紅葉編②暗転

第38話・紅葉(くれは)護衛計画



-YOUKAIミュージアム-


 「退治屋の方針」について説明を終えたあと、燕真&雅仁&佑芽は店に入り、粉木と砂影は事務室に残った。粉木が、スマホで有紀に電話をする。


〈どうしたの粉木さん?〉

「有紀ちゃん、すまんが状況が変わった。」

〈どういうこと?〉

「本部から嬢ちゃんの護衛が派遣されることになりそうや。

 その件で、燕真が戸惑っている。」


 紅葉の出生の秘密について、早急に紅葉に伝えるべきだが、まだ伝えていない。いきなり「父は人間ではない」「オマエは半分妖怪だ」と打ち明けられて、紅葉が平常心でいられるわけがない。動揺する紅葉に対する受け皿が必要だ。

 だから、先んじて燕真に伝えた。数日間、燕真の様子を見て、「受け皿の器がある」と判断した時点で、紅葉に伝える予定だった。燕真は、「霊感ゼロゆえに紅葉の異常性が把握できない」という特異性のおかげで、紅葉の出生を知ったあとも、紅葉への対応を全く変えていない。

 だが「退治屋の方針」を伝えたことで、それまでは「紅葉を身近に感じていた燕真」の様子が変わってしまった。「紅葉の調査」及び「紅葉の護衛を派遣する」という上層部の決断に対して、燕真が紅葉を、「自分の範疇では対応できない」「急に遠い存在になってしまった」と感じて動揺をしている。


「これでは、嬢ちゃんの受け皿になれん。」

〈本部の調査結果を待って明確な答えが出てから、紅葉に伝えるべきね。〉

「そうした方が、話を二転三転させて、嬢ちゃんを不安にさせずに済む。」

〈解ったわ。紅葉に打ち明けるのは、もう少し待ちましょう。〉


 通話を切り、大きく溜息を付く粉木。迷いながら紅葉を見守り続けた結果、思惑を越えた方向に話が進み出してしまった。


「こんな込み入った状況でぇ、吉報て言えるかどうかは微妙やけどね。」

「なんや?」

「ハイパーガルダ・・・雅仁の銀色メダルの件なんやけど・・・。」


 砂影は、雅仁の所持する銀色メダルに、雅仁を守る父親の念が隠っており、パワーアップの効果を発揮できないと把握した上で回収をしなかった。だから、雅仁が父の念を自分の念で上書きして、ガルダのパワーアップを果たすなど、想定していない。


「おう、どうだったんや?」

 

 粉木からの報告は受けていたのだが、直後に発生をした「喜田の暴走」の処理が優先された為に、調査が遅れてしまった。


「結論から言や、あらもう銀色メダルでないわ。

 雅仁自身の手でぇ、別のメダル・・・

 強いて言うがなら金色メダルに進化をしたが。」

「せやったら、魂が汚染されることは?」

「特殊事例やで‘絶対’とは言えんけどぉ、可能性ちゃゼロに近いわ。

 金色メダルちゃ、ガルダ専用のパワーアップアイテム。

 そーなした雅仁ちゃ大した才能・・・としか言い様が無いわね。」


 先代の宗仁が息子を守る為の結界を銀色メダルに施し、長い年月を掛けて破壊のメダルから守りのメダルに性質が変化して、雅仁による念の上書きで、全く別物の金色メダルに生まれ変わった。つまり、一朝一夕では為し得ない、狗塚家二世代による変化なのだ。


「デメリットちゃ、ハイパー発動時には、雅仁の消耗が著しいこと。

 そっちゃ、雅仁自身が理解しとるし、

 雅仁なら、無意味な承認欲求の獲得や、弱者に力を見せ付けるような、

 無駄な使用などせず、行使するべきタイミングを見誤らんやろうね。」

「そうか・・・そら良かった。」


 問題は山積している。だが、雅仁が闇に食われる心配は無いと知り、粉木は幾分かの安堵をした。




-山頭野川の東岸-


 河川敷の高水敷広場に高級車が停車しており、大武剛COOと、秘書の迫天音が、並んで辺りを見回していた。大武は、スーツ姿にもかかわらず、片膝を付いて、地面に手の平を乗せ、全身で龍脈の躍動を感じ取る。


「相変わらず素晴らしい地域だ。」


 文架市は、龍脈の優れた地域。死者の霊を呼び起こす場合、死者の念が強く隠った物や、対象が地縛された場所ならば、比較的、容易にクリアできる。だが、念が弱く、且つ、対象と縁の薄い場所で呼び起こすには、優れた霊脈の力が必要になる。

 夜野里夢が文架市と何の関係も無い弁慶&岡田以蔵&森長可の霊を呼び出せたのは、文架市の龍脈上で儀式をしたからだ。


「だが・・・素晴らしい地域ゆえに表裏がある。」


 古の日本には、強い龍脈の影響で数多の人間の念が集まり、‘大きな時空の歪み’が維持され、常に地獄界と隣り合わせになっていた一地域があった。その地は、事実上、地獄界の支配下にあり、様々な地獄の住人が闊歩して、「この世の地獄」と呼ばれていた。危機感を持った人間は、その地に結界を張って‘大きな時空の歪み’を封じ込める。

 だが、それで全てが人間の社会から排除されたわけではない。人間の持つ強い邪気に引かれて、地獄の住人は出現をする。


「それが、この文架市!」


 大武は、立ち上がって堤防上まで駆け上がり、鎮守の森公園の方角を眺めながら、空を受け止めるような勢いで両腕を広げ、堤防上で大の字に寝転がった。迫は、大武のハイテンションぶりを、些か引き気味に眺めている。


「だからこそ、この地には、奇怪な事件が頻発をするのだ!」


 龍脈に乗った霊気が集まる龍穴は、文架市街に4ヶ所ある。文架駅西側のロータリー、山頭野川の東岸広場、鎮守の森公園、そして、優麗高校。強い龍穴に結界を施すことで、地獄と繋がる‘大きな時空の歪み’は封じられている。

 駅西のロータリーは、粉木との会食前に確認をした。今ここで、河川敷と公園を確認した。優麗高には、これから赴く予定だ。


「迫君!どう思う!?」

「COOの思うままにどうぞ。」


 質問をされた迫は、大武のテンションを受け流して、冷静に回答をする。


「あっはっはっは!では、そうさせてもらうよ!

 俺は、退治屋の頂点を手に入れたのだからな!」

「お楽しみの横槍を入れるようで申し訳ありませんが、

 あまりハメを外さないようにお願いします。」


 彼は、周りに迫天音しか居ないと、時々、ハメを外しすぎて、子供の様にはしゃぐクセがある。密室内ならそれでも良いが、今は屋外。何処に人目が有るか解らないので、迫がたしなめた。


「そろそろ、源川紅葉さんの下校時刻ですよ。」

「おぉっ!そうか!もう、そんな時間か。」


 指摘をされた大武は、一呼吸して気持ちを抑えて‘いつもの大武剛’の表情を作る。




-優麗高-


 放課後になり、生徒玄関から生徒達が吐き出され、帰宅をする者、部活動に向かう者、それぞれの目的地へと向かう。その中に、紅葉と亜美の姿があった。

 伊原木が、2階の窓から紅葉を眺めている。紅葉は古典を専行しており、今日は伊原木の授業を受けたが、彼女からは、何の力も感知できなかった。


「あの小娘から感じた御館様の力は気のせいだったのか?」


 紅葉よりも、一緒にいる亜美の方が、霊力に優れているようにさえ見える。紅葉の中に主の魂が眠っているのならば、彼女の命などお構い無しに容赦無く引き裂いて、必要な物だけを引っ張り出す。だが、見当違いに普通の人間を殺害して、この地を追われるのは避けたい。確証の無い現状では、もうしばらく様子を見るしかない。


「んぉ?またいる?」


 紅葉と亜美が正門を通過すると、50mくらい北(紅葉達の帰宅方向の逆)の路肩に、黒塗りの高級車が停まっていた。先日の、喜田の車と似ている気がするが、車に興味の無い紅葉には、前回と同じ車か別の車かすら解らない(喜田の車は中破、停まっているのは別の車)。


「キタってヤツ、また来たの?」


 粉木に怒られて、本部に連行されたはずなのに、また「紅葉待ち」をしているのだろうか?


「チョット、見てくるね。」

「紅葉っ!危ないって!」

「今度は乗らないからダイジョブ!」


 紅葉は、首にぶら下げた‘新しい御守り’が、ちゃんと有ることを確認。亜美が止めるのを聞かずに車に近付き、フロントやサイドガラス越し中を覗き込んだ。

 紅葉の行動に、搭乗をしていた大武や迫の方が驚いてしまう。


「と、遠目に様子を見に来ただけなのだがな。勘の良い娘だ。」

「もの凄く怪しまれていますが、無視しますか?」

「我々は、彼女の調査と保護を約束したのだ。無視はできまい。」


 笑顔を作り、後部座席から出る大武。続けて迫も車外に出る。小柄(身長151センチ)の紅葉は、身長差約40センチの中年男性を、少し怪訝そうに見上げた。


「君が源川紅葉さんだね。」

「オッサンは誰?」

「私の名は、大武剛。怪士対策陰陽道組織のCOOだ。」


 大武は、ポケットから名詞を出しながら答える。


「んぇぇっ?しーおぅおぅ?この前の、干からびたクラゲもそんなこと言ってた。

 しーおぅおぅって沢山いるの?どっちかがニセモノなの?」

「干からびたクラゲ?」


 どうやら、前CEOの喜田を言っているらしい。独特な表現に対して、大武は呆気に取られ、隣に立つ迫は小さく声を漏らして笑った。


「干からびたクラゲは解任されて、私が代表を任されたのだよ。」

「かいにん?・・・ご懐妊?」

「解任。悪いことをしたので、クビになったってことだ。」

「クビかぁ~。死刑にはならなかったんだぁ?

 ワルいこといっぱいしたり、ニャンニャン(佑芽)泣かせたのに。」


 言うまでもなく、日本の一企業に死刑を実行する権限など無い。大武は、無邪気さに隠れて「直情的に残酷な言葉を発する紅葉」に、一般的な人間とは違う思考を感じ取った。


「申し訳ないが死刑にはできなくてね。

 だから代わりに、信任の私が、迷惑を掛けてしまった君達に謝罪に来たのだ。

 粉木さんには、つい先程、会ってきた。」

「・・・へぇ~、そうなんだ?ジイチャン、許してくれた?」

「ああ、謝罪を受け入れてくれたよ。

 粉木さんだけではなく、君にも謝らなければならないね。」


 深々と、十数秒ほど頭を下げる大武。紅葉は珍しく恐縮をしてしまう。


「虫のいい話だが、今後も粉木さんや佐波木君に力を貸してもらえないか?」

「んぇ?力を貸す??」

「代わりに、我々は、君を今回のような危険から全力で守る。」


 大武は、頭を上げて握手を求める。紅葉は、「今回の危険」程度で燕真から離れるつもりはない。だから、「部外者はクビを突っ込むな」ではなく、「退治屋サポーター」として存在を認めてもらえたのが嬉しい。


「ぅんっ!これからも、燕真と粉木の爺ちゃんを手伝ってあげる。」


 期待に応えるべく、紅葉は、大武が差し出した握手に応じた。大武は不敵な笑みを浮かべる。


「んわぁぁっっっ!!?」


 途端に、紅葉は、直径10mくらいの鉄球が飛んで来て弾き飛ばされたような錯覚に陥り、握手を離して、その場に尻餅をつく。何が起きた?一瞬のビジョンが何だったのか、理解ができない。



-校舎内-


 外での違和感に気付いた者が2人いた。多目的棟2階の窓から、伊原木鬼一が紅葉と大武の様子を眺めている。大武のただならぬ気配から目が離せない。


「むぅぅ・・・あの男」


 3階の生徒会室窓では、麻由が紅葉の変化を察していた。


「紅葉さん?どうしたのかしら?」


 今日の生徒会には、大した議題が無い。麻由は、司会を副会長に任せて、生徒会室から飛び出していく。



-校外-


 心配をした亜美が寄ってきて、後から、尻餅をついたままの紅葉を支える。


「クレハっ!どうしたの?大丈夫?」


 我に返る紅葉。眼前には、不思議そうに紅葉を見つめる大武と迫が立っている。


「気分が悪いのかしら?」

「足を滑らせたようだね。」


 迫が姿勢を低くして、紅葉の顔を覗き込む。大武は、紅葉を立たせる為に手を差し伸べてくれた。また、手を握った途端に、妙な錯覚に陥るのだろうか?紅葉は、恐る恐る大武の手を握るが、今後は妙なことは発生しない。


「足止めをしてすまなかったね。

 今日は君に挨拶と謝罪をしたかっただけなんだ。」

「ああ・・・ぅん。」


 大武は紅葉に軽く手を振り、迫と共に車に乗り込んだ。高級車が発車をして、紅葉と亜美が見送る。そこへ麻由が駆け付けてきた。


「紅葉さんっ!」

「んぁ?・・・麻由?」


 麻由の声を聞いて振り返る紅葉。麻由は、紅葉の顔を見て驚いた。


「紅葉さん?顔が真っ青ですよ。」

「ぅ・・・ぅん、チョット気持ち悪い。」


 紅葉は脱力をして、学校の塀に凭れ掛かった。紅葉の体を支える為に触れた麻由は、紅葉の体から‘不気味な熱さ’が沸き上がってくるように感じる。


「顔色が悪くて発熱・・・帰れますか?」

「燕真に迎えに来てもらう。」

「今日はバイト休んだ方が良いのでは?」

「バイトゎ行きたい。」

「私が部活動を早めに切り上げて、お店にお手伝いに行くので、

 今日は休んで下さい。」

「・・・ダイジョブ。」


 亜美も、心配そうに紅葉の顔を覗き込む。


「本当に大丈夫なの?」

「ぅん。」

「無理しないでね。」

「ぅん。」


 麻由と亜美の視点では大丈夫には見えないのだが、紅葉は「バイト行く」と言い張り、燕真に迎えに来るように連絡を入れる。



-大武の車内-


「あの子(紅葉)、随分と狼狽えていたみたいだけど、何かを仕掛けたの?」


 迫天音の質問に対して、大武が不敵な笑みを浮かべる。


「防御の結界(御守り効果)で、外部からの威嚇は遮断していたからな、

 握手をして、威嚇の妖気を直接送り込んでみたのだ。」

「あらあら、随分と手荒なことを・・・。」

「酒呑童子の落胤かもしれぬのだ。試したくなって当然だろう。」


 大武の威嚇に対して、霊感が弱い者なら気付きすらしない。下級~中級妖怪ならば消し飛ぶ。


「あの娘(紅葉)は、正面から弾き飛ばされたが、ダメージを負っていない。」


 鬼女魍紅葉の生まれ変わり程度ならば、消し飛んだか、ダメージを負ったはず。つまり、源川紅葉の内側には、上級以上の妖怪が潜んでいる。


「くっくっく・・・非常に愉快だ。」

「あら?憎き酒呑童子が尻尾を見せたのが嬉しいの?」

「好敵手の残りカス・・・

 惨めすぎる姿が滑稽で、笑いを堪えるのが大変だったよ。」


 紅葉は、ダメージを受けなかったものの、為す術も無く無様に弾き飛ばされた。そして怯えていた。大武は、その光景に思い出し笑いを堪えきれない。




-優麗高-


 数分後、燕真がバイクを駆って紅葉を迎えに来る。いつもならば「面倒臭い」「自力で来い」と文句を言うのだが、紅葉との接し方に戸惑っており、且つ、紅葉が心配なので、素直に「迎えに来い」を受け入れた。


「おいおい、大丈夫か紅葉?今日は店は休んで、家で寝てろ。」


 紅葉は、自力でタンデムに乗るが、燕真の背中にベッタリと凭れ掛かったまま元気が無い。


「ダイジョブ。お店行く。」


 燕真の視点でも大丈夫には見えないのだが、紅葉は休むことを受け入れない。


「全然、大丈夫に見えない!

 そんなにYOUKAIミュージアムに行きたいなら、ジジイの家で寝てろ。」


 麻由に自転車を預け、麻由と亜美に見送られ、紅葉をタンデムに乗せた燕真が、バイクをスタートさせる。



-文架大橋東詰-


「ねぇねぇ、燕真。オオタケってヤツ、キモくね?」

「・・・はぁ?」


十数分前にはグッタリしていたはずの紅葉が、急に元気良く喋り出した。


「オオタケって・・・大武COOのことか?」

「ぅん、そう!しーおぅおぅ!強盗犯みたい顔してるクセに偉いの?」

「退治屋のトップだよ。」

「ゴリゴリしていてキモいよね!?

 一緒に居るアイジンみたいなエロい人ゎ、なんかネチョネチョしてるし!」


 大武はトップで、燕真はヒラ。燕真は、大武を見たことはあるが、サシで会話をするような関係ではないので、彼の人間性が解らない。「一緒に居るアイジン」とは、秘書の迫天音のことだろうか?「エロい人」という表現は、チョット解る。まぁ、大武、迫は、どちらも未婚なので、愛人というか、歳の離れた恋人だったとしても不思議ではない。


「(俺すら会ってねーのに)会ったのか?」

「ぅん。なんか、キタ(前CEO)が悪い事してゴメンナサイって言ってた。

 でも、ゴリゴリとネチョネチョでキモかった。」

「キモくはない。」

「えぇ~~・・・強盗犯ゎゴリゴリで、エロい人はネチョネチョだよぉ。」


 燕真には、紅葉の言う「ゴリゴリ」と「ネチョネチョ」がどんな状況なのか、全く解らない。


「・・・てゆーか、なんでそんなに元気なんだよ?

 さっきまで死にかけてたじゃん!」

「ん~~~・・・よくワカンナイけど。元気になった。」

「俺をアシに使う為の仮病か?」

「チガウよぉ~!ァタシが燕真をダマすわけないぢゃん。

 ホントに超気持ち悪かったんだよ~。」

「まぁ・・・ワガママのゴリ押しで迷惑を掛けられることは頻繁にあるが、

 確かに、騙したことは無い・・・かな。(嘘付いてもスゲー解りやすいし)」


 YOUKAIミュージアムに到着する頃には、紅葉は、いつも通りの小煩い小娘に戻っていた。



-数十分後・YOUKAIミュージアム-


 紅葉は、いつもと変わらずにバイトに精を出している。紅葉を心配して、部活動を早めに切り上げて(帰宅後に自主練予定)手伝いに来た麻由は、「来る必要が無かった」と呆気に取られてしまった。


トントン

「勘平さん、在室していますか?」

「なんや?入って、ええで。」


 麻由が事務室の扉をノックして、粉木の許可を受けてから入室する。室内では、粉木と砂影が向かい合わせでソファーに座っていた。麻由にとって、砂影は恋敵。ツーショットを見ると、少なからず意識をしてしまう。


「どうしたが?」

「念の為に、ちょっと、話しておきたいことがありまして・・・。」


 粉木が着席を進めたので、麻由は粉木の隣に腰を降ろす。


「紅葉さんの件なのですが、佐波木さんからは聞いていますか?」

「迎えに行った時は体調不良やったことか?

 聞いてはいるけど、見る限り、元気いっぱいやんな。」

「はい、その件です。何故、短期間で体調が改善したのかは不明ですが、

 紅葉さんが体調を崩したキッカケには、些か違和感がありました。」

「どういうこと?」

「話してみい?」


 麻由は、「校外の正門側で、一瞬だけ妙な気配を感じて、窓の外を見たら大きな男性の前で、紅葉が尻餅をついていたこと」、「紅葉が大柄男性に対して怯えていたように見えたこと」、紅葉曰く「大柄男性はオオタケしーおぅおぅと名乗っていたこと」を説明する。


「勘平、確か、この娘は・・・?」

「家督的にはオヤッサン(葛城昭兵衛)の、血統的には本条の孫や。

 アポロ事件で、潜在していたモンが覚醒しおった。

 お嬢ほどやないけど、高い感知力を持っている。」


 麻由が感知したのなら、「気のせいではない」と粉木は判断する。


「私が合流した時の紅葉さんは、顔色が真っ青で、

 ただの風邪とは思えない程に発熱をしていました。

 だから、たった数分で回復したのが信じられなくて・・・。」


 粉木と砂影の目付きが厳しく変化をする。話を総括すると、紅葉は、大武COOに何かをされて、一時的に体調に変調をきたしたことになる。


「お嬢は、何かされたと言うておったか?」

「いえ、特には・・・。中年男性と握手をしただけ・・・と。」

「そうか。報告、おおきに。

 あとは、こっちで精査するから、店内に戻ってええで。」

「・・・は、はい。」


 部外者の麻由を外して、粉木と砂影で今の情報を精査するつもりらしい。麻由は、砂影に対して少し嫉妬をしつつ、「自分がこの場に居ても、何の足しにもならない」と理解して、素直に退室をする。


「なんなの彼女?勘平ばかりを見て、私とは全く目を合わせなかったわね。」

「まぁ・・・彼女には彼女なりの事情っちゅーもんがあるんや。」


 麻由にとって、粉木は、好意を寄せる殿方であり、砂影は恋敵。麻由の視点では、麻由×粉木×砂影は恋の三角関係。ただし、砂影からはライバルと認識されておらず、肝心の粉木からは眼中に入れられていない。


「なぁ、滋子。諄いようやが、大武はんは信用してええんか?」


 大武は、粉木達には事前許可も事後報告も無いまま、紅葉に会って、何かを試したのだ。握手後に紅葉が変調をしたのは、直接的に合気の類いを叩き込んで、紅葉の反応を確認したと解釈できる。


「大武副代表は、現場の気持ちを理解してくれる信頼できる人物よ。

 副代表なりに、迅速に何かの調査をしたんでしょうね。」

「上の方針は、下っ端のワシ等では、よう解らんちゅーことか。」


 粉木は、自分の縄張りを土足で荒らされたように思えて些か不満だが、大武は、喜田とは違って、身勝手な実力行使をしたわけではない。現時点では、大武を信頼する選択肢しか無いのだ。




-夜・紅葉のマンション-


 自室のベッドで就寝中の紅葉が唸っている。



 夢の中の紅葉は、燕真から事後報告を受けただけで、直接的には見ていない「富運寺の鬼討伐」に参加をしていた。だから、「これは夢だ」と解った。


「ンォォォォォォォッッッッッッ!!!」


 仏殿の屋根から上半身を出した紅葉が、地上でひしめいている手の平サイズの鬼達を次々と叩き潰す。


「御館様が、巨大小娘に!?・・・そんなバカな!?」


 声は聞こえるのだが、何故か、紅葉は一切耳を傾けない。足元で懸命に名を呼ぶ伊原木鬼一先生に向かって、容赦無く手の平を振り降ろした。何で、夢に、何の思い入れも無い伊原木先生が出演しているのだろうか?特に恨みは無いんだけど、虫みたいに潰しちゃった。


「・・・どうやって、紅葉を倒す?」

「あの巨大紅葉ちゃんは、酒呑童子のメダルを依り代にして集まった闇の塊。

 依り代を潰せば、巨人は消滅する!」


 眼前に残ったのは、EXザムシードとガルダのみ。手の平サイズの2人が、紅葉を見上げている。紅葉には、何故、ザムシード達が小さいのか解らない。いや、周りの建造物や木々を見る限りでは、ザムシード達が小さいのではなく、紅葉が巨大なのだ。


「死力を尽くして、ここで巨大な化け物を倒す!」


 ガルダは、巨大紅葉の正面に立ち、鳥銃を構え、光弾を連射する!全然痛くないんだけど、なんかムカ付くので追い回す巨大紅葉。

 その間に、EXザムシードは巨大紅葉の真横に移動して、炎に包まれた妖刀を構えて突進をしてきた!


「ンォォォォォォォッッッッッッ!!!

 嫌だぁぁっっっっ!!!なんで、燕真が、ァタシを攻撃すんのっっ!!」



「んわぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!」


 跳び跳ねるようにして起き上がる紅葉。途中から「これは夢だ」とは解っていたが、最悪の夢だ。


「なんで、燕真がァタシを攻撃すんの?」


 夢とは、深層心理が見せるビジョン。燕真達と並んで、闇の巨人と戦う夢を見るなら納得できる。だけど、燕真と敵対する夢なんて有り得ない。もの凄く嫌な気分だ。 ちなみに、自分が巨大化していたことは、この際、どうでも良い。足元で叫んでいた伊原木先生を叩き潰した件は、燕真との敵対に比べれば、極めて些細な問題だ。


「燕真とァタシが戦うワケないぢゃん。」


 これまでに、燕真が死んじゃう夢や、燕真がいなくなっちゃう夢や、燕真が女の子とラブラブな夢を見て、凄く嫌な気分になったことは何度かある。燕真と戦う夢は、それらと同じくらい嫌な夢だった。



-紅葉の部屋の隣・有紀の寝室-


 有紀は、ベッドに腰を降ろして、窓の外を眺めていた。紅葉に「普通の人間ではないこと」を伝えるべき時期だというのは解っている。粉木からは「受け皿となる燕真が戸惑っているので、今は打ち明けるタイミングではない」と言われた。また、先日には「真実を知った燕真が、紅葉の受け皿になることを選ぶかは、強制はできない」とも言われている。


「母親として、責任を持って打ち明けて、受け皿になるべき?」


 このまま、燕真や粉木任せにして良いのだろうか?母親としての責務から逃げているのではないか?不安で仕方が無い。


〈有紀。〉


 聞き馴染みのある声が、悩む有紀に優しく語りかけた。


「崇さん?」


 それは、紅葉の父・崇(酒呑童子)の声。有紀は、崇を探すが、彼は何処にもいない。窓ガラスの中だけに崇の姿があり、穏やかな表情で、有紀の隣に座っている。18年前に消滅をして魂だけになった彼にできる精一杯の接触だ。


〈君には心痛ばかりかけてスマナイね。

 紅葉のことは、しばらく、僕に任せてくれないか?〉

「何をするつもりなの?」

〈彼女が、自分で自分を守れるように、自己防衛力を付けてもらう。

 その後は、少々難易度が高そうだが、僕なりにやれるだけのことをやってみる。〉

「私は何を手伝えば・・・?」

〈君は、自分自身が動きやすい状況を守ってくれ。

 君が動くべき時に何もできなくては、僕自身もお手上げになってしまうからね。〉


 崇の諭すような口調のおかげで、有紀の焦りは幾分かは収まった。


「僕が想定していたよりも、紅葉の正念場が早くなってしまった。

 だが、受け入れるしかあるまい。

 そして、紅葉や、彼女が信頼する若者達を信じよう。

 これも紅葉が越えるべき試練なのだろうからね。」


 頷く有紀。窓ガラスの中だけに映っている崇は、穏やかに微笑んで消える。


「ありがとう、崇さん。覚悟は決まったわ。」


 紅葉が、人間としての正念場を迎えようとしている。きっと辛い事も否応なく体験するだろう。紅葉に耐えられるのか?心配で仕方ないけど、手助けはしないし、口も挟まないと決めた。彼女の未来は、親が導くものではない。紅葉と、彼女を大切に思う若者達によって、紡がれていくと信じている。




-翌朝-


 自転車を学校に置いて帰宅をしてしまった為、紅葉は、燕真のバイクに乗せてもらって登校をする。いつもの燕真ならば、「徒歩かバスで行け」と断るのだが、紅葉が心配なので、素直に「学校まで送って」を受け入れた。


「ねぇねぇ、燕真?」

「ん?」

「もし、ァタシが巨大化をして、燕真を踏み潰したら、燕真ゎど~する?」

「・・・はぁ?どうするも何も、踏み潰された時点で死んでるから、何も出来ん。」

「言い方間違えた。大きなァタシが燕真を踏み潰そうとしたら、ど~する?」


 唐突な話題に対して、燕真は巨大紅葉を想像する・・・が、想像できない。


「オマエ、巨大化できるの?」

「できないよぉ~。」

「不可能なifには答える意味がねーだろ。」

「もしもの話だってば。燕真ゎ大きなァタシをやっつける?」


 燕真は、改めて巨大紅葉を想像する。


「逃げる・・・かな?

 ただでさえ騒がしいオマエに巨大化なんてされたら、煩くて仕方がない。」

「んぇ~~~~・・・アニメとかの‘あるある’みたいに、

 ギューってやって元に戻してくれないの?」

「オマエ、巨大化していて、俺を踏み潰そうとしてんだろ?

 通常サイズの俺がどうやって抱きしめるんだよ?

 抱きしめる前に踏み潰されてしまうぞ。」

「そっかぁ~・・・なら、巨大化なんてしない方がイイね。」

「そう言う思案は、巨大化できるようになってから考えてくれ。」


 バイクは、文架大橋西詰め交差点を右折して、優麗高方面へ向かう。目的地が近付くにつれ、自転車や徒歩で登校をする優高生の数が増え、彼等は「バイクの後ろに乗って登校する優高のブレザー」を見て、「誰だろう?」と眺めた。


「ねぇねぇ、燕真?」

「ん?」

「いつまでも隠していないで、付き合ってること、皆に言っちゃおうか?」

「・・・・・・・・・・・・・はぁ?」


燕真は、一瞬目眩がして、ハンドル操作を誤って対向車に突っ込みそうになった。



「付き合ってねーだろ。」

「あれ、そ~だっけ?」

「隠すつもりがあるなら、俺に送迎をさせるな。」

「んっ!ワカッタ。隠すのやめる。」

「いやいや、そうじゃなくて、送迎させるのをやめろ。」

「ん!ワカッタ。送迎させないようにガンバル。」


 やがて、優麗高の正門前に到着。タンデムから降りた紅葉は、被っていたヘルメットを燕真に渡して、何度も振り返って手を振りながら、校庭を駆けていく。

 見送った燕真は、自分の腹に手を宛て、先程まで廻されていた紅葉の腕の感触を意識する。いつの頃からか、紅葉が燕真の腰をシッカリと掴むのが当たり前になっていたが、今日は、いつも以上に力が込められていたように思える。


「アイツが巨大化したら・・・か。」


 突拍子のない質問に対して、燕真は曖昧な回答しかしていないが、彼女には伝えなかった明確な答えはある。紅葉が巨大化をして、燕真を踏み潰そうとしても、燕真は戦えない。武器を捨てて、必死になって言葉を投げかけ、紅葉を元に戻す手段を探すだろう。

 以前、紅葉が、燕真の妖幻システムを勝手に持ち出した時、燕真は「無茶ばかりしたら怒鳴る」と言ったことがある(第3話)。だから、あまりにも聞き分けが悪ければ、怒鳴りつけて頬を平手で打つくらいはするかもしれない。


「でも・・・オマエ(紅葉)に、刃を向けたりはしない。

 俺に、そんなことが・・・できるわけないだろ。」


 校内で、人気トップレベルの美少女を送った青年を、優高生達は「彼氏?」「兄貴?」と、珍獣扱いをして眺めている。もの凄く居心地の悪い燕真は、早々にバイクをスタートさせて、優麗高から離れていった。


 ・・・で、やや余談になるが、昨日、紅葉の自転車は、麻由が預かって駐輪場に戻し、鍵はバイト合流時に紅葉に返した。受け取った紅葉は、帰宅後に自室の机の上に鍵を置いて、そのまま忘れてきた。

 その為、本日は自転車で帰ることができず、燕真に連絡を入れて迎えに来てもらうことになる。


「・・・たくっ!どこが‘送迎させないようにガンバル’だよ!?」




-東京都・怪士対策陰陽道組織(退治屋)本社-


 最上階の会議室で幹部達に囲まれた前CEOの喜田は、目を丸くして驚く。喜田は、本部に呼ばれて、解雇通知を受けるのだと観念をして出社した。だが、想定と違った。


「バカな?俺を疑っているのか?」


 幹部クラスしか入室できない保管庫から、闇の生命(酒呑童子)を封印したメダルが喪失した。防犯カメラに、立ち入る者は映っていない。だが、保管庫への入室に使われたコードが、喜田の所有するコードだった。


「前CEOしか知らないはずのコードを他者に漏らすのは職務規程違反。

 前CEO自身がメダルを持ち出したなら論外。

 どちらに転んでも、貴方は終わりですね。」

「・・・くっ!」


 喜田は、持ち出し厳禁の最重要メダルなど盗んでいない。だが、「コードを外部に漏らしてしまった可能性は無い」とは言い切れない。数日前まで、「俺に歯向かう者などいない」「何かあっても権力を行使して黙殺できる」とタカを括っていたので、身辺のセキュリティ自体が甘くなっていた。


「誰かが、俺を陥れる為に、俺に罪を被せようとしている!」


 約4ヶ月前、保管庫から酒呑童子を封印した『酒』メダル3枚が盗難された時、喜田は、ロクに調査もせず、専用コードを使用した前CFO(最高財務責任者)の遠斉武実(えんざい むじつ)の罪と決めて、解任、及び、解雇をした。まさか、全く同じ状況が、今度は自分自身に降りかかるとは思ってもいなかった。


「前CEOを陥れることに、何のメリットがあると?」

「我々には、既に落ち目の貴方に構っている余裕など有りませんよ。」

「余計な仕事を増やさないでもらいたい。」


 しばらくは黙って聞いていた大武COO(CEO兼務)が、「これではただの罵り合い」と感じて口を開いた。


「前CEOの仰る通り、何者かが罪を被せようとしている可能性はゼロではない。」


 保管室の扉のコードが入力された時間帯に明確なアリバイがあるのは、幹部達と各秘書のうちの半分以下。大武は、コード入力の数秒前にトイレに入る姿が、廊下の防犯カメラに映っている。秘書の迫天音は、秘書室で業務を熟す姿が、廊下からCOO秘書室までをカバーする防犯カメラに映っている。数人の幹部は、廊下で雑談をしたり、エレベーターに乗る姿が記録されている。だが、他の幹部や秘書達は、室内に籠もっていたか、外出中で、犯行時刻のアリバイが無い。


「おぉ!信じてくれるのか、大武君!」

「館内全てを対象に、盗難メダルの捜索を行う!

 もちろん、最初に捜査を入れるのは、提案者である俺の部屋(COO室)だ。」


 大武の清廉な態度を前にして、反論する者はいなかった。自身が模範となる提案によって、大武は幹部達の掌握に成功する。


「そうと決まれば、早い方が良い。

 早速、捜索班を編制して、我がCOO室から捜索に入ってくれ。」


 本部所属の隊員で捜索をすると、何らかの忖度が働く可能性がある為、捜索班は同ビル内の東東京支部の隊員で編成されることが決まった。




-2時間後-


 余すところのない捜索を終えて捜索班の去ったCOO室で、大武と秘書の迫天音が、ソファーに座って寛いでいた。これで潔白が証明された。疑惑の最有力者たる喜田は、CEO室のみでなく、自宅の捜索も予定されているので、当分は動けないだろう。政敵になる可能性があった前CFOの遠斉は、4ヶ月前に権力の外側に追い出した。全てが予定通りだ。


「うふふっ、順調ね。」

「ああ。俺以上に妖幻システムを知る者は、全て封じ込めた。

 もう、喜田の派閥の連中すら、喜田の言い分には聞く耳を持たぬだろう。

 他の幹部共は、日和見連中ばかり。これで、退治屋は俺の兵隊だ。」


 大武は、口を大きく開けて手を突っ込み、胃袋からメダルを掴み出して、テーブルの上に並べた。『酒』の文字が刻まれている。


「室内と所持品は全て検査した・・・が、まさか、腹の中にあるとは思うまい。」

「あら?まだ、他の部屋で捜索をしているのに、随分と余裕ね。」

「クックック・・・俺は盗難事件の部外者と決定したのだ。

 この部屋に何が有っても、疑われることはあるまい。」


 退治屋のシステムに侵入して、他の幹部のコードを得るなんて簡単なこと。大武や迫が保管庫の防犯カメラにさえ映らなければ、疑われる余地は1つも無い。わざわざ、他の防犯カメラに映ってアリバイを作ったのだから、尚更だろう。


「尤も・・・疑われる可能性は、徹底的に排除するがな。」


 大武は、テーブルの上に置かれた『酒』メダルを満足そうに眺めたあと、摘まみ上げて、再び腹の中に飲み込んだ。


「さて・・・迫君。

 牛木CSO(最高戦略責任者)と東東京支部の砂影さんを呼んでくれ。」

「あら、CSOはともかく、小煩い老婆(砂影)まで?」

「優れたリーダーは、細部にまで配慮をしなければならないからな。」


 次は、文架支部に「源川紅葉の護衛隊」を派遣することになる。文架市では、かなりの荒療治が必至なので、下っ端の兵隊共(文架支部)を黙らせ、且つ、効率的に働かせる為に、砂影のような人材は必要なのだ。



 数日後、大武COOの指示で、紅葉の護衛隊が編成された。

 本来ならば、本部直轄業務なので本部所属の隊員の任務なのだが、遊撃隊の喜田栄太郎&音積洋&根古礼奈(大魔会離反者の奇襲で死亡)、同じく遊撃隊の猿飛空吾(大魔会離反者との交戦で死亡)、本部常駐の茂面慎吾&日部光(喜田御弥司暴走の犠牲になる)等々、任務に支障が出るほど多くの戦死者を出している。その為、各所から寄せ集めた部隊が文架市の集結をした。


 牛木義雄(うしき ぎゆう):派遣隊リーダー、CSO(最高戦略責任者)。

 砂影滋子(既出):サブリーダー、東東京支部所属。


 茂部園太(もぶ そのた):本部直轄(常駐)の妖幻ファイター。

 高菱凰平(たかびし おうへい):本部直轄(遊撃隊)の妖幻ファイター。

 田井弥壱(既出):東東京支部所属の妖幻ファイター。燕真の先輩。

 甘利亜真里(あまり あまり):東東京支部所属の妖幻ファイター。

 七篠権兵衛(ななしの ごんべえ):文架支部を統括する支店の妖幻ファイター。


 他、サポートのヘイシ(一般隊員)多数。


 ※牛木と、既出の砂影&田井以外はモブ。




-YOUKAIミュージアム-


 派遣された護衛隊のうち、顔馴染みの砂影、1年前まで文架支部に所属していた田井、リーダーの牛木、そしてエリート風を吹かせた高菱が、YOUKAIミュージアムに顔を出した。


「お邪魔するよ。」

「お久しぶりです、粉木さん、燕真!

 うわっ!俺がいた頃は潰れかけの博物館だったのに、茶店になってる?」

「初めまして、統括責任者の牛木です。」

「俺様が高菱だ。本部に所属している。」


 燕真、雅仁、佑芽、粉木が、店内で迎え入れる。


「おおっ!田井さんが来てくれたんですか!」

「CSOまで?本部は本気ということか。」

「あっ!高菱さん、お疲れ様です。」

「ご苦労やったの。まぁ、茶でも飲んでいけ。」


 牛木と砂影は、粉木に案内されて事務室へ。田井は、軽口で燕真を手招きしながら適当なテーブル席に座り、高菱は、雅仁と佑芽の目の前のカウンター席に座った。


「佑芽ちゃん。姉さんの(根古礼奈)の件、力になれなくて申し訳なかった。」

「ああ・・・いえ・・・。」

「礼奈と俺は切磋琢磨する関係。

 礼奈は、俺と共に退治屋の未来を支える人材だった。

 礼奈が失われたなんて、今でも信じられない。」

「・・・・・・・・・・・・・」

「君は、礼奈が残した大切な妹だ。

 困ったことがあれば、礼奈の代わりに力になるから、いつでも相談してくれ。」

「・・・・・・・・・・・・・」

「いつまでも礼奈の御霊に捕らわれて落ち込まず、元気な笑顔を見せてほしい。」

「・・・・・・・・・・・・・」


 佑芽は、まだ、姉を失った心の傷が癒えたわけではない。しかも、文架市に来て、姉の死を乗り越え、本来の明るさを取り戻す努力をしている。

 絶句中の佑芽を気遣い、雅仁が前に出る。すると、高菱は、挑戦的な眼で雅仁を睨み付けた。


「久しぶりだな、狗塚。」

「ん?・・・あ・・・ああ・・・そ、そうだな。」

「就学時代以来か?」

「そ、そうなる・・・かな?」

「君や礼奈に首席は奪われたが、俺は、俺が君に劣るとは思っていない。

 いや、実戦では、勝っていると自負している。

 その証拠に、俺はエリートコースとも言うべき本部所属だ。

 同期で本部に配属されたのは俺と礼奈だけ。

 俺の実力は、今回の任務で、証明してやるよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 高菱と会話をする雅仁の様子がおかしい。言葉の歯切れが悪く、高菱との会話を露骨に嫌がっている。「何らかの因縁や後ろめたさでもあるのでは?」と感じた佑芽が寄って行って、雅仁をカウンターの隅に引っ張り、待ち構えていた燕真が高菱に背を向けて肩を組み、コーヒーメーカーにコーヒー豆を入れて稼動させつつ、高菱に聞こえないように小声で話し掛けた。


「なぁ、狗。オマエ、またなんか粗相をしたのか?」

「していない・・・と思う。・・・というか‘また’とは何だ?

 俺は粗相などしない。」

「だったら、なんで、苦手意識丸出しな雰囲気で喋りにくそうにしてんだ?」

「馴れ馴れしく話し掛けてくるのだが、彼が誰なのか解らないんだ。」

「はぁ?アイツはオマエを知ってる感じだぞ。」

「えっ?解らないんですか?あの人、お姉ちゃんの同期ですよ。

 お姉ちゃんのことが好きだったらしくて、頻繁に言い寄ってたので覚えてます。

 でも、お姉ちゃん的には全く眼中に無くて、相手にしていませんでした。

 直接話してみて、お姉ちゃんがウザがっていた理由が解ったような気がします。

 ‘何様のつもり?’って感じがしますよね。」

「まぁ、佑芽ちゃんの個人的感情は、とりあえず置いておいて、

 佑芽ちゃんの姉さんと同期ってことは、オマエ(雅仁)と同期じゃん。」

「同期なのに覚えてないの?」

「全く覚えていない。

 5~6年も前なんだ。普通は覚えてないだろう。」

「いやいや、普通は覚えてる。オマエは、もう痴呆が始まっているのか?

 たった5~6年前のことくらい覚えておけよ。」

「沢山いる就学生のうちの1人など、覚えていなくても仕方無いだろう。」

「なぁ、佑芽ちゃん?就学生って数百人単位なのか?」

「就学生は通常で10人前後。多くても、20人程度だよ。」

「同期20人を覚えられないって、どんな記憶力をしているんだよ?」


 就学当時の雅仁は、「父の無念を晴らす為に強くなる」ことが全てであり、他者との共存や、人生を楽しむことなど、考える余裕が無かった。だから、意識的に話し掛けてくれた根古礼奈のことすら、リンクス事件で礼奈の霊と対面するまで忘れていた。そんな有り様では、他の同期など記憶しているワケが無い。


「眼中に無いどころか、記憶に無いのか?さすがは狗。ヒドいな。」

「だから、馴れ馴れしく話し掛けられて、対応に困っていたんだね?」

「う、うむ・・・そういうことだ。」

「ライバル心が剥き出しって感じの高菱さんが可哀想になってきたね。」

「彼を‘ついで扱い’でディスった佑芽ちゃんの所為で尚更な。」


 高菱凰平は、ライバルと意識する雅仁の記憶には無く、好意を寄せていた根古礼奈にはウザがられ、しかも、たった今、佑芽に嫌われてしまった。燕真は、「可哀想な扱い」をされていることなど微塵も知らずに、横柄な表情でコーヒーを待っている高菱をチラ見して、少し同情した。


「ぜ、前途多難・・・だな。」


 やがて煎れ立てのコーヒーが仕上がった。燕真は1人分のコーヒーを持って、田井のテーブルに運んぶ。


「なんで博物館をやめて茶店にしたんだ?発案者は燕真か?」

「俺はノータッチです。ちなみに博物館は2階にありますよ。

 久しぶりに見ていきますか?」

「いや、見飽きている。」

「そう思うでしょ?

 でも、最近は、時間限定だけど、優秀なギャラリーアテンダントがいるので、

 博物館の評判も良いんすよ!」


 燕真は、そのまま向かい合わせに座わって、田井との近況報告を楽しんでいる。


「事務室のコーヒーは私が運びますね。」

「あっ!しまった!」

「佐波木さんは先輩さんとの会話が弾んでいるみたいなので、

 雅仁先生は、高菱さんの相手をお願いします。」

「・・・くっ!」


 佑芽は3人分のコーヒーをカップに注いでトレイに乗せ、サッサと事務室に運んでいった。仕方無く、雅仁が1人分をカップに注いで、高菱の前に運んだ。


「コーヒーだ。」

「フン!見れば解る。君は俺をバカにしているのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 高菱は、相変わらず挑戦的な眼で、雅仁を睨み付けている。雅仁は、ただでさえ雑談が苦手なのに、相手(高菱)は雅仁のことを知っていて、自分は高菱のことを全く知らない。これは、凄まじく不利。どんな思い出話をされても、雅仁には対応が出来ない。


「就学時代のオリエンテーリングでは君のチームに惨敗をしたが、

 あれは、君のパートナーが礼奈だったからだ。

 決して、君の力で俺に勝ったワケではない。」

「そ・・・そうかもしれんな。」


 雅仁はオリエンテーリングをした記憶はあるが、パートナーをした女子について、つい最近まで知らなかった。周りが素人だらけの状況で、「勝って当たり前」だったので、トップでゴールをしたことを喜んだ記憶も無い。言うまでもなく、他のチームにどんなヤツが居たのかなんて覚えていない。


「模擬戦の時は、俺のパートナーが無能すぎたせいで、俺が敗北したんだ。

 サシの勝負なら、決して負けはしなかった。」

「そ・・・そうかもしれんな。」

「筆記試験に関しては、君が幼少時から陰陽を学んでいたのに対して、

 俺は数ヶ月しか学んでいないのだから負けて当然だろう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「飛び級で一足早く卒業をした君は勝ち逃げをしただけ。

 卒業時の俺は、君と同等以上に育っていた。」

「・・・そ、そうか。それは良かった。」


 雅仁は全く覚えていないのだが、要点を纏めると「高菱の全敗」だったらしい。


「同期の中で、礼奈の人気はダントツだった。

 俺は、そんな礼奈と、一緒に買い物に行くほどの仲だった。

 君はどうだ?礼奈との買い物など、行ったことなどあるまい。」

「あ・・・ああ・・・無いな。」

「フッ!だろうな!」


 十数人の同期の中で、「礼奈の人気はダントツ」と言われても、女性が何人居たのかすら覚えていない雅仁は、根古礼奈の凄さが解らない。高菱は礼奈を「憧れのマドンナ」のように扱っているが、礼奈は雅仁を好いていたので、実質的には、「買い物に行った高菱」ではなく、「想い人の雅仁」の勝ち。ただし、雅仁と高菱は、礼奈が誰を好きだったのか知らない。




-事務室-


 佑芽がコーヒーを運ぶと、粉木は困惑の表情をしていた。佑芽は「場違い」と肌で感じ取り、テーブルの上にコーヒーを並べて、牛木CSOと砂影に軽く会釈をして、早々に退室をする。粉木達は、佑芽が去ったのを確認してから、止めていた会話を再開させた。


「嬢ちゃん(紅葉)の存在が、激しい戦いを巻き起こす・・・か。

 いきなり言われてもい、直ぐには信じられへんな。」


 酒呑派閥の残党は、紅葉の中に眠る酒呑童子の魂を得る為に動き出す。同族の抵抗勢力は、酒呑を抹殺する為に動き出す。


「酒呑派閥の抵抗勢力・・・鬼神・大嶽丸の軍勢やな。」


 約20年前までは、酒呑軍と鬼神軍の力が拮抗していたが、先代ガルダによって、酒呑軍は大きく力を失った。

 酒呑童子の魂の所在が判明した今、酒呑軍の残党は、紅葉の中に眠る酒呑の魂を獲得して、復権を目指すだろう。そして、鬼神軍が、それを黙って見逃すはずがない。 確実に、紅葉の争奪戦が起こるのだ。

どちらの勢力が勝っても、退治屋を絡めたパワーバランスは崩壊をする。勝った勢力が次に狙うのは人間界。妖怪同士の力の拮抗が消滅した状況では、止める者は退治屋だけしかいなくなる。


「全面衝突が発生すれば、どれほどの犠牲者が想像もできない。

 だからこそ・・・精鋭で編成された護衛隊の我々が動くんです。」


 文架支部の戦力だけで、地獄の鬼同士の抗争を回避するのは不可能。派遣隊の責任者が最高幹部の一角という時点で、粉木は「本部の本気度」を感じていた。

 粉木は、紅葉を本部に託す決意をする。これで、紅葉の処遇は、粉木の手から放れて、本部の管轄になった。


「・・・頼むで、牛木さん。」


 だが・・・粉木は気付いていない。何故、護衛隊に、文架支部と気心の知れたメンバー数人が選ばれたのかを。


 砂影がいれば、粉木は信用をする。田井がいれば、燕真は反発しにくい。高菱がいれば、雅仁と佑芽は一定の安心をする(・・・思っていたけど、既に目論見は外れている)。砂影や田井は、任務の本当の目的を報されないまま、文架支部が勝手な行動を起こさないように抑え込む任務を宛がわれているのだ。


 文架入りをした妖幻ファイター5人のうち、YOUKAIミュージアムに合流をしたのは、田井と高菱の2人だけ。残る3人、茂部園太、甘利亜真里、七篠権兵衛は、優麗高付近で息を潜め、紅葉の監視をしている。

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