大魔会編①離反者

第22話・試験管は地獄の使い

 燕真と雅仁は、妖気反応発生の警報を受けて、文架市の西区に向かってバイクを走らせていた。文架大橋を通過して、市街地を抜け、西区の田園地帯に到着すると、眼が1つで、3本指で、田んぼから上半身を出した妖怪がいた。


「泥田坊だな・・・幻装!」


 雅仁の体が光に包まれ、妖幻ファイターガルダ登場!鳥銃・迦楼羅焔を構えて泥田坊に突進していく!


「あっ!おい、待てよ!・・・幻装!」


 燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード!先行するガルダを追うようにして、妖怪に向かっていく!

 しかし、今朝の雨で田んぼが泥濘んでいて走りにくい。ザムシードが足下を気にしていると、妖怪が泥団子を投げてきて、ザムシードの全身に炸裂!弾き飛ばされて、田面を転がる!そんなに痛くはないが、泥だらけにされて結構ムカ付く!


「くそっ!」


 ここ数日、走行中の車に、石の仕込まれた泥の塊が投げられて、フロントガラスやサイドガラスが割られるという事件が多発していてる。「子供の悪ふざけ」と判断され、近所の小学校や中学校や高校に「車に物を投げてはいけない」と指導が出ていると紅葉から聞いたが、どうやら「子供の悪ふざけ」は濡れ衣らしい。真犯人は、この妖怪だろう。


「地形を確かめてから動け!」


 ガルダは低空飛行をして、田面には接触せずに移動をしている。そして、妖怪に近付いて至近距離から発砲をして泥田坊にダメージを与え、弱ったところでギガシュートを放ってトドメを刺し、アッサリと戦闘終了。


「・・・俺はアンタと違って、飛ぶ機能が無いんだよ!」

「飛べないなりの戦い方が有るはずだ!」

「戦い方を考える前に戦いが終わったんだよ!」


 些細な皮肉を聞き流しながら、自分の姿を確認するザムシード。何処からどう見ても、良く見慣れたザムシードである。


「・・・どうした?確認するまでもなく、ザムシードには羽なんて生えてないぞ!」

「あぁ・・・うん、そんな事は解ってるけどさ!

 何であの時だけ、別の形になれたのかな?ってな。」


 ザムシードは、羽を期待して、自分の姿を確認したわけではない。鬼の討伐時の‘変化をした強いザムシード’は何だったのか?‘強いザムシード’は、あの日だけの限定変身だった。


「ん!?意識的にフォームチェンジをしたのではなかったのか?」

「う、うん・・・なんで、違う形になったのか、俺にも説明出来ないんだよな。」

「調べてみる価値はありそうだな。

 まぁ、調べるにしても、YOUKAIミュージアムに戻ってからだ。」

「うん、そうだな!」


 変身を解除して、バイクに跨がってYOUKAIミュージアムに向かって走り出す燕真と雅仁。


「エクストラを与えたくても、アレじゃどうにもならんな。」

「我等が入り込む為の受け皿が出来たのは、あの時1回限りか。」


 燕真には見えない2人組が、路肩に立って、去って行く燕真の背を見送る。それは、ザムシードがEXザムシードに変化をした時に出現して力を貸した2人である。




 鬼の討伐から、1ヶ月が経過していた。

 鬼の仕業による妖怪の活性化が収まり、鬼の闊歩により、他の妖怪が文架市から逃げたり、温和しく隠れていた事もあり、最近は大騒ぎするほどの妖怪事件は起こっていない。この1ヶ月で発生した妖怪は3件のみ。

 しかも、未熟なザムシードが単独で戦っていた頃とは違い、戦闘経験値の高いガルダが性能を使い熟して参戦する為、妖怪に逃げられることなく、事件は早期解決をする。


 「鬼退治の専門家」が、1つの地域に滞在を続けることは珍しい。本部での訓練を終えて以降、狗塚雅仁が、これほどの期間を1ヶ所で過ごすのは初めてのことだ。今の雅仁は、鬼の首領と幹部達が退治された為に、鬼を追って全国を回る必要が無かった。


「良い機会なので、少し休息を取りたい。」


 雅仁は、燕真のことを「未熟」と言いながらも、燕真の人間性と根性を認め、「初めて出来た仲間」と認識するようになっていた。紅葉のことは相変わらず「高い才能」と評価している。

 雅仁は、燕真達の傍に居心地の良さを感じ、鬼の討伐後、雅仁は粉木に申し出て、しばらくは粉木邸に居候をすることを選んだ。

 毒舌的な口調は変わっていないが、最近では、出会った頃の‘何かが憑いたような表情’に比べて、幾分かは穏やかな表情を見せるようになっていた。


「変わったヤツやな。この状況のどの辺に居心地の良さを感じるんや?」


 紅葉との口論(・・・というか、紅葉が一方的に喧嘩をふっかけている)は日常茶飯事である。先日も、雅仁が「紅葉ちゃんの箸の握り方は幼稚園児みたいだな」と言ったことをキッカケにして大喧嘩が勃発していた。そのたびに、止めに入る燕真が、何故かいつも、損をしている。


「次回は、どんな下らない理由で喧嘩をすることやら。

 2人とも少しは大人になってくれ。」


 燕真は、文架大橋西詰めの信号機で停車をして、横目で優麗高がある御領町の方向を見る。今の時刻は午前10時30分。紅葉はまだ授業を受けている時間帯だ。決して優秀とは言えない紅葉のことだから、きっと、やる気無さそうに大欠伸をしながら授業を聞いているんだろうと想像をする。


「アイツのことだから、自分も行きたかったと文句を垂れるんだろうな。」


 雅仁の滞在以降、紅葉が学校に行っている間に妖怪事件が解決して、彼女は事件に全く絡めない為に、かなりイライラしているっぽい。だからこそ、チョットしたキッカケで雅仁に突っ掛かる。

 彼女に「文架市に平和をもたらす為に退治屋を手伝っている」という前提があれば、その様な理由でカッカすることはないだろう。頼もしい仲間の存在を歓迎するはずだ。現に燕真は、退治屋の稼ぎが激減しているのは辛いが、妖怪事件が早期解決をして、平和が守られているならば、それで良いと考えている(茶店のバイトで稼げてるし)。


  『お嬢の行動理念は、人助けや慈善事業やない!興味や欲求や!

   純粋がゆえに、今はまだ透明色やけど、

   白色か黒色かで言うたら、黒に近い透明なんやで!!』


 以前(第12話・鬼の蠢動)、粉木が紅葉を評した言葉が少し気になる。だが、紅葉が‘黒’に染まる姿など想像出来ないので、直ぐに脳内から消し去った。


「紅葉に限って、それは無いだろう!」


 信号が青に変わり、前にいた雅仁がバイクのバイクが走り出し、燕真も続けてバイクを発進させた。




-夕方・YOUKAIミュージアム-


「え~~~~~~~~っっっっ!!!!もぅ、妖怪ゃっつけちゃったのぉ~~!!

 ズルィズルィ!ァタシが学校から帰ってくるまで残してぉぃてょぉ~~~~!!」


 案の定、下校した直後の紅葉が、燕真に噛み付く勢いで文句を垂れはじめた。


「お嬢・・・それは無茶な要求やで。」

「手を抜いて妖怪を見逃せってか?・・・被害が拡大すんぞ!」

「だったら、ァタシが学校に行ってぃなぃ時間に出現するょうにぉ願ぃしてょ~~!

 ぁと、寝てる時間も門限ょり遅ぃ時間も出現禁止~~~!」

「お嬢・・・それは無茶な要求やで。」

「妖怪討伐に行って、4時過ぎに出直してくれって頼むのか!?

 誰がそんな要求を受け入れるんだよ!?」

「ならなら、ァタシの学校に出現を・・・」

「お嬢・・・それは無茶な要求やで。」

「妖怪に地図を渡して、此処では戦いたくないから学校に行けって頼めってか!?

 あのさ、紅葉・・・もう少し考えてから喋ってくれよ!」

「ぶぅ~~ぶぅ~~~!

 ァタシ、最近、全然活躍してなぃぢゃ~~~~~~~ん!!!」


 妖怪事件が早期解決をして、平和が守られていることより、自分が事件に首を突っ込むことの方が重要らしい。


「紅葉ちゃん、退治屋になりたいのなら、

 高校卒業後に粉木さんの推薦を受けたらどうだ?

 本部で2~3年ほど学んで、その後、適正に応じて配属先が決まる。

 君ほどの才能が有れば・・・・・・・・・」

「ヤダッ!本部とか、配属先とか、スゲーどぅでもイイ!!

 ァタシゎ、じぃちゃんの弟子になってあげるの!

 ココでじぃちゃんに師匠をさせて退治屋するっ!!」

「本部の許可がなければ、退治屋は名乗れないし、道具の支給も無いのだが・・・」

「お嬢・・・‘師匠をさせて’やなくて

 ‘師匠になって貰って’か‘師匠になっていただいて’と言わんか?

 なして、弟子志願の方が上から目線なんじゃい?」

「・・・てか、あれ?本部で学ばなきゃ退治屋になれないのか?」


 紅葉のワガママに対して雅仁が丁寧な説明をするのに、紅葉は一切聞き入れる気が無く、それどころかスゲー失礼な物言いで意志を押し通そうとしている・・・のだが、そんなことよりも、燕真がボソッと呟いた疑問が、その場の会話を止めた。


「俺・・・全く学ばずに、フツーに退治屋やってんだけど・・・なんで?」

「え!?君は本部で学んでないのか!?」

「う、うん・・・学んでないどころか、本部の場所すら知らない。」

「ほらぁ~~!本部とか関係無くて良いンぢゃん!!」

「君、確か、22歳だよな?」

「それがなんだよ?」

「てっきり、高校卒業後に本部に入学して、

 出来が悪くて、他の連中なら2~3年で退治屋になれるのに、

 君の場合は4年間就学したとばかり思っていた。」

「大卒だ!去年卒業して、直ぐに退治屋になったんだよ!

 ・・・てか、出来が悪くて留年って・・・俺をバカにしすぎだ!」

「燕真、出来ゎ悪いでしょ?」

「せやな、確実に出来は悪いな!

 本部で学んどったら、10年たっても退治屋になれんやろな!

 今のは狗塚の見立てが正しいで!」

「・・・・・・・・・・・・・・・誰か、俺をフォローしろよ!」

「即戦力並みに能力の高い者や、独学で霊術が使える者でも、

 最短でも、1年は本部で就学するんだぞ!

 退治屋の気構えと社会的立場を学べなければ、退治屋は名乗れないはずだ!」

「あ!それは全部、ジジイから詰め込まれた。」

「ァタシにも詰め込んでぇ~~~~!!」


 雅仁は、怪訝そうな表情で粉木を見詰める。粉木は、あからさまに「説明が面倒」と言いたげな表情で、溜息をつきながら口を開いた。


「ソイツの言う通りや。燕真は本部の教育は受けておらん。

 ソイツの教育は、ワシが任されておる。」

「・・・だから、何から何まで未熟なのか?」

「改めて言うな!」

「燕真ゎ0点だけど、人間的にゎァンタ(雅仁)の方が未熟だぁ~~!!」

「社会生活に全く適応していない君(紅葉)には言われたくない!」

「ァタシは、燕真とじぃちゃんとァミに適応すれば、

 その他大勢なんてどぅでも良ぃんだもん!」

  「良くないだろ!・・・俺もオマエの暴走には時々適応出来てないぞ!」

「それは視野が狭すぎる!

 そんな了見だから、才能の無駄遣いになることを自覚したまえ!」

「関係無ぃもん!燕真の役に立てばィィんだもん!!」

  「良くないだろ!・・・時々、足を引っ張られてるぞ!」

「何故、佐波木に拘る!?

 佐波木も佐波木だ!君はこんな歪な視野を何とも思わないのか!?」

「燕真をバカにするなぁ~~~!!燕真に謝れっ!!

 燕真は無能だけど燕真なんだぞぉっ!!」

「・・・狗塚にはバカにされてはいない!紅葉からはバカにされたけどっ!」

「毎度のことやけど、しょ~もない喧嘩はやめい!!

 なして、本部で学ぶ話から喧嘩に発展すんねん!?」


 店内に客が入って来る気配がしたので、「実は燕真が本部で学んでいない件」は有耶無耶になり、会話は終了する。



-数分後-


 つい先程までの短絡的な怒りが嘘のように、接客モードになった紅葉は、可愛らしい笑顔を浮かべながらフロア対応をしている。粉木と雅仁が事務室で打合せ中の為、普段なら2階に島流しにされる燕真がカウンターに入っていた。

 燕真は、紅葉目当ての客達が、紅葉にどんな思いを募らせているのかを想像する。きっと彼女は、彼等の妄想内の恋人にされているのだろう。平静を装いながら、紅葉の顔や体を見る目付きから、彼等の思惑が想像出来る。


(みんな、アイツの本性を全く知らないんだろうな~~~。

 まぁ、俺だって、紅葉の中身を知らず、器量だけを見ていれば、

 きっと今頃は、紅葉を女性として扱っているんだろうな。)


 他人が紅葉の妄想をするのは、あまり良い気分ではない。だが、彼等の気持ちが少しくらいは理解できてしまうし、個人の妄想まで制限することは出来ない。


「そっかぁ~・・・。紅葉ちゃん、土曜日はバイト休むんだ?残念。」

「ゴメンねぇ~。土曜日ゎ、お友達とスキーに行くの。」


 燕真は、紅葉と客の会話を適当に聞き流しつつ「紅葉ってスキーできるのか?」等と考えていた。


「燕真ゎスキーできるよね?」

「まぁ、それなりには・・・。」

「土曜日、スキーに行くからね。」

「おう、行ってこい。張り切りすぎて怪我すんなよ。」


 突然会話を振られた燕真は適当に対応する。紅葉は土曜日に文架市外に行くらしい。久しぶりに静かな1日を過ごせそうだ。尤も、客に「土曜日は居ない」と宣伝しちゃっているので、店の売り上げも激減しそうだが・・・。




-事務室-


 話は有耶無耶で終わったが、「燕真が本部では学ばずに着任したこと」は事実だった。奧の事務所に引っ込んだ粉木と雅仁は、途切れてしまった話を続ける。


「ワシなりの解釈込みでしか説明できんがな。」


 怪士対策陰陽道組織(退治屋)は、公には伏せられた業種ゆえに、基本的に一般公募はない。血縁者のコネクション、妖怪被害で身寄りを亡くした子供、隊員にスカウトされた若者などが集められる。適正年齢に成ると入社をして、幹部候補、チーフ(妖幻ファイター)、平隊員(ヘイシトルーパー)、事務職、どの業務に就くかは関係無く、最初の1年は本部で、閉鎖的な組織ゆえの社会的立場と、陰陽の基礎を学ぶ。

 1年の就学の後、幹部候補、頭抜けて有能な者、平隊員、事務職は、各地域や部署に配属される。これは就学生の間では「1年後の査定」と呼ばれている。希に事務職から隊員に成る者や、平隊員からチーフに昇格する者も存在するが、総じて、エリートコースの幹部候補&頭抜けて有能な者と、出世コースから外れた平隊員&事務職に線引きをされる。喜田CEOの息子・栄太郎は幹部候補、紅葉の母・源川有紀は有能な者に該当をして、優先的に新型の妖幻システムが与えられる。

 「1年後の査定」で配属対象にならなかった者はチーフ(妖幻ファイター)候補。 2年目以降は、1~2年に及ぶ実戦的な訓練を受けて、適正に応じて、配属地や、与えられるYメダルが変わる。燕真の前任・田井弥壱が該当をする。彼等の与えられるのは汎用タイプの妖幻システム(Yフォン)で、現場で目覚ましい実績を積めば、エリート候補に昇格をして、新型の妖幻システムが支給される場合もある。


「オマン(狗塚)のような特殊な出自を除けば、退治屋全員が通過する道や。

 せやから、燕真は例外中の例外という存在に成る。」


 才能の無い者は、平隊員か事務職にしか配属されない。才能が認められても、通常は、適性に応じて、本部が、幻装用のYメダルと妖幻システムを与えるのだが、燕真の場合は、カスタムタイプの妖幻システム(Yウォッチ)以外では使えない『閻』のメダルが、燕真のみを適正者に選んだのだ。


「妖怪が自分の意思で、佐波木に使われることを選んだ?

 しかも、閻魔大王ほどの大物が?」

「ワシにも理由は解らん。」


 例外の発生に困惑をした本部は、面倒ごとから逃げるように、燕真の指導と育成を、文架支部の頑固なベテラン退治屋に押し付ける。育成が失敗した場合の責任を取りたくない幹部達の思惑と、粉木を信頼する砂影による推薦が合致した為に、この配属が決まった。


「マニュアルに該当しない佐波木は、本部から厄介払いをされたのですね。」

「まぁ、そう言うこっちゃ。納得のいく説明ができんでスマンのう。」

「いえ・・・とても興味深い話でした。

 俺は、本部とは違い、彼(燕真)が、ただの無能ではなくの、

 類い希な根性の持ち主と、、一定の評価をしていますよ。」

「そやな、霊感ゼロのクセに、よくやっておるで。」


 粉木は、燕真と組んで、燕真の知識量の乏しさや、退治屋としての心構えの低さや、霊術的才能ゼロという事実に呆れながらも、胆力と純粋さを評価していた。霊術に伸びしろが無いゆえに本部では学べなかったが、逆に学ばなかったゆえの枠の無さが魅力なのだと感じる。


「せやけど、燕真を評価しとるんなら、

 なんでそれを、燕真やお嬢の前で言わんのや?

 それがあれば、頻繁にお嬢に目の仇にされることも無かろうて。」

「・・・まぁ、そうなのかもしれませんが。」


 雅仁自身、何故、燕真や紅葉の前で「燕真への評価」を素直に表現出来ないのかが不思議だった。彼等を前にすると、無駄に張り合おうとしてしまう。それは、雅仁の、紅葉への淡い恋心の裏返しなのだが、幼い頃から「鬼退治」のみに邁進し、普通の思春期を経験してこなかった雅仁には、理解の出来ない心だった。




-2時間後・YOUKAIミュージアム駐車場-


 ザムシードがEXザムシードに2段変身をした時に出現して力を貸した中国の道服を着た2人=司録&司命が立ち並び、燕真が居る建物を見つめる。


「部外者(客)は居なくなった・・・そろそろ仕掛けてみるか」

「承知した。食わせるのは、‘娘に対して、部外者が残した邪な気’で良いな?」


 司命が建物に近付き、外壁に手を当てて、何やら呪文を唱え始める。掌から壁に闇が灯され、直ぐに壁に潜り込んで消えた。茨城童子が得意とする鬼印と同質の物である。



-店内-


 ‘地獄の呪印’と呼ばれた闇の玉は、壁の中で、店内に残された「紅葉目当ての客の一部が、紅葉にいだく淫らな妄想」を糧にして膨れあがる!


「・・・・・・・えっ!?」


 それまでカウンター内で馬鹿話をしていた紅葉が、邪気に気付き顔を上げた。そして、恐怖で表情を引きつらせ、動揺して、持っていた皿を落として後退る。


「きゃぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ~~~~~~~!!!」


 店内の外に面した壁一面に、ビッシリとカメムシのような虫が集っている!そして、紅葉の悲鳴を合図にして一斉に飛び上がった!

 紅葉は、青ざめながら腰を抜かして、その場に尻餅をついてしまう。そしてまた金切り声な悲鳴を上げる。

 紅葉は虫が嫌い。基本的に、自宅には虫が居ない。自室に虫が入ってきたら、ママに退治してもらう。何だかんだと修羅場を潜り抜けているものの、所詮は女子高生である。


「な、なんだ、この虫は!?」

「臭っ!えらい臭い虫やな!」


 事務所にいた粉木と雅仁が、邪気と紅葉の悲鳴を聞いて店内に駆け付けてきた。そして、縦横無尽に飛び回る虫の大群に驚く。紅葉ほど虫に対する拒否反応は無いが、それでも、室内に大量の虫が異常発生するのは、気持ちが悪い物である。


「粉木さん、殺虫剤は何処に!?」

「自宅の居間や!取りに行ってくれるか!?」

「バルサンはありますか!?」

「廊下の収納庫にしまってあるで!」


 紅葉は、カウンター内で腰を抜かして震え、粉木と雅仁は狼狽えている・・・が、燕真は「何があった?」と言いたげな表情で、モップを握ったまま突っ立って、3人を見廻している。


「・・・・・・虫?ゴキブリでも出たのか?

 紅葉はともかく、ジジイや狗塚まで、虫が苦手とは思わなかったな。

 だけど、いくらなんでも過剰反応しすぎじゃね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3


「え?・・・オマン、この量山な虫が見えとらんの?」

「沢山の虫?・・・何処に?店の外か?」

「君の目の前を大量の虫が飛び回ってるだろうに。」

「何処!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3


 紅葉&粉木&雅仁には見えているのに、燕真には全く見えない。以前にも、似たような事があった。察しが付いた粉木は、ポケットから護符を出して広げ、印を結んでみる。すると、何匹かの虫が、護符の発した霊気に引っ掛かってパチンと音を立てて消滅した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3


 互いの顔を見回す紅葉&粉木&雅仁。どうやら、大量発生したこの虫は、自然界の虫ではなく、妖怪のようだ。本物の虫がいきなり大量発生したなら怖いが、子妖の大量発生ならば仕方がない。ホッと胸を撫で下ろす。・・・てか、退治屋が小者の妖怪にビビッていたら商売に成らない。


「な~んだ、子妖だったんだねぇ?」

「人騒がせな!・・・思い掛けずに取り乱してしまったのが恥ずかしい。」

「せやけど、なしていきなり子妖が?」


 落ち着きを取り戻し、立ち上がって神経を研ぎ澄ませながら周囲を見回す紅葉。発生源を消せば、虫の大量発生は止まる。粉木&雅仁も身を屈めながら、本体の出現を警戒する。紅葉の目に、壁の中に隠れている闇の歪みが見えた。


「そこだよ、燕真っ!」

「・・・え!?何が!?ゴキブリか!?」


 力強く、壁に隠れた闇を指さす紅葉!


「その壁に妖・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 突き出した指にチョコンと虫が止まる。途端にピクンと表情を引きつらせる紅葉。更に、スカートから出ている生足、首筋、顔等々、紅葉の肌が露出している部分に大量の虫が止まって羽を休める。そして襟元や袖から服の中へ、ゴソゴソと入り込んでいく。発生源を探す為に、紅葉が霊気を高めたので、子妖達は、餌(霊気)に集まってきたのだ。

 ちなみに、相変わらず燕真だけは、今置かれている状況が全く解っていない。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~!!!」


 紅葉は、壁に指をさした姿勢のまま、店の窓ガラスが割れるんじゃないかってくらいの悲鳴を上げ、白目を剥いて、仰向けに倒れて失神をする。いくら妖怪と解っていても、大量の虫は怖いらしい。

 紅葉が美味しい霊気が発せられなくなったので、紅葉に群がって休んでいた虫たちは一斉に飛び立つ。


「おい、紅葉!どうしちゃったんだよ!?ジイさん大変だ!紅葉が貧血だ!」

「紅葉ちゃんは霊力が強すぎて、子妖レベルでも完全に実体化して見える。

 佐波木は、霊力の欠片も無いから、全く見えていない・・・

 なんて、凸凹な組合せなんだ?」

「安心せい、燕真!お嬢は貧血やなくて、虫が怖くて現実逃避や!

 怖いモノ知らずで、初対面だろうが妖怪だろうが、平気で怒鳴りつけるお嬢が、

 まさか、虫に完全敗北をするとは思わんかったで。」

「さっきから聞いてんだけど、虫なんて一体何処に!?」

「いい加減に気付け!

 君には見えない子妖が、店内を埋め尽くすほど発生しているんだ!」

「・・・え?・・・マジで?」


 多少霊感のある一般人レベルでも、何となく子妖の影くらいは見えるか、重たい空気くらいは気付くだろう。しかし、燕真は、雅仁に指摘されて初めて状況を理解して周囲を見回すが、相変わらず何も見えない。


「纏めて祓う!」


 雅仁は、店の真ん中に、念の隠った銀塊を置いて、指で呪印を結んで呪文を唱える。店内に結界を施して、子妖を一斉に消滅させるつもりだ。



-駐車場-


「質の悪い子妖だ。結界が貼られたら、一溜まりもないだろうな。」

「ワシ等が知りたいのは、ザムシードの能力だ。鬼の専門家は、お呼びではない。」


 今度は司録が建物に近付き、外壁に手を当てて、何やら呪文を唱え始める。途端に、掌から呪印が浮かんだ円陣が広がり、喫茶店全体を包み込む!


 霊道封じの結界。結界発動者の霊的なクセや、発動される結界の種類を把握して掻き消す高度な相殺術である。



-店内-


 雅仁が銀塊の霊気を開放しようとした直前に、銀塊の中から霊気が流出して、空気中に解けて消えてしまう。


「なに!?相殺された!?」


 以前、雅仁は、雪山で星熊童子の結界を相殺する為の結界を敷いた。あの時は、先に発動された星熊の結界の種類を読み、時間を掛けて、効果的に機能する種類の相殺結界を作り上げた。鬼達が、逃げ回る燕真と紅葉にに注目をして、雅仁の存在に気付かなかった為に、相殺結界を作る時間を稼ぐことが出来た。

 だが、今、雅仁の結界を妨害した相殺結界は、雅仁が発動する前に、雅仁の霊的波長を把握して霊術を封じられたのだ。


「バカな?

 茨城童子と同格か、それ以上の高等な霊術の使い手でなければ不可能だ!」


 最初は、子妖の貧弱さから、親妖怪は強い部類ではないと考えていた。だが、今放たれた相殺結界は、確実に高等妖怪の仕業だ。襲撃者がその気になれば、もっと凄まじい攻撃が可能だろう。

 強い妖怪が、ワザと弱い攻撃を仕掛けている。何の為に?答えは1つしかない。目的は解らないが、襲撃者は、殺す為に攻撃を仕掛けているのではなく、揺さぶりを掛けているのだ。


「妖怪の自然発生ではないっちゅうこちゃな。」


 粉木も、雅仁が何者かによって無力化されたことに気付く。弱々しいながらも妖気を纏って飛び回っている虫が目隠しになり、粉木や雅仁では、妖気の発生源を突き止めることが出来ない。発生源をアッサリと見抜いた紅葉は、虫ショックで、場所を限定する前に卒倒してしまい、まだ起き上がってくる気配は無い。


「粉木さん!虫潰しの結界・・・敷けますか?」

「あぁ、オマンほど流暢にはいかんが、その程度の結界ならやれるで!」

「子妖を抑えてもらえれば、俺が、術者の発信源を探します!」


 粉木と雅仁は頷き合って次の行動に移行する。一方、一切の感知が出来ずに、ずっと蚊帳の外だった燕真は、徐に和船ベルトを取り出して腰に装着した。虫程度に変身しなきゃ成らないのは嘆かわしいが、他の選択肢が思い浮かばない。


「幻装っ!!」


 妖幻ファイターザムシード登場。途端に、店内を飛び回る大量の虫が見えるようになったので、チョットだけ引く。


「おいおい、小者相手に変身か?」

「小者相手に手間取ってるアンタ等が言うな!

 俺には、これしか対抗策が思い付かないんだよ!」


 ザムシードは、ブーツに白メダルをセットして、腰を低く落とし、跳び蹴り直前の体勢で身構えた。途端に、店内に炎を絨毯が広がって虫達を炙る。妖怪にしか反応しない炎なので、店内の家具は一切焼かず、虫達だけが焼かれて、次々と床に落ちて消えていく。

 壁に闇の塊が発生して、中から全長30センチ丸っこい虫が出現。熱に耐えきれずに床に落ちた。


「アレが本体じゃな。」

「確か・・・平四郎虫と言う名の妖怪です。」


 ザムシードが近付いて踏んづけた。エクソシズムキック(?)発動。平四郎虫は闇霧化をして、ザムシードのブーツに填められた白メダルに吸収される。


「ん?店の外?」


 目眩ましになっている大量の虫が消えた為に、店の外にいる妖怪の気配がハッキリと見えるようになった!ザムシード&雅仁&粉木は、妖怪の気配を追って駐車場に飛び出す!


「やれやれ・・・なんて、無駄の多い戦いぶりなんだ!?

 あの程度の下級妖怪と子妖を倒す為に、

 ワザワザ地獄の炎を召還するとは思いもしなかったな。」

「だが・・・攻撃に特化した技を、場の制圧の為に使う臨機応変な発想は興味深い。

 ギリギリとは言え、合格と言う事か。」

「そうなるな。御粗末だが、合格は合格だ。」


 ザムシード&雅仁&粉木の前に、中国の道服を着た2人の妖怪が立っていた。彼等が店内の虫騒動を仕掛けてきたのは明らかである。だが2人に敵意は感じられない。興味深そうにザムシードを眺めている。


「わしは、司録。」

「司命と申す。」

「あぁ、どうも・・・俺は佐波木です。」

「おい、佐波木!何を律儀に・・・。」


 雅仁が、過去に退治屋本部で学んだ知識の中に、司録&司命の名前があった。地獄の書記官と呼ばれている閻魔大王の秘書官達。裁きの間に来た魂の罪を記録する司録。罪状と判決を読み上げる司命。

 しかし、何故、その2人が人間界に?何故、平四郎虫を嗾けた?鬼や一般妖怪とは違い、彼等は人間社会に害を為す存在ではない。


「エクストラの修業を施す為に訪れた!」

「エクストラを使いこなす器を確かめさせてもらう!」

「えくすとら?うつわ?・・・なんだそりゃ??」

「・・・佐波木に修行?」


 彼等の言っている「修業を施す」事は嘘ではないのだろう。しかし、妖怪が人間に「修業を施す」なんて話は聞いたことがない。にわかには信じられない。


「なんだ?来客に茶も振る舞えんのか?」


 しばらく睨み合いが続いたが、やがて司命が言葉を切り出す。


「・・・・ん?」

「客が来たら、客室に上げて、茶と茶菓子でもてなすのが一般的なのだろう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁっ!?」

「あぁ・・・そやな。上がって茶でも飲んでくか?」


 多少のことでは動じない粉木だが、流石に妖怪達の申し出に面食らってしまった。何かよく解らないが、随分と俗世間慣れをしたフレンドリーな連中のようだ。




-粉木邸・居間-


 地獄の書記官達が、熱い茶をすすって、羊羹を堪能する。そして、新聞のテレビ欄を見て、家主に「テレビを点けて良いか?」と尋ね、心霊特集の番組を見ながら、「この解釈は酷いな!」とか「この霊媒師は偽物だな!嘘つきは地獄行きだ!」と妙な判決をしている。コイツ等、一体何をしに来たのだろうか?


「あ・・・あの・・・えくすとらの修業って?」


 燕真&粉木&雅仁、そして意識を取り戻した紅葉は、しばらくは黙って眺めていたが、埒があかないので、燕真が疑問をぶつけてみる。


「お~~~~~~~~~~~~~・・・修業、修業!」

「そうだった!危なく忘れるところだった!」


 地獄の書記官達は、両手を叩いて、「あ!思い出した!」と言いたげな素振りを見せる。


「我が主が力を貸したザムシードは、

 先日、ワシ等の力を得て、エクストラの力を開放した。

 しかし、開放したのは、あの時、1回きり・・・。

 あれ以来、ワシ等が憑くことが出来ん。」

「1回きりの理由は解らないが、

 わし等は、ザムシードには、わし等が憑く受け皿が無いと判断をした。

 よって、わし等が憑く受け皿を獲得する為の修業を受けてもらう!」

「強くなれるって事か?」

「鬼討伐の時の強大なザムシードの力・・・オマエ自身が一番解っているだろう?」

「あの力を意識的に発現させる修業をするのだ!」

「す、すげぇっ!そんな事が出来るのか!?だったら早速、修業を付けてくれ!」


 粉木&雅仁は、黙って、ザムシードと司録&司命のヤリトリを聞いていたが、内心では「この修業は間違いなく失敗に終わるな」「霊感ゼロの燕真が、憑依される受け皿なんて広げられるわけない」「燕真を過大評価しすぎだ」と、スッゲー失礼な事を考えている。


「まぁ、慌てるな。こちらにも、妖気の充実など、相応の準備が必要なのだ。

 試練は3日後でどうだ?オマエ(燕真)も、それまでに、気力を充実させおけ。」


「エクストラの修業日」が決まったわけだが、「3日後」と聞いて、しばらくカレンダーを眺めていた紅葉が、突然大声を張り上げる。


「ダメダメダメダメッ!・・・ダメッ!!

 3日後ゎスキー行く日ぢゃんっ!違う日にしてっ!!」

「はぁ?修業を受けるのは、オマエじゃなくて俺だぞ!

 オマエ等がスキーに行くのと関係無いだろ!」

「だって、燕真もスキー行くぢゃん!」

「はぁぁ!?何で俺がっ!?」

「さっき、土曜日に行くって言ったぢゃん!」

「えっ!?さっきの客との会話で俺を誘ったつもりか?」

「ぅん!もちろん誘ったつもりっ!」


「ほぉ~・・・‘すきい’とな?確かそれは、雪山で板を使って滑ることだな。」

「面白い。では、雪山で、地獄の修業をしてやろう。」

「いや、別に雪山になんて行かなくて良いから、

 修行は近所の公園か何かで・・・。」

「いや、‘すきい’の雪山で行う。これは決定事項だ。」

「拒否をすれば不合格にするだけだ。」

「え~~~~~~~~・・・どうして、こうなった?」


 物凄く面倒臭いんだけど、紅葉達とのレジャーと、エクストラの力を得る為の修業が、県内のスキー場で、3日後に行われることになってしまった。




-3日後の朝・文架駅-


「ミキ!ユーカ!こっちこっち!」


 駅前で待つ燕真&紅葉&亜美&雅仁のところに、手招きをされた美希と優花が寄ってきた。面子を見た美希が、色めいた表情で紅葉を引っ張って、集団から少し距離を空ける。


「え?なになに?あの格好良い人だれ?

 あんな、インテリ系イケメンと知り合いだったの?」

「ィンテリ?・・・燕真って、ィンテリ系でゎなぃと思うけど。」

「佐波木さんは知ってるよ!紅葉の専属のアシでしょ!

 そっちじゃなくて、格好良い方の人!」


 雅仁は、燕真以上に参加するつもりは無かったのだが、粉木から「修業が過熱して、他人を巻き込まないようにフォローをしてくれ」と言われて同行をしたのだ。


「燕真ぢゃなぃなら、まさっちのこと?ァレってィケメンなの?」

「断然、イケメンだよ~!

 佐波木さんが80点だとすれば、もう1人の人は95点以上かな。」


 本人達はコソコソ話しているつもりなんだろうけど、丸聞こえである。女子高生とは残酷な生き物だ。彼女の視点では、燕真は合格点で、雅仁は優等生らしい。燕真は髪形や服装などで2枚目を気取っているつもりだが、隣にいる‘格好に無頓着な朴念仁’に負けてしまったようだ。地味のショックである。


「え~~~・・・燕真の方が格好良いよぉ~。」


 紅葉は、【燕真<<雅仁】と評価をされて、少しばかり不満顔をしている。紅葉視点では【燕真>>>>>雅仁】なのだ。ただまぁ、紅葉の場合は、一般人と比べて美的感覚が少しズレているので、一般的には【燕真<<雅仁】が正解なのだろう。


「初めまして!太刀花美希です!」


 先ずは華やかな雰囲気の女子が雅仁に寄っていって、あざと可愛い笑顔で自己紹介をした。既に燕真の事は眼中に無いらしい。続けて、スリムな女子が燕真に会釈をしたあと、雅仁に自己紹介をする。


「こんにちは。紅葉の同級生の藤林優花です。まさっちさんって言うんですか?」

「やれやれ・・・‘まさっち’と呼ぶのはやめて欲しいのだがな。」

「諦めろ、まさっち。

 俺は初対面で60点と付けられて、面識が出来た途端に、いきなり呼び捨てで、

 ‘年上だから佐波木さんと呼べ’と散々言ったが、一度も直してくれない。

 オマエは、今から一生‘まさっち’だ!

 むしろ‘サンダル(第14話)’と呼ばれなかったことを喜べ!」

「オマエまで、まっさっち言うな!」


 数分後、紅葉の男友達の吉良永遠輝と三溜行照が合流。参加者が全員集合したので、改札口へと向かう。永遠輝は、いつも通り「何で毎回オマエが居るんだよ!?」と言いたげな表情で燕真を睨み付けている。

 今回は、未成年なりに常識人な亜美が猛獣の引率(?)をしてくれるので、少しばかり気が楽である。

 ただ、いつもならば、空気がギスギスする前に、亜美のツッコミやフォローが入っているハズなのだが、今日の亜美は、どういうワケか、いつも以上に温和しい。燕真達が合流してから、まだ一言も喋っていない。しかも、何故か、足元に猫を連れている。


「どうしたんだ?今日は元気がないな?それにその猫はなに?平山さんのペット?」

「フッ・・・見抜かれたか、流石は主が力を貸した人間だな。

 我等は、オマエに八つの地獄の試練を仕掛ける。・・・片時も気を抜くなよ。」

「にゃ~ん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 それまで顔を伏せ気味だった亜美は、燕真に話し掛けられた途端に、意味不明な言葉を発して、不敵な笑みを浮かべた。いつもの、話が弾むとは言えないがキチンと会話が成立する亜美と全然違う。

 異常を感じた雅仁が、険しい表情で燕真に近付いて来て、アイコンタクトを取った・・・が、霊感ゼロな燕真でも、雅仁の「異常発生」的な表情を見なくても、だいたいの状況は理解出来た。試練を仕掛けてくる地獄の書記官である。

 ちなみに、言うまでもなく、亜美が憑かれていることを見抜いて話し掛けたわけではない。知らずに話し掛けたら憑かれていた。


「・・・・・・平山さん・・・・・また、憑かれてんのかよ?」

「そのようだな。彼女と猫・・・どっちが司録で司命なのかは解らないがな。」

「・・・え?片方は猫に憑いてんの?」

「猫ならば、人間の常識に捕らわれずに動ける。

 片方(亜美)がメッセージを伝え、もう片方(猫)が攪乱するつもりなんだ。

 理に適った作戦だな。」

「・・・なるほどな。」


 ちなみに、美希&優花&永遠輝&行照は、「亜美の元気がない」と少し心配しているようだが、紅葉は「なになに、何を仕掛けるの?いつ仕掛けるの?」なんて興味津々に亜美に話し掛けているところを見ると、亜美が憑かれたことを承知した上で、当たり前のように亜美の中にいる妖怪と接しているっぽい。


「シッシッ!」

「にゃぁ~ん!」


 しかし、駅の構内は野良猫は進入禁止だった。改札口を通過する手前で、猫は駅員に追い払われてしまう。


「フッ・・・いきなり我等の戦力を分断するとは、流石は主が力を貸した人間だな。

 だが、わし1人でも充分に任務は果たせる・・・片時も気を抜くなよ。」

「俺は何もしていない!

 オメー等が勝手に、入場出来ない猫に憑いたんだろうに!!」


 司録か司命か解らないが、いきなり片方が脱落。まだ出発前なのに、何この騒がしい展開は?先が思いやられてしまう。


「あの電車だねっ!」


 プラットホームに到着して、定刻になって電車が来たので乗り込んだ。紅葉が4人用ボックス席(2人席の向かい合わせ)を陣取って燕真に手招きをする。


「燕真っ!こっちこっち!空いてるよっ!」

「俺は別の席で良いから、仲間内で座れよ。」

「ぅん!仲間うちっ!だから、燕真がココなの。」

「おい、狗!俺達はあっちの席に・・・」

「狗塚さん、こっち、空いてますよ。」

「あぁ・・・うん。」

「・・・・・・・・・・・・・」


 雅仁は美希に引っ張られて、紅葉が選んだボックス席の通路を挟んだ反対側に座った。美希&雅仁の後ろに控えていた亜美が、冷ややかな眼で燕真を見つめ、小声で語りかける。


「くっくっく・・・地獄の試練をくれてやる。」

「なにっ!?修行はスキー場に到着してからではなかったのか?」

「考えが甘い。いつ、いかなる時も、気を抜かないことだな。」

「・・・くっ!」


 亜美(地獄の書記官のどっちか)は、優花を連れて、美希&雅仁の対面席を選んだ。これで、雅仁側のボックス席は満席。燕真は渋々と紅葉の隣に座り、余った永遠輝と行照が対面に座る。スキー場に到着するまで、この配置で1時間強を過ごさなければならない。


「た、確かに・・・地獄だ。」


 美希は積極的に雅仁に話し掛け、優花が「うんうん」相づちを打って、女子に免疫の無い雅仁は困惑中。亜美(地獄の書記官)は黙ったまま窓の外を眺めている。

 言うまでもなく、紅葉は燕真に馴れ馴れしく接しており、永遠輝と行照は、完全に外野扱いをされて、露骨に面白く無さそうな表情だ。男4:女4で、女子は可愛い子ばかりなのに、1人は燕真専属で、残り3人が雅仁にベッタリでは、不満が溜まって当然か?奴等に無駄に睨まれるのはムカ付くが、少し可哀想な気もする。


「・・・やれやれ」


 燕真は小さく溜息をついてから、カバンの中からチョコレートの箱を取り出し、中身を永遠輝と行照に差し出しながら小声で語りかけた。


「オマエ等の悔しい気持ちは、よく解るよ。

 俺も、イケメン度でアイツ(狗塚)に負けた。

 俺はアシで、アイツはイケメン優等生だってさ。女の子って残酷だよな。」


 気持ちを同調させて、少しばかり歩み寄ってやる。


「え?もしかして、イイ奴じゃね?」

「俺、この人(燕真)と、良き仲間になれそうだな。」


 少年達は、燕真を受け入れた表情をしてくれる。どうやら、雅仁を共通の敵にすることで、男子高生達からは一定の支持を得られたようだ。会話が弾む・・・とは言えないが、燕真と男子達は少しずつ当たり障りの無い会話をする。そこに、紅葉が加わり、どうにか会話のキャッチボールが成立するようになった。

 だが、なんで完全部外者の燕真が、周りに気を使わなきゃ成らないのだろうか?高校生グループのリーダー格が‘他人に気を使う’スキルの欠片も無い紅葉で、最年長が一般常識に疎い雅仁って事を考えれば、燕真が一番社会的常識の持ち主なので、仕方がないのかもしれない。




-1時間半後-


 トンネルを抜けて以降、電車の窓から見えるのは雪景色。文架市と同県だが、雪が薄らとしか積もらない文架市とは違い、標高の高い地域なので、民家の屋根には雪が積もり、道路脇には雪が積まれている。

 やがて電車は駅に到着。駅と併設した、比較的有名なスキー場。改札を抜けて駅から出ると、真っ白なゲレンデに、ロッジやリフトが立ち、色とりどりのスキーウェアを着た先客達が既にスキーやスノボを楽しんでいる。


「結構、いっぱい滑ってるね。レンタルスキー、まだあるかな?」

「事前予約してるんだから大丈夫でしょ。」

「でも、早く行かないと、最近のデザインのスキーは出払っちゃうかも。」


 ゲレンデを見て興奮気味の紅葉&美希にに煽られる少年少女+オッサン2名。スキーのレンタルに行く前に、カバンからスキーウェアを引っ張り出して着込む。


「おっ!?永遠輝と佐波木さん、同じヤツじゃん!」

「んぉっ!ホントだっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え!?」×2


 行照と紅葉に指摘をされて互いを見たら、燕真と永遠輝は、色違いだが、ガラが丸被りのスキーウェアだった。燕真は、気合いを入れてスキーをするつもりは無く、1万円程度で見た目の良いウェアを選んだつもりだったが、まさか被るとは思っていなかった。


「へぇ~・・・同じセンスしてるんだな!」

「もしかして、燕真と永遠輝、気が合うんじゃね!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2


 何とも言えない微妙な空気が場を支配する中で、雅仁がウェアの装着を完了する。


「あれっ!?狗塚さんと吉良君、全く同じヤツだね!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2

「おぉ!同じだな!」


 美希に指摘をされて眺めたら、雅仁と永遠輝は、ガラどころか色まで一緒。つまり、燕真と雅仁は、色違いデザイン被り。ちなみに、昨日、燕真がウェアを選んでいる時、雅仁も一緒に居た。・・・てか、雅仁に「ウェアを買いに行こう」と誘われて、燕真が同行したのだ。燕真が選び終えた時には、まだ雅仁は悩んでいたのだが、何故、同じデザインのウェアなんだろうか?


「嫌がらせか?俺がそれと同じガラを買ったのを見てなかったのかよ?」

「ん!?もちろん見ていたさ!あまり突飛な物は買いたくなかったからな。

 一般的な判断力は君の方が優れているだろうから、

 目立たずに凡人を装う為に同じ物を買った。

 ただし、まるっきり同じってのも芸がないから、色だけは変えたけどな。

 吉良君も同じか。

 やはり、オマエ(燕真)の凡人的なセンスには、大した物だな。」

「・・・ま、真似しちゃダメだろう。

 ・・・つ~か、凡人凡人て、バカにするなっ!!」


「3人で一緒に買いに行ったの?」

「ぃつの間に、そんなに仲良くなったのぉ?」

「親友の佐波木さんが、狗塚さんを真似て、色違いのお揃いにするのは、

 まあ、1歩譲って有りとして、

 いくら狗塚さんが格好良いからって、永遠輝までマネをするのはダメでしょ!」

「親友じゃね~よ!」

「真似してない!」

「同じウェアを着ても、着る人によって、印象が全然違うね!」

「すまない。まさか、君(永遠輝)と丸々被るとは思ってなかった。

 俺が、別の色を買うべきだったんだ。」

「色だけ変えれば良いって話じゃね~よ!別の種類を買うって発想は無いのか!?」

「うわっ!狗塚さん、永遠輝を庇ってるの!?超優しい~~~!!」


 イケメン度95点以上の優等生とは、なんて得な生き物なのだろうか?スキーウェア丸被りのA級戦犯は、女子高生達(特に美希)にイケメン補正を掛けられて、燕真と永遠輝が雅仁のマネをしたことにされちゃった。しかも、負け犬・永遠輝を庇ってあげたって事になっており、なんだか永遠輝が可哀想になってきた。


「イケメンが全てではない。イケメンが万能なワケではない。

 凡人だって、イケメンに勝てる。

 俺が敵を取ってやるよ。見てろよ、吉良少年!」


 燕真は、永遠輝と行照の肩を軽く叩き、チョットだけ兄貴風を吹かせてから、雅仁のところに寄っていく。


「リフトで一番上まで行って、どっちが早く降りてこられるか、勝負をしないか?」

「構わんが・・・。」

「負けた方が全員分のホットドッグおごりっ!!」

「おいおい、賭けるのか?」

「なんか賭けた方が盛り上がるだろ!」


 燕真は、今でこそ、スキーをする機会は減ったが、元々、雪国出身で、子供の頃からスキーは当たり前のようにやっていた。パラレルやウェーデルン(パラレルの小廻り)なんて朝飯前。対する雅仁は、鬼討伐の生活が中心で、スキーなんてまともにやったことが無いはず。レースを始める前から勝ちが見えているが、可哀想な少年に希望を見せる為に、全力で憎きイケメンを叩き潰すつもりだ。


「準備運動でもしながら見ていてくれ!」

「頑張れ、佐波木さん!」


 スキーのレンタルを無事に終えた燕真と雅仁は、少年少女に見届ける役を頼み、リフトでゲレンデの天辺へと向かう。



 数十分後、燕真は売店で、全員分のホットドッグ代(1個350円)を支払うのであった。


「くそっ!こんなはずではっ!」


 見事な惨敗だった。燕真は、エッジで雪面を削って雪煙を上げながら、それなりに格好良く滑れるんだけど、雅仁の滑りにはプロ並みに無駄が無い。雅仁はテールを丁寧に滑らせるのでスピードが死なず、ゲレンデのコブを回避する度に差が付いて、全コースの2/3に到達する頃には、燕真の心がポッキリと折られ、リスク覚悟でコブを無視して直滑降で距離を詰めようとしたがミスって転び、少年少女が待つ斜面の下に到着した時には、大きく離されていた。


「佐波木さん・・・人は生まれついて平等ではない。

 凡人では決して越えられない壁がある。

 だけど腐らずに頑張るしかないって事を言いたかったんですね。」

「・・・・・・・ち、違うんだけどな。」

「佐波木さんみたいに、何の得意分野も無い人でも、源川みたいな子に好かれる。

 そう言うことですね。」

「ま・・・まぁ、君がそれで元気になるなら、それでもイイや。」


 燕真の無様な勇姿(?)を見守り続けた永遠輝は、燕真に一定の親近感を持ってくれたようだ。ある意味、永遠輝を元気付けることには成功した・・・が、まだ1回しか滑ってないけど、今日はもう滑りたくないと思う燕真なのであった。


「まだ到着して1時間も経ってないけど・・・早く帰りたい。」


 燕真が軽く落ち込んでいると、ホットドッグ屋の店員さんが駆け寄ってくる。


「追加料金、4550円になります。」

「・・・はぁ?」


 燕真が顔を上げると、少年少女がホットドッグの追加をしていた。紅葉&永遠輝&行照が1つずつ受け取り、亜美は10個ほど抱え込んで貪り食っている。そう言えば「おごるのは1個ずつ」と約束したわけではなかったので、ドサクサに紛れて追加注文をされてしまったようだ。


「ケチ臭いことを言って格好悪さの上塗りをする気はないけど・・・

 平山さん、追加しすぎじゃないのか?腹減ってんの?

 こんなにホットドッグが好きだったなんて知らなかった。」

「今のァミ・・・ァミぢゃなぃょ!」

「・・・え?」

「気付かなかったのか、佐波木?あれは、地獄の書記官だ!」

「・・・マジで!?」


「クックックックック・・・どうやらバレてしまったようだな!

 この娘の体を使って、オマエを破産させてやる!!」

「・・・な、なにぃ!!」


 不敵な笑みを浮かべ、両手に持ったホットドッグを、美味しそうに囓る亜美!身構える燕真!

 常識人の亜美が、非常識なホットドッグ食いをしていたわけではない!亜美の人格は、一個も食べていなかった!・・・が。


「・・・人間社会の通貨価値を調べてから仕掛けてくれ!

 確かに出費は痛いが、1個350円だろ?あと何百個食うつもりなんだ!?

 俺が破産をする前に、余裕で平山さんがゲロを吐くぞ!

 貯蓄どころか、財布の中にある金だけでも、

 俺の勝ちで勝負が付くんじゃないか!?」

「チィィッ・・・見事だな!流石は、主が力を貸した人間だ!

 わしが仕掛けることを読んで、ワザと、貨幣価値の低い食物をっ!!?」

「・・・チゲーよ!オマエ等が勝手に出て来て、勝手に追加注文してんだろ!

 理解出来たら、平山さんが腹を壊す前に引っ込んでくれ!」

「ふっ!今は温和しく退こう。だが次はいつ仕掛けるか・・・警戒を怠るなよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいはい」


 こんな調子で、あと幾つの試練を仕掛けるのだろうか?頭が痛くなってきた。




-十数分後-


 一同は「とりあえず体を慣らす」という亜美の提案で、リフトで中級者コースに上がった。それぞれが、スキー板を斜面に対して横に向けたり、ハの字にして、ゲレンデを見下ろす。下から見上げるより、やや急に見え、下から見ても解らなかった緩いコブがある斜面だが、スキー経験者ならば怖がる者は居ない。

 永遠輝と行照を先頭に、美希、優花、亜美の順に滑り出し、少年少女がある程度進んだのを確認してから、燕真と雅仁が滑り始めた。


「・・・あれ?」


 違和感を感じた燕真が、20mほど進んだゲレンデの端で滑走を止めて上を眺める。てっきり、真っ先に滑っていったと思っていた紅葉が、及び腰で、スキー板を斜面に対して横に向けて、雪面に刺したストックに力を込めて滑走防止をした状態で、上で待機をしていた。


「おい、どうしたんだ、紅葉!置いていくぞ!」

「あぁ・・・ぅ、ぅんっ!」


 呼ばれた紅葉は、スキー板を揃えた状態で、燕真に向かって滑走開始!


「ふんぎゃぁぁっっっっっっ~~~~~~~!!!死ぬぅぅぅぅっっっっ!!!」

「・・・おいおい。」


 様子がおかしい。滑り出した途端に悲鳴を上げ、緩いなりにコブがある斜面なのに走路を曲げることなく、直滑降のままコブの乗っかって軽くジャンプ。


「いくら中級者コースだからって、直滑降は無謀だ!ターンをしろっ!」

「ふぇぇっっ?チョッカコオってなにぃっ!?ど~やれば、ターンできるの?」

「マジかよ!?」


 紅葉は、体幹が全く整わない着地をして、フラフラになりながら次のコブに乗り上げ、燕真に向かって突っ込んできた!エッジを効かせてブレーキを掛ける様子は全く無い!


「わぁぁっっっっっ!!!どいてどいてどいてぇぇっっっっっっ!!!」

「・・・ったく、世話がやけるっ!」


 燕真は、スキーを横滑りさせて、紅葉が突っ込んでくる軌道を空け、ストックを投げ出し、紅葉が通過をした直後に、空いた手で腕を掴むと、覆い被さるように山側に倒して転倒させる!


「ふぇぇ~~~っ!燕真ひどーい!ァタシを転ばせたぁ~~~!!」

「転ばせて止めたんだよ!オマエ、止まり方、解らないだろう!」

「ぅんっ!なんで解っちゃった?」

「滑り方を見れば解る!・・・てか、もしかして、スキー板を履くの初めてか?」

「なんで解っちゃった?」

「見れば、基本がまるで成っていないのが解る!

 超初心者が、いきなりリフトに乗るな!」

「だってぇ~~~・・・

 テレビやネットでスキーのカッコイイ映像を見て、

 簡単にできそうって思ったんだもん。」

「・・・で、実際に滑った感想は?」

「ムリ!下に行く前に死んじゃう!燕真、下まで連れてって!」

「・・・やれやれ。」


 燕真は溜息をつき、スキー板を外した紅葉を背負い、片手で紅葉のスキー板を抱え、紅葉の2人分のストックを預け、ボーゲンでスピードを落としながらゲレンデを滑る。


「君達は何をやっているんだ?」

「あっ!まさっち!」 「待っていてくれたのか、狗!」

「全く降りて来ないから少し心配でな。」


 コースが1/2ほど経過したところで雅仁が待っていてくれたので、紅葉のスキー板と、2人分のストックを預ける。燕真ならば、中級者向け程度の斜面なら、ガチ滑りをしなければ、ストックなど無くても、スキー板のエッジだけで処理できる。その後は、紅葉を背負ったまま、今までよりも少しスピードを上げて、雅仁に付き添われながらゲレンデを滑り降りた。


「んぉぉっっっ!!速い速い!ァタシ、風になってるみたい!」

「そ~ゆ~台詞は、自分で滑りながら言え!」

「今日ゎ、このパターンでいこう!次も、こうやって、燕真と一緒に滑る!」

「どこの世界に、女子高生を背負ったままスキーをするヤツがいるんだよ!?」

「ココに1人くらい居てもイイぢゃん!」

「バカなことを言うな!」


 下で待つ仲間達に対して、背負われながら大きく手を振る紅葉。燕真は、「呑気な小娘」と呆れつつ、エッジを効かせながらターンをしてブレーキを掛け、合流をして滑走を止めた。

 せっかく友好度が増した永遠輝が、羨ましそうに燕真を睨んでいるが、まぁ、当然の結果だろう。


※こ~ゆ~時は、リフトで降りるか、スキーを担いで、ゲレンデの端っこを歩いて降りましょう。




-午後-


 少年少女のスキー熟練度を大別すると、比較的上手く滑れる美希&行照、初級者だが滑れる亜美&優花&永遠輝、全く滑れない紅葉の3グループに分かれる。

 紅葉をリフトに乗せるのは危険と判断した燕真は、他の仲間達には滑走を楽しんでもらい、紅葉だけを残して個別に指導してやる。


「何でもできる怖いもの知らずかと思っていたから、チョット意外だな。」

「しょーがないぢゃん!

 燕真っ!上手に滑れるように教えてよっっ!!

 それか、また、オンブしてっ!」

「オンブはイヤだ!」


 美希は、放っておいても不格好なりにゲレンデの頂上から上級者コースを滑り降りるスキルがあるのに、指導を求めて雅仁にアプローチをしている。


「狗塚さん、天才すぎますよ!

 同じくらい滑れるようになりたいので教えてください!」


 しかも、ワザと止まれないフリをして転んで、雅仁に助けを求める等々、あざとアピールに余念が無い。女性に対して一定の免疫力がある燕真でも、「あざとい」と感じつつも美希の仕草を可愛らしく感じるくらいなのだから、全く免疫のない雅仁では、美希の「作られた可愛らしさ」に100%騙されているのだろう。


「俺達だけで滑るか?」

「そうだな。」

「あざとモードに入った美希には付き合ってられないよ。」


 結果的に、中級者の行照が、初級者の優花&永遠輝にレベルを合わせて、3人で固まって、初級者~中級者コースを滑っている。


「くっくっく・・・

 いつ、試練を仕掛けられても良いように、心の準備をしておけよ。」


 亜美(地獄の書記官のどっちか)は、優花達とは一緒に滑らず、「紅葉をサポートする」と言って、燕真による紅葉の指導に付き添う。


「まぁ・・・全員で固まっているところで試練を喰らうよりは対応しやすいか。」


 スキー板を履いたまま転んで起きる練習。スキー板を履いたまま歩く練習。ストックをついて前に進む練習。スケーティングの練習。平地で方向転換の練習。

 ゲレンデで楽しそうに滑っている仲間達を尻目に、燕真に指導をされて、徹底的に基本動作を練習する紅葉。元々、柔軟性と運動神経が良く、怖いもの知らずな性分なので、修得が早い。


「よし!次はカニ歩きで斜面を登るぞ!」

「え~~~!カニさんぢゃなくてリフトがイイ!」

「リフトに挑戦する前に、まだまだやるべき事は沢山ある!」

「・・・は~い。」


 紅葉は、燕真に付き添われながら、緩やかな斜面(初心者コース)を、エッジを立ててカニ歩きで10m程度登り、直滑降で下まで滑り降りる。


「おぉっ!滑れたっっ!!リフト行こうっ!」

「まだ早い!今日はリフトは諦めろ!」


 その後、何度かカニ歩きで上って滑り降りる練習をして、最終的には、時々逆滑りをするが、ハの字で緩やかな斜面を登れるくらいには上達をした。


「まぁ、今日は、こんなもんか。」

「結局、リフト乗れなかった。」


 ナイター設備のあるスキー場なのだが、常識的な時間内に帰宅をしなければならないので、閉場時間まではいられない。「そろそろ帰ろう」と仲間達が集まってきたので、紅葉の特訓も終了となる。




-復路の電車内-


 スキー場の在る駅からの乗車客が多い為、往路のように、皆が固まって座ることはできない。雅仁と美希と優花、亜美と永遠輝と行照、そしてボックス席ではなく長椅子席に座る燕真と紅葉。3グループがバラバラに空いている席を確保した。亜美が普段の亜美ならば、燕真が気を使って席を譲り、紅葉と亜美をセットにするのだが、まだ、彼女の中身は地獄の書記官のままだ。


(散々もったい付けやがって。何を仕掛けてくる?)


 出発後は小煩く燕真に話しかけていた紅葉だが、やがて静かになって燕真の方の凭れ掛かる。基本動作の練習が疲れたらしく、眠ってしまった。周りの眼が少し恥ずかしいが、静かな方が気が休まるので、燕真は黙って肩を貸すことにした。


「まぁ・・・負けず嫌いな性分だし・・・

 自分だけ滑れないのが悔しくて、コイツなりに頑張ったんだろうな。」


 駅に停車する度に乗客が減り、文架駅まで、残り30分くらいの地点で燕真の隣が空いたので、亜美が席移動をして座った。目付きが悪いままなので、中の人は地獄の書記官だ。


「なんだよ?そろそろ地獄の試練か?」

「よくぞ、我が試練を全てクリアした。」

「・・・はぁ?いつ試練なんて受けたっけ?」

「往路での、貴様に向けられた少年達の冷たい視線。

 ホットドッグの大量購入。

 滑る技術が無い小娘を背負って滑り降りる責め苦。

 雪山に来たのに平地で小娘の技術向上に時間を奪われる拷問。

 全てが、我の仕組んだ試練じゃ。」

「それが試練??」

「司命も、4つの試練を準備していたのだがな。

 貴様の見事な策で、一つの試練も与えずに脱落をしてしまった。」


 ずっと、亜美に憑いていたのが地獄の書記官のどっちなのか解らないままだったが、どうやら司録だったらしい。


「司命ってヤツの脱落については、俺は何もしていない。」

「エクストラのアイテムを持っているのは、文架市に残った司命なのでな。

 先ほど、司命に、退治屋の老人(粉木)に預けるように伝えた。」

「‘残った’じゃなくて‘改札を通れずに置いて行かれた’だろ。」

「エクストラを使いこなせるかどうかは、おまえ次第だがな。・・・くっくっく」


 地獄の試練は終わったらしい。亜美の体から司録が抜け、亜美がいつもの穏やかな表情に戻る。


「迷惑掛けて済まなかったな、平山さん。」

「私は大丈夫です。佐波木さん、大変でしたね。」

「ホットドッグを6300円分(3850円分を亜美が消費)も買わされた以外は、

 普段とあんまり変わらなかったけどな。」


 燕真にとって、本日で一番の地獄は、スキーのテクニック勝負で雅仁に惨敗をしたことだったのだが、それは、地獄の書記官達の試練とは全く関係が無かったようだ。

無駄に気を張り詰めすぎて疲れた燕真は、窓の外の風景を眺めながら、大きく溜息をつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る