第16話・凡才と逸材(vs一つ目入道)

 悪しき気配は、西の方角(優麗高付近)から感じる。ザムシードとガルダは、バイクに跨がり、優麗高に向かって走り出した。

 しかし、優麗高の正門が正面に見えてきたところで、空気の変化を感じたガルダが急ブレーキを掛けてマシンを止める。


「待て、佐波木!」


 呼び掛けられたザムシードが、少し先行したところでマシンを止めた。


「ん?どうした?」

「結界がある。5mほど下がれ。」

「ああ・・・なるほど。」


 結界は、術者には圧倒的に有利で、敵を致命的に不利にする。結界内に閉じ込められる=四面楚歌。余程の力量差が無い限りは、相手の結界内で戦えば負けが確定する。ザムシードは、氷柱女戦と羽里野山で、結界を経験したので、その厄介さを知っている。


「相殺できるんだろ?」

「無論だ。」


 雅仁は、バイクから降りて、警戒をしながら数歩前に出て地面に手を当て、結界の有無と種類を確認。銀塊を2つ取り出して手で印を結び、1つをザムシードに投げて渡した。


「10分程度だが、それを持っていれば結界による負担は軽減される。

 ・・・しかし。」

「ん?」

「俺が相殺術を施すと同時に、結界が消えた。」

「え?なんで?」

「挑発の主は去ったようだ。」

「鬼の幹部ってヤツか?」


 ガルダは空を見上げて、威圧的な気配が無いことを確認してから、変身を解除して雅仁の姿に戻る。


「相変わらず小賢しい奴・・・今回は、こちらの出方を探りに来ただけのようだ。」

「・・・そっか。」


 ザムシードも変身を解除して、燕真の姿に戻った。紅葉ならば、学校の雰囲気が変化したことに気付いたのだろうか?少し心配をして、紅葉がいる優麗高を見上げる。


「どうした佐波木?この学校に何かあるのか?」

「アンタには言ってなかったっけ?ここが、紅葉の通っている高校だ。」

「何故、彼女の学校付近に結界が張られたのだろうか?」

「俺に聞かれても解らん。

 だけど、以前から張ってあった結界なら、多分紅葉は気付いている。

 俺達の接近に合わせて張られた結界なんだろうな。

 夕方になって紅葉が来たら、異常が無かったか聞いてみよう。」

「そうだな。」


 やはり、紅葉抜きで‘鬼印’潰しを実行したのは正解だった。今のところ、鬼の幹部には、紅葉の存在は気付かれていないだろう。

 2人は、しばらく優麗高を眺めたあと、次の‘鬼印’を潰す為に、バイクに跨がって去って行く。




-駅西・文架高-


 屋上に着地した闇の霧が伊原木鬼一に変化をする。人間に紛れている茨城童子(伊原木)は、人間と同じ行動をする為に、学校まではバイクで来ており、取りに戻らなければならないのだ。彼が、生徒から興味を持たれない講師ならば、バイクを放置して帰っても誰も気にしないだろう。しかし、彼の意図に反して女生徒からの人気がある為、彼の青いバイク(ドゥカティ・パニガーレV4)があれば、女生徒達が「伊原木先生が居る」と騒いでしまうのだ。


「人間のフリをするというのは、実に面倒臭い。」


 何食わぬ表情で階段室に入ろうとした伊原木は、空から猛スピードで妖気が接近してきたことに気付いた。だが、伊原木が見上げた時には、既に空に気配は無かった。代わりに、背後に立つ気配を感じた。伊原木は、気配に背を向けたまま話しかける。


「来たか・・・虎熊童子。」


 鬼の四天王・虎熊童子。白髪に2本角が生えていて、目を黒布で覆い、胸のはだけた小豆色の着物を着た華奢な青年。腰には日本刀を帯刀している。


「熊と星が倒されたそうだな。」

「ああ・・・狗塚の小倅の奇襲でな。」

「いくら陰陽師の末裔とは言え、ソイツ(狗塚)って人間だろ?

 四天王が2人も倒されるなんて、有り得るのか?

 アイツ等(熊童子&星熊童子)、ちょっと舐めすぎていたんじゃね~の?」

「いや、慢心をしたのは俺だ。狗塚は、17年前に滅んだと、高を括っていた。」

「・・・へぇ。」

「だが、計画遂行に何の問題も無い。オマエをアテにすればな。」

「もちろん・・・いつでもアテにしてもらって構わねーよ。

 ‘金の小僧’も、近々、合流してくるだろう。」

「では早速・・・オマエにやって貰いたいことがある。」


 ようやく振り返り、虎熊童子を見詰め、不敵な笑みを浮かべる伊原木。




-16時・YOUKAIミュージアム-


「ふぇ~~・・・マヂか~?

 学校の近くで戦ってたんだぁ~?全然わかんなかった~。」


 紅葉が店に来たので、「河川敷での鉄鼠との戦い」「鬼の幹部の気配」「鬼の結界」を紅葉に説明したのだが、紅葉は1つも感知していなかった。


「オマエが何も気付かないなんて珍しいな。」

「ん~~~~・・・ちょうどその頃、調子が悪かったんだよねぇ~。

 そのせいかも。」

「風邪でも引いたのか?」

「ぅんにゃ、カゼひいてない。生理もなってないよ。」

「そんな込み入ったこと(生理かどうか)まで聞いてないのに答えるな!」

「急に調子が悪くなったの。」

「苦手な授業を受けていたとか?」

「源川さんを、君の価値観で考えるなんて失礼だぞ。

 源川さんに苦手科目など無い。」

「ぅんにゃ、数字とアルファベットゎ苦手だよっ。

 先生の話聞いてると、眠くなっちゃうの。

 英語ゎアミに聞くけど、

 数学とかゎ、良くわかんないところ、燕真に教えてもらってる。」

「・・・なにぃ?」


 雅仁は、燕真に対してマウントを取りたかったんだろうけど、大きく空振りをした。燕真が、紅葉の苦手科目を教える光景を想像して、少し羨ましく感じてしまう。


「でもね、調子悪くなった時ゎ、得意科目だったの。

 最近、急に調子悪くなっちゃうことがあるんだよね?

 何日か前ゎ、生理だったから、そのせいだと思ったんだけど、違ったみたい。」

「だから、オマエの体の周期なんて、誰も聞いていないってば。」


 燕真は、紅葉の話す余計な情報に興味が無いフリをしつつ、数日前に、異常に機嫌が悪くて、やたらと雅仁に突っ掛かっていた理由を、なんとなく理解した。


「まぁ・・・体調を崩していたなら、気付けなくても仕方が無いな。」


 紅葉が調子を崩す原因は、伊原木鬼一が高めた感知力から逃れる為に、紅葉の本能が紅葉の能力を低下させているから。しかし、現状では、皆が紅葉の体調不良を気にしつつも、「茨城童子が近くに居る為」とは気付いていない。


 昨日発見した鬼印は、日中に雅仁が全て潰し(午後からは、妖怪が仕掛けられた罠×2)、且つ、手元に残った札は僅かなので、新しい札を作らないと、発見しても対処できない。本日は鬼印探しは中止して、通常のバイトをする事に成った。

 いつも通り、燕真は2階の受付(窓際族)に追いやられ、メイド服に着替えた紅葉がフロアに立つ。


「俺も何か手伝いましょうか?」

「なんや、狗塚?どういう気紛れや?」

「粉木さんには世話になりっぱなしなので、俺もたまには店の協力くらいは・・・」

「ほぉ、良い心がけやの。せやったら・・・」

「はぁぁ?何言ってんの!?アンタゎ、お札作ってろ!

 お札が無い所為で、今日ゎ印探しできないのをわかってないの??」

「あ・・・あぁ・・・そうだな。」


 粉木は、なんとなくチームワークが芽吹き始めたと解釈して、雅仁にも喫茶店の手伝いを頼もうとしたのだが、紅葉が至極正論の横槍を入れた。雅仁は一言も反論できずに店から追い出され、破邪の札を増産する為に土蔵へと籠もる。

 燕真は2階から喫茶フロアの様子を眺めながら、「数日前に、紅葉の異常に機嫌が悪くて、やたらと雅仁に食って掛かった理由は生理だったから」ではなく、単に「雅仁と仲良くする気が無いからなんだな」と感じるのであった。


 この日以降、退治屋文架支部と雅仁の思惑に反し、鬼幹部の挑発や、鬼印が無造作に増えることも無く、淡々と数日が経過をして、12月を迎える。



 

-文架市・YOUKAIミュージアム-


 雅仁は暇なので、喫茶店を手伝うようになっていた。紅葉とは、初対面の頃は衝突をしたが、今は比較的円滑・・・と言うか、トラブルが発生しないので、紅葉が突っ掛からなくなった。燕真がカウンターに収まると、紅葉は客の視線を気にせずに燕真に戯れ付いてばかりになるが、雅仁には普通に対応するので、結果として、燕真は客が来ない2階に島流しにされたままで、喫茶店は紅葉と雅仁が担当するようになっていた。


「まさっち!ホット3つと、ピザトースト2つと、ミートソース1つ!」


 客のオーダーを受け取った紅葉が、カウンター内の雅仁に依頼をする。


「オーダーは了解した・・・が、その呼び方は止めてもらえないか?」

「んぇぇっ?まさっちって呼ぶよりゴボウって呼んだ方がイイ?」

「もっと嫌だ!俺のどの辺がゴボウなんだ!?普通に呼んでくれ!」


 紅葉からは、いつの間にか「まさっち」と呼ばれるようになっていた。緊張感が無い呼び方なので嫌なのだが、「アンタ」とか「アイツ」とか「ビーチサンダル」とか「ゴボウ」と呼ばれるよりはマシなので、仕方無く受け入れている。

 ‘露骨な気毛嫌い’をされなくなったので、紅葉は年相応の表情を見せる(燕真の前では実年齢よりも幼い表情を見せる)ようになっており、雅仁は、彼女の才能と容姿の両方を高く評価していた。


(やれやれ・・・

 普通にしていれば見た目や仕草は可愛らしいのだが、言動がな・・・。)


 鬼の幹部は、まるで動きを見せない。妖怪事件は数日に一度発生する程度。現状だけで判断をすれば、雅仁が文架市に滞在を続ける理由は無い。だが、雅仁は「鬼は機会を探って潜んでいるだけ」「必ず文架で決起をする」と予想していた。



-回想(昨夜)-


 紅葉がバイトを終えて帰宅をした後、粉木は「若い連中に最初ほどの軋轢は無くなった」と判断して、燕真と雅仁を事務室に呼んだ。


「疲れてるとこ、すまんな。

 おっきな事件が発生してへん今のうちに、オマン等に話しときたいことある。」

「いえ、疲れるほどの労働はしていません。」

「急に改めってなんだよ?」

「なぁ、狗塚・・・。鬼が、この地に居座る理由・・・

 文架の地は、龍脈が整うとり、

 妖怪が隠れて傷を癒やすには都合のええ土地やから・・・

 それ以外にも目的があることを、解っとるんやろ?」

「はい・・・この地で失われた酒呑童子のメダルを探しているんですよね?」

「酒呑童子のメダル?そんな凄いモンが、行方不明なのか?

 退治屋の管理システム、杜撰すぎないか?」

「少し黙っとれ。順を追って説明する。」

「あぁ・・・うん。」

「『酒』のメダルは‘失われた1枚’だけやない。狗塚・・・持っておるのやろ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 粉木は、いつもの‘おとぼけ’とは違う真剣な表情をしている。雅仁は、しばらく黙って回答を渋ったあと、誤魔化しても無意味と判断して、Yウォッチの中から『酒』のメダルを取り出してテーブルの上に置いた。


「どういう事だ?酒呑童子って2体いたのか?」

「いや、1枚のメダルでは封印をできず、4枚に分けて酒呑童子を封印したんだ。」

「今とは違うて、当時の退治屋の技術では、

 酒呑童子の莫大な妖気を1枚のメダルに封印することはできんくてな。」


 雅仁の父・狗塚宗仁だけでは酒呑童子を封印しきれず、3人の退治屋が討伐を手伝った。それは、17年前に幼少の雅仁が自分の目で見たので知っている。戦いで致命傷を受けた宗仁の命は尽き、まだ幼かった雅仁は全ての血族を失ったのだ。


「だがな・・・酒呑童子は死んでおらんかった。」

「・・・や、やはり。」

「聞いとったんやな。」

「はい・・・引き取られた退治屋の施設で‘父は討ち洩らした’と嫌味半分に。」

「酷なこっちゃ。

 4枚のメダルに粗方を封印されても倒されへんかった酒呑童子は、

 文架の地に逃れて、当時の文架を守っとった妖幻ファイターに倒されたんや。」

「妖幻ファイターハーゲンってヤツか?」

「なんや、燕真?知っとったんか?」

「いや、知っていたわけじゃない。

 過去の氷柱女や天野の爺さん(天邪鬼)の事件を調べてたら、

 ハーゲンって妖幻ファイターに辿り着いてさ。

 17年前だと、ハーゲンの時代だなって思ったんだ。

 だけど、実績は記録されていたけど、何処の誰なのか解らなかった。

 今でも現役で退治屋をやってるヤツなのか?」

「いや、既に引退をしてる。

 ハーゲンのことは、機会があったら説明したる。今は、酒呑童子のこっちゃ。」


 話題が逸れかけたので、粉木が元に戻す。酒呑童子は先代ガルダとの戦いで4枚のメダルに妖力の大半を封印され、文架に逃れてハーゲンによってメダルに封印されて、トドメを刺された。

 酒呑童子を弱体化させた4枚のメダルのうちの1枚は雅仁が持ち、残り3枚は退治屋の本社で保管をされる。そして、ハーゲンが封印したメダルは、長らく行方不明の扱いに成っている。


「鬼共が文架市に来た理由は・・・」

「酒呑童子終焉の地で、酒呑童子の欠片を探し出す為やろうな。」


 酒呑のメダルが1枚でも鬼の手に渡れば、酒呑童子は復活をしてしまう。そして、復活をすれば、自分の片割れが何処に隠されているのか、酒呑本人ならば容易く見付けてしまうだろう。


「でもさ、もし失われた1枚が、鬼の手に渡って酒呑童子が復活したとしても、

 3枚が本部に保管されていて、1枚がここにあるなら、

 完全復活は出来ないって事か?」

「ヤツ等が、簡単に諦めてくれるような連中やったらな。」

「だけど、鬼は、それほど諦めの良い奴等ではない。

 それは、ヤツ等を追って来た俺が一番良く解っています。

 文架市で酒呑のメダルを見付けられなかった鬼共が次に狙うのは、

 所在がハッキリしている俺のメダルか、

 退治屋本部に保管されたメダルになるでしょうね。

 どれか1枚を見付け出して、酒呑童子が復活をすれば、

 失われた1枚の在処は判明してしまう。」

「そう言うこっちゃ。」


 鬼は、必ず仕掛けてる来る。鬼との我慢比べは、今は沈静化をしているだけで、まだ続いているのだ。



-回想終わり-


 近いうちに酒呑メダルの防衛戦が始まる。鬼の幹部達は、どう仕掛けてくるのか?雅仁は想像を張り巡らせていた。


「まさっち!ボケッとしてないでよ!」

「・・・ん?」


 紅葉の声で我に返る雅仁。オーブンの中でピザトーストが黒焦げになっていた。


「もうっ!ちゃんとやってよねっ!!」

「す、すまん。」


 見かねた紅葉がカウンター内に入ってきて、焦げた品をオーブンから取り出し、手際良く新しいピザトーストを作ってオーブンに入れる。


「捨てるの勿体ないから、黒焦げピザは、まさっちの晩ご飯ね。」

「・・・あ・・・そ、そうだな。」


 嫌味を言ったつもりなのに雅仁が素直に応じたので、紅葉は拍子抜けをして首を傾げる。


「ど~したの、まさっち?いつもなら、もっと言い訳すんぢゃん。」


 少し心配になった紅葉が、雅仁の顔を覗き込む。雅仁は、いきなり紅葉の顔がアップになったので驚いてしまった。

 一方、事務室から店内を覗き込んでいた粉木は、やや呆れ気味に溜息をつく。雅仁は、1つに集中することに対しては優秀だが、要領良く多岐を同時に熟せない不器用なタイプのようだ。


「まぁ・・・鬼に対する備えで気が抜けんのは解るがな・・・。

 ヤツ(狗塚)も、なんもせずにボケッとしとったらええ2階に、

 島流しにしたるべきやろうか?」


 出入口が開き、長髪の少女が覗き込み、紅葉を見付けて安堵の表情を浮かべてから店に入ってきた。


「紅葉ちゃん、久しぶり~!」

「おぉぉっ!里穂ぢゃん!ど~したの?」


 紅葉の知り合いらしい。類は友を呼ぶと言うべきか、亜美と同様に、整った顔立ちをしている。


「紅葉ちゃんがここのカフェでバイトしてるって聞いて来てみたの。」

「美味しーのいっぱい有るから食べてって!」

「前は‘気持ちの悪い博物館’だったから、

 カフェじゃなかったらどうしようって、ちょっとドキドキしちゃった。」

「んへへっ!今も、2階は‘変な博物館’だよ。」

「気持ちの悪い博物館は言い過ぎやろ。」


 事務室に居た粉木が、客の少女にツッコミを入れながら店に入ってくる。カウンター内の雅仁は少し怪訝そうな表情をしたが、粉木に目配せをされて平静を装う。紅葉は、客の少女に席を勧め、親しげに会話をしながら、フロアスタッフの分際で相席をして、メニューの紹介をする。この場に燕真が居たら「店員が客に混ざるな」とツッコミを入れるだろうが、粉木と雅仁は眺めているだけで注意をしない。


「なに食べる?

 ァタシのオススメは、

 パワフルビザトーストとモンスターパフェとバケツクリームソーダだよっ!」

「そ、そんなには食べられないよぉ~。

 サンドイッチと暖かいミルクティーをお願い。」

「了解!

 まさっち、里穂にサンドイッチとホットミルクティーとモンスターパフェ!」

「えっ!?パフェは頼んでない。」

「パフェゎ、ァタシがおごってあげるから安心してイイよ!

 久しぶりに里穂に会えたお祝いっ!」

「・・・た、食べれないからキャンセルお願いします。」


 オーダーを受けた雅仁は、少女を気にしつつ調理を始める。粉木に呼ばれた燕真が、2階から降りてきて階段に座って待機をする。

 客の少女には子妖が憑いていた。だから紅葉は、彼女の環境を聞き出す為に、店の奥に招き入れ、相席をしているのだ。


「ァタシに何か用があるの?」

「うん、ちょっとね。」

「なになに?カレシできたとか?」

「違う違う、そんなんじゃなくて・・・」

「お金なら1万円くらいなら貸したげるよ。」

「違う違う、そんなんじゃなくて・・・」

「だったら、ど~したの?」

「あ、あのさ・・・木山拓馬くん・・・覚えてる?」

「おぉっ!カツオブシみたいな顔をした木山くんね!覚えてるよ!」

「確か、中2の時に紅葉ちゃんとデートしたんだよね?」

「デート?映画見に行っただけだよ。

 もしかして、木山くんと付き合ってるの?木山くん頭イイもんね。」

「違う違う、そんなんじゃなくて・・・」


 紅葉は、彼氏と金以外には興味が無いのだろうか?聞き耳を立てている粉木と雅仁は、問い質したい気持ちに駆られてしまう。そして燕真は、カツオブシ扱いをされた木山という少年を見てみたい気持ちに駆られる。


「木山くんがね・・・最近元気無いの。

 中学の時、木山くん、紅葉ちゃんのこと好きだったでしょ。

 だから、皆で一緒にカラオケやボーリングに行って、

 元気にしてあげたいな~・・・って思っちゃって。」

「おおっ!久しぶりに皆で遊ぶのイイね!

 亜美や、燕真や、粉木のじいちゃんや、まさっちも連れてってイイ!?」

「エンマとか、コナキノジイチャンとか、マサッチって誰?

 東中(文架東中学・紅葉の出身校)の人?」

「どこの中学だろ?よくワカンナイ。あとで聞いとくね。」

「亜美ちゃんは知ってるから良いけど、面識の無い人はチョット・・・。」


 動揺した面持ちで互いの顔を見合う燕真&粉木&雅仁。なんか知らんが、いつの間にか、「会ったこともない木山くん」の激励会メンバーに加えられている。


(お嬢を好いとる少年の目の前で、お嬢と燕真を同席させたら、

 お嬢が燕真とベッタリしてもうて、少年がもっと落ち込むねん。)


 里穂と呼ばれる少女の話では、紅葉達と同じ中学出身の木山という少年が、最近になって学校内でイジメッ子から暴力を振るわれているらしい。聞いている燕真&粉木&雅仁は、どうにかしてやりたいが、部外者ではどうにも成らないと知っている。学校、親、友人、そして本人でクリアしなければ成らない問題だ。


「里穂ゎバイトとかやってるの?」

「校則で禁止されてるし、勉強が忙しくて、バイトやってる暇なんて無いよ~。」

「塾ゎ行ってるの?」

「授業のペースが早すぎて、塾に行かないと授業に付いていけないの~。」

「うへぇ~~・・・里穂みたいに頭イイ子でも大変なんだぁ~?」


 相談を終え、中学時代の昔話で盛り上がった後、里穂は会計をする。


「話、聞いてくれてありがとうね。ごちそうさま。」

「また、いつでも来てね~。」


 紅葉は、軽くスキンシップを取るフリをして里穂の肩を叩いて子妖を祓ってから、里穂を見送った。直後に燕真が寄ってきて、紅葉の隣に立つ。


「紅葉、もう少し詳しく説明しろよ。」

「ぅん。説明したげる。」


 訪れていた少女の名は、町田里穂。中学時代の紅葉の同級生なので、家はYOUKAIミュージアムから比較的近い。だから、YOUKAIミュージアムがインチキ博物館って事を知っており、最初は戸惑いながら入店してきたのだ。今は、文架市でトップの学歴を誇る文架高校に通っている。

 彼女が話題に出した木山拓馬も同じ東中出身。学業成績は常に上位で、夏休みの自由課題では県で表彰され、周りからは「文架高に進学して当たり前」と言われるほど優秀な少年だったらしい。


「へぇ・・・凄いんだな。ソイツ、モテてたのか?」

「モテてたかどうかはよくワカンナイ。お勉強を教えてもらったことゎあるよ。」

「デートしたらしいな?」

「ん~~・・・映画見に行っただけなのにデートなのかな?

 でも、映画見たあと、付き合いたいって言われて断ったから安心してイイよ!

 んへへっ!もしかしてヤキモチ?」

「チゲーよ!・・・てか‘安心して良い’って何を?」

「燕真だって、マキ姉ちゃんにコクってフラれたからオアイコだね!」

「コクってねーし、フラれてねーし、何処がどうお相子なのか解らん!」

「燕真は、今までに何回フラれたことあんの?コクられたことは?

 今までにもらったチョコの数は?来年はァタシがあげよっか?」

「俺の話はどうでも良いだろ!」

「イチャ付けへんで話を進めろ、バカップル。」

「イチャ付いてねーよ!」 「バカップルぢゃねーし!」


 まだ店内には客が居るのだが、燕真が店に居るだけで、紅葉が他の客を気にせずに燕真に絡み始めるので、見かねた粉木は割って入り、話を本題に戻す。


「陰湿な仲間外れくらいはあっても、

 暴力みたいな露骨なイジメって、進学校だと珍しいんじゃないのか?」

「長年、文架市に住んでるけど、文架高でイジメの噂は聞いたことあれへんな。」


 進学校に通う生徒にとって、敵は他人ではなく自分。他者の足を引っ張る暇など無く、自己研磨が優先。他者に自分の価値観を求めず、我が道を行くので、多少の仲間外れなど気にしない。無意味なマウントで、他者を見下して承認欲求を得る者などあまり聞いた事が無い。


「源川さんの学校(優麗高)は、イジメはあるのか?」

「ぅんにゃ、聞いた事ない。優高はイイコばっかりだよ。」

「紅葉の場合は、イジメが有っても気付かないだろうから、

 聞いてもあまり参考に成らんぞ。」

「ァタシ、そんなに鈍感ぢゃないよぉ~!

 お友達がイジメられてれば気付くモン!

 小学校の時、アミがイジメられてたの助けたモン!」

「また話が逸れとるで。イチャ付きたきゃ、自分の家(燕真のアパート)でやれ。」


 紅葉が得た情報だけでは、子妖の親(妖怪)に繋がる明確な情報は無かった。家、塾、買い物先等々、里穂の行動範囲の何処かに妖怪が潜んでいる事しか解らない。


「学校は調べてみる価値が有りそうだな。」

「だがその前に、木山という少年と接触してみるべきだな。」


 妖怪に憑かれると、感情が陰に陥る可能性は有る。妖怪に憑かれることで、正常な判断ができなくなって、攻撃的になる可能性も有る。且つ、負の感情には妖怪が寄りやすい。様々な観点から、木山少年、及び、イジメッ子の周辺を調査してみる価値は有るのだ。


「なぁ、紅葉。木山ってヤツには会えるか?」

「皆でカラオケに行くんだから会えるに決まってんぢゃん!」

「行かねーよ!」

「佐波木に同意だ。

 俺はカラオケに行ったことが無いので、何をどうすれば良いのか解らん。」

「アンタと一緒にするな!

 俺は、カラオケに行ったことが無いから行きたくないわけじゃない!」

「えっ?まさっち、行ったこと無いの?だったら、教えたげるから、今から行く?」

「アーティストでもない俺が、人前で歌わねば成らないんだろ?

 些か恥ずかしいな。」

「今からカラオケ行くなら店はどうすんねん?客は放置かいな?」

「論点がおかしい!

 俺が言いたいのは、なんで、高校生の親睦会に、

 俺達が参加しなきゃならないのか?ってことだ!」

「だって、その方が楽しいぢゃん!」

「楽しいのはオマエだけだ!

 オッサンやジジイが混じっていたら、他の連中は、みんな萎縮するぞ!」

「なぁ、お嬢。遠目で見るだけでええ。

 お嬢や狗塚やったら、木山っちゅう少年に憑いているか解るんちゃうんか?」

「ん~~~・・・多分。」

「俺なら、依り代に触れて念を送れば、妖怪の種類を判別できますよ。」

「その全く意味の無いマウント、要らねー!

 触れる為には親睦会に参加しなきゃ成らなくなる。」

「同じ東中出身やったら、少年の家は、此処から近いんやろ?」

「行ったことないから、おうちの場所ゎよくワカンナイ。

 小学校ゎァタシとゎ違うところだから、ちょっと遠いかもしんない。」

「連絡は取れるか?」

「直ゎムリ。里穂か永遠輝経由なら連絡できると思うけど・・・。」

「事件に無関係のモンを間に挟むのとややこしなるやろうな。

 仕方があれへん。あらゆる手段をつこて、木山少年と接点を作らんかい。」

「どうやって?」

「決まってるやろ。オマン等2人、親睦会に参加をするんや。」

「はぁぁっっ!!?」 「なにぃっ!!?」

「当日の店番は、ワシに任せてもろてええで!」

「おっけ~!そんぢゃ、あとゎ、アミを誘っとくね。

 やるのゎ、今週の土曜日でイイかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2

「木山少年に何の異常も無かったら、

 若人達とのカラオケを楽しんでくれば良いだけや。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2


燕真は猛反対をしたかったが、他に木山少年と接触する手段は無し。


「狗塚・・・お嬢の真骨頂は、無意識に、大ごとになる前の妖怪事件に飛び込んで、

 被害を出せへんで解決できることや。

 ええ機会やさかい、間近で経験してこい。」

「・・・は、はい。」

「おいおい、簡単に納得するな。」


 しかも、尤もらしいことを言って、雅仁が説得されてしまう。こうして、燕真と雅仁は、「木山拓馬くんを励ます会」に出席をすることが決まった。




-夜-


 燕真が入浴を終えて和室に戻ると、雅仁が読んでいた本を置いて話しかけてきた。


「なぁ、佐波木・・・君は、女性と遊びに行った経験はあるか?」

「・・・はぁ?」

「男女の交際と言えば、文通や交換日記から始まるのが定石だろう?

 それなのに、いくら妖怪調査の為とはいえ、交換日記をカットして、

 いきなり遊びに行くことになってしまって、些か戸惑っている。」

「この、スマホ全盛の時代に、紙媒体?」

「そうだ!それが本来の手順だろうに!?」

「一体誰と??」

「・・・それが解らないから聞いている!」

「・・・はぁ?」

「どの程度の親密な者とならば、交換日記をする価値が有るのだ?

 君と源川さんは交換日記をした事はあるか?」

「無~よ!交換日記で解り合う必要すら無い。」

「ならば、たまに店に遊びに来る平山さんという子とは?」

「無~よ!交換日記をする理由が無い。」

「フン!何もできないヤツめ!君のような未熟者に聞いた俺がバカだった!」

「・・・はぁっっ!???」


 燕真は、凄くバカにされた気分だったが、なんでバカにされているのかが、全く理解できなかった。

 交換日記なんて、した事がない・・・てか、メールやLINEでヤリトリが出来る時代に、交換日記などする必要が無いと考えているので、雅仁の言う「男女交際の定石」の意味が解らない。女の子を含めた数人でカラオケに行くだけなのに、何を動揺しているのだろうか?


「何の本を読んでんだ?」

「父の遺品だ。・・・君には関係無いだろう。」


 退治屋として未熟なのは認めるが、だからと言って、なんで男女交際まで未熟者扱いされなきゃ成らないのか?

 就職をして文架市に来る以前は、年相応の経験をしてきた。だから、「ませている」や「遊んでいる」には該当しないまでも、男女交際については、「一般的」であり「未熟者」ではない。


「何だ、コイツ?」


 父親が若かった時代と今を一緒にするな!燕真は、黙黙と本(カバーが掛かっていて燕真には解らないが、タイトルは『知っておきたい人間関係のマナー100選(1980年代編)』)を読んでいる雅仁を、溜息混じりに眺める。


(参考資料はズレてるが、コイツはコイツで、真面目に取り組んでるってことか。)


 少年少女のパーティーに参加するからには、大人としてお粗末な行動は出来ない。人付き合いが苦手な狗塚なりに、上手く馴染む方法を模索した結果、現代にはそぐわない昭和の知識を得てしまったのだろう。


「高校になって壁にぶつかった、中学時代の優等生くん・・・か。」


 たいていの人間が、脚光を浴びることなく大人になる。アニメや漫画なら、典型的なやられ役やモブキャラだ。


 燕真の脳内で、陸上競技場のトラックで長距離走を走る少年時代の燕真がフラッシュバックする。体力を削りながら、必死になって上位グループに付いていこうとするが、隣の選手と接触して転倒。後を走っていた全選手に抜かれ、少年燕真は痛めた足で最後尾を走り続ける。中学3年生の夏の苦い思い出。中学時代の公式戦は、その大会で終わった。


 燕真も、その他大勢の1人だった。だから、周りから一目置かれて、期待を背負って育った人間の気持ちは解らない。だけど、高校~大学時代に、過去の栄光にしがみついたまま落ちぶれていったヤツ等は、何人かは見ている。

 燕真は布団に寝転がり、大人として、迷える少年に何をしてやれるのかを考える。




-数日後-


 参加者の全員が文架東中学区なので、会場は学区内のカラオケ店に決まった。燕真&雅仁&紅葉が待つ駐車場に、自転車に乗った亜美が合流をする。


「こんにちわ~。」

「おっす!」 「アミ~!ちぃ~~~っすっ!」 「こんにちわ。」


 亜美の挨拶に燕真&紅葉&雅仁が応じる。


「んぢゃ、行こうっ!アミゎ、まさっちの後ろね!」

「えっ!?」×3


 紅葉は、「ここゎァタシ専用」と言わんばかりに燕真のホンダVFR1200Fのタンデムに乗り、亜美に「ヤマハ・MT-10のタンデムに乗れ」と催促をする。もちろん、燕真&雅仁&亜美は、この展開を聞いていない。


「オマエ、自転車で行かないのか?」

「ぅん、乗せてって!」

「自転車で行けよ。」

「イイぢゃん!減るモンぢゃないし!」

「減るんだよ、俺のリラックスタイムが!」

「アミも早く乗りな~!」

「え~~~~・・・なんか悪いから、私は自転車でイイよ~。」

「大丈夫だよね、まさっち!?」

「あぁ・・・まぁ・・・」

「ほら、大丈夫だって!早く乗って!」


 亜美は、申し訳無さそうに一礼をしてから、MT-10のタンデムに乗り、燕真と雅仁はバイクをスタートさせた。紅葉は、いつも通りに、燕真の背中に体を密着させて乗っているが、雅仁とロクに話したことの無い亜美は、恥ずかしそうに隙間を空けて乗っている。

 到着をすると、カラオケ店の前では、里穂と吉良永遠輝、そして、燕真には一面識も無い男子が3人と、女子が1人居た。多分、その中の1人が木山拓馬という少年なんだろうけど、燕真にはどれが誰なのか、全く解らない。


「アイツ(永遠輝)、来てんだ?他は知らない奴だらけだな。」

「永遠輝は、すっかり友達だもんね。」

「友達ではない。アイツ、やたらと睨んでくるから苦手なんだよな。」


 紅葉曰く、優麗高組が紅葉&亜美&吉良永遠輝、文架高組が町田里穂と木村拓馬の他に女1人、残る男子2人は別の高校。今回の集まりに永遠輝を呼ぶ気は無かったのだが、計画を聞きつけて勝手に参加を決めたらしい。


「・・・木山くん。」


 紅葉は、彼等の中の1人を見た途端に険しい表情になる。露骨に燕真を睨み付ける永遠輝とは違い、その少年は少し寂しそうな表情で燕真&紅葉ペアを見詰めていた。


「どれが、木山くんだ?」

「カツオブシみたいな顔の子だよ。」

「その例えじゃ、どれか解らん。」

「端っこにいるメガネの子。」

「憑いてるか解るか?」

「ぅん。ヤバい感じの黒いモヤモヤが出てるよ。

 でも、本体が憑いてるのか、子が憑いてるのか、よく解らない。」

「そっか。接触して、しばらくは様子見だな。」


 バイクを駐輪場に駐めて里穂達と合流して、9人は店に入り、受付を呼ぶ。


「9人、3時間で・・・・」

「いえ、違います。

 俺達2人(燕真&雅仁)と、少年少女(紅葉達)は別グループです。」

「んぇぇっっ?なんでっ!?」

「一緒は嫌だからに決まってんだろう!

 別の部屋で待機してやるから、騒ぎになったら呼べ。」

「ならァタシも燕真達のグループにする!」

「それじゃ本末転倒だ。木山くんとやらの激励会、兼、妖怪の調査だろ?」

「燕真達ばっかりズルい!」

「何がズルいのか、意味が解らん。」


 さすがに少年少女のパーティーを邪魔するのは申し訳ないので、燕真は部屋を分ける申し出をする。この提案は、紅葉には言ってないが、亜美経由で他のメンバーには伝達済みだ。


「俺達のグループは、7人、3時間でお願いします。」

「はい、解りました。」

「んぁっ!永遠輝、勝手に受付しないでっ!!」


 紅葉が燕真に文句を言っている間に、永遠輝が受付を済ませてしまう。紅葉は不満な表情をしつつ、何度も「あとでそっち(燕真達の部屋)に遊びに行く」と言いながら、亜美と永遠輝に、指定された部屋に引っ張られていった。

 少年少女を見送った後、燕真と雅仁は、指定された別室へと向かう。



-燕真&雅仁の部屋-


 2人はテーブルを挟んで向かい合わせに座る。


「フン!まさか君と2人でカラオケをすることに成るとは思わなかったな。」

「俺だって、アンタと2人なんて嫌だよ。

 だけど、悩める少年の激励会を、部外者の俺達が邪魔をしちゃマズいだろ。」

「さて、歌うぞ。」

「えっ?歌うの?」

「無論だ。せっかく、カラオケに来たのに、歌わぬ理由は無かろう。」

「歌いたきゃお好きにど~ぞ。」


 燕真は歌う気無し。飯を食べながら待機をするつもりだったので、リモコンを操作して選曲をする雅仁を、冷ややかに眺める。


「♪~♪~♪~」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 雅仁の歌なんて全く聞く気が無かった燕真だったが、思い掛けずに見入って、眼で歌詞を追い掛けてしまう。音を外さず、声量と抑揚が有り、ビブラートやファルセットをキッチリ使っている。歌、「プロ並みじゃね?」ってくらい上手かった。


「アンタ、カラオケは初体験じゃなかったっけ?」

「初めてだが、それがどうした?」

「初めてで、そんだけ歌えんのかよ?」

「学校での音楽の成績は良かったからな。」


 いやいや、初カラオケで、これだけ歌えれば、「音楽の成績」云々じゃなくて、才能だろう。イケメンだし、YouTubeで有名曲をカバーして配信したら、そこそこ稼げるんじゃないだろうか?紅葉と2人でデュエットの配信したら、どちらにもファンが付きそうだ。


「何か腹が立つ。」


 燕真はカラオケ歴10年以上。特別に上手いわけではないが、男女グループで来て場を盛り上げるのは得意。燕真は、歌う気は無く、飯を食べながら待機をする予定だったが、対抗意識を煽られ、リモコンを操作して得意な曲を選曲をする。

2~3曲ずつ歌って喉を開いた後、燕真は、採点機能を使った勝負を挑み、惨敗をするのであった。



-木山くん激励会の部屋-


 歌は、入室直後に紅葉と永遠輝が1曲ずつ歌ったのみ。全く盛り上がらないまま、あとは、リモコンを弄ろうとすらしない。皆が「東中の秀才」と評価されたはずの木山拓馬の、自信を喪失させた人相や覇気の無さに違和感を感じ、「歌うより、何があったのか聞きたい」気持ちになっていた。

 結論から言えば、紅葉に先見が有ったわけではないが、空気を読まずに燕真や雅仁を巻き込もうとした案が正解だった。部外者が居れば、皆が一様に気を使い、込み入った話をする雰囲気にはならなかっただろう。だが、知った顔だけに成ってしまった為に、皆が空気を読んでしまい、全く盛り上がらない。


「何があったんだ、木山?俺等に話せることなら話してみろよ。」


 男子の1人が切り出すが、木山少年は俯いたまま喋ろうとしない。紅葉には、質問が発せられた途端に、少年の全身を覆っていた闇が増幅されたように見える。もう少し刺激をして、様子を見るべきか?


「木山くん、前はもっと偉そうだったじゃん。

 いつから、そんなウジウジになっちゃった?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 皆が聞きたかったが聞きにくかったことを、紅葉が質問する。中学時代のトップレベルが、高校では普通レベル。市内中学の同レベルばかりが集まるんだから当然のこと。優秀な連中だらけの中で偉ぶっても、「自分も同じ事ができる」と考えて周りは特別視をしない。むしろ、「コイツ、なに、当たり前の事を偉そうに言ってるの?」とバカにされるだろう。それならば木山が考え方を変えるしか無い。


「文高(文架高校)でイジメられて、そんなふうになっちゃたの?」

「ク、クレハ・・・質問が直球過ぎるよ。」


 亜美が口を挟むが、紅葉は質問を変える気は無し。優秀だらけの中で落ち零れた者が、別の安易な承認欲求を得る為に暴力を使い始めるケースも、進学校では希とは言え有り得るだろう。でも、その場合は、何故、木山が標的にされたのかを知りたい。


「イジメてるヤツ等と何があったの?」

「し、知らないよ・・・アイツ等、急に。」

「やっつければイイじゃん。」

「・・・で、出来ないよ。」

「なんで?」

「僕は、暴力を使うヤツ等と同レベルになんて成りたくない!」


 質問の一つ一つがキラーワードだった。木山少年を覆っている闇の敵意が、紅葉に向けられる。紅葉にだけ見えている闇は、紅葉の浄化能力を超えているので、素手で祓うことはできない。

 木山少年は、おそらく本体に憑かれている。過剰気味だった自信が、高校進学後に打ち砕かれ、今の質問によって、劣等感が刺激されて闇が増幅したのだ。

 室内は、「これ以上の質問はヤバいんじゃないのか?」って雰囲気になる。皆、紅葉とは違って‘闇’は見えないが、‘嫌な空気’の増幅を肌で感じているのだ。


「お、おい、源川。」 「もう、この話やめようよ。」


 紅葉を止める永遠輝と里穂。直後に扉が開いて、燕真と雅仁が室内に入ってきた。


「燕真、まっさっち、(まだ呼んでないのに)どうして?」

「闇の気配が危険域に入ったから来たんだ。

 俺だって、君(紅葉)ほど敏感ではないが、闇の増幅は感知できる。」

「ここからは、大人が介入する時間だ。」


 雅仁は護符を持って木山少年に近付こうとするが、燕真が腕を引っ張って止め、空いているソファーに腰を降ろして、木山を見詰めた。


「君の事は、紅葉や、君の学友(里穂)から聞いている。

 苛められるのって辛いよな?」

「佐波木、何をするつもりだ?サッサと闇を祓うべきでは?」

「そんなことは解ってるし、俺にはできないから、アンタに任せる。

 でも、その前に、俺にできることをやっているんだ。」


 憑いている物を祓えば、この場は沈静化をするだろう。でも、それだけでは、木山の劣等感を解消することはできない。劣等を抱えたままでは、また、別の妖怪の依り代になってしまう。だから、劣等に陥った原因を突き止めたい。それが、燕真の思惑だ。


「逃げたきゃ逃げれば良い。

 俺は、不登校や、転校は、選択肢の1つだと思っている。

 でも、逃げるなら、いつまでも気持ちを鬱々させるべきじゃない。

 君は、逃げているわりに何も解消できていないんじゃないのか?

 それはなんでだと思う?」

「ううう・・・僕は。」


 理由は、本心では逃げたいと思っておらず、中途半端にしか逃げていないから。その為に、開き直ることもできない。燕真は、その答えを察しているが、自分で気付くべきと思っているので、あえて言わない。


「君は、今日のこの集まりに、何を求めたんだ?

 紅葉達の前でなら、過去の栄光に縋って、偉ぶれるとでも思ったのか?」


 正解。中学時代の自分を「凄い」と言ってくれた仲間達の前でなら、過去の自信を取り戻せると思っていた。人によっては、過去の栄冠にしがみつくことでイキる者も居るだろう。だが、頭の良い木山少年は、それは、全く意味の無い‘その場しのぎの逃げ’と気付いていた。

 久しぶりに会った中学時代の仲間達は、相応に成長していた(全然変わらないヤツもいるが)。木山が知る中学時代の紅葉は、男子からの人気は高かったが、色恋に興味を持っていなかった。だけど今は、歳上の彼氏らしい奴(燕真)が傍に居る。全然マセていなかった初恋相手が、この場に居る誰よりも先に‘恋人居る歴’をクリアさせてしまったようだ(あくまでも木山の想像)。


「君の内面は、君以外の誰にも変えることは出来ないんだぞ。」


 少年少女達は、言い過ぎとは感じているが、皆が感じていたことだし、大人がすることなので、黙って聞いている。


「そ、そんなこと・・・言われなくたって解っています。」


 未だに好意を忘れられない初恋相手の恋人(?)に、正論で説教をされているのだ。木山少年がしがみついていた僅かな自尊心が崩れていく。

 全身から発せられる闇が増幅され、少年の腹に鬼印が出現をして闇を吸収!集まった闇が球体と成って広がり、木山少年を飲み込んだ!


「燕真、ヤバいよ!」 「佐波木、煽りすぎだ!出現するぞ!」

「良いんだよ、これで!」


 今までは‘重たい雰囲気’しか感じていなかった亜美達にも、闇の球体が見える!立ち上がって身構える燕真と雅仁!闇の球体は、室内いっぱいに広がり、ドアを開けて、木山少年をコアにしたまま通路に飛び出す!


「逃げたっ!」

「ヤバいじゃん!なんで逃げるんだ!?」

「ここでは、狭すぎて実体化ができないんだ!」


 紅葉と雅仁からすれば、燕真が少年を挑発して妖怪化をさせたのが想定外。燕真にしてみれば、妖怪が出現前に移動したのが想定外。燕真&紅葉&雅仁は、慌てて闇の球体を追い掛ける。


「えっ?デカい妖怪って、実体化する前に場所を変えるのか?」

「狭い場所ぢゃ、大きい妖怪が出てこれないんだから当たり前ぢゃん!」

「そんなことも知らなかったのか、未熟者め!」

「知らんかった!先に言えよ!知ってたら、店に入る前に説教したっての!」

「そっくりそのまま言葉を返す!

 あえて挑発をして実体化をさせる作戦なら先に言え!」

「燕真のアホアホっ!」


 店を飛び出し駐車場に辿り着く燕真&紅葉&雅仁!闇の球体は直径3mほどに膨れあがり、中から身長3mで1つ目の怪僧=一つ目入道が出現をした!


「幻装っ!」×2


 Yメダルをベルトのバックルに装填する燕真&雅仁!全身が輝いて、妖幻ファイターザムシード&ガルダ登場!鳥銃・迦楼羅焔を装備したガルダが、一つ目入道目掛けて光弾を連射!着弾をした一つ目入道は数歩後退をする!


「うおぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっんっっ!!!」


 一つ目入道は大声で嘶いて、周囲に闇の衝撃波を撒き散らした後、闇の球体に姿を変え、飛び上がって逃走をする!ザムシードは紅葉を庇い、ガルダは重心を落として衝撃波に耐え、飛んで逃げる一つ目入道を追おうとした!


「待て、佐波木!」

「どうした!?」

「子妖だ!奴は、闇の衝撃波で子妖を撒き散らしたんだ!」


 数百匹の身長3センチくらいの一つ目妖怪が、カラオケ店の駐車場を走り回っている。


「わっ!わっ!」


 ザムシードによじ登って子妖から逃げる紅葉。数百の子妖は、店から出て来た紅葉の仲間達、散歩中の中年、自転車に乗る学生達、近くのスーパー等々、憑く対象を探して、一斉に走って行く。


「マズいな。紅葉と狗塚は、子妖祓いを頼む!俺は本体を潰す!」

「待て、佐波木!実力で考えれば、俺が本体討伐で、君は子妖処理だろうに!」

「アイツ(木山少年)は、俺が何とかしてやりたいんだ!

 だから、ザコは頼む!」

「燕真~!ァタシに素手で3センチの小人を叩き潰せっての?

 さすがにチョット、キショい。」

「オマエには、これを貸しておく!」


 ザムシードは、基本装備の裁笏ヤマを紅葉に渡し、この場はガルダを任せて、バイクに跨がって空を逃げる一つ目入道を追う!スタートが遅れた所為で、かなり距離が開いてしまったが、何の問題も無し!愛車をマシンOBOROに変形して、朧フェイスの口から発せられた妖穴に飛び込んだ!

 数秒後には、一つ目入道を覆った闇の球体のど真ん中にマシンOBOROを駆るザムシードが出現!一つ目入道をバイクで弾き飛ばした!

 空き地に墜落する一つ目入道と、着地をしたバイクから降りて、妖刀ホエマルを構えるザムシード!子妖は紅葉とガルダに任せたが、子妖を全滅させるには本体を叩くのが一番手っ取り早い!それを承知の上で、ガルダには追わせなかったのは、燕真(ザムシード)が個人的に、一つ目入道(木山少年)と対峙したかったからだ!


「おい、少年!俺の声が聞こえてるか!?」

「うおぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっんっっ!!!」

「ちぃっ!ダメか!」


 ザムシードの呼び掛けに対して返ってくるのは、一つ目入道の嘶きのみ。依り代の少年は、完全に取り込まれて、強制的に意識を眠らされている。妖怪を弱体させるには、バイクの体当たりだけでは足りないようだ。


「だったら・・・」


 妖幻システムの装備は、白メダルを使用しなければ、妖怪を封印する効果を発揮しない。裏を返せば、白メダル無しの攻撃なら、徹底的に妖怪を弱らせて、妖怪に憑かれた状態の依り代を目覚めさせることができる。


「良い機会だ!試してみたいメダルがある!」


 ザムシードは、Yウォッチから、二口女のメダルを抜き取る。決して強い妖怪ではないので、強力な武器ではない。妖幻ファイターは、『蜘』や『鵺』等の、強い妖怪で作ったメダルを、同時には使えない。2枚以上の強力なメダルの同時使用をすると、必要妖力が妖幻ファイターのキャパシティーを越えてしまい、自動でリミッターが掛かる。妖刀や弓銃に『炎』や『斬』のメダルをセットする事も、使役妖怪の妖力を高めてしまい、妖幻ファイターの制御能力を超えてしまう危険がある為に、自動でリミッターが掛かってしまう。

 つまり、ザムシードの能力では、妖怪メダルの同時使用は出来ない。

 しかし、二口女のメダルには、新たなる試みが為されている。元々弱い妖力を、Yメダル変換時に更に抑え込み、‘二口’をいう特性のみを利用して、メダルの同時使用を可能にしてあるのだ。


 『二』と書かれたメダルを、Yウォッチの空きスロットに装填!目の前に光の渦が出現して、脇腹(下緒部分)に窪みのある朱色の鞘が出現!妖鞘を握り締め、妖刀ホエマルを納刀し、鞘の窪みに『炎』メダルをセットして、脇に帯刀するザムシード!

 其の鞘に攻撃力は無い。ただし妖刀を納めて10秒を経て、抜刀の一閃にだけ、設置した属性メダル(今回は炎)の効果をホエマルに纏わせる事が出来るのだ!


「徹底的に弱らせる!・・・9・・・8・・・7・・・」


 抜刀のカウントダウンをしながら、帯刀した束に手を掛け、腰を低く落として身構えるザムシード!「敵は動きを止めた」と判断した一つ目入道が突進をして来る!


「6・・・5・・・4・・・3!」


 ザムシードは、一つ目入道に突進をして、掴み掛かってくる手を回避!


「2・・・1・・・ハァァァッッッ!!!」


 次の瞬間、妖鞘から妖刀が抜刀され、炎を帯びた刀身が一つ目入道のど真ん中に叩き込まれた!1つ目入道の腹に取り憑いていた鬼印が消滅をする!

 悲鳴を上げ、全身の闇を撒き散らしながら弾き飛ばされる一つ目入道!妖刀に白メダルを装填してあれば、今の攻撃で決着が付いていただろう!だが、ザムシードは、敢えて決着を付けなかった!

 ザムシードは、妖怪との決着をつけなければ成らないのは、ザムシードではなく、依り代の木山本人だと思っている。


「おい、少年!この場には、俺しか居ない!

 俺は、君の事を知らないんだから、君を見損なうことも、見下すことも無い!

 君を知る者は居ないんだから、君は、ここでは、過去の体裁を繕う必要もない!

 教えてくれ!何があって、そんなに卑屈になっているんだ!?」


 燕真(ザムシード)は、何もかもが平凡な青春時代を送った。特に学業が優秀なわけでも、スポーツでエースを経験したわけでも、女子の人気が集中したわけでもない。だけど、上手にできなくても腐ること無く、逃げず、投げ出さず、何度負けても、常に正面から挑み続けた結果、それなりに充実した青春を送ることができた。


「君は、俺と違って、輝かしい実績がある優秀なヤツなんだろ?

 優秀な君が、心を閉ざす理由が知りたいんだ!」


 一つ目入道は弱り、依り代は自我を取り戻しかけている。ザムシード声は、依り代に届いている。


「うぅぅ・・・ぉぉぉ・・・」


 ザムシードのセンサーには、一つ目入道を取り巻く闇が増幅されたことを感知する。ザムシードが発した言葉の中に、依り代の嫌がる単語が有るってことだ。


「・・・そう言うことか。

 君に一目置く連中が集まった激励会じゃ解消されないわけだ。」


 ザムシードは理解をした。中学では優秀だったとしても、同レベルが集まる高校では、優秀を維持するのは難しい。皆が優秀なんだから、その学校では優秀が普通になって埋没をする。ずっと、周りから一目置かれ続けた木山少年は、それが耐えられなかったのだ。


「君と同じレベルや、君以上に凄いヤツ等が居るのを知ってしまって、

 ‘優秀’って冠が苦しくなったんだな。」


 木山少年とイジメッ子の間に何があったのかは解らない。でも、大元の原因はイジメではない。苛められて卑屈になったのではなく、卑屈になったから、もしくは、卑屈を誤魔化す為に虚勢を張ったが周りから受け入れられず、イジメの標的にされたのだ。


「俺の知り合いにさ・・・スゲー優秀なヤツが居るんだ。

 俺の何倍も知識があって、俺じゃ敵わないくらい強くて、

 しかもイケメンで、オマケに名門の血統証付き。

 俺とは才能が違いすぎて、会ったばっかの頃は、

 ソイツの行動言動の何もかもが鼻についてさ・・・

 でも、最近になって解ったんだ。ソイツが凄いのは、優秀だからじゃない。

 名門ってレッテルが嫌で、スゲー努力をしているからなんだ。」


 燕真(ザムシード)は、態度には出さないが、雅仁の凄さを認めている。彼は、名門だから高飛車なのではなく、自分に厳しいからこそ、他人にも厳しく接し、幼少期から努力家を続けたからこそ凄いのだ。


「うぅぅ・・・ぉぉぉ・・・」

「君も同じなんだろ?

 現状が嫌なら逃げても良い。

 でも、自分でそれが納得できないなら、挑むしか無い。

 挑んで、毎回勝てるヤツなんて、ほんの一握り。たいていは、どこかで負ける。」

「うぅぅ・・・ぉぉぉ・・・逃げたく・・・ない・・・

 でも・・・負けるのが・・・怖い。」

「それって、きっと優秀なヤツの視点なんだよな。

 平凡な俺なんて、負けてばっかだ。」

「ぉぉぉ・・・負けて・・・ばかり?」

「うん・・・勝った経験なんてあるのかな?って次元だよ。」

「ぉぉ・・・ぉ・・・悔しく・・・ないんですか?」

「悔しいに決まってんじゃん。年中、悔しいことだらけだ。

 でも、悔しさから目を背けたら、試合放棄になってしまう。

 俺は、自分に嘘を付いて、中途半端に諦めるのが嫌なんだ。

 適当な言い訳をして、自分を誤魔化して、負けてないフリをするよりは、

 悔しくても、事実を受け止める方がマシだと思っている。」


 ザムシードは、自分でも意識はしていないが「自分に負ける」や、「出来ないのは真面目にやらないから」と言い訳をして自分から逃げるのが嫌いだ。「霊感ゼロ」「才能が無い」と散々な評価をされても、自分なりに出来ることがあると信じて、退治屋を続けている。自分より優秀な者を素直に認め、自分の足元を把握して、無駄な背伸びをして他人を見下さず、周りから要領が悪いと言われても、自分にできる最大限の挑戦をする。


「僕にも・・・出来ますかね?」

「それは君次第だろ?」

「そう・・・ですね。」


 一つ目入道の依り代が求めていたのは、特別扱いではなく、「自分は特別ではない」と解ってしまった心の落とし処。ザムシードが「皆、優秀ではない自分に藻掻いている」と伝えたことで気持ちが楽になり、憑いていた妖怪が剥がれ始める。


「うん・・・それで良いんだ。」


 ザムシードは、妖刀に白メダルをセットして、憑けなくなった一つ目入道を両断。一つ目入道は闇と成って散り、白メダルに『目』の文字が浮かび上がった。


「さぁ、皆、心配しているだろうから戻ろう。」


 変身を解除した燕真が、バイクの後ろに木山少年を乗せて、カラオケ店へと向かう。



-数分後-


 合流した木山少年は、先程までとは別人のように、穏やかな顔をしていた。仲間達が「何があったのか」と尋ねられるが、恥ずかしそうに笑って誤魔化して、紅葉にだけはコッソリと告げる。


「あの人・・・格好良いな。」

「燕真のこと?・・・んへへっ、木山くんにもわかっちゃう?」

「うん・・・ちょっとだけね。」


 今はまだ、10年以上‘特別’に胡座をかいた自分では、自分を凡人と呼ぶ佐波木燕真の人間力には勝てない。紅葉が、燕真に惹かれている理由が解る。木山少年の言葉は、初恋が失恋に変わったことを正式に認めた発言だった。少し寂しいけど、清々しい気持ちで自分を納得させる。


「彼と何があったんだ?」

「優秀なヤツには理解できない‘熱い語り合い’だよ。」


 一方、雅仁が燕真に経緯を尋ねるが、燕真はそっぽを向いて適当に誤魔化す。優れたヤツとして、雅仁の名を出したことを本人に説明できるほど、まだ素直にはなれない。




 少し離れたビルの屋上では、伊原木鬼一と虎熊童子が、燕真達を眺めていた。


「どう思う、虎熊童子?」

「問答無用で妖怪を倒すのではなく、先に依り代を救うなんて、

 随分と奇特なヤツだな。

 閻魔大王の力が優れているからこそ、あんな悠長なことができるんだろうな。

 ザムシードか・・・。ちょっと・・・チョッカイを出してみたくなってきた。」


 鬼は、宿敵・狗塚の戦闘能力を熟知している。強敵だが、倒せない相手ではない。紅葉の才能が隠された現状で、彼等の興味は、佐波木燕真に向いていた。

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