外伝・退治屋創世記 前編

-約50年前-


 若き日の粉木勘平は、「心の師とも言える親友」の貴い犠牲と引き替えに、悪の組織から平和を守り抜いた。


「オマンのやりたかったことは、ワシが引き継ぐ。」


 まだ、世界が平和になったわけではない。人間社会を害する妖怪がいて、奴等と戦う陰陽師が存在している。陰陽師は、勘平の戦闘経験と、異獣サマナーの技術を欲していた。勘平は友の意思を継ぎ、陰陽師と合流をするために、旅立つ決意をする。


「行くのね、勘平。」

「ああ、世話んなったな。」


 旅立ちの日、共に戦った滋子が勘平を見送る。勘平は滋子を好いていたが、気持ちを伝えるつもりは無い。親友を失った勘平は、自分だけが幸せになることが許せなかった。そして、戦い続けることを選んだ勘平は、滋子と寄り添うのではなく、遠ざけることを選んだ。


「大学を卒業したら、私も妖怪の退治屋に就職するつもりやさかい、

 その時ちゃ宜しゅうね。」

「来んでいい。」

「尊さんの意思を継ぎたいのは、勘平だけでない。私もおんなじなの。」


 滋子の本心は、勘平の傍にいること。それは、勘平への好意と、粉木を放っておけない母性本能から発せられた想い。


「勝手にせい。」


 遠ざけたつもりなのに、数年後には、また交わるらしい。これを腐れ縁というのだろうか?


「そやけど、今度はワシの方が先輩。オマンはワシの部下やからな。」

「そっちゃどうかしら?

 就職は勘平に先を越されるけど、勘平ちゃ高卒で、私ちゃ大卒ちゃ。

 私の方が昇進が早いんでないのかしら?」

「・・・フン!」


 勘平は、滋子と再会の約束をして、新天地に向けて愛車のドリームCB250を走らせる。しばらく走っていると、不意に気配を感じたので、周囲を見廻した。しかし、この田舎道では、怪しい奴どころか、通行人すら満足に居ない。


「気のせいか?」


 何気なくバイクミラーに視線を移した勘平は、気配の主を把握する。鏡の中だけにローブ姿の男いて、勘平を見詰めていた。勘平にサマナーホルダを提供した異世界人だ。勘平は、些か面倒臭そうな表情をして、バイクを路肩に停車させる。


「もう、ワシには用が無いはずや。」

〈あえて修羅道を選んだ愚かもにを眺めに来た。〉

「そうか?ならもう気は済んだな?」

〈ワルキューレの次は妖怪か?〉

「それがどないした?サマナーホルダを返せとでも言うつもりか?」

〈いや、それは貴様にくれてやった物。好きに使うが良い。〉

「なら、なんの用や?」

〈どう使おうが貴様の勝手だが、人間には過ぎたる力と言うことを忘れるな。〉

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ローブ男はバイクミラーから去り、同時に気配は消える。だが、ローブ男に指摘をされた勘平は、「親友の最後」を思い出して、しばらくは動けなかった。




-東京・渋谷区-


 渋谷駅前の路肩にバイクを止めた勘平が、地図を広げて周辺を確認する。


「退治屋は何処や?」


 都会は雑然としていてよく解らない。昨日まで生活していた「適当に走っていれば何とかなる地域」とは大違いだ。


「しゃーない、聞くかの。」


 勘平は、通行人を物色する。美人で、オシャレな服を着た女性だらけ。多種多様な服装の人々が行き交う。


「田舎の女子大生とは別物やな。」


 勘平の視点では時代遅れと感じるスリーピーススーツが目に付くが、都会では流行っている?ツインセーターやプリントシャツドレスやトレンチコートやポックリ靴なんて言葉を勘平は知らない。昨日まで生活していた地域ならば、とりあえず、男はラッパズボン(ベルボトム)、女はミニスカ(膝上)を着用しておけばNOWだったが、都会は大違いだ。


「なぁ、そこのベッピンさん!」


 目に付いた派手なワンピース(プリントシャツドレス)美しい女性を呼び止めて、地図を見せながら目的地を聞く。


「1キロくらい北に行ってください。

 大きな公園があるので、行けば解ると思います。」

「1キロも?駅の近くって聞いたんやけど・・・。」

「あははっ!東京は初めてですか?

 ここは渋谷駅です。貴方が行きたいところは、原宿駅の近くですよ。」


 可能ならばお近付きになりたかったのだが、田舎者丸出しがバレて、笑われてしまった。


「ありゃ?違う駅かいな?」


 東京は、駅が沢山在ることは把握していたが、1キロ圏内で駅が在るとは思わなかった。勘平は女性に礼を言って、バイクを発車させる。言われた通りに北に直進すると、目の前に、緑で覆われた大きな公園が見えてきた。


「あれが、明治神宮っちゅ~所かいな?」


 明治神宮の一角の広い敷地に、木造3階建ての施設が建っていた。誰が見ても解るような看板は掲げていないが、この施設が怪士対策陰陽道組織(退治屋)だ。日本の何処かで妖怪事件が発生すると、陰陽道を学んだ隊員が、調査、及び、妖怪討伐の為に出動をする。


「さすがは、政府お抱えの組織やな。」


 施設の前に到着をした勘平が、バイクに跨がりながら施設を見上げる。


「オヤッサンの工場を基地にして、

 モグリで戦うとったワシ等とは規模がちゃうってか。」


 怪士対策陰陽道組織(退治屋)は、20世紀の初め頃、大日本帝国時代の内閣参与が、人外から帝都(首都)を中心とした内地(日本列島)を守る為に、非公式に立ち上げた組織。


「芽高のヤツ・・・居るかのう?」


 まだスマホどころか初期型の携帯電話も無い時代。一応、ポケベルの黎明期だが、勘平は、そんな最新のテクノロジーを知らない。目当ての人物と合うには、固定電話で呼び出して待ち合わせるか、直接会いに行くしか手段が無い。勘平は、バイクを駐車場の隅に駐めて建物に入った。

 やや熱気の籠もった広い事務室に、幾つもの木の机が並んでおり、綺麗に整理された机と、書類が雑然と山積みにされた机がある。勘平は、入口脇のカウンターに凭れ掛かって、近くの事務員を手招きで呼び寄せた。


「粉木っちゅ~モンやけど、芽高くんはおるか?」

「粉木様ですね。少々お待ちください。」


 事務員は、内線を使って勘平の目当ての人物を呼び出す。


「ほぉ~・・・さすがは都会。内線があるなんてNOWやのう。」

※「NOWな」は1970年代に使われ始めた言葉。

 後に「ナウい」に変換されて流行語になる。


 粉木は、化粧栄えした事務員で目の保養をしながら目当ての人物を待つ。3分ほどの後、騒がしく階段を駆け下りる足音が聞こえて、勘平と同世代の顔見知りが駆け付けてきた。


「やぁ、粉木さん!来てくれて嬉しいよ!」

「おう、芽高!元気にしとったか?」


 芽高と呼ばれた青年は、勘平の手を取って再会を喜ぶ。勘平が芽高勇と会ったのは、妖怪と戦った時だった。厳密には、妖怪とは知らずに交戦状態に成り、妖怪退治専門の芽高と共闘をして討伐に成功をした。


「粉木さんのことは、社長に報告済みです。早速、社長に会ってください。」

「いきなりかいな?落ち着いて、茶くらい飲ませろや。」

「社長室で飲んでください。

 社長も、粉木さんに会うのを楽しみにしてますよ。」

「しゃーないのう。」


 勘平は、芽高青年に案内されて、3階の社長室へと向かう。社長は、勘平の訪問を喜び、挨拶を交わした後、応接のソファーを進めてくれた。勘平と社長が向かい合わせに座り、芽高は社長の隣に腰を降ろす。


(へぇ・・・気さくな社長さんやな。)


 社交辞令的な世間話から始まり、喜田社長は、怪士対策陰陽道組織(退治屋)の活動内容を説明してくれた。

勘平は、深くか語らない範囲で、自分が異獣サマナーとして、怪物と戦い続けたことを説明して、芽高が、「粉木に助けられたこと」と「粉木の有能ぶり」を補足説明する。


「まぁ・・・元々、手ぇ貸すつもりで此処に来たさかいね。

 給料泥棒と言われへんくらいの仕事はするつもりでっせ。」

「はっはっは・・・心強い言葉だ。

 国の公僕だから高給と言うわけにはいかないが、

 最低限の生活を出来る基本給と、妖怪退治に伴う歩合のボーナスは約束しよう。」

「・・・公僕・・・か。」


 勘平は、権力に縛られることを嫌ってフリーを生業とした。それが、数年を経て、非公式とはいえ、国の役人である。我ながら「変われば変わるもの」と感じてしまう。


「早速だが、君には、芽高君と同じ妖怪討伐班に加わってもらいたい。」

「椅子をケツで暖めて、事務仕事をするのは苦手やさかい、

 ワシとしても、その方がありがたい。」


 やがては、サマナーシステムを分析して、退治屋が扱える装備を開発するつもりだが、その為には国から資金を引っ張り出さなければならない。だから、先ずは、異獣サマナーを実戦投入して実績を作り、国を説得するデータを作る。理にかなったアプローチだ。

 勘平は本日付の辞令で、退治屋の社員になり、芽高と共に一礼をして社長室から退出する。


「なぁ、芽高?」

「なんですか?」

「退治屋は官庁なんやろ?」

「非公式なので官庁ではないけど・・・まぁ、国の機関ですね。」

「せやのに、社長さんは世襲制なのか?」


 社長室に飾ってあった歴代社長の肖像のうちの数枚が、現社長と似た面影を持っていたので、疑問に感じた勘平が尋ねる。


「その辺は、政治家と同じ・・・と考えてください。

 そのお陰で、国と太いパイプがあって、一定の資金を引っ張れるみたいですよ。

 俺には政治のことはよく解りませんが・・・。」

「なるほどな。」


 怪士対策陰陽道組織(退治屋)の初代の代表には、組織を開闢させた内閣参与の血族が宛てられた。それが、現代表・喜田仙蔵(きた せんぞう)の先祖になる。退治屋は個人企業や世襲制ではないのだが、創始以降、院政で従えられる他者で中継をしながら、代々の喜田家がトップに君臨をしていた。今の退治屋も、現代表の後任は、副代表が一時的にトップに収まり、数十年後には、喜田仙蔵の子、そして孫の御弥司に引き継がれることになるのが暗黙の方針だ。

 ただし、この当時は、50年後の、規模が拡大した退治屋とは違い、組織を盛り立てて日本の平和を守る為に、社長と社員が一丸となっていた。


「まぁ・・・あの社長さんなら、好きになれそうやさかい文句はあれへんがな。」


 勘平の、退治屋としての活動が始まる。尤も「退治屋の守備範囲は全国各地」とは言うものの、21世紀ほど通信網が発達をしていない時代なので、地方での神隠しは、余程の大規模に成らなければ、本部には伝わらない。関東圏、及び、東海~関西圏が、退治屋の活動の中心だった。


 人間の運動能力を超えた戦闘能力を持つ異獣サマナーアデスが妖怪を弱らせ、陰陽道を扱える隊員が浄化をする。その様子を映像に記録して、報告書と共に、国に提出をする。最初は、ひたすら実績を作り続けた。

唯一戦える勘平は、妖怪事件が発生すれば、最優先で現地に向かい、妖怪事件が無い時は、本部で陰陽道を学んだ。異獣サマナーの戦力のおかげで、妖怪退治の実績は大幅に改善され、1年が経過をする。


「喜んでくれ、粉木君!」


 遠征から戻ってきた勘平を、社長自ら会社の前で待機をして出迎えてくれた。彼の笑顔を見た勘平は、一定の手応えを感じる。


「開発資金が下ったか?」

「その通りだ!

 サマナーシステムを分析して、試作装備を開発する許可が下りたぞ!」


 異獣サマナーをプロトタイプにした新装備があれば、勘平以外も妖怪と互角に戦えるようになる。妖怪討伐が加速して、且つ、隊員の安全性が高まることは、勘平にとっても喜ばしいことだった。


「そやけど社長・・・

 分析のためにサマナーシステムを貸すには、一つ条件があるんや。」


 勘平は、サマナーシステムの‘人命を無視した性能’に疑念を持っており、人体負担をかけないシステムの開発を、システム提供の前提条件にした。


「承知しているよ。人体に負担をかけないシステム・・・だろ?

 君の友人に起きた不幸な事故・・・

 私は、大切な従業員を、同じ目に合わせたくはない!」

「頼んまっせ。」


 退治屋の戦闘強化服=コードネーム・ヘイシの開発がスタートする。



 サマナーシステムがモンスターとの契約で戦闘能力を上げるように、ヘイシシステムは妖怪の力を戦闘力に変換することが決まった。しかし、当時の退治屋は、妖怪を浄化する能力のみで、封印したり使役する技術は持ち合わせていなかった為、鬼退治の名門・狗塚家に技術協力を依頼した。


「いいだろう。妖幻システム完成の暁には、提供をしてもらえるなら協力をする。」


 当時の当主・狗塚善仁は、陰陽道による鬼退治に限界を感じていた為、喜田社長の申し出を快く引き受けた。

 ただし、サマナーシステムのように、「無」からプロテクターを出現させる技術など無いので、霊力を溜め込みやすい材質で作られたプロテクターに、妖怪を封印して使役するシステムを目指した。


 プロトタイプは、使役妖怪の能力をそのまま戦闘力として扱う為、装着者の霊力が使役妖怪の妖力に負けた時点で魂を食われ、装着者が死ぬまで暴走を続ける。名門の狗塚ですら、装着により、体力を大幅に消耗させた。それでも、当時の退治屋達は、激しい戦いに勝つ為に、命を媒体にするしかなかった。


「これでは、友の命を奪ったサマナーシステムと変わらないではないか!」


 事態を重く見た開発局は、プロトタイプ・ヘイシに封印された妖怪に、大幅なリミッターをかけた。それでは、戦力として脆弱だったので、ヘイシ装着者の数や、サポートをする一般隊員で補う。


 一定の手応えと失敗を重ね、必要に駆られ、退治屋は従業員数が増えていく。



「芽高くん!声、まだ籠もっとるわちゃ!」


 勘平から2年遅れで就職をした砂影滋子が、ヘイシプロテクターに妖怪を封印する際の「妖怪の声」を聞いて、技術責任者の芽高勇にダメ出しをする。


「そうか?俺には、いつもと変わらないように聞こえるんだがな。」


 ヘイシプロテクターの精度と、妖怪の質によって、リミッターの割合が変わる。同種の妖怪でも、発生条件や地域に差があり、リミッターは一様にはならず、戦闘能力が弱すぎたり、妖怪の使役力が低下して上手く扱えなくなる。滋子には、それらの「ちょうど良い」声を聞き分ける才能が有った。


「滋子が言うんや。やり直してや。」


 勘平が口添えをしてやり、芽高は部下に「やり直し」の指示を出す。

 滋子が「新入社員の初々しい事務員さん」として、勘平にとって「可愛い後輩」だった期間は短かった。当時はまだ、女性の社会進出率が低い時代で、滋子には現場ではなく、お茶汲み係、兼、事務員の職務が与えられたのだが、時間を持て余して、勝手に開発部に遊びに行き、声を聞き分ける才能を発揮した。

 大学では英語を必修していた為、外国の技術を読み込む語学力があり、古典を選択していた為、古い文献を読んで妖怪の性質を把握することが出来た。

 滋子の入社から3年。彼女は、お茶汲み係、兼、事務員とは名ばかりの、開発部のアドバイザーに成っていた。そして、男女の区別をしない喜田社長の意向で、更に2年後には、勘平よりも昇進をしていた。


「ほらね、勘平。言うた通り、私の方が昇進が早かったやろ。」

「じゃかましいっ!」


 勘平の昇進が遅いのは、未だに現場は勘平に頼ることが多く、且つ、勘平が現場を望むからなのだが、彼は昇進を喜ぶ滋子に、あえてそれは言わない。




-5年後(現代の約35年前)-


 退治屋の主力は、ヘイシシステムがマイナーチェンジを繰り返して強化されたヘイシⅡシステムに移り変わっていた。ヘイシⅡは、装着者が封印妖怪に食われる危険性は無かったが、代わりに装着者の才能を必要とするシステムだった。陰陽道を習っただけでは、装着をしても満足に稼動できない。霊力の高い者しか満足に扱えないという理由で、装着者の負担を強いた。

 ヘイシⅡの台頭により、年功序列ではなく、才能の高い者がヘイシⅡを装着してミッションのチーフとなり、ベテランでも霊力の低い者はサポート役のヘイシ(初期型)しか装着できないという、実力主義の線引きが為された。


「粉木くん、すまないが、皆の模範になってくれ。」


 若くて人生経験が未熟でも、才能が有れば即戦力でチーフに成れてしまう歪さに憂慮をした上層部は、ベテラン退治屋が次期主力を育てる「師弟制度」を導入した。 「師」として真っ先に白羽の矢が立ったのが、既に古参の域に達し。自他共に認める退治屋の功労者・粉木勘平だった。


「ガラじゃ無いんだけどなぁ。・・・まぁ、しゃーないか。」


 勘平が「師」を引き受けたことがキッカケになり、芽高などの他のベテラン退治屋達も、「師弟制度」を受け入れる。


・退治屋候補生は、本部に就学をして、2年~3年程度、陰陽道を学ぶ。

・本学終業後、ベテランの退治屋の弟子と成る。

・弟子の育成を優先する為、師弟には、下級妖怪事件、

 もしくは、他の者が担当する妖怪事件の補佐を割り当てられる。

・弟子は、師の元で、1~2年の実務を経て、妖幻システムが支給される。

・師の役割はあくまでも弟子の育成なので、妖怪討伐の中核は弟子に任せ、

 師はアドバイスとサポートに専念をする。

 (要は、弟子が余程の危機に陥らない限り、師は全力では戦わない)

・妖幻システム取得後、更に2~3年の実務を経て独り立ちをして、

 主任の役職を与えられる。(弟子のうちは、どんなに活躍をしても平社員)

・役職取得後は、単独、もしくは、グループで妖怪事件を担当する。

 事件の規模に応じて、ヘイシ(一般隊員)の指揮を任されるようになる。

・平均で二十年程度の実績を得た後、指導者の才覚を認められた者は「師」となる。

・師は、弟子が独り立ちをした後、新たなる弟子を取る。


「粉木さんは、ヘイシⅡを使う気は無いのですか?」


 未だにサマナーシステムを使っている勘平に対して、当時の弟子が質問をする。


「サマナーの方が慣れとるんや。」


 攻撃力だけならば、妖怪退治に特化したヘイシⅡの方が優れていた。だが、テクニックを駆使した多様性ならば、未だに総合力ではサマナーシステムの方が上。勘平は、使いやすい異獣サマナーアデスで戦い続けた。


 同時期、サマナーシステムの解析を続け、「封印した妖怪を装甲の形で実体化をする」という方式で、退治屋は「無」からプロテクターを出現させる技術を獲得した。

 話を聞きつけて開発室に顔を出した勘平と滋子を、技術責任者の芽高が笑顔で迎え入れ、ハイタッチで貢献を祝う。


「ようやく、此処まで来たな!」

「もう、サマナーシステムの方が優れているなんて言わせないぞ!」

「新しいシステムが完成したら、勘平もそっちに乗り換えるが?」

「完成品を見てみーへんと、何とも言われへんがな。

 ワシは後回しでええ。次世代の若いヤツらに支給するのが先や!」


 このプロジェクトはコードネーム・妖幻システム呼ばれ、本格的な生産ラインを確保する為に、社屋の隣に大きな開発工場が新築された。

 ただし、まだ開発段階であり、妖幻システムの実装には、更に数年の歳月を必要とする。




-10年後(現代の25年前)-


 通信網(インターネット)の発達により、退治屋の活動範囲は全国各地に広がる。組織の規模は膨れあがり、東京の本部と支部の他に、各政令指定都市に支店、各県に1~2の支部が設けられていた。


 芽高勇は、妖怪退治の実績、ヘイシシステム~妖幻システム開発の実績、勘平を勧誘して退治屋の在り方を変えた実績で、数年前に社長職に就任をする。

 滋子は、東京支部・妖怪退治2課の課長代理。勘平は2課のチーフの業務に就いていた。芽高は、気心の知れた勘平と滋子に本部での社長補佐を求めたのだが、勘平は現場での弟子の育成を希望し、滋子は「勘平が現場ならば私も」と支部に留まる。


「なんやて?またかいな?1週間前に弟子が独り立ちしたばかりやで!」


 師弟関係がマニュアル化されて以降、勘平は3人の弟子を一人前に育てていた。将来有望な若者が師に従事して独り立ちをするまでの期間は3~5年程度。既に3人を巣立たせていた勘平は、師としても優秀なことを証明していた。


「1週間も気楽に凄したんやさかい、もう良いやろう。」

「たった1週間や!ちっとは休ませいや、滋子!」


 事務所では、上司の砂影滋子と、部下の粉木勘平が、「次の弟子」について、低レベルな議論をしている。


「仕方ないやろ!

 いくら手を抜くフリをしたって、

 アナタの実績ちゃ、上がそんぐり把握しとるが!」

「オマンが細々と報告するからやろが!ちっとは隠せや!!」

「そうはいかんわ!

 アナタの下に付いた弟子ちゃ、その後も皆、順調に活躍しとるのちゃ!」


 2人がどうでも良い議論をするのは、今に始まったことではない。日常茶飯事な光景なので、特に誰も気にしていない。それどころか、滋子の弟子の夜野圭子は「相変わらず仲が良い中年バカップル」と茶化す。


「やれやれ・・・面倒臭い女を上司にしてもうたわ!」

「芽高君、直々の指示ちゃ!」

「やれやれ・・・面倒臭い男が社長になってもうたわ!」


 滋子と勘平の腐れ縁は25年を経過していた。彼等が若い頃は、周りの人間は「息が合う2人は、やがて結婚するだろう」と思っていたが、今に至るまで、2人が所帯を持つ事は無かった。

 勘平は、若い頃から、心の片隅で「死」と向かい合っていた。だから、新しい家族を背負う気が無い。滋子は、勘平の心に傷を把握した上で、彼の一番の理解者、兼、管理者を続けている。


「今回の子ちゃ、これまで就学してきた子の中で、

 いっちゃん優秀な成績を修めとるわ。

 上層部では‘狗塚家と同等の潜在能力’とか、

 ‘数百年に1人の逸材’と評価しとる人もおるくらいちゃ。」

「だったら、評価しとるヤツに付ければええやろが!」

「へぇ~~~・・それで良いが?

 弟子にしたいっていっちゃん熱望しとるのは、喜田常務なんやけどね。」

「・・・あの、自己保身ばかりの、頭でっかち・・・か。

 有能な若者を自分の駒にする魂胆が見え見えやな。」


 喜田御弥司は、実力ではなく、血縁で幹部になった男。彼の父(前社長)や、祖父の喜田仙蔵(勘平が退治屋に参加した時の社長)には恩義を感じている勘平だが、彼のことは嫌っている。


「フン・・・政治と自己保身に労力を割いとるヤツなんぞに、

 ‘数百年に1人の逸材’は預けられんか。

 しゃ~ない、ワシが面倒を見よう。なんちゅう名前の子や?」

「日向信虎、20歳!・・・頼んだわよ、勘平師匠!」

「・・・はいはい」


 滋子が差し出した「新しい弟子」の履歴書を、勘平は面倒臭そうに受け取って、目も通さずに脇の机に置く。その光景を見た同僚達は、「また始まるぞ」と必死で笑いを堪えた。次の瞬間、滋子のカミナリが勘平を直撃。置き去りにされた履歴書を掴んだ滋子が、勘平の顔面に押し当てて、そのままの勢いで勘平が悲鳴を上げてギブアップするまでアイアンクローを続ける。



 勘平の了承から3日後、まだ少年の面影を残した20歳の若者が、勘平の弟子として配属をされた。


「日向信虎です。宜しくお願いします。」

「聞いてんねん。めっちゃ優秀なんやってな。」


 退治屋を目指す若者は、見込み有りと判断された後(合格通知獲得)、本部で2~3年の就学をして、師の元で実務経験を積む。つまり、2年で就学を終えた信虎は、優秀な部類に属すのだ。


「はい!文武共に首席です!」

「謙遜する気は無いんか?」


 まだ、「自分には何だってできる」と自信&希望に満ちた若者だ。勘平は、第一印象で「自信過剰な部分は、上手く導かなければ」と感じた。その日から、有能な師と、逸材な弟子の、退治屋業務が始まる。


「銀塊への霊力封入と護符作りは習うてるな?」

「はい、習いました。」

「なら早速やってみぃ。」


 最初の任務では、別師弟の担当する妖怪退治に加わり、銀塊&護符作りや情報収集でサポートをした。信虎は与えられた仕事を着実に熟し、「妖幻ファイターによる妖怪退治」を間近で観察する。

 2度目の任務も、別師弟のサポートだった。信虎は特に不平を言うことはなく、仕事を熟す。だが、3度目の同じような任務に就いた時、彼の様子が違った。


「粉木さん・・・。」

「なんや?サポートばっかりで飽いたとでも言うんちゃうやろうな?

 他人のやり方を学ぶのは、大切な事やで。」

「それは解っています。

 ・・・が、粉木さんは彼等の戦い方どう思っているんですか?」

「ん?何が言いたい?」

「粉木さんと俺なら・・・

 いえ、俺が粉木さんをサポートすれば、一般人に迷惑を掛けず、

 もっと早期解決をするように思えて。」

「・・・・・・・・・・・・・」


 勘平は驚いた。信虎の指摘は勘平自身が感じていたことと同じ。別師弟の要領の悪い戦い方を眺め、勘平は「自分が主導権を握ればもっと上手く出来る」と感じならが、信虎の研修を優先させて黙って見守っていたのだ。


「たかが下級妖怪相手に、こんなに沢山の銀塊とか護符なんて必要ありませんよね。

 あの人達(別師弟)、戦い方が下手くそすぎませんか?」


 別師弟のやり方に不満を感じた信虎は、与えられた役割を放棄して、単独で妖怪を誘き出して対峙をする。当時の信虎は、妖幻システムを所有していなかった為、最終的には別師弟の妖幻ファイターが妖怪を討伐したが、結果的には早期解決に繋がった。


「君、凄いな。さすがは粉木さんの愛弟子だ。」

「いえ、たまたま上手く行っただけですよ。」

「君の実績は、上層部に報告しておくよ。」

「宜しくお願いします!」


 勘平は、独断専行をした弟子を怒鳴りつけたかったが、別師弟が彼を高評価するので、受け入れるしか無かった。

 報告を受けた上層部は、優秀な師弟に、難易度の高い現場を宛がう。比較的大きな妖怪事件のサポートである。討伐対象は中級妖怪。これまで対処した下級妖怪とは強さのランクが違う。ベテランクラスの退治屋が複数班で対処する案件に、戦力の一角として加えられたのだ。さすがに、前回のような勝手な行動は出来なかったが、優秀な師弟は、期待された以上の働きをして、妖怪討伐に貢献する。



 弟子入りから数ヶ月、着々と経験を重ねた日向信虎は、才能と実績を認められ、妖幻システムを与えられた。これは、前線に出て、独自の判断で、妖怪と戦えることを意味している。


「今まで、よう頑張ったな!」

「師が良いんですよ!」

「封印妖怪はなんじゃ?」

「雷獣です!」

「名は?」

「妖幻ファイターブロント!

 太古に生息したブロントテリウム(雷の獣)という哺乳類に因んで決めました!」

「強そうな名やないけ!」


 弟子の晴れ姿を喜ぶ勘平。特殊な家系の狗塚家を覗けば、妖幻システムの獲得時期として、師弟制度が定着して以来で最速の出世だった。

 日向信虎は、師の勘平から見ても、過大評価抜きで‘数百年に1人の逸材’だった。ただし、優秀すぎて、自分の力を信じすぎる若き弟子を、勘平は危惧していた。


「愛弟子が昇進した記念日ながに、祝賀会じゃのうて独り酒?えらい寂しいわね。」


 滋子が、居酒屋のカウンターで、1人酒を飲む勘平を見付けて、隣に座った。


「なんや、滋子か?呼んだ覚えは無いで。」

「呼ばっしゃいま。何か悩みがあるんやろ?

 おめでたい日ながに、弟子と朝まで騒がんなんて、勘平らしくないわ。」

「・・・やれやれ、面倒臭い女に絡まれてしもうたな。」


 勘平は、コップに入った日本酒を半分ほど飲んで溜息をつく。


「オマンの弟子・・・夜野圭子は順調か?」

「誰に物を聞いとるが?もちろん順調ちゃ。

 ちょっこし迷いやすいクセがあるけど、

 素直で良い子やさかい飲み込みも早いわ。」

「・・・そうか。素直か。」

「その言い方やと・・・信虎君ちゃ素直でないが?」

「才能はある。やがては退治屋の歴史のど真ん中に名を刻む男や。」


 今の時点で、「退治屋の最大の功労者(管理職を除く)は、粉木勘平」というのが大多数の評価だった。勘平は、「信虎は自分を越える」と言っているのだ。


「あらあら、越えられるのがご不満?」

「アホ言うな。ワシは功労者なんて評価は要らん。

 若い奴が越えてくれるのは、嬉しいばかりや。

 そやけどな・・・・。」

「・・・ん?」

「奴は傲慢すぎるんや。

 ワシの弟子から離れて目が届かんくなったら、どうなるか解らん。」


 通常であれば、弟子入りをしてから妖幻システムを選るまでに1~2年。そして、妖幻システムを得た弟子は、2年~3年程度で師を離れて独り立ちをする。だが、優秀すぎる弟子は、勘平の元を離れたら、誰も抑えられなくなる。勘平が師として、出来るだけ長い間、抑えてやりたいのだが、上層部は、信虎の独り立ちを急ぐだろう。


「芽高(社長)には、ワシの元から遠ざけないように頼んであるがな。」

「私からも根回しをしとくわ。」

「・・・そやけど、問題は喜田のバカ息子や。」


 将来の社長席が約束されている喜田御弥司常務は、好き勝手にさせてくれない芽高勇社長を「目の上のタンコブ」と嫌っていた。だが、今の退治屋中枢を担うのは、芽高と共に今の体制を気付き上げた勘平や滋子などの‘芽高派閥’だ。喜田御弥司は、現状で社長に権力闘争を仕掛けるほど愚かではない。だが、自分の派閥が力を付け、芽高派閥の力を削ぐ根回しは怠らない。「実績や功労」ではなく、「政治力」では、現場上がりの芽高より、帝王学を学んだ喜田の方が圧倒的に優れていた。


「奴は、将来の退治屋中枢を担う信虎を抱き込みたくてしゃーないんや。」


 喜田常務は、頻繁に信虎に声を掛けて褒めちぎり、食事に誘い出そうとする。

 勘平は、優秀すぎて傲慢に流されがちな弟子の行く末と、彼を権力闘争に巻き込もうとする常務の魂胆が不安で仕方が無かった。



 数十年の周期で、鬼族の活動が活性化をする。鬼の討伐は、退治屋ではなく、鬼の専門家・狗塚家の宿命なのだが、当主・狗塚宗仁からの依頼で、サポート、及び、鬼と呼応する妖怪を牽制する為に、特別班が編制されることに成り、妖怪退治部2課が割り当てられた。

 チームリーダーは、課長で、勘平より年配のベテラン退治屋(芽高派閥)。大武剛という若くて優秀な弟子が付いている。勘平と信虎、滋子と弟子の夜野圭子が、補佐をする。


「勘平!未確認だが、鬼の出現情報だ。早速、確認に向かってくれ!」


 文架市は、全国平均と比較をすると、妖怪が発生しやすい地域。しかし、所詮は田舎の一地域で、人口密度が低い為に、当時はまだ支部を設けられていない。鬼出現の情報を確認する為、勘平に文架市の調査が命じられる。


「あまり行きとうはあれへん場所やな。」

「私達が変わりましょうけ?」

「いや、任務は任務や。選り好みはでけへん。」


 旅立ちから20年以上。勘平は文架市を意図的に避け、一度も足を踏み入れていない。亡き盟友を思い出すことを嫌い、退治屋の業務に没頭を続けてきた。滋子からは気遣われたが、「あの頃とはもう違う」と自負する勘平は、これを文架市入りの機会と決意をする。




-文架市-


 二十数年ぶりの文架市は、勘平の知る面影は残すものの、大きく様変わりをしていた。一級河川・山頭野川に文架大橋が架かって、文架駅から真っ直ぐに川東に来られるようになり、二十数年前には田畑だった地域を住宅地や商業地にする為の都市計画が急ピッチで進められている。田舎ゆえに秘密結社の根城に選ばれ町は、数年後には人口の増加が約束された都市になっていた。


「へぇ・・・あの田舎町がのう。」


 川西に在る恩人の工場がどうなったのか?亡き盟友の恋人と子を引き取ったらしいが、今はどうしているのだろうか?関心はあるが、喧嘩別れをした恩人に合わせる顔が無いので、あえて避ける。


「さて・・・文架に詳しい知り合いを尋ねてみるかいな。」

「そんな知人が居るんですか?」

「知人ちゃうくて知り合いだ。」

「・・・?同じ意味では?」


 信虎は‘知り合い’と‘知人’の違いが解らないまま、勘平と共に、文架市の西にある羽里野山を登る。


「お氷・・・いるんやろ、顔見せい!」


 勘平が呼び掛けた途端、冷たい妖気が場を支配して、吹雪が吹き荒れ、白い着物を着て、青メッシュ入りの長い白髪で、白い肌をした妖怪が出現をする。


「妖怪!雪女か!?」

「氷柱女のお氷や。人害はあれへんさかい安心せんかい。」


 身構える信虎を勘平が手で遮って制する。


「この地に鬼がおるらしいが、オマンは把握してるか?」

「もちろんだ。数日前まで、麓の町に天邪鬼がいた。だが今は居ない。」

「何処へ行ったんや?」

「そこまでは知らぬ。いつの間にやら気配が消えていた。

 おそらく、他の鬼に呼ばれて、鬼の軍団に加わる為に行ったのだろうな。」

「・・・そうか。もうおれへんか。

 来たついでに、もう一つ教えてや。

 文架市街の全域に妖気が立ち込めてるのは鬼の仕業か?」

「それは鬼とは関係無い。」


 文架市は、元々、妖気溜まりに成りやすい地域。且つ、都市の形状と川の位置が風水に理想的で、龍脈と龍穴が整っている。だから、鬼の活性化に関係無く、妖怪が頻発しやすい。過去の勘平は、陰陽道を学んでいなかった為に、この事実を「気のせい」程度にしか感じていなかったのだ。


「なるほどな。おおきに。」

「鬼族の繁忙か・・・嫌な時期だ。」

「オマンはどうするんや?例によって、傍観かいな?」

「もちろんだ。要らぬ争いに首を突っ込む気は無い。

 鬼共が止むまで、せいぜい、温和しくしているさ。」

「あぁ、そうしてもらえると助かるわい。」


 勘平と気心の知れた女妖怪は、その流行に乗る気は無いらしい。一定の情報を得て、且つ、知り合いの今後の動向を確認した勘平は、氷柱女に別れを告げ、信虎を連れて羽里野山を下山する。


「粉木さん・・・なんで、あの妖怪は始末しないんですか?」


 信虎は、師が、氷柱女に対して何もしないことに驚いた。


「始末する必要がないからや。」

「でも・・・妖怪は討伐対象ですよね?」

「害を為さんうちは放っておけ。」

「粉木さんにとって、氷柱女とは一体?」

「話とうない。」


 勘平にとって氷柱女は、過去に滅んだ秘密結社との抗争時の思い出。亡き盟友との同意で、氷柱女の放置を決めた。その記憶を掘り起こしたくはない。

 一方、却下をされ、足を止めて不満そうに山頂を見上げる信虎。この齟齬が最初の擦れ違いだった。


「害を出さないから倒さなくて良いのではなく、

 害を出す前に倒すべきではないのか?」


 本部に戻って数日が経過。非番の某日、信虎は、氷柱女を退治する為に、単身で文架市に赴き羽里野山を登った。単純に、妖怪は全て倒したいという潔癖な思惑もある。強い妖怪ほど強い武器になるから、封印したいという渇望もある。だが、氷柱女は、初対面の時点で、信虎の潔癖な攻撃性を見抜いていた。氷柱女は山頂から離れ、信虎が何処を探しても、討伐対象を発見することは出来なかった。


 時を同じくして、都内で妖怪事件が発生する。いくら非番日でも、鬼が出現をしたら、休日を返上しなければならない。しかし、信虎は電波の圏外にいた為、勘平が携帯電話に何度連絡を入れても繋がらなかった。


「あのアホ、何処で何やってるんや?」


 事件は、勘平の変身した異獣サマナーアデスが、被害が拡大する前に解決した。


「バカもんがぁぁっっ!

 任務中に単独行動をして事件に間に合わないとは、どういうつもりだぁっ!!」


 勘平は、信虎を、初めて怒鳴った。これまで、師から注意されることはあっても、怒鳴られることはなかった。


「申し訳ありませんでした。」


 信虎は素直に謝罪をしたが、心に片隅で「サッサと氷柱女を倒していれば、こんな事には成らなかった」と、考えの甘い勘平を批難する。

 一方、勘平は、今回の一件を上層部には報告しなかったが、自分の意見を無視して「氷柱女を倒そうとした」信虎に、一抹の不安を感じるようになる。


 師は「弟子は危険な思想を持っているが、まだ若いから、徐々に強制すれば良い」と考えていた。

 弟子は「師は考えが甘い部分を除けば、尊敬すべきところはいくらでもある。師の教えに従っていれば間違った行動は無い」と考えていた。

 2人の間にある僅かな軋轢は、表面化をすることはなく、しばらくは、円滑な師弟関係が続く。


 この時期、異獣サマナーのパワーアップシステムを解明した開発部は、制御可能な状態で制限時間を設けて、封印妖怪の力を発現させ、妖幻ファイターの性能を3割程度向上させるシステムの開発に着手をする。

 プロジェクトのコードネームはシルバーメダル。この計画が、有能な師弟に大きな楔を打ち込むことを、勘平と信虎は、まだ知らない。



 勘平は、喜田常務に呼び出され、銀色のメダルを提示される。


「これは?」

「話くらいは聞いていますよね?

 妖幻ファイターの性能を3割ほど向上させるアイテムです。」

「噂くらいには・・・な。

 そいで?これをどうしろと?」

「最前線に立つ日向君に使わせてください。メリットは保証します。

 ・・・が、まだ試作の段階なので、デメリットが解りません。

 有能な粉木さんが、銀色メダルの使用状況を観察して、

 恩恵と弊害をフィードバックしてください。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 最初の被験者に選ばれたのは、日向信虎だった。喜田常務は、才気溢れる若者に使わせる為ではなく、実戦経験が豊富な勘平に観察をさせる為に、勘平の弟子に白羽の矢を立てたのだ。


「話にならん。聞かなかったことにする。」


 勘平は、迷うことなく銀色メダルの受け取りを断った。愛弟子はモルモットではない。弊害の有無が解らないものを、信虎に与えるわけにはいかない。

 しかし、話は、これで終わりにはならなかった。次は、社長室に呼び出され、芽高社長や、副社長&重役達が同席する中で、喜田常務は勘平に説得を試みる。


「そんな、危険なシステムを、弟子に使わすわけにはいけへん。」


 だが、それでも、勘平の意思は変わらなかった。勘平は、人間が過ぎたる力を得た末路を知っている。銀色メダルの危険性と、弟子の危険思想。勘平は、2つを交わらせることに大きな危険と感じていた。


「開発部が心血を注いだシステムなんですよ。

 使っただけで強くなれるんです。

 ダメならばダメなりにフィードバックをして改良すれば良いんです。」

「なら言わせてもらうが、銀色メダルなるプロジェクトは、直ぐに凍結しろ。

 人は、苦労をして力を手に入れなければならんのや。

 安易すぎる力は、ロクな結果にならん。」


 開発部の苦労を全否定する辛辣な言葉だ。勘平に好意的な芽高社長でも、さすがに、聞き流すことは出来なかった。喜田による一連の説得工作が、芽高派閥の結束力を崩す為の画策と言うことに気付かずに・・・。



-昼休み-


「勘平、えらい評判を落といとるらしいけど、どういうつもりなの?」

「なんや?もう、オマンの耳にも入ったんか?」


 滋子が、1人で仕出し弁当を食べている勘平の前に立って問い質す。


「なぁ、滋子

 ・・・オマンは、葛城のオヤッサンから、本条のことはどう聞いとる?」

「今更、20年以上も前の話を持ち出いて、なんなの?

 勇敢に戦うて、首領と相打ちになったとしか聞いとらんわ。

 尊さんが亡くなって以降、昭兵衛さんは、あまり話したがらなんださかい。」

「そっか・・・なら良い。」


 勘平の亡き盟友の悲惨な終焉は、滋子にも伝えられていないようだ。粉木は滋子に「安易に手に入る力は人を勘違いさせる」とだけ説明をして、以降の説得を取り合わなかった。




-数日後-


 上層部に警戒をしていた勘平だったが、弟子の生理現象にまで付いていくわけにはいかない。勘平では話にならないと判断した喜田常務は、意図的に通路で信虎とすれ違い、名指しをして呼び止める。


「師が頑固者だと、弟子は困るね。」

「は?何の話ですか?」

「彼は、優秀な君が、自分の功績を越えることを嫌っているんだろうか?」

「粉木さんが・・・いったい何を?」

「その様子だと、何も聞かされていないんだね。

 粉木さんは、いったい何を考えているのやら?」


 喜田は信虎を人目に付かない小会議室に呼び出して、銀色のメダルを提示する。


「これは?」

「君の芳しい評判は、頻繁に耳にする。

 君は、間違いなく、我が社に勇名を残す英雄に成る。

 だがね・・・それを拒む者が、君の身近に居るのだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「この銀色メダルは、妖幻ファイターの戦闘能力を格段に上昇させる。

 しかし、粉木さんは君に渡すことを拒否したんだ。」

「え?・・・粉木さんが?」

「彼は、どういうつもりなんだろうね?」


 信虎の表情が曇る。それは、「師の判断に間違いは無いと全面的に信頼する表情」ではなく、「以前から持っていた不満が表面に現れる表情」だ。喜田は、その機微を見逃さない。


「力を持つ資格がある者に、正統な力が与えられないのは憐れだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「師の意向を無視する行為は避けたいが、

 君が望むなら、俺は禁忌を破っても良いと思っている。

 君はどうしたい?」

「・・・お、俺は。」


 信虎は一瞬躊躇ったが、喉から手が出るほど欲しい力を求めて、銀色メダルに手を伸ばす。


「これで、俺と君は共犯だ。

 尤も、君が銀色メダルの有効性を示して、粉木さんの考えを覆せば、

 頑固な君の師匠は、何も口出しできなくなるだろうがね。」


 信虎は、受け取った銀色メダルを握り締めて、深く頷く。優秀な師に恥をかかせたいとは思っていない。才能ある自分が新技術の有効を示して、師が考えを変えてくれることが、信虎の望みだった。



 中級妖怪発生。ベテランでも簡単には倒せない事案に、勘平師弟と、単独の妖幻ファイター2人が鎮圧に宛てられる。妖怪と対峙をして、討伐の段取りを打ち合わせる勘平。しかし、信虎は勘平の指示を無視して、妖幻ファイターブロントに変身。単身で妖怪に突進をしながら、銀色メダルを使った。


「なにっ?なんで、信虎がそのメダルを!?」


 サポートの妖幻ファイターは見取れ、勘平は驚く。ブロントの元々の強さ+銀色メダルによる攻撃力のアップにより、中級妖怪は瞬殺をされた。銀色メダルは鮮烈のデビューを果たしたのだ。


「信虎!そのメダルはアカン!」

「大丈夫ですよ。後遺症は何もありません。粉木さんは心配性だな~。

 俺が使い熟せないと思っていたんですか?

 もう少し、自分の弟子を信用してくださいよ。」


 妖幻システムは、時代のテクノロジーを駆使して、「封印妖怪が可能な限り力を発揮する」と「装着者が妖怪に支配されない為に力を抑える」のギリギリのラインで製作されていた。つまり、既存妖幻システムの戦力を上廻ると言うことは、「装着者が妖怪に支配される」可能性が高くなることを意味している。


「アカン、信虎!安易な力なんて、必ずシワ寄せが来る!!

 そのメダルは棄てろ!過ぎたる力は持つべきではないんや!」


 弟子は賛辞して、師は全否定をする。絶対に交われない平行線は、次第に両者の声を荒げさせる。


「俺を侮るな!俺は使い熟します!

 ずっと思っていました!!師匠は甘いんです!!

 悪を淘汰する力なんて、いくらあっても、足りないくらいです!!」

「・・・信虎っ!」


 勘平の不安を嘲笑うかのように、勘平の弟子は、制御可能な新たなる力を得て、命を失うことなく、華々しい戦果を上げたのだ。その後、勘平が何度止めても、信虎は師を侮り、自惚れ、アドバイスに耳を傾けず、喜田常務の称賛と、同僚達の羨望しか受け入れなかった。それまで円滑に見えた師弟に入った亀裂は、日増しに大きな物になっていく。


「使ってはならん!」

「師は臆病者だ!自分は師を越えたんです!」

「物の力で越えることに、何の意味も無い!!」

「持たない者の僻みですか?ご不満なら、貴方も銀色メダルを使えば良いんです。

 尤も、貴方のサマナーシステムでは互換しませんがね。」


 信虎の良好な戦績により、上層部は「銀色メダルの開発は成功した」と判断して、更に数枚の試作品の増産を決定する。


「芽高!社長権限で開発を止めてくれ!過ぎたる力をバラ蒔くな!」

「そう言われても、弊害が確認できず、実績のあるシステムを止める理由が無い。

 凍結をするには、相応の説得力を持ったデータが必要だ。

 今の方針を覆す根拠はあるのか?」

「・・・根拠は・・・ワシの勘や。」

「それでは、いくら粉木の頼みでも、通すことは出来ない。」


 勘平と気心の知れた芽高でも、勘平の言い分を納得することは出来なかった。勘平は、再三に渡り、開発の中止を求めたが、上層部は、勘平の事を、次第に腫れ物のように扱うようになる。


「勘平、いい加減にして!

 これ以上ちゃ、私や芽高君でも、アンタを庇いきれんくなる!」

「庇えなんて誰も頼んでへん。」


 芽高や滋子も、銀色メダルの有効性は認めていた。滋子の説得も、勘平には届かない。

 師弟で出動をしても、信虎は銀色メダルばかりを頼り、勘平がいくら指示をしても相手にしない。その光景は、「粉木は現場で何もしていない」「優秀な弟子の邪魔をしているだけ」と見られるように成り、徐々に「役に立たない老害」の解雇を望む意見が上がり始める。


「権力を嫌うワシが、平穏の為に権力下に勤めて20年強。

 ・・・そろそろ頃合いかの?」


 もはや、組織に勘平の居場所は無くなっていた。彼自身、上層部に辞表を叩き付ける覚悟をしていた。そんな某日、芽高に呼び出され、勘平は「最後通知が来る」と覚悟を決め、辞表を持って社長室に赴いた。同室には、何故か滋子も同席している。


「なんでオマンまでおるんや?」

「アンタが引導を渡される瞬間を見たくてね。」

「フン!勝手にせい。」

「粉木・・・。もう庇えない。銀色メダルの被験補佐と左遷、どちらを選ぶ?」

「芽高・・・オマンなら、聞かずとも解ってるやろ?

 せやけど、クビちゃうくて、左遷なのか?」

「ああ・・・君には、本部から離れ、新しい地域の支部長になってもらいたい。」

「・・・ん?」


 文架市が妖怪の発生しやすい特殊な地域ということは、報告書で上がっていた。ただし、他の支店や支部と違って、店舗の類いは何も無い。部下も一切付かない。文架支部長とは名ばかりの、何一つ整っていない地域への左遷である。

 これは、「社長の片腕」とまで評価され、異獣サマナーシステムの提供によって退治屋の技術を飛躍的に向上させ、管理職を望まれながら現場に身を置き続け、複数の弟子を独り立ちに導いた勘平に対して、芽高ができる精一杯だった。


「また、文架・・・かいな。」


 退治屋創世の功労者から、お荷物の老害に転がり落ちた勘平にとって、若い頃は意図的に避けた文架市に土着することは、自分を見つめ直す良い機会なのかもしれない。


「解った。ワシは文架に行く。

 薄皮1枚かもわからんが、首を繋げてくれたオマン等には感謝するで。」


 この辞令を断れば、今まで世話になった芽高と滋子に、後ろ足で砂をかける行為になってしまう。勘平は、辞表を叩き付ける決意を寸前で留め、彼等の気持ちを汲むことにした。


 正式な辞令が通達されて、勘平が本部から去る日が来た。多くの重役が、「地方に飛ばされてしまえば、彼はもう本部の方針に口出しは出来ない」と安堵をした。喜田常務は、敵対派閥の中核が自滅を選んだことを喜ぶ。

 創世の功労者を見送りに出たのは、滋子と、彼女の弟子の夜野圭子だけだった。芽高社長ですら、立場上、「厄介払いされた老害」を見送ることが出来ず、社長室で友を思うことしかしてやれなかった。


「そのうち遊びに行くわね。」

「来んでええ。」

「あっ!そや!

 そう言や、大学時代の知人が、新しゅう開発された地区に引っ越しするさかい、

 今までの家を売るって聞いてね、壊さんで残いてもろうたが。

 開発から取り残された町外れのボロ屋なんやけど、一度見に行ってみて。

 まさか、車中生活したり、葛城さんの家に転がり込むつもりじゃ無いでしょうし、

 どうせ、行った先で何処に住むかも、満足に決めとらんがやろ?」


滋子が押しつけがましく差し出したメモ紙を受け取る勘平。指定された売り家の住所と、所有者の連絡先が記されている。


「・・・文架市陽快町か。解った、訪ねてみる。」


 荷物を積み込んだスカイラインGT-Rに乗って去って行く勘平。見えなくなるまで見送り続ける滋子に、夜野圭子が話しかける。


「本当は、一緒に行きたいんじゃないですか?」

「ダラな事言わんの。アイツとはただの腐れ縁。ようやく切れて清々しとるが。

 そもそも、アンタ、私を何歳やて思うとるが?

 恋に恋する乙女じゃあるまいし、

 私には私で、この地でやるべき事が山積みなのちゃ。」


 圭子は滋子の動揺ぶりと矛盾した言葉を聞いて、彼女に気持ちを察しつつ、あえて、それ以上の追及はしなかった。


「だったら、銀色メダルで成果を上げまくって、

 粉木さんが‘自分が間違っていた’と泣いて謝るように仕向けちゃいましょう。」

「おっ!それ良いわね!泣いて土下座したら許いてやる事にしよう!」


 一度目(退治屋就職)は、滋子が勘平を追い掛けてきた。だから次は、また追うのではなく、勘平のプライドを踏み壊して、全面降伏をしてもらう。彼が切った腐れ縁は、彼に繋ぎ直してもらう。圭子の言葉を聞いた滋子は、彼女らしく前向き(+横柄)な希望を持つ事にした。


「・・・フン。ようやく去ったか、ジジイ。

 もう、アンタの時代は終わった。これからは。若い俺達の時代なんだよ。」


 勘平の弟子・日向信虎は、2階の窓から冷ややかな眼で、出世コースから脱落して去る師を眺めていた。誰よりも優秀な弟子は、師の独り立ちのお墨付きを得られないまま師の元を離れ、2人の心が交わることは二度と無く、数ヶ月後に最悪の再会をする事に成る。

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