第15話・名門狗塚の葛藤(vs鉄鼠)
燕真と紅葉がYOUKAIミュージアムに戻ると、駐輪場には、雅仁のバイク(ヤマハ・MT-10)が駐車してあった
「アイツ(狗塚)、戻ってるみたいだな。」
「ぁんにゃろぅ!すげームカ付くぅぅっ!!」
紅葉は、雅仁のバイクを見るなり、徐行中のホンダVFR1200Fのタンデムから飛び降り、慌ただしく店内に駆け込んでいった。
「・・・お、おい、紅葉!!」
燕真は、操作中の愛車を放り出して紅葉を止めるわけにも行かず、肩を怒らせた紅葉の背中を見送る事しかできない。嫌な予感しかしない。
-店内-
店内には、雅仁の他に、客が一組。つい最近、燕真目当てでリピーターになった、2人組女性会社員が、仕事帰りの夕食を兼ねて訪れていた。彼女達にとって、燕真は「熱烈な推しメン」ではないが、それなりに会話を楽しめる相手。やや頼り無いが、それなりにイケメンだし、物腰はソフトなので、燕真だってそれなりにモテるのだ。
「もうちっとで帰ってくると思うで。」
「は~い!」
「なんなら、青二才やなくて、燻し銀のワシが話し相手になってやってもいいで。」
「あはははははっ!マスター、面白~い。」
2人は、粉木に声を掛けられ、軽食を食べながら、燕真の帰りを待つ。そこへ、眼をつり上げた紅葉が、乱暴にドアを開けて飛び込んできた。店内を見廻し、テーブル席でホットコーヒーを飲む雅仁を見付けるなり駆け寄る。
「この、冷血野郎っっ!!!」
両手の平で思いっ切りテーブルを叩く紅葉。上にあるティーカップが軽く飛び上がって、陶器同士がぶつかる音を立てた。カウンター内の粉木や、女性会社員達が、「何事か?」と紅葉を眺め、張本人の雅仁は、迷惑そうに紅葉を見つめる。
「・・・ん?」
「‘ん?’ぢゃなぃ!!しらばっくれるな!!
何で燕真を助けなぃ!!?目の前に妖怪ぃるのに無視すんな!!
ァンタゎ、逃げてる人を見て、何とも思わなぃのか!!?
「ああ・・・また、その事か?」
雅仁は「先ずは落ち着け」と言う意味を込めて、向かいの席に座るように促すが、紅葉は応じない。仕方なく‘大人の対応’を心掛けつつ、いきり立っている紅葉に、それぞれの立場を説明する事にする。
「いいか、源川さん?俺の使命は鬼退治。
地域の妖怪に対しては、粉木さんのように専門の退治屋がいる。
これは理解しているよな?」
「・・・だからなにっ!?」
「君の言う‘目の前の困った人を助ける’のも解るが、
目の前の事に捕らわれていれば、
やがて鬼がもたらす大きな被害を抑える事が出来なくなる。
だから俺は、先に予想される‘大きな被害’を最小限に食い止めようとしている。」
「あっそう!それで!?」
「君だって同じはずだ。
ザムシードの戦いを眺めていても、君は邪魔にしか成らない。
戦線を離脱して俺と一緒に行動をすれば、君が出来る事はいくらでもある。」
「バカにするな!ァタシゎ燕真のジャマぢゃない!!」
「俺が言いたいのは、君が邪魔かどうかではなく、
むしろ、‘君にも出来る事がある’方なんだが・・・」
「目の前の怖がってる人達が死んじゃったら、ァンタはどう責任を取るんだ!?」
「それは、俺達や退治屋の考える事ではない。
被害者をゼロに抑えるなんて無理に決まっているだろう。
妖怪が存在するからには、犠牲を出さないなんて不可能なんだ!
退治屋のするべき事は、妖怪の退治!俺のするべき事は、鬼の退治!
その過程で、助けられる人も、助けられない人もいる!」
「違ぅもん!!燕真ゎ、沢山の人を護ってるもん!!」
最初は冷静に対応をしていた雅仁だったが、紅葉に煽られて、徐々に声を荒げ始める。
他にも客の居る店内で怒鳴り合うなど何たる事か?粉木は、大きな溜息をついてから、流し台にバケツを置いて、「当事者達にぶっ掛ける為の水」を注ぎ始めた。
「未熟者の論理を持ち出すな!!
君は、あんな奴と一緒に居る所為で、自分の価値に気付いていない!!
あの未熟者が、君の才能を潰している事に気付け!!」
「燕真を悪く言うなぁっっ!!!」
「論点は其処ではない!!君は君の才能を活かすべきと言っているんだ!!」
「サイノーとか、そんなの知った事かぁぁ!!!燕真をバカにするなぁぁっ!!!
燕真ゎァンタとゎ全然違うっっっ!!!」
「君に、俺の何が解る!?
何も知らないクセに、未熟な理想主義者と比べるのは迷惑だ!!」
「ァンタのことなんて、なんにもワカンナイ!!
ァタシゎ、男の人ゎ燕真しか知らないっ!
でも、ァンタが嫌な奴ってくらいゎわかる!!
燕真ゎァタシに優しくしてくれるけど、ァンタゎァタシを置いてったっ!
燕真ゎ、面倒臭いと思っても、最後まで、ちゃんとしてくれる!!」
聞きたくなくても、紅葉の怒鳴り声は店中に聞こえる。粉木と女性会社員達は、目が点状態。なんか、スゲーこと言ってないか?紅葉が言った「ァタシゎ、男の人ゎ燕真しか知らない」ってどういう事?紅葉は、燕真を「男として」知っているの?「優しくしてくれる」「最後まで、ちゃんとしてくれる」って何を?
「やがて、そういう関係になっても不思議ちゃう思うとったけど、
燕真のアホは、もうお嬢に手ぇ出したのか?」
「燕真君って、あんな子が趣味なの?」
「あの子、まだ未成年だよね?」
紅葉は、そんなつもりでは言っていない。もちろん、まだ手は出されていない。プラトニックな関係・・・てか、燕真にとって、紅葉は子守対象で、付き合ってすらいない。だが、粉木と女性会社員達には、「燕真と紅葉は経験済み」にしか聞こえない。
「お、お会計お願いしま~す。」
「もう帰るんか?もうすぐ、燕真も来るで。」
「なんか、もう、どうでも良いです。」
「戻ってきても、話すことありません。」
紅葉は意図せず、恋愛面でのライバル2名(しかも燕真にとっては年相応)、燕真に幻滅して脱落。
「燕真ゎァタシに優しぃし、ァタシゎ燕真を助けるのが一番良いんだぁぁっ!!!」
怒髪天を衝く程に激怒した紅葉が、雅仁の胸ぐらを掴もうとする。ようやくここで、燕真が店内に入ってきた。
女性会社員達が、露骨に避けながら店から出て行くが、憐れな燕真は自分のファンが2人減ったことに全く気付いていない。
「何を怒鳴り散らしているかと思えば・・・喧嘩の理由は俺?」
怒鳴り散らしている、紅葉を羽交い締めにして抑える燕真。猛獣の飼い主の登場を確認した狗塚は、少し落ち着きを取り戻して、コーヒーに口を付けるが、やや呆れ顔、且つ、燕真を見下した眼で見ている。
ちなみに、店の外では、女性会社員達が‘燕真が未成年の少女を後から抱きしめる(?)’様子を眺め、「やっぱりそうなんだ」と、汚物を見るような目で去って行った。きっと、彼女達は、二度のこの店には来ないだろう。
「コィツ、燕真をバカにしやがった!!」
「俺がバカにされたから、ここに到着するなり、店に怒鳴り込んでいったのか?」
「そぅだょ!燕真をバカにしたコィツがムカ付くから!!」
羽交い締めを解き、燕真の方に向き直って怒鳴り続ける紅葉。
「こんなビーチサンダルみたいな顔の奴、
延髄を蹴り飛ばしてから、思いっ切り顔面を踏んづけてやる!」
「話の辻褄が合ってないぞ!とりあえず、落ち着け!
・・・てか、物騒な事言うな!!
・・・てか、サンダル顔ってなんだ!?」
「燕真に謝れ!!そぅしたら許してやる!!」
「俺が俺に謝るの?怒鳴る方向が違うぞ、紅葉!
喧嘩の内容は何だ!?先ずはそれを説明しろよ!」
「コィツが燕真をバカにしやがったからだ!!」
「だ~か~ら~・・・それでは話の辻褄が合わないってんだよ!
・・・てか、仲間内のライバル的なキャラと対立をするのは主人公の役割!
ヒロインは狼狽えながら止める役!
なんで、オマエが率先して喧嘩して、俺が止めてんだよ!?
俺の見せ場(?)を取るな!
せめて、俺抜きで喧嘩をするな!!俺が居る時に喧嘩しろ!!
主人公が話に付いていけないのはオカシイだろう!!」
「いい加減にせい、オマン等!少し頭冷やせ!!」
バシャァァッッ!!
次の瞬間、粉木の怒鳴り声と共に、燕真の背(紅葉と雅仁は軽く濡れる程度)に粉木が放った冷や水がぶっ掛けられた!
「わぁぁっ!冷てっっ!!!」
ズブ濡れになった燕真、袖の当たりを少し濡らした紅葉、髪や上着を少し濡らした雅仁が、同時に粉木の方を向く。
「なんで・・・俺メイン?」
「狗塚とお嬢にぶっ掛けるつもりやったけど、
水が溜まる前に、オマンが仲裁入れよったからや。
せっかく水が溜まったのに浴びせる場所がのうなったさかい、
オマンに浴びせる事にした。」
「だったら・・・かけるなよ?」
「悪う思うな・・・見せしめや」
「もう一度聞く・・・なんで、俺?」
「・・・見せしめや。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3
「代表でズブ濡れになるわ、女の客に嫌われるわ、今日は災難やのう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3
なんで燕真に「見せしめ」なのかは全く理解できないが・・・とりあえず、粉木の気転で、怒り任せの怒鳴り合いは沈静化されるのであった。
-21時過ぎ-
紅葉を送った燕真が、自宅アパート経由で戻ってきて、粉木邸に上がり込む。
「なんや?アパートに帰らへんのか?」
「アイツ(雅仁)も泊まるんだろ?」
「そのつもりやろな。」
「だったら、俺も泊まらせてもらう。
文架市に鬼が入り込んでいて、一応は‘緊急事態’なんだろうし。」
口では「任務に忠実」をアピールしているが、燕真の本心は、雅仁への対抗意識。雅仁を嫌う紅葉から「負けるな」と煽られている。何かの事件が発生した時に、燕真は自宅で、雅仁だけがYOUKAIミュージアムにいる状況では、初動で遅れを取ってしまうと考えたのだ。
「そか・・・相部屋で良ければ好きにせい。」
粉木は、全てを把握済みで、特に追及することも無く受け入れる。
「うん、相部屋で構わない。」
燕真は、寝室に宛がわれた和室に荷物を置いて茶の間に戻り、雅仁の姿が何処にも無いことを確認してから、、縁側の障子戸を開けて土蔵を眺める。
「アイツは、また物置の閉じこもっているのか?」
「ああ。護符作りやら、鉱石への念封をやっておる。」
「・・・・・・・・・へぇ~。」
燕真は、雅仁が横柄なことや、自分が見下されている自覚はある。紅葉と雅仁の反りが全く合わないことも把握している。だが、黙々と努力をしている彼を見ると、高飛車なだけの嫌な奴とは思えない。燕真は、しばらく土蔵を眺めたあと、卓袱台に戻って、粉木と向かい合わせに座った。
「なぁ、アイツって・・・。」
「言うたはずやで、燕真。狗塚には深入りするなと。」
「・・・うん。そうだな。」
粉木から忠告を受けた燕真は、それ以上の追及はせず、テレビを見たりスマホを弄って時間を潰し、21時台のバラエティ番組が終わったところで風呂を借りた。その後、再び茶の間に戻って、粉木と共にテレビを見ていると、障子戸が開いて疲れ果てた表情の雅仁が顔を出す。
「風呂、借りますね。」
「おう、ゆっくり浸かってこいや。」
雅仁と、寝転がってテレビを見ていた燕真の眼が合う。
「なんだ?まだ、君(燕真)が居たのか?」
「居ちゃ悪いかよ?」
「・・・どうでも良い。」
雅仁は、燕真も泊まることを知って若干の不快な表情をした後、「相手にしていない」素振りを見せて、縁側経由で隣の寝室に行く。その後、2組み敷かれた布団の片方(燕真用)を、昨日と同じように端に寄せてから、風呂に行った。
物音で、寝室の状況を予想しつつ、雅仁が風呂に籠もった(周りを彷徨いていない)と判断した燕真が起き上がる。
「なぁ、ジイさん。アイツって・・・。」
「何度も言うたで。狗塚には深入りするな。」
「うん、それは解ってる。
だけどさ、何も知らないままだと、どう歩み寄れば良いか解らないというか、
しばらくは‘鬼の印’探して、チームで動くことに成りそうなのに、
紅葉とアイツが喧嘩ばっかしているのは拙いと思うんだよな。」
燕真なりに、雅仁の苦労は察しているようだ。粉木からすれば、雅仁には深入りせず、大人として、ビジネスパートナーの対応が望ましいのだが、まだ社会人に成ったばかりの燕真では、まだ上手く割り切れない。燕真と雅仁だけのコンビならば、雅仁が踏み込まない態度を続けることでビジネスパートナーの関係を維持できるかもしれない。だが、お子ちゃまの紅葉が間に挟まって、イチイチ、雅仁に突っ掛かり、煽られた雅仁までがカッカさせられる状況では、燕真が、よく解らないまま仲裁に入るのも難しいだろう。
「数ある妖怪の中でも頭抜けておる‘三大妖怪’と呼ばれるヤツ等がおる。」
「聞いた事あるな。鬼と天狗と狐だっけ?」
「正確には、鬼の頭領・酒呑童子、大天狗・崇徳、妖狐・玉藻前や。
約900年前、朝廷に仕える陰陽師として、
大天狗を封印したのが、狗塚の家系になる。」
以降、狗塚家は陰陽師の名門として、強大な天狗の力を武器として、朝廷を支え続けることに成る。その過程で宿敵と成ったのが、度々、圧倒的な戦闘能力と賢しい知力を使って、権力者を危機に陥れた鬼族だった。
「天狗の妖幻ファイターに変身して鬼と戦うのは、先祖代々ってことか。」
「妖幻ファイターに変身するように成ったは、奴の祖父の時代。
技術が発達して、退治屋が妖幻システムを扱うようになってからや。」
皇族直轄の狗塚家と、明治以降に政府の非公式組織として立ち上げられた退治屋は、全くの別物。しかし、陰陽師としての優秀な血が薄まり「枯れた家系」に危機感を持っていた雅仁の祖父は、退治屋に、妖気祓いの一定の知識を提供する代わりに、技術協力を依頼した。その結果として開発されたのが、天狗の力をメダルに封印して使用が可能になった妖幻ファイターガルダ。
「枯れた家系や言うても、妖幻ファイターを扱う同条件では、
ワシ等のような雑種に比べれば、血統書付きの狗塚の才能は頭抜けていた。
そやから、狗塚は、退治屋に加わることはなく、
一定の協力協定のみを結び、独自に鬼退治を続けたんや。」
だが、狗塚家は、独自路線を通し続けることが出来なくなる。約20年前、狗塚家は、雅仁を残して、鬼族に滅ぼされた。
まだ幼く、技術継承もされていなかった雅仁は、退治屋に引き取られて育てられることになる。彼が、鬼を恨み、周りの眼に対してコンプレックスを抱くようになったのは、それ以降になる。
「ガキの頃は、もうちっと愛想の良い坊主やったがな。
様々な辛いことに直面して、スッカリ、他人を信じんくなってもうたんや。」
「・・・へぇ~。」
燕真には、雅仁が背負っている宿命は理解が想像できない。両親共に顕在で、大学卒業までは特に不自由なく育ち、宿命などとは何の縁も無く退治屋に就職した。だから、「何も背負っていない呑気で身軽な者」と、格下に見られてしまう原因が、ほんの少しだけ理解できた。
-浴室-
疲れ果てた雅仁が、浴槽に浸かって目を瞑り、体と心を休ませる。
雅仁は、父を除く一族の全てを、鬼に殺害されて失った。当時のことはあまり覚えていないが、以降は、鬼の討伐の為に、父と共に全国各地を廻っていた。幼少期に、一地域への定住をしなかったので、幼馴染みの類いは誰も居ない。
(・・・父さん。)
雅仁の脳裏に浮かぶのは、父の死に際の光景。それが、雅仁の原点。
-回想-
幼い雅仁が、物陰に隠れて、父と退治屋達が、鬼達との死闘を繰り広げる様子を眺めている。「父さんは誰よりも強い」と信じて疑わなかった雅仁の目には、悲痛な光景が映っていた。
「父さんっ!!」
数本の刀で体中を貫かれ、満身創痍だが、力強く大地を踏みしめたガルダが、酒呑童子に対して、妖槍を構える!
「何故だ!?何故、倒れぬ!?」
「倒れるわけにはいかん!!オマエを倒すまでは!!」
妖幻ファイターガルダ=狗塚宗仁は、既に死に体だった。もはや、霊力も、妖幻システムのエネルギーも尽きていた。次の一撃を繰り出すパワーも無い。しかし、鬼の襲撃によって、嫡子の雅仁を除いて、一族全てを殺害された恨みが、ガルダの肉体を突き動かしていた。狗塚宗仁には、1つだけ残された手段があった。
「メダルの重ね掛けによる、妖幻システムの暴走!
俺自身の魂が食われる事を前提にした禁断の一撃!」
ガルダは、胸プロテクターの窪みに白メダルを、鳥銃・迦楼羅焔に雷メダルをセットして、妖槍に風メダルをセットして身構える!
「・・・ぐぅぅぅっ!」
妖幻システムは、メダルの重ね掛けを出来ない。多大な負荷から使用者の生命を守る為に、メダルの複数使用をすれば、自動でリミッターが掛かってしまう。それは、ガルダも承知している。
だから、リミッターを強制解除する!翼を模したベルトのバックルに、禁断のメダルを装填!安全装置が解除される!同時に、ガルダの全身は、天狗の強大な妖気に覆われ、狗塚宗仁の肉体を浸食し始める!
「うぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!!」
宗仁の恨みの精神は、天狗の妖気をも凌駕していた!全身を一筋の流星に変えて、酒呑童子目掛けて突っ込んでいく!酒呑童子が繰り出す闇の矢が、次々と流星に突き刺さる!しかし、ガルダの特攻は止まらない!
「真っ二つにしてくれるわぁぁっ!!」
「オマエだけは道連れにするっ!!!」
突進をしてきたガルダ目掛けて、振り上げた大剣を振り下ろす酒呑童子!しかし、その直前に、ガルダの妖槍が酒呑童子を貫いた!
「鬼の大将・・・討ち取ったぞ!!」
「・・・ぐむぅぅぅ!」
酒呑童子の傷から噴き出した闇が、ガルダの妖槍に填め込まれた白メダルに吸収されていく。
「バ・・・バカ・・・な・・・」
ガルダが命を賭した一撃により、酒呑童子はガルダの白メダルに封印されると思われた。しかし、酒呑童子の妖気があまりにも強大すぎて、白メダルの容量が満タンになったにもかかわらず、酒呑童子は存在を維持している。
「そんな・・・討ち・・・・もらした?」
「クックック・・・ハッハッハッハッハ!!俺を甘く見たな、狗塚っっ!!」
「うおぉぉっっっ!!!まだだ!!退治屋達よ!!此奴を貫けっっ!!!」
執念を込めて、鳥銃・迦楼羅焔の引き金を引くガルダ!ゼロ距離から発せられた雷撃が、酒呑童子だけでなくガルダをも焼く!
「狗塚殿っ!」 「狗塚さんっ!!」 「その覚悟、無駄にはしない!」
共同戦線を張っていた退治屋の妖幻ファイター3人が、武器に白メダルをセットして、動きを止めた酒呑童子に押し寄せて貫く!
「グォォォッッッ!!!」
立て続けに封印の力を喰らって堪えきれなくなった酒呑童子が爆発四散!爆風に弾き飛ばされる妖幻ファイター達!散った闇は3つに分かれ、退治屋達が使用した各白メダルに収まっていく。
「父さんっ!!」
全てを擲ったガルダは、変身を解除されて宗仁に戻り、その場に崩れ落ちた。物陰から飛び出し、父に駆けていく雅仁。懸命に父の名を呼ぶが、宗仁は、精も根も、そして魂をも尽きていた。震える手で『酒』の文字が浮かんだメダルを雅仁に差し出す。
「すまん・・・雅仁。あとは・・・オマエに託す。」
「父さんっっっっ!!!」
やつれ果てた父は、そう言い残して、2度と目を開かなかった。
-回想・終わり-
全ての身寄りを失った雅仁は、退治屋によって引き取られる。僅か7歳で、ガルダの変身アイテムと、当主の座を受け継いだ狗塚雅仁にとって、鬼は「倒すべき敵」ではなく「倒さなければ先に進めない仇」になっていた。
(鬼は・・・皆殺し。)
雅仁にとって、鬼は仇であり、共存などという選択は有り得ない。しかし、自力では限界を感じている。だからこそ、目的達成の為に、有能なる才能が欲しい。雅仁の脳裏に、怒りを露わにして食って掛かる紅葉の顔が浮かぶ。
(・・・源川紅葉が傍に居れば。)
紅葉と組めば、雅仁の目的は、間違いなく大きく前進する。彼女が後継ぎを産んでくれれば、枯れかけた血筋は確実に潤う。しかし、紅葉は雅仁のことを全く受け入れる気配が無い。それどころか、何の面白味の無い凡人(燕真)ばかりを優遇して、類い希な才能を無駄遣いしている。それが腹立たしい。
-十分後-
雅仁が寝室に戻ったら、2組の布団は均等間隔(間は開いている)で敷き直されており、片方で燕真が寝転がっていた。
雅仁は、「また、自分の布団は外に追いやられている」と予想していたので少々意外に感じる。燕真からは何も言ってこないが、燕真の荷物は部屋の真ん中よりハミ出しておらず、雅仁の荷物は、部屋のもう片側に収まっているので、「中央を境界線にして、半分ずつを自分の陣地にするという暗黙の決まりにしたのだろう」と察し、黙って自分に与えられたエリアに収まった。
それから十数分後、雅仁が荷物を整えたのを見計らって、燕真が「(電気)消すぞ」と声を掛けたのに対して、雅仁は「ああ」とだけ答えて消灯される。
-翌朝-
前日と同様に、雅仁は朝方に起きて再び土蔵に籠もったので、朝食の時間帯には起きてこなかった。10時過ぎに開店中のYOUKAIミュージアムに来て、昨日と同じメニューを注文する。
「店としては、アンタが飯代を金を払ってくれた方がありがたいけどさ、
朝食くらい、ちゃんと起きて、ジジイの家で、皆で食ったらどうなんだ?」
「余計なお世話だ。」
「朝、健全な時間帯に起きろと言うつもりは無い。
俺だって、家にいたら、朝飯抜きで寝ていることはある。
眠いなら、朝食を食ってから、また寝りゃ良いじゃん。
だけどさ、ジジイの家で世話になってるんだから、
朝は一緒に食うくらいは、礼儀として出来るんじゃね~のか?」
「・・・ふん。」
雅仁は、ホットサンドを口の中に押し込み、コーヒーを飲んで、食事代を払い、昨日と同じように、粉木が居る事務室に入っていった。
「・・・相変わらず無愛想な奴だな。」
溜息まじりに雅仁を見送る燕真。幼い頃に全ての家族を失い、同世代が居ない退治屋の施設で育った為、「飯の時間を共有して楽しむ」発想が無いのだろうと想像する。
その後、雅仁は、単独で‘鬼の印’を探す為に愛車のヤマハ・MT-10に乗って出掛けて、戻ってきたのは昼過ぎだった。
-16時過ぎ-
「ちぃ~~~~~~~~~っすっ!」
下校をした紅葉が、YOUKAIミュージアムに顔を出す。テーブル席で待機をしていた雅仁が立ち上がろうとするが、カウンター内の燕真の方が先に動いた。
「よし、(鬼の印潰しに)早速行くぞ!」
「んぇっ?今日もやるの?」
「昨日は、二口女が暴れた所為で、(鬼の印を)ロクに探せなかったからな。」
「ん~~~・・・ワカッタ。」
「アンタ(狗塚)も、準備は出来ているんだろ?」
「何様のつもりだ?君に催促をされるまでもない。」
「だったら、ちょっと、こっちに来てくれ。・・・もちろん、紅葉もな。」
「・・・?」 「・・・んぇ?なぁ~に?」
雅仁は無視をしたかったのだが、紅葉が寄って行って、燕真の提示するスマホを見ながら打合せを始めたので、渋々と覗き込む。スマホの画面には、文架市街地の地図が表示され、いくつかのポイントが落とし込んであった。
「なんの場所?」
「妖気センサーの履歴から、鬼の印が施された可能性がある場所を記したんだ。」
「それが何だ?俺だって、その程度はやっている。」
「アンタは、ポイントされた場所に行って、自分で鬼の印を探しているんだろ?
このポイントの周辺に鬼の印がある可能性が高いなら、
紅葉を連れて行って見せれば一発で解るよな?
漠然とバイクを走り回って探すより効率的だ。
センサーで拾えない郊外で探すのは、時間的に余裕がある土日。
時間が限られた平日は、ピンポイントで探す。
町中なら、多少薄暗くなっても、町の灯りで探せるだろうし。」
「お~~~~~~!それなら、さがすの早いねっ!」
「どうだ?これが一番効率的だろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雅仁は、燕真の提案に対して、黙り込んでしまう。「有る」と解っている場所は、雅仁は自分の霊力を消耗させて探し、紅葉と組む場合はセンサーで感知できない場所を探すつもりだった。だが、「有る」と解っている場所に紅葉を連れていけば、ピンポイントで対応が出来る。霊力を酷使するデメリットだけでなく、無駄に探し回る時間すら要らなくなるのだ。
言われてみれば、当たり前の事。才能の有る雅仁は、自分の才能では及ばない場所を紅葉に任せるつもりだった。だが、才能の無い燕真は、自分の才能に縋り付く無駄なプライドを持ち合わせていないので、最もシンプルな提案を出来るのだ。雅仁には、反論の余地が一つも無かった。
「ジイさん、店番頼むな。」
「おう、行ってこい!」
事務室に顔を出して粉木に店を任せ、燕真&紅葉&雅仁は駐車場へ。燕真がホンダVFR1200Fに跨がると、当たり前のように、紅葉がタンデムに飛び乗る。
「急にどうしちゃったの、燕真?」
「何が?」
「何か、スゲー協力的だけど、
昨日までゎ、ビーチサンダル(雅仁の渾名)と仲悪かったぢゃん?」
「渋々付き合っても面白くないから、協力してやることにしたんだよ。
・・・てか、俺は、特に仲は悪くない。アイツ(雅仁)と険悪なのはオマエだ!」
「アイツも入れたげて、新妖怪バスターズ結成だねっ!」
「‘新’以前に‘妖怪バスターズ’などという組織は無い!」
3人は、「先ずは、此処から数百mの場所で発生した反応」に向かって、バイクを走らせる。
「纏め役は、やはり燕真か。
天才同士は才能がぶつかるが、凡人が挟まることで、少しは整いそうやの。」
事務室から窓越しに眺める粉木は、燕真が歩み寄ったことで、同室での共同生活を強制した効果が発揮され始めたと感じていた。
-18時-
スッカリ暗くなったので、紅葉の眼でも、これ以上は探せなくなり、YOUKAIミュージアムに戻ってきた。
「ふぇ~・・・おなか減ったぁ~~~~!」
駐車場に入るなり、紅葉はタンデムから飛び降りて、YOUKAIミュージアム内に駆け込んでいく。燕真と雅仁は、建物際にバイクを並べて駐めた。
「明日も同じことをすんのか?」
「もちろんだ。」
「俺にはよく解んねーけど、札には限りがあるんだろ?」
「ああ・・・明日までに、出来る限り護符は増やしておく。」
このペースでは、新しい邪気祓いの札を作ったとしても、明日中には、数が不足をするだろう。たった2時間、チームワークが満足に機能しただけなのに、潰した鬼の印は20以上。ピンポイントで鬼の印が有る可能性が高い場所に行き、即座に紅葉が発見するのだから、凄まじく効率が良い。
「明日以降の為に、早速、土蔵を使わせてもらう。粉木さんに、伝えてくれ。」
「飯は食わないのか?」
雅仁は、改めて、紅葉の才能に驚嘆し、且つ、燕真の才能が無いゆえに才能に執着せずに、簡単に転換できた発想を認めるしかなかった。だからこそ、紅葉が燕真の指示にしか従わないことも含めて、凡族の燕真に出し抜かれているような気がして面白くない。
「君が勘違いをしないように言っておきたいことがある。」
「急に何だ?」
「鬼の印を破壊しているのは俺、発見をしているのは源川さん。
君は、彼女のアシ以外には何の役にも立っていないことを忘れるなよ。」
「はぁ?嫌味か?・・・今更言われんでも、解ってるよ。」
「・・・ふんっ!気楽な奴め。」
雅仁の挑発的な態度に、少しイラッとする燕真。雅仁は、YOUKAIミュージアムに立ち寄ることも無く、粉木邸に行ってしまった。
「・・・何だアイツ?」
燕真は、去って行く雅仁の背中を眺て‘あかんべえ’をした後、YOUKAIミュージアムに入った。
-翌日・8時半-
和室では、一組の布団は既に畳まれており、もう一組の布団では、まだ雅仁が眠っている。普段なら、本人が起きてくるまで放置をするのだが、その日は、燕真が襖を開けて声を掛けた。
「おい、起きろ。」
「んんっ・・・なんだ?」
あと1時間は眠るつもりだった雅仁は、眩しそうに眼を開け、面倒臭そうに対応をする。
昨日の夜と今日の朝方で、かなり気合いを入れて破邪の札を作ったが、昨日のペースで‘鬼の印’の破壊を続けたら、確実に途中で足りなくなってしまう。だから、今日は、夕方になって紅葉が来るまで、札作りと休息を繰り返すつもりだった。
「君に、俺の起床時間を決める権利は無い。」
「いいから起きろ!」
「君は知らないのだろうが、
俺は、朝方に一度起きて、破邪の札を作っているんだ。」
「共同生活3日目なんだから、もう知ってるよ!
アンタのマウントなんて、今はどうでも良い!
鬼の印のことで、相談があるんだよ!事務室に来てくれ!」
「・・・なに?」
「一緒に朝食を食べよう」等という下らない催促なら無視をするつもりだったが、「鬼の印」を聞き流すことは出来ない。雅仁は、彼のイメージに相応しくない‘寝癖だらけ&ラフな格好’のまま、燕真に連れられて事務室に入った。
「・・・これは?」
粉木が操作をしているパソコンのモニターには、文架市街地の地図が表示されており、十数ヶ所で微弱な妖気反応が発生している。
「昨日の夜から今朝にまでの妖気発生の履歴を遡ったんや。」
「バカな?昨日以前の履歴なのでは?」
「いや、間違いなく今朝までの半日分や。」
「そんなはずは無い。」
YOUKAIミュージアムと鎮守の森公園の周辺、及び、文架駅を中心とした商店街に設置された‘鬼の印’は、昨日のうちに粗方消したはず。しかし、履歴には反応がシッカリと表示されているのだ。
「おかしいだろ?
地図の場所は、昨日動き回って、アンタが‘鬼の印’を消した範囲だ。」
「俺が消し損なったとでも言いたいのか?」
「そうは言っていない。
20以上あるうちの1つや2つならともかく、
全部ミスするなんて、アンタなら有り得ないだろ?
それに、消し損なったり、消した場所の近くに‘鬼の印’があれば、
紅葉が気付くはずだよな。
それって、つまりさ。」
「昨夜から今朝にかけて、新たに作られた鬼の印・・・。」
「そういうこっちゃな。」
‘鬼の印’潰しに参加をしていない粉木は、この異常を気付けなかった。だが、燕真は、妖気反応の履歴を見た瞬間に「おかしい」と気付けたのだ。
「確認に行ってみないか?」
燕真の求めに対して、雅仁が深く頷く。だが、格下扱いをしている燕真に出し抜かれた気がして面白くない。
「き、君に言っておく。たまたま、君は先に履歴を見たから気付いただけだ。」
「そりゃそうだろう。アンタが見ても気付くだろうな。別に偉ぶる気は無~よ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「サッサと行こう。」
「待っていろ・・・着替えてくる。」
「なら、その間に、データを転送しておくよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雅仁に身支度を整える為に和室に戻り、燕真は、事務室で妖気履歴のデータをスマホに転送しながら待機をする。粉木は、徐に立ち上がって退室して、玄関框に腰を降ろした。数分の間を空けて、着替えを終えた雅仁が姿を見せる。
「のう、狗塚。うちの若いのが幅を利かせておるんがオモロないか?」
「些か・・・。
貴方や、源川さんのような、
有能な人が、彼のような平凡な男を評価している現状が納得できません。」
「確かに奴は平凡や。オマンやお嬢のような、天賦の才は無い。
オマンが今まで見てきた退治屋の連中に比べても、おそらく末端や。
だがな・・・。
無能を理解できずに、自分を特殊と勘違いして、
口だけ達者で息巻いていんは、何も成せん小者や。
自分が凡才っちゅうことを理解して、自分に出来る精一杯をする奴は、
場合によっちゃ、有能に胡座をかいている奴なんぞより強い。
燕真がどっちのタイプか、よう見極めるこっちゃな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そいでも、オマンが、正面から付き合う価値が無いと判断すれば、そいで良い。
ワシが強制できるこっちゃない。」
天才が、懸命な凡人から学べることは多い。紅葉は、無意識にそれを理解している。だが、粉木には、自分の部下ならともかく、一時的な協力体制を組む雅仁に、そこまで丁寧に説明する気は無い。粉木は立ち上がって事務室に戻り、見送った雅仁は靴を履いてから、後を追う。
「先ずは、東側の、この地点に行ってみよう。バイクで2~3分だ。」
「あ・・・あぁ。」
雅仁が事務室に戻ったら、燕真は「消したはずなのに‘鬼の印し’が有る場所」のうちから、近い場所をピックアップしていた。
「君は文架の地理に詳しいから立案できるだけ。
君の指示で俺が動くわけではない。」
「そりゃそうだろ。何、当たり前の事を言っているんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
同席をしていた粉木は、雅仁のマウント気味の態度をスルーして、普通に受け答える燕真の様子を見て、少し笑いそうになる。おそらく、紅葉だったら、今の雅仁の言葉を聞き逃せずに衝突をするだろう。
(自分が凡才っちゅうことを理解している強味や。)
粉木に見送られ、燕真と雅仁は、一番近くに施されている‘鬼の印’を目指して、バイクを走らせた。
-数十分後・鎮守の森公園-
雅仁が地面に掌を宛てて念を送り‘鬼の印’の正確な位置を確認。護符を置いて、指を立てて空で印をきってから札をなぞった。
「オーン・・・解除。」
‘鬼の印’は札と共に弾けて消える。これで、3ヶ所目。全て、昨日の捜索範囲内であり、昨日の時点で存在をしていれば、紅葉が気付けた場所だ。
‘鬼の印’の発見から潰すまでを雅仁1人でやるのでは、負担が大きすぎる。あと数ヶ所も潰せば、疲労で動けなくなるだろう。あくまでも、確認の為の活動。コスパの悪い‘鬼の印’潰しは、此処で中断をする。
「やはり・・・間違いないみたいだな。」
眺めていた燕真が声を掛ける。燕真には‘鬼の印’が有るかどうか、消えたかどうか、一切解らない。だが、雅仁の真剣な表情から、一定の予想はできる。
「間違いない。昨日は存在しなかった印がある。
鬼の幹部が動き回っている証しだ。」
鬼の幹部は、市街地に施した‘印’がハイペースで潰されていることに気付いたのだ。その上で、似た場所に新しい印を施す意図は?また直ぐに潰されることを想像できないほど愚かなのか、ムキになって我慢比べを仕掛けてきているのか?それとも、意図的に、潰される可能性が高い場所に仕掛けているのか?
「一度、ジジイのところに戻ろう。」
燕真の提案に対して、頷く雅仁。2人は、粉木への報告と今後の方針を相談する為に、YOUKAIミュージアムへと引き返す。
-YOUKAIミュージアム・事務室-
「そうか、やはり間違い無いんやな。」
「・・・はい。妖気反応の履歴通りでした。」
鬼の幹部が、「全部潰せる物なら潰してみろ」と我慢比べを挑んでいる可能性はゼロではない。‘鬼の印’を見付けて廻るだけなら、紅葉が同伴すれば、鬼の幹部が一日の施す量を楽に超えられるだろう。しかし、潰すのは別の話。雅仁が1日に製作できる破邪の札では、どう頑張っても、鬼の幹部が‘鬼の印’を施すペースの方が上。雅仁が札作りを頑張りすぎて動けなくなってしまったら、‘鬼の印’潰しを出来なくなり本末転倒。粉木が手伝えば、もう少しペースを上げられるが、今度は、粉木まで疲弊して、通常の妖怪退治に支障を来してしまう。
「我慢比べを挑まれとる可能性は有るけど、真意は別やろうな。」
「ジイさんもそう思うか?」
「ああ・・・鬼の幹部は賢しい奴や。
我慢比べを挑むフリをして、ワシ等を挑発しとる。」
「影に潜んで、こちらの手の内を観察するつもりだろうな。」
燕真、粉木、雅仁、3人共に同意見。挑発に乗れば、近いうちに鬼の幹部が仕掛けてくるだろう。可能であれば、こちらの手の内は晒したくない。
-優麗高-
3年生の教室で、非常勤講師の伊原木鬼一が古文の授業をしていた。今は、指名した女生徒に、朗読をさせている。
「その思ふ心や便の風ともなりたりけむ、又神明仏陀もやおくらせ給ひけむ、
千本の卒塔婆のなかに、一本、安芸国厳島の大明神の御まへの渚に、
うちあげたり。」
「・・・ふむ。そこまでで結構。感情が込められており、良い朗読だ。」
伊原木に評価をされた女生徒は、嬉しそうに微笑む。朗読が上手くできたことよりも、イケメン講師に高評価をされたことが嬉しいのだ。
「本日は此処まで。本日講じた‘三十ニ 卒塔婆流’と‘三十三 蘇武’について、
次の授業までに現代訳をして提出するように。」
まるで「タイマー通りに動いているのか?」と思えるように、伊原木が授業を終えると同時に終業のチャイムが鳴る。多数の生徒は教材を片付けて教室から溢れ出し、数人の女生徒が、質問をする為に伊原木のところに寄っていく。
「伊原木先生、時間は大丈夫ですか?」
「2~3分なら構わんが。」
伊原木は、内心では面倒臭いと考えつつ、一般的な講師を演じる為に、女生徒の質問に応じる。背が高くてクールで、俳優並みに顔立ちが整った伊原木は、女生徒達からの人気が高い。1学期の途中で、担当講師が中年教師から彼に変わったことで、褒められる為に努力をして古文の成績が上がった女生徒は多く存在する。
彼の本性が鬼の副首領・茨城童子ということも、前任の古文教師が彼に殺害されたことも、彼が潤った生命力に溢れた学校を餌場に選んだことも知らずに・・・。
(消された呪印は3つ・・・今のところ、昨日ほどの異常な状況ではなさそうだ。)
彼は、妖気の感知力を高め、雅仁によって潰された‘鬼の印’の数を把握していた。 昨日の夕方はハイペースで潰された為、些か驚かされた。数日前に、天邪鬼が人間に与していると考えて排除をしたが、どうやら見当違いだったようだ。「狗塚の小倅」が、それほどの才能を開花させたのか、文架の退治屋に、それほどの才能が有るのか、まだ判断ができない。
(さて・・・狗塚の小倅は、どう動く?)
文架の退治屋に、どのような才能が有るのかを知りたくて、ワザと、潰された呪印の周辺に新しい呪印を施して挑発をしたが、今のところ主立った動きは無さそうだ。
-2年B組-
紅葉がグッタリとして机に伏せっていた。友人の亜美が心配そうに声を掛ける。
「どうしたの、クレハ?おなか痛いの?」
「ふぇ~~・・・よくワカンナイけど、なんか調子悪い。」
昨日は、2時間ほど‘鬼の印’探しをしたが、少し集中力を高めれば見えるので、体力や精神力を酷使するような活動ではない。その後、喫茶店のバイトをしたが、いつも通りにファンを相手にしただけなので、特にハードワークではなかった。朝は、いつも通りの調子だったのに、1時間半くらい前から、急に体が怠くなったのだ。
「保健室行く?」
「ん~~・・・行かないでガンバル。」
紅葉は、過去に鬼の住処(羽里野山の結界)に入り込んで、怖い思いをした経験がある。そして今は、守ってくれる燕真は傍に居ない。だから、紅葉本人は無意識のまま、伊原木が高めた感知力に引っ掛からないように、紅葉の本能が、紅葉の機能の大半を抑え込んでいるのだ。
数十分後、伊原木が優麗高から離れたことで、紅葉の体調は幾分かは回復をする。
-16時過ぎ-
紅葉が合流した時点で、燕真と紅葉がホンダVFR1200Fに、雅仁がヤマハMY-10に乗り、昨日と同じように‘鬼の印’探しが開始される。だが、「やること」は昨日とは違った。紅葉が見付けた場所に、雅仁がマーキングをして、燕真ばバイクに跨がったまま地図アプリでチェックを入れるだけ。
「んぇぇ?今日ゎ(鬼の印を)消さないの?」
「今日は、位置を確認するだけにする。」
「なんでなんで?」
「まぁ、色々と、こっちにも作戦があるんだよ。」
今日以降の‘鬼の印’潰しは、鬼の幹部に警戒をされているのを前提にしている。印潰しを察知され、観察をされれば、紅葉が発見者と把握されてしまう。だから、紅葉が居る条件では、印潰しはしない。‘鬼の印’の上に、スプレーによるマーキングや、目印になる旗(頭に紐を結びつけた割り箸)を立てる程度なら、‘鬼の印’は干渉をしないので、鬼の幹部は気付かないだろう。これは、打合せの後に、燕真が発案して、粉木が同意をした作戦だった。言うまでもなく、最も挑発に乗りやすそうな紅葉に、作戦の真意を伝える気は無い。
「アイツのお札作りが間に合わなかった?
出来るかワカンナイけど、ァタシが手伝ってあげよっか?」
「手当たり次第に位置確認だけした方が、多分効率的なんだよ。」
「そっか・・・場所だけ教えたげれば、ァタシと燕真が付いて行ってあげなくても、
あとゎアイツ1人でできるもんね。」
「まぁ、そんな感じだ。」
「なら、明日ゎ、ァタシゎお店のバイトで、
燕真ゎ久しぶりに、誰もお客さんの来ない博物館の受付だねぇ。」
「余計な心配はしなくて良いから、印探しに集中しろ。」
「ん~~~・・・ワカッタ。」
‘鬼の印’を見付ける度に雅仁が念を注いで潰すという行程を省略して、ひたすら紅葉が探すだけなのでペースは早い。2時間弱で地図アプリ上のチェック数は50以上。「これで、市街地に施された‘鬼の印’を全部、見付けたのでは?」と思えるくらいの発見が出来た。
「ねぇねぇ、燕真?」
「どした?」
「燕真とアイツ、仲良しになったの?」
「なってね~よ。それがどうした?」
「なんかさ、昨日までゎ、アイツ、燕真のこと全然見なかったのに、
今日ゎ、ジロジロ見てんの。」
「そうか?オマエの気のせいじゃないか?」
「もしかしてアイツ、燕真のこと好きになった?
昨日、何があった!?一緒にお風呂入った?おんなじお布団で寝てる?
今流行のBL?ヤベーぢゃん!」
粉木から「燕真を見極めろ」と言われた雅仁は、燕真の行動を眺めるように心掛けていた。紅葉には、それが‘雅仁が燕真に向けられた熱い視線’に感じられたのだ。
「んなわけ無~だろ!オマエの発想がヤバい!」
紅葉の頭を、ヘルメット越しに軽く叩く燕真。その後、燕真&紅葉&雅仁は、YOUKAIミュージアムへと帰宅をする。
-翌日・10時-
伊原木鬼一は、前任の中年教師と同様に、優麗高の他に、文架市でトップの学力を誇る文架高で、古文の非常勤講師を掛け持ちしていた。文架高でも女生徒からの評判は良く、男子生徒からは嫉妬をされている。
本日は、2限目に古文の授業が有り、女生徒達が楽しみにして待つ教室に向かう伊原木だったが、不意に足を止めて、窓から市街地の方向を見た。言うまでもなく、周りの建物に阻まれて校舎から街を見ても見渡すことが出来ない。だが、伊原木はハッキリと感じる。
「・・・呪印が潰されている。狗塚の小倅と文架の退治屋が動き出したか。」
些か気になるが、1つや2つ潰される程度なら、驚く必要は無い。破邪の念に反応をする罠も張った。伊原木は、感知力を高めた状態で授業に赴く。
-山頭野川・西河川敷(御領町付近)-
堤防脇の側道に愛車を駐め、燕真と雅仁が堤防斜面を駆け上がる。堤防道からは優麗高が見える。
「アイツ(紅葉)、ちゃんと集中して授業を受けているのだろうか?」
燕真は、若干に気にして優麗高の校舎を眺めつつ、川側斜面の中腹の目印(頭に紐を結びつけた割り箸)に近付いた。
「堤防みたいな人通りの少ない場所に‘鬼の印’なんて置いて、
念なんて引っ掛かるのか?」
「これだから素人は困る。河川には龍脈が通り、町中の念が集まりやすい場所。
人目に付かず、妖怪が育つには、都合の良い場所なんだ。」
「はいはい、ご講義、感謝するよ。
もう少し穏やかに言ってくれると、イラッとせずに済むんだけどな。」
スタートから60分を経過して、此処で15個目の‘鬼の印’だ。昨日のうちに位置確認をして、今日は決められた場所で、ひたすら潰していくだけなので、凄まじくペースが早い。ただし、順調すぎて、雅仁の休む間が無いのが、少々気掛かりだ。
「大丈夫か?」
「問題無い。余計な心配だ。」
昨日のうちに発見した50以上の‘鬼の印’のうち、午前中の半分を潰して、一休みをして、午後に残る半分を潰して、紅葉が合流する16時からは、新しい‘鬼の印’を探したい。まだ2割も潰していないうちに「疲れた」とは言ってられないのだ。
「何もしていない君が偉そうにするな。」
「イチイチ、トゲのある言い方をするな。
何もしていないのは自覚しているし、偉そうにはしていない。」
燕真が土に突き刺さった割り箸を抜き、雅仁が破邪の札を置いて念を込める。今までと同様に、札が音を立てて弾けた。目視でしか確認できない燕真は、印の除去が終わったと判断して、次に向かうべく立ち去ろうとするが、雅仁の様子がおかしい。
「おい、どうした?」
「鬼の印が消えない・・・いや、むしろ、今の破邪に反応をして増幅されている!」
「・・・なに?」
「これは・・・破邪に反応するように仕掛けられた罠だ!」
立ち上がり、素早く後退して身構える雅仁!疲労で足元がフラつく!‘鬼の印’が有った場所から闇が広がり、中から、袈裟を着て錫杖を持った、身長2mほどの人型のネズミ=妖怪・鉄鼠(てっそ)が出現!
それまでは傍観者だった燕真が前に出て、Yウォッチから『閻』メダルを抜いてポーズを決めた!
「何も問題が起こらなければ、俺がすることは何も無い!
だが、何か問題があった時の為に、俺は同行をしている!
アンタは下がってろ・・・幻装っ!」
妖幻ファイターザムシード登場!裁笏ヤマを装備して突進をする!
「チュチュチュッ!・・・オマエハ ドウデモ良イ!
ワシガ 指示ヲ サレタノハ 呪印ニ干渉シタ奴(雅仁)ヲ 潰スコト!」
「腹立つっ!妖怪まで、俺をザコ扱いすんなっ!」
テッソは、ザムシードの振るった裁笏を軽やかに回避すると、錫杖を翳して不気味に嘶いた!妖気を含んだ無数の石礫がテッソの周りに発生して、雅仁に向かって飛んで行く!
-文架高-
授業を終えた伊原木が教室から退出する。僅か1時間で、14個の呪印が潰された。退治屋達が動き回るのは想定内だが、ハイペースすぎる。これは由々しき事態だ。連中は、今現在、15個目の呪印で‘テッソを潜ませた罠’に掛かり足止めをされている。
「見に行かねば成らぬな。」
彼推しの女生徒数人が、授業で疑問を感じたことを質問する為に、彼の名を呼んで追って来るが、伊原木は聞こえないふりをして、足早に廊下を歩いて階段室側に曲がった。
「伊原木先生っ!」
「・・・あれ?」
女生徒達が階段室に辿り着いた時には、既に伊原木の姿は無かった。闇の霧が、文架高階段室の窓から飛び出して、北東方向(優麗高の方向)に飛んでいく。
-河川敷-
ザムシードは、両腕をクロスさせて、雅仁の前に立っていた!石礫全弾が命中してダメージを受け、地に片膝を落とす!
「くっ!・・・イテ~なぁ~!ネズミと思って、チョット舐めていた!」
立ち上がり、弓銃カサガケを召喚して装備するザムシード。雅仁は驚いた表情でザムシードの背を眺めている。
「・・・コイツ。」
テッソは、ザムシードを無視して、生身の雅仁を狙った。ザムシードが盾になってくれなければ、風穴だらけになっていただろう。
退治屋の職務は、人助けではなく、妖怪を倒すこと。雅仁を庇うことを優先させなければ、テッソが雅仁を狙った隙を突いてダメージを追わせることが出来ただろうに、ザムシードはその選択をしなかった。雅仁には、理想主義のヒューマニストにしか思えない。だが、紅葉が「燕真は優しい」と評価をする理由が少しは理解できた。
「佐波木っ!」
「疲れてんだろ!?下がってろ!」
弓銃を小弓モードにして、テッソに向けて光弾を連射するザムシード!テッソは正面に石壁を発生させて防御をする!
「未熟者如きに気遣われるほど落ちぶれてはいない!・・・幻装っ!」
雅仁は、『天』メダルを、ベルトの翼を模したバックルに装填!全身が輝いて妖幻ファイターガルダ登場!
「勘違いするなよ!君に手を貸すわけではない!」
「はぁ?何の話だ!?」
「鬼の幹部を引き摺り出す為に、罠を打ち砕くんだ!」
鳥銃・迦楼羅焔を構え、光弾を連射するガルダ!ザムシードとガルダの協力攻撃により、テッソの防御壁が砕かれる!
「チュチュチュッ!」
テッソが錫杖を翳すと、砕けた石の防壁が石礫となって、ザムシードとガルダに向かって飛んできた!横っ飛びで回避をするザムシード!
「君は、無駄な動きが多すぎる!」
「講釈はあとにしてくれ!」
回避をしながら発砲をしたガルダの光弾が、テッソに着弾!その間に体勢を立て直したザムシードが、『朧』メダルをYメダルに装填!
〈オボォロォ~~~~~~~~!!〉
堤防側道に停車してあったホンダVFR1200Fに朧車が憑依してマシンOBOROとなり自走開始!堤防斜面を上がって、川面側斜面を降りてくる!空中前転をしてマシンOBOROに飛び乗ったザムシードは、『炎』メダルを、ハンドルにあるスロットルに装填!マシンOBOROのタイヤが灼熱の炎を纏い、テッソ目掛けて突っ込んでいく!
「チュチュチュッ!」
石礫を飛ばして迎撃をするテッソ!ザムシードは、弓銃を弩弓モードに切り替え、飛んでくる石礫に向けて、巨大光弾を発射!大半の石礫が相殺され、細かく砕けた石屑の中を、マシンOBOROを駆るザムシードが突っ込む!
「うおぉぉぉっっっっっっっっ!!!」
朧ファイヤー炸裂!炎を纏ったマシンOBOROのタイヤが、テッソを弾き飛ばした!
一方、鳥銃・迦楼羅焔に白メダルを込めたガルダが、照準をテッソに向け、タイミングを合わせて引き金を引く!ギガショット発動!妖気を纏った白メダルがテッソを爆発四散させた!
-優麗高-
伊原木鬼一が、屋上で河川敷の戦いを眺めていた。
「天狗の力を武装した狗塚の小倅。
もう1人が武装をしているのは・・・閻魔大王の力?ヤツが力を貸していたのか?
なるほど、通りで行動が未熟なわりに強いわけだ。
テッソ程度を差し向けるのは、些か失礼だったようだな。」
本日は、優麗高では古文の授業は無い。彼は、優高関係者の誰にも気付かれること無く、自分が仕掛けた罠の行く末を見定める為に、ここを訪れていた。
-河川敷-
白メダルに散った闇が封印されて地面に落ちる。ガルダが拾い上げたメダルには、『鼠』の文字が浮かび上がっていた。
「・・・まだ、気を抜くな、佐波木。」
「解ってる。終わっていない。」
テッソは倒した。しかし、ガルダとザムシードの妖気センサーは、「こちらを見てる敵意」を感じ取っていた。それは、テッソとは比較にならないほど強大だ。
「ヤバそうだな。何者だ?」
「忘れもしない。この妖気は鬼の幹部。おそらくは、茨城童子!」
「狙い通り動き出したってことだな!行くか!?」
「無論だ!俺は、ヤツ等を倒す為に、この地に来たんだ!」
小賢しい鬼の幹部が何処に居るのか、ハッキリとは解らない。だが、悪しき気配は、西の方角(優麗高付近)から感じる。
「行くぞ!足手まといには成るなよ!」
「足を引っ張るつもりは無~よ!」
ザムシードとガルダは、バイクに跨がり、優麗高に向かって走り出す!
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