第30話・50年前の英雄

-文架警察署付近の公園-


 妖幻ファイターEXTRAザムシード(EXザムシード)登場!妖刀オニキリを装備して、サトリに向かって突進をする!


「なんだ?姿が変化した?・・・だが、その程度では!」


 サトリが警戒をして身構えるながら、読心に集中をする!しかし、EXザムシードの妖気の絶対値が上昇した為に、読心が防御されており、考えが読み取れない!


「なにっ!?」

「はぁぁっっ!!」


 EXザムシードの振るった妖刀を、サトリが横に回避!返す刀を振り上げたので、3歩退いて回避!間髪入れずに振られた3閃目は、爪で受け止める!最初の激突時と違って、受け流すことが出来ない!


「フォームチェンジで此処までパワーが上がっているのか!」

「エクストラ化のおかげだけじゃねーよ!

 最初の時は無策で突っ込んで返り討ちにされたけど、今は考えて戦っている!」


 妖刀を受け止めながら蹴りを放つサトリ!EXザムシードは空いている手で受け止め、反動を利用して数歩後退!切り結ばれていた妖刀と爪が離れる!


「さすがだな!上級クラスってのはダテじゃないってか!」


 EXザムシードは、Yウォッチから属性メダル『閃』を抜いて、妖刀の柄にセット!サトリに踏み込みながら妖刀を振るうと、刃型の閃光が飛んで、サトリに着弾! この攻撃を想定していなかったサトリは、弾き飛ばされ、地面を転がる!


「くっ!拙いっ!」


 読心が通じず、戦闘能力でも上回られている。既に老教師は避難をしており、制裁を課すことも不可能。この場に留まることにリスクしか感じられないサトリは、周囲を見て退路を探す。背後では、ガルダが銃を構えており、一見すると挟み撃ちにされている状態だが、ガルダの思考を読んで隙を見付けて逃亡する事は可能。

 サトリは、冷静に状況を分析して、次にEXザムシードが動いた瞬間に、ガルダ側に逃走する作戦を立てる。


「な~んか、チートを使った弱い者いじめみたいで納得できない。」


 だが、EXザムシードは、ベルトのバックルから水晶メダルを引き抜き、意図的にパワーダウンをさせてしまう。


「なに?」

「狗塚ですら手も足も出ない強敵を、エクストラなら上廻れるってのは解った。

 でも、これじゃ、エクストラのおかげ過ぎて、面白くない。」


 ノーマルフォームに戻ったザムシードが、パワーダウンをした妖刀=ホエマルを構える。ガルダは呆気に取られ、紅葉&粉木は「燕真らしい」と感じる。サトリは、ワンサイドゲームの放棄に対して驚きを隠せない。


「さぁ・・・仕切り直しだ!続けよう!」

「どういうつもりだ?」

「今言った通りだよ!

 何か俺にはさ、オマエが、力で一方的に叩き潰すべき悪者には思えないんだ。」


 通常のザムシードならば、読心をできる自信がある。


「愚かな!読めるぞ、オマエの心が!!」


 ホエマルを振り上げて突進をするザムシード!サトリが振るった爪と、ホエマルの切っ先がぶつかる!そして、サトリには、ザムシードの思考が流れ込んでくる!


「幼少期から、突出した活躍の出来ず、常に、その他大勢。」

「うん。」

「無理に目立とうとしても失敗をする。」

「そんなこともあったっけ。」

「周りには天才や秀才の類いだらけ。凡人の自分だけが置いて行かれる。」

「そうだな。」

「どう頑張っても、天才達の足元にも及ばない。」

「そう思っている。」

「師に呆れられ、同僚に未熟扱いされ、年下の女からマウントを取られる・・・」

「今も、自己満足の為にエクストラを解除しちゃって、呆れられてるんだろうな。」


 サトリに指摘をされた通り、ザムシード(燕真)は、「何もかもが平凡な自分」に葛藤を抱えている。燕真が、何度も失敗を重ねて、やっと出来るようになったことや、何度試しても出来ずに諦めたことを、天才は1回でクリアさせる。少し、皆よりは優れていると調子に乗った直後に大きなミスをする。ずっと「平均」の中に居て、上手に出来るヤツを眺めてきた。


「全部・・・オマエに言われなくたって解ってるよ。」

「読心口撃で・・・魂にダメージを与えられない?」


 承認欲求を欲する凡人は、才能では勝てないと諦めると、努力を捨て、暴力や物の力に頼って、自分を満たそうとする。サトリ(冨久海跳)は、そんな連中を「勝負を放棄した逃亡者」と感じながら、沢山見てきた。だが、ザムシード(燕真)は、「凡人の葛藤」と正面から向き合っており、「凡人という諦め」の後にある「意味の無い承認欲求への逃げ」が無い。


「オマエ・・・何故、何も出来ないことを恥じない?」

「なんかさ、いつの間にか解っちゃったんだよ。

 上手く出来なくて劣等を感じているのは、俺だけじゃない!

 大半の人が、天才の類いじゃなくて、平凡な中で藻掻いているってことがさ!」

「・・・なに?」

「そしたら、無駄なことを見せびらかして目立とうとする時間が勿体なく思えた。

 大半が同じなら、頑張った分だけ、平均よりも上手になれる。

 凡人のクセに放棄をしたら、頑張ってるヤツに差を付けられて敵わなくなる。

 天才は頑張らなくても出来るから努力をしない。

 だったら、凡人が頑張れば、少しくらいは天才に追い付ける。

 本当の負けは、差を付けられることじゃなくて、諦めて放棄をすること。」

「・・・この男。」


 特殊スキルが全く通用しないザムシードに対して、サトリは焦る。EXにパワーアップした状態ならともかく、ノーマルのザムシードが強敵とは思えない。だが、ザムシードの意志の強さに気圧され、苦し紛れに大きく息を吸い込んで、至近距離から魂脱の咆吼を浴びせた!


「ケーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!」

「うるさい!間近で鳴くな!!」


 イラッとしたザムシードが、反射的に跳び跳ねた!サトリが大きく開いた口に、ザムシードの頭突きが炸裂!


「ケーーーー・・・グゲェッ!!」


 渾身の嘶きを「うるさい鳴き声」で処理されてしまったサトリは、口を押さえて倒れ、仰向けのままザムシードを睨み付ける。


「何故だ?」

「・・・ん?」

「何故、パワーアップした姿で一気に決着を付けず、わざわざ戦闘力を下げた?」

「言っただろ。

 あのまま戦っても、弱い者いじめみたいになって俺がスッキリしないからだよ。」

「強い力を得た凡人は、その力で優位性を示したいものではないのか?」

「実力以外の力でイキっても格好悪いだけだろ。

 放置できない悪なら、実力以外の力をフル稼動させて倒すけどさ、

 俺には、オマエが、完全な悪には思えなかったんだよな。」

「恩師を殺害しようとしたのに・・・か?」

「ジジイ教員以外には見向きもしなかっただろ。

 最初に突っ掛かった俺のことは、蹴り飛ばして退けただけ。

 粉木の爺さんや紅葉のことは無視していた。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「それに、狗塚と戦った時は、真後ろに粉木の爺さんとジジイ教員がいた。

 オマエが地の利を活かして突進をしても、

 狗は、光弾を直撃に軌道では撃てないはずだった。

 オマエは、その有利さに気付いていたはずなのに、

 攻撃をせずに、狗の牽制攻撃に対応しただけだった。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ジジイ教員を見殺しにする気は無いけど、なんか、事情があるのかと思ってさ。」

「・・・フン!」


 倒れたままのサトリが一気合いを発すると、全身の妖気が解れ、中から、メガネを掛けて優麗高のブレザーを着た少年が出現する。燕真が見たことのある少年だ。


「妖怪は撤退したのか?」

「アナタでは分が悪すぎるので、自発的に戦闘を放棄したんですよ。」

「自分の意思で妖怪に変身して戦っていたとでも言いたいのか?」

「僕の意思で覚醒をして戦っていました。」

「何を言ってるのか、よく解らん。」


 討伐は出来ていないが、依り代に戻ったと判断したザムシードは変身を解除。同様に変身を解いた雅仁が寄ってくる。


「もしかしたら、妖怪に憑かれているのではなく、君が妖怪なのか?」

「先程からそう言っているのですが、

 アナタ(雅仁)とは違って、彼(燕真)は、理解が出来ないらしい。」

「仕方あるまい。未熟者だからな。」

「ん?何で、今、バカにされた?」

「いい加減に気付け!天邪鬼は人間態として、人間社会で生活をしていただろう。

 同じケースってことだ。」

「ああ・・・なるほど。理解できた。」


 サトリ人間態の少年は、上半身を起こして、やや呆れた表情で燕真を見つめた。


「理解力が高いとは言えず、バカにされても聞き流す。

 ・・・アナタは不思議な人だ。」

「俺は全てを受け流せるほど器が大きいわけじゃない。

 聞き流しているんじゃなくて、それなりにイラッとすることもあるぞ。

 だけど、事実なんだから、いちいち反発しても仕方無いだろ。

 それにさ・・・身近にいるスゲー奴が、

 中途半端に諦めることを許してくれないんだよな。」


 サトリ人間態は、燕真が見ている方向に視線を向けた。向こうから、「戦いが終わった」と判断した紅葉が、手を振りながら駆け寄ってくる。


「あっれぇ~~~!冨久センパイがサトリ?なんで??」

「2年の源川か?彼女も退治屋だったのか?」


 サトリ人間態=冨久海跳の問いに対して、燕真と雅仁が苦笑をする。


「退治屋じゃないんだけどな。いつの間にか混ざっていたんだ。」

「彼女が言うには、俺達と彼女は妖怪バスターズらしい。」


 海跳は、紅葉を眺めながら紅葉を語る燕真を見て、燕真の心の機微を感じ取り、微笑みを浮かべ、気障ったらしく前髪を整えて銀縁メガネを上げた。


「自分と素直に向き合えるはずのアナタに、向き合えてない弱点を発見しました。

 再戦を挑めば、恋愛トークでアナタの葛藤を突いて勝てそうですね。」

「その時は、エクストラでフルボッコにしてやるよ。

 だけど、恋バナをしながら戦うって・・・どんな状況だ?」


 冗談半分で受け流す燕真。口では挑発をしてみたものの、海跳に戦いを続ける意思は無い。問答無用で討伐対象にせず、「完全な悪には思えなかった」「事情があるのかと思った」と言って剣を納めてくれた燕真への礼儀で、先ずは事情を説明しようと考える。




-街中の高層マンション-


 文架駅から徒歩で10~15分ほどの距離にある・穂登華(ほとけ)町。その市街地の一角に、葛城麻由の住むヘブンズパレス穂登華(マンション)がある。

 近所のコンビニで夕食を購入した麻由が戻ってきて、マンションの中へ。エレベーターに乗って、最上階のボタンを押し、扉が閉まるまでの数秒間を待つ。すると、閉まる寸前で扉が開き、ワンレングスでキャリアウーマンふうの女性=夜野里夢が入ってきた。

 共用のエレベーターなんだから、見知らぬ人が同乗しても、麻由は特に気にしない。「夜野里夢が、マンションの住人ではない」という発想も無い。


「ようやく会えたわね。伝説の英雄の孫娘さん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 女性が妙な発言をしたが、麻由は独り言と解釈して聞き流す。


「もしかして初耳かしら?貴女のお爺さんが伝説の英雄って話。」

「・・・・・・・・・・・・」

「貴女に聞いているのよ。」

「・・・お爺ちゃん・・・が?」

「そう・・・人間社会を転覆させようとした組織を滅ぼした英雄様よ。」


 どうやら、独り言ではなく、麻由に話し掛けているようだが、何を言っているのか麻由には理解が出来ない。この状況で、麻由はようやく、女が‘行きたいフロアのボタン’を押していないことに気付いた。女は麻由に用があって、エレベーターに押し入ってきたのだ。


「貴女が人非ざる物に襲われたのは、

 公の場所にもかかわらず周りに人が居なかった時と、

 信頼できる教員と同乗をした時。

 どちらも、貴女が堅苦しい緊張感を解いて隙だらけになった時よね?」

「・・・アナタは一体?」


 見知らぬ女は麻由のことを知っている。里夢が言ったのは、ショッピングモールと、先ほどの車中の話だ。


「な、何故それを?」

「もちろん、貴女を観察していたから。」

「・・・あの怪物は一体なんなのですか?」

「貴女を襲った物の正体なんて、どうでも良いわ。

 大切なのは、貴女が、貴女の中に眠る血統を自覚すること。

 貴女が気を張っている時は、人非ざる物は、貴女を恐れて手を出せない。

 人非ざる物を恐れさせている力こそが、貴女の中に眠る英雄の血なのよ。」

「い、意味が解りませんっ!」


 エレベーターが、麻由の降りる最上階で止まって扉が開いた。女の言動や存在に恐怖を感じた麻由は、逃げるようにしてエレベーターから出て振り返る。女は追ってくる様子は無く、エレベーターの扉が閉まって、下階に向けて動き出したので、麻由は安堵で胸を撫で下ろし、途端に震えた。一連の状況が全く理解できない。



-数分後-


 部屋に帰った麻由は、自室の棚に飾られた‘十年前の自分と祖父が一緒に写っている’写真を眺めていた。嫌なことや悩みがあると、必ず、大好きだった祖父の写真に語りかけるのだが、今日に限っては、いくら語りかけても気持ちが休まらない。

 それもそのはずで、悩みの種は、祖父の過去に関係をしている。キャリアウーマンふうの女が言ったことが気になって仕方が無い。優しかった祖父・葛城昭兵衛が「英雄だった」なんて言われても信じられないが、聞き流すこともできない。


「お爺ちゃんの遺品に何かの手掛かりがあるかも?」


 麻由は、和室に行って、押入れを空け、奥にあった古くて大きなダンボール箱を引っ張り出す。祖父の遺品の入ったダンボール箱を空けるのは、いつ以来だろうか?中には、腕時計や手帳等に混ざって、古い写真帳が入っている。祖父は、アルバムを開く度に、幼い麻由に向かって、「麻由は、死んだお婆ちゃんにソックリだ」と言ってくれた。懐かしい言葉を思い出しながらアルバムを捲るが、「英雄ふうの昭兵衛」の写真なんて1枚も無い。


「やはり、ただの冗談よね。バカバカしい。

 鬱屈した大人が、私をからかっただけ。」


 麻由は、アルバムをダンボール箱に片付けようとして、破れた紙袋を見付ける。長年の保管で、紙袋が劣化をしてしまったようだ。紙袋の破損箇所からハミ出していた缶ケースのような物を取り出す。黒く焦げていて、所々に凹みがある。祖父の子供時代の遊び道具?それは‘祖父が大切に保管していた缶ケース’なのだが、何度見ても、何に使う物なのか解らない。


「・・・あら?これ、なに?」


 ケースの中には数枚のカードが収納してあった。それは、異獣サマナーの使うサマナーカード。育ててくれた祖父・葛城昭兵衛ではなく、麻由は聞かされていない血の繋がった祖父・本条尊の持ち物。


〈うう・・・うぅぅ・・・俺には・・・まだ・・・やり残したことが・・・〉

「えっ?なにっ!?」


 缶ケースから声が聞こえる。以前は、触れても何も起こらなかった。だが、2ヶ月前の、茨城童子の生命力吸収の結界を経たことで、麻由の霊力は活性化をしていた。 厳密には、生命力吸収から命を守る為に、偶発的に潜在力を発現させた。

 強い霊力を持ってしまった麻由が触れることで、サマナーホルダの中で眠っていた本条尊の念が、呼び起こされる。


「何の声?どうなっているの?」


 動揺をしながら、焦げた缶ケースを手放せなくなる麻由。その光景を、窓の外のカラスの目を通して、マンション前の路肩に停まった車の中で、夜野里夢が見ている。


「さぁ・・・‘更なる調査’開始。

 目覚めてもらうわよ。英雄様の魂に。」


 大魔会には、魔法生命体を作って仮の肉体を与える技術はあるが、退治屋のように、念を「会話できる物」として管理する概念は無い。2つの組織が手を組めば、思念に仮の肉体を与えることが出来るようになる。

 実験の第一段階=ブロント事件では、強い怨念の塊が、生きた肉体を乗っ取った。第二段階では、サマナーシステムに憑いた念を退治屋の技術で増幅させて、仮の肉体を与える計画だ。


「本条や、恋人の姓ではなく、全く別の姓で存在していたなんて・・・

 捜索に時間が掛かって当然ね。」


 サマナーシステムは、マスクドウォーリアシステム(MWシステム)の元となったシステムの為、大魔会の里夢でも比較的扱いやすい。過去の英雄・異獣サマナーアポロの情報は、当然ながら大魔会にも伝わっている。無念を残した英雄の末裔を探すのに時間を要し今に至る。


「根古さん、見付けたわよ。」


 里夢が、後部座席に座る少女に声を掛ける。「根古」と呼ばれた年頃の娘は、小さく頷いた。


「何をすれば良いんですか?」

「簡単なことよ。過去の英雄の念と語らって、気持ちを増幅させてあげれば良いの。

 喜田CEOからは、貴女の得意分野と聞いているわよ。」


 喜田CEOから、里夢サポートの任務を受けた少女は、根古佑芽(ねこ ゆめ)、20歳。2ヶ月前の、文架市の鬼討伐戦では、援軍に参加をした姉・根古礼奈を失っている。


「その念が、このマンションにあるんですか?

 どうやって、憑いた物と接触するの?住人に持ってきてもらうんですか?」

「今は、一番トラブルにならない方法を思案中。

 名誉の殉職を遂げたお姉さんの為にも・・・妹の貴女が頑張らなきゃね。」


 鼓舞をされて頷く根古佑芽。里夢は、佑芽に見えないように、不敵な笑みを浮かべる。




-文架警察署付近の公園-


 冨久海跳は、燕真を「信用できる人物」と判断して、自分自身のことを説明する。これまでの18年間、海跳は、「自分が人間」ということを疑わずに生きてきた。だが、2ヶ月前の優麗高集団昏睡事件の時に、「人間ではない」と自覚をした。


「あの日、他の生徒と同じように、僕は急激に消耗をして動けなくなりました。

 ですが、体の内側から別の力が湧いてきて、それがサトリの力だったんです。

 僕は、人間の社会で、人間として生きることを望んだ妖怪でした。」


 妖怪の力に覚醒をした海跳は、優麗高内に、自分以外に2人、特殊な力に守られている者が居ることに気付いた。


「そのうちの1人が君(紅葉)だ。

 退治屋に従事していると知って、納得が出来たよ。」

「もう1人は葛城さん・・・でしょ?」

「葛城って、ロングヘアの美人だっけ?」

「ぅん、そう。」

「源川も気付いていたのか?」

「何かチョット、フツーの人とゎフンイキが違うと思ってた。

 ハッキリとゎ解らないけど、葛城さんの周りゎ、空気がピリピリなの。」


 海跳が、麻由の変化に興味を持って観察をした結界、彼女が淫らな感情に狙われていることと、その感情が妖怪に憑かれていることを知った。


「それが、地治井先生に憑いていた煙々羅だったんです。」

「なるほどな。それで、彼女を守る為に、老教師を襲ったのか。

 だったら、あとは俺達に任せろ。

 どんな理由でも、傷害を負わせてしまったら、君は退治屋の討伐対象になる。

 それに、悪い妖怪退治は、俺達の専門分野だ。」

「ァタシ達が煙々羅を浄化すれば、ダイジョブだよ。」


 燕真は、海跳の行動が正義感ではないことに気付いた。紅葉は、麻由と海跳の潜在的な力には、曖昧にしか気付いていない。海跳も、紅葉の力には曖昧にしか気付いておらず、大して興味を持っていなかったが、麻由の変化と、麻由の周りの喧騒は、ハッキリと感知していた。

 燕真は、海跳の傍に寄って、コッソリと耳打ちをする。


「正体を隠したまま好きな子を守っていても、気持ちは伝わらないぞ。」

「なっ!?ぼ、僕は、彼女に、そんな淫らな感情など・・・。」

「俺は、君の感情が‘淫ら’とは一言も言ってないんだけどな。

 さっき、恋愛トークしながら俺と戦えば勝てるって言ってたけど、

 恋愛トークしながら戦っても、俺に負けるんじゃないか?」


 露骨に赤面をした海跳が、冷静さを装って、前髪を整えたり銀縁メガネを上げるが、動揺丸出しで、忙しなく何度も同じことを繰り返すので、気障ったらしさは微塵も感じられない。


「オマエさぁ・・・解り易すぎて読心術を使えなくても解るぞ。

 なぁ、爺さん、狗、この悩める妖怪少年は浄化する必要、無いよな?」


 同意を求められた粉木と雅仁は、頷いて応じる。


「老教師の仕置きから手ぇ引いて、あとは退治屋に任せるんやったら、

 サトリ絡みの事件は発生してへんのと同じや。

 人間社会に害を及ぼせへん限りは、本部に報告をする理由もあれへん。

 放置してもかまへんやろう。」

「まぁ、そ~ゆ~ことだ。後は、俺達に任せろ。」

「宜しくお願いします。」

「惚れた子に、他人が淫らな妄想をするのが嫌なら、

 サッサとコクって、所有物にしちゃえよ。」

「大きなお世話です!

 それに‘所有物’という表現は、女性に対して失礼なのでは?」

「・・・そこは、聞き流せ。」


 燕真は、海跳と会話をしながら、「クソ真面目すぎるところが狗塚と似ている」と感じた。


「ド正論なんだけど、コイツ、ウゼー。」


 その後、地治井に憑いたエンエンラを祓ってメダルに封じ込め、海跳の憂いは解消された。ただし、何らかの力が覚醒をしている麻由だが、日常的に登校をしない海跳では、身近で確認をする事ができない。


「なら、ァタシが様子を見るねっ!」

「何かあったら、直ぐ僕に連絡をくれ。」

「リョーカイっ!」


 海跳が、燕真&紅葉と連絡先を交換して、その場は解散となる。




-翌日・優麗高-


 紅葉による‘麻由観察’が始まる。いつもより30分ほど早く来て、弓道場をで覗くと、麻由はジャージ姿で、弓を押して弦を引き、約30m離れた的に矢を射ていた。 麻由の手から放れた矢が、音を立てて的を射貫く。


「お~~・・・なんか格好イイ。」


 部活動が強制参加の高校は多いが、優麗高では原則として自由参加になっており、生徒の1/3は部活動には所属していない(ただし帰宅部は委員会に選ばる率が高い)。

 紅葉は、麻由の美しい行射姿を神々しく感じ、「ァタシも部活動やっとくべきだったかな?」などと考えてしまう。


「・・・あの?」

「んぇ?」


 紅葉は静かに眺めていたつもりだったのだが、麻由は見られ続けるのが気になってしまったらしく、2射ほど的を外した後で振り返り、窓の外で眺める紅葉のところに寄ってきた。


「んぁ、ゴメン。うるさかった?」

「うるさくはないのですが、気配が気になってしまって。」

「・・・ケハイ?」

「放課後の練習時は、今よりも騒がしくて、視線は多いのですが、

 集中をすれば気になりません。

 ですが、源川さんの視線と気配からはプレッシャーを感じてしまうのです。」

「ん~~~~~~。なんでだろ?」


 紅葉は、2ヶ月前の集団昏睡事件以降、麻由からはピリピリした雰囲気を感じるようになった。海跳も、「麻由は特殊な力に守られている」と表現していた。紅葉が麻由に何かを感じているように、紅葉に自覚が無くても、麻由も紅葉に特殊性を感じているのだろうか?




-15時頃・穂登華(ほとけ)町-


 海跳から麻由の住所を聞いた粉木が、高層マンション前の路肩にスカイラインGT-Rを停車させて、車内から眺める。


「やれやれ・・・オヤッサンとの縁は切れたつもりやったんやけどな。

 世代を超えて、繋がるとは思てへんかった。」


 恩人が経営をしていた活気あるバイクの修理工場が、10年くらい前に上品な高層マンションに変わったことは知っていた。恩人の経営する工場を基地代わりにして転がり込み、盟友と共に戦い、若かった砂影滋子をからかったのは、50年も前の出来事。この街に、当時の面影は殆ど無い。

 たまたま、「恩人と同じ苗字の、恩人が過去に住んでいた住所と同じ場所に住むアカの他人」の可能性も有るが、葛城姓は、頻繁にある苗字ではない。関係者と考えた方が自然だろう。


「無視はできん。」


 散々世話になったにもかかわらず、絶縁をして、全く恩を返せなかった恩人。その孫と思われる娘をサポートすることで、ようやく50年前の恩返しをできるのかもしれない。粉木は、しばらくマンションを眺めて決意を固めた後、スカイラインGT-Rを発車させた。


「今のは、粉木支部長?」


 マンションの屋上から、根古佑芽が身を隠しながら、去って行くスカイラインGT-Rを見下ろす。直ぐ隣には、夜野里夢の姿もある。


「伝説の英雄様の‘古いお友達’が彷徨く程度のことは、想定の範囲内よ。」

「本当にやるんですか?生命の冒涜は陰陽の外法ですよ。」

「死者を呼び起こす行為を冒涜と考えるのは、頭の固い陰陽道の考え方。

 大魔会では、過去の偉人から学ぶ為の重要な手段と考えられているの。

 それに、貴女は、お姉さんの汚名を払拭する為に・・・」


 俯く根古佑芽。戦いで姉を失ったことは悲しい。だが、組織では、姉の犠牲を悼む声よりも、将来のCEO(喜田栄太郎)を守れなかった責任を追及する声の方が大きくて、佑芽は肩身が狭い。その状況で、現CEO(栄太郎の父)から直々に「内密で大魔会の夜野里夢をサポートせよ」という特殊任務を与えられたのだ。佑芽には、任務を成功させて、CEOに認められ、姉の名誉を回復する以外の選択肢は考えられなかった。


「わ、解っています。」

「始めるわよ。」


 里夢は、Aウォッチから『Li』と書かれたメダルを抜き取って、蝙蝠の羽を模したバックルに装填!


「マスクドチェンジ!」


 里夢の全身が、漆黒のプロテクターと複眼のマスクに覆われ、マスクドウォーリア・リリス登場!

 佑芽を抱きかかえ、翼を大きく広げて屋上から飛び上がり、最上階にある麻由の部屋のベランダに着地をして、変身を解除する。

 窓越しに誰も居ない室内を眺める佑芽。押し入れの中から強い念を感じる。佑芽は、霊感を研ぎ澄ませ、念に対して意識を集中させる。


〈うう・・・うぅぅ・・・俺には・・・まだ・・・やり残したことが・・・〉


 佑芽の霊感を通して、佑芽の脳内に念の声が聞こえる。念に干渉をして、人と同じように扱う。これが、大魔会には無くて、退治屋が持つ陰陽道の技術だ。


「貴方は本条尊さん・・・ですか?」

〈俺の名は・・・本条・・・尊・・・〉

「やり残したことって何ですか?」

〈俺は・・・悪の秘密結社を壊滅させて・・・世界に平和をもたらした。

 だが・・・肉体を失った・・・。

 これでは・・・一生をかけて・・・愛する者を守ることが・・・できない。〉


 里夢は、何らかの支配力が発生していることは感知できるが、佑芽と念の会話は聞こえない。だから、佑芽が伝える。


「そう・・・宿っているのは、愛する者を守りたい残留思念なのね。

 ならば、逆撫でをして、その念を増幅してあげなさい。」

「そんな事をしたら、思念が暴走を・・・」

「私は、暴走させろと言っているの。」

「・・・でも」

「この任務が、何故、内密なのか・・・考えなさい。」


 内密の理由は、表向きでは禁じられた任務・陰陽の外法を行う為。


「成功をすれば、喜田CEOに認められるわ。

 今は実験段階だけど、この技術が安定をすれば、

 大好きなお姉さんを蘇らせることも可能なはず。」

「・・・・・・・・・・・・・」


 佑芽は、この任務が納得できない。だが、拒否がCEOに伝われば、退治屋内で居場所を失ってしまう恐怖がある。里夢に説得をされた佑芽は、再び本条尊の念に意識を集中させる。


「貴方が愛する人は、約束を守らなかった貴方を恨んでいるんでしょうね。」

〈うぅぅ・・・ぅぅぅ・・・〉

「そんなところで燻っていないで、気持ちを解放しなさい!」


 念に語りかけながら、窓越しに、押入に向かって霊力を送り込む佑芽。密閉された窓が振動をして、押入の襖がガタガタと音を立て、押入内で念と霊力が交わる。


〈おぉぉ・・・ぉぉぉ・・・〉


 佑芽の脳内に、闇の中で鋭い両眼が見開くビジョンが浮かんだ。押入内の圧力が増し、襖扉が倒れて、黒焦げのサマナーホルダが浮遊しながら出現。佑芽の目には、サマナーホルダが闇に覆われているのが見える。


「妖怪が憑きやすい状態まで思念が増幅しました。

 次は、何をすれば良いんですか?」


 霊力を酷使した佑芽が、僅かに息を荒げながら次の指示を求め、里夢が微笑む。


「もう、増幅に成功するなんて、さすがはエリート候補生ね。

 ここから先は、大魔会の技術の出番よ。」


 里夢は、呪文を呟きながら窓越しに手を翳して、室内で浮遊するサマナーホルダに対して、魔力を送り込む。




-16時頃・一文寺-


 麻由のマンションから200m程度離れた場所に、葛城家の菩提寺がある。狭い駐車場に車を駐めた粉木が、買い物袋を持って、墓地を訪れていた。葛城家と書かれた墓の前に進んで腰を降ろし、袋から出したロウソクと線香とワンカップの日本酒を供えて、合掌礼拝をする。


「オヤッサン・・・麻由っちゅう名の孫娘はオヤッサンの?それとも?」


 しばらく葛城家の墓石を眺めたあと、粉木は、直ぐ隣に立っている無名の小さな墓の前に移動して、ロウソクと線香とワンカップを供えた。この無名の墓に、納骨はされていない。本条尊の、一握りの灰だけが納められている。


「本条・・・オマンとの50年前の腐れ縁は、まだ続いとるんか?」


 盟友・本条尊の亡き後、彼の恋人と腹に宿った子を、恩人・葛城昭兵衛が引き取ったことは、砂影滋子から聞いている。昭兵衛が、親子ほど歳の離れた‘尊の恋人’との間に子孫を残したのかどうかは解らないが、尊の子が「葛城姓」でこの世に生まれたのは事実。そして、尊の孫が、紅葉と同い年だったとしても、不思議なことは何も無い。


「んんっ?なんや?」


 墓を見詰めながら思い出に浸っていた粉木だったが、漠然とした不安に駆られ、麻由のマンションが建つ方向を眺める。




-優麗高・放課後-


 休み時間になる度に、紅葉は、麻由の様子を見に行ったが、結局、何も変化を感じられないまま今に至る。


「ん~~~・・・な~んか、スッキリしないなぁ~。」


 さすがに、ずっと張り付いているわけにはいかないので、生徒会室に向かう麻由を眺め、今日の観察を終えることにして、亜美と一緒に下校をする。

 一方、麻由が生徒会室のある3階に上がると、対面側から教頭先生が麻由の名を呼びながら寄ってきた。


「葛城さん。地治井先生(老教師)に襲われそうになったというのは本当かね?」

「えっ?何処でそのお話を?」

「見た人がいて、学校に連絡があったんだ。教職員の間で噂になっている。

 だから、こうして君に確認をしようと思って・・・」

「・・・そ、そうですか。」


 麻由は、地治井ではなく、地治井から発せられた煙に襲われたと認識しているが、それが何なのかは解っていない。昨日の一件は怖かったが、地治井には、それなりに世話になって信頼をしており、麻由は大ごとにはしたくない。何かの間違いと信じ、今日、学校で訪ねるつもりだったが、地治井は欠勤をしていた。


「申し訳ありません。生徒会の打合せがあるので、今はちょっと・・・。」

「なら、打合せが終わったら校長室に来てくれ。」

「打合せが終わったら部活動が・・・。」

「時間は取らせない。だから、必ず来てくれ。」

「わ、わかりました。」


 麻由は、教頭に押し切られて同意をする。説明できるほど事態を把握しているワケではないが、襲われたことと、地治井に悪い噂が立っているのは事実なのだから、事情聴取を無視をすることはできない。


「では、後ほど校長室にうかがいます。」

「校長先生と一緒に待っているからね。」


 教頭が小さく微笑んだ瞬間、麻由には、それが邪悪な笑みで、一瞬だけ教頭の全身から闇が発せられたような気がしたが、それが何なのか解らず「気のせい」と解釈する。昨日の一件があるので、誰かと2人きりになるのは怖いが、他の先生も同席するなら大丈夫だろう。



-校庭-


「・・・んぇ?」


 亜美と一緒に帰宅するつもりだった紅葉が、嫌な気配を感じて足を止め、校舎の方を振り返った。


「なんかいるっ!」

「どうしたの、クレハ?」

「ゴメン、アミ!1人で帰って!」

「忘れもの?」

「チガウっ!多分、ヨーカイ!!」

「1人で先走らないで、佐波木さん達にちゃんと連絡するんだよ!」

「ぅんっ!」


 紅葉は、亜美に見送られながら出てきたばかりの生徒玄関へと駆け込んでいく。外履きを脱ぎ散らかし、内履きの踵を踏んだまま穿いて、廊下を駆けながらスマホを取り出して、燕真に電話をする。


〈どうした、紅葉?妖怪か!?〉

「ワカンナイっ!」

〈はぁ?〉

「呼ぶかもしれないから、何処にも遊びに行かないで待機しててっ!」

〈はぁぁっ!!?〉


 紅葉は、一方的に指示をして通話を切り、嫌な気配が発せられていた3階に到着。だが、その場に、嫌な気配は何も無い。



-YOUKAIミュージアム-


「おい、紅葉!呼ぶかもって、一体!?」


 カウンターに立っていた燕真は、スマホに向かって詳細を聞こうとしたが、既に通話は切れていた。


「・・・あんにゃろう。」


 アシが無い時は迎えに来させるクセして、事件が発生する可能性がある時は「待機しろ」ってのは、どういう了見なんだろうか?無人の事務室(粉木は外出中)に行って、妖気センサーの反応を確認するが、履歴は無し。だけど、紅葉が突発的に動く時は、たいてい妖怪事件が発生する予兆だ。


「あのバカ、どこから電話してきたんだ?」


 時計を確認すると、放課後になったばかりの時間だ。学校絡みと判断した燕真は、土蔵に隠っている雅仁に店番を任せて、確認のために優麗高の様子を見に行くことにした。



-優麗高・生徒会室-


 生徒会の目安箱(生徒からの投書メール)が来たので役員が集まったのだが、議論をする価値も無いような投書だった。


「生徒総会で、バイク通学を認める意見を・・・かよ?無理だろ。」

「生徒会で決める問題ではありませんね。」

「無記名投書だから、ただの冷やかしじゃね?」


 バイク通学は学校の規則であり、生徒が勝手にルール変更をするのは不可能。優麗高に入学した学力があれば、他の学校への編入は可能だろうから、「どうぞ、バイク通学許可の学校に行ってください」としか言い様が無い。


「打合せは終了ですね。

 教頭先生に呼ばれているので、退席させていただきます。」

「お疲れさん。」


 生徒会室から出たら、彷徨いていた紅葉が、麻由を見付けて寄ってきた。


「あら、源川さん。この様なところで、何をなさっているのですか?」

「セートカイチョーさ~ん、15分くらい前に、ココでなんかあった?」


 15分前だと、麻由と教頭が会話をしたくらいで、騒ぎの類いは何も起きていない。紅葉は何を探しているのだろうか?


「いえ、特に何も・・・。」

「そっかぁ~・・・気のせいだったかな?」


 紅葉は、気付かないフリをして、向かう麻由を見送る。だが、ここ数日の事件が麻由の周りで発生しており、今回も‘嫌な気配’の近くに麻由がいた為、一定の確信を持って尾行をした。

 麻由は階段を降りて校長室の前まで来たところで、振り返って背後を確認する。妙な気配に見られている感触があるが気のせいだろうか?周りに何も居ないことを確認してから、校長室の扉をノックと一礼をして室内に入った。




-校長室-


 校長と教頭と学年主任と数学老講師が待っていた。麻由が入室をした途端に彼等の目付きが変わる。


「あ・・・あの・・・こんなに沢山の先生が集まって、何事ですか?」

「とりあえずソファーに座りなさい。」

「昨日の一件で、確認したいことがあってね。」

「・・・はい。」


 違和感を感じながら、勧められるまソファーに腰を降ろす麻由。


「地治井先生に何をされたのかね?」

「・・・と、特に何も。」

「嘘を付くな。」

「嘘を付く悪い子はオシオキが必要だな。」

「我々も、地治井先生と同じ事をしよう。」


 校長から目配せをされた教頭が、校長室を施錠した。


「・・・え?」


 驚いた麻由が周囲を見廻すと、老教師達は、一様に青ざめた顔色をして、目が虚ろだ。麻由は、その異様さに戸惑い、ソファーから立ち上がろうとする。しかし、学年主任に立ち塞がられ、数学老講師に老人とは思えない力で抑え付けられてしまう。


「せ、先生っ!なにをっ!?」


 校長と教頭と学年主任と数学老講師から闇が発せられ、妖怪・ベトベトさん、妖怪・アカナメ、妖怪・天井サガリ、妖怪・片耳豚が出現!


〈麻由チャン・・・欲シイ〉

〈我々モ同ジ事ヲ シヨウ〉

〈麻由チャン・・・皆デ1ツニ成ロウ〉

〈死ンデ ワシダケノ モノニ ナッテクレ〉


 現代では、「先生と生徒の行為」は事件になるが、老教師達が若かった頃は、珍しくはなかった。彼等は、その間違った価値観を、「古き良き時代」と勘違いして、未だに引き摺っている。

 そして、麻由は、祖父から大切に育てられた影響で、グランドファザコン気味の面があり、老教師達には、全面的な信頼を寄せて接するクセがある。その結果、老教師は「日常的には張り詰めた態度を崩さない麻由が、自分の前では甘えた表情を見せる」「麻由に好かれている」と勘違いをしていた。

 2ヶ月前の集団昏睡事件で、その淫らな邪気が誘発されて、時の経過によって彼等に憑いた妖怪が育ったのだ。



-廊下-


「ヤバいっ!」


 明確な妖気が発生していることを感知した紅葉が、校長室に踏み込もうとするが、施錠をされていて入ることができない。


「コーチョーセンセー!セートカイチョーさん!開けてっっ!!」


 必死に扉を叩く紅葉に、室内の麻由の悲鳴が聞こえる。



-穂登華(ほとけ)町・麻由のマンション-


〈助けを求めている・・・行かねば。〉


 佑芽によって念を増幅され、里夢によって魔力を宿した黒焦げのサマナーホルダが、窓を突き破って、優麗高の方角に飛んでいく。



-校長室-


「や、やめっ・・・」


 パニックになり、涙目で抵抗をする麻由。しかし、妖怪化をした老人達によって、ソファーの上で仰向けに抑え付けられてしまう。妖怪達の手が、麻由に伸びてきた。


〈俺がやり残したこと・・・美琴を幸せにすること。

 汚い手で美琴に触れるな。〉


 声が響いた次の瞬間、窓が割れて、青い光に覆われた黒焦げのサマナーホルダが飛び込んできた!サマナーホルダは、飛び回って妖怪達を蹴散らす!


〈美琴は俺が守る。〉


 美琴とは、本条尊の恋人・須郷美琴のこと。サマナーホルダに憑いた念は、麻由に美琴の面影を見て、麻由を美琴と錯覚しているのだ。

 黒焦げのサマナーホルダから青霧が放出され、人型を作って麻由を庇うように立ち、サマナーホルダを握り締めて窓ガラスに向けて翳した!


「変身!」


 男の声を発し、窓から発せられた乳白色の歪みに覆われ、中から、バッタを模したマスクと、真紅の西洋甲冑に身を包んだ騎士が出現!


〈邪魔ダ〉 〈麻由チャンヲ渡セ〉


 ベトベトさん&アカナメ&天井サガリ&片耳豚がアポロを囲む!真紅の騎士は、油断無く身構え、4体の妖怪を見廻した!

 パワー系の片耳豚が突進!真紅の騎士が受け流すと、反対側からアカナメが襲ってきた!更に、天井に張り付いた天井サガリが真紅の騎士を掴み、足裏だけで動き回るベトベトさんが、壁走りで助走を付けて、真紅の騎士に蹴りを叩き込んだ!


「・・・くっ!」


 狭い校長室では存分に戦えないと判断した真紅の騎士は、飛び掛かってきたアカナメを、窓側に蹴飛ばした!アカナメは窓を突き破って外に放り出され、続けて、麻由を抱きかかえた真紅の騎士が、割れた窓から飛び出す!軽やかに着地をして見上げると、ベトベトさん&天井サガリ&片耳豚が窓から飛び出して降下をしてきたので、タイミングを図って、着地直前の片耳豚を蹴り飛ばした!



-校舎・校長室前の廊下-


 扉を叩いていた紅葉は、妖怪、及び、魔力の発生と、校長室から離れた気配を感知する。


「外に行った?なんで魔力?ど~なってんの?」


 状況は解らないが、事態が悪化していることだけは把握できる。紅葉は、施錠された校長室の扉を開けることを諦め、廊下を走り、階段を駆け下りる。職員玄関から飛び出して、校長室側に向かったが、割れたガラスが散らばっているだけで、既に妖怪の類いはいなかった。


「んんっ!あっち?」


 山頭野川の方向に視線を向ける紅葉。妖怪、及び、魔力は、東に移動をしているようだ。紅葉は、夢中になって気配を追い掛けていく。




-河川敷-


 戦場に広い地形(高水敷)を選んだ真紅の騎士の強さは圧倒的だった!麻由を庇いながら片耳豚の突進を楽々と回避して、すれ違い際に回し蹴りを叩き込んで弾き飛ばす!死角から襲ってきたアカナメを、ノールックの裏拳で叩き伏せる!天井が無いゆえに特殊スキルを発揮できない天井サガリの顔面を掴んで、力一杯、地面に叩き付け、体が足裏だけのベトベトさんの動きを見きって、足裏を掴んで踏み付ける!


〈グァァ〉 〈グゥゥ〉 〈グェェ〉 〈グォォ〉


 妖怪達の目的は、真紅の騎士を追い払うことではなく、真紅の騎士に連れ出された麻由を手に入れること。魂胆を真紅の騎士に見透かされ、地の利が無い広い戦場に誘き出されてしまったのだ。


「美琴は俺の物だ!誰にも渡さん!」


 ダメージを受けた4妖怪は実態を維持できなくなって消滅(浄化はされない)。依り代にされていた校長&教頭&学年主任&数学老講師が地面に伏している。


「強欲に負けた醜い者共め!

 俺は、貴様等のようなクズがのさばる為に、平和を守ったわけではない!」

「ひぃぃっ!化け物だぁっ!!」

「化け物は、貴様等の性根だ!!」

「お、お助けをっ!!」


 真紅の騎士に、妖怪を祓う能力は無い。だが、生前に妖怪と戦った経験があり、依り代を殺害すれば、妖怪が憑けなくなる理屈は知っている。何よりも、愛する者を卑猥な目で見る者達を見逃すつもりは無い。


「待って!それゎダメっ!」


 堤防上で成り行きを見守っていた紅葉が大声を上げた。4妖怪を止めて麻由を助けるつもりで追い掛けてきたので、まさか、4妖怪(の依り代)の命乞いをする事になるとは思っていなかった。

 いつの間にか状況が逆転して、4妖怪がフルボッコにされている。麻由の無事を確認できて安堵をしたが、麻由を助けたバッタ顔の西洋騎士は一体何者?魔力を感じるから、大魔会の戦士、もしくは、悪魔だろうか?ワケが解らない。


「・・・源川さん?」

「むぅぅ・・・あの少女は?」


 理解不能だらけだが、殺人は拙いので、真紅の騎士を止める為に、斜面を駆け降りてくる。一方の真紅の騎士は、紅葉から、ただならぬ気配を感じ取って身構えた。


「姿形は少女そのものだが、オマエも・・・か?」

「んぇ?ァタシ・・・も??」


 向かってくる紅葉に向かって突進を開始する真紅の騎士!麻由を心配する者同士で、友好を求めて駆け寄ってくるって雰囲気ではない!あきらかに、「今から貴様をブチのめす!」って闘争心剥き出しで向かって来ている!


「んぇぇっっ!?なんでっ!?なんでっ!?なんでっ!?」


 慌てて駆け降りる足にブレーキを掛けて、振り返って逃走をする紅葉!何で襲われるのか、見当も付かない!


「来い!ホッパーサイクロン!!」


 紅葉は、堤防を上りきったところで、上空に魔力の発生を感知!直感で「何がヤバい物が来る!」と判断して、住宅地側の堤防斜面にダイブをする!直後に、メカニカルなバッタ型モンスター=ポッパーサイクロンが出現をして、紅葉がダイブをする直前に居た場所に突っ込んだ!


「ひぇぇぇっっっ!!!

 ァタシ、なんにもワルいコトしてなぁい!!

 ヨーカイとお友達ぢゃないってばぁ!!

 セートカイチョーさん、ソイツを止めてぇっっ!!」

「と、止めろったって、こんな怪物をどうやって?」


 堤防斜面を下まで転がり落ち、立ち上がって住宅街に逃げ込む紅葉。麻由は、状況が全く飲み込めず、自分が何をやれば良いのかも解らず、ただ怯えながら、転がっている老教師達、紅葉、真紅の騎士を、交互に何度も見廻す。


「その本能が発する感知力が何よりの証拠だ!」


 紅葉を追って堤防上に立った真紅の騎士が手を翳すと、ポッパーサイクロンは空中に発生した歪みに姿を消す。そして、紅葉の進行方向に魔力が発生!


「げげっ!また、バッタが来るっ!!」


 進行方向を変えて逃げる紅葉!空中が歪んで、ポッパーサイクロンが出現!今度は、紅葉の回避を予測していたので、紅葉が向きを変えた方向に飛んでいく!


「ヤバいっっ!!」


 ホッパーサイクロンが出現した魔力歪みの中から、バイクの駆動音が聞こえる!直後にザムシードが駆ったマシンOBORO(ホンダ・NC750Xバージョン)が出現!ポッパーサイクロンに追い付いて弾き飛ばし、タイヤを横滑りさせながら、紅葉の眼前でバイクを止める!ポッパーサイクロンは、空中の歪みに飛び込んで消えた!


「燕真っ!」

「オマエに言われた通りに待機してたら、オマエは死んでたぞ!」

「来てくれてありがとっ!」

「ちゃんと報告をしてから動け!・・・と言うか勝手に動き回るな!」

「うん、ワカッタ!そんなことより、大変だよ、燕真!」

「‘そんなこと’で済ますな!絶対に解ってないだろ!」


 マシンOBOROから降りて、悠然と接近してくる真紅の騎士に対して身構えるザムシード!


「あれが敵か?」

「妖怪には見えないが何者だ?」

「よくワカンナイ。セートカイチョーさんを襲った妖怪4匹をやっつけちゃった。

 ヨーカイの依り代ゎ、河川敷に転がってるよ。

 アイツ、なんだろう?魔力感じるから、マスクドウォーリアかな?」

「いや、粉木の爺さんが変身する異獣サマナーってのに似てるか?」


 ザムシードの発した単語に、真紅の騎士が僅かに興味を示す。


「粉木?・・・懐かしい名だな。

 俺の名は、異獣サマナーアポロ!」

「なに?」 「アポロって?」


 ザムシードと紅葉は、粉木の昔話で、異獣サマナーアポロを知っている。だが、50年前に世界を救った伝説の英雄が、紅葉を討伐対象と認識して、目の前に立ちはだかったことが信じられない。


「なぁ・・・どういうつもりか知らないけど、紅葉を襲うのは見当違いだ!」

「そ~だ、そ~だ!ァタシゎワルモンぢゃない!」

「それは、その娘を擁護する貴様の視点だ。

 成敗した人外共と同じ力を扱っている貴様等が言ったところで説得力は無い。」


 確かに、ザムシードは閻魔大王の力を媒体としており、事情を知らない者(アポロ)が、妖怪と同レベルと感じて信用してくれないのは、理解できる。


「この姿じゃ説得力は無いか。」

「ど~すんの?」

「とりあえず、武装解除をするしかないだろ。」


 ザムシードは、ベルトのバックルから『閻』メダルを抜いて燕真の姿に戻った。


「信用しろよ、俺は、ただの人間だ!」

「ならば、何故、人外の姿をしていた?」

「事件が発生したからだよ。俺達が到着する前に、アンタが倒しちゃったけどな。」

「なるほど、よく解った。」

「解ってくれたか!だったら、アンタのことを聞かせてくれ!

 アンタは一体?アポロって50年も前に・・・・・・・・・」

「美琴には必要の無い存在と解釈して間違いなさそうだな。」

「・・・みこと?何の話だ?」

「所詮は同族同士の醜い権力争い!迷惑な話だ!」


 アポロはファイティングポーズを決めて、燕真に向かって突進を開始!


「チィ!聞く耳持たずってか!ムカ付くっ!」


 燕真は数歩後退しながら『閻』メダルを和船バックルに装填して、ザムシードに変身完了!


「一方的に仕掛けてくるつもりなら容赦はしない!」


 アポロの打ち出した拳を左掌で受け止め、左手首のYウォッチから『蜘』メダルを抜き取ってスロットに装填!召喚した妖刀ホエマルを右手で握って、アポロに叩き込んだ!


「ぐぅぅっ!」


 一歩後退をするアポロ!腹を立てていたザムシードは、すかさず間合いを詰めて、2打3打と切っ先をアポロに叩き付ける!


「コイツを退けろ、ホッパーサイクロン!」


 アポロの呼び掛けに応じたホッパーサイクロンが飛来!背中を強襲されたザムシードが弾き飛ばされて地面を転がる!

 ホッパーサイクロンは、アポロの脇に着地をして、アポロの合図に呼応してバイクモードに変形!跨がったアポロが、ホッパーサイクロンのアクセルを空吹かしさせてエンジン音を轟かせ、ザムシードを威嚇する!


「接近戦じゃ敵わないからバイク戦ってか?

 苦手分野じゃないから応じてやるよ!」


 マシンOBOROを呼び寄せて搭乗するザムシード!アポロを真似て、エンジンの空吹かしで威嚇を返す!ホッパーサイクロンを急発進させるアポロ!アクセルを全開で捻って突っ込んでくる!一方のザムシードは、エンジン音の威嚇を止めて、Yウォッチから属性メダル『閃』を抜き取って、ハンドル脇のスロットに装填!カウルの朧フェイスの目が輝き、朧ビームが照射された!


「なにぃっ!?」


 真っ直ぐに突っ込んできたアポロ&ホッパーサイクロンにビームが直撃して、爆炎が上がった!


「うわっ!ズルいっ!燕真、ズルいっ!」


 てっきりバイクチェイスで勝負をすると思っていた紅葉が、ザムシードに文句を垂れる。


「誰も、バイクチェイスの勝負になんて応じてねーよ!

 そんなモンに付き合って、新品のバイクが傷物になったらどうすんだよ!?」

「セコっ!燕真、超セコいっ!」

「うるせーぞ、紅葉!」


 爆煙の中、モンスターモードに戻ったホッパーサイクロンが飛び上がって、上空に発生した歪みの中に消えた。数秒の間を空けて徐々に煙が晴れていくが、アポロの姿は何処にも無い。


「あれ?木っ端微塵に吹っ飛んだ?朧ビームって、そんなに破壊力があるのか?」

「違うよ!良く見て、燕真!姿は無くなっちゃったけど、気配は消えてないっ!

 粉木の爺ちゃんが持ってるのと同じカード入れが、

 嫌な気配を出しながら浮かんでる!」

「・・・ん?」


 紅葉に指摘をされたザムシードが再確認をすると、爆煙の中央で青白い光を発したサマナーホルダが浮かんでいる。


〈むぅぅ・・・肉体無き念のままでは敵わぬか。奥の手を使うしかあるまい。〉


 意志を持つサマナーホルダは、堤防側に向かって飛んで行く。


「ん?逃げた??」

「逃げたんぢゃない!念の強さが、さっきよりヤバくなってる!

 追っ掛けて、燕真!」

「了解!捕獲して、ヤバい念ってのを浄化すれば良いんだな!」


 紅葉は「当然」のように、タンデムに乗る為に寄って行くが、ザムシードは紅葉の合流を待たずに、単独でマシンOBOROをスタートさせた。


「こらぁぁ~~~!!ァタシを置いてくなぁっっっっ!!!」


 両腕を振り回してプンスカと怒りながらマシンOBOROを追う紅葉。ザムシードは「知ったこっちゃない」とマシンOBOROのスピードを上げて、黒焦げのサマナーホルダを追う。

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