第31話・正義のタスキ

 粉木は、妖気センサーの履歴を確認しながら、スカイラインで西側堤防の民地側路地を走っていた。妖気は消えたが、まだ、嫌な予感は消えていない。


「んんっ?なんやっ!?」


 堤防斜面からブレザー姿の少女が駆け降りて、道路に飛び出してきたので、慌てて急ブレーキを踏んでスカイラインを止めた。


「こらっ!急に飛び出したら危な・・・・・・・」


 窓を開けて叱り付けようとした粉木だったが、ロングヘアの少女を見て怒鳴り声を失う。


「申し訳ありません。チョット、急いでいたので・・・。」

「美琴・・・ちゃん?」

「・・・え?」

「スマン。人違いや。50年前の少女のわけがあれへんよな。」


 少女の顔は、あきらかに、盟友・本条尊と、彼の恋人のDNAを引き継いでいる。粉木は、車から降りて、改めて、麻由の顔をジックリと眺めた。


「オマンが・・・葛城麻由ちゃん・・・やな?」

「ど、どうして私の名を?」


 麻由は不思議そうに首を傾げて、粉木を見詰める。


「優麗高に通ってる友人に、オマンの噂を聞いとってな。」


 粉木は、麻由が向かおうとしていた方向から、嫌な気配を感じる。相手が下級~中級クラスの妖怪ならば、麻由の護衛をしながら戦況を確認する自信は有る。だが、漠然とした嫌な気配と予感が何なのか解らない状況で、現地に恩人の孫娘を連れて行くわけにはいかない。


「この先の喧騒に興味があるんやろうけど、子供は踏み込んだらあかん領域や。

 大人に任せて、オマンは、事態が収まるまで此処で待機をしとれ。」

「あの・・・アナタは?」

「オマンの爺さん、葛城昭兵衛の古い友人や。」


 聞き分けてくれた麻由を残し、粉木は車に乗って、嫌な気配がする西側に向かう。 しばらく生活道を進むと、正面から猛スピードで接近してくる‘嫌な気配’を感知。黒焦げのサマナーホルダが飛び、粉木の乗るスカイラインの真横を通過する。


「なんやっ!?今のは、まさか本条の!?」


 窓から顔を出して振り返り、飛び去った‘嫌な気配’をしばらく眺めた後、視線を正面に戻したら、今度はマシンOBOROを駆るザムシードが接近してきて、真横を通過した。いつもの粉木なら呼び止めるのだが、飛ぶサマナーホルダに気を取られすぎてしまい、ザムシードに声を掛けそびれた。


「今度はなんや?」


 ザムシードから大幅に遅れて、ツインテールを振り乱しながら突っ走ってくる紅葉を発見。車から降りて、状況確認をする為に紅葉を待って呼び止める。


「何があったんや、お嬢?」

「燕真に置いてかれたのっ!」

「そら説明されんでも、見たら直ぐ解る。

 何と交戦中なのかて聞いてるんや。」

「赤いバッタ人間!多分、爺ちゃんの友達っ!」

「なんやて?」


 にわかには信じられないが、死者の復活は、ブロンドの前例がある。「黒焦げのサマナーホルダ」「赤いバッタ人間」「友達」から導き出される人物を、粉木は1人しか思い付かない。


「追うねん!隣に乗らんかい!」

「ぅんっ!」


 助手席に紅葉を乗せ、スカイラインをUターンをして、飛ぶサマナーホルダとザムシードを追う。黒焦げのサマナーホルダが向かった先には‘彼の血を引いた孫’が居る。彼女を単身で残してしまった判断ミスを、粉木はハッキリと感じていた。




-河川敷-


 黒焦げのサマナーホルダは、麻由の目の前で、まるで「手に取れ」と言わんばかりに浮遊をしている。麻由は、理解を超えた現状に恐怖を感じているが、妖怪から自分を守ってくれたサマナーホルダからは、敵意ではなく、親しみの気配を感じており、 恐る恐るサマナーホルダに触れる。


〈美琴は・・・〉

「また、ミコト?一体・・・?」


 サマナーホルダが纏っていた念と魔力が流れ込んで、青い霧で麻由の全身を覆い、一廻り大きくなって別の姿へと変化をする。


〈俺が・・・守る。〉

「きゃぁぁっっっ!!」

〈君は、俺の中で永遠に守る。〉


「くそっ!なんてこった!!」


 時既に遅し!ザムシードが到着した時には、人型の青霧が麻由の体を乗っ取り、異獣サマナーアポロへと姿を変えた直後だった!


「アイツ、女の子を乗っ取りやがった。

 だけど、戦う手段はある!・・・オーン!!」


 妖刀ホエマルを握って呪文を唱えると、その切っ先が鈍く揺らぐ!これで、物理的な切断をせずに憑いている邪気のみに致命傷を与える事が出来る!


「邪気祓いは専門職だ!」


 突進をして妖刀を振り下ろすザムシード!


「それがどうした!?」


 アポロは、半歩退いて身構え、振り下ろされる妖刀の軌道を読んで、手刀を平地(刀の横)に当てて弾いた!ザムシードは刃を返して振り切るが、再び手刀を平地に当てて弾かれる!


「なにっ?」

「俺は、守るべき者を得て、本来の力を取り戻した!

 先程までの俺と同じと思うなよ!」


 ザムシードは、幾度となく妖刀を振るうが、全てアポロに届く直前で、手刀を当てられて捌かれてしまう!


「如何に研ぎ澄まされた名刀でも、当たらなければどうと言うことはない!」

「くそっ!」


 丸腰の相手に剣が全く届かないなんて初めての経験だ!アポロの徒手空拳スキルが高すぎる!まるで、剣術ド素人の子供が、大人の玄人に稽古を付けてもらっているような錯覚に陥り、苛立ちながら妖刀を大振りする!


「武器を携えてその程度か!脆弱!!」


 刀身を白羽取りで抑え込むアポロ!ザムシードは、妖刀を左手で維持したまま、腰に帯刀してある裁笏ヤマを右手で握って振るった!しかし、アポロは慌てることなく、ザムシードの右手首に膝打ちを当てて弾き、そのまま足を伸ばしてザムシードの腹に蹴りを叩き込んだ!


「・・・くっ!マジで強くなりやがった!」


 ザムシードは、蹴られた勢いを利用して大きく後退!『鵺』メダルをYウォッチに装填して、弓銃カサガケを装備!一方のアポロは、気勢を発して念の障壁を発しながら突進をしてきた!ザムシードの放つ光弾は、障壁に阻まれてアポロに届かない!


「ならばっ!」


 殺傷力の低い連射モードではダメージを与えられないと判断したザムシードは、弓銃の弓身を展開して強弩モードに切り替える!だが、乗っ取られた麻由の顔が脳内に過ぎって、銃口を向ける行動を僅かに戸惑った!アポロは、その数秒の隙を見逃さず突進力を加速!


「なにっ!?速いっ!!」

「飛び道具などという‘物の力’に頼るから、己の肉体が疎かになる!」


 ザムシードが照準を定めるよりも先に、アポロがザムシードの懐に飛び込み、渾身の拳を叩き込んだ!


「ぐはぁっ!!」


 弾き飛ばされて地面を転がるザムシード!素早く立ち上がって体勢を立て直すが、アポロは追い撃ちをかけようとはせず、「余裕」を見せて身構えている!


「剣が研ぎ澄まされているのは、貴様の才能ではない!

 銃の性能が高いのは、貴様の努力の結晶ではない!

 それを実力と勘違いする愚か者になど、負ける気はしない!」


 アポロに指摘をされる前から、ザムシードは自分が性能依存をしていることを承知している。


「さっきのバイク勝負で、性能に頼った俺に対する嫌味かよ!?

 腹立つっ!・・・だったら、今度は、オマエの土俵で戦ってやるよ!」


 ザムシードは、弓銃を放棄して、Yウォッチから『炎』メダルを引き抜く。属性メダルをセットすれば、拳や蹴りが属性効果を帯びて攻撃力を上げられるのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 だが、ザムシードは『炎』メダルを見詰めた後、Yウォッチのメダルホルダに戻し、片手の拳を、もう一方の手の平に当てて打ち鳴らした。


「どうせ、これも、実力じゃなくて性能って言われんだろ。

 だったら、こっちも丸腰で戦ってやるよ!」


 拳を握り締めて突進をするザムシード!勢い良くパンチを繰り出すが、アポロにアッサリと見切られ、掌を当てて上に弾かれ、ガラ空きになったザムシードの腹にアポロの拳が叩き込まれる!ザムシードは、1歩後退して耐え凌ぎ、蹴りを放った!だが、受け止められて押し戻され、仰向けに転倒!倒されたまま足払いをかけるが、アポロは軽やかに飛び上がって回避!その間に立ち上がったザムシードは再び殴りかかるが、拳を弾かれ、腕を掴まれて、一本背負いで地面に叩き付けられた!


「くそっ!」


 アポロは追い撃ちをかけようとするが、ザムシードがジタバタと足を振り回して、無様に牽制するので、突進を止める!


「フン!見るに耐えられん。サッサと立ち上がれ。」


 立ち上がって身構えるザムシード。無格好ってことくらい、言われなくても解っている。


「がさつな、昭和の戦後生まれと違って、

 奥ゆかしい平成生まれは、喧嘩なんてロクにしたことが無ーんだ!」


 元々予想はできていたことだが、僅か数手の激突で、肉弾戦スキルには雲泥の差があることが確認できた。


「だけど・・・俺にだって意地があるんだ!」


 再び突進をするザムシード!構えるアポロに対して、低い姿勢になって飛び込み、両足を刈りに行く!しかし、読まれて半歩退かれ、両手で背中を押さえ込まれ、タックルを潰されてしまった!


「至極読みやすい!この程度が、貴様の意地か!?」

「意地は・・・これからだっ!うおぉぉっっ!!」


 瞬発的に、足を踏ん張らせて起き上がるザムシード!


「なにっ!?」


 プロレス技など知らないが、無意識に体が動き、力業でアポロを担ぎ上げて強引にファイヤーマンズキャリーの体勢に成り、歪なデスバレーボムで地面に叩き付ける! ようやく、肉弾戦で鉄壁を誇るアポロに、一撃を喰らわせてやることが出来た!


「ぐはぁっっ!!」


 だが、一撃だけで終わらせるつもりは無い!仰向けに倒れたアポロに対してマウントポジションを取り、ダブルスレッジハンマーを叩き込む!


「これが俺の意地だっ!!」

「偶発的に俺を担げる体勢に成っただけだろうに!

 この程度で勝ち誇るなど、やはり小僧だなっ!」


 ザムシードの背後の空間が歪み、バッタ型モンスター=ホッパーサイクロンが出現!マウントを取っていたザムシードの背中に体当たりをして弾き飛ばず!直ぐさま体勢を直して立ち上がろうとするザムシード!しかし、ホッパーサイクロンに再び体当たりをされて地面を転がる!


「くそっ!」


 その間に、アポロは立ち上がって体勢を整えてしまった!


「お遊びは此処までだ!」


 怒りの念を発してザムシードを睨み付けるアポロ!ザムシードの偶発的な反撃は、アポロの神経を逆撫でしてしまったらしい!

 腰にぶら下げたサマナーホルダから、神が描かれた‘ヴァルカン’のカードを抜き取って翳すアポロ!周囲で真紅の炎が上がり、アポロを包んだ!そして炎が弾け飛び、赤基調で、ところどころに金色のアクセントがあり、装飾が大きく派手になったアポロ・ヴァルカンが出現!以後のアポロ・ヴァルカン(アポロV)の攻撃は、全て炎によって強化される!


「ヤベーな。そういや、パワーアップできたんだっけ?

 粉木の爺さんから、昔話で聞いていたけど、忘れてた。」


 フォームチェンジにはフォームチェンジで対抗するべきか!?ザムシードは、Yウォッチから水晶メダルを引き抜く!しかし、ベルトの和船型バックルに装填する直前で、蝙蝠型のモンスターが飛来してきて、ザムシードの面前を通過する!


「燕真、あとはワシにまかせい!」

「えっ?」


 声のした方向に振り返ると、粉木が歩み寄ってきた。その手には、蝙蝠が描かれたサマナーホルダが握り締められている。


「・・・爺さん、なんのつもりだ?」


 粉木は、ザムシードの隣に立ち、アポロVを睨み付ける。一方のアポロVは、粉木を見て怪訝そうに首を傾げた。


「何処かで会ったような気がするのだが、何者だ、爺さん?」

「ワシの顔を思い出せんか?

 オマンと盟友やったのは50年も前。オマンの記憶は50年前で止まったまま。

 まぁ、直ぐには気付けんくても、しゃーないか。」

「・・・50年?・・・盟友?」

「50年を経て、ワシの男前が上がりすぎたよって解らんか?

 ワシは、粉木勘平や!」

「・・・粉木?オマエが?」


 背後に蝙蝠型モンスター=ヤイバットを従えて、サマナーホルダ見せ付ける粉木!


「何が目的で、あの世から迷い出て来たんや?本条!」

「美琴を守る為!

 俺は、命を賭して世界を救った!

 だが、一生をかけて美琴を守る約束を違えてしまった!」

「オマンの恋人は、既に守られとる!」

「いい加減なことを言うな!危険に晒され続けているではないか!

 俺の妨害をするなら、老いた貴様でも、容赦はせんぞ!」


 アポロVが手を翳すと、ホッパーサイクロンが跳び跳ねながら粉木に襲いかかる! 粉木は、ヤイバットを嗾けて牽制しつつサマナーホルダを構えた!


「頭を冷やしてやらなならんようやな。・・・変身!」


 粉木の全身が乳白色に包まれ、蝙蝠の意匠を持つ漆黒の西洋騎士=異獣サマナーアデスが出現!間髪入れずに神が描かれた‘マキュリー’のカードを抜き取って翳し、アデス・マーキュリー(アデスM)にフォームチェンジをした!


「おいおい、戦うつもりか?年寄りの冷や水だぞ!」

「アイツをあの世に送り返すんは、退治屋やのうて、異獣サマナーの仕事や!」

「何言ってんだよ!?思念を晴らすのは退治屋の仕事だろうに!?」

「そう言う問題やない!ワシの意地の問題や!」

「大丈夫なのか!?

 アイツ、紅葉の学校の生徒会長さんを乗っ取ってパワーアップしてんだぞ!」

「やはりな。

 なおのこと、オマンじゃ、中身(麻由)が気になって本気で戦えんやろ?

 ソイツの相手は、ワシがするっちゅーことや。」


 サーベルを構えて突進を開始するアデスM!迎撃態勢で構えるアポロVと激突!アデスMは突きの連打を放つが、全てアポロVの手刀で受け流される!アデスMの剣技でも、アポロVの徒手空拳を抜くことができない!


「美琴ちゃんを守ることと、オマンが依り代にした娘に、何の関係があるんや!」

「おぞましい欲に晒される美琴を、俺が守っているんだ!」

「アホンダラ!その娘の、どこが美琴ちゃんや!?」


 アデスMは、風の力を纏ったサーベル程度では戦い抜けないと判断!数歩後退をしながら、スピアを召喚して構え、切っ先に纏った鋭利な風を、アポロV目掛けて飛ばした!アポロは、一気合い発して両拳に出現させた炎を飛ばして相殺する!アデスMは、スピアを振り回して鋭利な風を連射するが、全て、アポロVの炎の拳で相殺されてしまう!

 拳を突き出せば火炎弾を飛ばせるアポロVと、武器を振り回さなければ風刃弾を飛ばせないアデスMでは、アポロVの方が、次弾の発射が早い!連射勝負は、徐々にアデスMが押され、風刃弾を潜り抜けた火炎弾一発がアデスMに着弾!


「・・・ぐぅっっ!」


 アデスMが体勢を崩したところにアポロVが飛び込んだ!アデスMは後退を試みるが間に合わず、炎を纏った掌底を腹に叩き込まれ、弾き飛ばされて地面を転がる!


「手応えが無い。貴様、本当に粉木なのか?」


 アデスMの姿は、アポロVが知る姿と変わらない。だが、アポロVは、目の前で這い蹲っているアデスMが、自分の知る粉木と同一人物には思えない。



-50年前-


 アポロとアデスの初めての共闘は、敵組織の下級幹部・ワーウルフとの戦いだった。アデスの独断専行で仲間達を窮地に陥り、アポロが救出をする。当時のアデスは、まだ、戦いの世界に踏み込んだばかりの素人だったので、アポロがサポートをしてワーウルフを追い詰め、2人で同時に必殺技を発動させて倒した。


「共にワルキューレと戦ってもらえないか?

 君に志があるならば、力を貸してくれ。」


 変身を解除した本条尊がアデスを見詰め、アデスも変身を解いて粉木勘平の姿に戻る。


「しゃ~ないのう。力、貸したるわ。」


 本条尊が差し出した手を力強く握る粉木。戦いを見守っていた葛城昭兵衛と砂影滋子は、笑顔で、その光景を見詰めた。


 仲間入りをしたばかりの粉木は、事件が発生すると、つい、軽率に行動をして、チームの足並みを乱すことが多かった。度々、本条と意見が衝突をして、その度に葛城昭兵衛と砂影が仲裁をした。

 粉木は、本条を「生真面目すぎる」とは感じていたが、彼の才能や熱い決意を評価していた。一方の本条は、粉木を「お調子者」とは感じていたが、一つの考えに固執しないゆえの気転や、隠れた努力を認めていた。


 徒手空拳による肉弾戦タイプのアポロと、剣や槍で戦うアデス。それぞれが、得意とする戦い方を伸ばし、時として意見を衝突させながら、互いに命を預けられるパートナーに育っていく。



-今に至る-


 アポロVの視点では、今のアデスMからは、過去の俊敏性や安定感を全く感じられない。


「バカにすんな!ワシは正真正銘の粉木勘平や!」


 立ち上がりながらスピアを振るうアデスM!しかし、先端から飛ばした風刃弾は、アポロの炎を発した掌で握り潰され、しかも、次弾を纏った穂先を掴まれてしまう!


「ワシが老いただけやない。

 オマンは、50年前以上に強くなっているようやな。」

「美琴への思いが、俺を強くしてくれる!」

「それだけやない!その娘の中にあるオマンの血が、オマンを強化しとるんや!」


 アデスMは、胸に炎の拳を喰らって、スピアを手放して、再び弾き飛ばされる!


「見てらんねーよ!だから、年寄りの冷や水って言ったんだ!」


 ザムシードがアデスMの前に立ち、アポロVに向かって身構えた!


「あっち(アポロ)は、体力全盛期のままで、

 こっち(アデス)は、しょぼくれたジジイ!

 戦力差が有りすぎだ!それが解らない爺さんじゃねーだろうに!」


だ が、アデスMは援護を受け入れず、立ち上がって、構えているザムシードをを制する。


「‘しょぼくれた’は言い過ぎや。まだまだビンビンやで。」

「追い込まれてんのに、口だけは達者だな。少し安心した。

 だけど、あとは俺が戦う!ジジイは引っ込んでろ!」

「ワシに任せろと言ったはずや!

 ヤツは、盟友でありライバル。ワシが戦わねばならんねん。」

「おいおい、悲壮な決意でもして、死亡フラグでも立てるつもりか?」

「ちゃうわボケ!

 こう言っちゃ何だが、まだまだヒヨッコのオマン(燕真)に負けはせんで!」

「・・・頑固ジジイ」

「ええ機会や。オマンに、力押しだけちゃう戦いを見したる。」


 アポロVは、アデスMから奪い取ったスピアを投げ捨てて身構える!一方のアデスMは、放棄されたスピアには目もくれず、再び腰に装備されたサーベルを抜刀して構えた!


「何のつもりだ、爺さん?」


 サーベルではアポロVに対抗できなかったのでスピアを装備して、それでも苦戦を覆せなかったのに、また武器をサーベルに戻した?ザムシードには、アデスMが意固地になっているようにしか見えない。


「はぁぁっっ!!」


 気勢を発して突進をするアデスM!だが、アポロVに剣技を見切られて、掌で楽々と上に弾かれ体を仰け反らされ、懐に入られて背負い投げられる!


「がはぁぁっっ!!」

「おい、大丈夫か!?粉木ジジイ!」


 50年前は互角の戦闘力を持つ2人だったのかもしれない。だが、体力を消耗させた老人と、その老人から「全盛期以上に強くなっている」と表現されたアポロVでは、ザムシードが予想した通り、勝負になるワケがない。


「誰が子泣き爺やねん!」


 サーベルを杖代わりにして立ち上がるアデスM。既に体力が限界に近いらしく、マキュリーフォームが強制解除をされて、ノーマルフォームに戻ってしまう。

 一方のアポロVは、ほぼノーダメージ(ダメージはザムシードが与えた2発のみ)のまま、「追い撃ちをかける価値も無い」と言いたげに、アデスを眺めている。


「50年の歳月が経過したのは事実のようだな。

 時の流れは無情。俺が認めた粉木は、過去にしか存在せぬといういうことか。」

「当然やろう!ワシは、オマンよりも50も歳を食っておるんや。

 せやけどな・・・爺になっただけやないで。

 50年を費やして、ワシは、オマンの知らん力と老獪さを手に入れた!」

「・・・なに?」


 ベルトに縛り付けていた袋から銀塊を取り出して、地面に叩き付けるアデス!


「オーン!結界発動!!」


 銀塊から光が発せられ、周囲に配置されていた護符と結びついて結界と成り、アポロVを包んだ!途端に、アポロVの全身から粒子の蒸発化現象が発生する!


「なにっ?これは?」


 動揺で僅かに動きを硬直させるアポロV!その隙を待っていたアデスが、サーベルを刺突の姿勢で構えて突進!


「舐めるなっ!!」


 ‘僅かな隙’程度で覆るような戦力差ではない!アポロVは、アデスが突き出した剣の軌道を冷静に見極めて、両掌で刃を挟んで押さえ込んだ!


「舐めとるんは、オマンの方や!」


 次の瞬間、アデスは、空いている方の手に持った祓い棒で、アポロVのベルトを突いた!


「オーン!浄化!!」

「ぐぅぅっ!!」


 急激に脱力をして、片膝を付くアポロV。ヴァルカンフォームを維持できなくなり、ノーマルフォームにパワーダウンをする。


「言うたやろ。オマンは、50年前以上に強くなっているってな。

 だが、それは、オマン自身の力やない!オマンが依り代にしとる娘の潜在力や!

 そやさかい、結界と除霊で、オマンの念を弱体化さして結び付きを弱めたら、

 オマンは著しゅうパワーダウンをする!」

「いつの間に、こんな仕掛け(結界)を!?」

「体力の衰えを理解せんと、無駄に、オマンに突っ掛かっとったワケやあれへん。

 オマンに叩きのめされながら、ずっと、護符を配置しとったんや!」

「・・・くっ!」


 これで戦力は互角・・・いや、体力が枯渇したはずのアデスが、あきらかに有利な状態に逆転をした。


「迂闊だった粉木が・・・とんだ策士に・・・」

「50年ちゅうんは、それほどの年月や。

 ワシだけやない。時代も・・・滋子も・・・50の年を重ねた。

 もちろん、オヤッサンと美琴ちゃんもな。」

「本当に・・・50年もの歳月が・・・。」

「オヤッサンと美琴ちゃんは、天に召されてしもうた。

 半世紀前から一歩も動かんかったのは、オマンだけや。」

「バカを言うな!美琴は、こうして俺と共に・・・」

「その娘は美琴ちゃんやない。葛城麻由っちゅう名前の、オヤッサンの孫や。」

「そんなはずは無い!この娘は美琴だ!」

「オマンが見間違うんは、無理も無いかもしれんな。

 その娘は、葛城のオヤッサンの孫・・・。

 そして、オマンの恋人、須郷美琴の血を引いているんやからな。」

「・・・なに?」


 アポロは、驚いた仕草でアデスを見詰める。



-50年前-


 悪の結社との最終決戦で、アポロ(本条尊)は人間の限界を超えた力を発動させ、悪の首領の討伐と引き替えに、その命を使い果たした。

 粉木が、倒れた本条を揺さぶりながら懸命に呼びかける。やがて閉じられていた本条の瞼が薄らと開かれる。


「粉木・・・首領は?」

「安心せい、オマンが倒した。」

「そうか・・・・」

「胸を張れ。オマンは世界を救った英雄や。」

「・・・あぁ」

「しっかりしいや!英雄は死んだらあかんのや!美琴が待ってるで!」


 粉木は瀕死の尊を抱きかかえて神殿を脱出すると、外で待機をしていた葛城昭兵衛が寄って来た。


「良かった。・・・おやっさんも無事だったんだな。」

「本条は、サマナーの力を暴走させたんや。首領を倒す為に。」

「首領は滅んだ・・・お、俺達は・・・平和を勝ち取ったんだ。

 こ、これで・・・今日からは・・・ゆっくりの眠れる。」


 昭兵衛の顔を見た時点で、本条は安堵して、緊張の糸は切れていた。目を閉じて垂れる。そして2度と眼を開くことは無かった。


「尊ぅぅっっ!!!」

「こ、これはっ!?」


 本条の体が灰になって崩れ、風に流されて舞い散っていく。これが、人間の限界を遥かに超える力を使ってしまった代償。本条の何もかもが朽ちていく。粉木と昭兵衛は、骨1つ残らない英雄の終わり方を、ただ眺めていることしか出来なかった。

黒焦げになったサマナーホルダと、粉木と昭兵衛が握り締めた灰だけを残して、本条は、この世から消え去った。


 悪の結社は壊滅をしたが、世界が平和になったわけではない。人間社会を害する妖怪がいて、奴等と戦う陰陽師が存在している。本条の死の数日後、粉木は、本条が命を賭して残してくれた平和を守り続ける為に、陰陽師と合流する選択をした。

 だが、粉木の「戦いに身を置き続ける」という選択は、大事な仲間を失って戦いに嫌気が差した葛城昭兵衛には理解をされなかった。昭兵衛は粉木に「もう、戦いで仲間を失いたくない」「サマナーホルダを捨てろ」と説得をしたが、粉木は頑なに受け入れず、最終的には絶縁をされ、葛城昭兵衛の元から離れた。


 だから、その先の話は、昭兵衛のところに残った砂影滋子からの報告でしか知らない。


 本条の死から半年が経過をした頃、長期休みになって県外の短大から帰省をした本条の恋人・須郷美琴が、本条の死を知らずに、葛城昭兵衛を尋ねてきた。

 彼女は、本条と「一生寄り添う」約束をしており、本条の子供を腹に宿していた。砂影は「尊は海外に旅立った」と誤魔化そうとしたが、昭兵衛は真実を話す決断をする。

 話すことが残酷だとは承知の上で、知らずに待ち続ける残酷よりはマシだと判断して、泣き崩れる美琴を抱きしめた。そして、行き場を無くした美琴と、本条の落とし胤を引き取って、自分の子として育てる覚悟をしていた。それが、亡き友人の為に昭兵衛が選んだ最後の仕事だった。


 親子ほど歳の離れた葛城夫妻だったが、夫は妻を大切の扱い、妻は夫を慕った。葛城美琴は、決して長寿ではなかったが、夫の昭兵衛に見取られ、「支えてもらって幸せだった」と笑顔で天に旅立ったらしい。



-今に至る-


「オヤッサンが・・・美琴と、俺の子を?」

「せや。オマエの未練は、全て、オヤッサンが解消さした。

 やさかい、この世に迷い出ても、オマンがやるべき事は、なんもあれへん。

 オマンがやるべき事は、あの世で、オヤッサンに礼を言うことくらいや。」


 アデスの作戦は、「美琴を守る」という思念で凝り固まって聞く耳を持たなかったアポロを、浄化の結界と攻撃で和らげ、「依り代が美琴ではないこと」と「美琴のその後を伝えること」だった。

 その後に美琴が、見ず知らずの男の物になったなら、アポロは後悔をしたかもしれない。美琴が不幸になっていたら、アポロは憤っただろう。だが、「信頼できる恩人によって、恋人が守られた」と知ったアポロの念は、未練を完全に失った。

 実体を維持できなくなり、全身が激しく粒子化をして蒸発していくアポロ。アデスは、「あとは、過去の友人を見送るだけ」と思っていた。


「いや・・・まだだ!まだ終われん!・・・ハァァッ!!」


 だが、アポロは気勢を発して、気合いで消滅現象を止める!


「確かに、美琴を守る必要は無くなった!

 だが、俺が守り抜いた平和を、今の連中に託せるか、確認したい!

 安心して任せられる者に託すまでは・・・消えるわけにはいかん!!

 粉木よ、あの若者(ザムシード)は貴様のツレか?」

「燕真はワシの弟子や。それがどうした?」

「・・・あの若者のこと、少々気に入ってな。」


 アポロは知っていた。ザムシードが、依り代が傷付くことを避けて、念のみを切る剣を使い、銃の破壊力を高める機能を使わず、且つ、「性能のおかげで勝った」と言われることを嫌って、得意な戦法ではなくあえてアポロと同じ土俵で戦っていたことを。


「平和を託す・・・か?

 ちいと過大評価の気もするが、

 ヤツ(ザムシード)を見出した滋子が聞いたら喜びそうやの。」

「彼で確かめさせてくれ!」

「何をするつもりや?」

「決まっているだろう。がさつな、昭和の戦後生まれらしく、戦いで語り合う!」

「解っているやろうが、ヤツは未熟もんやで。」

「だが・・・彼は強い。」

「ああ・・・燕真は強い。」


 向き直ってザムシードを睨み付け、ヴァルカンのカードを翳すアポロ!全身が炎に包まれ、アポロVにフォームチェンジをする!


「青年!亡霊の成仏際の願い、聞いてもらうぞ!」

「燕真!状況が変わった!ご指名や!

 コイツ(アポロ)の気が済むように相手をしてやれ!」

「・・・はぁ?」


 空中が歪んでバッタ型モンスター=ホッパーサイクロンが出現!一廻り大きいヴァルカンサイクロンにパワーアップをして、アポロVの脇に着地した後、カウルがバッタの頭部を模したバイクモードに変形!アポロVが跨がり、アクセルを捻ってエンジンを空吹かしさせて、ザムシードを威嚇する!


「なんか良く解んねーけど・・・」


 ザムシードは、「アデスがアポロに勝利をした」と思っていたのだが、まだ戦いは終わっていないらしい。


「結局、俺が戦うって事か?」


 マシンOBOROを呼び寄せて跨がった!ザムシードとアポロVが、互いの戦闘用バイクに乗って、河川敷で向かい合う!


「燕真青年!俺が取り憑いた麻由を、俺から奪い取り、守り抜いて見ろ!」

「ハナっからそのつもりだよ!」


 クラッチを繋いでヴァルカンサイクロンをロケットスタートさせるアポロV!

 ザムシードは、Yウォッチから、属性メダル『炎』『斬』『閃』の3枚を引き抜いて握り締めてから、マシンOBOROをスタートさせた!どのメダルをバイクのハンドルにあるスロットに装填するかは、アポロの出方を見てから決めるつもりだ!


「フン!後手に回って倒せるほど、俺は脆弱では無いぞ、青年!」

「優柔不断で悪かったな!・・・だけどっ!」


 アポロVの奥義・ホッパー・バーニングアタック発動!バッタ顔のカウルから火炎弾を吐き出しながら突進をしてくる!

 炎には『炎』メダルで対応するべきか、それとも、『斬』メダルで炎ごと斬るか、『閃』メダルで炎を無視して貫くか?ザムシードは、3枚のメダルを握った拳をチラ見して一瞬迷った後に腹を括る!


「OBORO!頼むぞ!」


 マシンOBOROを駆るザムシードが、飛んで来た火炎弾に向かって突っ込んだ!OBOROが炎に開けたワームホールを通過して、アポロVが駆るヴァルカンサイクロンの斜め前方に出現!


「なにっ!?ワープだと!?」

「俺の目的はアンタを倒すことじゃない!中身を救うことだ!」


 ザムシードの目的は、属性メダルを効率的に選択して、アポロVに甚大なダメージを与えることではなく、出来る限り無傷で依り代を取り戻すこと。つまり、3枚の属性メダルの、どれを使う必要も無い!


「アンタをバイクから引きずり降ろして、このバイク勝負に勝てば良いだけだ!」


 ザムシードのラリアットがアポロVの胸に炸裂!腕でアポロVを掴んで、勢い任せに投げ飛ばした!

 ちなみに、ラリアット=クローズラインの語源は、道に洗濯物を干す縄などを張って、オートバイで通過する人間の首に引っ掛ける罠のこと。ある意味、腕を障害物にしてアポロをバイクから落としたザムシードの、「ラリアット」使用方法は正しい。


「ぐははぁっっっっ!!!」


 悲鳴を上げ、バイク後方に転がり落ちるアポロVと、搭乗者を失ってしばらく自走した後に転倒するヴァルカンサイクロン!ザムシードは、タイヤを横滑りさせて、マシンOBOROを急停車する!


「中身は女の子なのに、ラリアットで叩き落とすってのも心が痛むが、

 飛び道具で攻撃するよりはマシなはず。

 それに、アンタ(アポロ)なら、外側だけで何とか耐えられるだろ?」


 大の字に倒れたアポロVは、変身が強制解除をされて本条尊の霊体に戻り、全身からは、粒子の蒸発化現象が激しく発生している。生前の本条は、バイクレースで世界チャンプになる事を夢見ていた。バイクスキルには絶対的な自信があるからこそ、バイク勝負を挑んだ。


「驚いたな。・・・この俺が、バイクから落とされるなんて・・・。

 甚大なダメージを受けるよりも残酷だ。」


 だから、バイクから叩き落とされるという終焉は、最も想定をしていなかった。ザムシードは、意図せずに最も効果的なダメージを与えたのだ。


「悪いけど、俺の目的は、アンタの夢を叶えてやる事じゃない。

 でも、思いっ切りやらなきゃ、ジジイの盟友に失礼だと思ったんだ。」

「フン・・・尤もな話だ。俺の見立ては過大評価ではなさそうだな。」

「過大評価?何の話だ?」

「オマエは、惚れた女はいるか?」

「はぁ?急に何の話だよ!?」

「オマエは俺のようにはならず、惚れた女を死ぬ気で守り抜けって話だ。」

「・・・はぁ?ホレた女ってなんだよ?」


 本条尊は、最後の力を振り絞って上半身を起こし、アデスに視線を向ける。


「美琴の忘れ形見を・・・麻由を頼んだぞ、粉木。」

「ああ・・・任せとき。」


 粉木の言葉を聞いた本条の霊体は、穏やかな笑顔を見せて消滅。その場には、仰向けに倒れた麻由と、黒焦げのサマナーホルダが残った。

 変身を解除した燕真は、麻由に寄ってしゃがみ、麻由の方を軽く叩いて、意識の有無を確認する。少女の体中を弄るわけにはいかないので怪我の有無は解らないが、とりあえず息はありそうだ。


「燕真っ!セートカイチョーさんは!?」


 紅葉が駆け寄ってくる。


「多分、大丈夫だ。」

「爺ちゃんに戦いの大変なところ押し付けて、

 ちゃっかり最後の美味しいところだけ、燕真が持ってったんだね。」

「結果的にそうなったのは認めるけど、俺がセコいみたいな言い方はやめろ!」


 最後に、粉木が歩み寄ってきて、黒焦げのサマナーホルダを拾い上げた。もう、ホルダの中に残留思念は残っていない。


「本条は天に還った。ご苦労やったな、燕真。」

「紅葉にダメ出しされた通り、苦労をしたのは爺さんだ。

 俺は大して頑張ってねーよ。」


 麻由の介抱は紅葉に、本条の遺品は粉木に任せ、燕真は空を見上げる。「本条は天に還った」と言われても、天のどの辺に還ったのか、燕真には全く想像ができない。 ぶっちゃけ、「消えただけだろ」としか思っていない。だけど、感傷に浸って、何気なく空に語りかけた。


「アンタに言われなくても、ちゃんと守るつもりだ。」


 視線を下げ、紅葉を見つめる燕真。「惚れた女」が誰なのかという自覚はある。もちろん、本条尊のような悲恋で終わらせるつもりも、死後に信頼できる仲間に託すつもりも無い。




-文架大橋-


 夜野里夢と根古佑芽が一連の成り行きを観察していた。


「倒されちゃいましたね。私の‘念の活性’が足りなかったんでしょうか?」

「フフッ・・・何を言ってるの?実験は成功。きわめて上々よ。」


 異獣サマナーアポロを復活させた目的は、文架支部の退治屋を叩き潰す為ではなく、死者復活のプロジェクトを前進させること。


「相性の良い生贄(依り代)があれば、スペクターの戦闘能力は強化される。

 これは、今回の実験では想定していなかった素晴らしい情報よ。」

「そ、そうなんですか?」

「貴女の優秀さは、キチンと喜田CEOに報告させてもらうわね。」

「・・・は、はい。宜しくお願いします。」


 佑芽は、強ばった微笑みを浮かべる。会社の役に立って評価をされるのは嬉しいが、死者復活の外法や、自分が手掛けたスペクターが、同僚(文架の退治屋)と戦うのは、仲間やモラルを裏切っているように思えて、あまり良い気分ではない。


「さぁ、次の実験計画を立案したら呼ぶわね。

 それまでは、自由にしていて良いわよ。」


 踵を返し、立ち去っていく里夢。佑芽は、しばらく遠目に河川敷の燕真達を眺めた後、謝罪を込めて頭を下げたが、言うまでも無く、離れた場所からの謝罪など、無意味な戦いに巻き込まれた彼等には届くわけがない。




-数日後(土曜日)-


 夕方前、紅葉目当ての客達が去って一段落したので、紅葉が燕真&粉木&雅仁を集めて、季節物の新メニュー=梅パスタの試作を開始した。燕真達は、店内に漂う梅の爽やかな香りを楽しみながら、紅葉の手際を眺める。


「ねーねー、そ~いえば、ホンゴーの元カノって、

 セイトカイチョーさんの嘘の爺ちゃんと結婚したんだよね?」

「ホンゴーじゃなくて、本条さん・・・な。

 そこは間違えるな。呼び捨てにすんな。

 血の繋がりは無いだろうけど嘘の爺ちゃんって言い方は失礼だぞ。」

「美琴ちゃんは、腹の中に葛城の嬢ちゃんの父親が居る状態で、

 オヤッサンに引き取られて葛城姓になったんや。

 それがどないした?」

「その辺ゎど~でもイイや。」

「どうでも良くは無いだろ。そこそこの美談だぞ。」

「ホンジョーの元カノの子供って、セイトカイチョーさんのパパだけ?

 セートカイチョーさんのニセ爺ちゃんとの間には赤ちゃんいないのかな?

 嘘の結婚だから赤ちゃんできなかった?

 ホンジョーの元カノゎホンジョーしか好きぢゃないから赤ちゃんできなかった?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」×3


 本人に確かめたワケではないが、男3人の一般論で解釈すれば、ずっと一緒に居たのだろうから夫婦の営みがゼロの可能性は低いだろう。

 燕真達が無言になったところで、梅パスタを完成させた紅葉が皿に盛り付けて刻み海苔を添えて、それぞれの前に置いた。


「ど~思う?燕真?」

「そこ・・・あえて誰も触れなかったんだけど、わざわざ追及する?」

「どう転んでも美談が台無しになるで。」


 葛城昭兵衛が、友人の子を育てるという大義名分の元に、若すぎる後家さんを得たと考えるとキツい。だからって、美琴は生活の為に葛城昭兵衛を頼っただけで、ずっと、愛の無い仮面夫婦を続けたと解釈するのは切ない。


「解りやすく説明すると、

 ァタシのお腹に燕真の赤ちゃんがいるのに燕真が死んぢゃって、

 ァタシゎ燕真の代わりに粉木の爺ちゃんと結婚するってことだよねぇ?

 ァタシゎ、燕真の赤ちゃんを産んだあとで、爺ちゃんの赤ちゃんも産むのかな?

 どう思う、燕真?ァタシ、産む方がイイのかな?」

「大前提として、勝手に俺が殺すな。」


 せっかく、数日前に、「紅葉を悲しませない為に死なない決意」をしたばかりなのに、台無しである。


「老体の粉木さんでは、子を作るのは不可能では?」

「バカにすんな、狗塚。まだまだ盛んだぞ。」

「梅パスタゎどう?もうチョット、塩味が強い方がイイかな?」

「ワシは、ちょうど良い塩加減と思う。」

「俺は、もう少し塩味が欲しいな。」

「リョーカイ!」

「もう少し梅が多い方が食欲がそそると思うぞ。」

「ん~~~・・・梅だとコストが掛かっちゃうから、

 爺ちゃんが塩っぱいと思わないくらいで、もう少し塩を増やしてみるね。」


 紅葉はカウンターに入って、早速、梅パスタ第二弾を作り始める。


「・・・で、ホンジョーの元カノと、ニセ爺ちゃんにゎ、愛ゎあったのかな?

 それとも、お金の為の結婚だったのかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」×3


 せっかく、話が逸れたと思ったから乗ったのに、直ぐに元に戻ってしまった。新メニューの話と、下世話な話題を混ぜないで欲しい。


「な、なぁ・・・そう言えば、その後、葛城さんは元気にしてるのか?

 傍から見ると、葛城さんとサトリの少年って、どっちも知的でお似合いだよな?」


 アポロの恋人絡みの話題は触れたくないでの、燕真が強引に話題を変える。


「ぅん!冨久センパイとセートカイチョーさん、お似合いだよね。

 でもね、事件のあと、冨久センパイ、コクってフラれちゃったみたいだよ。」

「ああ・・・そうなんだ?聞かなきゃ良かった。お気の毒に・・・。」


 こっちはこっちで、知らないうちに、触れては成らない話題になっていた。


「なんかね、セートカイチョーさん、

 チョット前までゎ、お勉強と部活優先で、好きな人いなかったけど、

 最近になって、好きな人ができたみたいなの。」

「へぇ~・・・お堅いイメージだけど、年相応に、ちゃんと恋愛はするんだな。」

「冨久センパイぢゃないなら誰かな?生徒会の人かな?クラスの人かな?」

「さぁ・・・俺に聞かれても生徒会やクラスに誰が居るか知らんし・・・。」


♪~♪~♪~

 テーブルの上に置いてあった燕真のスマホが着信音を鳴らしたので、手に取って画面に表示された発信者を確認する。


「おっ!噂をすればなんとやら・・・だぞ。」

「んぇ?だれ?」

「葛城さんだ。」

「えぇぇっっ!なんでなんでなんで!?

 なんでセートカイチョーが燕真の番号知ってるの?」

「なんでったって、番号交換したからに決まってんだろ。」


 騒ぐ紅葉を尻目に、燕真はスマホに対応をする。あからさまに動揺をした紅葉が、調理に全く集中せずに燕真の会話に聞き耳を立て、「それ食ったら一発で高血圧になるぞ」って分量の塩を梅パスタのフライパンに投入した光景を、粉木と雅仁は見逃さない。だが、電話中の燕真は気付いていないみたいなので、「ヤツに責任を取って処理させれば良いか」とアイコンタクトを取る。


「近くに居るみたいで、これから、ここに来るってさ。」

「誰が!?」

「葛城さんと電話してたんだから、葛城さんに決まってんだろう。」

「なんで?」

「なんか用があるんじゃないのか?」

「何の用?」

「さぁ・・・俺に聞かれても解らん。本人が来たら聞けよ。」

「むむむぅ~~~~!!!」


 麻由は「最近になって、好きな人ができた」らしい。最近で出会った男なんて、燕真くらいしか居ないのでは無いか?まさか、ここに来て恋のライバル登場?女性視点で見ても、美人で完璧な麻由なんかに言い寄られたら、朴念仁の燕真でも浮つくのでは?紅葉は嫌な予感しかしない。


「梅パスタ出来たのか?試食させてくれよ。」

「梅パスタなんて無いっ!」

「有るじゃんよ。」

「燕真に食べさせる分ゎ無いのっ!」

「はぁ?」


 紅葉は1人前分(試食用)なのに1キロぐらい塩を投入された梅パスタを、燕真に食べさせるつもりは無いらしい。つまり、雅仁と粉木が食わされるってことか?2人は青ざめて「死ぬぞ」「逃げるか?」とアイコンタクトをする。


「燕真のヘンタイ!ホンジョーと同レベル!

 高校生と付き合う気なの!?犯罪だよ!」

「急に何だよ?」

「高校生のお嬢がソレを言っちゃアカンやろ。」

「オマエ、もしかして葛城さんのこと嫌いなのか?」

「嫌いぢゃないけど、なんかイヤ!」


 燕真は、紅葉が不機嫌になった理由が全く解らない。


(・・・燕真のカッコイイところゎ、ァタシしか知らなくてイイんだもん。)


 臨戦態勢でライバルを待ち構える紅葉。5分ほど経過をして店の出入口が開き、いつものブレザー姿とは違い、バッチリとオシャレに決めた麻由が入店をする。


「こんにちは。急に押し掛けてしまって申し訳ありません。」


 丁寧、且つ、張りのある声で挨拶をした麻由だが、店内の面子を見廻したあとは、持っていた袋を胸で抱えて、恥ずかしそうに赤面して俯いてしまう。


「どうしたんだ、葛城さん?俺達に何か用か?」

「はい・・・あの・・・」

「ん?どうした?」

「助けていただいたお礼が言いたくて・・・」

「几帳面やのう。礼なら、事件解決後に言うてもろたで。」

「そ、それだけじゃなくて・・・あの・・・

 この気持ちを、どうすれば良いのか解らなくて、戸惑ってしまって・・・。」


 初々しくはにかむ麻由。その仕草が、とても可愛らしい。やがて、覚悟を決めた麻由が、顔を上げた。


「は、初めて接した時から気になっていました!多分、一目惚れです!」


 燕真は驚き、何故か初対面の雅仁まで緊張して、粉木は「若いって良いな」と眼を細めて微笑んだ。麻由は、顔を真っ赤にして、勇気を振り絞り、店の奥に進む。


「なぁ~にぃ~~!!?」


 いきり立った紅葉が、麻由の視線を遮るようにして燕真の前に立ち、「その挑戦、受けて立つ!」と言わんばかりにファイティングポーズを決めながら、麻由を睨み付けた。


「ん?」 「ほぇ?」 「なんだ?」


 だが、麻由は、皆の期待(?)に反し、雅仁の前を通過して、紅葉と燕真を素通りして、粉木の前に立つ。


「粉木勘平さん!好きです!!」

「なんやて?」


 目が点状態の粉木&燕真&紅葉&雅仁。爆弾発言の後に、麻由は大切そうに抱えていた袋を粉木に差し出した。


「あの・・・私の気持ちです!

 手編みとかは苦手で、購入した物で申し訳ないのですが、

 受け取ってください!!」


 押し付けられた袋を受け取る粉木。


「と、時々、こちらに、遊びに覗っても良いですか!?」

「ああ・・・うん・・・ええよ。」

「ありがとうございました!」


 許可を得た麻由は、嬉しそうな笑顔を浮かべ、「また来ますね」と言い残して粉木に深々と会釈をした後、振り返って燕真&紅葉&雅仁に軽く一礼をして、店から去って行った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」×4


 4人は呆気に取られたまま、麻由を見送る。


「燕真ぢゃないんだ?」

「告白される様なこと何もやってないけど、

 一瞬、俺が告白されるのかと思っちゃった。」

「コクられなくて良かったねぇ~、燕真!」

「何が良いんだよ!?」


 粉木が受け取った袋を開けると、中には、ハートマークの付いた可愛らしいマフラーが入っていた。


「あの娘・・・ワシに、このハイカラなマフラーを付けろってか?」

「良かったな、爺さん。多分、人生最後のモテ期だぞ。付き合うのか?」

「若い娘は好きやけど、友人の孫には流石に手ぇ出せんやろ。」

「そ~いえば、ホンジョーに‘孫を頼む’って言われて、

 爺ちゃんはリョーカイしてたね。

 約束なんだから、ちゃんと結婚して、最後まで面倒見てあげなきゃダメだよ。」

「そう言う意味の‘頼む’とちゃうわい。

 最後まであの娘(麻由)の面倒を見とったら、

 ワシは、あと何年、生きなあかんねん?」


 葛城麻由は、過度なグランドファザコンの面があり、同世代間とは打ち解けにくいが、老人と接する時は緊張感が解れ、全面的に信頼を寄せる傾向がある。要は、極端な歳上が彼女の恋愛対象なのだ。

 これは、血の繋がらない祖父・葛城昭兵衛から大切に育てられた為、及び、祖母・美琴の血を引いた影響である。


 やや余談になるが、機嫌を直した紅葉が、燕真だけを特別扱いして、梅パスタ試作を燕真1人に提供した。普段なら不満を言いそうな雅仁と粉木は、口を噤んだまま何も言わないので、燕真は2人に申し訳ないと思いながら、口いっぱいに頬張り、



 その後、30分ほど意識を失う。

 燕真曰く、初めて、三途の川を渡りかける体験をしたらしい。せっかく、数日前に、「紅葉を悲しませない為に死なない決意」をしたばかりなのに、張本人に殺されかけるとは予想していなかった。




-数日後-


 粉木邸の客間で1人になった雅仁が、Yウォッチから1枚のメダルを引き抜いて眺める。それは銀色メダル。退治屋が回収して処分されるべきメダルなのだが、雅仁の持つ1枚は「父の遺品」「御守り代わり」として所持を許されている。

 大魔会離反者~ブロンドの一連の騒動で、これが「ただの遺品」「ただの御守り」ではなく、銀色メダルと知った。何故、危険なメダルの所有が許されているのは解らない。

 文架市に来る前は、何のメダルか解らずに、何度かYウォッチの空きスロットに装填したが、全く機能はしなかった。今は、装填する場所が違ったので機能しなかったと把握している。


「命を削るメダル・・・か。」


 握り締めると、粉木が持っていた「ブロントの恨みが隠った銀色メダル」とは種類の違う念によって、雅仁が使用することを拒否しているのが解る。


「俺は・・・このままでいいのか?」


 ブロント戦、サトリ戦、アポロ戦。燕真は、エクストラを得て、確実に実績を重ねている。雅仁は、未熟扱いしていた燕真が自分を上廻り始めていることに、少なからず焦りを感じていた。

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