紅葉編①序章

第35話・理想の依り代

 文架市内のビジネスホテルの一室で、夜野里夢が、プロジェクトの進捗状況を大魔会の総帥に報告する。

 同僚・キュリアについては、言うまでも無く、「退治屋との交戦で戦死した」と報告をしてある。その結果、総帥の指示で、里夢がプロジェクトリーダーに繰り上げられた。既に合流済みのカリナは短絡的、数日後に来日をする幹部は脳筋、どちらも、サーバントリーダーだったキュリアと比べれば、遥かに扱いやすい。


「フフフ・・・全てが思惑通り。」


 念を増幅させてくれる駒(根古佑芽)を失ってしまったが、特に焦りはない。協力者に対しては、意図的に連絡をせずに焦らしている‘あちら側’が、そろそろ痺れを切らして連絡をくれるだろう。


「喜田御弥司・・・貴方は、こちらの船に乗るしか無い。」


 ブロントは粉木を恨んでおり、アポロは麻由を守りたかったので、偶発的に利害が一致して、文架の退治屋と敵対関係になった。リンクスは、敵対意志が無かったので、望み通りの結果に繋がらなかった。

 だが、敗者となって遺恨を残した‘歴史上の英雄や豪傑の類い’ならば、攻撃的な戦力として期待できる。


「さて・・・依り代の人選は・・・。」


 里夢が操作するパソコン画面の、複数の‘才能の高い依り代’候補の中に、紅葉の顔と名前が表示されている。




-怪士対策陰陽道組織・東京本部-


 砂影滋子が、大武COOのオフィスを訪れていた。砂影、大武共に、苦々しい表情をしている。


「まさか、CEOが、その様な、陰陽の外法を・・・。

 信頼に値する砂影さんの言葉ですが、直ぐには信じられませんね。」


 親の立場ならば、息子を復活させたい気持ちは理解できる。だが、陰陽の外法に踏み込み、且つ、個人的理由で就学生(根古佑芽)に汚れ役を押し付けようとした者に、退治屋トップの資格は無い。


「でしょうね。それが普通の反応ちゃ。

 私だって、何かの間違いであってほしいわ。」


 決定的な証拠があれば、即座に喜田CEOへの勧告をできるのだが、里夢の証言だけでは材料不足。しかし、放置もできないので、砂影は、文架市のリンクス事件の一連と、里夢の「全てが喜田CEOの指示」という証言を、組織のNo2・大武剛に報告していた。


「現時点では、あとは俺に任せてください・・・とは言えませんが、

 こちらでも調査をしてみましょう。」


 部外者(里夢)の証言よりも、喜田CEOを信用したい。しかし、文架市の事件が、喜田の指示と仮定すると、全ての矛盾が解消されてしまう。


「頼んだわよ、大武副社長。」

「砂影さんも・・・新たに何らかの情報を得たら、教えてくださいね。」


 退席をする砂影と、見送る大武。砂影がCOO室から出て遠ざかるのを確認してから、秘書の迫天音が室内に入ってきた。


「話は聞いていたな?」

「はい。」

「なかなか良い風が背中を押してくれるじゃないか。

 砂影さんや幹部連中、そして文架支部やが気付きやすいように、

 CEOを追い落とすネタを集めて、バラ蒔いてくれ。」

「こうなるように仕向けたのに、まるで、運良く追い風になったような言い方ね。」

「おいおい、今の俺の立場は、退治屋のCOOだ。

 ボンボンの追い落としなど、決して望んではいない。

 組織を円滑に廻す為に、涙を飲んで、

 現CEOを辞任勧告に追い込む材料を集めねばならぬのだよ。

 他の者が聞いたら勘違いをするような物言いはやめてくれないか?」

「勘違い?・・・まぁ、そういうことにしておきましょう。・・・ふふふっ」


 大武剛と迫天音は、砂影の前では決して見せなかった不気味な笑みを浮かべる。




-数日後・CEO室-


 文架市で発生した事件は、「喜田CEOが画策した」と尾ヒレを付けて本部内で噂になり、巡り巡って喜田本人の耳にも入っていた。


「くそっ!どうなっているんだ!?」


 自分自身を蚊帳の外に置く為に、直属の部下ではなく、いつでも切り捨てられる就学生を「姉の名誉回復」で釣って派遣したのに離反をしてしまった。しかも、彼女を庇護しているのは、喜田が目の仇にしている文架支部だ。


「ジジイめ!」


 閑職に追い込み、権力を奪ったはずの粉木勘平のが、喜田CEOの足元を崩そうとしている。


「あの女は、何をやっているのだ!?」


 活動を黙認すれば夜野里夢が死者の復活を為してくれる約束のはずだが、彼女からの連絡は無い。スマホを握り締め、現状報告を得る為に、里夢に連絡を入れる。




-文架市の東・須弥山-


 茨城童子が、座禅を組んで瞑想をしていた。市街地付近では、退治屋のセンサーで感知されてしまうので、遠く離れた山中を修行場にしている。自然と一体になって、ゆっくりと呼吸をした後、手応えを感じて眼を開けた。


「ふむ・・・癒えたか。」


 この3ヶ月間、茨城童子は、人間のフリをして息を潜め続け、戦いで失われた妖力を回復させた。

 大嶽丸は、「酒呑童子の復活に失敗をした理由は、酒呑童子の魂が別の者に転生した為」と言っていた。


「それならば、転生した者の命を摘んで、御館様の魂を取り戻す!

 我が忠誠に、一片の変化も無し!」


 酒呑童子が何に転生をしたのか解らなければ、妖怪騒ぎを発生させて炙り出すのみ。

 人間態・伊原木鬼一に姿を変え、愛車の青いドゥカティ・パニガーレV4(バイク)に跨がり、文架市街へと帰る。




-文架市東のスーパーの駐車場-


 妖怪事件発生。燕真と紅葉はホンダ・NC750Xに、雅仁はヤマハ・MT-10に、根古佑芽はホンダ・VFR1200Fに乗って到着をする。人々は逃げ出して、無人になった駐車場で、一本足の生えた傘が跳び跳ねていた。


「いたっ!カラカサコゾーだねっ!」

「幻装っ!」×3


 燕真&雅仁&佑芽が、Yメダルをベルトのバックルに装填して、妖幻ファイターザムシード&ガルダ&リンクス登場!それぞれが、武器を装備して、カラカサ小僧に向かって行く!


「カッサッサァ~!」


 カラカサ小僧が、胴(傘)を広げて、一本足を軸に回転をすると、数本の親骨が飛んで来た!ガルダは妖槍を振るって弾き飛ばすが、ザムシードとリンクスには着弾!


「何をやっているんだ?君は、飛び道具の予測もできないのか!?」

「出来ねーよ!」


 弾き飛ばされたザムシード達を尻目に見ながら、ガルダが突進をして妖槍を振るう!穂先がカラカサ小僧の小間を貫通!


「カッサッサァ~!」


 カラカサ小僧は、胴(傘)を畳んで、自分自身を振り回して、ガルダの槍に応戦する!


「なにっ!?傘を剣のように振り回すだと!?奇抜なっ!」


 妖槍の穂先と、カラカサ小僧の頭ろくろが激突!弾き飛ばされたカラカサ小僧は、一本足で着地をすると同時に、ガルダに頭ろくろを向けて跳び跳ねた!


「なにっ!?傘で刺突だとっ!?」


 想定外の攻撃手段に動揺をするガルダ!カラカサ小僧の刺突がガルダに届く直前で、真横から接近してきたザムシードが、妖刀でカラカサ小僧の胴を思いっ切りブッ叩いた!親骨、及び、中棒が折れて、地面に叩き付けられるカラカサ小僧!


「何をやっているんだ?

 オマエは、傘を武器のように振り回すって予測もできないのか!?」

「振り回すなど、傘の使い方に反している!」

「傘ってのは、小学生には、そ~ゆ~使い方をされるんだよ!」


 カラカサ小僧は、大ダメージを受けて戦闘不能。ガルダに呼ばれたリンクスが、研修を兼ねて、へし折れて動くことも開くことも出来なくなったカラカサ小僧を浄化する。白メダルに『傘』の文字が浮かび上がり、封印が完了したのを確認して、変身を解除。


「さぁ、討伐完了。帰るぞ。・・・乗れ、紅葉。」

「・・・むぅ~~~。」


 燕真の催促に応じてNC750Xのタンデムに乗る紅葉は、露骨に不満な表情をしている。


「どうした、紅葉?」

「ニャンニャン(佑芽)ばっかり変身してズルい。

 ニャンニャン、正式なよーげんファイターぢゃないんでしょ?」

「まぁ・・・そうだけどさ。」

「新参者のクセに、ァタシより先に変身するとか、有り得なくね?」

「オマエは部外者。佑芽ちゃんは就学生。

 少なくとも、オマエよりは変身する資格がある。」

「ァタシ、部外者ぢゃないもん!」


 佑芽は、正式に妖幻システムを受領した立場ではないが、「姉の遺品のシステムを所持している」「私も役に立ちたい」という理由で、妖怪討伐に参加をしており、サポートをするガルダが、リンクスの師に近い状況になっていた。


「今度、護符の効果的な使い方や、銀塊の霊封も教えてください。」

「ああ、時間に余裕がある時に・・・な。」

「本部で就学している時よりも、良い勉強になりますね。

 きっと、雅仁‘先生’の指導が上手なんですよ。」

「先生はよせ。」


 リンクス(佑芽)は、戦闘経験値を積んだザムシード(燕真)やガルダ(雅仁)と比べて、戦闘力が大幅に劣るが、裏を返せば、下級~中級妖怪程度の討伐ならば、ザムシードとガルダと一緒ならば、リンクスが危機に陥る可能性は低いので、「佑芽の実戦経験を積む」という意図を込めて、粉木は敢えて黙認をしている。

 ・・・というか、完全部外者の紅葉が当たり前のように妖怪退治に同伴する状況で、「就学生の佑芽は危険だから行くな」とは言えない。つまり、紅葉は文句タラタラだが、佑芽の実戦参加を止められないのは、1周廻って紅葉の所為なのだ。


「それにさっ!なんでニャンニャンが、燕真が前に乗ってたバイクに乗ってんの?」


 愚痴の内容が聞こえない雅仁と佑芽は、気にせずに乗ってきたバイクに跨がった。 佑芽は、粉木の許可を受けて、燕真のお下がりのホンダ・VFR1200Fを借りている。


「紅葉ちゃんが、佐波木さんに、なんか文句言ってますね。」

「いつものことだ。気にする必要はあるまい。」


 燕真が紅葉に愚痴られるのは、最近では毎度のこと。ついでに、雅仁が、朴念仁で他人の機微を把握できないのも毎度のこと。


「フツーなら、燕真のお下がりゎ、ァタシがもらうのがパターンぢゃね?」

「そんなパターンは無い。

 そもそも、オマエ、バイクの免許持ってねーだろ。」

「免許取るモン。」

「母親にダメって言われたんだろ?」

「・・・むぅ~~~。」


 雅仁と佑芽がバイクをスタートさせたので、紅葉を乗せた燕真も、少し遅れて後から続く。




-YOUKAIミュージアム-


 今は。高校生は春休み。燕真達の出動中は、麻由と粉木が店番をしている。粉木は、燕真が妖怪討伐に慣れていなかった頃は共に出動をしていたが、協力者が増えた最近では、「強敵出現」以外の時は、戦闘は燕真達に任せる機会が増えた。


「ただいまぁ~!」

「お疲れ様でした。」

「楽勝だったぞ!」

「ご苦労やったな。店が繁忙してるさかい、報告は後でええで。」


 燕真は、いつも通りに2階に上がって、博物館の受付カウンターに収まる。紅葉と雅仁と佑芽はフロアスタッフの衣装に着替えて店内に立つ。入れ替わりで、粉木は事務室に引っ込んで、エプロンを外した麻由は、2階に上がった。

 すると、店内で食事を終えた数人の客が「待ってました」と言わんばかりに、博物館を見学する為に2階へと上がる。


「・・・むぅ~~~。」


 紅葉は、先輩格の自分を差し置いて、麻由が燕真と一緒に2階を担当しているのが面白くない。


「あっ!紅葉ちゃん、また、2階に行っちゃうの?」


 佑芽に呼び止められるが聞く耳を持たず、喫茶フロアが繁忙時間のことなどお構い無しで、階段を上がってしまう。雅仁と佑芽は、溜息を付いて顔を見合わせた。


「まぁ・・・いつものことだ。」

「ホント、紅葉ちゃんって、佐波木さんにベッタリなんだね。」

「仕方が無い。喫茶フロアは、俺と君で維持をしよう。」

「は~いっ!2人で頑張ろうね、雅仁さんっ!」

「う・・・うむ(急に馴れ馴れしい口調?・・・女性の思考は解らん)。」


紅葉が2階に来ると、麻由が客達に展示物の説明をしていた。


 「この刀は、11世紀前半に亜弥賀の地を治めていた武将が、

  源氏の頭領から拝領した刀で、その後、妖怪退治に・・・」


 紅葉は、受付カウンター内でボケッと麻由や客達を眺めている燕真に詰め寄った。


「燕真っ!ハトポッポを見て、エッチなこと考えてたでしょ?」

「はぁ?鳩を見てエッチ?なんだそりゃ?」

「麻由のことだよぉ~!鳩に似てるぢゃん!」

「似てるか?」

「ソックリだよ。ハトポッポとエッチなことしちゃダメだからね!」

「見学客が居るのに、出来るわけがねーだろ!」

「んぇぇっっ?お客さんが居なかったら、する気なの!?」

「そーゆーつもりで言ったんじゃない!

 ワケの解らんケチを付けるなって言ってんだよ!」

「でも、ハトポッポに誘惑されたら、するでしょ!?」

「誘惑なんてされねーよ。彼女の目当ては粉木ジジイだぞ。」

「だいたい、何で新参者のハトポッポが2階を担当してんの?」

「それは、葛城さんは、オマエと違って、勉強好きで知識が豊富だから・・・」


 麻由のYOUKAIミュージアム参加は、想定外の利益をもたらしていた。粉木の力になりたい麻由は、喫茶店が‘ついで’で、メインはあくまでも博物館と知り、妖怪のことを勉強した。その甲斐があって、博物館の展示物に、文架市の歴史的背景を重ね合わせて説明できるようになり、ギャラリーアテンダントに就任した麻由の説明を聞きたい客達がリピーターになったのだ。粉木に、その気は無いのだが、多分、入場料を倍にしても客は来る。


「ヨーカイバスターゎ、ニャンニャン(佑芽)の方が活躍してるし、

 ミュージアムゎ、ハトポッポ(麻由)の方が活躍してるし、

 ァタシが活躍するところが無いぢゃん!」

「そんなこと無いだろ。」

「それにさぁ・・・前回の事件はニャンニャンばっかり目立ってて、

 その前の事件はハトポッポばっかり目立ってって、

 ァタシ、この物語のヒロインなのに、スッゲー影が薄いぢゃん。」

「・・・そうかもしれないけど、メタ発言はやめれ。」


 麻由のおかげで、2階もそれなりに繁盛をしているが、受付の燕真は、入場料を取る以外にする事が無いので、相変わらず暇だ。




-夜-


 博物館フロアは、喫茶フロアよりも早く閉館をする為、2階の仕事と戸締まりを終えた燕真と麻由が、1階に降りてきた。客は少なく、カウンター内には雅仁と佑芽が居て、空いている席に座った紅葉が、分厚い本を読んでいる。


「紅葉が勉強なんて珍しいな。」

「文架市の歴史を勉強しているみたいだよ。」

「紅葉ちゃんも、ギャラリーアテンダントをしたいらしい。」

「それは頼もしいですね。」

「葛城さんは、文架市の歴史に詳しいのね。」

「文架の時代背景を合わせた妖怪の説明は、聞き応えがある。

 大したものだ。客からの評判も良いぞ。」


 文架市の歴史は深く、駅周辺は城跡で、川東の鎮守町、及び、川西の御領町は古戦場。源氏の血統、下克上を果たした戦国武将、外様大名~天領地と統括者を変えて、源平時代、戦国時代、幕末等々、様々な時代の出来事に係わっている。

 古来の妖怪退治は武士の務めであり、且つ、武勇伝なのだから、城下町に妖怪の伝承がセットになるのは当然なのだろう。


「文架市の歴史は小学校で習いましたからね。」

「つまり、紅葉は、小学校時代の勉強を、今しているのか?」


 やがて、最後の客が帰り、店は戸締まりと後片付けをする。


「んじゃ、また明日っ!」

「申し訳ありませんが、明日は部活動があるので、入りは午後からになります。」

「申し訳あれへんなんて思わんでええ。

 高校生は高校生らしゅう、学校の活動優先や。」


 紅葉と麻由を家に送るのは、燕真の役割になっていた。雅仁&佑芽&粉木が、帰宅をする3人を見送る。


「粉木さん、30分ほど土蔵を借りても良いでしょうか?」

「ああ、構わんよ。今日も霊封か?精が出るのう。」

「あっ!銀塊を霊封を教えてくれるんですか、雅仁先生!」


 佑芽は、「早速、昼間の頼みを受け入れてくれた」と目を輝かせて、隣に立つ雅仁を見詰める。


「いや、君への指導は、店の閑散時間に行う。

 限られた時間帯は、俺自身の為に使わせてもらいたい。」

「・・・あらら。」


 しかし、雅仁が土蔵に隠るのは、自分の為だった。佑芽は残念そうに苦笑い。粉木は、雅仁が、佑芽の「一生懸命で可愛らしい後輩を演じて雅仁と接点を持とうとする気持ち」に全く気付いていないことに呆れてしまう。


「霊封の基礎くらいなら、ワシが居間で教えたるで。」

「は、はい・・・ありがとうございます。」


 土蔵に隠って座禅を組んだ雅仁は、「無駄なく効率的な消耗」をイメージしながら、全身から霊力を放出する。ハイパーガルダは、封印妖怪の天狗の力を開放したうえで、雅仁自身の力で抑え込んで、調整しながら戦う。つまり、天狗を抑え込む霊力次第で、ハイパーガルダを維持できる時間が左右される。霊力使用の精度を上げることと、内在霊力の絶対値の底上げが、今の雅仁の仮題だった。




-川西・穂登華-


 自転車に乗る麻由と、バイクで後から低速で付いてきた燕真&タンデムに乗る紅葉が、麻由のマンション前に到着をする。


「ありがとうございました。」

「おう!また明日な。」 「バイバァ~イ!」

「おやすみなさい。」


 麻由がマンションに入るのを見届け、バイクをUターンさせて、次は紅葉を送り届ける為に広院町へと向かう。燕真的には、この送迎順序は時間の無駄にしか思えないのだが、紅葉は、この順番じゃないと納得をしてくれない。



-数日前-


 春休みに入ると、麻由は、YOUKAIミュージアムを手伝う為に、毎日、訪れるようになった。麻由がYOUKAIミュージアムに通う目的が‘粉木への好意’ということは、本人に隠す気が無いので、スタッフ間では周知されている。本来ならば、粉木が麻由を送るのが理想的なのだが、自転車で訪れる麻由を車で送り届けるワケにはいかない。


「燕真、麻由ちゃんも送ったれ。」

「なんで俺が?」

「毎日、お嬢を送っとる序でや。」

「紅葉の家は近所、葛城さんの家は川西、全然‘ついで’になってねーよ!」

「なら、オマンは、若い乙女を、遅い時間帯に一人で帰らせるつもりか?

 どうせ、家に帰っても、ボケッとテレビを見るか、

 ゲームで時間の無駄使い以外に、することはないんやろ?」

「せ、正解。・・・解ったよ!送れば良いんだろっ!」


 こうして、燕真が、紅葉と麻由を送ることが決まった。自転車で帰る紅葉と麻由の後から、バイクに乗る燕真が付いて行って、先ずは近所の紅葉を送り、続けて麻由を川西の麻由を送って、バイクでスッ飛ばして帰ってくる。これが最も短時間で2人を送り届ける手段なのだが、紅葉が拒否をしやがった。


「ァタシをおうちに帰らせたあとで、燕真と麻由で遊びに行くんでよ!?」

「行かねーよ!」

「麻由を先に送って、あとからァタシを送るのっ!」

「おいおい、スゲー時間の無駄だぞ。」

「時間のムダでもイイっ!」


 紅葉の主張に押し切られ、YOUKAIミュージアムから、先ずは紅葉のマンションに行って紅葉が自転車を置き、燕真のバイクの後ろに乗って、自転車の麻由を川西の麻由のマンションまで送り、そのあと、燕真が紅葉のマンションを経由して、紅葉を降ろす。チョット理解に苦しむが、紅葉はそれで満足らしい。



-今に至る-


「ねーねー!これから、どっかに遊びに行こうよ!」


 タンデムで燕真の背中に掴まっている紅葉が提案をするが、燕真は相手にしない。


「行かねーよ。」

「春休みなんだからイイぢゃん!」

「もう3年生だろ?受験勉強しとけ。」

「つまんな~い!

 なら、今日は帰って勉強してあげるけど、

 代わりに、春休み中に、燕真の亡国に行ってみたい!」

「滅んでねーよ!亡国じゃなくて故郷な!」

「真紀ねーちゃん(紅葉の従姉)と同じ美宿市だよね!?」

「そうだけど、行ってどうすんだよ!?」

「燕真のパパとママに会って挨拶すんの!

 燕真が公私混同してます・・・って!」

「公私混同じゃなくて、公私ともにお世話になってます・・・だ!

 まぁ・・・正確には、公私ともに迷惑を掛けています・・・だけど。」

「フシダラですがお願いしますって言った方が良いかな?」

「初対面で、自分をフシダラってアピールしちゃダメだろ。」

「なら、ミダラって言った方がイイ?」

「もっとダメ!俺が人間性を疑われる!

 そこは、ふつつか者ですが宜しくお願いします・・・な。

 公私混同をして、フシダラなオマエと淫らな関係なんて紹介をしたら、親が泣く!

 ってゆーか、故郷に行く気もは無い!」

「燕真のパパってどんな人?手作りのお菓子持ってったら、食べてくれる系?」

「オマエ、俺の話聞いてる?」


 燕真は、紅葉の‘先走りすぎ’に呆れつつ、「父親のいない紅葉は、父親の面影に憧れているのだろう」と一定の配慮をする。


「会社員やってるよ。」

「燕真ゎパパのこと好き?」

「好き嫌いで判断したことは無いけど、嫌いではない・・・かな。」

「ァタシも燕真のパパのこと好きになれるかな?」

「さぁ・・・それは解らん。」

「お父様って呼んであげるのと、パパって呼んであげるのなら、どっちがイイ?」

「そこは‘佐波木さん’じゃねーか?いきなり馴れ馴れしいのはダメだろ?」

「ァタシ、パパいないから、パパのこと、よくワカラナインだよね。

 ママに聞いても、カッコ良かったって言うだけで、詳しく教えてくれないの。」

「父親ったって、そんなに特別なモンじゃない。

 粉木ジジイと直ぐに意気投合したオマエなら、

 俺の父親とも、直ぐに仲良くなるんじゃねーか?」

「うへへへへへっ!」

「だからって、春休み中に会わせる気は無ーけど。」


 バイクは、広院町の紅葉のマンション前に到着。タンデムから降りた紅葉は、「その話、今する必要あるか?」的な世間話を「いつ終わる?」って勢いで話し始めたので、燕真は「明日聞く」と適当に打ち切って、帰宅をする。




-サンハイツ広院(紅葉のマンション)-


「ただいまぁ~。」


 紅葉が帰宅をすると、入浴を終えた母・有紀が、リビングのソファーで肌の手入れをしていた。紅葉は、着ていた防寒具を適当に脱ぎ散らかして、母親の隣に座る。


「脱ぎっぱなしにしないで、片付けなさい。」

「ぅん、あとで片付ける。」


 そう言って、紅葉が片付けたことは殆ど無い。たいていは放置されていて、見かねた母親がハンガーに掛ける。


「ねぇねぇ、ママ?ァタシのおうちって、ご先祖様は源氏なんだよね?」

「そうだけど、急にどうしたの?」


 源川家は源氏の血統を受け継いでいる・・・と言えば格好良く聞こえるが、源氏の血を引く者など、平安時代後期や鎌倉時代や戦国時代になれば、幾らでもいる。

 戦国時代になると、「源氏や平氏の出身」を金で買う血統詐称まで発生しており、名門の血筋の御利益なんて、有るのか無いのか、良く解らない状態に成っていた。


「ご先祖様って、妖怪退治してたの?」

「あくまでも伝承ね。」

「妖怪をやっつけたことを書いた日記とか、妖怪をやっつけた刀とか無いの?」

「無いわよ。急にどうしたの?」

「ん~~~・・・無いならイイや。」


 家に先祖代々伝わる宝剣とかがあって、それをYOUKAIミュージアムに寄付してあげれば、きっと、説明係は紅葉になる。そんな期待を込めて聞いてみたが、残念ながら無いらしい。


「そもそも、妖怪なんて実在しないわ。

 正体不明の野党や、災害や、疫病の類いを、妖怪として扱っただけよ。」


 有紀は、紅葉の前では妖怪を否定したが、妖怪が実在することを知っている。源氏の血が、自分に隔世遺伝をしている自覚もある。しかし、高校卒業から紅葉を妊娠するまで退治屋に従事していたことや、紅葉の出生の秘密を知られたくないので、何も知らない一般市民を装って「妖怪など存在しない」で通す。


「妖怪ゎいるもん。」


 母親の「一般人のフリ」に騙された紅葉は、「ママぢゃ話にならない」と立ち上がってリビングから出て行こうとする。


「紅葉、外出する時は、御守りは、ちゃんと身に着けているわよね?」

「ママの命令なんだから、着けているよ~。

 忘れてくと、ママ、スッゲー怒って追い掛けてくるぢゃん。」

「命令じゃなくて、お願い。追い掛けるんじゃなくて、届ける。

 そこは間違えないでね。」


 紅葉は、外出時には、必ず、御守りを身に着けるように、母・有紀からキツく言われている(第4話参照)。一般的な御守りとは、神の加護で、文字通り、守ってくれる物。だが、紅葉が持っている御守りは、少しばかり違う。亜弥賀神社の加護で外敵からの霊的干渉を防ぐと同時に、御守り内に有紀が圧縮した結界を封じ込めることで紅葉の潜在能力を抑える効果を発揮していた。有紀が定期的にメンテナンスをする必要がある為、年1回ではなく、数回の交換が必要なのだ(第4話参照)。


「同じようなもんだよぉ~。」


 御守りの有難味を把握していない紅葉は、面倒臭そうに対応をして、自室へと去って行く。




-本陣町・燕真のアパート-


 燕真が帰宅をすると、既に部屋には灯りが点いていて、室内には雅仁がいる。燕真は非常に不満だ。


「いつまでも俺の部屋に居座っていないで、いい加減に自分の部屋を借りろよな。」

「すまんな。なかなか、内覧の時間が作れなくて。

 数日後には出て行くから、もうしばらく泊めてくれ。」


 雅仁は‘忙しい所為’にしているが、実際は、何処に行って何をすれば、マンションやアパートを借りられるのかが解らない。燕真は、なんとなく察しが付いているので、呆れつつも、追い出す気は無い。


「聞き飽きた。何日前から‘数日後に出て行く’って言ってるんだよ?」


 雅仁が粉木邸に下宿をするようになってからは、燕真も妙な対抗心を燃やして、粉木邸に居候をする機会が多かった。だが、まさか、そのまま2人揃って、燕真のアパートで共同生活をするとは思っていなかった。

 理由は、根古佑芽が粉木邸で下宿をしている為。粉木邸には、部屋数があるので、雅仁と佑芽が同じ部屋で寝泊まりをする必要は無い。粉木が燕真と雅仁を同室に押し込めたのは、あくまでも、2人に協調性を持たせる為だった。だから、雅仁が、そのまま粉木邸に下宿をしても、何の問題も無い・・・が


  「一つ屋根の下で、血縁の無い若い男女が共同生活などをしたら、

   取り返しの付かない間違いが発生してしまう可能性がある。」


 もの凄く真面目な理由で雅仁が拒否をして、一ヶ月前から「数日で出て行く」と言って、燕真のアパートに住み続けている。


「人間関係を勉強する為に、

 取り返しの付かない間違いの一つくらい起こせっての。」

「何を言っているんだ?気持ちの悪い奴め。

 俺と君で間違いが起こるわけが無かろう。」

「そう言う意味で言ったんじゃねーよ!据え膳食わぬは男の恥って言いたいんだ!」

「ん?女性から言い寄ってくるのに受けないのは男の恥と言っているのか?

 何を意味の解らないことを?

 自ら言い寄ってくるような慎みが無い女性など、この世には存在しない。

 そもそも、ジェンダーレスの時代に、なんという時代錯誤な差別を?」

「・・・もう、この話はイイや。」


 燕真視点では、佑芽は雅仁を慕っているように見えるのだが、本人は全く気付いていないらしい。


「どっちが、時代錯誤で差別的なんだよ?

 世間知らずのクセに、クソ真面目に男女平等を語るオマエを相手に、

 この話を進展させる自信が無い。」


 いつも通りに、適当にテレビ番組を見て時間を潰しつつ、順番に風呂に入って、燕真はベッドで、雅仁は床に布団を敷いて、就寝をする。




-粉木邸-


「お風呂、いただきました~!・・・うわっ!寒っ!」


 佑芽が入浴を終えて茶の間に顔を出したら、室内は屋外よりも寒くて、粉木はコタツの中で震えており、白い和装の見知らぬ女性が座っていた。


「こんな夜分にお客さんですか?部屋を暖めてあげないと・・・」

「小娘、余計なことはしなくて良い。」

「え?メチャクチャ寒いのに平気なんですか?」

「佑芽ちゃんなら、燕真とは違うて、

 これ(和装の女性)が普通の客ちゃうって解るやろ?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 佑芽は、粉木に言われて和装の女性をジックリと観察して、彼女が人間ではなく、妖怪ということを察する。


「友人の氷柱女、名はお氷や。人じゃなくて妖怪だから、友‘人’とは言わんか?」

「へぇ・・・粉木さんは他の退治屋とは違う価値観を持っているって、

 砂影さんから聞いていましたが、まさか妖怪と友達とは思いませんでした。」

「幼さ丸出しの小娘(紅葉)はやめて、新しい女(佑芽)を作ったのか?」

「ちゃうわ、ボケ!」

「粉木さんの恋人は、私じゃありません。

 可愛い系の紅葉ちゃんみたいなタイプとは違って、

 綺麗系で、長髪で私よりも背の高い、麻由ちゃんって子ですよ。」

「相変わらず盛んだな。」

「それもちゃうわ、ボケ!」


 せっかく風呂で体を暖めたのに、室内が真冬並みに寒くて、湯冷めをしてしまう。佑芽は、灯油ストーブを点火しようとしたが、氷柱女がストーブを睨み付けた途端に、点火スイッチが凍り付いて押せなくなった。


「そんな物で部屋を暖めたら、私が融けてしまう。

 寒さを我慢できないのなら、私が去るまで、湯に浸かっていろ。」

「お、お風呂を上がったばかりじゃなかったら、

 もう少し我慢できるんだけど・・・」


 佑芽は、ストーブを諦めて、『童謡・雪』の歌詞に出てくる猫のように、コタツの中に体を突っ込んで丸くなった。


「何の用や?

 人嫌いのオマン(氷柱女)が、茶を飲みに里に下りてきたとは思えん。」


 寒くて仕方が無いので、サッサと氷柱女に帰って欲しい粉木が、本題を尋ねる。


「鬼のプレッシャーを感じるようになった。」

「・・・なんやと?」

「・・・鬼?」


 粉木が驚いた表情をする。「鬼との抗争」と聞いて他人事ではないと察した佑芽も、コタツから顔(だけ)を出した。格下クラスの鬼ならば、氷柱女は警戒などしない。つまり、氷柱女が感じているのは、幹部クラスの鬼。しかし、酒呑童子(闇の暴走体)の討伐時に、鬼の幹部達は全滅をしたはず。


「どういうこっちゃ?」

「酒呑派閥の生き残りか・・・或いは、別の集団。」

「別の集団・・・大嶽丸の鬼神軍か?」

「解らぬ。いずれにせよ、時折、嫌な気配が漂うようになった。

 これは警告だ。小煩い小娘からは、眼を離すな。」


 佑芽は、氷柱女の遠回しな警告が何を意味しているのか理解できない。だが、粉木は、「紅葉に警戒をしろ」と言われていることを把握する。

 用件を終えた氷柱女は立ち去ろうとするが、氷柱女の行動に対して別の疑問を持っていた粉木が呼び止めた。


「オマン、スマホを持っとるやろ。

 何故、電話をせずに、ワザワザ山から下りてきた?」

「ふん・・・その理由は・・・。」


 粉木は、何か明確な意図があると予想していた・・・が。


「3ヶ月くらい前からスマホが機能しなくなった。

 どうやら壊れてしまったようだ。」


 氷柱女が差し出したスマホの画面は消えており、いくら起動ボタンを押し続けても、全く点灯をしない。氷柱女がスマホを使わずに、ワザワザ山から下りてきたのは、もの凄くショボい理由だった。


「そうか・・・なら、しばらく預かって、何処が故障しているか確認しよう。」


 粉木は、スマホだけ預かって、氷柱女を帰らせようとする・・・が。


「バッテリーが切れちゃっただけじゃないの?」

「あっ!佑芽ちゃん、余計なことを?」


 佑芽が、「私って冴えてる」的な表情をして、余計なことを言いやがった。


「ばってりぃ?それはなんだ?」

「そのスマホ、充電したことある?」

「充電とはなんだ?」

「え~っと、電気を使って、スマホをお腹いっぱいにしてあげること。」

「オマエに、それが出来るのか?」

「もの凄く簡単にできるよ。」

「頼めるか?」

「うん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 佑芽は、別室に置いてある自分の荷物から充電アダプターを持ってきて、氷柱女のスマホと繋いでやる。充電ランプが点灯したので、バッテリー切れで間違いなさそう。これで問題は円満解決だ。・・・が、佑芽は、3分後に、粉木が話題を遮ろうとした理由を理解して、自分の浅はかな行動を後悔をした。


「寒い~~~。」 「凍死してまう。」


 スマホの充電が終わるまで1~2時間、氷柱女は粉木邸に居座ることになる。粉木と佑芽は、真冬並みの温度の室内で、コタツの中に潜り込んで、寒さに耐え続けるしかなかった。




-数日後・文架市の駅西の公園-


「クッソォ!面白くねぇっ!」


 大魔会6星のカリナが、苛立ちながら滑り台を思い切り蹴った。


「なんで、あたし達を打合せから閉め出すんだよっ?」

「そういうな、カリナ。里夢は、このプロジェクトのリーダーだ。」


 金髪長身で端正な顔立ちの青年が、カリナを宥める。彼は大魔会6星のアトラス。「大魔会最強」と評され、キュリア戦死の数日後に合流をしたの幹部だ。


「不満だけど、総帥の指示なんだから、

 アバズレがリーダーってのは仕方無いと思ってる!

 だけど、あたしは、アイツの部下じゃない!同格のはずだ!

 スペクタープロジェクトの方針の打合せまで、アイツ1人に決められたら、

 まるっきり、アイツの手柄にされちまう!」

「落ち着け。誰の手柄かなど関係は無い。全ては。大魔会発展の為だ。

 俺やオマエは、政治的な交渉ごとには向いていない。

 ここは、里夢の手腕を期待しようではないか。」

「・・・チィ!しくじったら、アバズレの顔面を思いっ切りブン殴ってやる!」


 アトラスに宥められて、幾分か気持ちを落ち着けたカリナは、滑り台の降り口に腰を降ろして、正面のホテルを睨み付ける。




-公園前のホテル-


 喜田御弥司CEOが、部下2人を従え、ホテルマンに案内されて小会議室へ。室内では、部屋を借りた夜野里夢が待っており、立ち上がって喜田を出迎えた。


「お忙しいところ、申し訳ありません。ようこそ、お出でいただけました。

 そちらのお二人は?」

「直属の部下の、茂面(もめん)と日部(かべ)だ。」

「同席しても問題は無いのですか?」

「俺の子飼いだ。俺を裏切ることはない。」


 喜田は焦っていた。本部内に「CEOが陰陽の外法に手を染めた」「就学生を使い捨てた」という噂が廻り、「次の役員会で糾弾される」との情報が耳に入ったのだ。 不信任案が提出される可能性は高い。その前に、事態を打開する一手が必要だ。


「早速、本題を説明してもらおうか。」

「スペクタープロジェクト。・・・私達、大魔会は、そう名付けています。」


 退治屋と大魔会の技術を融合させることで、死者を復活させるプロジェクト。成功をすれば、妖怪討伐の前線に送る隊員を、死者と置き換えることが出来る。陰陽の外法に踏み込んでも、「命ある者を危険に晒さない」を建前にすれば、喜田御弥司の「英断」であり「改革」とアピールすることが出来るのだ。


「喜田さんの御協力おかげで、プロジェクトは最終段階まで進みました。」

「能書きは良い。」


 喜田にとって、当初の目的は「失われた息子の復活」だった。だが、自分の立場が危うくなった現状では、先ずは、自身を安定させなければならない。


「早々に最終段階をクリアさせてくれ。その為の協力ならば惜しまない。」

「承りました。」


 里夢は、ハナから「CEOのバカ息子を蘇らせる」等という無駄なことに、労力を使うつもりは無い。甘言で退治屋の技術を得たかっただけ。

 今まで、スペクタープロジェクトの全容を伝えなかったのは、喜田の立場が危うくなり、背に腹は代えられずに下手に出るタイミングを狙っていた為。これで、喜田は面子を守る為に、「たかが就学生」ではなく、「戦力として期待できる者」に協力を指示して、退治屋のノウハウを出し惜しみしなくなるだろう。現に、子飼いの部下2人を、提供してくれるようだ。


「俺は、何をすれば良い?」

「高い才能の有る依り代の確保をお願いします。」

「根古佑芽も、潜在的な才能は、それなりに高いはずだが、

 それ以上の才能が必要なのか?」

「はい。適材者については、既に見当が付いています。」

「ほぉ、話が早いな。」

「ただし、文架支部と敵対関係になってしまった私では動きにくいので、

 喜田CEOに、彼女との接触をお願いしたいのです。」

「彼女?・・・女か?まぁ、よかろう。何処の女を勧誘すれば良い?」


 里夢は、退治屋文架支部と大魔会離反者の抗争の頃から、「彼女」の人間離れした才能には眼を付けていた。しかし、彼女は、常に文架支部の連中と一緒に居たので、協力する演技をしている間は、手を出す事が出来なかった。そして、明確な敵対関係になってしまった今は、接触をすることすら難しい。


「ん?粉木支部長のところに出入りをしているのか?」


 文架支部の関係者と聞いた喜田の表情が曇る。


「あら?退治屋のトップが、地方の閑職に臆したのかしら?」

「いや・・・むしろ逆だ。」


 喜田にとって、粉木とは「約20年前から意に反し続ける部下」だ。目障りなのだが、彼の功績と人望を知る者達の擁護があるので、退治屋から排除をすることができない。しかも、結果的には、彼の派閥がスペクター計画の妨害をしている。


「これも因縁なのだろう。老害の関係者が、俺の糧となるのだからな。」


 喜田が里夢から受け取った写真には、紅葉が写っている。




-翌日・YOUKAIミュージアム-


 優麗高は春休み中だが、今日は登校日の為、紅葉と麻由はバイト入りをしていない。昼の繁忙期を終えた頃、粉木に呼ばれていた源川有紀が店を訪れる。


「根古ちゃん、しばらく、店番を頼む。」


 粉木は、有紀を事務室に案内してから、佑芽に店を任せ、燕真&雅仁を呼んだ。


「お氷(氷柱女)は、鬼のプレッシャーを感じる言うとったけど、

 ワシはなんも感知してへん。

 有紀ちゃんはどうだ?何らかの違和感はあるか?」


 酒呑派閥の鬼が復活したのなら、雅仁は、最優先で宿敵の討伐に動き出すだろう。だが、雅仁でも、鬼の動きを感知していないので、有紀の反応を注視する。


「申し訳ないけど、私も、何も感知できていないわ。」


 燕真は、有紀が氷柱女の力を借りた妖幻ファイターだったことや、酒呑童子と惹かれ合ったことは、なんとなく聞いている。だけど、既に引退した者を、ワザワザ呼び出してまで確認する理由が解らない。


「お氷が曖昧にしか感知できないのなら、人間の私達は何も感じないわ。

 その程度のプレッシャーしか発していないということね。」

「何処かに生息をしてる可能性は有るけど、慌てる必要はあれへんってことやな。」


 特に警戒をするレベルに達していない危機を、ワザワザ伝える為に、氷柱女が山から下りてきた?彼女が、そんな無駄な行動をするとは思えない。何らかの意図があるはずだ。


「のう・・・有紀ちゃん。」


 氷柱女の接触から、有紀を呼び出すまでに日数が空いたのは、粉木が「聞くべきこと」を迷っていたから。そして、「心当たりの有る対象」を数日間観察したが、粉木では全く変化が解らなかった為。


「家に居る時のお嬢(紅葉)は、いつも通りか?」


 粉木は、あえて、曖昧な疑問を投げかけてみる。


「廻りが賑やかになって(麻由&佑芽の影響)、少し焦っているみたいね。」

「他には?」

「それなりに注意深く見守っているけど、大きな変化は感じられないわよ。」

「・・・そうか。」


 今までは独壇場だった紅葉が、麻由や佑芽に上廻られて不満に感じている程度なら、粉木も把握している。

 一方、燕真と雅仁は、何故、粉木が、鬼の話題から、いきなり紅葉の私生活の確認に話題を変えたのかが、理解できずに、小さく首を傾げた。




-夕方-


 優麗高は、市内で2番目の進学校。4月から新3年生となる学年(紅葉達の学年)は、現時点での総合学力と改善点を把握する為に、2日間にわたって校内模試を行う。本日は、その2日目だった。


「どうだった、紅葉?」

「全然ダメだった。」

「私も~。」

「美希と紅葉ちゃんは、勉強サボりすぎだよ。」


 全科目を終えた紅葉が、友人の亜美&美希&優花と合流して生徒玄関へと向かう。


「塾に通った方が良いんじゃないの?」

「私はパス。無理せずに入れるところに進学すれば良いや。」

「ァタシもパース。進学とか、ど~でもイイ。」

「紅葉~。そんなこと言ってると、お母さんに怒られるよ。」


 自転車を引いて正門まで来たら、ただ者では無い雰囲気の黒塗りの高級車が停まっていた。紅葉達は、「何処かのお嬢様のお迎え?」などと話しながら、自転車に乗って高級車の脇を通過する。


「あの娘か?」


 高級車の後部座席にいた喜田御弥司は、手元の写真と、通り過ぎたツインテールの少女を見比べて‘対象の人物’と判断した。


「接触しますか?」

「いや、集団から連れ出すのは厄介だ。1人になるのを待つ。」


 喜田は、運転手(部下の茂面)に指示を出して、車を徐行させて紅葉の後を追う。


「あの車・・・小気味の良い邪気を発しているな。」


 校舎の窓から、伊原木鬼一が‘不審な車’を眺めている。車の中から発せられる邪気が、女生徒(紅葉)に向かっているのが見える。なにやら、悪しき企みをしているようだ。


「良き妖怪が育ちそうだ。久しぶりに試してみるか。」


 伊原木は、リハビリのつもり小声で呪文を唱えて鬼印を作り、高級車に向けて飛ばした。しかし、鬼印は高級車を覆っている見えない防壁に弾かれて消滅をする。


「・・・なに?」


 一定のブランクは認めるが、鬼印が、既に禍々しく育っている邪気と結びつかないなど有り得ない。つまり、原因は他にある。


「妖気祓いの結界。しかも、かなり強力な代物。・・・退治屋か?」


 邪気を祓うべき退治屋が、妖怪の好む邪念を発している。俄然、興味を持った伊原木は、廻りに誰も居ないことを確認してから、茨城童子に姿を変え、更に闇霧化をして窓から飛び出し、喜田の乗る高級車を追う。


 文架大橋西詰めの交差点で、美希&優花と別れ、紅葉と亜美は文架大橋を渡る。その30mほど後方を高級車が低速で走り、さらに50m上空を闇霧化した茨城童子が飛ぶ。


「んぇ?・・・なに?」


 纏わり付く視線を感じた紅葉が、自転車を止めて背後を振り返った。直ぐ後ろを、高級車が走っている。


「学校にいたやつ?」


 運転手の茂面は焦るが、「紅葉に合わせて停止」をしたら尾行に気付かれるので、スピードを上げて紅葉と亜美を追い越す。橋を渡るのは間違いないのだから、東詰で待って尾行を継続すれば良い。



-上空-


「ほぉ、あの小娘・・・邪な視線に気付いたのか?」


 空中で様子を見ている茨城童子(闇霧)は、今の出来事に疑問を感じた。念を感知できる人間は、かなり霊感が高い部類になる。優麗高で霊感の高い者は全て把握をしている。尾行されている娘と共に居る者(亜美)の霊感の高さは、認識済み。しかし、尾行されている娘(紅葉)の霊感の高さは、初めて知った。


「あの娘・・・何故、私の感知力を擦り抜けた?」


 理由は、茨城童子の干渉下では、紅葉の本能が防御を働かせて、紅葉の能力を抑えていた為。そして、紅葉の持つ御守りが、紅葉の能力が外部に漏れ出すことを防いでいた為。


「そう言えば、何処かで見たような気がするな。

 まぁ、いい。もうしばらく様子を見れば、真価が解るだろう。」


 茨城は、ザムシードの連れ(紅葉)を見たことがあるが、霊的な魅力を全く感じなかったので眼中に入れておらず、尾行されている娘と同一とは気付いていない。



-地上-


「ん~~~・・・あの車、なんだろ?」


 紅葉が橋を渡り終えると、橋で妙な視線を発していた高級車が、東詰のコンビニ駐車場に駐まっていた。


「お金持ちのお嬢様のお迎え?

 それとも、もっとチガウなんかがある?」


 紅葉は、直感的な違和感を感じると同時に、興味に駆られ、自転車にブレーキを掛けて停止させる。少し前を走っていた亜美もつられて自転車を止めた。


「どうしたの、クレハ?学校に忘れ物?」

「ねぇ、アミ。

 もし、ァタシが、あの車(高級車)に襲われたら、

 燕真か粉木の爺ちゃんに連絡してね。」

「・・・はぁ?」

「お嬢様なのか、ヤベーやつなのか確かめてくるっ!

 アミゎ遠くで見ていてっ!」

「ちょっ、クレハっ!?」


 紅葉は、単身でコンビニに向かい、高級車の中をガン見しつつ、自転車を止めて店内へ。車内には、オッサン3人しか乗っておらず、紅葉のガン見に対して、露骨に目を逸らしていた。コンビニ内に、優麗高の制服を着た人は誰もいないので、お坊ちゃんやお嬢様のお迎えに来て、コンビニで買い物をしているわけでもなさそうだ。「ヤベーやつ」の可能性が高くなってきた。

 鞄からスマホを引っ張り出して、位置情報をONにして、胸ポケットに入れ、コンビニを出る。


「あのぉ~・・・チョット、イイですかぁ~?」


 駐車中の高級車に接近して、窓を軽く叩いたみた。

 紅葉の一連の行動に対して、搭乗者達の方が驚いてしまう。突然、可愛い子に声を掛けられたから驚いたワケではない。紅葉を尾行する為に、コンビニ駐車場に待機をして同行を確認していたのに、本人から寄ってきたのだ。運転席の茂面と助手席の日部は狼狽えながら、後部座席の喜田を見る。ここで、適当な理由付けをして誤魔化したら、以降の尾行、及び、接触は難しくなってしまう。


「夜野里夢から‘妙に勘の良い娘’と聞いていたが、予想以上だな。」


 喜田は、数秒の思考の後、部下達に「ここで決行する」と目で合図をして、出来るだけ柔やかな表情を作って車の外に出た。紅葉は、背後に立つ部下2人に警戒しつつ、正面の喜田を見詰める。


「どうして、我々が君に用があるって気付いたんだい?」

「だって・・・学校からずっと、ァタシの近くをウロチョロしてるんだもん。」

「気付いていたのか?」

「ぅん、なんとなく。オヂサンたち、怪しい人ですか?」

「私は怪しい者ではないよ。

 君、源川紅葉さんだね。」

「何で、ァタシの名前を知ってるの?」


 喜田は、ポケットから名詞を出しながら答える。


「私の名は、喜田御弥司。怪士対策陰陽道組織・・・通称・退治屋のCEOだ。」


 紅葉が受け取った名刺には、自己紹介通りの役職と名前が表示されている。


「君の事は、粉木勘平くんから詳しく聞いていてね。」

「爺ちゃんから?」

「私は、君を退治屋にスカウトする為に会いに来たのだよ。」

「んぇぇっ!?マヂでっっ!!!?」


 紅葉は、自分に退治屋の才能が有ると自負しており、将来的には退治屋への就職を希望している。だから、才能を認められるのは、とても嬉しい。

 だけど、紅葉の希望は、粉木に弟子入りをして、燕真とセットで文架の退治屋になることなので、本部からのスカウトなど、大して興味は無い。

 それに、根古佑芽の一件で、夜野里夢と退治屋のトップが裏で手を握っていると聞いている。つまり、目の前の男は、全く信用できない。


「妖幻ファイター・・・知っているのだろう?」

「知ってるけど・・・それが、ど~したんですか?」

「君にも、妖幻システムを提供したいんだ。」

「えぇっ?くれるの??」


 喜田御弥司のことは、全く信用していない・・・が、妖幻システムは欲しい。妖幻ファイターに変身できるようになれば、佑芽よりも活躍をする自信はある。きっと、燕真に「凄い」と褒めてもらえる。

 一方の喜田は、露骨に警戒をしていた紅葉が、話しに興味を持ち始めた手応えを感じていた。


「ただし、ここでは渡せない。」

「んぇ?」

「正確に言えば、ブランクの妖幻システムならば、ここで渡せるが、

 戦力として使う為には、妖怪を封印する儀式が必要でね。

 その儀式が、ここでは出来ないんだ。」


 要は「車で何処かに連れて行く」ということだ。妖幻システムは欲しいが、紅葉は、餌に釣られて見知らぬ車に乗るほど愚かではない。


「燕真や、粉木の爺ちゃんは一緒ぢゃないんですか?」

「同席はしない。彼等は忙しいだろうからね。」

「ふぅ~ん・・・そっか。」


 断って逃げるのが正解。囲まれているが、それなりに修羅場は潜り抜けているので、「正面のオッサンを体当たりで怯ませて逃走」をする自信は有る。だが、それでは、「喜田って名前の怪しいオッサンに誘われたけど逃げた」で話が終わってしまう。「コイツ等がヤノリムの結託して悪いことをしている」って証拠は掴めない。


「ワカッタ・・・オヂサン達と一緒に行けば良いんだね。」


 最近は、妖怪討伐では佑芽に、ミュージアムでは麻由に、活躍の場を奪われつつある。彼女達には真似を出来ない活躍をして、燕真に「紅葉が1番スゴい」と再評価をして欲しい。その為には、火中の栗を拾いに行くべし。


(アミ・・・燕真達に、連絡お願いね。)


 紅葉は、離れた場所で隠れて様子を見ている亜美の方をチラ見してから、高級車の後部座席に乗り込んだ。喜田は、「思い掛けずに転がり込んできてくれた獲物」の愚かさに微笑を浮かべる。

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