第20話・酒呑童子の鼓動(vs茨城童子・虎熊・金熊)

 茨城童子は、容赦無くブラックザムシードとの間合いを詰めて、両手の鋭い鬼爪を振るい、ブラックザムシードは防戦一方になって妖刀で受け流し続ける!


「ふははははっ!先程までの威勢はどうした、小僧!?」

「くそっ!」


 ザムシードが『酒』メダルを発動させてから、4分が経過!応戦で必死のブラックザムシードは、時間管理をしている余裕が無い!だが、急激に体が重くなったように感じる!茨城童子は、時間管理ではなく、妖気の気配で臨界を感じ取り、勝ち誇った目でブラックザムシードを睨み付けた!


「貴様如きがお館様の力を振るった罪は、万死に値する!」


 3歩ほど退いて間合いを空け、ブラックザムシードに向けて掌を翳す茨城童子!ブラックザムシードは妖気の衝撃波を警戒したが、発動したのは妖気乱舞に非ず!和船型バックルに鬼印が広がる!


「なにっ!?」


 今の戦いで鬼印を打ち込まれた覚えは無い!だが、間違いなくブラックザムシードを鬼印が捉えている!


「うわぁっっ!いつの間に!?」

「私が、いつから、貴様を陥れる手段を考えていたのか・・・

 思慮の浅い人間如きには想像できまい!」


 茨城童子が鬼印を打ち込んだのは、優麗高で戦った時。劣勢の状況下で、わざわざダメージに成らない鬼印を発生させたのは、数日後にザムシードを陥れる為。鬼印が、ブラックザムシードに弾き返される直前で、茨城童子は爆発をさせて、その一部でザムシードを汚染した。

 念を掻き集めて妖怪を憑かせるには、鬼印の一部を打ち込むだけでは不完全。それでは妖怪は育たない。だが、既に妖怪が存在しているなら、話は別。

 制限時間がオーバーして、臨界を越えてしまった『酒』メダルが、鬼印と混ざり合って封印を打ち破る!


「う・・・うわぁぁっっっっっっっっっ!!!」


 ブラックザムシード全身の至る所で小爆発が発生!糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、変身が強制解除をされ、燕真が仰向けに倒れた!


「佐波木っ!」

「燕真っ!」×2


 交戦中のガルダが振り返る!駆け付けてきた紅葉と粉木が青ざめて叫ぶ!

 和船型バックルから吐き出された『酒』メダルを拾い上げる茨城童子!だが、それで終わりではなく、脱力した燕真の胸ぐらを掴んで力任せに引っ張り上げ、ガルダを睨み付けた!


「狗塚の小倅よ、どちらが良い!?

 この小僧の命と引き替えに、貴様の持つお館様の封印されしメダルを渡すか、

 この小僧の頭を握り潰した上で、我ら3人と戦ってメダルを奪い取られるか、

 貴様に好きな方を選ばせてやる!」

「鬼が駆け引きだと!?

 要求に応えれば、佐波木の命は取らないのだな!?」

「や、やめろ・・・狗っ!お、俺に・・・構・・・ぐぁぁぁっっっ!!」


 燕真は、朦朧とする意識のまま、突っぱねるようにガルダに要求をするが、話している途中で茨城童子に締め上げられて悲鳴を上げる!


「フン!一握りの雑草を惜しむ者が居るか?

 摘むも放置するも、気分次第。

 この程度の小僧、生かしてやったところで、我らには何の障害にもならん。

 殺す価値すら無いと言うことだ。」


 茨城童子の言い分は事実。奴等の価値観では、燕真は、道に生えた雑草と同じ。その生死など、眼中には無い。


「わ、解った・・・要求をのもう。」


 ガルダは、茨城童子と睨み合った後、変身を解除。Yウォッチから『酒』メダルを抜き取り、名残惜しそうに数秒ほど眺め、茨城童子に向けて投げて渡す。それは、紅葉や粉木からして見れば、意外が光景だった。


「・・・狗塚」 「まさっち」


 過去の雅仁ならば、鬼の討伐と、人1人の命ならば、鬼の討伐に重きを置いた。だから、鬼の要求などには従わなかっただろう。だが、今の雅仁は違う。例えそれが未熟な足手まといでも、仲間と共に在る居心地の良さを知ってしまった。

 鬼の討伐ならば、仕切り直しが利く。しかし、友を見殺しにしてしまったら、二度と手に入れる事が出来なくなる。


「約束は守ってもらう。」

「フン!反故にする価値すら無い!」


 投げてよこされたメダルを受け取った茨城童子は、掴み上げていた燕真を乱雑に放り出し、5枚全てが揃った『酒』メダルを満足そうに眺める。既所持の3枚は、既に生命力と念で満ちている。燕真から奪い取った1枚も鬼印による汚染で満ちている。 ガルダから脅し取った1枚のみがカラの状態だが、100%の肉体で復活をした主ならば、僅かに不足した妖力など、人間を食うか、生命力の吸収のどちらかで、容易く集められるだろう。


「さぁ・・・行くぞ!虎熊童子、金熊童子!」

「えっ?コイツ等を殺さないのかよ、アニキ?

 拙者、だいぶ恨みがあるんだけどさ。」

「放っておいたとことで何も出来まい。

 我らが優先すべきは、手負いの虫けらを潰すことではなく、お館様の復活だ。」


 姿を闇霧に変えて飛び上がる茨城童子。金熊童子が後に続き、最後に残った虎熊童子は不満そうに雅仁を睨み付けてから後を追う。闇霧になった3体は富運寺内に入っていった。

 鬼の幹部達が去ると同時に、雅仁&紅葉&粉木が、倒れたまま動けない燕真に駆け寄る。

 粉木は、虫の息の燕真を抱き寄せ、二の腕から手首にかけて‘くすみ’を視認しする。燕真の服を捲り上げると、腹を中心に、全身の血が鬱血したように体中が黒ずみ、人の肌とは思えないほどである。


「燕真っ!」


 手の施しようが無い事は一見しただけで解る。体中が闇に浸食をされている。霊感の無い燕真に鬼印を打ち込んでも、受け皿がゼロなので受け付けることは無い。だが、茨城童子は、『酒』メダルに鬼印を打ち込み、且つ、ザムシードに『酒』メダルの使用限界を越えて使わせ、ザムシードが闇で汚染されるように仕向けた。その結果、ザムシードという外殻から、燕真の全身が汚染される。霊感の在る者ならば、体が闇に蝕まれ始めた時点で異常に気付いただろう。しかし、燕真は霊感ゼロゆえに、自身が闇に汚染されていることに気付けなかった。

 これが、他者に与えられた不相応な力を自分の力と錯覚して、霊感ゼロを‘特殊能力’のように誤解した結果である。


「も、もう・・・・どうにもならん。

 まさか、本部が何の才能も無い燕真を選んだんは・・・この為なんかいな?」


 霊力を持たない燕真は、闇に食われても妖怪化をする事はなく、死ぬだけである。粉木の脳裏には、「妖怪化をして実害を及ぼす可能性が無い」から、「燕真にザムシードのシステムが与えられたのではないか?」との疑念が持ち上がるが、「本部がそんな冷たい決断をするはずがない」と、直ぐに否定をする。


「あとは、死を待つのみ・・・ワシに出来る事は・・・」


 粉木は、燕真の左胸に護符を置き、掌を添える。


「・・・せめて、安らかに死なせてやる事だけや」


 粉木が念を送った瞬間に、護符が暴発をして、燕真の心臓を止める。それが、闇に食われて、苦しみながら死んでいくしかない燕真を救ってやる唯一の手段と考えていた。

 古来より、「闇に食われた退治屋が、妖怪化をする」と言う現象は少なからずあった。退治屋同士では、妖怪化を防ぐ為に、「闇に侵された仲間が、人間であるうちに命を止めてやる」という対処をしてきた。


「・・・燕真が・・・死ぬ?」


 呆然と眺めていた紅葉は、粉木の話す内容が理解できなかった。齢17歳の少女は、まだ、近親者の死に立ち会った事がない。ましてや、「永遠に今の関係でいられる」と勝手に決めていた燕真が「死ぬ」などと言われても、片側の耳から、もう片側の耳に抜けていくだけで、頭の中に留まらない。しかし、粉木の真剣な表情は、それが‘冗談’ではないと物語っている。

 なによりも、粉木が行おうとしているのが、「燕真の心臓を止める」行為であることは、紅葉にも理解できる。


「なに言ってんの?そんなワケ無ぃじゃん。

 ・・・燕真が死んじゃぅなんて有り得なぃ!!」


 紅葉は、燕真を庇うようにして粉木の前に入り、左胸に添えられていた護符を弾き落とす!そして、仰向けになって動かない燕真を抱きしめるようにして、何度も燕真の名を呼ぶ。


「やめるんや、お嬢!このままでは、燕真が苦しむ続けるだけや!!

 今はもう、早う楽にしたるしかあれへん!!」

「そんなことなぃ!!燕真ゎ死ななぃ!!ァタシが死なせなぃもん!!」

「気持ちや気合いだけではせんない!!オマンにだって解るやろ!!」


 鬼印を埋め込まれただけなら、粉木や雅仁ならば処理が出来る。だが、鬼印と酒呑童子の妖気が混ざり合い、ザムシードシステムを内側から汚染して、燕真の体に侵食という刃を打ち込んだ。これでは、邪気祓いが出来ない。

 燕真の体は、霊感ゼロゆえに本人が気付けぬうちに、もう保たないところまで、闇に食われているのだ。


「嫌だ・・・燕真が死ぬなんて、絶対に許さなぃ!

 じいちゃんが何にも出来なぃなら、ァタシが何とかする!!

 ァタシが、燕真の中にある悪い奴を全部追い出してやる!!」

「やめるんや!!除霊術も知らないオマンが何をする気や!?」


 粉木の制止を聞かずに、燕真の手を握り、燕真に、直接、念を送り込む紅葉!途端に、燕真に滞在している闇が紅葉の手に侵入を開始して、同時に、燕真が眼を見開いて苦しそうな悲鳴を上げる!


「きゃぁぁぁっっっっっ!!!」

「うわぁぁぁっっっっっっ!!!」


 慌てて、粉木が紅葉を燕真から引き剥がして、紅葉の手に取り付いた闇を祓う。紅葉の手は、闇が消えて人肌色に戻るが、燕真を支配する闇色は、先程までと変わらない。

 霊感ゼロの燕真の体にある闇は、燕真の体の中にあるうちは活動を出来ない。しかし、餌と成る霊力が有れば話は別だ。紅葉が霊力を流した事に反応をして、燕真の中で活性化し、更に、霊力の発進源である紅葉をも食おうとするのだ。


 除霊術が使えようが使えまいが、体の中に流し込まれた霊力は、闇を活性化させる餌にしか成らない。紅葉の行為は、闇に侵された者を苦しめてしまう。

 肩で息をしながら、闇に食われ掛けた指先を見つめる紅葉。ほんの少し闇が上がってきただけで、凄まじい激痛が走った。こんな物を全身に抱えている燕真が、どれほど苦しいのか?紅葉には想像も出来ない。

 粉木の言う「どうする事も出来ない」事が、ようやく紅葉にも理解できる。しかし、納得する事は出来ない。


「ぃやだ・・・ぃやだ・・・燕真が死ぬなんて、絶対に嫌やっっ!!

 お願ぃだょ燕真!寝てなぃで起きてょ!!

 寝たふりなんて止めてよぉぉぉっっ!!!」


 涙ぐみながら、何度も燕真の名を呼ぶ紅葉。粉木は、その行為が無駄と知りながらも、今の紅葉に掛けてやる声が見付からず、ただ、沈黙して、紅葉を見つめる事しかできなかった。


「可能性は極めて低い・・・が、ゼロではない。」


 現状を諦めていない者が居た。雅仁が、鬼達の去って行った富運寺を眺める。


「佐波木の体は、鬼印と酒呑童子の混ざり合った妖気に蝕まれている。

 酒呑童子の影響力を排除して、鬼印のみになれば、浄化できる。」

「まさっち・・・それって?」

「つまり、酒呑童子を倒せば、佐波木を救える!」

「無茶や、狗塚!」

「本部からの援軍が向かっているんですよね?」

「2~3時間後には到着する予定や。」

「厳しい戦いになりますし、佐波木の延命処置は必要でしょうが、

 決して不可能な希望ではありません。

 鬼共が我らの反転攻勢を警戒しているのが、何よりの証明です。」


 Yウォッチに手を添え、周囲を睨み付ける雅仁!5つの闇霧が、雅仁達を囲むように出現する!


「茨城童子は、我らを眼中には入れていませんが、

 目の仇にしている者も居るということです!」


 5つの闇霧から、頭が牛の鬼=牛頭鬼、頭が馬の鬼=馬頭鬼、その他3体の鬼が出現!雅仁と退治屋を見逃すことを不満に思った虎熊童子の置き土産だ!


「粉木さん、佐波木のことは任せます!

 俺は、コイツ等を倒して、茨城童子達を追います!」


 雅仁は、左手首に巻いたYウォッチから『天』と書かれたメダルを抜き取って、一定のポーズを取りつつ、五芒星バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」 


 妖幻ファイターガルダ登場!鳥銃・迦楼羅焔を鬼達に向ける!




-富運寺の境内-


 総門の内側には広い境内があり、その先に、回廊のある山門、更に奧(敷地の中心に)に仏殿がある。その敷地をスッポリと覆うように鬼の結界が張られていた。


 大いなる主の鼓動を感じ取り、各地で息を潜めていた百鬼夜行が集まってきた。日は落ち、月が上がり、待ちに待った時間が訪れる。


「皆の者!ようやく、この時を迎えたぞ!!」


 仏殿の屋根に立ち、高々と拳を掲げて号令を掛ける茨城童子!茨城童子の号令に対して、百鬼夜行が呼応をして、地鳴りのような掛け声で応える!


「おう!おう!お~うっ!!」

「さぁ、我らの妖気を供物として、御館様の魂を呼び起こすぞ!!」

「おう!おう!お~うっ!!」


 茨城童子が、頭上高く掲げた掌に、禍々しい妖気を集中させると、呼応した鬼の軍団が、次々と、茨城童子の発した妖気の塊に妖気を撃ち出す!みるみる増大していく妖気の塊!直径1m程に膨れ上がった所で、足元の屋根目掛けて、妖気の塊を撃ち降ろす!

 妖気の塊は、屋根を突き破って、本殿に沈み、安置してある5枚の『酒』メダルを覆った!途端に、妖気の塊がドクンと脈打ち、『酒』メダルに浸透していく!そして、『酒』メダルの周囲の空気が歪み、妖気が上がって、屋根の穴を通り抜け、上空に闇の柱のように立ち昇った!


「おぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 5枚の『酒』メダルが一塊の闇と成り、不気味な唸り声が発せられる!文架の地が一瞬だけ震え、各地で行き場無く彷徨う邪気が、上空に飛び、禍々しく黒い流星となって富運寺に集まり、闇の塊に吸収されていく!

 本来、この様な儀式は、妖怪が最も高い妖力を得られる満月の夜を選ぶ。しかし、今は、満月の3日前、十日夜月と十三夜月の間である。


「だが、これで良い!」


 下級妖怪を生み出すのとはワケが違い、最強の鬼を降臨させるには、時間が必要であり、場所を特定されて横槍が入るリスクは非情に高い。


「退治屋が兵力を整えつつあることは知っている!」


 だからこそ、茨城童子は、退治屋が準備を整える3日前を選んだ。妨害者がガルダだけなら対応できる。足りない妖気は、優麗高の生徒達から強制的に吸い上げた生命力で補う。




-同時刻・県境-


 一隊が‘一般隊員9人(ヘイシトルーパー)と妖幻ファイター1人’で編成された、計3隊からなる鬼討伐中隊が、トレーラー3台を連ねて、文架市に向かっていた。

 援軍の部隊長は、喜田栄太郎。喜田CEOの息子であり、将来のCEOに最も近い青年だ。彼に、妖怪討伐の才能が有るかどうかは不明だが、彼には最新の妖幻システムと、退治屋内で最強クラスの有能な部下が与えられている。


「・・・たく!一体どうなってんだよ?」


 2台目のトレーラー内で待機をしている喜田栄太郎が不満を口にする。当初の任務は、「文架市で暗躍する鬼の副首領を討伐せよ」だけだった。だが、いつの間にか討伐するべき鬼の数が増え、本部で保管していたはずの『酒』メダルが鬼の手に渡ってしまった。


「職務怠慢だっての、クソオヤジ!」


 つい先ほど、偵察組から聞いた情報では、文架支部の妖幻ファイターが敗北をして、酒呑童子を封印したメダル全てを手に入れた鬼達は、次の行動に移行したらしい。酒呑童子の復活が間近と言うことは、考えなくても解る。これでは、事前準備が何も出来ない。それどころか、目的地に着く前に、鬼の総大将が復活をしてしまう可能性が高い。


 『このまま富運寺に向かい、鬼の軍団を制圧せよ!』


 それが、後手に廻ってしまった本部からの新たなる指示だった。命令を受けたトレーラー運転手は、苛立ちを募らせてアクセルを踏み込み、追い越し車線から一般車輌を追い抜く。


「復活前に間に合ってくれ。」


 しかし、本部も、討伐隊も、粉木達も、そして鬼達も想定していないところで、もう一つの悪しき思惑が動き出していた。それは、「退治屋の裏を掻き、横槍が入る前に総大将の復活を成功させられる」鬼達からしてみれば、特に影響のない出来事だったが、鬼に出し抜かれた退治屋には最悪の‘泣きっ面に蜂’となる。


「なんだ?」


 先頭のトレーラーの進行方向に、大柄な人影が立つ。男は、轢かれる事など臆せずに、一定のポーズを決める!


「日本の退治屋とやら、少しばかり試してみるかな!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・マスクド・チェンジ!!」


ドォォォォォォンッッ!!!

 先頭を走るトレーラーが、急ブレーキで減速をしたかと思ったら、突然、火を噴いた!慌てて、後続のトレーラー2台が急停車をする眼前で、先頭のトレーラーがゆっくりと持ち上がり、ガードレールの外側に放り投げられ、大爆発を起こす!


「な、なんだ!?」

「何が起こっている!?」

「第2小隊、第一種戦闘配置!!」

「第3小隊は、二手に分かれて、第2小隊の援護をしつつ、第1小隊の救助!!」


 トレーラーから出て、‘第1小隊のトレーラーを放り投げた人影’に対して身構える鬼の討伐部隊!その視線の先には、巨大な斧を構え、プロテクターを纏った戦士が立ちはだかっている!


 マスクドウォーリア・オーガ。喜田栄太郎が変身する妖幻ファイターを含む、計30人の鬼討伐隊が命を奪われた為、その存在と目的は、本部に伝わる事はなかった。

退治屋がマスクドウォーリアの所属する‘大魔会’と相対するのは、もう少し先の話と成る。




-富運寺の石段下-


 ガルダが、交戦をしていた。富運寺を取り巻く気配が禍々しく変化をしたので、気が焦る。眼前の敵は中級妖怪2体と、下級妖怪3体。個々で戦えばガルダならば楽勝できるが、粉木&紅葉&燕真を庇いながら、且つ、中級妖怪の牛頭鬼と馬頭鬼が連携をして戦うので、想定外の苦戦を強いられていた。


〈討伐部隊、音信不通。詳細は不明。〉

「なにっ?」 「なんやて?」


 本部からの死刑宣告に似た報が、粉木とガルダの通信機に届けられる。


「どういうこっちゃ、砂影!!おい、砂影ババア!!」


 アテにしていた「援軍が来ない」と聞いた粉木は、通信機に大声で尋ねるが、砂影からは、申し訳なさそうに「調査中」「再編成を急ぐ」「それまでは現存人員で維持せよ」との回答しか戻ってこない。最悪である。ただでさえ、遅すぎる援軍だったのに、今から再編成では、到底、事態収拾には間に合わないだろう。


「俺が1人でやるしかないってことか!」


 ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔を連射して、襲い来る鬼軍団に応戦をしながら、粉木の逃走路を作ろうとする。「現存人員で維持」、つまり、戦力はガルダのみ。この状況下でガルダが言える事は、1つしかなかった。


「ここは俺に任せて逃げて下さい!」


 ガルダならば、この場の制圧は可能。しかし、アテにしていた援軍が来ないのならば、単独で酒呑童子復活の阻止に向かわなければならない。つまり、この場で悠長に戦っている余裕は無くなった。

 動けない燕真を置き去りにして、動ける粉木と紅葉を安全圏に逃がし、ガルダは攻撃に転ずる。それが最善の策なのだ。

 しかし、紅葉は燕真の元から動こうとしない。紅葉には、燕真を置き去りする選択しなんて無い。粉木が手を引いても、紅葉は首を横に振って、燕真にしがみついたまま。このままでは、鬼の餌食に成るのは時間の問題だ。


「しゃーないか!?」


 ならば、選択肢は1つしかない。今の粉木に出来る事は、異獣サマナーアデスに変身をして鬼を蹴散らす事だけである。たが、妖怪討伐の専用システムではない異獣サマナーでは、有利に戦うことはできない。それに、この場を制圧できたとしても、その先の手段が思い浮かばない。

 ガルダ単独では、茨城童子&虎熊童子&金熊童子、そして今から復活をする酒呑童子を倒すなんて不可能。燕真が助かる術は無く、文架市は鬼の支配下に落ちるのは確定している。


「そやかて今は・・・戦う事しか出来へん!」


 覚悟を決めた粉木は、変身アイテムを翳して一定のポーズを決める!

 ・・・その直後!!

ヒュン、ヒュン、ヒュン・・・ドォン!!ドォォン!!ドォォォン!!


 空から幾つもの氷柱が降ってきて、鬼達の突進を阻むようにして周囲の地面に突き刺さった!同時に、粉木と紅葉の背後から冷たい風が吹いてくる!


「・・・ん?」

「なんや?討伐隊は、来ぬはずやが・・・」


 粉木が振り返ると、いつの間にか、その場には、粉木がよく知る妖怪=氷柱女のお氷が立っていた!


「お氷・・・オマンが助けに?」

「勘違いをするな。おまえ達に加勢をしに来たわけではない。

 野蛮な鬼共が、我が安住の地を闊歩するのが煩わしいだけだ。」

「そ・・・そうか。感謝するで。」

「ふん。痛々しすぎて見てられぬからな。」


 お氷は、泣きながら燕真の名を呼び続ける紅葉と、黒ずんで横たわる燕真を見て顔をしかめる。


「酷い有様だな。

 ・・・行き先は、おまえ等の屋敷で良いのか?」

「すまん・・・頼めるか?」

「あぁ・・・容易い事だ。おまえ等には、雪女の一件で借りがあるからな。・・・掴まれ」


 お氷は、燕真と紅葉に手を添え、粉木に捕まれと促す。粉木が、ガルダと呼ぶと、ガルダは粉木を横目で見て、手首を振って「行け」と合図をした。


「護りながらでなければ、どうとでもなります!」

「そうか、頼んだで狗塚!・・・死ぬなや!」

「はい、もちろんです!」


 粉木達の逃走を確実にする為に、粉木達に近い鬼を優先的に攻撃するガルダ!その間に、小さな声で呪文の詠唱をする氷柱女!途端に、氷柱女を中心に、吹雪を帯びた竜巻が舞い上がり、燕真&紅葉&粉木を包んだ状態でホワイトアウトをする!(第10話で亜美を連れ去ったのと同じ技)

 周りの吹雪が晴れた時には、其処はYOUKAIミュージアムの敷地内だった。


 粉木は、お氷に礼を言うと、燕真を担いで、紅葉を連れて、庭の土蔵に運び入れる。霊的干渉の強いこの場所ならば、鬼に対する防御の結界が張れるのだ。粉木は、結界を発動させて、紅葉と燕真の安全圏を作った後、雅仁を援護する為に、再び戦地に赴くつもりだった。その為に、直ぐにでも結界を発動させる必要があった。


「あ・・・あの・・・お氷?」


 しかし、土蔵内にお氷が入って来たので結界術を中止する。妖怪を排除する結界を張りたいのに、中に妖怪がいたら邪魔なのである。


「・・・助けてくれたんはありがたいが、オマンがここにいると・・・」

「オマエまで、状況を正確に把握できないほどに動揺しているようだな。

 邪気祓いの結界を張って、鬼の妖気に汚染された青年を苦しめるつもりか?」

「・・・そ、そうか。」


 結界で燕真を守ることは出来ない。お氷に指摘をされた粉木は、幾分かは冷静さを取り戻す。

 一方のお氷は、燕真の傍から片時の離れようとしない紅葉に近付いて、そっと肩を触れる。


「この男は・・・・其程までに大事か?」

「・・・燕真が居なくなるなんて考えられなぃ!!」

「生きていなければ駄目なのか?」

「そんなの当たり前でしょ!!」

「そうか・・・・・・ならば、この男を助ける為ならば、赤裸をも厭わぬか?」

「も、もちろん、燕真の為なら裸だって何だって・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁぁぁぁっっ!!!?」


 それまで、瀕死の燕真しか見ていなかった紅葉が、初めて顔を上げて、氷柱女を見つめる。


「一糸纏わぬ姿で、この男の肉体を受け入れる覚悟があるのかと聞いている。

 人間の‘つがい’とは、その様な行為で、心を確かめ合うのだろう?」

「ぇ!?ぇ!?ぇ!?・・・・ぁ、ぁの・・・・その・・・・」

「この男を救う可能性があるとすれば、それは、おまえだけだ。」

 

 「燕真を助けられる可能性」を聞き、一定の安堵をするものの、突然のお氷のセクハラ発言に対して、乙女の恥じらい全開で思いっ切り赤面する紅葉。お氷は、「燕真を救う為に、素っ裸になって燕真と性行為を出来るのか?」と紅葉に聞いているのである。


「突然、そんな事言ゎれても、そ~ゆ~のゎコミックでしか読んだ事無ぃし・・・

 出来る事なら、ロマンティックな場所で、男らしくリードして欲しぃし・・・」


 知人の家の物置で、相手は寝ているだけで、優しくチューとかしてくれなくて・・・正直、記念すべき初体験の理想としていたのと全然違う。何をどうすれば、行為に至れるのか、よく解らない。

 だが、燕真を救う為と言われれば、一切、拒否をするつもりはない。


「燕真の為なら・・・なれるもん!」


 決意を固めて立ち上がり、ジャケットとセーターを脱ぎ捨て、インナーシャツを半分ほど捲り上げ・・・ふと熱い視線を感じて、横目で確認する。お氷の過激発言の所為で、妄想世界に突入してしまい、スッカリ存在を忘れていたが・・・粉木ジジイが、食い入るようにして、紅葉のストリップショーを眺めている。



-数秒後-


 流石に、愛し合う姿を他人に見られるのは嫌だ。血祭りに上げられた粉木が土蔵の外に棄てられ、扉をピシャリと閉める。

 紅葉は、寝ている燕真の前に立ち、ゴクリと唾を飲んでから、緊張した表情で、再びインナーシャツに手を掛け、スウッと息を吸って、勢い良く・・・


ガシャン!!

「んぎゃっっ!!」


 あと僅かで女子高生の神々しい裸体がお目見えってところで、お氷が、紅葉の脳天に、氷柱を思いっ切り叩き付けた!

 捲り上げたインナーから手を離して、頭を抑えて蹲る紅葉。粉々に砕けた氷の塊が、土蔵の床に散乱する。


「ぃったぁぁ~~~~~ぃ!!!」

「愚か者・・・妄想が暴走しすぎだ。誰が、今すぐに繁殖行為を行えと言った?」

「・・・・・へ?だって・・・燕真を助けたきゃ、燕真とェッチをしろって・・・」

「それくらいの覚悟はあるのか?と聞いたのだ。

 たいたい、ただの繁殖行為で、闇に食われ掛けた人間が助かるわけが無かろう。

 最後まで話を聞け。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・だぁってぇ~~」

「まぁ・・・今の行動を見れば、覚悟は充分に伝わったがな。」



-土蔵の外-


 壁に背もたれにして座って待機する粉木の前に、人影が立つ。


「オマン・・・有紀ちゃん?」


 それは、紅葉の母・源川有紀。口に人差し指を当て、「土蔵内の娘に存在を悟られないように」とジェスチャーをする。


「お氷を使いに寄こしたんは、やはり、オマンやったか?」

「引退した身で深入りは避けたかったのですが、見過ごせる状況ではないので。」

「オマンが提供してくれた『酒』メダルに足元を崩されるとは思わんかった。

 オマンが退治屋の足を引っ張るとは思えんが、魂胆はなんや?」

「このあと、紅葉や佐波木君がどうなるのかは、私にも解りません。

 メダルの提供も、佐波木君が汚染されることも・・・彼の意思です。」

「・・・彼・・・か。」


 粉木は‘彼’を信用しているわけではない。だが‘彼’を信用する有紀のことは信頼している。完全に詰んだ今の状況を打破する為に、粉木は有紀の意思に託すことにした。



-土蔵内-


 お氷が紅葉に、燕真を救う方法を説明する。


「決して難しい事ではない。だが、危険はある。

 場合によっては、おまえ(紅葉)も死ぬかもしれない。

 それでも、試す覚悟はあるか?」

「ぁるょ!・・・そんなの、決まってるぢゃん!」

「・・・ならば」


 お氷は、仰向けに寝かせた燕真の上に、闇に汚染された和船ベルトを置くように指示を出し、紅葉が言われた通りする。準備が整うと、お氷は、和船ベルトに手を添え、凜とした掛け声と共に、冷気を送り込んだ。


「これで、一時的に、闇を凍てつかせて、動きを鈍らせた。

 しばらくは、霊的干渉を行っても、闇が暴走する事はないだろう。」


 闇に食われた人間を救う方法。

 それは、体内に巣くう闇を染めるほどの霊気を送り込んで、闇を洗い流す事。それだけならば、紅葉でなく、粉木や雅仁でも出来るだろう。むしろ、霊術に長けた雅仁の方が得意だ。

 しかし、それだけでは、傷だらけになった魂が保たない。体の中が浄化されても、闇の中で無防備にされている魂が死んでしまう。傷付いた魂を救う為には、それを護る為の、術者の心が必要なのだ。

 術者は、‘助けたい者’に対して、「心の中の最も隠したい部分」を、‘助けたい者’にさらけ出し、触れられるほどの覚悟が無ければならない。お氷は、それを「裸を委ね肉体を結ぶのと同じ覚悟」と表現した。

 力だけでは心を壊し、心だけでは力に届かない。心と力を併せ持つ必要がある。粉木や雅仁には不可能だが、紅葉ならば可能かもしれない理由が、其処にある。


「一番隠したぃ気持ち・・・燕真にゎ、そんなの無ぃから大丈夫!」

「助かるも助からぬも、あとは、おまえ次第。

 人間如きの為に、ここまで手を貸してやったのだ。徒労には終わらせるなよ。」

「ぅん!ァリガトウ、お氷!」


 お氷は、そう言い残すと、土蔵から出て、紅葉の死角で待機をしている有紀とアイコンタクトを取り、吹雪を纏ってその場から消えた。


「・・・燕真。絶対に助けたげるっ!」


 紅葉は、仰向けに寝ている燕真に跨がり、燕真の胸の上に置かれた和船ベルトに手を添える。

 あとは紅葉の力量と想いの強さ次第。一途な想いを乗せた、燕真の救出が始まる!




-富運寺の石段-


 ギガショット発動!鳥銃・迦楼羅焔から、発光した白メダルが発射され、立ち塞がる鬼を貫く!鬼は雄叫びを上げて爆発四散!

 周辺の鬼は片付けたが、牛頭鬼と馬頭鬼の姿は無い。まだ倒していないので、これから仕掛けてくる?それとも、撤退した粉木達を探している?


「今は、迷っている時では無い。」


 心配だが、今はもう、防戦を尽くす時ではない。鬼達の巣窟に攻め込み、牙城を陥落させなければ成らない。

 ガルダは、袋に入った銀塊を確認する。銀塊に込められた念を使えば、戦いで消耗した妖幻システムのエネルギーをチャージできる。あと5~6戦を行うくらいの残量は充分にある。


「本隊がアテに出来ないのは痛いが・・・全部の鬼を相手にする必要は無い。

 軍団の一点をこじ開けて、大将クビを捕れれば充分だ!」


 ガルダは、次の戦地となるべき富運寺を睨み付ける。




-YOUKAIミュージアム・土蔵-


 燕真の胸の上にある和船ベルトに、念を送り続ける紅葉。念は、和船ベルトを通過して、燕真の体の中に流れ込んでいく。


「んんんっっ~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


 急速的に力が抜けていくように感じる。流石に、石礫のような銀塊1個に念を込めるのとはワケが違う。紅葉の中にある全てを注ぎ込んでも足りないのではないか?しかし、そんな事などどうでも良い。余力を残す事など、一切考えていない。自分の全てを投入する。


「絶対に燕真ゎ助かるっっ!!」


 まるで、紅葉の中で大きなと音を立てて、何かが弾けたような気がした。


「んぇぇ?」


 霊術を学んでいないがゆえの‘限界の読み違え’だろうか?不思議な事に、「ァタシの中にある力ゎこのくらい」と考えていた内包量を越えても、ダムが開かれて堰き止められていた水が流れるように、霊力は次から次へと溢れ出してくる。


 力が抜けて意識が朦朧とするのに、何故か、高揚感を錯覚する。


「・・・60・・・ばん」


 ホワイトアウトをしていく視界の中で、紅葉は、陸上競技場を走る少年を見詰めていた。




***燕真の意識体の中***


 光在る上空から遠ざかり、暗い海の中を沈んでいくような感覚。光を求めて懸命に手を伸ばすが、体が全く動かないので、暗い海から浮かび上がる事が出来ない。


 ブラックザムシードに変身して以降、何度も同じ夢を見た。暗い海の中を沈んで、苦しくて必死に藻掻き、何とか海上に這い上がった所で目が覚め、夢だったと安堵をする。そして、また同じ夢を見る。身も心もボロボロになっていくような気がして怖かった。それでも、護る為には、ブラックザムシードに変身するしかなかった。


 今までは、這い上がって悪夢から逃れる事が出来た。しかし、今回は違うようだ。這い上がりたくても、闇に縛られて体が動かず、沈む一方である。

 このまま抗えずに闇の中に沈んでいくのか?これがブラックザムシードを行使し続けた結果なのか?燕真は、もはや、自分には何も出来ない事を、受け止める事しかできなかった。何もかもを諦め、そっと目を閉じ、消えていく事に身を委ねる。


「・・・燕真!」

「????」


 何処からか、自分の名を呼ぶ少女の声が聞こえる。とても懐かしい声なんだけど、それが誰の声なのか思い出せない。


「ガンバレ!!」

「・・・え?」


 また、少女の声が聞こえる。


「紅葉か?・・・いや、違う?」


 幼い少女の声。遠い記憶の底に、その声を聞いた覚えがある。


「ガンバレ!60番!!」


 燕真は、ハッとして眼を開いた。中学生だった頃、地区の陸上競技部の大会で、スタンドから応援してくれる少女が居た。髪の毛を2つ結びにした小学生の少女。


 燕真に支給されたゼッケンは60番。校内では、特に期待をされた番号ではない。

出場した3000m走の中盤で転倒をしてしまい、痛めた足を引きずりながら最下位を走り、自分を見てせせら笑う声が聞こえる気がして、恥ずかしくて何度もリタイヤをしようと考えていた。

 どうせ、バスケ部の補欠だった自分が、陸上部の数合わせに呼ばれただけ。ハナっから、記録を作る気も、陸上に対する思い入れもない。・・・だけど、自分を、懸命に応援する女の子がいた。


「ガンバレ!60番!!」


 女の子が何処の誰なのかは解らない。どんなに頑張って走っても、最下位は覆らない。だけど少年時代の燕真は、女の子の声援を勇気に変えて、最後まで諦めずに走りきる事にした。途中で止めてしまったら、女の子の期待を裏切るような気がした。


 ゴールをした時、会場のみんなが、自分に声援を送っている事に初めて気付いた。投げ出さずに最後まで走った燕真には、温かい拍手が送られていた。スタンド席にいる女の子も、懸命に拍手を送ってくれている。

 正直言って恥ずかしかった。もっと活躍をして拍手を貰いたかった・・・でも、少しだけ嬉しかった。


「なんで・・・今頃になって、あの時の事を?

 走馬燈ってやつ・・・か?」


 燕真は、凡才で、要領も悪い為、思い通りに行った経験など、殆ど無かった。だけど、「適当にしかやらなかったから上手く行かなかった」と言い訳をするのが嫌い。自分を裏切りたくないので、出来る限り全力で挑んだ。

 数合わせの陸上大会で、ゴールまで最下位を走りきって拍手を貰ったことは、何も為していない燕真にとっては、僅かな勲章だったのかもしれない。


「・・・燕真!」


 また、自分を呼ぶ声がする。理由は解らないけど、中学3年生の夏と同じ、応援してくれる小学生の女の子を裏切らない為に、最後まで頑張らなきゃならないって気持ちが芽生えてくる。

 闇に沈みながら、声のする方に手を伸ばす燕真。闇の中から、小さな手が伸びてくる。小さな手が誰の物なのかは解らない。だが、以前にも同じような事があった。


 無様に走り終えた後、医務室で「捻挫」を告知された燕真は、大会帰りの公園でブランコに座り、痛めた足首を眺めていた。この足では、バスケの最後の大会には出場できないだろう。しかし、どうせ補欠である。レギュラーが故障した時か、勝ちが決まったゲームにしか、出場をする機会は無い。


「捻挫した足を口実にすれば・・・試合に出られない大義名分になるか・・・。」


 燕真は「仕方無くスタメンから外される理由」を作ったあと、それが「自分を誤魔化す為の言い訳」と気付いて直ぐに訂正する。


「あれ?・・・俺、何、言ってんだろ?バカじゃね?」


 他人に走ることを押し付けられて転倒して、他人の所為で中学最後の夏が終わったわけではない。仲間に誘われて、その気になって出場して、自分の責任で足を痛めたのだ。


「どんな言い訳をしたって、悔しいのは悔しいんだよ。」


 溜息をついて顔を上げると、公園の入り口で、先ほどの2つ結びの女の子が、ジッと燕真を見つめていた。眼が合うと、何故か女の子は逃げ出そうとする・・・が、途端に公園入り口の車止めポールに足を引っ掛けて、持っていたお菓子をぶちまけてスッ転ぶ。スカートは全開で捲れ上がり、パンツは丸見え・・・まぁ、小学生のパンツを見ても、嬉しくも何ともないが。


「おいおい、大丈夫か?」


 燕真は、痛めた足を引きずりながら女の子に近付き、女の子を抱っこして立たせ、服に付いたホコリをポンポンと祓ってやる。


「・・・60番?」

「・・・ん?」

「ゼッケン60番の人?」

「あぁ、そうだよ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「応援してくれて、ありがとな。」

「・・・うん。」

「膝・・・同じになっちゃったな」

「・・・ん?」


 不思議そうに眺める女の子に対して、自分のズボンの裾をめくって膝を見せる燕真。女の子の膝と同じ、転んだ時の傷が出来ている。


「あ!痛そう!」

「君もな」

「・・・うん」


 バラ巻かれたお菓子を拾い上げ、袋に入れて女の子に返す燕真。女の子は、袋からお菓子を1個出して、燕真に差し出す。


「・・・食べる?」

「ん?・・・あぁ・・・ありがとう」


 その時、お菓子を握って差し出された手が・・・今、闇の中で、燕真に伸ばされた小さな手と同じに見える。

 ‘あの時の手’に向かって懸命に手を伸ばす燕真。重たくて動かない体を奮い立たせ、小さな手に少しでも触れようとする。

 やがて、伸ばされた燕真の手が、小さな手に触れ、ガッシリと結ばれた!


パァァン!!

 途端に、合わされた手から光が発せられ、眩しい洪水が暗い海を照らしていく。




***紅葉の意識体の中***


 同じ時間・・・意識を落としていた紅葉は、気が付くと、陸上競技場のスタンド席に座って、各種競技を眺めていた。幅跳びや高跳び、短距離走、真剣な眼差しの中学生達が様々な競技を行っている。隣に座っていた母親が、声を掛けてくる。


「あっちの方・・・真紀姉ちゃんが走るわよ」

「・・・ん」


 紅葉は、直ぐに、この光景が「今」ではなく、「遠い過去の想い出」であることを把握した。


 母が指さす方向で、‘真紀姉ちゃん’が短距離走の準備をしている。

 「ワッ!」と会場内が沸く。誰かが何かの競技で、何らかの記録を出したらしいが、正直言って、全く興味が無い。


 母方の伯母が住む隣県に遊びに来ていた。たまたま、従姉妹の‘真紀姉ちゃん’が大会の日であり、会場が近所だったので応援に来ていた。暑いし、面倒臭い。伯母の家でテレビを見ていた方がマシなのだが、母に連れられて、渋々、この会場を訪れていた。


 そこで紅葉は、たった1つだけ、強く興味を引かれた事に出会う。

 スターターピストルが鳴り響き、競技場中央のトラックで、男子中距離走が始まる。紅葉は、その競技には興味が無い。走者がトラックを何周も走っているが、今が何週目のかも解らない。

 中位グループを走っていた選手が、突然転倒をした。


「・・・あ!転んだぁ!」


 競技服の色やデザイン的には、真紀姉ちゃんとは違う学校のようだ。ゼッケン60番の選手は、後方から来る選手達に追い抜かれながら立ち上がり、再び走り出した。 しかし、転んだところが痛かったらしく、足を引きずるようにして走っている。先程までと同じ調子では走れないので、後続から次々と追い抜かれて、あっと言う間に最下位になってしまった。走りながら周囲を見回す仕草からは、ゼッケン60番が動揺している事が伝わってくる。彼が足を引きずっている間に、上位の選手達は次々とゴールをしていく。会場の声援は、トップの選手達に送られ、ゼッケン60番に興味を持つ人など、誰も居ないように思えた。


「やめちゃぇばィィのに」


 紅葉は、その光景を見て「彼は恥ずかしくないのか?」「サッサとリタイアすれば良いのに」と思った。ゼッケン60番を眺めながら、心の中で「やめちゃぇ」「やめちゃぇ」と何度も語りかけた。どうせ、このまま走っても一番には慣れない。ビリにしかなれない。走るだけ無駄。だったら、諦めた方が良いに決まっている。


「・・・やめちゃぇ。

 ・・・やめちゃぇ。

 ・・・やめちゃぇ。」


 心の中で何度も何度も語りかけた。しかし、彼は、止まろうとはしない。痛そうに足を庇いながら走り続けている。


「ガンバレ!60番!!」


 気が付くと紅葉は、小さい拳を握り、座席から立ち上がり、周りから取り残されたゼッケン60番を応援していた。気のせいだろうか?こっちに顔を向けたゼッケン60番と、一瞬だけ眼が合った気がした。

 周囲の人達は、口々に「60番の妹?」「知り合いか?」などと言いながら、ゼッケン60番を応援する紅葉を眺めている。もちろん、「妹」でも「知り合い」でもない。ゼッケン60番と紅葉には、一面識も無い。

 だけど、紅葉は、とても格好の悪い彼の応援を続けた。


「ガンバレ!60番!!」


「最後まで走れっ!!」

「いいぞ、がんばれ!!」

「あと少しだ!!」


 気が付くと、一緒に居た母や、周りに居た他の観戦者達も、紅葉につられて、ゼッケン60番を応援していた。彼は最後まで走る事をやめなかった。ようやく彼がゴールをすると、会場から沢山の拍手が送られる。


 紅葉は不思議な気持ちになる。つい先程まで「自分だけの60番」だった人は、いつの間にか、みんなの人気者みたいになっていた。彼は、同じ服(同じ学校)の選手達に囲まれて恥ずかしそうに頭を下げている。きっと、ビリになった事を謝っているのだろう。


 紅葉の眼には、少しだけ泣きそうにしているゼッケン60番の表情、シッカリと焼き付いていた。



 その日の夕方、近所のコンビニでお菓子を買った紅葉は、伯母の家までの道中にある公園で、ブランコに座ってションボリしている少年を見付ける。ジャージ姿ではあるが、その男の人がゼッケン60番である事は直ぐに解った。

 紅葉は、公園に足を踏み入れ、彼をジッと見つめる。きっと、ビリだった事が恥ずかしくて落ち込んでいるのだろう。名前も知らないアカの他人だが、可哀想に思えてくる。何か声を掛けて励ましたいが、小学生の自分が、見ず知らずの中学生に、どんなふうに声を掛ければ良いのか見当も付かない。


「捻挫した足を口実にすれば・・・試合に出られない大義名分になるか・・・。

 あれ?・・・俺、何、言ってんだろ?バカじゃね?」


 ふと顔を上げる中学生。紅葉と眼が合う。彼はジッとこちらを見つめている。

 きっと彼は機嫌が悪い。怒られる。慌ててその場から立ち去ろうとする紅葉。しかし、慣れていない公園だったので、入り口に車止めポールがある事に気付かず、足を引っ掛けてスッ転んでしまった。


 中学生は、苦笑して、足を引きずりながら近付いて来て、紅葉を抱っこして立たせ、服に付いたホコリをポンポンと祓ってくれた。きっと、今日の大失敗が情けなくて泣きたいはずなのに、紅葉を見つめて、互いの膝に出来た擦り傷を「同じ」と言って、転んだ拍子にバラ巻かれたお菓子を拾い上げて、優しそうな笑顔を見せてくれる


「・・・食べるぅ?」


 中学生がお菓子なんて食べるのだろうか?中学生が大人に見える紅葉には、彼くらいの歳の男子が何を食べるのか解らない。紅葉は、少し緊張をしながら、20円の小さなチョコを1個、男子中学生に差し出した。


「ん?・・・あぁ・・・ありがとう」


 紅葉の手の上にあるチョコを取る為に、大きな手を重ねる男子中学生。

 2人の手が触れた瞬間!


パァァン!!


 途端に、合わされた手から光が発せられ、眩しい洪水が暗い海を照らしていく。




***燕真と紅葉の意識体の融合***


 我に返る紅葉と燕真。燕真は紅葉の手を、紅葉は燕真の手を握っている。


「燕真!」

「・・・紅葉?」


 暗い海を塗り替えた光の洪水は、今度は、闇を飲み込んだまま、燕真と紅葉の目の前に集まってきて、【一粒の眩い光】になった。それまで暗かった海は、美しい透明に変化しており、珊瑚礁や、群れをなす小魚や中魚、悠然と泳ぐ大魚など、様々な生命が満ちあふれている。

 先程までとは違い、燕真の体はとても軽い。温かい羊水の中に居るかのように、とても安らいだ気持ちになる。


「これは・・・?」

「上まで・・・ぃける?」

「・・・あぁ!」


 燕真と紅葉は、合わせられた手をシッカリと握り合い、光在る上空に手を伸ばすようにして、海上目掛けて泳ぐ。先ほどの【一粒の眩い光】が、燕真を誘導するように、視線の少し先を移動していく。闇に縛られていた時とは違い、体が自由に動く。グングンと浮上していける。


『それで良いんだ。紅葉を頼んだぞ。』

「・・・えっ?」


 光が、男性の声で優しく語りかけたように思える。その直後、燕真は、海の上に到達をして顔を出した。



**************************************


 燕真の眼がシッカリと見開いた。

 目の前には心配そうに見つめる粉木が、そして体の上には紅葉が燕真を抱きしめるようにして、体を重ねて俯せになっている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「助けられたようやな、燕真!」

「お・・・俺は・・・?」

「お嬢とお氷には、当分は足を向けて眠られへんで!」

「・・・紅葉?」


 闇に犯されて黒ずんでいた全身が、血色のある生気色に戻っている。起き上がり、体を重ねていた紅葉の肩を抱いて、名を呼ぶ燕真。燕真の声に応え、紅葉がうっすらと目を開ける。


「・・・良かった。ちゃんと帰ってきたんだね、燕真。」

「あぁ!だって、オマエが導いてくれたんだろ!!」

「・・・ぅん」

「オマエは大丈夫なのか?」

「・・・ぅん。体力全部使っちゃって・・・チョット疲れちゃったけどね。

 ・・・でも・・・燕真が元に戻って良かった」


「なぁ、紅葉・・・オマエ、ガキの頃・・・・・」

「ん?」

「いや・・・何でもない!大切なのは、過去じゃなくて、今だ!!」


 グッタリと脱力している紅葉を労りながら立ち上がり、北東の空を睨み付ける燕真!上空を飛ぶ闇が一箇所に集まっており、その下の富運寺に倒すべき敵が居る事を、明確に示している!


「じいさん・・・紅葉の事、頼む!」

「任しとき!・・・行って来いや。」

「あぁ!」


 燕真は、左手首に巻いたYウォッチを正面に翳して、『閻』と書かれたメダルを抜き取って指で真上に弾き、右手で受け取ってから、一定のポーズを取りつつ、和船型バックルの帆の部分に嵌めこんだ!


「幻装っ!!」

《JAMSHID!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!


「これは・・・俺を導いてくれた光。・・・紅葉の光?」


 直ぐ近くに、先ほどの【一粒の眩い光】が浮いていた。【一粒の眩い光】にそっと触れる。


〈驚いたのう。

 主が人間如きに力の解放を許可する時が来るとは思わんかったぞい。〉

〈主の詔により、力を貸すぞ、佐波木燕真。〉


「・・・え?」


 両脇に気配を感じて振り向くと、ぼんやりと、2つの人影が立っている。

♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン 

 アラームのような音が鳴り響き、両脇に立つ人影が、ザムシードに重なる!


《EXTRA!!》 


 全身から光が発せられ、腕、肩、胸、腰、脛、そしてマスク、各プロテクターが変化をする!ブラックザムシードへの2段変身時と似ているが、禍々しさは微塵も無い!光の中から出現したその戦士は、雄々しく精悍な姿をしている!


 妖幻ファイターEXTRAザムシード(エグザムシード)誕生!


「燕真・・・・その姿は一体なんや?」

「・・・え?」


 見た事のないザムシードの姿に眼を見はる粉木。自分の変化に気付いていないザムシードは、身近な窓ガラスに映った姿を確認する。


「これは・・・一体?」

「閻魔様が、燕真にちゃんと力を貸してくれた姿だよ。

 きっと、燕真が、黒ぃザムシードの、闇の力に勝ったから・・・」

「お嬢が黒いザムシードの闇を封じ込めた結果っちゅうわけか?」

「そっか・・・ありがとな、紅葉!!」

「ガンバレ・・・60点。」


 エグザムシードは、粉木と紅葉を見て頷いた後、マシンOBOROを召還して飛び乗り、上空に闇が集まる場所の真下を目指して走らせた!

 最強の鬼の復活は間近に迫っている。姿が変化したとは言え、幹部に負けた燕真に、酒呑童子を倒す事が出来るのか?紅葉は「閻魔様が力を貸した」と評価していたが、その戦闘力がどの程度なのか、何一つ確証は無い。


「・・・燕真」


 心配そうにエグザムシードを見送る粉木を、壁に背を保たせて座って体を休めていた紅葉が、弱々しいが穏やかな表情で見詰める。


「燕真ゎ大丈夫だょ・・・

 だって、足が痛くてビリなのに、最後まで走ったんだもん。

 泣きたぃクセに、優しぃんだもん。」

「何の話や、お嬢?」

「えへへ・・・ヒミツ。

 アイツ・・・みんなにゎ役立たずかもしれなぃけど、

 ァタシにとってはスーパーヒーローなんだょ」

「そか・・・なら、オマンが応援すれば、負けるわけがないのう。」

「・・・ぅん!」


 諦めずに走り続けた‘ゼッケン60番’の姿は、幼かった紅葉にも「頑張る」と言う気持ちを植え付けていた。それまでの紅葉は、周りからは「お人形さんみたい」と評価されていた。可愛らしいけど、温和しくて人見知りで、友達が居なかった紅葉は、その日以降、無駄に「頑張る」ようになった。


 怖かったけど、鎮守の森公園で男子上級生にいじめられていた同級生を助ける為に、勇気を振り絞って、上級生達を蹴っ飛ばした。上級生は泣きながら逃げて行った。助けた同級生(亜美)は、今では親友になっている。


 紅葉は、「頑張れば、ダメなりに何とか成る」と考えるようになる。その結果、今の紅葉に至る。「人気者」だけど「がさつで乱暴」な紅葉になったのは、ゼッケン60番の所為である。


 半年前の秋、紅葉は数年ぶりに‘ゼッケン60番’に再会をした。県外で知り合った彼に、地元で再び会えるとは思っていなかった。第一声で初恋の相手に「60番」と言い掛けたが、「もし別人だったら?」「覚えていなかったら?」と考え、咄嗟に「60点」と言い直した。そして「60点」と接していくうちに、彼が「60番」である事は確信をしていた。


「アイツは・・・ずっと前から、ァタシのヒーローなんだもん!」


 紅葉が燕真に隠していた気持ち・・・それは、今の燕真に対する想いと、何年も前から、燕真を慕っていた想いなのである。

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