外伝・退治屋創世記 後編

-数ヶ月後・文架市-


 勘平は、滋子が進めてくれた敷地と家を安く譲ってもらって移り住んでいた。本部勤務の時代は、基本給はともかく、妖怪退治の歩合で得たボーナスは殆ど使わなかった為、それなりに蓄えはある。隣の空き家も安々と買い上げ、敷地を繋げて、隣の建物を改装して、文架市民に妖怪を学んでもらう為に、「妖怪博物館」を開館するつもりだ。かなりの出費になったが、名ばかりとは言え‘支部長’の給料があれば、生活に困窮することは無いだろう。


ピーピーピー

「ん?妖怪出現か?」


 本部から支給されて市街地にセットした妖気センサーが感知をして、警報音を鳴らす。


「場所は・・・鎮守の森公園か?」


 当時の鎮守の森公園は、今ほど整備をされておらず、鬱蒼としており、昼間でもあまりひとけが無い。

 文架市は、龍脈と龍穴が整っている。大きな龍穴の一つが鎮守の森公園に有り、妖気が溜まりやすい日は、霊感の強い者が無意識に寄ってしまい、且つ、妖怪が発生しやすいのだ。


「午後7時・・・全く、迷惑な話やのう。

 こんな危ない日に、公園をウロチョロするなんて、いったい、何処の何奴や?」


 公園に駆け付けた勘平は、女子高生を襲う妖怪・笑地蔵を発見。異獣サマナーアデスに変身をして戦い、笑地蔵を弱体化させ、陰陽道を駆使して浄化する。

 妖怪討伐を終え、女子高生に2~3言葉を掛けて落ち着かせ、勘平は現場から去って行く。この時の勘平は、襲われた女子高生との遭遇は、ただの偶然だと思っていた。だが、この出会いは必然だった。



-3週間後-


 勘平が帰宅した直後の妖怪博物館に押し掛けてきた少女がいた。笑地蔵事件で救出した女子高生だ。勘平は、内心で動揺をしたが、そんな素振りは見せずに、少女に対応をする。


「お嬢ちゃん?お客さんか?

 こない博物館、お嬢ちゃんが見て楽しいところではないで。」

「駅前の商店街で見付けて、尾行してきました!」

「何や、ワシになんか用か?一目惚れでもしよったんなら、諦めや。

 ワシはりょうさんモテるよって、お嬢ちゃん1人の物にはならへんで。」

「この前、動くお地蔵さんをやっつけた変な鎧の人・・・おじさんですよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 普通ならば、妖怪に襲われた怖い記憶など早く忘れたいので、望んで退治屋に接触してくる一般人など居ない。

 何よりも、ただでさえ鬱蒼とした公園に、日が暮れてから近付く物好きな一般人など居ない。あの日、あの時間帯に、龍穴に引き寄せられるなんて、余程強い霊力の持ち主だ。


「ワシは粉木勘平。嬢ちゃん・・・名は?」

「源川有紀です。」

「何で、此処に来た?」

「おじさんのやっていることに興味があるからです。

 私、子供の頃から、人ではない物が見えるんですが、

 それを退治できる人が居ることを初めて知りました。」


 勘平は、源川有紀が高校を卒業してから本部で学べるように推薦状を送った。だが、本部(人事担当は喜田常務)からの回答は「全て文架支部長の責任で為せ」という突き放したものだった。今更、勘平の息の掛かった者を受け入れる気は無く、ハナから見捨てている文架支部は、「自己責任で対応しろ」と言われたのだ。


「有紀ちゃん、ワシの弟子になる気はあるか?」

「はい。妖怪から友達を守る力が欲しいです。」


 勘平は、本部に掛け合って(芽高への直談判&滋子へ根回し依頼込み)、どうにか1人分のパート代を確保して、新しい弟子を育てる決意をする。妖幻システムは、勘平が本部から離れる時に「粉木用」として、提供されたまま未使用の物が一つある。


「お氷・・・頼めるか?」

「娘のことは気に入った。協力してやろう。」


 氷柱女は、未使用の妖幻システムの媒体となることを受け入れてくれた。

 芽高と滋子に頼み、氷柱女を封印妖怪にして、妖幻システムに付加する。後に伝説となる妖幻ファイターハーゲンの誕生。

 師が落ち目の勘平でなければ、有紀はもっと出世をできたかもしれない。だがその反面、しがらみを降ろした勘平でなければ、有紀の才能は見出せなかったかもしれない。そのifの先の未来は、誰にも解らない。




-東京本部-


 試作品として増産された銀色メダルは、本部勤務のエリート隊員に支給され、引き続き、性能把握が通達された。全ての試供メダルで戦果が確認されれば、銀色メダルは量産体制に入るはずだった。

 勘平を庇い続けた滋子ですら、銀色メダルは画期的と考え、この件に関しては、勘平の主張は愚かしいと感じていた。


 しかし、画期的だったはずの発明は、量産を待たずに、重たい影を落とす。最初は皆が、有効性ばかりに眼を奪われ、リスクは些細な事として眼を逸らしていた。銀色メダル所持者の戦果は目覚ましく、誰もが羨み、誰もが手軽に力を得られる銀色メダルを欲した。銀色メダル所持者は自分を選ばれしエリートと誇示するようになる。羨みも誇示も、銀色メダルが存在する以前には無かった負の感情の連鎖だった。


「退治屋は、有能な俺達が維持してやっているんだ!」


 勘平が去った今、元々傲慢だった日向信虎を抑えられる者など誰も居ない。喜田常務の甘言で付け上がり、且つ、銀色メダルの闇に捕らわれた信虎は、「自分こそが退治屋の歴史を作る」と、上層部すら蔑ろに扱うようになっていた。


「信虎さんの言う通りだ!」


 銀色メダルの所持者達が、信虎の意見に賛同をする。その中には、滋子の弟子・夜野圭子の姿もあった。銀色メダルの使用を続ける事で、変身者の精神は、次第に封印妖怪の影響を受けて、力に溺れ、闇に染まっていった。


 異獣サマナーのような対等な‘契約’ではなく、妖幻ファイターの場合は、支配下に置く‘封印’ゆえに、利害の一致は無い。妖怪は、解放された力で、変身者に力を貸す代わりのではなく、支配をしようとする。その支配力を、変身者は霊力で抑え込む。銀色メダルは、戦闘能力を上げる代償で、封印妖怪が使用者を支配しようとする力を増幅させていた。

 異獣サマナーのパワーアップと同じシステムを、現行妖幻ファイターで再現することは、根本的に不可能だった。


「力が無ければ正義は貫けない!」

「力の絶対性こそが正義!」

「封印によって妖怪の力を弱める必要は無い!」

「自分達ならば、妖怪の力を、ありのままで使いこなす事が出来る!」


 封印妖怪に精神を汚染された者達は、妖怪の力の解放を求め始める。魂の半分が妖怪化をしているのだから、当然の成り行きだ。銀色のメダルは、存在させてはならない代物だった。


「これ以上の銀色メダルの使用は危険だ!回収して処分をするべきだ!」


 芽高社長が、全ての銀色メダルの回収と、プロジェクト・シルバーメダルの凍結を決断する。銀色メダル所持者を集め、謝罪をして、話し合い、プロジェクト失敗の責任を取るつもりだった。しかし、時は既に遅かった。


「上層部は、俺達から力を奪うつもりだ!」

「何もせずに命令しかしない上層部は邪魔だ!」

「力の有効性を判断出来ない者達など、無能の集まり!」

「身を削って妖怪と戦ってる自分達こそが頂点に相応しい!」


 上層部の意向は、銀色メダル所持者達に洩れていた。闇に心を染められた者達には、力を取り上げられることを、受け入れるつもりなど無い。


「よーし、オマエ等!無能共を粛正し、俺達が退治屋の新しい導になるんだ!」


 信虎が上げた声で、銀色メダル所持者達が、一斉に決起をする!真っ先に襲われたのが、話し合いによる解決を望んだ芽高社長だった!


「悪いのは君達ではない!君達を蝕む銀色メダルだ!

 返却してくれれば、これまでの無礼は、全て不問にすると約束しよう!」

「無能は去れ!・・・この世から!!」

「ぐわぁぁぁっっっ!!!」


 芽高は、反乱を主導した妖幻ファイターブロントに、一太刀で切り捨てられる!


「ゆ、許せ・・・粉木・・・。オマエの判断は・・・正し・・・かった。」


 何人かの参加者は、リーダーの問答無用な対応に驚いたが、社長が生贄にされたことで、もう止まることが出来なくなった!




-文架市-


 安穏と暮らしていた勘平の携帯電話に、滋子からの緊急連絡が入った。


「どうしたんや!?落ち着いて話や!!」

〈早う来て、勘平!圭子達がおかしい!

 銀色メダルの所持者達が一斉に反乱をっ!!〉

「なんやて!?」


 勘平は、銀色メダルに対して感じた不安を大幅に超える事態が勃発した事を知り、まだ半人前の有紀には何も告げず、単身で本部へと向かう。




-本部-


「反乱の首謀者は、粉木さんの弟子だ!」


 勘平から巣立った過去の兄弟子達は、弟弟子を止める為に、真っ先に戦渦に飛び込んだ。


「尊敬する粉木さんに恥をかかせてはならない!」

「俺達で止めるんだ!」


 弟弟子に一縷の情を通わせようとする兄弟子達と、闇に捕らわれ、兄弟子達に一切の情を持たない弟弟子。結果は凄惨たる物だった。粉木勘平の弟子は、闇に支配された信虎を除いて、全て絶えた。


「フン!老害の育てた遺物など要らぬ!」


 ブロンドの雷を媒体とした奥義によって各所が引火をして、木造3階建ての社屋が炎に包まれる。

 凶行を止める為に挑んだ妖幻ファイターやヘイシ達は、銀色メダルで戦闘力が上がった反逆者に容赦無く倒された。


「日向君。逃げ遅れた子供達を保護したわ。」

「連れてこい。」


 将来の妖幻ファイターを夢見て学んでいた子供達が、夜野圭子のよって一ヶ所に集められ、変身を解除した信虎に、冷たい目で見下ろされた。


「さ~て・・・

 賢い君達は、優秀な俺達と、無能な上層部の、どちらから学びたい?」

「あ・・・あの・・・日向さんは、何でこんな事を?」

「俺が正しいからに決まっているんだろう?」

「仲間を容赦無く殺害することが正しいんですか?」

「処分をしているのは、仲間ではなく、廃棄物だ。

 下らない質問をする愚か者は要らない。」


 一人目の少年が見せしめにされた。怯える少年少女。反逆者に賛同しない「悪い子」は殺されるだけと把握する。生きる為の答えは1つしかない。


「信虎!!・・・オマン、何をやっとるんや!?」

「・・・ん!?」


 選別を続けようとする信虎を呼び止めたのは、勘平だった。かつての弟子は、師弟関係が円滑だった頃とは別人のような、闇に憑かれた顔をしている。


「お久しぶりですね・・・粉木さん。

 聞き分けの悪いバカばかりで困っていたところです。

 アナタは俺達に賛同しますよね?」

「するわけないやろが!!」

「・・・・フン!残念です!」

「何や、オマエ、その顔は!?人間を辞めたんか!?」

「俺は、人間を越える素晴らしい力を得たんだ!

 臆病者のアンタには一生解るまい!」

「愚か者!!それの何処が素晴らしい力や!!?」

「素晴らしい力ですよ!

 その証拠に、沢山の仲間が俺に賛同し、俺に歯向かえる者は誰も居ない!!

 兄弟子達なんて、今の俺にしてみれば、全員、取るに足らないザコでしたよ!!

 アナタの愛弟子は、誰よりも一番強くなったんです!!」

「大馬鹿者めっ!!妖怪に心を奪われおってっ!!」


 離別からたった数ヶ月しか経過していないのに、「主君殺しの反逆者」は、もはや、勘平が知っている弟子ではなかった。もう、会話は必要無い。互いに、言葉が通じないことを把握した。


「オマンのような怪物を生み出してしまった責任を取る!」

「やれるモンならやってみろよ・・・老いぼれ!」


 サマナーホルダを翳す勘平。Yケータイを構える信虎。2人は睨み合いながら、同時に変身ポーズを決める。


「変身!!」   

「幻装!!」  《BRONTO!!》


 異獣サマナーアデス、妖幻ファイターブロント登場!アデスはサーベルを、ブロントは大太刀を構えて、突進を開始!幾つもの剣閃を交える!


「へぇ・・・年寄りのクセに俺の剣技に付いてこれるんですね?

 アンタが育てた兄弟子達よりも強いんじゃないのか?」

「弟子の技術くらい読めるわい!」

「・・・それは厄介だ。」


 侮りがたいと感じたブロントは、3歩後退して構え直し、大振りの一撃を振るう! アデスは仰け反って回避をして、すかさずサーベルを水平に振り切る!ブロントは、バク転で回避して、着地と同時にアデスに突進!再び、サーベルと大太刀がぶつかる!

 パワーはブロンドが上!交えた刃を、力任せにアデスに押し込む!一方のアデスは、ブロントが剣のみに集中してると見切って、足払いを仕掛ける!更に、体勢の崩したブロントの腹目掛けて蹴りを放つ!ブロントは、半歩退いて、大太刀を盾にしてアデスの蹴りを受け止めた!


「まだや!」


 アデスは、素早く足を戻し、2発目の蹴りを上段に放った!顔面に一撃を喰らったブロントが仰向けに倒れる!しかし、倒れ込みながら、足で床を蹴って真後ろに飛び、大太刀を手放して両掌で床を掴み、開脚回転蹴りを放つ!追い撃ちの突進中だったアデスは、両腕でガードをして押し戻されてしまう!

 立ち上がって大太刀を拾い、体勢を立て直して、アデスを睨み付けるブロント!互いに突進をして、再び刃がぶつかる!


「オマン等、今のうちに逃げい!」


 アデスは、「ブロンドが自分に集中している」と判断して、捕らえられていた子供達に逃走を呼び掛けた!活路を確保された子供達が一斉に逃げ出す!


「圭子!ソイツ等を捕まえろ!殺しても構わん!」

「させんわい!」


 ブロンドの指示を受けた夜野圭子が、子供達の行く手を遮りながらYケータイを翳す!だが、アデスが召喚をしたヤイバット(蝙蝠型モンスター)に体当たりをされた圭子は、窓を突き破って外に弾き飛ばされた!


「へぇ・・・容赦無いんだな、粉木さん!」

「血迷ったオマン等から子供達を救う為や!容赦なんてしてられん!」


 刃を交えながら睨み合うアデスとブロント!



-社屋の外-


 3階の窓が破れて、圭子が墜落。地面に全身を強く打ち付けて意識を失う。


「圭子っ!」


 討伐隊再編成の為に外で待機をしていた滋子が、圭子の駆け寄る。死んではいないようだ。他の退治屋達も寄ってくる。そのうちの1人が圭子のYケータイと銀色メダルを回収。他のモブ数人が、抵抗できない圭子を後ろ手に拘束する。


「何が始まったの?反乱軍の仲間割れ?」


 破れた3階窓を見上げる滋子。鎮圧部隊はまだ編成されていない。ならば、誰が圭子を社屋から排除した?滋子は、まだ、アデスがケジメを付ける為に、燃え盛る社屋に潜入していることを知らない。



-社屋3階-


 ブロントが上段からの振り降ろす2連撃を、アデスは霞構えで受け流す!すると、ブロントは、今度は刺突を放ってきた!素早く身を引き、ブロントの大太刀に一撃を叩き込むアデス!衝撃でブロントの手を痺れさせ、大太刀の刀身でサーベルのブレードを滑らせながら踏み込む!


「チィィ!」


 ブロントは抑え込まれている大太刀から手を放して後退!両手甲の鉤爪(基本装備)を伸ばして、片腕でアデスのサーベルを受け止めた!


「さすがに戦いの組立が上手いな、粉木さん!だが・・・それだけだ!!」


 もう一方の鉤爪がアデスに炸裂!弾き飛ばされて床を転がり、アデスの手からサーベルが離れる!


「これで終わりだ!」


 丸腰になったアデスに突進をするブロント!しかし、アデスは咄嗟にサマナーホルダからカードを抜いて翳し、スピアを召喚して仰向けのまま防御!ブロントを弾き返して起き上がり、やや無理な体勢から刺突を放つ!一撃を喰らったブロントは数歩後退!体重の乗らない攻撃だったので致命打には成らないが、ブロントにダメージを与えて退けることには成功した!

 ブロントは、浅い傷口を手で押さえながら、アデスを睨み付ける!一方のアデスは、サーベルを拾って腰に納刀して、改めてスピアを構えた!


「フン!誰が‘これで終わり’なんや?オマンか、信虎?」

「舐めるなよ・・・ジジイ!」

「まだジジイ扱いされるほど老いてへんわい」

「そう思っているのはアンタだけだ!」


 ブロントは、メダルホルダから属性メダル『雷』を抜き取って、右手甲の窪みに装填!雷を帯びて放電する右鉤爪を振り上げて突進をする!アデスは、スピアの切っ先で鉤爪を弾きつつ後退!スピアが通電をして、握っている手が痺れる!刃同士をぶつけたら、雷がまともに流れ込んでしまう為、間合いを空けた戦いしか選べない!


「フン!手段を選ばんくなってきおったな!」


 攻め方を見出せなくなったアデスに対して、鉤爪を構えたブロントが突進!スピアの切っ先を宛てて、鉤爪を受け流し続けるアデス!弾かれた鉤爪が周辺の机や事務機器に当たり、通電で焼き、延焼を加速させる!


「何を今更!反乱を決意した時から、手段を選ばない決意はできている!」

「それは決意やない!考えることから逃げただけや、愚か者!」

「口の聞き方に気を付けてもらおうか!」


 右掌を翳すブロント!鉤爪にチャージされた電気が、雷球となって掌から放たれ、アデスを襲う!


「なんやとっ!?」


 直撃を喰らって弾き飛ばされ、壁に激突するアデス!感電で直ぐには体が動かない!


「アンタが俺の前から去った後で会得した技だ!

 俺は日々進化をしている!

 アンタの知らない技でアンタを殺すことで、アンタを越えたことを証明する!」

「・・・飛び道具は想定してへんかった。・・・ちと、マズいか。」


 再び、右掌をアデスに向けるブロント!鉤爪に雷エネルギーがチャージされる!



-社屋の外-


 解放をされた子供達が逃げ出してきた。滋子やモブ隊員達が駆け寄って保護をする。


「いったい何があったの?」


 社屋で何が起きている?制圧をされて焼かれ、中には反乱者だけしか居ないはず。


「粉木のおじちゃんです!」

「アデスが助けてくれました!」

「勘平が!?」


 勘平が来て、既に単身で交戦をしている?ジッとしていられなくなり、燃える社屋を見上げて駆け込もうとする滋子!次の瞬間、3階の壁が破れ、アデスが火花を散らせながら弾き出されて、隣接する工場の屋根に墜落!屋根を突き破って工場内へと落ちる!


「勘平っ!」


 続けて、破れた大穴から身を乗り出したブロントが、工場に向かってダイブ!薄鉄板の屋根を突き破って、瓦礫と共に工場内に降り立った!



-工場内-


 這いつくばるアデスと、マスクの下で余裕の笑みを浮かべるブロント!


「体力が無いのは、年寄りだからですか?

 それとも、左遷先で鍛錬をサボりすぎましたか?

 衰えた師匠など見たくもない!」


 痺れで体勢を立て直せないまま、牽制の為にスピアを振るうアデス!しかし、ブロントに楽々と受け止められ、蹴りを喰らって弾き飛ばされ、焼かれた壁に叩き付けられる!

 前線を退いた老兵と、最前線に立つ若者。30年近く前のロートルシステムと、銀色メダルで底上げされた最新システム。力の差は歴然。


「ハハハッ!どうしたんですか、粉木さん!

 アンタも、上層部と同じで、

 偉そうな能書きを垂れるワリには、何も出来ないんですか!?」

「・・・チィィ!」

「まだ、アンタには切り札があるでしょう!

 銀色メダルの元になったカードが!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ブロントの指摘通り、アデスには、まだパワーアップの手段があった。使えば戦闘能力は底上げされる。だが、勘平は使いたくなかった。この状況で使ってしまえば、力を渇望するブロント(信虎)達と同じになってしまう。


「眼を覚ますんや、信虎!そして、剣を収めて罪を償え!!」

「寝ぼけているのはアンタの方だ!何故、この力の素晴らしさが解らないんだ!!」

「心が置き去りにされる力なんぞ、ただの暴力やっ!!」

「違うっ!置き去りなのは、力の素晴らしさを理解出来ない老害だけだ!!」

「それは独裁や!それではアカンのや!」

「独裁で良いんですよ!時代を作るのは、常に一握りの天才だ!!」


 アデスは、ブロントの心に呼び掛けた。だが、最初の被験者に選ばれたがゆえに、妖怪によって最も心が破壊されていた弟子は、既に人間の心を取り戻せなくなっていた。

 何度も叩き伏せられ、吹っ飛ばされて床を転がり、追い詰められるアデス。対するブロントは、息一つ切らせていない。アデスが力尽きて敗北をして切り捨てられるのは、時間の問題になっていた。


「まぁ・・・老い先短い命。そいでもいいか。」


 弟子を導いてやることは出来なかったが、捕らわれていた子供達は、隙を見て逃げることが出来た。未来を繋ぐことが出来たのだから、自分の役目は終わっても良いと考える。


「勘平っっっっ!!!」


 ボンヤリと自分の終焉をイメージしていたアデスの耳を劈くように、滋子の怒鳴り声が聞こえてきた。我に返り、声のする方を見上げるアデス。勘平を心配する滋子が、火を潜り抜けて、工場内に戦場に駆け付けてきたのだ。


「アホンダラッ!何で来たんやっっ!!」

「そっちゃこっちの台詞ちゃ!なんでアンタがここで戦うとるのちゃ!?」

「呼んだ張本人がそれを言うなや!」

「1人で勝手に戦うなんて思うとらんかった!

 大変なことに成ったさかい、傍におって欲しかっただけながに!」

「ソイツはスマンな!

 ワシが導き損なった怪物だけは、ワシの手で決着を付けたかったんや!

 此処は、生身のオマンが来て良い場所やない!」

「勘平が心配やったさかいっ!

 もう会えんんでないかって・・・嫌な予感がしたさかいっ!!

 危険って解っとっても、来んわけにはいかなんだ!」

「・・・滋子。」


 滋子を見詰めるアデスの視線を遮るようにして、ブロントが立つ。


「老人達の茶番劇なんて醜いもの・・・

 見てられないので、続きは常世でやってください。

 アンタにトドメを刺したあと、

 砂影さんも叩き切れば、全ては丸く収まりますよね。」

「信虎っっ!」


 滋子が戦場に踏み込んだことで、アデスは進退が窮まった。精神的には、今まで以上に追い詰められる。自分が殺されて終わりには成らない。次に滋子が殺される。

 勝利を確信し、アデスにトドメを刺す為にゆっくりと近付いてくるブロント。もう、アデスに迷っている暇も、死を受け入れる余裕も無かった。


《マキュリー!!》


 残された力を振り絞って立ち上がり、ブロント目掛けて突進をしながら、パワーアップのカードを翳すアデス!ヤイバット(使役モンスター)が出現をして並走をする!アデスが飛び乗ると、ヤイバットはバイクに変形!ブロント目掛けて突っ込んでくる!


「フン!この程度か?」


 一方のブロントは、鉤爪に白メダルをセット!鉤爪から、これまでとは比較にならない雷が迸る!奥義・ライトニングクローを発動!ブロントは、迎撃の体勢で構える!


「バイクによる特攻など、恐れるに足らない!」


 アデスが駆るバイクに向けて突進を開始するブロント!バイクから発射された竜巻がブロントを覆い、動きを封じる!


「チィ・・・こんな子供だましが!!」


 僅かに驚いたブロントだったが、竜巻の拘束を振り解くことなど容易い。縛めを弾き飛ばす為に、丹田に力を込める。


「スマン・・・真っ当に導いてやれんくてスマン、信虎。」

「なにっ?」


 涙混じりの声が聞こえた。師から謝罪の言葉を聞くのは初めてだった。それは、ブロントが一秒ほど動きを止めるには、充分すぎる言葉だった。

 次の瞬間、アデスが駆るバイクが突っ込んできて、尖ったカウルが、ブロントの腹を貫く!


「信虎ぁぁっっっ!!!」


 アデス(勘平)は、これまでは、愚かな弟子を立ち止まらせるつもりで戦っていた。弟子に不始末の責任で、自分が命を落としても仕方が無いと思っていた。だが、今は、この戦いで初めて、敵に対する殺意を向けていた。同時に、殺意を向けなければならない弟子に、謝罪をしていた。


「ぐはぁぁぁぁぁっっっ!!」


 腹を抉られたまま、壁に叩き付けるブロント。苦しそうに呼吸をして、マスクの下で喀血をする。致命傷なのは明らかだった。


「・・・信虎」


 このままでは、かつての弟子が、あまりにも哀れすぎる。アデスは、バイクを後退させ、ブロントの腹から先端を引き抜く。ブロントは、致命傷の腹を押さえ、再びマスクの下で喀血し・・・だがそれでも両足を踏ん張らせて立ち続け・・・最後の力を振り絞って、鉤爪を振り上げ、アデス目掛けて振り下ろす。


「粉木ぃぃぃっっ!!」

「この・・・大バカもんがっ!!」


 咄嗟に抜刀をしてサーベルを振り切るアデス。如何にブロントが最強とは言え、既に瀕死の刃である。ブロントの切っ先はアデスに届く事はなく、アデスのサーベルはブロントの腹に打ち込まれた。苦しませずに殺してやる事、それがアデスの、弟子だった男に対する最後の決断だった。


「自慢の愛弟子だった。殺したくはなかった。

 退治屋の歴史に・・・汚名ではなく勇名を刻むと信じていた。」


 最初の被験者に選ばれたがゆえに、妖怪によって最も心が破壊されていた弟子は、既に人間の心を取り戻せなくなっていた。師は、かつての弟子を、殺す事でしか、終わらせられなかった。


「粉木ぃぃっ!!」


 ブロントは膝からガクリと崩れ落ち、変身が解除されて日向信虎に戻り、俯せに倒れる。最後の力を振り絞り、「これは誰にも渡さない」と叫ぶような表情で、床に落ちている銀色メダルに手を伸ばす。

 血の涙を流し、憎しみに満ちた眼でアデスを睨み、呪いの言葉を吐き捨てる信虎。端正だったその顔は、炎によって焼け爛れていく。


「ア・・・アンタが憎い!・・・アンタさえ居なければ・・・俺は・・・」


 それが、日向雅虎の最期の言葉と成った。「俺は」の続きを発すること無く、信虎は事切れた。

 振り返ろうともせず、背中で一身に恨みを背負い続けるアデス。弟子が哀れすぎて、直視をする事が出来なかった。


 変身を解除した勘平は、炎の中で表面が焦げたメダルを拾い上げて、直ぐに理解をした。勘平のみに向けられた呪いは、勘平が触れて苦しむ事のみを喜び、他の者が触れる事を拒む。


「・・・勘平。」


 勘平の背後には、滋子が立っていた。だが、勘平は、何も言わず、振り返りもせず、その場から立ち去っていく。滋子は、勘平が泣いている事に気付いていた。だからこそ、何も言わずに見送る事しかできなかった。




-社屋の外-


 炎上する工場から勘平が出てくると、喜田常務と、生き残った退治屋達が、中の様子を確認しつつ待機をしていた。精も根も尽きていた勘平は、「この状況で様子見か?」と呆れたが、悪態を言葉にする気力も失せていた。


「首謀者は始末した・・・あとは、オマン等に任すで。」

「日向信虎を・・・弟子を・・・自分自身の手で?」

「あぁ・・・そうや。」


 反乱のリーダー格にして、最強のカリスマが倒れたという報を聞いた退治屋達は士気が上がる。鎮圧軍の歓声を聞き流しながら、その場から立ち去っていく勘平には、喜田常務達が喜ぶ理由が、全く理解出来なかった。

 勘平の介入が、反乱鎮圧のキッカケになったのだが、功労など少しも嬉しくなかった。彼の心には「弟子殺しの師」と言う大きな傷だけが残った。


「本条・・・芽高・・・スマンな。死に損なっててしもうた。

 ワシは、もうしばらくは、オマエ等の所には行かれへんようや。」


 首謀者を失った反乱軍は、急激に士気を低下させ、喜田常務を中心にして一丸となった退治屋達によって、その日のうちに鎮圧をされた。数人は抗って戦死をして、大半が捕縛された。

 数日後、捕縛者のうち数名は、反乱を傍観した協力者の手引きで逃亡をする。夜野圭子は、幼い娘を連れて、西洋に本拠地を持つ『大魔会』を頼って落ち延びた。


 銀色のメダルは、呪いに染まった1枚以外は回収されて処分をされる。こうして、銀色メダルは組織の汚点とされて記録を抹消され、計画は量産を待たずに頓挫をした。この凄惨な事件は、新社長に就任した喜田の指示で「ただの火災」として処理をされ、民間人どころか、狗塚家や、地方の退治屋すら、事件の真相を知らない。


知る者は、当時、本社にいた者と、粉木勘平だけ。




-文架市-


 勘平が帰宅をすると、家の前で、源川有紀が携帯型ゲームを弄りながら待っていた。勘平は、バックミラーを見て、疲れ果てた表情を穏やかな顔に戻してから、愛車から降りる。


「なんや、お嬢?何か用か??」

「もうっ!今日は、学校が終わったら、護符作りを教えてくれるって約束でしょ!

 だから待っていたんですよ!」

「お~~・・・そう言えばそうやったか?スマンスマン、忘れとった。」


 約束のことを忘却するほどの騒動に巻き込まれていたのだが、あえて何も言わず、とぼけた対応をした後、空を見上げた。


「本条・・・芽高・・・スマンな。この娘を育てたいんや。

 ワシは、もうしばらくは、オマエ等の所には行かへん。」


 源川有紀は、偶然の出会いが無ければ、地方に埋もれたまま、その才能を見出される事の無かった原石。勘平は、有紀の才能を、日向信虎と同等と見立てている。

 有紀の才能、及び、封印妖怪と使用者の相性で、勘平が理想とした「銀色メダル使用を上廻る成果」が偶発的に実証されるのは、もう少し先の話。


この文架市で紡がれていくストーリーは、もう始まっている。

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