番外③・盗難バイクの里心
-11月上旬・優麗高校-
燕真と粉木は紅葉に呼ばれて、優麗祭(優麗高の文化祭)を見に来ていた。今は、体育館のステージ上で公演されている2年B組の演劇を眺めている。
「・・・脚本も・・・紅葉の演技も・・・・酷い出来だな。」
演目は雪女なのだが、「新解釈をして現代風にアレンジする」意図が丸々裏目に出て、且つ、主演(雪女の伴侶役)を務める紅葉の演技力がダイコン過ぎて、何もかもが台無し。‘雪女ごっこ’を見に来た紅葉のファンにしか受けていない。
「オマンがお嬢の練習に付きおうてやらんから、こうなるんやで!」
「・・・俺に雪女役で練習に付き合えってか?・・・絶対に嫌だよ!」
所詮は高校生の出し物なので、お粗末な出来映えでも仕方が無いのだが、紅葉達のクラスの1つ前に、演劇部が見事な『ハムレット』を披露したので、余計に紅葉達の完成度の低さが目立ってしまう。
「主人公を演じた子、見事だったな。
女の子が男役をするってのは紅葉と同じだけど、格が違いすぎだ。」
「ああ、あれは引き込まれたわい。
お嬢には申し訳あれへんけど、演技力が雲泥や。」
『ハムレット』で主演を務めたのは、3年生の田村環奈という生徒なのだが、言うまでもなく、燕真は、彼女の名前と学年を知らない。
「ねぇねぇ、ァタシ達の‘雪女’ゎどうだった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・(ノーコメント)」
燕真と粉木は、演劇を終えて合流してきた紅葉に「雪女の感想」を聞かれたが、燕真は、あえて、何も言わないであげた。
「ま・・・まぁ、お嬢らしゅーてええんやないか?」
「うへへへへっ。」
紅葉の案内で、展示ブースや飲食ブースを見て廻る燕真と粉木。気合いの入った展示から、手抜きとしか思えない展示まで様々。燕真は、「5~6年前は、自分もこんな事やってたな」と懐かしく感じながら眺める。迷路とオバケ屋敷は、紅葉に誘われたが、面倒臭そうなのでパスをした。
「後夜祭まで参加するんでしょ?」
「するわけ無いだろ。」
「そろそろ帰るつもりや。」
「え~~~・・・つまんなぁ~い!」
「お嬢の演技を見に来たついでに、見て廻ってるだけや。」
「オマエは、平山さんや、クラスの仲間達と楽しめ。」
一通りを見て廻り、紅葉と別れて校舎の外に出たら、死角になる場所で数人の男女が何やら揉めている。何処にでも転がってるナンパ風景なんだけど、少しばかり男達のガラが悪いというか、女の子達が幼い。
「彼女~。
俺にぶつかって、たこ焼きで俺の服を汚したのは、
俺に一目惚れして気を惹きたかったからなんだろ?
お望み通り、遊んでやるよ。何処に行く~?」
「違いますっ!そっちからぶつかってきたんでしょ!」
「君たち何処の学校?優高じゃなさそうだね。」
「これも縁ってことで、遊びに行こうよ。」
ナンパかと思ったら、アホウが女の子達に絡んでいるらしい。アホウの着ている学生服から察するに、私立・渡帝辺工業高校の連中だ。渡帝辺工業高校とは、文架市西の郊外にある高校で、「名前を書けば合格できる」と噂される低偏差値の高校だ。必然的に、「勉強は放棄したけど高校くらいは卒業しておきたい」レベルの生徒達が集まりやすい。
「あれ?絡まれてる子、ハムレット役の子か?」
「ちゃうやろ。ハムレットの子は、あんなお子様ちゃう。」
女の子達は私服だからよく解らないが、まだ表情に幼さがあるから、中学生くらいだろうか?
「でも、顔がソックリだぜ。」
「あないに幼かったか?」
「どっちでもいいや。
女の子達が嫌がってるみたいだし、
これも縁ってことで、助け船くらい出しておくか。」
燕真は、女の子達の知り合いのフリをして、手を振りながら近付いていく。
「お~い!居ないと思ったら、こんな所に居たのか?」
燕真の接近に気付いた女の子達は、「渡りに船」と、燕真達に手を振りながら寄ってきた。
「あっ!お兄ちゃん、お爺ちゃん!来てくれたんだね!」
「おう!ワシがお兄ちゃんやで!
その人等とぶつかって、服を汚してもうたのか?
だけど、人混みならともかく、こんな広い場所でぶつかるなんて、
その男が言う通り、意図的にぶつかりに行かな無理やんな?
妹よ、オマンがワザとぶつかったのか?」
「わざとなんて、ぶつかってないよー!」
「せやったら、ワザとぶつかったのは男の方か?」
呼び掛けられた役割のうち、何故か、粉木が「お兄ちゃん役」を買って出る。
「チゲーだろ。ちゃんと‘お爺ちゃん役’を演じろよ。」
「渡帝辺を追い払えたら、何でもええやろ。」
「まぁ・・・そうだけど。」
「ちゃんと、オマンが‘お爺ちゃん役’せえよ。」
「できねーよ!」
アホウ共は、「粉木がお兄ちゃん」には騙されなかったが、「家族と合流」の演技には騙されてくれたらしい。ここで引き下がれば可愛げが有るのだが、横槍を入れられたのが不満そうで、それでは済まない素振りだ。
「ふざけんなジジイ!コイツ等の方からぶつかってきて・・・」
「事実やったら、クリーニング代は払うたる。
だけど、オマン等の方から、ワザと当たりに行ったんやったら、暴行罪やな。」
「なにっ!?」
「どっちの言い分が正しいかは、あの防犯カメラで確認できるはずや。」
粉木が指さした先の照明灯には、防犯カメラが取り付けてあった。
「・・・チィ。」
アホウ共は、可愛らしい標的を見付けて先回りをして、意図的にぶつかった。だから、防犯カメラの確認をされたら、全てバレてしまう。いくらド底辺でも、これ以上の追及をされたら、自分達が負けるくらいのことは理解できる。
「平々凡々と生きてきたような面したヤツが、調子こいてんじゃねーよ!」
「・・・平々凡々?ん?俺か?」
「そうだよ、温室育ちの兄ちゃん!次に会った時は覚悟しとけよ!」
男達は、逆恨みで燕真を睨み付けながら、脇を通過して去って行った。
「温室・・・ねぇ。文架の高校生の間で流行ってる言葉なのか?」
燕真は、「温室育ち」扱いをされる自覚はあるが、どう見ても、彼等も「温室育ち」だ。逞しい雑草とは思えない彼等から小バカにされる理由が全く解らない。自分が温室に居るって自覚ができないほど頭が悪いのだろうか?
「なぁ、爺さん。防犯カメラなんて、良く気付いたな。」
「何やオマン、気付いてなかったんかいな?
正義感で動くのは構わんけど、
動く前に周りを見て、地の利を利用する算段くらいは整えとけ。」
「・・・まさか、文化祭でダメ出し喰らうとは思ってなかった。」
絡まれていた中学生らしい女子達が、燕真達のところに寄ってきて礼を言う。燕真視点で改めて見ると、やはり、女の子のうちの1人はハムレット役にソックリだ。だが、ド底辺共とは違って、これを縁にして仲良くなる気や追及する気など全く無い。
「また絡まれると悪いから、サッサと、人が多いところに行け。」
「はい、ありがとうございました。」
生徒玄関に向かって駆けていく女の子達を見送った後、燕真と粉木は帰宅をする。だから、優麗高から去った数十分後に、盗難事件が発生したことなど、燕真達が知る由も無い。
-優麗祭の数日後・YOUKAIミュージアム-
見覚えのある姉妹が来店をした。スタイルが良い姉が紅葉に挨拶を、小さくて華奢な妹が燕真に小さく会釈をした後、2人はテーブル席に座ってメニュー表を眺める。 数分を経て、呼ばれた紅葉が、オーダーを取りに行った。
「ミックスサンドとハンバーグドリア。
飲み物は、ミルクティーとオレンジジュースをお願いします。
源川さん、ここでバイトしてたんだ?」
「バイトってより、仲良しのジイチャンのお店で、お手伝いしてんの。
ハンバーグドリアはお時間が掛かりますがイイですか?」
「うん、良いです。」
「飲み物は先がイイですか?ご飯と一緒がイイですか?」
「食事と一緒でお願いします。あの・・・店長さん、いる?」
「ぅん、居ますよ。
ご注文を確認しますねぇ。
ミックスサンド、ハンバーグドリア、ミルクティー、オレンジジュース、
それから、粉木の爺ちゃん・・・以上ですね。
ジイチャンは、先がイイですか?ご飯と一緒がイイですか?」
あっ!ジイチャンゎ注文しても無料でぇ~す。」
「先でお願いします。」
オーダーを受けた紅葉は、事務室を開けて「ジイチャン、注文されたよー」と声を掛けてから、カウンター内に戻ってきた。
「店長さんは‘注文’ではないんだけどね。」
姉の名は田村環奈。優麗高で男子からの人気が高い女子トップスリーのうちの2人が紅葉と環奈なので、必然的に両者とも知名度が高く、互いのことを認識している。
妹の名は田村響希。響希が文架東中に入学をした時点で、3年生の紅葉は、男子人気と奇行で目立つ存在だったので、必然的に認識をした。
「変な店員さんだね。中学の時から変だったけど。」
ハンバーグドリアの調理を開始する紅葉の隣で、燕真がサンドイッチの準備をしながら耳打ちをする。
「ん?あの子、優麗高の子だろ?」
「燕真、知ってんの?」
「オマエの雪女の前に演劇してたよな?」
「ぅん。ユーレー祭でハムレットやった人だよ。
「え~~~~っと・・・どっちが?」
「んぇ?見て解らないの?」
スタイルが良くて洒落っ気がある姉と、スリムでガキ丸出しの妹。服の感じからして「多分、小さい方が絡まれていた子」なんだろうけど、彼女がハムレットなのか、姉がハムレットなのか、よく解らない。
「顔がソックリすぎて、どっちがどっちなのか解らん。」
「タムラ先輩がハムレットだよぉ。」
「先輩?」
「ぅん。3年生。」
「・・・へぇ。」
紅葉が高2よりも幼く見える所為で、「田村先輩」とやらは、紅葉の3歳上の大学生くらいに見えるのだが、改めて「亜美の1歳上」を比較対象に置き換えると違和感が無くなる。
「妹のタムラさんゎ、ァタシが中3の時に東中に入学したから、今は中3かな。」
「あぁ・・・なるほど。」
妹の方は、紅葉の2歳下と言われるとシックリ来る。要は、紅葉と田村妹は、どちらも実年齢よりもガキに見えるってことだ。結果、姉妹は3歳差なのだが、5歳くらい離れているように感じられる。
「お嬢、ワシを注文ってなんや?」
5分ほど経過して、退治屋の事務仕事をキリの良いところまで仕上げた粉木が、店内に入ってきた。
「あっちで、タムラ先輩が呼んでんの。」
姉の環奈が席から立ち上がって会釈をしたので、粉木も会釈を返して寄って行く。
「なんや、お嬢さん。ワシのファンか?」
「い、いえ、そう言うわけではなくて・・・」
妹の響希は座ったままで、姉の前に立つ粉木を眺めている。
「変な店長さん。」
「このお店って、前は喫茶店じゃなくて、妖怪の博物館でしたよね?」
「今も2階は博物館やで。それがどないした?
飯やのうて、博物館が見たいんか?」
「い、いえ、そう言うわけではなくて・・・
妖怪の博物館の店長さんなら、そっち系には詳しいのかと思いまして。」
「・・・そっち系?」
「あの・・・心霊現象とか、普通じゃ見えない物とか・・・。」
どうやら、彼女達の来店目的は、食事や博物館見学ではなく、何らかの人外事件絡みの相談らしい。
「話してみい。何が有ったんや?」
「父が優麗祭を見に来てくれたんですが、
帰ろうとしたら、駐輪場に駐めておいた父のバイクが無かったんです。」
「ん?バイクの盗難?」
何らかの人外事件の相談かと思ったら、違ったらしい。
「そりゃ~、此処やなくて、警察に相談に行くべきやないか?」
「盗難届は直ぐに出したんですが、相談の内容はそれとは別なんです。」
「別ってなんや?」
「父のバイクは盗まれたままなんですが、音だけが、毎日戻って来るんです。」
「影もだよ、お姉ちゃん。」
「・・・はぁ??」
「上手く説明できなくてスミマセン。」
バイクの盗難事件かと思ったら、意味不明だった。つまりは‘退治屋の専門分野’の事件らしい。粉木は、田村姉妹を不安にさせない為に、好々爺の表情は崩さないが、呑気な声から、張りのある声量に変わる。
「どうやら、茶店で気楽に話す内容ではなさそうやのう。
先に、詳しゅう聞いとくさかい、飯ができたら、事務室に運んでくれ。」
「了解。」
「嬢ちゃんは、お嬢さん達に打合せ用のコーヒーを煎れてくれるか。」
「は~い。」
粉木は、田村姉妹を案内して、事務室に入っていった。紅葉は、コーヒーメーカーを稼動させながら、手際良くハンバーグとホワイトソースを作り、ケチャップライスまで完成させる。
「燕真、あとは1人で作れるよね?出来上がったら、事務室に持ってきてね。」
「了解。・・・って、オイッッ!!」
ハンバーグドリアは未完成のままだが、残りは燕真に任せ、紅葉は、煎れられたコーヒーをカップに注いでトレイに乗せて、事務室に寄って行く。
「なんで、部外者のオマエが事件のことを聞いて、
退治屋の俺が蚊帳の外なんだよ!?」
「だって、燕真ゎ、爺ちゃんに、先輩達のご飯作れって命令されたけど、
ァタシゎ‘コーヒー持って来い’しか言われてないぢゃん。」
「いやいやいやいや、オマエはバカなのか!?
それは、オマエへの指示を省略しただけで、
オマエは調理をせずに、先に話に参加するって意味じゃないんだぞ!
コーヒー置いたら戻って来いよ!」
紅葉の場合は、理解力が乏しいのではなく、解釈が自分勝手。燕真の意見など聞く耳持たずに、事務室の入って、そのまま戻って来なかった。
「あの小娘が・・・。」
燕真も話に参加をしたいが、自分が担当するサンドイッチだけでなく、紅葉が途中で放棄をしたハンバーグドリアも調理しなければならない。
-事務室-
案の定、田村姉妹にコーヒーを差し出した紅葉は、その行動が当たり前のように粉木の隣のソファーに座って、会話に参加をしていた。
「父のバイクが盗まれるまでは気にしたことも無かったのですが、
盗まれて以降は、家の前を通るバイクの音が気になってしまって・・・。
その音が、毎日、決まった時間に聞こえるんです。」
「お隣さんかお向かいさんがバイクに乗ってるの?」
「私も最初はそう思いました。でも違うんです。」
「んぇ?」 「違うとは?」
バイクの音が気になった環奈は‘いつもと同じ時間’に窓から眺めて、「どこの家のバイクか?」を確認した。しかし、姿形は無く、音だけが聞こえて、家の前で止まったのだ。怖くなった環奈は、翌日に響希同伴で、バイクの音を待った。
「音だけしてバイクは見えなかったんだけど、
お向かいの塀にバイクの影が映ってたの。」
「影が見えたのは響希だけで、私には音しか聞こえませんでした。」
翌朝、姉妹は両親に「信じられない出来事」を説明をしたが、両親は‘決まった時間に訪れるバイクの音’すら聞いていないらしい。つまり、他者には解らない物を、田村姉妹は認識したのだ。理解不能状態に陥った姉妹は、「妖怪の看板を掲げたYOUKAIミュージアムならば、何か解るかも?」と考え、今に至る。
「なるほど。音や影は、お嬢さん達に何かを伝えたいのかもわかれへんな。」
「ぅんぅん!絶対になんか伝えたいんだよ!」
「何かって、なんですか?」
「そら、話を聞いただけでは解れへん。」
妖怪事件と直結するかは、まだ解らない。だけど、人間とは別の意思が働いているのは間違いなさそうだ。姉はバイクの音が聞こえて、妹はバイクの影も見えるのは、姉妹共に霊感が強く、且つ、姉よりも妹の方が感知力が高いからだろう。
「調査をする価値はあるってこっちゃ。」
粉木が信じがたい話を受け入れてくれたので、田村姉妹は安堵の表情をした。
引き続き、音が聞こえる時間などの不可思議事件の詳細や、念の為に、盗難バイクの車種などを確認する。
オーダーが完成した時には、話は既に終わっており、田村姉妹は店内で普通に食事をして帰った。見送る燕真は、事件の会話に1秒も加われなかったのが不満で仕方が無い。
「なんで、紅葉が会話に参加して、俺は部外者扱いなんだよ!?」
「だって、もし燕真が、毎日おうちの前を、見えないバイクが走っても、
音がうるさいくらいしか思わないでしょ?」
「見えないバイクってなんだ?」
「霊感ゼロの燕真では、音も聞こえんやろ。
話に参加していたとしても、なんも答えられんっちゅうこっちゃ。
早速、調査開始やな。」
「うん、そうだね!」
「なんの調査だ!?」
「燕真ゎ、ァタシをバイクの後ろに乗せる役ね。」
「俺の役割は、オマエのアシだけかよ?」
蚊帳の外に出されっぱなしの燕真は悔しくて仕方が無い。だけど、「紅葉と粉木が言ってることは正解なのだろう」という自覚はある。
-21時頃・田村家(鎮守の森公園から1キロ程度東)-
2階の一室で、大学合格を目指す環奈は真剣に、高校合格を目指す響希は散漫に、受験勉強をしていた。
「そろそろだね。」
「そうだね。」
「来るかな?」
「どうかな?怖いね。」
‘バイク音’の定時まで、あと僅か。来たら来たで怖いが、来なかったらYOUKAIミュージアムで嘘を付いたみたいになってしまう。
家の外の路肩では、バイク音と影を確認する為に、粉木がスカイラインに乗って待機をしている。
-田村家の南側にある国道-
音は、南方向から接近してくるらしい。つまり、田村家の近所で急に出現をするか、南に位置する国道を通過して市道に入るか、どちらかになる。全員が田村家周辺に待機をする必要は無いので、出所を搾る為に、紅葉とアシ担当の燕真は国道の路肩で待機をしていた。
「ホンダのドリームCB750FOUR・・・か。」
燕真は、バイクに跨がったまま、スマホに表示された‘田村姉妹の父親が盗難されたバイクと同型’の画像を眺めている。バイクに乗ってる影響で「アレが欲しい、コレに乗りたい」などと考え、バイクの知識をそれなりに有している燕真だが、昭和世代のホンダ・ドリームに関しては‘見た目が典型的なバイク’で‘生産は終わってる’以外のことは、よく解らない。
紅葉に至っては‘燕真のバイク’以外は興味が無いので、全部同じに見えるようだ。
「こんな骨董品が町中を走ってれば、直ぐに解るだろうな。」
粉木が言うには、半世紀近く前に生産されたビンテージ品で、故障しても修理パーツがロクに無くて、燃費が悪く、保険料も高いので、金銭的に余裕のあるバイク好きじゃなければ、維持が難しいらしい。
「なぁ、紅葉。
盗難されたドリームと、姿の見えないバイクって、なんか関係あると思うか?」
「燕真うるさいっ!黙って!」
「はぁ?うるさいってなんだよ?いつもは、オマエの方がうるさ・・・・」
「遠くから、音が聞こえるの!」
「なんのっ!?」
「うるさい乗り物の音っ!だから静かにしてっ!!」
音の方向を睨み付ける紅葉。場の空気がヒンヤリと沈み、西(明閃大橋方向)から音が近付いてくるらしい。ちなみに、燕真は何も感じないし、普通に目に見える車の走行音しか聞こえない。
「来たっ!!」
「えっ?えっ?どこに??」
「通り過ぎた!追っ掛けてっ!」
「マジか!?これは大変だな!」
紅葉はバイクの通過を確認して「追え」と言っているくらいの想像はできるが、少しも感知ができない燕真では、何を追えば良いのか全く解らない。
「案内しろ、紅葉!影は見えるのか?」
「半透明だけどバイクの形も見えるよ。」
「盗難バイクか?」
「よくワカンナイけど、燕真のバイクより格好悪い!」
タンデムに乗る紅葉の指示を頼りにして、燕真は東に向かってバイクを走らせる。
「もっとスピード出して!」
「了解!シッカリ掴まってろよ」
完全に速度超過だが仕方が無い。言われた通りにスピードを上げる。
「曲がった!」
「どこを!?」
「次の信号!」
「どっちに!?」
「左っ!」
「田村さんの家の方向か!?」
「ぅんっ!」
燕真に見えないバイクは、いつも通りに、田村家に向かっているらしい。燕真の駆るVFR1200Fが、交差点を左折して市道に入り、アクセルを捻って速度超過を続ける。見えなくても、目的地が解れば、紅葉の指示を待たず、自信を持ってバイクを走らせられる。
「離されてるか?近付いてるか?どっちだ?」
「近付いてるっ!幽霊バイクは、白いおうちの前!」
紅葉の指定した家から燕真の現在地まで、距離にして20~30mくらい。国道とは違って、この時間帯は車や人の通行も少ない。
「紅葉!一瞬、眩しくなるから目を瞑ってろ!」
「んぇっ?バイクで走りながら変身すんのっ!?」
射程圏に入ったと判断した燕真は、Yウォッチから『閻』メダルを抜いて、予め装備していた和船ベルトのバックルに装填をした。
「幻装っ!」
ザムシードへの変身完了!センサーが目の前を走る霊力を感知して、ザムシードの視覚と聴覚に送り込み、ようやく、バイクの形と走行音を認識できるようになった。 無人のドリームCB750FOURが、田村邸に向かって走っている。
「どうやら、コイツが盗難車らしいな。」
だけど、一般人には見えないバイクを捕まえても返却してやることはできない。どんな理由で、毎日、姿無きドリームCB750が田村家に向かうのかは解らないが、コレではなく、本物のドリームCB750の所在を突き止めなければならない・・・というか、田村姉妹からの依頼は、「盗難バイクを取り返す」ではなく、「バイク音の正体を突き止める」ことだ。
「燕真っ!何をする気っ!?」
「取っ捕まえる!」
ザムシードの駆るVFR1200Fが、ドリームCB750に追い付いて並走!無人ドリームCB750を掴む為に、ザムシードが手を伸ばした!
〈コココココォ――――――――ンッ!!!!〉
「燕真っ!離れてっっ!!」
「くそっ!」
甲高い鳴き声が轟き、紅葉が叫ぶのと同時に、ザムシードのセンサーは、ドリームCB750から妖気の放出を感知!ザムシードの防御力なら、妖気を浴びても耐えられるが、後に乗せている紅葉が耐えられないと判断して、減速で距離を空ける!
「妖気で威嚇?」
「燕真に掴まるのがイヤみたいだよ!」
「妖怪に憑かれているのか?」
「・・・みたいだね。」
ザムシードの接触を敵対行動と判断されたようだ!ドリームCB750の前輪から炎が上がり、車体全てを吸収して、炎の車輪と化して、吼えて威嚇をしながらザムシードに突っ込んできた!
〈コココココォ――――――――ンッ!!!!〉
「げげっ!!」 「んわわっ!!」
慌ててVFR1200Fのハンドルを切って、炎の車輪を回避するザムシード!炎の車輪は、ザムシードの真横を通過して、明閃大橋方面に、来た道を戻っていく!
「帰る?なんで??」
「燕真にやっつけられると思ったんぢゃない?」
「追うぞっ!」
バイクをUターンさせて、炎の車輪を追うザムシードと紅葉!このままでは、まだ通行量の多い国道に進入されてしまう!ザムシード1人ならば、ワープで先回りできるが、後に紅葉を乗せた状況では不可能だ!バイクを加速している状況で、紅葉に「降りろ」とは言えないし、バイクを停めたら炎の車輪を見失ってしまう!
「くそっ!」
「燕真っ!ザムシードをやめてみてっ!」
「そ、そうかっ!」
ドリームCB750は、ザムシードに反応して炎の車輪に変化をした。ならば、ザムシードを解除すれば、妖怪化を止めてくれるかもしれない。もし、炎の車輪のままなら、再変身をすれば良いだけ。ローリスクで済むのだから、試す価値はある。
変身を解除して、炎の車輪を追う燕真と紅葉。敵対意志が無いことを察してくれたのだろうか、炎の車輪はしばらく走った後、ドリームCB750に戻ってくれた。ただし、霊感ゼロの燕真の視点では「炎の車輪が消滅した」としか認識できない。
「どこに行った?解るか、紅葉?」
「明閃大橋の方に走ってくよ。どこまで行くのか追ってみようよ。」
「ああ・・・う、うん。」
こうなってしまうと、燕真には全く把握ができないので、ひたすら紅葉に言われるまま、バイクを走らせるしか手段が無かった。明閃大橋東詰の信号が赤に変わったので、燕真はバイクを停車させる。
「んぁっ!?止まるの??」
「そりゃ、そうだろう。信号無視は出来ん!」
「行っちゃったよ。」
「なにが?」
「燕真に見えないバイク。」
「・・・・・・・・・・・・・」
改めて考えれば、追跡の対象は人ではない(妖怪)なんだから、「赤信号は止まる」なんてルールは関係無い。目の前の信号が青に変わったので、燕真はバイクを進めた。
「まだ走るのか?」
「うん!だいぶ離れちゃったけど、まだ見えるから追って!」
紅葉頼みで、だいぶ離れた見えないバイクを追う。警察に見付かったら速度違反で確実に止められてしまうスピードを出して、見えないバイクとの距離を詰めるが、また信号機で足止めされて距離を離される。
照明の多い市街地を抜けて、明かりの少ない郊外へ。燕真は、ドリームCB750を追っているのではなく、ただ単に、紅葉をタンデムに乗せて夜のドライブをしているような錯覚に陥ってしまう。
「・・・ホントにドリームを追っているのか?」
「モチロンだよぉ~!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いくつかの信号機で足止めをされ、西の国道を横断したところで、紅葉でも、見えないバイクを目視できなくなってしまった。
「わかんなくなくなっちゃった。」
その後、念の為に辺りを見て廻るが、発見をできず追走を諦めた。田村家の前で待機中の粉木に連絡を入れ、合流をする為に来た道を戻る。
「そうか。通りで、こちらは異常が無かったわけやな。」
粉木が言うには、田村家には「いつも定時に聞こえるはずにバイクの音」は訪れなかった。これで、燕真が追い返したバイクの幽霊(?)と、田村家に来るバイクの音が同一と判明する。
「バイクって気持ちがあるのかな?」
「八百万の神ちゅう概念があるさかいな。バイクが意志を持っても不思議ちゃう。
持ち主から大切の扱われたバイクやったら、
持ち主の元に返りたいちゅう意思が働く可能性はあるな。」
「なら、バイクのユーレイ、ドコに帰ったんだろう?」
「俺にはよく解んねーけど、普通に考えれば、人間の場合なら、
死んでれば墓に、生きてるなら肉体に帰るんじゃねーの?」
「ぅんぅん!それだよそれ!
もしかして、バイクのユーレイに付いてけば、盗まれたバイクの所に行ける?」
「面白い発想だな。試してみる価値はあるんじゃないか?」
盗難されたドリームCB750の、持ち主の元に帰りたい意思が心霊現象を起こし、しかも、妖怪に憑かれている。本体を見付け出して思いを叶えてやれば、妖怪事件と盗難事件を同時にクリアできるのだ。燕真と紅葉は方針を見付けて喜ぶが、粉木の表情は浮かない。
「確かにおもろい発想やけど・・・。」
「どうしたんだ、爺さん?何か不満か?」
「不満に決まっとるやろう。」
ザムシードに変身をして敵対意志を見せてしまった所為もあるが、バイクの心霊現象は燕真達からは逃げた。知らない奴を、本体の場所に案内するつもりが無いってことだ。つまり、田村家の人間しか、案内をしてくれない。
「オマン等の案では、妖怪事件を解決させる為に、
姉か妹を巻き込まなければならんと言うこっちゃ。
盗難バイクの確認はしてもらわなあかんが、
危険な目に遭わすわけにはいかんで。」
最速の解決方法なのだが、ベストのアプローチではない。その日は、電話で環奈に「バイクの音は追い払った」とだけ説明をして、議題は持ち帰ることにした。
-翌日の夜-
最終的には田村姉妹を巻き込まなければ解決しないかもしれないが、前段階として、もう少し確実な情報が欲しい。退治屋は、再度、見えないバイクとの接触を試みることにした。ただし、本日は、田村邸付近で待機をするつもりは無い。昨日は西の国道合流点までは追走できたのだから、「今日も同じ場所を通過する」と予想して、燕真はバイクで、粉木と紅葉は車で、見失った場所に待機をしている。昨日はたまたま通ったが、今日は通らないかもしれない。だけど、徒労で終わっても、アプローチ手段を変えれば良いだけだ。
「んっ!聞こえるよっ!」
21時の数分前、紅葉の耳に音を届く。その数秒後には粉木も音を確認。相変わらず燕真には全く聞こえない。
「変身して良いか?」
「もぅチョット待って!」
「もっと引き付けてからや!」
音のする西側に目を凝らす紅葉と粉木。紅葉の目に、昨日と同じ半透明のバイクが見えた。距離60m、40m、30m・・・。20mまで接近したところで、紅葉が「今だ!」と叫ぶ!
「幻装っ!」
あえて、交通量の少ない県道で待機をしたのは、一般車両に気を使わずに済ませる為。燕真がザムシードに変身をして、半透明ドリームCB750の進路を塞ぐ。
〈コココココォ――――――――ンッ!!!!〉
甲高い鳴き声が轟き、半透明ドリームCB750が炎の車輪に変化!ザムシードを「目的を妨害する敵」とみなして突っ込んできた!
「はぁぁぁっっっ!!!」
ザムシードは、腕をクロスさせて、炎の車輪の突進を受け止めた!衝撃で押されて足裏で地面を滑り数十センチほど後退をするが、気合いを発して力任せに弾き返す! 炎の車輪は火炎弾を放ち、ザムシードは妖刀を当てて受け流した!
「やっぱ、妖怪に憑かれてるんだな。」
妖刀で叩き切りたい気分だが、本体までの案内をさせるのが目的なので、あえて討伐はしない。身構えるザムシードに対して、炎の車輪は「適わない」と判断したらしく、昨日と同じように来た道を戻っていく。
(・・・・・・・帰リタイ ・・・マタ・・・一緒ニ走リタイ・・・)
去り際に炎の車輪が漏らした寂しそうな声を、紅葉は聞き逃さない。
「これって・・・・・・・・・・依り代の声?
タムラセンパイのおうちに帰りたがってる?やっぱり、盗まれたバイク?」
ザムシードはバイクに跨がり、マシンOBOROに変形をさせて追走を開始!粉木と紅葉が乗る車も、直ぐに後を追う!
赤信号に足止めをされるが、今日は問題無し。紅葉を、タンデムではなく、粉木の車に乗せたのは、マシンOBOROの機能を発揮する為。離されても、ワープで、炎のタイヤの真後ろに追い付く。
-数十分後-
文架市の西に聳える羽里野山の麓で、ザムシードは炎の車輪を見失った。離されたのではなく、忽然と消えてしまった。
ド田舎なので照明柱の類いは疎らだが、直ぐ近くに3階建ての集合住宅のような建物が、同じ区画に幾つか建っており、各部屋には灯りが点いている。
「渡帝辺高校の寮か。なんだか、妙に縁があるな。」
スマホのナビで確認をすると、集合住宅の寮で、その奥には校舎があるらしい。ザムシード(燕真)は、優麗祭で田村妹に絡んでいた渡高生(渡帝辺高校の生徒)を追い払ったことを思い出す。
寮の一角以外は真っ暗。月と星の明かりで、木や、何かの構造物が建っているのが、何となく解る程度だ。ザムシードは、バイクのライトで照らして、盗難車の手掛かりを探す。数分の間を空けて、粉木と紅葉の乗る車が現地に到着をした。
「ゴメン、見失った。」
「いや、上出来や。おそらく、本体に戻ったんやろう。
この近くに盗難車が有るってこっちゃ。」
「紅葉、霊的な何かは感じるか?」
「羽里野山がパワースポットで霊力強いからねぇ~。
バイクのユーレイが息を潜めちゃうと、チョットわからない。」
盗難車を探したいが、こんな真っ暗なところで、いつまでもライトを点けて何かを物色していたら目立ってしまい、寮の管理人に通報をされるだろう。明日以降、明るい時間帯に再び来ることにして、その日は撤収をする。
「バイク盗んだのが、渡高生の奴等・・・
ナンパが失敗した腹いせで、偶然、拒否した子の父親のバイクを盗んだ。
・・・なんて雑なオチじゃね~だろうな?」
変身を解除した燕真は、ポツリと呟いて寮を眺めた後、バイクをスタートさせて、粉木の車に付いていく。
-翌日・YOUKAIミュージアム-
「燕真!田村ちゃんの父親のバイクを盗んだのは、おそらく渡帝辺の生徒だ!」
粉木が、ネットで渡帝辺興業高校を調べたら、渡令寮(どれいりょう・渡帝辺高校の寮)の門限が20時だった。ルール違反が当たり前の渡高生でも、門限破りの厳しい懲罰は受けたくない。だから、皆、門限のギリギリで帰宅をする。
盗難バイクを乗り回しているのが渡高生と仮定すれば、20時で解放されて自由になったドリームCB750が、本来の持ち主に思いを馳せ、その強い意志に妖怪が憑いたとしても不思議ではない。渡高生が授業でバイクに乗れない時間帯は、言うまでもなく田村姉妹も家には居ないので、バイクの念が訪れても、誰も気付いてやれない。これが、粉木の結論だった。
「うわぁ~・・・雑なオチかよ。」
バイクの念が妖怪化をしたのは、ザムシードに妨げられて怒ったから。
「つまり、田村ちゃんが会いに行ったれば、
妖怪事件には発展せんちゅうこっちゃ。」
炎の車輪が消えた周辺に、盗難バイクは間違いなく隠されている。見付け出して、田村姉妹から「父の物」との確証を得れば、あとは警察に通報して押収してもらえば、ドリームCB750は持ち主の元に戻って、バイクの念は晴れ、妖怪事件と盗難事件は同時に解決をする。
「立ち会ってもらうんは、妹がええな。」
田村姉妹はどちらも霊感があるが、バイクの音しか聞こえない姉より、バイクの影が見える妹の方が感知力が高い。妹の響希ならば、盗難バイクの周辺に行けば、バイクの念に気付ける可能性が高いのだ。
放課後になったら、田村響希(と、ついでに紅葉)を連れて渡令寮周辺に行くということで、方針が決まる。
-放課後-
渡令寮から最も近いコンビニ(徒歩15分)の駐車場に、燕真の駆るバイクと、粉木が運転して紅葉と響希を乗せた車が乗り入れる。
「先ずは、ワシと燕真でバイクを探して、見付け次第、呼びに来る。
それまでは、嬢ちゃん達は、此処で待っとってくれ。」
ガラが悪くて有名な学校だ。用心を重ねて、乙女達には、しばらくの間は、人目が多い安全な場所で待機をしてもらう。粉木のスカイラインはコンビニ駐車場の端に止め、粉木は燕真のバイクのタンデムに乗って、渡令寮へと向かった。
見送った紅葉と響希は、コンビニ内に入って待つことにする。
「ねぇねぇ、前から思ってたんだけど、
タムラセンパイって、マシュマロみたいだよね?」
「マシュマロですか?
・・・まぁ、白くて、スタイル良いから、言われてみればマシュマロかも。」
「ヒビキちゃんは目が大きくてカエルみたいだよね?」
「・・・はぁ?」
「今度から、カエルって呼んでも良い?」
「ダメに決まってるじゃないですか!」
「なんでなんで?」
「お姉ちゃんがマシュマロってのは可愛くて良いけど、
なんで私はカエルなんですか?」
「え~~~!!カエル、カワイイじゃん!ゲコゲコっ!」
「ムカ付く~~~。」
紅葉的には響希をリラックスさせる為の「友好」のつもりなのだが、響希には悪口にしか聞こえない。響希は、紅葉のことがチョットだけ嫌いになった。
-渡令寮周辺-
渡帝辺工業高校は、「心身共に厳しく鍛える」という校風により、生徒全員が部活動に強制参加をさせられ、部活引退後は大半の生徒が補習対象なので学校に拘束される。18時過ぎまでは、渡高生と接触せずに、盗難バイクの捜索ができるのだ。
「あの小屋、怪しくないか?」
「怪しいのう。」
到着をした燕真と粉木は、学校の敷地外に立つバラック小屋に目を付ける。ビンテージの盗難バイクを寮の駐車場に駐めたら、確実に管理人が不審に思うだろう。寮の直ぐ近くに隠しておく可能性は高い。VFR1200Fで寄って行って停め、燕真と粉木がバラック小屋を覗き込む。しかし、小屋の中は空っぽだった。
「ありゃ?予想が外れた。」
「いや、そうとも言えへんで。」
小屋の周りの土の地面に、タイヤの跡がいくつも残っている。そして、土の地面からアスファルトに変わるところに、土を引っ張ったタイヤの筋が、いくつも残っている。
「まだ、盗難バイクが在ったって確証はあれへんけど、
ここにバイクが在ったってのは確実って事や。」
「出掛けちゃったって事か?」
常識で考えれば、部活動で拘束をされていれば、部活をやっていて当たり前。入学前に、その校風を理解するのが前提なんだから従うだろう。だけど、この学校の生徒は、入学前に約束された学校のルールすら、満足に守っていないようだ。
「やれやれ・・・
守る根性すら無いなら、ハナっから入学なんてしなきゃ良いのにな。」
「まぁ、そういうな。誰もが、自分に誠実に生きとるわけやない。
自己主張だけが一丁前で、
自由と身勝手を履き違えた、どうにも成らん人種もおるんや。」
響希を連れて来られる時間帯では、バイクは出払っているようだ。燕真と粉木は、他にバイクが隠せそうな場所が無いか探した後、作戦を仕切り直す為に、紅葉達の待つコンビニに戻ることにした。
-渡帝辺高の近くのコンビニ-
店内で紅葉と響希が立ち読みをしていると、幾つもの轟音が鳴り響いて、数台のバイクが駐車場内に入ってきた。「耳障り」と感じながら駐車場を眺めた響希が、数台のうちの1台に眼を止める。
「あのバイクっ!」
見覚えのあるバイクだ。バイクのことは詳しくないが、「父のバイクが珍しいバイク」ってことは粉木に教えてもらった。響希は「もしかして?」と考えて、店から飛び出し、バイク集団に駆け寄り、燃料タンク部分を見て、カッと頭に血を上らせて怒鳴りつけた。
「そのバイク、盗んだヤツですよね!?」
「・・・はぁ?何言ってんの?そんなわけ無いじゃん。」
「嘘を付いてもわかります!」
「あれ、オマエ、優高の文化祭で出会ったカワイコちゃんじゃん。」
「えっ!?」
「もしかして、俺が忘れられなくて会いに来たのか?」
ヘルメットを脱いだソイツは、優麗祭で響希をナンパしてきた男だった。
「ち、違います!お父さんのバイクを取り返しに来たんです!」
「俺のバイクだよ!」
ナンバープレートは偽装済み。搭乗者は、バレるわけが無いと考えている。だが、響希の確証は揺るがない。
「絶対にお父さんのバイクです!
その証拠に、そこ(タンク)に私が貼ったシールを剥がした跡があります!」
響希が指をさした場所には、シールを適当に剥がした残りが、まだ付着していた。それは、幼い時に、響希が、大好きなパパの為と思って貼ったシール。今にして考えれば、ビンテージバイクには不似合いなワンポイントだが、父は響希の想いを汲んで、そのままにしていた。それを剥がされたのだから、響希は激怒をしていた。
「警察に言いますよ!」
「・・・チィ。」
搭乗者は戸惑うが、仲間の窮地を察した周りの連中が黙っていなかった。バイクから降りた数人が、響希を囲む。
「俺のソウルメイトにイチャモンを付けるんじゃねー!」
「うへへっ!通報したきゃしろよ。」
「ただし、俺達全員と、肉体関係を持ったお友達になって、
ちゃんと記念撮影もして、それを流出されても構わないならな!」
「にぃっひっひぃ!
こんな可愛い子が、バイクのオマケで付いてくるなんてラッキーだぜ!」
響希の腕を掴んで、ひとけの無い方に連れていこうとする渡高生達。紅葉が突っ込んできて、響希の腕を掴んでいる男の背中に跳び蹴りを叩き込んだ!
「ぐわぁぁっっ!!!」
前のめりにブッ倒れる渡高生!紅葉が割り込んで、響希を渡高生達の輪の外側に引っ張り出して庇う。
「源川先輩っ!」
「オマエ等、最低!!」
蹴飛ばされた男が立ち上がる。紅葉を睨み付ける渡高生達。
「おうおう、こっちのツインテールも可愛いじゃん。」
「萌えるぜ!燃えるぜ!」
「オマケ2つ・・・儲けたな。」
「マヂで最低っ!」
「最低で上等。この世は汚ねえ事の方が多いんだよ、温室育ちのカワイコちゃん。」
「・・・温室?」
「親の敷いたレールで安穏としてオマエ等と違って、
俺達は、運に恵まれず、劣悪な環境の中で、
それでも理不尽に抗って苦労をしながら生きているんだよ!
温室育ちは解らねーだろうけどさ!」
「だから、不自由していない金持ちの道楽を、
苦労人の俺達が頂戴するくらい、どうだって良いだろう!」
「・・・んんんっ!」
渡高生達は、どんな理不尽の中で生きているのだろうか?乱暴者達に搾取をされる気は無いが、紅葉と響希は、改めて「温室育ち」と言われると、自覚があるので戸惑ってしまう。
「解ってくれたか?だったら、可哀想な俺達を慰めてくれよ。」
「俺の彼女になってくれたら、親父さんのバイクに乗せてやるからさ。」
紅葉と響希に掴み掛かる渡高生達。燕真に助けを求めたいが、まだ戻って来ない。
「寄るな、こんにゃろう!
ヒビキちゃんがヤバいんだぞ!何とかしろ、ユーレイバイクっ!!」
「助けてっ!!きゃぁぁっっっ!!」
紅葉の叫び声と、響希の悲鳴に反応して、ホンダ・ドリームCB750FOURから闇が上がる!闇は炎に変わってドリームCB750から離れ、炎の車輪に変化!飛び回って、渡高生達を弾き飛ばした!
〈コココココォ――――――――ンッ!!!!〉
「ぐわぁぁっっ!!」×たくさん
〈汚イ手デ 響希ニ 触レルナ・・・クズ共ガ。〉
「んぇっ?」 「なにっ!?」
炎の車輪は、紅葉と響希を庇うようにして渡高生との間に入り、一時的の炎の塊に戻って、キツネ頭の人型に変化!妖怪・火車が、甲高い声で一鳴きして、渡高生達を威嚇!両手の鋭い爪を振るって、渡高生達を殴り飛ばす!
「ひぃぃっっ!!!」 「化け物だぁぁっっっ!!!」
方々に逃げ散らかす渡高生達!火車は、車輪形態になって体当たりで弾き飛ばし、人型になって、響希の腕を掴んだ男を踏み付け、バイクを盗んだ者の胸ぐらを掴んで引っ張り上げた!
「お、おい!助けてくれよ!ソウルメイトなんだろ!?」
「知らねーよ、バカ!」
みんな、数合わせの表面的な仲間より、自分の命の方が大切。火車に掴まった2人を見捨て、バイクを放置して、揃って全速力で逃げていった。
「う~~~ん・・・なかなか、ややこしい状況になってるな。」
「嬢ちゃん達の檄で妖怪が覚醒しおった。」
逃走する渡高生が、燕真と粉木の乗るバイクの脇を通過していく。紅葉と響希が危機に陥った時点で割って入ることはできたのだが、様子がおかしいので、粉木の指示で様子を見ていたのだ。
「バカ共(掴まった渡高生2人)が成敗されるまで眺めていても良いか?」
「ダメに決まっとるやろう!」
「だけどさ、爺さん。
あんな軽薄なヤツらの前でザムシードが姿を見せるのはマズいんじゃねーか?
どう言いふらされるか、解ったもんじゃねーぞ。」
「しゃーないのう。連中が気絶をするまでなら、目を瞑ってやる。
ただし、命にかかわる場合は、助けるんやで!」
「了解!」
いくらアホ共でも、殺されるまで放置しちゃマズいことくらいは、燕真も理解をしているので、いつでも変身して助けに行ける準備をして、掴まった2人がオシオキをされる様子を眺める。
〈コココココォ――――――――ンッ!!!!〉
火車が足に力を込めると、踏まれている渡高生が、恐怖と苦悶の声を上げるが、やがて意識を失って悲鳴が止まった。残った盗難犯は、恐怖の絶頂だ。地面に叩き付けられ、マウントを取った火車が、口の中に炎を溜める。
「ひぃぃっ!お助けっっ!!」
〈先程ノ言葉通リ 理不尽トヤラ二 抗ッテミロ!〉
眺めていた燕真は、「流石に焼かれちゃマズい」と、準備していた『閻』メダルを、和船ベルトのバックルに装填を・・・。
「それ以上はダメェェ!!」
〈コココ―・・・ンッ!?〉
庇われていた響希が、火車にしがみついた。火車の攻撃的意志が揺らぐ。
「オマエ、お父さんのバイクなんでしょ?」
〈ワカルノカ?〉
「私が小っちゃい時から一緒に居るんだから、雰囲気でわかるよ!
ソイツを殺しちゃダメ!!」
〈ヒビキヲ 傷付ケヨウト シタノダゾ〉
「助けてもらったから、もう大丈夫!
私の所為で、お父さんの大切にしているバイクが、
人殺バイクになるのはイヤなの!」
〈・・・ソウカ〉
火車は、吐き出そうとしていた炎を止め、盗難犯の首を絞めて気絶をさせると、それ以上は何もせず、響希の説得を受け入れ、盗難犯から手を離した。
〈我ハ ヒビキガ 無事デ 我ガ 田村家に帰レルナラ ソレデ良イ〉
火車は、実体化を解いて闇の霧に戻り、ホンダ・ドリームCB750FOURに吸い込まれるようにして戻っていった。
「終わったようやな。」
「え?これで終わり?俺の出番は?」
「無しや。あの娘(響希)が沈めよったからな。」
「妖怪討伐の報酬は?」
「倒して封印してないんやから、もちろん無しや。」
「マジかよ?俺、今回、アシ以外、何もやってないじゃん。」
「阿呆共が成敗されるまで悠長に待ってるから、こんなマヌケなオチになるんや。」
顛末を見届けた燕真が、紅葉&響希の所に寄っていく。
「来るのが遅いよ、燕真!結構ヤバかったんだからね!」
「スマンスマン。
でも、コンビニか車の中に居れば安全なのに、
勝手に動き回ったオマエ等にも問題はあるぞ!」
「それは、カエルちゃんが勝手に・・・」
「私はカエルじゃありません!」
「・・・かえる?」
「ヒビキちゃんのことだよ。可愛くてカエルに似てるよね?ゲコゲコ。」
「似てません!」 「似てる・・・のか?」
紅葉の価値観では、美少女とカエルは同レベルらしい。
「火車を覚醒させたんは、持ち主の娘の声か・・・或いは・・・?」
粉木は、距離を置いた状態で紅葉を眺めていた。妖怪が、自分自身や依り代の意思ではなく、他者の意思で目覚めるなんて聞いた事が無い。妖怪を強制的に起こせる存在など、粉木の知識の中では、鬼くらいしか思い付かない。
-YOUKAIミュージアム-
「むぅ~~~~~~~~」
事件は解決したのに、紅葉の表情は浮かない。客の居る時間帯は、愛嬌で済む程度のミスをしつつ何とか持ち堪えたが、客が居なくなると、カウンター席に座って、何やら考え込んでいる。
「どうした、紅葉?らしくねーなー。」
燕真は、トレイで紅葉の頭を軽く叩いてから話しかけた。
「ヒビキのパパゎドーラクで高いバイク持ってるの?」
「まぁ・・・否定はしないけど、頑張って仕事して稼いで、
家族に迷惑を掛けない余力で道楽するなら、別に良いんじゃねーの?
俺もそれくらい稼ぎたいよ。」
田村姉妹が親に買い与えられたビンテージバイクを乗り回してイキっていたらアホだと思うが、自分で稼いだ金の余力を趣味に使うのは力の象徴。恥ずべきことなど何も無い。
「ァタシって、温室育ちなのかな~?」
「はぁ?」
温室育ち:大事にされて育ち、世間の苦労を知らず、鍛えられていないこと。
「バイク盗んだ奴等に言われちゃったの。
ァタシゎ温室育ちで、
アイツ等ゎ恵まれてなくて、理不尽に抗う逞しいヤツなんだってさ。」
「アイツ等が逞しい?どこが?オマエがが悩んでる内容が良く解らん。」
努力をしないからチャンスを掴めず、サボり続けて劣悪な環境に落ちたのは自業自得。理不尽に抗う云々は、場違いなワガママを聞いてもらえないだけでは?
親の金で生活できて、親のおかげで学校行けるなら、皆、温室育ちだろう。問題は、その事実に気付いて感謝できているかどうか。自分達も温室にいるのに、義務から逃げて温室の中で更に遊び呆けて、他人を「温室育ち」と見下すなんて、どれほど世間知らずなボンボン共なんだろうか?他人事ながら、そんな甘えた認識で、社会に出てやっていけるのか?憐れとしか思えない。
「でもまぁ・・・確かに紅葉は温室育ちだな。」
「・・・そっか。
あんなダメな奴等にバカにされないように、もっと頑張らなきゃなんだね。」
燕真は、紅葉を見つめて言葉を探したあと、もう一度トレイで紅葉の頭を軽く叩いた。
「だけどな、紅葉。俺も温室育ちだぞ。」
「んぇ?そ~なの?」
「もちろん、渡帝辺の奴等も温室育ちだ。」
「アイツ等も温室?でも、アイツ等、苦労してるって・・・。」
「どうせ、ワガママが通らず、物事が思い通りにならない苦労だろ?
そんなの、普通なら誰でも受け入れている。」
彼等が、自分で生活費や学費を稼いでる逞しい連中なら、退廃的ではなく、もっと、物事を大事にして真剣に生きるだろう。だが、彼等は、親に守られていることに感謝をせず、場合によっては親を泣かせている。
彼等は、義務と向き合わないから世間を知らずで、真っ向勝負をできずに適当な方向に逃げているから根性も鍛えられていない。
「オマエなんかより、アイツ等の方が、余程、温室育ちじゃねーか?」
「そーなのかな?」
「粉木ジジイの世代が温室育ちかどうかは解んねーけど、
今の日本じゃ、大半が温室育ちだよ。
キチンと親に感謝して温室から羽ばたくか、
いつまでも温室にいて親に迷惑を掛け続けるか?
大切なのは、その辺なんじゃねーのかな?」
「・・・燕真ゎ、アイツ等よりァタシの方が頑張ってるって思ってくれる?」
「比較になんねーよ。
まぁ・・・俺自身、まだまだ人生経験が少なくて上手くは言えないけどさ・・・」
「そっか。・・・んふふふふっ。燕真ってイイヤツだね。」
ニンマリと満足げに微笑む紅葉。どうやら悩みが解消されて、機嫌が直ったらしい。
・
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火車事件のあと、粉木の通報によって警察官達が駆け付け、妖怪に成敗された渡高生2人は保護をされた。駐車場に放置されたバイクは、高校生では買えないような高額のバイクばかり。調べたら半分以上が盗品だったので押収される。
保護をされた2人は、盗難車の追及を受け、見捨てた仲間達のことを洗いざらい暴露して、メンバーの数人は大型二輪の免許を取得していないのに、総排気量が401cc以上のバイクに乗っていたことが発覚。チームは、補導者だらけ&人間不信で崩壊をした。
ちなみに、「狐顔の怪物に襲われた件」については、好き勝手をやって信頼を得ていない連中がいくらほざいても相手にされず、「変な薬でもやって幻覚を見たのでは?」で処理をされる。
人生を舐めきっている連中に相応しい末路だろう。この大失敗を期に、甘すぎる考えを捨てて、少しくらい現実を見られるように立ち直って欲しい。
-数日後・田村家-
ガレージに戻ってきたホンダ・ドリームCB750FOURの、以前と同じ場所に、響希が新しいシールを貼る。それを見ていた姉の環奈が、小さく文句を言った。
「もう、響希!幼稚園児じゃないんだよ。
バイクの雰囲気と合わないから、変なシール貼るのやめなよ。」
「いいのいいの!」
ビンテージバイクに不似合いなシールってことは、響希も承知している。だけど、バイクに詳しくない響希が、シールの跡のおかげで、父のバイクに気付けた。不似合いなシールは、バイクと自分をもう一度結びつけてくれた絆なのだ。
「ありがとうね。ドリームちゃん。」
響希は、礼を言い、火車を思い浮かべながら、手の平でバイクを撫でる。盗難バイクが「持ち主の元へ戻る」と言う思いを叶えたので、バイクの念も、それに憑いた火車も、今は温和しく眠っているのだが、響希の耳には「コーン」と懐くような狐の声が聞こえたような気がした。
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