第25話・水晶のメダル

-東京都-


 妖怪出現!妖幻ファイタータイリンと、モブの妖幻ファイター1人、サポートのヘイシトルーパー達が現場に駆け付けた!

 各地域に妖幻ファイターが1人しか配属されていない地方支部とは違い、都心には複数の妖幻ファイターが所属をしている。それは、1つの事件に複数のチームで対応できるメリットと同時に、地方とは違って人口密度が高い都心では、被害を拡大させない為に、事件の早期解決が必須であることを意図していた。


「囲めっ!」


 隊列を整えた退治屋が、攻撃を開始する!


「動きが速すぎる!」

「ならば一斉射撃で足を止めろ!」


 だが、一斉に放たれた光弾は回避され、妖怪が放った妖気弾が、退治屋の戦士達に着弾する!辛うじて耐えたタイリンが飛び掛かるが、動きの速い妖怪を捉えることができない!


「くそっ!」


 低層ビルの屋上に、戦いを眺める人影が立つ。


「苦戦してるっすねぇ・・・俺の管轄外だから助けちゃマズいかな?

 早期解決をする為に、大目に見てくれるかな?」


 人影は、雲を模したバックルのベルトを腰に到着して、左腕のYウォッチからYメダルを抜き取って雲型バックルに装填!


「幻装っ!」 

《QITIAN!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 人影の全身が輝き、鎧を着た猿人のような戦士=妖幻ファイターセイテンが出現!低層ビルから飛び降りて、タイリンと妖怪の間に軽やかに着地!威勢良く、専用武器の・妖棍・如意棒を振り回す!


「助太刀するっすよ!」


 セイテンの乱入に対して、タイリンが頷いて応じた。許可を得たセイテンは、頭上で妖棍を振り回しながら妖怪に突進!妖怪は飛び上がって回避をするが、セイテンが構えた妖棍が伸びて、先端が妖怪に炸裂!セイテンは、妖棍を振り下ろして、先端で捉えたままの妖怪を地面に叩き付ける!


「今だっ!!!」


 悶える妖怪に向かって、左肩に装備された車輪ブーメランを投げるタイリン!妖怪は辛うじて回避をするが、その間に、セイテンが突進をしていた!


「ナイス牽制っす!」

「牽制じゃなくて、必殺のつもりだったんだが・・・。」


 セイテンは、走りながら妖棍の柄の窪みに属性メダル『閃』を装填!逃げようとする妖怪目掛けて、離れた場所から刺突を放った!先端から閃光が発せられて妖怪に着弾!更に、妖棍の柄の窪みに属性メダル『斬』を装填!妖怪との間合いを詰めて、先端に鋭利な刃を纏った妖棍を叩き込んだ!


「手柄は担当部署に譲るっすよ!」


 動けなくなった妖怪に対して、タイリンが、白メダルを装填した車輪ブーメランを投げる!妖力バースト発動!妖怪は両断されて闇霧と成り、車輪ブーメランに填められた白メダルに吸収される!

 封印メダルを回収したタイリンが、変身を解除して田井弥壱の姿に戻り、セイテンを見詰めた。


「帰ってきたんですか、猿飛さん?」

「ちょっと、本部に呼ばれたっす。」


 セイテンが変身を解除すると、背が高くて筋肉質な、やや厚顔の青年が現れる。


「スマンが、事後処理は、担当のオマエ等に任せるっすよ。

 あとで、オマエの部署に遊びに行くからヨロシクっす!」

「あぁ・・・いえ・・・

 猿飛さんは忙しいんでしょうから、遊びに来なくても・・・。」

「はははっ!忙しくても、その程度の時間は作れるっすよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 田井弥壱は「遊びに来なくて良い」と遠回しに断ったつもりなのだが、彼は気付いていないようだ。愛車のスズキ・GSX-R1000-L3に跨がり、軽く手を振って颯爽と去って行く。


「あの人、無駄話が長いし、来ると騒がしくなるんだよな・・・。」


 見送る田井弥壱の周りに、モブの隊員達が寄ってきた。


「彼、強いですな。本部の人ですか?」

「本部所属で、全国各地を廻る猿飛空吾さんだ。

 おそらく、今の退治屋の中で、最強の妖幻ファイターは、あの人だろうな。」


 猿飛空吾は「本部に呼ばれた」と言っていた。それは、つまり、本部から内密の辞令が発せられることを意味している。田井は、日本の何処かで、自分には関与できない熾烈な戦いが始まることを想像した。




-郊外の廃ホテル-


「クソォッ!!」


 隠れ家の廃ホテルに戻った堀田は、怒りを顕わにして、拳を壁に叩き付けた。強襲作戦は失敗に終わり、仲間の1人を失ったのだ。ロバートは、脅えた表情をして、血を一滴も流さずに死んでいた。その様な「謎の死」を与えたのが何者なのか、離反者達は知っている。リリスのデスサイズ。ロバートは、アサシンに命を狩られたのである。


「作戦が失敗をした理由は、里夢が退治屋の後ろ盾になっていたからか?」


 クロムは、作戦が破綻した理由を、冷静に考える。不可侵を暗黙の了解としている大魔会と退治屋が組んだとは思えないが、組んだと考えなければ説明が付かない。

 大魔会が退治屋のバックアップに入ったとすれば、もはや、退治屋が所有する‘銀色のメダル’に拘るのは危険。一日でも長生きがしたいのなら、銀色のメダルからは手を引き、文架市から離れ、何処かに雲隠れをするべきだ。


「これ以上、この地に留まるのは危険だ!」


 マスクドウォーリアの剥奪が決まった時、堀田が反発をして、クロムとロバートに離反を持ちかけた。噂に聞く「退治屋の銀色メダル」があれば、追っ手を退けられると聞き、堀田の話に乗った。

 更迭をされて剥奪者に落ちても、まだ、生きる術はあったのだろうが、今更後悔しても、何も始まらない。


「もう無理だ、逃げよう、堀田!」


 クロムは弱気に正論を発するが、堀田は応じる素振りを見せない。


「いや、まだだ、クロム!逃げて脅えて暮らすなんて、俺はゴメンだぜ!

 後が無いと割り切り、体裁なんて棄てれば、まだ、打つ手はあるはずだ!!」

「体裁を棄てる・・・か。

 確かに、アサシンに狩られるカウントダウンが始まっているなら、

 秘密裏に動くのも、派手に暴れ回るのも、さほど変わらないのだろうな。

 いや・・・事が派手になれば、困るのはむしろ里夢か・・・。」

「そう言う事だ!追っ手は、夜野里夢だけ!

 総帥の情婦ごとき、逃げ隠れせずに、叩き潰してやろうぜ!」

「解った・・・ロバートの弔いも兼ねて、久しぶりに派手にやってやろう!」


 魔術師は、生命力を魔力に変換する。多くの生命力を集めるほど、強大な魔力を使用出来るようになる。それは、茨城童子が施した八卦先天図でも、魔術師が施す魔方陣でも、大きな違いは無い。妖力か、魔力か、それだけの違いだ。


 約1ヶ月前、彼等は、強大な悪魔を倒す為に、多くの生命力を集めた。その手段は他の魔術師も状況次第で使う手段なので、生命力を奪われる者の同意があれば問題にはならない。だが、彼等は、同意の無いまま、無関係の者達から生命力の搾取を強行した。その結果、十数人の市民が動けなくなって逃げ遅れ、戦いに巻き込まれて犠牲になった。

 大魔会上層部が彼等の暴走を諫めたが、彼等は反省をしなかった。それどころか、「子飼いにばかり強いシステムを渡して、自分達は性能の低いシステムを与えられている」「自分達が実績を高める為には、多少の犠牲は仕方がない」と開き直った。

 彼等には、一般市民を守るという正義感は無い。一般人は持っていない力を見せ付けて、崇拝されることだけを目的にしている。


「ガッハッハッハッハ!その意気だぜ、クロム!やるなら、何処が良い!?」

「そうだな・・・新鮮で生命力溢れる生け贄が多く存在する場所・・・。」


 離脱者の2人は、文架市の地図を広げて見入る。彼等が言う‘新鮮で生命力溢れる生け贄が多く存在する場所’とは学校のこと。小学校では生命力が小さすぎ、大学では魂は汚れ始めている。中学校か高校が理想的なのだ。


「だが・・・行動を起こす前に、里夢に読まれる可能性は高いな」

「ならどうする!?」

「フッ・・・。学校を狙うばかりが、手段ではあるまい。

 純度は落ちてしまうが、里夢の裏をかくのであれば仕方はあるまい。

 狙うのは・・・ここだ!」


 クロムが地図上で指をさし、堀田と顔を見合わせて、邪悪な笑みを浮かべる!




-YOUKAIミュージアム-


プルルルルルルルッ!プルルルルルルルッ!

「はい、YOUKAIミュージアム!」


 茶店のカウンターに待機をしていた燕真が、固定電話の受話器を取った。会社の電話が鳴った場合、バイトの紅葉が受けても「営業時間」くらいしか答えられないので、たいていの場合は、燕真か粉木が対応をする。

 言うまでもなく、事務所直通はともかく、店に掛かって来る総合ダイヤルに、妖怪事件絡みの連絡は無い。喫茶店に対する連絡のみである。

 まぁ、‘YOUKAIミュージアム’と銘打ってるのに、妖怪絡みの相談が無いのは寂しい気もするが・・・。


「・・・オマエは?」


 だが、その日は違った。電話を受けた燕真の表情が曇る。


〈退治屋の若僧か?・・・ジジイは居ないのか?

 まぁイイ、伝えておけ!1週間以内に派手に事件を起こす!〉

「・・・なに?」

〈それが嫌なら、銀色メダルを用意しろ!〉

「・・・事件って!?」

〈・・・また連絡をする!〉

「あっ、おいっ!!」

プツン・・・ツーー・・・ツーー・・・


 電話は犯行予告だけを述べて、一方的に切られてしまった。燕真が、受話器に向かって、声を荒げて呼ぶが、何の反応も返ってこない。

声の主が何者なのか、燕真には直ぐに解った。大魔会の離反者が、宣戦を布告して来たのだ。粉木に判断を仰ぐまでもなく、到底、受け入れない内容だ。


「・・・クソッ!奴等、何をするってんだ!?

 紅葉っ!店番を頼むっ!!」

「んぇぇ?どした、燕真?」


 燕真は、紅葉に店を任せて事務所に駆け込み、粉木と雅仁に今の内容を捲し立てるように説明する。


「なんやて!?」

「野蛮な連中め!これでは、鬼と変わらない!」

「俺は、何か異常が無いか、町を見て回る!」


 一方的に言い切って、事務所を飛び出し、バイクを駆って走り出す燕真。「1週間以内に事件を起こす」だけでは、何一つ対策が打てない。燕真の行動には何の根拠も無く、無駄足に終わる可能性の方が高い。しかし、脅えて待っていても、何も始まらないのも事実。無駄の中に、僅かにでも有益な可能性があるかもしれない。今は闇雲に動くべき時である。


「俺もパトロールに出ます!粉木さんは待機をお願いします!

 クソッ!奴等がこんな暴挙に出るなんて考えていなかった!」

「あぁ!気を付けや!」

「場合によっては、俺と佐波木がパトロールに出て、

 此処がガラ空きになることが奴等の作戦かもしれません。

 異常があれば、直ぐに連絡を下さい!」


 てっきり、また、YOUKAIミュージアムを襲撃してくると思っていた。

 雅仁は、深呼吸をして冷静さを心掛け、事務所のパソコンで文架市の地図を確認する。奴等が「1週間以内に事件を起こす」のなら、その前に奴等を発見するのが最善だ。だが、それが何処なのか?奴等は文架市の何処かに身を潜めている。偽名でも使って、悠々と宿泊施設を陣取っているのか?それとも、足が付くので宿泊が出来ず、適当な廃墟で雨風を凌いでいるのか?


「粉木さん・・・可能性は低いと思いますが、

 アナタは連絡を待ちながら、各宿泊施設の利用者を調べてもらえますか?

 大柄な日本人と外国籍の男・・・比較的搾りやすいと思います。」

「あぁ!本部に手を回して、やってみるで!」

「この都市で、浮浪者が寄りそうな場所は?」

「そやな・・・西区の此処と此処・・・鈴梅市との境になる此処・・・

 東側開発区の此処ら一帯は、ちょっと前に浮浪者の退居対策がされたはずや!」

「解りました!」


 まだ文架市に土地勘の薄い雅仁は、パソコン画面の地図をスマフォ画面の地図と見比べて確認して、事務所を出てバイクで走り出す。


「ァレ?ァタシゎ抜け者?」


 喫茶店内では、慌ただしく出て行った燕真と雅仁を、紅葉がキョトンとした眼で眺めている。何があったのかは解らないが、確実に何かがあったようだ。問答無用で置いてけぼりである。

 直ぐさま苦情を言う為にスマホを引っ張り出して燕真に電話をする。なかなか電話に出てくれないが、しぶとくコールを続けていたら、ようやく応じてくれた。


「燕真っ!ァタシを連れ・・・・」

〈ワリィ!後にしてくれ!〉

プツン・・・


 だが、一方的に切られてしまう。


「店員さぁ~ん!チーズドリアお願いしま~す!!」

「今、忙しぃっ!!ドリア無いっ!!チーズ売り切れたっ!!帰れっ!!」

「アイスコーヒーくださぁ~い!」

「ぅるさぃっ!!飲みたきゃ自販機で買ぇっっ!!」


 紅葉は、客の注文を一喝すると、持っていたトレイをテーブルに叩き付け、カウンター奧のイスに座って、何度も何度も燕真の携帯に電話をかけ続ける。

 学校で面倒臭いことがあったり、雅仁と大喧嘩をした直後でも、店では意識コントロールをして笑顔を作る紅葉だが、燕真から‘ぃぢゎる’をされた場合の意識コントロールは、全く出来ない。


「燕真ムカ付くっ!!」


 イライラしながら窓の外を見たら、黒猫が塀の上で、ジッとこちらを眺めていた。 黒猫なんだけど、何故か紅葉には、ケバいオバサンに見える。ムカッとしたので、窓を開けて、「なに見てんだょ!」って意味を込めて、猫語で「ギニヤァァァッッッ!!!」と威嚇をしたら、ケバいオバサンみたいな猫は尻尾を巻いて逃げて行った。




-ビジネスホテルの一室-


 里夢は、離反者の1人を始末した報告の返信メールに眼を通していた。内容に明確な指示はなく、「計画を継続せよ」との事だった。


 正面から退治屋を襲撃して失敗し、追い詰められた離反者達が、次のどう動くのか?一定の予想は出来る。「窮鼠猫を噛む」の如く、彼等は、後先考えずに行動を起こす可能性が高い。以前、奴等は、安易に魔力を得る為に、ハイスクールに魔方陣を張って、生徒達の生命力を搾り取ろうとした。おそらく今回も同じ事をする。

 退治屋と離反者の間で軋轢が起こる分には、気付かぬフリをして、退治屋の能力を傍観していたが、世間を巻き込むなら話が変わってくる。奴等が一般社会に被害を出す前に仕留めなければ、大魔会が恥をかくことになってしまう。


「文架市の中学校と高校を合わせて、約50校・・・」


 もうしばらくは離反者を泳がせて、退治屋の動きを見るつもりだが、奴等の動きを把握して、暴走の可能性があれば、即座に処刑をしなければならない。その為には、奴等が仕掛ける可能性が高い場所には、複数の使い魔を放つ必要がある。


「各地に3匹程度送るとして、全部で150~200匹・・・。

 魔力を浪費するものではないけど、少し面倒臭いわね。」


 既に100程度の使い魔は放っている。文架市に来た翌朝から、離反者の暴挙に備えて、複数の使い魔を作っている。今日も、事務仕事を終えたら、町に出て、追加の使い魔を使役する予定だ。


「・・・あら?」


 ノートパソコンを眺めていると、YOUKAIミュージアムを見張る為に放っておいた斥候が、通信機に「異常発生」のアラームを送ってきた。内容を確認すると、「屋敷内の猛獣が怖いので偵察が出来ない」という物だ。


「猛獣?・・・あの屋敷に獰猛な番犬なんて飼われていたかしら?

 仕方がないわ。退治屋の住処には、別の使い魔を送るしかないわね。」


 里夢は覚えのない報告に対して、訝しげに首を傾げる。




-東京都・怪士対策陰陽道組織(退治屋)本社-


 猿飛空吾は、COO室で、大武COOと、同席を許された砂影滋子から、任務の指示を受けていた。


「文架支部と協力して、事が公になる前に、大魔会の離反者を倒すんだ。」

「いいわね、猿飛。かぁあくまでも内密ちゃ。

 大魔会の関与が、喜田代表の耳に入ったら、

 企業間の戦争になりかねんことを肝に銘じっしゃい。」

「了解っす!」


 猿飛は、一礼をして自信ありげな笑みを浮かべる。彼は、大武COOの直属の部下であり、特定の防衛地域を持たない代わりに、地方の退治屋が危機的状況の時は、どの地域にも援軍に赴く。


「結局は文架市・・・しかも、敵は、御曹司達を潰した連中。

 なんか、運命的な物を感じちゃうっすね。」


 1ヶ月前、喜田CEOの親心を込めた横槍が無ければ‘文架市の鬼討伐の援軍’は彼が担当をする事になっていた。


「誰が聞いとるのか解らんのちゃ!余計なことは喋らんといて!」


 マスクドウォーリアの強さは、砂影も実際に見て把握をしている。文架支部だけでは苦戦を強いられると考え、信頼できる大武COOだけに内々で相談をして、大武が独断で、文架市への猿飛の派遣を決めた。


「粉木の爺さんとは何度も会ってるけど、

 狗塚の跡取りは、アイツが此処で学んでるガキの時以来かな?

 佐波木ってのは何者っす?

 若いのにYウォッチを支給されてるってことは、将来有望ってことかな?」

「行きゃ解るわ!ゴチャゴチャ想像しとらんで、サッサと行かっしゃい!」

「了解っす!」


 燕真や雅仁から見れば先輩格に当たる年齢32歳。前向きな性格で、不満は殆ど口にせず、目の前に任務が発生すれば迅速、且つ、適確に対応をする人間なのだが、スイッチが入る前の、一見軽薄な態度はどうにも直らない。本当に軽薄なワケではないのだが、どうも、初対面の者達からは、「軽くて信頼して良いのか解らない奴」との印象を持たれやすい性格の持ち主である。


 だが、粉木は、彼の事をよく知っている。どちらも日常的には飄々としており、馬が合うようだ。彼の到着を心強く思ってくれる事だろう。




-22:00頃・YOUKAIミュージアム-


 燕真が、収穫の無いパトロールを終えて、戻ってきたら、紅葉が膨れっ面で店の前に仁王立ちをして待っていた。隣には呆れ顔の粉木も居る。


「燕真、遅ぃ!何処で何をやってぃたのっ!?」


 パトロール中の燕真のスマホに入った着信は50件以上。開いて読む気にもなれない苦情メールは100件以上。紅葉と会って説明をするのが面倒臭いので、彼女の門限の都合で会わずに済む時間に帰宅したつもりなのに、まだ帰っていなかった。

 粉木曰く、時々、犬や鳥や虫を睨み付けて「ケバいオバサン、ムカ付く!」と威嚇をする以外は、接客もせず、まかないも食べず、ずっとこの調子らしい。


「・・・・やれやれ、門限過ぎてんぞ!帰らせろよ、ジジイ!」

「ワシが言うても動かへんねん」


 確かに、これまで仲間と認識して活動してきた紅葉を、蚊帳の外に置き去りなのだから、彼女が不満に感じるのは当然だ。しかし、今、文架の退治屋が直面している敵は、妖怪などよりも凶悪な連中なのである。紅葉を巻き込むワケにはいかない。


「何でァタシばっかり仲間外れなのっ!!?」

「なんでって言われてもねぇ~~・・・困ったな。」


 燕真が困惑をしていると、バイクの排気音が聞こえて、雅仁が戻ってきた。膨れっ面の紅葉を見て、「最悪のタイミングで帰宅してしまった」と溜息をつく。


「何で、新参者のまさっちゎ一緒に調べてんのに、ァタシゎ外されてんの!?」

「俺が新参?ここに来て、もう3ヶ月は経つのだが・・・。」

「そんなの新参だぁっ!」


 雅仁は、紅葉に「未だに新入り」扱いされて、ちょっとショックを受けたらしく、黙ってしまう。


「‘なんで狗塚が一緒に調べてるの?’と言われても、コイツは当事者だし・・・」

「ァタシだって当事者だっ!!」

「当事者ちゃうやろ?」

「うん・・・違うよな。

 なぁ、紅葉・・・上手くは説明出来ないんだけど、

 ちょっとヤバい事になっててさ。

 解決したら、ちゃんと話すから、此処は温和しく・・・・・」

「今までだって危険だったけど、ずっと一緒だったもん!!」

「今までのとはチョット違うんだ。」

「なら、燕真も身を引きなょ!!ヤバぃんでしょ!!?

 そしたら、ァタシも温和しくするっ!!」

「出来るワケ無いだろ!!俺は退治屋だっ!!」

「ァタシだって退治屋だもん!!」

「退治屋ちゃうやろ?」

「うん・・・違うよな。」

「違わなぃもんっ!!退治屋だもんっ!!」


 紅葉は全く引く気無し。この調子では、朝になっても終わらない平行線議論が続きそうだ。地味に傷付いて、しばらく黙っていた雅仁が、「これはどうにもならない」と、やや呆れ顔で、再び口を開いた。


「粉木さん・・・先ずは、説明をしてみてはどうですか?

 紅葉ちゃんは此処でバイトをしているんです。

 クビにでもならない限り、必ず顔を出します。

 此処が戦場になった場合、何も知らせずに巻き込まれるよりは、

 承知をしていた方が幾分かは対応出来るはずですよ」

「そ~だ!そ~だ!良いぞ、まさっち!

 出会ってからだいぶ経つけど、初めてィィ事を言った!

 クビにしたくなきゃ、先ずは説明してっ!」

「クビにしても、えぇんやけど、クビになっても来るやろ?」

「・・・てか、募集してなかったのに、いつの間にかバイトに居座ってたもんな。」

「俺がここに来て3ヶ月以上経つが、良い事を言ったのは、今が初めてなのか?」


 雅仁の言う事は尤もなのだが、興味本位で単独行動をする紅葉の性格を考えると、知ったら、また、危険を顧みずに動き出すのが眼に見えている。


「ぢゃぁ、もぅィィや!

 燕真が教えてくれなぃなら、ナマコみたいなケバぃォバサンに聞くもん!」

「・・・ケバいオバサンやと?」

「・・・ナマコ?」

「ぅん!猫とか、虫とか、犬に入ってるナマコみたい顔のォバサンっ!

 どうせ、カラスのガィコクジンや、ケバぃォバサンが関係してんでしょ!?

 また、こっちに来たら、捕まえて白状させてやるっ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 紅葉が発言するまで、雅仁も、粉木も、もちろん燕真も、全く気付かなかった。20代の女性に対して、‘ケバいオバサン’って呼び方は、かなり失礼だが、紅葉が言う人物には心当たりがある。「カラスの外国人(烏の使い魔)」がマスクドウォーリアゴブリンだったように、「猫とか、虫とか、犬に入ってるケバぃオバサン」は夜野里夢のことだろう。彼女が使い魔を放っているのである。

 ・・・てか、ナマコみたいな顔ってどんな顔なんだろうか?


「夜野里夢にも見られてるんか?」

「改めて考えれば、理に適っていますね。

 離反者が此処を襲撃する可能性を考えれば、必然的な処置にですよ。」

「なるほどな。

 ここを監視しておけば、離反者が来た時に、直ぐに気付けるワケだもんな。

 やれやれ・・・隠していたつもりでも、紅葉は既に巻き込まれているって事か。」


「だけど、なんで?魔術師でもない紅葉ちゃんが、魔術に気付けるんだ?」

「ァレ?まさっち?燕真ぢゃなぃクセに見ぇなぃの!?」

「‘俺じゃないクセに’って、どういう意味だ!?」

「霊力があるクセに・・・ってことか?しかし、霊術と魔術は別物で・・・」

「同じだょ!偉そうにしてるクセに解らないの!?

 簡単じゃん!

 ぃつもゎ、黒色を探してるけど、今度ゎ青色を探すみたぃな感じっ!」

「‘俺じゃないクセに’って、どういう意味だ!?

 何で、俺だけは見えないのが前提なんだよ!!?」

「‘いつもは黒だが、青を探す’・・・?もう少し詳しく説明してもらえないか?」


「ん~~~~~~~~・・・メンドィなぁ~~!

 じいちゃんや、まさっちって、妖力を使ってるワケぢゃなぃでしょ?」

「あぁ、ワシ等は妖怪やあらへんからな。ワシ等が使うとるんは、霊力や。」

「だったら何で、妖怪と戦ぇんの!?」

「それは、霊力を妖力に近い形に変換して・・・」

「それが退治屋や陰陽道の技術や。

 霊力が高いだけの一般人では、妖怪と戦えないんは、その為や。」

「それだょ、それっ!

 普段から妖怪ゎ‘探すクセ’がぁるから、意識しなくても見ぇるでしょ?

 でもそれじゃダメなの!妖怪探しても‘まじゅつ’っていうのは見ぇにくぃの!

 1個を見るょぅにしなぃで、自然に全部を見るょぅにすれば、なんとなく解るょ!

 ぉ氷(妖怪全般)みたく、‘無理をしなぃで、自然に妖力を見てる’奴等なら、

 魔術とか別の力も、きっと、直ぐに気付くんじゃなぃかな?

 なんなら、お氷に聞いてみれば?」


 相変わらず、紅葉の説明は言葉足らずで解りにくいのだが、要は、普段から「妖怪を探すクセ」があるので、魔力が見えにくい。「妖怪を探す視野」を棄て、元々備わっている霊力のまま、自然体で見れば、妖力も魔力も、ボンヤリと気付くことが出来る。持って生まれた能力で物を見る「鬼や妖怪」は、魔力の違和感にも気付くだろう・・・と言っているようだ。


「つまり・・・霊力も、妖力も、魔力も、違う形に変換をしているだけで、

 根幹にある物は同じ・・・」

「ぅんぅん、そんな感じ!」

「ワシ等は、妖怪に特化した修業をしてきたよって、

 別の力を見るクセが無かったちゅう事か?

 この歳になって、今更‘今までの常識’とは‘違う視野’で物を見なあかんのか?

 なかなか厄介やな。」

「・・・ですが、不可能なことではありませんね。」


「霊感ゼロの俺では、魔術ってのにも、全く気付けないって事なのかよ?

 しかも、ザムシードは妖力に特化してるから、変身しても気付けないって事?

 この物語の主人公って誰だっけ?

 だんだん、自分の立場に自信が無くなってきた。」

「ん~~~・・・燕真は元々、妖力を探す才能もクセも無いから、

 ザムシードの時ならダィジョゥブかも!

 ザムシードゎ妖怪の力なんだから、

 燕真が‘妖怪が自然体で物を見るょぅな感じ’にすればね!」

「む、難しいな・・・そんなの、あまり深く考えたことが無かったから・・・。」


 燕真だけではなく、雅仁や粉木も、紅葉の発言には驚くことしかできなかった。そして同時に、言われてみれば当然のことかもしれないと気付かされていた。

 飛び抜けた才能と、退治屋の技術に染まっていない視野・・・。「先が読めないので危険」と判断して、紅葉を遠ざけようとしていたのに、その本人が最も核心に気付いていたのだ。


「しゃ~ないか・・・

 今の危険な状況を知ってもらう為にも、お嬢にも話さなアカンようやな。

 えぇか、お嬢?話す代わりに条件や!

 何か異常を感じても、絶対に単独行動はせん事!

 必ず、ワシ等3人の誰かに報告をして、一緒に行動をすること!

 約束できるか!?」

「ぅんぅん!できる!」

「その空返事が不安なんだよ!」

「解った。今更、お嬢を外すワケにはいかんもんな。全部話しちゃるわ!」


 4人は事務室に行き、粉木は、エクストラの水晶メダルのこと、失敗に終わった銀色メダルのこと(反逆事件は除く)、そしてマスクドウォーリアの離反者と、追っ手のリリスのことを、紅葉に説明した。

 つい先程まで膨れっ面でカッカしていた紅葉だが、今は素直な表情で、粉木の話を聞いている。


「ふぅ~~~ん・・・ソィツ等、バカなんだね。

 これ(銀色メダル)が有っても強くなれなぃのに、

 それを知らなぃで欲しがってんだ?

 ならさ、じぃちゃんが持ってても意味無ぃんだし、

 どぅせ強くなれないんだし、あげちゃえば?」

「役に立たないメダルだからって、そう言うワケにはいかないだろ!」

「ん~~~~~~~~~~~~・・・そうなの?

 それ(銀色メダル)気持ち悪いから、サッサとあげちゃった方がィィというか、

 ァタシは、どっちかと言えば、要らなぃんだけど・・・。」

「誰も、オマエにやるとは言ってないだろ!」


「そのメダルの闇が解るのか、紅葉ちゃん?」

「ぅん・・・何でか解らないけど、じいちゃんのこと、大っキライみたいだね。

 スゲー死んで欲しぃみたぃだょ。

 それ(銀色メダル)が、じぃちゃんのぉ嫁さんのパパ・・・とか?」

「ジジイの嫁さんの父親だとしたら、ジジイを恨み過ぎだろ。」

「でも、ダーリンて、ぉ嫁さんのパパから、スゲー恨まれるんでしょ?」

「・・・話が飛躍しすぎだ!」

「わしゃ、生涯独身や!」


 銀色メダルが「粉木を殺したいほど憎んでいる」事について、粉木と雅仁は気付いている。それは、25年前に端を発した退治屋の汚点となる事件なのだが、あえて紅葉には、其処まで説明をするつもりは無い。


「それ(銀色メダル)ゎ気持ち悪ぃけど、

 こっち(水晶メダル)ゎキラキラしてるね。」

「解るのか、紅葉ちゃん?」

「ぅん、偉そぅにしてるけど、嫌なヤツじゃなぃみたぃ。」

「・・・偉そう?」

「ァタシにパパがいたら、きっとこんな感じかも。

 ちょっと触ってみても良ぃ?」


 紅葉は誰の許可を得ることもなく、水晶のメダルに手を伸ばして軽く振れてみる。


「わっ!わっ!なになにっ!?」


 途端に跳ねるように立ち上がり、全身を高揚させて、水晶メダルを握り締める。


「なになに!?ァタシ、どうしちゃったんだろ?

 急に体が熱くなって来たぁ!胸がドキドキするぅっ!」

「どうしたんや、お嬢!?」

「おい、紅葉っ!?」

「ょくワカンナィ!ァタシの霊力欲しがってるみたぃ!」

「紅葉ちゃんの霊力を!?」

「ヤバィヤバィ!燕真っ!」


 メダルを握っていない方の手で、燕真が座っている方の空中をまさぐり、「何事か?」と燕真が差し出した手を掴む。途端に、紅葉に握られていたメダルが、鈍く光を放ち始める。


「メダルが、紅葉ちゃんに反応をした?」

「どうしょぅ、どうしょぅ!

 まさっちが銀塊にやるみたぃに、霊力入れてみればィィのかな?」

「やってみろよ、紅葉!」

「アホな事を言わんといて!そのメダルは、貯蔵量の底が見えへんねんで!

 内包限界が解れへん物に霊力を注ぐなんて危険すぎる!!」

「え、燕真っ!霊力、入れてみるっ!」

「やめるんだ、紅葉ちゃん!とめろ、佐波木!」

「うにゃぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 紅葉は、粉木と雅仁が止めるのを聞かずに、奇声を発しながら水晶メダルに霊力を注ぎ始める。




-数分後-


 テーブルの上には、それまでと変わらない透明色のメダルが置いてあり、ソファーでは紅葉が脱力している。


「ふぇ~~~ん・・・体がバラバラになったみたぃに動かなぃょ~~~。」


 水晶メダルは、紅葉が霊力を送り込んでいた間は、鈍く輝いていたが、紅葉の手から滑り落ちた途端に元の無色に戻ってしまった。試しに雅仁が触れてみると、以前と質感は同じである。


「やはり・・・底が深すぎて、紅葉ちゃんの霊力では足りず、

 スイッチは入らなかったって事か?」


 気が付くと時刻は23時半を廻っていた。紅葉の門限を豪快に振り切っている。


「流石にやばいな。」

「続きの話は明日や!燕真、送っていきや!」

「え!?俺が!?」


 紅葉は、満足に足腰も立たない有様である。バイクの後ろに乗れるのかすら解らない。門限を楽々振り切って、こんなフニャフニャな女子高生を家まで送っていったら、親はどう見るのだろうか?色々と勘違いされそうだ。なんて言い訳をすれば良いのだろうか?「酒を飲んでこうなった?」「気付いたらこうなっていた?」いっそのこと「娘さんとお付き合いさせて下さい!」と開き直る?・・ダメだ、名案が浮かばない。


「佐波木が送る気が無いなら、俺が送っても良いが・・・」


 雅仁が送れば、燕真は紅葉の親から無用な恨みは買わずに済む。だが、それはそれで、納得出来ない。


「解ったよ!俺が責任を持って送れば良いんだろっ!」

「送りオオカミすなや!」

「この状況で出来るワケ無いだろう!マジで殺されてしまう!」


 燕真は、グッタリ&フニャフニャな紅葉をタンデムに乗せ、「シッカリ捕まってろ!」と何度も言い聞かせ、それでも不安なんで、紅葉が振り落とされないように、ゆっくりとバイクを走らせる。脱力中の紅葉は、いつも以上に、燕真にピッタリと密着している。・・・それはまるで、ラブラブな行為を終えて、少しでも長く一緒にいたいと考えて「帰りの道中をゆっくりと進む」カップルのような酷い有様である。



-数分後-


 自宅マンションの駐車場に到着したが紅葉は、燕真の背中にしがみついたまま、動こうとしない。それはまるで「家の前に着いても、まだ一緒にいたいと考える」カップルのような酷い有様である。時刻は24時になろうとしていた。


「おい、紅葉・・・大丈夫か?」

「ん・・・・ゴメン、

 もうチョットこぅしてれば、頑張って動けるょぅになるから・・・。」

「やれやれ・・・仕方がないか!・・・何階だ?」

「・・・ごかい」


 女子高生を午前様で帰すわけにはいかない。燕真は、バイクを駐車して、紅葉を背負い、エレベーターに乗って、紅葉の住む5階まで上がり、どうにか紅葉を立たせて、家の扉の前まで送って、チャイムを押した。

 僅かに間があって、中から施錠が空き、紅葉と同じ面影を持つ年輩の女性=源川有紀が顔を出す。


「娘さんをこんな時間まで送り届けず、スミマセンでしたっ!」

「ママ、遅くなっちゃってゴメ~ン!」


 此処に来るまでの道中も、色々な言い訳を考えたが、疑われずに済む言い訳は1個も思い浮かばなかった。ならば、余計なことを言わずに、平謝りをするしかない。エレベーターの中で、紅葉にも「とりあえず謝れ」と念を押しておいた。


「あら、佐波木燕真君、こんばんは。」

「ど、どうも・・・こ、こんばんは。」


 燕真が有紀と面と向かって接するのは、これで2回目。引退した退治屋の先輩に聞きたいことは沢山あるのだが、今は、そのタイミングではない。


「紅葉、お風呂には入ったの?」

「まだぁ~~~」

「御飯は!?」

「まだぁ~~~」


 「御飯」はともかく、何故、真っ先に「お風呂に入ったの?」なんて質問をした? 何を疑っている?もし紅葉が「入った」と言ったら、次にどんな対応が返ってくるのかと思うと、背筋が凍り付く。・・・針のムシロである。


「もう少し早く帰ってきなさい!」

「・・・ぅん。気を付ける。」

「紅葉がいつもお世話になっています。」

「・・・あぁ、どうも」


 紅葉とのヤリトリの後、燕真に向き直って、丁寧に挨拶をする有紀。怒鳴りつけられることを覚悟していたが、考えていたのとだいぶ違う対応である。自分の若い頃と娘を重ねて、娘の恋愛行動には、ある程度寛大な母親もいるらしいが、紅葉の母親は、そのタイプなのだろうか?


「いつも、紅葉からお話は伺っています。」

「・・・あぁ・・・・なんかスミマセン。」

「こんな時間でもなければ、上がって、お茶でも飲んで、

 ゆっくりして欲しいところなんですが。」

「あ、あぁ・・・そうですね。もうこんな時間ですし、今日はこれで。」


 有紀は有紀で、娘の前では、自分が過去の妖幻ファイターだった素振りを見せない。だから、燕真も、あくまでも‘紅葉の母親’への対応で通す。


「いつでも遊びに来て下さいね。」

「は、はい、後日改めてっ!」


 どうにか、ミッションは無事にクリアしたようだ。燕真は、エレベーター前まで送ってくれた紅葉の母と、深々と別れのご挨拶をして、「帰ってから食べろ」とリンゴを2個もらい、エレベータに乗り込んで、もう一度深々と頭を下げ、エレベータの扉が閉まると同時に脱力して壁に凭れ掛かる。

 なんかもう、鬼とかマスクドウォーリアと戦ってる時の5倍くらい、生きた心地がしない数分間だった。




-翌日-


 昨日の水晶メダルへの霊込で、体力が消耗しすぎたのだろうか?今朝は「燕真を叩き起こすアラーム」は粉木邸には訪れなかった。燕真は、少し心配だったので、紅葉にスマホでモーニングコールをして声を確認する。


「なんだよ?アンタも寝坊か?」


 燕真が朝食を終える頃になって、ようやく雅仁が起きてきた。


「紅葉ちゃんの課題が、思い通りにクリアできなくてな。」


 雅仁は、遅くまで起きて、「魔力を見る」イメージトレーニングをしていたようだ。紅葉は「簡単だ」と言っていたが、長年に渡って「霊術→妖術への変換」を学んできた雅仁にとって、「別の視点で物事を見る」のは、容易なことではない。ましてや、目の前に魔力を帯びた物があって、それを見る努力をするのならともかく、周りに存在しない物を意識せねばならないのだから、苦労をするのは当然だろう。


「あまり根を詰めるなよ。」

「そういうワケにもいくまい。」


 燕真が街のパトロールに出掛けた数分後、モーニングコーヒーだけを飲んだ雅仁も‘離反者の隠れ家’調査に発つ。




-昼過ぎ-


 燕真は、紅葉が通う優麗高が見える山頭野川の堤防上にバイクを駐めて、コンビニで買ったパンを食べる。紅葉はちゃんと登校をしたのだろうか?少し気になる。


「・・・・・・・・ん?」


 正門付近で、やや派手なスーツに身を包んだ女性が、野良猫を宥めているのが見える。顔はハッキリとは解らないが、あのワンレンロングなヘアスタイルは見覚えがある。


「アイツ・・・あんなところで何を?」


 一昨日、砂影と一緒に粉木邸に訪れた女・大魔会の夜野里夢だ。たまたま此処を通りかかって、野良猫を可愛がっていると解釈する事も可能だが、気の強そうな彼女の行動としては、些か不釣り合いだ。何よりも、「紅葉の学校の前で」と言うのが気に入らない。燕真は、昼食のパンを口の中に押し込んで、缶コーヒーで胃の中に流し込み、直ぐにバイクを走らせて優麗高正門に向かった。


「あっ!・・・くそっ!」


 しかし、燕真が接触するより先に、里夢は路肩に停めておいた赤いレンタカーに乗って、移動をしてしまう。


「野良猫を可愛がる為に、わざわざ車から降りた?・・・有り得ない!」


 里夢の車を追う燕真。追い着いたのは、優麗高から100mほど北に離れた赤信号だった。バイクを横付けして、ヘルメットのバイザーを上げ、運転席を覗き込む。

 里夢は、最初は「ただのバイク乗り」と解釈していたが、直ぐに燕真の存在に気付いて、サイドウィンドを下げて、興味深そうに見つめる。


「君は確か・・・粉木さん処の?」

「あぁ!・・・佐波木燕真です。」

「そう、燕真君・・・。どうしたの?私に何か用でも?」

「・・・はい。」


 信号が青に変わったので、里夢は車を発進させ、交差点を通過してから、ハザードを点滅させて車を路肩に寄せる。どうやら、燕真の接触を受け入れたらしい。燕真は、里夢のレンタカーの前にバイクを駐め、ヘルメットを脱いで寄って来た。


「こんな往来で、大魔会と退治屋が会うなんて、

 関係者が見たら、なんて言うかしらね?」

「出来るだけ手短に済ませます。」

「そうしてもらえると助かるわ。・・・要件は?」

「今、学校の前で、何をしていたんですか?猫、好きなんですか?」


 里夢は、燕真の直球の質問に対して、しばらく押し黙る。猫に触れていた理由は、それを支配下に置く為である。彼女は、離反者の行動を監視する為に、離反者が事件を起こしそうな場所に‘使い魔’を放っていたのだ。

 目の前の青年にどの程度の発想力があるのかは解らないが、粉木や雅仁が知れば、「猫が好きだから遊んでいた」では誤魔化せないだろうと考える。


「ふふっ・・・場所を変えましょうか?長話になりそうね。」


 里夢は、車のナビゲーションを起動させ、「後ろから着いてこい」と言って車を走らせ始めたので、燕真は指示に従って、バイクで追う。里夢の運転する車は、国道に出て、鈴梅市方面(南側)に向かい、やがて、小洒落た建物の背面を望んで、ウィンカーを出して細道に入る。


「・・・・・・・・・・・・・・・え?」


 この道は、このまま山に向かうか、鈴梅市までの抜け道にするか、幾つもあるコテージ風の小洒落た建物に入る為のルートだ。文架市に土地勘の無い里夢が、抜け道を目的として、この道を選んだとは思えない。そうなると、目的地は小洒落た建物?


「あの女、何のつもりだ?」


 案の定と言うべきか・・・里夢の乗るレンタカーは、小洒落た建物の中に入ってしまった。燕真はヘルメットの中で、眼をまん丸く見開いて、赤面してしまう。要は、里夢が指定をしてきたのは、ラブホテルなのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」


 里夢が空室の車庫に車を入れたので、倣って空きスペースにバイクを駐める。そして、躊躇いなく部屋の中に入っていく里夢を追って、燕真は戸惑いながら部屋に入る。

 彩られた部屋の真ん中で、ダブルベッドが存在感を発揮して、ベッドからでもソファーからでも見える位置に大型テレビがあり、奧には曇ガラスの浴室がある。この展開は、全く予想していなかった。


「申し訳ないけど、文架市には土地勘が無いのよね。

 流石に、退治屋の君を私の宿泊している部屋に入れるわけにはいかないし、

 関係者に見られるのはマズイから、ナビゲーションで検索して、

 手っ取り早く、此処を選んだんだけど、拙かったかしら?」

「・・・い、いえ。」

「関係者には見られずに済むでしょうけど、恋人に怒られる?」

「・・・い、いえ。こ、恋人なんて・・・いませんし・・・。」


 里夢は、ハンガーにスーツの上着を掛けて、Yシャツ姿になると、冷蔵庫から缶ジュースを2本出して、1本を突っ立っている燕真に渡し、自分はダブルベットに腰を掛けて、もう1本のタブを開ける。


「貴方の質問の答えが先?それとも、終わってから?どちらでも良いわよ?」

「・・・あ・・・あの・・・・なにが?」

「せっかく、この様な場所に来たんですから、お話だけではなく、

 大人の男女を楽しまないかって聞いてるんだけど。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「暗黙の不可侵。

 私達の接触は表沙汰には成らない。此処であったことは、この場限りよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、狼狽えながら、里夢の座っているベッドから距離を取って、ソファーの端に腰を下ろした。

 部屋の照明で照らされた化粧映えする綺麗な顔立ち、Yシャツからでも解る胸のボリュームと引き締まった腹。里夢のスタイルの良さと大人の色気はハッキリと解る。 しかも、タイトスカートからスラリと伸びた美しい足を時々組み替える。


「・・・え~と。」


 燕真は、文架市に赴任してからは色めいた経験は何も無いが、学生時代は人並み程度には場数を踏んでいる。だから、スイッチが入れば、里夢に‘男らしさ’を見せ付けることは可能。だけど、その後、汚れを知らない紅葉の眼を真っ直ぐに見られなくなってしまうような気がする。


「さ・・・さっきは、学校の前で何を?」


 里夢のペースに流されるのはマズイので、気持ちを切り替えて、直ぐに本題の質問をぶつけてみる。


「何だと思う?私を満足させることが出来たら、答えてあげても良いわよ?」


 里夢は、ダブルベッドの上で、挑発的な眼で燕真を眺める。燕真は、再び、里夢のペースに流されそうになるが、慌てて理性にしがみつく。


「誤魔化すな!アンタ、学校に使い魔ってのを仕掛けていたんじゃないのか!?

 あの猫がそうなんだろ!?学校を監視して、何をするつもりなんだ!?」


 昨日、紅葉の指摘で知ったばかりの‘にわか知識’である。確証は一つも無い。燕真には、魔力も見る才能なんて、一欠片も無い。だが、里夢の甘い誘惑を跳ね除ける意志を込めて、駆け引き抜きで真正面から聞いてみた。


「ふふふっ・・・気付いていたのね?大した物だわ。

 通りで、YOUKAIミュージアムに仕掛けた使い魔が、

 全て追い払われるワケね。」

「・・・・え?やっぱり??」


 燕真にとっては、少々意外な対応だった。里夢は、一切誤魔化そうとせず、使い魔のことを簡単に認めた。里夢からすれば、魔術師でもない者に使い魔が見破られたことは注目に値するが、見破られたところで、困る理由は無い。挑発を諦め、ベッドから立ち上がって、ソファーの燕真の隣に腰を下ろした。


「だけど、私を疑うのは見当違いよ。私の目的は、離反者の監視ですからね。

 私は、離反者がアナタ達を狙っているから、

 粉木さんの家に使い魔を送り込んだの。

 追い詰められた離反者を警戒して、

 奴等が事件を起こしそうな場所に、使い魔を送っているの。」

「・・・それが、学校?」

「そうよ。純度が高い生命力・・・それは、強い魔力の源に選ばれやすいのよ。

 若い命が集まる学校なんて、外道に落ちた魔術師からすれば、

 真っ先に標的にされる場所よ!」


 里夢の説明は、燕真からすれば思い当たるフシがある。これまで、同じ理由で、何度も学校が妖怪の標的にされた。紅葉が言ったように、霊術も妖術も魔術の根幹が同じならば、追い詰められた魔術師が学校を狙うのは、至極当然なのかもしれない。


「そっか・・・アンタ・・・いや、里夢さんは、離反者から、この街を守る為に。」

「そう言う事。アナタからの疑いは晴れたかしらね?」

「う・・・うん。変な聞き方してゴメン。」

「気にしてないわ。他に聞きたい事はあるのかしら?」

「いえ、・・・特には。」

「なら、私からも質問よ。

 アナタは、暗黙の不可侵を無視して、私に接触をしてきた。その理由は?

 私が使い魔を放っていたから・・・だけなのかしら?

 離反者達に、何か動きがあったから・・・でしょ?」

「う、うん。

 昨日、アイツ等から‘一週間以内に事件を起こす’って犯行予告があって・・・。

 それで、チョット、焦っていて・・・。」

「やはり・・・追い詰められて、形振り構わなくなってきたわね。

 解ったわ。私も、離反者の動きには、これまで以上に警戒をするわね。」

「お願いします。」


 聞きたい事は聞き、伝えたい事は伝えた。もう、この場所で、妖艶な里夢と同席をする理由は何も無い。


「じゃ、俺はこれで!呼び止めたのは俺なんで、代金は払いますね。」

「あら?もう行くの?折角なんだし、もう少しゆっくりしていったらどう?

 1~2時間程度なら、ノンビリしても良いんじゃない?」

「い、いえ、急いでいるので。」

「そう・・・残念ね。私は、もう少しノンビリ休んでから行っても良いかしら?」

「ご自由にどうぞ。」


 燕真は、動揺して震える手で、財布から5千円を抜いて、テーブルの上に置くと、興味深そうに燕真を見つめる里夢と眼を合わせないように一礼をして、足早にその部屋から出て行く。


「くぅ~~~~~~~~~~!」


 扉を閉めると同時に、髪の毛を掻きむしりながら、その場にしゃがんで悔しがる。 もし事件の調査中ではなければ、もし里夢が大魔会の幹部じゃなければ、そして、源川紅葉という小娘に日常的に絡まれる状況じゃなければ、お言葉に甘えていた可能性はかなり高かっただろう。




-その頃-


 雅仁は、文架市南東の明森町・土地開発区の廃ホテルで、誰かが生活をしている形跡を発見していた。焚き火のあとと、複数個の弁当の空き容器、スナック菓子の空き袋、飲料水やアルコールの空き缶・・・付着している残り物からは、それが何ヶ月も前ではなく、つい数日中の痕跡と判断出来る。


 此処で生活をしているのが大魔会の離反者とは限らない。ただのホームレスかもしれない。しかし、弁当の空き容器にある賞味期限は、まだ新しい物もある。期限が切れて棄てられた物ではなく、金が無ければ手に入らない物だ。ホームレスによるコンビニ強盗や通り魔強盗のニュースはない。その場にある物は、ホームレスが準備出来る物ではないのだ。金があるのに、所在割れを恐れて、宿に泊まれない者。それ以上は、考えるまでもない。




-文架市南西の国道-


 カップルが乗った何台かの車とすれ違い、燕真の駆るバイクが細道から国道に到達した直後に、ポケットのスマホが着信音をコールした。バイクを路肩に寄せてポケットから携帯電話を取り出すと、雅仁の名が、ディスプレイに表示されている。


「どうした?」

〈奴等のアジトらしい場所を見付けた。こっちに来られるか?〉

「マジで?何処だ?」

〈明森町の土地開発区にある廃ホテルだ。〉

「・・・ホテルから逃げてきて、また、ホテルかよ?」

〈ん?何か言ったか??〉

「いや、独り言!直ぐに向かうよ!」


 燕真は、スマホをポケットに入れ、バイクを走らせて、適当な交差点で右折をして、雅仁が指定をした開発区に向かう。




-十数分後・廃ホテル-


 雅仁は「奴等が此処にいる」と確信をしつつ、確実な手掛かりを探していた。


「・・・ん?」


 古びたフロアカウンターの上に見覚えのある物を発見する。懐中時計型のアイテムと、バックルが斧の形をした壊れたベルト。昨日の戦いで、ガルダが破壊をした大魔会のマスクドシステムだ。


「持ち主はどうしたんだ?壊れたからって放置するような代物でもないだろうに?」


 雅仁は、壊れたマスクドシステムの持ち主=マスクドウォーリア・ゴブリンが、夜野里夢に命を奪われた事を知らない。何気無く近付き、置き去りにされたアイテムに触れてみる。


「・・・ん?」


 途端にアイテムの下に仕掛けられていた魔法陣が表面化して発動!雅仁は若干の空気の変化を感じる!懐中時計内の『Go』と書かれたメダルがくすんだ闇を放ち、闇は周囲に広がり、中から、‘緑体色で、耳と鼻が尖って、背の低いモンスター=ゴブリン’が実体化をした!


「しまった!罠かっ!?」


 触れれば発動をする単純な罠である!魔術を知らない雅仁には、事前の感知はできないが、先日の戦いで、マスクドウォーリア・スプリガンが、モンスターを召還した事を考慮すれば、予想出来ない罠ではなかった!


「幻装っ!」


 雅仁は、モンスターから間合いを空け、Yウォッチから『天』メダルを抜き取って五芒星バックルに装填!妖幻ファイターガルダ登場!鳥銃・迦楼羅焔を連射して、目の前のモンスターを牽制する!




-数分後-


 燕真の駆るバイクが、廃ホテルに到着。轟音を聞き、中で派手な戦闘が行われている判断して、Yウォッチから『閻』メダルを抜き取って、和船バックルに装填する!


「幻装っ!!」 


 妖幻ファイターザムシード登場!妖刀ホエマルを装備して、戦闘中の廃ホテルに飛び込んだ!ロビーで、交戦中のガルダを発見!戦い慣れた妖怪とは違うモンスターに苦戦をしているようだ!


「狗っ!」 「来たか、佐波木!」


 身構えていたゴブリンが、不気味な笑い声を上げながらザムシードに向けて斧と投げる!ザムシードは横に回避をしつつゴブリンの懐に飛び込んで、妖刀を叩き付けた!しかし、直撃を与えたにも関わらず、ゴブリンの皮膚を斬り裂くことができず、ゴブリンの蹴りを喰らったザムシードは弾き飛ばされる!


「・・・くっ!」


 斧を拾い上げたゴブリンが、体勢を立て直しきれないザムシードに突進!ザムシードの振るった妖刀と、ゴブリンの振るった斧がぶつかり、ザムシードの手から妖刀が弾き飛ばされる!

 慌てて基本装備の裁笏ヤマを握り、ゴブリンに叩き付けるザムシード!だが、ゴブリンには全くダメージが通らず、振り下ろされた斧を叩き込まれてしまう!


「佐波木っ!」


 ガルダが鳥銃から光弾を発射!ゴブリンは、斧腹を盾にして防御!衝撃で半歩後退をするが、光弾は防ぎきる!


「チィ・・・やはりダメか?」

「なんて固い防御だ!・・・これが西洋の悪魔かよ?」


 妖刀、裁笏、鳥銃、相手が妖怪ならば通るはずのダメージが、全く通せない。強敵の鬼ですら、此処まで歯が立たない相手ではなかった。大魔会は、こんな怪物と互角に戦っている?妖幻ファイターとマスクドウォーリアには、これほどの戦力差が有るというのか?


  『妖怪探しても‘まじゅつ’っていうのは見ぇにくぃの!』


 妖怪に対応する価値観では、魔術には対応できない。ザムシードは、昨晩の紅葉の言葉を思い出す。


「なぁ、狗?」

「なんだ?」

「悪魔ってさ、妖怪の浄化能力では倒せないのかな?」

「今更何を言っている?妖幻システムの機能は、妖怪の浄化に特化を・・・・

 ん?・・・そう言うことか?」


 ガルダが、ザムシードの言いたいことに気付く。妖怪退治に効率的な戦いをしても、悪魔にはダメージを通せない。


「良い着眼点だな、佐波木!浄化が効かないなら・・・」

「物理的な攻撃をすれば良い!」


 頷き合い、ガルダは属性メダル『雷』を鳥銃に、ザムシードは属性メダル『炎』を裁笏にセット!ガルダが鳥銃をゴブリンに向けてトリガーを引く!先ほどと同じように、斧腹を盾にして受け止めるゴブリン!しかし、浄化能力の高い光弾ではなく、雷弾だった為、ゴブリンの全身を感電させる!


「ぐぎゃぁぁぁっっっっっっ!!!」


 ザムシードが、動きを止めたゴブリンに突進をして、裁笏ヤマの刺突を放つ!裁笏はゴブリンの皮膚に通らないが、裁笏から発せられる炎の刃がゴブリンを貫通!手応え有り!


「サンキュー、紅葉!オマエのおかげだ!今度飯をおごってやるよ!」


 弾き飛ばされて床を転がるゴブリンに対して、流星と化したガルダが突進!アカシックアタック発動!


「うおぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」


 直撃を喰らったゴブリンは、壁に叩き付けられてメリ込み、悲鳴を上げて爆発四散をした!

 だが、ガルダの胸に填められた白メダルは、空白のまま、モンスターを吸収する気配は無く、爆発したモンスターから発せられた闇は、『Go』と書かれたメダルに戻っていく。


「やはり・・・妖怪とは違って、封印は出来ないようだな。」

「実体化を出来なくなって、自分のメダルに戻っただけ・・・

 倒したけど、滅んでいないって事か。」


 ザムシード達は、周囲を見回して、危険が去ったと判断して、変身解除をする。

 雅仁が拾い上げた『Go』メダルを見つめる表情は、少し悔しそうだ。離反者達の隠れ家を発見したにも関わらず、戦いの痕跡という形で、発見をした証拠を堂々と残してしまった。これでもう、離反者達が、この場所を隠れ家に使う事はないだろう。雅仁は、自分の迂闊さを深く後悔する。


 これで、足取りを掴む手段は無くなった。捜索は振り出しに戻り、離反者が「文架市で何かを仕掛ける」以外は、いつ、何処で、何をするのか、全く解らない。言い様の無い焦燥感が、燕真と雅仁を支配する。




-鎮守の森公園近くのビジネスホテルの一室-


 里夢の滞在する部屋で、里夢のスマホが着信音を鳴らす。里夢は、着信に応じて、数言会話をしたあと、バスローブから軽装な私服に着替えて、軽く化粧をして、部屋を出てロビーに向かった。


「空吾さん?」


 ロビーのソファーでは、退治屋本部から遣わされた猿飛空吾が待っていた。


「よう、里夢ちゃん!」


 猿飛は、里夢を呼び出しておきながら、その姿に驚いてしまう。25年前の幼女は、とても綺麗になっていた。ラフな私服姿からは、砂影や粉木が感じたような「気位の高さ」は微塵も無い。


「み、見違えたよ。」


 2人には面識があった。幼い頃の里夢が母に連れられて、「近いうちに学ぶ」為の見学という理由で、本部に顔を出し始めた頃、猿飛は本部で就学をしていた。当時の退治屋(特に退治部)が男性中心の社会で、女性が少なかった理由もあり、猿飛はやがて里夢が後輩になる事を楽しみにしていた。だが、事件が勃発して、それは果たされなかった。

 砂影から里夢の情報を得ていた猿飛は、文架市に来て、最初に里夢と連絡を取った。憶測で遠回りな捜索をするよりも、暗黙の不可侵を前提にした「無理のない共闘」を持ちかける為だった。僅かではあるが、25年前の少女がどう成長したのか、会ってみたいという思いもあった。


「ふふふっ!それは私も同意見よ。」


 再会をして、幼い里夢しか知らなかった猿飛は、元気で、何よりも美しく育っていた里夢を見て驚き喜んだ。

 思わず見取れそうになる欲求を堪えて、真剣な表情で、里夢に話し掛ける。


「再会の乾杯をしたいところっすけど、残念ながら、立場も事態も違う。

 単刀直入に話を進めるっすよ。

 粉木さん達を狙う離反者の件で、君が今持っている情報・・・

 俺に教えられる範囲で良いんで、もらえないっすかね?

「長話になりそうね。でも、機密が多い私の部屋に招待はできないわ。

 場所を変えましょうか?」


 里夢はしばらく考えた(フリをした)あと、猿飛を見つめて「外に出よう」軽く目配せをする。頷き、立ち上がる猿飛。2人は並んで、ビジネスホテルから出て行く。

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