第32話・姉と妹と

 ヤマハ・MT-10を駆る雅仁が、川東郊外を走る。


「・・・ん?」


 妖気とは別の‘漠然とした違和感’を感じた雅仁は、バイクを路肩に停めて、違和感の方角を確認。「やはり何かを感じる」と確信して、バイクをスタートさせ、進行方向を変える。


「あれは?どうなっているんだ?」


 墓地で数体の霊が暴れている。恨みを持った霊が暴れるなら話は解るが、墓地で穏やかに眠る霊が暴れるなんて聞いた事が無い。住職の管理が行き届いていない、もしくは、住職が無能すぎて、霊が不満を持っているのだろうか?


「放置もできまい。」


 霊の攻撃的な念に妖怪が呼び込まれて、依り代にされてしまう可能性がある。それに、些か気になる雰囲気を、霊達から感じる。


「オーン!鎮魂!!」


 雅仁が護符を取り出して手で呪印を結び、霊に向かって飛ばすと、霊達は、アッサリと浄化をされて消えた。


「一体、何が起きているんだ?」


 雅仁は、しばらく眺めるが、静寂が戻った墓地からは、特に異常は感じられないので、バイクに跨がって、再度振り返って確認した後、その場から去って行く。

 墓地から少し離れた中層ビルの上では、塔屋の影に身を隠して気配を殺した里夢と佑芽が、一連の成り行きを観察していた。


「・・・狗塚さん。」

「あら、知り合い?」

「はい、亡くなった姉と同期だったので。」


 狗塚雅仁と、佑芽の姉・根古礼奈は同時期に退治屋の本部で陰陽を学んでいた。特に仲が良かったわけではないが、同時期の就学者では、雅仁が突出しており、二番手が礼奈だった。才能と名門の両面で、雅仁は同期内で注目される存在だったらしい。

 佑芽は、姉の就学を眺めに行った時に、雅仁と挨拶をした程度の関係なので、雅仁が佑芽を認識していたがどうかすら知らない。


「あら、そうなの?任務中だから、会わせてあげられなくて申し訳ないわね。」


 里夢は、表面的な言葉で佑芽に気遣う素振りを見せながら、去って行く雅仁を眺める。


「幼馴染みの佑芽さんから見て、今の彼の行動はどう見えたかしら?」

「狗塚さんが、ただの霊を抑える為に、此処に来るなんて思いませんでした。」

「どうして、そう思ったのかしら?」

「退治屋は基本的には‘ありふれた霊’なんて相手にしません。放置します。

 ただの霊を鎮めても、一切、評価に繋がりませんからね。

 鬼討伐専門の狗塚さんなら、尚更のことです。」

「なるほど、特殊な霊の気配に気付くなんて、

 流石は名門の血統と解釈した方が良さそうね。」

「どういう事ですか?」

「確証は無いけど・・・彼は、霊力ではなく、魔力を感知した。

 だから、放置をせずに、鎮魂に訪れた可能性があるってことよ。」


 今回は、魔力で霊と契約を結んで、命令権を獲得し、霊の意思に関係無く、霊を暴れさせた。実験は成功。ただし、この成功に関しては、霊よりも扱いにくい悪魔との契約をできる里夢からすれば、ただの通過儀礼であり、最初から成功をする確信はあった。大切なのは、むしろ「霊との契約が可能」と言う事実を、佑芽に意識させることにある。


「こちらも、あまり、のんびりとしている余裕は無さそうだわ。」


 その場から立ち去る里夢と佑芽。実験は、次のステップに移行する。




-十数分後・YOUKAIミュージアム-


 雅仁が到着すると、店内には、バイトの紅葉と、紅葉目当ての客達の他に、粉木目当ての葛城麻由がテーブル席で勉強をしていた。階段から2階を覗き込むと、相変わらず、燕真が訪問者の居ない博物館の受付をしている。


「葛城さん。申し訳ないが、しばらく店番を頼んでも良いだろうか?」

「はい、構いませんよ。」


 麻由は、「粉木の手助けをしたい」という奇特な趣味(?)の持ち主で、繁忙期や、妖怪事件発生した場合は、店の仕事を手伝ってくれる(もちろん、駄賃は払う)。


「紅葉ちゃん、佐波木、ちょっと来てくれ。」

「んぇ?ど~したの?」 「なんだなんだ?」


 雅仁は、燕真と紅葉を呼んで、粉木が隠っている事務室に入ると、早速、たった今、体験をしたことを説明する。


「魔力を持った霊が暴れていたやと?」

「はい、俺自身の魔力感知が曖昧なので、確証はありませんが。」


 雅仁の説明には、確かに違和感がある。「気のせい」で処理をすることも可能だが、霊や妖気に対する正確な感知力を持つ雅仁が、「曖昧な何かを感じた」というのが興味深い。


「なぁ、狗?オマエって、魔力の感知なんてできたっけ?」

「紅葉ちゃんとは違って、まだ、正確性には欠けるがな。」

「前は、全然感知できなかったじゃん。」

「いつまでも、紅葉ちゃん頼みというわけにはいかないから、

 それなりに、魔力を見るスキルを学んだのさ。」

「マジで?大魔会離反者との争いから2ヶ月しか経ってないんだぞ。

 たった2ヶ月で、そんな事できるようになったのかよ?」

「2ヶ月あれば、それなりのことは出来るさ。

 産まれたての赤ん坊だって、2ヶ月あれば歩くだろうに。」

「オマエの才能はスゲーんだけど、常識面の知識は、もう少し何とかしろ。

 生後2ヶ月の赤ん坊は歩かねーぞ。」

「目の前にあるけど見えへん物を‘見る練習’ならともかく、

 魔力なんて、日常的には、どこにもあれへんやろ。

 そんなもんを、どないして‘見る練習’してん?」

「その件は、紅葉ちゃんと、葛城さんに協力をしてもらいました。」

「どうやって?」

「学校に、ナマコのオバサン(里夢の使い魔)が来てる時に、教えてあげたの。」


 有能な雅仁でも、無い物を見る訓練なんて出来ない。だから、魔力を感知できる紅葉と麻由に依頼をして、大魔会の使い魔が学校に来ている時に連絡を貰い、時間に余裕がある時は、校内を眺めて、使い魔を探す練習をしていたのだ。


「最初は、ただの動物にしか見えなかったのだがな。

 やがて、使い魔の場合は、魔力に覆われているのが感知できるようになった。」

「オマエの努力は認めるんだけど、常識面の配慮は、もう少し何とかしろ。

 暇さえあれば、一日中、高校を眺めていたら、そのうち不審人物扱いされるぞ。」


 見る手段が解れば、常にアンテナを張ることが出来るようになる。その結果、先程の墓地で、妖力とは別の干渉力を感知して‘霊が暴れている’という異常に気付けたのだ。

 雅仁の感知力を信用すると、「何故、霊は暴れていたのか?」と「何故、霊は魔力干渉を受けていたのか?」の、新たな疑問が湧いてくる。


「どう考えても、魔力が作用して暴れてたと考えるべきやな。」

「つまり、誰が、どんな目的で・・・ということになります。

 俺が、相談をしたかったのは、この件になります。」

「ナマコオバサンが悪いことをする為に決まってるぢゃん!」

「ナマコって、夜野里夢のことかいな?」


 大魔会離反者の討伐以降、里夢との接触は無い。だが、里夢が事後処理の為に文架市に留まっていることを、粉木は把握している。


「オマエ、前から里夢さんのことを嫌ってるよな?

 何でそんなに目の仇にしてんだよ?」

「そんなの、アイツの性格が悪いからに決まってるぢゃん!

 あんなイヤな奴のこと、リムサンとか言うな!」

「里夢さんが、オマエになんか嫌がらせでもしたのか?」

「してない!でも、絶対イヤなヤツ!オンナのカンでワカルもん!

 きっと、何か悪いことして、燕真や爺ちゃんを困らせようとしてるんだよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・」×3


 紅葉の直感には、これまで何度も助けられている。だが、さすがに、「生理的に里夢を嫌っている」的な雑な感情だけで、里夢を疑うことは出来ない。


「粉木の爺ちゃんのことが大っ嫌いだったカミナリヤロー(ブロント)とか、

 麻由の熱血爺ちゃんのホンジョー(アポロ)とか、お墓で霊が暴れるとか、

 アイツが来てから、ヨーカイとは違う変なことばっかり起きてるぢゃん!」


 妖怪事件とは関係無く、「死者が、実体と戦闘力を持って攻撃を仕掛けてきた事件」が立て続けに発生したと考えると、違和感だらけになる。


「のう、お嬢。この店も、使い魔に見張られておるんか?」

「ぅん、いるよ。気付いて欲しくないみたいで、チョット離れて見てるけどね。」


 里夢が、退治屋に知られないようにして、何らかの情報収集を続けているのは間違いなさそうだ。


「あまり絡みとうはあれへんけど、一度、里夢を呼び出してみるべきかいの?」

「そ~だ、そ~だ!呼び出してフルボッコだぁ!」

「いやいや、何の確証も無いのに、いきなり袋叩きにはできねーよ。」

「だったら、悪いことしてないか聞いてからボコればイイぢゃん!

 あの顔ゎ絶対に悪いことやってる顔だもん!」

「皆が、紅葉ちゃんのように素直なら良いのだがね。

 悪意を尋ねて、素直に認める者などいないよ。」

「文架市で起きている事に対する意見を聞いて、里夢の反応を見るんや。」


 呼び出しても、直ぐに里夢が訪れることは無いだろう。この場は一時解散となって燕真は2階の受付に、紅葉と雅仁は喫茶店に戻り、粉木はスマホを取り出して里夢に連絡を入れる。




-文架市西の国道-


 里夢が運転をして、助手席に佑芽が乗るレンタカーの中で、里夢のスマホが着信を鳴らす。車を路肩に寄せて画面を確認すると、発信者は粉木勘平。里夢や、やや面倒臭そうな表情で小さく舌打ちをするが、愛想の良い声を作ってから通話に応じる。


「あら、粉木さん。お久しぶりです。急にどうしたのですか?」

〈ちぃとばっかり、オマンの知恵を借ったくてな。

 時間が有る時に、こっち(YOUKAIミュージアム)に顔を出せるか?

 コーヒーと軽食くらい馳走したるで。〉

「今、出先なので、後ほど時間が空いたら、こちらから折り返しますね。」

〈おう、頼む。〉


 里夢は通話を切って、再び小さく舌打ちをする。案の定、先程の墓地の騒ぎをキッカケにして、文架の退治屋が動き出したようだ。


「どうしたんですか。夜野さん?」

「文架の退治屋さんは、優秀ってことよ。煩わしいほどにね。」


 会って話しても、直ぐに魂胆を見破られない自信はあるが、YOUKAIミュージアムに赴くのは、好ましくない。最近になって店に出入りをしている麻由とは、アポロ事件の時に顔を合わせているので、接触をして何らかの疑いを掛けられるリスクは避けたい。


(場合によっては、トカゲの尻尾切りが必要になるわね。)


 里夢は、佑芽の顔を見て穏やかに微笑み、再び車を走らせ、佑芽が宿泊をしているウィークリーマンション前で停車をする。


「お疲れ様。今日はこれで終わりよ。」

「え?まだ実験をするのでは?」

「そのつもりだったけど、予定を変更するわ。」


 あと2~3ヶ所は慰霊地を訪れて霊を支配して暴走させる予定だったが、粉木との通話を経た里夢は、文架の退治屋が調査に動き出すことを警戒して中止を決めた。

 佑芽を宿泊場所に降ろし、佑芽に見送られ、里夢の運転する車が離れる。




-翌日(金曜日)-


 里夢と佑芽が乗る車は、文架市から離れた県境を訪れていた。そこは、3ヶ月前に退治屋の援軍が奇襲を受けて全滅をした場所。根古礼奈の終焉の地だ。佑芽は、胸が張り詰めてしまい口数が少ない。


「・・・お姉ちゃん。」


 来たくなかった地域だが、辛い思いを越え、姉の名誉を取り戻す為には、この地に立ち向かうことは、避けて通れない。


「良いわね?」

「はい。」


 里夢が地面に直系2mほどの契約の魔方陣を描き、その中央に立った佑芽が、鞄の中から、布で丁寧に包まれた遺品のYウォッチと、招き猫型バックルのベルトを取り出す。

 姉の無念が残った終焉の地で、根古礼奈の霊を呼び起こし、大魔会の技術で仮の肉体を与える。自然の摂理を無視した行為であり、死者への冒涜だが、佑芽に迷いは無い。


「覚悟はできています。」


 前日、里夢は、喜田CEOに「佑芽の助力によって各実験は順調」「御子息を復活させる計画は最終段階に入った」と報告をした。目的は、上司経由で、佑芽が腹を括るようにプレッシャーを掛ける為。案の定、喜田CEOから佑芽に「何があっても計画を前進させろ」と指示が下り、佑芽は「迷う」と「断る」という2つの選択肢を奪われ、心を殺して前進をする選択しかできなくなった。


「さぁ、始めるわよ。佑芽さん。」

「はい。」


 佑芽が3ヶ月前の事件現場に手の平を翳して念じると、周囲の食う気がピィンと張り詰め、霊的磁場が強くなる。


「うぅぅぅ・・・」


 途端に、佑芽の全身から力が奪い取られ、脱力して片膝を付く。この地に地縛されたの無念が多すぎるのだ。佑芽は、力を振り絞って念じながら、遺品のYウォッチを掲げ、沢山の残留思念の中から、反応をしてくれる姉の念を探す。


「・・・お姉ちゃん」


 遺品のYウォッチに隠った念と同じ波長の無念を発見。


〈佑芽?〉


 佑芽の干渉によって念が増幅され、姉の形になって近付いてきた。


〈そっか・・・佑芽が、そのスキルを使ってるってことは、

 私・・・狗塚君の力になれずに、ここで死んじゃったんだね。〉

「・・・お姉ちゃん」


 姉の霊魂は、寂しそうな表情で佑芽を見詰める。




-3ヶ月前-


 一隊が‘一般隊員9人(ヘイシトルーパー)と妖幻ファイター1人’で編成された、計3隊からなる鬼討伐中隊が、トレーラー3台を連ねて、文架市に向かっていた。

 部隊長は、最後尾トレーラーに乗っている喜田栄太郎。先頭のトレーラーには音積洋、2台目のトレーラーには根古礼奈、優秀な幹部候補生の2人が、未来のCEOのサポートに就いている。

 これは、喜田栄太郎の安全を確保した状態で、鬼退治という大捕物を、栄太郎の手柄に出来る編成だ。


 しかし、あくまでも妖怪退治の専門家による‘鬼(妖怪)退治’を前提にした布陣。妖怪以外の強襲には、全く対応をしていない。


「なんだ?」


 先頭のトレーラーの進行方向に、大柄な人影が立つ。男は、轢かれる事など臆せずに、一定のポーズを決めた!


「マスクド・チェンジ!!」


ドォォォォォォンッッ!!!

 先頭を走るトレーラーが、急ブレーキで減速をしたかと思ったら、突然、火を噴いた!慌てて、後続のトレーラー2台が急停車をする眼前で、先頭のトレーラーがゆっくりと持ち上がり、ガードレールの外側に放り投げられ、大爆発を起こす!


「何が起こっている!?」


 敵が何者なのかは、まだ把握していないが、応戦は必須。2台目のトレーラーからコンテナから、根古礼奈が飛び出して、正面の巨漢に対して構えながら指示を発する。


「第2小隊、装備を調え次第、第一種戦闘配置!!」

「はいっ!」×たくさん


 戦闘は文架市の中心に入ってからと想定していたので、隊員達はプロテクターは装着しているものの、ヘルメットと武器は装備していない。慌てて戦闘準備を始める。


「第3小隊、援護をお願いします!」


 爆発をしたトレーラーに乗っていた音積洋の安否は不明。爆発の規模を見る限り、到底、無事とは思えない。


「第3小隊は、二手に分かれて、第2小隊の援護と、第1小隊の救助にかかれ!!」


 後尾トレーラーでは、狼狽えている部隊長(喜田栄太郎)の代わりに、ベテランのサブリーダー(ヘイシトルーパー)が指示を出す。


「バ、バカを言うな!オマエ達の任務は、俺の護衛だろう!」

「し、しかしっ!」

「オマエ等は、俺の安全確保を最優先にしろ!

 時期CEOの俺に何かがあったら、オマエ等、全員に責任を取らせるからな!」


 未来のCEOは、この異常事態に際しても、援護や仲間の救助よりも、自己保身が優先らしい。

 部隊長が戦闘を拒否した為、第3小隊は活動が制限され、戦えるのは根古礼奈の部隊だけになってしまった。


「幻装っ!」


 Yウォッチから『猫』のメダルを抜いて、ベルトの招き猫型バックルに装填!妖幻ファイターリンクス登場!両手に、五本の刃が装備された扇=猫の爪を装備して、正体不明の巨漢=マスクドウォーリア・オーガに突進をしていく!


「うおぉぉぉっっっっ!!!!」


 オーガの装備するデモンアクス・オルグが、10倍ほどの大きさに変化をして、大きく振られた!前転で回避をするリンクス!しかし、オーガの狙いはリンクスではなかった!デモンアクスのブレードが、リンクスの背後の第3小隊が隠ったままのトレーラーを、容赦無く両断!ガソリンが流れ出して、周りの火に引火をして、爆発が発生する!


「なにっ!!」


 コンテナ内の隊員達がどうなったのか?見るまでもなく明らかだった。


「ひぃぃぃっっっっ!!!」


 第3小隊の大半が戦闘不能になり、辛うじて斬撃を免れた喜田栄太郎が、生き残った隊員の肩を借りて、燃え盛るトレーラーから脱出をする。


「おう、堀田!この腰抜け共くらい、俺にくれよ!」


 栄太郎達の眼前には、マスクドウォーリア・ゴブリンが、武器の柄で自分の肩をトントンと叩きながら立っていた。


「ひぃぃっっっ!!!お、俺は、CEOの息子だぞ!」

「へぇ・・・偉いんだ?」

「そ、そうだ、偉いんだ!だから、助けてくれたら、礼に・・・」

「うっはっはっは!悪いな、堀田!この狩りの一番手柄は俺らしい!」


 マスクドウォーリア・ゴブリンは、嬉しそうに笑いながら、武器を振り上げる。


「ひぃぃっっっ!!!」

「喜田さん!」


 リンクスが駆け付けるよりも先に、ゴブリンに武器が振り下ろされ、未来のCEOから未来を奪った!

 更に、オーガは、呆然とするリンクスの隙を見逃すこと無く、巨大化させたデモンアクスを振り下ろす!


 相手の戦力が整う前に数を減らして数の不利をクリアさせ、且つ、指揮を砕いて烏合の衆に陥れるのは、奇襲の鉄則。残りは、指揮官を失ったザコ(ヘイシトルーパー)数人だけ。大魔会離反者の狩りは、退治屋が全滅をするまで、容赦無く続けられる。


(喜田さん・・・音積くん・・・)


 倒れて変身が強制解除をされた礼奈は、朦朧としながら、殺戮者達の笑い声と仲間達の悲鳴を聞く。だが、全身に力が入らず、動くことができない。


(・・・狗塚君。やっと追い付けたと思ったのに・・・。)


 再会することが適わなかった狗塚雅仁の姿を思い描き、やがて、礼奈の意識と命は途切れた。




-今に至る-


 里夢には霊の姿が見えない為、佑芽が礼奈と邂逅している様子は解らない。涙目の佑芽が里夢をチラ見で合図をしたので、手応えを察して、佑芽が翳している遺品のYウォッチに手の平を向けて呪文を唱えた。

 途端に、足元の魔方陣が反応して輝き、地面に吸い込まれた礼奈の血が浮かび上がって赤い霧と成り、礼奈の霊魂に吸収されて、里夢の目にも見える姿で実体化をする。


「もうしばらく維持をお願いね。」


 これまでの実験との違いは、その場限りの復活ではなく、継続的に復活状態を維持させること。


「さぁ、仕上げよ。

 佑芽さん自身に、お姉さんと契約をする為に、私の詠唱を復唱しなさい。」

「はい。」


 仕上げとなる契約の呪文を、佑芽自身が唱えなければならないのは、事前に打ち合わせ済み。里夢が魔方陣の中央に空白のメダルを置き、佑芽にアイコンタクトをしてから仕上げの呪文を唱え、佑芽が復唱をする。


〈佑芽・・・何をするつもりなの?〉

「お姉ちゃんの為だよ。」

〈や、やめなさい。佑芽に会えたのは嬉しいけど、死者の復活は陰陽の外法・・・〉

「良いの!覚悟はできているから!」


 契約の呪文詠唱と復唱が終わり、根古礼奈の霊魂が大魔会のメダルに吸収をされる。これで、マスクドウォーリアの解約悪魔と同様に、いつでも、契約者の意思で、封印された霊が形を持った状態で呼び出すことができるようになった。


「ふふふっ・・・お疲れ様。」


 広範囲の霊的磁場の形成と、姉の念の顕在化、そして契約による霊力の消耗。疲れ果てた佑芽は、地面に両膝を付いたまま、しばらく動くことができない。メダルを拾い上げた里夢が姿勢を低くして、脱力中の佑芽の労をねぎらって抱きしめる。


「頑張ったわね、佑芽さん。」

「・・・夜野さん。」


 里夢は、実験成功に安堵の表情を見せた佑芽の頬に軽く手を添えて、顔を近付けた。


「・・・えっ?」


 佑芽は、その次の里夢の行動を全く想定しておらず、且つ、疲労で意識を朦朧とさせている為、直ぐには反応できない。


「御褒美よ。」

「むぐぅぅっっっ!」


 里夢の唇が、佑芽の唇と交わる。佑芽の中に‘圧倒的な何か’が流れ込んできて、佑芽は朦朧とさせていた意識を喪失させた。

 エンゲージキス(魂約の口吻)発動。呪文と口吻により佑芽の魂に魔力の楔を打ち込んだ。夜野里夢は、プロジェクトを大きく前進させ、妖幻ファイターリンクスの変身者を獲得して、更に、強制的に‘その契約者を操る’契約を結んだのだ。




-夜・YOUKAIミュージアム-


 紅葉目当ての常連達は帰り、燕真&雅仁と麻由が店内の片付け清掃をしている。紅葉はモップを片手に‘掃除する雰囲気’を出しつつ、窓の外を眺めていた。


「おい、紅葉、サボるなよ。帰るのが遅くなったら、母親に怒られるぞ。」

「遅くなったら、燕真のおうちに泊まるからイイ。」

「そ~ゆ~問題じゃねー!掃除しろって言ってんだ!」

「ねぇ・・・今日、ナマコオバサン、来てないよね?」

「はぁ?里夢さんの使い魔のことか?」

「ぅん、ヤノリム。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 同意を求められても返答ができない燕真は、雅仁に助けを求める視線を送る。しかし、雅仁も、「いる」のは感知できるようになってきたが、「いない」を意識できるほどではないので、紅葉の感知力の精度に驚いてしまう。


「言われてみれば、今日は、視線を感じなかったな。」

「でしょでしょ?なんでだろ?飽きちゃったかな?」

「飽きる飽きないの問題ではないと思うのだが・・・。」


 黙々と真面目にテーブルと椅子を拭いていた麻由が、掃除の手を止めて紅葉の方を見る。


「そう言えば、今日は、学校でも、動物の‘妙な視線’を感じませんでしたね。」

「だよね!オバサン、来なかったよねぇ!?」

「ん?君(麻由)も使い魔を感知できるのか?」

「何かに見られていると感じる程度ですけどね。」


 話を聞いていた燕真は「そう言えば、今日は紅葉が、店の周りに集まった鳥や猫(使い魔)を威嚇していない」と思い返す。


「なんだなんだ?嫌ってるクセして、来てくれないの寂しいのか?」

「そんなわけないぢゃん。」

「だったら、別に、気にしなくても良いだろう?」

「ん~~~・・・まぁ、そ~なんだけど。」


 沢山居るならともかく、居ないのに問題視をしても意味が無い。燕真は、「サッサと掃除しろ」と指示を出して、後片付けを続ける。




-文架市の国道-


 根古佑芽が目を覚ますと、そこは車の助手席で、右隣では里夢が運転をしており、車は見慣れた国道を走っていた。疲労で、1時間ほど眠っていたようだ。


「お目覚めかしら?今日は、かなり霊力を消耗したんだから仕方無いわよね。」

「あ・・・あの・・・」


 佑芽は、意識を失う寸前に、里夢の唇を介して‘圧倒的な何か’に支配されたことを思い出すが、今は体調の変化を感じない。疲労困憊で、妙な錯覚をしただけだろうか?

 ただし、接吻をされたことは覚えており、自分の唇を軽く手で触れてから、警戒気味に里夢に視線を向けた。


「口付けのこと、ごめんなさいね。

 佑芽さんの努力を見ていたら、つい嬉しくなっちゃって。」

「だ、だからって・・・急に・・・。私、そんな気はありませんから。」

「ふふふ・・・私も‘そんな気’は無いから安心して良いわよ。

 佑芽さんは、私が海外育ちって聞いているわよね?」

「はい・・・子供の頃に海外に行って、大魔会で学んだって聞きました。」

「私の住む海外の町では、ただの軽いスキンシップなんだけど、

 日本育ちの佑芽さんには強烈だったみたいね。

 以後は、日本式を心掛けるように気を付けるわね。」

「・・・スキンシップ・・・ですか?」


 言うまでもなく里夢の虚言だ。頬に口吻をする国はあるが、愛情表現以外に、唇同士を合わせるスキンシップなど存在しない。だが、まだ世間知らずな小娘を、騙して安心させることはできたようだ。

 尤も、佑芽が里夢を疑って調べれば、嘘は簡単にばれるだろう。しかし、佑芽に契約の楔を打ち込んだ現状では、距離を空けられても、「魂約の口吻」で縛り付ければ済むので何の問題も無い。


「ねぇ、佑芽さん。以前から疑問に思っていたんだけど・・・」

「なんですか?」

「佑芽さんは、文架支部のことは恨んでいないのかしら?」

「文架支部を?・・・なんで私が?」

「だって、無能な文架支部が、鬼を野放しにしてしまった所為で、

 お姉さん達が尻ぬぐいに派遣されて、命を落としてしまったのよね?

 文架支部が職務を全うしていれば、殉職せずに済んだんじゃないの?」

「そんな発想はありません。文架支部の粉木さんは優秀と聞いています。」

「少しも、発想をしなかったと言い切れる?

 文架支部は鬼退治の功績で評価を上げて、

 御曹司を守れなかったお姉さんは、組織内で無能呼ばわり・・・

 こんな不公平な評価は、有り得ないわよね?

 文架支部が、サッサと鬼を倒していれば、お姉さんの悲劇は起こらなかった。

 文架支部は、自分達の評価を上げる為に、

 ワザと苦戦を演出して、援軍を要請したんじゃないの?

 ‘優秀な粉木支部長’だからこそ、そんな卑怯な手段を使った可能性もあるわよ。」

「・・・そ、そんなはずは。」


 文架支部を信じがたいが、言われてみれば、その通りだ。最終的に、文架支部と狗塚家だけで鬼退治を成功させたのに、何故、援軍が必要だったのか?サイドガラスの外を眺める佑芽の目に、疑惑の色が宿る。


「あら、ごめんなさい。今のは忘れて。

 これは、私と喜田CEOの、内々だけに情報だったわ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 言うまでもなく、里夢は、意図的に佑芽の神経を逆撫でしていた。他人を疑うことを知らない純粋な佑芽は、僅かではあるが、文架支部に疑惑を持った。里夢のミスリードは、姉の終焉の地を見た直後の、感傷に浸っていた佑芽を焚き付ける着火剤となる。


「今日はお疲れ様。おそらく、次は、2~3日中に呼び出すことになると思うわ。

 それまではシッカリ休んで、消耗させた体力を回復させてね。」


 西地区のウィークリーマンション前で佑芽を降ろし、里夢は自分の宿泊先(駅前のビジネスホテル)に向かう。


「さて・・・準備は万端。あとは試すだけ。

 問題は、文架の退治屋からの呼び出し・・・。」


 墓地での霊の暴走を感知されたのは少々マズかった。紅葉のことは警戒をして、女子高生の行動範囲外で実験をしたのに、まさか、雅仁に気付かれるとは思わなかった。少なからず、何らかの疑念は持たれただろう。


「さて・・・何を、どう追及されるのかしらね?」


 これまで里夢が暗躍をした事案のうち、ブロンドの件は、自分にも想定外だったことにして、離反者に全ての罪を被せれば良い。アポロの件は「知らぬ存ぜぬ」で通すしかない。何もかもを「知らない」では通しにくいので、墓地の霊については、関与を認めて、何らかの理由付けをするのが得策。

 里夢は運転をしながら、疑惑を最小限に抑える為の思案を張り巡らせる。




-翌日(土曜日)・YOUKAIミュージアム-


 朝から、使い魔が見張っており、バイトに来た紅葉が、早速気付く。


「燕真、今日ゎ居るよ~。」

「なにが?」

「ナマコに決まってるぢゃん。」

「主語を付けて喋れ!」

「それくらい、直ぐ解ってよ!」

「そうか、使い魔がおるんか。まぁ、ええ、いつも通りに過ごすんや。」

「リョーカイ!」


 粉木からの指示を受けた紅葉は、「いつも通り」を演出する為に、早速、窓を開け、使い魔に向かって中指を立て、直後に燕真から頭を引っ叩かれた。


「いってぇ~!何すんの、燕真!」

「アホ!ジジイの言う‘いつも通り’ってのは、意識をするなって意味だ!」

「言ってくれなきゃワカンナイよぉ~。」

「それくらい、言われなくても解れ!」


 紅葉には、「いつも通りにしろ」ではなく、「何もするな」と指示を出すべきだった。




-2日後(月曜日)-


 里夢の運転するレンタカーが、YOUKAIミュージアムの駐車場に入ってくる。里夢が「時間が作れる」と面会のタイミングに指定をしたのは、「妙に勘の良い紅葉」と「面識のある麻由」が店内には居ない時間帯だった。里夢は、車から降りる前に、念の為に、優麗高に放った使い魔の視覚を通して確認をする。


「ふふっ・・・小娘達(紅葉&麻由)は間違いなく学校に行っているわね。」


 燕真と粉木が、茶店内の窓越しに、里夢の姿を確認する。


「燕真、お嬢に確認を頼む。」

「おう。」


 紅葉は「学校を休んで一緒に話をする」と主張したが、もちろん却下をした為、きっと今頃は、学校でイライラしているだろう。

 紅葉と麻由に「使い魔は来ているか?」とLINEメッセージを送ったら、紅葉から「いる」、麻由から「多分、来ています」と返信が来た。・・・と言うか、燕真が質問メッセージを入れる前から、「ナマコ ウザい」「ナマコ ムカ付く」「ずっとこっち見ててキモい」等と、7回くらい紅葉のLINEメッセージが入っている。


「ナマコがウゼーってさ。」

「そうか、学校に使い魔はおるんやな。」


 今の一連で把握できたのは、数キロ程度の範囲なら、里夢は使い魔を放っておけること。里夢が店に入ってきたので、燕真と粉木は‘平静’を装う。


「おはようございます。」

「おう、おはよう。」 「おはようっす。」


 里夢がカウンター席に座り、粉木が軽食の準備をする。燕真は、入口の札を「close」に掛け替えてからカウンター内に戻り、コーヒーの準備を始めた。里夢は、柔やかな表情をしているが、部外者をシャットアウトする為の燕真の一連の行動を見逃さない。


「忙しそうやな、里夢。」

「はい、離反者の事後処理に忙殺されています。

 繊細な問題なので、アプローチをミスすると、

 私達(大魔会)と粉木さん達(退治屋)の全面衝突になりかねませんからね。」

「それは避けねばならんな。

 信虎の復活(ブロント事件)みたいなのは勘弁してほしいのう。」


 準備した軽食とコーヒーを里夢に提供しつつ、早速、粉木が一歩踏み込んだ。


「その節は、申し訳ありませんでした。

 離反者達が、残留思念から死者を蘇らせるなんて、思ってもいませんでした。」


 里夢は、謝罪の表情を作りつつ、「自分は無関係」とアピールをする。


「大魔会の技術では、死者の復活が可能なのか?」

「生前の形を作ることは可能ですが、魂を込める技術はありません。」


 粉木の問いに対して、里夢は、素直に回答をする。死者の生前の形を利用するスキルは、既にバレている。誤魔化して疑われるよりも、認めた方が賢明だ。


「彼等(離反者)が何をしたのか、現在調査中です。」

「信虎(ブロント事件)のあとにも、似たような事件が起きたで。」


 粉木が、聴取の核心に踏み込んだ。燕真は、余計なことを喋らないようにして、粉木の老獪な言葉を聞いている。


「似たような事件・・・ですか?」

「50年前に死んだ、ワシの友人が蘇ったんや。」

「それは存じませんでした。」

「信虎の事件と、50年前のワシの友人の事件・・・大魔会の観点から、どう見る?

 退治屋のワシから見たら、どちらも想定外過ぎる出来事や。

 今日、来てもろうたんは、オマンの意見と知恵を借りたいからや。」


 粉木は、全面的に疑う姿勢で里夢を警戒させるのではなく、協力を頼む姿勢で、何らかの情報を引き出そうとする。


「申し訳ありませんが、私には解りません。

 死者を生前と同じ状態で動かすなんて、大魔会の技術では不可能です。」


 里夢は、ハナから疑われていることを前提にしているので、余計なことを喋るつもりは無い。


「実は、数日前、可能かどうかを実験したのですが、

 制御ができずに暴走をさせてしまいました。」


 その上で、あえて、墓地での霊の暴走を先に告白して、粉木の疑念を晴らそうとする。全てを嘘で塗り固めるのではなく、要点のみを誤魔化すことで、「信頼に値する」とミスリードを発生させるつもりだ。


「そうか・・・墓地の件は、オマンの仕業やったんやな。」

「はい、余計な心配を掛けてしまって申し訳ありません。」

「なぁ・・・里夢。」

「・・・?」

「退治屋には、死者の念と会話をする技術がある。

 退治屋と大魔会は不可侵やけど、もし仮に手ぇ組んだら、

 死者の肉体を作るスキルを持つ大魔会の技術で、

 死者を生前と同じように動かすことは可能になるか?」

「さぁ・・・試したことが無いので解りません。」

「・・・そうか。」

「可能かどうか、私と粉木さんで試してみますか?」


 答えは「YES」だが、里夢は正解を言うつもりは無い。粉木が提案を飲んで、共同で死者の復活を試したとしても、里夢が無能を装ってワザと失敗をすれば良いだけだ。


「いや・・・試す必要なんぞあれへん。今の質問は、オマンを試しただけや。

 誰が、本条を蘇らしたか・・・予想はついてるさかいな。」


 カウンターから出た粉木が、事務室のドアノブに手を掛け、里夢に内側が見えるようにして開けた。ソファーに、根古佑芽と、監視役の雅仁が座っている。驚いた佑芽がソファーから立ち上がった。


「佑芽さん!」


 退治屋には、死者の念と会話をする技術がある。「ブロンド事件~アポロ事件~墓地での霊の暴走」の一連を「誰が仕組んだか?」と考えた粉木は、真っ先に、陰陽道スキルを持つ者を疑った。

 退治屋の同僚とは考えたくなかったが、念には念を入れて、全ての妖幻システムを統括している本部(砂影滋子経由)に、文架市で反応をする妖幻システムのGPSのチェックを依頼した。文架市で反応は、燕真と雅仁のYウォッチと、引退をした源川有紀のYケータイだけのはず。しかし、想定外の反応がもう一つあった。それが、亡くなった根古礼奈の所持をしていたYウォッチ。燕真&雅仁&粉木は、里夢が来る前に動き、西地区のウィークリーマンションで、姉の遺品を所持していた佑芽と接触をして連れ出したのだ。


「根古佑芽。陰陽の就学生。霊に干渉する才能が高いらしいのう。」


 佑芽は、名前は名乗ったが、「文架市で何をしていたのか?」の質問に黙秘を通しているので、何も情報は得られていない。粉木は、「予想は付いている」と感情を煽ってはいるが、2人を面会させただけで、「佑芽を疑っている」とも「里夢を疑っている」とも言っていない。里夢と佑芽が無関係ならば、里夢は「見知らぬ少女にアポロを蘇らせた嫌疑が掛かっている」と感じるだろう。だが、面識があれば、「佑芽は何を喋った?」と疑心暗鬼にかかるはず。


「同僚が、ワシ等の知らんところで動き回ってるとは思わんかったけどな。」


 粉木は、最初から里夢を疑っている。疑惑を持ったのは、3日前の使い魔がいなくなった一件。監視が消えたのは何故か?里夢が監視をできない状態に成ったと仮定をした。今日は、学校に使い魔が居るってことは、里夢は、数キロ程度離れた使い魔ならば管理できる=3日前は文架市から離れて何かをしていたと判断できる。そして、佑芽の持つYウォッチのGPSは、3日前には県境に移動していた。一緒に動いていると考えて間違いなさそうだ。

 且つ、監視の対象が麻由と知った時点で、「里夢はアポロ事件と無関係ではない」「無関係だったとしてもアポロ事件を知らないはずがない」と想定できた。だが里夢は「アポロ事件を知らない」と言ったのだ。


「知った娘のようやな。」


 粉木は、佑芽と対面をした里夢の、最初の反応を注視する。一方の里夢は小さく舌打ちをした。


「ふふふ・・・さすがは粉木さん。騙し通すことはできないみたいね。」

「50年前の友人をワシ等に嗾けて、何をしたいんや?」


 燕真&雅仁&粉木は「里夢は詰んだ」と感じ、佑芽は「もう隠し通せない」と観念する。しかし、この程度の疑惑など、里夢にとっては、想定の範囲内だった。


「アポロの一件は、事故なの。

 粉木さん達には迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思っているわ。

 だけど、ごめんなさいね。私と佑芽さんの目的は、粉木さん達には言えないの。」

「なんやと?」

「大魔会と退治屋の軋轢を回避する為に、

 喜田CEOから指示をされた極秘任務なのよ。

 失礼を承知で言いますが、地方の閑職に漏洩したら、私は信用を失ってしまうわ。

 そこは理解していただきたいわね。」

「・・・・・・・・・・・・」


 里夢は、アポロ事件~墓地での霊の暴走への関与と、佑芽との協力を認めた。ブロント事件は、「離反者の勝手な行動だから里夢には解らない」で説明が付く。アポロ事件を誤魔化そうとしていた理由がトップシークレットならば辻褄が合う。


「また・・・自己保身だっけのボンクラCEOが、ワシの邪魔をするか?」


 里夢が喜田CEOの意向を盾にした結果、粉木は、それ以上の追求手段を失ってしまった。それどころか、以後、里夢は文架市で堂々と暗躍をしても、粉木には介入ができなくなってしまった。老獪な策士は、根回しを怠らなかった女狐に負けたのだ。


「なぁ、里夢さん?」

「何か質問かしら、燕真君?」

「大魔会のヤツ、猿飛のオッサンの姿をして俺達を撹乱しようとしたんだけどさ、

 アレが、大魔会のスキルなのか?」


 本部から派遣された退治屋のエース・猿飛空吾を、洗脳して銀色メダルを奪わせ、且つ、殺害をした張本人は里夢だ。だが、その嫌疑を掛けられるわけにはいかない。明確な敵対行為になってしまう。


「・・・さるとびさん?」


 里夢は猿飛空吾の存在など知らず、猿飛は手柄を焦って銀色メダルを奪い、離反者達との交戦で戦死をして姿を悪用された。未熟な若者の何気ない質問など、その線で通せば問題無くクリアできるだろう。


「どなたかしら?」


 里夢は軽く受け流したつもりだった。だが、回答を聞いた燕真の表情が曇る。燕真は、動揺をしながら、粉木を見詰めた。


「なぁ・・・粉木ジジイ?

 猿飛のオッサンってお調子者だったけどさ、

 会ってすらいない女と‘仲が良い’ってデマで、自尊を求めるような人なのか?

 俺、ほとんど接する機会が無かったけどさ・・・

 オッサンが、そんな、お粗末な人には見えなかったんだよな。」


 雅仁と粉木は、最初は、燕真が何に戸惑っているのか解らなかった。だが、記憶を遡り、猿飛空吾が着任した直後の会話に辿り着く。彼は、「YOUKAIミュージアムを訪れる前に、里夢ちゃんと情報交換をした」と言っていたのだ。

 しかし、里夢は、2ヶ月前に接触したはずの猿飛空吾を知らないらしい。どちらかが嘘を付いていることに成る。雅仁と粉木が、亡き同僚と、行動目的を誤魔化す大魔会幹部の、どちらを信じるかは明白。

 何故、里夢は、猿飛との接触で嘘を付いたのか?それは、彼の死に関与をしており、接触事態を誤魔化したかったからではないのか?


(・・・チィ、まさか、あの無能(猿飛)に足元を掬われるとは。)


 3ヶ月前に、駒として扱われ、「使えない木偶の坊」として処理をされた猿飛空吾の一言が、巡り巡って、完璧だったはずの里夢の根回しを覆した。嘘が発覚した現状では、もはや、里夢の言い分を信用することができない。


「・・・里夢さん」 「里夢ちゃん」 「やはり君が」


 燕真、粉木、雅仁が身構えて、里夢を睨み付ける。一方の里夢は、事務室の佑芽を見詰めて、数歩後退をした。佑芽の様子がおかしい。


「にゃっはっは!あっはっはっはっは!

 大魔会の幹部って聞いたから、駒として役に立つかと思ったのに、

 使えねー女だな!」


 突然、高笑いを浮かべる佑芽。その眼は虚ろに濁っている。


「憎たらしい文架の退治屋共の信頼を得て、

 安心させてから奇襲するつもりだったのに、アンタの所為で作戦が台無しだよ!

 でも、欲しい力は手に入れたから、まぁ、いいや!」

「・・・佑芽さん?私を騙していたの!?」


 狼狽える里夢。燕真&粉木&雅仁は、急すぎる状況変化に、思考が追いつかない。


「どういうこっちゃ、里夢ちゃん?」

「こうなってしまっては、全てを打ち明けるしかないわね。

 全ては、 大魔会と退治屋の軋轢を避ける為に・・・。

 空吾さんとの接触を隠したのは、喜田CEOの指示内容がバレてしまうからよ。」


 里夢は、喜田CEOの極秘任務を実行する為に、猿飛空吾に接触をして、銀色メダルの確保を依頼したことを認める。ただし、猿飛が功を焦って銀色メダルを使用したことや、離反者との戦いの犠牲になり、姿を利用されたことは、想定外と誤魔化す。


「喜田御弥司の命令ってなんや!?」


 里夢は、数秒ほど戸惑った後、観念した表情で口を開く。


「死者の・・・いえ、亡くなった御子息の復活よ。

 これまでの全てが、御子息を完全な形で復活去る為の実験だったの。」


 ブロント復活~アポロ復活~墓地での霊の暴走、それら全てのゴールが、喜田栄太郎の復活の為に実験と仮定して、里夢が喜田CEOから他言を禁じられていたなら、話の辻褄は合う。死者の復活は、摂理への冒涜であり、陰陽道の外法というのが退治屋の方針なのだから、CEOが、部外者を利用して、秘密裏に計画を進めたことも説明が付いてしまう。


「代表自らが外法を?・・・なんちゅうことを?」

「佑芽さんが派遣された理由は、私を監視する為。

 だから、彼女が喜田CEOからどんな指示を受けて、

 彼女自身がこの状況をどう利用するつもりなのかは、私にも解らないの。」


 主導権を持っているのは里夢なのだが、佑芽に罪を押し付けて‘トカゲの尻尾切り’を実行する。


「お姉ちゃん、復讐するよ!力を貸してっ!」


 佑芽が、姉の霊魂を封じ込めていたメダルを翳すと、闇が噴出して人型となる!


〈狗塚くん・・・〉

「ん?・・・君は?」


 人型の闇は雅仁と面識があるようだ。雅仁に手を伸ばして接触を試みるが、佑芽と結んだ契約が、それを許さない!


「コイツ等を殺せっ!」

〈やめて・・・佑芽。〉

「ゴチャゴチャ言わずに、サッサと殺せ!」

〈うぅぅぅっっっっ・・・〉


 契約の縛りに抗えない人型の闇は、佑芽が差し出したYウォッチとベルトを装着して、『猫』メダルの招き猫型バックルに装填!


〈幻装っ!〉


 人型の闇が光り輝いて、妖幻ファイターリンクス登場!


〈佑芽!・・・私はっ!〉

「戦え!間接的にお姉ちゃんを殺したコイツ等を殺して、仇を取って!」

〈うわぁぁぁっっっっっっっっ!!!〉


 雄叫びを上げ、両手に妖扇・猫爪(五本の刃が装備された二枚一対の扇)を装備して、燕真&粉木に飛び掛かろうとするリンクス!しかし、変身を終えたガルダが、背後から腕を伸ばし、リンクスの腕に絡めて抑え付ける!


「陰陽の外法は許さない!」


 ガルダが、リンクスを事務室の窓に向かって投げ飛ばした!リンクスは、窓を突き破って、駐車場に転がり出る!


「何がどうなっているのか、わけが解らん!」


 燕真は、状況が飲み込めないまま、粉木と共に、店の出口から駐車場に飛び出す。


「狗のことを知ってたみたいだけど、アイツ等、友達か?」

「知らん!それは、狗塚に聞け!」


 立ち上がり、両手の妖扇を構えるリンクス!構えを解いて会話をしたいのだが、契約がその隙を与えない!


〈・・・狗塚くん、うぅぅっ!〉

「死者の復活などを認めたら、世の理は崩壊する!

 亡き者は、摂理に返れ!」


 破れた窓を潜って駐車場に出たガルダが、鳥銃を構える!


「狗の態度を見てると、友達ではなさそうだな。」

「知らん!事態を収めてから狗塚に聞け!

 先ずは、問答無用でワシ等に攻撃をしてくるヤツを止めんとな!」

「そうするよ・・・幻装!」


 燕真が和船型バックルに『閻』メダルを装填して、ザムシードに変身完了!リンクスに対して身構える!


〈にゃぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!〉


 雄叫びを上げ、ガルダに突進をするリンクス!ガルダは、鳥銃から光弾を連射するが、リンクスは素早いフットワークで回避をして、ガルダの懐に飛び込み、妖扇・猫爪を振り上げた!ガルダは、一歩退いて振り下ろされた妖扇を回避!空いている手でリンクスの腕を掴み、鳥銃を押し当てて光弾をゼロ距離発射する!


〈うわぁぁっっっ!!!〉


 弾き飛ばされて地面を転がるリンクス。ザムシードは加勢をするつもりだったが、ガルダ単体で決着が付きそうな雰囲気なので、様子を見ている。

 ガルダは追い撃ちを掛ける為に、鳥銃をリンクスに向けた。


「動きに迷いがあるようだが・・・容赦をする気は無い。」

〈ふふふ・・・さすがは狗塚君。昔から別格だったもんね。〉

「ん?君は俺を知っているのか?」

〈そっか・・・私がリンクスの妖幻システムを得たのは、狗塚君が卒業したあと。

 ・・・狗塚君が、この姿を解るわけがないよね。・・・うぅぅ〉


 比較的、簡単に倒せそうだが、様子がおかしい。リンクスの声は会話を求めているのだが、リンクスの体は戦おうとしている。


「昔話なんてしてないで、サッサと戦ってよ・・・お姉ちゃん。」


 事務室の内側では、光沢を失った眼をした佑芽が、リンクスを見詰めている。契約で結ばれたリンクスは、佑芽の「戦え」という命令を無視することができない。


(ふふふ・・・頑張ってね、佑芽さん。)


 里夢は、粉木の隣で戦いを見守るフリをしながら、内心でせせら笑っていた。エンゲージキス(魂約の口吻)は、対象の魂に見えない楔を打ち込んで操る洗脳術。あえて、事前に「文架支部の職務怠慢」を捏造して、佑芽の、粉木達への憎しみの感情を作っておいた。佑芽の意思は抑え込まれ、里夢に操られて憎しみを暴走させ、姉を戦わせている。


(プロジェクトを前進させる為、良いデータを提供してもらうわよ、佑芽さん。)


 スペクター(礼奈)を契約で縛り、且つ、契約者(佑芽)を洗脳して、里夢が間接的にスペクターを操る。リスクは全て契約者に背負わせ、自分は蚊帳の外にいるフリをして、リターンのみを得る。これが里夢の思惑だ。


〈やめて・・・佑芽。

 私は、狗塚君と戦うために、妖幻ファイターになったわけじゃない。〉

「解ってんの!?お姉ちゃんは、ソイツ等の所為で、死んだんだよ!」

〈違う!私はっ!!〉

「違わない!そう思ってるのはお姉ちゃんだけっ!!いいから戦えっ!!」


 礼奈の意思を無視してリンクスの体が動き、両手の妖扇を構えて、ガルダに突進をする!ガルダは、違和感を感じながら、リンクスに鳥銃を向ける!だが、ガルダが引き金を引く直前で、ザムシードが割って入って、裁笏ヤマでリンクスの扇を受け止めた!


「佐波木!?」

「らしくねーぞ、狗!

 コイツ(リンクス)が戸惑いながら戦ってるのが解んねーのか!?」

「何を言い出すかと思えば・・・。

 君に言われなくても、解るに決まっているだろう!」

「知り合いなんだろ!?だったら、戸惑ってる原因を解消して満足させてやれよ!」


 ザムシードとガルダが会話をしている隙に、リンクスは、素早く3歩退いた!


「気を付けろ、佐波木!」

「えっ!?」

「ソイツの封印妖怪は猫又だ!素早いぞ!」


 リンクスが、2m程度離れた位置から、妖扇でザムシードを扇ぐと、強風が発生してザムシードの体勢を崩し、更に、扇に仕込まれていた5本のクナイ型の刃が射出されて着弾!5本のクナイは妖扇に戻り、ザムシードは、プロテクターから火花を散らせて弾き飛ばされ、ガルダの足元まで転がる!


「アドバイスが遅ーよっ!」


 ガルダに引っ張り上げられて立ち上がるザムシード。追い撃ちを掛けるチャンスにもかかわらず、リンクスが攻撃を仕掛けてくる様子は無い。


〈佑芽・・・命令をやめて。私を苦しめないでっ。〉

「アイツ等の所為で苦しんでいるんでしょ!?倒せば良いんだよ!!」

〈違う・・・違う・・・違う・・・〉


 揃って身構え、戸惑いながら様子を見るザムシードとガルダ。


「どうなっているんだ?」

「戦う気が無い・・・のか?」


 ザムシードは、「粉木なら状況を理解できているのか?」と視線を送って指示を求めるが、粉木も、この不可思議な状況を把握できずにいる。

 粉木の背後では、里夢が「自分も騙された被害者」の表情を忘れて、不満そうにリンクスを眺めていた。


(チィ・・・どうなっている?何処でミスをしている?)


 この消極的な戦闘が想定外なのは、里夢も同じだった。依り代(佑芽)が、霊の媒体として優秀なのは間違いない。仲間や顔見知りだから戦えないのであれば、アポロは戦いを拒否したはず。佑芽の洗脳が甘くて、里夢の指示が的確に伝わっていない?契約が不完全で、霊を支配できていない?


(仮に契約が不完全だとしても、

 契約者とスペクターの距離をゼロにすれば支配力が強くなるはず。)


 まだこれは、本番ではなく実験だ。ミスの可能性を一つ一つ潰して行けば良い。里夢は小声で呪文を唱え、事務室内の佑芽を睨み付けた。佑芽が反応をして体を震わせた後、リンクスに向けて手の平を翳す。


「お姉ちゃん!私と融合してっ!」

〈いやだ・・・いやだ・・・いやだ・・・佑芽、やめて!〉


 リンクスは抵抗を試みるが契約には抗えず、青い霧化をして破られた窓を通過して事務室内に流れ込み、佑芽の体を覆った!

 念が依り代を乗っ取る。ザムシードは、アポロ戦で、全く同じ状況を見たことがある。ガルダと粉木は、ブロンド戦で、似た状況を見た覚えがある。


「マズくないか?」 「拙いな。」


 青い霧に覆われた佑芽が、一瞬だけ礼奈の姿に変わり、直ぐにリンクスへと変化をする。

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