑芽は驚いてしまう。


「学校で妖怪(牛鬼)に襲われた時、紅葉さんは、私を助けてくれました。

 私なんて助けなければ、紅葉さんの鬼は覚醒しなかったかもしれないのに・・・。

 そんな優しい紅葉さんが、鬼になったなんて、未だに信じられないんです。」


 眼に涙を浮かべて「紅葉の性善説」を唱える麻由。燕真達は、それが、一般人視点の理想論だと知っている。だが、佑芽は「昨日は泣いていた麻由ちゃんが勇気を出した」ことに煽られ、理想論と把握した上で同意をする。


「付き合うよ、麻由ちゃん。」

「・・・根古さん。」

「紅葉ちゃんは、私が里夢さんに洗脳されているって見抜いてくれた。

 雅仁先生が、私と、お姉ちゃんの魂を救ってくれた。

 だから、今度は、私達が紅葉ちゃんを助ける番だよ。」

「私も同じです。佐波木さんと粉木さんに助けていただきました。」


 燕真は迷ったままだった。だけど、佑芽と麻由の言葉に勇気付けられる。


「そうだな。諦めて、何もせずに逃げるだけなんて嫌だ。

 試してもいないのに、ダメかどうかなんて解らない。

 俺達にできることは、全部やってみよう!悩むのは、その後だ!」


 燕真&佑芽&麻由は、同意の態度を示さない雅仁を、一斉に見詰める。この状況では、さすがに反論がしにくい。全部、理想論としか思えないが、今まで何度も、未熟者の燕真が、無茶な理想論を押し通して正解に変えてきたことを、雅仁は知っている。


「未熟者、見習い、一般人・・・大した組合せだな。」

「だから、安定戦力が必要なんだろ。」

「ああ、そうだな。君達の命は俺が預かる。そして俺の命は君達に預ける。」


 どうせ、祖先の宿願に背き、判断ミスをして恥をかいたのだから、今更、恥の上塗りなんて怖くない。雅仁は、同意で腹を括る。


「数千年の数多の記録の中では、

 稀少だが、氷柱女のように人間社会の共存を望む妖怪は存在する。

 千に一つ・・・万に一つかもしれないが、或いは紅葉ちゃんも・・・。」

「もうっ!雅仁先生、理屈っぽい!

 こ~ゆ~時は、過去のデータよりも気合いですよ!」

「ああ・・・うん・・・。そ、そうだな。」


 雅仁の説得力の有りそうな言葉を、佑芽が容赦無く掻き消す。その様子を見た燕真と麻由は、チョット笑いそうになった。


「オマエ、横柄な亭主関白タイプかと思ってたけど、尻に敷かれそうだな。」

「意外な人間関係が垣間見えましたね。」

「ん?亭主関白?尻に敷かれる?何の話だ?」

「俺達が越えなきゃならない分厚い壁の先にある‘希望ある未来’の話だよ!」

「此処にいる私達だけじゃなくて、紅葉ちゃんの‘未来’もね!」


 分厚い壁は、退治屋・大魔会連合と、鬼族。こちらは、安定戦力×1、未熟者×1、見習い以下×1、一般人×1。紅葉を救い出して、大武COOの裏の顔を暴く。自信を失って悩んだが、やるべき方針は最初から決まっている。


「ああ、そうだな。俺達と紅葉の‘希望ある未来’だ。」


 燕真の言葉に、雅仁、佑芽、麻由が頷く。

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