番外②前編・月夜の兎

-21時過ぎ-


 燕真が駆るホンダVFR1200Fが、幹線道から路地に入り、山頭野川東側の河川敷に到着をする。


「またかよ?」


 妖気センサーの警報を受けて来てみたのだが、妖怪の類いは何処にも居ない。代わりに、数人のガラの悪い男達が転がっていた。阿呆共なら死んでも構わないってワケにはいかないので、停車させたバイクのライトで照らしながら駆け寄って行く。


「大丈夫ですか?何が有ったんですか?」

「ひぃぃ!」 「命ばかりはお助けをっ!」 「逃げろっ!」

「はぁ?」


 言うまでもなく、燕真はガラの悪い男達に何もしていない。だが男達は、燕真を何かと勘違いしたらしく、慌てて飛び起きて逃げていった。


「あっ!おいっ!」


 ここ数日間、文架市街では、奇妙な事件が発生していた。市内の各所に配置した妖気センサーが反応をして、YOUKAIミュージアムに妖怪の発生を報せるのだが、現地に駆け付けても、妖怪や依り代ではなく、毎回、頭のネジが数本飛んだ‘ただの人間’が伸されて倒れているだけなのだ。


「妖怪に襲われた・・・のか?」


 ガラの悪いグループ同士の抗争で、片方のグループに妖怪に憑かれたヤツが居る?気にならないと言えば嘘になるが、被害者がガラの悪い連中だけなら、妖怪捜索に躍起になる必要も無い。燕真は、逃げていった奴等を見送った後、ホンダVFR1200Fに跨がってYOUKAIミュージアムに戻った。




-翌日・あやかゼミナール-


 文架駅前商店街の一画に、中高生を対象の進学塾がある。入口掲示板には『夏期講習』の張り紙がされており、教室内には、年間を通して学んでいる藤林優花(紅葉の友人)や他の塾生に混ざって、優花に誘われて夏期講習限定で通っている紅葉&亜美&美希の姿がある。


「昨日、兎仮面に助けられたよ。

 真っ暗な土手に連れて行かれてカツアゲされそうになったら助けに来てくれた。」

「マジ!?ナマで見たの!?」

「私も聞いたことある!

 学校の3年の人が、無理やりナンパされそうなのを助けられたんだって。」

「もしかして、文架市を守るヒーローってヤツかな?」


 生徒達が、仲間同士で集まって世間話をしている。紅葉は、他の生徒間で話題になっている「兎仮面」というキーワードにピクリと反応をした。

 文架市で紅葉が知るヒーローと言えば、妖幻ファイターザムシード=佐波木燕真のことだが、ザムシードは兎顔ではない。燕真も兎顔ではない。それに、ザムシードは妖怪退治専門のヒーローで、ヤンキーやチンピラの類いなど相手にしていない。つまり、ザムシードぢゃないくせに、ヒーローを気取ってヤンキーやチンピラを退治している‘兎面の偽ヒーロー’が存在しているってことだ。


「どこのどいつだろ?燕真ぢゃないヤツなんて、ヒーローぢゃないもん。」


 紅葉は「そんなヤツにヒーローを名乗る資格は無い!」と怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、チャイムが鳴って教室内に講師が入ってきたので、苛立ちを抑える。


「んぉ?」


ウーウー!ウーウー!ウーウー!

 窓の外で、数台のパトカーのサイレン音が鳴り響く。近くで大きな事件が起きている?窓の外を眺めると、パトランプを点灯させたパトカー数台が、目の前の商店街通りを通過して、数秒後に停車をした。


「スミマセン!

 知り合いの爺ちゃんがお巡りさんにレンコーされたので帰ります!」

「ちょっと、クレハ、知り合いのお爺さんって?」

「粉木の爺ちゃん!」


 言うまでも無く、粉木は警察に連行などされていない。だが、サイレン音に興味を持った紅葉は、早退を粉木の所為にして教室から飛び出していく。階段を駆け下り、ビルの外に出ると、駅側の路肩に数台のパトカーが駐まっていた。


「マヂか!?大事件じゃん!」


 身近で凶悪事件(かもしれない)が起きているのに、勉強をやってる余裕なんて無い。もし犯人が体中に爆弾を付けたヤツだったら、文架商店街が丸ごと吹っ飛んで、塾生全員が死んでしまう可能性だって有る(紅葉の妄想)。正確な情報で塾の皆を救う為に、塾生代表として見に行くべき。

 紅葉は、夏期講習を放棄した理由をアレコレと考えながら、駆け足で事件現場へと向かった。




-駅前通りの文架銀行-


 張られたばかりの規制線の手前に到着した紅葉は、銀行強盗が発生していたことを知った。

 銀行の外には警察官達が集まって、籠城中の強盗に対して対応策を練っている。店内は2人組の銀行強盗に占拠されているらしく、行員と客達が人質にされているのが遠目に見えた。


「ヤバいぢゃん!

 ケーサツの人が、早く鉄砲を使って、犯人をやっつければイイのに!」


 紅葉は、日本の警察官が、気軽に発砲をできないことを知らず、ドキドキ&イライラしながら事件を見守る。

 事態が進展をしないまま数分が経過。東側(文架大橋側)から、妙な気配と可愛らしい排気音が近付いてきた。


「なんだぁ?」


 聞き慣れた燕真のバイクのエンジン音とは違う。ザムシードやマシンOBOROの気配とも違う。紅葉が視線を向けると、兎の顔をして、首にマフラーを巻いて、軽装のプロテクターを装備したヤツが、小さなバイクに乗って接近して来るのが見える。


「んぇ?ウサギちゃん!?」


 兎仮面は、立入禁止を警告する警察官を無視して、規制線をゴールテープのように切って通過。明らかな不審人物なので、バイクを止めた途端に、警察官達に取り囲まれる。


「何だオマエは!?」 「強盗の仲間か!?」


 兎仮面は、真っ赤な吊り目で警察官達を睨み付けた。


「失敬な。あんなクズ共と一緒にしないでもらいたいな。

 俺は、宇宙(そら)に選ばれし月の使者!獣騎将ルナティスっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん


 何か痛々しい台詞を喋ったが、意味が解らない。


「商店街のイベント参加者か?

 危険なので、着ぐるみを着た一般人は規制線の外に下がってください。」


 バイクから降りて、警察官達を軽く振り払い、騒然とする周囲を気にすること無く現場を確認する。


「人質がいて、正面突破は危険か。・・・ならば奇襲だ。」


 ルナティスは、犯人から警戒をされている正面は放棄して、建物の裏側へと廻り込み、裏口ドアが力任せにこじ開けて、躊躇うこと無く踏み込んだ。

パーン!!パーン!!パーン!!

 銀行内で耳を劈くような銃声が響き渡る!何が有った?人質は無事か?紅葉や待機をした警察官達が耳を押さえながら眺めると、強盗の1人が慌てて飛び出してきた!片割れは、成敗をされてしまったらしく、床に大の字に成って倒れている!


「ひぃぃぃっっっっ!!!」


 逃げた強盗は、直ぐ近くのコインパーキングに駐めた車の助手席に飛び込むと、待機をしていた運転担当が車が急発進させ、自動精算機を無視して駐車場から脱出!

 建物の外に出て、逃走車を睨み付けるルナティス!


「闇に踏み込んだ愚か者に、明日があると思うな!

 トオオッ!!・・・・・・ウェイクアップ!!レプラスっ!!」


 ルナティスは、高々とジャンプをして、路駐していたバイクに飛び乗った!レプラスと名付けられたバイクは、妖気を受けて禍々しい姿に変形して走る!


「んぉっ!バイクの形が変わった!燕真のマシンOBOROみたいっ!」


 紅葉が見守る中で、ルナティスが駆るレプラスは、たちまち逃走車に追いつき、後方で追尾!腰に携えた剣を鞘ごと外し、剣が鞘に収まった状態で構えて気合いを込める!抜刀をした瞬間、刀身が輝いて刃が巨大化!鞘を空高く投げ、レプラスを加速させて、逃走する車の助手席側で並走する!


「オマエ等にあるのは‘朽ちた今’のみ!!

 はああああああっ・・・・・魔王剣っ!!乱舞の太刀っ!!」

「ひえええええええええええええええっ!?!?」×2


 逃走車に巨大剣を振るうルナティス!巨大剣が通常サイズに戻ったところでレプラスを止め、刀身を上に向けたら、空を舞っていた鞘が計算したかのように落ちてきて、刃を収める!


「成敗っ!!!」


 逃走車のボンネットが切断されて、エンジンルームの機械が飛び散り、左側のフロント&リアタイヤが外れ、助手席のドアが脱落して、走行能力を失ってガードレールに激突!

 警察官達は、犯人を確保する為に、逃走車に寄っていく。どんな斬られ方をしたのかは不明だが、強盗達は無傷のまま、エアバッグと座席で挟まれて動けなくなっていた。


「すげぇ~~~~っ!!!!ウサギちゃんすげぇ~~~~~~~~~~っ!!!!

 アイツも妖幻ファイター!?文架市に、第2のヒーロー誕生!?」


 一部始終を眺めてた紅葉は興奮気味にルナティスの勇姿を撮影しようとスマホを取り出したが、いつの間にかルナティスの姿は消えていた。




-数分後-


 燕真が駆るホンダVFR1200Fが到着をした時、既に強盗事件は解決をしていた。


「また終わったあとかよ?」


 規制線の外側で、バイクに跨がったまま、後片付け&現場検証中を眺める燕真。バイクのエンジン音で燕真の接近を把握していた紅葉が寄ってくる。


「燕真っ!ァタシが心配で助けに来てくれたの?」

「オマエが居ると思ってなかった。そう言えば、塾の近くだっけ?

 もしかして巻き込まれていたのか?」

「ぅんにゃ?見ていただけ。」

「なら‘心配’して‘助ける’必要無いだろ。何が有ったんだ?」

「2号が銀行強盗をやっつけたの。」

「2号?なんだそれ?」

「ウサギ仮面だよ!

 え!?燕真の家来の妖幻ファイターぢゃないの?」

「兎仮面?そんなの知らないよ。

 妖幻ファイターに成って数ヶ月の俺が、弟子なんて持てるわけないだろ。」

「あ~・・・そっかぁ~~~・・・。燕真0点だもんね~。

 燕真の家来に成ってくれる人なんて居るわけ無いよね。」

「正解なんだけど、面と向かってハッキリ言われると、なんか腹が立つ。」


 燕真は、兎仮面の出現による妖気反応を受け取って出動をしたので、銀行強盗が発生していたことすら、現地に来て初めて知った。


「そもそも、妖幻ファイターは、妖怪退治専門だ。

 妖幻システムを使って、強盗を成敗するのは規定違反になってしまう。」


 燕真は、過去にザムシードに変身をしたまま、亜美を襲おうとした連中に罰を下す為にデコピンして、「治安を守る‘守護者’が民間人を暴行した」とマイナス査定をされたことがある(第1話)。


「んぇぇっ?

 なら、もしァタシがヨーカイぢゃなくて強盗に襲われたら助けてくれないの?」

「生身の状態で助けに行くしかない・・・かな。」

「えっ?なら、強盗が鉄砲持ってたらど~すんの?

 燕真、撃たれて死んぢゃうじゃん!」

「オマエの場合、大前提として、自分から事件に首を突っ込むのを控えろ!

 それを気を付けるだけでも、巻き込まれる可能性は大幅に下がる!」

「答えになってなぁ~い!」


 質問の答えは「マイナス査定なんて関係無く、どんな手段を使っても助ける」なのだが、聞くと調子に乗りそうなので伝えるつもりは無い。


「そんなことより、塾はどうしたんだよ?今日は、もう終わったのか?」

「・・・終わってない。」

「だったら、何でこんな所にいるんだよ。」

「事件見たかったから・・・」

「そ~ゆ~興味本位で首を突っ込むのを控えろって言ってんだよ。

 母親に、近くで事件があったから塾をサボったと報告するつもりか?

 まだ授業中なら、サッサと塾に戻れ!」

「ん~~~~~~~・・・ワカッタ。」


 燕真は、紅葉が空返事だけをしてサボる可能性を考慮して、塾の前まで送り、紅葉が入ったのを確認してから、バイクに乗ってYOUKAIミュージアムに帰宅する。




-あやかゼミナール-


 紅葉が戻ると、亜美&美希&優花が心配そうに寄ってきた。紅葉は、授業を抜け出したので怒られると予想していたが、授業そのものが中断されていたので、少し拍子抜けをする。


「銀行強盗だったんでしょ?」

「ぅん、そうだよ。」


 近所で強盗事件が発生した状況では、生徒だけでなく講師も混乱して通常の授業どころではなく、だからといって「今日は休み」と生徒を塾から追い出すこともできず、安全が確認されるまで休講状態のまま、生徒達は教室の中で待機をしている。


「犯人はどうなったの?」

「ウサギちゃんが来てやっつけられたよ。」

「ウサギちゃん?」×3


 窓際の席に座っている頭にバンダナを巻いた少年が、窓の外を眺め、満足そうな笑みを小さく浮かべながら、紅葉達の会話に聞き耳を立てていた。


「良太~!アンタ、さっき来たばっかりだよね?」

「鈴木君も、事件を見てたの?」


 美希と優花が声を掛けると、バンダナ少年は興味無さそうな表情を作って振り返った。


「ああ・・・まぁ、遠くからな。」


「ミキとユーカ、あの人と友達なの?どっちのカレシ??」

「彼氏じゃないって。優麗高の人だよ。」


 バンダナ少年の名は、鈴木良太。美希&優花と同じ2年D組に所属をしている。特に目立つわけでもないが、地味ってわけでもない、至って普通の生徒だ。友達の知り合いと把握した紅葉が、早速、話し掛ける。


「スズキ君、バイクに乗ったウサギちゃん見なかった?見てるよね?

 次の死者、ぢゅうきそールナティックって名前だっけ?」

「死者?」 「ぢゅうきそーって何語?」

「ルナティック=Lunaticって、狂気って意味だよ。

 そんな変な名前だったの?ソイツ、バカなんだね。ヤバいじゃん。」


 頬杖で表情を固定して平静を装いつつ、心を躍らせながら「正義の味方の話題」を聞いていた良太が、軽くずっこける。


「そんな変な名前じゃない!月の使者・獣騎将ルナティスだ!」

「そうそう!それそれ!やっぱり見てたんだ?」

「遠くから見てただけだから、詳しいことは解らん!」


 その後、塾長の判断で、本日は正式に休講となり、保護者が迎えに来た生徒から、順次帰宅をするように通達をされた。生徒達は、それぞれで保護者に連絡をして、紅葉は燕真に電話する。


「燕真~。今日ゎ保護者がお迎えに来た人から帰るんだってさぁ~。

 だから迎えに来てよ。」

〈なんで俺が?保護者ってのは親のことだぞ。母親に迎えに行ってもらえよ。〉

「ママ仕事!燕真迎えに来て!

 そ~しないと、ァタシが、生き残った強盗に誘拐されちゃうよ!」

〈何の警戒もせずに事件を眺めに行ったオマエが、良くそんなこと言えるな?〉

「怖いから迎えに来てっ!」

〈無理!今からジジイに事件の報告しなきゃなんだよ!〉

「なら、事件を見たァタシが報告してあげる。

 燕真ゎ、重要参考人のァタシを、迎えに来てあげなきゃだね。」

〈それを言うなら目撃者な。

 重要参考人ってのは、被疑者の可能性があるヤツのことだ。〉

「何でもイイや。早く来てっ!」


 YOUKAIミュージアムに到着した直後だった燕真は、迎えに行く気は全く無かったのだが、紅葉があまりにもしつこいので根負けをして、仕方無く、ホンダVFR1200Fを駆って、もう一度、文架商店街へと向かう。




-数十分後・YOUKAIミュージアム-


 紅葉がバイトに入る定時になると、紅葉目当ての客が増えるのだが、本日は、夏期講習が休講に成って予定より早くバイト入りをした為、まだ客は居ない。

 到着をした燕真と紅葉は、早速、ルナティスと銀行強盗事件について報告を開始した。粉木は険しい表情で、紅葉の話を聞く。


「そらおそらく、妖怪が依り代を一方的に支配するのやなしに、

 力を貸してるんやろうな。」

「へぇ・・・そんなパターンもあるんだ?」

「依り代の人間と妖怪の相性がええと、希に共依存になる場合があるんや。」

「いいヨーカイってこと?」

「いや、そうとも言われへん。

 素の状態で共依存が成立したら、

 退治屋は、妖怪を支配して扱う必要が無うなってまう。

 妖怪は、あくまでも‘支配と屈服’状態にするさかい、扱えるんや。」

「なら、キョーイゾンだと、どうなんの?なんか、ダメになっちゃうの?」

「素の状態での共依存は、現実的には不可能やねん。

 支配される場合と違うて、依り代の人間は妖怪を抵抗せずに受け入れてるさかい、

 妖怪に支配する気ぃ無うても、

 徐々に妖怪の干渉を受けて、精神が闇に染まってまう。」

「ヤベーぢゃん。いつも通り、やっつけなきゃってことだね。」

「そう言うこっちゃ。」


 方針の決定に対して、燕真は表情を曇らせる。


「なぁ、爺さん。

 出動しても、ガラの悪い連中が倒れているだけってのが何回か有ったけど、

 それって、ルナティスってヤツの仕業かな?」

「情報が少なすぎて何とも判断でけへんが、可能性は有りそうやな。」

「そ~いえば、塾の人が、ヤンキーにカツアゲされそうになって、

 ウサギ仮面に助けられたって言ってたよ。」

「・・・そっか。助けられたんだ?」

「ど~したの、燕真?なんか悩んでんの?」

「いや、悩んでるってわけじゃないけどさ。」


 ルナティスは、妖怪の力を借りて、自分なりに正義の為に戦っている。どうにかして、妖怪との共存を続けさせてやれないのか?燕真は、ルナティスから妖怪を奪う方針に戸惑い、且つ、ルナティスの依り代と会って、どんや奴なのか見定めたいと考えていた。




-数日後・鈴梅市(文架市の隣)-


 一級河川・山頭野川は、古くから、生活水の取得地であり、水上輸送の要所。必然的に山頭野川の周辺の平地人が集まって村になり、村が集まって都市に発展をして、現在に至る。それは、文架市だけではなく、隣接する鈴梅市も同じ。

 その日は、河川敷で開催されるイベントがあり、出店やステージが準備され、若者や親子連れや近所の住人が集まっていた。

 ステージ上では、ヒーローショー、及び、御当地アイドルのライブが行われる予定だ。ヒーローショーの開始時間までは、まだ30分以上あり、御当地アイドルのライブは、その後なのに、推しアイドルを応援したい気の早い若者達は、既にステージ最前列をキープしていた。


「ん?なんだ?」


 ステージ中央に闇の霧が発せられて人型を作り、女物の和服を着た後ろ姿が出現。一見すると美しい女性っぽいのだが、振り返ったら女装をしたオッサンだった。女装のオッサンは、ステージ上で、しゃなりしゃなりと優雅に踊り始める。


「あれ?オッサンが踊るプログラムなんてあった?」

「ステージイベントってヒーローショーからじゃなかったっけ?」


 女装のオッサンは妖怪・否哉(いやや)。だが、ステージ前に集まった若者達は、「オッサンが踊るショー」と判断して、「お呼びじゃねーよ」と感じながら興味無さそうに眺めている。

 すると、ステージ端にワームホールが発生して、マシンOBOROを駆るザムシードが出現!


「妖怪が目立つな!」

「いやや~~~~っっ!!」


 ザムシードは、減速すること無く、バイクで否哉に体当たりをして、前方に発生させたワームホールに、否哉諸共に突入をして消えた。ステージ前に集まった若者達は、僅か2秒間の出来事を、何が起きたのか理解できないまま呆然と眺める。


「猛スピードのバイクがオッサンを轢いた?」

「今の、もしかしてヒーローショーか?」

「最近のヒーローショーって過激なんだな。」


 ヒーローショーではなく、退治屋と妖怪のガチ衝突なのだが、世間一般に、退治屋や妖幻ファイターの存在は浸透していない。ザムシードは、「注目度満点のステージ上で戦うのは拙い」と判断して、否哉を連れたままワープをしたのだ。



-イベント会場から2キロ程度離れた河川敷-


 ワームホールが開いて、ザムシードがマシンOBOROで否哉に体当たりをしたまま出現!周りに人目が無いことを確認してから、フルブレーキングでバイクを停めた!押し込まれていた否哉が、慣性で弾き飛ばされて地面を転がる!


「妖怪なら人目が無いところでコソコソと動け!

 ・・・と言っても、人の注目を集めて驚かせるのが趣味の妖怪だから無理か?」


 ザムシードは、マシンOBOROから降りて、柄に白メダルを装填した妖刀ホエマルを装備して突進!否哉に鋭い斬撃を叩き込んだ!


「イヤヤァ~~~!」


 否哉が闇霧化をして、妖刀の白メダルに吸収されて消滅。ザムシードは変身を解除して燕真の姿に戻る。


「夜中に、往来が少ない場所で、2~3人を驚かすくらいなら、

 見ないフリをしてやったんだけどな。」


 退治屋支部の所在は、各県平均で2ヶ所。文架市と隣接をして、妖怪発生事案の少ない鈴梅市は、文架支部の管轄になっている。マシンOBOROのワープ機能は、文架支部から離れた場所への移動に使用するのが本来の目的なのだ。


「滞在時間5分弱で、1時間かけて帰宅か。」


 次の目的地(文架市)に妖怪が発生しているならともかく、特に急ぐ必要の無い帰路では、ワープを使わずに、一般人と同じ手段で帰らなければならない。高速道路の料金など、必要経費として認めてもらえず、言うまでも無く自腹で払う気も無い。

 燕真は、憑依が解除されたホンダVFR1200Fに跨がり、ノンビリと帰るつもりで、文架市に向けて出発をした。2キロほど進むと、先ほどのイベント会場でヒーローショーが始まろうとしていたので、堤防上から遠目に眺める。


「うわぁ~・・・痛い連中がいる。」


 ステージ前には、ヒーローを応援したいチビッコ達が集まっているにもかかわらず、ヒーローショーの次に催される御当地アイドル目当ての若者達が最前列を陣取り、チビッコ達の壁になりながら、興味無さそうにヒーローとは全く無い会話をしながら時間を潰していた。


「最前列がアレじゃ、チビッコと、ヒーローの中の人が可哀想だな。」


 痛いファンの存在を想定せずに、ヒーローショーと御当地アイドルライブのスケジュールを連続させてしまった主催者側にも問題はある。燕真は、若干は気にしつつ去ろうとしたが、バイクを走らせる寸前で思い留まった。


「・・・ん?」


 観客席の後方でショーを見ていた少年が、不機嫌そうな表情で、最前列の若者達に話しに行ったのだ。最初は、御当地アイドルオタ達の仲間かと思ったが、違うようだ。頭にバンダナを巻いた少年は、ヒーローショーに場違いな若者達に注意をしているようだ。


「君達の目的は、ヒーローショーの次なんだろ!?

 子供達に最前列を譲ってやれよ!」

「はぁ?何だオタク?」

「推しを目の前で応援する為には、今から最前列をキープしなきゃなんだよ!」

「俺は、君達の自己満足の為に、子供達の邪魔をするなって言ってんだよ!」


 バンダナ少年は、アイドルオタ達に睨み付けられながら頑張っているようだ。

 眺めていた燕真は、少しばかり心が痛い。少年がチビッコの為に頑張ってるなら、大人の自分が素通りはできない。イベントの駐輪場にバイクを止めて、ステージに駆け寄る。


「俺も、少年の意見に賛成だな。」

「アナタは?」 「何だオタク?」

「え~と・・・俺は、通りすがりの、ヒーローにもアイドルにも興味の無い一般客。

 少年の言い分は正しいけど、言い方がちょっとマズいかな。

 チビッコ達の邪魔になってるのは事実だけど、

 この人達はこの人達で、推しを応援する為に必死なんだろうからさ。」

「なら、どうしろって言うんですか?」

「う~~~~ん・・・

 アイドルの子達って、最前列以外の人には興味が無いのかな?」

「そんなわけ無いだろ!○○ちゃんは、みんなの物だ!」

「だったら、最前列じゃなくても、熱い気持ち応援を受け取ってくれるよな。」

「まぁ・・・そうだな。」

「むしろ、アンタ等の好きな○○ちゃんは、

 ファンのアンタ等が、他のお客さんの迷惑になっているのを悲しむんじゃね?」

「俺が提案したい解決策は2つ。

 何がなんでも最前列をキープしたいなら、

 チビッコと一丸となって、ヒーローを熱く応援する。

 もしくは、善良、且つ、熱いアイドルファンとして、最前列に拘らない。」


 バンダナ少年は、燕真がアイドルオタ達の面子を保った上での交渉を、「なるほど、こんなふうに説得すれば良いんだ」と、少し感動をした表情で聞き入っている。


「あははっ!オタク、面白いな。」

「どうする?ヒーローも応援する?」

「ヒーローショーを応援するような痛い大人には成りたくないな。」

「彼の言うのは尤もだ!」


 燕真やバンダナ少年から見れば、ヒーローを全力で応援する大きいお友達と、アイドルオタに大して違いは無いのだが、彼等には彼等のプライドがあるらしい。


「解った!俺達は分別の解る大人だ!

 オタク等の意見を汲んで、最前列は子供達に譲ろう!

 だが、代わりに条件がある!」

「俺で可能なことなら聞くよ。」


 納得をしたアイドルオタ達が最前列をチビッコ達の為に空けてくれた。チビッコと同伴をしていた親たちが、燕真&バンダナ少年&アイドルオタ達に礼を言う。礼を受けたアイドルオタ達は「ちょっと良い事をした」気分になったようだ。


「さて・・・問題はこれからだな。」

「なんか、俺の主張に巻き込んでしまってスミマセン。」

「気にすんな。彼等(アイドルオタ)を目障りに感じたのは俺も同じ。

 乗りかかった船だよ。」


 アイドルオタ達の提示した条件は、後方からでも、ステージ上の御当地アイドルに存在感を示す為に、燕真とバンダナ少年にも、応援団に加わること。

 ヒーローショー終了後、燕真達は、全く興味の無い御当地アイドルを応援する為に、予備のハチマキを借りて、生粋のアイドルオタ達に混ざり、借りたケミカルライトを、曲に合わせて全身を使って汗ダクになりながら振り廻す。


「コイツ等、命懸けでオタ芸パフォーマンスをやってるけど、

 ちゃんと曲は聞いているのか?」

「リズムを取る程度にして、静かに歌を聴いた方が、良いような気がしますね。」


 燕真達には理解が出来ないが、オタ達にとっては、これが正解らしい。ライブが終わる頃には、アイドルオタ達と妙な友情を育んでいた。

 ちなみに、「子供達に最前列を解放した美談(?)」は御当地アイドル達に伝わっており、MCで紹介したり、歌いながら燕真達に手を振ったり、ウインクをしてくれたので、アイドルオタ達は大満足をしたようだ。


「・・・妖怪退治より疲れた。」


 存在すら認識していなかった御当地アイドルのライブにチョット感動した燕真は、ライブ終了後に、本人達による手売りCDを3枚ほど購入して、バンダナ少年とオタ達に別れを告げ、イベント会場から去るのであった。




-十数分後・文架市と鈴梅市の境の峠道-


 カーブの続く上り勾配の道を、燕真の駆るホンダVFR1200Fが法定速度を無視して、数台の車輌を追い抜いて走る。「峠道を攻める」という、一般車両から見たら何の価値も無い愚かな行為なのだが、燕真は「俺って凄い」と少しばかりイキリたい年頃。愛車を信じ、自分なりのテクニックを駆使して、出来る限りスピードを殺さず、ブレーキをギリギリまで我慢して、アウトインアウトでVFR1200Fをスピードに乗せたままカーブを突破する。


「良い調子だ!・・・・・・ん?」


 背後に排気音が近付いてきたので、バックミラーを確認したら、黒くて小さなバイクが猛スピードで接近をしてきた。スズキのギャグという1986年に発売されてた原チャリである。「勝負を挑まれている」と判断した燕真は、アクセルを捻ってペースを上げるが、後方にピタリと付かれた後は、幾ら飛ばしても振りきれない。


「何だ、あの原チャリ!?・・・ちっこいのに、何て速さだ!?」


 排気量差を物ともせず、ギャグはVFRと互角に走った。パワーが段違いなので直線で離されるけど、コーナーになるとキッチリ追いつく。


「5年以上も前に生産が中止されたマシンなんて敵じゃない!!」


 VFR1200Fに食らいつく、昭和の原チャリ。数分前までは調子に乗っていた燕真だったが、小さなバイクが、エンジンに無理をさせて懸命に付いてくる様子が憐れに思えて、急速に冷めていく。

 性能差を考えれば勝って当然。もし負けたら、「性能の良いマシンなのに腕が悪いから負けた」って解釈になってしまう。ハイリスク・ローリターンの勝負になど付き合ってられない。


「勝っても嬉しくない。」


 やがて道は下り坂となり、排気量ハンデが無に等しくなる。コーナーが迫り、燕真は減速とシフトダウン。だがギャグは止まらないで、オーバースピードで突っ込んだ。小型・軽量ボディにABS付き強化ブレーキ組んでるので、制動距離の短さで差をつける。


「もらったっ!!」


 ギャグは、早目に減速したVFRを抜いて、「ヤバくね?」ってくらいコーナーに接近してからシフトダウンとブレーキング。タイヤを鳴らしながら深くバンクさせて、バイクと一体になってるようにコーナーをクリア。そこから先はもう、軽量車に有利な下り勾配で差が広がる一方だ。

 燕真は、遠ざかっていくギャグのテイルを眺めながら、ヘルメットの下で自省の苦笑するしかなかった。


「勝負を吹っ掛けられたのは、調子に乗って走っていた俺にも問題はあるか。

 今後は、無意味な喧嘩を売られないように気を付けなきゃだな。」


 一方、黒いスズキ・ギャグを駆るバンダナの少年=鈴木良太は、非力なマシンを腕でカバーして勝ったことを誇らしく感じていた。

 下り坂でも攻めの走行をして、峠道が終わって最初に見付けたジュースの自販機前で愛車を停めて、飲料水を購入して一休みをする。先ほどオーバーテイクをしたVFRは、何分遅れで下りカーブをクリアさせて通過するだろうか?


「下手クソがマシンの性能に振り回されてるって感じじゃなかったから、

 1~2分で来ると思うんだけど、どうだろう?」


 良太の予想に反し、2分以上遅れて、すっかり安全走行で落ち着いたVFR1200Fが南側から走ってくるのが見える。


「ん?あの少年は??」


 燕真は、黒くて小さいバイクよりも、その脇に立って飲料水を飲んでいるバンダナ少年に興味を持ったので、愛車を減速させて接近する。


「えっ?近付いてきた?マジか!?」


 煽られて頭に来たので喧嘩を吹っ掛けるつもりか?良太は焦ったが、ヘルメットのバイザーを上げたVFRの搭乗者の顔を見て、鈴梅市のイベントで助け船を出してくれた青年と気付いて驚いた。


「よぉ!誰かと思ったらオマエだったのか?何か縁があるな。」

「アナタは、さっきの!?」

「うん、一緒に御当地アイドルを応援した佐波木燕真だ。

 オマエ、バイクテク凄いな。全然適わなかったよ。」

「ああ・・・いえ・・・なんかスンマセン。」


 良太は、「見ず知らずのイキった奴」ではなく、「助けてくれた顔見知り」にバイク勝負を挑み、内心で小馬鹿にしてしまったことを恥ずかしく感じてしまう。


「お、俺、鈴木良太って言います。」

「君も文架市に住んでんのか?」

「はい、佐波木さんも?」

「うん、鎮守の森公園の近く。」

「マジで?近いですね。俺もです。」

「御当地アイドルの追っ掛けって感じじゃなかったけど、

 鈴梅市のイベントには遊びに?」

「ヒーローショーを見たくて。」

「へぇ・・・ヒーロー目当てか。可愛いとこあるじゃん。

 俺は、仕事の帰りに、たまたま寄ってさ。

 チビッコの為に、オタ相手に食い下がってるオマエを見付けて、

 放っておけなくなってね。」

「え?そうだったんですか?」


 燕真は、「自分が少年だった頃に同じことができたか?」と考える。多分、空気の読めない大人に対して、遠くから睨むくらいはしても、注意なんてできないだろう。


「君、勇気あるよな。感動しちゃったよ。

 俺、少年の頑張りを無視するような大人には成りたくなくてさ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 助け船を出してオタを説得してくれて、一緒にイタい応援に巻き込まれてくれて、しかもバイクテクで喧嘩を吹っ掛けた事に対して文句は言わず、勇気とテクニックを褒めてくれる。良太は、燕真の対応に、軽く感動してしまう。


「なぁ、これから行くところあるのか?」

「いえ、特にありません。」

「帰る方向、一緒だよな。これも何かの縁だ。

 バイクテクを披露してくれた礼に、近所の店で飯おごってやるよ。」


 燕真が「付いてこい」と合図してVFR1200Fをスタートさせたので、良太はギャグで付いていく。




-YOUKAIミュージアム-


 駐車場に燕真がバイクで乗り入れ、続けて良太のバイクが入って来る。


「この店だ。融通が利くから飯食ってけ。」

「あれ?ここって、前は変な博物館でしたよね?」


 良太は、何度か店の前を通過したことはあったが、此処に喫茶店があることを初めて知った。以前は博物館だと思っていたのだが、客が入らなくて潰れたのかな?


「今も‘変な博物館’だ。」


 燕真が店に入ると、カウンター席で粉木が新聞を読んでおり、隣に座っていたメイド服姿の紅葉が詰め寄ってくる。


「ァタシを置いてくなんてヒドい!」

「鈴梅市までワープしなきゃなんだから仕方無いだろ!」

「お土産ゎ!?」

「隣の市に行っただけで、土産なんて買ってくるわけ無いだろ!

 事件の報告は後回しだ。友達連れてきた。」

「トモダチ?燕真、トモダチいたの?」

「うるせ~な。さっき、できたんだよ。」


 出入口の扉が開いて、バンダナ少年が入って来る。


「あれぇ?」

「ん?キミは?」

「え~~っと、ミキとユーカと同じクラスのスズキリョータ?」

「B組の源川さんか?」

「何だ、知り合い?」

「ぅん!同じ学校のヒト。塾も一緒。

 燕真とスズキ君はどうして?」

「鈴梅市で出会って、意気投合してね。一緒に帰ってきたんだ。」

「イキトーゴー?」

「大雑把に説明すれば、戦友ってヤツかな?」

「センユー?」

「金はちゃんと払うから、飯を食わせてくれ。

 俺はナポリタン大盛。彼にはメガトンハンバーグスパゲティーを頼む。

 あと、アイスコーヒー2つ。」

「んぁ?自分の分くらい自分で作りなよ。」

「オマエは、客に調理をさせる気か?」

「燕真、お客さんぢゃなくて、従業員ぢゃん。」

「俺は客として注文してるんだぞ!」

「うわっ!モンスタークレーマーだっ!」

「クレームじゃなくて、客として当然の権利だ!」

「スズキ君の分ゎ作ってあげるけど、燕真のゎ燕真が作れっ!」

「解った解った。オマエと話していたら、いつになっても飯が食えん。」


 燕真は、良太に「その辺の席に座って待っていてくれ」と言ってから、エプロンを着けてカウンターの内側に入った。粉木が、読んでいた新聞をカウンターに置いて、燕真を睨み付ける。


「自分で作るのは構わんけど、金は払えよ。」

「えっ?自分で作るのに金払わなきゃなの?」

「当然や。」

「お客なんだから、当たり前でしょ。」

「なんつー店だ。食べログで‘接客が最悪’って低評価すんぞ!」


 良太は、適当なテーブル席に座って、呆気に取られながら燕真と紅葉のヤリトリを眺める。源川紅葉と言えば、優麗高2学年で、男子からはトップクラスの人気を誇る美少女だ。銀行強盗事件の時には、ルナティスの姿で遭遇をしている。


「源川って、ここでバイトしてたんだ?」

「バイトってより、粉木の爺ちゃんのお店で、お手伝いしてんの。」

「店長さんや佐波木さんとは仲良いんだ?」

「ぅん!仲良しっ!・・・あっ!燕真、まだ調味料入れるの早いよ。」

「どうせ俺が食うんだから、ナポリタンは適当でイイよ。

 メガトンハンバーグスパゲティーは、ちゃんと作ってくれよ。」

「ぅん、もちろん!」


 並んで調理をする燕真と紅葉。頃合いを見計らって、粉木が2人分のアイスコーヒーを準備する。

 良太は、燕真が小煩い紅葉の尻に敷かれつつ、大人の対応で適度に受け流している雰囲気から、2人の仲の良さを感じ取って羨ましく思えた。それが、学年のマドンナに絶対的な信頼を寄せられている燕真への嫉妬なのか、一人っ子の良太にとって良き兄貴分になってくれそうな燕真を既に独占している紅葉に対する嫉妬なのか、或いは両方なのか、よく解らない。


「さぁ、できたぞ。食おう。」

「・・・うわぁ~~。マジっすか?」


 燕真が自分用に運んできたのは大盛のナポリタン。紅葉が運んでテーブルに置いたのは、「これ何人前?」「みんなで食うの?」と聞きたくなるような、メガトンハンバーグスパゲティー。


「こ、これは一体?」

「この茶店の名物だ。若いんだから、それくらいは食えるだろ?」

「まぁ・・・食えますけど。」


 良太は、フォークを握って、メガトンの名に恥じないレベルの量を誇るスパゲティーの攻略を開始する。

 食べながら、燕真とサシで会話をして、燕真のことをもっと知りたい良太だったが、自分用のコーヒーを準備した紅葉が、相席をしてしまう。良太は、嫉妬の対象が、「紅葉に信頼される青年」に対してではなく、「燕真にベッタリと纏わり付く少女」に対してだと、実感をした。


「鈴木君、頭のバンダナって、普段からしているのか?」

「ぅん!スズキ君ゎ普段からバンダナしてるよ。」

「何で紅葉が答える?オマエには聞いてない。」

「ああ・・・これ(バンダナ)っすか?」

「なんでバンダナしてんの?目立ちたいの?

 それとも、額にも目があって、それで隠してるとか?」

「額に目?俺は宇宙人じゃねーぞ。」

「紅葉は口を閉じてろ。

 オマエが会話に参加すると、2~3言で終わる会話が数倍の長さになる。」


 内心で「燕真の言う通り」と思いながら、良太はバンダナを外した。眉間のやや上に少し目立つ傷跡がある。


「第三の目を、バンダナで封印してるんぢゃなかったんだね。」

「俺は中二病か?

 1年くらい前に、チョットやらかして切っちゃった傷跡です。

 色々と詮索されたくないので、バンダナで隠しているんです。」

「そっか・・・。なんかゴメン。喋りたくないことを聞いちゃったな。」


 燕真は、足元の袋から赤いバンダナを引っ張り出して良太に差し出した。そのバンダナには、鈴梅市のイベントでライブを披露した御当地アイドルの名前と、メンバーをキャラクター化した柄がプリントされている。


「さっき、CDを買った時に特典でもらったんだ。

 鈴木君がバンダナのコレクターならあげようと思ってさ。」

「えっ?もらっても良いんですか?

 巻いてる目的は傷を隠す為ですが、

 服に合わせて選ぶので、種類が増えるのは嬉しいです。」

「なら、お詫びになるか微妙だけど、受け取ってくれ。」

「ありがとうございます。」


 良太は、今まで巻いていたバンダナをポケットにネジ込み、嬉しそうに燕真の差し出したバンダナを受け取って、早速、ビニールの梱包から引っ張り出して頭に巻いた。折り方と表面に来る向きを考えれば、それなりに格好良く装着できそうだ。


「燕真、なんのCD買ったの?」


 紅葉が、燕真の足元にある袋に勝手に手を突っ込んで、KangoGIRLS(文架市と同じ県にある環宕市出身者で結成された御当地アイドル)のCD3枚を引っ張り出した。


「あっっ!俺の荷物を勝手に漁るな!」

「んぉっ?燕真ってKangoGIRLSのファンなの?」

「ファンじゃねーけど、ライブ見た記念に買ったんだよ!」

「ファンぢゃないならちょうだい!」

「なんで、買ったばかりのCDを、

 一度も聞かずにオマエにやらなきゃならないんだよ!?」

「スズキ君にバンダナあげたぢゃん!ァタシにゎCDちょうだいよ!」

「ソレとコレとは別の話だ!」

「スズキ君と一緒に鈴梅市まで行って、KangoGIRLSのライブ見てたの?

 いつの間に、そんなに仲良くなったの?」

「一緒には行ってないけど、結果的には、一緒に見て仲良くなったな。」

「ズルい~~!ァタシも連れてってよ~~!」

「えっ?オマエを置いて鈴梅市に行ったところまで話を戻す?」

「KangoGIRLSのライブに連れてってくれなかったのはムカ付くケド、

 お土産にCD買ってきてくれたなら許してあげる。」

「・・・・・・・・・・・・・もうそれでいいや。」


 話は燕真がYOUKAIミュージアムに到着した直後まで戻り、買ったばかりの御当地アイドルのCDは、紅葉に恐喝されてしまうのであった。




-数十分後-


 食事を終えた良太が、燕真&紅葉に見送られて、愛車のギャグに乗ってYOUKAIミュージアムから去って行く。メガトンハンバーグスパゲティーは、ちゃんと美味しかったし、無事に攻略できたが、腹はパンパン。夕食は放棄することになりそうだ。


「佐波木・・・燕真さんか。」


 燕真から貰ったバンダナに触れようとして頭に手をやり、ヘルメットが遮蔽物になっていて触れないことに気付く。御当地アイドルのグッズ云々より、燕真が、良太のことを思いやって提供してくれた気持ちが嬉しい。

 燕真には妙なシンパシーを感じており、もっと色んな話をしたかったので、いちいち会話を脱線させる紅葉のことは、ず~っと邪魔だった。嫌いになったわけではないが、学年トップクラスのマドンナってイメージは、今日を経て、だいぶ変わった。


「・・・源川紅葉か。」


 良太の駆るギャグは、生活道から主要道に出て、鎮守の森公園を右側に眺めながら走る。文架大橋東詰の交差点で信号待ちをする為にバイクを停車させたところで、目の前の燃料タンクの上に闇霧が発生して、兎の妖怪が出現をした。


「オイ、良太。」

「・・・ん?どうした、ウサ?」


 兎の妖怪=玉兎は、ちょっとした悪戯が好きなだけの、たいして害にもならない妖怪だ。良太は「ウサ」と名付けて友達扱いしている。


「男ハ問題無イガ 小娘トハ アマリ接シタクナイナ。」

「同感だ。」

「ソレニ アノ店(YOUKAIミュージアム)ハ 居心地ガ悪イ。

 アマリ 行カナイデクレ。」

「佐波木さんとは会いたいけど、

 源川が居るんじゃ話にならないから、用が無ければ行かないよ。」

「ソウシテクレ。」


 良太は単純に小煩い紅葉を敬遠しているだけだが、玉兎の場合は、紅葉が発する妙なプレッシャーや、YOUKAIミュージアム(退治屋とは気付いていない)の雰囲気を嫌っていた。




-YOUKAIミュージアム-


 良太の見送りを終えた紅葉が、脱力した仕草で、カウンター席に腰を降ろす。


「ふぇ~・・・緊張したぁ~。」

「なんだ?珍しいな。同じ学校のヤツの接客だから緊張したのか?

 それなら、会話に割り込まなくても良かったのに。」


 燕真が、紅葉の隣の席に腰を降ろす。


「チガウよ~。気持ち悪かったねぇ。」

「体調悪いのか?」

「チガウチガウ!スズキ君が気持ち悪かったの。」

「はぁ?可哀想な事言うな。

 どこが気持ち悪いんだよ?なかなかの好青年じゃん。」


 燕真の文句に対して、カウンター内の粉木が口を挟む。


「燕真・・・やはり、気付いておらんかったか?

 あの少年、妖怪に憑かれとるで。」

「えっ?マジで??」

「そやから、お嬢は、オマンを心配して、ずっと会話に割り込んどったんや。」

「そうだぞ~!感謝してよねぇ!」

「紅葉が会話に割り込んでたのは、単に喋りたかったからだろ?

 俺と鈴木君の親睦会なのに、後半はオマエしか喋ってなかったじゃん。」


 紅葉は、隙があれば良太に憑いた妖怪を祓うつもりで、ずっと同席をしていた。だが、紅葉の警戒心は、妖怪には威嚇と判断されて息を潜め続けたので、祓うどころか、本体か子妖かすら判別することができなかったらしい。


「温和しゅうしとって、直ぐに彼を乗っ取る様子は無さそうやが、警戒は必要や。」

「そっか。解った。」

「それよりも燕真。今日は‘例の日’や。」

「ああ・・・そうだっけ?」

「レイノヒ?爺ちゃんの誕生日?」

「ちゃうわ。この歳に成って、祝いの催促なんてせんわ。」


 文架市は、龍脈と龍穴が整っており、風向きや他の条件により、妖気溜まりに成りやすい大きな龍穴が数ヶ所ある。古い時代から、文架駅、優麗高、鎮守の森公園の3ヶ所。川東のショッピングモールが完成してからは、広い建造物が壁に成って東側河川敷にも妖気が停滞しやすくなり、計4ヶ所が文架市街の警戒地域に指定をされている。

 今日は、そのうちの一つ、鎮守の森公園が警戒日なのだ。そんな日の夕方以降は、霊感の強い者や、邪な心を煽られた者が引き寄せられ、警戒地域での事件発生率が上がる為、妖怪事件が発生していなくても、退治屋は待機状態に成る。


「へぇ~・・・納得ぅ~!

 時々、学校や公園がモヤモヤなのは、そのせいだったんだね。」

「とりあえず、1回パトロールしてくるよ。」

「ァタシも行く!」

「オマエ、爺さんの話を聞いてた?

 邪な心を煽られたヤツが引き寄せられるんだぞ!

 犯罪が発生しやすい日に、犯罪が発生しやすい場所で、

 女子がワザワザ野次馬をするな!」

「ァタシならダイジョブだよぉ~!」

「却下!何がどう大丈夫なのか解らん!」


 燕真は、「紅葉が勝手に動かないように」と粉木に監視役を頼み、愛車に跨がって、単身で鎮守の森公園へと向かう。




-文架大橋の東詰交差点-


 5台ほどの改造バイクが文架大橋を渡って、直進車を無視して乱暴に交差点を右折。信号待ちをしている良太の対面車線を走り去っていく。

 改造バイク集団は、文架市を中心に、近隣都市で最凶最悪と恐れられてる【卑夜破呀(ひゃはあ)】というチーム名の暴走族だ。良太は「物に頼らなければ承認欲求を得られない阿呆共」と解釈している為、普段なら「バカが走ってる」程度にしか感じないのだが、今日に限っては、気になったので振り返って行き先を目で追った。公園内は車輌乗り入れ禁止にもかかわらず、連中はバイクで公園内に押し入っていく。


「なぁ、ウサ?今日は妖気が濃い日か?」

「公園ガ妖気溜マリダ。」

「・・・そっか。正義の味方の出番だな。」


 良太は、バイクをUターンさせて、卑夜破呀の後を追う。




-亜弥賀神社付近(鎮守の森公園中央)-


 塾帰りの女子高生が帰宅をする為に歩いていたら、後からガラの悪いバイク集団が押し寄せてきた。


「ひゃっはぁ~」 「夜は、これからだぜ~」 

「えっ?えっ?」


 直ぐには状況を理解できなかった女子高生だったが、無頼共によって、自分の身が危機に瀕していると気付き、走って逃げ出した。しかし、2台のバイクに追い越されて進行方向を塞がれ、残る3台に左右と背後を塞がれてしまう。


「来ないでっ!誰か助けてっ!!」

「一緒に遊ぼうよ~っ」 「断っても、力尽くで遊んじゃうぜ!」


 青ざめる女子高生。バイクから降りた男達が迫る。


「そこまでだ!悪党共っ!!」


 20mほど離れた大木の影に身を隠した良太が、気持ちをONに切り替えて、大声で牽制。男達は、邪魔者の存在を認識して、ナイフを出して辺りを警戒をする。その隙に、女性は逃げていった。


「ん~?」 「誰だあ~?」

「人知れず、影となりて、悪を討つっ!!」

「おいおい~っ!?隠れて、何イキってんだよぉ~っ!?」 「やるなら、出てこいやあ~っ!!」


 男達のうちの2人が、ナイフを構えて、良太の隠れている大木に近付いてきた。


「フン!揃って滅びを望むか。ならば、お相手しよう!」


 戦闘は回避できないらしい。良太はトレードマークのバンダナを外して、気合いを込める。


「覚醒っ!!獣将チェンジっ!!」


 良太のコールを合図にして、玉兎が闇霧化をして良太の全身を覆い、ウサ耳&真っ赤な吊り目で、鋭い牙と爪を備え、全身に白い毛を生やした、軽装のプロテクターの人外が出現!最後にバンダナを首に巻き付けて変身完了!大木の影から飛び出して、男達の前に立ちはだかる!


「月の使者!!獣騎将ルナティスっ!!」




-鎮守の森公園・南側の入口-


 燕真が到着をした途端に、公園内から怒鳴り声が聞こえた来た。燕真は、公園に乗り入れたところでバイクを駐めて、中央に向かって走る。

ピーピーピー

 Yウォッチが着信音を鳴らしたので、燕真は走りながら応答をする。


「どうした、爺さん?

 こんな時に‘妖怪が発生したから急行しろ’なんて言うんじゃないだろうな?

 公園で騒ぎが起こっているみたいだから、こっちを処理してからでも良いか?」

〈その公園で妖怪出現や!おそらく、発生している騒ぎは、妖怪絡みやで!〉

「妖怪事件なら、頭のネジが飛んだ暴漢相手とか違って、

 こっちも堂々と変身できるから好都合だ!」

〈ワシ等も直ぐに向かう!〉

「了解!尤も、爺さんが到着する前に、事件を解決させるつもりだけどな!」


 燕真は、走りながら専用ベルトを腰に巻き、Yウォッチから『閻』メダルを引き抜いて和船バックルに装填!


「幻装っ!」


 全身が輝いて妖幻ファイターザムシード登場!数十メートル先の公園中央の広場に妖気反応をキャッチ!強化された脚力で走るペースを上げる!


「ひぃぃっ!逃げろっ!!」 「おっ、覚えてろっ!!」


 ザムシードが現場に踏み込ん時には、既に‘悪’は成敗されて、這々の体で逃げていく最中だった。奴等が乗ってきたのだろうか?あちこちに、原形を失った改造バイクの残骸が転がっている。


「・・・オマエは?」


 そして、逃走者達とは別で、堂々と立つ人型人外が一体。ザムシードの存在に気付いて、ゆっくりと振り返った。兎顔と軽装のプロテクター。紅葉の証言と一致する。

 ザムシードは、それが‘ルナティス’と把握した。討伐対象だが、ルナティスが自分なりに正義の為に戦っていることを、ザムシードは知っている。


「なぁ・・・爺さん」

〈どないした、燕真?〉


 無意識に、Yウォッチを通して、粉木に話し掛けるザムシード。


「発生した妖怪はルナティスだ。

 多分、妖気溜まりに吸い寄せられて、悪さをしようとした連中を成敗したんだ。」

〈それがどないした?〉

「悪いヤツを倒したんだよ。そんなヤツを倒さなきゃダメなのか?」

〈当然や。疲れた依り代が闇に飲まれるんは説明したやろ。〉

「う、うん・・・やっぱ、倒すしか無いんだな。」


 ザムシードが、ルナティスに対して身構えた。


「オマエが悪人じゃないのは知ってるつもりだけど・・・

 憑いている妖怪は没収させてもらう。」

「・・・は?」


 ザムシードが何者なのかを把握できずに眺めていたルナティスが、ザムシードの宣戦布告を受けて身構える。


「俺と似たヤツが現れたから、同志かと期待したけど・・・違うみたいだな。」

「俺は、妖幻ファイターザムシード。

 オマエみたく、人間に憑いた妖怪を祓う専門家だ。」

「獣騎将ルナティス。俺は憑かれてるんじゃなくて、協力してもらってる。

 だから、専門家に祓われる理由は無い。」

「オマエがそう思っていても・・・憑かれていることに変わりはないんだよ。」

「だったら・・・アンタのやろうとしてることを阻止するしかないな。」

「まぁ・・・当然、そうなるわな。」


 燕真(ザムシード)は、まだ、ルナティスから妖怪を奪う方針に戸惑いを感じ、自分なりの答えを見つけ出せない。


「うおぉぉぉっっっっっっっっっっ!!!」


 胸につかえた迷いを、腹から発する大声で押し出す様な気持ちで、ルナティスに向かって突進をするザムシード!


「守主攻従(防御から反撃へ)!」


 ルナティスは、冷静にザムシードの動きを見て、「無策に突っ込んできているだけ」と判断して、開足中段構のまま、ザムシードの接近を待つ!


「はぁぁっっ!!」


 パンチを発するザムシード!ルナティスは、軽く後退をしながら、1発目のパンチを下受で下に弾き、2発目を内受で脇に弾いて、ザムシードの顔面に上段振子突の2連打を叩き込んだ!ザムシードは半歩後退して体勢を整え、蹴りを発する!しかし、ルナティスに上受で弾かれてバランスを崩したところに、中段蹴上を喰らって弾き飛ばされた!


「メッチャ弱いじゃん。立派なのは見た目だけかよ!?」

「舐めるなっ!」


 ザムシードは、倒れたまま足払いをしてルナティスを退かせ、立ち上がって再び拳を繰り出すが、下受で払われ、手首を掴まれて関節技を決められたまま倒され、顔面に正拳突きを喰らった!足を引っ掛けてルナティスの体勢を崩して、どうにか関節技から脱出する!


「オマエ・・・拳法を?」

「力愛不二(力を伴わない心は無力)!

 弱くちゃ、何もできないからな!少林寺拳法を少々!」

「・・・なるほどな!」


 たかが妖怪の力を借りただけの人間と、最新の戦闘システムを装備した自分。ザムシードは、「楽勝」とルナティスを舐めて、戦闘力の差を見せ付けて降参させるつもりだったが、甚だしい勘違いだったようだ。


「拳法家相手に素手は、流石に厳しいか。」


 ザムシードは、Yウォッチから属性メダル『炎』を抜き取って空きスロットに装填!気合いを発して、両拳に炎を纏い、ルナティスに突進をする!

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