第36話・酒呑童子の娘

-少し離れた物陰-


「クレハ~~~・・・・どういうつもり?」


 紅葉&喜田達の乗った車は、コンビニの駐車場から公道へと出て、その場から離れていく。様子を見ていた亜美は、不安で仕方が無い。紅葉からは「誘拐されたら燕真達に連絡しろ」と言われているが、拉致どころか、自分から乗り込んでしまった。


「誘拐かどうかよく解らないけど・・・連絡した方が良いってことだよね?」


 亜美はスマホを取り出して、YOUKAIミュージアムに連絡をする。




-YOUKAIミュージアムの事務室-


 しばらくは無言が続いた室内だったが、粉木は「聞きたくないが確かめねばならないこと」を、有紀に尋ねる決意をした。


「のう、有紀ちゃん。」


 約20年前の有紀が現役だった頃、粉木は、有紀と酒呑童子が心を通わせていたことを知っている。だが、進展は無く、悲恋に終わったと思っていた。だから、退治屋引退後に、赤ん坊を抱いた有紀を見た時は、粉木の知らない男と結婚したと思った。


「オマンのプライベートにまで、踏み込みとうはあれへんのやけどな。」


 紅葉がYOUKAIミュージアムに出入りをするようになった当初から、紅葉の霊的な才能には驚かされた。索敵力はベテランの粉木を越え、銀塊への霊封力では名門の雅仁を凌ぎ、存在すら認識していない魔力を当たり前のように感知する。母が、霊的才能に恵まれた有紀ということを考慮しても、紅葉の才能は高すぎる。人間が持てる才能の限界を、楽々と超越している。


「お嬢の父親は誰や?」


 質問の答え次第では、鬼退治専門の雅仁が騒ぎ出す可能性は有る。燕真が聞いたら、どう考えるのだろうか?

 粉木は、自分の脳内に有る予想が正解だった時に、若い連中が、どう動き出すのか、見当も付かない。だか、「燕真は霊感ゼロだから知る必要が無い」「雅仁は面倒臭いから秘密」と、信頼する2人の若者を、蚊帳の外に追い出すわけにはいかない。


♪~♪~♪~

「ん?なんや?」


 まるで、追及を妨害するように、事務室の電話は着信音を鳴らす。退治屋ではなく、喫茶店の回線への電話だ。数回のコールの後、店番中の佑芽が、店舗内で対応をしたので、粉木は話を続けようとする。だが、事務所の扉がノックされて開き、子機を持った佑芽が顔を覗かせた。


「粉木さんか、佐波木さんに、紅葉ちゃんのお友達から電話ですよ?

 なんか、だいぶ慌ててるみたい。」


 佑芽は、麻由のことは、「紅葉の友達」ではなく「麻由ちゃん」と表現する。紅葉の友達と聞いて思い浮かぶ人物は数人いるが、燕真や粉木は、彼女達から直で連絡を貰うほど親密ではない。違和感を感じた燕真が、子機を受け取って対応をする。


「変わりました、佐波木です。

 ・・・・・・・・・・

 おお、平山さんか?どうした?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 はぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!?」


 突然、驚嘆の声を上げる燕真。その顔色が、怒りで赤くなっていく。


「わ、解った、連絡ありがとう。あとはこっちで何とかする。」

「どうしたんだ、佐波木?」 「何があったんや、燕真?」


 皆の注目が集まる中で、電話の相手を不安にさせない為に、出来る限り穏やかな対応で通話を切る燕真。だが、冷静なフリを出来たのは、そこまで。


「あのバカ、何を考えているんだ!?

 紅葉が、見ず知らずの中年共に誘われて、車に乗って何処かに行ったらしい!」


 紅葉って、ナンパをされて付いていくような女?燕真は、苛立ちながら、ポケットからスマホを引っ張り出す。以前、紅葉から「お互いの居場所をいつでも確認できるようにしたい」とと言われて、勝手にスマホを弄られ「位置情報の共有状態」にされてしまったのだが、常に紅葉から監視をされているみたいで嫌だし、一日中、紅葉の位置を確認するような趣味は無いので、「緊急時のみ使おう」と許可を得て(だいぶゴネられたけど)、普段は位置情報をOFFにして、足跡は消してある。


「まさか、紅葉の位置を確認する日が来るなんて思いもしなかった。」


 位置情報をONにしてから地図アプリを開くと、自分と紅葉の位置が画面上に表示される。紅葉の現在地は文架総合病院付近。東の方へ移動をしている。




-文架市東の公道-


 燕真のスマホに送られてくるGPS情報通り、紅葉を乗せた高級車は、東方面に向かっていた。今は、文架総合病院付近。


(まだ、ダイジョブ。)


 車は、そのまま東に向かって直進する。紅葉は、外の風景をシッカリと確認して、「逃げ出しても自力で帰れるところ」までは、喜田達を信用したフリをするつもりだった。


「あ、あの・・・儀式ってゆーのは、どこですんの?」

「心配しなくても大丈夫。2~3分で到着するよ。」

「ふぅ~ん。」


 車は、国道を横断して、ひたすら東へと向かう。だんだんと、併行車や対向車の数が減ってきた。


「上空の客はどうする?センサーの反応からして、上級クラスだ。

 そのまま追尾して来るんのではなかろうな?」

「気にすることはあるまい。

 振り切れなかったとしても、目的地到着後に排除すれば良かろう。」


 紅葉は気付いていないのだが、喜田の部下達(茂面&日部)は、車に搭載されたセンサーで、茨城童子の尾行に気付いている。


「茂面、そろそろ良いんじゃないか?」

「そうだな。」


 運転手と助手席の男が、怪しげな会話をする。「2~3分で到着」と言ったクセに、まだ車を駐める気配が無い。少し怖くなってきた紅葉は、「次の信号で止まったら逃げた方が良いかな?」と思案をする。しかし、その考えは甘かった。

 助手席の日部が、『輪』と書かれたメダルを、センターコンソールの脇にある空きスロットにセット。召喚をされた輪入道が車に取り憑いて、ボンネットに入道フェイスが出現。口から妖気弾を吐き出して、正面にワームホールを出現させた。


「んぇぇっっ?なにっ!?」


 車(マシン入道)はワームホールを通過。紅葉の視界が、ホワイトアウトをする。


「あれ(高級車)も、空間移動が可能なのか?」


 退治屋の空間移動は、かなり厄介な技術だ。この機会に、原理を理解して攻略法に繋げようと考えた茨城童子(闇霧)は、車を追って閉じかけているワームホールに飛び込む。


「ここ・・・・なに?」


 紅葉の視野には、文架市の道とは全く違う風景が広がっていた。車は、薄暗くて、火の灯された灯籠が疎らに立つ、この世とは違う雰囲気を発する場所を、超高速で走行する。

 そこは、黄泉比良坂。車を守る霊力障壁のお陰で命を確保されているが、生身では通過できない世界だ。紅葉は初めて見るはずなのに、妙に懐かしく感じて見入ってしまう。

 同様に、車の屋根の上では、実体化をした茨城童子が、故郷の空気を感じながら見入っていた。


「現世と常世の境目か?

 妖気を経由することで、人間界の何処とでも繋がれる黄泉比良坂を経由して、

 思い通りの場所に空間移動が可能なわけか。

 理屈さえ解ってしまえば、至極単純だ。」


 車(マシン入道)の入道フェイスが、口から妖気弾を発射。ワームホールが開き、屋根に茨城童子がしがみついた車が突入をする。




-YOUKAIミュージアムの事務室-


「おいおい、どうなっているんだよ?」


 スマホの地図アプリで紅葉の位置を確認していた燕真が動揺をする。地図上から、紅葉の位置情報が消えたのだ。海や山の中ならともかく、郊外とは言え、町中でスマホの電波が届かなくなるなんて有り得ない。拉致した奴に、GPS発信がバレて、スマホを取り上げられた?


「マズい!反応が消えた場所に急ごう!」

「ワシにも見せてみい。」


 粉木がスマホを奪い取って、紅葉の位置を確認する。直ぐには発見することが出来なかったが、数十秒ほど弄っていたら、文架市の遙か東で、紅葉の位置情報を発見する。粉木に促されて紅葉の位置を確認した燕真は、一定の安堵をしたものの、状況が理解できない。

 紅葉の現在地は、文架市東の須弥山付近。1分前には東の国道付近にいたはずなのに、急に20キロ前後も移動をしたのだ。


「どうなっているんだ?GPSが壊れているのか?」


 困惑をする燕真とは対照的に、粉木は誰が紅葉を連れ去ったのかを想定して、表情を顰めた。


「早く救出に行った方が良さそうやな。

 お嬢を連れ出したんは、退治屋の上層部やで。」

「え?どういうことだ?」

「燕真、オマンのマシンOBOROと同じっちゅこっちゃ。」


 燕真(ザムシード)の所有するマシンOBOROのワープ機能は、言うまでもなくザムシード専用の機能ではない。試験的に、ザムシードに実装された機能だが、使い勝手の良さが証明された現状ならば、組織のトップが所有していても何も不思議ではない。


「黄泉比良坂を使ってワープをしたんや。」


 佑芽は、喜田CEOの命令で、里夢に協力をしていた。佑芽が離反をした今、別の退治屋が里夢に協力をしても、何も不思議ではない。そして、その協力者は、最新の技術を自由に扱える立場。つまり、喜田CEOの直属、もしくは、本人の可能性が高い。




-文架市東の外れ・須弥山の麓-


 視界が急激に開け、ワームホールを抜けた高級車(マシン入道)は、ひとけの無い、高い木々が生い茂る道を走行する。


(・・・ヤバい。)


 紅葉は、「逃げ出しても自力で帰れるように」と、経路を覚えておくつもりだったが、ワープをしたあげく、今は、全く知らない場所にいる。ヒッチハイクする為の車も通らない。これでは、自力で帰ることが出来ない。頼みの綱は燕真だけ。位置情報を共有してくれていると期待して、ポケットの中のスマホを握り締める。


(燕真・・・助けに来てくれるよね?)


 車の進行方向、左右の路肩に、髪をシニヨン(お団子頭)で纏めた小柄の白人少女と、スマートな白人青年が立っている。


「屋根の上に立っているのが上級妖怪って奴か?

 アレを追い払えば良いってことか。」

「大切な素体を運んでいる車には被害を出さずにな。」

「面倒クセーな。・・・マスクドチェンジ!」


 お団子ヘアの少女=カリナがAウォッチから抜き取ったメダルをベルトのバックルに装填!全身が青く輝いて、マスクドウォーリア・ハーピーへと変身完了!装備した弓に『Ok』の文字が入ったメダルをセットして、魔力で作られた矢を番える!


「ぬぅぅっ?狙いは、この車ではなく・・・私か?」


 高級車の屋根に立っていた茨城童子は、自分が攻撃対象と判断して、素早く体を闇霧化させて上空に逃げた!一方のハーピーは、お構い無しに、引きしぼった弦から手を離して魔力矢を射る!矢は、上空で闇霧状態の茨城童子を強制的に実体化させて突き刺さった!


「なにぃ!?バカなっ!」


 腹に魔力矢を受けた茨城童子が墜落。その間に、紅葉を乗せた高級車は、ハーピー達の脇を通過する。


「矢の軌道が見えなかった。・・・いつ飛んで来た?」


 立ち上がって、矢を引き抜く茨城童子。魔力で作られた矢は、茨城童子の手の中で消滅する。


「奇っ怪な・・・。これが、西洋の魔術とかいう力か。」


 ハーピーの奥義・オーキュペテーアローは、「標的に向かって飛ぶ」という当たり前の行程を省略して、狙った時点で「着弾する」という結果を発生させる。

 霊体化をしても、例え数キロ逃げても、オーキュペテーアローを番えたハーピーに、「目視で狙われた」時点で、「矢を受ける」という結果を覆すことは出来ない。


「チィ・・・私としたことが、無関係な事案に興味を持ち、深入りをし過ぎたか。」


 茨城童子にしてみれば、紅葉がどうなろうと知った事ではない。大魔会との交戦など、無駄な労力にしかならない。弓を構えるハーピーを睨み付けつつ、退路を探す。


「むぅ?この気配は?」


 背後に妖気の発生を感知する茨城童子。全身を闇霧化して空高く飛び上がる。ハーピーは次矢を射ようとするが、100mほど前方にワームホールが出現して、ザムシードが駆り、タンデムにガルダの乗ったマシンOBOROが飛び出してきた。


「あれは大魔会の連中!既に臨戦態勢かよ!」


 マシンOBOROの進行方向では、ハーピーが構えている!紅葉が、この道を通過したのは間違いない!つまり、奴等を突破しなければ、紅葉とは合流できないということだ!


「押し通るぞ、狗塚!」

「了解だ!」


 タンデムのガルダが、鳥銃・迦楼羅焔を構えて連射をする!ハーピーは、上空(闇霧化した茨城童子)に対する構えを解いて回避!白人青年=アトラスは、冷静に弾道を見極めて後退しながら、Aウォッチから『Gi』と書かれたメダルを抜き取って、ベルトのバックルに装填する!


「妖怪ってヤツの次は文架の退治屋か?

 どっちを狙えば良いんだ?」

「無論、素体を奪い返しに来た方だ!・・・マスクドチェンジ!」


 青い輝きが発せられ、全身が黒い西洋甲冑&マスクを装備したマスクドウォーリア・ギガントが出現!専用武器・サイクロプスハンマーの柄に『Gn』メダルを装填して頭上高く振り上げた!


「おいおい、あたしまで巻き込む気か!?脳筋っ!!」


 ギガントのアクションを見たハーピーは、慌てて空へと飛び上がる!


「フゥゥゥンッ!!」


 ノームの能力を付加したハンマーを地面に叩き付けるギガント!ノームクエイク発動!打撃点を中心に、半径30mほどに最大震度の地震が発生!地面が陥没をして、射程圏内に踏み込んできたザムシードとガルダは、マシンOBOROから投げ出されて地面を転がる!


「簡単に‘押し通らせてくれる相手’ではなさそうだな。」

「くそっ!」


 振動の収まりを待って立ち上がるザムシード&ガルダが身構える!




-文架東の国道付近-


 粉木と有紀が乗ったスカイラインが、須弥山に向かって走る。直ぐ後方には、佑芽が駆るホンダ・VFR1200Fがピタリと付いてくる。

 速度超過をしているが、現地到着までは、まだ20分以上はかかるだろう。到着をした頃には、もう事件は終わっている可能性の方が高い。だが、燕真達だけに任せて、店で事件の経過を待つほど悠長にもしていられない。


「ねぇ、粉木さん。」

「なんや?」

「先程の、紅葉の父親の件なんだけど・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


 何故、紅葉が危機に瀕したタイミングで、紅葉の出生について話そうとしている?粉木は、小さく首を傾げて数秒ほど疑問に感じたが、「敢えてこのタイミングで話そうとしている」と解釈する。


「なんや、有紀ちゃん。娘が事件に巻き込まれたのに、随分と冷静やな。」

「冷静ではないわ。

 だけど、紅葉の宿命みたいなものを考えれば、ある程度の覚悟はできています。」

「お嬢の・・・宿命?」

「粉木さんのことだから、察しは付いているのよね?」

「まぁ・・・それなりにな。」


粉木は、運転に集中をしながら、聞く体勢を作る。




-回想(18年前)-


 冥界に‘異形’が発生した。輝く闇が、人間界に繋がるひずみの上に浮かんでいた。 噂を聞いた酒呑童子は、奇異と対面する。それは、人間界に行くことを望んでいた。酒呑童子は、奇異の望みを構える為に、腹に入れて人間界へと向かう。


 人間界に出た酒呑童子は、何者かによって隠れ里の情報を漏洩され、狗塚家と退治屋の襲撃を受けた。先代ガルダ・狗塚宗仁の決死の一撃を喰らった時、酒呑童子の腹の中にあった輝く闇が微力を発して、酒呑童子を守る。


「輝く闇を食ってなければ・・・俺は、完全に砕かれたいただろう。」


 敗北をした酒呑童子は、妖力の大半を失ったが、輝く闇に守られて、辛うじて体を維持した状態で逃走をする。

 文架市は、龍脈に優れ、傷付いた妖怪が体を休めるには都合の良い土地。妖力を回復させる為に逃げ込んだ文架市で、酒呑童子は、退治屋文架支部に所属をする源川有紀と出会った。


〈ワラワ・・・人間・・・変わ・・・〉


 酒呑童子に接触をした有紀は、彼から、彼に宿っている別の声を聞いた。酒呑に敵意を感じず、且つ、別の声をアカの他人とは思えなかった有紀は、酒呑童子を退治屋の文架支部事務所(妖怪博物館)に連れ帰り、上司の粉木に相談をして、保護をすることにした。



-回想終了-


「酒呑は‘腹に飼っている物’と表現しておったな。

 有紀ちゃんは、それが何なのか、解っておるんやろ?」

「はい。」


 冥界に発生した異形の正体は鬼女・魍紅葉(もみじ)。

 10世紀の京都に、彼女は美しき姫君として存在していた。人間界に興味を持ち、人間として生きることを望んでいた魍紅葉は、妖怪の出自を隠して、源氏の頭領・源経基に見初められ、側室となる。

 彼女は、それで幸せだった。都に騒ぎを起こす気も、源氏を牛耳るつもりも無かった。だが、比叡山の高僧に、人間ではないことを見抜かれて信州の戸隠に追放され、その地で討伐をされた。

 当時の人々は、魍紅葉の「人間として生きたい」という思いを受け入れなかった。


「魍紅葉を討ったんは、経基の子・源満仲やな。」

「満仲は、魍紅葉を討った時に、約束をしたの。

 源氏の家系で転生をすれば、源氏の血が妖力を抑えて、

 人として生かす・・・と。」


だから、冥界に発生した異形は、源氏の血を引く有紀に反応をしたのだ。




-回想(18年前)-


 弱体化した酒呑童子にトドメを刺す為に、鬼神・大嶽丸が襲撃をする。有紀と酒呑童子の絆が奇跡を起こし、大嶽丸の撃退には成功をした。しかし、有紀は致命傷を負い、且つ、酒呑童子の体は限界を迎えていた。


「・・・有紀。」


 酒呑童子は、冥界に帰って、邪気を吸収すれば、妖力を回復することが可能。だが、愛を知った酒呑は、未来への延命よりも、有紀を助けることと、鬼女魍紅葉の意思を人間界に残すことを選んだ。

 酒呑の妖力が有紀の傷を塞ぎ、酒呑に宿っていた鬼女魍紅葉の意思が有紀に移る。


「退治屋として・・・俺にトドメを刺してくれ。」

「・・・え?」

「退治屋の力で倒されれば、メダルに封印されるのだろう?」

「例え消えても、長い年月をかければ、アナタは復活をできる。

 でも、封印されてしまえば、それさえも・・・。」

「確かに数十~数百の年月を経れば、俺は復活できるだろう。

 狗塚と退治屋によって封印された8割を取り戻せば、

 最盛期の力を得られるだろう。

 俺の有能な部下達ならば、威信にかけて、それを為そうとする。」

「・・・それではダメなの?」

「それでは、俺は鬼の首領として人々を恐れさせた俺に戻ってしまう。

 封印されし8割の邪を取り戻せば、有紀と過ごした2割の俺ではなくなる。

 それはイヤなんだ。この穏やかな魂のまま有紀に封印されたい。」

「・・・崇・・・さん。」


 有紀は、妖幻ファイターハーゲンに変身。妖刀を抜刀して、マスクの下で眼に涙を溜めながら、酒呑童子の胸に飛び込み、妖刀で貫いた。

 酒呑は、穏やかな表情でハーゲンを抱きしめる。ハーゲンは変身を解除して有紀に戻り、酒呑に身を預けた。


〈ありがとう、愛してるよ、有紀。〉


 酒呑童子の全身が闇に成って霧散。有紀の持つ妖刀の柄に填め込まれた白メダルに吸収される。




-回想終了-


「その時に、酒呑童子から託され、有紀ちゃんの腹に宿ったのが・・・」

「お察しの通り・・・紅葉です。」

「お嬢が・・・鬼女魍紅葉か。」


 人間では説明の出来ない霊的な才能、そして、行動原理が、人間よりも妖怪に近いこと。紅葉が、人間ではなく、鬼女魍紅葉の生まれ変わりならば、説明が付く。


「せやけど、人間に化けた妖怪には見えへん。」


 鬼女魍紅葉は中級妖怪。妖怪全体で分類すれば、決して弱くはないが、妖怪のエリートと呼ばれる鬼族の中では、格下の部類。天邪鬼が人間に化けていたように、または、10世紀の魍紅葉が、人間ではないことを見抜かれたように、中級クラスの妖怪では、人間のフリをして人間社会に紛れ込むことはできても、人間と同じ生体を持つことは出来ない。


「有紀ちゃんの持つ源氏の血が、

 お嬢を‘妖怪の才能を持つ人間’にしたっちゅうことか?」

「それだけじゃないわ。

 魍紅葉が吸収した崇さんの妖力が、紅葉に人間の体を与えたの。」


 人間のフリではなく、人間と全く同じ姿を保てるのは、上級クラス以上の妖怪のみ。鬼女魍紅葉は、源氏の血によって‘妖怪だった記憶’と‘邪心’を抑え込まれ、且つ、酒呑童子の魂と混ざり合ったことで、上級妖怪に昇格をして、完全な‘人間の肉体’を手に入れたのだ。


「でも、それだけでは、紅葉は完全な人間とは言い切れなかったの。

 妖怪の力と一緒に心も抑え込まれてしまい、幼い頃は感情が乏しい子だったわ。」


 鬼女・魍紅葉の目的は、人間社会に馴染み続けること。その為には、妖怪らしさは、一切発揮したくない。

 幼い頃の紅葉は、押さえ込む力と、人間として生きたい意思のバランス悪かった。妖怪の人間化なんて、誰も試したことが無いのだから、上手く噛み合わなくて当然だ。


「彼と出会うまではね。」


 人形のように感情を表に出さなかった紅葉は、ある出会いを経て、急激に人間に興味を持ち、人間らしい豊かな喜怒哀楽を発揮するようになった。彼女は「ただの初恋」だと考えているが、それだけではない。彼女にとって、彼は「人間らしさを維持する為の絶対的な存在」であり、彼女の興味の全ては「自分を取り巻く人間社会」ではなく、「彼を中心とした人間社会」になった。


「・・・それが、燕真か。」

「傍から見たら、燕真君への依存。

 人間としての自立心は不足しているけれど、

 妖怪をやめた‘人間1年生’としては、仕方無いんでしょうね。」

「・・・なるほどな。」


 紅葉は、燕真だけを一途に慕い、燕真だけに甘え、かなりモテるのに、他の男性は全く相手にしない。恋に恋する乙女の行動とも解釈できるが、「紅葉には燕真しか見えていない」と解釈すれば説明が付く。


「お嬢がワシの所に出入りするんを黙認したのは、燕真がいたからか?

 普通の母親なら、娘が危険に首を突っ込むようなことはさせんぞ。」

「もちろん、粉木さんが傍にいてくれれば、紅葉の危険性に気付いて、

 暴走を抑えながら導いてくれるって期待もあったわ。

「理由を知ってから預けられたら、ワシは遠ざけたやろうな。」

「でも、一番の理由は、紅葉が、まるで惹かれるようにして選んだから。

 きっと、紅葉の本能が、粉木さんや燕真君と一緒に居ることを選択したのよ。」

「燕真に『酒』メダルを渡したのは、お嬢を守らせる為か?」

「端的に言えば、そうなるわね。」


 鬼の幹部達が、いつ、紅葉に潜在された酒呑童子の存在に気付いて、奪え返しに来るか解らない。大嶽丸は、撃退しただけで、倒したわけではない。源川紅葉という存在は、ずっと薄氷の上に立っている。

 『酒』メダルによって、燕真が生命の危機に陥ることは予想していた。だが、それでも、燕真に牽引してもらう為には、燕真に強くなってもらうしか無かった。


「その集大成が水晶のメダル・・・エクストラちゅうわけか。」

「紅葉と燕真君をエクストラで繋げる為には、

 燕真君の中に、酒呑童子の足跡が必要だったの。」


 有紀は、燕真と紅葉の心が1つになれば、ザムシードのリミッターが解除されてワンランク強くなることを、崇(酒呑童子)の導きの声で知っていた。『酒』メダルによる汚染は、紅葉が潜在力を発揮して、燕真を蝕んだ鬼の力を浄化する為の試練。かなりの荒療治だったが、無事にクリアをしてくれて安堵をした。


「燕真君の負担が大きいのは申し訳ないと思うけど、

 承知の上で、見守っていくつもりよ。」

「オマンの、娘に対する愛情は解った。

 だがな、有紀ちゃん。

 燕真がお嬢を守るかどうかを決めるんは、ワシや有紀ちゃんやあれへん。

 誰が強制するのでものうて、燕真自身が選ぶことやさかいな。

 それだけは忘れんといてや。」


 燕真はスーパーマンや天才の類いではない。ただの凡人だ。それなのに、燕真への期待値が高すぎる。今までは、紅葉の勢いに押されて、成り行きで、紅葉と行動を共にしてきた燕真だが、いつ、その関係が破綻しても不思議ではない。


「それは・・・解っているつもりよ。

 多分、その歪さへの焦りは、紅葉が一番感じているわね。」


 最近になって、麻由や佑芽が存在感を発揮するようになり、紅葉は「自分が優位性を失いつつある」と考えている。特に、麻由に対しては、「自分より優れている」と感じており、「麻由がその気になれば、燕真を取られるのではないか?」と不安に感じているようだ。


「やれやれ・・・地方閑職のワシに、とんでもないモンを預けよって。」


 粉木は、ある程度の予想はしていたが、心の何処かでは「考えすぎ」であることを期待しており、明確な言葉として聞くと、気が滅入ってしまう。




-山麓の広場-


 高級車が、車輌の通行禁止を無視して、広場の中央まで乗り入て停車。顔見知りが、ドアを開けて、丁寧に手を差し出して出迎えてくれるが、紅葉は少しも嬉しくない。


「・・・毒ナマコ。やっぱりオバサンが?」


 夜野里夢だ。案の定と言うべきか、紅葉は、見知らぬオジサン(喜田)達の誘いに乗った時点で、危険なことは覚悟している。


「あら、失礼な子ね。

 私は、オバサン扱いをされるような年齢ではなくてよ、小娘ちゃん。」

「ふんっ!」


 紅葉は、里夢の手を払い除けてから下車をして、里夢を睨み付ける。


「ァタシに何の用なのっ!?」

「大魔会と退治屋の未来の為に、高い才能を持つ貴女に、協力をして欲しいの。」

「・・・高いサイノー?」


 大嫌いな里夢から評価をされていたことに少し驚く紅葉。しかし、自分の才能を里夢の為に役立てるつもりは無い。退治屋の偉いさんに協力をする気も無い。


「嫌だって言ったら?」

「うふふ・・・拒否をされるのは、もちろん想定内。

 だけど、私が必要としているのは、貴女の才能だけ。貴女の意思は関係無いの。」


 紅葉の背後にいた喜田の部下(日部)が、護符を取り出して紅葉に向かって投げ、念を発した!


「オーン・封印解除!その小娘に取り憑けっ!」


 封印されていた中級妖怪・清姫が出現をして、蛇の下半身を紅葉に絡みつけて動きを封じ、上半身を霊体化させて、紅葉に取り憑こうとする!

 前回の実験(リンクス事件)で、里夢のエンゲージキス(魂約の口吻)では、スペクターを思い通りに機能させられないことを学習した。ならば、妖怪を憑かせて支配した上で、スペクターを召喚すれば良い。それが、紅葉に清姫を憑かせる目的だ。


「んわぁぁっっ!!」


 しかし、紅葉の周りに霊的な防御壁が発生して、清姫を妨害する!


「んぇぇ?どなってんの?助かったの??」


 紅葉の胸の辺りで、淡い光が発せられている!その光が清姫を妨害していると察した喜田が、紅葉の胸ぐらを掴んで、発光物を引っ張り出した!


「んぁっ!それゎ、ママがくれたお守りっ!」


 喜田の手の中で、亜弥賀神社のお守りが光を放っている。


「・・・魔除けの加護か。

 フン!この程度の障害など、取り除くのみ。」


 喜田は、紅葉の首元から力任せにお守りを引っ張って紐を引き千切った!紅葉から、魔除けの光が消える!


「返せっ!ドロボー!」


 お守りを取り返す為に、喜田に掴み掛かる紅葉!絡み付いていた清姫が、紅葉を締め上げて動きを封じ、紅葉の中に潜り込む!


「んわぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!

 こんにゃろうっ!入って来んなっ!!」


 懸命に抵抗を試みる紅葉。しかし、中級妖怪の支配力に抗うことが出来ずに取り憑かれ、瞳から光沢が失われ、肌が青白く変化をする。




-広場手前の道-


 妖槍を装備したガルダが、ギガントに突進!互いの武器がぶつかって、力負けをしたガルダが、数歩後退をしながら体を回転させて、遠心力を乗せた石突きで薙ぐ!しかし、ギガントは片手で楽々と受け止め、もう一方の手に持った大型ハンマーを軽々と振り上げて、ガルダ目掛けて振り下ろした!


「くっ!」


 ガルダは素早く退いて間合いを開けるが、空を切ったハンマーは地面に着弾!狭範囲だが強い地震が発生して、ガルダを弾き飛ばす!


「フゥゥゥンッ!!」


 倒れたガルダ目掛けてハンマーを振り下ろすギガント!ガルダは仰向けに倒れたまま、妖槍の柄でハンマーを受け止め、足払いでギガントの体勢を崩して脱出!立ち上がって、妖槍を構え直した!


「地震による間接攻撃と、接近戦でのパワー押し・・・近距離~中距離タイプか?」


 突進中に地震(ノームクエイク)を発動されたら接近が出来ない。接近戦から僅かに空けた間合いで地震を発動されたら体勢を崩される。ギガントから半径30mの範囲では、ギガントが圧倒的に有利ということだ。


「つまり、その外側で戦えば良い!」


 背の翼を広げて飛び上がるガルダ!武器を妖槍から鳥銃に持ち替えて、ギガントに向ける!


「愚かな!それで、有利を得たつもりか!?」


 ギガントは、上空のガルダを眺めながら、サイクロプスハンマーの柄にセットしたメダルを『Un』に入れ替えた。


「フゥゥゥンッ!!」


 ウンディーネウェイヴ発動!大きく素振りをしたサイクロプスハンマーのヘッドから、津波が発生!


「なにっ!?」

「フン!遠距離だの、至近距離など関係は無い!全てが射程圏だ!」


 津波は、空中のガルダを飲み込んだ!空中では踏ん張ることが出来ず、為す術も無く弾き飛ばされて地面に墜落をするガルダ!


「狗っ!」


 ハーピーとの間合いを詰めている最中のザムシードが、劣勢のガルダと、悠然と構えるギガントをチラ見する。


「浮気なんてしている余裕、無ーだろ!

 オマエ、あたしを舐めてんのか!?」


 ハーピーは、素早く数歩後退しつつ、魔力矢を番えて、ザムシードに鏃を向けた!


「しまった!」


 オーキュペテーアロー発動!ザムシードは慌てて妖刀を構えて防御をするが、「標的に向かって飛ぶ行程を省略して、狙われた瞬間に命中が決定する矢」は、ザムシードの胸プロテクターに着弾!弾き飛ばされたザムシードが地面を転がる!


「硬ーな。やっぱ貫けねーか。」


 妖幻システム(最新型のYウォッチタイプ)は思念に対する防御力が高い為に、オーキュペテーアローの「貫く」という概念を防いでくれるが、「着弾決定」だけは免れることができない。


「・・・クソ!この先で紅葉が待っている!」


 紅葉がこの道を通過してから、既に数分が経過をしている。早く救出に行きたい。ワームホールを利用して数秒で現地に来られたのは、ザムシードとガルダだけ。粉木や佑芽の到着までには、あと20~30分は待たねばならない。そもそも、ザムシードやガルダでも苦戦する相手に、旧型のアデス(粉木)や戦闘ド素人のリンクス(佑芽)が対応できるとは思えない。気持ちばかりが焦る。


「こんな所で、足止めをされている余裕なんて無いはずだ!」


 ザムシードは、エクストラを発動させるべく、Yウォッチから水晶メダルを抜いて構える!


「待て、佐波木っ!」


 ガルダが寄ってきて、ザムシードの動作を止める。


「ここは俺が抑える!君は、先に進め!」

「だけどっ!」

「ここで2人揃って消耗するべきではないことくらい、

 君だって把握しているのだろう!?」


 この場に、里夢や退治屋上層部の姿は無い。それは、敵主力は紅葉の近くにいて、紅葉を救出する際に、もう一戦闘クリアせねばならないことを意味している。

 ガルダは、Yウォッチから金色メダルを抜いて、ベルトの五芒星型バックルに装填!全身が金色に輝いて、Hガルダへと姿を変える!


「・・・狗塚。」

「紅葉ちゃんが待っている!君はサッサと行け!」


 Hガルダは、鳥銃を構えて、ハーピーとギガントに向けて光弾を連射して牽制!更に、妖槍を装備して、突進をしていく!

 体力を温存したかったのはガルダも同じ。ガルダの方がパワーアップによる消耗は激しい。だが、あえて、足止めを買って出て、紅葉の救出をザムシードに託した。


「すまん。ここは任せる。」


 Hガルダが牽制で作ってくれた間隙を突いて、全速力で押し通るザムシード!


「アトラス!ソイツを止めろ!」


 ハーピーは、Hガルダの牽制に手間取りながら、ギガント(アトラス)にザムシードの足止めを指示!


「無論だ!」


 ギガントは、サイクロプスハンマーを振り上げ、去って行くザムシードの背に向かって、大きく素振りをした!ウンディーネウェイヴ発動!サイクロプスハンマーのヘッドから、津波が発生してザムシードに襲いかかる!

 しかし、激しい冷気が割り込んで、津波は、ザムシードに届く前に凍りつき、無数の鋭い氷柱になって、ギガントに向けて飛んでいく!


「・・・なに?」


 サイクロプスハンマーを振るって氷柱を砕くギガント!


「何やってんだよ、脳筋!?」


 苛立ちながら、Hガルダのと距離を空け、鏃をザムシードの背に向けるハーピー!しかし、狙いを定めてオーキュペテーアロー(回避不能の矢)を発動させる前に、猛吹雪に包まれて視界を奪われ、ザムシードの姿を見失った!


「なんだこりゃ!?」


 更に、Hガルダの妖槍が、ハーピーに叩き込まれる!


「・・・クソッ!腹立つっ!」


 Hガルダは、妖槍を構えつつ、周囲を見廻した。この領域全体が、吹雪の竜巻に囲まれている!


「・・・これは、氷の結界か。」


 目を凝らして結界の中心部を見詰めるHガルダ!吹雪に見え隠れして、氷柱女が立っている!


「魔術使い2人(ハーピー&ギガント)は、私の結界に閉じ込めた。

 5分程度ならば、私の結界で抑えてやる。

 佐波木燕真や、妖力を扱えない魔術使いでは、簡単には抜けられぬが、

 オマエ(ガルダ)ならば抜けられるであろう?

 此奴等は任せて、オマエも佐波木燕真を追え。」


 妖怪が退治屋に加勢することなど、通常では有り得ない。だが、氷柱女に助けられるのは、今回が初めてではない。ガルダは、氷柱女が、粉木や紅葉に対して協力的なことを知っており、信頼に値すると把握している。


「妖怪に借りを作るのは不満だが・・・ここは甘えさせてもらう!」


 Hガルダは、護符を取り出して、氷の結界を弾く術式で体を覆う。




-山麓広場-


 喜田CEOの部下達(茂面&日部)と、妖怪に乗っ取られた紅葉が立ち並び、前に立つ里夢の呪文詠唱を復唱している。紅葉&茂面&日部の足元には直径5m程度の魔方陣が描かれており、呪文に反応をして光を発し始めた。


「我が言霊に従い、伝承より目覚めよ!」

「我が言霊を従い、伝承より目覚めよ!」×3


 これまでは、イメージをしやすい身近な者達を召喚したが、今回は、プロジェクトを完成に近付ける為に、歴史上の人物を召喚する。

 対象は3人。そのうちの2人は、プロジェクトに賛同した茂面と日部を依り代にする。残る1人は、強制支配をした才能高き依り代。賛同者と、才能高き者で、どちらが、強くて、且つ、扱いやすいスペクターを生み出すかを比較する。


「血塗られた亡者!」

「血塗られた亡者!」×3

「我が刃となりて戦え!」

「我が刃となりて戦え!」×3


 召喚呪文の最後の詠唱が終わった!それぞれの魔方陣から砂嵐が舞い上がって、放電が発生!放電と土が1ヶ所に集まって、人型を作っていく!


「ふふふ・・・成功ね。」


 紅葉達3人と向かい合わせて、見るからに‘只者じゃないオーラを発散させてる3人’が誕生をした。


「おぉ・・・素晴らしい。」


 里夢と喜田から見て、左側(日部の正面)に立つのは、僧兵の姿をして薙刀を持った、身の丈が2m近い大男。右側(茂面の正面)に立つのは、腰に帯刀をした袴姿で平均的な身長の男。そして中央(紅葉の正面)には、十文字槍を持った長身の鎧武者が立っている。


「我が名は、武蔵坊弁慶!」 「岡田以蔵!」 「森長可、見参!」


 狙い通り、中世の豪傑、幕末の人斬り、戦国時代の鬼武者、レジェンドクラスのスペクター召喚に成功した!

 微笑を浮かべる里夢と喜田。

 その耳に、バイクのエンジン音が聞こえた。振り返ると、マシンOBOROを駆るザムシードが向かってくるのが見えた。


「紅葉っ!!」

「アトラスとカリナは、坊や達の足止めすら満足に出来ないのかしら?

 想像以上に役立たずね!」

「まぁ、ちょうど良いではないか。早速、スペクター達の強さを試してはどうだ?

 ザムシード1人に倒されるようでは、どのみち、使い物にはならん。」

「それもそうね。」


 喜田の目配せに対して、スペクターとの契約を終えた部下達(茂面&日部)と、清姫に憑かれた紅葉が頷く。3人が白メダルを翳すと、足元の魔方陣が反応して輝き、弁慶、以蔵、長可が霊体化をして、それぞれの白メダルに封印をされた。


「幻装っ!」


 茂面は『以』メダル、日部は『弁』メダル、紅葉(清姫)は『長』メダルを翳して、ベルトのバックルに装填!青白い魔力の光を放って、妖幻ファイターベンケイ、妖幻ファイターイゾウ、妖幻ファイターナガヨシへと姿を変える!


「小手調べだ!閻魔の妖幻ファイターを蹴散らせ!」

「おおぅっ!」×3


 妖幻ファイターベンケイシは薙刀・岩融を、妖幻ファイターイゾウは名刀・肥前忠弘を、妖幻ファイターナガヨシは十文字槍・人間無骨を装備して、マシンOBOROを駆るザムシードに突進をする!


「問答無用かよっ!?」


 ザムシードは、アクセルを捻ってマシンOBOROを加速!迫ってくるベンケイとイゾウを跳ね飛ばすが、ナガヨシと相対して戸惑ってしまう!


「紅葉っ!」


 妖幻ファイターナガヨシの外面は、面具を着けた鎧武者なのだが、中身が「乗っ取られた紅葉」ということは知っている!ザムシードは、戸惑った隙を突かれ、ナガヨシの振るった十文字槍を喰らって、マシンOBOROから投げ出された!


「・・・くっ!」


 体勢を立て直したベンケイが、地面を転がるザムシードに突進!ザムシードは、体勢が整わないまま裁笏ヤマ(ナイフ型の木笏)を振るって応戦するが、死角から踏み込んできたイゾウの斬撃を喰らって、再び弾き飛ばされて地面を転がる!更に、ナガヨシが接近してきて、倒れているザムシードに十文字槍を突き降ろした!


「ぐわぁっっっ!!」


 十文字槍がザムシードの胸プロテクターに着弾!ザムシードは、左手で十文字槍の穂先を握って、ナガヨシを手繰り寄せる!


「目を覚ませっ!紅葉っ!」


 右手に持つ裁笏ヤマをナガヨシに叩き込む隙は充分に有るのだが、ザムシードに攻撃意思は無い!


「らしくねーぞ、紅葉!シッカリしてくれ!!」

(・・・燕真っ)


 ザムシードの声が、ナガヨシ(清姫)の中に封じ込められた紅葉に届く!目覚めた紅葉が懸命に抵抗をして、ナガヨシの動きが鈍った!


「紅葉!オマエは、支配しているヤツに抵抗を続けてくれ!

 オマエさえ割り込んでこなければ、あとは何とかする!!」


 ナガヨシから離れ、ベンケイとイゾウを睨み付けるザムシード!Yウォッチから水晶メダルを抜いて、ベルトの和船バックルに装填!全身が虹色に輝いて、EXザムシードへと姿を変える!


「歴史上の敗者ごときが、閻魔様を舐めるな!!」


 EXザムシードは、妖刀オニキリに『炎』メダルをセットして、迫り来るベンケイに突進!炎を帯びた妖刀と、薙刀・岩融がぶつかり、力負けをしたベンケイが数歩後退をする!

 背後から名刀・肥前忠弘を振り上げたイゾウが突進をするが、EXザムシードは、振り返りながら妖刀を薙いで、イゾウの脇腹に叩き込んだ!妖刀の発する炎がイゾウを焼く!

 体勢を立て直したベンケイが、薙刀を振り回しながら突進!EXザムシードの脳天目掛けて振り下ろすが、EXザムシードは、妖刀で受け止めた!


「小癪な!千閃乱舞!!」


 ベンケイは、苛立ちながら奥義を発動!無数の突きがEXザムシードを襲う!EXザムシードは数歩後退をしながらベンケイを引き付け、タイミングを見計らって宙返りで大きく回避!真後ろから突進をしてきたイゾウに、ベンケイの千閃乱舞が炸裂!イゾウは、全身から火花を散らせながら弾き飛ばされる!


「おのれ、卑怯な!」

「二人掛かりで仕掛けといて・・・よく、そんなことが言えるな!」


 EXザムシードに向き直ったベンケイが、再び奥義・千閃乱舞を発動!だが、EXザムシードは、刃を一切交えること無く、後退をしながら武器を弓銃ヤブサメに持ち替えて発砲!光弾の直撃を喰らったベンケイが仰向けに倒れる!


「卑怯と言われようが、セコいと言われようが、

 俺は、紅葉を駒扱いする連中に、容赦をする気は無い!」


 身構えながら、ナガヨシをチラ見するEXザムシード。紅葉が抵抗を続けているらしく、ナガヨシは動きを止めたままだ。最優先で助けてやりたいが、その為には邪魔者を排除しなければならない。ベンケイとイゾウだけでなく、抵抗をするなら、里夢と退治屋CEOも叩き伏せるつもりだ。


「おい、夜野君、どうなっているんだ?」


 眼前の出来事は、喜田CEOにとっては想定外。スペクターを召喚すれば、圧倒的な戦闘能力を見せ付けていると期待して手を貸したのに、まるで話にならない。


「燕真君が、想像以上に強いのよ。まさか、これほどとは思わなかったわね。

 強制的に従えた依り代(紅葉)は、戦力外。

 同調をしてもボンクラ(日部&茂面)では、一流のスペクターを使い熟せない。

 おかげで、良いデータが取れたわ。」

「何を悠長な!どうするのだ!?」

「ふふふっ・・・安心してください、CEO。

 今回のプロジェクトには、もう一手布石があるの。」


 ここまでは、妖幻ファイターの使役対象が、妖怪から歴史上の英雄に変わっただけ。里夢は、依り代が主導権を握った状態で、どの程度、スペクターを使い熟せるかを確認していた。だが、それだけで終わらせるならば、手間をかけて英雄を召喚をした意味が無い。


「小娘を乗っ取っている妖怪(清姫)には、

 小娘(紅葉)の体から出て行ってもらって構わないわよ。」

「ん?それでは、依り代を操れないのではないのか?」

「乗っ取ってもらった目的は、スペクターとの契約を結ぶ為。

 もう、依り代の意思など関係無いと言っているの。」

「どういうことだ?」


 里夢は、不敵な笑みを浮かべて掌を翳す。


「弁慶、岡田以蔵、森長可!依り代の命を糧にして、肉体を支配しろ!」


 里夢が、ベンケイ&イゾウ&ナガヨシに指示を出すと、スペクター達が青白い魔力の光を放ち、スペクター達の支配力が増幅された!


「ひぎぃぃぃっっ・・・怨念に・・・」

「乗っ取られる・・・CEO、助けて・・・ぐわぁぁぁぁ・・・・・・・」


 悲鳴を上げるベンケイ(日部)とイゾウ(茂面)。ベンケイの変身者とイゾウの変身者が、弁慶と岡田以蔵の念に、魂を掻き消されて事切れる。それは、ブロントの怨念が依り代を食い潰したのと同じ現象。


「お、おい、夜野君。俺の部下達は・・・?」


 ブロント事件では、依り代を食い潰すことでスペクターが本来の実力を発揮することを学んだ。アポロ事件では、スペクターと依り代の相性が良く、且つ、依り代の霊的才能が高ければ、スペクターが生前以上に強くなることを知った。リンクス事件では、アポロ事件を焼き廻したが、依り代を洗脳状態にしても、上手く機能しないことを経験した。

 つまり、命令伝達の間に挟まる依り代の人格は邪魔なだけ。依り代など、ただの燃料タンクと位置付けた方が計画は円滑に進む。

 今回のプロジェクトの目的は、英雄そのものを、戦力として扱うことにある。依り代は、スペクターに肉体を与える為の媒体であり、依り代の人格や生命などは無用。


「彼等の魂は、英雄達に捧げられたわ。」


 喜田CEOは、腹心の部下が犠牲にされることなど聞いていない。スペクタープロジェクトの全容と、里夢の冷酷さを初めて知り、驚愕をする。

 一方の里夢からすれば、退治屋内で立場を失いつつある喜田など、頼れるパトロンではなく、ただの駒でしかない。


「うわぁぁっっっっっっっっっっ!!!

 変なオッサン(森長可の霊)が、ァタシを踏み潰そうとするぅぅぅっっ!」


 スペクターに魂を潰されかけているのは紅葉も同じ!蹲る妖幻ファイターナガヨシの中から、紅葉の悲鳴が聞こえる!


「紅葉っ!!」

「燕真っ!助けて、燕真ぁぁっっっっ!!!」

「シッカリするんだ!負けるな!!」


 駆け寄るEXザムシード。妖刀オニキリを装備して呪文を唱え、霊体斬りモードに変える。だが、妖気の類いならともかく、魔力媒体の霊を、妖力起源の刃で切れるのか?長可の霊には干渉せず、紅葉の魂にダメージを負わせることにはならないのか?試したことが無いので解らない。EXザムシードは、妖刀を振り上げたまま戸惑い続ける。


「ソイツ(ザムシード)の声が邪魔で、長可が覚醒しない!

 弁慶!以蔵!ソイツを潰しなさい!!」


 里夢は、戦闘よりも紅葉のフォローを優先させるザムシードを見逃さなかった!これまでのプロジェクトを失敗に追い込んできた佐波木燕真という青年には興味があるが、興味や愛着で目的を見失うつもりは無い!むしろ、彼をコレクションに加えるチャンスと判断して、『Li』メダルを翳しながら駆け出す!


「マスクドチェンジ!」


 里夢の体が青白い光に包まれ、マスクドウォーリアリリスにチェンジ完了!ベンケイ&イゾウと共に、ザムシードに押し寄せる!


「アイツ等を蹴散らして直ぐに戻る!だから、気をシッカリと保つんだ紅葉!」


 妖刀オニキリを構えて迎撃の体勢になるEXザムシード!だが、紅葉に危機に動揺をして、依り代を潰して肉体を得たスペクター達が、ワンランクパワーアップしていることを想定していなかった!


「うおぉぉぉっっっっっ!!!千閃乱舞!!」


 ベンケイの発する無数の突きがEXザムシードを襲う!EXザムシードは、ナガヨシ(紅葉)を庇いながら、妖刀でベンケイの突きを弾くが、先程までの奥義とは、速さも重さも別次元だった!無数の突きがEXに着弾!

 弾き飛ばされ、悲鳴を上げながら宙を舞うEXザムシードに、納刀をしたイゾウが飛び掛かる!


「はぁぁっっっ!!奥義・鏡心抜刀!!」


 イゾウの抜刀術がクリーンヒット!EXザムシードは、勢い良く弾き飛ばされて、全身から火花を上げながら地面に墜落!エクストラモードが解除されて、ノーマルフォームに戻ってしまう!


「ふふふっ!燕真君!アナタの魂・・・私のコレクションに加えてあげる。」


 仰向けになったまま動けないザムシード対して、デスサイズを振り上げたリリスが襲いかかる!


「燕真っっっ!!!!立ってぇぇっっ!!」


 目の当たりにした紅葉が、蹲る妖幻ファイターナガヨシの内側で、悲鳴に似た声で燕真の名を叫んだ!


ドクン!

「うわぁぁぁっっっっっっ!!」


 心拍の高まりと共に、紅葉の中で「ドォンッ!」と音を立てて何かが弾け、ダムが開かれて堰き止められていた物が流れるように、霊力が溢れ出す!

 紅葉が、限界の更に奥を解放するのは、これで3回目。氷柱女は、「上辺の霊力に覆われて隠された真の力」「上辺を枯渇させなければ真価は発揮はされない」と表現していた。

 ただし、これまでとの違い、眼前に、燕真の魂を狩ろうとする‘明確な敵’がいる!紅葉の発する霊力が、攻撃的な妖力に変化をする!


「燕真ぁぁっっっ!!!!」


 妖幻ファイターナガヨシの中から、闇色をした‘別の右手’が出現!ナガヨシの頭を掴んで、まるで皮でも剥ぐように、力任せに引き剥がし、コアにされていた紅葉が姿を見せる!更に、闇色の‘別の左手’が、清姫の首を掴んだまま出現!紅葉の全身は闇に覆われており、紅葉の影には、頭部に角が生えている!


「んおぉぉぉっっっっっっっっ!!!」


 闇色の手は、紅葉の手と重なり、紅葉が力を込めると、ナガヨシの顔面を潰し、清姫の首をもぎ取った!森長可の霊は青い霧となって、清姫は闇の霧となって消滅をする!


「紅葉っっ!!」


 ザムシードは、痺れている体に活を入れて、上半身を起こして紅葉を見つめる。


「何が・・・起きているの?」


 リリスは、デスサイズを止め、棒立ちのまま、紅葉を眺めている。紅葉の様子は、リリスが想定したスペクタープロジェクトと違う。何が起きているのか理解が出来ない。


「オマエ達・・・殺す!!」


 全身が強大な妖気で覆われた紅葉が、炎のような赤色に変化した瞳で、リリス&ベンケイ&イゾウを睨み付ける!

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