第26話・魂食いの魔法陣

-優麗高・放課後-


「ガルルルルルッッ!!!どっか行け、ナマコみたいなォバサンっっ!!!」

「ふにゃぁぁ~~~~~~~~~~~~ん!!!」


 正門で紅葉に威嚇をされた猫が逃げて行った。体育の時間に犬を、昼休みに鳩を、そして今は猫を、「オバサンに見られてるみたいで落ち着かない」と言う理由で追い払った。眺めていた亜美がツッコミを入れる。


「クレハ、クレハ!一体どうしちゃったの!?

 クレハって動物キライだったっけ!?」

「ん!?動物好きだょ!虫は大っキラィだけどっ!!」

「ど、動物を好きな人の対応じゃないよね?

 お昼休みだって、鳩に石を投げていたし・・・。」

「ァレゎ動物じゃなぃょ!ナマコみたいな顔のケバぃォバサンだもん!!」

「オバサン?・・・雌って事?クレハ、見分けられるの?」

「違ぅょ!動物の雌ぢゃなくて、人間のォバサンだょぉ!」


 亜美には、紅葉の言っていることが全く理解できない。何か嫌なことでもあって、機嫌が悪いのだろうか?


「もしかして、昨日、佐波木さんと喧嘩した?」

「ぅん、した!ァタシのこと仲間外れにしたからっ!」

「だ、だから、情緒不安定・・・なのかな?」

「でも、直ぐに仲直りしたょ!

 初めてママに会って、‘尻に敷かれてるみたぃで、

 少し頼り無ぃけどィィ人そぅ’って言ってたょ!

 ママって失礼だよね~!?ァタシ、燕真の事、尻に敷ぃてなぃょねっ!?」

「はははっ、ノーコメント。・・・幸せすぎて情緒不安定なのかな?」


 亜美は、紅葉の奇行に若干戸惑いつつも、ある意味、いつもの事(特に燕真と知り合ってから)なので、敬遠する素振りも見せず、並んで歩く。

 校舎の中からは、吹奏楽部の演奏音が聞こえてきた。


「イケテル、頑張ってるね!」

「明日だよね?吹奏楽のコンサート。会場は、文架文化会館だっけ?」

「どぅだっけ?忘れちゃった。あとで聞いてみるね!」


 先日のスキー企画に参加をした友人・大石行照は吹奏楽部に所属をしている。今は、明日のコンクールに向けて、仕上げの練習に励んでいた。




-夜・YOUKAIミュージアム-


 廃ホテルでのモンスターとの戦闘後、なんのアテも無いまま、市内の捜索を続けていた燕真と雅仁だったが、途方に暮れて、今後の作戦を立てる為に帰宅をする。紅葉が煎れてくれたホットコーヒーで体を暖めたあと、廃ホテルでの戦闘を報告して、続けて、燕真が夜野里夢から聞いた事(場所は秘密)を説明する。


「ヤノリム?なにそれ??」

「あぁ、お嬢には言うとらんかったな。」

「大魔会から、離反者達に向けられた追っ手さ。」

「ガィコクジン?」

「夜野・里夢・・・日本人だ!

 多分だけど、オマエが‘ケバぃオバサン’て表現してる女!」

「お~~~お~~~お~~~!

 ぁの、ナマコみたいなケバぃォバサンがヤノリムかぁ~~!!」


 紅葉には、里夢が放った使い魔に心当たりがあるらしい。・・・てか、何匹か追い払ったっぽい。


「そっか~!学校が狙われやすいから、ナマコのォバサンが見てぃたんだぁ?

 なら明日からゎ追い払わなぃ方がィィかな?

 でも、ホントに、学校を守るのが目的なのかな?

 な~んか、見守ってるって感じじゃなくて、気に入らなぃんだょなぁ~~!」

「何が違うんだ?」

「ん~~~~・・・見守るってのゎ、普段、じぃちゃんがやってるみたいのでしょ?

 ヤノリムゎ、もっとなんか・・・ぉ店のぉ客さんみたぃなのを、

 もっと気持ち悪くした感じっ!」

「なんや、お嬢?よう解らんで?」


 燕真はチョットだけ解った。紅葉目当ての客達の視線を、もっと露骨にいやらしくした感覚・・・前々から、あまり気分の良い視線ではないと思っていた燕真からすれば、とても不愉快に感じてしまう。


「夜野里夢は、‘学校を監視する理由’について、こう言ってた。

 ‘強大な魔術を得る為に、学校は標的にされやすい’ってな。妖怪と同じだよな。

 生徒を見守るのが目的じゃないんだから、仕方がないんじゃないか?」

「なるほどな。妖力も魔力も根幹が同じだから、

 必然的に、同じ行動になるワケか。」

「ん~~~~・・・だけど、解りやすすぎなぃ?

 今みたぃに、ヤノリム(の使魔)がいっぱぃいたら、

 ガィコクジン達、なんにも出来なぃぢゃん!」

「確かにそうやな・・・

 離反者も使魔が使えるよって、里夢の使魔に気付かんちゅう事は考えられん。

 既に学校が里夢に監視されておるくらい、想像するやろな。」

「当然、学校は事件の対象にはなりにくい・・・離反者は、もっと別の場所を選ぶ。

 俺が見付けた隠れ家に、奴等は居なかった。

 つまり、既に何処かで準備をしている。

 普段はひとけが無くて活動しやすいのに、

 容易に学生の生命力を集められる場所・・・

 そんな都合の良い場所在るのか!?」


 雅仁の疑問を聞いた紅葉の表情が徐々に引きつっていく。そして、頭の中の何かが繋がったかのようにいきり立って、燕真の腕を掴んだ!


「ぁるっ!ぁるょ!普段はガラガラなのに、絶対に、生徒がいっぱぃになる場所!

 文架文化会館っ!イケテル達が演奏する場所っ!!」

「川西の大きな建物か?」

「ぅん!明日、吹奏楽のコンクールがあるっ!!

 市内の中学校と高校の吹奏楽部が集まって来る!!

 席は参加者と、見に行く人で、いっぱぃになるょ!!」


 雅仁は、直ぐさま、スマホで情報確認をする。明日、会館大ホールにて、演奏会の予定が入っている。周囲は駐車場や公園があり、住宅街から離れて、使用時以外はあまりひとけの無い場所だ。


「可能性は高いな!人目に付きやすい学校よりも、余程、行動を起こしやすい!」

「当日は、下手すりゃ学校なんかよりも、よっぽど生徒達が密集するぞ!」

「ガィコクジン達の予告日とも合ぅね!」

「行ってみるか!?」

「行くしかないだろ!」

「ァタシも行くっ!」

「お嬢は単独行動禁止やで!絶対に、燕真や狗塚から離れんなやっ!」

「ぅん!もちろんっ!!」


 燕真、紅葉、雅仁は、直ぐに発ち、バイクで文架文化会館に向かう!




-文架文化会館-


 堀田とクロムは、建造物を囲むようにして、小さい魔法陣を規則的に地面に沈めていた。全ての小さい魔法陣が整った状態で魔術を唱えれば、小さい魔法陣同士が干渉をして繋がり、建造物は巨大な魔法陣に包まれる。

 魔法陣の中にいる生き物は、魔法陣に生命力を根こそぎ奪われるだろう。


「いくら里夢でも、文架市全土で、魔方陣を探すような無駄な労力はかけまい。」

「土地勘の無い里夢に、この場所を割り出すのは不可能だ。」


 鬼が優麗高校に施した呪印と同じような機能を持つ魔方陣である。妖術も魔術も、放出時の種類が違うだけで、根幹は同じ。一度地面に沈められた魔法陣は、鬼印と同様に見付けにくい。魔術師が「在るか無いか解らないけど念の為に確認する」つもりで探さないと発見する事は出来ない。


「ふぅ~・・・これで完成だ!」

「あとは、この場所にガキ共が満ちたら、魔法陣を発動させるだけ!」


 広い魔法陣とは言え、2人がかりで完成させる時間は充分にあった。離反者2人は、互いの顔を見て、満足そうな表情で頷き合い、その場から立ち去っていく。




-数分後-


 バイク音が鳴り響き、燕真&紅葉&雅仁が到着をした。隣接公園には数人の若者グループや、カップルがいるが、施設の相対的な広さから考えれば、殆どひとけが無いと言っても過言ではない。


「此処ならば、コソコソと何かを仕込んでいても、誰も気にしないだろうな。」

「離反者達・・・いるかな?」

「どぅだろ?・・・でも、建物の周りに、何か有るょね?」

「建物の周り?公園の植樹の事か?」

「違ぅょ!地面にモヤモヤしたヤツっ!鬼がやったのと同じようなヤツ。」

「・・・鬼の呪印か!?」

「ぅんぅん、それそれっ!色が違ぅけど、モヤモヤ感ゎ一緒かな?

 まさっちゎ見ぇなぃの?」


 雅仁は、眼を細めて‘見る努力’をしてみるが、異常な物は何も見えない。元々雅仁には、地面に隠された鬼の呪印も見る事が出来ないので、見慣れていない魔法陣なんて、尚更、見えるわけがない。


「悔しいけど、俺には解らないな・・・。」

「俺も同じだ。・・・紅葉が言うようなのは何も見えない。」

「オマエと一緒にするな!」

「燕真にゎ聞ぃてなぃっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな言い方しなくても。」

「何処にある?紅葉ちゃん?」

「ん~~~~~~~~~~・・・何処って言われても、どれを言えばィィんだろ?」

「・・・・ん?」

「10mおきくらぃに、建物の周りにいっぱぃあるょ!どれを言えばィィの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真と雅仁は、紅葉が指さす方向に視線を向けるが、やはり何も見えない。静寂に包まれた文化会館があるだけだ。


「と、とりあえず、一番近いヤツは?」

「その木のとなりっ!何かしてみるの、まさっち?」

「無駄だと思うけど、念の為に・・・な。」


 雅仁は、紅葉が指定をした植樹枠に近付き、鬼の呪印を祓うのと同様に、護符を置いて印を結んでみる。しかし、護符は全く反応をしない。


「いつもみたく、パチンて反応しなぃねぇ?

 やっぱ、妖怪退治の道具じゃ、魔術ゎ消せなぃのかな?」

「予想はしていたがな。悪魔と同じで、妖気祓いでは対応出来ないってことさ。」

「銀塊でもダメ?」

「無駄だろうな。俺では、霊力を魔力に変換できない。」

「ん~~~~~~~~~~~困ったなぁ~~~・・・どうしよう?」

「どうする事も出来ないな。現状は把握出来た。

 一度、YOUKAIミュージアムに戻ろう。」


 それまで、雅仁と紅葉の会話に全く参加出来ずに、ボケッと突っ立って聞いていた燕真だったが、ようやく自分にも理解出来る言葉が聞こえたので反応してみる。


「え!?来たばっかりなのに、もう帰るのか!?」


 滞在時間10分弱・・・燕真達は、念の為に会館の施錠を確認し、周辺に離反者が居ないかを見て回ってから、YOUKAIミュージアムに向けてバイクを走らせる。




-明森町・廃ホテルの手前-


 ワゴン車(レンタル)で隠れ家に向かう道中で、助手席のクロムが、運転席の堀田を止める。隠れ家付近に放っておいた使魔が、「何者かがアジトを訪れ、仕掛けを発動させた」記録を報告したのだ。


「退治屋の若僧か?・・・仕方がない。場所を移そう。」

「フン!ノコノコと寄って来たところを返り討ちにすりゃ良いんじゃね~か!?」

「そう言うワケにはいくまい!

 今の俺達が置かれている状況は、奴等を侮った結果だ!」

「どっちの若僧だ!?素人の方か!?」

「いや、優等生面しているヤツだ!なかなかの切れ者だな。」

「チィィ・・・面倒クセー!!」

「まぁ、そう言うな!

 魔法陣が発動さえすれば、退治屋には何も出来なくなる!

 奴等は、俺達の要求を受け入れるしかない!

 それに、里夢が動き出す前に、俺達は強大な魔力を得られる!

 これは、大事の前の小事と考えるべきだ!」


 離反者達は車の進行方向を変え、新しい隠れ家を探して走り出す。




-YOUKAIミュージアム-


 帰宅をして、現状報告をするのだが、「魔法陣に護符が反応しない」のでは、粉木にも打開策は思い付かない。


「夜野里夢に相談するしか無さそうだな。」

「確か、鎮守の森公園前のビジネスホテルに泊まるいうておったな?

 連絡してみるか?」

「ダメダメダメダメダメッ!!ォバサン呼ぶのダメッ!!

 ァィッ、スッゲ~嫌な感じの眼で、監視してる!!

 ぁんなんで、ィィ奴のヮケ無ぃ!!絶対に悪者っ!!」

「確かに、彼女は味方ではないけど、敵でもないんだぞ!

 悪者扱いはチョットなぁ~。」

「だったら、ヤノリムのィィところを100個言って!!」

「・・・100個も?急にそんな・・・」

「言えなぃでしょっ!ほら、ィィ奴じゃなぃぢゃん!」

「なんやお嬢、里夢の使魔になんかされたんかいな?」

「されてないけど、女の勘!!絶対に嫌な女!!」

「・・・根拠無しか?」


 こうも、感情任せに全否定されると、少し困惑してしまう。


「そぅだっ!

 まさっちが、モヤモヤの上に、別のモヤモヤをやって、

 モヤモヤを邪魔しちゃえば良ぃんじゃねっ?」

「魔法陣に鬼印を被せるって事か?」

「不可能だ!あれは、妖術であって、霊術ではない!俺には、敷く事は出来ない!

 そもそも、鬼印は念を増幅させて妖怪を呼ぶ為の外法。

 浄化専門の俺達は学べない術だ!」

「チェッ!名案だと思ったのにぃ~~!」

「確かに、魔法陣の上に邪魔なもんがあれば、かなり効果があるやろう。

 ワシ等には出来ん技術やけど、決して見当外れなではないんやろな。」

「オマエ(紅葉)は出来ないのか?」

「やったこと無~ぃ!」

「お嬢がそんなもん出来たら、退治屋の討伐対象やで!」

「ん~~~~~~~~~~~~・・・・・・だったら、妖怪なら出来るかな?

 呼んで、聞ぃてみよっか!」

「・・・誰を?」

「氷柱女のぉ氷!」

「これから山を登るのか?」

「まさかぁ~!コレだょコレっ!」


 紅葉はそう言うと、スマホの画面を操作して電話をかける。


「ぁっ!ぉ氷!!寝てた!?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 聞きたぃ事ぁるんだけど、今から来られる!?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんな事言ゎなぃで、来てょぉ~~~!ねっ、ねっ、ぉ願ぃっ!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ぅんぅん、粉木のじぃちゃんちっ!!」

「なんで・・・氷柱女と電話連絡が出来るんだ?」


 燕真が首を傾げていると、換気扇から事務所内に、雪混じりの冷たい風が吹き込んできて、しばらく吹雪が吹き荒れ、気が付くと、スマホを耳に当てた氷柱女が、ソファーに座っていた。


「なんで・・・氷柱女がスマホを?」

「じぃちゃんにぉ願ぃして、ぉ氷用を買ってもらっちゃった!

 時々、ぉ氷が、電波の繋がらなぃところに行っちゃうから、

 連絡取れなくて不便だけどね!」

「げーむとやらは暇潰しになって良いが、小娘からの‘め~る’が多すぎる!

 返信をしきれないから、もう少し減らしてくれ!」

「妖怪のクセに、文明の利器に馴染みすぎだろう?

 だいたい、紅葉は、いつ、氷柱女とメールなんてしてたんだ!?」

「数学の授業中とか・・・英語の授業中とか・・・理科の授業中とか・・・」

「授業中は勉強してろっ!!」

「だぁってぇ~~・・・何言ってるか解らなぃから、暇なんだもぉ~ん!」

「落ち零れると、卒業後に、進学も就職もできなくなるぞっ!」

「それゎ心配なぃっ!卒業したら、退治屋に就職してあげるんだもんっ!!」

「勝手に決めるなっ!!」

「まだ、内定出しとらんで!」


 氷柱女がスマホを持たされてゲームに嵌っている事や、紅葉が授業を真面目に聞いていない事など、注意しなきゃ成らない問題は多々あるが、今、優先すべきは、そんな日常的な事ではない。明日に迫った危機の事である。・・・まぁ、紅葉の素行の悪さも、かなりの危機だけど。


「鬼の呪印か・・・

 あれは、妖怪でありながら人間に近い鬼族だからこそ可能な技術。

 特に、幹部クラスの鬼しか扱わない技術だ。

 ‘周到に準備をする’だの‘搦め手から敵を攻める’等と言う行為は、人間の思考だ。

 我等のように、本能的に行動をする一般妖怪の概念には無い。」

「ぉ氷にも出来なぃの?」

「その様な事が出来れば、鬼に住処を奪われるような醜態は晒さずに済んだ。

 真似事は可能だが、呪印に長けた鬼でもあるまいし、

 山頭野川沿いの建物(文化会館)にある魔法陣とやらを、

 邪魔するほどの呪印を敷く事は出来んな。」

「なんや、お氷にも見えとったんか?」

「あぁ・・・煩わしい術だ。干渉は出来ないが、嫌でも眼に入ってくる。

 粉木や、鬼の退治屋には見えないのか?・・・紅葉にも見えているのだろう?」

「ぅん、見えてるょ。

 頑張って妖気を見るってクセが無ぃから、普通にしてても見ぇるみたぃ。

 でも、マホージン消すとか、呪印とかってモヤモヤ出すのは、

 どうやればィィのか解らなぃんだょね。」


 結局、氷柱女を呼び出しても、解った事は、鬼が他の妖怪とは一線を画した存在って事だけだった。これ以上話しても進展は無さそうと諦めかけたが、氷柱女は、何か言いたげな表情で、紅葉を見詰めている。


「言っただろう。鬼族が呪印に長けるのは、思考が人間に近いから・・・と。

 確証は持てないが、あるいは紅葉ならば・・・可能かもしれんな。」

「ぇっ!?ァタシっ!!?できるかなっ!?」

「真似事ならば教えられる。試してみるか?」

「ぅ、ぅん!ゃるゃるっ!!」


 紅葉は嬉々として、燕真&粉木&雅仁は、紅葉に白羽の矢が立った事を驚きの表情で眺める。普段ならば、そんな危ない事はさせたくないのだが、魔法陣に対抗策が無い現状では、紅葉の潜在力に頼るしかないと考え始めていた。


「なにを、ど~やればイイの?」

「先ずは、黙って観察しろ。」


 氷柱女が事務所の床に手を充てて、呪文を唱え始める。すると、掌から闇の玉が出現をして床に半分潜り込み、氷柱女が手を離すと、空気に溶け込むようにして、直ぐに消えてしまった。


「おいおい・・・退治屋の事務所の床に、妖怪の呪いを沈める気かいな?」

「安心しろ。私は、鬼のように呪印に長けているわけではない。

 それに、この建物は、邪気に対する防衛が施されているのであろう?

 見た通り、私の弱い呪印では、地に沈む前に防御に弾かれて消滅をしてしまう。」

「ふぅ~~~ん・・・

 此処って、そんなの(邪気防衛)がしてあったんだ?知ってた、燕真?」

「いや、初めて聞いた。」

「霊力が強すぎて些細な干渉では違和感が無い紅葉ちゃんと、

 霊力が全く無いので気付きすらしない佐波木か・・・相変わらず両極端だな。」

「さぁ、小娘。今と同じ事をやって見せろ。」

「えぇ!?もぅやるの!?呪文とかゎ教ぇてくれなぃの!?」

「オマエに呪いの言葉を覚えさせるつもりはない。呪文など何でも良い。

 強い気持ちを封じ込めれば、それで良いのだ。

 興味のある事や、心に強く思う事を念じながら、掌に呪印を作ってみろ。」

「ぅ・・・ぅん。やってみる。」


 皆が見守る中、床に手を充て、何やら小声で呟き始める紅葉。燕真が「どんな呪文を唱えているんだろう?」と耳を傾けてみる。


「・・・とカラオケ

 ・・・とお寿司

 ・・・と焼き肉

 ・・・と遊園地

 ・・・と海

 ・・・と旅行

 ・・・と一緒に住む」


 様々な願望らしき言葉が聞こえる。「・・・」の部分は良く聞こえないが、おそらく名詞だろう。「・・・」は「亜美」とか「ママ」だよな?と考えつつも、燕真には嫌な予感しかしない。

 しばらくすると、掌から白い玉が出現をして床に半分潜り込み、直ぐに空気に溶け込むようにして消えた。


「ぁりゃ?ぉ氷の時と同じになっちゃったっ!失敗?

 もっと強く念じなきゃダメなのかなっ??」

「いや、今はそれで充分だ。あとは、呪印の種類の問題だからな。」

「・・・種類?」


「粉木・・・先日、紅葉が大きな霊力を発したようだが、アレは何があった?」

「・・・・・ん?」

「急激に霊力を枯渇させただろう?

 派手に霊力が動いたからな、気付かぬワケがなかろう。」

「・・・聞いてどうするんや?」

「言いたくなければ言う必要は無い。だが、アレと同じ事をしてくれ。」


 氷柱女が、「水晶メダルへの霊封」を言っている事は、その場にいる誰もが直ぐに解った。


「え~~~~~~~~~~~~っっっ!!!マジでっっ!!?またァレやるのっ!?

 体がバラバラみたぃになって、

 次の日の昼くらぃまでヘロヘロで動けなくなるから嫌なんだょな~~!」

「ならば、明日の昼まで、佐波木の部屋で寝ていれば良かろうに。」

「ぅん!ならィィ!」

「ダメだダメだ!何が何でも自宅に送り返す!!

 グッタリ&フニャフニャな女子高生なんて部屋に転がしておいたら、

 世間様から、どんな凄まじい誹謗中傷を受けるか、

 考えただけでもゾッとする!!」

「え~~~~~~~~~っ!燕真のケチっ!!」

「グッタリ&フニャフニャ無抵抗な物が部屋に転がってたら、

 俺が100%間違いを起こす!!

 オマエは、俺が健康的な男って認識と、自分が年頃の女って自覚を持て!!」


 粉木からすれば、2日続けて紅葉が脱力するのも困りものだが、それ以上に、「水晶メダルを使え」と言う指示に困惑をしてしまう。昨日は、紅葉に説明をして、今の立場を知ってもらう為に、金庫から出したが、紅葉がメダルに念を込めたのは想定外だった。氷柱女を信用していないワケではないが、何度も人目にさらして良い物とは考えていない。


「お嬢にアレをやらせる以外の方法は?」

「無い。この方法が、成功するかも解らぬ。」

「ワシや狗塚ではダメなんか?」

「可能性があるのは紅葉だけだ。」

「解った・・・しゃ~ないか。」


 粉木は、大きな溜息をついて立ち上がり、金庫の中から水晶メダルを取り出して、紅葉に差し出した。質感は昨日と同じまま、エクストラの力を発現させるスイッチは起動していない。

 水晶メダルを受け取る紅葉。昨日と同じように、全身が熱く高揚してくる。流石に不安なのだろうか?紅葉は「握っていてくれ」と、空いている方の手を燕真に差し出した。

 燕真は、何も言わず、紅葉の手を両手で握り締める。途端に、紅葉に握られていたメダルが、鈍く光を放ち始めた。


「き、昨日と同じ!ゃるょ、燕真!」

「・・・あぁ!」

「うにゃぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 紅葉は、腹を括り、奇声を発しながら水晶メダルに霊力を注ぎ始める。


「その緊張感の無い掛け声は、もう少し何とかならんのか?」




-数分後-


 昨日と全く同じ・・・テーブルの上には、それまでと変わらない透明色のメダルが置いてあり、ソファーでは紅葉が脱力している。


「ふぇ~~~ん・・・体がバラバラになったょぉ~~~~~~~~~。」


 もちろん、本当にバラバラになったワケではなくて、紅葉が体感をその様に形容している。全てが昨日と同じ。こんな状態で、何が出来るというのだろうか?


「そうか!メダルを使って呪印を作るんだな!!」

「才能が無い奴は黙ってろ!」


 燕真が発言したら、即座に氷柱女から一喝される。


「さぁ、準備は出来た。行くぞ、紅葉。」

「ほへぇ~~~~~・・・どこぇ~~~?」

「決まっているだろう。魔法陣とやらが施されている場所だ。

 オマエはその為の準備をしてのであろう?」

「・・・今からか?紅葉がガス欠なのに?」

「そうだ、今行かずに、いつ行くつもりなのだ?

 佐波木、オマエが責任を持って、小娘を連れて行けよ。」

「おいおい・・・こんな有様で文化会館に行って、何が出来るんだよ!?」

「先に行っている。」


 燕真的には質問の途中なのだが、氷柱女は聞く耳持たず・・・体を吹雪に変化させて、サッサと、窓から飛び出して行ってしまった。

 紅葉が足腰の立たないフニャフニャ状態なのに、バイクで慌てて氷柱女を追い掛けていくのは危険だ。粉木が車を出す事になり、後部座席に紅葉を転がし、助手席に燕真が乗り込み、マスクドウォーリアの襲撃に備えて雅仁に留守番を頼み、文架文化会館に出発する




-文架文化会館-


 到着をすると、氷柱女が幾つもある魔方陣(燕真と粉木には見えない)のうちの一つの前に立ち、を指で示した。


「先ほどと同じように、魔法陣があるこの場所に、オマエの呪印を沈めてみろ。」


 紅葉に「自分で動けるか?」と尋ねたが、まだ無理っぽかったので、燕真が紅葉を背負って、粉木と並んで、氷柱女の居る場所に駆け付ける。


「んぇ~~~~・・・?まだ体がバラバラだからムリだょ~~。」

「良いからやってみろ。今のおまえに出来なくば、出来る者は誰も居なくなる。」

「ん~~~~~~~~~~~・・・死んじゃぅょぉ~~~。」

「死ぬ事はあるまい。

 今以上に動けなくなったら、動けるようになるまで、

 何日間でも、佐波木の部屋で寝ていれば良い。」

「ん~~~~・・・ワカッタ。なら、頑張ってみる。」

「ダメだダメだダメだ!俺が監禁罪で逮捕されるっ!!!

 ・・・てか、そんな事を許可したら、

 コイツは、元気になっても、そのまま居座り続けるっ!!」


 紅葉が燕真の肩をポンポンと叩いて「降ろしてくれ」と言うので、燕真は紅葉の体調を気遣いながら、魔法陣がある場所に降ろす。地面にペッタリと腰を下ろしたまま、怠そうにして動けない紅葉。直ぐにでもその場に寝転がりそうな状況である。


「さぁ・・・やってみろ。」

「・・・・ん。」


 紅葉は、モヤモヤ(燕真達には見えない)が上がる地面に掌を置き、先ほどの事務所と同じように呪印を念じてみる。しかし案の定、既に霊力が枯渇している紅葉からは、何も放出されない。


「ダメみたぃ・・・。」

「以前、闇に食われかけた佐波木を救った時・・・

 おまえは、何かを感じなかったか?」

「・・・・ぇ?」

「あの時を思い出せ。」

「・・・燕真を助けた時?」


 あの時の紅葉は無我夢中だった。「自分の内包霊力が足らずに、燕真が助からない可能性」は考えていなかった。霊力を放出して急速的に力が抜けていったのに、気持ちが高揚して、枯渇のあとに、強大な霊力が溢れ出した。


「そっか、ぁの時ゎ、今よりも、もっともっと、霊力を出せたね!」


 地面に置いた手の甲を見つめ、死にかけていた燕真に霊力を注いだ時をイメージして、意識を集中させる紅葉。


「んんっ!」


 まるで、紅葉の中で「ドォォォンッ!!」と音を立てて、何かが弾けたような気がした!そして、ダムが開かれて堰き止められていた物が流れるように、霊力は次から次へと溢れ出し、地面に注がれていく!


「わっ!わっ!出来たよ、燕真!出来たょ、お氷!これで、ィィんでしょ!?」

「そうだ。それで良い。」


 氷柱女は紅葉の霊力発言を見てコクリと頷いたあと、粉木に視線を移す。粉木は驚いた表情で紅葉を眺めたあと、氷柱女と視線を合わせる。


「お氷・・・、お嬢がこれほどの霊力を潜在していたんを、知っとったんか?」

「上辺の霊力に覆われて隠された真の力・・・。

 上辺を枯渇させなければ発揮はされない。

 粉木よ・・・小娘はこれで良い。

 あとは、おまえや佐波木が、小娘を確りと支えてやる事だな。」

「どういうこっちゃ?」

「それは、私が言うべき事ではない。

 有紀は、おまえ等に期待をしているから、私を紅葉に会わせた。」


 氷柱女は、外灯に照らされた紅葉の影を見つめる。粉木も燕真も気付いていないが、紅葉の影は、紅葉の姿とは僅かに違う。木の枝や植樹の影が重なっているからなのだろうか?多方向からの照明で薄く象られた影の頭からは、まるで、角のような物が生えているように見える。


「あとは、おまえ達で気付き、おまえ達で納得せねばならぬことだ。」


 紅葉と氷柱女は、地面に隠された魔法陣が、紅葉の霊力で丸々覆われた手応えを感じる。魔法陣を消す事は出来ないが、これで、この魔法陣は、周囲を霊力によって邪魔されて、直ぐには発動出来なくなっただろう。


「終わったぁ~~~!疲れたょぉ~~~・・・もぅ死んぢゃぅ!」

「小娘・・・あと幾つ出来る?」

「ぇっ!?まだ、ゃるのっ!?」

「もちろんだ。魔術の印は、腐るほど有る。

 1つ妨害した程度では、どうにもならんぞ。

 全部覆えとは言わぬが、可能な限り覆え。

 そうすれば、建物を囲むはずの巨大魔法陣は、

 発動が遅くなり、効果も薄くなる。」

「マジでっ!?1個ぢゃ、ぁんまり意味無ぃの!?

 きっつぅ~ぃ!人殺し~~~!!!」


 呪印を消滅させるのであれば、相反する霊力を、呪印の持つ力と同程度送り込むだけで良い。だがこの度は、消す技術が無い為に、魔力呪印を丸々覆わなければならないのだ。消費霊力量にすれば、消滅させる場合の3~5倍は必要になる。しかも、紅葉が普段使い慣れていない「眠っている力」なので、コントロールが上手くいかず、無駄に浪費をしてしまう。これは、類い希な才能を持つ紅葉でも、凄まじく燃費の悪い対応策なのだ。




-約1時間後-


 ヘロヘロになった紅葉を、燕真がマンションに送り届ける。先日と違って、立つ事すら出来ないので、母親の案内で、背負ったまま紅葉の部屋まで運んで、ベッドに寝かせる。紅葉の部屋に入るのは初めてだが、ジックリと観察をして、年頃の女の子の趣味を楽しむ余裕なんて全く無い。


「あ・・・あの・・・俺はこれで。」

「お疲れ様。」


 紅葉の母親が見送ってくれるが、どう見られているのかを想像するのが怖くて、眼を合わせられない。有紀が妖幻ファイターハーゲンだった頃の話を聞きたいが、話が脱線して「娘をどう思っている?」なんて聞かれたら、どう解答すれば良いのか解らない。キスすらしていないのに責任を取らされそうだ。昼間の「里夢との行動」なんて見られていたら、背中を滅多刺しにされても文句は言えないだろう。もう、生きた心地がしない。地獄である。


「じゃあ・・・失礼します。」


 文化会館に張られた魔方陣のうち、1/10程度は封じ込めた。氷柱女は、「これで、大魔法陣が発動してもまともに機能しないだろう」と言って、山に帰った。出来る事は全てやった。きっと明日は、紅葉はベッドから這い出る事すら出来ないんじゃないかな?




-YOUKAIミュージアム-


 燕真と粉木が帰宅すると、夜にも関わらず、事務所に客が訪れていた。本部の砂影に派遣された猿飛空吾である。


「相変わらず生真面目というか、物静かっすね?

 本部で学んでいた時のまんまっすよ!

 もう少しパリッと元気良く出来ないっすか!?」

「い・・・いや・・・俺は。」

「今の話、他の奴にすれば、もっとウケるのになぁ~~!にゃっはっはっはっは!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 留守番役として、猿飛の話し相手(ほぼ会話の一方通行)をしていた雅仁が、粉木と燕真に、「珍しく助けを求める」様な眼で困惑している。妖怪退治ではイニシアチブを発揮するが、人間関係は上手く対処を出来ない雅仁らしい対応だ。

 猿飛は退治屋組織内でもトップクラスの「お喋り好き&他人を弄るのが好き」である。基本的に必要事項以外はあまり話さない雅仁とは、性格的に全く合わないのだろう。


「おぉ!粉木さん、お久しぶりっす!

 この店、いつの間にか喫茶店になっていたんすね!」

「おぉ、来おったか猿飛!頼りにしてんで!」

「君が佐波木っすか?噂は聞いてるっすよ!

 退治屋有史以来の、最も才能が無くて、根性だけの奴っすね!

 うん、その顔からして、才能は無さそうだ!」

「それ、誰からの情報だよ?

 ジジイ、コイツ、誰だ?ジジイの知り合いみたいだけど蹴飛ばして良いか?」

「まぁ、そう言うなや。悪い奴じゃあれへん。

 本部付けの猿飛空吾。オマンからすれば、大先輩の現役退治屋や。」

「よろしくっす!」


 猿飛が笑顔で握手を求めてきたので、渋々と応じる燕真。

 文架市の退治屋に新戦力が加わったので、粉木は、改めて現状を整理して説明する。猿飛は、真面目な表情になって現状把握をして、粉木の話が一段落したところで、事前に仕入れた情報と、自分の考えを話し始めた。


「なるほど、場所は文化会館。狙いは学生の集まりっすか。

 ‘普段は人が居ないけど、何かの機会に大勢集まる場所’を探すべきと、

 里夢ちゃんも言ってたっす。

 だいたい、予想通りっすね。」

「なんや、オマン?夜野里夢と会うたんか?」

「はい。互いに不可侵ですが、顔見知りですし、

 今回は利害が一致してるっすからね。

 此処に来る前に、彼女が言える範囲で、知っている事を聞いてきたっす。」

「・・・まぁ、オマンらしい合理的で無駄の無い行動やな。

 若い奴等(燕真&狗塚)にしてみれば、

 オマンが加わる方が、良い刺激になるのかもしれん。」

「・・・会話は無駄だらけだけどな。」


 行動に無駄が多い燕真や、プライドが高くて人を頼ろうとしない雅仁とは違い、猿飛は可能な範囲で最短のルートを選択する。それが、猿飛のアプローチ方法である。粉木は、以前から、彼の合理性を評価していた。


「・・・で、今後の方針は?

 俺は、襲撃時期と場所が解っているなら、

 防衛を強化して、離反者を待つべきと思うっす。

 目立った動きをして、奴等に作戦変更をされては、

 いつ終決をするのか解らなくなるっすからね。」

「言えてるな!いい加減、奴等の動きばかりに惑わされるのは、飽きてきた!」

「・・・俺も、猿飛さんに同意します。

 リスクのある作戦ですが、防衛を出来る自信はあります。

 それに、離反者は、こちらの戦力が増強された事を知りません。

 奴等は、戦力的には自分達が有利と考えているはずです。

 慢心する奴等を待ち伏せて、

 こちらの戦力を把握をされる前に総力で叩くべきです。」

「猿飛のオッサンの実力は解らないけど、オマエの自信には期待してるぜ、狗塚!」

「俺の実力だって期待して良いっすよ!」

「よっしゃ!それで行こう!みんな、頼んだで!!」


 4人の退治屋は、互いの眼を見合わせて、力強く頷き合う。


「作戦が決まったところで粉木さん・・・1個質問、良いっすか?」

「ん?なんや、猿飛?」

「例の銀色のメダル・・・本棚の後ろっすよね?」

「な、なんやオマン?藪から棒に?砂影に聞いたんかい?」

「いえいえ、勝手な想像っす。

 昔から粉木さんて、大事な物はいつも小難しい本が並んでいる本棚に隠すから、

 どうせ、また同じだろうな~っと思ったっすよ。

 今回は、銀色メダル防衛も兼ねているっすからね。

 俺だって、所在を知っておくべきと思ったっすよ。」

「なんだ、ジジイ?

 昔から、見付けられたくない物は‘とりあえず本棚の後ろ’なのか?

 思春期少年の、赤点のテストや、エロ本を隠すのと同レベルなんだな?」

「・・・エロ本と一緒にすんなや。」


 こうして、決戦前夜の一日は幕を閉じる。

 重要な作戦会議が終わった後、燕真が言った「赤点のテスト」&「エロ本」から、猿飛が話を広げ、凄まじく無駄な議論(と言うか猿飛の独演会)が3時間ほど続くのだった。燕真は最初は話し相手になっていたが、だんだん嫌になってきて、後半はひたすら聞き役になり、粉木はいつの間にかソファーで眠っており、雅仁に至っては気が付いたら事務所内から居なくなっていた。


「それでな、聞いてるか?佐波木!

 そいつの母ちゃんは、テストの赤点の事で怒っていたのに、

 探したらエロ本が出るわ出るわで・・・」

「赤点の説教どころではなくなったんだろ!?さっき聞いたよっ!!

 あ~~~~~~~~~~~眠い。この話、いつまで続ける気なんだ?

 ・・・てか、しれっと逃げた狗がムカ付く!」


 この男と紅葉が組んだら、72時間くらい延々と休みなく喋り続けそうだ。絶対に会わせたくない。




-翌朝・文架文化会館-


 各校の演奏出演者達が、楽器の入ったケースを持って、会館前に集まり始める。中には、紅葉の友人・大石行照の姿もある。


「イケテル、ガンバ!」

「緊張しないようにね!」

「応援してるね。」

「サンキュー!」


 緊張気味の友人を、応援に来た紅葉&亜美&優花が和ませる。美希や永遠輝達は、開演直前に来るつもりらしい。昨日の調子では、今日は紅葉は一日中床に伏せるだろうと思われたが、寝て起きたらスッカリと元気になっていた。

 燕真は、紅葉達の近くで、話を聞き流しながら、不審人物が近くに存在していないかを注意深く探っている。やがて、「演奏者は入って下さい」と言う案内があり、行照は、紅葉&亜美&優花に手を振って、他の吹奏楽部員と一緒に、楽器ケースを担いで会館内に入っていった。


「アイツ、吹奏楽部だったんだ?

 もう片方(永遠輝)と比べて器用に見えるから、楽器とか似合いそうだな。」

「んっ!イケテルゎ中学の時から楽器やってるんだよ。」


 雅仁と粉木は、一足先に会館内に入って、各部屋を入念に見て回る。言うまでもなく、身を隠せそうな場所はいくらでもある。やはり、捜し廻るよりも、待ち伏せた方が確実だ。2人は、最初に確認をした演奏会場(大ホール)に戻り、慌ただしく準備が進められている周囲を見回してから、雅仁が床に手を置く。

 広いが、密閉されており、雅仁が霊力を充満させるには充分な場所のようだ。2人は互いの眼を見て頷き合う。


「仕掛けます。」

「ああ、頼む。この会場の守りは、オマン次第や。」


 会館の外では、猿飛が、歩いて周辺のパトロールをしていた。会館に入るには、正面と裏の入り口の他に、通用口が2つと、物品搬入の車両用シャッターが1つ。霊術視点で考えれば、結界の中心にいなくても結界の発動は可能である。結界の中にさえいれば、それが端っこでも問題は無い。同じ解釈をすれば、魔法陣の発動をさせる為に、離反者が建物内に侵入をする必要はない。現に、今のところ、「会館内に離反者の姿は無い」と粉木から報告が入っている。


「奴等は、会場が開いて客席がいっぱいになるまでは姿を見せないだろうな。」




-9:00・開場-


 燕真は紅葉に「違和感があったら直ぐに連絡しろ」と言って、会場内に入る紅葉達を見送り、1人で正面入り口に残る。すると、周辺パトロールをしていた猿飛が寄ってきた。


「今のところ異常なしっす!」

「こっちも、不審者は発見出来ず!

 まぁ、奴等は、魔法陣さえ発動してしまえば、

 俺達が何をしようと関係無いと考えてんだろうな。」

「正々堂々と正面から来て、魔法陣を発動させて、

 中身をゴッソリいただくつもりっすね。

 手はず通り、俺は裏、佐波木は表・・・良いっすね!」


 燕真と猿飛は互いの眼を見て頷き合い、当初計画通りに、猿飛は裏口に廻る為に、その場から立ち去っていく。

 猿飛が足早に歩いていると、派手なスーツを着て、凜とした表情をして美女が、会館の壁に背を凭せ掛けて、ジッと猿飛を見詰めていた。夜野里夢だ。猿飛は軽く手を振って挨拶をしてから、里夢に近付いた。


「おはよう、空吾さん。朝から慌ただしいわね。」

「大魔会さんのお陰様でね。

 へぇ~・・・ビジネスモードになると随分雰囲気が変わるっすね。

 だけど、里夢ちゃん。君が此処にいるのはちょっとマズイかな?

 離反者にバレたら、作戦を変更しかねないっすよ。」

「フフフッ・・・言われなくても解っているわよ。

 出番が来るまでは、会場で客に混ざって演奏でも聞きながら、

 空吾さん達の健闘を祈らせてもらうわね。」

「そうしてもらえるとありがたいっす!じゃ、またあとで!」


 里夢は軽く会釈をして猿飛から離れ、猿飛は所定の裏ゲートに向かう。




-9:30・大ホール-


 防音扉が閉められ、外の喧騒と、会場内の静寂が、扉によって分けられる。ステージでは、オープニングを担当する文架北中の吹奏楽部が配置され、指揮者が壇上に立った。


「紅葉、ダメだよ。」

「・・・ぅん。」


 外の様子が気になって、何度か燕真にメールをしていた紅葉だったが、亜美に注意をされて、着信音をマナーモードに切り替える。




-9:45・正面入口-


 正面入り口、燕真の眼前に、堀田が現れた!堂々と真正面からの進入である!


「奴だけ・・・?もう1人は(クロム)は裏か?」

「どうやって、俺達の犯行が此処だと突き止めた?里夢の入れ知恵?

 いや、違うな、あの女の使魔は、学校は偵察していたが、此処には居なかった!

 そうなると・・・とぼけたジジイ(粉木)か、ムカ付く優等生(狗塚)の案か!?

 まぁ、いい・・・銀色メダルを持って来たか!?」

「渡す気は無い!!」

「ならば、退治屋共々、俺達の生贄にするだけだ!

 メイン料理前の前菜くらいにはしてやる!」

「ザコ扱いしやがって!前菜で腹を壊しても後悔すんなよ!!」


 身構える燕真と堀田!互いの専用アイテムからメダルを引き抜いて、ベルトのバックルに装填!


「幻装っ!!」 「マスクドチェンジ!!」


 妖幻ファイターザムシード、及び、マスクドウォーリア・オーガ登場!ザムシードは妖刀ホエマルを召還して身構える!オーガは両刃の大斧=デモンアックス・オルグ(ポール全長2m・ブレード幅1m)を、片手で軽々と振るってから、肩で担ぐように構える!睨み合い、互いに突進を開始!




-同時刻・裏面入口-


 睨み合う猿飛とクロム。一瞬戸惑ったクロムだが、直ぐに冷静さを取り戻す。


「見慣れない顔だな・・・オマエも退治屋か?」

「猿飛空吾っす!以後、お見知りおきをっ!!

 尤も・・・オマエ等に‘以後’は無いっすけどね!!」

「確かにな。・・・今から死ぬオマエの顔や名など、覚える価値も無い!」


 身構える猿飛とクロム!互いの専用アイテムからメダルを引き抜いて、ベルトのバックルに装填!


「幻装っ!!」 「マスクドチェンジ!!」


 妖幻ファイターセイテン、及び、マスクドウォーリア・スプリガン登場!セイテンは、専用武器・如意棒を両手でバトンのようにクルクルと回して操り、背に預けるようにして身構える!一方のスプリガンは、モンスター召還の為に懐中時計型のアイテム=【AKURYOUウォッチ】からメダルを抜き取って間合いを計る!




-同時刻・大ホール-


「来たっ!」


 妖幻ファイターの妖力解放と、マスクドウォーリアの魔力解放を同時に感じ取った紅葉が、隣の座席に座っていた粉木の腕を引っ張る。粉木と、その隣に座っていた雅仁も、妖力解放を把握していた。


「狗塚、直ぐに行けるか?」

「もちろんです!いつでも行けるように、霊力は体内で練り込んでありますよ!」


 彼等の座る位置は、大ホールの、ほぼど真ん中に位置している。雅仁は、足下に銀塊を置き、前屈みになったまま、印を結んで小声で呪文を呟き、内包霊力で銀塊に込められた霊力を押し出した!


「オーン。結界発動。」


 途端に、雅仁の足下にある銀塊から霊力が解放され、大ホールの端端に事前に仕掛けておいた銀塊と結び付き、大ホール全体を結界が包み込んだ!

 オープニング演奏が終わり、会場が拍手に包まれる。演奏の合間だけが移動のチャンスになる。雅仁と粉木は、席を立ち、「ァタシも!」とつられて立ち上がろうとする紅葉を諫め、足早に通路を進んで大ホールから飛び出した!


「粉木さん、小ホールはお願いします!」

「任せとき!オマンはどっちに向かうんや!?」

「佐波木の方に行きます!」

「頼んだで!」

「はいっ!今度こそ、決着を付けます!!」


 これで、魔法陣が張られたとしても、大ホールは、しばらくは結界力で持ち堪えられる。だが、控え室になっている小ホールで順番を待つ学生達は、まだ防御結界の外側にいる。彼等も守らなければならない!

 粉木と雅仁は、進行方向を分け、粉木は小ホールへ、雅仁はザムシードを援護する為に正面入口へと向かった!




-正面入口-


 マスクドウォーリア・オーガのパワーに押されて吹っ飛ばされ、地面を転がるザムシード!やはり、一筋縄で凌げる敵ではない。

 オーガは、大斧にメダルを装填して、武器を巨大化(ポール全長5m・ブレード幅2.5m)させる!立ち上がって体勢を立て直し、振り上げられた巨大斧を警戒するザムシード!


「んっ?来たかっ!」


 オーガの背後、こちらに向かって真っ直ぐに走ってくる雅仁を、ザムシードが視認!


「幻装っ!!」


 妖幻ファイターガルダ登場!鳥銃・迦楼羅焔に属性メダル『雷』をセットして、オーガの背中に連射を浴びせる!想定外の攻撃を受けて、巨大斧を振り上げたまま唸り声を上げて仰け反るオーガ!


「今だっ!!」


 ザムシードは、オーガが初めて見せた隙を見逃さず、その腹に妖刀の一撃を叩き込んだ!悲鳴を上げて前屈みになるオーガ!ザムシードは側面に廻り込んで、脇腹に妖刀の切っ先を打ち込む!


「ぐぅぅ・・・ぐぉぉぉっっ!退治屋ごときが調子に乗るなぁぁっっ!!」


 オーガは苛立ちを募らせ、体を軸にして、ハンマー投げの助走のように、巨大斧を全方位に振り回した!

 先ずは、至近距離にいたザムシードが為す術もなく弾き飛ばされる!猛ダッシュで接近中のガルダは慌てて足を止めるが、巨大斧は更に数倍に巨大化(ポール全長20m・ブレード幅10m)をして、それまで射程範囲外だったはずのガルダをも弾き飛ばした!


「くそっ・・・なんてタフな奴だ!」

「武器が更に巨大化した?

 あの斧は、使用者の意志に応じてサイズを変えるのか!?」


 剣や槍は、使用者が不規則に動かせる代わりに、射程距離が短い。銃や大砲は、射程距離が長い代わりに、発射されたあとは、一定の方向にしか飛ばない。

 だが、オーガの巨大斧は、不規則な動きと、長距離射程が同時に可能なのだ。これでは、ザムシードの弓銃カサガケや、ガルダの妖砲イシビヤすら、有効な間合いには成り得ない。


「厄介な武器だな!」

「なぁ、狗塚、空飛んで逃げ回ってもらって良いか!?」

「何か考えがあるのか!?」

「自信があるとは言えないけど、やってみたい事がある!」

「了解だ!だが、無茶はするなよ!」

「無茶なのか、理に適っているのか、俺には解らない!

 それは、俺が試してから、オマエが決めてくれ!」

「りょ、了解・・・なら言い方を変える、無駄死にをするなよ!」

「了解!気を付ける!!」


 頷き合い、散開するザムシードとガルダ!ガルダは翼を広げて空を飛び、ザムシードはオーガの周りを動き回る!ガルダから見ても、オーガから見ても、ザムシードはオーガの死角を衝く為に、不規則に走り回っているようにしか見えない!もちろん、空からガルダが狙っている事も、オーガは把握している!ザムシードが囮になって、ガルダが決める・・・見え見えの作戦だ!


「さ、佐波木・・・君はバカなのか!?

 未熟とは思っていたが、バカとは思っていなかった。

 オーガは、君に死角など見せない・・・君がいくら動き回っても無駄・・・

 それは、前回の闘いで知ったはずだ!!」

「ガッハッハッハッハ!

 オマエが命を盾にして、上の優等生に手柄をくれてやるってか!?

 良いだろう!先ずはオマエから血祭りだ!!

 尤も、俺は、優等生に手柄をくれるつもりも無いがな!!」


 巨大斧を振り上げ、縦横無尽に振り回すオーガ!先ほどと同様に、巨大斧は、オーガの意志に反応して、変幻自在に両刃を伸ばし、ザムシードを容赦なく弾き飛ばす!!


「うわぁっっっ!!」

「佐波木っ!!」


 そして、続けざまに、上空のガルダ目掛けて、巨大斧を振り上げた!ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔を連射してオーガを牽制しながら、巨大斧の両刃を回避!ザムシードが囮になって、ガルダが攻撃をするにしても、準備の時間が無さ過ぎる!妖砲イシビヤを装備する時間も、アカシックアタックの発動のチャージ時間も確保出来ず、ザムシードはアッサリと囮役を終えてしまった!


「クッ・・・無茶どころか、無策かよっ!!」


 ガルダは翼を広げている為に、射程距離が意味を為さない敵からすれば、凄まじく狙いやすい標的である!しかも空中では、地上ほど自由には動けない!しばらくは逃げ回っていたが、やがて、30mほど伸びた巨大斧が翼に炸裂し、バランスを崩したガルダは地上に墜落をする!オーガは「トドメ」と言わんばかりに、這いつくばるガルダに撃ち降ろす為に、巨大斧を振り上げる!


「グッハッハ!潰れろっ!!」


 次の瞬間、オーガの‘伸びる巨大斧の巨大両刃’周りの空間が歪み、マシンOBOROを駆るザムシードが出現!


「ワリィ、狗塚!!アンタを囮にさせてもらった!!」


 巨大斧の柄を走路にして、オーガ目掛けて真っ直ぐに突っ走る!自身の武器に想定外の重みを受けたオーガは、姿勢を崩して、ガルダへのトドメの一撃は不発に終わる!

 ザムシードは属性メダル『炎』をハンドル脇のスロットルに装填!朧ファイヤー発動!マシンOBOROのタイヤから炎が発せられ、巨大火炎弾に成って突撃!


「下らん悪あがきをっ!!」


 オーガは、巨大斧を横に振って、柄を走るマシンOBOROを振り落とそうとする!しかし、マシンOBOROのタイヤは、巨大斧の柄をガッシリと掴んでおり、いくら走路(巨大斧の柄)を不規則に揺らしても離れようとしない!


「なにっ!?」


 これが「物理的なただの柄」ならば、マシンOBOROは簡単に振り落とされていただろう。しかし、魔力で編んだ巨大斧ゆえに、魔力を掴んで走るマシンOBOROは決して離れる事はないのだ!


「紅葉が言っていた!

 退治屋は、妖力を見る訓練をした為に、魔力を見るクセが無い!

 だけど、クセが無くても妖力が見える妖怪は、

 自然体のままで魔力を感じる事が出来るはずだってな!

 だから・・・試しに、朧に魔力を覚えさせてみた!!」


 マシンOBOROは、強い妖力溜まりに飛び込んで、黄泉平坂を経由して超音速で走り、別の強い妖力溜まりに出現をする事が出来る!ザムシードは、自分には解らなくても、マシンOBOROならば、魔力を感じ取り、魔力間の出入りが可能(かもしれない)と考え、魔力で作られた巨大斧が残した魔力から、巨大斧が発している魔力へと通過をしたのだ!

 成功するか解らない賭だったが、これまで様々な経験を積んでいたザムシードは、「出来る」と信じていた!


「ぐぉぉぉぉっっ!!マズイッッ!!」

「おぉぉぉぉっっっっ!!!喰らえっっっ!!!」


 慌てて、巨大斧から手を離して退避をしようとするオーガ!しかし、時、既に遅し!朧ファイヤーがオーガを真正面で捕らえて衝突し、跳ね飛ばした!!

 地面への着地と同時に、タイヤスモークを上げながら、マシンOBOROを横滑りさせて急停車するザムシード!その背後で、全身から幾つもの火花を上げて、地面に墜落をするオーガ!


「へへっ!手応え有り!」


 オーガは、戦闘継続が不可能なほどのダメージを負った!あと一撃をくれてやれば、オーガは、先日のゴブリンのように、マスクドシステムを破壊されるだろう!ザムシードは、追撃をかける為に、バイクから降りて・・・フラフラと明後日の方向に2~3歩あるいて・・・四つん這いになる。


「・・・佐波木?」

「おっ・・・おぇぇぇっっっっっ・・・・・・眼が廻った」


 マシンOBOROは、魔力をガッチリと掴んで走っていた為に、オーガがいくら巨大斧を振り回しても、振り落とされる事はない・・・が、乗っていたザムシードは別である。必死になってマシンOBOROにしがみついていたが、マシンOBOROごと振り回されて、バッチリと乗り物酔いをしてしまったのだ。


「おのれ!おのれ!おのれぇぇっっ!!!

 もう、容赦はせんっ!!アサシン対策に準備した魔力だが変更だ!!

 オマエ等ごとき、強大な魔力の渦で一飲みにしてやるっっ!!」


 ザムシードが吐きそうになっている間に、体勢を立て直すオーガ!全身から上がる火花と煙は、オーガが深手を負っている事を明確に語っているが、彼は決して退こうとはしない!激高し、ザムシードを睨み付けたあと、文化会館に手を翳して、呪文を唱え始める!


「おぉぉぉっっっ!!!魔法陣発動!!

 中にいるガキ共の魂を根こそぎ奪い取れっ!!」


 オーガの呪文に反応して、文化会館周りに仕掛けられた沢山の小魔法陣が光を上げ、連動をして、1つの巨大魔法陣を作ろうとする!しかし・・・幾つかの小魔法陣が起動せず、巨大魔法陣は繋がらない!更に、会館の中心に張られた霊術結界が邪魔をして、不完全な魔法陣では中を浸食出来ない!紅葉が仕掛けた小魔法陣を覆う壁と、雅仁が仕掛けた結界が、‘魂を集める魔法陣’の完成を邪魔をしているのだ!


「バ、バカなっっ!?」


 切り札が封じられていた事を知り、愕然とするオーガ!次の瞬間には、オーガの懐に飛び込んだガルダが、妖槍の鋭い一撃を、斧型のバックルに突き立てた!


「・・・これで、終わりだ!野蛮人めっ!!」

「バカ・・・な・・・・・・信じられん・・・ぐはぁぁっっ!!」


 オーガは、マスクドシステムを破壊され、堀田の姿に戻り、その場に両膝を着いて崩れ落ちる。足下に機能を失った【Aウォッチ】が転がり、堀田は、俯せに倒れて意識を失うのだった。


「見事な気転だったな、佐波木!」


 強敵へのトドメを終えたガルダは、背後を振り向いて、ザムシードを見て、大きな溜息をつく。ザムシードは、まだ、四つん這いになったまま、懸命に吐くのを堪えている。


「今回も、鬼討伐も、奴の気転が戦いの流れを変えたのは間違いないのだが・・・

 どうして、こうも締まらないんだ?

 それだから、凡人の枠から出られないんだぞ、未熟者め!」


 ガルダは、離反者が戦闘不能になった事を確認してから、もう一度大きな溜息をついて、オーガ打倒の功労者と成ったザムシードを労う為に近付く。




-会館・裏ゲート-


 駆け付けた粉木の目の前では、信じられない事が起こっていた。妖幻ファイターセイテンは一方的に打ちのめされて地を這い、マスクドウォーリア・スプリガンは、無傷のまま、セイテンを見下している。

 セイテンは、霊術では名門狗塚には及ばないが、戦闘技術や戦闘経験ならば、ガルダよりも秀でているハズだ。ガルダがザムシードの援護に向かった理由も、「セイテンは凌げる」「ザムシードと共闘をして離反者最強のオーガを倒す」と考えたからだ。


「魔法陣が発動せず、オーガの反応が消えた?

 ・・・バカな、堀田め、格下相手に不覚を取ったのか?」


 スプリガンは、怪訝そうな仕草で会館上空を眺めたあと、粉木の方に視線を向ける。またしても、作戦は読まれ、逆手に取られて利用され、退治屋の罠に嵌った。離反者達が想定をしていない邪魔者が何なのか?YOUKAIミュージアム襲撃初日に、すれ違った少女こそが、離反者の算段を全て狂わせているのだが、スプリガンは未だに気付いていない。


「小細工を労したな、ジジイ。里夢の入れ知恵か?」

「退治屋をバカにしすぎなんや!!」

「確かに、俺達は退治屋を侮りすぎていたようだ。

 だが、その台詞は、ソックリ返そう。

 オマエ等こそ、俺を見くびっていたようだな。

 俺達のリーダー格は堀田だ。確かに力だけならば、オーガが最も強い。

 ・・・だが、イコール、オーガが最強で、俺が弱い事には成らない。」


 スプリガンの指摘通りである。粉木達は、離反者の中で、リーダー格のオーガが一番強いと考えていた。スプリガンは、ゴブリンと同様に、オーガよりも数段弱いと想定していたが見込み違いだった。戦術、魔術、戦闘力、全てを総合すれば、離反者3人で最も強いのは、スプリガンだったのである。


「・・・潮時だな。

 こうも、作戦を覆されては、もはや、俺達にリリスを凌ぐ事は難しいだろう。

 堀田を連れて、何処か遠い地へ逃げるしかあるまいな。

 ジジイ・・・俺達の負けだ。

 俺達だって命は惜しい。金輪際、オマエ等には手を出さない。」


 踵を返し、その場から立ち去ろうとするスプリガン。その背後で、ダメージを負ったセイテンが、立ち上がって身構える。


「散々好き放題やって、旗色が悪くなった途端に、何もかも無かった事っすか?

 気に入らないっすね!」

「やるだけ無駄だ!オマエでは、俺には遠く及ばない!

 立場を弁え、頭を使って戦おうとする優等生(ガルダ)の方が、まだマシだ!」

「・・・さぁ、それはどうっすかね!?俺には、切り札ってヤツがあるっすよ!!」


 何かを握り締めた拳を、正面に突き出すセイテン!その手の中にある透明の小さな箱を握り潰す!ケースは砕け散り、中から、黒くくすんだ1枚のメダルが現れた!途端に、セイテンの周囲に、禍々しい妖気が立ち込んでくる!


「・・・ぎ、銀色のメダル!?」


 セイテンが握っている物は、粉木が保管をしていた‘銀色メダル’である。

 今、YOUKAIミュージアムの事務所では、本棚がずらされており、奧に隠されていた金庫には、拳が1つ入るほどの風穴が空いている。猿飛が、無断で、悪しき銀色メダルを持ち出したのだ。


「援軍に来て、何も役に立たなかったなんて、そんなワケにはいかないっす!」

「や、やめるんや、猿飛!

 オマンなら、銀色メダルの恐ろしさは、見ておるやろうに!?」


 退治屋の汚点・銀色メダル事件が起きた時、当時7歳の猿飛悟は、既に本社で学んでいた。猿飛少年は、銀色メダルに心を破壊された反逆者達を、その眼で見ている。


「連続使用をしなければ・・・1回や2回の使用なら・・・心は食われません!

 約束します!コイツを倒す為に・・・1度きりの使用っす!」

「アカン!止めるんや、猿飛っっ!!」


 セイテンは、粉木の制止に聞く耳を持たず、銀色メダルをYウォッチに装填!!


《HYPER!》


 装填確認の電子音声が鳴り響き、妖幻ファイターセイテンの戦闘力が上昇をする!

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