第37話・退治屋政変

 全身が強大な妖気で覆われた紅葉が、炎のような赤色に変化した瞳で、リリス&ベンケイ&イゾウを睨み付ける!


「何が・・・起きているの?」


 リリスは、棒立ちのまま、紅葉を眺めている。リリスが想定したスペクタープロジェクトと違う。何が起きているのか理解が出来ないが、失敗作ならば、廃棄をする以外の選択肢など無い。


「ベンケイ!イゾウ!不気味な小娘(紅葉)を潰せっ!!」


 指示を受けた妖幻ファイターベンケイ&妖幻ファイターイゾウが、紅葉に突進!


「紅葉っっ!!」


 ザムシードは、ベンケイ達を止める為に立ち上がるが、まだ、ダメージで体が痺れて満足に動かせず、前のめりに崩れ落ちて、両膝を地に着いた。


「気合いでどうにかなる相手じゃない!逃げろ紅葉っ!」


 叫ぶザムシード!しかし、紅葉は逃げる素振りを一切見せない!


「オマエ達・・・殺す!!・・・んぁぁぁっっっっっ!!!」


 妖気に包まれた紅葉が気勢を上げながら、ベンケイ&イゾウに向かっていく!丸腰の紅葉と、突進速度の速いイゾウが激突!


「妖気は潤沢だが、動きは素人!」


拳を大きく振り上げた紅葉に対して、イゾウが刀を叩き込むんで弾き飛ばす!


「指揮官(リリス)が最優先で討伐指示をした理由が解らぬな!」


 ベンケイが、地面を転がる紅葉に接近して、薙刀の連続突きを叩き込んだ!紅葉は、為す術も無く弾き飛ばされて地面に墜落する!


「フン!これで終わりだ!」

「ただの小娘相手に、些か大人げなかったか?」


 生身の小娘が、戦闘に特化した者達の攻撃を正面から喰らって生きているわけがない。ベンケイ&イゾウは、紅葉の生命の有無を確認せずに、踵を返して、リリスの所に戻ろうとする。・・・だが。


「ど、どうなっているんだ?・・・紅葉っ!?」


 ザムシードの妖気センサーは、紅葉が発する妖力が全く衰えていないことを感知している。去ろうとするベンケイ&イゾウの背後で、紅葉が立ち上がる。


「ふぬぅぅっっ・・・痛いなぁ、もうっ!」


 その体には、傷1つ付いていない。紅葉は、ベンケイ達の攻撃の衝撃で弾き飛ばされただけ。紅葉を覆う分厚い妖気が防御壁となり、紅葉には一切のダメージが通っていないのだ。


「なに?小娘・・・何故?」

「少し、手を抜きすぎたか。・・・次で確実に仕留める。」


 向き直って、薙刀を構えるベンケイと、刀を納刀して柄に手を置き、抜刀術の構えになるイゾウ。


「い、いけるか?」


 ザムシードは、妖刀を握る手の感触を確かめる。まだ、全身の痺れは完全には回復していないが、先程までに比べれば、少しは動けるようになった。

 何故、紅葉が妖気に守られているのか見当も付かないが、今の一連で、紅葉はスペクター達から警戒をされてしまった。次は、妖気防御を撃ち抜くつもりで攻撃を仕掛けるだろう。袋叩きにされる紅葉を眺めているわけにはいかない。


「おぉぉぉっっっっ!!!」


 ザムシードは、気合いで体に活を入れて立ち上がり、イゾウに向かって突進!走りながら、水晶メダルを和船バックルに装填して、EXザムシードにフォームチェンジ!握り締めていた妖刀ホエマルを妖刀オニキリに変化させて、柄に属性メダル『斬』をセットする!


「ベンケイ!小娘は任せる!」


 EXザムシードの接近に気付いたイゾウが、タイミングを図って、振り返りながら抜刀をする!


「退けぇ!邪魔だっ!!」

「出しゃばるな、死に損ないがっ!」


 しかし、刃が鞘に引っ掛かって、抜刀が僅かに遅れ、切っ先はEXザムシードに届かずに、刃同士がぶつかった!『斬』の効果で研ぎ澄まされた妖刀オニキリが、イゾウの名刀・肥前忠弘が砕く!


「なにっ!?」


 イゾウは気付いていなかった。紅葉に一撃を叩き込んだ時に、紅葉を覆う頑丈な妖気によって、刀身が欠け、抜刀速度が鈍ってしまったことを。


「うおぉぉぉっっっっっっ!!!」


 EXザムシードは、刀をヘシ折った勢いのまま、妖幻ファイターイゾウの脳天に、妖刀の刀身を叩き付けた!


「ぐはぁっっ!・・・バ、バカなっ!

 俺が・・・現代の素人如きに・・・」


 面を割られ、脱力して地に両膝を落とし、俯せに倒れるイゾウ。致命打を受けた為に実体を維持できなくなり、青い霧化をして消滅。依り代(茂面慎吾)の肉体だけが残る。


「紅葉っ!!」


 紅葉は、拳を振り上げながらベンケイに向かっていくが、大柄なベンケイの薙刀が相手では、リーチに差がありすぎる。小柄で、体術の「た」の字も知らない紅葉の拳が届くわけもなく、アッサリと、ベンケイが奥義を発動させる射程に持ち込まれた!


「んぉぉぉっっっっ!!!」


 だが、紅葉が、ベンケイに届くワケのない拳を突き出した途端に、紅葉の腕を覆っていた妖気が、闇色の腕に変化して伸びて、ベンケイの腹に掌底を叩き込んだ!


「なにぃっ!」


 プロテクターに掌底を喰らった程度では、ベンケイにダメージは無い!しかし、小娘の細腕から放たれた掌底とは思えない力で押されて数歩後退!ベンケイが強制的に下がってしまった所為で、奥義の射程が消滅をす


「ぐぅぅ・・・信じられん。何者だ、小娘!?」


 ベンケイは、何故、小柄な小娘(紅葉)は、攻撃を喰らってもノーダメージなのか、たった一発の掌底で巨漢の自分が押し戻されたのか、全く把握できない。

ベンケイが戸惑った直後!


「おぉぉぉっっっっっっっっっ!!!下がれ、紅葉っっ!!」


 妖刀を振り上げたEXザムシードが、飛び掛かる!ベンケイは薙刀の柄で受け止めるが、『斬』の効果で鋭利に変化をしていた妖刀が、薙刀を叩き切る!


「舐めるな、小童ぁっ!」


 ベンケイは折れた薙刀を素早く振って、EXザムシードの脇腹に叩き込んだ!弾き飛ばされて地面を転がるEXザムシード!ベンケイは薙刀を捨て、七つ道具の一つ・大鋸を召喚して、振り上げながらEXザムシードに突進をする!


「燕真ぁぁっっっ!!!」


 紅葉が、ベンケイに背に向かって突っ走る!「燕真を助けたい」という思いが紅葉の妖気を増幅させて全身を包んだ!一塊の妖気弾と化した紅葉は、無意識に宙を滑り、ベンケイに体当たりをする!


「ぬぅぉぉぉっっ!!」

「ふんげぇぇっっ!!」


 巨漢のベンケイが、紅葉と縺れ合いながら弾き飛ばされて地面に墜落。渾身の体当たりを決めたところで、紅葉の妖気はガス欠となり、地面を転がりながら意識を喪失させた。


「奇っ怪な小娘めっ!」


 立ち上がり、気絶中の紅葉の首目掛けて大鋸を振り下ろすベンケイ!しかし、EXザムシードが割って入って、妖刀で大鋸を受け止める!


「退け、小童!」

「退くわけがないだろう!」


 力の鬩ぎ合いはベンケイの方が上!EXザムシードは、鎬を削りながら徐々に押される!ベンケイは、足払いでEXザムシードの体勢を崩し、武器を袖搦に持ち替えて、渾身の力でEXザムシードの顔面に叩き付けた!脳が揺れ、意識を朦朧とさせて仰け反りながら、足を開いて踏み止まるEXザムシード!


「くっ!倒れてたまるかっ!!」


 ベンケイはEXザムシードよりも、紅葉へのトドメを優先させようとしている!ここで倒れるワケにはいかない!


「フン!考えが甘いっ!!」


 だが、EXザムシードの、その行動こそが、ベンケイの思惑通り。ベンケイがEXザムシードの頭部を強打したのは、致命打を狙ったのではなく、「次」に繋げる為の前振りだった。

 ベンケイ&イゾウ&ナガヨシは戦闘のプロ。血で血を洗う戦乱の中で、勇名を轟かせた連中。今回のスペクタープロジェクトは、現代人の戦闘経験を凌駕する豪傑の類いばかりが集められた。イゾウとナガヨシは、運良く、本領を発揮する前に倒せただけ。


「くっ!マズい!!」

「はぁぁっっ!!!千閃乱舞!!」


 袖搦を中段に構えて、奥義発動の間合いに踏み込むベンケイ!EXザムシードは、無防備のまま対応が出来ない!


「突っ立っているだけなら邪魔だ!退いていろ!!」


 獣の咆吼のような銃声が鳴り響き、上空から飛んで来た光弾が、EXザムシードに着弾!弾き飛ばされたEXは、ダメージの蓄積によって、エクストラモードが解除されて、ノーマルフォームに戻ってしまう!そして、ザムシードが弾き飛ばされた為に、ベンケイは標的を失い、繰り出された無数の突きは空振りをした!


「正直言って助かったけど・・・オマエ、どっちの味方なんだよ?

 回避させる手段が強引すぎねーか?」


 マスクの下で安堵の表情をして、仰向けに倒れたまま上空を見上げるザムシード。翼を広げたHガルダが、空中で鳥銃・迦楼羅焔を構えている。


「光弾で、どの程度退けられるか解らない初見の相手に攻撃をするより、

 死にかけている君を退かした方が、確実だからな。」

「死にかけてねーよ!」

「コイツ(ベンケイ)も妖幻ファイターのようだが、倒して良い相手だな。」


 遅れて到着したHガルダは、ベンケイが何者で、どんな目的で戦っているのか把握していない。だが、ベンケイが紅葉を狙い、庇ったザムシードが窮地に追い込まれる様子は見ている。ザムシード(燕真)を信じているHガルダ(雅仁)にしてみれば、戦う理由は、それだけで充分だ。


「ああ、倒して良い相手だ!」

「承知した!」


 Hガルダは、翼を収納して、ザムシードとベンケイの間に着地!妖槍ハヤカセを召喚して構える!


「閻魔の次は天狗か?次から次へと忙しない!」

「次から次ではない。俺で終わりだ!」


 ベンケイは、袖搦を頭上で振り回して、勢いを付けてHガルダ目掛けて振るう!妖槍の柄で受け止めたHガルダは、力負けをして蹌踉けた!そこへ、ベンケイの横薙ぎが着弾!大きく体勢を崩すHガルダ!


「フン!息巻いて現れたわりには、非力ではないか!」


 袖搦を中段に構えて、奥義発動の間合いに踏み込むベンケイ!


「はぁぁっっ!!!千閃乱舞!!」


 だが、ベンケイが奥義の体勢になったと判断したHガルダは、素早く数歩後退して、千閃乱舞の射程から離れ、間合いを詰めてくるベンケイに向かって、妖槍の穂先を伸ばした!10mに伸びた妖槍が、突進するベンケイの胸を貫く!


「うぐぅぅっっっ!!貴様・・・俺を呼び込む為にワザと・・・」

「佐波木が蹴散らされる様子は見せてもらったからな。

 貴様の技の習性は把握済みだ!」


 Hガルダは、ベンケイに妖槍を突き刺したまま、腰のホルダーに収納された鳥銃・迦楼羅焔のグリップに『白』をセットしてから抜き、ベンケイに向かって発砲!至近距離でハイパーギガショットを喰らったベンケイは、弾き飛ばされて仰向けに倒れ、動かなくなる!


「言っただろ・・・次から次ではなく、俺で終わり・・・と。」


 ベンケイは、致命打を受けて実体を維持できなくなり、青い霧化をして消滅。依り代(日部光)の肉体だけが残った。ザムシードは、日部に触れて脈を確認するが、生命反応は無い。


「くっ!ダメか。」


 やはり、魂を破壊されて肉体を乗っ取られ、ただの抜け殻となってしまったようだ。確認はしていないが、おそらく、イゾウの依り代(茂面)も、同じ結末を迎えているのだろう。

 面識の無い連中だから「死んでも良い」ってことにはならない。だが、紅葉も同じ状況に陥りながら、同じ運命を辿らずに済んだことには、大きく安堵をする。




-広場手前の公道-


 吹雪の竜巻(氷の結界)の中で、氷柱女はスペクター(攻撃的魔力)の消滅を感知した。


「終わったか。」


 氷柱女の目的は、マスクドウォーリアの討伐ではなく、彼等を閉じ込めること。もう、これ以上の足止めを続ける必要は無い。結界を解除して、広場の方向を眺め、紅葉の気配があることを確認した後、白い霧に姿を変えて飛び去って行く。


「クッソォ!腹立つっ!」


 結界から解放された、ハーピーが、氷柱女の去った空を睨み付ける。ギガントは、広場側に視線を向けた。


「むぅ?スペクターの魔力を感じない。」

「アバズレ(里夢)が失敗をしたのか!?」

「急ごう。」


 ギガントとハーピーは、広場に向かって駆け出す。



-山麓の広場-


 何も聞かされずに腹心の部下2人を失った喜田CEOは、スペクターの敗北を、呆然と眺めていた。


「・・・なんてことだ。」


 面子は丸潰れ。起死回生が失敗に終わり、他に奥の手が無い状況では、次の役員会で糾弾をされるどころか、更迭は確実だろう。


「もう・・・利用価値は無さそうね。」


 喜田の背後に立つリリスも、「喜田は終わった」と感じていた。それならば、スペクタープロジェクトについて、アレコレと余計なことを言いふらされる前に、口を封じるべき。

 リリスは、喜田の背を眺めながら、魂狩りの効果を発動させたデスサイズ・キスキルを振り上げる。


「汚れた魂なんて、コレクションには不要だけど・・・目障りだから消えなさい。」


 刃が揺らぐ死神の大鎌を、喜田目掛けて振り下ろすリリス!振り返り、顔面蒼白になる喜田!だが、リリスの動きを警戒していたザムシードが跳び込んで、妖刀で受け止めた!喜田は、驚いた表情で見詰める。


「た、助けてくれるのか?」

「勘違いすんな!俺はアンタ(喜田)が嫌いだ!」

「・・・むぅぅ」

「だけど、嫌いだから死んでも良いとは思っていない!

 それに、アンタ以上に、この女(リリス)が許せないんでね!

 アンタには、生きて罪を償って・・・」


 ザムシードが喋っている途中にもかかわらず、喜田は逃走を開始。高級車に乗り込んで、サッサと現場を離れてしまう。


「・・・あっ、おいっ!」

「CEOは俺に任せろ!」

「ああ・・・頼んだ!」

「君のバイクを借りるぞ。」

「ああ・・・うん・・・貸しても良いけど、壊すなよ。」


 リリスと刃を交えているザムシードを尻目に、ガルダがマシンOBOROに乗って、喜田の運転する高級車を追う。助けてやったのに無視されたザムシードは、虚しくて仕方が無い。


「アイツ(喜田)・・・マジでクズだな。」

「相変わらずお人好しね、燕真君。」


 しかも、喜田を狩ろうとしていたリリムに同情をされる有り様だ。


「よ、余計なお世話だ。」


 リリスの目的は、ザムシードとの戦闘ではない。スペクタープロジェクト④が鎮圧され、「ついで」扱いで口を封じようとした喜田に去られた現状で、これ以上、争う理由は無い。


「今回の失敗は、スペクターが安定する前に、

 部外者(ザムシード&ガルダ)に入り込まれてしまった所為。

 責任は、満足に足止めをできなかったアトラス君とカリナさんね。」


 リリスはデスサイズを引き、数歩後退。一方のザムシードは、警戒を崩さずに妖刀を構える。


「燕真君。私はアナタを気に入っているの。

 あんなクズ(喜田)の部下なんてやめて、私と手を組まない?」

「そのつもりは無い!」

「それは残念ね。でも、心変わりをして大魔会に来るなら、いつでも歓迎するわ。」


 軽やかにジャンプをしてから、漆黒の翼を広げて浮遊するリリス。空から見廻して、駆けてくるギガントとハーピーを発見した。


「与えられた仕事も満足に熟せずに、何処で何をしていたのやら?」


 リリスは、ギガント達の方向へ低空で飛び、撤退の合図をしてから、空高く飛び去っていった。


「くそっ・・・逃げやがった。」


 飛ぶことが出来ず、愛車をガルダに貸してしまったので追う術が無い。ザムシードは、去って行くリリスをしばらく見詰めたあと、変身を解除して、紅葉に駆け寄る。


「おい、紅葉、大丈夫か?」


 燕真が、紅葉の頬を軽く叩きながら名を呼ぶと、紅葉は気怠そうに目を開いた。


「んん?・・・燕真?助けてくれてアリガトウ。」


 紅葉に息があることは知っていた燕真だが、目を開けて喋ってくれたのを確認して、安堵の溜息をもらす。


「ムチャばかりすんな、アホ!」

「・・・ゴメ~ン。

 アタシが囮になって、燕真に、悪い奴を全部やっつけてもらおうと思ったのに、

 失敗しちゃった。」

「オマエ・・・覚えていないのか?」

「んぇ?」


 燕真は、紅葉の無謀な行動には腹を立てているが、紅葉の囮作戦が失敗したとは思っていない。リリス(夜野里夢)には逃げられたが、喜田の悪意を暴いて社会的地位を挫き、部下達(茂面&日部)は倒れ、3体のスペクターは討伐された。紅葉の思惑は、7割以上の成功をしている。


「燕真が助けに来てくれたクセに、悪い奴等にボッコボコにされてたね。

 そのあと、どうなったの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 森長可の霊を滅したのは紅葉だ。紅葉が戦闘に参加しなければ、燕真は、岡田以蔵を倒せないどころか、敗北をしていた可能性が高い。だけど、紅葉は覚えていないらしい。


「まぁ、いいさ。ややこしいことは、悩んでも解らん。

 あとで、爺さんに相談して考えよう。

 ・・・さぁ、帰るぞ。」


 燕真は、仰向けの紅葉の手を引っ張って上半身を起こしてやり、あとは自力で立ち上がって歩いてくれる期待して、踵を返して歩き出した・・・が。


「燕真~!オンブっ!」

「はぁ?」

「体がバラバラになったみたいに超ダルいから、歩けないよぉ~。」

「俺だって、戦いで疲れてるし、攻撃喰らいまくって体中が痛いんだぞ!」

「オンブがダメなら、お姫様抱っこでもイイよ。」

「背負った方がマシだ!」


 ガルダにバイクを貸した所為で、移動手段は徒歩のみ。そのうち、返しに戻ってきてくれることを期待して、疲労困憊の燕真が、紅葉を背負ってトボトボと歩く。




-広場手前の公道-


 喜田が運転する高級車が逃げ、ガルダが駆るマシンOBOROが追う!前方からは粉木と有紀が乗るスカイラインと、佑芽が駆るホンダVFR1200Fが迫る!


「どうなっとるんや?」

「後を走るのはガルダね。

 前を走るのは退治屋の社有車かしら?」


 粉木達は、現状を全く把握していない。知っているのは、紅葉が退治屋上層部に連れ去られたことと、高級車の後をガルダの駆るバイクが走っていること。誰が高級車を運転しているのかは解らないが、「擦れ違う」という選択肢は無い。


「粉木さん、止めるわよ!」


 真っ直ぐに続く一般道で、こちらに向かって走る高級車との距離は200m弱。有紀は、粉木の答えを待たずに、サイドブレーキを思いっ切り引いた!タイヤに強制ロックが掛かり、スカイラインは尻を振って横滑りをして、道路を塞ぐように停まる!


「無茶すんな・・・有紀ちゃん。」

「咄嗟の判断と言ってほしいわね。」


 愛着のあるスカイラインをバリケードにして追突されたくはないが、これが現状での最善。佑芽は道路脇にバイクを停め、粉木と有紀は車内から退避をする。

これで、迫ってくる高級車は、この道を通過することが出来ない。正面を塞がれた喜田は、粉木の姿を見て、ハンドルを握りながら舌打ちをした。


「ジジイめ・・・それで、俺を追い詰めたつもりか?」


 喜田の乗る車には、ワープ機能がある。粉木の車の手前に、ワームホールを発生させて飛び込めば逃げ切れる。ただし、来る時は助手席にいた日部がワープの段取りをしたが、今は自分でやらなければならない。喜田は、『輪』と書かれたメダルを、センターコンソールの脇にある空きスロットにセットする。だが、この一連で、運転よりもワープ準備に意識を集中させた為、走行速度が減速をした。


「チャンスだ!」


 アクセルを全開にして走っていたマシンOBOROと、高級車の距離が詰まる!ガルダは、タイミングを合わせてウィリー走行で、前輪を高級車のトランクに乗せ、そのままの勢いでルーフまで乗り上げた!

一方、高級車に輪入道が車に取り憑いて、ボンネットに入道フェイスが出現!だが、妖気弾を吐き出して、正面にワームホールを吐き出した直後に、ガルダは、妖槍ハヤカセの穂先をボンネットに突き立てた!妖槍の柄が伸びて、エンジンルームを突き破り、アスファルト舗装に突き刺さる!


「なにぃぃっっっっ!!!?」


 衝撃でエアバッグが開いて、喜田の視界を塞ぐ!駆動系を破壊されて走行能力を失い、槍によって地面と繋がった高級車は、ワームホールに飛び込む直前で強制停車!時間の経過により、ワームホールが消滅をする!


「雅仁先生が攻撃したってことは車に乗っていたのは敵?」

「紅葉を連れ去った連中でしょうね。」

「どいつもこいつも無茶しおって。」


 高級車は無力化したと判断して、粉木&有紀&佑芽が駆け寄ってきた。


「悪あがきもここまでだ!」


 エアバッグとシートに挟まって動けなくなった喜田を、ガルダが車内から引き摺り出す。喜田は、ガルダに腕を拘束されたまま、佑芽を睨み付けた。


「俺を裏切り、姉の名誉挽回を放棄して、閑職のジジイと仲間ごっこか?

 これで君は、退治屋での出世は、もう望めまい。」


 威嚇をされて戸惑う佑芽を庇うようにして、粉木が間に立つ。


「追い詰められて、2廻り以上も年下の娘に八つ当たりかいな?

 オマンも、落ちぶれたのう。」

「ジジイ!俺はまだ終わっていない!

 退治屋の発展の為の尽力したのに、アンタが妨害を・・・」

「その苦し紛れの言い分は、ワシやのうて、本部の役員会で説明せいや。

 ここまで暴挙をしたオマンを、他の幹部達が支持するかどうかは解らんがのう。」

「・・・くそっ!」


 項垂れる喜田御弥司。粉木達だけでなく、喜田本人も、「トップから転がり落ちた」「もう、社会的に終わった」と悟っていた。覇気を失った喜田を見て、ガルダは変身を解除して雅仁に戻る。


「狗塚が破壊した社有車は、砂影に連絡をして任せよか。」


 喜田の両手を拘束した状態でスカイラインの後部座席に乗せ、運転席に粉木、助手席に有紀が乗り込む。その気になれば逃走は可能だろうが、逃げたところで、権力を失った喜田には何も出来ないので、警戒をするつもりは無い。


「俺は、佐波木に借りたバイクを返さなければならないので、

 一度、奥の広場に戻ります。

 紅葉ちゃんは無事なので、安心してください。」

「そう、良かった。あとで、キッチリとお説教しなきゃならないわね。」

「ワシ等は、先にミュージアムに戻るで。」


 有紀は、紅葉の救出を聞いて安堵の表情を浮かべる。粉木は、戦地となった広場に向かうつもりだったが、「事件は解決した」と聞いて、一足先に戻る決断をする。「有紀は退治屋の関係者」という説明の準備を何もしていない状況で、紅葉と有紀を会わせない為の配慮だ。


「有紀ちゃん。もう、いつまでも隠してはおけん。

 お嬢に出生の秘密を告げて、運命を受け入れさせる頃合いやで。」

「・・・そうね。」


 紅葉は「ただの人間ではない」ことを告げられれば、辛い思いをするだろう。だけど、もう隠し通せない。


「え~~~っと・・・私は・・・。」


 佑芽は、雅仁と粉木を交互に眺めたあと、雅仁と一緒に、燕真達と合流をする選択をした。帰宅をする粉木&有紀(ついでに喜田)を見送ったあと、雅仁と佑芽は、燕真達と合流する為に、バイクで広場へと向かう。


「何故、君までこっちに?」

「何故って言われましても・・・そうしないと・・・。」


 燕真が、紅葉を背負って、疲れ果てた表情と重い足取りで歩いていると、前方から、雅仁と佑芽が、バイクで向かってくるのが見えた。


「んぉ~~~い!まさっちっ!ニャンニャン!ここだよぉ~!!」


 背負われている紅葉が、大声を張り上げて、元気良く手を振って合図する。


「おいおい、超ダルいんじゃないのか?

 大声を出す元気があるなら、自分で歩け!」

「まだ疲れてるっ!」

「嘘を付くな!」


 燕真は紅葉を降ろそうとするが、紅葉は「ここゎァタシ専用の場所だ!」と言わんばかりに、ギュ~ッとしがみついて、背中から降りる気配無し。


「こんだけ力一杯しがみつく力が有るなら、どう考えても歩けるだろ?」

「歩けないっ!」


 燕真は、ちょっとイラッとしたが、「紅葉が力一杯しがみついた時に背中で感じる胸の感触」という欲望に負けて、「まぁいいや」と、もうしばらくは、そのまま背負うことにした。

 合流後、雅仁が燕真にホンダNC750Xを明け渡すと、燕真の背中から降りた紅葉が、「ァタシ専用の場所!」と真っ先にタンデムに飛び乗って、「早く乗れ」と燕真に合図をする。


「やっぱ、もう元気じゃん。」


 燕真は、溜息を付きつつ、愛車のシートに跨がる。


「・・・あっ」


 その光景を見た雅仁は、初めて「往路は燕真に乗せてもらったけど、復路は乗せてもらえない」と気付いた。


「紅葉ちゃんが無事なんだから、こうなるって気付かなかったんですか?」

「あ・・・ああ・・・・・うん・・・・・・・・。」

「雅仁先生って、もしかして、若干、天然入ってます?」

「狗は、頭が良いクセに、変なところで抜けてるからな。」

「燕真の後は譲らないからねっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 佑芽は、雅仁が燕真にバイクを返した時点で、雅仁のアシが無くなることを気付いていた。だから、雅仁に付いてきたのだ。


「私の後・・・乗ります?」

「ああ・・・うん・・・すまない。」


 雅仁は、恥ずかしそうに礼を言って、佑芽の後のタンデムに跨がった。眺めていた燕真と紅葉は、「彼女はVFRに乗って1ヶ月弱だぞ」「そこは、俺が運転するって言えよ」と思うのだが、雅仁は、その類いの気は利かない。



 広場に立つ大木の太枝で、闇霧から実体化をした茨城童子が、去って行く紅葉の背を睨み付ける。


「間違いない。御館様の妖気だ。」


 退治屋と行動を共にする小娘が、酒呑童子の妖気を発していた。全盛期の酒呑童子に比べると微弱だったが、「約4ヶ月前に、復活に失敗をした巨大な闇の怪物」よりも、純度の高い「御館様の妖気」を発していた。

 主の気配を間違えるはずがない。大嶽丸は、「酒呑童子の魂は別の何か転生をした」と言っていた。


「それが・・・あの小娘?」


 茨城童子は、人間社会に身を隠す為に、伊原木鬼一という名の人間に化けて、優麗高で教壇に立っている。人間に興味の無い茨城は、生徒達の顔など覚えておらず、優麗高に通う紅葉のことも、「その他大勢」と認識して、校内で見たことはあるが、特に気にすることも無かった。


「あの小娘が御館様なのか?

 それとも、小娘を引き裂けば御館様を取り戻せるのか?」


 人間の姿を借りた妖怪は幾らでも存在するが、人間に転生した妖怪の話など聞いたことが無い。今後の紅葉の動向には注視が必要だ。




-数日後-


 駅前のロータリーに、身長2mくらいのタヌキの妖怪が出現!一般人達が逃げたところに、バイクに乗ったザムシード&ガルダ&リンクスが到着する!


「腹に鏡を付けた肥満気味で二足歩行のタヌキ?」

「雲外鏡ですね。」


 ザムシードは、バイクから降りて、妖刀を装備して突進!しかし、雲外鏡は肥満気味の見た目を裏切る俊敏さで、ザムシードの攻撃を回避する!続けて、妖槌・ネコノテを装備したリンクスが雲外鏡に仕掛けるが、これも素早く回避!


「闇雲に突っ込むのではなく、相手の動きを良く見て予測をするんだ!」


 直後に、ガルダの鳥銃から放たれた光弾が飛んで来て着弾!


「クゥーーンッ!」


 雲外鏡は、素早く体勢を立て直して、距離を取り、「ガルダは手強い」と判断して、腹の鏡をガルダに向けた!途端に、ガルダの全身が青白い炎に包まれる!


「なにっ!?・・・くっ!」

「雅仁先生っ!」 「狗は頼むぞ、根古さん!」


 リンクスは、ガルダの火を消す為にガルダに向かって駆け、ザムシードは、雲外鏡に向かっていく!しかし、雲外鏡の腹の鏡を向けられ、ザムシードの全身から炎が上がる!


「あっ~~ちっちちちっ!」


 プロテクターに守られているおかげで全く熱くないんだけど、見た目的に「熱い」と感じたザムシードは、慌ててロータリーにある噴水池に飛び込んだ。しかし、普通の炎とは違って、水では消火ができない。同様に、リンクスがガルダの炎を叩いて消そうとしているが、鎮火をする気配は無い。


「妖気の炎は、水では消せない。こうやって消すんだ。良く見ておけ。」


 ガルダは、リンクスとの距離を空けてから、手で呪印を結びながら呪文を発した。途端に、ガルダの内側から発せられた霊力が、全身を覆っている炎を弾き飛ばす。


「俺の心配は無用だ。雲外鏡討伐に集中しろ。」

「はいっ!雅仁先生!」

「心配させんな!そんな簡単に消せるなら、サッサとやれよな。」


 ザムシードは、呪印だの呪文なんて知らないので、消火をする術は無し。全身が炎に包まれたまま、妖刀を構えて雲外鏡に突進する。

 奥義連射による消耗と動揺で動きが鈍った雲外鏡に、ザムシードの一撃が叩き込まれた!更に、弾き飛ばされた地面を転がる雲外鏡に、リンクスが接近!装備していた妖槌・ネコノテに白メダルを装填!破壊エネルギーを纏った妖槌・ネコノテのヘッドが直径2mほどに巨大化をする!


「はぁぁっっっっ!!!」


奥義・ネコパンチ発動!叩き潰される雲外鏡!


「ぎゃうぅーーーーーーーーんっっ!!」


 雲外鏡は断末魔の悲鳴を上げ、闇霧になって妖槌・ネコノテにセットされた白メダル吸収された。雲外鏡が討伐された為に、ザムシードを覆っていた炎が消える。


「なんだろう?・・・やってることは、俺達と同じなんだけど、なんか残酷。」


 ザムシードは、華奢なリンクス(佑芽)が、人間サイズのタヌキを容赦無く叩き潰すというアンバランスな光景を、ドン引きしながら眺めるつつ、変身を解除して燕真の姿に戻った。同様に、ガルダとリンクスも変身を解除して雅仁と佑芽に戻る。


「・・・なぁ、狗?」

「ん?なんだ?」

「いや、何でもない。」

「変な奴だ。」


 いつものガルダ(雅仁)ならば、「簡単に消せる妖気の炎」に狼狽えたりはしない。燕真は、雅仁(ガルダ)が本調子ではないと感じていた。


「まぁ・・・まだ気持ちの整理が付かないんだろうな。」


 スペクター事件の翌日、佑芽に店番を任せ、粉木は事務室に燕真と雅仁を呼んで、紅葉の母が粉木に伝えたことを、粉木なりに取捨選択した上で説明した。

 「紅葉が普通の人間ではなく、妖怪から転生した半妖人間」と聞いた時は、さすがに燕真も驚いたが、「人間離れした才能」には妙に納得が出来た。霊感ゼロの燕真は、紅葉の凄さを半分も理解できない。彼女が「人間として生きたい」と思っているなら、出来る限り人間として扱おうと考えている。

 だが、幼い頃から「鬼討伐は一族の悲願」と教え込まれてきた雅仁は、紅葉の父親が宿敵の酒呑童子という事実を、直ぐに受け入れられるワケがなかった。


「会ったばかりの頃みたく、問答無用で討伐しないだけでも。かなりマシか。」


 雅仁は、自分が戦いに集中出来ておらず、燕真に指摘をされかけたことに気付いていた。ずっと、「自分以上の才能」と認めてきた紅葉が、討伐するべき鬼の子孫。言われてみれば、彼女の「人間よりも妖怪に近い行動」は、幾つも思い当たるフシがある。紅葉の出生を聞いて以降、「しばらくは様子を見るスタンス」を取っているつもりだが、実際には、紅葉とどう接して良いのか解らず、露骨に避けていた。



-数分後-


 燕真&雅仁&佑芽がYOUKAIミュージアムに戻ると、粉木は「報告はあとで聞く」「店番を任す」と言って、入れ替わるようにして、慌ただしく出掛けていった。 燕真と佑芽は、粉木を見送った後に視線を合わせる。


「なんだ、あんなに慌てて・・・。デートの誘いか?

 ジジイを誘うような奇特な人なんて、砂影の婆さん以外にいたっけ?」

「相手は、もしかして麻由ちゃん?」

「それは無い。もう学校が始まってるからな。」

「でも、恋は盲目って言いますし!」

「紅葉はともかく、葛城さんが授業をサボるなんて考えられない。」


 新学期が始まった為、紅葉がYOUKAIミュージアムに来るのは夕方以降。弓道部に所属をしている麻由は、土日にしか顔を出さなくなった。燕真&佑芽は、からかい半分に粉木×麻由の進展を応援しているが、真面目な麻由が学業よりも色恋を優先させることは無いだろう。


「君達は、下世話な想像しかできないのか?」


 色恋の話題(というか雑談全般)が苦手な雅仁が、蚊帳の外で呆れ顔をする。




-駅西・レストランの個室-


 粉木がウェイターに案内で個室に通される。テーブルでは既に、大武剛COOと、秘書の迫天音、そして繋ぎ役の砂影滋子が、コーヒーを飲みながら待っていた。


「遅なってすんまへんな。」


 粉木は、砂影の隣の席に腰を降ろした。向かい合わせには大武COOが座っている。斜向かいの迫天音が、「既にメニューは決めてある」と、ウェイターにコース料理の準備を依頼する。


「いえいえ、こちらこそ、忙しい最中に呼び出してしまって申し訳ない。

 アルコールはどうですか?」

「飲む言いたいんやけどな、さすがに上役の目の前で、昼間からは飲めん。

 茶で構わんよ。」


 大武剛COOは、叩き上げで幹部の地位を掴んだ男。政治優先の喜田御弥司とは違って、現場の気持ちを理解できるので、砂影からの信頼は厚い。


「大武さんが、代表に就任することになったそうやな。おめでとさん。」

「いえいえ、私のCEO兼務は、一時的な処置です。」


 紅葉拉致事件の当日、喜田御弥司は、粉木から、本部から派遣された隊員に引き渡されて護送をされた。

 そして、翌日には臨時役員会が開かれ、喜田御弥司はCEO(最高経営責任者)を解任され、臨時で大武剛ががCOO(最高執行責任者)と兼務をすることが決まった。あくまでも「一時的」なので、人望のある大武の就任を反対する者はいなかったが、あきらかに「権力の集中」になってしまう。次の総会では、幹部クラスのうちから適任者を引っ張り上げて、一役一人の正常な状態に戻す予定だ。


「まぁ、次期代表には、大武副代表を推す声が多いみたいだけどね。」

「期待があるなら応えますが、それとて、あくまでも中継ぎですよ。」


 前菜が運ばれてきたので、一時的に話を中断して配膳を待ち、ウェイターが退室してから、会話を再開する。


「前CEO(喜田御弥司)は解任され、後継(栄太郎)は失われてしまいましたが、

 退治屋のトップには、喜田一族が収まるのが、最もバランスが良い。

 やがては、前CEOの親族を招き入れて、トップに収まっていただくつもりだ。」

「初代(御弥司の祖父)やオマン(大武)のような叩き上げなら良いが、

 前社長みたいな自己保身の塊がトップに収まるんは、勘弁願いたいのう。」


 粉木と喜田御弥司は犬猿の仲だった。喜田は粉木の失態を突いてクビにするつもりだったが、粉木を擁護する意見が多くて解雇ができず、粉木は文架支部に就任することになった。つまり、退治屋にとって功労者とも言える粉木を、地方の閑職に追いやった張本人が喜田御弥司なのだ。喜田の方が、退職間近の粉木より先に離職をしたのは、皮肉としか言い様が無い。


「これを期に、砂影さんと共に本部に上がって、

 管理職として私をサポートしてもらえませんかね?」

「その話はパスや。ワシは現場から離れるつもりはない。

 滋子だけ、上に引っ張れや。」

「それは残念。

 砂影さんからも、上がる気は無いと言われています。」


 コース料理が運ばれてくる度に会話は中断され、配膳の終了を待って話を続ける。


「なんや、オマン(滋子)もか?」

「一日中、尻で椅子を暖め続ける仕事ちゃ苦手なんでね。」


 その後、迫天音が好条件を提示して、粉木と砂影を勧誘したが、粉木は応じる素振りを見せなかった。砂影は、粉木が‘うん’と言えば考慮をするつもりだが、粉木が地位に興味を持つ人間ではないことを知っている。


「そこまで頑なとは・・・。

 なにか、文架支部から離れたくない理由でもあるんですか?」


 大武は、かなりの好待遇にもかかわらず、前線で戦うには歳を取りすぎたベテランが、何故、現場から離れようとしないのかが理解できない。


「些か信じがたい話とは思っていましたが・・・

 前CEOの主張が事実ということだろうか?」

「なんや、何の話や?あのボンボンが何を言った?」


 今まで、大武と迫の話に全く興味を持たなかった粉木の目付きが変わる。


「文架市に、妖怪としか思えない少女がいる。

 しかも、その少女は、文架支部に出入りをしている。

 前CEOは、そう言っていました。」


 役員会で暴挙の目的を追求された喜田御弥司は、「隊員の安全を守る為にスペクター計画に協力した」と説明をした。だが、現状では、就学生(佑芽)と無関係の一般人(麻由)の正気を失わせ、且つ、「隊員の安全を守る」どころか、部下2人(茂面と日部)は落命している。これでは話にならない。ペナルティーしか無い喜田を擁護する者など誰もいなかった。

 追い詰められた喜田は、「自分以上にペナルティーを受けるべき人物がいる」と粉木の名を上げて、「粉木が半妖の存在を隠している」と、粉木の糾弾を求めたのだ。


「前CEOの暴挙の目的は、文架支部の隠蔽を暴く為・・・らしいです。」

「・・・あのクズ、余計なことを。」

「尤も、その場しのぎとしか思えない言い分など、誰も信じませんがね。」


 喜田の言い分は、ただの理論破綻と解釈された。正確には、「喜田は、いい加減な言い訳で、責任逃れをしている」と解釈されるように、大武が仕向けていた。


「ですが、粉木さんが、そこまで頑なに、現状を守ろうとするなら、

 前CEOが適当なことを言っていたとは思えなくなってしまいます。

 説明をしていただけますよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 常々老獪に言葉を選ぶ粉木だが、大武に対しては、誤魔化しきれないと感じた。彼(大武)は、これまでの文架市での出来事を結び、一定の仮説を立てて、全てを把握した上で、質問を投げかけているような錯覚に陥る。どうにか、紅葉の異常性を隠蔽したいが、隠すことで、自分ではなく、燕真や紅葉の立場が悪くなるのは避けたい。

粉木が次の言葉に詰まると、隣に座る砂影が察して、テーブルの下で粉木の足を軽く蹴った。チラ見すると、砂影は「彼は信頼できる」と目で合図をして、小さく頷く。


「実は・・・な。」

「話していただく前に念を押しておきますが、

 少女は、人間社会との共存を望む小物妖怪・・・というオチは勘弁して下さいね。

 そんな前例ならば、羽里野山の氷柱女のように、日本の各地に存在しますし、

 何よりも、その程度の小者を、前CEOが、目の敵にするワケが無い。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 さすがは、現場畑でありながら、上層部に上がって、他の幹部達と渡り合う実力者と言うべきか。彼には、適当な詭弁は通じないようだ。粉木は、「正直に話した上で理解をしてもらう」と腹を括った。


「・・・源川紅葉っちゅう名の娘なんやけどな。」


 20年前の、妖幻ファイターハーゲンと酒呑童子の出会い。酒呑童子は、源川有紀(ハーゲン)と心を通わせたこと。大嶽丸の強襲で酒呑童子は死に、有紀が彼の意思と妖気を引き継いだこと。そして、その証として、源川紅葉が誕生した。


「なるほど・・・

 鬼女の人間に生まれ変わりたい思いと、酒呑童子の魂が混ざり合った存在。

 ・・・それが、源川紅葉という少女なのですな。」

「ああ・・・ちぃと奇抜なところはあるが、

 人間社会に馴染もうとする妖怪以上に安全な存在や。」

「その少女の後見をする為に、文架市からは離れたくない。

 ・・・そういうワケなんですね。」

「まぁ・・・そう言うこっちゃ。」


 粉木の説明を聞いた大武は、しばらくは目頭を押さえて溢れそうになる涙を堪えたあと、大きく拍手をする。


「素晴らしい!素晴らしいですよ、粉木さん!貴方は、退治屋の鏡だ!!

 君もそう思うだろ、迫君!?」

「はい、COOの仰る通りです。」

「砂影さんを筆頭に、貴方を支持する者が多数存在する理由が理解できました!」

「解ってもらえたんなら、それでええ。」


 粉木は、大武の過剰アクションぶりに、少し驚かされてしまう。


「ですがね、粉木さん。

 貴方の説明を聞いて、点在していた違和感のある情報が、幾つか繋がりました。」

「ん?なんや?」

「先ずは1つ目。酒呑童子の派閥の幹部が、動き出したという情報があります。」

「ああ・・・それなら、こちらも把握をしている。情報が早いのう。」


 数日前に氷柱女から「鬼のプレッシャーを感じる」と聞いており、粉木は一定の警戒をしている。酒呑童子を主と仰ぐ鬼達ならば、確実に紅葉との接触を試みるだろう。だが、鬼討伐を成功させた燕真と雅仁が居れば、紅葉を守ることは可能を判断していた。


「彼女の特殊性は、前CEOや大魔会からも狙われたわけですね。」

「燕真や狗塚が、よくやってくれた。」

「これから先も、守り切れると?

 聡明で先見の高い粉木さんは、どうお考えですか?」


 大武の質問は、粉木の不安をピンポイントで突いていた。粉木は楽観主義ではない。紅葉の才能が狙われたのは初めて。今回は大事に至らなかったが、今後、どうなるかは解らない。大魔会が、今まで以上の戦力をぶつけてきたら、燕真と雅仁(佑芽は、まだ戦力外)で守り切れる保証は無い。

 そもそも、紅葉の異常性に以前から気付きながら、紅葉の日常を壊さない為に、自分の中に押し留め続けたことが、正解だったのかどうかも解らない。


「それだけではありませんよ、粉木さん。」


 粉木の表情から迷いを読み取った大武は、「ダメ押しのもう一手」と判断した。


「私は、今言った組織とは別の集団が動き出したという噂も聞いています。」

「なんやて?酒呑派閥と大魔会以外やと?」

「鬼神軍。酒呑童子と同じ地獄を故郷に持ち、酒呑童子と敵対をする組織です。」

「鬼神・・・大嶽丸の派閥か?」

「連中が、どんな魂胆で活動をするのかは見当が付かない。

 ですが、鬼神軍が、酒呑童子を引き継ぐ者を放置するとは思えません。

 粉木さんは、佐波木君と狗塚君だけで、少女を守れるとお考えですか?」


 大武に指摘をされた粉木は、ぐうの音も出なくなってしまう。数日前、氷柱女は、「どの派閥が動き出したかは解らない」と言ったうえで、鬼神軍の存在も匂わせて、「紅葉に注視しろ」と警告をしていた。粉木が想像していた以上に、紅葉を取り巻く環境は悲観的なようだ。


「・・・で?ワシに、これらの現実を突き付けたオマンは、どう考えておるんや?

 まさか、漠然と、ワシの不安を煽りに来たワケやなかろうに。」

「仰る通りですよ。私なりの案は持ってきました。

 粉木さんの許可が得られるならば、

 本部の選りすぐりの隊員を、紅葉さんの護衛に派遣しようと考えています。」


 大武の提案に対して、粉木は驚いて目を見開く。


「本部が嬢ちゃんの護衛?そないことが可能なんか?」

「はい、一時的とはいえ、今は、私が退治屋のトップですからね。

 それくらいの権限はあります。

 ただし、エリート意識の強い本部の隊員達を納得させねばならない。

 我々なりにも、紅葉さんが守るに値するか、調査をさせて下さい。」


 大武の弁舌は見事だった。老獪なはずの粉木の口数が少ない。「紅葉の調査」に対しては若干の不安を感じたが、「鬼神軍の動き」を前提に「紅葉の護衛」を提示されたら、応じるしかない。


「1つ頼みがある。

 調査の結果を、嬢ちゃんに直接伝えるんはやめてもらえへんか?

 出生の秘密は、ワシ等から伝える。」

「もちろんです。

 その件は、彼女から信頼されている粉木さん達から伝えるべきです。

 我々から伝えたら、守る対象は不安になってしまい、

 我々を信用してくれないでしょうからね。」

「ああ・・・理解してもらえて感謝する。」

(へぇ・・・口八丁な勘平がタジタジなんて珍しいわね。)


 粉木と付き合いの長い砂影には、隣で粉木が動揺をしているのが伝わる。


「根古佑芽さんについては、いつ、本部の就学に戻ってもらっても問題ありません。

 彼女を目の敵にする前CEOは去りましたし、

 亡くなった姉君を悪く言う者は、私が責任を持って抑えます。」

「解った。佑芽ちゃんに伝えておく。」

「尤も、机上よりも、実戦の方が経験値は積める。

 このまま、有能な粉木さんの元にいることを希望するなら構いません。

 その辺は、粉木さんの判断に任せますよ。」

「ああ・・・了解や。」


 粉木にとっては「ありがたい条件」ばかりが並べられている。だが、何故か粉木は、大武の器の大きさに威圧を感じ、針のムシロに座らされているような錯覚をして、目の前に配膳されたメイン料理を味わう余裕が無かった。




-県外・とある空き地-


 大魔会の夜野里夢&アトラス&カリナが、新顔の巨漢と共に、地面に発生させた魔方陣を眺めていた。魔方陣から放電が発生して砂嵐が舞い上がり、人型が作られるのだが、形が安定をする前に崩れ去ってしまった。


「失敗か?」 「ダッセーな!」

「どういうことかしら?」


 数日前には成功をしたスペクターの召喚に、今は失敗をした。里夢&アトラス&カリナは、「オマエが無能なのでは?」と言いたげな表情で巨漢を睨み付ける。


「問題はオイラでね。場所がわりぇ。」


 巨漢の名は大平法次(だいらいら ほうじ)。2mを越える筋肉質な体格で、やや愚鈍で穏やかな表情をしている。根古佑芽や喜田御弥司の代わりに、里夢が招き入れた新たな霊術師だ。


「場所?どういうことかしら?」

「こごは龍脈整ってね。んだんて、術式が安定しねんだ。」

「だったら、龍脈が整った場所に案内しろよ!」

「そいだば文架市だ。」

「また、文架市か。」


 つまり、これまでスペクターの召喚に成功をしたのは、召喚場所(文架市)の龍脈が優れていたから。しかし、退治屋文架支部から警戒され、且つ、喜田の解任によって退治屋の情報操作を期待できなくなった現状では、文架市で目立つ動きはできない。




-文架市・駅西のレストラン-


 会食は終わり、疲れ果てた表情の粉木が、砂影と並んで、大武と迫の乗る高級車を見送る。


「なんや?なんでオマンが残るんや?一緒に帰らんのか?」

「針のムシロやった勘平の愚痴でも聞いてやろうて思うてね。」

「・・・余計なお世話や。」


 砂影は、粉木の「紅葉の異常性を問題視したくない」という優しさが、結論を先送りして、今の状況に至ってしまったことを把握している。


「店(YOUKAIミュージアム)で茶くらい飲んでいくか?」

「愚痴に付き合うてやるんやさかい、お茶くらい振る舞うのが礼儀やろ。」


 粉木は、表面的には反発をしているが、内心では砂影の配慮をありがたく感じた。




-高級車の車内-


 後部座席に乗る大武剛は、粉木の前では隠していた満面の笑みを浮かべていた。助手席の迫天音と、運転手の中年男=矢的大地(やまと だいち)も、つられて不敵な笑みを浮かべる。


「嬉しそうですね。」

「喜田では黙らせることができず、遠ざけるしか手段がなかった文架支部長を、

 この俺が論破したのだから当然だろう。」

「どうすー?向かう先は、東京本社でええか?

 それとも、魍紅葉姫の生まれ変わりに、挨拶くらいしていくか?」

「おお、そうだな。

 せっかく文架市に出向いたのだ。酒呑童子の残りカスの顔でも見ていこう。

 確か、優麗高校とやらに通っているらしい。」


 大武の指示により、運転手の矢的が、ナビで優麗高を検索して、進路を変える。


「そう言えば、大平君はどうしている?」

「大魔会をサポートを、ちゃんと演じていますよ。」

「ヤツは、ウスラトンカチだけん、上手うやーだらーか?」

「フン、奴を送った目的は、大魔会に我々の邪魔をさせない為。

 つまり、多少抜けている程度で充分ということだ。」


 良いスペクターは、優れた龍脈の上でしか召喚できない。龍脈が整った地は、日本には数ヶ所有る。退治屋の本社ビル付近も、その1つ。だが、龍脈を知らない大魔会に、丁寧に伝えるつもりは無い。彼女達には、しばらくは停滞してもらう。


「粉木と砂影を抱き込めなかったのは残念だが・・・影響はあるまい。」


 CEO代理の地位は、前CEOの自滅によって、偶発的に転がり込んできたワケではない。叩き上げという説得力と、長い時を掛けた根回し、そして、喜田が暴走するように誘導をして、こうなるように仕向けたのだ。

 現時点で、大武の方針に、露骨な反発をする者など、幹部連中には存在しない。




-YOUKAIミュージアム-


 燕真&雅仁&佑芽は、粉木と砂影から、「紅葉の護衛を前提にした調査」の経緯を説明される。紅葉を本部の優秀な隊員が護衛してくれれば安心をできる。ボランティアではないのだから、守る理由を作る為に「紅葉本人の特殊性」を調査することも納得できる。


「新CEOは信頼できる人物なのですか?」

「今までのボンクラ(喜田)と比べれば、誰が新代表になってもマシや。」

「大武さんは、現場の気持ちを理解できる人ちゃ。」


 雅仁の質問に対して、粉木の回答には個人的感情が入りすぎている為、砂影が改めて公平に答える。


「ならば、任せる価値はありそうですね。」


 雅仁自身が、「紅葉とどう接するべきか?」の答えを出せていない為、正規ルートでの「紅葉の調査」に委ねることに異論は無い。


「良いの?佐波木さん。

 紅葉ちゃん、佐波木さん以外に守られるの、嫌がりそう。」

「お、俺に、本部の方針の善し悪しを聞かれても・・・」

「う~~~ん・・・ハッキリしないなぁ。」

「俺が嫌がればどうにかなるって問題でもねーだろ。」


 佑芽が燕真を気遣うが、総じて話の正当性は整っており、燕真が反論をする余地は全く無い。紅葉が自分以外に守られることについて、少なからずの不満はあるが、「文架支部だけで紅葉を守り切る」などと甘い考えは持っていない。

 数日前の喜田の暴挙で、「紅葉を守れた」とは思っていない。力量不足の燕真ではどうにもならず、紅葉本人の自己防衛力で大事に至らなかったと解釈している。


「ちゃんとした奴等に守られた方が、紅葉の為なんだ。」


 燕真は、不満に感じる心を、脳内の正論で無理矢理に納得させる。

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