第24話・マスクドウォーリア

-YOUKAIミュージアム-


 屋根の上の死神・・・マスクドウォーリア・リリスが地面に降り立ち、変身を解除。ワンレングスロングヘアで、派手な赤いスーツに身を包んだ気の強そうな美女だった。

 美女は、ロングヘアを掻き上げ、穏やかに笑みを浮かべて、粉木に近付く。


「・・・女?」


 無頼者3人を追っ払ったリリスが、どんな風貌なのだろうか?と考えていた燕真達は、正体が美女と知って、少しばかり拍子抜けをした。


「お久しぶりです・・・粉木さん。」

「・・・ん?」

「なんだ?爺さんの知り合いなのか?」


 美女は粉木と面識があるようだが、粉木には美女の風貌に見覚えがない。一度でも会った美女を忘れるはずは無いのだが、目の前の美女のことは知らない。

粉木が首を傾げていると、砂影が口を挟んできた。


「会うたとは言うても、この娘が幼女やった頃・・・。

 解らんでも無理ちゃ無いわね。彼女ちゃ圭子の娘ちゃ。」


 ようやく、粉木の中で、過去の記憶と目の前の美女の面影が重なる。

 25年前、退治屋本部で、砂影の部下・夜野圭子が連れていた幼子。母は、「娘には自分以上の才能があると診断された」「時期が来たら退治屋に修学させる」と嬉しそうに話す。粉木は才能が約束された幼子を見て、眼を細めて笑顔になり、「大きくなったら母ちゃんを助けてやり」と優しく言葉を掛ける。


「圭子の娘?・・・里夢ちゃんか?」

「はい、夜野里夢です。今は、母に倣って大魔会に所属しています。」

「さよけ・・・経緯はどうであれ、元気そうで何よりや。

 ほいで、大魔会の夜野里夢さんがワシに何用なんや?」

「会って早々に失礼な言い方になってしまいますが、

 粉木さんに用があるわけではありません。

 私は、先ほどの3人・・・大魔会の裏切り者を追って、此処に赴きました。」

「あの幼かった里夢ちゃんが・・・大魔会のアサシンかいな?」


 何事も無ければ、今では、母親を手伝い、砂影の懐刀になっていたかもしれない才気の約束された幼子。

 粉木は、25年前の幼子の今の姿を見て、今の立場を聞き、表情を曇らせてしまう。


「・・・里夢、もう良いやろ?

 積もる話に花を咲かせたいところでしょうけど、

 大魔会のアンタが、いつまでも私達退治屋と接触をしとるのは、

 互いに、あまり良い事でないわ。」

「そうですね。

 連中の所在は掴みましたし、私はこれで、おいとまさせていただきます。

 滞在するなら、公園(鎮守の森公園)の近くにあるホテルが便利でしょうか?」

「アンタの好きにして良いわちゃ。

 滞在先まで、私達にとやかく言う権利ちゃ無いわ。

 ただし、何度も約束した通り、大魔会のことは大魔会で決着を付ける。

 退治屋と大魔会ちゃ暗黙の不可侵・・・かぁ必ず守らっしゃい。」

「もちろん承知しています。私だって、退治屋と争う気はありませんから。」


 砂影は、再確認をさせ、遠回しな言い方で、里夢をYOUKAIミュージアムから追い払う。

 里夢は、砂影の意図を察した上で、不満な表情も見せず一礼をして、皆に見送られながら、ハイヒールが地面を鳴らす音を立てて、その場から遠ざかっていく。




 ‘部外者’が居なくなったところで、燕真・雅仁・粉木・砂影は、事務所に籠もり、粉木が語りたくない話の続きを再開する。あの事件が、幼かった夜野里夢の人生を大きく変えたと考えれば、厳密に言えば、彼女も当事者なのかもしれない。


 燕真も雅仁も、砂影滋子とは面識がある。

 燕真にザムシードのザムシードシステムの使用許可を与え、粉木の元に配属をしたのは砂影だ。頻繁に会うような間柄ではないが、顔を見れば「砂影ババア」「誰が砂かけババアよ?」とヤリトリをする。

 雅仁に至っては、一族全てを失って、退治屋に引き取られてからの、師匠のような存在である。


 東東京勤務の砂影が、作戦行動中でもないのに、単独で地方の退治屋に訪れるのは珍しい。気楽に遊びに来たわけではない事くらい、誰にでも把握出来る。何よりも、砂影が粉木に掛けた言葉「弟子殺しの師」が気になって仕方がない。


「昔から肝心な事ほど言葉足らんでなったけど、そっちゃ今も変わらんようね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「雅仁や燕真に、力の危険性を説明せずに否定ばっかりしても、

 彼等が納得を出来るワケがないやろ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「報告書に上がっとらんけど、燕真と話しとった‘エクストラ’って何の事?

 私にも見せてもらえんかしら?」

「・・・・・・・・・・・さっきの言い争い、聞いておったんかい?地獄耳め!」

「ついでに、あの日、アナタが持ち去った銀色メダルも出いてもらえんかしら?

 もちろん、在るんやろ?」

「・・・・・・・・・・あぁ・・・オマンの言う通りや」


 長年、信頼できる同志として共に戦った砂影を誤魔化すことはできない。粉木は、観念して立ち上がり、本棚を移動させて、後ろに隠された金庫を空け、2枚のメダルを取り出してテーブルの上に並べる。

 1枚は透明色のメダル、もう1枚の焦げたメダルは厳重にケースの中に密閉されている。


「どっちがエクストラのアイテムなんだ?」

「これが・・・銀色メダル?」


 興味深く焦げたメダルを眺め、手を出して触れようとする雅仁。ケースには封印の念が込められている。

 そして、ケースを開いて掌を近付けた瞬間、まるで触れられる事を拒むように、静電気のようなものが走る。


「・・・こ、これは?」

「これで解ったやろ?銀色メダルなんてもんは、もう存在せぇへんのや!

 此処にあるんは、昔は銀色だった誰にも扱えん危険な遺物や!」

「恨みの残留思念・・・なるほどね。

 アナタ以外に背負えん物やったさかい、アナタちゃ持ち去るしかなかった。

 弟子殺しの師ちゅう汚名と共に・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 メダルに触れようとした手を眺める雅仁。まだ指先が僅かに痺れている。焦げたメダルには、粉木個人に向けられた深い憎しみが込められていた。一般的な霊能力者どころか、霊術に長けた雅仁ですら躊躇するほどの深い恨みの思念である。


「確かに・・・この思念は危険ですね。

 念を祓えばメダルは再生しますが、

 決して解放してはならない危険な呪いの念です。

 これは、このまま、メダルの中に閉じ込めておくべき代物なのかもしれません。

 だけど・・・なら、なんで、最初にそう言ってくれなかったんですか?

 俺は駄々っ子ではありません。

 触れる事さえ危険な物だと聞いていれば、欲してなどいませんよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なぁ、爺さん・・・思念とか言われても、俺にはよく解らないけど、

 爺さんが弟子を殺したってのが関係してんだよな?

 俺さ、最初はちょっと驚いたけど、

 爺さんが野心で弟子を殺すようなヤツじゃないって事くらいは解る。

 なんか、そうしなきゃならない理由があったんだろ?

 ・・・・・俺達に話してくんないかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


*************************************


 25年前、粉木が銀色メダルを受け入れずに、本部を去った数ヶ月後・・・画期的だったはずの発明は、重たい空気を落としはじめる。銀色メダルの使用を続ける事で、変身者の精神は、次第に封印妖怪の影響を受けて、力に溺れ、闇に染まっていった。


 彼等の、「力がなければ正義は貫けない」という思いは「力の絶対性こそが正義」と変化をして、上層部や開発局に対して、更なる力を渇望するようになる。

 封印によって妖怪の力を弱める必要は無い。自分達ならば、妖怪の力を、ありのままで使いこなす事が出来る。


 粉木勘平の判断は正しかった。銀色のメダルは、存在させてはならない代物だった。当時の社長は、彼等の提案を「危険な物」として、取り合おうとしなかった。

 これ以上の銀色メダルの使用は危険。全て回収して処分をするべきだ。上層部は、全銀色メダルの凍結を通達する。


 しかし、時は既に遅かった。

 闇に心を染められた自称エリート達は、「身を削って妖怪と戦ってる自分達こそが頂点に相応しい」「何もせずに命令しかしない上層部は邪魔」「力の有効性を判断出来ない者達など、無能の集まり」と考え、リーダー格が上げた声で一斉に決起をしたのだ。


 文架市で安穏と暮らしていた粉木の元に、砂影からの緊急連絡が入ったのは、粉木が本部から離れて数ヶ月後のことだった。


「どうしたんや!?落ち着いて話や!!」

〈早う来て、勘平!圭子達がおかしい!

 銀色メダルの所持者達が一斉に反乱をっ!!〉

「なんやて!?」


 闇に染まった者達は、説得では止めることが出来ず、社長は、真っ先に反逆者のリーダーに殺された。

 本部は自称選ばれしエリート達の手によって、過去の遺物として炎に焼かれており、駆け付けた粉木は、炎の中で「主君殺しの反逆者」と再会をする。かつての弟子は、師弟関係が円滑だった頃とは別人のような、闇に憑かれた顔をしていた。


「何や、オマエ、その顔は!?人間を辞めたんか!?」

「フン!俺は、人間を越える素晴らしい力を得たんだ!

 臆病者のアンタには一生解るまい!」

「愚か者!!それの何処が素晴らしい力や!!?」


 離別からたった数ヶ月しか経過していないのに、「主君殺しの反逆者」は、もはや、粉木が知っている弟子ではなかった。


「大馬鹿者めっ!!妖怪に心を奪われおってっ!!」


 異獣サマナーの変身アイテムを翳す師。Yケータイを構える弟子。2人は睨み合いながら、同時に変身ポーズを決める。



 自慢の愛弟子だった。いつかは自分を越えていく才気と信じていた。殺したくはなかった。だが、最初の被験者に選ばれたがゆえに、妖怪によって最も心が破壊されていた弟子は、既に人間の心を取り戻せなくなっていた。師は、かつての弟子を、殺す事でしか、終わらせられなかった。


 最後の一閃を振り切ったあと、かつての弟子は、恨みの眼で粉木を睨み、呪いの言葉を吐き捨て、最強と信じた銀色メダル縋るように握り締めながら息絶えた。


 その瞬間に、銀色のメダルは、才能在る反逆者の憎しみの念を取り込んでしまう。まるで、所有者が、「これは誰にも渡さない」と言うかのように・・・。


 粉木は、炎の中で表面が焦げたメダルを拾い上げて、直ぐに理解をした。粉木のみに向けられた呪いは、粉木が触れて苦しむ事のみを喜び、他の者が触れる事を拒む。


 粉木の背後では、かつての師弟の顛末を見届けた砂影が立っていた。だが、粉木は、背後に砂影がいることに気付いていながら、何も言わず、振り返りもせず、その場から立ち去っていく。

 砂影は、粉木が泣いている事に気付いていた。だから、何も声を掛けずに見送る事しかできなかった。


 反逆は、喜田常務を中心にして一丸となった退治屋達によって、その日のうちに鎮圧をされ、銀色のメダルは、呪いに染まった1枚以外は回収された。反逆者達は数人が戦死して、数人は這々の体で逃走をした。


 砂影の部下でありながら、決起に加担をした夜野圭子は、本部で学びはじめたばかりの幼い娘を連れて、西洋に本拠地を持つ『大魔会』を頼って落ち延びた。


 粉木が「主君殺しの反逆者」を倒したので、反逆者達は統率を失い、退治屋は反撃に転じる事が出来たのだ。だが、粉木は、反乱鎮圧の功労など、少しも嬉しくなかった。粉木の心には「弟子殺しの師」と言う大きな傷だけが残った。


 こうして、銀色メダルは組織の汚点とされて記録を抹消され、凄惨な事件は「ただの火災」として処理をされ、計画は量産を待たずに頓挫をしたのであった。


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「そっか・・・だから爺さんは、安易な力を嫌うんだな。」

「強大すぎる力を所有する為には、それだけの対価を失わんならんのちゃ。

 50年前に異獣サマナーとして戦うた勘平ちゃ、

 誰よりも、その事実を痛感しとった・・・。

 やさかい、力の拡大を受け入れなんだのちゃ。」


 燕真や雅仁が想像していたよりも凄まじい話だった。普段は好々爺の表情を見せる粉木が、そのような過去を背負っているとは思いもしなかった。


 静寂が、YOUKAIミュージアム事務所内を支配する。




-鎮守の森公園近くのビジネスホテルの一室-


 浴室から聞こえてくるシャワー音が止まり、中からバスローブに身を包んで濡れた髪を拭いた夜野里夢が出てくる。襟元から覗く豊満な胸は彼女が大人の女性である事を、バスローブからスラリと伸びた筋肉質な足と衣類越しにでもハッキリと解る引き締まったウエストは、彼女が戦士である事を雄弁に物語っている。


「ここまで来れば、堀田君達を仕留めるのは簡単ね。」


 部屋の灯りを消したまま、5階の窓から夜の文架市を眺める夜野里夢。

 彼女は、裏切り者が、文架市を離れるとは考えていない。これまで、大魔会を離反して、生き残った者は1人もいない。全てが追っ手に始末をされた。何処に息を潜めていても、離反から数年が経過していても、大魔会のアサシンは所在を突き止める。逃げても無駄なのである。

 ならば、離反者は隠れ家ではなく、抵抗する手段を探すだろう。彼等は、その手段を‘銀色のメダル’と考えている。


「彼等は、追っ手が掛かったことを理解した。」


 退治屋を侮っている離反者は、里夢の眼を盗み、必ず、YOUKAIミュージアムを襲撃する。彼等に残された道は、それしかない。


「・・・だけど」


 先ほどの接触時、リリスがデスサイズを振るえば、離反者の命を狩る事は容易だった。だが、彼女はそれをしなかった。逃亡者を追う事もしなかった。

 里夢は任務の即時遂行とは別の事を考えていた。名家の陰陽師と、データに載っていない妖幻システム。この地には、注目すべき妖幻ファイターが2人も揃っている。


「彼等を観察すれば、退治屋の最先端を把握出来るわ。」


 噂で聞き、データでしか見た事の無い‘妖幻ファイター’を知りたい。母の古巣の技術を、自分の眼で確かめたい。何故、母は退治屋から離れたのか?幼い里夢を連れて、逃げるように海外に身を寄せたのか?母は「保守的な退治屋の技術と比べて、躍進的な大魔会の技術は素晴らしい」と言った。里夢が退治屋に興味を持たないと言えば嘘になる。


「離反者など、その気になれば、いつでも消せる。

 それよりも、暗黙の不可侵を守りつつ、離反者達を泳がせて、

 妖幻ファイターとの戦いを傍観する方が楽しそうね。」


 里夢は、アイスティーで渇いた喉を潤すと、部屋に照明を灯し、ノート型パソコンを開いて、現状の報告書を纏め始める。




-郊外の廃ホテル(文架市南東の明森町・土地開発区)-


 電気のない建物の中に焚き火が焚かれ、3人の男達を照らしている。マスクドウォーリア・オーガ=堀田、マスクドウォーリア・スプリガン=クロム、マスクドウォーリア・ゴブリン=ロバート、3人の大魔会離反者である。


「ついに追っ手が来やがったか。」

「予想はしていたがな。」


 彼等は力を求めて大魔会に所属をした。人助けの意思は無く、悪魔を倒して支配下に置き、力を誇示する事に生き甲斐を感じていた。

 大魔会は、退治屋とは違い、所属者の人間性は重要視しない。能力が有り、結果が伴えば、一定の地位を認められる。そう言う点では、堀田達には天職だった。


 だが、彼等はやり過ぎてしまった。強い悪魔を倒す為に、見境無く戦い、多くの無関係な一般人が犠牲になった。首脳部も流石に見過ごす事ができず、彼等の更迭を決めた。結果主義の組織は、結果が伴わなければ、「替えはいくらでもいる」と切り捨てられるのも早い。更迭は変身アイテムを返却し、未来の昇進を奪われた事を意味する。

 彼等は従わなかった。「戦いが長引いたのはマスクドシステムが弱いからだ!」と反発をして、組織を離反して、渡日したのである。


 その八つ当たりと力の誇示の為に殺害をされた‘鬼討伐の援軍30人’は、不運という言葉では片付けられない。


「どうする、堀田?・・・もう俺達は?」

「ビビるな!返り討ちにすりゃ良いだけだ!」

「だが、アサシンは、総帥の懐刀だぜ!」

「フン!どうせ、体で懐刀の地位勝ち取っただけの情婦だ!

 リリスの性能は驚異だが、俺達が強くなれば済む話だぜ!」


 巨漢・堀田の言葉に、クロムとロバートが頷く。


「その為にも、銀色のメダル・・・か!」

「あぁ、そうだ!実際に戦ってみて解っただろ?

 妖幻ファイターなんて、俺達のシステムに比べれば、ガキの玩具みたいなもんだ!

 サッサと連中を潰して、銀色のメダルを奪い取れば良いんだよ!」

「だが、あの茶店に、銀色のメダルなんて本当に在るのかな?」

「フン!・・・在るさ!リリスがこの地に来たのは偶然なんかじゃない!

 あの女は、俺達が探している物が、あの茶店にあるって情報を掴んだんだ!

 だから、俺達は、ピンポイントで、リリスに突き止められたんだ!

 俺は、あの女(リリス)を見て、そう確信をした!」

「なるほどな。・・・だが、どうする?派手に動けば、直ぐにリリスが来るぞ!」

「それならば、俺に考えがある。」


 3人の離反者は、焚き火に照らされた互いの顔を見つめ合い、次の強奪作戦に向けて、打合せを進める。




-YOUKAIミュージアム-


 粉木の過去と、退治屋の汚点を聞き、事務所内は重苦しい雰囲気に包まれていたが、いつまでも黙っているわけにはいかない。確かめるべき事は、もう一つある。

 自分がいつまでも沈痛な表情をしていたら、若者達に、無駄な気を使わせてしまうだけ。粉木は、砂影の目配せを受けて、表情を作り替える。


「もう昔の話や。いずれは話さなアカンて思うてた。

 せやけど、これをオマン等が聞いて、あれこれ悩むモンでもないやろ?

 ワシが言いたかったんは、銀色メダルは使いモンにならんと言う事だけや!」


 燕真は、かつての弟子とは違う。まだ未熟で、力に溺れるところはあるが、彼は、彼の周りに居る天才肌達(紅葉&雅仁)の陰になり、自分が「特別」ではなく「凡人」であることを理解している。そして、地味と言われても、不満を持つわけでもなく、素直に、自分が出来る事に真正面から挑んでいる。


「そんな事より、オマン等の方は、もう話はえぇんか!?」


 少しでも「危険かもしれない」「実態の解らない」物は、出来の悪い愛弟子からは遠ざけたい親心はある。しかし、全ての話がが表面化した今は、「彼が闇に傾倒することはない」と信頼することにする。


「あ・・・あぁ・・・そう言えば・・・。」

「ケースに封印された方が、銀色メダルなんだから、

 透明色の方が‘エクストラの力’ですね。」

「ザムシードのパワーアップアイテム・・・か。」


 燕真が、テーブルの上から水晶メダルを拾い上げて眺めてみるが、反対側が透けて見える円にしか見えない。粉木は、「質感が~~」とか言っていたが、何がどうなのか、全く解らない。


「霊感ゼロのオマエが触れても何も解るまい!」

「あぁ・・・うん。やっぱ、そうなのかな?」

「君には解らないだろうが、周りの空気が、鬼討伐の時のザムシードに似ている。」

「狗は解るのか?」

「どうだろうな?・・・触れてみなければ、何とも言えない。俺に貸してくれ!」


 雅仁は、燕真から水晶メダルを受け取って、先ずは、掌において眺めてみる。


「水晶のメダルなんて、随分と不思議な代物ですね。

 人間界の技術では、こんな物は作れませんよね?」


 メダルを握り締め、目を閉じて、しばらく無言でメダルの習性を読み、僅かに顔をしかめて、再び手を開く。


「こ、これはダメだ・・・呪われた銀色メダル以上に、俺の手には負えません。」


 燕真は驚いた表情で雅仁を眺め、粉木は「やはりな」と言いたげな表情で、雅仁が水晶メダルをテーブルの上に置くのを待ってから話し掛ける。


「どうや、狗塚?把握出来たか?」

「えぇ、ある程度は解りました。

 そして、粉木さんが‘解らない’と表現した理由も理解出来ました。」

「オマンでも、そうなんか?」

「はい・・・このメダルは、封印妖怪のリミッターを解除する代物ですね。

 おそらくは、地獄の書記官が言った‘エクストラ’開放のスイッチです。

 粉木さんは、この機能を、銀色メダルと同じ質感と表現したんですね。」

「あぁ、そうや。」


 理解できない燕真が、水晶のメダルを手に取って、嬉しそうに眺めた。


「なら、このメダルを使えば、俺は鬼討伐の時みたいに・・・」

「残念ながら、それは無理だな。」


 だが直ぐに、雅仁が燕真に訂正をする。


「スイッチはあるが、全ての機能が眠っている。」

「・・・ん?どういう事だ!?」

「電池が入っていない電化製品みたいな物だ。

 高性能だが、起動できなければ、どうにもならない。」

「・・・電池?」

「メダルの中身が空っぽなのさ。」


 燕真は、透明なメダルを覗き込んでみるが、何も解らない。


「起動させるには、霊力が必要って事かしら?

 銀色メダルに霊力を送り込んで、封印妖怪のリミッターカットをするように。」

「大雑把に言えば、そう言う事ですね。

 俺は、リミッターカットの霊術を教わっていないので、明確には言えませんが、

 おそらく、リミッターカットに必要な霊術は、

 攻撃的な類の霊術を銀色メダルに送り込んで、

 起動した銀色メダルが、封印を破壊して、あとは、妖怪に霊力を食われ続ける。

 使役妖怪が強大なほど、得る力は大きいが、食われる霊力も大きくなる。

 父が、数分で、天狗(ガルダ)に霊力を食われたように。・・・ですよね?」

「・・・そ、そうね。」

「このメダルが保つ習性は、おそらく全く正反対です。」

「・・・どういう事だ?」

「ハッキリとは言えませんが、このメダルに必要なのは、

 リミッターカットで妖怪の暴走の糧になる霊力。

 使用者の魂を守る為に、事前にメダルに霊力を満たしておいて、

 封印妖怪は、その霊力を食い続ける。

 その霊力が無ければ、このメダルは機能しない仕組みになっているのです。」

「よ・・・よく解らないんだけど・・・。」


 雅仁は苛立ち、燕真が摘まんでいた水晶メダルを奪い取る。


「解れ、未熟者!

 ザムシードの‘エクストラ’が開放されれば、

 妖怪の力が強すぎて、君は瞬時に魂を食われる!

 場合によっては、周りに居る者の魂すら食うほどの妖力を開放するスイッチだ!

 それを防止する為に、事前にメダルに霊力を溜め込み、封印妖怪に食わさせる!

 その霊力が無ければ、スイッチその物が起動しない!

 つまりは、霊力でメダルを満たさなければ、このメダルは使えないって事だ!」

「な、なんだよ!それだけで、俺は強くなれるのかよ!

 だったら、早速、このメダルに、オマエの霊力を封じ込めてくれよ!

 銀塊に霊力を封じ込めんのと同じようなもんだろ!?」

「確かに同じような物だが、深さがまるで違う!適応する霊術の種類も解らない!

 さっきも言っただろう!俺の手には負えないんだよ!」

「・・・ん?」

「このメダルに必要な貯蔵量が、深すぎて、全く読めないんだ!

 俺は、自分の内包霊力量は把握出来るが、メダルの貯蔵量は把握出来ない!

 例えば、銀塊や石礫1個がコップと仮定すれば、

 俺はその日の体調次第で、幾つのコップを満タンにできるか把握出来る!

 だが、このメダルは海だ!これがどういう事か解るか、佐波木!?

 このメダルは、俺の霊力・・・

 いや、命では足りないほどの霊力を求めているんだ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 銀色メダルと同じ習性、中身は空っぽ、どんな種類の霊力が必要なのかも解らない。雅仁の感想は、粉木の見解と同じだった。


「地獄の書記官は、何故、人間では扱えない物を置いていったんだ?」


 呪われた銀色メダルも、エクストラの力も、使い物にはならない。強大な敵と戦う為に新しい力を欲した燕真と雅仁にとって、それは、息を消沈させてしまう残念な結果だった。




-翌朝・ビジネスホテルの一室-


 YOUKAIミュージアム付近に放っておいた斥候が、里夢の通信機に「異常発生」のアラームを送る。

 里夢は、粉木達と別れた直後に、魔力で野良猫を支配し、使い魔にして、YOUKAIミュージアム付近を偵察させていたのだ。


 通知内容は、「烏の姿を借りた使い魔が出現をして、YOUKAIミュージアムを見張っている」という物だった。間違いなく、離反者の放った斥候だろう。彼等は、里夢を警戒し、且つ、銀色メダルを諦めていないのだ。


「了解。住人にも、その使い魔にも気付かれないように、偵察を続けなさい。」


 本来であれば、敵の使い魔は潰すべきだ。しかし、里夢は、特に慌てる事も、対応策を打つ事もなく、表情1つ変えずに通信を切って、ノートパソコンを開く。

 昨夜の報告に対する返信が届いていた。内容は、「計画を継続せよ」。


「うふふっ・・・どう動いてくれるのやら?

 せいぜい、その余命を、組織の為に役立てなさい。・・・下品な裏切り者ども。」


 里夢は、粉木や砂影には見せた事のない冷たい微笑を浮かべ、ノートパソコンに向かって事務的作業を続ける。




-粉木邸-


「燕真~~~!!朝だぁぁ~~~~!!!

 おっきろぉぉ~~~~~~~~~~~~!!!」


 嵐が到来した。毎度の事なのでもう慣れたが、最近は、家主の許可を受けて玄関を上がるどころか、「お邪魔します」すら言わない。土日に怒鳴り込んでくるのは諦めが付くとしても、困った事に、平日まで「自分が目覚めた時間」次第で、押し掛けてくる。来ない時は、本人が寝坊をした時なのだろう。

 クソ騒がしい金切り声の主が、バタバタと足音を立てながら廊下を走り、ノックもせずに燕真の寝室の障子戸を開ける。


「燕真~~~~~~~~~~~~!!・・・・・・ぁれ?」


 いつもなら、この‘鳴る時間が不特定’な、強烈なアラーム(たまに来ないので鳴らない)に無理矢理起こされる燕真だが、今日は珍しい事に、既に布団は折りたたんであり、部屋は無人になっていた。


「朝からうるせ~!ボリュームを半分に下げろ、紅葉!」


 台所から燕真の声が聞こえたので、紅葉は足音を立てて駆けていく。


「どぅしたの?台所で寝たの!?もしかして、また、まさっちに追ぃ出された!?」


 雅仁が粉木邸に居候を始めた頃は、頻繁にどちらかが追い出されていた(燕真の勝率は2割)が、最近は、それほど険悪ではない。


「チゲ~よ!俺が早起きしちゃ悪いのかよ!?

 ・・・てか、先ずは‘おはようございます!’だろう!?」

「あっ!そっか!おはよ~!

 もう起きてるなんて珍しいじゃん!!」

「たまには、こんな事だってある!」


 昨日は、砂影が去ったあとも、どうにもならない重たい空気に支配をされ続けた。 早起きをしたと言うよりは、粉木の重い過去を聞き、且つ、強敵に対する打開策が思い付かず、答えが出ないことを悩むばかりで、あまり眠れなかったのだ。


「じいちゃん達ゎ?」

「庭の蔵だ。」


 雅仁と粉木は、ロクに睡眠も取らずに、交互に土蔵に籠もって、銀塊の霊封や護符作りを行っている。マスクドウォーリアに対する打開策が無い以上、今ある戦力を充実させるしかない。

 大魔会の問題は大魔会内部で処理をする。砂影が夜野里夢に確認をした事だが、彼女をアテにしすぎて、いつもの生活を楽しむほど、甘い状況ではないと考えている。


「燕真ゎ何やってんの?」

「見ての通りだよ!」


 その様な状況で、燕真だけがゴロゴロと寝転がっている事はできない。今は、自分には出来ない事を励んでいる粉木と雅仁の為に、簡単な朝食を作っている。


「ね~ね~、燕真?

 じぃちゃんのぉうちの前の電線に、トリみたぃな人が居たんだけど、何だろね?」

「鳥みたいな人?狗塚のガルダか?」


 燕真は、妖幻ファイターガルダが、格好良くポーズを決めて、電線の上に立っている姿を想像する。


「ん~~~~そぅ言うんぢゃなくて、形ゎカラスなんだけど、中身が人なの。」

「カラスの着ぐるみを着た人?・・・電線に?」


 燕真は、カラスの着ぐるみを着た人が、必死になって電線にしがみついている姿を想像する。


「変質者か?警察に通報でもすれば・・・」

「違ぅ違ぅ!形ゎ普通のカラスなの!でも、中身ゎ人なの!」

「普通のカラスの中に人間が入っているのか?」


 燕真は、カラスの中に小さい人が潜り込んでいる姿を想像する。


「ぅん!そんな感じっ!」

「どんな感じだよ!?そんな小さい人間なんているわけ無いだろう!!」

「でも、妖怪とか、そぅ言ぅのとゎ違ぅみたぃだからさ、やっぱり人なんだょね。

 燕真、アレが何なのか知らなぃ?」

「・・・・・オマエの言ってることが理解出来ない!」

「もぉ~~~!何で解らなぃの!?・・・こっちこっち!」

「・・・お、おいっ!」


 燕真は、紅葉に腕を引っ張られて、無理矢理、駐車場に連れ出される。紅葉の指さす方を眺めると、電線の上に正真正銘のカラスが止まっていた。何処からどう見れば‘人’なのか、全く解らない。


「ねっ!人でしょ!?多分、ガィコクジンだょね!?」

「カラス・・・・・・だな?」

「燕真、眼が悪ぃの?」

「オマエの頭がおかしいんだっ!!」

「ん~~~~~~~~~・・・じぃちゃん達なら解るかな?」


 数分後、紅葉に連れ出された粉木と雅仁もカラスを見るが、やはり、燕真と同じで、何処からどう見てもカラスにしか見えない。


「ねっ!人でしょ!?多分、ガィコクジンだょね!?」

「カラス・・・・・・だよな?」

「カラスやな」

「カラスですね。」

「ん~~~~~~~~~~・・・なんで解らなぃの?

 エダマメみたいな顔したスマートなガィコクジンのオッサンぢゃん!!」

「・・・枝豆?」




-郊外の廃ホテル-


 ロバートが、使い魔のカラスを通して、水晶玉でYOUKAIミュージアムの様子を探っていたのだが、住人達と少女が、使い魔の方を見て騒いでいる。


 紅葉の感覚は正しかった。魔術師は動物や虫を、魔術で支配下に置いて使い魔とし、使い魔の眼を通して偵察をする。紅葉が言っている「人が入っている」とは、使い魔を使役して、YOUKAIミュージアムを見ている者のことである。


「ん?使い魔がバレたのか?」


 魔術師の放った使い魔を、魔術師に見付けられることは稀にある。魔術師の張った魔術結界の中に、使い魔が入れば、術者に感知をされる。逆に、魔術師は、他人の張った魔術結界を感知出来るので、不用意には近付かない。

 YOUKAIミュージアムには魔術結界など張っていない。魔術師が居るという話も聞いていない。少なくても、昨夜接触した退治屋達は、魔術師ではなかった。


「あの女(里夢)が・・・居るのか?

 それとも、あのガキ(紅葉)が魔術師なのか?」


 ロバートは、「夜野里夢が退治屋に手を貸しているのか?」と考えたが、直ぐに否定をした。大魔会の魔術師が、敵の使い魔の存在を知りながら放置するなど有り得ないのだ。

 必ず、使い魔を通して会話を仕掛けてくるか、見られることを拒んで使い魔を潰そうとする。知って放置をする場合もあるが、その場合は気付かないふりをして情報攪乱を狙う。

 興味津々と眺めたり騒いでいるだけなど、魔術師には考えられない。


「何だ、このガキ(紅葉)?」


 困惑をしたロバートは、リーダー格の堀田に状況を伝えたいのだが、生憎、仲間達は、偵察をロバートに任せて、次の作戦の為に出払っている。


「魔術師の定石も知らないのに、使い魔を見分けるのか?

 い、いや、そんな事はない。偶然だ。

 おそらく、見た目が珍しい烏を使い魔にしてしまったのだろう。」


 ちなみに、紅葉は、里夢が放った「猫の姿をしたケバいオバサン」も見付けているのだが、里夢は逐一偵察しているワケではなく、使い魔も「紅葉を魔術師」と認識していない為に、里夢に報告をしていない。




-文架市の東・富運寺-


「さぁて、ここいらで良いかな?」

「日本では、どんな悪魔が育つのかな?」


 鬼討伐の舞台になった土地に、堀田とクロムの姿がある。クロムは、地面に血を数滴垂らし、掌を置いて魔法陣を発生させる。それは茨城童子が鬼の呪印を地面に沈める作業と同じ。

 魔法陣で悪魔を呼び出す手段は、大魔会では禁呪の外法とされている。しかし、離反者である彼等には、関係の無いことなのだ。


「都合の良い闇が停滞している。」


 彼等は、退治屋と鬼が戦った場所ならば、まだ、闇の力がひしめいていおり、直ぐに悪魔が育つと考えていた。案の定、残留していた闇が魔法陣に引っ掛かり、次第に形を作っていく。


「ほぉ~・・・面白い!」

「日本でこれをやると、日本の悪魔(妖怪)が育つのか!?」


 堀田とクロムの目の前で、闇の塊が育ち始める。




-YOUKAIミュージアム駐車場-


ピーピーピー!!!

 紅葉が通学の為に立ち去った数分後、事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!


「クッ・・・こんな時に、妖怪かよ!?」

「何処ですか、粉木さん!?」

「富運寺や!直ぐに行けるか!?」

「もちろんだっ!」

「頼んだで、狗塚!」

「はい!」


 3人はアイコンタクトを取って頷き合い、燕真と雅仁はバイクを駆って、妖怪の発生場所に向かう。電線の上では、烏が、その光景を、ジッと見つめている。




-郊外の廃ホテル-


 使い魔の眼を通して、2人の若者がYOUKAIミュージアムを発った姿が、ロバートに確認される。


「フッ・・・作戦通りだな」


 離反者達にとって、妖幻ファイターは厄介な敵ではない。策など労さず、正面から挑んでも、捻り潰すことは容易だろう。だが、妖幻ファイターに時間稼ぎをされ、リリムの参戦を許してしまうのは避けたい。

 ならば、マスクドウォーリアへの変身を短時間で済ませ、リリムが来る前に強奪を成功させれば良い。


 退治屋は感知するが、大魔会には関係の無い‘妖怪’で妖幻ファイターを誘き出して引き離す。妖怪によって誘き出された妖幻ファイターは、オーガ(堀田)とクロム(スプリガン)が足止め(抹殺)をする。本部からマスクドウォーリアの起動履歴を受け取った夜野里夢(リリム)は、富運寺に向かう。

 あとは、ガラ空きになったYOUKAIミュージアムを、ロバート(ゴブリン)が襲撃すれば良い。それが離反者達の作戦である。


「舞台は整った!」


 ロバートは、勝利を確信した笑みを浮かべ、廃ホテルから立ち去る!




-富運寺周辺の町-


 富運寺は、1ヶ月前に鬼との主戦場になった場所だが、付近の住人達は、何一つ、その事実を知らない。

 あの日は雲が厚く、富運寺に雷が落ちて、本殿の屋根が消失(本当は鬼の暴走体の所為)し、巻き込まれた住職達が他界した(本当は茨城童子達に殺された)痛ましい事故と、文架市民は解釈をしているのだ。

 富運寺の傷跡以外には、この住宅街に、鬼決起の痕跡は、何一つ無い。


「いたっ!」


 燕真が到着すると、首の無い馬に乗った1つ眼の妖怪=夜行が暴れ回っていた!燕真はザムシードに変身をして、妖怪に突進をする!


「うっへっへ!退治屋が罠に掛かったぜ!」

「ロバートが退治屋のアジトに移動するまでの間、もう少し妖怪に時間を稼がせ、

 頃合いを見計らって乱入して、妖幻ファイターを叩き潰す!」


 少し離れた物陰で、離反者の堀田とクロムが、不敵な笑みを浮かべる。




-YOUKAIミュージアム駐車場-


 到着をしたロバートが、余裕の笑みを浮かべて敷地内を見廻す。

 今、この場所には、家主の老人しか居ない。若い連中は、揺動作戦に引っ掛かって出払っている。仲間達(堀田&クロム)の激しい歓迎を受けて足止めをされ、短時間では戻ってこられない。


「フッ・・・実に容易。」


 老人の手足をへし折って、‘銀色メダル’の有りかを聞き出す。例え頑なに口を閉ざしても、仲間達(堀田&クロム)に血祭りに上げられた若僧達(燕真&雅仁)を、目の前に転がしてやれば、白状しないワケにはいかないだろう。


「この程度で、手柄を得られるなんて、堀田達に申し訳ないくらいだ!

 いや・・・奴等は、手柄よりも、退治屋相手に暴れたいだけか!」


 ロバートは、懐中時計型のアイテム=【AKURYOUウォッチ】から『Go』と書かれたAKURYOUメダルを抜き取り、斧を模したベルトのバックルを展開して装填した!


「マスクドチェンジ!!」

《GOBLIN!!》   ズキュゥゥゥゥゥゥッン!!

「さ~て、ジジイは何処かな~?」


 マスクドウォーリア・ゴブリン登場!斧の柄で軽く肩を叩きながら、喫茶店に向かって歩き始める。その背後に人影が立った。


「相変わらず問答無用か?・・・ならば、こちらも、相応に対処する!!」


 振り返るゴブリン!妖幻ファイターガルダが翼を広げ、バズーカ砲に変形させたマシン流星(バイク)を構えている!妖砲・石火矢(バズーカ砲)は、既にエネルギーチャージ済みだ!


「・・・なにっ!?」

「おぉぉぉぉぉっっっ!!!」


ドォォォォォォォォォンンン!!!

 躊躇無く、バズーカ砲の引き金を引くガルダ!マスクの下で表情を歪ませ、巨大光弾の一撃に弾き飛ばされるゴブリン!全身から煙を上げ駐車場の地面を転がる!


「昨日のように、一撃で仕留めたいところだが、オマエには聞きたい事がある!」

「バ、バカな!?オマエは、妖怪退治に向かったはず!!どうして此処に!?」

「解りやすい揺動作戦だ!?引っ掛かりはしない!!」




-20分ほど前-


ピーピーピー!!!

 事務室に備え付けられていた警報機が、富運寺に妖怪が出現した事を知らせる!


「直ぐに行けるか!?」

「もちろんだっ!」

「頼んだで、狗塚!」

「はい!」


 3人はアイコンタクトを取って頷き合う。これは、言葉通りの意思の疎通とは違っていた。少なくとも、雅仁と粉木は「富運寺への出動」とは全く別のことを考えていた。

 紅葉が言った「形ゎカラスなんだけど、中身が人」が気になる。これまで紅葉が言った「オカシナ事」に虚言は無かった。特に、紅葉の発言を「戯れ言」と侮り、後に事実と知って、何度も慢心を撃ち抜かれた雅仁は、身に染みて解っていた。紅葉が言ったからには、自分達には感知の出来ない何かがある。そして、自分達は、大魔会の技術を知らない。


(妖怪の発生が絶妙すぎる!)


 ただの偶然かもしれないが、偶然にしては出来すぎている。これが偶然にしても、必然にしても、大魔会の離反者は、この動きを見逃さないだろう。

 燕真と雅仁はバイクを駆って、妖怪の発生場所に向かったが、2~3分走ったところで、雅仁はバイクを止める。つられて燕真もバイクを止める。


(此処まで来れば、敵の眼は欺けるか。)


 雅仁の第6感は、「敵は必ず襲撃をして来る」と告げている。


「佐波木、富運寺は任せる!俺はYOUKAIミュージアムに戻る!」

「あぁ!解った!!」


 互いの眼を見て頷き合い、燕真と雅仁は別方向にバイクを走らせた。ちなみに、燕真が、ちゃんと解って応じてくれたのか、全然解っていないのかは、雅仁には解らない。




-今に至る-


「何故、俺達の作戦が解った!?

 使い魔が監視していたのがバレていたのか!?里夢の手引きか!?」

「使い魔?・・・そうか、やはり、あの烏が!」


 やはり、紅葉が言った「オカシナ事」は事実だった。

 ガルダは、大魔会の技術は知らないが、使い魔という存在は知っている。最近はプライバシーが優先されて、あまり用いられないが、陰陽道には‘使い魔’と似た‘式神’と言う技術がある。


「大魔会は、未だに、他人のプライバシーを無視した技術が一般的なんだな!

 もう一つ教えろ!富運寺の妖怪は、オマエ達の仕業か!?

 俺があちらに行けば判断出来るんだろうが、佐波木では気付けないだろうからな!

 まぁ・・・その答えも、さっき聞いたような物だがな!」

「ぐぅぅぅ・・・クソォ!」


 妖怪には関係が無いはずの大魔会(離反者)が、妖怪の発生を知っていた。ゴブリンは、「2人は出掛けたはず」ではなく「妖怪退治に向かったはず」と口を滑らせたのだ。


 陰陽道にも、妖怪を召還する技術はある。古では、多用された技術だが、近年では外法として禁じられており、雅仁も、彼の父も、知識として知っているだけで、使ったことはない。特に妖幻システムの開発以降は、使う理由も無くなった。


「野蛮な連中めっ!

 襲撃を諦め、変身アイテムを置いて、ここから去るか・・・まだ、戦うか・・・

 どちらを選ぶ!?」


 立ち上がり、ガルダを睨んで身構えるゴブリン!一方のガルダも、銀塊によるエネルギーチャージを終えて身構える!




-富運寺周辺の町-


 馬に乗った妖怪相手に攻め倦ね、攻撃を受けて吹っ飛ばされて、地面を転がるザムシード!気が付くと、戦場は、狭い住宅街ではなく、広い公道に移っていた!


「ここなら・・・行ける!」


 ザムシードは、Yウォッチから『朧』と書かれたメダルを抜き取って空きスロットに装填!背後の時空が歪んでマシンOBOROが出現をする!

 シートに跨がり、妖刀を構え、アクセルを空吹かして、夜行を睨み付けるザムシード!クラッチを繋げ、夜行目掛けて急発進!対する夜行も、槍を構え、ザムシード目掛けて首の無い馬を走らせる!


「はぁぁっっっ!!!」


 擦れ違い様に振り切られる2つの刃!一瞬の交錯を経て、マシンOBOROを走らせるザムシード!その背後で、夜行が落馬をして、爆発炎上!

 バイクを駐め、爆煙と四散する闇を見るザムシード。妖刀に嵌め込まれていた白メダルに闇の霧が吸収され、『行』という文字が浮かび上がる。


「任務完了っ!」


 少し離れた物陰では、堀田とクロムが、ザムシードと夜行の戦いを眺めている。


「そろそろ乱入しようぜ、クロム!血祭りだ!!」

「いや・・・引き上げよう、堀田。作戦は失敗したようだ。」

「・・・なに!?」

「退治屋は1人しかいない。」

「ぬぅぅぅっ!そう言えば!!

 だが、それが何だってんだ!?

 アイツ(ザムシード)を潰す事に問題はあるまい!!」

「解らないのか?俺達の作戦は読まれ、もう1人は、アジトに残ったのだ。

 夜野里夢が手引きしたのか、俺達が何かの要素を見落として、作戦がばれたのか?

 どちらにせよ、アジトが防衛されているからには、ロバートは襲撃に手間取り、

 リリスに、マスクドシステムの起動を感知をされることになる。

 闇雲に盲進するより、撤退して、作戦を練り直すべきだな。」

「・・・ク、クソォ!」


 リリスに感知をされる前に、退治屋の喉元に迫れるはずの作戦だった。何処に見落としがあり、何処で作戦が綻びたのか?

 彼等は、退治屋のアジトに出入りをしている少女の、何気無い一言が、作戦を破綻させてしまった事を知らない。


「・・・大魔会の離反者?・・・それともただの見物人?」


 ザムシードは、戦闘の最中、ずっと自分を観察している視線を感じていた。一定の警戒はしていたが、今はその視線を感じない。念の為に、彼等が身を潜めていた物陰に視線を移すと、もうその場所に、監視人達は存在していなかった。




-YOUKAIミュージアム駐車場-


 ゴブリンは、妖砲・石火矢の直撃で、一定のダメージを受けているが、手札の読めないマスクドウォーリア相手に、ガルダは気を抜く気は無い。どんな技があって、どうのように形勢を逆転されるか読めない以上、大技で一気に決めるつもりだ。


「おぉぉぉっっ!!!アカシックッッ!!アタッッッッーーーークッッッ!!!」

「ぐぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!!!」


 流星と化したガルダが、ゴブリンに体当たりをする!身を低くして踏ん張り、両腕をクロスさせて防御するゴブリン!


「フン!何度も同じ手を食うかよっ!昨日は汚ぇ不意打ちにやられただけだっ!!」


 流星のような光の尾は徐々に短くなっていく!それは、ガルダのエネルギー放出量が底を尽き掛けていることを意味していた!このままでは、奥義はゴブリンに完全に凌がれ、ガルダはエネルギー切れを起こして変身が解除されてしまう!


「はっはっは!衝突力が弱まってるぜ!

 不意打ちじゃなきゃ、こんなもん、屁でもない!!」

「解っているさ!だからこそ、オマエには有効なんだっ!!」

「なんだとぉっ!」

「オーン!霊力開放!!エネルギー充填!!」


 次の瞬間、ガルダの両拳が輝き、霊力が放出されて、ガルダの全身に流れ込んでいく!ガルダは、自分のパワーダウンを見込んで、予め掌に幾つもの銀塊を握り締めておき、再供給をしたのである!

 エネルギーがフルチャージされたガルダは、再び、光の尾を流星のように長く伸ばし、衝突力を爆発的に増大させた!


「ぐぅぅぅ・・・ぐぉぉぉぉっっっっっ!!!」

「オマエは一度、アカシックアタックを喰らっている!

 そして俺は、通常のアカシックアタックでは、

 オマエのシステムを破壊出来ないことを学んだ!

 ならば、昨日以上のパワーを、オマエに叩き付けるまでのことだ!!」


 流星の威力がゴブリンを押し始め、両腕のガードでは押さえ込めなくなり、両足が後退を始める!


「今だ!!オーン!霊力開放!!エネルギー充填!!」

「なにぃっ!!?」


 今度は、ガルダのベルトに縛り付けられていた腰袋が輝き、中にある銀塊から霊力が開放されて、エネルギーをチャージしていく!!


「おぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!」

「ぐぅぅ・・・うわぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 パワーを最大限に高めたアカシックアタックが、ゴブリンを吹っ飛ばす!

 瞬間的に弾いただけの昨日とは違い、今回は昨日以上のアカシックアタックのパワーを受け止め続けたのだ!ゴブリンのプロテクターは限界まで消耗しており、あちこちに亀裂が入って破壊をされる!

 ゴブリンは、宙を飛ばされながら変身が解除されて地面に墜落!続けて、変身アイテムと、数枚のAKURYOUメダルが地面に落ちた!


「くそっ!」


 一方、パワーを使い切ったガルダは脱力して片膝を付き、強制的に変身が解除される。如何に、霊道の名門とは言え、僅か数十秒で、ガルダ3回分の霊力のコントロールしてエネルギーチャージを繰り返すのは、かなり辛い。だが、確実な手応えを感じた。肩で息をしながら、倒れているゴブリンの変身者を見る雅仁。


「フン!パワー切れか?息巻いているクセに脆弱だな!」


 マスクドシステムを拾い上げ、再度、変身をしようとするロバート。しかし、彼のマスクドシステムは、幾つもの亀裂が入って火花を散らせており、煙を上げて、完全に機能を停止させた。


「これでもう、オマエには戦う術は無い!」

「バ、バカなっ!

 有り得ない!有り得ない!何かの間違いだ!!

 格下の妖幻ファイターに負けるなんて、有り得ない!!

 俺のマスクドシステムが、破壊されたなんて、有り得ない!!」

「だが・・・それが現実だ!」

「覚えてやがれっ!!この仇は、きっと堀田達がっ!!」


 捨て台詞を吐き、その場から逃走をしていくロバート。雅仁は、追い掛けようとして立ち上がるが、全身に力が入らず、その場に崩れ落ちて、地面に片膝と片手を着いた。


「くそっ!消耗しすぎか?・・・体が言う事を聞いてくれないっ!」

「無理すんな、上出来やで!」


 悔しそうにロバートの背を見送る雅仁の肩を、粉木が軽く叩いて労う。




-本陣町の住宅街(YOUKAIミュージアムの隣町)-


 ロバートは、懸命に走りながら、何度も背後を振り返る。退治屋が追ってくる気配は無い。公園を見付け、水飲み場に駆け寄って水道の蛇口を捻り、ガブガブと水を飲んで、どうにか、恐怖で乾ききった喉の潤いと、落ち着きを取り戻す。


「クソォ!クソォ!クソォ!」


 何処でミスをしたのか?答えは簡単である。揺動作戦を読まれている事に気付かず、退治屋の罠に掛かってしまったのだ。離反者達は、退治屋とアサシンの行動パターンは完全に掌握していた。

 ならば、何故、作戦が読まれたのか?今にして思えば、少女が使い魔を見て騒いでいた時に気付くべきだった。退治屋の中に、魔術を認識できる者が存在したことを。 「退治屋に出入りをする少女」という、たった1つの未確認要素に、作戦の根底を崩されたのだ。


「堀田達に伝えなければっ!先ずは、あのガキ(紅葉)を潰すべきだと!!」


 立ち上がり、周囲を見回すロバート。土地勘がない為に、この場所と、身を潜めていた廃ホテルの位置関係が解らない。


「クソォ!同じような汚い家ばかり並べやがって!!」


 ロバートは、とりあえず、広い道路を探して、適当に歩き始める。・・・その時。


「フン!かつては、栄誉ある大魔会に所属していた者が、随分と無様ね!」


 冷たい声と共に、急激に、瞑い気配が周辺に立ち込め、ロバートに影が差す!

 電信柱の上・・・複眼を輝かせ、大きな翼を広げて、細身に不釣り合いなデスサイズを構えた死神=マスクドウォーリア・リリスが立っている!


「ア、アサシン・・・リリス!!」

「退治屋を観察する為に、もう少し泳がせておくつもりだったけど・・・

 戦闘能力(マスクドシステム)を失ったアナタでは、

 もう泳がせる価値も無いわね。

 そろそろ、本部に、裏切り者を仕留めた報告をしたいと思っていたの。

 ・・・だから、死になさい!!」

「ひぃぃ・・・ひぃぃぃぃっっっっっっ!!!」


 青ざめ、眼に涙を浮かべ、恐怖に引きつった表情で、リリスから逃げるロバート! リリスは電信柱上から飛び降り、両翼で空中を滑るように低空に身を降ろし、みるみるロバートの背後に迫る!そして、デスサイズを振り上げ、マスクの下で表情1つ変えずに振り下ろした!


斬っ!!

「ぐはぁぁっっっ!!」


 悲鳴を上げ、2~3歩前進し、両膝を着いて、俯せに崩れ落ちるロバート。それは、物言えぬ死体になっていた。


「フンッ・・・ゴミ屑が。」


 リリスは、両足を揃えて、静かに地面に着地をして、足下に転がる裏切り者を一瞥すると、背後に振り返り、敗者が逃げてきた方向に視線を向ける。


「歴然とした戦闘能力の差を、気転で埋めたのね・・・。

 やはり、表面に見えている物だけでは、判断出来ない相手のようね。」


 リリスは、変身を解除して里夢に戻り、たった今切り捨てたロバートに一見もくれず、その場から立ち去っていく。




-YOUKAIミュージアム駐車場-


 粉木に肩を借りて立ち上がる雅仁。バイク音が近付いて来て、ホンダVFR1200Fを駆る燕真が戻ってきた。


「アイツは元気そうやな!」

「マスクドウォーリアとの交戦は無かったようですね。

 彼は解ってるのだろうか?今回は薄氷を踏むような戦いだった事を・・・?」

「さぁな、だが、知ってても知らんでも、アイツらしいんちゃうか?」


 燕真も雅仁も無事である。残る離反者は2人、まだ不安な要素は山積みだが、今回の防衛戦は成功を収めた。

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