第39話・紅葉(もみじ)討伐命令

-YOUKAIミュージアム-


 気心の知れた先輩・田井弥壱が派遣されたことを、燕真は心強く感じていた。やや皮肉屋な一面を持つ燕真だが、入社直後の何も解らない時期に指導してくれた田井に対しては、素直に対応する。


「俺の任務は、オマエや粉木さんのフォローだ。」

「ありがとうございます。助かります。」

「色々と大変だな。源川紅葉さんって、オマエの恋人だっけ?

 東京に来た時(枕返し事件)の時に連れていた可愛い子だろ?」

「恋人・・・ではありません。」

「そっか。なら安心だ。」

「・・・え?」

「彼女と離されても、何の問題も無いってことだよな。」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、「紅葉と離される」と聞いて、内心が穏やかではいられない。恋人ではないが「一緒に居る」が当たり前になりすぎた。数日前に、「本部の護衛隊が入る」と聞いてから、ずっと「紅葉が手の届かない存在に成る」と感じていたのだが、それが現実になった今でも、「離される」を上手く受け入れられない。


「彼女・・・普通の人間と少し違うからな。」


 田井は、枕返し事件(第8話)の時に、紅葉と接触をしている。死者が出なかったので黙認をしたが、紅葉が「妖怪の依り代を、プロデューサーの割井に嗾けた件」は驚いた。依り代(真倉英理)の気持ちに配慮したのだろうが、その豪快な行動力は、「一般的な十代の少女」とは思えなかった。担当が、燕真と馴染みのある田井以外だったら、紅葉の行動は問題視されていた可能性が高い。


「彼女の護衛は、他の隊員が担当することになってる。」

「へぇ・・・そうなんすか。」


 燕真は、田井のことは信頼している。だが、田井に与えられた任務には違和感を持った。田井の任務が「燕真達のサポート」で、「紅葉の護衛は別」ならば、燕真も紅葉の護衛から外されていることになるのだろうか?


「俺は何をすれば良いんですかね?」

「彼女の護衛は本部に任せて、通常業務をするってことだろうな。

 ただし、彼女を狙う勢力の動き次第で、

 通常業務に支障が出る可能性があるから、俺がサポートに派遣されたんだろう。」

「ああ・・・なるほど。だから‘離される’ですか。」


 田井の説明には納得が出来るが、本部の采配には不満はある。燕真は、自分のことを優秀な退治屋とは思っていないが、紅葉を守るのは「自分が適任」と思っている。狙われていると知って不安に感じるであろう紅葉の傍に居てやりたい。

 しかし、同時に、それが「ただの自己満足」とも感じている。もう、紅葉の一件は、燕真個人の手に負える状況ではないのだ。


「紅葉の護衛担当って、どんな人達なんすか?」

「1人は、俺と同じ東東京支部から狩り出された先輩の甘利亜真里さん。

 才能的には、可も不可も無く、大きな活躍は無いけどミスも無い安定した隊員だ。

 他は、統括責任者の牛木さんも含めて、よく解らん。

 俺と同じ文架支部のサポートを割り当てられた高菱凰平っヤツが、

 高飛車で横柄ってことくらいは解ったけどな。

 アイツ、俺より年下なのに、エリート面して高圧的で、

 俺の役職だけじゃなく、使役妖怪や出身地まで鼻で笑って、少しムカ付くよ。」

「・・・ははははは。」


 燕真は、「なんか解る」と乾いた笑いを発しながら、カウンター席を眺めた。


「それでな、向かって来た山姥(やまんば)に対して、俺は勇敢に・・・。」

「そうか、よかったな」 「へぇー、すごいですね」

「はっはっは!そうだろそうだろ!君では、そんな機転は利くまい!」


 会話のキャッチボールが成り立っている燕真&田井とは違い、雅仁&佑芽は、特に何もすることが無いのに「忙しいから会話に応じられないフリ」をしながら、高菱が一方的に話す武勇伝を聞き流している。

 雅仁&佑芽が可哀想だが、きっと一番可哀想なのは、自分が可哀想ってことに気付いていない高菱本人だろう。




-優麗高-


 放課後になり、紅葉と亜美がガールズトークをしながら階段を降りる。靴を履き替えて、生徒玄関を出てた直後・・・。


「んぇ?何かが発生した?」


 紅葉が、正門付近で嫌な気配を感知。駆け付けると生徒が蹲っていた。紅葉は、直感的に「ヤバさ」を感じ取って、後退りをする。


「大丈夫ですか?」


 一緒に居た亜美は、具合の悪そうな生徒に寄って行って介抱をする。しかし、亜美は、顔を上げた生徒の顔を見て、表情を引き攣らせた。生徒は、牛のような顔をしている。


「アミっ!離れてっ!!」

「ぶもぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」


 牛顔の生徒の左右の肩から、長い一本爪を生やした腕が出現!亜美目掛けて振り下ろした!


「きゃぁぁっっっっっ!!!」

「アミっ!!」


 紅葉が、反射的に亜美の腕を掴んで引っ張る!2人は勢い余って尻餅をつき、牛顔の生徒が振り下ろした爪は空振りをして地面を抉った!抜けそうな腰に活を入れて立ち上がった紅葉と亜美は、周りを見て状況が想像以上に拙いことに気付く。


「・・・子妖?」 「ひぃぃっ!」 


 牛顔で肩から一本爪の腕を生やした生徒は、1人だけではない。見渡す限り、全ての生徒が、牛顔に変化をしている。


「ど、どうなっているの?」

「よ、妖怪だよ。・・・みんな、妖怪に憑かれちゃった!」


 正門は、数人の牛顔に塞がれていて通過できそうにない。


「ど、どうしよう?」

「逃げるしかないっ!」


 逃げ回れるグラウンドに向かうべきか、隠れる場所がある校舎内に逃げるべきか?どちらにしても、正門から離れなければならない。紅葉は、亜美の腕を引っ張って逃走を開始する。


「きゃぁぁっっっっっっっ!!!なによ、これぇっっ!!やめてぇっっ!!」


 悲鳴を聞いて振り向いたら、非常階段付近で、麻由が牛顔2人に追い詰められていた。麻由は、紅葉ほどではないが、霊力に優れている。ゆえに、霊的防御によって子妖に憑かれにくく、その才能が災いして、牛顔達に「餌」と認識され、襲われる対象に成ってしまったのだ。


「ヤバぃ!助けなきゃ!!」


 麻由は、非常階段を登って逃げようとするが、紅葉視点では悪手。上の扉が施錠されていて追い込まれたり、上からも牛顔が押し寄せてきたら、確実に餌食になってしまう。


「マユっ!こっちっ!!」


 紅葉は、鞄を振り回して牛顔達の後頭部に叩き付けた!牛顔が体勢を崩した隙に、紅葉は麻由の腕を掴んで非常階段から脱出させ、亜美と合流して3人で逃げる!


「これは一体?」

「みんな、妖怪に憑かれちゃったみたいっ!

 でも、逃げながら時間を稼いでいれば、大丈夫!

 絶対に、あの時みたいに、燕真が助けに来てくれるから!」


 紅葉は、約9ヶ月前の、絡新婦事件のことを思い出していた。怖かったけど、燕真が助けてくれた。再会をした燕真は、変身ヒーローになっていた。漠然と追い求めていた初恋は、時を経て本当の恋に変化した。


「あっちゎダメだ!こっちに逃げようっ!」


 生徒玄関からも牛顔が溢れ出してきた!紅葉達は、裏門があるグラウンドへと向かう!だが、グラウンドでは、野球部とサッカー部のユニフォームを着た牛顔達が集まっていた!まだ憑かれていない紅葉達を見付けて押し寄せてくる!


「アミっ!マユっ!」


 最初は固まって逃げていた3人だが、徐々に分断されていく!霊的感受性の強い(憑かれ体質)の亜美の表情が虚ろに変化!牛顔に憑依され、肩から一本爪の腕が生える!


「アミっ!」 「平山さんっ!」


 これで良かったわけではないが、亜美は憑かれたおかげで、牛顔達から同族とみなされて襲われずに済む。問題は、残された紅葉と麻由だ。霊的防御力が強い為に子妖に憑かれず、襲われる対象から外れることができない。


「きゃぁぁっっっっ!!」


 亜美の変化に動揺をして動きを止めた麻由が、牛顔達に掴まる!


「マユっ!」


 鞄を振り回して麻由の救出を試みる紅葉!数人を退けて麻由との合流はできたが、羽交い締めにされてしまう!


「んわぁぁぁっっっっっ!!触るなヘンタイっっ!!!

 燕真っ!助けてぇぇっっっ!!!」


 紅葉が絶叫をした次の瞬間、紅葉の全身から強大な妖気が放出されて、群がる牛顔達を弾き飛ばした!襲われかけている麻由や、牛顔の亜美も、諸共に弾き飛ばされる!


「な、なんか知らないけど助かった。」


 衝撃波の中心で、脱力気味に、地に両膝を落とす紅葉。だが、直ぐに我に返って周囲を見廻し、倒れている麻由に寄って行く。


「い、今のは一体?」

「ワカンネ。」


 牛顔達は蹲っている。紅葉が妖気でダメージを与えたからなのだが、紅葉は「自分の影響」と気付いていない。



〈各隊突入!B班とC班は子妖を殲滅せよ。対象は、我々A班で捕獲する!〉

〈了解!〉 〈了解!〉


 優麗高の周りで待機をしていた派遣隊が、A班チーフ・茂部園太の指示で動き出す。彼等は、子妖が発生した時点で討伐に動くことが可能だったが、あえて、このタイミングまで待っていた。


「やれやれ、俺達の仕事はザコの処理だけなのね。」

「重要な任務は、本部が持って行っちゃうんだよな。」


 B班チーフの甘利と、C班チーフの七篠には、上層部、及び、統括責任者・牛木の意向は伝えられていない。「何故、サッサと救出に行かなかったのだろう?」と疑問に感じつつ、茂部の指示に従う。




-数分前・YOUKAIミュージアム-


ピーピーピー!

 事務室内で、妖気発生の警報が鳴り響く。発生場所は優麗高。粉木は、茶店にいる燕真&雅仁に出動の指示を出そうとしたが、牛木に呼び止められた。


「慌てなくても大丈夫だ。我が精鋭が、早々に制圧します。

 彼等(燕真達)を出動させる必要はありませんよ。」

「せやけど・・・」

「言ったはずです。源川紅葉の関連は、全て俺が責任を負う。

 文架支部は、それ以外の一般事件を担当してくれれば良い。」


 警報音を聞いた燕真&雅仁&佑芽が事務室に駆け込むが、牛木は「気にしなくて良い」と制して、自分は事務室から出て行く。


「何処に行くんや?」

「俺まで、貴方達と一緒に悠長にしているわけにはいかない。」

「・・・頼むで。」

「言われるまでもありませんよ。」


 牛木は、店内で待機中の高菱と田井を眺め、高菱だけを呼び寄せた。蚊帳の外の田井は、「これが、本部所属のエリートと、支部のその他の違い」と把握しつつ、少し不満げな表情をする。


「対象に変化が生じたので、現場に向かう。」

「お疲れ様です。」

「引き続き、文架支部のフォローを頼む。」

「はい、任せて下さい。」


 高菱は、牛木の後に付いて外まで出て、牛木が乗った車が駐車場から出て見えなくなるまで、深々と頭を下げて見送った。


「おいおい、アイツ、何か勘違いしていないか?

 取引先の偉いさんや、大金を使ってくれる客じゃねーんだぞ。」

「権威主義ってヤツだな。」

「典型的な‘弱い者には強く 強い者には弱いタイプ’だね。」


 燕真&雅仁&粉木&砂影は、45度の美しいお辞儀をしたまま微動だにしない高菱を、呆れ顔で眺めている。佑芽に至っては、嫌悪感丸出しだ。


「なぁ、爺さん。」


 燕真は、文架市で発生した事件なのに、まるっきり蚊帳の外に出されて不満だった。本部が動くってことは、鬼が出現した?それとも、「紅葉の護衛」に問題が生じた?せめて、「何が有ったのか?」くらいは知りたい。だから、統括責任者がいなくなり、イケ好かない本部のエリートが席を外している隙に尋ねてみた。


「妖怪は何処に発生したんだ?

 牛木ってヤツ‘対象に変化’とか言ってたけど、何のことだ?

 何で、俺達は気にしなくて良いんだ?

 紅葉は関係しているのか?」

「ああ、そうや。オマンの想像通り。

 妖怪は、お嬢の身近・・・優麗高で発生をした。

 だから、お嬢が危機に瀕している可能性を考慮して、護衛隊が動いたんや。」

「マジかよ?」

「解っているやろうな、燕真。お嬢の件は、ワシ等の管轄外や。

 オマンでは手出しできん。」

「解ってる・・・・解ってるけど・・・。」


 燕真は「紅葉護衛の為に本部が来る」と聞いた時から、ずっと迷っていた。そんな日は来ないと思いたかった。身近だったはずの紅葉を遠くに感じる。現状を考えれば仕方が無いのだが、頭では理解しても心が納得しない。「ただの自己満足」かもしれない。ボンクラな自分では、エリート連中のお荷物になりかねない。だが、紅葉が大変な時なら、傍にいて励ますくらいはしてやりたい。


「・・・田井さん。」


 燕真は、戸惑いを隠せない目で、田井を見つめる。


「文架市に詳しい田井さんがサポートに入ってくれたなら・・・

 しばらくは、文架支部のことは、田井さんに任せても良いですよね?」

「ん?何のことだ?」

「俺・・・紅葉の護衛に行きます。」

「おいおい、正気か?」


 燕真の発言に驚いたのは、田井だけではない。粉木と砂影も、呆気に取られた表情をする。文架支部を担当する退治屋が、文架支部の治安維持を放棄して、少女1人に執着しているのだ。こんな身勝手な自己都合は許されない。


「勝手なのは解っている!」

「オマエは平凡だが、バカではないだろう。

 オマエは通常業務で、本部が彼女の護衛に入った意図を理解しろ。

 彼女の防衛隊を希望しても、本部のエリート共に相手にされるわけが無い。

 オマエが、上層部からの評価を落とすだけだ。」

「・・・でも!」

「最悪、職務怠慢と判断されて、妖幻システムを没収されるぞ!

 妖幻ファイターの地位を失ったら、何も守れなくなるんだぞ!」

「・・・くっ!」


 田井の正論で、燕真は落ち着きを取り戻す。だが、それは一時的で、髪を掻きむしるようにして、苛立ちの気勢の一声を上げ、田井の目を真っ直ぐに見詰めた。


「ゴメン、田井さん。俺、自分でも、自分がこんなにバカとは思ってなかった。」

「おい、燕真っ!」


 田井の制止を振り切り、店から出て行こうとする燕真。今度は、粉木が燕真の進行方向を塞ぐ。粉木は、紅葉に出会った直後から「紅葉の異常性」を感じていた。当初は、「頭抜けた才能」と解釈していたが、やがては「人間では有り得ない能力」と考え、時として驚異を感じることもあった。だから、紅葉が‘人間’ではなく‘鬼’と知っても、直ぐに納得できた。同時に、「もっと早い段階で上層部に相談するべきだったかも」と、紅葉に対して何のアクションも起こせなかったことを後悔している。


「お嬢は、オマンに手に負える存在やない。」


 粉木では何の判断もできなかった「紅葉」が、本部管轄になるのは理に適っている。本部が下した「文架支部は紅葉の管轄から外れて通常業務」の指示は、「いじわる」ではなく、極めて丁寧な配慮だ。反発をする理由は何も無い。

 何よりも、粉木は、紅葉への情は有るが、燕真と紅葉を天秤に掛ければ、燕真への情の方が深い。燕真を社会不適合者に落としたくない。


「確かに、紅葉はスゲー奴だ。俺の手に負えないかもしれない。

 でも、それを決めるのは、爺さんや本部のエリートじゃない。

 決めるのは、俺と紅葉だ。」

「若造と小娘の都合では、本部の裁定は覆らんと言っておるんや。」

「そんなの、掛け合ってみなきゃ解らないだろう。

 つまはじきにされてから、次のことを考えるよ。」

「お嬢が、ワシやオマンでどうにかなる存在なら、

 文架支部に人員が補強されて、お嬢の護衛を担うはずや。

 だが、文架市に任務から切り離され、本部が管轄をしている。

 これが‘オマンの手に負えるかどうか?’の答えなんや。」


 燕真は、粉木の説く理屈が理解できる。だけど、受け入れる気は無い。


「なぁ、爺さん・・・。

 皆は、アイツを天才や化け物扱いするけどさ・・・

 アイツは、つい最近まで、自分を人間だと信じていた高3の女の子なんだぞ。」


 粉木は、燕真なりの正論を聞き、「燕真の意思は変わらない」と悟り、説得の言葉を失う。


「どうなっても知らんで。」

「うん、自分で決めたんだ。責任は自分で取る。」

「・・・・・・・・・」

「今まで散々世話になったのにさ・・・

 上手く立ち回れなくて、退治屋をクビになっちゃったらゴメンな。」


 粉木の脇を通過して店から飛び出す燕真。見送る気の無い粉木は、燕真に背を向けたまま。田井は、師でも止められなかったことに驚いている。

 重たい空気の中、統括責任者様を見送りを終えた高菱が、燕真と擦れ違って、店内に戻ってきた。


「ん?アイツ、何処に行くんだ?買い物か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん

「間が悪っ。」


 状況を理解できない高菱凰平が質問をするが、佑芽が冷たいツッコミを入れただけで、回答する者は誰もいない。


「バカもんが。」


 親の心、子知らずとは、この様なことをいうのだろうか?燕真の駆るバイク音が駐車場から飛び出していく音を聞きながら、粉木は小声で呟いた。燕真と同じ悩みならば、粉木は、紅葉と出会ってから今までの約9ヶ月間、ずっと持ち続けていた。散々悩んだ上で、燕真の立場を守ることを前提にして、本部の判断に委ねる選択をしたのに、燕真は、たった数日悩んだだけで、真反対の結論を出した。


「青春・・・だよね?」


 佑芽は、企業という大きな壁に竦んで、間違っていると感じながらも喜田の命令と里夢の指示に抗えなかった。だから、燕真の「自分を信じる」という勇気ある行動を応援したい。


「そんな青臭い理屈で済む問題ではない。」


 雅仁は、燕真の「定石無視」の行動を評価している。しかし、彼の行動は、社会人失格だ。今回は「未熟者以下」としか言い様が無い。


「燕真の行動ちゃ、人としては間違うとらんわ。変わっとらんね。

 でも、退治屋本部の判断も正しい。

 そしてぇ、個の意思ちゃ、集の方針に潰される。

 従うて後悔をするか、独善を通して後悔するか・・・その違いなっしゃい。」


 燕真を独断でスカウトしたのは砂影だ。砂影は、彼がザムシードシステムの適合者とは知らず、彼の人間性に惚れ込んだから退治屋に誘った。部署は違うが、燕真に対しては、一定の責任を感じている。だから、しくじっても精一杯フォローするつもりで、粉木の面子を潰した未熟な弟子の選択を見守ろうと思っている。


「でもさ・・・本部が正しいのは解るんだけど、

 なんで、紅葉ちゃんに配慮しないんだろう?

 偉い人(牛木)が、紅葉ちゃんの要望を聞けば、

 きっと、護衛のメンバーに佐波木さんを入れて欲しいっていうよね?

 それなら、紅葉ちゃんは寂しくないし、佐波木さんは任務で紅葉ちゃんを守れて、

 全部、上手く収まるのにね。」


 だれも、佑芽が発した疑問に答えることができない。佑芽の疑問は、雅仁&粉木&砂影も感じていることだった。疑問に持った上で、「上層部には意図がある」と考えて黙殺した感情だった。


「オマエ等さぁ・・・さっきから、何を喋っているんだ?

 もしかして、本部所属のエリートな俺に、何か隠し事でもしているのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん

「空気読んでどっか行け、バカっ。」


 状況を理解できない高菱凰平が、高飛車で横柄な発言をするが、佑芽が冷たいツッコミを入れるだけで、対応をする者は誰もいない。




-同時刻・文架高校-


 伊原木鬼一が、廊下の窓から優麗高側を睨み付けた。


「これは、御館様の妖気!何が有った?」


 伊原木が優麗高から離れている時に、事件が発生してしまった。


「もう一方は牛鬼の妖気・・・。

 鬼神軍の幹部が、御館様を潜在させた小娘を狙ったのか?」


 上位妖怪クラスに成ると、妖気の変化だけで、一定の状況把握は出来る。だが、言うまでも無く、実際に目で見なければ、詳細は解らない。ノラ妖怪が騒いでいる程度なら気にも止めない。鬼神軍が出現したとしても、大して興味が無いので高みの見物を決め込む。だが、主の妖気が発生したのならば話は別。最優先事項だ。


「伊原木先生!授業で解らないところがあったので、教えてくださーい!」


 主の一大事に比べれば、講師・伊原木鬼一が人外とバレることなど些細。補習を望む生徒が寄ってきたが関係無い。伊原木はお構い無しに、全身を闇霧に変えて、空に飛び上がる。


「ひぃぃっっっ!!伊原木先生っっ!!!?」


 女生徒は「イケメン教師が飛び降りた」と錯覚して、慌てて窓に近付いて下を覗き込むが、伊原木の姿は何処にも無い。




-優麗高-


 妖幻ファイター3人と、部下のヘイシトルーパー十数人が、一斉に優麗高に雪崩れ込んだ。B班とC班は生徒や先生に憑いた子妖を片っ端から祓う。


「うわっ!一体、何人が憑かれているんだ?」

「牛鬼は上級妖怪よ。

 支配力を考えれば、校内に居る全員が憑かれていると考えるべきね。」

「マジかよ?校内に何人居るんだ?」


 優麗高の生徒数は、700人以上。先生を含めれば、800人近くになる。放課後になった直後の、全員が敷地内に居る状態で、牛鬼の支配力に汚染された。つまり、800近い子妖を祓わなければならない。

 一方、A班は、一般生徒には目もくれずにグラウンドに突入。妖幻ファイター1人(茂部園太)と、複数のヘイシが、対象の紅葉を取り囲んだ。


「何なの、この人達?」


 一緒に居た麻由は、退治屋という組織を詳しく知らない為に動揺をする。


「ダイジョブ。妖怪退治の人達だよ。」

「粉木さんと同組織の方々ですか?」

「うん、そう。

 ァタシ達ゎダイジョブなので、アミや他の人を・・・。」

「一般生徒の安否は、B班とC班の任務だ。」

「えっ?目の前にたくさん転がってるのに無視?ヒドくね?」

「我々の任務は、オマエの捕獲だ。」

「ホカク?」 「捕獲?」

「牛鬼に狙われているのはオマエだ。」

「んぇっ?そうなの?」

「オマエがこの場から離れれば、他の生徒達に危険が及ぶことはなくなる。

 さぁ、我々と共に、こちらに!」


 先日、退治屋の偉い人(大武)が、「我々が全力で守る」と言ってくれた。最近、自分の周りが騒がしくなりつつあることも察している。自分が離れることで、亜美や他の生徒の安全が確保されるなら、妖幻ファイター(茂部)の指示に従うべき。


「ぅ、ぅんっ!ワカッタ!」


 ヘイシ達に護衛してもらい、妖幻ファイター(茂部)に先導をされた紅葉が、校舎に向かって歩き始める。麻由も付いて行こうとしたが、妖幻ファイター(茂部)の指示を受けたヘイシが行く手を塞いだ。


「オマエは対象ではない!ここに残れ!」

「えっ!?」


 紅葉は「麻由も一緒」と思っていたので、驚いて足を止めて振り返る。


「マユゎ、守ってあげなくてダイジョブなの?

 マユも憑かれてないんだよ。」

「他の生徒は、B班とC班が対処する。」

「でも、ァタシと一緒に連れてきてあげた方がイイんじゃないの?」

「我々の任務は、オマエの捕獲だ。」

「・・・ホカク?」


 妖幻ファイター(茂部)が、「護衛」ではなく「捕獲」という言葉を使っているのが気になる。最初は言い間違いかと思ったが、意図的に「捕獲」という言葉を使っているように思えて、紅葉と麻由は不安を感じる。


「言ったはずだ。牛鬼に狙われているのはオマエだ。

 オマエが離れれば、他の生徒達に危険は去る。」

「・・・ん~~~~~、ワカッタ。

 ゴメン、マユ。ァタシと一緒に居ない方がイイみたいだから、付いてこないで。」

「わ、解りました。」


 その場に麻由を残し、紅葉だけが、妖幻ファイター(茂部)とヘイシ達に囲まれて連れて行かれる。

 校庭や校舎のあちこちで、子妖に憑かれた生徒と退治屋が交戦をしている。祓われて、意識を失っている生徒がたくさん転がっている。校内を支配する妖力は、絡新婦(第1話)の時より濃い。先程は、逃げるのに必死で周りを確認する余裕は無かったが、落ち着いて観察すると、自分と麻由を除く校内の全員が憑かれてしまったように感じられる。


「ねぇねぇ、なんで燕真ゎ来てくれないの?」

「えんま?文架支部に所属する妖幻ファイターか?」

「ぅん、そう!それ!」

「文架支部は、別の任務に就いている。

 オマエの捕獲は、文架支部ではなく、我々の任務だ!」

「・・・・・・・・・・・・」


 燕真は来てくれないらしい。しかも、また「捕獲」と言った。明確に不安と不満を感じた紅葉は、誘導を拒否して立ち止まる。


「なんか、ホカク、ヤダ!燕真、呼んで!」

「チィ!煩わしい。自分で動く気が無いなら、オマエ等が担げ。」

「わっ!わっ!なにすんだっ!?離せヘンタイっ!!」


 妖幻ファイター(茂部)は、紅葉の要求を聞く気無し。紅葉は、指示受けた長身の部下(ヘイシ)達に、両脇から抱え上げられ、空中で足をジタバタと振るいながら運ばれていく。時々、ジタバタさせた爪先がヘイシの足に当たるのだが、ヘイシはプロテクターを装備しているので‘膝カックン’に成りかけるだけで、時にダメージは無い。




-中庭-


 A班によって中庭まで運ばれた紅葉は、「今までと違う空気」を感じる。


「捕獲完了しました!」


 中庭では、統括責任者の牛木義雄CSOが1人で待っていた。


「ご苦労。オマエ達は下がって良いぞ。」

「えっ?しかし・・・」

「聞こえなかったのか?下がれ。」

「この娘、見た目はか弱いですが、鬼の・・・。」

「だからこそ、中庭の外側まで下がれと言っている。

 残りカスとはいえ、鬼の頭領だ。奪い返しに来る鬼に備えろと言っているのだ。」


 対象を中庭まで運ぶのは、作戦通り。だが、A班隊長の妖幻ファイター(茂部)は、皆で紅葉に対処すると思っていた。牛木の言う「奪い返しに来る鬼に備えろ」は尤もな命令だが、それならば、鬼の頭領の部下が手を出せないところに運ぶべき。何故、何処かに監禁するのではなく、中庭が終点なのか、その目的を聞かされていない。


「何をグズグズしている。サッサと下がれ!」

「・・・は、はい。」


 そそくさと引き上げていく隊員達。取り残された紅葉を、牛木が見下ろす。


「フン!随分と可愛いらしい鬼の総大将だな。」

「んぇ?・・・オニ?」


 「捕獲」に続いて「鬼」というキーワードが、紅葉を不安にさせる。


「オニってなに?ホカクってなに?」

「理解力が乏しいのか?言葉通りの意味だ。」

「意味がワカンナイ!ァタシを掴まえて、ど~すんの!?」


 紅葉は、牛木の目と冷たい笑顔に得体の知れない不気味さを感じて後退りする。

 同じ目線で接してくれる燕真、時々厳しいけど温かく見守ってくれる粉木や砂影、最初は嫌なヤツだったけど良いヤツになった雅仁。紅葉の目の前にいる牛木と名乗る男は、紅葉が知っている退治屋達と違う。クズだけど人間臭さが丸出しだった喜田御弥司とも違う。


「燕真と粉木の爺ちゃん呼んで!

 ちゃんと、解るように説明して欲しいっ!」

「オマエは、本部の管轄だ。文架支部は、オマエから手を引いたんだよ。」

「そんなハズ無いもんっ!燕真ゎ、ァタシから手を引かないもんっ!」

「ヒラ(燕真)は、トップの指示には逆らえない。」

「だったら、オマエより偉いヤツ出せっ!

 オオタケゎ、ァタシに、燕真達を手伝ってイイって言ったんだもん!

 ホカクじゃなくて、守るって言ったんだもんっ!」

「フン!その大武の指示なのだよ。」

「んぇぇっっっ!!?オオタケの嘘ツキっっっっ!!!!」


 本能的に「この対峙は拙い」と感じた紅葉は、振り返って逃走を開始!しかし、校舎内に飛び込もうとした直前で、牛木が呪文を唱えた!中庭が薄暗い闇に包まれ、中庭を脱出したはずの紅葉は、中庭に飛び込んでいた!



-屋上-


 妖幻ファイター(茂部)が、校舎の屋上に上がって様子を眺める。支部の連中と共に雑魚(子妖)退治をする気など一欠片も無い。彼の任務は‘真の目的’を達成させること。中庭からは閉め出されてしまったが、牛木CSOが苦戦をしてもサポートできるように準備を整えておく。

派遣隊の、表向きの任務は「紅葉の護衛」だが、真の目的は「酒呑童子の討伐」だ。これは、反発を防ぐ為に、本部所属のエリートにしか伝えられていない。


「可愛い子だから惜しいけど、中身が鬼の頭領なんだから仕方無いよな。」


 「自分は人間」と信じて疑わない娘を殺害するのだから、一定の罪悪感や同情はある。だが、多数の平和の為に、情を捨てて任務を遂行するのがエリートだ。安っぽい情に流されるつもりは無い。




-YOUKAIミュージアム-


 雅仁&佑芽に武勇伝自慢&自己有能アピールをしていた高菱のポケットで、スマホが通知音を鳴らした。高菱は、メッセージを確認して微笑を浮かべる。


「うへへっ!源川って娘が捕獲されたみたいだな。」

「紅葉ちゃんが?」

「捕獲?・・・どういうことだ?」


 派遣隊の任務は「紅葉の護衛」と聞いている。雅仁は「捕獲」という違和感のある言葉を聞き逃さなかった。そして、佑芽は、「捕獲」という言葉を発した雅仁の表情が緊張で強ばったことを見逃さない。


「俺等エリートと違って、下っ端や、地方の閑職には伝えていないんだっけ?

 佑芽ちゃん、君の才能が勿体ないよ。

 いつまでも、こんなところ(文架)で遊んでないで、本部の就学に戻って来い。

 俺が偉くなったら、本部のエリートコースに引っ張り上げてやるからさ。」


 相変わらず高菱は、場違いな説明をしているが、佑芽からすれば、出世の世話など、どうでも良い。あえて言葉には出さないが、「オマエが偉くなっても、付いていかねーよ」くらいに思っている。


「保護じゃなくて、捕獲なの?ちゃんと教えて、高菱さん!」

「ありゃ・・・マズったかな?」


 高菱は口を滑らせたことを、どう誤魔化そうかと考えたが、佑芽に真剣な眼で見詰められて戸惑ってしまう。姉の礼奈も美しかったが、妹の佑芽も美しい。そんな目で見られたら決意が鈍ってしまう。


「仕方が無い。同期の由身だ。オマエ達を信用して、教えてやるよ。

 これは、派遣隊の中でも、本部直轄組にしか伝えられていない。

 だから、他の奴には絶対に言うなよ。

 地方の閑職だけでなく、東東京支部の連中だって知らないことなんだからな。」


 高菱の後のテーブル席では、地方閑職の粉木や、東東京支部所属の砂影&田井が、聞き耳を立てている・・・というか、高菱の声が大きいので、聞き耳を立てなくても、店内の何処に居ても聞こえる。


(やはり・・・か。)


 粉木は、眉間にシワを寄せ、辛そうな表情で目を閉じた。高菱が何を言うか、粉木には予想ができる。彼は、退治屋が、甘い組織ではないことを知っている。数日前に、本部に紅葉の秘密を知られてしまった時点で、本部が甘い裁定をしてくれることを期待しつつ、心の何処かでは、「来るべき時が来た」と感じていた。あとは、「本部の方針に対して、粉木自身がどう動くか?」なのだが、まだ決めかねている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん


 田井は「聞こえているぞ」とツッコミを入れず、聞こえないフリをしている。佑芽がチラ見をしたら、砂影は、ばつが悪そうに目を逸らしたので、「絶対、砂影さんにも聞こえていた」と確信した。

 雅仁と佑芽に見詰められ、粉木&砂影&田井が聞き耳を立てている中で、高菱が語る。


「真の任務は、源川紅葉の中に眠っている酒呑童子が目覚める前に、

 彼女を殺害することだ。」

「・・・・・・・・・・え?」


 青ざめる佑芽。数秒ほど、頭の中が真白になった。納得できるわけがない。不安な視線で、雅仁を見詰める。


「佐波木さん・・・間に合うよね?」

「どうだろうな?間に合ったとしても、精鋭隊を敵に廻すことになる。」

「えっ?なんで?」

「紅葉ちゃんは鬼。本部の目的は、鬼の討伐。

 もし佐波木が、鬼の存命を優先させれば、本部の意向に背いたことになる。」

「そ、そんなっ!鬼ったって、紅葉ちゃんなんだよ!」

「鬼に憑かれただけなら、救う方法は幾らでもある。

 だが、紅葉ちゃんの場合は、根底が鬼なんだ。」

「そんなのおかしい!私は納得できません!」


 佑芽は、雅仁ならば「助けに行こう」と言ってくれると思っていた。しかし、雅仁の対応は、想像以上に冷淡だった。

 狗塚家にとって、酒呑一派の討伐は宿願だ。友人を殺したくない。だが、打ち損じるならともかく、「友達だから生かして仲良くする」なんて、酒呑一派の討伐の為に命をかけた祖先達に説明できない。「枯れた家系」どころか「牙の抜けた家系」と揶揄されるだろう。紅葉の出生を知ってから、ずっと、自分のやるべきことを迷っていた。


「雅仁先生が、そんなに冷たい人とは思わなかった!」


 高菱にとって、未来の部下(可愛いので、嫁でもOK)にしたかった佑芽が、こんなに反発するとは思わなかったので、内心では動揺しつつ、クールガイのフリをして、佑芽を宥める。


「俺だって辛いけど、理不尽と思っても、やらなきゃ成らない。」

「高菱さんは関係無いので黙っていてください!」

「佑芽ちゃんだって、子供じゃないんだから解るだろうに?」

「まだ子供なので解りません!」


 堪えきれなくなって店から飛び出していこうとする佑芽を、粉木が椅子から立ち上がって呼び止める。


「佑芽ちゃん、これがワシ等の足を踏み入れた退治屋の世界や。」

「私は、退治屋じゃなくて、まだ学生です!」

「反発したら、今度こそ、就学に戻られへんくなんねん。」

「退学で良いです!友達を殺そうとしているところに、戻る気なんてありません!」


 言い捨てると、佑芽は店を出て、ホンダ・VFR1200Fに跨がり、駐車場を飛び出していった。


「おい、オマエ等!ちゃんと、佑芽ちゃんを説得して連れ戻せ!」


 高菱は、「佑芽を未来の部下にしたい(嫁でもOK)」と勝手に想像している。だから、佑芽の経歴にマイナス査定が入るのは困る。自分が追って(そんな勇気も無いけど)熱い説得で止めたい。だが、高菱の任務は「佑芽のサポート」ではなく、文架支部の監視(燕真は既に反抗中)なので、監視対象外の佑芽を追うことはできない。


「職務怠慢だ!上層部には報告させてもらうからな!」


 高菱が怒鳴り散らしているが、店内に残った者達は聞いていない。

 雅仁は、Yウォッチのホルダから金色メダルを抜き取って、しばらく無言のまま眺め続ける。父の意思を越えて金色メダルを得る時に「宿命や恨みを晴らす為ではなく、自分のやりたいことをやる」と決意した。「やりたいこと」は決まっている。だがそれは、祖先達の道標に、真っ向から反する行動だ。雅仁には、まだ、狗塚家の血統を裏切る覚悟はできていない。燕真や佑芽のように、感情で突っ走る勇気は無い。


「だが・・・ここで動かなければ、全てに対して後悔をすることになる。」


 紅葉が、倒すべき宿敵か、守るべき友人か、それは、会って話して観察して決めたい。どちらの決断にしても、自分自身で決めたい。このまま蚊帳の外にいて、「何もできないまま、いつの間にか、全てが終わっていた」だけは避けたい。決断はできなくても今は動く時だ。


「粉木さん・・・砂影さん・・・見届けてきます。」


 2人に一礼をして、田井にも軽く会釈をして、店から出ようとする雅仁を、高菱が呼び止めた。


「責任を持って、佑芽ちゃんを連れ戻せ!

 妖怪退治より重要な任務だからな!」


 雅仁は、佑芽を止める為に出動をするわけではない。バカの命令は無視して、店から出てヤマハ・MT-10を駆り、駐車場を飛び出していく。


「雅仁のことは止めんのね。」

「ああ、ヤツは、燕真達よりは、冷静に動くやろうからな。」


 黙って見送った粉木を、相席の砂影が見つめる。すると、粉木は、冴えない表情で目を逸らした。粉木は、「どう動くべきか」を迷い続けている。厳密には「本部の意向に服従する」のではなく、だからといって「若者達のように暴走する」のではなく、「若者達の未来を閉ざさない為に、自分がどう動くのが最適なのか」を思案している。そして、砂影は、現状が正しいとは思っていないゆえに若者達を止められなかったことや、粉木の苦しい心情を理解している。

 こうして、YOUKAIミュージアムは、サポートと言う名目の監視者が砂影&田井&高菱に対して、燕真&雅仁&佑芽が不在となって、監視対象が粉木だけという、凄まじく歪な状況に陥った。




-優麗高・中庭-


 中庭から校舎に飛び込むんだはずの紅葉は、中庭に戻っていた!


「これって結界!?」


 以前、「入ることのできない」氷の結界を体験したことがある。この薄暗い結界は、氷柱女の結界とは逆で、「出ることができない」結界のようだ。


「フッ!残りカスとはいえ、さすがは鬼の頭領。即座に理解したか。」


 中庭の中央、闇の結界に囲まれて、天に伸びた光の柱が出現する。それは、牛木が発動させた結界とは雰囲気が違う。


「んぇぇっっ!ど~なってるの?」

「封印の結界・・・。我が、闇結界の干渉で姿を現したのだ。」


 紅葉には、「以前から在ったけど、見えにくくて気付かなかった物」と感じられる。穏やかな光なのだが、紅葉には、何故か、忌み嫌う物に感じられて、見上げながら数歩後退をする。


「封印の結界って?」


 紅葉は、優麗高に霊気や妖気が溜まりやすいことは知っていた。粉木からは、「優麗高には龍穴がある」と教えられていた。だから、「優麗高の空気が周りと違うのは、龍穴の影響」だと思っており、封印の結界が隠されているなんて、考えたこともなかった。


「人間界を地獄界から守る結界だ。」


 古の日本には、強い龍脈の影響で‘大きな時空の歪み’が維持され、常に地獄界と隣り合わせになっていた一地域があった。その地は、事実上、地獄界の支配下にあり、様々な地獄の住人が闊歩して、「この世の地獄」と呼ばれていた。

 危機感を持った人間は、その地に4つの結界を張って‘大きな時空の歪み’を封じ込める。だが、それで全てが人間の社会から排除されたわけではない。人間の持つ強い邪気に引かれて、地獄の住人は出現をする。

 それが文架市。だから、他の地域と比較して、妖怪事件の発生率が異常に高いのだ。


「封印の結界が壊れちゃったら、文架市が地獄になっちゃう?」

「この封印を解くには、上級以上の妖力を持つ贄が必要でな。

 今からオマエに、その命を捧げてもらう。」

「ァタシに上級以上の妖力?意味がワカンナイ。」


 紅葉は自分が人間と信じて疑わない。上級妖怪の扱いをされても理解不能。


「オマエが理解するかどうかなど、関係無い。

 オマエの意思など、関係無い。

 オマエが贄となれば、それで良いのだ。」


 闇の結界に紅葉を閉じ込めたのは、逃がさずに、確実に生贄にするため。


「状況は理解できませんが、アナタに紅葉さんは渡しません!」

「んぇっ!?」


 聞き覚えのある声に反応して、青ざめながら振り返る紅葉。中庭の隅に、弓矢を構えた麻由が、凜と立っている。


「紅葉さんから離れて下さい!」


 「捕獲」という言葉の違和感、紅葉を連行した連中の雰囲気、麻由にとっては、何もかもが不審だった。だから、生徒の暴走(子妖)から救ってくれた紅葉を助ける為に、ずっと、隠れて尾行をしていた。そして、紅葉と牛木の会話を聞いて、「彼等は信用できない」との判断に至った。


「たかがスポーツ用具と思わないで下さい!

 私がその気ならば、アナタに傷を負わせることも可能です!」


 弓道具で人を傷付けたくない。だが、友人が何らかの犯罪に巻き込まれているのならば、麻由には、助ける為の手段を選ぶ余裕など無かった。


「・・・マ、マユ。」


 しかし、麻由の勇気ある行動は、紅葉からすれば、状況の悪化以外の何物でもない。何も知らないまま助けに来てくれた友人を、危機に巻き込んでしまった。


「マユっっ!!逃げてっっっ!!!」


 悲鳴に近い大声で名を呼びながら、麻由に向かって全力で駆ける紅葉!その後から、牛木が追って来る!


「紅葉さんっ!身を低くして、私のところまで走って下さいっ!」


麻由は、意を決して、牛木に向けて矢を射た。そして、紅葉に向かって手を差し出しながら、素早く、校舎内に後退をする。


「えっ?なんで?」


 矢で牛木を怯ませて、その隙に紅葉を校舎内に避難させるのが麻由の作戦だった。しかし、結界の作用によって、麻由は脱出したつもりの中庭に立っている。


「面倒だ・・・覚醒っ!」


 牛木が気合いを発して叫ぶと、全身から闇が吹き上がって人間態が闇に溶け込み、全身漆黒で、牛顔に、鋭い爪を生やした6本脚の、体長4mほどの異形が出現をした!麻由が射た矢は、硬い皮膚に阻まれて弾かれてしまう!


「ブモォォォッッッッ!!所詮は遊び道具!俺の薄皮1枚傷付けられぬ!」

「んぇぇっっ!!?退治屋の偉いヤツが何でっ!?」

「きゃぁぁっっっっ!!?」


 上級妖怪・牛鬼が、鋭い爪を振り上げて、紅葉と麻由に襲いかかる!足が竦んで動けなくなった麻由に飛び付く紅葉!牛鬼の爪が、紅葉の背中に叩き込まれた!弾き飛ばされ、縺れ合いながら地面を転がる紅葉と麻由!


「ひぃぃっっ!!」

「ダイジョブ、マユ?逃げるよっ!」


 紅葉に差し出された手を掴んで立ち上がる麻由。紅葉の腕から一筋の血が流れていることに気付く。


「・・・私を庇った時に?」

「こんなの掠り傷っ!今は、そんな心配してる時ぢゃないよ!」


 飛び掛かる牛鬼!紅葉と麻由は、必死で逃げ回る!

 その光景は、屋上から様子を眺める妖幻ファイター(茂部)にも、想定外の光景だった。


「妖怪にしか見えないけど、新型の妖幻システムか!?」


 東東京支部から派遣された妖幻ファイター(甘利亜真里)と、文架支部を統括する支店から派遣された妖幻ファイター(七篠権兵衛)も、校庭や校舎内から中庭を眺めて驚く。


「ん?牛木CSOが妖怪になって、捕獲した女の子を襲っている?」

「どうなっているんだ?」


 彼等(甘利&七篠)は、「中庭は立入禁止」と命令されている。着任時は、「本部のサポートをせよ」という指示しか受けておらず、今のミッションは「子妖の殲滅」と「部外者を中庭に近付けるな」のみで、この作戦の真の目的を知らない。だから、疑問には感じるが、与えられたミッションを継続する。




-優麗高の上空-


 闇霧が到着。実体化をした茨城童子が、校舎の屋上に着地をして、薄暗く濁った中庭を見下ろしながら舌打ちをした。


「チィ!御館様を宿す小娘は、結界の中か!?

 姑息な奴等め!私が離れて、御館様が無防備になる隙を狙ったな!」


 張られているのは、入れるが出られない結界。術者の牛木を倒す以外に、紅葉を結界から解放する手段は無い。


「最優先すべきは、御館様の魂を救うことだ。」


 茨城童子が、闇の結界に飛び込む為に、屋上手摺りを乗り越えようとした直前に、中庭を挟んだ対面側の屋上から無数の光弾が飛んで来て妨害をする!


「居たぞ!やはり、牛木CSOの予想通りだ!散開して取り囲め!」


 A班の妖幻ファイター(茂部園太)&ヘイシ(部下)達が銃を連射しながら駆け寄ってきて、茨城童子を取り囲んだ!


「鬼の幹部を、牛木さんの結界から遠ざけろ!」


 ヘイシが発砲する光弾には、上級妖怪に致命打を与えるほどの威力は無い。しかし、複数人による一斉連射ならば、茨城童子の足止めに充分な手数だった。


「煩わしい退治屋め!いつの間に、ヤツらと手を組んだ!?」


 茨城童子の足が止まったと判断した妖幻ファイター(茂部)が、刀を構えて突進。茨城童子は、指先から鬼爪を伸ばして応戦をする。


「烏合の衆の分際で!!」

「本部直轄の我らを舐めるなっ!」


 A班は、上層部から実力と実績を認められた(たまに、コネで地位を得た無能も居るけど)本部の直轄部隊だ。EXザムシードやHガルダほどの難敵ではないが、決して雑魚ではない。

 数秒の鍔迫り合いの後、妖幻ファイター(茂部)は素早く数歩後退。同時に、ヘイシ達が一斉に発砲した光弾が、茨城童子に着弾をする。


「ぐぅぅ・・・この程度で息巻くな人間共!舐めているのは、貴様等の方だっ!」


 茨城童子は「片手間で仕留められる相手ではない」と判断して、左右に腕を広げて闇を灯した両掌を翳す!妖気乱舞発動!


「拙い!周りの邪気を浄化するんだ!」


 妖幻ファイター(茂部)は、即座に呪印を結んで周囲の空間を浄化するが、ヘイシ達には、その技量が無かった!周り空間が茨城童子に掌握され、周囲に漂っていた妖気が衝撃波となって、ヘイシ達に襲いかかる!数人は屋上の床を転がり、他の数人は手摺りから弾き出されて墜落をする!


「く、くそっ!」


 これで、屋上にいて応戦可能な戦士は、妖幻ファイター(茂部)だけになってしまった。


「鬼の幹部が出現をした!

 B班は引き続き子妖に対応しろ!

 C班には共闘を求む!屋上まで来てくれ!」

〈了解!現在の任務を維持します〉 〈了解!至急、屋上に向かいます!〉


 単身では苦戦必至を判断した妖幻ファイター(茂部)は、通信で援軍要請をする。




-中庭-


 屋上から中庭に弾き出されたヘイシ2人は、不運としか言い様が無かった。プロテクターに守られて命は失わずに済んだが、牛鬼の目の前に落ちてしまった。


「んぇっ?」

「人が落ちてきた?」


 逃げ廻っていた紅葉と麻由は、ヘイシ達に駆け寄る余裕無し。落ちた衝撃で体が痺れて動かないヘイシ達に、牛鬼が迫る。


「ブモォォォォッッッッッッッッッッッ!!!邪魔だっ!!」

「ひぃぃっっっ!!牛木さんっ!」 「俺達は味方です!」


 隊員達が呼び掛けるが、牛鬼には「ちょうど良い餌」にしか見えない!振り下ろした前足の爪がヘイシのプロテクターを貫いた!


「ぎゃぁぁっっっっ!!!」 「ぐわぁぁぁっっっっ!!!」


 ヘイシ達は、生命を肉体ごと吸収されて、プロテクターを残して消滅する。その光景を目の当たりにした紅葉と麻由は、「明日が我が身」と青ざめた。栄養補給を終えた牛鬼が、雄叫びを上げながら紅葉達に迫る。



 ザムシードと茨城童子は敵対関係。言うまでもなく、示し合わせたワケではない。だが、派遣隊が、茨城童子討伐の為に屋上に戦力を集中させたのは、ザムシードにとって、最適のタイミングだった。


「うおぉぉぉっっっっっっっっっっ!!!!」


 マシンOBOROを爆走させたザムシードが、生徒玄関に突っ込み、引き戸を突き破って、中庭に飛び出す!


「無事だったか!」


 細かい経緯は解らないが、紅葉達が危機に瀕しているのだけは、直ぐに解った。


「燕真っ!」 「佐波木さんっ!」


 ザムシードは、マシンOBOROを駆りながら、妖刀ホエマルを装備!牛鬼目掛けて突っ込み、その顔面に妖刀を叩き付けながら通過して、更にUターンで牛鬼に再突入をして体当たりをした!

 しかし、牛鬼の巨体は体勢を崩すのみで、マシンOBOROの方が、押し戻されて後退をする!


「さすがにデカすぎて、弾き飛ばすのは無理だったか!」


 マシンOBOROから降りて、妖刀を構え直すザムシード!


「燕真!やっぱり助けに来てくれたんだねっ!」

「当然だろ!オマエ達は、中庭から逃げろ!」

「ダメなの、逃げられないのっ!」 

「外に出られない結界に囲まれてしまいました!」

「・・・マジかよ?急ぎすぎて、何も考えずに飛び込んじゃった。

 また、爺さんや狗塚にバカにされそうだな。」


 ザムシードは結界が苦手。氷柱女の結界(第10話)や、星熊童子の結界(第11話)など、劣勢に陥った経験しか無い。言うまでもなく、雅仁みたく、相殺をして攻略する技術など無い。だが、「紅葉を救う為に、結界に飛び込んだ行動」に、少しの後悔も無い。


「ブモォォォッッ!・・・文架支部の若造か!?」

「ん?俺のことを知っている?・・・のか?」


 牛鬼は、前足の長爪を振り上げて、ザムシード目掛けて振り下ろした!ザムシードは、妖刀で応戦するが、力負けをして数歩後退!


「歯(は)が立たないなら、刃(は)を研ぎ澄ませば良い!」


 裁笏ヤマを装備して、属性メダル『斬』を柄にセット!2刀流で構えて、再び踏み込んだ!妖刀の切っ先が、牛鬼の振り下ろした右爪と激突!続けざまにザムシードの振るった裁笏で、牛鬼の右前足が切断される!


「ブモォォォォッッッッッッッッッッッ!!!」


 しかし、牛鬼が気合いを発すると、即座に、失った前足が再生されてしまう!


「げっ!マジで!!?」


 更に、牛鬼が吐き出した大型火炎弾がザムシードに着弾!高熱の影響で、周辺の、窓ガラスが割れる!


「燕真っ!」 


 ザムシードに駆け寄ろうとする紅葉。ザムシードは、全身が炎に包まれた状態で、手を翳して、「心配ない」と紅葉に伝える。


《LIMITER CUT!!・・・EXTRA!!》 


 炎の中で幾つのも光の輪がザムシードを包み、炎を弾き飛ばした!中から、EXザムシードが出現をして身構える!

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