外伝Ⅱ
外伝・妖幻ファイターハーゲン 前編
-12月下旬・サンハイツ広院(源川家)-
その日は紅葉の17才の誕生日。母・有紀が、ソファーに座ってスマホで料理のレシピを眺めながら、夕食の献立を思案している。
「ママ!行ってきます!」
「あら、何処へ?」
「ヨーカイミュージアムっ!」
「何時頃帰るの?」
「燕真にお誕生日パーティーやらせるから、遅くなると思うっ!」
「彼氏?」
「燕真ゎカレシぢゃないっ!」
慌ただしく玄関から駆け出していく紅葉と、呆れ気味に見送る有紀。ケーキを買って、ご馳走を作り、母娘で誕生日を祝うつもりだったが、無用な計画だったようだ。
女手一つで育てた紅葉が、自分以外と誕生日を祝うのは、少し寂しい。だけど同時に、紅葉が人並みに恋をしていることを嬉しく感じる。
「崇さん・・・今年の誕生日は、好きな男の子にお祝いしてもらうみたいね。」
リビングに戻った有紀は、サイドボードに立て掛けられた写真立てを眺める。生まれた直後の紅葉と、寄り添う有紀の写真。同じ写真立ての隅に、若い頃の有紀が、カジュアルな服を着た若い男性と並んで写るプリクラが差し込んである。
-二十数年前・文架市-
粉木勘平が、文架市陽快町に移り住んで数ヶ月が経過をした頃・・・。
ピーピーピー
「ん?妖怪出現か?」
市街地にセットした妖気センサーが感知をして、粉木邸の警報音を鳴らす。
「場所は・・・鎮守の森公園か?」
当時の鎮守の森公園は、今ほど整備をされておらず、鬱蒼としており、昼間でもあまりひとけが無い。
文架市は、龍脈と龍穴が整っている。大きな龍穴の一つが鎮守の森公園に有り、妖気が溜まりやすい日は、霊感の強い者が無意識に寄ってしまい、且つ、妖怪が発生しやすいのだ。
「午後7時・・・全く、迷惑な話やのう。
こんな危ない日に、公園をウロチョロするなんて、いったい、何処の何奴や?」
公園に駆け付けた粉木は、女子高生を襲う妖怪・笑地蔵を発見。異獣サマナーアデスに変身をして戦い、笑地蔵を弱体化させ、陰陽道を駆使して浄化する。
「怪我は無いな?こない物騒なとこ、サッサと離れい。」
「・・・は、はい。」
妖怪討伐を終え、女子高生に2~3言葉を掛けて落ち着かせ、粉木は現場から去って行く。この時の粉木は、襲われた女子高生との遭遇は、ただの偶然だと思っていた。だが、この出会いは必然だった。
-3週間後-
粉木が帰宅した直後の妖怪博物館に押し掛けてきた少女がいた。笑地蔵事件で救出した女子高生だ。粉木は、内心で動揺をしたが、そんな素振りは見せずに、少女に対応をする。
「お嬢ちゃん?お客さんか?
こない博物館、お嬢ちゃんが見て楽しいところではないで。」
「駅前の商店街で見付けて、尾行してきました!」
「何や、ワシになんか用か?一目惚れでもしよったんなら、諦めや。
ワシはりょうさんモテるよって、お嬢ちゃん1人の物にはならへんで。」
「この前、動くお地蔵さんをやっつけた変な鎧の人・・・おじさんですよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
普通ならば、妖怪に襲われた怖い記憶など早く忘れたいので、望んで退治屋に接触してくる一般人など居ない。
何よりも、ただでさえ鬱蒼とした公園に、日が暮れてから近付く物好きな一般人など居ない。あの日、あの時間帯に、龍穴に引き寄せられるなんて、余程強い霊力の持ち主だ。
「ワシは粉木勘平。嬢ちゃん・・・名は?」
「源川有紀です。」
「何で、此処に来た?」
「おじさんのやっていることに興味があるからです。
私、子供の頃から、人ではない物が見えるんですが、
それを退治できる人が居ることを初めて知りました。」
高校生を退治屋の業務に就かせるのは、退治屋が現体制になってからは前例が無い。本来ならば、退治屋は、専門の就学をして正社員に成った者以外を受け付けないのだが、彼女の才能の高さを評価した粉木は、まだ幼くて心が純粋なうちに、モラルから学んでもらうべきと考える。
「有紀ちゃん、ワシの弟子になる気はあるか?」
「はい。妖怪から友達を守る力が欲しいです。」
偶然から始まった師弟関係が構築される。最初の数年は、高校生活~短大との掛け持ちになる。無論、本来ならば有り得ない手段なので、本部には改竄した履歴書を報告をした。この事実は、改竄依頼を渋々手伝った砂影しか知らない。
「先ずは、銀塊への霊力封入や。手本見したるさかいやってみぃ。」
「はい!」
教育は、霊力封入&護符作り、そして何処にでも存在する妖気を‘意識的に見る’ことから始まった。
「あの人・・・人間ですよね?」
「人間や。妖気は、物や場所だけでなく、人の念にも憑くんや。」
有紀は、人の邪な心や弱い心が、妖怪の餌になる事を知る。妖気に憑かれた他人を見ることで、その人間が何に執着をしているのかを予測する。それは、妖怪討伐だけを前提にした本部では教えない、粉木独自の教育方針だった。
「妖怪は、悪しき心を好物にする。
強い霊力を持つ者に憑きやすい。
それは、有紀ちゃんやワシでも例外には成らん。」
「退治屋でも、妖怪に憑かれるってことですか?」
「人を救う力を、邪な思いで扱えばな。」
退治屋は、妖怪と身近ゆえに、一般人よりも妖怪に憑かれる危険が高い。だが、退治屋は、才能と強靱な心で、妖怪に隙を与えない。
「有紀ちゃんは下がって見とれ!」
「はいっ!」
文架市は、人口密度と比較して妖怪の発生率が高い地域。定期的に発生する妖怪との戦いでは、粉木(異獣サマナーアデス)の戦いと浄化を、有紀に何度も見せた。
「有紀ちゃん!浄化してみい!」
「・・・で、でも。」
「大丈夫や。失敗したら、ワシがフォローする。教えた通りにやってみい。」
妖怪の存在に慣れてきたら、弱り切った妖怪に対して、護符を使った浄化を実戦させる。浄化に慣れてきたら、まだ弱り切っていない妖怪に対して、銀塊で霊力を増幅させた上で、護符による浄化を試させた。
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退治屋としての一通りの心構えを教えた後、粉木は、有紀を伴って、文架市西にある羽里野山に登った。
「お氷・・・いるんやろ、顔見せい!」
勘平が呼び掛けた途端、冷たい妖気が場を支配して、吹雪が吹き荒れ、白い着物を着て、青メッシュ入りの長い白髪で、白い肌をした妖怪が出現をする。
「妖怪!雪女!?」
「氷柱女のお氷や。人害はあれへんさかい安心せんかい。」
有紀は一瞬驚いたが、粉木の言葉を信じて、直ぐに構えを解いた。粉木は、有紀の一連の仕草を見逃さない。この対面で、粉木は有紀を試していた。彼女は、氷柱女に対して攻撃的に接した過去の弟子とは違うようだ。
「この妖怪・・・粉木さんの恋人ですか?」
「ちゃうわ、ボケ!」
「なんだ、この小娘は?オマエ(粉木)のツガイか?」
「ちゃうわ、ボケ!・・・揃って、発想が下世話やの!」
有紀を眺めて、微笑を浮かべる氷柱女。この発想の一致が、後の有紀の発展に繋がることを、この時の粉木は、まだ知らない。
「この様な小娘を育てているのか?」
「小娘やけど、才能はあるで。」
「そんな物、見れば解る。
私は、小娘を見下しているではなく、オマエをバカにしているのだ。」
「・・・はぁ?ワシを?」
「オマエのような粗忽な男に、小娘の教育が出来るとは思えない。
私は、この小娘が気に入った。
未だに‘やおも’のオマエが、間違いを起こして、
汚れを知らぬ生娘が傷物に成っては困る。」
「・・・はぁ、オマン、ワシを何だと思って・・・?」
「私が娘の後見をしてやる。」
「・・・はぁ?何を勝手に?」
その日から、家主の意思に関係無く、氷柱女が粉木邸に居候をして、有紀の修業の補佐を開始する。
「冷房とやらを入れてくれ。」
「エアコンを使うような気候やないで。」
「暑くて敵わん。体が融けてしまう。」
「・・・だったら山に帰れや。」
体が氷で出来ている氷柱女は、とても‘暑がり’だった。通常時はエアコンの温度を最低まで下げられ、冬は暖房を入れることを拒否される。
「妖怪を生かす為に、ワシが凍え死んでしまう。」
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粉木は有紀に、サポートの一連と退治屋の心構え、そして、自身の失敗を経験値にして、過去の弟子には伝えられなかった「人として踏み越えては成らない領域」を教えた。出世競争をする同僚が存在しない影響もあり、有紀は、成長を焦ること無く、粉木の下で素直に成長をする。
そんな某日、有紀は妖怪博物館の事務室に呼び出された。
「有紀ちゃん、前線に出てみるか?」
「えっ?ついに私も異獣サマナーデビューですか?」
「ちゃう。サマナーシステムは人間の技術ではあらへん。
以前教えたやろ。妖幻ファイターや。」
有紀は過去の弟子とは違い、優しい心を持って育った。才能は、過去の弟子と同等。
粉木の手元には、「粉木用」として、提供されたまま未使用の妖幻システム・Yケータイが一つある。
「そやけど、大問題が1つある。」
通常の妖幻システムは、妖怪の能力を封印した状態で支給される。だが、粉木が持つYケータイには、何も込められていない状態なのだ。
「今まで倒したうちの、どれか好みの妖怪を選ぶんや。」
「倒した妖怪以外でも良いんですか?」
「これから倒すとでも?アテはあるんか?」
「いえ、倒した妖怪ではなく、友人の手を借りたいんです。」
「なんやて?」
粉木には‘一体’しか思い浮かばない。有紀が合図をすると、窓から事務所内に、雪混じりの冷たい風が吹き込んできて、しばらく吹雪が吹き荒れ、気が付くと、ソファーの有紀の隣に氷柱女が座っていた。
「やはりオマン(氷柱女)か。」
‘そのまま’では、妖幻ファイターと同一個体には成れない。封印用のメダルに収まった状態で、本部で錬金塗膜を施さなければならないのだ。
「お氷・・・頼めるか?」
「娘のことは気に入っている。協力してやろう。」
氷柱女は、未使用の妖幻システムの媒体となることを受け入れてくれた。粉木は、内々で、かつての上司・砂影滋子に、氷柱女の戦力化を依頼する。
「ワシとオマンの仲やろ。頼む!」
〈面倒ごとを頼む時ばっかり‘腐れ縁’を持ち出すなんて、えらい都合が良いわね。
条件ちゃ、アンタの弟子が、妖怪を封印したメダルを直接持ってくること!
自慢の愛弟子とやらを、一度くらい私の会わせなさい!〉
「解った解った。」
〈念の為に言うとくけど、アンタちゃ来んで良いさかいね!〉
「寂しいこと言わんといてや。まぁ、行く気もあれへんけどな。」
砂影は、古い友人の頼みを半ば呆れながら承諾をする。
有紀は、砂影の抜き打ち面接を受けて合格をもらい、後日、氷柱女を錬金皮膜したYメダルが送られてきた。
「本来なら本部の辞令込みで、主任の役職になるんだがな。
有紀ちゃんはパート扱いのままや。ワシに権力が無くてスマンな。」
「気にしないでください。
私は、生活費がもらえて、文架市の平和が守れれば、それで充分です。」
後に伝説となる【妖幻ファイターハーゲン】が誕生をする。
-数年経過(18年前)-
本部は10階建ての新社屋を建て、【大規模な火災】からの復興を遂げた。
退治屋文架支部は一定以上の実績を作り続けたが、中枢の機能麻痺と、砂影の隠蔽のおかげで、上層部の耳に入りにくく、有紀は醜い権力争いに巻き込まれずに済んだ。
有紀は、退治屋のパート、兼、妖怪博物館の係員として生計を立てている。もし、中枢が満足に機能した状態だったら、有紀は、高校卒業と同時に、上層部の子飼いとして「本部勤務」に呼び寄せられていただろう。
優秀な才能が、地方に留まり続けたことが幸運なのか不幸なのか、そのifの先の未来は、誰にも解らない。
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退治屋が、酒呑童子と鬼族の所在地を突き止めた。直ぐに、鬼退治専門の名門・狗塚に伝えられ、協力要請を受けた退治屋では特殊部隊が編制される。
命を糧にして大いなる力を得た妖幻ファイターガルダ(狗塚宗仁)が、特攻の末に、酒呑童子に致命傷を与える!強大な妖力を持つ酒呑童子は、4つの封印メダルに吸収されても倒れず、体を崩壊させながら逃走をした!
-文架市・妖怪博物館-
鬼族との死闘など、文架支部には関係無い。粉木と有紀は、平穏そのものの日常を送っていた。粉木は事務室のソファーに踏ん反り返って雑誌を読み、有紀は誰も客の居ない博物館受付に座って暇を持て余していた。
ピーピーピー
事務室で妖怪発生の警報音が鳴り、聞きつけた有紀が顔を出す。
「出動しますね。」
「発生場所は鎮守の森公園付近。妖気は薄い。
大物ではなさそうやけど、気をつけや。」
博物館から飛び出して、気配を探る有紀。確かに、公園方面に妖気を感じる。愛車のホンダ・CBR900RRに跨がって出動をした。
-鎮守の森公園上空-
酒呑童子が、体を崩壊させながら上空を移動する。
「まさか、俺が、此処まで追い詰められるとは。」
直接的にダメージを与えたのは、狗塚の当主と退治屋。だが、敗因はそれだけではない。自慢の副首領と四天王、そして鬼軍団。まともにぶつかれば、迎撃できる自信はあった。だが、何処かからアジトの情報が漏洩して、戦力が整う前に奇襲を受けた。
「誰が、隠れ里の情報を退治屋に伝えた!?やはり・・・ヤツか!?」
酒呑童子は、同じ地獄界(冥界)に住む宿敵を想像して、悔しそうに表情を歪めた。
この世界には、人々が住む人間界と、妖怪が闊歩する地獄界が存在する。
鬼の頭領・酒呑童子は、空の見えない地獄界を不満に感じ、空を求めて1000年以上もの長い間、幾度となく人間界へ侵攻を画策し、人間達の絆の強さに負けて、撤退をした。若き頃は、首だけになって、命からがら逃げ帰った事もあった。
地獄界に‘異形’が発生した。輝く闇が、人間界に繋がるひずみの上に浮かんでいた。闇はくすむ物であって、輝く物ではない。矛盾する描写ではあるが、その闇は輝いていた。何かの前触れなのか?今まで、地獄界に住む誰もが、この様な奇異を見た事が無い。
噂を聞いた酒呑童子は、人間界から冥界の戻り、奇異と対面する。それは、人間界に行くことを望んでいた。これまで何度も討伐をされて、力の限界を感じていた酒呑童子は、奇異を吸収して新たな力を得ようと考えた。
「輝く闇を食ってなければ・・・
俺は、狗塚の当主によって、完全に砕かれたいただろう。」
狗塚の決死の一撃を喰らった時、酒呑童子の腹の中にあった輝く闇が微力を発して、酒呑童子を守った。妖力の大半を失ったが、僅かにでも残せたのは、輝く闇に守られたから。
文架市は、龍脈に優れ、傷付いた妖怪が体を休めるには都合の良い土地。妖力の8割を喪失した酒呑童子は、残された力を振り絞って文架市に逃れた。だが、辿り着いたところで力尽き、鎮守の森公園に墜落をする。
地面につっ伏した酒呑童子は、現地の退治屋が接近していることを感知していた。
「ま、拙いな。」
この当時、公道の西側は田園と空き地のみ。公園対面には、大型ショッピングモールは、まだ存在していない。鎮守の森公園前の公道を、ホンダ・CBR900RRが疾走する。不意にポケットの携帯電話(Yケータイ)がコールをしたので、有紀はバイクを路肩に停車させて、ヘルメットを脱いで通話をする。
「どうしたの?粉木さん?」
〈有紀ちゃん、妖気は公園の真ん中に落ちた。〉
「こちらも、目視で確認したわ。」
〈かなり弱っているようやけど、気を付けるんやで。〉
「了解しました!」
有紀は通話を切り、Yケータイの機能で、妖気反応を探す。公園に落ちた妖気は消えかけている。
「酒呑童子が、退治屋と狗塚の合同討伐隊から逃れたらしいけど・・・
まさか、文架に落ちたのが、逃げてきた酒呑童子ってオチは無いわよね?」
愛車で公園内に乗り入れ、低速で慎重に走る有紀。亜弥賀神社前の大木に、もたれ掛かっている人影を発見する。ゆっくりと近づいて、愛車のヘッドライトで人影を照らす。倒れていたのは、有紀と同い年くらいの男だった。見た感じ、致命的な怪我は無さそうだが、あちこちに掠り傷がある。
「大丈夫ですか?どうしましたっ!」
男に駆け寄り、介抱をしようとする有紀。
〈ワラワ・・・人間・・・変わ・・・〉
「えっ!?」
男に触れた瞬間に、少女の声が聞こえ、全身に電流の様な物が走る錯覚をして、触れた手を離す。何の声と感触だろうか?男の持つ何かが、有紀の五感を刺激した気がした。有紀が男を見つめる。男も、虚ろな瞳で有紀を見つめるが、力尽きて意識を失う。
「ど、どうしよう?」
近くに妖怪が落ちたはずなのに、気配はまるで感じられない。彼が墜落した妖怪?それとも妖怪に襲われた人間?人間なら放置はできない。妖怪でも放置はできない。 接触をした時の妙な刺激も気になる。困り果てた有紀は、男を妖怪博物館に運んだ。
-1時間後-
粉木からは「帰宅して良い」と言われたが、有紀は「彼の様態が解ったら帰る」と言って、居間でテレビを見ながら待機をしていた。
障子戸が開き、粉木が顔を覗かせ、「こっちに来い」と手招きをする。しかし、有紀が博物館に入ると、男の姿は何処にも無かった。
「あれ?あの人は?帰っちゃったの?」
「いや、まだ居るで。アッサリと帰らすわけにはいかん。」
「・・・え?どういう事?」
「説明するさかい付いてきいや。」
粉木が手に持っていたリモコンを押したら、床がスライドをして、地下に繋がるコンクリート造の階段が出現をした。
「有紀ちゃんに見せるのは初めてやったかいな。
地下のある物件を買うて改装してん。」
粉木が地下に降りていったので、有紀も後を追って階段を降りる。階段が終わると、頑丈に作られた扉の前に突き当たった。頑丈なセキュリティを解除して扉を開け、部屋の中に入る。
有紀によって保護をされた男は、地下の一室で休んでいた。室内には、ベッドを除いて何も無く、男は拘束着を着せられ、監視用の窓ガラスを隔てて、有紀と粉木が男を眺める。
「粉木さん・・・なんで、こんな事を?」
「有紀ちゃんでも、気付かへんか?・・・まぁ、しゃ~ないかもしれんわな。
多分、この男が、墜落してったっちゅう妖怪やで。」
「私、彼から、妖気は何も感じなかった。」
「有紀ちゃんでも感知できへんほどに、上手く人間に化けとるんや。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「しかも、腹ん中に、変なモン飼うとる」
「え?もしかして赤ちゃん?」
「ちゃうわボケェ!妖怪の雄が妊娠なんかせんわ!」
「だったら何ですか?」
「成仏した妖怪が纏まったもんや。」
「??????????」
粉木が男の検査したら、腹の中に‘浄化された妖怪が集まった光’が入っていることが解った。
退治屋に倒された妖怪は、闇を浄化されて、邪気を失った状態で、冥界に帰り、数十年~数百年を経て、また闇を孕んで、邪悪な妖怪として復活すると考えられていた。
「妖怪が、浄化された姿のまま、一カ所に固まるなんて事あるんですか?」
「いや・・・聞いた事がないで。
ハッキリしとるんは、この上位妖怪は‘それ’によって命を繋げられている。
‘それ’が無かったら、浄化の裂傷で、とっくに体が四散してるやろうな。」
「既に浄化のダメージを受けている?」
「そうや。そして、上手く人間に化けるほどの格を持った妖怪。
おそらく、この男は酒呑童子や。
今日の大討伐に敗れて、文架に逃げてきたんや。」
「ど、どうするんですか?」
「封印してまいたいんやけど、‘浄化された妖怪が集まった光’が、させてくれん。
ちゃっちゃと本部に突き出すのが正解なんやけど、
特殊事例を調べてみたい気持ちもある。」
彼が酒呑童子だったとしても、これほど弱った状況では何も出来ないだろう。粉木は、施設内に結界を張って、彼が妖気による急激な回復を出来ない状態にして、しばらくは様子を見ることに決めた。
「・・・ん?」 「あら?」
意識を取り戻した男が、薄らと目を開け、虚ろな瞳で有紀を見つめる。改めて見ると、結構なイケメンだ。
あ り が と う
「・・・・・・・・え?」
男を拘束した部屋と、粉木や有紀がいる部屋とでは、分厚い壁と窓ガラスで仕切られていて、マイクとスピーカーの電源を入れなければ、直接会話をする事は出来ないので、男の声は、有紀には届かない。だが、有紀には、男が有紀にお礼を言った様な気がした。
最初に、男に触れた時の感触が、手に残っている。全身に電流の様な物が走ったが、嫌な感じはしなかった。むしろ、‘電流の様な物’は有紀を求めている様な気がした。
-翌日(酒呑童子の監禁2日目)・適当な空き地-
妖幻ファイターハーゲン。青を基調にした中世日本の鎧兜のようなプロテクターを纏った戦士が、マシュマロのような妖怪を叩き伏せる!
「臨!兵!闘!者!皆!陣!烈!在!前!・・・はぁぁぁぁっっっっ!!!」
ハーゲンが妖刀に白メダルをセットして九字護身法を唱えると、妖刀が冷たい冷気を放って輝いた!妖刀を振り上げて、妖怪に突進する!
「悪霊退散っ!!」
「うぎゃぁぁっっ!!」
振り下ろした一太刀が、マシュマロ妖怪=白坊主を上下に両断!ズングリムックリしたユルキャラみたいな可愛らしい見た目だが、相手が邪気を糧にした妖怪の場合は容赦はしない!白坊主は、苦しそうな呻き声を上げながら、凍り付いて破裂!闇霧と化して、妖刀の柄にセットされていた白メダルに吸収されていく!
戦いを終えたハーゲンは、通信で粉木に報告を入れた後、左手甲に設置されたYケータイを抜き取り、填め込まれていた『氷』メダルを抜き取って変身解除。有紀の姿の戻って、愛車のホンダ・CBR900RRに跨がると、粉木宅へと向かった。
-数分後・陽快町・妖怪博物館-
妖怪退治を終えた有紀は、博物館の事務所に顔を出し、上司の粉木に報告をしつつ、報告書の作成をする。有紀が事務所に籠もっていると、博物館の受付は無人になるが、どうせ客なんて来ないし、万が一、来て勝手に入っても気にしないし、有紀の本来の業務は博物館の受け付けではなく、妖怪退治なので、報告書の作成が優先だ。
「書き終わりました」
「おう!ご苦労さん!」
「彼は、どうしています?」
「今んとこ昨日と変わらんで。おとなしくしとる。見に行くか?」
「はい、是非。」
有紀と粉木が様子見に地下に降りると、‘彼’は拘束をされたままグッスリと眠っていた。しかし、人の気配を察知して目を開け、有紀の方を見つめる。昨日の憔悴していた時とは違って、幾分かは落ち着いているようだ。
「けったいな妖怪やな。ワシが何度も様子を見に来ても目を覚まさんかったのに、
有紀ちゃん連れてきおったら、すんなりと目を覚ましおったで。」
「そうなんですか?」
「妖怪でも、有紀ちゃんが美人ちゅう事が解るんかいな?」
有紀は、苦笑をしつつ、「美人」と表現された事を訂正はせずに、拘束中の妖怪を見つめる。妖怪は、有紀を見ながら、何か語りかけてくるが、妖怪を拘束した部屋と、粉木や有紀がいる部屋とでは、分厚い壁と窓ガラスで仕切られている為、妖怪の声は有紀には届かない。興味を持った粉木が、有紀に「妖怪に余計な情報を入れるな」と事前に忠告をしてから、マイクとスピーカーの電源を入れる。
〈人間の雌・・・おまえ等が退治屋だな?
人間界に出現した妖怪が、退治屋に浄化をされて、冥界に戻ってくるが、
それはおまえの仕業という事か?〉
「さぁ・・・何のこと?」
〈俺を舐めるな。誤魔化しても、雰囲気で解る。
つい今ほども、妖怪を浄化してきたばかりだろう?
その体に、下級妖怪の妖気が染みついているぞ。〉
相手は、千数百年も生きた上位妖怪だ。その場しのぎの誤魔化しなど、通用はしない。有紀は僅かに動揺したが、一方の粉木は、興味深そうに妖怪を見つめる。この妖怪は、状況を把握する洞察力と、会話で理解をしようとする知能があるようだ。
「御名答や。この子は妖幻ファイターや。ハーゲンっちゅう名や。
ワシは、この子の上司で、粉木っちゅうもんや。
そんで、おまんはなんや?
この子に保護されて、こっちの正体聞いておいて、名乗る名は無しかいな?」
〈ん?それもそうだな。これはあいすまぬ。俺の名は酒呑童子。〉
「やはりな。」
〈幾度となく、人間界には攻め入っている。知らぬ名ではあるまい。〉
1000年以上も昔、150年近くの間、京都の大江山に住み、都を気ままに荒らし回っていた鬼の集団がいた。その首領の名を酒呑童子という。陰陽師の命で、都から討伐隊が赴いたのだが、正面からの戦闘では苦戦を強いられると判断して、旅人を装って酒呑童子に近付き、毒入りの酒を飲ませて動けなくなったところで、寝首を掻き成敗した。しかし、酒呑童子は首だけになっても死ななかったと伝承されている。
〈がっはっは!あの時はしてやられたぞ。
首を取られた程度では死なぬが、
妖力を蓄えて体が再生するまで数百年の間、首だけでは何もできぬからな。
確かあの時の武士団の頭領の名は、源頼光とか言ったかな?〉
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
有紀は、‘源頼光’の名を聞いて、何かを言いかけるが口を閉じてしまう。1000年も昔の事なので記録は曖昧だが、有紀の生まれた‘源川家’は源氏の末裔らしい。有紀の才能は、隔世遺伝の賜物なのだ。
つまり、有紀の祖先は、酒呑童子を討伐した張本人。目の前の妖怪が怖いわけではないが、ワザワザ自己紹介をして、不要な憎しみに晒される必要は無い。向かってくる妖怪や、平和を乱す妖怪とは戦うが、何もしない妖怪に戦う理由を与えるつもりは無い、そう考えたのだ。・・・が、有紀の思惑とは相反して、有紀の顔をジッと眺めていた酒呑が、口を開いた。
〈人間の雌・・・ハーゲンと言ったか?
貴様からは、俺を討伐した‘源頼光’なる者と同じ雰囲気を感じるな。
‘源頼光’は、おまえの父か?〉
「・・・・・・はぁ?お父さん?」
「おまんが頼光と戦ったんは、1000年も前やで。
頼光も、その子も、とうの昔に死んどるわい。
妖怪には、人間の寿命っちゅう概念が解らんのかいな?」
〈ん?そう言えば、そうだったな。
俺達妖怪と違って、人間は、寿命が7日間程度と、とても短命だったな。〉
「寿命、身近すぎっ!」 「それはセミやで!」
150年間も人間界に住んでいて、人間の言葉を理解出来るクセに、人間の生態が理解出来ない?それとも、超大物妖怪のクセに天然?良く解らない変なヤツだが、有紀が妖幻ファイターと見抜いたり、有紀が‘源頼光’の血縁と見抜く等々、洞察力だけは際立っている。嘘をついて誤魔化せる相手ではなさそうだ。
「ハーゲンは、変身した時の名前よ。私の本名は源川有紀。
私には、貴方を倒した‘源のなんちゃら’って人物の力が遺伝しているらしいわ!」
〈・・・ほぉ、やはり血縁か。〉
「それがどうだって言うの?
私が貴方を倒した‘源のなんちゃら’の子孫って知って復讐でもする気に?」
〈・・・・・・ん?・・・復讐?〉
酒呑は、拘束衣に閉じ込められたまま、しばらくはキョトンとした表情で有紀を見つめていたが、やがて、肩を振るわせて、大声で笑い始めた。
〈がっはっはっ!はっはっはっはっは!
人間の雌よ!貴様には、俺が、1000年前の敗北に拘るほど、小者に見えるか?
しかも、貴様は、本人ではなく、ただの血縁だ!
復讐をする理由が何処にあるというのだ?〉
「雌と呼ぶな!有紀という名前があります!
では、私の祖先に倒された恨みは無いというの?」
〈がっはっは、あいすまぬ!
有紀とか言ったな。なかなか気の強い雌だ、気に入ったぞ!
確かに、俺は、首を刎ねられた直後は、騙し討ちにした‘源頼光’を恨んだ!
だが、数百年を過ごすうちに、
騙された俺自身が、滑稽に思えて、笑えるようになった!
恨みなどと言う些細なものは、
とうの昔に、大笑に混ぜて吐き出してしまったわ!〉
酒呑童子は、自身の復讐など忘れ去り、また、有紀が妖怪を退治している事を咎めるつもりも無さそうだ。それどころか、拘束をされて閉じ込められた状況を、なんの不満も持たずに受け入れ、騒ぎ立てる素振りも、逃げる仕草も、全く見受けられない。その言葉は豪放だが、まるで、捉え所が無い。
「のう、酒呑童子?こっちからの質問もええか?」
〈構わぬ。〉
「おまんが腹の中に飼っているもんはなんや?」
〈俺にも解らぬ。〉
「なんで、解らんもんが腹の中にある?」
〈人間界に来ることを望んでいたので、腹に入れて連れてきた。〉
「恐らく‘それ’は、ワシ等退治屋が浄化したモンの塊や
だが、ただ漠然と、浄化された妖怪が一塊になって集まる事なんてあるまい。
コアになって浄化された妖気を集めているモンがあるんやないか?
なんや、心当たりは無いか?」
〈なるほど、一理あるな。さすがは、退治屋だ。
俺達妖怪の生態には詳しいというわけか。
だが、ここまで混ざってしまうと、何が核になっているのは、もう解らぬ。
しかし、これを世に放つ方法なら解るぞ。〉
「なんや、その方法とは?」
〈有紀の協力があればな〉
「私の協力?なにをすれば?」
崇は、ガラス越しに、有紀の顔をジッと見つめる。一方の有紀も、崇をジッと見つめる。これで、中身が鬼でなければ、かなり好みのタイプなのだが・・・。
〈人間の雌には子を産む機能があるだろう。俺と契り、俺の子を産め!
さすれば、俺に腹にあるこれは、貴様の腹に移り、
やがて生命を宿して、この世に出る!〉
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
有紀の眉間にシワが寄り、コメカミに青筋が立ち、肩を怒らせ・・・無言で、ツカツカと分厚い扉の前に進んで、暗証番号とかカードキーとか色んなロックを解除しなければ開かないはずの厳重な扉を、木の引き戸の如く軽々と開け、中に入って、拘束されたまんまの酒呑童子の両側頭部を掴んで、その顔面に、渾身の膝打ちを叩き込んだ!
「ぐはぁぁっっっっ!!」
為す術も無くぶっ倒れる酒呑童子!酒呑童子に怒りの一撃を見舞った有紀は、重々しくて厳重なはずの扉を軽々と閉めて、白目を剥いて泡を吹いている酒呑童子を一見もせず、「死ね、ハゲ!」とワケの解らない呪いの言葉を吐きながら、1階に戻って行ってしまった。見た目は満点なイケメンに、ちょっぴりときめいてしまったが、所詮は妖怪。どうやら相容れる事は無さそうだ。
「おなごの怒りとはおっかないのう。
せやけど、今のは、おまん(酒呑童子)が悪いで。
おなごを物扱いする様な、あない雑な口説かれ方したら、誰だって怒るがな。
もう少し、人間社会の常識を勉強せなあかんな。」
呆気に取られた表情で有紀の後ろ姿を見送った粉木が、監禁されたまま失神中の酒呑童子に、哀れむ様な視線を向け、大きな溜息をついた。
ちなみに、念のために確認したら、さっき有紀が開けた扉は、厳重にロックがかかっている。絶対に開くはずの無い扉を、有紀は怒り任せに開けちゃったのだ。女を怒らせると、マジ、怖い!
-同日の夜-
粉木が、倉庫から沢山のファイルを運び出して机の上に積み、一冊ずつ内容の確認を始める。酒呑童子の腹にある‘浄化された妖怪の塊’のコアになっている物がなんなのか?酒呑童子は、生命を持って世に生まれる事を望んでいると言っていたが、それは、妖怪の生態と矛盾をしている。妖怪は死なない。正確に言えば、妖怪は、一時的には死ぬが、時を経て、また復活をする。生物の‘出産能力’に頼る必要なんて無い。
「要は、コアになっている妖怪は、妖怪として復活するっちゅ~んじゃなくて、
人としての生を受ける事を望んでいるっちゅうこっちゃな。
そんな、奇特な妖怪、おるんかいなぁ?」
退治屋の歴史は、千数百年前の陰陽師にまで遡る。千年以上の間で、退治屋に倒された妖怪は、一万匹以上になるだろう。膨大な量である。粉木は、過去に退治屋に倒された妖怪のうち、悪行を働いた妖怪ではなく、人間社会で、人間として生きる事を望んだ妖怪に絞って調査をする。
-翌日(酒呑童子の監禁3日目)-
有紀が出勤をしたら、粉木が慌てて飛び出してきた。
「えらいこっちゃ!ちょっと来てくれ!」
「どうしたの?」
地下室に連れて行かれた有紀が、もぬけの空になった部屋を見て驚く。拘束していたはずの酒呑童子が居ない。
「逃げられてもうた!」
「マズいわね!」
2人は博物館の外に出て妖気を探るが、何も感じない。妖気センサーの履歴を確認すると、朝方に博物館で、見逃すレベルの軽微な妖気が発生した以外は、全く感知をしていない。
「この反応が、脱出の?」
「見落としてもうた!」
「直ぐに探しましょう!」
有紀はホンダ・CBR900RRに跨がり、粉木はGT-Rに乗り、逃走した酒呑童子の捜索に出ようとする。
「何をそんなに慌てているのだ?」
上空から声が聞こえたので見上げたら、粉木邸の屋根に座った酒呑童子(人間態)が有紀達を見下ろしていた。
「逃げたんじゃなかったんか!?」
身構える有紀と粉木。だが、酒呑童子からは攻撃的意志は全く感じられない。
「逃げるつもりなど無い。
俺を即座に浄化しようとしない貴様等から逃げる理由も無い。
狭い室内は些か飽きたゆえに、脱出をしただけだ。」
「人騒がせな!」
「脱出して悪さをするか思て焦ったで!」
「そうか、それはあいすまぬ。
腹に飼っている物が、人間の社会を見たいと要求したのでな。
こうして眺めていた。」
酒呑童子を倒さずに保護して逃げられ、もし、社会に被害が出ていたら、粉木は左遷や減俸では済まない。安堵をして大きな溜息をつく。
「人目がある。そんなとこにおらんと降りてこい。茶でも飲もか。」
有紀と粉木は、要求に応じて降りてきた酒呑童子を、粉木邸の茶の間に案内して、茶と菓子を出す。酒呑童子は、小袋に入った菓子を珍しそうに眺め、有紀に「袋を空ける」と教えられて食べ始めた。
「逃げるつもりが無いとはどういうこっちゃ?」
「弱体化をした今の俺では、逃亡したところで、即座に貴様等に狩られてしまう。
それならば、逃げぬ方が得策だろう?
特に、俺を浄化するつもりが無い貴様等からは。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
核心を突かれてしまった有紀と粉木は何も言い返せない。そして同時に、討伐対象を生かしている自分達に、大きな違和感を感じてしまう。
「暇潰しに人間界の書物を読みたい。何かあるか?」
「オマンが気に入るかどうかは解れへんが、少しくらいはあるで。」
粉木が立ち上がり、隣室の本棚に案内する。酒呑童子は、百冊以上は有りそうな本を、物珍しそうに物色して、奥に閉じ込められた本を引っ張り出す。
「あっ!それはっ!!」
「むぅ?この雌達は、何故、着物を着ていない?何故、乳房を丸出しにしている?
着物を買う財も無いほどに飢えているのか?
こっちの雌は、ただの紐としか思えない腰布を付けているが、
こんな貧相な着物しか買えぬのか?
それとも、着物を必要としない部族か?
何故、着物を着用しない雌達が、書物になっているのだ?」
人間界の書物を食い入るように眺める酒呑童子。それは、成人男性が好むいかがわしい本。有紀が肩を怒らせ気味に近付いて、力任せに奪い取り、粉木の大切にしていた逸品を庭に放り投げる。
「粉木さん!鬼に何を学ばせるつもりですか!?」
「ワ、ワシは何もしとらん。酒呑童子が勝手に・・・」
「粉木さんには任せられません!私が彼に人間界のことを教えます!」
「ワ、ワシが提供したわけじゃなくて、酒呑童子が勝手に・・・」
有紀は本棚を眺めて、一冊の漫画本を引っ張り出して酒呑童子(人間態)に渡す。
「・・・これは?」
「先ずは、このページを読んでみて、貴方なりの感想を教えて。」
「う・・・うむ・・・」
有紀が指定したページに書かれていたのは、子供達の間で日常的に起こりがちな事件の顛末だった。登場人物は、ノビ・ゴウダ・ホネカワ・ヒロイン・青狸ロボットの5人で、ゴウダに漫画本を取り上げられたノビが、青狸ロボットに泣きついて大いなる力を得て、先ずは、ゴウダの舎弟のホネカワを実験台にして血祭りに上げ、その後、ゴウダに復讐をするんだけど、調子に乗って力に奢り、ヒロインに迷惑を掛けて、最後は自らが天罰を受けるってストーリーだった。
「なるほど・・・ノビとか言うクズは万死に値する。
無能なクセに調子に乗る辺りも好きにはなれぬ。
この男は、人間の愚かさを解りやすく体現したような人物だ。
俺が事件に参加をしていたら、真っ先にノビの首を刎ねるだろうな。
ゴウダについては、なかなかのモノノフと見た!
青狸に力を借りたノビと正々堂々と渡り合う勇ましさには好感が持てる!
ただ一つ納得出来ないとすれば、
何故、ゴウダは、ヒロインを手込めにしないのだ?
その気になれば、いつでもヒロインを手に入れる力量があるだろうし、
その資格もあるはずだ!
青狸はともかく、ノビやホネカワのような弱者では、
ヒロインを守り抜く事はできん!」
「なんの物語の感想や?」
「超有名な子供向け漫画・・・なんですけどね。」
「なんや、殺伐としていて、ワシの知ってるのと、だいぶ違う気がすんな。」
「冒頭で、ゴウダがノビの漫画本を奪う行為について、お咎めは無いのかしら?」
「何故、咎める必要がある?
必要ならば略奪する。力こそ正義、非力で奪われる弱者が悪い。当然の事だろう。
ノビの如き小者では、ゴウダに略奪をされなくても、
やがては、別の強者に略奪をされてしまう。
ノビは、あまりにも弱すぎる。
青狸がいなければ、とうの昔に、命を奪われていた事だろう。
その点、ホネカワは気にくわない存在だが、
力ある者の庇護を受ける辺りは、世渡りが上手いな。
組織のトップには立つ器はないが、2番手として大成する可能性を秘めている」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
有紀は「ノビの漫画本を取ったゴウダが悪い」「でも、お調子者のノビも悪い」的な感想が欲しかったんだけど、別のストーリーを読ませたんじゃね?ってくらい、思い掛けない感想が返って来た。そもそも「オマエの物は俺の物」って乱暴な理論を受け入れちゃっている価値観が、根本的に間違えている様だ。
「ゴウダが、ノビの私物を取るのが悪いのよ。」
「何故だ?」
「1000年前なら、OKだったかもしれないけど、
今の時代では、許可無く、他人の物を取り上げちゃダメなのよ。」
「なにぃ!?そうなのか!?」
「1000年前でも、略奪はダメやろうけどな。」
「それとね、ゴウダにとってヒロインは大切な友達だから、
ヒロインの意志に無視して手込めにする気なんて1ミリも無いわよ」
「ぐぅぅ・・・時代が違うのだな。
ならば、現代の認識では、ゴウダへの復讐を遂げたノビが正義という事なのか?
あのような、非力で無能でお調子者のクズがっ!!?」
「ノビは、アナタの言う通り、非力で無能でお調子者のクズよ!
天罰を受けて当然ね!
青狸ロボットがいなければ、とっくに野垂れ死んで・・・
いいえ、青狸ロボットがいる所為で、醜く生き長らえている、
どうしようもないダメ人間だわ!」
「おいおい、有紀ちゃんもノビについては同意なんか?妙なところで気が合うとる。
これじゃ、道徳の勉強にならへんがな。」
だいぶ問題だらけなんだろうけど、有紀による酒呑童子への、現代常識の教育が始まった。
-10日後(酒呑童子の監禁13日目)-
粉木邸の居間で、有紀と酒呑が並んでビデオを見ている。内容は、長野県松本市を舞台にした学園青春ドラマ。理由は、主要登場人物の1人が酒呑の人間態に似ていたから。
ブラウン管内では、文化祭実行委員に選ばれたヒロインと男子が、放課後に図書館に残って企画をしているところ。打合せをしながら目と目が合うヒロインと男子。以前からヒロインに片想いしていた男子は、気持ちが暴走してしまい、ヒロインの唇に、自分の唇を重ねてしまう。驚いたヒロインは、目を大きく見開いて、その場から逃げる様に立ち去っていく。そして、慌てて帰宅をしようとするヒロインが、生徒玄関前で、定時制通学をしている主人公とぶつかる。2人が初めて出会うシーンだ。この出会いをキッカケにして、物語が動き始める。
「ぬぅぅ・・・情けない!何故、ユースケはソノコを押し倒さない!
好いているならば、口を吸うばかりで終わらせず、力ずくで体を手に入れろ!
こんなありさまだから、逃げられ・・・・・・・・・・」
「現代と1000年前は違うでしょ!」
「あぁ・・・そうか!ユースケは愚かな男だ。
あのような身勝手な振る舞いを、ソノコが受け入れるわけがあるまい!」
「そうよ、それで正解よ。
今のシーンは、強引に押し倒さないのが悪いんじゃなくて、
ソノコの気持ちを考えないところが悪いの。」
人間界の文化に興味を持ち始めた酒呑童子は、毎日少しずつではあるが、人間界の常識を学習する様になっていた。酒呑の答えに対して微笑む有紀。有紀と酒呑の目が合う。酒呑は、改めて、有紀を美しいと感じた。ドラマ内で‘身勝手な口吻をした男子’の気持ちが、少しだけ理解出来る。ただし、たった今、2人でユースケを否定した直後なので、身勝手な行動は控える。
-数日後・羽里野山の麓-
ハーゲンの攻撃を喰らった天邪鬼が弾き飛ばされて蹲る。ハーゲンの構える妖刀は、既に一定の邪気を祓っており、天邪鬼は、凶悪だった戦闘開始時と比べて人間らしい顔つきになっていた。その様子を見たハーゲンは、天邪鬼には争う気が無いと判断をして、向けていた刀を鞘に納める。
「わ・・・わしを殺さないのか?」
「えぇ、殺さない!だって貴方、人間と共存したいのよね?」
天邪鬼は、鬼族の決起に呼ばれて参加をしていたが、数年前までは、人間のフリをして、人間社会で生きていた。些細な悪戯程度はするが、人間に害を為すような事件は起こさない。だから、ハーゲンは、邪気を薄くしてやれば、天邪鬼は穏やかさを取り戻すと考えていた。
「ふざけるのも大概にせえ!また、妖怪を助ける気なんか!?」
戦いの様子を見ていた粉木が、ハーゲンの行動を批難する。
「私が倒すのは、人間に害を為す悪い妖怪だけよ。
粉木さんだって、妖怪なら何でも倒せば良いとは思っていないわよね?」
「せやけど、ソイツは鬼やで!妖怪の中でも、悪のエリートのような種族や!」
「それは、他種族を受け入れようとしない人間の一方的な価値観。
人間にだって、解り合えない者もいる。
その反対に、鬼や妖怪にも、解り合える相手はいるはずよ。」
「・・・やれやれ、相変わらず頑固やのう。」
「それに・・・酒呑童子を放置している粉木さんに、私の批判はできないわよね。」
「それ言われる言葉を返されへん。」
粉木自身、「人間社会に憧れ、人間との共存を望む妖怪が居る」ことは把握しており、「妖怪や鬼と解り合うことは不可能ではない」という思想を生易しいと思う反面、「そうなって欲しい」という願望を持っている。
そして、「鬼の頭領と解り合えれば、他の妖怪達とも協調できる」と考え、酒呑童子を黙認していた。
「天邪鬼・・・人間社会では、オマエを鬼の姿のまま受け入れるのは難しい。
決して、鬼の姿には成らず、人間の姿を保って生き続けろ。
人間社会を混乱させるトラブルは起こすな。
それが、ワシが目を瞑ってやれる最大の譲歩だ。」
天邪鬼が念を発すると、天邪鬼の姿が、老人の姿に変化をした。ハーゲンによる助命嘆願と、粉木の決断に対して、天野老人は何度も頷き、涙を流して感謝をする。
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