大魔会編②野望

第29話・優麗高のエリート達



 50年前、異世界の怪物と戦う為に、ローブを着た異界人からサマナーシステムを提供されたのは、日本だけではなかった。

 粉木勘平の所持をしたサマナーシステムが、妖怪討伐に特化した妖幻システムに進化をしたように、西洋に伝わったサマナーシステムは、悪魔退治を追求した大魔会のマスクドウォーリアシステムに変化をした。


 退治屋のシステムは、失敗を重ねながら、戦闘能力と使用者の負担軽減のバランスを求めている。

 対する大魔会のシステムは、攻撃力ばかりを追求している。強さこそが適正で、心は優先されない。ゆえに、25年前の銀メダル事件で、力に溺れて退治屋から離反した者達を、大魔会は受け入れた。




-東京某所-


 某ホテル最上階のスィートルーム。ラフな格好をした夜野里夢が、ソファーに腰掛け、パソコンモニターの映像を説明していた。彼女は、交渉相手の警戒心を解く為に、あえて、ビジネスモードではない格好を演じている。里夢の隣では、中年男性が食い入るようにモニターを見詰めており、画面では、数時間前に文架市で発生したEXザムシードとブロントの戦いが映っている。


「・・・ほぉ?」


 中年男性は退治屋CEO・喜田御弥司。彼は、ザムシードのパワーアップに一定の関心は示したが、興味の本命は其処ではない。妖幻ファイターの一時的なパワーアップならば、25年前に開発した銀色メダルの効果を知っているので、特に驚きはしない。形が変わる現象は初見だが、部下に丸投げをして調査させれば良いと思っている。


「このブロントの強さは・・・25年前のブロントと同じだ。」


 喜田CEOの興味は、25年前と同じ姿をしたブロントに注がれていた。


「大魔会の技術があれば、死者の復活が可能・・・と?」

「これは偶発の産物。

 もう少し調査が必要ですが、陰陽の技術と融合すれば不可能ではなさそうです。」


 モニター内での戦いが終わったところで、里夢はパソコンを閉じる。データを送らず、あえて直接会って見せたのは、流出を防ぐ為。


「我らと、大魔会は、暗黙の不可侵のはず。俺に見せた目的は?」

「弊社の管理ミスで、大切な御子息を亡くされたお詫びと、

 更なる調査への技術協力、及び、文架市での活動を黙認していただくこと。」

「協力と黙認をすれば、大魔会が死者の復活を成功させると・・・。」

「はい。」

「得た情報は?」


 里夢が、退治屋本部に赴くのではなく、開かれたカフェに交渉を相手を呼び出すのではなく、あえて密室での密会を選んだ理由は、退治屋と大魔会の提携を公にはしない為。退治屋のトップを呼び出すのに、燕真や猿飛空吾と同じ‘数時間の滞在で数千円のホテル’と言うわけにはいかない。


「もちろん、提供します。

 ただし、言うまでも無く、この一件は・・・」


 いくら、組織トップの意向だとしても、死者の復活などという生命の理に反する研究を、退治屋の部下達が受け入れるわけがない。


「解っている。あくまでも、俺と君の個人的な密約。」

「では・・・」

「契約成立だ。

 目的達成の為、君には信頼できる部下を就けるが、彼等にも本音は言うまい。」

「以後の連絡手段は?」

「それくらいならば、互いのスマホに直通でも、問題は無かろう。」

「そうさせていただけると助かります。」

「ただし、部下と居る場合は、大魔会幹部の通話には応じられんがね。」


 互いの連絡先を交換した後、喜田CEOはスィートルームを退出する。

 里夢は、可能であれば、チャーム(魅了魔法)で喜田CEOを手駒にしたかったが、流石に、退治屋のトップは、其所まで単純な男ではない。息子・喜田栄太郎の命を奪った組織への警戒心を持った上で、最低限の会話でシッカリと必要な情報を入手して、着こなしたスーツを少しも乱すこと無く、早々に立ち去った。


「今回は、面会して、一定の信頼を得ただけでも充分ね。」


 色仕掛けによる隙は一切見せない喜田CEOだったが、息子思いに関しては付け入る隙がありそうだ。用件を追えた里夢は、文架市に戻る為に、一泊で数十万円もする部屋を、早々にチェックアウトした。


 以後、数週間は、里夢は‘更なる調査’の為の準備を続ける。




-2月・文架市-


 某日、紅葉は、友人の亜美&美希&優花と、鎮守地区にある大型ショッピングモールに遊びに来ていた。ウインドショッピングを楽しみ、適当な小物を買う。フードコートで、席を確保して、「何を注文しよう」などと相談をしながらファーストフードの列に並んでいた紅葉が、唐突に妖気の発生を感知した。


「んぁっ!?スッゲー近い!この建物の中??」


 紅葉は、亜美に「○○セットと××バーガーを買っておいて!」と頼んで列から外れ、妖気の発生場所へと走る。



-同施設内・階段踊り場-


 優麗高のブレザーを着たロングヘアの少女が後退りをする。その眼前では、煙の塊が少女の行く手を遮っていた。


〈麻由チャン・・・1ツニ成ロウ〉

「ひぃぃ・・・な、なんなの?」


 踵を返して逃げようとするロングヘアの少女。意志のある煙の塊は、素早く廻り込んで退路を塞ぐ。


〈麻由チャン・・・欲シイ〉


 少女は再び踵を返して逃げようとするが、煙に追い付かれて包まれてしまう。意志を持つ煙は、妖怪エンエンラ(煙々羅)。捕らえた少女を物理的な力で拘束する。


「失せろ、破廉恥な妖怪め!」


 声が発せられて、突然出現をした猿顔の人外が、鋭い爪で煙の塊を引き裂いた!


「今回は、気の迷いと解釈して見逃す。

 だが、次に同じ事をしたら、命は無いと思え。これは警告だ。」


 ダメージを受けたエンエンラは、空気中に溶けるようにして消えて、解放された少女が中から出現をして倒れた。猿顔の人外は、少女に近付いて介抱をしようとしたが、階段を駆け下りてくる足音が聞こえたので、少女の保護は足音の主に任せることにして、闇霧と化して消える。


「ダイジョブですかっ!?」


 階段を降りてきたのは、妖気を感知した紅葉だった。倒れている少女に駆け寄る。


「んぉっ?誰かと思ったら葛城さん?」


 ロングヘアの少女は、紅葉と同じ優麗高に通う葛城麻由。紅葉とは別のクラス(2年A組)なので、女子合同の体育でしか接点が無いが、優麗高内で、才色兼備な彼女を知らない者は、殆どいない。


「ダイジョブ?襲われたのっ?」

「ア、アナタは源川さん。」


 紅葉も、才色兼備とは言いがたい(色は完璧だが才がチョット足りない)が有名人なので、優麗高内で紅葉を知らない者は少ない。知った顔を見た麻由は、安堵の表情を浮かべる。


「い、今ここで、煙の塊や猿顔の人間が・・・。」

「ケムリ?サル?何それ?」


 紅葉は、煙と猿人間が何なのか、見ていなくても一定の予想が出来る。だが、麻由を不安にさせない為に知らないフリをした。一方の麻由は、自分が喋ろうとしているのは非常識現象と判断して、直ぐに口を噤んだ。


「急に煙に巻かれてしまって・・・でも、もう大丈夫です。

 意識が混濁して、夢を見ていたのかもしれませんね。

 ありがとうございます。ご心配をおかけしました。」


 意志を持つ煙や、助けてくれた猿人が何なのか解らない。疲れていて夢を見てしまったのだろうか?麻由は、少し恥ずかしそうな表情で、紅葉に礼を言って、その場から立ち去っていく。

 まだ、この時点では、紅葉は、煙妖怪や猿顔妖怪が、偶発的に麻由の前に出現したのか、麻由個人に執着しているのか解らないので、何も説明をできなかった。




-穂登華(ほとけ)町-


 文架駅から北東側に車で1~2分ほどの距離にある主要道を、粉木が、愛車スカイラインGT-Rを運転して通過する。この町は、50年前には、恩人が経営をするバイクの修理工場が在ったが、今は、その敷地には、高層マンション(ヘブンズパレス穂登華)が建っている。


「オヤッサンの工場が取り壊されて、もう10年にも成るか?」


 50年前の町の面影は一つも残っていないが、粉木は、過去の町並みを思い出して懐かしみながら、穂登華町を通過した。




-数日後・優麗高-


 深夜からの積雪により、紅葉は亜美と共にバス通学をした。冬の文架市は、交通が麻痺をするほどの大雪は降らないが、年に数回程度は、薄らと雪が積もることがある。

 生徒達の挨拶や降雪の話題、部活動の朝練の掛け声など、校庭内では何処にでもありそうな日常が行き交っている。3学期になると、受験モードの3年生は学校には来ないのだが、今日は登校日らしく、受験生の現実的な会話も混ざっていた。


「雪降ったね。」 「どうやって学校に来た?」 「送ってもらった。」

「ユウ高~・・・ファイッ、オー、ファイッ、オー、ファイッ、オー!」

「試験どう?」 「自信有り。」 「ヤバいかも。」 「滑り止め、合格した。」


 渋滞の所為で、いつもより少し遅い時間帯に、紅葉と亜美が小走りで正門を通過。


「・・・んん?」


 紅葉が軽く違和感を感じて足を止めた。校庭内に妖怪の気配を感じる。


「また、居そうなの、クレハ?」


 2ヶ月前の優麗高生集団昏睡事件(第18話)以降、一定数の生徒が霊感に目覚めてしまったらしく、優高関係者の妖怪絡みの些細な事件は増加をしていた。


「ぅん、いる。

 ァタシ達や学校をやっつけたいんじゃなくて、隠れて見てるって感じ。」

「そんなことまで解るの?」

「でも、いつ暴走するかワカラナイから、アミも気を付けてね。」

「う、うん、気を付ける。」


 紅葉の注意喚起に対して、亜美は何を気を付ければ良いのか解らないが、一応、心構えをしておく。


「んぁっ!」


 生徒玄関まで来たところで、紅葉が、急に背筋をピンと伸ばして奇声を上げた。


「どうした、クレハ?妖怪、暴走しそう?」

「チガウチガウ!ヨーカイよりヤバい!

 そ~いえば、ァタシ、今日の日直だった!教務室に日誌取りに行かなきゃ!

 直で行くから、ァタシのカバン、教室に持って行ってっ!」

「ああ・・・う、うん。」


 紅葉は、下駄箱で内履きに履き替えると、亜美にカバンを押し付けて、教務室がある多目的棟に駆けていく。「妖怪よりもヤバい」と言っていたが、日直の難易度が高いってこと?それとも妖怪対応が遊び感覚ってこと?亜美は、呆気に取られながら紅葉を見送り、カバン2つを持って教室へと向かった。




-教務室-


「じゃ、これ(学級日誌)、お願いします。

 あと、今日は朝礼の時に配布するプリントがあるから、持って行ってくれ。」

「あっ!・・・は~ぃ!ヮカリマシタぁ~。」

「それから、元気なのは良いことだけど、教務室と廊下は走るな。

 小学生じゃないんだから、言われなくても解るよな?」

「センセー、最近の小学生は、温和しいから廊下なんて走りませんよ。」

「源川さん。それは、自分が小学生以下と言っているのと同じだぞ。」

「ありゃ?・・・気を付けまーす。」


 担任から日誌と配布プリントを受け取って一礼をした紅葉は、出入口へと進んで扉を開けようとする。だが、同じタイミングで廊下側から扉が開いて、葛城麻由が入ってきた。


「んわっ!」 「あら?」


 彼女は、今期の生徒会長で、学業の成績は学年トップ。同性の紅葉から見ても、素敵な女性に見えるが、紅葉は麻由のツンとしてお高く止まった雰囲気が、少し苦手。

 スリーサイズは紅葉と同じくらいだが、身長は亜美と同じくらいで、容姿端麗、学業優秀、人望有り。紅葉は知らないことだが、優麗高の男子からは、紅葉と葛城麻由は、2学年のツートップと評価されている。


「葛城さん、この前ゎダイジョブだった?」

「大丈夫です。お気遣いありがとうございました。」

「そっか。」


 2人は、軽く会話をして擦れ違い、紅葉は退室をして、入れ替わりで麻由が入室をする。


「んんっ?」


 途端に、教務室内の空気が変わった。校内で漠然と感じられた気配が、一呼吸したような感覚。紅葉は、振り返って教務室内を眺める。


「センセーの誰か?・・・セイトカイチョーさん?」


 気配は直ぐに消えてしまったので、発信源は解らない。だが、憑かれた者を一定の範囲まで特定できた紅葉は、ポケットからスマホを引っ張り出して、燕真にメッセージを入れておく。

 一方、教務室内では、古文の非常勤講師の伊原木鬼一が、興味深そうに麻由を眺めていた。


「あの女が来た途端に、潜んでいた淫らな邪念が目覚めた。・・・だが。」


 麻由自身が何かの思念に守られており、麻由に向けられた邪気を抑え込んだ為に、教員に巣食う妖気は一瞬しか発せられなかった。


「あの女(麻由)・・・興味深いな。」


 2ヶ月前、茨城童子は、主君・酒呑童子の復活に失敗をした。ただの暴走体として復活した酒呑童子の肉体は、配下の鬼軍団を食い、狗塚家と文架退治屋の連合軍に倒された。

 茨城童子も食われかけたが、宿敵(大嶽丸)に救出されて生き残る。作戦の失敗と敗北、敵に助けられて面子を潰した茨城童子だったが、「復活に足りなかった酒呑童子のコアを手に入れる」為に、生き恥をさらす覚悟で、伊原木鬼一として文架市に留まり、今に至る。


「退治屋絡みの娘(紅葉)も気になるが・・・仕掛ける時ではない。」


 伊原木は、退治屋文架支部との交戦で、紅葉が退治屋の関係者と知っている。しかし、傷か癒えていない現状で、狗塚家&退治屋に存在を認識されるのは得策ではない。今は、優れた龍脈を持つ文架市で息を潜め、力を温存するべき時と考えている。




-渡り廊下-


 紅葉が駆け足で教室に向かっていると、3階に上がろうとする見知った男子生徒と遭遇する。


「おっ!冨久センパイ、オハヨーございます!」

「おはよう。」


 3年生の冨久海跳。1学年上の先輩で、紅葉と同じ文架東中出身。特に仲が良いわけではないが、紅葉はアイドル並の美少女、海跳はイケメン天才児として、どちらも有名人なので、中学時代から互いに認識をしている。

 彼は、前年の生徒会長をしており、当時は副会長だった葛城麻由(現・生徒会長)とは「お似合い」「やがて交際する」と噂になっていたが、彼等の仲が交際に発展することはなかった。


「大学、合格したんですか?」

「滑り止めはな。本命(国公立)は、まだこれからだよ。」

「ガンバって下さいね。」

「おう、サンキュー。」


 紅葉は、特に立ち止まったり寄って行くわけでもなく、社交辞令的な挨拶をしながら通過をする。

 容姿端麗&学情優秀&スポーツ万能の3拍子が完璧に揃い、それでいて驕らないので異性同性問わず人望のある冨久海跳は、複数の女子にとっての、初恋、兼、片想いの対象。

 紅葉自身は海跳には全く興味が無いが、亜美の初恋相手は彼だ。紅葉は「得た情報を早くアミに教えてあげなきゃ」と、今まで以上に駆け足になって、2B教室へと向かう。




-YOUKAIミュージアム-


 紅葉から「先生か生徒会長が妖怪に憑かれてるっぽい」とLINEメッセージを受け取った燕真は、念の為に粉木に報告をしたが、妖気センサーの履歴を確認しても、反応は全く確認できなかった。


「紅葉の気のせいってことか?」

「妖気の発生が一瞬やったらか、センサーで拾えんかったのかもしれん。

 先生って、どの先生や?」

「知らん。」

「生徒会長って誰や?」

「聞いた事ない。」

「なら聞けや。」

「授業が始まったらしくて、電源が切ってある。」

「ちゃんとせいや、燕真。」

「俺の所為じゃねーだろうが。」

「オマンの所為や。お嬢の管理者はオマンやろ。

 念の為に、お嬢の学校を廻ってこい。」

「俺1人で?狗は?」

「狗塚は、自分にミッションを課して、土蔵に隠っとる。

 暇人はオマンだけや。」


 大魔会離反者との交戦以降、雅仁は魔力への干渉力を得る為に、土蔵に隠る機会が増えた。喫茶店の仕事どころか、妖怪事件が発生しても下級クラスだと、燕真に任せっぱなしで出動すらせず、たまに、紅葉に怒鳴りつけられている。

 喫茶店の仕事は、平日の午前中は客が少ない。粉木に指摘された通り「暇人」の燕真は、「行っても意味が無いだろうな」と思いつつ、優麗高周辺のパトロールの出る事にした。


「・・・ったく!仕方ねーな!」


 面倒臭そうな態度の燕真だが、内心では出動が嬉しい。

 理由は、駐車場に駐めてあるバイク。愛車が、中古のお下がりから、新品に変わっている。妖怪退治課主任(妖幻ファイター)に標準配備されるバイクが、ホンダ・VFR1200Fから、ホンダ・NC750Xに変更された。予算の都合で、一度に全部の変更は不可能であり、基本的に都心優先で、地方は後回しなのだが、粉木が少し無理をして(砂影に援護射撃を頼んで)、本部に鬼討伐&ブロント打倒の実績を推して、文架支部への配備を早めてくれたのだ。

 やや余談にはなるが、狗塚雅仁や、猿飛空吾(故人)などのエースクラスになると、希望のバイクを支給してもらえるが、燕真の実績では、まだまだ、その域は当分先。


「欲を言えば、変な装備品は、取っ払って欲しかったんだけどな。」


 相変わらず、西陣織のカバーを貼ったシートと、彼岸花を描いた九谷焼のサイドカバーでカスタマイズしてある。この仕様は、他の妖幻ファイターが搭乗するバイクには無い、燕真だけの特注品だ。不満だが、霊力ゼロの燕真をサポートする為の‘粉木の親心’なので、文句は言いにくい。

 燕真は、新たなる愛車に乗り、エンジンを高々と響かせながら、YOUKAIミュージアム駐車場から飛び出していく。




-優麗高-


 2限目終了後の休み時間、所属する弓道場に行って所用を済ませた葛城麻由が、校舎に向かって歩きながら、校庭の大木を見詰めた。枝に止まっているカラスが少し気になる。普段ならば、野鳥など特に気にしないのだが、ここ数日間は、何故か、カラスに注目されているように思えて落ち着かない。


「こんにゃろー!あっち行け、おばさんカラスっっ!!」

「ク、クレハ!ちょっとっ!!」


 怒鳴り声が聞こえて、2階の窓から、木の枝のカラスに向かって、内履きが投擲された。内履きは、木の枝に当たってカラスを追い散らし、麻由の目の前に落ちる。驚いた麻由が視線を向けると、2年B組の窓から、紅葉が顔を出して怒鳴り、背後から亜美に止められている。麻由は、しばらく紅葉達を眺めたあと、内履きを拾い上げて、再び2Bの窓を見上げた。


「これ、アナタの内履きかしら?」

「あっ、A組の葛城さん!

 それ、この子(紅葉)の内履きです。」

「もしかして、当たっちゃった?」

「当たってはいません。些か驚いただけです。」

「驚かせちゃってごめんなさい。」 「ゴメ~ン!」

「靴、取りに行きなよ。」

「え~~~ァタシが?」

「片足、靴が無いままで良いなら構わないけど。」

「ん~~~・・・取りに行ってくる。」


 紅葉が取りに来る素振りを見せたので、麻由は苦笑をして、「途中まで持って行って渡そう」と、内履きを持って生徒玄関へと向かう。

 その光景を、非常勤講師の伊原木が、3階の多目的室から眺めていた。


「嫌な視線だな。対象は、あの娘(麻由)か?」


 伊原木も、使い魔に監視されていることは気付いていた。しかし、わざわざ敵意を向けて相手から警戒をされる気は無い。悪魔の使いが何をするつもりなのか、高みの見物をする。



-鎮守の森公園近くのビジネスホテル-


 里夢が、使い魔のカラスを通して、優麗高の様子を探っていたのだが、紅葉に追い払われてしまった。


「小娘・・・邪魔ね。オマエになど用は無い。」


 里夢は‘更なる調査’の為に、数週間前から優麗高に使い魔を放っているのだが、紅葉の所為で思い通りに進まない。



-優麗高-


 3年生は、HRと今後の日程確認だけをして直ぐに解散となる。麻由が生徒玄関まで来たら、ちょうど、冨久海跳が帰るところだった。2人は、前年の生徒会で、会長&副会長として協力をした関係だ。


「あら、冨久先輩。」

「おう、葛城か。」

「お帰りですか?」

「残っているのは、今後の方針を決める為に個人面談を希望した者だけ。

 僕は、現時点では、方針に変更が無いからな。」

「第1志望は、帝央大学(国内トップ)でしたっけ?合格できそうですか?」

「こればかりは終わってみないと解らんな。

 だが、泣かずに済む為の努力はしているつもりだ。

 君は来年、何処を志望するんだ?

 君の学力ならば、帝央大学は不可能ではあるまい。」

「まだ、具体的には考えていません。」

「受験生にとっての1年はあっという間だぞ。」

「まぁ・・・そうですね。」

「なぁ、葛城・・・。」

「・・・はい。」


 海跳は、急に改まって麻由を見詰める。一方の麻由は、紅葉の内履きを持ったまま、「なんだろう?」と小さく首を傾げた。


「・・・んぉ?」


 階段を降りてきた紅葉が、生徒玄関に立つ麻由と海跳を発見。まるで、これから、海跳の告白タイムになりそうな雰囲気だ。2人は「やがて交際する」と噂になったが、交際に発展することはなかった。だが、共に容姿端麗&学業優秀&スポーツ万能で、カリスマ性も高く、誰が見ても「お似合い」の御両人。お邪魔虫にならないように、咄嗟に身を隠す。


「クレハ~!」


 階段の上から、亜美の声と降りてくる足音が聞こえる。亜美の初恋相手は、同じ小中学で1個上だった冨久海跳。「海跳の告白シーンを見せたくない」と考えた紅葉は、慌てて階段を駆け上がる。


「アミィ~~!!」

「クレハ、靴は?」

「3時間目が終わったら取りに行く。」

「なんで?今取りに行けば良いじゃん。」

「生徒玄関に野良犬がいた!怖くて通れない!」

「はぁ?」


 亜美にしてみれば、「紅葉なら野良犬くらい、勇敢に追い払うか、平気で仲良くなりそう」なイメージ。何故、紅葉が生徒玄関に行くことを嫌がるのか解らないが、あまりにも力強く拒否をするので、渋々と2B教室へと連れて行かれる。

 一方、生徒玄関の麻由と海跳には、階段での騒ぎが丸聞こえだった。


「・・・野良犬?どこに?」

「さぁ・・・解りません。」

「今の声は、2年の源川かな?」

「あら、ご存知なんですか?」

「同じ中学だ。あまり接点は無いが、彼女、中学の頃から有名人だったからな。

 嫌でも印象には残るさ。」


 海跳は告白をするつもりだったが、紅葉の所為で、そんな雰囲気ではなくなってしまった。それに、今は、まだ受験真っ只中。「余計なことに現を抜かす時ではない」「合格したら改めて」と気持ちを切り替える。


「次に学校に来るのは、第1志望の合格を報告する時・・・にしたいな。」

「頑張ってくださいね。」

「ありがとう。君も、1年後に泣かずに済むように、今から頑張れよ。」

「はい。」


 挨拶をして別れ、麻由は2階の自分の教室へと向かう。結局、紅葉の内履きは、休み時間が終わる直前に、麻由が2B教室まで持ってきてくれた。




-夕方・YOUKAIミュージアム-


『大至急学校まで来て』


 燕真のスマホに紅葉からのLINEメッセージが入った。朝一のメッセージを見てパトロールに行った時は、結局、何も異常を発見できなかったが、何らかの情報を掴んだのだろうか?


「ジジイ!ちょっと行ってくる!」

「おうっ!手に負えんかったら、連絡寄こせよ!」


 相変わらず、妖気センサーの履歴では、何も確認できない。だが、紅葉が何かに気付いた可能性や、妖気センサーでは感知できない魔力絡みの可能性も有る。燕真は、愛車・ホンダNC750Xを駆り、優麗高へと向かう。



-十数分後・優麗高-


「・・・はぁ?もう一度言ってくれ。」


 正門前に到着をして、駆け寄ってきた紅葉の言葉を聞いた燕真は、耳を疑った。


「お迎えゴクロー!

 アミもミキもユーカも、一緒に帰れないんだよねぇ。

 燕真がヒマで良かった~。バスか歩きで帰んなきゃだったんだよ。」

「緊急呼び出しの理由は?」

「1人で帰るの、なんか寂しーから。」


 紅葉の言い分を丁寧に直訳すると、朝は積雪があったので、亜美と共に、自転車ではなくバスで通学をした。放課後になり、亜美は委員会活動に呼ばれ、美希と優花は部活動中。紅葉は、1人で、バス、または、徒歩で帰るのが寂しいので、燕真を呼び寄せた。

・・・ということらしい。

 確かに、紅葉からのメッセージは、「大至急学校まで来て」だけで、特に「妖怪出現」とか「悪魔強襲」とは書かれていない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 出発前、粉木から「手に負えんかったら、連絡寄こせ」と言われたが、燕真は、早急に「コイツは手に負えない」とSOSをしたい気分になった。


「よしっ!帰ろうっ!」


 紅葉は、特に断りも無く、当たり前のようにタンデムに飛び乗る。こうして、新たなる愛車・ホンダNC750Xの、初2人乗りは紅葉になってしまった。


「あっ!葛城さん、今日ゎアリガトねっ!」


 紅葉は渡されたヘルメットを被ろうとしたら、葛城麻由が徒歩で正門を通過する。


「あら、源川さん。どういたしまして。」

「今日ゎ部活ゎ休みなの?」

「積雪の都合で、急きょ休みになりました。

 そちらの方(燕真)はお兄様ですか?」

「ん?俺?」

「お兄様がお迎えに来て下さるなんて、仲の良い御兄妹ですね。」

「燕真ゎお兄ちゃんぢゃないで~す!」

「ボーイフレンド?」


 異性との交際に現を抜かすなど、学業&部活動を優先させる麻由の価値観では義務の放棄。途端に表情が険しくなり、余所余所しく会釈をして、北の方向に足早に立ち去っていった。


「ありゃりゃ?怒らせちゃったかな?

 ねぇ、燕真?ァタシ、なんか変な事言った?」

「オマエが変なことを言うのはいつものことだろう。

 美人だけど、ちょっと高飛車な感じの子だな。金持ちのお嬢様か?」

「ァタシよりカワイイ?」

「オマエより美人で大人っぽい。」

「ぶぅ~~~!」


 どちらが「可愛いか?」に対する燕真なりの解答をすると、図に乗りそうなので、あえて「可愛い」ではなく、「大人っぽさ」で表現をする。紅葉自身、麻由の容姿が優れていることは認めているので、若干のヤキモチはあるが、否定は出来ない。


「ん?」


 正門北側の駐車場出入口から老教師の乗る車が出てきた。離れているのでハッキリとは解らないが、燕真には老教師が麻由を見ているように感じられる。

 老教師は、生徒会顧問として、且つ、2年A組の教科を受け持っており、麻由との接点は多い。麻由は、祖父から大切に育てられた影響で、ややグランドファザコン気味の面があり、同世代間では生真面目すぎる緊張感が、老教師と接する時は解れて穏やかな表情を見せていた。その結果、老教師は「麻由に好かれている」と勘違いをして、今に至る。


「そう言えば、今朝のメッセージは何だったんだ?」

「よくワカンナイ。

 あの子(麻由)がセートカイチョーなんだけど、

 あの子の近くで、一瞬だけ妖気が発生して、直ぐ消えちゃったの。」

「彼女が憑かれているってことか?」

「よくワカンナイ。もうちょっと様子見る。」


 燕真や紅葉は、老教師が邪な思いで麻由を見ていることなど気付いていない。2人は、しばらく、麻由の後ろ姿を見詰めた後、麻由とは反対側(南側)に向けてバイクをスタートさせた。




-数分後・1キロほど北西-


 徒歩で帰宅をする麻由の横に、偶然通過するフリをした地治井先生(老教師)の車が停車する。


「やぁ、葛城さん。今日は雪が積もったから徒歩で帰宅かい?

 乗って行きなさい。家まで送ろう。」

「良いのですか?宜しくお願いします。」


 地治井(じじい)を信頼している麻由は、何の疑いも無く助手席に乗ってしまう。車はスタートして、麻由の自宅の方向へ。信号を幾つか通過して、麻由が住むマンションが見えてきた。


「ありがとうございました。この辺で降ろして下さい。」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 だが、地治井は無言でアクセルを踏んで、車はマンション前を通過。


「あの・・・地治井先生、ここで。」


 驚いた麻由が地治井を見詰める。老教師の顔色は青白く、目は虚ろ。様子がおかしい。地治井の麻由に対する邪な思いは、妖怪の媒体になっていた。地治井の全身から煙が発生する。


「えっ?なにっ?」


 意志を持った煙が車内に充満をして、青ざめた麻由を包む。




-文架大橋-


「燕真っ!止めてっ!!」


 走行中のホンダNC750Xのタンデムで、紅葉が叫び声を上げる。


「はぁ?」

「戻ってっ!」


 驚いた燕真はホンダNC750Xを減速させて路肩に寄って停車させる。


「どうした?忘れ物か?」

「チガウチガウ!あっち(北西側)で嫌な感じがするっ!」


 紅葉が、タンデムに乗ったまま、進行方向と逆を指さしているので、燕真も振り返るが、特に異常は確認できない。


「どこ?」

「もっと遠く!」

「妖怪か?」

「かもしんないっ!」


 燕真はYウォッチをチラ見するが、まだ妖気センサーの通知は来ていない。だが、紅葉の直感的な感知力は信用に値する。


「マジで!?よりによって、このタイミングかよ!?」


 文架大橋は、片側2車線で、中央には分離帯がある。つまり、一度、東詰まで行かなければ、Uターンができない。


「急ぐぞ!」

「ぅんっ!」


 燕真は、バイクを発進させて東詰交差点まで行き、Uターンをして速度超過気味に来た道を戻る。Yウォッチに、粉木からの通信が入った。やはり、紅葉の直感通り「妖怪の出現」で間違いなさそうだ。




-駅北-


 妖怪エンエンラに乗っ取られて、全身が煙に包まれた車が浮上。ひとけが無くて、依り代の地治井が欲望を叶えられる場所を探す。濛々と煙が立ち込める車内では、地治井が麻由に抱き付いていた。


「や、やめてっ!」


 麻由は必死で抵抗をする。しかし、老体にもかかわらず強い力で抑え付けられて、逃げ出すことが出来ない。しかも、嫌でも煙を吸い込んでしまい、意識が朦朧としてきた。このままでは、老教師の欲望の捌け口にされるのは時間の問題だ。


「不埒な!」


 空を飛ぶ煙の塊の上に、猿顔で、身長180センチほどの妖怪が立っていた!猿顔の怪物は、片膝を付いて拳を振り上げ、足元の煙に叩き付ける!拳は妖煙と車の屋根を楽々と貫通して、老教師を掴んで力任せに引き摺り出した!


「今ここで、依り代ごと握り潰されるか、

 車を無事に着地させて、彼女を解放するか、好きな方を選べ。」


 猿顔の人外は、上級妖怪・サトリ。下級妖怪のエンエンラでは、どうあがいても勝ち目が無い。




-優麗高付近-


 紅葉が、燕真の後で大声を上げる!さっきまでとは別の気配の発生を感じ取ったのだ!


「燕真、急いで!」

「急いでるよっ!」


 紅葉をタンデムに乗せたことが徒(あだ)となった。燕真だけなら、ザムシードに変身をしてバイクの機能で現地にワープを出来るのだが、生身の紅葉を乗せたままでは黄泉平坂(ワープロード)に突入できない。


「まだ先か!?」

「もうチョットあっち(北西)!」

「踏切の向こうか!?」

「ぅんにゃ、多分、線路沿いのこっち側!」


 高層マンション(麻由のマンション)を通過。燕真は、出来る限り信号の無い道を選びながら、法定速度を無視してバイクを走らせる。


「んぁぁっ!!?」

「今度は何だ!?」

「嫌な感じ、消えちゃった!」

「はぁっ!?」

「多分、妖怪が消えちゃった。」

「なんで?」

「ワカンナイよっ!」


 目的を達成して満足をしたから消えたのか、他に理由があって維持が出来なくなって消えたのか、燕真と紅葉には解らない。もう、行っても意味が無さそうだが、バイクの走行速度を法定内に戻しつつ、念の為に現地へと向かう。




-駅北・線路沿いの空き地-


 冨久海跳が、屋根に風穴が空いた車の助手席のドアを開けて、意識を失った麻由を引っ張り出して、抱きかかえて車の見えないところまで遠ざかり、丁寧に地面に寝かせる。


「葛城・・・怪我は無いか?」

「う・・・うぅ・・・」


 声を掛けられた麻由が、意識を取り戻して、薄らと眼を開ける。


「冨久・・・先輩?どうして、ここに?」

「偶然、車に閉じ込められた君を見付けてな。」

「私・・・どうして、車に?」


 降車を拒否して走る車、世話になった老教師から発せられた煙、車内で襲われかけた自分。徐々に意識がハッキリしてきて、理解不能な怖い記憶が、麻由の脳内で繋がっていく。


「夢?・・・いったい何が?」

「夢・・・そうだな。君は夢を見ていたのだろう。

 立てるか?家まで送る。今日はゆっくり休め。」

「・・・は、はい。」


 海跳が立ち上がり、麻由に手を差し出す。麻由は海跳に引っ張られて立ち上がり、「そう言えば地治井先生は?」と思い出して、周囲を見廻した。しかし、老教師と車は、何処にも無い。何故、優麗高の通学路とは全く関係の無い、自宅から北西に2キロ近く離れた場所に居るのかも解らない。何一つ状況を把握できないまま、海跳に寄り添われて帰宅をする。


「あの少年が妖怪?」

「うんにゃ。アミの初恋の冨久先輩。」

「今の会話で、平山さんの初恋情報いる?」

「う~~~ん・・・イラナイねぇ。でも重要ぢゃね?」

「全然、重要ぢゃない。妖怪は?」

「消えちゃった。」


 少し離れたところで、ホンダNC750Xに乗った燕真と紅葉が、麻由と海跳を眺めている。朝も今も、新しい愛車で走り回っただけで終了。念の為に周囲のパトロールをして、空き地で、屋根に風穴が空いた事故車両を発見したので、通報だけして帰宅をした。


 使い魔にされた猫が、紅葉が感知できない距離まで離れた位置(見付かると追い回されるから)で、一部始終を、眺めている。




-YOUKAIミュージアム-


「・・・かつらぎ?」


 燕真と紅葉からの事後報告を受けた粉木が、僅かに表情を顰める。葛城麻由の名は初めて聞くが、その珍しい苗字には聞き覚えがある。文架市在住の葛城家は、おそらく五件も無いだろう。


「何処に住んどる娘や?」

「あんまり仲良くないからワカンナイ。」

「徒歩で帰っていたから、優麗高からは遠くないんだろうな。」

「北に向かって歩いていたから、北中学区か、宗平良学区あたりじゃね?」

「写真はあるか?」

「あんまり仲良くないから無いよぉ~。」

「なんだなんだ?

 写真を見て好みのタイプだったら、家を突き止めてストーキングでもする気か?

 結構、美人だったぞ。」

「アホンダラ!そんなんちゃうわ!」


 粉木が、「葛城」と聞いて真っ先に思い出すのは、20代の頃に世話になった葛城昭兵衛のこと。ただし、昭兵衛は、粉木が退治屋として戦い続ける選択をした時点で絶縁している。

 葛城昭兵衛は、亡くなった友人の恋人を、腹の子ごと引き取って、自分の家族として育てたのだが、葛城麻由は、その血縁者だろうか?

 25年前に、粉木が文架市に戻ってきた頃は、世話になったバイク工場は健在だったが、10年以上前に昭兵衛は鬼籍に入り、彼の土地は数年前に領地買収をされて、今は高層マンションが建っている。


「その娘の爺さんの名は聞いとらんか?」

「あんまり仲良くないんだから、わかるわけないぢゃ~ん」

「そやな、すまんすまん。」

「葛城麻由の爺さんや住んでる場所と、今回の妖怪事件が関係あんのか?」

「いや・・・無関係やろな。

 ワシが若かった頃、妖怪とは別の、異世界の秘密結社と戦った話は覚えてるな?」


 それは、50年前、粉木が、異獣サマナーとして戦い、敵組織壊滅の代償で盟友を失った昔話。


「あぁ・・・うん。覚えてる。」

「忘れるわけないぢゃん。」

「すまんかった。葛城と聞いて、当時のことを思い出してしまっただけや。」


 粉木は、過去の思い出に浸って報告を脱線させてしまった自分を律し、妖怪事件に話を戻す。一方の紅葉は、今朝の「嫌な感じ」が、「麻由の周りで発生している予兆」と確信して、今回の事件だけでなく、数日前のショッピングモールでの事件にも麻由が絡んでいたことから、順を追って説明した。


「その嬢ちゃん(麻由)については、まだ何とも言えへん。

 しばらくは、調査が必要やな。

 それよりも、確実に、妖怪事件に絡んどりそうなヤツの処理が先や。」

「屋根に穴が空いた車の持ち主か?」

「人間の仕業やあらへん。確実に、人外の事件に絡んどる!」

「地治井センセーゎ、ツーホーして連れてかれたから、今はケーサツだね!」


 頷き合う燕真&紅葉&粉木。土蔵に引き籠もっている雅仁を連れて、文架警察署へと向かう。




-川西の文架警察署-


 聴取を受けていた地治井が、ようやく解放された。彼は、優麗高の近くで教え子(麻由)を車に乗せて家まで送ろうとしたところまでは覚えているが、その後の記憶が無く、気が付いたら、彼の乗った車は駅北の空き地にあって、車の屋根には風穴が空いていた。

 警察は、「老教師が、意識を喪失させたまま運転をして事故を起こした」と予想しており、周辺の防犯カメラを取り寄せている。少なからず事情を知っているであろう同乗者を突き止めようとしたが、彼女に淫らな感情を持っていた地治井は、「生徒の個人情報は話せない」と口を割らなかった。


「ん?なんだ?」


 警察の敷地から出て歩道を歩く地治井の前に、人影が待ち伏せていた。


「・・・先生。」

「おお、君は?」


 待っていたのは冨久海跳。老教師は、生徒会で世話をした教え子に歩み寄ろうとしたが、凄んで睨み付ける表情に気付いて後退る。


「先生・・・僕の警告、聞いていただけなくて残念です。」


 海跳の全身が闇に包まれ、中から身長180センチほどの、全身に毛の生えた猿顔の人外=上級妖怪・サトリが出現をする。


「オ、オマエが、ワシの邪魔をっ!おのれ、生徒の分際で!!」


 地治井の全身から煙が発せられて、妖怪エンエンラに姿を変える!


「知らぬ仲ではない。

 最初に煙に触れた時から、依り代がアンタと気付いていた。

 アンタの葛城への汚れた思いには虫唾が走るが、

 それなりに世話になった恩があるから、最初は警告で済ませた。」


 サトリが、大きく嘶いて鋭い爪を振るうと、エンエンラはアッサリと引き裂かれて消え、老教師の姿に戻ってしまう!


「ひぃぃっっ!!化け物っ!!」


 歯が立たないと判断して、振り返って逃走をする地治井。


「同じ事をしたら命は無いと、警告はしたはずだ!」


 サトリは、敵意の目をギラつかせ、鋭い爪を立てて、地治井に飛び掛かった!しかし、直後に光弾が飛んで来て、サトリの背中に着弾!


「ヌゥゥッ!?」


 発射元には鳥銃・迦楼羅焔を構えたガルダが立っており、老教師を庇うようにしてザムシードが立つ!


「教員を張り込んでいれば、何らかの情報が得られるとは思っていたけど、

 まさか、いきなり妖怪に出くわすとは思ってなかったな!

 コイツを倒せば、事件解決か!」

「気を付けろ、佐波木!ヤツは上級妖怪!鬼と同等の戦力を持っているはずだ!」

「任せろっ!」


 ザムシードは妖刀ホエマルを装備して、サトリに突進!切っ先の乱打を振るうが、全て鋭い爪で弾かれ、腹に掌底打ちを喰らって弾き飛ばされ、転がりながらガルダの足元に戻ってきた!


「気を付けろ、狗!ヤツは強いぞ!」

「つい先ほど、俺がそう言ったはずだ!

 何が‘任せろ’だ!?俺の話を聞いていなかったのか!?」


 ガルダが、溜息を付きつつ、光弾を連射してサトリを牽制。しかし、サトリは、たまに半歩後退して、足元に着弾する光弾を避ける以外は、殆ど動かない。


「ヤツ(サトリ)め・・・俺の魂胆を把握しているのか?」


 サトリから30mほど離れた真後ろには、地治井が立っている。サトリが回避をすれば、光弾は地治井に当たってしまう為、ガルダは直撃を避ける為の牽制しか出来ないのだ。


「退治屋か?僕は、オマエ達と敵対する意思も、世を乱すつもりも無いのだがな。」

「老人を襲っておいて、よく言えたな!」

「それは、ヤツが醜い欲の塊だからだ!」

「妖怪の価値観に付き合うつもりは無い!」


 サトリがガルダに対応をしている間に、粉木と紅葉が地治井に駆け寄って、安全圏まで誘導する。


「センセー、こっちに逃げて!」

「おお、源川さんか?何故、君が此処に?」

「説明はあとや!先ずは退避せい。」


 見届けたガルダは、改めて、照準をサトリに向けて連射を開始。サトリは、「今からは直撃を狙ってくる」と把握して、フットワークを使って回避する。


「銃口の僅かな角度と、と引き金を引くタイミング、

 そして、僕の体の何処を狙うかという思惑・・・

 それさえ解れば、銃など、さほど怖くはない。」


 サトリは、全ての光弾を体に当たるギリギリで回避している。それは、回避が間一髪になっているからではなく、「この程度の回避で充分」と見破られているからだ。


「チィ・・・コイツ。」

「手の内を読まれているみたいだけど、何度も戦っている敵なのか?」

「いいや、初対峙だ!」


 鬼ですら、ガルダの光弾は大きく動いて回避をしていた。僅かな回避だけで攻略をする妖怪など初めて。ガルダの隣で様子を見るザムシードには、サトリがガルダの戦法を熟知しているようにしか見えない。


「文献で読んだ情報だが、ヤツは、読心を使う!

 俺の意図が読まれているってことだ!」

「そ、そうか!だから俺の攻撃も全て受け流されて・・・」

「君の攻撃は、雑すぎて、読心などせずとも攻略可能だ!未熟者め!」

「えっ!?マジで!?」


 ガルダの光弾は、一発もサトリに当たらない。手の内を把握したサトリは、回避をしながら息を大きく吸い込んだ。


「ケーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!」


 雄叫びを上げるサトリ!途端に、ガルダ、粉木、紅葉の3人は、一瞬だけ、体から魂が剥がされるような錯覚に陥り、ガルダは動きを止め、粉木は脱力して片膝を付き、紅葉は足元をフラつかせて近くの塀に凭れ掛かる!


「拙い!粉木さん!紅葉ちゃんを連れて、雄叫びの干渉外まで離れて下さい!」


 ガルダは「遠距離攻撃でサトリに隙を与えるのは拙い」と判断して、武器を妖槍に持ち変えて突進をする!その間に粉木は、脱力した腰を奮い立たせて、老教師と、意識を朦朧とさせた紅葉を連れて、現場から大きく離れた。


「ジイチャン、アイツ何なの?

 泣き声を聞いた途端に気絶しそうに・・・」

「ヤツは、サトリ!魂の狩人や!雄叫びを聞くと、肉体から魂が抜けてしまう!」

「抜けちゃうと、どうなるの?」

「一定期間、戻れないままだと、死んでまう!」

「戻れないの?」

「陰陽を学んだワシや狗塚なら、他人の‘魂戻し’は出来るが、

 自力で、自分の魂を戻すんは無理や!」

「んぇぇっっ!?

 なら、ジイチャンとまさっちがやられちゃったらヤバいぢゃん!!」

「妖幻システムで守られてる奴等は、ある程度の耐性があるが、

 ワシや嬢ちゃんでは、ヤツの傍にいるだけでも危険ちゅうこっちゃ!」


 退避をしながら、不安な表情で振り返る紅葉。ガルダの妖槍と、サトリの爪がぶつかる!


「抜けかけた事で、読みやすくなったぞ!」

「なにっ!?」

「背負っているのは・・・

 家族の無念・・・父の生きた証し・・・血統の繁栄・・・」

「き、貴様っ!!」

「背負いきれない重み・・・自分自身の才能の限界・・・焦りと虚勢・・・

 ほぉ・・・そして、身近にいる類い希な才能への嫉妬・・・」

「お、俺の・・・心を・・・」

「誰にも頼らずに生きてきた自負と、仲間意識という居心地の良さの矛盾・・・」

「いい加減なことを言うな!」


 心も攻撃も読まれている!動揺をしたガルダの大振りな攻撃では、サトリには全く当たらない!妖槍を弾かれ、サトリの爪がガルダに着弾!体勢を崩したところに、拳の乱打が叩き込まれる!


「僕の言い分がいい加減かどうかは、オマエが一番解っている。」

「くっ!」

「天才と認めてしまった身近な者に、

 オマエ一人では背負いきれない重みを、半分、背負って欲しい・・・

 邪ではないが、逃げの心・・・。その弱さを認めたくない迷い・・・。」

「だ、黙れ!」

「オマエが認めた天才が、全くオマエの方を向いていない苛立ち・・・。」

「だ、黙れっ!!」

「天才には、一途に慕う男がいる。

 オマエは、その男に友情を感じ、天才を略奪できず、全てが手詰まり・・・。」

「だ、黙れぇぇっっ!!!」


 ガルダは、サトリの口撃を浴びるたびに、意識が朦朧として、次第に、単調な反論しかできなくなる。咆吼で魂の防御力を下げ、本人が認めたくない劣等意識を見透かして「勝てない」と言う意識を植え付け魂を無防備にする。それが、上級妖怪サトリの特殊奥義・魂脱術。

 プライドの高いガルダ(雅仁)は、認めたくない劣等と葛藤を徹底的に突かれ、心の中が飽和状態。サトリには、ガルダの肉体から、雅仁の魂が外れかけているのが見える。あとは、妖気を込めた掌底を叩き付ければ、肉体から魂を弾き飛ばせる。


「もう一度言う。僕は、世を乱すつもりも無い。 

 僕の標的を差し出して去れ。そうすれば、退治屋と敵対をする気は無い。

 だが、邪魔をするならば、容赦はしない。これは警告だ。」

「うるさいっ!オマエのような危険な妖怪を野放しには出来ない!」

「そうか・・・ならば!」


 サトリは、ガラ空きになったガルダの腹に蹴りを叩き込んで退かせ、大きく息を吸い込む!


「ケーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!」

「くっ!拙いっっ!!」


 至近距離から咆吼を喰らったガルダは、意識が朦朧とする!妖幻システムには耐性があり、雅仁自身は魂防衛術を身に着けているが、それでも、肉体だけを残して、魂だけが弾き飛ばされそうになる!

 大きく退避をしている紅葉と粉木ですら、咆哮を聞いていると寒気がして、気分が悪くなる。


「はぁぁぁっっっっっっ!!!」


 気勢が発せられ、飛び込んできたザムシードが、振り上げていた妖刀を、サトリの頭に叩き付けた!


「なにっ!?」


 妖刀の直撃を喰らったサトリが両膝を地面に落とす!咆吼が止まり、魂脱から解放されたガルダが、脱力をして片膝を付く!


「オマエ等、俺を忘れすぎだろう!

 心を読むみたいだけど、何で俺が、攻撃をするって予想すらしないんだ!?」

「グゥゥ・・・バカな?」


 サトリは、ザムシードの攻撃が未熟とは把握していたが、舐めていたわけでも、存在を忘れていたわけでもなかった。読心のテリトリーを張っていたにもかかわらず、ザムシードの攻撃意思が読めなかったのだ。


「佐波木・・・平気なのか?」

「何が?」

「雄叫びを聞いて、気分は悪くないのか?」

「雄叫び?うるさいとは思うけど、それが何だってんだ?」

「うるさい・・だけ?」

「尤も‘うるさい度’で言ったら、サトリより紅葉の方がうるさいぞ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 霊感ゼロのザムシード(燕真)には、霊感を圧迫する魂脱の咆吼が効かない?それとも、霊感ゼロなので、効いているけど気付いていない?


「俺には、サトリって妖怪が強いようには思えないんだけど、

 オマエ(雅仁)がそんだけ苦戦するってことは、かなり強いんだろうな。」


 ザムシードが、Yウォッチから水晶メダルを抜き取ると、メダルが虹色に輝き、ベルトが反応をして一回り大きくなり、和船バックルの左脇に、メダルを装填する窪みと、置いたメダルを弾く為のフリッパーが出現。


「だから、全力で戦う!」


 ベルト脇の投入口にセットしたメダルを、フリッパーで軽く弾くと、軌道の光を残しながら、ベルトの中を一周して、右側から和船バックルの中に装填される。


《LIMITER CUT!!》

♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン

《EXTRA!!》 


 アラームが鳴り響き、ベルトの周りで輪を作っていた虹色メダルの軌跡の光が、幾つもの輪になってザムシードの全身を覆う!腕、肩、胸、腰、脛、そしてマスク、各プロテクターが変化!妖幻ファイターEXTRAザムシード登場!


「なんだ?姿が変化した?」


 妖力の絶対値が急上昇をしたザムシードに対して、サトリが警戒をして身構える!

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