第14話・奇妙な同居人(vs二口女×3)



 ガルダは、動かなくなった天邪鬼を睨み付け、鳥銃・迦楼羅焔の銃身後方を展開させて、空白メダルを装填!

 迦楼羅焔の中央にある嘴が開き、風のエネルギーが凝縮されていく!両手で構え直し、銃口を天邪鬼に向ける!


「鬼は皆殺しだ!!」


 ギガショット発動!耳を劈くほどの轟音が鳴り響き、高エネルギーを纏って白く輝いた空白メダルが発射され、容赦なく天邪鬼の腹を貫通!天邪鬼は、断末魔の悲鳴を上げ、全身の力を失って地面に倒れ、黒い炎を上げて爆発四散をする!


「・・・天野さん」 「天野の・・・じぃちゃん」


 燕真は地に伏したまま、正気を失った大守老人の最後を、呆然と見つめる事しかできなかった。棒立ちのまま眺めていた紅葉は、その場に腰を落とし、眼にいっぱいの涙を浮かべ、両手で顔を覆う。


「有能な師(粉木)に従事しているワリには未熟だと思っていたが・・・

 退治屋が妖怪退治の邪魔をするとは、どう言う了見だ!?」


 ガルダは、ベルトからメダルを抜き取って変身を解除。雅仁の表情からは「申し訳ないことをした」と言う感情など、少しも感じられない。


「うぅぅ・・・うわぁぁっっっ!!!殺すことはないだろうにっっ!!!」


 頭に血を上らせ、拳を力いっぱい握り、雅仁に飛び掛かる燕真!やるなら受けて立つと言わんばかりに身構える雅仁!しかし、燕真が雅仁に届くよりも早く、燕真の動線上に粉木が割って入り、雅仁への攻撃を妨害した!


「やめい、燕真!悔しいんは解るが、正しいのは向こうや!!」

「と、止めるな、ジジイ!!」

「害を及ぼす妖怪を退治するんは退治屋の責務!狗塚に協力するんは協定や!

 天邪鬼は、退治屋に退治された!!

 狗塚は責務を果たした・・・たったそれだけの事なんや!!」

「・・・だ、だけど!!」


 燕真は、「アンタの友達だぞ!悔しくないのか!?」と続けようとして、粉木の眼を見て我に返った。雅仁には気付かれないように振る舞っているが、粉木の眼には涙が浮かんでいる。そして、粉木の拳は、悔しさを滲み出すかのように強く握られている。


「ジ・・・ジジイ・・・あんた?」

「解れ、燕真!ワシは再三忠告をした。せやけど、奴は聞かんかった。

 ・・・退治屋には、これ以上のことは出来んのや。

 狗塚は、なんも恨まれるような事はしておらん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 幾分か落ち着きを取り戻し、振り上げていた拳をゆっくりと降ろす燕真。粉木は、悔しそうに握っていた手を開き、燕真の肩に軽く添える。

 それを見ていた雅仁は、燕真に対する臨戦態勢を解き、やや呆れ顔で溜息をついた後、たった今封印したばかりで、地面に落ちているメダルに足を向ける。


パァンッ!!


 雅仁がメダルを拾い上げた直後、頬を打つ乾いた音が響き渡る。

雅仁の前には、眼に涙を溜め、平手を打ち据えたばかり紅葉が立っていた。

 ジーンと痛む頬を抑えながら、些か驚いた様子で、叩いた張本人を見る雅仁。目の前には、打ち終えた平手を構え、眼にいっぱいの涙を浮かべた紅葉が立っている。

 燕真と粉木が、一瞬前のめりに身を乗り出そうとするが、雅仁は、流石に少女相手に応戦をする気は無いらしい。


「ただの雑用係が・・・何の用だ?」

「返せ!!」

「・・・ん?」


 涙混じりに狗塚を睨み付けたまま、叩いた手の平を上にして、雅仁の方に向けて差し出す紅葉。


「天野のじぃちゃんのメダル・・・返せ!!」


 紅葉は、「天邪鬼を封印したメダルをよこせ」と言っているが、雅仁には、少女が言っている事が理解できない。妖怪を封印したメダルを獲得するのは、妖怪を退治した者。それは暗黙のルールで決まっている。ましてや、今拾い上げたメダルは、部外者の少女が所有していた物ではない。10歩譲って、メダルを少女に渡したとして、少女がメダルを使用して出来る事は何も無い。少女の行動には、何一つ合理性が無いのだ。


「ァンタ・・・

 さっきから、偉そぅなことばっかり言ってるけど、何も出来てなぃぢゃん!!」

「何も出来てない・・・だと?おいおい、雑用係如きが何を?」

「大した実力も無ぃクセに威張るな!!

 ァンタが、もっと、ちゃんとしてぃれば、

 天野のじいちゃんゎ、こんなふうに成らなかったんだ!!」

「なに?」

「イヌヅカの方が偉ぃとか、ふざけるな!!

 アンタなんて、なんにも偉くないっ!!」

「・・・なん・・・だと?」


 雅仁の脳裏に、退治屋から漏れ聞こえてくる陰口が過ぎる。


  『数百年も前に枯れた家系』

  『立派なのは名前だけ』

  『ただのお飾り』


 自分のことを白い眼で見ながら、陰で嘲笑う退治屋達の声。雅仁は、そんなせせら笑いなど、聞こえないふりをしてきた。

 古来から続く血筋には、‘それなりの才能’は潜在されている。雅仁も、特に修業をするでもなく、幼い頃から、一般人には見えない物が見えていた。先祖代々門外不出の技術は、営利退治屋などより優れていると自負している。

 しかし、初代創設者より1000年以上の年月を経て、名門の血が薄くなっているのも事実なのだ。


「・・・実力が・・・無い?」


 それは、雅仁にとっては、一番癪に障る言葉だった。紅葉の暴言は、雅仁のプライドとコンプレックスを同時に踏み潰した。


「バカにするな!!金目当ての退治屋ごときがっ!!」


 眼をつり上げ、紅葉を突き飛ばそうとする雅仁!慌てて、燕真が紅葉を羽交い締めにして、粉木が雅仁の前に立ち、衝突寸前の2人を止める!


「相手は年端もいかん小娘やで!そう、カッカすんなや、狗塚!」

「・・・チィィ!!」

「このお嬢が、こうなんのは、いつものこっちゃ!あまり気にすんな!」


「おいこら、紅葉!!言い過ぎだ!!頭を冷やせ!!」

「止めなぃで燕真!!

 天野のじぃちゃんをあんな事されて、燕真ゎ頭にこないの!!?」

「ムカ付いてるに決まってるだろう!!

 だけど、オマエほど取り乱すつもりもない!!

 (ムカ付いてたけど、オマエが暴走しすぎるもんで、

  波に乗り遅れてチョット頭が冷えた)

 つ~か、俺の役割を取るな!!

 ここは、主人公とライバルが対立して、ヒロインが止めに入るパターンだろうに、

 なんでオマエが突っ掛かってんだよ!!?」


 粉木の仲裁で、雅仁は幾分かは気持ちを抑えたが、紅葉は何一つ収まっていない。燕真に羽交い締めにされながら、猛獣のように怒鳴り散らし続けている。


「偉そぅな事ばかり言ぅクセに、

 なんで、地面に隠れてるモヤモヤしてんのを放置してんだぁ!!

 なんにもしないクセに、調子に乗るなぁ!!」

「地面のモヤモヤ?」

「あかん、お嬢!見えない物が見える事は言うなと言ったやろうが!!」


 慌てて紅葉の方に振り返り、口止めをする粉木。しかし、頭に血が上っている紅葉に、粉木の制止の声は届かない。


「きっと、天野のじぃちゃんゎ、あのモヤモヤのせぃで、変なふうになったんだ!!

 アンタが、モヤモヤを全部消してれば、天野のじぃちゃんのままだったんだ!!」

「ガキの言うこっちゃ!聞き流せ、狗塚!」

「・・・モヤモヤを消す?

 君が何を言いたいのかは、まだ理解できていないが、何故、俺ばかりに!?

 君を取り押さえてる未熟者にも、君の言う事は出来ていないのだろうに!?」

「燕真ゎ燕真だから良いんだもん!!

 霊感ゼロでァタシが居ないと、なぁんにも出来ないけど、

 ァンタみたぃに威張らなぃもん!!

 ァタシの事を大事にしてくれるし、

 なんにも出来ないクセに、いっぱい頼れるんだもん!!

 アンタみたぃな、何もしなぃクセに威張ってるのと、一緒にするなぁっっ!!!」


「俺・・・紅葉から、スゲー馬鹿にされてないか?」


 相変わらず言葉足らずなので、紅葉の言い分を理解するには少しばかり時間が掛かる。今の一連で直ぐに理解できたのは、「燕真は役立たず」と「燕真を特別視している事」くらいである。

 粉木は、紅葉の言い分を誤魔化そうと取り繕い、燕真&雅仁は、紅葉の剣幕に押されながら、脳内で紅葉の言いたい事を懸命に検索する。


「なぁ、紅葉?

 オマエの言うモヤモヤって・・・天野さんの腹に仕込まれてた、闇の塊か?」

「そうだょ、燕真!ぉなか腹にあったモヤモヤだょ!!

 コィツ(狗塚)が、あっちこっちの地面にぁるモヤモヤを消さなぃから、

 こんな事に成っちゃったんだ!!」


 先ずは、紅葉との接点が一番長い燕真が、紅葉の言っている事に気が付いた。それを聞いて、雅仁も、ようやく言葉の意味を理解する。


「鬼の印の事か?」

「そぅだょ!!黒くてモヤモヤしたの!!

 ァンタ、決闘状付きのクセに、何でなにもしないのっ!!?」

「紅葉、それを言うなら血統証だ!!」

「何を言い出すかと思えば・・・やはり君は、ただの雑用係だな。

 あれは、地面に隠されて、文架市の全域にある。

 念の類いに引っ掛からない限りは隠れている物を見付けるのに、

 どれほどの手間が掛かるか解っているのか?

 時間と人員を掛けて、文架市中を掘り起こすくらいのつもりで、

 虱潰しに隅から隅まで捜し廻れば、全排除は可能だが・・・

 残念ながら、文架市民全員に退治屋の修練でも積ませない限り不可能だ!」

「だったら、やっぱり偉そうにすんなっ!!」

「バカバカしい。

 言っている事を理解したところで、結局は、意味を為さない言葉の繰り返しか?

 思い掛けずに、無駄な時間を過ごしてしまったようだな。」


 今度は、紅葉の言い分を聞き流し、溜息をついて踵を返し、その場から立ち去ろうとする雅仁。子供の、根拠の無い文句に付き合って、頭に血を上らせた事が、少々恥ずかしい。未熟な退治屋(燕真)と雑用係のガキ(紅葉)など、相手にする価値も無さそうだ。

 雅仁は、延々と続く紅葉の暴言には耳を貸さず、燕真達に背を向けたまま振り返ろうともせず、バイクに跨がり、ヘルメットを被りかける。


「そこに在るモヤモヤくらぃ消してぃけっ!バカッ!!」


 しかし、紅葉の、聞く価値も無い罵声に混ざって発せられた一言に、雅仁の動きが止まる。


「・・・そこに?」


 紅葉には‘モヤモヤ’が見えているとでも言うのだろうか?雅仁は、念の為に周囲を確認するが、‘鬼の印’は何処にも確認できず、紅葉がいい加減な事を言っているとしか思えない。


「ガキの戯言に乗せられた俺がマヌケって事か。」


 狗塚雅仁とかって名前の高飛車野郎は、自分の言っている事を、理解しようとすらしない。


「もぅイイ!ァンタみたいな使えないヤツ、サッサとどっかへ行っちゃえっ!」


 我慢が限界を超えっぱなしの紅葉は、雅仁に見切りを付け、深呼吸で幾分か気持ちを落ち着ける。


「燕真・・・もう、アイツを殴らないから大丈夫。」

「あぁ・・・うん。」


 燕真は、紅葉の全身が緊張状態から解れたと判断して、抑え付けていた手を弛めた。紅葉が、燕真の手を掴む。


「一緒に来て、燕真。」

「何処へ?」

「こっち!」


 燕真を連れた紅葉が、雅仁の立つ方向に歩き出す。そして、呆れ顔でバイクに跨がっている雅仁の横を通過して、更に50mほど歩き、広い空き地に入って、足の裏で地面を叩く。


「ここだょ!ザムシードになって、モヤモヤを消して!!

 威張りんぼうのクセにバカなアイツ(雅仁)ぢゃ、話にならなぃ!!

 燕真ゎ、ァタシの言ぅの、信じてくれるょね?」

「え?・・・あぁ・・・うん」


 燕真が、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌め込もうとすると、見かねた雅仁が、バイクから降りて呆れ顔で近付いて来て、紅葉の足元の地面に掌を置いた。


「下らない戯れ言を真に受けて、妖幻ファイターに変身する気か?未熟者め!

 どうせ、何もあるわけが無いが・・・俺がこうすれば満足なんだろ?

 その下らない戯れ言に、1回だけ付き合ってやるから、

 今後は2度と、俺の邪魔をするな!!」


 雅仁が、紅葉を見下せたのは、そこまでだった。紅葉に高飛車と称された彼は、地面に向けて念を送り、大地の気の流れを読むと、眼を大きく見開き、「信じられない」と言いたげな表情で、紅葉を見上げる。

 掌の真下の地面・・・紅葉が指定したピンポイントの場所に、鬼の印が隠されていたのだ。


「そ・・・そんな・・・バカな?」


 雅仁は、直ぐに紙札を置き、鬼の印を相殺する。

 手を置いて、気の流れを読むまで、この場所に鬼の仕掛けた呪印がある事など、全く気付かなかった。雑用係の少女の言い分など、下らないと考え、少しも信用していなかった。しかし、間違えていたのは自分だった。


(・・・この娘。)


 立ち上がり、呆然と紅葉を見つめる雅仁。紅葉は「言った通りだ!」みたいな勝ち気な表情で、雅仁を睨み付けている。


「・・・君、名前は?」

「源川紅葉!!それが何ょ!?」


 雅仁は、ポケットに手を突っ込んで、一枚のメダルを、紅葉に差し出す。そのメダルには『天』と『鬼』の文字が表示されていた。先ほど仕留めた天邪鬼の封印メダルだ。


「君を見下した事、謝罪させてくれ。」

「やっと解ったか!バ~カ!!」

「言い過ぎだ、紅葉!」

「欲しいんだよな?君の要求を呑むよ。」

「天野のじぃちゃんのメダル?」

「・・・え?いいのか?」


 紅葉に対して深々と頭を下げる雅仁。燕真と紅葉は、彼の豹変ぶりに付いていけず、呆気に取られて表情で、見詰めている。


「だけど条件がある。鬼の印探し・・・手伝ってくれないか?」


 雅仁は、鬼の印がを施した者の正体が、鬼族の№2・茨城童子と予想している。鬼の印を潰し続ければ、やがては、本命が焦れて動き出す。鬼の作戦を妨害し、少しでも宿敵の存在に迫れるなら、その手段たる者に頭を下げる事など、容易いと考えていた。

 1度封印された妖怪を復活させる術など、誰も知らない。天邪鬼のメダルを紅葉に渡したところで、‘天野のじいちゃん’とやらが、生き返る事はない。下っ端の鬼を封印したメダルなどに、大した価値は無い。この程度の気休めで、紅葉が協力をしてくれるなら、極めて安い買い物である。


「ど~しよ、燕真?」

「(まるっきり蚊帳の外の)俺に聞かれてもなぁ・・・。」


 一方、3人を眺める粉木は、「これで良かったのか?」と自問自答を繰り返していた。

 紅葉が頭に血を上らせて「一般人には見えない物」を喋った時、粉木は止めようとした。しかし、それは、狗塚家が宿敵とする鬼の痕跡であり、鬼は退治屋や全体にとっても、他の妖怪とは比較にならないほど厄介な存在であり、雅仁と組んで手早く鬼退治が出来るなら、紅葉の人間離れした才能を活かした方が良いのではないかと考えるようになっていた。

 狗塚雅仁が、佐波木燕真並みに信用できる人間ならば良いのだが、他人を平気で裏切れる人間ならば、この組合せは凶と出る可能性がある危ない判断なのだ。


「狗塚・・・お嬢は部外者やぞ。」

「承知しています。だから頼んでいるんです。」


 退治屋と狗塚家の間には、「退治屋は狗塚の要請に応じて任務を手助けする」という協定がある。だが、紅葉は退治屋ではないので協定による拘束はできない。だから、本人の同意を得るしか無い。


「お嬢はどうしたい?」

「よくワカンナイ。どうすればイイ?」

「手伝ってやれるか?」

「じいちゃんが、そうしろって言うなら、手伝ってあげてもイイけど・・・。」


 普段なら、即座に「面白そう」と首を突っ込む紅葉が二の足を踏んでいる。狗塚雅仁を信用していない、もしくは、雅仁の要求する活動に対して、本能的に危険を感じている。粉木は、そのどちらか、あるいは、両方と予想する。


「ワシは、お嬢を退治屋にする気はあれへん。

 手伝わすんは、お嬢の時間に都合が付く時だけ。

 オマンの都合で、お嬢を振り回さん。」

「はい、それで構いませんよ。」

「文架に複数の鬼が入っているなら、文架支部だけでは対処できん。

 本部への応援要請をするさかい、お嬢に手伝わすのは、援軍が整うまでや。

 それが条件でどうや、狗塚?」

「本部が本腰を入れてくれるのなら、何の問題もありません。」


 雅仁からすれば、大して価値を感じない天邪鬼を封印したメダルの提供など、ローリスク以下。自力での鬼の炙り出しを前提にしていたので、時間制限付きでも、優秀な才能をアテにできるのは、ハイリターン以上。この条件に、何一つ不満は無い。


「お嬢・・・そういう訳やから、暇な時にでも手伝ってやれ。」

「んっ!ワカッタ。」


 紅葉の任務には、かなりの危険が伴う。だが、既に鬼が暗躍をしていた場合、今の文架支部の戦力だけでは、文架の平和が崩壊をする可能性は極めて高い。1人の少女を危険から遠ざけた結果、少女を含めて都市全体が、それ以上の危機に陥るのでは本末転倒。最大の危機を回避する為に、前段階の危険に飛び込んで、事前に摘み取る。それが、粉木の思考だった。


「燕真・・・オマンは、お嬢の護衛や。」

「えっ?・・・俺が?」


 部外者の紅葉にリスクを負わせるからには、紅葉が望む最大限の護衛を付ける。それが、紅葉に対する、粉木なりの礼儀だった。


「当然やろ。お嬢担当はオマンや。お嬢の安全は、オマンが守るんや。」

「トーゼンでしょ、燕真!ァタシの安全ゎ、燕真が守らなきゃなんだよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真にしてみれば、ベテランの雅仁が紅葉と一緒に行動をするのに、何故、自分が護衛役なのか解らない。紅葉を眺めた後、雅仁をチラ見してから、粉木に小声で話しかける。


「アイツ・・・2人きりになった途端に紅葉に手を出すような、軽薄男なのか?」

「ちゃうわボケ。

 部外者のお嬢を駆り出すんやさかい、

 お嬢が動きやすいようにフォローしたれ言うてるんや。

 それから、狗塚は幼い時から、陰陽の修行一筋で、女の扱いに慣れてへん。

 お嬢に粗相をせえへんように、オマンが目ぇ見張るんやで。」

「2人きりになった途端に紅葉に手を出すかもしれないっての・・・

 半分当たってんじゃん。」


 ‘鬼の印’が発せられた瞬間に、その妖気は、妖気センサーに反応している可能性がある。ただし、ほんの些細な妖気なので、警報音までは鳴らない。つまり、YOUKAIミュージアムのパソコンから、妖気の履歴を遡れば、感知器が設置してある市街地に施された‘鬼の印’は、位置を特定出来るかもしれない。


「早急に戻って調べてみるで。」

「では、町中は粉木さんに任せて、

 我々は、センサーで感知をしにくい郊外を調査します。」

「お嬢の事、危険な目に合わすなや、よく見とき、燕真!」

「あぁ・・・うん」

「ァタシから目を話すなよ、燕真!」

「偉そうに言うな!」


 想定外の成り行きとは言え、正式に協力体制を結ぶ事になった文架の退治屋と雅仁は、早速、行動を開始する。




-十数分後-


 文架市の郊外を、タンデムに紅葉を乗せた燕真のバイクが先行し、雅仁の駆るバイクが後方を走る。時折、紅葉が、「止めて」と燕真の肩を叩き、言われた通りに停車をすると、雅仁もバイクから降りて近付いてきて、紅葉の指定の場所の妖気祓いをする。そして、また、バイクを走らせて、紅葉いわく‘モヤモヤ’を探す。

 燕真はランダムでバイクを走らせて、紅葉の要請で停車し、雅仁のお祓いを眺める・・・他にやる事無し。


「俺・・・このチームに必要か?狗塚が紅葉を乗せりゃ済む話なんじゃね?」


 開始から2時間くらいで、雅仁が用意していた護符30枚を使い切ってしまい、その日の活動は終了と成った。

 大した成果である。雅仁が単独で‘鬼の印’を処理するならば、地面に手を当てて気を探る(感知範囲は半径20m程度)か、銀塊の念で結界を張って炙り出すか、どちらかの方法になるが、雅仁のキャパシティーでは、20回も気を探れば疲れ果ててしまうし、銀塊に念を込めるのは1日に10個程度が限界だ。もちろん、探した場所に、‘鬼の印’が在るとは限らない。霊力を浪費しても、空振りに終わる事が多いのだ。それゆえに、ワザワザ「隠れている鬼の印」を探す等という無駄な行動はしない。


「信じがたいが・・・認めざるおえないな。」


 雅仁ならば、これほどの‘鬼の印’を探し出せば、疲労でダウンするだろうが、紅葉はケロッとしている。おそらく、護符がまだあれば、100個でも見付けられそうだ。凄まじく燃費の良い‘鬼の印’潰しである。

 たった一日でこれほどの仕掛けを潰せば、間違いなく、鬼の上級幹部は気付くだろう。‘鬼の印’を仕掛けるにも、一定の妖力を浪費する。数日掛かりで同じ事を続けていけば、「思い通りには行かない」と感じた茨城童子が、何らかの動きを見せる可能性もある。

 雅仁にとって、数時間前まで「相手にする価値がない」と考えていた文架市の退治屋は、行動を共にする価値が極めて高い存在になっていた。・・・ただし、不満はある。


「今日ゎ終ゎりみたぃだから、じいちゃんところのバイトに行こぉ~!」

「急かすな、紅葉!少しは休ませろ!!」

「え~~~~?燕真、運転してただけじゃん!」

「運転中、ずっと無駄に喋りっぱなしのオメーの相手をしてんのが疲れるんだよ!」


 販売機で買ったジュースを飲みながら、会話をする燕真と紅葉を眺める雅仁。この地を統括する粉木老人と、視線の先にいる紅葉が有能な事は理解できた。だが、紅葉のアシをしている男の、退治屋としての存在価値が解らない。


「相手にしなければ良いだけ・・・か。」


 役立たずは気になるなりに気にしないとして、文架市の退治屋が優れていると把握した今、雅仁が「次」に起こす行動は決まっていた。




-夜・YOUKAIミュージアム-


 紅葉を家に送り届けた燕真が戻ると・・・事務所内に、大荷物を抱えた問客が訪れていた。


「此処を拠点にさせて貰った方が、何かと都合が良さそうなので・・・

 しばらくお世話になります。」

「・・・・・・・・・・・・狗塚?」

「まぁ、そう言う事に成ったらしい。」

「・・・・・・・・・・そういうことって?」

「食費や布団のクリーニング代は、政府に請求して貰って構いませんので・・・。」

「項目が細かすぎて、請求書を作りにくいのう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・何の話だ?」

「よろしくお願いします。」

「・・・あぁ・・・どうも。」


 地域の退治屋は狗塚家の活動に協力する事は、協定で決められている・・・が、たいていの場合、地域の宿泊施設を利用する為、粉木としては、まさか、雅仁の生活の面倒まで見る事になるとは思っていなかった。


「この屋敷には、霊術工房は在りますか?」

「・・・こうぼう?」

「あぁ、庭の土蔵を工房にしとる。」

「え?あれって、物置じゃなかったのか?」

「時々、使わせていただいても良いですか?」

「もちろんじゃ。」


 雅仁は、やや呆れ顔で燕真を一瞥した後、庭に出て、土蔵の中を確認する。10畳程度の土蔵内は、土の地面のにシートが敷いてあり、壁は土壁で出来ている。


「なるほど・・・

 工房の造り、敷地内での風水を考えると、気を整えるには最適ですね。

 早速、使わせていただきたいのですが・・・。」

「あぁ、今日はワシは用が無いから好きにせい。」

「ありがとうございます。」


 雅仁は、粉木に一礼をして事務所に行き、数分後には、大荷物を持って庭に戻ってきて、紙札と銀塊を引っ張り出す。土蔵に入口では、燕真が物珍しそうに中を覗き込んでいた。


「用が無いのなら退いてもらえないか?」

「あぁ・・・うん。」


 燕真を追い出すと、雅仁は扉を閉め、1人で隠った。そして、土蔵の真ん中に座り、紙札を並べ、指で空を切る。


「なぁ、じいさん?アイツ、あんなところで寝るのか?」

「まさか・・・奴が隠ったんは、そない理由じゃあらへん。

 えぇ機会や、オマンも説明しとくか。」


 基本的に、妖幻システムや、メダルなどのアイテムは、本部から支給(または購入)されている。しかし、全てが本部からの調達というワケではなく、簡易な護符や、念を込めた塊は、各退治屋が、経費節減の為に個人で作る場合もある。それは、何処に居ても作成が可能だが、より気を高めやすく、無駄の無い作業をする為に、アジトに‘霊術工房’を設ける事が多いのだ。

 広すぎない範囲で密閉をされており、地面も壁も天然に近い形で維持をされている其処は、工場で作られた化学的な物質に囲まれるより、粉木や雅仁が妖気祓いのアイテムを作るには適していた。


「そっか・・・なら、じいさんも、時々はあの中に隠っていたんだな?」

「あぁ、たまにな。

 結構疲れる作業やさかい、やるなら寝る前、

 その日の‘余り’を封じ込める程度やけどな。」

「一応聞いとくけど、紅葉にも出来るのかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐らく、ワシ等以上に上手くな。

 尤も、お嬢に、そない事させるつもりは、あらへん。

 黙っておったんは、またお嬢に、妙な興味を持たれたくなかったからや。」

「俺だって、紅葉に、そんな事をさせる気はないけどさ。」


 燕真は、2度ほど土蔵を振り返りながら、粉木邸の茶の間に上がり込んでいくのであった。




-数時間後・粉木邸の和室-


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 何故だろう?燕真が風呂を上がって、いつも借りている6畳の和室に戻ってみると、2組の布団が、ほぼ隙間無しで敷かれている。粉木の寝室以外にも、仏壇の間とか、茶の間とか、他にも部屋があるはずなのに、「大して話した事も無い男と並んで寝ろ」と言う事なんだろうか?

 紅葉がお泊まりに来て、同じ部屋って言うなら、まだ話は解る・・・まぁ、それはそれで、かなり問題だが。


「クソジジイ・・・何の嫌がらせだ?」


 相部屋にしても、2つの布団の間が、ほとんど開いていないのは、かなり嫌だ。障子戸から顔を出して、雅仁の所在を探る。どうやら、まだ、土蔵に籠もっているらしい。燕真は、2組の布団を移動して間を1mほど空けてから、粉木が居る茶の間に行った。


「なぁ、ジイさん。アイツと相部屋はチョット勘弁して欲しい。

 別の部屋を貸してくれよ。」

「ダメじゃ。同じ部屋で寝んかい。」

「なんで?」

「しばらく行動を共にするんや。余所余所しいまんまではチームワークがでけへん。

 膝をつき合わして、少しくらいは解り合わんかい。」

「解り合う?・・・アイツには深入りするなって言ってなかったっけ?」

「深入りをする必要はあれへん。

 せやけど、互いにロクに会話もせえへんのや、話になれへん。」

「まぁ・・・確かにそうだけどさ。」


 互いに寝室に入って寝るだけ。相部屋の相手が大イビキでもかかなければ、神経を尖らせる問題では無い。

 不満なりに納得をした燕真は、粉木と共にテレビを見ながら、就寝までの時間を過ごす。しばらくすると、障子戸が開いて、雅仁が顔を出した。その表情には疲れが見える。


「風呂、借りますね。」

「おう、ゆっくり浸かってこいや。オマンの荷物は、隣の和室に運んどいたぞ。

 寝るんも、その部屋を使いや。」

「ありがとうございます。」


 雅仁は、障子戸を閉めると、縁側経由で隣の寝室に行く。彼は相部屋をどう思うのだろうか?苦情が来た場合は、粉木は燕真の時と同じように説得をするのだろうか? 燕真は、興味深く反応を待ったが、隣室でしばらく物音がした後、雅仁は特に文句を言いに来る事も無く、風呂に行ってしまった。


(へぇ・・・てっきり、嫌がりと思っていた。

 無愛想で人見知りに見えるけど、結構平気なのかな?

 変に嫌がっていた俺の方が、キャパが狭いってか?)


 燕真は、大人の対応をした雅仁を少し見直し、雅仁が退出した直後の和室を覗き込んだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 片方の布団は部屋の中央に陣取られており、布団の上には、「ここは俺の場所だ!」と言わんばかりに、雅仁の大荷物が置いてある。しかも、もう片方の布団は、部屋の隅ギリギリに追いやられている。その配置からは、「この部屋の主は俺だ!」という自己主張と、燕真への「オマエは端で小さくなってろ」という無言の圧力が感じられる。


「・・・あんにゃろう」


 奴が部屋でゴソゴソと物音をさせていたのは、布団の配置替えをしている音だった。粉木に言われて、「同じ部屋で寝るくらいは良いか」と思っていたが、奴と相部屋なんて絶対に嫌だ。自分は我慢をする努力をしたのに、先に仕掛けてきたのはアイツだ。後悔をさせてやる。




-数分後-


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 風呂を上がった雅仁が、部屋の前の縁側で立ち止まる。寝やすい配置をしたはずなのに、縁側に布団が敷いてあり、その上に大荷物が置いてある。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 障子戸を開けて和室を覗き込むと、部屋のド真ん中で、燕真が布団に潜り込んで眠っている。


「・・・コイツめっ!」


 和室に上がり込んで、燕真の枕元に立つ雅仁。燕真はグースカとイビキをかいている(寝たふり)。3回ほど声を掛けるが、起きる仕草は無い。

 雅仁は、諦めて、縁側に戻って障子戸を閉め、布団に潜り込むのだった。一方の燕真は、薄目を開けて、「してやったり!」とほくそ笑む。




-翌朝-


「朝やで。起きんか、燕真。」


 燕真が、粉木に声を掛けられて目を覚ます。朝だから明るいのは当たり前なんだけど、明るいを通り越して眩しい。・・・と言うか、目を空けたら、何故か空が見える。


「なんで、こないとこで寝とんのじゃ?オマンが夢遊病とは知らんかったで。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・????」

「部屋から追い出されたんか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 しばらくはボケ~っとしながら、頭の上に沢山の「?」を浮かべていたが、やがて意識がハッキリしてきた。辺りを見回して、布団も掛けずに、何故か、庭で寝ていたことに気付く。


「・・・あんにゃろう」


 飛び起きて、和室を覗き込んだら、雅仁が部屋の中央で、布団に入って寝息を立てていた。どうやら、熟睡している間に追い出されたらしい。

 自分は縁側で許してやったのに、庭に放り出すとは何事か?・・・めっちゃムカ付くんだけど、縁側と庭の違いはあるとは言え、先に部屋から追い出そうとしたのは燕真だし、起床時刻になってから布団を入れ替えても意味が無いし・・・本日の陣取り合戦は、燕真の敗北で決まった。


 その後、朝食の時刻になっても、雅仁が起きてくる気配は無い。朝が弱いのか、だらしない性格なのかは解らないが、見た目や雰囲気には似合わず、随分とルーズなようだ。

 流し台に立って、朝食の食器を洗う時間になっても、まだ雅仁が起きてくる気配は無い。


「アイツ・・・いつまで寝てんだ?」

「好きに眠らせときや。

 アイツ、一寝りして、朝方に起きて、まだ土蔵に籠もっていたさかいな。

 念込めの塊か、護符かは知らんけど、随分と作っているようやで。

 お嬢のお陰で‘鬼の印’とやらを苦労なく潰せんのが、

 余程、刺激になったんやろうな。」

「紅葉のお陰・・・ねぇ。

 天野さんの一件があるし、

 アイツ(紅葉)が狗塚と、いつまでも協力するとは思えないんだけどな。」

「ワシには、天野はんの事があったさかい、二の舞をせん為と、

 狗塚の鼻っ柱をへし折る為に、お嬢は意地になって協力しとるように見えるで。」

「確かに・・・それは、言えてるな」


 燕真は、洗い終えた食器を拭き、食器棚に戻しながら、何度も、雅仁が寝ている部屋の方角を眺めるのだった。




-AM10時-


 YOUKAIミュージアムが開店し、燕真がカウンター内にスタンバイしていると、ようやく雅仁が顔を出した。起き抜けの茶の間ではなく、一般客が立ち寄る店の中なので、一様に身なりは整えいる。雅仁は、入るなり店内を見廻して、「あれ?」的な表情をした後、もう一度店内を見廻して、カウンターから離れたテーブル席に座る。


「オーダーか?飯を食いたいだけなら、ジジイの家の台所で食え!」

「ホットサンドとアメリカン。

 昨日、言っただろ。食費まで迷惑を掛ける気は無い。飯代くらいは払うさ。」

「今は客な扱いのワケね。・・・コーヒーはいつお持ちすれば良いでしょうか?」

「パンと一緒で良い」

「・・・かしこまりました。」


 手際良く指定された注文品を仕上げる燕真。紅葉の料理の上手さの所為で影が薄くなりがちだが、燕真にだって、簡単な料理くらいは、苦もなく作れる。10分ほどして、トレイに乗せたホットサンドとアメリカンコーヒーを、雅仁の座っているテーブルに並べる。


「源川紅葉は・・・まだ出社しないのか?」

「オマエまで、アイツ目当てかよ?近所の彼女イナイ歴=年齢な連中と一緒だな。」


 仏頂面で「紅葉」を注文する雅仁に対して、膨れっ面で答える燕真。露骨に「オマエ(燕真)には用は無い」みたいな顔をされて、流石にムカ付いたので、「オタク扱い」の嫌味で返す。


「アイツ(紅葉)の朝食が食いたきゃ、夕方4時過ぎに起きてこい!」

「・・・夕方?彼女は、その時間まで、この店には来ないのか?」

「当たり前だろ。アイツ(紅葉)は学生だ。今頃は、高校で授業を受けてるよ。

 オマエ、あんなガキみたいなアイツを見て、まさか社会人とでも思ったのか?」

「そうか・・・学生だったのか?それでは仕方がないな。

 朝から彼女をアテにして、昨日は護符造りを張り切ったのだが・・・空振りか。」

「・・・護符?」

「あぁ、そうだ。

 さもしい考えしかできない君に説明する気にもなれないが、

 勘違いをして欲しくないので言っておく。

 俺は彼女の飯を食いたくて、此処にいるわけではない。

 彼女と組めば、1日で‘鬼の印’の100や200は雑作もなく潰せる。

 だから、此処にいるんだ。」

「・・・あっそう!」


 どうやら雅仁は、茶店のウェイターとして「燕真に用は無い」のではなく、退治屋として「燕真に用は無い」と言っているらしい。実際に、紅葉の能力に比べれば、燕真の能力なんてゼロに等しい(・・・てか、ゼロだ)が、出会ったばかりの奴に言われるのは、かなり腹立たしい。


「粉木さんは事務室か?」

「そうだよ!それがなんだ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その後、2人の間には、これと言った会話は無し。雅仁は、ホットサンドを黙黙と口の中に押し込み、コーヒーを飲んで、食事代を払い、粉木が居る事務室に入っていった。




-事務室-


 粉木の元を訪れた雅仁は、一礼をしてから、早速、粉木が調べ上げた妖気反応を履歴に眼を通す。大きな妖気反応(加牟波理入道や天邪鬼)に混ざって、小さな反応が幾つもある。普段なら「自然発生をした小さな妖気溜まり」として見逃す反応だが、おそらく、これらのうちの幾つかが‘鬼の印’を示していると思われる。


「彼女が学生って事、アナタが未成年に手伝わせている事、

 アナタらしくないと驚きましたよ。

 ですが・・・彼女の才能を考えれば、理解は出来ますね。」

「あぁ・・・お嬢の事か?」

「正規の退治屋のはずの彼(燕真)よりは、余程役に立ちますからね。」

「えらい言い様やの。

 あれ(燕真)はあれで、土壇場では腹が据わるよって、なかなかのもんなんや。」

「アナタの思惑はどうであれ、俺は、未熟すぎる彼を相手にする気はありません。」

「まぁ・・・オマンがそのつもりなら、ワシは特には何も言わん。

 ・・・オマンの好きにせいや。」

「さて・・・夕方まで彼女が動けないのなら、それまでは、単独で動くしかないか。

 最新の反応は・・・コレとコレとコレ。先ずは、この辺から探ってみます。」


 雅仁は、最新の妖怪反応のうちから、遡って5箇所分に眼を通し、その場に向かうべく、YOUKAIミュージアムから出て行くのであった。粉木は、窓越しにその光景を眺めながら、深い溜息をつく。


「やれやれ・・・

 気持ちは解らんでもないが、もうちっと肩の荷を降ろせんかのう?」




-数分後-


 雅仁は、愛車を路肩に寄せて停車し、周囲を見回す。此処はYOUKAIミュージアムの南東側にある土地開発区(明森町)である。妖気の履歴データを見ると、8時間ほど前に小さな交差点付近で反応が出ているが、これと言った異変は感じられない。


「やはり・・・目視では解らないか。」


 バイクから降り、交差点歩道で地面に手を置き、大地の気の流れを探ってみる。3mほど離れた場所に‘鬼の印’の存在を感じたので、特定された位置に護符を置き、空に印を切って、‘鬼の印’を潰す。

 履歴から、ある程度の位置は確認できるが、やはり、ピンポイントで‘鬼の印’を見付けるには、労力を必要とする。決して難しい動作ではないが、一定の知識や技術は必要であり、雅仁のキャパシティーでは「大地の気を探る為に気を流す」のは、1日に20回程度が限界。紅葉と行動を共にする安易さを考えると、凄まじく燃費の悪い‘鬼の印’潰しになってしまう。


「流石に、やってられないな。」


 ‘鬼の印’全てが、妖怪を生み出すわけではない。無数にバラ巻かれた‘鬼の印’のうちの幾つかが邪気や思念に反応して、妖怪を発生させる程度であり、他の‘鬼の印’は誰にも気付かれないまま、やがては大地に溶け込んで自然に浄化される。‘鬼の印’の虱潰しは、体力を消耗させてまで、やるべき価値は無いのだ。

 雅仁は、履歴で周辺に確認されている場所を3つほど確認して潰し、それ以上の行動は「無駄な労力」として諦め、YOUKAIミュージアムに戻るのだった。




-午後4時過ぎ・YOUKAIミュージアム-


「ちぃ~~~~~~~~~っすっ!ぉまたせぇ~~~~~!!」


 待ちに待った紅葉が、ようやく、授業を終えて、バイト先に到着した。雅仁は早速立ち上がり、メイド姿の紅葉に歩み寄る。


「さぁ、行こう!」

「・・・ん!?」

「解るだろ?昨日の続きだ!」

「え?今から!?まぁ・・・ィィけど、直ぐに暗くなるょ?

 黒ぃモヤモヤだから、流石に暗くなると、見えにくぃんだょねぇ~~」

「日が暮れるまでで充分だ!頼む!」

「もぉ~!しょうがないなぁ~!」


 紅葉は、連日の‘鬼の印’探しを想定していなかったが、雅仁の熱意に押されて協力を承諾する。


「ょぉ~し!そ~ゆ~ワケだから、行くょ、燕真!」

「ハァァ?何で俺が!?」 「何故、彼(燕真)まで!?」

「だってぇ~~・・・燕真が行かないと、ァタシ歩かなきゃぢゃん!」

「コイツ(狗塚)に乗せてもらえ!」 「俺の後ろに乗ればいい!」

「ぇ~~~~~・・・燕真行かなぃのぉ!?なら、ァタシも行かな~い!」

「俺まで出たら、店はどうすんだよ?」

「ぉ店と退治屋さんと、どっちが本業なのぉ?退治屋さんでしょ?

 それに、ぉ店にゎ粉木じぃちゃんが居るじゃん!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま・・・まぁ、そうだけど」

「だったら、行こぉ!」


 燕真が‘鬼の印’潰しで活躍する場面は一つも無い。探すのは紅葉で、潰すのは雅仁。燕真は紅葉のアシをしているだけ。雅仁が紅葉を乗せれば話は済む。

 しかし、紅葉は「燕真が居なきゃダメ!」らしい。粉木から「紅葉の子守は燕真の役目」と言われているので、無視も出来ない。


「何や有るかもしれんし、人数多い方がえぇやろ!

 店は任るさかい、オマン(燕真)も行きや!」

「やれやれ・・・了解!メンドクセーな~~~!!」

「素直じゃないのう、燕真!お嬢のご指名なんやから、もっと喜べや!」

「そぉ~だそぉ~だ!」

「喜んでね~よ!!オマエ(紅葉)、何様だよ!?

 俺を、オマエ目当ての客共と同類にするな!」


 雅仁は、燕真同行を納得していないが、「紅葉が望むなら仕方がない」と渋々頷く。燕真は、紅葉に無理矢理追い立てられて、慌ただしく店から出て行くのであった。




-30分後-


ピーピーピー!!!

 妖気発生の警報が、事務室を経由して、燕真と雅仁のYウォッチを鳴らす。すかさず、愛車を路肩に寄せ、粉木の発信に応答をする燕真。文架大橋の東詰で妖怪が暴れているらしい。


「了解!今から向かう!」

「ぃそげぇ~~~!」

「もしや、鬼が!?」


 ‘鬼の印’を5つ潰して、6つ目の捜索中に、本日の活動は変更となった。燕真&紅葉&雅仁は、‘鬼の印’探しを中断して、粉木が指定をした場所にバイクを走らせる。




-数分後・文架大橋東詰-


 燕真達が到着をすると、人々が逃げ惑い、その中心で2体の妖怪が暴れていた!2体とも二口女だ!


「あれ?アイツ、だいぶ前(第7話)に倒したよな?」

「うん!燕真がマキ姉ちゃんにフラれた時のヨーカイだよ!」

「フラれてない!勝手な黒歴史を作るな!」

「また、間違ぇて子妖を封じたんぢゃなぃの?ぃっもの事ぢゃん!」

「毎回ミスってるような言い方をするな!‘たまに’だ!!」

「なら、マキ姉ちゃんの時が‘たまに’だったの?

 マキ姉ちゃんにフラれてショック受けて、やらかしちゃった?」

「ゴチャ混ぜにすんな!フラれたのは、妖怪を倒したあと!

 妖怪と戦っている時は冷静だった!」

「ほら、やっぱりフラれてんじゃん。」

「フラれてない!」


 燕真と紅葉の問答を聞いていた雅仁が、溜息をつき、呆れ顔で口を挟む。


「個体数が1体に限られるのは、上級クラスの妖怪のみ!

 下級や中級クラスは、複数の同一個体が存在をする!

 不特定多数の念が渦巻く場所に‘鬼の印’のような悪質な起点が置かれた場合、

 複数の念が同時に引っ掛かって、下級妖怪が数匹同時に育つ事もある!

 そんな事も知らないのか!?未熟者め!」

「へぇ・・・知らんかった。」

「ザコゎたくさん居るってことなんだね?」

「何体居ようが、全部倒せば問題無いってことだろ!

 ・・・紅葉、オマエは此処に居ろ!」

「ぅんっ!」


 燕真は、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」


 妖幻ファイターザムシード登場!妖刀ホエマルを装備して、二口女目掛けて突進していく!

 二口女Aが、髪の毛を蜘蛛の巣のように張って、ザムシードの突進を妨害!ザムシードは苦もなく髪の毛を振り払うが、背後から二口女Bが伸ばした髪の毛に右腕を絡め取られる!

 二口女は、一度戦っており、「それほど厄介な妖怪ではない」と判断したのがミスだった。


「チィィ!連携かよ!下級とは言っても侮れないってか!?」


 想定外の二口女C(3体目)まで出現して、伸びてきた髪がザムシードの首に巻き付く!


「ゲッ!3体目!?マジか!?」


 更に、ザムシードが気を取られた隙に、二口女Aの髪の毛が、ザムシードの足を絡め取る!そして、3匹が3方向から同時に髪を引き、ザムシードはバランスを崩して転倒してしまう!

 妖刀を握った右腕に髪の毛を巻き付けられている為、思うように剣を振るう事が出来ない!ザムシードが四苦八苦していると、二口女の髪は容赦なく左手や、胴体に巻き付き、全身の自由を奪う!


「鬼の出現を考慮して来てみたが、違ったか。

 さぁ・・・行こう。直に日が暮れてしまう。」


 しばらく、ザムシードと妖怪の戦闘を眺めていた雅仁が、まるで‘当たり前’のように、紅葉に声を掛けた。


「・・・え?」


 紅葉が振り返ると、雅仁はバイクの向きを戦場とは反対側に向けて、紅葉に「タンデムに乗れ」と催促している。この男は、燕真が戦っているのに、参戦しないどころか、この場から去ろうとしているのか?紅葉は、雅仁が何を言っているのか理解が出来ない。


「行くって何処に?」

「‘鬼の印’探しに決まってるだろ?」

「燕真、戦ってるょ?」

「俺には関係無い!俺が優先するのは、鬼討伐だからな!」

「・・・・・・へ?」

「現地の妖怪退治は、現地の退治屋の仕事だ。俺の仕事ではない。

 それに、君が此処にいたところで、

 アイツ(ザムシード)の戦いに参加するわけでもあるまい。

 俺も君も、此処で眺めていても時間の無駄。やれる事をやるべきって事さ。」

「ふぅ~~~ん・・・あっそう!・・・・・・なら、ァンタだけ、行ってイイよ。」

「・・・なに?」

「ァタシゎ、燕真の応援に行くっ!」

「待て、行っても危険なだけだ!」


 紅葉は、雅仁に背を向け、雅仁の制止に一切耳を傾けずに、戦場に向かって掛け出して行く。理路整然と説明をしたつもりだった雅仁は、紅葉が一切理解をしてくれない事が理解できず、呆然と紅葉の背中を見送った。


「才能はあるが・・・順序立てて対局を読む力は、無いと言う事か?

 未熟なアイツ(燕真)と一緒に居る所為で、

 能力の有効活用も出来ないとは・・・。

 この様な才能の無駄使い・・・粉木さんは把握しているのか?」


 雅仁は、紅葉を呼び止める事を諦め、事前に確保しておいた‘妖気センサーの履歴’に目を通してから、‘最近、妖気が発生した場所’を求めて、バイクを発車させる。背後でバイクのエンジン音を聞いて振り返る紅葉。


「ぁんにゃろぅ!・・・マヂで先に行きやがった!」


 パターン的に、「何だかんだ言いながら燕真を助ける」だろうと紅葉は予想をしていたのに、口約通りに次の‘鬼の印’を探す為に立ち去りやがった。次に奴(雅仁)の顔を見たら「2度と‘鬼の印’探しなんて手伝ってやるもんか!」と啖呵を切ってやりたい気分である。


「アイツ、すっげームカ付く!」


 紅葉は、バイクで去って行く雅仁の背中をしばらく睨み付けた後、交戦中のザムシードに視線を戻した。

 3体の二口女に髪の毛を絡められて、身動きのままならないザムシードは、妖刀を放棄して、力任せに右手を左腕に寄せて、Yウォッチから『炎』を書かれたメダルを抜き取って、Yウォッチの空きスロットに装填!


「たかが髪の毛を絡めたくらいで、いい気になるな!!」


 ザムシードの両手甲と脛当てが炎を発して、手足に絡み付いていた髪の毛を焼き切る!直後に、炎を帯びた右手刀で、胴と首に巻き付いていた切り祓った!全ての拘束から解放されて、構え直すザムシード!


「さて・・・問題はこれからだ。」


 『蜘』や『鵺』等の、強い妖怪で作った武器用のメダルを、2枚以上の同時使用はをすると、必要妖力が妖幻ファイターのキャパシティーを越えてしまう為、自動でリミッターが掛かる。妖刀や弓銃に『炎』等の属性メダルをセットする事も、使役妖怪の妖力を高めてしまい、妖幻ファイターの制御能力を超える危険がある為に、自動でリミッターが掛かってしまう。つまり、妖幻システムは、メダルの重ね掛けは出来ない。

 例外的に、妖怪の封印に使用する白メダルだけが、妖怪の能力が封印されている武器に填め込んで使用できる。


「さすがに、まだ封印できる状態ではない!

 武器を装備するか・・・このまま炎の力で戦うか・・・?」


 手足に炎を纏っていれば、二口女の髪を焼くことができるが、攻撃力が低く、倒すことはできない。武器を装備すれば倒せるが、今のように、多方向から髪で牽制されると対応できない。

 ザムシードが迷っている間に、二口女×3が、髪の毛を伸ばしながら襲いかかってきた!


「先ずは弱らせるべきかっ!」


 三方向から絡み付いてくる髪を、炎の手刀で焼き払い、二口女Aに突進をするザムシード!懐に飛び込んで、炎の拳を叩き込んだ!二口女Aは一定のダメージを受け、炎に巻かれて闇を振り撒きながら弾き飛ばされるが、直ぐに立ち上がる!やはり、炎の拳では、致命的なダメージを与えることはできない!


「倒せないのは想定内だ!」


 ザムシードは、二口女Aの間合いに踏み込みながら、裁笏ヤマを装備して、Yウォッチのスロットに填められていた『炎』メダルを、裁笏の窪みに装填!裁笏ヤマから炎が発せられる!妖怪が封印された武器に属性メダルをセットすることは出来ないが、基本武器の裁笏ヤマだけは、属性メダルの効果を発揮する事が可能なのだ!


「おぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」


 炎を放つ裁笏ヤマで二口女Aを薙ぎ払う!胴体から上下に両断されて転がる二口女A!だが、斬っただけでは妖怪は倒せない!白メダルの効果を発揮させた攻撃で封印しなければ、妖怪は復活をしてしまう!


「封印は後回しだ!先に、あと2体を戦闘不能にする!」


 倒せてはいないが、大ダメージを受けた二口女Aは、簡単には戦線復帰はできない!体の向きを変え、二口女Bに向かっていくザムシード!二口女BとCは、不利と判断して、堤防方向に逃走を開始!


「燕真っ!」

「オマエは此処で待ってろ!」


 ザムシードは、紅葉に一声掛けてから二口女を追う!堤防上で追い付き、絡み付いてきた髪を、炎を発する裁笏で焼き払い、戦場が高水敷に移動したところで、二口女Bを切り伏せた!それを見た二口女Cは、数歩後退してから、背を見せて再び逃走をする!堤防斜面を駆け上がる二口女Cを追うザムシード!


「げっ!わぁっ!!こっち来た!!」


 逃走経路の先には、「待っていろ!」と言われたにもかかわらず追って来た紅葉の姿がある!慌てて足を踏ん張らせて立ち止まり、振り返って逃げようとする紅葉!二口女Cは、突然転がり込んできた美味そうな餌に髪の毛を伸ばす!


「あの・・・バカ!」


 ザムシードは、走りながらYウォッチに『鵺』メダルをセットして、弓銃カサガケを召喚!小弓モードで二口女Cの背中に光弾を当てて体勢を崩し、紅葉に向かう突進力を落とす!


「横に飛べ、紅葉!」


 指示をされた紅葉は、横っ飛びで逃げる!二口女Cの同一線上から紅葉が逸れたと判断したザムシードは、弓銃を強弩モードに切り替え、予め準備をしておいた白メダルをセットして、必殺の一撃を狙い撃った!二口女Cは、紅葉の目の前で爆発四散!散った闇が弓銃カサガケに集まって、メダルに『二』の文字が浮かび上がる!




-数分後-


「・・・ったく、毎回毎回、邪魔ばかりしやがって!」

「ごめぇ~~ん・・・燕真。」

「頼むから、もう少し温和しくしててくれ!!」

「は~~~~~~ぃ。」


 ザムシードが紅葉の尻ぬぐいをするのは今回が初めてではない。その度に紅葉を叱るのだが、紅葉は学習能力が低いらしく、しばらくすると、また同じ事をする。


「でも良かったぁ~~~!

 ァィッが言うみたぃに、燕真ゎァタシの事を無駄だと思ってぃなぃもんね!」

「オマエ・・・耳あるか?たった今、邪魔をするなといったつもりだが!」

「ぅん、聞こえたょ!ぃつもぁりがと!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ザムシードにとって、紅葉の迷惑は、戦闘の一連になりつつあった。ぶっちゃけ、叱り飛ばしながら、この状況に慣れつつある適応力を、我ながら呆れてしまう。それでも、燕真は「いつもの事」として、紅葉を受け入れていた。


「いつも、ありがとねぇ!」

「・・・ど~いたしまして。」


 屈託のない笑顔で、改めて礼を言う紅葉に対して、ザムシードは恥ずかしそうにそっぽを向いた。そこでようやく、雅仁の姿が無いことに気付く。


「あれ?アイツ、何処に行った?」

「知~らないっ!でも、やっぱり、燕真ゎ、アイツ(雅仁)とは、全然違うねっ!」

「どうせ、アイツと違って、弱い妖怪相手に苦戦しているとでも言いたいんだろ?」

「ヒミツっ!燕真ゎ、ァタシのこと置いていかないもんね。」

「なんだそりゃ?よく解らんが、置いていくに決まってんだろう。」

「んへへっ!燕真ゎ絶対に置いていかない。」


 紅葉は、今回の危険な行動の原因は、‘雅仁の対応’にカッカして盲進気味に成っていたからだが、燕真の優しさに触れて、幾分かは気持ちが落ち着いていた。

 その後、二口女AとBも白メダルに封印をして、変身を解除した燕真の手には『二』の文字が浮かぶ3枚のメダルが集まる。


「封印しないわけにはいかないから、白メダル使っちゃったけど・・・

 同じメダルばっか、こんなに集めて意味あんのかな?

 ジジイから‘要らない’と言われて、報酬を差っ引かれそうで怖い・・・。」

「燕真っ!」

「・・・ん?」


 呼ばれて振り向いたら、いつの間にか、紅葉は燕真のバイクのタンデムに跨がっており、「帰ろう」と催促をしている。燕真は、紅葉の‘せっかち’ぶりに呆れつつ、バイクに駆けていく。


「サッサと行くよ!」

「一息くらい、つかせろよ。」

「もう、一息ついたでしょ?行こっ!」

「言われんでも解ってる!」


 紅葉は、雅仁の‘鬼の印’探しに協力をする気はある。ただし、それは燕真が一緒に居る事が条件であり、雅仁のバイクに乗って、雅仁の背中に身を預ける気は一切無い。




-その頃-


 ザムシードの戦場から数キロ離れた場所で、地の気を探り、‘鬼の印’を潰す雅仁の姿があった。

 ‘無駄無く正しい行動’と説明する自分を拒否して、ザムシードの戦闘を見守るという‘無駄な事’を選択した紅葉に腹が立って仕方がない。そして同時に、他人には期待をしない自分が、「何故、紅葉を腹立たしく思うのか?」に困惑をする。

 縁石に腰を下ろして、しばらく思案に耽り、一連の行動を振り返り、狗塚雅仁は1つの結論に至った。


「枯れた家系が、才能溢れる胎盤を得れば・・・

 再び、栄華の血を呼び覚ます事ができる・・・?」


 狗塚の血筋という慢心は、年端もいかない小娘にアッサリと撃ち抜かれていた。自分自身を「名ばかりの家系」とコンプレックスに感じる雅仁は、紅葉の持つ潤った才能に嫉妬をしている。

 そして同時に、紅葉の才能を欲している。しかし、紅葉は、未熟者(燕真)ばかりを優先させて、自分のことを全く相手にしていない。雅仁は、紅葉と燕真に、同時に嫉妬しているのだ。


「・・・下らない!俺は、あんな小娘相手に何を考えているんだ!?」


 雅仁は、夕焼けに染まった空を見上げながら、「他人には期待をしない自分が、紅葉に期待をしてしまう理由」を、必死で否定する。

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