第33話・死神の大鎌

 契約者とスペクターの融合。青い霧に覆われた佑芽が、一瞬だけ礼奈の姿に変わり、直ぐにリンクスへと変化をする。


〈ソイツ等をやっつけて!お姉ちゃん!!〉


 契約者と直接繋がった為に、リンクスは抵抗する術を失った。両手の妖扇を構えたリンクスが、ザムシードとガルダに向かって突進!ザムシードは裁笏ヤマを構え、ガルダは鳥銃・迦楼羅焔をリンクスに向けて光弾を発砲する!

 横飛びで光弾を回避しつつ、扇を振るって突風を放つリンクス!重心を落として凌ぐザムシードとガルダ!リンクスは、左右の扇を同時に振って、5本×2扇のクナイを飛ばす!


「チィッ!」 「来たっ!」 


 横跳びで、5本のクナイを回避をするガルダ!ザムシードは迎撃をするが、2本を打ち返し、残る3本を喰らって弾き飛ばされた!


「にゃぁぁぁっっっっっっっっ!!!」


 10本のクナイは左右の扇に戻り、両扇を振り上げたリンクスが、立ち上がった直後のザムシードに突進!左右の扇を交互にザムシードに叩き込んだ!悲鳴を上げ、再び弾き飛ばされるザムシード!


「佐波木っ!」


 更なる追い撃ちを掛けようとするリンクスに向かって、ガルダが光弾を発砲!リンクスは扇を盾にして光弾を受け止めつつ、素早く後退をする!


「ソイツ(リンクス)の瞬発力には警戒しろと言ったはずだ!」

「警戒はしてたけどさ・・・攻撃に勢いが、急に変わりすぎだろ!?

 なんか知らんけど、さっきまでの妙な戸惑いは解消されたようだな!」

「・・・らしいな。こちらとしても、その方が戦いやすい。」

「本気で戦うのか?知ってるヤツなんだろ?」

「関係無い。死者の冒涜は外法だ。

 死者(リンクス)は、本来の姿に還さねばならない。」


 里夢は、リンクスの動きに迷いが無くなったことに安堵をしていた。


(予想通り、融合させてやれば、依り代の意思が直通状態に成り、

 スペクターは自由を奪われて、反発は解消されるようね。)


 粉木は、「自分も騙された被害者」のはずなのに、場違いな笑みを浮かべた里夢の表情を見逃さない。


〈アイツが・・・鬼退治専門のアイツ(ガルダ)が、ちゃんとしなかったから、

 お姉ちゃんが作戦に引っ張り出されて、犠牲になったんだよね?

 先ずは、無能なアイツ(ガルダ)をやっつけよう。〉

「違う・・・違うの、佑芽。こんな事はやめて。」


 リンクスはYウォッチから属性メダル『斬』を抜いて、右の妖扇に装填。扇に仕込まれた5本の刃が40センチほど(脇差しサイズ)に伸びた。

 一方のガルダは、接近戦に縺れ込まれたら不利と判断して、鳥銃を腰のホルダに戻し、Yウォッチから『蛮』を抜いて、スロットに装填。妖槍・ハヤカセを召喚して構える。


「情は無用!君は下がっていろ!」


 左扇の5本のクナイを飛ばすリンクス!ガルダは妖槍を回転させて弾き飛ばした! クナイは左扇に戻り、リンクスは突進しながら、刃の伸びた右扇を振り上げる!


「にゃぁっ!!」


 リンクスが振り下ろした右扇の長い刃と、ガルダの妖槍がぶつかる!直後にリンクスが突き出した左扇の5本クナイがガルダに叩き込まれる!


「はぁぁっっ!!」 


 ガルダは、ダメージを堪え、穂先でリンクスの右扇を上に弾き上げながら妖槍を回転させて、石突きをリンクスの脇腹に叩き込んだ!更に、体勢を崩したリンクスを蹴り飛ばす!

 弾き飛ばされたリンクスは、空中で体を捻って体勢を立て直しながら着地!直ぐさま、再突進をする!


「身軽だな。・・・だがっ!」


 ガルダは、冷静に、リンクスとの距離を測る。今まで、リンクスは、ガルダの槍やザムシードの短刀の攻撃圏外(距離にして10~20m)で、突風を発したりクナイを飛ばし、防御をしている間に身軽なフットワークを駆使して距離を詰め、接近戦に持ち込んできた。

 つまり、リンクスがクナイを飛ばすタイミングは、「リンクス自身が攻撃を受けない」と判断した距離になる。


「君のクセは理解した!」


 突っ込んでくるリンクスに向かって突進をするガルダ!互いが動いたことで、リンクスが5本クナイを飛ばそうとする距離が、10mよりも詰まる!

 リンクスの安全圏と判断した距離を潰して死地にする!それが、ガルダの作戦!ガルダが突き出した妖槍の穂先が伸びて、突進してきたリンクスの腹に突き刺さった!


「くっ!」


 押し戻され、数歩後退して、片膝を付くリンクス!ダメージを受けた腹から、青い霧が上がる!


「おいおい、知り合い相手に、容赦無しかよ!?」

「容赦をしている余裕など無い!」


 ザムシードの問いに対するガルダの回答は正論だ。知り合い云々以前に、パワーアップをして、本気で襲いかかる相手に、手を抜いて戦う余裕なんてあるはずが無い。

 これが生者同士の戦いならば、今の一撃で、リンクスは今まで通りの動きができなくなり、決着が付くのは時間の問題だろう。だが、相手は生者ではない。まだ決着は付いていないと判断したガルダは、腹を押さえて蹲るリンクスに、妖槍の歩先を向ける。


「まぁ・・・そうかもしんないけど。」


 ザムシードは頭では理解している。だが、何かが心に引っ掛かって納得できない。


(ただ、お姉さんを嗾けているだけでは、勝てないわよ佑芽さん。

 お姉さんの無念を晴らす為に、アナタの霊力も上乗せしてあげなさい。)


 里夢が、もう一段階上の要求をした途端、リンクスの中の佑芽の眼が冥く濁った。


〈・・・はい〉


 佑芽が全身から霊力を発する。佑芽の霊力は、霊体の礼奈と混ざり合う。


〈もっと頑張ってよ、お姉ちゃん!私が力を貸してあげるから!〉


 リンクスのダメージが回復をして、両眼が輝き、更なる妖気が発せられる。


「チィ・・・依り代を止めなければならないか。」


 ガルダは、容赦をせずに戦っているが、依り代の佑芽が死なないようには心掛けていた。だから、妖槍のカウンターは、頭や胸ではなく、傷を負っても癒やせる腹を狙った。だが、それでは、戦いは終わらないようだ。依り代の命を優先させるのではなく、問答無用で依り代を卒倒させる一撃が必要だ。


「はぁぁっっ!!」


 突進するガルダとリンクス!ぶつかる妖槍と妖扇!ガルダが、リンクスの妖扇を弾いて、妖槍を振るうが、リンクスは素早いフットワークで回避!ガルダは、そのまま妖槍の穂先を伸ばしてリンクスと捉えようとするが、手の内を読まれており、穂先に右妖扇を当てて受け流され、更に、左妖扇からクナイが射出されてガルダに着弾!


「にゃぁっ!!」


 体勢を崩したガルダに突進をするリンクス!しかし、その背後から、自動操縦をされたガルダの愛車・マシン流星(ヤマハ・MT-10)が突っ込んできて、リンクスに体当たりをして弾き飛ばす!


「俺は闇雲に武器を撃ち合わせていたわけではない!

 マシン流星が機動するまでの時間を稼いでいたのだ!」


 マシン流星が変形をして、カウルが開いて砲身が出現!妖砲イシビヤに姿を変える!ハンドルを握ったガルダが、ハンドル脇のスロットに白メダルをセットして、タイヤを軸にして妖砲を回頭させ、砲口をリンクスに向けた!


「うおぉぉっっ!!」

「なにっ!?」


 だが、ガルダが引き金を引く寸前で、射線上にザムシートが割り込んで来て、リンクスに、裁笏ヤマを振り下ろした!リンクスは妖扇で受け止める!

 ガルダには、ザムシードが攻撃の為に割り込んだのではなく、リンクスか庇ったようにしか見えない。


「邪魔だ、佐波木!」

「邪魔なのは解っている!オマエの言うのが正しいのも解っている!

 でも、やっぱり、俺には納得が出来ない!」


 幾度か裁笏と妖扇をぶつけ合った後に、胸に妖扇の一撃を喰らったザムシードが後退!リンクスが踏み込んで右扇(伸びた刃)を振り下ろすと、ザムシード左腕で受け止めた!そして、ガードしたまま、左腕のYウォッチから水晶メダルを抜き取って、和船バックルに装填!


《LIMITER CUT!!・・・EXTRA!!》 


 全身が輝いてEXザムシード登場!左腕で受け止めていた右扇を力任せに押し戻し、リンクスの腹に蹴りを叩き込んだ!リンクスは、追い撃ちを避ける為に素早く後退をして体勢を整える!


「うおぉぉっっ!!」


 左扇のクナイを飛ばすリンクス!EXザムシードは、突進をしながらクナイを3本弾き飛ばすが、2本が肩と足に着弾!しかし、痛みを無視して突進を続け、リンクスの懐に飛び込んだ!リンクスの振り下ろした右扇(伸びた刃)がEXザムシードの肩に叩き込まれ、同時にEXザムシードの裁笏ヤマが、リンクスの胸に叩き込まれる!


「あの未熟者・・・どういうつもりだ?」


 ガルダは、妖砲イシビヤを構えたまま、EXザムシードを眺める。接近戦をするEXザムシードが邪魔で、必殺の一撃を撃つことができない。それどころか、EXザムシードが装備をしているのは、攻撃力の高い妖刀や弓銃ではなく、属性メダルの効果すら利用していない通常の裁笏ヤマ。リンクスを倒す意志があるようには思えない。


「退け、佐波木!」

「退かねーよ!ここは俺に任せろ!!」


 EXザムシードは、リンクスを倒すつもりが無い。エクストラモードで、リンクスの攻撃に耐えられるように防御力を上げ、ガルダに手を出させずに、リンクスを救う為に戦っている。


〈こいつ・・・何なんだ!?

 お姉ちゃん、こいつ不気味だから、サッサと倒してよ!〉


 戦いの定石を無視して、防御を捨てて突進してくるEXザムシードに対して、契約者の佑芽は動揺をして、リンクスに的確な指示が出せない。


「うぉぉぉっっっっっ!!!・・・オーン、除霊!!」


 EXザムシードの振るう裁笏ヤマの乱打が、リンクスの全身に叩き込まれた!全身から闇を散らして弾き飛ばされるリンクス!


〈・・・くっ!〉


 リンクス(礼奈)の念が弱体化をして、姉の霊を覆っている佑芽に、ダメージとプロテクターの重みがのし掛かる!


〈お、お姉ちゃん、シッカリしてよ!〉


 動きが鈍くなったリンクスに突進をして、覆っていた霊力が薄くなった腹に蹴りを叩き込むEXザムシード!リンクスは再び弾き飛ばされて地面を転がる!


「・・・佑芽。」


 今の一撃で、契約者の佑芽が意識を失った。命令の強制状態から脱したリンクスは、立ち上がるなり、踵を返して逃走。跳躍力を活かして粉木邸の屋根に飛び上がり、屋根から屋根へと跳び跳ねて移動する。


「ゲッ!マジで!?逃げんなっ!」


 EXザムシードは、リンクスを追い払うのではなく、弱体化をさせて取り押さえるつもりだったので、慌てて追い掛けようとする。しかし、ダメージ無視で突撃を続けた所為で、足が縺れて片膝を付き、更にエクストラモードが強制解除されて、ノーマルのザムシードに戻ってしまう。


「チィ!全く世話が焼ける!

 圧倒的なエクストラを無駄使いしたあげく、逃亡を許すなど、未熟の極みだ!」


 妖砲モードのマシン流星をバイクモードに変形させて、屋根を駆けるリンクスを見上げながら追走をする。


「これが俺のやり方だ!

 中の女の子(佑芽)の生命を無視して容赦無く攻撃するよりはマシだろうに!

 まぁ、逃げられたのは予定外だけど・・・。」


 十数秒ほど遅れて、マシンOBOROに跨がったザムシードが、リンクスとガルダを追う。


「全く・・・両極端やのう。

 里夢ちゃん、ワシもリンクスを追う。

 呼び出しといて放置になってまうが、落ち着いたら連絡をするよって勘弁な。」

「はい、気を付けてくださいね。」


 粉木は、里夢に謝罪をしてから、愛車のスカイラインの乗り、駐車場を飛び出していった。見送った里夢は、粉木の車が見えなくなってから小さく舌打ちをする。契約者(佑芽)を洗脳状態にして、里夢が間接的にスペクター(リンクス)に指示をするのは、命令系統が間延びをして、思い通りには操れないようだ。


「使えない供試体は、サッサと廃棄したいのよね。」


 今回の戦闘で得られた情報を元にして次の計画を進める前に、根古佑芽が余計なことを喋らないように始末をしておきたい。だが、里夢も、少なからず疑いが向けられている状況では、あからさまには動きにくい。


「直ぐに対処できるようにしておくべきね。」


 里夢が、近くの電線に止まっていたカラスを睨み付けて、見えない魔力の楔を飛ばす。魔力の干渉に墜ちたカラスの眼が青く輝き、使い魔となって文架の退治屋を追って飛び上がった。




-YOUKAIミュージアム東側の交差点-


 信号で車を停めた粉木が、スマホと手に取って、本部の砂影滋子に連絡をする。


「おう、滋子!」

〈リンクスの妖幻システムはあったが?〉

「持っとったのは、根古佑芽ちゅう娘や。」

〈なんで、就学生の佑芽が文架市に?〉

「知らん。詳しいことは聞かしてくれへん。

 一度は確保したけど変身されて逃げられた。

 スマンが、リンクスの妖幻システムの位置情報を送ってや。」

〈解ったわ。必ず捕まえてちょうだい。〉

「もちろんや!」


 信号が青の変わったので、粉木は、交差点を通過して路肩に車を停車させる。しばらくすると、砂影から「東に向かって動く位置情報」が送られてきたので、無線で燕真と雅仁に伝えながら、車をスタートさせた。




-文架市の東-


 国道の高架下に身を隠したリンクスが、脱力をして地面に両膝を付く。変身が強制解除されて、佑芽の姿に戻り、痛めて血が滲む脇腹を押さえて座り込み、コンクリートの壁に凭れ掛かった。


「・・・なんで、こんな事に?」


 文架支部に対する不信感は少なからずあったが、問答無用で攻撃を仕掛けるほどの憎悪ではなかったはず。佑芽が文架市に来た目的は、逆恨みの復讐ではなく、姉の名誉を回復させる為。しかし、急に、頭の中で声がして、恨みと攻撃衝動が抑えられなくなった。戦闘を拒む姉の声は、ずっと聞こえていたのに、何故か、聞こうとはしなかった。


「お姉ちゃん・・・私、どうなっちゃったの?」


 里夢のエンゲージキス(魂約の口吻)の影響下に落ちていることを認識していない佑芽は、自分が壊れてしまったと感じていた。涙ぐみながら、姉の霊体が封印されたメダルを見詰める。


「えっ?この音?」


 遠くから、バイクのエンジン音が近付いて来るのが聞こえる。


「なんで?」


 佑芽は、実績を認められて、正規ルートで妖幻システムを受け取ったわけではない。だから、盗難や悪用防止の為に、YウォッチがGPSで管理されていることを知らない。


「ヤバい・・・掴まっちゃう。」


 立ち上がり、逃げ出そうとするが、痛めた脇腹を押さえ、悲鳴を上げて蹲る。そこに、ヤマハ・MT-10を駆る雅仁が到着。佑芽を発見して、バイクを止めて駆け寄る。


「おいっ!」

「いやっ!来ないでっ!!」


 逃げようとする佑芽。しかし、アッサリと雅仁に追い付かれ、腕を掴まれ、必死で抵抗をする。


「暴れるな!傷口が広がる!」


 雅仁は、佑芽を力任せに押し倒し、マウントを取って腹部に当身を入れて意識を落とす。直後に、ホンダ・NC750Xを駆る燕真が到着して、仰向けになった佑芽に覆い被さっている雅仁を見て、ドン引きをした。


「・・・殺したのか?」

「満足に抵抗できない少女の命を奪ったりはしないさ。

 重傷を負っているのに暴れたから、気絶させたんだ!」

「怪我してる子に容赦無~な。

 元々、その娘の腹の怪我だって、オマエが攻撃をした所為だし。」

「問答無用で攻撃をされたのだから仕方あるまい。」

「まぁ・・・そりゃそうだけどさ。知り合いなら、もう少し容赦しろよ。」

「俺は、この娘(佑芽)のことなど知らない。」


 数分後、粉木の運転するスカイラインが到着をしたので、後部座席に佑芽を運び入れ、それぞれの愛車で病院へと向かう。




-文架総合病院-


 佑芽が治療をされている間、燕真&雅仁&粉木は、ロビーで待機をしていた。待つ義理があるワケではないが、「無関係」と放置をするほど冷たくは出来ない。


「なぁ、狗。本当に彼女のこと知らないのか?」

「ああ、知らない。」

「彼女は、知っている感じだったぞ。」

「根古佑芽っちゅう名前やで。本当に覚えはないんか?」

「申し訳ありませんが、全く覚えがありません。」


 佑芽の素性が解れば、攻撃をされた理由を突き止められると思ったのだが、肝心の雅仁が「知らない」ので、話が前進をしない。


「まぁ、滋子が来れば、少なからず解るやろう。」

「砂影ババア、来るのか?」

「彼女(佑芽)の入院手続きをする為にな。名前しか解らんワシでは何もできん。」


 佑芽の件については、砂影到着後に話を進展させるとして、議案はもう一つある。


「魔力は感じるか、狗塚?」

「明確な感知できませんが、見られているプレッシャーは感じます。」

「そうか・・・監視はあるか。」


 里夢の使い魔に見られているという意味だ。おそらく、リンクスを追走した時点で、誰かに使い魔が付いていたのだろう。


「オマン等はどう思う?」

「どうもこうも無いだろ。ややこしい駆け引きは、どうでも良い。

 猿飛のオッサンと会ってたってのに誤魔化そうとした。これは事実なんだ。」


 燕真は、モーテルに誘い込まれた時の、普段とは別人のような里夢の妖艶な表情を思い出していた。女性に‘スイッチ’が入って、いつもと違う表情を見せることに対しては、一定の理解があるつもりだが、普通ならば、まだスイッチが入っていない状態なのに、彼女の表情は違っていた。あの時は拒否をしたが、もし仮に、彼女の‘接待’を受けていたらどうなっていただろう?

 猿飛空吾がエンゲージキス(魂約の口吻)の干渉下に落ちていたことを知る由も無い。だが、燕真には、退治屋内でエース扱いをされていた猿飛が、安易な暴走をした理由が、里夢の色気に狂わされていた為のように思えてしまう。彼女の妖艶さには、それくらいの怖さがあった。


「猿飛のオッサンが死んだってのに、悲しもうともしないで、

 嘘を付いていたことに対して、謝罪一つしないのが気に入らない。」

「色々と言い訳はしていましたが、

 俺には、かなり無理があるように感じられました。」

「やれやれ、お嬢(紅葉)の勘が正しかったことになりそうやな。」

「アイツの場合は、単に、里夢さんを、生理的に嫌ってるだけなんだろうけど。」


 全員が、里夢には不審を感じている。しかし、監視をされている(らしい)状況で、憶測で里夢のことは話題にしにくい。佑芽が目覚めれば、何らかの情報は握っているだろう。燕真達は、余計な詮索は控えて、佑芽の回復と、砂影の到着を待つことにする。




-2時間後-


 到着をした砂影が、佑芽の入院手続きを終え、病室に入ってきた。佑芽の傷の手当ては終わったが、まだ麻酔が効いており静かに眠っている。燕真&雅仁&粉木&砂影は、報告会を兼ねて、病院の食堂で遅い昼食を食べることにした。購入した食券をスタッフに渡して、空いている席に座る。


「なぁ、狗。相変わらず、使い魔はいるのか?」

「監視のプレッシャーはある。」

「砂影の婆さんが合流してきたのも筒抜けってことか。

 ずっと、俺達を監視してる気かな?」

「俺達の監視も必要だろうが、

 協力者(佑芽)の状況を把握するのが目的かもしれんな。」

「だったら、帰れば、俺達は監視から外れるってことか?

 それとも、怪我人(佑芽)から監視が外れるのかな?」


燕真が喋りながらアイコンタクトをしてきたので、雅仁が視線を返す。


「さぁ・・・それは、夜野里夢にしか解らないことだ。」

「もしくは・・・狗よりも感知力が高いヤツ・・・か。

 貸しを作ると高く付くから、あんまり頼みたくないんだけど、呼ぶしかないか。」


 4人分の食事がテーブルに乗ったので、監視に対して一定の警戒をしつつ、食べながら本題を開始する。


「佑芽が、本部で就学中ってことは説明したわよね。

 教育課に確認をしたら、1ヶ月くらい休学しているってことよ。」

「一ヶ月前だと、アポロ事件の頃か。」

「里夢は、喜田社長の命令って言っていたぞ。」

「本部勤務の隊員なら話は解るけど、ただの就学生が上層部の極秘任務?

 チョット考えられないわね。どんな目的があるのかしら?」


 根古佑芽は、3ヶ月前に文架遠征の途中で殉職をした根古礼奈の妹。優秀な姉の後を追って退治屋を志している。本来ならば、就学から2~3年で実務に就くのだが、佑芽の場合は、高校卒業からの2年間は短大に通いながら就学をして、短大卒業から陰陽の勉強に専念をして、ようやく1年が経過しようとしていた。その為、実務に就くのは、もう少し先に成りそうだ。戦闘よりサポート向きの才能が高い為、教育課の評価では、妖幻システムを得る可能性は低いらしい。


「亡くなった姉は、どんな人物なのですか?」

「礼奈は、エリートコースの階段を上がり始めたばかりだったわ。

 生きていたら活躍が約束されていた優秀な子よ。」


 砂影は就学には携わっておらず、根古礼奈は卒業して直ぐに本部付になったので接点が無いので、「優秀」という噂しか知らない。妹の佑芽に関しては、今回の事件が発生するまでは、「優秀な隊員の妹が就学中」程度の認識しかしていなかった。


「何故か、俺のことを知っている様子でした。」

「それはそうでしょう。貴方と礼奈は、就学の同期だったんですから。」

「え?」 「はぁ?」 「同期やて?」

「礼奈は、通常であれば首席クラス。

 雅仁が突出をしていた影響で、2番手だった子よ。」

「根古礼奈?・・・ですか。」


 燕真と粉木は雅仁に視線を向け、当の本人は首を傾げる。



 当時の雅仁は、「父の無念を晴らす為に強くなる」ことが全てであり、他者との共存や、人生を楽しむことなど、考えている余裕が無かった。彼には、「惨殺体となった家族」と「戦いの中で力尽きた父親」だけが鮮明な記憶として残り、それ以外の全てが灰色に見えていた。


「猫には優しく接してあげるのに、人は苦手なの?」


 そんな灰色の景色の中で、一人だけ、時々、雅仁に話し掛けてくる少女がいた。


「昨日の帰り道、野良猫に餌をあげてたでしょ?

 冷たい印象があったけど、根は優しいんだね。」

「俺が・・・優しい?」

「猫好きなの?」


 普段は見せない姿を見られてしまった雅仁は、戸惑いながら適当に誤魔化した。彼女は笑っているように見えたが、眼を合わせなかった雅仁は、彼女の顔すら、満足に覚えていない。



「彼女が・・・?」

「思い出したのか?」

「いや・・・明確には思い出せない。」

「オマエさ、全く覚えてないなんて、どんだけ自分しか見えてないんだよ?」

「そんなつもりは無い。妙な中傷はやめろ!」

「充分にヒドいヤツだよ。」

「まぁ、そう言わないで、燕真。雅仁には雅仁の事情があるんだから。」


 雅仁の才能は同期内で突出しており、且つ、当時は「父の無念を晴らす為に強くなる」ことだけしか見えていなかった。だから、共に学んだ学友が全く眼中に入らなくても不思議ではない。


「いいや、今回ばかりは言わせてもらう!オマエは、相変わらず冷たいヤツだ!」

「なんだと?」

「だって、そうだろう!?

 リンクスは、オマエのことを知っていて、オマエとの戦いを拒んでいたんだぞ!

 それなのに、話を聞こうともせずに攻撃してただろうに!」

「未熟者が綺麗事を言うな。死者は本来の姿に戻さねば成らんの。」

「それが冷たいってんだよ!」


 席から立ち上がって、雅仁に食って掛かる燕真。


「あげくに、中の人(佑芽)に怪我をさせやがって!

 怪我が無ければ、今頃、真相を聞けていたかもしれないんだ!」

「だからといって、攻撃を仕掛けられているのに、放置をするわけにはいかない!」

「やりすぎって言ってるんだ!

 俺が割って入らなければ、オマエ、あの子を殺していたんじゃないのか!?」


 煽られて苛立ち、席から立ち上がって燕真を睨み付ける雅仁。粉木と砂影は、「急に何が始まったのか?」と、呆気に取られた表情で眺めている。


「オマエは、初めて会った時から、ずっと、自分しか見えていないんだよ!」

「足手まといの未熟者が、たまたま都合良く物事が進んだだけで、調子に乗るな!」

「もういっぺん言ってみろっ!」


 ‘お冷やが入ったコップ’を掴んで、目の前の雅仁に浴びせようとする燕真!しかし、雅仁は、燕真の手の上に自分の手を被せて防ぎ、空いてる手で手前のお冷やを掴んで、燕真にぶっかけた!


「うわっ!冷てぇっ!」

「・・・フン!未熟者め。」

「テメェ、何しやがる!?」


 粉木と砂影は、周りに対して「うちの若いもんが騒いで申し訳ない」と配慮をしているだけで、燕真と雅仁を止めようとはしない。


「粉木さん、砂影さん、申し訳ないが、俺はこんな未熟者と同席は出来ません。」

「ああ・・・うん、そうやな。」

「退席させてもらいます。」

「そ、そんなが?気を付けて帰ってね。」

「俺だって、オマエの顔なんて見たくもねーよ!」

「そっくりそのまま、君に返す!」

「腹立つ!表に出やがれ!」

「フン!君など相手にする価値も無い!」


 燕真のことを鼻で笑いながら、踵を返して立ち去っていく雅仁。粉木と砂影は、燕真と雅仁が喧嘩をしたこととはチョット違う理由でドン引きしながら、雅仁の背中を眺める。


(下手やのう。喧嘩の内容が強引すぎや。

 お嬢のダイコンぶりと大して変わらんで。)

(これで、騙せたのかしら?燕真が水を掛けられ損にならんことを祈るわ。)

「クソッ!・・・あんにゃろう!すっげームカ付く!」


 ズブ濡れになって、おしぼりで顔を拭いている燕真を見ていると、だいぶ苛立っているように感じられる。



-屋外-


 ヤマハ・MT-10を駆る雅仁が、病院の駐車場から公道に出て、しばらく走ったあと、路肩に寄って停車をした。


「悪く思うなよ、佐波木。」


 雅仁は、振り返って、文架総合病院をしばらく眺め、再びバイクを走らせる。




-夕方-


 放課後になり、病院に呼び出された紅葉が、燕真&粉木&砂影と合流する。


「ちぃ~す!なんで病院?

 んぉ?なんで、粉木の婆ちゃんがいるの?」

「粉木ちゃうくて砂影や。」

「あれぇ?爺ちゃんと結婚したんぢゃなかったっけ?」

「してへん!」 「しとらんわちゃ!」

「燕真、なんで濡れてんの?この辺、雨降った?」

「降ってねーよ!狗の所為だよ!」

「なんでなんで、まだ寒いのに水遊びしたの?」

「まぁ、似たようなもんやな。」

「バカなの!?」

「うるせーなぁ。」


 呼び出された紅葉が、合流をするなり、燕真の服が濡れているのを見付けて質問をする。紅葉が合流するまでに乾くかと期待していたが、乾燥してくれなかった。水を浴びせようと思ったら返り討ちに合ったとは言いにくいので、適当に誤魔化す。


「ところでさ、紅葉。里夢さんの使い魔、感じるか?」

「んぇ?ナマコのオバサン?いるよ。」

「何匹?」

「え~~っと・・・2人。あっちのカラスの中と、そっちのカラスの中だね。」

「そっか。2匹な。」


 魔力干渉を受けている2羽のカラスを指さす紅葉。1匹は燕真達で、もう1匹は佑芽を監視しているのだろうか?


「朝は学校にもいたけど、途中で居なくなっちゃった。」

「何時頃おれへんようになってん?」

「え~っと、2限の時だから、10時から11時の間くらい。」


 YOUKAIミュージアムで戦闘が行われていた時間帯だ。里夢が使い魔を維持する余裕が無くなったということだろうか?


「よし、YOUKAIミュージアムに戻ろう。」

「んぇっ?もう、お店行くの?ァタシ、なんで病院に呼ばれたの?

 スゲー遠回りぢゃん!」

「寄り道にはなったけど、それほど遠回りには成ってねーよ。」

「バイクの後ろに乗せてって!」

「オマエの自転車はどうすんだよ?」

「爺ちゃんが乗ってけばイイぢゃん。」

「ワシの車はどうすんねん?」

「置いてけばイイぢゃん。」

「オマエはバカなのか?」 「オマンはアホなんか!」


 紅葉を呼び出した理由は、現時点で何匹の使い魔がいて、誰が監視対象化を確かめる為。道中で紅葉に確認をしたら、「1匹が付いてきている」らしい。裏を返せば、残る1匹は病院に残っている。つまり、退治屋文架支部は、いつも通りに監視されており、それとは別で根古佑芽も監視対象になっているのだ。


「あれ?そーいえば、まさっちは?今日はお休み?」

「チョット嫌味言ったら、イジケてどっかに行った。」

「いつもイヂケてるぢゃん。」

「その評価は狗が可哀想だ。」


 YOUKAIミュージアムに帰り、店を開けて、燕真と紅葉はいつも通りに営業をして、粉木と砂影は事務室でに隠る。

 紅葉に再確認をしたら、離れた電線に止まっているカラス以外からは、魔力を感じないようだ。動きは里夢に筒抜けだが、これで、会話は聞かれずに済む。



-遠目に病院が見える喫茶店-


 雅仁がコーヒーを飲みながら待機をしていたら、テーブルの上に置かれていたスマホが、LINEの着信音を鳴らす。確認をしたら、粉木から、「使い魔 ワシ等に1匹 病院に1匹」とメッセージが入っていた。


「やはり、彼女にも監視が付いているか。」


 雅仁は、病院で感じていた監視のプレッシャーを、今は感じない。




-夜・文架総合病院-


 個室の出入口には、【根古佑芽】のプレートが表示されており、ベッドでは患者が寝息を立てている。消灯後の暗い室内に、翼を広げて大鎌を構えた影が立った。


「素直で、それなりに使いやすい駒だったから、手放すのは惜しいんだけど・・・」


 マスクドウォーリア・リリスが、複眼を輝かせ、ベッドで眠る患者を見詰めながら、『Lc』と書かれたメダルを抜き取ってデスサイズ・キルキスのグリップにある窪みに装填する。

 文架の退治屋に張り付いている使い魔から、「彼等がYOUKAIミュージアムから動いていない」という情報は得ている。根古佑芽の付き添いは、誰もいない。


「全ての罪を被ってもらうつもりだから、余計なことを喋られると困るのよね。」


 マスクの下で冷笑を浮かべ、振り上げたデスサイズを振り降ろす!しかし、標的が突然起き上がり、毛布が捲れ上がってリリスに被さった!


「彼女には別の病室に移ってもらった!

 君が接触をして来るのが解りきっていたからな!」


 リリスは反射的に毛布を切断!すると今度は、毛布の後から槍の穂先が伸びてきた!リリスはデスサイズの柄で弾きながら数歩後退をする!


「・・・アナタは。」


 毛布が落ちて、開けた視界の先では、妖槍を構えたガルダが立っていた!


「ゴチャゴチャと苦しい言い訳で誤魔化そうとしていたようだが、

 ようやく、悪女の本性を見せたな!」

「バカな・・・。退治屋は店にいるはず・・・。」

「粉木さんと、砂影さんと、佐波木は・・・な。

 粉木さん達のことは警戒をしたのだろうが、

 俺が別行動をした目的までは、考えなかったようだな。」

「文架支部の連中から離れる為に、・・・わざと喧嘩をするフリを?」


 雅仁達は、「里夢への疑惑」を前提にしていたので、食堂で燕真が「分散したら誰に使い魔が付くか?」と意味深な質問をした時点で、雅仁&粉木は作戦に気付いて受け入れ、里夢が尻尾を出しやすい隙を画策したのだ。


「そう言うことさ。ワザワザ、使い魔に見えるように派手な喧嘩を・・・な。」


 燕真の言い掛かりで、雅仁が離れる演技をして、且つ、正確に感知できる紅葉を呼び、誰に使い魔が付き、誰がフリーになるかを確かめた。里夢は、文架支部が一枚岩ではないと錯覚して、仲違いをした雅仁を眼中には入れず、粉木達が佑芽を無防備にしたので、アサシンの仕事をするチャンスと判断して、罠に嵌まったのである。


「小賢しい君が、彼女(佑芽)を、このまま放置するとは考えられないからな。

 隙を見せてやれば、必ず動くと思っていた。」


 粉木と砂影は、燕真と雅仁の仲違いが、あまりにも急で、しかも雑すぎたので、「演技と見抜かれるのではないか?」と心配したが、使い魔経由では、ワザとらしい雰囲気までは伝わらなかったのだ。

 ちなみに、燕真の予定では「燕真が雅仁に水を浴びせて、怒った雅仁が立ち去る」だったのに、行動を読まれて、自分の水を封じられた上にカウンターを喰らい、最後だけはガチで怒っていた。


「話してもらうぞ!嘘で塗り固めたその場しのぎの言葉ではなく、真の目的をな!」


 狭い病室内では、巨大鎌をを振るえないと判断したリリスが、窓を抜けて屋外へ飛び出した!ガルダは、気勢を上げて妖気を発した後、リリスを追って屋外へと飛び出す!

 今の妖気放出で、センサーが反応して、YOUKAIミュージアムで待機中の燕真達も、手はず通りに出動するだろう。


「はぁっ!!」


 突進をして妖槍の突きを放つガルダ!リリスはデスサイズで防御をするが、ガルダは素早く妖槍を回転させて、石突きをリリスに叩き付けた!

 リリスはデスサイズを振るうが、ガルダは素早く退いて回避しつつ、デスサイズの柄に妖槍の柄を当てて弾き、一気合いを発して妖槍の穂先の伸ばし、リリスに突きを入れる!


「くっ!」


 リリスは数歩下がって間合いを取り、デスサイズのグリップから『Lc』メダルを外して、『Kr』メダルを装填!刃が深藍色に変化をする!


「・・・大鎌の雰囲気が変わった。」


 武器にメダルを装填して攻撃力を上げるのは、妖幻システムも同じ。ガルダは、初見殺しを警戒して身構える。


「はぁっ!」


 気勢を発して突進をするリリス!ガルダは、妖槍を伸ばし、横薙ぎに振り回して牽制をするが、リリスはジャンプで回避をしながら、まだ距離が開いているにもかかわらず、デスサイズを振りかぶった!


「真空波かっ!?」


 リリスの攻撃を予想して、後退で回避をするガルダ!しかし、デスサイズの刃から発せられた真空波は1つではなかった!奥義・アーキテウシス発動!クラーケンの力を得たデスサイズ・キルキスから、一振りで十の真空波が発生して、ガルダを襲う!

 ガルダは、6発目までは回避と防御で凌いだが、残り4発が着弾して、プロテクターから火花を散らせながら弾き飛ばされる!次の真空波を放つ為に、再びデスサイズを振り上げるリリス!倒れた状態のガルダでは、回避は不可能だ!


「だがっ!反撃の術はある!!」


 ガルダは、妖槍を両手で強く握り、石突きで地面を突き、穂先をリリス側に向けて気勢を発した!妖槍が伸びて、ガルダが握っている側がリリスに向かって伸び、ガルダを押し上げる!


「なにっ!?」


 デスサイズを振り下ろす直前のリリスに、妖槍の伸びを推進力にしたガルダの飛び蹴りが炸裂!弾き飛ばされて地面を転がるリリス!ガルダは、着地と同時に、妖槍の穂先をリリスの喉元に突き付ける!


「・・・くっ!」

「アサシンの名に相応しく、得意なのは小賢しい暗躍だけ。

 真っ向勝負の駆け引きは苦手らしいな!

 抵抗をやめて武装解除をしろ!さもなくば、これで終わりだ!」

「ま、待って!私は、アナタ達の敵ではないわ!

 佑芽さんが、アナタ達を利用して、私を裏切ったから始末をしようとしたのよ!」

「仮に、それが事実だとしても、暗殺を見過ごすつもりは無い!」

「私達が争う必要も無いはずよ!」

「それは、君を拘束してから、ゆっくりと糾弾するさ!」

「そう・・・信じてもらえないの?穏やかに済ませたかったのに残念ね。

 佑芽さん!ソイツを取り押さえなさいっ!!」


 リリスが命令を発した直後、病室で安静にしていたはずの根古佑芽がガルダにしがみついて、ガルダを抑え付けようとする。その眼は、光沢無く濁っている。


「なにっ!?離せっ!正気か!?」


 想定外に動揺をするガルダ。変身をした状態で仕掛けてくるなら、容赦無く叩くが、重傷を負った女性が、生身のまま妨害をしてくるとは思わなかった。


「アナタは‘彼女には別の病室に移した’と丁寧に教えてくれた。

 私が、病院内の何処かにいる佑芽さんを呼び出して、此処に来るまでの間、

 真っ向勝負のフリをして、時間稼ぎをしていることに気付かなかったのかしら?」

「貴様!一体どうやって!?」


 リリスが佑芽を呼び出す素振りなど、一切無かった。佑芽のスマホの電源は切ってあるし、大声で呼ぶ程度で、佑芽のいた病室に届くわけが無い。


「魔力で呼び寄せたのか?」

「ふふふ・・・バカ正直な真っ向勝負は得意かもしれないけど、

 搦め手からの根回しは苦手なのね。」


 力任せに振り解くのは簡単だが、手当をしたばかり腹の傷が開いてしまう可能性が高い。ガルダが迷っている隙に、リリスは、デスサイズを振り上げて、容赦無く振り下ろした!佑芽にしがみつかれた状態で喰らったら、ガルダは大ダメージで済むかもしれないが、佑芽は無数に切断されてしまう!


「くそっ!」


 リリスのデスサイズに背を向け、佑芽を抱きしめて庇う!直後に一振りで十の真空波がガルダに着弾!

 悲鳴を上げ、脱力して地面に両膝を落とすガルダ!無傷で済んだ佑芽は、ガルダの腕の中から脱して、ガルダを抑え付けようとする!


「き、君自身が斬り捨てられようとしているんだぞ。解っているのか?」


 佑芽は、自分自身が殺されかけたことなど気にする様子もなく、ガルダの言葉に聞く耳を持たない。


「・・・そういうことか。」


 ガルダはようやく理解をした。佑芽は、魔法の類いで正気を失い、リリスに操られている。だから、言葉や文字による指示が無くても、リリスの念に命令されて、ガルダの妨害をする為に此処に来たのだ。そう考えると、昼間の、佑芽の急激な暴走も説明が付く。

 だが気付くのが遅かった。大ダメージで満足に動けず、佑芽は相変わらず、ガルダにしがみついてガルダの妨害をしている。佑芽を庇いながら、次の一撃を凌ぐ余力は、もう無い。


「イケメンの惨殺は、あまり趣味じゃないの。美しく死んでくれた方が素敵よね。」


 デスサイズのグリップのメダルを、『Kr』から『Lc』に入れ替えるリリス。刃がボンヤリと揺らめく。


「ふふふっ、アナタ達の魂・・・纏めて私のコレクションに加えてあげる。」


 振り上げたデスサイズを、ガルダ&佑芽に向かって振り下ろした!ガルダは、佑芽にしがみつかれたまま、妖槍を翳して防御をするが、物理を無視するデスサイズの刃が、妖槍を擦り抜け、ガルダと佑芽を襲う!


「なにっ!?」


 ガルダを抑え付けようとしていた佑芽の体が闇に包まれ、佑芽を支配して、別の女性に変化をする。


〈狗塚君っ!!〉


 女性に突き飛ばされて尻餅をつくガルダ。ガルダの耳には佑芽とは別の声が聞こえ、ガルダの眼には自分と同世代くらいの見覚えのある女性に見えた。



 根古礼奈は、中学時代に才能を見込まれ、高校を卒業して直ぐに、退治屋本部で就学をした。礼奈は、才能を過信していたわけではないが、「スカウトをされた者は、妖幻システムの受領はほぼ確実」「エリート候補として期待されている」と聞いていたので、それなりに自信は持っていた。

 陰陽道の学校は、陰陽道がメインだが、一般教養も学び、世間一般では、専門学校卒業と同等の扱いに成る。

 礼奈は、その学舎で、突出した才能と出会う。それが、狗塚雅仁だった。


「何か、スゲー名門らしいぞ。」

「家族は皆、鬼に殺されたんだってさ。」

「彼には、あまり深入りをしない方が良いって、教官が言ってた。」


 同期は、雅仁を珍獣扱いして、遠くから眺めるだけで、接点を持とうとしなかった。雅仁自身が、人を寄せ付けない雰囲気を発していたので、礼奈も積極的に話し掛けることは無かった。

 しかし、模擬戦(戦闘や陰陽術を駆使した化かし合い)や、グループ行動になると、同期内で成績2番手の礼奈は、首席の雅仁と組む機会が多く、必然的に接点が増える。雅仁は、試験や模擬戦のような実力の勝負では他者の追随許さなかったが、協調性の類いは大幅に欠けており、ロクに発言もしない為、グループ行動では礼奈がイニシアチブを取らなければならなかった。


「狗塚君・・・もう少し、皆と仲良くしないと、意思の疎通ができないよ。」

「申し訳ないが、俺には協調など必要無い。」


 狗塚雅仁は、退治屋ではなく、孤高の陰陽師。退治屋で学んでいるのは、師となる父を失ったからであり、同期達と同じ進路には成らない。父が生存をしていれば、サラブレッドの彼は、退治屋の就学生と接点を持つ機会など無いのだ。


「そうかもしれないけど、一般常識を蔑ろにしすぎなんだって。」


 陰陽道のスキルを磨くことのみしか考えていない雅仁は、礼奈のアドバイスを聞こうとはしなかった。


「猫には優しく接してあげるのに、人は苦手なの?」

「・・・ん?」


 想定外の質問に戸惑う雅仁。それは、礼奈が初めて見る雅仁の‘年相応’の表情だった。


「昨日の帰り道、野良猫に餌をあげてたでしょ?

 冷たい印象があったけど、根は優しいんだね。」

「俺が・・・優しい?」

「猫好きなの?」

「な、馴れ馴れしく寄ってきて煩わしかったから、

 たまたま持っていた食料を恵んで、食している隙に去っただけだ。」

「・・・へぇ~。」


 礼奈が思い返す雅仁の姿は、意識的に猫に寄って行って、しかも餌を与えたあと、しばらく眺めているようにしか見えなかった。


「まぁ、狗塚君がそういうなら、そういうことにしておいてあげる。」


 雅仁は、恥ずかしそうにそっぽを向いた。礼奈は、雅仁の人間性には不満を持っていたが、彼の不幸な生い立ちを聞いていた為、周りを見ない彼のスタンスは‘焦り’と解釈して、「誰かがサポートしてあげなければならない」と感じていた。その感情が、淡い恋心ということに、礼奈自身、まだ気付いていなかった。


 就学から1年半後、礼奈が自分の感情に気付く前に、雅仁が、退治屋本部から旅立つ日が来た。優秀すぎるゆえの飛び級。本来ならば、優秀な者で2年、平均では3年間を学舎で過ごすので、僅か1年半での卒業をする雅仁は異例だった。

 礼奈は、去って行く彼を、遠目に眺めていた。鬼の殲滅は狗塚家代々の悲願であり、同時に、鬼への復讐が雅仁の行動理念になっていた。共に学んだ1年半で、礼奈は、彼には、それ以外は見えていないことを理解した。

 雅仁のサポートをする為には、彼に追い付かなければならない。警備地域が固定をされる支部勤務ではなく、フリーで全国を動ける本部に所属をするのが最短ルートだ。雅仁が旅立ったことで、必然的に同期の首席に上がった礼奈は、エリートコースを目指して陰陽道を学ぶ。


 才能が有り、器量が良く、性格も穏やかな礼奈は、喜田CEOから気に入られ、「息子に嫁」に勧誘されたことがあったが、追い掛けたい相手が居たので、「まだ結婚は考えていない」と解答を先延ばしにする。


 そして、ようやく並び立てると思った矢先・・・根古礼奈は命を失う。



「君が・・・根古礼奈?」


 うろ覚えだが、陰陽道の就学時代に、唯一、頻繁に話し掛けてきた女性の顔が重なる。当時灰色にしか見えなかった雅仁の記憶の中の彼女が、今は色付いて見える。


〈佑芽に罪は無いの!許してあげてっ!〉


斬っ!!

 次の瞬間に、デスサイズの刃が、女性の真上から真下へと通過!ソウルイーター(魂狩り)発動!佑芽は、斬撃の傷一つ無いまま、俯せに倒れて動かなくなる!


「なにが・・・起きた?」


 倒れた女性を、呆然と眺めるガルダ。リリスの技の効果は知らないが、大魔会の離反者(ロバート&堀田)が、致命傷の無いまま死体となっていたのは知っている。彼等が、大魔会のアサシンに始末されたという見当は付いている。

 ガルダは、呆然と尻餅をついたまま、倒れた女性を呆然と眺める。佑芽を覆っていた礼奈の魂は、もう見えない。


「アナタもコレクションにして、並べて飾ってあげるから、悲しむ必要は無いわ。」


 ガルダ目掛けて、デスサイズを振り下ろすリリス!真横にワームホールが出現!


「うおぉぉっっっっ!!!」


 マシンOBOROを駆るザムシードが、装備した弓銃カサガケから光弾を発砲しながら、ワームホールから飛び出してきた!


「やっぱり、紅葉の予想した通り、嫌なヤツだったのかよ!?里夢さんっ!!」

「くっ!邪魔者がっ!」


 リリスは、魂狩りを中断して、デスサイズで光弾を防御しながら数歩後退!ガルダとリリスの間を通過したザムシードが、マシンOBOROを素早くUターンさせて、再び光弾を発砲しながら、リリスに突っ込む!リリスは、デスサイズで防御をしながら、背中の翼を広げてジャンプをして空中へと逃げた!


「無事か!?狗塚っ!」


 マシンOBOROから降りて、ガルダに駆け寄るザムシード。ガルダは、呆然としたまま、差し出されたザムシードの手を借りて立ち上がる。ザムシードは、正面で倒れている女性を見詰めた。


「彼女(佑芽)は?まさか?」

「すまない。俺の考えが甘かった。」

「何やってたんだよ!?

 優秀なオマエなら防衛してくれると思って任せたのに、救えなかったのかよ?」

「・・・すまない。」


 ガルダの気持ちが折れている。絞り出す声は、泣き声のように聞こえる。こんなガルダを見るのは初めてだ。察したザムシードは、ガルダを庇うようにして立ち、上空のリリスを睨み付けた!


「何をどう失敗したのか・・・話は、あとでゆっくり聞く。」


 Yウォッチから、水晶メダルを抜いて、和船バックルに装填するザムシード!全身が輝いて、エクストラモードに変化をする!


「アイツ(リリス)は俺が倒すから、オマエは少し休んでろ!」


 妖刀オニキリを装備したEXザムシードが、リリスに向かって飛び上がった!


「燕真君!アナタの魂、私のコレクションに加えてあげる!」


 空中のリリスは、刃が揺らめくデスサイズを構える!


「佐波木っ!その刃は気を付けろ!物理を無視して魂を狩るぞ!」


 我に返ったガルダが、声を絞り出して注意喚起をしながら、鳥銃を構えて発砲!リリスは、デスサイズを回転させて、飛んで来た光弾を防御!EXザムシードが振るった妖刀が、デスサイズとぶつかり、リリスの手元から弾き飛ばす!

自由落下で着地をするEXザムシードは、振り返ってガルダを見詰めた。


「おい、狗っ!物理を無視して魂を狩るってどういうことだ!?」

「リリスのデスサイズは、防御不能で、命を奪われると言うことだ!」

「そーゆー超重要事項は先に言えよ!

 何も知らずに突っ込んで、いきなり死ぬところだったじゃねーか!」


 リリスが地上に降りて、拾い上げたデスサイズを構え直す。EXザムシードは、振り返ってリリスを睨み付け、妖刀オニキリの刃に手の平を宛てた。


「オーン!!」


 呪文に反応して切っ先が鈍く揺らいだ妖刀を構えて突進をする!リリスが振り下ろしたデスサイズと、EXザムシードの妖刀がぶつかって切り結ばれた!


「なに?ソウルイーターを受け止めた!?」

「同じ種類の刃にすれば、対応できるってことだろ!?」


 ザムシードの妖刀は、除霊モードにすれば、妖怪に憑かれた人間を物理的に切断をせずに、憑いた妖怪のみを切り払うことが出来る。


「要は、物理無視は、オマエ(リリス)だけの特権じゃない!

 どの組織も似たようなもんを考えるってことだ!

 尤も、うち(退治屋)はオマエのところ(大魔会)と違って、

 魂だけを狩るなんて下品なことは、技術的に可能でも、やらないだろうがな!」


 リリスは、二度三度とデスサイズを振るうが、妖刀で受け止められ、EXザムシードに柄を掴まれてしまう!柄を引っ張って、力負けをしたリリスを手繰り寄せ、腹に蹴りを叩き込むEXザムシード!蹴り飛ばされたリリスは、デスサイズから手を離して尻餅をつく!

 EXザムシードは、奪い取ったデスサイズを持ち直して振り上げ、リリスに向かって振り下ろした!


「くっ!」


 自身がソウルイーターを喰らう覚悟して、マスクの下で目を瞑るリリス。しかし、意識が途切れる様子が感じられないので、恐る恐る眼を開けたら、EXザムシードは、デスサイズの刃を寸止めしていた。


「俺には、里夢さんの魂をコレクションに加えるような悪趣味は無い!」

「助けて・・・くれるの?」

「アンタにはムカ付いているが、だからって殺して良いとは思っていない!

 俺達を引っかき回して、人の命や思いを蔑ろにして、

 一体何がやりたいのか、俺に解るように説明をしてくれ!」


「佐波木のヤツ・・・どういうつもりだ?」


 様子を見ていたガルダには、EXザムシードの温情が理解できない。ガルダには、リリス(夜野里夢)が「情けをかければ改心をしてくれる人間性」とは思えない。鳥銃をリリスに向け、躊躇わずに引き金を引いた。


 飛んで来た光弾が、尻餅をついたままのリリスに着弾!怯えた声を上げ、這って逃げようとする!


「ひぃぃっっっ!!助けてっ!」

「おい、狗塚っ!何のつもりだ!?」


 見かねたEXザムシードが、妖刀を盾にしてガルダの発射した光弾を受け止める!


「それは俺の台詞だ!退け、佐波木!」


 リリスは、EXザムシードに庇われている間に、立ち上がって間合いを空け、ザムシードが持っているデスサイズに掌を翳して念じる!デスサイズは、EXザムシードの手から放れて、リリスに向かって飛んで行く!


「あっ!」


 慌てて振り返るEXザムシード!デスサイズを握り締めるリリス!気を取られて防御が甘くなったEXザムシードに、ガルダの光弾が炸裂!弾き飛ばされて仰向けに倒れる!


「何をやっているんだ、未熟者めっ!」

「燕真君。アナタの好青年ぶりは、総帥に報告してあげるわ。」


 リリスは、デスサイズ・キルキスのグリップに『Kr』メダルを装填!奥義・アーキテウシス発動!深藍色の刃から、一振り十閃の真空波を飛ばす!ガルダは光弾の連射で相殺を試みるが、同時に飛んでくる十の刃には対抗できず、3発を迎撃して7発を喰らって弾き飛ばされた!


「くっ!悪女めっ!!」


 這いつくばるガルダ!ザムシードがヒューマニスト、且つ、フェミニストなのは、以前から知っている。リリス(里夢)を許せないのなら、他人任せにせず、やはり、ガルダ自身が仕留めなければ成らない。だが、これまで蓄積したダメージが重くのし掛かり、満足に動けない。


「負けるわけにも・・・逃すわけにもいかない。」


 ガルダは、Yウォッチから銀色のメダルを抜いて見詰める。それは、人間では扱えない危険なアイテムとして、大半が回収されて処分された。父の命を代償にして凄まじい力を与えた光景を、ガルダは覚えている。


「使うしかない・・・。一度くらいならば・・・食われずに済むはずだ。」


 デスサイズを構えながら接近してくるリリス。EXザムシードは、状況の目まぐるしい変化に頭が付いていけないが、ガルダを庇うようにして立つ。

 ザムシードの背後で、意を決したガルダが立ち上がった。手に握っていた銀色メダルを頭上に翳し、Yウォッチの空きスロットに装填!


《HYPER!》


 装填確認の電子音声が鳴り響き、妖幻ファイターガルダの戦闘能力が上昇をする!


「おい、狗塚!そのメダルはっ!?」

「下がっていろ!ヤツとは俺が戦う!!」


 EXザムシードを押し退けて前に出るガルダ!・・・だが。


〈雅仁・・・それは、オマエが使うべきメダルではない。〉


 ガルダにだけ、懐かしい声が聞こえる。


「父さんっ!?・・・うわぁぁっっっっ!!」


 ガルダの全身から小爆発が発生!仰向けに倒れ、変身が強制解除をされてしまう!

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