第41話・一縷の希望

-鎮守の森公園-


 中央で発生している白い竜巻(氷の結界)を、外側から雅仁が眺めている。

 鬼の殲滅が狗塚家の宿願。酒呑童子は倒すべき敵。酒呑童子が恐ろしい鬼将の姿をしていても、可愛らしい少女の姿をしていても、「討伐」という目標は変わらない。

 紅葉の異常性は今に始まったことではない。出会った当初から感じていた。だが、紅葉は仲間。宿願の為に心を殺し、少女の姿を借りた酒呑童子を討つべきか?


「俺は・・・どうする?」


 雅仁が生涯で初めて「信頼できる友人」と思えた男は、紅葉を救う為に退治屋に反逆をした。少女を討った時点で、「信頼できる友人」からの信頼は永遠に失うだろう。

 以前の雅仁ならば、誰に何を言われようと、鬼の殲滅を優先させた。天邪鬼を討った直後の、燕真と紅葉の睨む視線を思い出す。当時は、「甘ちゃん」と認識して、彼等からの苦情など、気にも止めなかった。


「俺の心は弱くなってしまったのか?」


 今は、文架市に来て知った「居心地の良さ」を失いたくない。鬼の殲滅は宿願だが、それだけが正解とは思えない。雅仁は、Yウォッチのホルダから金色メダルを抜き取って無言のまま眺め続ける。




-結界の中-


 氷柱女が発動させた氷結界の中で、EXザムシードとアデスMの奥義が激突。力負けをしたEXザムシードが弾き飛ばされ、変身が強制解除をされて燕真の姿に戻り、意識を失う。


「燕真っっ!!」


 駆け寄ろうとする紅葉。しかし、母・有紀が前に立ち塞がる。


「ママっ!燕真がヤバいのっ!どいてっ!」

「紅葉が普通の人間ではないこと、ずっと黙っていてゴメンね。」

「んぇっ?なんでママまで、そのことを?

 だいたい、なんでママがココにいるの?」

「此処に居る理由は、私が退治屋だから。

 紅葉が人間ではないと知っているのは、

 私が退治屋をしていた頃に、酒呑童子を愛して紡いだ結果が紅葉だからよ。」

「パパが・・・酒呑童子?」

「正確には、貴女自身が、酒呑童子の魂を引き継いだ存在。」

「ァタシが・・・しゅてん・・・どうじ?

 ウソ・・・ウソだ。」


 衝撃的な発言に目眩をさせる紅葉。嘘だと思いたい。しかし、他人に言われたのと、母の告知では、言葉の重みが違いすぎる。

 夢の中で、巨大紅葉が燕真と戦っていたが、あれはただの夢ではなく、闇巨人(魂の無い酒呑童子)の記憶が、紅葉(酒呑童子の魂)に投影された現実?自分が鬼なんて信じたくない。だけど、これまでの状況や不可思議な奇跡が、紅葉=酒呑童子と示している。


「ウソだぁぁっっっっっっっっっっ!!!!」


 討伐対象なんて嫌だ。燕真と一緒に居たい。


「ママなんて大っ嫌い!みんなどっかに行っちゃえっっ!!」


 脳が飽和して忘我状態に成る紅葉。意識が曖昧に落ちたことで、「人間でいたい紅葉」が無意識の抑え込んでいた前世の鬼女・魍紅葉(もみじ)の記憶が蘇る。



 それは、思い出したくなかった悲しい記憶。

 会津の夫婦が 第六天の魔王から遣わされたのが紅葉(もみじ)だった。紅葉(もみじ)は、人として生きることを望み、煌びやかな生活に憧れ、普通の少女と同じように育った。

 ただ1つ、普通と違ったことは、紅葉(もみじ)がきわめて美しかったこと。雅に憧れて京に上った紅葉(もみじ)は、源氏の頭領・源経基の目にとまり、側室に見出されて、やがては経基の子供を妊娠する。紅葉(もみじ)は、幸せの絶頂を噛みしめた。

 だが、皮肉にも、子を宿したことが、紅葉(もみじ)の落ちぶれるキッカケとなった。紅葉(もみじ)と子は、源氏の跡目争いに巻き込まれることになる。紅葉(もみじ)の本性は鬼女。子の栄達を望む紅葉(もみじ)の意思は、呪いと成って、他の相続候補を蝕んだ。自体を重く見た主・源経基は、紅葉(もみじ)を都から追放する。

 信州戸隠に辿り着いた紅葉は、その数年後、源氏の跡取り・満仲から「家門を乱す怖れあり」と判断されて討伐される。当時の人々にとって、妖怪とは、奇怪で畏怖する存在だった。

 紅葉は、「次こそは人として生きたい」と願いながら息絶える。


 例え生まれ変われても、無力な妖怪では自分すら守れない。また討伐をされてしまう。だから力が欲しい。その求めに応じたのが、酒呑童子の魂だった。


 もう、煌びやかで目立つ生活など要らない。普通の人間として普通に生きたい。普通とは違う才能を抑える為に、生まれ変わった紅葉(くれは)は感情を表には出さなかった。

 そんな幼い日の紅葉の目に映ったのが、凡人・佐波木燕真だった。「平凡なのに努力を続ける」彼の姿勢は、「普通とは違う才能が有った為に人の生活を諦めなければならなかった」紅葉には、どんな雅よりも美しく思えた。



「ァタシゎ・・・鬼女・・・なの?そんなのヤダ!」


 もう、何が何だか解らない。何を信じれば良いのか解らない?信じたいのは「紅葉は鬼」と知っても守ろうとしてくれた燕真だけ。


「んわぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!燕真っっ!!!」


 紅葉の全身から、妖気が発せられる!ブレザー姿から、煌びやかな着物姿に変化!頭に2本角が出現!瞳が紅く染まる!

 しかし、それすら、紅葉を熟知した母親には、想定の範囲内だった。


「オーン!封印っ!」


 有紀が掌を翳して気勢を発した途端、紅葉の首にぶら下がっている御守りが光の帯を発して、紅葉を拘束!妖気発生を封じ込められて通常の姿に戻り、光で雁字搦めにされた紅葉が地面に這いつくばる!


「助けて、燕真!!」


 だが、燕真は気絶をしたまま動かない。佑芽は妖幻システムを所持しているが、正規の妖幻ファイターではなく戦いの素人。麻由に至っては無力な一般人。もう、紅葉の捕獲を妨害できる者はいない。少人数の反逆は、文架支部によって鎮圧をされた。


 氷柱女の結界が解除され、押し寄せてきた妖幻ファイター(茂部)とヘイシ達が、燕真と紅葉を囲む。


「お疲れ様でした、砂影課長、及び、粉木支部長!」

「私ちゃ見ていただけ。何もやっとらんちゃ。」

「また暴れるかもわからん。護送には、ワシ等も加わらしてもらうからな。」

「はい!鎮圧をした粉木さん達が参加をして下さるなら心強いです!」


 虎(牛木CSO)の威を借りられる状況なら、若いエリート(茂部)は、閑職の粉木を小バカにしただろう。だが、統括責任者が死亡して自分が代理の責任者になってしまったので、責任の所在を自分から少しでも遠ざける為に、ベテランの退治屋には素直に従う。


「サッサと運べ!

 B班・C班と合流後、捕獲対象と反逆者2名は、搬送車輌を分けるからな!」


 妖幻ファイター(茂部)の指示で、気絶中の燕真がコンテナに運ばれ、続けて、拘束具で自由を奪われた紅葉が運ばれ、ヘイシに銃を突き付けられた佑芽が俯きながら乗り込む。続けて麻由も自発的にコンテナに乗ろうとしたが、粉木が背後から肩を引いて止めた。


「オマンは巻き込まれただけの一般人や。護送はされん。」

「酷すぎます、粉木さん。

 アナタは、紅葉さんや佐波木さんを見殺しにするつもりなんですか!?」


 眼に涙を浮かべて、粉木を睨み付ける麻由。好いた老人が、こんなに冷酷な人間とは思っていなかった。


「オマンには関係の無いことや。」

「無関係ではありません!紅葉さんは私の・・・・・・・」

「この件は忘れるんや。それが、麻由ちゃんの為や。」


 粉木は、辛そうな表情で、麻由を見詰める。その、寂しそうな目を見た麻由は、粉木の心中を察して、何も言えなくなってしまった。

 その場に麻由だけを残し、燕真&紅葉&佑芽を護送するトレーラーが出発。粉木と砂影が乗ったスカイラインと、有紀が駆るホンダ・CBR1000RRが後から付いていく。


「紅葉さんっ!粉木さんっ!佐波木さんっ!根古さんっ!」


 泣きながら、走ってトレーラーを追う麻由。しかし、距離は離され、トレーラー&スカイライン&CBR1000RRは、文架大橋東詰の交差点を曲がって麻由の視界から外れる。


「うわぁぁぁっっっんっ!」


 燕真と佑芽は処罰される?紅葉は殺害される?もう二度と会えない?

 麻由は、人間(牛木)が妖怪(牛鬼)に変化したことを知っていた。状況を知らない燕真や佑芽に説明をしていれば、彼等が「何も知らずに粉木と接触して追い込まれる事態」は避けられたかもしれない。「自分の所為で彼等が窮地に陥った」と考えてしまい涙が止まらない。


 号泣する麻由の後方・・・エンジン音が鳴り響く。バイクが近付いて来て、麻由の横で停車をした。雅仁の駆るヤマハ・MT-10だ。


「俺の把握している情報と、君の持っている情報を合わせたい。」

「狗塚・・・さん?」

「後ろに乗ってくれるか?」

「何の為に?」

「情報を精査して、友人を救うべきかどうか・・・総合判断をする為!」


 まだ救える可能性はある?麻由は、一筋の望みに託し、迷わずにタンデムシートに跨がって、雅仁が差し出したヘルメットを受け取った。


「宜しくお願いします。」

「トラブルから解放された直後なのにスマナイ。」

「いえ・・・ありがとうございます。」


 バイクをスタートさせ、トレーラーと同じ方向に向かう。バイクを走らせながら、「麻由が見たこと」の説明を受ける。麻由は、「牛木が妖幻ファイターのような変身ではなく、邪気を纏って妖怪に変わったこと」、「屋上から落ちてきた部下(ヘイシ)2人を容赦無く消し去ったこと」、「妖怪が首だけで生きていたこと」、何の事だか解らないが「人間界を地獄界から守る封印の結界を破壊しようとしていたこと」を説明する。


「・・・なるほどな。」

「満足に把握していないので上手く説明できませんが、伝わりましたか?」

「整然と説明してくれて助かる。」


 雅仁は、今回の「本部が主導して文架支部を閉め出す采配」に疑問を感じていた。 そして、「紅葉の護衛」ではなく「捕獲、及び、討伐」と聞いて、疑問は更に強くなった。

 麻由の話を聞いて確信したのは、「牛木は妖幻ファイターではなく妖怪」「封印の結界の破壊を目論んだ」の2点。この一連が牛木の単独犯ならば、本部から「文架支部排除」と「紅葉討伐」の指示が出るとは思えない。退治屋の中枢に妖怪が紛れ込んでいるなど、誰かが手引きをして隠蔽しなければ考えられない。牛木の犯行は、本部の差し金と解釈した方が自然だ。つまり、本部は「牛木が妖怪」と把握をした上で、「封印結界の破壊」を指示したことになる。


「前CEO(喜田)は失脚したと聞いている。

 今回の采配ができるのは大武CEOか?」


 まだ、本部と敵対をする決定打は無い。だが、疑問だらけの本部に、紅葉を差し出し、燕真&佑芽の命運を握らせるわけにはいかない。それが雅仁の答えだ。


「何か、裏が有るとしか思えない!」


 牛鬼討伐直後の燕真達と合流することは可能だった。だが、燕真達が本部と敵対関係になった状況では合流が出来なかった。

 アデス(粉木)との交戦に割って入ることも可能だった。だが、満足に理論武装できない条件では、論破をされるのが目に見えていた(実際に燕真は論破されて戦意を喪失させた)。アデスの戦場に精鋭隊が迫っていることを知っていたので、参戦後に奇襲を受けて、戦いの主導権を握られるのは避けたかった。

 雅仁は、「自分がどう動くか?」の答えを探しながら、同時に、戦いの主導権を握れるタイミングを待っていたのだ。


「今ならば、奇襲を出来るこちらが有利!」


 雅仁にとって、最大の迷いは、「紅葉の生殺与奪」。鬼退治の名門が、宿願を捨てて鬼を生かすのか?

 金色メダルを得る時に「宿命や恨みを晴らす為ではなく、自分のやりたいことをやる」と決意した。紅葉が「討伐すべき鬼」ならば、鬼退治の名門たる自分が討伐する。宿願の達成を本部に任せるつもりは無い。だが、紅葉が「守るべき仲間」ならば、自分の判断を信じ、「狗塚の宿命」よりも「やりたいこと」を優先させる。


「答えに迷う必要なんて無かった。答えは出ていたんだ。」

「あ・・・あの・・・狗塚さん?」

「ん?どうした、葛城さん?」

「さっきから、後に私がいるのを忘れて、ずっと、独り言に浸ってますよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「独り言ではなく、私に話し掛けていたのなら、勘違いを謝罪します。

 大声で、私には理解できないことばかり一方的に発言していたので、

 興奮状態になって独り言を喋っているのかと思ってしまって・・・。」

「あ・・・ああ・・・うん。」


 正解。麻由は遠慮気味で密着をしないので、タンデムシートに麻由を乗せていることを忘れて、クールで熱い自分にチョッピリ酔って、独り言をほざいていた。


「あ・・・あの・・・葛城さん。」

「独り言に浸っていたことは内密にしますね。」

「いや・・・そうではなくて・・・。」


 麻由が相乗りしているのを忘れていたので、安全圏で降りてもらうタイミングを失った。優麗高は目と鼻の先。燕真と紅葉と佑芽を、A班・B班・C班で分けて護送する為、正門前の路肩には、3台のトレーラーが停車をしており、先頭車両から燕真(気絶から回復)と佑芽が引っ張り出されている。少し離れた所には、粉木の車と有紀のバイクも駐まっていた。


「本来なら、君をバイクから降ろしてから仕掛けるべきだが、時間が無い。

 このまま仕掛ける!」

「はい、構いません!」

「巻き込んでスマナイ!・・・幻装!」


 雅仁が『天』メダルをベルトのバックルに装填すると、全身が輝いて妖幻ファイターガルダに変身完了!


「先程、隊長らしい人が、護送は各車両に分けて護送すると言っていました。」

「だからこそ、分散される前に救出するのさ!」


 ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔を構え、作業中の隊員達の足元に向けて光弾を連射!隊員達が周りで発生した爆発に驚いた為に、コンテナから降ろされた直後の燕真と佑芽がフリーになった!

 燕真と佑芽は、接近してくるガルダを見詰め、ガルダの次の行動に備えて、コンテナ内によじ登る。


「遅れて、仲間のピンチに、格好良く出現するなんて、

 漫画やアニメの主人公あるあるですね。」

「主人公は、格好良く登場したアイツじゃなくて、ピンチの俺な。」


 その姿を見たガルダは、以心伝心を確信してマスクの下で笑みを浮かべた。


「少々手荒くなる!シッカリ掴まってろ!」

「はいっ!」


 ガルダの背にしがみつく麻由!ガルダが、バイクのウイリー走行させて威嚇をしながら突っ込む!慌てて飛び退く隊員達!


「佐波木っ!」

「おうっ!」


 燕真と佑芽は、没収された妖幻システムを獲得して、手早く変身!リンクスが先にコンテナから飛び出して定員達を蹴散らし、逃走路を確保する!


「逃げるぞ、紅葉っ!」

「燕真っ!」


 続けて、拘束された紅葉を担いだザムシードがコンテナから脱出!


「らしくないことしてくれるじゃん、狗塚!」

「知性の欠片も無い行動ばかりをする‘誰かさん達’の影響だ!」

「こんな時までバカにすんな!」

「話はあとだ!先ずは逃げるぞ!」


 ガルダ(+麻由)の先導に従って、ザムシード(+紅葉)とリンクスが逃走を開始する!しかし、その正面に粉木が立ち塞がった!


「何のつもりや、狗塚!?

 バカ弟子とは違って、オマンは、もう少し利口だと思っていたんだがな。」

「俺は、退治屋から一線を画した陰陽師です!

 貴方達の指示に従う立場ではありません!

 狗塚家が、鬼退治の為に協力を求めた場合、

 現地の退治屋は可能な限り受け入れることになっている!

 だから俺は、たった今、佐波木に協力要請をして、佐波木は受け入れた!

 何よりも、鬼退治の専門家である俺には、鬼に対する生殺与奪の権限がある!

 つまり、紅葉ちゃんの命運を握る権利がある!

 俺の行動に、違反は何一つありませんよ!」

「後悔は無いんやな?」

「考えた末での行動です。成り行き任せの佐波木と一緒にしないで下さい。」

「イチイチ俺をバカにするな!」


 ガルダ(雅仁)が燕真を小バカにするのは、ガルダが冷静な時。つまり、ガルダは感情論で動いたわけではない。粉木は説得を諦め、ザムシードは‘雅仁のマウント’に安堵をする。


「立ち止まっている時ではない。行くぞ、佐波木!」

「おうっ!」


 ヤマハ・MT-10に乗るガルダ&麻由が、粉木の脇を通過。去り際の麻由が粉木を見詰める。


「申し訳ありません、粉木さん。

 私は‘この件を忘れる’や‘無関係’で済ませたくないんです。」


 粉木は立ったまま素通りさせる。続けて、リンクスが走って通過。


「従えなくてゴメンなさい、粉木さん。」


 同じく素通りさせる。最後に、紅葉を担いだザムシードが、粉木の脇を通過。


「燕真・・・。ワシはワシの義務を果たす。

 此処まで来たら、無様な中途半端などせず、オマンは、オマンの権利を貫け。」

「・・・ジイさん。」


 粉木の意味深な発言が気になり、立ち止まって振り返る燕真。一方の粉木は、背を向けたまま。その向こうでは、体勢を立て直した隊員達が押し寄せてくる。


「佐波木さん、こっち!」


 呼ばれて振り返ると、リンクスがホンダ・VFR1200Fに跨がって、「後ろに乗れ」と合図をしていた。リンクスのバイクは鎮守の森公園に放置されている。VFR1200Fは妖幻ファイターに標準支給をされているので、精鋭隊の誰かのバイクなのだろう。


「キーがあったのか?」

「エンジン掛けっぱなしだったよ。」

「不用心って言いたいところだが、

 持ち主は、この状況で盗難されるなんて、全く想定していなかったんだろうな。」


 ザムシードは、紅葉を担いだままタンデムシートに跨がり、リンクスがバイクをスタートさせる。ガルダの先導で路地に入り、わざと十字路に差し掛かる度にランダムで進路変更をして、追って来た隊員達から姿をくらませた。


 騒然とする優麗高正門前で、砂影が、佇んだままの粉木に近付く。


「やってくれるわね。あんたが見込んだ若者達ちゃ。

 勘平が若い頃のDNAを引き継いでしもたんでないが?」

「まったく・・・どいつもこいつも。」

「・・・でぇ、勘平はどうするつもり?」

「決まっとるやろう。ワシはワシの義務を果たす。」

「・・・そう。後悔ちゃ無いのね。」

「当然や。」


 粉木の「変わらぬ意思」を確認して、砂影は少し寂しそうな表情になる。




-東京・人目の無い河川敷-


「ほお・・・それは一大事だ。」


 里夢達との同盟を成立させた直後の大武に、秘書(迫)経由で、捕虜が奪取されたことが伝えられた。


「狗塚の若造め・・・食えんヤツだ。」


 狗塚家は退治屋に従う必要は無く、本部の許可を取らずに地元の退治屋に協力要請ができて、鬼退治の専門家ゆえに生殺与奪を独断で決められる。雅仁の行動は、強引だが、理に適っており、退治屋には干渉しにくい案件になった。


「牛木くんの件と、隊員への狼藉では追及可能だが・・・。」


 牛木CSOを殺害した燕真を罪に問うことは可能。逃亡時に隊員を蹴散らした佑芽への報復も可能。だが、肝心の紅葉は、狗塚家の約定によって守られてしまい、捕獲することが出来なくなった。

 雅仁が命を落とせば狗塚家の約定は無効になり、紅葉討伐の障害は無くなる。しかし、大武の指示で退治屋が雅仁を討つのは政治的悪手。現場の退治屋が自己判断で雅仁を倒してくれるのが理想的だが、今回の討伐隊選出者は自己保身の塊ばかりで、勝手に動いてくれるような気の利いた者はいない。


「早速、盟友たる君達(里夢&カリナ)の出番のようだ。」

「ガルダを狩れば良いのね。お安い御用よ。」

「標的は優等生面のメガネ野郎(雅仁)だけか?

 何の特徴も無いヤツ(燕真)と、里夢の元奴隷(佑芽)はどうすんだ?」

「邪魔ならば、まとめて排除してくれて構わんよ。

 思い立ったが吉日。現状に同席をしているのも、何らかの縁なのだろう。

 文架市まで送らせてくれ。」


 大武、迫、里夢、カリナ、巨漢の大平、運転手の矢的、計6人。つまり、この場に居る全員が同乗をするのは不可能だ。


「君達(里夢&カリナ)が乗りたまえ。俺達は後発で良い。

 先ずは、頼もしい盟友2人を、最優先で文架市まで送り届ける。」


 大武&迫&大平に見送られ、里夢&カリナが後部座席に乗り込んだ。運転席の矢的がセンターコンソールの脇にある空きスロットに『輪』メダルをセットして高級車に輪入道を憑かせ、ボンネットに出現した入道フェイスが妖気弾を吐き出してワームホールを発生させる。


「滅多に体験を出来ない異界のドライブを楽しみたまえ。」


 車(マシン入道)はワームホールに飛び込み、約30分後には、運転手だけを乗せて、ワームホールを通過して戻ってきた。




-文架市・山頭野川の西側河川敷-


 燕真達は堤防の斜面にいた。追っ手は振り払い、ある者は座って、ある者は寝転がり、一時的に休息をする。仰向けになった燕真の隣には、紅葉が座っていた。拘束具から解放されて自由になった紅葉だが、表情は浮かない。


「ねぇ・・・燕真。

 ァタシ、鬼なんだって。だから捕まったんだって。・・・どうしよう?」

「どうしようって言われてもな~。」

「燕真、知ってたの?」

「聞いたばっかりだけどな。」

「ァタシ、どうなっちゃうの?」


 燕真自身が、答えを出せないまま成り行き任せで動いたので、何も答えてやることが出来ない。だけど、眼に涙を浮かべ、不安そうにしている紅葉を放っておくことは出来ない。


「とりあえず、助かったんだから良いんじゃね~のか?」

「ぅん・・・そ~だけど・・・」

「これからだって、オマエのことは守ってやるから安心しろ。」

「ウソぢゃない?ホントーに?」

「本当だよっ!今までだって、守ってやっただろ!」


 紅葉は燕真の言葉で安心をしたらしく、涙目のままだが、少し笑顔を見せる。


「ァタシだって、同じくらい、燕真を守ってあげてるもん!」

「結果的に守られたことはあるが‘同じくらい’ではない!」

「ね~ね~、ど~して、ァタシのこと、いっぱい守ってくれるの?」

「どうしてって言われても・・・」

「ァタシのことスキだから?そ~なの?ァタシをアイシテルの?」

「・・・なっ!?」


 正解!だけど、すんなりと認めてしまうほど素直な性格はしていない。2人きりでも言いにくいのに、周りに雅仁&佑芽&麻由が居る状況下で「うん、好きだよ」なんて言えるわけが無い。


「そ、そ、そんなわけ無ーだろっ!!」


 顔を真っ赤にして起き上がり、全力で否定をする燕真。


「んぇ?違うの?」

「ね、年齢差を考えろっ!」

「そっかぁ~・・・スキぢゃないんだ?」


 燕真は、いつものノリで、紅葉が小煩く絡んでくると思っていたのだが、紅葉は露骨に元気を失って、俯いて引き下がってしまう。


「もぅ・・・イイや。」


 何もかもが普通の燕真は、恋愛経験も普通。交際経験や失恋経験も普通。つまり、人並みに女子との交際経験はある。これまでの数えるほどしか無い経験値を考慮すると、今の空気はあきらかにヤバい。


「あの・・・え~っと・・・だからって、嫌いってワケじゃなくて・・・。」


 だが、何もかもが優秀だが、恋愛経験のみ凡人以下の雅仁には、ヤバい全く空気が読めず、「燕真と紅葉の話は完了した」と解釈してしまう。


「おい、佐波木。君が、牛木という人物と戦った時の状況を聞きたいのだが。」

「えっ?今?」

「もちろんだ。今回の一件、甚だ疑問を感じてな。」


 比較的空気を読める佑芽が、「雅仁先生、黙れ」と止めようとしたが、雅仁の発言を聞いて言葉を飲み込む。


「本部の判断が性急すぎるように感じられてな、

 俺には、上層部が退治屋の理念とは別の思惑で動いているように思えるのだ。」

「えっ?どういうことだ?」

「葛城さんが言うには、牛木という男は、変身ではなく、妖怪化をしたそうだな。」

「ああ・・うん。俺が戦ったのは妖怪だった。」

「通常の人間が妖怪化をするのは、妖怪に憑かれて、乗っ取られた場合だ。」

「そ、そう言えば!」


 燕真は、Yウォッチから、牛鬼を封印した『牛』メダルと、以前(番外②)に玉兎を封印した『兎』メダルを交互に眺める。玉兎を封印した時は、妖怪から解放された少年に戻った。だけど、牛鬼の依り代は存在しなかった。燕真は、牛鬼=牛木とは知らなかったので、討伐後に依り代の人間が存在しなくても疑問に思わなかったのだが、牛木が人間ならば、それは有り得ない現象だ。


「ど、どういうことだ?」

「牛木は人間ではなく、人間に化けた妖怪だった可能性があるってことだ。」

「そんなバカな!なんで、退治屋に妖怪が?」

「俺には、上層部が把握をした上で、文架に派遣したようにしか思えなくてな。

 だが、情報が少なすぎて、決定的な判断ができない。

 だから、牛木と戦った君の情報が欲しいんだ。」


 燕真の説明は、麻由の説明と同じで「典型的な妖怪との交戦」だった。一般人(麻由)の説明だけでなく、未熟だがプロ(燕真)の説明を聞いて、雅仁の疑惑は確信に近付く。

 何故、退治屋上層部は、妖怪を差し向けた?性急にしか思えない紅葉討伐計画の意図はなんだ?


「大武COOに問い質すのが、一番手っ取り早そうだな。」


 成り行きに振り回されていた若者達の疑問が明確化をする。まだ暗中模索に近いが、一縷の光が見えてきた気がする。



「ふふふっ・・・相変わらずの優等生ね、狗塚君。

 だけど、貴方達が、その先の事実を知ることは不可能よ。」


 振り返ると、堤防上に里夢&アトラスが立って、斜面の燕真達を見下ろしている。


「大魔会っ!?なんで、オマエ達が!?」

「大魔会躍進の為に、退治屋のトップに恩を売っておこうと思ってね。」

「上層部と組んだってことか!?」


 退治屋では、「狗塚家の約定」がある為に雅仁を攻撃できない。だから、大魔会を嗾けた。上層部は、若者達の声に耳を傾ける気が全く無いらしい。雅仁の感じていた疑惑が確信へと変わる。


「貴方達の魂、私のコレクションに加えてあげる。」

「蹴散らして、大武COOの思惑を暴く!」


 燕真&雅仁&佑芽が、紅葉&麻由を庇って身構える!同様に、里夢&アトラスも身構える!


「幻装っ!」×3

「マスクドチェンジ」×2


 妖幻ファイターザムシード&ガルダ&リンクス、及び、マスクドウォーリアリリス&ギガント、変身完了!

 ガルダは、リリスとギガントの動きを警戒しながら、「この戦場を見回せる高い場所」を見回した。


「気を付けろ!弓使い(ハーピー)の姿が見えない!

 こちらの隙を突いて、遠距離から仕掛けてくるつもりだ!

 魂狩りに対抗できる佐波木は、アサシン(リリス)を頼む!

 俺と佑芽ちゃんは、紅葉ちゃん達を守りながら、槌使いに応戦する!」

「燕真君と佑芽さんと葛城麻由は利用価値あり。可能な限り捕獲しなさい。

 他(雅仁&紅葉)は、要らないから殺して構わないわ。

「要は、銃使い(雅仁)と鬼娘(紅葉)を優先して仕留めるのだな!」


 マスクドウォーリア達は、ザムシードを無視して、一斉に紅葉に襲いかかる!思惑の裏をかかれたガルダは、「リンクスには即死攻撃スキルを宛てられない」と判断して、リリスと応戦する!リンクスは妖槌・ネコノテを装備して、ギガントのサイクロプスハンマーに対抗するが、力で圧倒されて弾き飛ばされた!


「クソ!狗の采配、いきなり的外れじゃねーか!」


 ガン無視をされたザムシードが、妖刀を装備してギガントに突進!ギガントは、リリスとガルダ&リンクス&紅葉&麻由の位置を確認しつつ、ザムシードの足音の接近にタイミングを合わせて、サイクロプスハンマーを振り上げた!


「里夢、飛べ!」


 ギガントの指示を受けたリリスが、漆黒の翼を広げて飛び上がる!直後に、ギガントが足元の地面に向けて振り下ろした!

 奥義・ノームクエイク発動!ギガントを中心に、半径30mの範囲に地震が発生!ザムシード&ガルダは体勢を崩し、リンクスは尻餅をついたまま動けず、紅葉と麻由は激しい揺れに抗えずに倒れた!



-少し離れたビルの屋上-


「ここだっ!」


 隠れて待機をしていたハーピーが、弓矢を構えて、鏃を紅葉に向ける!付加されているのは、「矢が飛ぶ」という経緯を省略して、貫通という結果のみを発生させるオーキュペテーアローの効果!矢がハーピーの手から放たれた時点で、紅葉への命中は決定をする!


「他の連中を狙うのならば高みの見物をするが、

 御館様の入れ物を攻撃するならば見過ごせんな。」

「なにっ!?」


 紅葉を狙うハーピーの目の前に、闇の霧が発生!2本の腕が出てきて、右手で弓を掴んで照準を外し、左手でハーピーの首を絞める!


「ぐぁぁっっ!!なんだ、オマエっ!?」

「私は御館様の忠臣!」


 闇霧は人型を整え、茨城童子の姿に成る!



-河川敷-


 ギガントが地震を発生させて、ザムシード達に隙を作り、紅葉を無防備にするまでは予定通り。しかし、紅葉を仕留める為のハーピーの矢が飛んでこない。


「ん?カリナの奴、何をやっている?」

「使えないバカ娘めっ!」


 体勢を立て直して構えるザムシード&ガルダ&リンクス。紅葉と麻由は、ギガントのノームクエイクを警戒して射程圏から離れる。リリスとギガントは、ハーピーが待機をしているはずのビルの方向を眺めて、我が目を疑った。


「我が主への姑息な狼藉は許さぬ!」


 茨城童子が上空で大魔会幹部を睨み付けており、その手には、変身が強制解除されたカリナが抱えられている!


「カリナが倒された?」

「ふん!初見では不可思議な魔力矢にしてやられたが、所詮は、人間の動作。

 ハナから警戒をすれば、どうと言うことはあるまい。」


 抱えていたカリナを無造作に放り投げる茨城童子。気絶中のカリナは、何の抵抗も出来ずに芝生斜面に落ちた。


「生きていたのか!?茨城童子!」

「なんでアイツ(茨城童子)が俺達の味方を?」


 狗塚家にとって、酒呑の一派は仇敵。退治屋にとって、茨城童子は倒すべき敵。相容れるはずの無い存在。酒呑童子の魂は紅葉の中にあるからといって、鬼の副首領が紅葉に忠誠を尽くして、紅葉一派の助太刀に来るなんて有り得ない。


「おい、狗。どっちを優先して叩けば良いんだ?」

「マスクドウォーリアですか?それとも鬼ですか?」

「・・・わ、解らん。」


 ザムシード&ガルダ&リンクスは、状況を把握できず、呆気に取られたまま、上空の茨城童子を眺める。

 一方の茨城童子は、都合良く紅葉が距離を空けていることを確認して、闇を灯した掌を戦場の中心に翳した。


「闇の衝撃波が来るぞ!備えろっ!」


 ガルダが出来もしないことを要望してくるのは、テンパっている時だ!これは拙い!


「備えるたって・・・」 「・・・どうやって?」


 妖気乱舞発動!空間が茨城童子に掌握され、周囲に立ち込めていた妖気が衝撃波となって炸裂!妖怪の習性を把握していないリリスとギガントは、為す術も無く弾き飛ばされた!ザムシード&リンクスは身を屈めて抵抗するが、衝撃波に押されて後退! ガルダは浄化力を発動させようとしたが間に合わずに弾き飛ばされる!


「くそっ!茨城童子が助っ人をするなんて御都合主義が起こるわけがないか!」


 立ち上がって身構えるザムシード!


「貴様等など眼中に無い。勝手に潰し合いでもしていろ。」


 茨城童子は、ザムシードには目もくれずに、紅葉の目の前に着地。麻由が震えながら庇おうとしたが、腕を掴んで投げ飛ばして退け、紅葉の前で片膝を付いて頭を垂れる。


「目覚めていただく術式の習得に些かの手間がかかってしまい、

 御館様の存在に気付きながら、馳せ参じるのが遅れたこと、謝罪致します。」

「んぇっ?おやかたさまって・・・ァタシ??」

「今、その手狭な入れ物の中から開放して差しあげます。」

「んぇっ?てぜまな入れものって・・・ァタシ??」


 顔を上げて紅葉を見つめ、呪文を唱えて掌に鬼印を発生させる茨城童子!紅葉の腹に目掛けて、鬼印を放つ!


「うおぉぉっっっっ!!!結局は、どいつもこいつも敵ってことかっっ!!」


 警戒をしていたザムシードが飛び込んで紅葉を庇い、茨城童子が発した鬼印の盾になる!


「ふん!愚かな!」


 紅葉を救いたい一心で割って入ったザムシードだが、肥大化をする鬼印を、消すことも抑え込むこともできない!


「この茨城童子が、習得に手間取ったのだぞ!

 貴様如きに処理を出来る術式ではない!」

「うわぁぁっっっ!!!」

「これは、小娘を破壊して、御館様を開放する呪い。

 人間を消し去り、妖怪のみを残す。

 貴様は闇に飲まれて死ぬ為に来ただけだ!」

「え、えんまっ!!」


 為す術も無く、鬼印が発する深い闇に飲み込まれていくザムシード!紅葉がしがみついて引っ張ろうとするが、止められない!


「バカ、紅葉!離れろ!このままじゃオマエまで!」

「イヤっ!燕真が消えちゃうなんてダメっ!ァタシが助・・・んわぁぁっっ!」


 抗う手段は無かった。ザムシードと紅葉は闇に包まれ、闇と共に消える。


「佐波木っ!」 「紅葉ちゃんっ!」


 ガルダ&リンクスが駆け寄るが、そこには闇が浮かんでいるだけで、ザムシードと紅葉の姿は無い。



「うわぁぁぁぁっっっっっ!!!」


 飛び起きる燕真。周囲を見廻すと、そこは自分の部屋で、燕真はベッドの上にいた。


「・・・あれ?俺、闇に飲まれて死んだんじゃ?」


 何度見廻しても、そこは自分の部屋。茨城童子やリリスの姿は何処にも無い。「気絶して夢でも見てる?」と頬を抓るが、ちゃんと痛い。今見ているのは夢ではないなら、戦って死んだのが夢だった?スマホで時刻を確認したら、9時を過ぎている。


「やっべぇ!寝坊した!」


 慌てて着替えて、部屋から飛び出し、愛車のホンダ・NC750Xに乗って、YOUKAIミュージアムへと向かう。

 店に到着すると、既に、雅仁&粉木&佑芽&麻由、そして紅葉が開店の準備をしていた。


「おはよ~っす。」

「おはよう。」 「早うはあれへんねん」 「おはようございます。」×2

「燕真~~!また遅刻だよっ!

 なんで遅刻したの?遅くまでテレビ見てた?ゲームしてた?

 ァタシゎ3時までスマホのゲームしてたけど、遅刻してないよ。

 ァタシって、スゴくね?」

「朝からウゼー。」


 いつも通り、紅葉が纏わり付いてくる。


「腹減った~。朝飯は?」

「遅刻したんだから、あるわけないぢゃん。全部食べちゃったよ。」


 燕真は紅葉に絡まれながら開店準備をして、オープンと同時に、いつも通り2階に上がって受付に収まる。2階博物館の担当は、燕真(受付のみ)と麻由。数ヶ月前までは、誰からも興味を示されなかった博物館だが、麻由がギャラリーアテンダントに就任してからは、彼女の解説を聞く為の客が訪れるようになった。


「ね~ね~、燕真。ァタシが目を離してる隙に、麻由と変なコトしないでよね。」

「しないよ!客がいるのに、どうやって変なことするんだよ!?」

「んぇぇっ!?だったら、お客が居なかったら変なことすんの?」

「しないっての!」


 紅葉は1階の喫茶店担当なのだが、繁忙・閑散に関係無く、たびたび2階に上がってきて燕真に絡む。

 喫茶店担当は、紅葉の他に、雅仁と佑芽がいる。どちらも、何事も卒無く熟すタイプなので、紅葉が職場放棄をしても、紅葉目当ての客が不機嫌になる以外には、特に問題は無い。ただし、かきいれどきに紅葉が戻って来ないと手が足りなくなるので、佑芽が階段室に行ってヘルプを出す。


「紅葉ちゃ~ん!降りて来て~~!!」


「おい、紅葉!呼んでるぞ!忙しいみたいだから下に行け!」

「んぇ~~・・・今、忙しいのに~。」

「忙しいのは茶店だ!ここで無駄話をしているオマエは忙しくない!」

「私が代わりに下に降りましょうか?」

「ん~~~・・・ァタシが行くぅ~。」


 紅葉が1階行きをゴネると、見かねた麻由が気を利かせて代わりに手伝いに行こうとするが、麻由に仕事を奪われるのはプライドが許さないらしく、紅葉は渋々と応じる。


「またあとで遊びに来るね、燕真っ!」

「来なくて良い!下でちゃんと働け!」


 紅葉を2階から追い出した燕真が、疲れた表情で溜息を付く。ぶっちゃけ、博物館の仕事(受付に座ってるだけ)よりも、紅葉の相手の方が疲れる(まぁ、当然だけど)。


ピーピーピー

 15時過ぎ、ちょうど客が少なくなった時間帯を見計らったかのように、妖怪発生のアラームが鳴る。店を粉木と麻由に任せ、燕真&紅葉&雅仁&佑芽が、専用バイクを駆って出動。紅葉の定位置は、燕真の後のタンデムシート。妖怪討伐に行っても、紅葉は見ているだけで、することは何も無いのだが、燕真と一緒に出動するのは「当たり前」になっているので、今更、誰も疑問には感じていない。


「飛ばせ飛ばせ!Go~Go~!」

「うるさい!はしゃぐな紅葉!」


 妖怪発生場所の鎮守の森公園に到着したら、妖怪・大蝦蟇が巨大な口を開けて、紅葉の親友・亜美を吸い込もうとしていた!


「ヤバいよ、燕真!アミを助けたげてっ!」

「言われんでも助けるっ!」


 燕真&雅仁&佑芽は、バイクから降りて、Yウォッチから抜いたメダルを、ベルトのバックルに装填!


「幻装っ!」×3


 妖幻ファイターザムシード&ガルダ&リンクス、変身完了!専用武器を装備して、一斉に大蝦蟇に襲いかかって袋叩きにする!その間に、紅葉が亜美を救出して、安全圏に避難させた。


「ダイジョブだった、アミ?」

「怖かった~!助けてくれてありがとう!」


 亜美は、霊感が強くて憑かれ体質&巻き込まれ体質らしく、たびたび、妖怪に憑かれたり、食べられそうになる。襲われたのは、これで何回目だろうか?頻繁すぎて、もう、よく解らない。


「ゲロゲロゲロッッッ!!」


 大蝦蟇が、凄まじく臭い粘液を吐き出した!浴びたザムシード&ガルダ&リンクスが、全身ヌルヌルになってスッ転ぶ!頑張って立ち上がろうとするが、地面もヌルヌルなので、またスッ転ぶ!しかも、鼻が曲がるほど臭い!


「くそっ!腹立つ!」

「拙い!逃げられてしまう!」

「こんなに臭くちゃ、お嫁にいけな~い!」


 妖幻ファイター達を足止めした大蝦蟇は、餌(亜美)を見付けて、「ゲコゲコ」と笑いながら近寄ってくる!紅葉は、亜美を庇って身構えるが、戦力外の紅葉には、大蝦蟇を撃退する術は無い!


「紅葉っ!逃げろっ!!」


 ザムシードは、紅葉と亜美を心配するが、未だにヌルヌル地獄から抜け出せない!何度も立ち上がるが、そのたびにスッ転ぶ!


「燕真っ!火だよ!火でヌルヌルを蒸発させんのっ!」

「おぉっ!その手があったかっ!サンキュー、紅葉!」


 ザムシードは、Yウォッチから白メダルを抜いて、ブーツのくるぶし部分にセットした!ザムシードの周りに炎の絨毯が発生して、粘液を蒸発させる!全身がカピカピになって、これはこれで気持ち悪い!臭い液体を一気に蒸発させた所為で、公園全域に悪臭が立ち込めている!だが、これでヌルヌル地獄からは脱出できた!


「閻魔様の・・・裁きの時間だ!」


 大蝦蟇に向かって突進をするザムシード!炎の絨毯を推進力にして飛び上がり、蹴りの体勢で突っ込んだ!


「うおぉぉっっっっ!!エクソシズムキィィッック!!!」


 蹴り飛ばされた大蝦蟇が地面に落ちる。大蝦蟇に背を向けて見得を切るザムシード。力尽きた大蝦蟇が爆発四散をして、黒い霧になってザムシードのブーツの白メダルに吸収された。


「今日も助けてくれてありがとう!」

「いつでも助けたげるね!」

「オマエが助けているわけじゃね~だろ。」

「小さいことでクヨクヨ言わないの!」

「クヨクヨじゃなくて、ネチネチ、もしくは、セコセコだ!

 俺は少しも落ち込んでない!」


 亜美を家まで送り、バイクでYOUKAIミュージアムに戻る燕真&紅葉、雅仁、佑芽。


「燕真、クサイよ~!」

「え?マジで?一旦、家に戻ってシャワー浴びようかな?」

「燕真のせいでァタシもチョット臭くなったから、お風呂借りてイイ?」

「ダメに決まってんだろう!」

「ぶ~ぶ~!燕真のケチ~!」

「そう言う問題じゃない!

 年頃の女子を部屋に上げて、風呂になんて入れたら、

 その後で間違いを起こす以外の選択肢が思い付かん!」


 YOUKAIミュージアムに帰還後、妖怪討伐の報告書を仕上げる。この業務が必須なのは文架支部に所属している燕真のみ。退治屋ではない雅仁と、就学生の佑芽には、報告書作成の義務は無い。だが、研修を兼ねて、粉木は佑芽にも報告書作成を課している。


「どういうこっちゃ?

 正社員の燕真の報告書よりも、

 学生の佑芽ちゃんの報告書の方が、丁寧で解りやすいで。」

「こーゆーの苦手なんだから仕方ねーだろ!」

「アカン!書き直しや!」

「コンチクショー!」

「佐波木さん、可哀想・・・頑張ってね。」

「可哀想と思うなら、次回から、もう少し手を抜いた報告書を作ってくれ。」


 燕真が報告書を完成させる頃には、既に博物館は閉館時刻を過ぎており、喫茶店は夕食時のピークを終えていた。燕真抜きで店を維持できるのは、ちょっと・・・と言うか、かなり寂しいのだが、これが現実なんだから仕方が無い。


「忙しくて麻由にお店に入ってもらったから、2階の掃除が、まだしてないの。

 燕真、暇だったら、1人でやってきて!」

「ああ・・・うん。」


 その後は、定時まで店を手伝い、閉店後に後片付けをして、皆で賄い(夕食)を食べて解散になる。雅仁と佑芽は、併設された下宿先(粉木邸)に引っ込み、燕真が紅葉と麻由を自宅まで送る。

 先ずは紅葉のマンションに行って紅葉が自転車を置き、燕真のバイクの後ろに乗って、自転車の麻由を川西の麻由のマンションまで送り、そのあと、もう一度、紅葉のマンションに行って紅葉を降ろす。かなり無駄の多いが、この行程じゃないと紅葉が納得してくれない。


「明日も、今日みたいに楽しいとイイねっ!」

「楽しい・・・か?」

「また明日っ!」

「おうっ!」

「明日ゎ遅刻しちゃダメだよ!」

「言われなくても、ちゃんと起きるよ!」

「おやすみっ!」

「おう、おやすみ!」


 紅葉がマンションに入るのを見届けて、燕真は自宅のボロアパートに帰る。帰宅後は、サッサと風呂に入り、録り溜めたテレビ番組や、推し女優が主演のドラマを見て(何度も見ている)、深夜の2時頃には就寝をする。


 そして朝が来た。ベッドから起き上がってスマホで時刻を確認したら、9時を過ぎている。


「やっべぇ!寝坊した!」


 慌てて着替えて、部屋から飛び出し、愛車のホンダ・NC750Xに乗って、YOUKAIミュージアムへと向かう。店に到着すると、既に、紅葉&雅仁&粉木&佑芽&麻由が開店の準備をしていた。


「おはよ~っす。」

「おはよう。」 「早うはあれへんねん」 「おはようございます。」×2

「燕真~~!また遅刻だよっ!

 なんで遅刻したの?遅くまでテレビ見てた?ゲームしてた?

 ァタシゎ3時までスマホのゲームしてたけど、遅刻してないよ。

 ァタシって、スゴくね?」


 いつも通り、紅葉が纏わり付いてくる。


「・・・・・・・・・あれ?」


 ふと違和感を感じた燕真が周囲を見廻す。


「なんか・・・昨日と同じ事してねーか?」


 しかし、疑問に感じているのは燕真だけ。紅葉&雅仁&粉木&佑芽&麻由は、いつも通りに準備を進めている。


「ど~したの燕真?」

「あの・・・俺の朝飯は?」

「遅刻したんだから、あるわけないぢゃん。全部食べちゃったよ。」

「・・・・・・・・・・・」


 気のせい?デジャブ?意識的に昨日と同じ言葉を発したら、昨日と同じ返答が帰ってきた。

 その後は、変わらない日常を過ごし、15時過ぎに妖怪発生のアラームが鳴る。いつもと同じメンバーで出動して、鎮守の森公園に行くと、紅葉の友人の亜美・美希・優花が。妖怪・小豆洗いに襲われていた。


「・・・間違い探しかよ?」


 特に苦戦をする事も無く、妖怪を討伐してYOUKAIミュージアムに戻り、報告書を作成する。


「燕真の報告書よりも、佑芽ちゃんの報告書の方が、丁寧で解りやすいで。」

「またかよ?根古さん、昨日、手を抜いてくれってお願いしたじゃん。」

「ゴメンね~。いい加減なことをするの苦手なの。」

「コンチクショー!」


 苦戦しながら報告書を書き直して、定時まで店を手伝って閉店になる。いつも通りに、麻由を送ってから、紅葉のマンションに到着。


「なぁ、紅葉?なんかおかしくねーか?」

「んぇ?オカシイって、ァタシのこと?」

「オマエがおかしいのは今に始まったことじゃねーだろ。

 そうじゃなくて、昨日と、ほぼ同じことしかしてないって言うか・・・」

「そ~ゆ~のってフツーぢゃね?」

「まぁ・・・そうなんだけど・・・。」

「ならイイぢゃん!明日も、今日みたいに楽しいとイイねっ!」

「楽しい・・・か?まぁ、暇すぎて退屈するよりはマシだけど。」


 考えすぎだろうか?紅葉は、【昨日の繰り返し】を疑問に感じていないようだ。

 自宅アパートに帰宅をした燕真は、「明日こそはちゃんと起きる」と決めて、早めに就寝をする。


 そして朝が来た。ベッドから起き上がってスマホで時刻を確認したら、9時を過ぎている。


「・・・十時間近く爆睡?ウソだろ?」


 急いで家を出て、YOUKAIミュージアムに到着すると、昨日と同じように、皆が開店の準備をしていた。


「おはよう。」 「早うはあれへんねん」 「おはようございます。」×2

「燕真~~!また遅刻だよっ!

 なんで遅刻したの?遅くまでテレビ見てた?ゲームしてた?

 ァタシゎ3時までスマホのゲームしてたけど、遅刻してないよ。

 ァタシって、スゴくね?」

「・・・どうなってんだ?」


 何もかもが、昨日と同じ。何もかもが一昨日と同じ。さすがに違和感しか感じない。


「あ、あのさ、みんな・・・なんか、ずっと同じことやってね?」


 燕真の質問に対して、雅仁&粉木&佑芽&麻由が動きを止めて、一斉に燕真を見つめる。


「当然だろう。急激な変化など有り得ん。」

「仕事も学校も、基本的には同じ日常の繰り返しや。」

「同じことをやりながら、少しずつ変化して進化するんものでしょ。」

「佐波木さんって、普通は不満で、常に特別を求めるタイプですか?」

「い・・・いや、そんなことはないんだけど・・・。」


 皆が【繰り返し】を受け入れており、燕真は、「自分が特殊なのか?」と錯覚をしそうになる。

 燕真は違和感を感じながら、【いつもの日常】を過ごし、15時過ぎに妖怪が発生したので、紅葉&雅仁&佑芽と一緒に出動して山頭野川の東側河川敷に向かい、今日は1人で妖怪に襲われていた亜美を救出した。


「平山さん、毎日妖怪に絡まれて大変だな。」

「なんか、そういう星の下に生まれちゃったみたいですね。」


 川を挟んだ対岸側。【数日前】に燕真と紅葉が闇に飲み込まれた場所に、直径2m程度の八卦先天図が浮かんでいる。だが、霊感ゼロの燕真は気付かず、紅葉は気付いてもスルーをした。

 その後は、書いた報告書を粉木に受け付けてもらえずに書き直し、閉店まで店を手伝って、いつも通りに、麻由を送ってから、紅葉のマンションに到着。


「なぁ、紅葉?今って春休みだっけ?

 もう、春休み終わってるよな?でも、夏休みには、まだ早すぎるし・・・。」

「んぇ?違うけど、ど~して?」

「だって、オマエと葛城さんが朝から店を手伝うの、今日で3日目だよな?

 土日休みで朝から手伝うのは理解できるけど、なんで3日連続で手伝えるんだ?

 学校はどうした?」

「今は、学校に行かなくてイイの。」

「なんで?」

「そ~ゆ~決まりだから!」

「意味が解んねー!」

「意味わかんなくても、これでイイの!

 きっと明日も、今日みたいに楽しいよっ!」

「・・・・・・・・・」


 紅葉がマンションに入るのを見届けて、燕真は自宅のボロアパートに帰る。紅葉達が3日連続で朝からバイトをしたってことは、3連休だったってことか?


「・・・あれ?」


 何故か、今まで特に気にしていなかったのだが、今日が何月何日で何曜日なのかが解らない。燕真は、スマホの画面を見て確認をする。


「どうなってんだ?」


 スマホのディスプレイに表示されているのは時刻だけ。日付と曜日が無い。壁に貼られたはずのお気に入りの女優のカレンダーを見るが、あるはずの場所にカレンダーが無い。テレビを点けてニュースを見るが、今日の出来事を報道するだけで、今日が何日なのかを告げない。


「そんな・・・バカな?」


あるべき‘日の経過’と言う概念が、「無くて当たり前」になっている。


「この世界は、4日前まで俺が居た世界とは違う。」


 この世界は、紅葉が想像した世界。

 茨城童子が発した鬼印に、紅葉の「燕真を助けたい」という念が干渉して、発生した世界。

 何もかもを失いかけている紅葉の「燕真だけは傍にいて欲しい」という‘一縷の望み’が投影された世界。


 しかし、燕真がその事実に気付けない。

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