外伝・妖幻ファイターハーゲン 後編

-更に数日経過-


 いつもよりも粧し込んだ有紀が粉木邸を訪れ、「奥の部屋を貸してくれ」と言って、酒呑童子を連れていく。


「なんやなんや?」


 粉木は「まさか、人の家を借りて、昼間から男女の営みをするつもりではないだろう」と思いながら待っていたら、有紀によってカジュアルな服を宛がわれた酒呑童子が出てきた。


「なんやなんや?余所行きの格好してどうしたんや?」

「外に連れ出して、町を案内しようと思うの。」

「おいおい、大丈夫かいな?」


 粉木が問うた途端に一筋の冷風が流れ、氷柱女の囁きが聞こえる。


〈ヤツは、浄化の攻撃を打ち込まれた影響で、邪心が失せている。〉

「ああ・・・ワシも薄々は感じていた。」


 酒呑童子は、狗塚との戦いで妖気の大半を失い、且つ、浄化の攻撃と腹に抱えた輝く闇の影響で、人間に興味を持ち、人間に危害を加える邪心が失せている。


〈任せろ。酒呑童子が少しでも邪気を発したら、私が対処する。〉

「・・・頼んだぞ、お氷。」


 粉木の持論は「妖怪を倒すばかりが退治屋の仕事ではない」「解り合える妖怪も存在する」なので、若干の危険を感じながらも、有紀の提案を受け入れた。




-事務所-


 まるでデートのような装いで出掛けていく有紀と酒呑童子(人間態)を見送ったあと、粉木は事務所に籠もって、酒呑の腹の中にある物の正体の調査に勤しむ。

 有紀と接している酒呑は穏やかだし、酒呑と接している有紀は楽しそうだ。これは少し意外な組合せだった。有紀は、見た目は美しいが、気性が荒く、粉木は「戦士としては頼もしいが、人格面に問題があって、結婚相手は見付からないだろう」と評価をしていた。しかし、酒呑に対して微笑む有紀の表情は、とても女性的である。おそらく、1000年以上も生き、将としての大きい器を持つ酒呑が、有紀の尖った気性を全て許容しているのだろう。


「人間と妖怪が心を通わせる。

 ・・・珍しい事やけど、これまでに無かった事例ではないか。」


 独り言を呟いた粉木の手が止まる。酒呑の腹にあるのは、闇を浄化された物の集合体だ。つまり、人間界に仇為す存在では無く、人間界になんの恨みも無い存在。「人間と妖怪が心を通わせる」事が可能な存在。


「集合体のコアが、それを望んでいるっちゅうことか?」


 今までの粉木は、過去の記録をひっくり返して、片っ端から読んで条件に当てはまる物が無いかと調べていた。ゆえに、調査に時間ばかりが掛かっていた。

こ れまで討伐された妖怪の中で、人間と心を通わせ、人間界に馴染んで生きる事を望みながら、それが果たせずに、人間界に未練を残した妖怪がいるとしたらどうなる?自分を追い出した人間界を恨んで復讐を考えるか、次こそは人間界に馴染もうとするか?前者ならば、浄化された妖怪の塊にはならない。後者ならば、邪悪さを持たない妖怪になろうとする可能性がある。


「視点を絞って探してみる価値はありそうやな。」




-駅前商店街-


 有紀は、歩きながら、あれこれと人間界の文化や人の営みを説明する。酒呑童子(人間態)は興味深そうに聞きながら、ショーウィンドの1つを見て、首を傾げながら足を止めた。


「有紀、あれは何だ?焼いた餅?奇抜な色の石?大きな宝石か?」

「スィーツよ。」

「すいいつ?」

「お菓子のこと。マカロンって言うの。」

「まかろん?あのような、紅色や草色や小便色をした菓子があるのか?」

「下品な表現はやめなさい。・・・食べてみたい?」


 有紀は、店に入ってマカロンを2つ買い、黄色いマカロンを酒呑童子に差し出して、手元に残った1つを囓る。酒呑童子は、しばらくは怪訝そうにマカロンを眺めていたが、有紀の様子を見てから口の中に放り込んだ。


〈これが人間のすいいつ・・・美味ぢゃ。〉

「むぅぅ?」 「あら?」


 酒呑童子の腹の中から、少女の声が聞こえる。


「人格があるの?人じゃないのに人格って表現は変だけど。」

「ああ、意思は持っている。

 討伐される寸前だった俺を救ったのは、腹の中にあるコレの意思。

 俺に人間を学ばせようとしているのも、コレの意思。」

「へぇ、そうなの?アナタのお腹は、随分と居心地が良いみたいね。」

「いや、違う。コレは、俺の腹を好いているわけではない。

 理由は解らんが、コレは有紀を好いているようだ。

 俺は、貴様に対して、同様の意思を持っているゆえに、

 腹から追い出さずに、コレに付き合っている。」

「・・・え?」


 酒呑の言葉に対して、有紀は目を大きく開いて驚く。酒呑は直球で有紀への好意を伝えたのだ。当然ながら、妖怪から告白をされた経験など、今までに無い。


 中学1年の時、ヤンキー上級生にコクられたが、ガラが悪い奴は人間以下なので、即座に振った。腹いせに暴力に物を言わせて従わせようとしたので、全治2ヶ月ほどのダメージをくれてやった。中学2年の時、有紀の見た目に惚れてコクってきた同級生は、おバカさんだったので即座に振った。腹いせに、クラス内で有紀の悪口を吹きまくったが、特に気にもしなかった。中学3年の時に、クラスで成績20位くらいの男子がコクってきたので、「県内一の進学校に受かったら考える」と解答したが不合格だった。高校以降でコクられた数は覚えていない。


 生まれてからこれまでの二十数年間、有紀と、上手く咬み合って解り合う者など、両親と粉木以外には存在しなかった。そもそも、皆に見えない物が見えて、他人には無い能力を持っている有紀を理解出来る者なんて、いない。そんな男子達には興味を持てなかった。

 だけど、改めて考えると、酒呑に興味を持ち、酒呑と共にいる時間を楽しく感じている。


「ん?どうしたのだ、有紀?俺は、また、人間界にそぐわぬことを言ったのか?」

「い、いえ、そんな事は無いわ。さぁ・・・次に行きましょう。」


 酒呑の言葉が、本人の意思なのか、腹に抱えた物の影響下で言わされているのか解らない。有紀は、意識をしないように心掛けながら、人間社会の案内を続ける。




-博物館事務所-


「あった・・・おそらく、これや!」


 1000年以上前の記録の中から、粉木は、酒呑の腹の中にある塊のコアと思われる妖怪を見つけ出した。その記録には、『鬼女・紅葉伝説』とタイトルが書かれている。




-百貨店の屋上-


 店員や会社員や学生達、人々に営みで作られた街や橋や電車、まだ産声を上げる前の町(造成工事の現場)、有紀と酒呑童子(人間態)は、様々な物を歩いて見て廻り、今はデパートの屋上で、文架の商店街を一望している。


「ふむ、空から眺めたのとは、印象が変わるな。」

「・・・空?」

「俺は飛べるからな。」

「そう言えば、最初に文架に来た時は。空から墜落したわよね。」

「人間は、夜の闇を光で照らし、闇を住処とする妖怪を蔑ろにした。

 空から見下ろす人間社会は、破壊の対象でしかなかった。」


 酒呑は、妖怪らしい冷徹なことを言っている。だが、その表情からは「人間への敵意」を全く感じない。むしろ、「印象が変わった」に対する感歎を感じる。


「何故、アナタは、人間に敵対をするの?」

「敵対をしたいわけではない。酒と肴を欲して奪い取るだけだ。」

「奪い取るから、敵対されるのよ。

 財宝を略奪するのは何故?

 酒と肴を購入するならともかく、奪うなら、財は必要無いわよね?」

「むぅぅ・・・確かに。」


 有紀の追及に対して、眉間にシワを寄せる酒呑。確かに、財宝を奪う意味は無い。これまで何度も財宝の略奪をしたが、得たことを自慢するだけで、使ったことが無い。


「人間社会はね・・・人の為に役立つことの対価で、財や物を得るの。

 乗り物が動けば助かる人が居る。町が出来れば人が住めるようになる。

 必要な物を得る為には売ってくれる人が必要。

 ・・・今のアナタなら解るわよね。」

「どうだ、解るか、腹にある物よ。」

〈ワカッテおらぬのは、オヌシだけぢゃ。

 ワラワゎ以前から知っておった。ワラワゎ、そんな人間社会で生きたいのぢゃ。〉

「むぅぅ・・・。」


 酒呑は腹を擦りながら‘腹の中’に話を振るが、アッサリと切り替えされてしまう。


「私は、お腹の中じゃなくて、アナタに聞いているのよ。」

「むぅぅ・・・。」


 しかも、有紀に答えの催促をされてしまう。


「有紀が言いたいことは解った。

 だが、俺が実行できるかは解らぬ。

 俺の力は、人の役に立つことに使えて、その対価を得られるのか?」

「もちろんよ。対価ならば、敵対されることも討伐されることも無いわ。」

「興味はある。俺にそれができるように協力してもらえるか?」

「アナタがその気なら、喜んで。」

「ならば挑戦してみよう。」

「それなら、酒呑童子じゃなくて、人間らしい名前が必要ね。

 崇さんなんてどうかしら?アナタによく似た芸能人の名前よ。」

「タカシか・・・悪くないな。」


 見つめ合う有紀と酒呑。酒呑には、微笑む有紀が美しく、そして、有紀の唇が艶やかに感じられる。妖怪の酒呑童子に、口吻をして愛を確かめるという概念は無いのだが、今の酒呑は、数日前に鑑賞した‘ユースケがソノコに唇を重ねた’状況を思い出し、有紀の唇を吸いたいという気持ちに駆られている。


「・・・有紀。」

「さっき言った‘お腹の中と同様の意思’の意味を教えて。」

「俺は、貴様を欲している。」

「それじゃダメね。」

「なら言い直す。君を愛している。」


 酒呑が、ゆっくりと有紀に近付く。有紀に離れる素振りは無く、酒呑を見つめている。2人の唇がゆっくりと重なる。


ドォォォォン!!


 その瞬間、酒呑の腹の中にある‘浄化された妖気の塊’が一時的に覚醒してドクンと脈打ち、酒呑と有紀の脳内に、見た事の無いイメージが流入する!


~~~~脳内のビジョン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 豪奢な着物に身を包んだ姫に、太刀が突き立てられている。小柄で美しく、成人でありながら幼女と見違えるほど童顔な姫君だが、額には1本の角が生えており、彼女が人間ではなく、鬼だという事を示している。鬼姫は、苦しそうな表情を浮かべながら、眼に涙を浮かべ、刀を突き立てた者を見る。鬼姫にトドメを刺したのは、鎧で身を包んだ武者だ。


「許せ、姫!」

「なぜ・・・ぢゃ?ヮラヮゎ、人として生きたかっただけなのにぃ・・・。」

「貴女が、鬼でなければ・・・

 いや、例え鬼でも、父の夜伽をするだけの姫ならば・・・

 私は、貴女を見逃したであろう。

 だが、貴女は、父の子を身籠もってしまった。

 我が子を跡取りにしたいのは、親ならば、誰もが考える事。

 だから、ご自身が腹を痛めて産んだ子の出世を願ってしまうのは当然の事です。

 しかし、貴女には邪気が強すぎる。

 貴女が願えば、貴女の子の出世の障害となる者は、皆、呪い殺される。

 例え貴女に我が一門を滅ぼす意志がなくとも、貴女の願いには、その力がある。

 源氏の頭領として、それを見過ごす事はできぬのだ!」

「ィヤだ・・・浄化されたくない・・・

 暗ぃ冥界にゎ帰りたくない・・・この世にぃたぃ・・・。」

「すまないが、その願いは聞けない。」


 武者は、鬼姫に突き立てた刀に力を込め、刀身を更に深く押し込んだ!鬼姫は喀血し、全身の力を失って、武者にもたれ掛かる。そして、何度も「人として生きたぃ」「この世にぃたぃ」と繰り返しながら、実体を失い、霧散して消えた。


「紅葉(もみじ)姫・・・もし、再びこの世に出でる事があるならば、

 その時は、我が源氏の家系に産まれよ!

 さすれば、我が血統が、貴女の妖怪の邪気を押さえ付け、

 人として生きる望みを叶えるであろう。」


武者は、刀を鞘に戻し、踵を返して、その場から立ち去っていく。


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唇を離し、驚いた表情で見つめ合う有紀と酒呑。




-妖怪博物館-


粉木は、確信を持って『鬼女・紅葉伝説』の記録を読んでいた。


~~~~鬼女・紅葉(もみじ)伝説~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 10世紀、 会津の夫婦が 第六天の魔王に祈って、 女児を授かり、紅葉(もみじ)と名付けた。

 紅葉は京に上り、源氏の頭領・源経基の目にとまり 側室となった。 紅葉は経基の子供を妊娠するが、 同時期に、正妻が懸かっていた病の原因が 紅葉の呪いであると高僧に看破され、 経基は紅葉を信州戸隠に追放した。紅葉は、子の出世を望む親心はあったが、他者を呪う悪心は無かった。しかし、紅葉に内在する強大な邪気は、子の出世の障害になる者への呪いになってしまった。


 戸隠にある村に移り住んだ紅葉は、子に経若丸と名付ける。紅葉は、村びと達に尊ばれた。しかし、紅葉は都の暮らしを忘れる事ができず、経若丸を都で仕官させたいと思っていた。


 都では、源経基が死に、嫡子の源満仲が源氏の頭領となっていた。満仲は紅葉からの手紙で紅葉が都に上る事を願っていると知る。「家門を乱す怖れあり」それが満仲の出した結論だった。満仲は討伐隊を組織して、信州戸隠に進軍する。一方、噂を聞いた紅葉は、「迎えに来てくれた」と誤解をしてしまう。それが自分を討つ集団と知った時既に遅く、紅葉は、満仲の太刀を浴びて、息絶えた。そして、これを知った経若丸は、自らの命を絶ったのだった。


※紅葉伝説には、源経基の側室になった後に、信州戸隠に追いやられて、平維茂に討伐された伝説と、源満仲が戸隠で鬼を討ったという伝説がある。本編では、源氏と紅葉の因縁を明確にする為、平維茂は登場させず、2つの伝説の中間を取って、源経基の側室になった紅葉が、嫡男の源満仲に討たれたというエピソードにする。

 ちなみに、源満仲の長子・源頼光は酒呑童子を退治した武将。


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「そう言うことか。これは偶然か必然か・・・おそらくは必然やろうな。」


 源氏の血統と、鬼女紅葉、酒呑童子、1000年前の因縁を持つ3者が揃った事になる。




-百貨店の屋上-


 驚いた表情で見つめ合う有紀と酒呑。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2

「い、今のイメージはなに?武者が鬼の姫を?」

「有紀にも見えたのか?おそらく、腹にある物の記憶だ。

 心が通じ合った俺達に、浄化をされた塊が、反応を示したんだ。」

「紅葉(もみじ)姫と言ったわね。」


「そう言えば、1000年前、俺が、大江山を支配していた頃、

 人間に入れあげていた鬼女がいたな。

 当時は、随分とおかしなヤツだと思っていた。」

「人として生きたかったけど、妖怪だったので受け入れられず、

 討伐されてしまった姫。

 もし、彼女が復讐を望んでいたら、

 大江山を支配していたアナタを頼ったわよね?」

「あぁ、同族に頼られれば、間違いなく庇護をしただろう。」

「でも、紅葉(もみじ)は、頼らず、言われるがまま、戸隠に流された。

 都を追われてもなお、鬼ではなく、人として生きる事を望んだのね。」

「だが、彼女は妖怪として討伐をされた。」

「だけど、人間として生まれることを望んでいる。」


 自分の腹をさする酒呑。腹の中の塊は、今は温和しくしている。


  『再びこの世に出でる事があるならば、源氏の家系に産まれよ!

   我が血統が、妖怪の邪気を押さえ付け、人として生きる望みを叶える。』


 現代において、源川有紀の中で、源氏の血が強く覚醒をしている。有紀の体内に宿り、人間として生まれ、今度こそ、人として生きる事。それが、紅葉の願い。

 酒呑が監禁翌日に有紀に「俺の子を産め!俺に腹にあるこれは、おまえの腹に移り、この世に出る!」と無礼な事を言ったが、満更間違いではなかった。


 条件は揃っている。だが、だからといって、すんなりと紅葉の目的を叶えられるほど、簡単な話ではない。状況を理解した有紀は黙って俯き、その場から立ち去っていく。見送る酒呑は、有紀に声を掛ける事ができなかった。


「なぁ、紅葉(もみじ)。

 人間とは厄介な生き物で、‘愛’というものの無い契りはできないのだ。

 有紀ではなく、他の雌妖怪の腹になら仕込んでやる事ができるが・・・」


 自分の腹をさすりながら、腹の中にある紅葉に語りかける酒呑。


〈ワラワゎ人間に生まれ変わりたいのぢゃ!〉


 腹の中にある紅葉が、酒呑の腹を内側から思いっ切りブン殴った!


「うぐぅぅはぁぁぁっっっっっっっ!!!」


 腹の内側なんて誰だって無防備。鍛えようのない柔らかい部分を殴られた酒呑は、その場に蹲った。酒呑の申し出が気に入らなかったらしい。紅葉(もみじ)は、妖怪の血を抑えてくれる有紀(源氏の血筋)から生まれる事を望んでいるのだ。




-鎮守の森公園-


 有紀が早足で駆けていく。あからさまに困惑をしている。酒呑と契って、紅葉を体内で受け取り、生命を与えて産む。源氏の子孫だから紅葉を産まなければならない?冗談ではない。

 有紀自身、徐々にではあるが、酒呑に惹かれていることは気付いている。だけど、これでは、好いているから契るのか、紅葉の希望を叶える為に契るのか、解らなくなる。酒呑はどう思っているのだろうか?鬼族の発展の為に有紀を‘産む道具’と判断して抱くつもり?


「そこの女!」

「・・・・・!!!?」


 不意に背後から声を掛けられて立ち止まる有紀。公園に来てからは誰とも擦れ違わなかったはず。動揺しすぎていて、擦れ違った気配に気付けなかった?


「・・・違う!人じゃない!」


 振り返ったら、揺らめく影が立っていた。有紀は‘人非ざる者’に呼び止められたことを確信する。


〈有紀、拙いぞ。オマエの手に負える相手ではない。〉


 一陣の冷風が流れ、氷柱女の声が有紀に呼び掛ける。


〈酒呑童子と同格の妖気だ!〉


 揺らいでいる影達が、徐々に実体をあきらかにしていく。


「オマエからは、酒呑童子の臭いを感じる。奴は何処に居る?」


 それは3mほどの巨躯で、漆黒の肌をして、額に巨大な角を生やしている。


「退治屋共にヤツを討たせる為に、アジトを教えてやったのだがな。

 無様にも討ち洩らしおった。つくづく使えぬ連中だ。」


 最上級妖怪・鬼神大嶽丸が出現をした!


「いや・・・我が宿敵を、人間如きに任せた俺の考えが、甘かったと言うべきか?」

「・・・くっ!」


 大嶽丸の攻撃的な妖気を当てられているだけでも、体力を奪われていく。人間の姿のまま相対するのは拙い。有紀は、Yケータイを取り出して翳した!妖幻ファイターハーゲン登場!


「コイツを崇さんに会わせるわけにはいかないっ!


 崇(酒呑童子)は、大半の妖気を失っている。人間界で生きることを望んでくれた崇を、失いたくない!妖刀を構えて、大嶽丸に突進をする!


「はぁぁぁっっっっっっ!!!」


 だが、次の瞬間には、大嶽丸の爪が、ハーゲンの腹を貫いていた!


「がはぁぁぁっっっ!!!」


 酒呑童子と同等の戦闘能力を持つ鬼神・大嶽丸が相手では、いくら才能の有るハーゲンでも、どうにも成らなかった。

 力無く地面に両膝を落とし、その場に倒れるハーゲン。変身が強制解除をされて、有紀の姿に戻ってしまう。


「おいおい、まさか、もう死ぬのではあるまいな?

 脆すぎるぞ、人間。酒呑童子の居所を教えてから死ね。」


 動けなくなった有紀に手を伸ばす大嶽丸!


「汚れた手で触れるなっ!!」


 上空から闇霧が急降下をして、大嶽丸と、倒れている有紀の間に着地!崇(酒呑童子)の姿を形作る!


「ん?何だオマエは!?」

「俺の気配を解らないとは言わせぬぞ!」

「フン!解らぬなぁ!・・・過去の我が宿敵よ!」


 対峙した瞬間に勝利を確信して、愉悦の笑みを浮かべる大嶽丸!


「あまりにも脆弱すぎて、オマエが酒呑童子とは思えぬ!

 オマエは酒呑童子ではない!妖気の残りカスだ!」


 掌から衝撃波を放つ大嶽丸!崇は、両腕をクロスさせて妖気防壁を発しながら背後をチラ見する!


「有紀っ!」


 数歩後退をしながら全身を闇霧化させ、倒れている有紀を包み込んで大きく退避!


「なに?逃げた!?」


 大嶽丸は、プライドの高い酒呑童子(崇)がいきなり逃げるとは想定していなかった。数秒ほど棒立ちで眺めてから、闇霧化をして追い掛ける。




-公園入口-


 低空を飛ぶ闇霧が着地して、有紀を抱えた崇が出現。有紀は、虚ろな目で崇を見詰める。


「・・・崇さん。」

「大丈夫。重傷だが致命傷ではない。手当をすれば動けるようになる。

 此処ならば、誰かが君を見付けてくれるはずだ。」


 当時は、この地域には、まだ大型ショッピングモールは無いので、通行は疎らだが、数分のうちに有紀は誰かに保護をされて、病院に運ばれるだろう。

 歩道に有紀を寝かせた崇は、公園内を睨み付けた。強大な妖気が接近してくるのが解る。


「慌てずとも、相手をしてやるさ!」


 崇の表情に怒りに変わり、全身から妖気が上がり、みるみる肥大化をして、酒呑童子の姿に変化!闇霧に姿を変えて飛び立つ!


「・・・だ、だめ・・・崇さん。」


 有紀が、薄らと目を開けて上空の酒呑童子を見つめ、小声で呟く。彼は、怒りと憎悪を糧にして戦いに赴いた。妖怪ならば、負の感情を力に変えるのは一般的なのだが、有紀は、そんな酒呑を望んでいない。徐々にではあるが、人間に近い穏やかな感情が芽生え始めているのに、これでは、生粋の妖怪に立ち戻ってしまう。酒呑を止めなければならない。




-公園内-


「大嶽丸っ!」

「酒呑童子っ!」


 猛スピードで接近する二つの闇霧が、酒呑と大嶽丸の姿に変わって激突!力負けをした酒呑が弾き飛ばされ、体勢を立て直しながら地面に着地をする!


「先ほどの腑抜けた姿よりは幾分かはマシになったが、

 それでも本調子には程遠いようだな!

 俺の手引きで、退治屋共の奇襲を受けて、無様に負けたのだから当然か!?」

「やはり・・・貴様が隠れ里の情報を!!?」

「フン!それがどうした!?」


 大嶽丸が、召喚した大槌を振り上げながら突進!素早く後方に引いて回避する酒呑!軽々と大槌を打ち上げる大嶽丸!酒呑は召喚した大太刀を盾代わりにして防ぐが、力負けをして弾き飛ばされた!


「うわぁぁっっっ!!」


 地面を転がる酒呑童子!大嶽丸が大槌を振り上げて追い撃ちをかける!酒呑童子は、体を闇霧化して大きく後退!空振りをした大槌が地面に打ち込まれ、大きく抉られる!30mほど離れた場所で、闇霧が酒呑の姿に戻って身構えた!


「お粗末だな。本調子の2割程度か?」

「2割もあれば、貴様を倒すに充分すぎる!」


 大嶽丸の分析は正確だった。実際に、酒呑童子は鬼の首領として恐れられた頃の2割程度しか戦闘力を発揮できない。だがそれでも、この戦いから逃げる気は無い。大太刀を構え、雄叫びを上げ、大嶽丸に向かって突進をする!


「がっはっは!強がるな、古き友よ!」

「なにが‘友’だ!?」


 大嶽丸が片掌を広げて莫大な妖気を放った!無数の闇弾が発生して、酒呑童子に向かって飛んでくる!両腕をクロスして妖気の障壁を発生させて、闇弾を防ぐ酒呑童子!しかし、最初の数発は防げたものの、貫通され、酒呑の体に突き刺さる!


「ぐはぁぁっっ!!」


 ダメージを受け、地に片膝を付く酒呑!大嶽丸は、片手で大槌を握って肩で担ぎ、もう片掌を翳し、次の攻撃の為の妖気を充填している。


「臨!兵!闘!者!皆!陣!烈!在!前!・・・はぁぁぁぁっっっっ!!!」


 大嶽丸の背後に、妖刀を振り上げたハーゲンが出現!九字護身法を唱え、大嶽丸の背中に渾身の袈裟斬りを叩き込んだ!


「ぐぅはぁぁっっっっっっっっっっ!!!」


 下級妖怪とは違って、一太刀で清められる事はないが、妖気祓いの直撃を受けた大嶽丸は、大きくダメージを受け、掌に溜め込んでいた妖気を散らす!


「人間如きがっ!」


 大槌を力一杯振り回す大嶽丸!ハーゲンは、一切防御を出来ずに直撃を喰らって弾き飛ばされる!


「きゃぁぁぁぁっっっっっ!!!」

「有紀っ!!」


 酒呑は、体を闇霧化させてハーゲンの後ろに回り込んで受け止め、実体化をして抱きかかえる。


「有紀・・・何故来たんだ?」

「き・・・決まっているでしょ。私は退治屋よ。

 文架市の平穏を乱す妖怪を・・・

 文架市での平穏を望んでくれた崇さんの邪魔をする大嶽丸を・・・

 討伐するのが私の責務なの。」

「有紀っ!!」


 ハーゲンの変身が強制解除をされる。有紀の腹からは、大量の血が流れ出している。顔面蒼白で、生気が無い。致命傷を負ったにもかかわらず、無理をして戦った有紀の生命には、もう限界が来ていた。


「崇さん・・・アナタは1人じゃない。

 きっと・・・勝てる。」


 有紀は、震える手で酒呑童子の腹に触れる。有紀の眼には、酒呑の腹にある物が、有紀と酒呑の望んだ希望の光に見える。


「・・・有紀。」


 有紀の全身から光が発せられ、有紀の手を通して、酒呑の腹に流れ込んでくる。途端に、酒呑の力が回復をしていく。


「これは一体っ?」


 酒呑に力を与えるにも関わらず、有紀の生命力を奪っているワケではない。妖怪が好んで食す‘負の感情’とも違う。酒呑には理解の出来ない力の根源が、酒呑を回復させていく。


〈愛だよ。有紀の愛とオヌシの愛が繋がったの。〉

「・・・あい?」

〈人間にゎね。妖怪ゎ持っていない‘奇跡’を起こす力が有るの。〉

「・・・きせき?」


 腹にある物が教えてくれる。酒呑には理解が出来ないが、酒呑が有紀に対して感じる特別な気持ちは、これまで蹂躙してきた人間への侮蔑や、戦ってきた敵への闘志や、貴族の女を力任せに手に入れたい邪とは全く違う。


「この力が有れば・・・憎しみや争いではなく・・・

 どちらが優れているかを比べるのではなく・・・妖怪と人間は並び立てる!」


 酒呑の全身の傷が、塞がっていく!


「なにっ!?」


 驚いて数歩退く大嶽丸。全盛期の2割しか戦闘力を発揮できなかったはずの酒呑童子に、妖気が漲っていく!


「愛と奇跡!貴様には理解できまい!!

 うおぉぉぉぉっっっっっっっっっっっ!!!!」


 大太刀を構え、突進を開始する酒呑童子!


「その様なワケの解らぬ力など、ただのまやかしだ!!」


 大槌を構える大嶽丸!大太刀と大槌がぶつかり、2つの激しい妖気が絡み合って、2体の妖怪の周りにある土が吹き飛び、直径20mほどのクレーターを作った!


「ぐぉぉぉっ!!バカなっっ!!!」

「有紀の渾身の一撃で妖気を削られた貴様と、

 愛という念によって完全回復をした俺!

 どちらが勝るかは、きわめて明白だ!!」


 酒呑の放つ妖気が鬼力(超攻撃的な妖力)に変化!握る大太刀から研ぎ澄まされた鬼力が発せられて、大嶽丸の大槌を切断!そのままの勢いで、大嶽丸を叩き切った!


「じょ・・・冗談ではない!」


 袈裟斬りを喰らった大嶽丸は、闇霧化をして逃れ、酒呑から離れた安全圏で、再び実体化をする。左肩から体の斜め半分を失った。このまま戦っても、敗北は必至だ。


「な・・・なにが‘あいの力’だ。

 そんなワケの解らん力に頼ったオマエには、

 もはや、無様な自壊しか残されていない。」


 大嶽丸は、酒呑を睨み付けて呪いの言葉を吐き捨て、再び闇霧化をしてその場から姿を消す。

 周辺を支配していた禍々しい妖気が完全に消えた。一時的に身を隠したのではなく、文架市から離れ、完全に撤退をしたようだ。


「有紀っ!!」


 酒呑は、憎き仇敵を追うことよりも、愛する者を気遣うことを選んでいた。酒呑の内面の変化が。そうさせていた。

 駆け寄って有紀を抱きしめるが、もう目を開く体力すら無い。酒呑が懸命に有紀の名を呼ぶが、有紀には、とても遠くに聞こえる。


 人は、この世に生まれて短い人生の中で、何かを成そうとする。有紀は、僅か二十数年の人生で何を成した?彼女の役割は、きっと、鬼の首領・酒呑童子を人間界に導く事だったのだろう。何処まで成し遂げられたのかは解らない。彼は、人間界で学んだ事を活かしてくれるのだろうか?できる事ならば、寄り添って見守りたかったけど、残念ながら、それはできそうに無い。だから、あとは、酒呑童子の腹にある物に託す。


 有紀の意識がゆっくりと深淵の彼方に落ちていった。



「約束だょっ、ミツナカ!源氏の子孫としてなら、生まれてもィィんだよねっ?」

「あぁ!武士に二言はない。無論、約束は守る。

 オマエの妖怪の血は、源氏の血で抑えてやる。」

「寂しい思いをさせたな、紅葉。さぁ、我が血族に来るが良い。」

「ツネモトさま~~!ヮラヮゎ寂しかったぞょぉ~~~。」


 鬼女紅葉と、紅葉を成敗した源満仲、そして満仲とよく似た老武将が、仲良く互いの顔を見合って微笑む。老武将の名は源経基、鬼女紅葉を側室に迎え、紅葉を愛した人物である。



 不思議で懐かしさの有る夢だった。有紀の目がゆっくりと開く。上空には星空が広がっており、酒呑童子が有紀の顔を覗き込んでいた。

 酒呑の体が半透明に透けている。有紀が眠っている間に何があった?そもそも、何故、有紀は生きている?

 有紀は、上半身を起こして、酒呑の体に触れる。しかし、酒呑に実体は無く、有紀の手は、酒呑の体を通過してしまう。


「崇・・・さん・・・?」


 風穴が空いたはずの有紀の腹は、妖気の塊で塞がっている。


「今の有紀の体は、俺の妖力で、無理矢理、命を繋ぎ止めている状態だ。

 妖気は人間の体に根付く物ではないから、次第に抜けてしまうが、

 それまでに傷が癒えれば、今まで通りの生活ができる様になるだろう。」

「その所為で崇さんが?」

「人間界の様々な事を教えてもらえて楽しかった。

 だが、有紀は、俺と出会わなければ、致命傷を受けずに済んだ。

 だから、俺の妖力で君の命を繋いだのは、礼と詫びのつもりだ。」


 有紀は把握をした。自分を回復させた代償で、酒呑童子は消滅をしようとしている。


「これで良いんだ。有紀への回復の有無にかかわらず、どのみち俺は消える。」

「・・・なんで?」

「愛・・・素晴らしい力だ。

 だけど、これまで、邪を糧にしてきた俺には、眩しすぎた。

 俺に、大嶽丸を退ける力を与えてくれた代わりに、

 俺の存在を浄化するほどに・・・。」

「・・・私の所為で?」


 有紀は、寂しそうな表情で酒呑を見詰める。


「大嶽丸に負けていれば、俺が消え、君は死に、俺の腹にある物も散っていた。

 だが、愛のおかげで、君は生き、腹にある物は守られた。・・・これで良い。」


 酒呑は、有紀の眼を見て穏やかに微笑む。


「最後に・・・俺の願いを叶えてもらえまいか?」

「私に出来ることなら。」

「俺に安息をくれた有紀が・・・

 そのキッカケをくれた腹にある物を受け取ってくれ。」

「わかったわ。」

「そして・・・退治屋として・・・俺にトドメを刺してくれ。」

「・・・え?」


 想定外過ぎる願いに驚く有紀。しかし、酒呑は相変わらず微笑んでいる。


「退治屋の力で倒されれば、メダルに封印されるのだろう?」

「例え消えても、長い年月をかければ、アナタは復活をできる。

 でも、封印されてしまえば、それさえも・・・。」

「確かに数十~数百の年月を経れば、俺は復活できるだろう。

 狗塚と退治屋によって封印された8割を取り戻せば、

 最盛期の力を得られるだろう。

 俺の有能な部下達ならば、威信にかけて、それを為そうとする。」

「・・・それではダメなの?」

「それでは、俺は鬼の首領として人々を恐れさせた俺に戻ってしまう。

 封印されし8割の邪を取り戻せば、有紀と過ごした2割の俺ではなくなる。

 それはイヤなんだ。この穏やかな魂のまま有紀に封印されたい。」


 好いた男を、自らの手で倒さねばならない皮肉。しかし、彼はそれを望んでいる。そして、有紀が要求に応えなくても彼は消え、次に復活した時には、有紀との絆を忘れた悪鬼に戻ってしまう。有紀は、そんな酒呑童子を見たくはない。


「・・・崇・・・さん。」


 有紀は、Yケータイを翳して、妖幻ファイターハーゲンに変身。妖刀を抜刀して、柄に白メダルを装填して構える。半透明に透けた酒呑童子は、ノーガードのまま身を晒す。


「はぁぁっっっっっ!!」


 マスクの下で眼に涙を溜めたハーゲンが、酒呑童子の胸に飛び込み、妖刀で貫いた。


「・・・ぐぅぅぅぅっっ」


 酒呑は、小さく悲鳴を上げたあと、穏やかな表情でハーゲンを抱きしめ、ハーゲンは変身を解除して有紀に戻り、酒呑に身を預ける。見つめ合い、唇を重ねる2人。酒呑童子の全身が闇に成って霧散。


〈ありがとう、愛してるよ、有紀。〉


 礼の言葉が聞こえ、酒呑童子は白メダルに吸収された。


「う・・・う・・・う・・・うわぁぁぁっっっっっっ!!!」


 有紀は、膝から崩れ落ち、『酒』メダルを握り締めて号泣をする。彼女の淡い初恋は、自覚をした直後に終わった。


〈酒呑童子は、こうなることを望んだのだろう。〉

「・・・え?」


 有紀の目の前で、『氷』メダルが冷気を発しながら浮かび上がって、氷柱女が実体化をする。


「酒呑は、自分には出来ぬことを、オマエに託したのだ。

 オマエが引き継ぐかどうかは、私には強制できぬがな。」


 酒呑の妖気によって塞がれた腹に手を宛てる有紀。酒呑のくれた妖気が暖かい。そして、それとは別に、有紀は腹の中に暖かみを感じた。


「崇さん・・・託してくれたもの・・・。」

〈パパゎ消えちゃったけど、ずっと、ママの近くにいるんだよ。〉


 有紀の腹から声が聞こえる。握っていた『酒』メダルを見詰める有紀。崇の顔が浮かび上がり、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。酒呑童子は消えた。だが、崇の魂は共にあることを実感する。


「愛しているわよ、崇さん。」


 背負う覚悟を決めた有紀が立ち上がる。




-数日後-


 ホンダ・CBR900RRを駆る有紀が小学校のグラウンドに到着!Yケータイを翳して妖幻ファイターハーゲンに変身をして、暴れている妖怪2体に突進をする!

 どの妖怪も、ダメ人間を画に描いた様なクソガキのワガママを叶える為に、真面目な他者を平気で踏みにじる、クズの様な妖怪である!その存在を見逃すわけにはいかない!


「崇さん!力、借りるわよ!」


 メダルホルダから『酒』メダルを抜き取ってYケータイにセットするハーゲン!刀身が赤い妖刀が召喚される!

 望んでメダルに収まった氷柱女は、退治屋の錬金塗膜の技術を体感で獲得していた。酒呑童子の強すぎる妖気を凍り付かせ、錬金塗膜と同様の状態にして有紀に渡したのが『酒』メダル。それは、退治屋の汚点となった銀色メダルとは違った形で、ハーゲンの力を上昇させた。


「はぁぁっっっっっ!!!」


 2体の妖怪を次々と切り伏せる!ハーゲンは、人間界に馴染もうとしている妖怪まで倒すつもりはない。しかし、人間界に害を為す妖怪は、容赦なく討伐する。


「こら、悲劇の真相にかかわらんと、おっきな伝説になるな。」


 少し遅れて現着をした粉木が、愛車スカイラインGT-Rから降りて、戦いの成り行きを眺める。

 狗塚が命を張り、退治屋が総力を上げて討てなかった酒呑童子を倒した文架市の妖幻ファイター。

 そして、本部では失敗したパワーアップを、妖怪との信頼という形で成し遂げた妖幻ファイター。

 粉木は、ハーゲンが伝説になることと、妖幻システムが次のステップに上がったこと実感した。


 本部は、左遷をした粉木の弟子などに興味は無く、粉木は本部を嫌って詳細の報告をしていないが、やがては、その才能が伝わり、彼女は本部に呼ばれて幹部になるだろう。



 ・・・だが、


「なんやと?」

「急なことを言ってごめんなさい。」


 酒呑童子の討伐から5ヶ月後、粉木は有紀から唐突に退職希望を告げられて驚いた。だが、辛い悲恋を経験した有紀を、自分のエゴで引き留めることは出来ない。本部が彼女の才能に気付き、彼女が権力闘争に巻き込まれる前に解放してやるべきかもしれない。


「解った。」


 粉木は、有紀の才能を惜しいと感じながら、退職を受け入れた。


「扱いは退職でええんか?Yケータイもメダルも、返却せなあかんで。」

「他にどんな手段が?」

「戦死扱いや。幸か不幸か、本部では、有紀ちゃんのことは、満足に把握してへん。

 任務で殉職をして、Yケータイとメダルは行方不明に成ったのなら、

 回収は不可能や。」

「でもそれでは、師の粉木さんに迷惑が・・・。」

「どうせ、左遷をされた身。今更、汚点が増えても、どうってことは無い。」


 粉木は、有紀から『酒』メダルを取り上げるのは酷と考えていた。有紀は、申し訳ないと思いながらも、粉木の提案に甘えることにする。


「今後、関係者面をして、妖怪博物館には近付かないこと。これが条件や。」

「ありがとうございます。」


 一礼をして事務室から去る有紀。妖怪博物館を出ると、Yケータイに収納されていた『氷』メダルが勝手に放出されて冷たい妖気を纏い、氷柱女が出現をする。望んで封印されていたゆえに、自らの意思で封印を破ったのだ。


「悔いは無いのだな。」

「無いわ。」

「腹の子を守る為か?」


 無言で頷く有紀。彼女の腹には、酒呑童子に託された輝く闇が、生命として根付いていた。この特殊な生命は、他の妖怪から狙われる。才能の有る有紀の子ならば、本部は放っておかない。有紀は腹の子を守る為に、退治屋から離れる選択をしたのだ。 この事実は信頼できる粉木にすら伝えなかった。


「ならば、オマエの拠り所は『酒』メダルだけで充分だろう。

 オマエを戦いに駆り立てようとする道具は無用。Yケータイは私が預かろう。」

「・・・でも」

「オマエは、ただの母親として、腹の子を見守れ。

 特殊生命としてのソレは、私が見守ろう。」


 有紀は戦友を信頼して頷き、Yケータイを差し出した。有紀の「子を守る為に戦いたい」という強い念が宿っている。氷柱女が依り代にするには、充分すぎる念だ。受け取った氷柱女は、「羽里野山から見守る」ともう一度約束をして、吹雪に姿を変えて去って行った。有紀は、しばらく見送ったあと、羽里野山に深々と一礼をする。


 こうして、伝説になる可能性を秘めた戦士は、一般女性に戻った。



 粉木が、「彼女は妊娠をキッカケにして退治屋を去った」と知ったのは、彼女の引退の数ヶ月後、遠目に、赤ん坊を抱く彼女の姿を見た時だった。彼女が誰と結婚をしたのか、若干の興味はあったが、退治屋であり続けることを拒んだ彼女を追及をする気は無かったので、遠くから見守るだけにした。


 源川有紀が、妖幻ファイターハーゲンとして活動した期間は、彼女が高校を卒業してからの7年間。彼女の功績と正体を知るのは、粉木勘平と、彼から直接報告を受けて、上層部に上げる前に一定の改竄をした砂影滋子だけ。


 粉木は、「また、弟子を導けなかった」「辛い思いをさせてしまった」と考えていた。18年後、源川紅葉と出会い、有紀が彼女を隠す為に退治屋から去ったと知るまでは。


 失敗を繰り返しながら引き継がれた粉木の想いは、新しい世代に引き継がれた。




-現代・源川家のリビング-


「うふふっ、懐かしいわね。

 愛娘が、特定の男の子と遊ぶこと・・・パパは寂しいわよね?

 でも、彼はきっと大丈夫。

 紅葉を、彼女が望む方向に、ちゃんと導いてくれるわよ。」


 崇の姿が納められた写真立てを、手に取って眺める有紀。娘からフラれてしまった娘の誕生日を、彼女に父親と語らう時間に充てる。




-YOUKAIミュージアム-


「燕真っ!お寿司おごってっ!・・・廻らないヤツ!」

「はぁ?なんで?」


 店に駆け込んできた紅葉が、燕真を見るなりオネダリをする。


「廻らない寿司なんておごったら、オマンの給料、消滅すんで。」

「そのあと、超高層ビルの最上階のレストランで、ジュースで乾杯して、

 ケーキを食べるんだけど、ダイヤのリングが入ってるサプライズで、

 ァタシが驚くの!」

「おうおう、給料の前借りせなあかんな。」

「オマエが指定したらサプライズに成らんだろ!?

 だいたい、文架市に、最上階がレストランの超高層ビルなんて無い!

 ドラマの見過ぎだ!」

「なら、お寿司だけ!」

「おごらねーよ!」

「しょうがないなぁ~!なら、焼肉でもイイよ!」

「現実的には成ったけど、なんで、おごらなきゃならん!?」

「決まってんぢゃん!今日ゎ、ァタシのお誕生日なんだよ!

 前に教えてあげたぢゃん!」

「あ~~~・・・そうだっけ?」


 燕真は、催促をされなくても、今日が紅葉の誕生部と知っている。女の子が、お祝いを喜んでくれることも知っている。だが、準備なんてすると、騒がしい小娘を調子に乗せてしまうので、知らなかったフリをしている。


「幾つになったんや?」

「17才だよぉ!どっからどう見ても、17才に相応しいァタシぢゃん!」

(・・・17才には見えん。)×2


 どんな姿形や気構えが「17才に相応しい」のかは解らないが、姿形&精神面は14才くらいにしか見えない。


「観念して、飯に連れとってやりや、燕真。」

「面倒くせーなぁ~!食べ放題で良いか!?」

「え~~~~~~っ!ムード無いっ!」

「焼肉屋にムードを求めるな!イヤならおごらねーぞ!」

「なら、食べ放題でイイ!でも代わりに、特上コースね!」

「・・・はいはい。」


 ハナからご馳走してやるつもりで、財布には数枚の万札を入れてあるのは、紅葉には内緒。焼肉くらいなら何とかなるが、第一声で「廻らない寿司」と「高級レストラン」と「ダイヤの指輪」を催促されて、かなり焦った。


「仕方ねーな。ジジイ、店は任せてもイイか?」

「おう、行ってこい!」


 店から出て、愛車のバイクに跨がる燕真。紅葉は、此処までは自転車で来ているのだが、当然のようにタンデムに飛び乗って燕真の背中に掴まる。


「いくぞっ!」

「ぅん!GO GO!!」

「焼肉だけだからな!」

「なら、ダイヤは来年ねっ!」

「もちろん却下!」


 燕真が駆り、紅葉を乗せたバイクが、YOUKAIミュージアムから発車をする。

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