第13話・陰陽師ガルダ(vs天邪鬼)

-深夜-


 羽里野山近くにある古い家には、『天野』と書かれた表札が掲げてある。その屋敷の奥・寝室で、天野老人が苦しそうに唸り声を上げていた。


「あぁぁぁ・・・うぁぁぁぁっっっっ・・・」


 込み上げてくる凄まじい破壊衝動を必死で押さえ込み、苦しそうに悶え続ける。最近は、自分の中に眠っている‘冷たい感情’に押し潰されそうになる事が多々ある。文架市内に発生する妖気で、妖怪の本能が呼び覚まされそうになる。今日は、退治屋を手助けして妖力に触れた為か、いつも以上に本能が起きようとする。この状態で意識を失ったら、本能が覚醒してしまう。


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 蹲る鬼の名は天邪鬼。鬼の前に、中世日本の鎧のようなプロテクターを纏った戦士が立っている。戦士は、天邪鬼には争う気が無いと判断をして、向けていた刀を鞘に納めた。


「わ・・・わしを殺さないのか?」

「えぇ、殺さない!だって貴方、人間と共存したいのよね?」


 戦士の名は、妖幻ファイターハーゲン。戦いの様子を見ていた上司の粉木(今よりも若い)が、ハーゲンの行動を批難する。


「ふざけるのも大概にせえ!また、妖怪を助ける気なんか!?」

「私が倒すのは、人間に害を為す悪い妖怪だけよ。

 粉木さんだって、妖怪なら何でも倒せば良いとは考えていませんよね?」

「せやけど、ソイツは鬼やで!妖怪の中でも、悪のエリートのような種族や!」

「それは、他種族を受け入れようとしない人間の一方的な価値観。

 人間にだって、解り合えない者もいる。

 その反対に、鬼や妖怪にも、解り合える相手はいるはずよ。」

「・・・やれやれ、相変わらず頑固やのう。」


 粉木自身、「人間社会に憧れ、人間との共存を望む妖怪が居る」ことは把握しており、「妖怪や鬼と解り合うことは不可能ではない」という思想を生易しいと思う反面、「そうなって欲しい」という願望を持っている。


「天邪鬼・・・人間社会では、オマエを鬼の姿のまま受け入れるのは難しい。

 決して、鬼の姿には成らず、人間の姿を保って生き続けろ。

 人間社会を混乱させるトラブルは起こすな。

 それが、ワシが目を瞑ってやれる最大の譲歩だ。」


 天邪鬼が念を発すると、天邪鬼の姿が、天野老人の姿に変化をした。ハーゲンによる助命嘆願と、粉木の決断に対して、天野老人は何度も頷き、涙を流して感謝をする。


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 妖怪を受け入れ、呆れながらも友好関係を続けてくれた古き友。人間との共存で得たかけがえのない記憶が、天野老人の中の鬼を抑えていた。

 鬼の本性を持つ老人は、住み慣れたこの土地での平穏を護る為に、必死で自分自身と戦い続けていた。



-羽里野山の麓-


 数日前に、茨城童子が灯した闇が、怪しい揺らめきを発する。


「此処にも・・・鬼の呪か!」


 外灯も無いような暗がりの中、闇の呪印に近付く人影がある。暗い光に照らし出されたその男は、メガネを掛けたインテリ系イケメン=狗塚雅仁(妖幻ファイターガルダ)。闇の呪印の上に紙札を置き、指を立てて空で印をきってから紙札をなぞった。


「オーン・・・解除。」


ボシュゥン!

 闇の呪印は、紙札と共に弾ける。雅仁は、呪印があった地面に触れ、呪印が完全に消滅をした事を確認してから立ち上がり、軽く周囲を見回した。辺り一面、真っ暗である。特に眼を引く物は無い。


「此処にある鬼の呪印は1つだけ。闇を灯した鬼の気配は無し。

 恐らく、数日前に施された呪印だな。

 この都市には、一体いくつの呪印がバラ巻かれているんだ?」


 施されてしまった呪印は、簡単には見付ける事は出来ない。地面に手を当てて気を探る(感知範囲は半径20m程度)か、結界を張って炙り出せば、地面に潜った呪印を見付ける事が出来るが、何処にあるのか解らない物に対して、いちいち、そんな労力の掛かる事は出来ない。

 たいていの場合、呪印に念が引っ掛かり、妖気溜まりを作り始めたところで(妖気センサーの感知などで)気付き、妖怪を生み出す前に処理をする。その監視をかいくぐって妖怪化した物は、妖幻ファイターの力で退治をする。


 文架市に配置された妖気感知器は、支給数が少ないなりに、バランス良く配置をされ、人が多く住む地域を上手く網羅している。その点については文句は無い。担当の粉木老人は、よくやっている。

 むしろ、職務怠慢なのは、妖怪の異常発生や、鬼の滞在など、文架市が異常事態に陥り掛けているにもかかわらず、有効策や、感知器の増設などの手を打たない退治屋本部だろう。


 現に、鬼の呪は、感知器の反応が遅れがちな人口閑散地にも、容赦なく施されている。このように、人間の死角を衝くような、解りにくく、手の込んだ事をするのが誰なのか、雅仁には、想像が付いている。


「・・・茨城童子。相変わらず、小賢しい鬼め。」


 星熊童子の討伐以降、この場所や、ショッピングモールなど、市内のあちこちに、‘茨城童子の手垢’が残されているにも関わらず、肝心の鬼が全く姿を見せない。手垢を処理しているだけでは、尻尾を掴む事は出来ない。


 狗塚雅仁は、次第に苛立ちを募らせるようになっていた。




-翌日・優麗高-


 正門前の歩道から、二十代後半くらいの男が、校舎を見上げている。茨城童子に似た風貌を持つ、長髪を後ろで束ねた体格の良い男だ。


「伊原木先生、おはようございます!」

「あぁ、おはよう。」


 登校中の女生徒の声に、挨拶を返す。

 彼は、優麗高を含む、文架市の幾つかの高校で古文を教えている非常勤講師である。以前は、別の教諭が教壇に立っていたが、数ヶ月前から行方不明となり、代理として、今は彼が、その任を努めている。本日は、1限目から優麗高で3年生の授業がある為に、この場所に赴いたのだ。

 口数は少ないが、二枚目で背が高い彼は、各校の女生徒達からは「クール」「スマート」などと、それなりに評価は高い。まるで生活感を感じさせない雰囲気が、女心を刺激するらしい。まだ少し時期が早いが、「伊原木先生には、バレンタインにいくらのチョコを渡す?」等という年相応な会話も飛び交っている。反面、男子生徒からは、「イケメンぶってる」「根暗」と陰口をたたかれている。


(この学校で再び騒ぎを起こすのは目立ちすぎる・・・まだ危険か)



-数ヶ月前の回想-


 京都府大江山でのガルダの奇襲を受けたあと、一番最初に文架市に辿り着いたのは、鬼の副首領・茨城童子だった。

 文架市は、妖気溜まりが出来やすく、且つ、龍脈が整っており、傷付いた体を癒すには丁度良い土地だ。しかしそれゆえに、妖怪対策を専門とする退治屋が常駐をしており、目立った活動はやりにくい。

 一刻も早く傷を癒し、『御館様』復活の儀式を再開したい彼は、目立たないように傷を癒す一計を案じていた。


「意図的に小者妖怪を呼び寄せ、退治屋の視点をそちらに向けさせる。

 元々、妖気溜まりの出来やすい此の地(文架市)ならば、

 1~2度、妖怪を発生させてやれば、

 今度はその邪気に引かれて、別の妖怪が自然発生をしやすくなる。

 退治屋が、小者達と争っている間に、奴等の目を潜り抜け、

 且つ、俺が行う被害の原因を小者妖怪達に押し付け、体力を回復させる。」


 若く純粋で、膨大な生命力ほど、美味く、傷の治癒にも効果がある。それらの条件を程よくクリアするのは、十代中半から二十歳くらいの精気溢れる生命力だ。茨城童子が狙う対象は、必然的に、都合の良い生命力が集まる中学校~大学となった。


 彼は、目に付いた高校に潜入をして、校舎3階の通路床に掌を押し当て、妖怪を呼び寄せる呪印を施した。その呪印が、どんな念に反応して、どのような妖怪を育てるか?結果的に、そこに施された呪印が、迷い猫の小さな念に反応をして、蜘蛛の妖怪が出現をする事など、彼には一切興味が無い。とにかく、自分達の身を隠す程度の妖怪騒ぎが起こり、小妖が、本体に捧げる為に運んでいる餌のうちから幾つかを奪い取って、自身の糧にすれば、それで目的は達成されるのだ。


 たまたま優麗高に忘れ物を取りに来た古文担当の中年教師が、不運にも校庭から青鬼の姿を見てしまい、その生命を肉体ごと、青鬼にもぎ取られてしまう事など、彼からすれば、些末な事でしかなかった。ただ、自分がやったという証拠を残さなければ、あとは、数日後に、この学校で起きる妖怪騒ぎの一端として片付けられるだろうから、何の問題も無かった。


 妖怪の中でも、上位種族に位置する鬼は、念などの依り代も、憑依物も必要とせず、人間に化けて、社会生活に身を隠す事が出来る。

 古い時代から生きている茨城童子にとって、‘古文’は日常に近い文字である。彼は、怪しまれずに『活きの良い餌場』に紛れ込む手段として、洗脳や情報操作によって、今しがた奪い取った生命の‘後任’を選択したのだった。


 退治屋(妖幻ファイターザムシード)による絡新婦の成敗など、茨城童子からすれば、想定の範囲内だった。予定通り、絡新婦の邪気に呼ばれ、今度は、茨城童子が関与せずとも、別の妖怪(鎌鼬や鵺)が自然発生をした。


 その後、茨城童子は、退治屋の様子見と、生命力の補充をかねて、大学の女子寮に妖怪を呼び寄せ、絡新婦と同様に成敗をされた。


 退治屋に所在を突き止められない為、日常的には、妖気を完全に絶ち、一般人に成りすましている。慎重に慎重を重ね、退治屋の行動を、遠くから眺めているだけ。

 だから、どのような戦いが行わたのか、その詳細は解らない。ただ、初動の遅さから「退治屋は未熟である事」、そしてそのワリには、人間の被害が少ない事から「未熟を補う適確な能力がある」事だけは把握をしていた。


 茨城童子が、賢しくも慎重であるがゆえに、紅葉の異常な才能について、「未熟を補う適確な能力がある」程度にしか認識をしていないのは、現時点では燕真達にとって幸運だったのかもしれない。



-回想終わり-


(妖怪を仕掛けるなら、絡新婦の記憶が新しい此処ではなく、

 次は別の学校にするべきだな)


 伊原木は、一瞬だけ、紅く染まった鋭くて冷たい目付きをしたあと、‘日常’の表情を作り直し、何人かの生徒達と挨拶を交わしながら、正門を通り、校庭を通過して職員玄関へと向かう。


 直後に、紅葉&亜美と、登校中に合流した太刀花美希&藤林優花が正門に入ってきた。


「あっ!あの背中、伊原木先生だよね!今日は、3年で古文があるんだね!」


 4人の中で最もミーハーでマセている美希が、伊原木の後ろ姿に反応をした。国語の授業に「古文」はあるが、古文単独のカリキュラムは3年生の選択科目にならなければ存在しない為、残念ながら、2年生達が伊原木先生と接点を持つ機会は無い。それゆえか、2学年の女生徒の中には「古文には興味が無いが、3年生になったら、古文を選択する」と心に決めている者も、少なからず存在をする。美希も、そんな女生徒の1人だった。


「ん?あぁ、ホントだ、電信柱センセーだ。」

「・・・電信柱?伊原木先生の事?」

「ぅん、伊原木!ァィッって電信柱みたぃだょねぇ?」

「相変わらず、変なあだ名を付けるね。」

「背が高いって意味?」

「ぅん、背か高くて、灰色で、ちょっと冷たいって感じ。」

「背が高いと、ちょっとクールってのは解るけど、灰色は無いでしょ。」


 ちなみに、亜美は「桜アンパン」、美希は「自転車の籠」、優花は「法定速度40キロの標識」と名付けられており、紅葉の独特のセンスには、もう慣れている。


「紅葉は、伊原木先生のこと、格好良いと思わないの?」

「ぅん、ぁんまり。

 ァィッ、根暗そぅで気持ち悪ぃし、どっちかと言ぇばニガテかな。

 クールぶってるみたぃだけど、

 幼稚園の女の子とか、ゴツイおっさんに興味持ってそう。」

「ロリコンでホモ?紅葉ちゃん、想像力が独特すぎ・・・。

 伊原木先生をそんなふうに見てるの、多分、全国で紅葉ちゃんだけだよ。」

「伊原木先生の格好良さが解らないなんて、紅葉は、お子ちゃまだなぁ~。」


 やや前傾姿勢でイケメン先生の話題を振ってくる美希に対して、紅葉は「あまり興味が無さそう」に対応をする。このくらいの年代は、独自の恋愛よりも「周囲が格好良いと言っているから格好良いと思う」的な集団心理で、好意の対象が移る時期であり、亜美や優花も、美希ほどではないが、友達からの評価が高いイケメン先生の事は、一定の評価をしていた。


「佐波木さんとどっちが格好良い?」

「そりゃ~もちろん燕・・・・ち、違ぅ違ぅ!燕真ゎそんなんぢゃなぃもん!」

「あれあれ~?誰が好きか?じゃなくて、

 どっちが格好良いか?って聞いただけなのに、なんでそんなに慌てるかな~~?」


 茶化されて顔を真っ赤にする紅葉、その慌てた表情を見て、亜美&美希&優花が笑う。3人からすれば、今まで、男子に全く興味を示さず、誰に告白をされても即答で断っていた紅葉が、数ヶ月前から特定の男性に纏わり付いている状況は、興味深い出来事だった。




-土曜日・YOUKAIミュージアム-


 その日は、開店前にも関わらず、天野老人が訪ねていた。紅葉の前で、持っていた封筒から数枚の写真を取り出して、カウンターに並べる。


「なんや、オマン?どういうつもりや?」

「紅葉ちゃんに見せてやりたくてな」

「ァタシに?うわっ!超可愛い~~~!」

「おいおい、ワザワザその為に、鬼が退治屋のアジトに来たのかよ?

 てか、それ可愛いか?

 ・・・前々から思っていたんだが、オマエの美的感覚、おかしくないか?」

「てっきり、文架市を離れると言いに来たんかと思ったで。」


 粉木は、再三にわたり「退治屋に見付からない為に家で温和しくしていろ」と忠告をしてきたが、天野老人は聞こうとしない。それどころか先日は、妖怪退治に加担をした。文架市を護りたいという天野の意思や愛着は、粉木には嬉しかったが、その行動の1つ1つが、危険への階段を上がっているようで、気が気ではない。


「なぁ、粉木?」

「なんや?」

「もし、ハーゲンの恋人が生きていたら、

 わしらと人間の関係は、どうなっていたかのう?

 わしらと人間が共存する世界は来ていたかのう?」

「その話は禁句や。可能性がゼロの話をしても意味が無い。

 そない話をするつもりなら、帰ってくれ。」

「すまん、すまん。チョット考えてしまってな。」


 燕真は、黙って粉木と天野の話を聞いていた。20年くらい前に、妖幻ファイターハーゲンという退治屋が文架市を守っていたことは知っている。だが、データベースを調べても、大半の記録が抹消されており、どんな変身者で、どんな功績を残したのかは、全く解らない。だから、天野が口にした「ハーゲン」には興味があるが、同時に口を挟んではならないような気もする。こんな時には、いつも、空気を読まない小娘が口を挟んでくるのだが、今は、妖怪ミラートータス(甲羅が鏡の亀)の写真を興味深そうに愛でていて、粉木達の話には加わっていない。


「なぁ、紅葉・・・もう一度聞きたいんだけど、

 亀の剥製に鏡を張り付けただけのそれ、何処が可愛いんだ?

 俺には、亀が気の毒で仕方がない。


プルルルルルッ!プルルルルルッ!


 喫茶店(退治屋アジト)備え付けの電話がコール音を鳴らす。妖怪発生時は警報音だし、個人に用がある場合は個人のスマホが鳴る為、店の電話が鳴る事は珍しい。いつもなら、月末の請求書の時期くらいしか鳴らない電話なのだが、今は請求書の時期でもない。


「・・・なんや?」


 粉木は、首を傾げながら受話器を取り、発信相手の声を聞いた途端に、眼を見開いて天野を見た。


「はい、YOUKAIミュージアム

 ・・・・・珍しいのう、どうしたんや?

 ・・・・・スマンけど、今から一時出掛けるさかい、午後からにしてくれんか?」


 受話器を置いて大きな溜息をつく粉木。燕真と天野を交互に見つめる。


「燕真・・・今から、天野はんを自宅に送るさかい、店番頼むで。」

「・・・ん?今の電話?」

「わしを送る?いきなり、どうしたんじゃ?」

「電話の相手は狗塚や。狗塚が来よる言うさかい、午後からにしてもろた。

 オマン(天野)と会わせるわけにはいかんからの。」

「鬼退治の家系とは会いたくないのう。」

「なるほどな、鉢合わせしたら、ややこしい事に成りそうだな。」

「天野のじぃちゃんちに行くの?なら、ァタシも行きたぃ!!」

「生のミラートータス(の剥製)見たいのか?」

「ぅん!見たぃ見たぃ!!」

「紅葉・・・

 手が滑って破壊するくらいなら良いが、間違えても貰ってくるなよ!!」


 今の時刻を考えれば、市内の外れに天野を送って、ついでに妖怪ミラートータス(の剥製)を見て来ても、狗塚が来る時間までには充分に戻ってこられるだろう。

 粉木は、天野とオマケの紅葉を連れ、自家用車に乗って、天野宅のある羽里野山の麓を目指すのであった。



-二十数分経過-


 車窓の風景が市街地から郊外に変わったあたりで、それまで助手席で「あの場所ゎ行った事ある!」だの「そこは今度行ってみたい」などと休む事を知らずに無駄に喋り続けていた紅葉が、突然、声色を変えた。


「車、止めてっ!」

「何事やっ!?」


 慌てて車を路肩に寄せて、ブレーキを踏む粉木。


「チョット待っててねっ!」


 紅葉は、シートベルトを外して車外に飛び出し、靴が汚れる事などお構い無しに道路脇の畑に入り、しゃがんで、片手で地面を触れる。

 一連の行動に一切の説明が無いので、粉木は、紅葉が何をしたいのか理解できないまま、後部座席の天野と共に、車内で紅葉の行動を眺めている。


「なんや、お嬢?畑に成ってるもんでも、もいで来るつもりかの?」

「ほぉ~・・・流石の粉木にも解らんか?」

「オマンには解るんか?」

「まぁな・・・わしは鬼じゃからな。」


 しばらく地面を触っていた紅葉が、何度も手首を振りながら戻ってくる。


「こりゃダメだぁ!」

「なんや?食えそうなもん無かったんかいな?」

「違ぅ違ぅ!ァタシ、野菜なんて盗らなぃよぉ!そんなにビンボーぢゃなぃもん!

 じぃちゃん、お祓いセット持ってる?」

「・・・お祓い?」

「ぅん!地面の中に隠されてるから解りにくぃんだけど、

 ぁそこに、変な妖気の塊みたぃなのがあるの!

 車から見た時ゎ、変な黒ぃ湯気みたぃに見ぇて、

 もしかしたらって思ったら、やっぱりそぅだったょ!

 でもちょっと、手ぢゃ取れそぅになぃんだょねぇ!」

「天野はんにも見えとったんかい?」

「あぁ、見えてる。尤も、近寄りたくはないがな。

 わしのような小鬼が、あんな危ないもんに触れたら、

 精神を丸ごと闇に食われてしまう。」


 言葉足らずな紅葉の説明だけでは、今ひとつ解りにくいところがあるが、天野の解説込みで直訳すると「妖気の塊が有ったから祓え」と言っているらしい。粉木はトランクルームを開けて祓い棒と護符を取り出し、紅葉に連れられて畑に入り、指定の場所に護符を置いてみた。


ボシュゥン!

 途端に、地面から闇の呪印が浮かび上がり、護符と共に弾けて消える。紅葉は満足そうに微笑んでいるが、粉木は驚きの表情を隠せない。生唾を飲み、眼を大きく見開いたまま、目の前の紅葉と、車内の大守を交互に見つめる。


「・・・なぁ、お嬢」

「ん!?」


 退治屋として修練を重ねた粉木には見えなかった妖気の位置を、紅葉と天野は把握をしていた。鬼族の天野が‘見付けた’事は理解の範疇としても、紅葉の能力はあきらかに異常だ。索敵、子妖祓い、銀塊への念封、どれを見ても、才能という言葉で片付けるには、人間としての能力を逸脱しているのだ。

 今まで粉木は、氷柱女や天邪鬼など、本部には報告せず、独断で見逃し、問題を起こさないように監視を続けてきた。同様に、紅葉の事も、自分の監視下に置き、本部に報告する気は無かった。本部には「少しばかり霊感の強い娘がサポートをしている」としか伝えていない。

 しかし、本当にそれで良いのか?今後も独断で処理を出来るのか?漠然とした不安が、粉木の脳裏を過ぎる。


「人には見えんもんが見えとる事・・・

 今みたいな、隠された‘呪印’が見える事・・・

 あまり、口には出さん方がえぇで!」

「なんで?」

「そない事ばかり言うておると、周りから、変な眼で見られるからや。」

「ん~~~・・・?

 粉木のじぃちゃんだって、人には見えないのが見えるんでしょ?」

「あぁ・・・せやけど、お嬢ほどやない。

 えぇか?見えんもんが見えると言うんは、ワシと燕真の前だけにしときや。」

「良くワカンナイけど解った。」

「約束やで。」

「ぅん。」


 現状をどう解釈すれば良いかの判断を決めかねている粉木は、それがその場しのぎと理解しながらも、とりあえず「他人には知られないようにする」事で、様子を見ようと考えていた。一方の紅葉は、粉木のアドバイスを完全に理解したわけでは無かったが、真剣な粉木の表情を見て、要求を呑もうと考えていた。


「行くねん、お嬢。」

「ぅんっ!」


 一連の作業を終え、再び天野宅を目指して、粉木が運転する車が、ウィンカーを点滅させて路肩を離れる。


「文架の退治屋か?」


 その数秒後、たった今、闇の呪印を祓った場所に、つい先程まで無かったはずの陰が立つ。体格の良い長髪の男・伊原木である。2学年の紅葉とは接点が無く、今まで此処にいた少女が、伊原木が非常勤講師を務めている優麗高の生徒とは気付いていない。

 ジッと足元を見て、妖気溜まりを作って妖怪を呼び寄せる為に、仕掛けておいた鬼の印が消えている事を確認する。


「直ぐには気付かれぬように隠しておいたのだがな」


 たまたま近くにいた為に、仕掛けておいた鬼の印に、何者かが触れるのを敏感に感じ取り、この場所に赴いた。呪印祓いの様子は、退治屋に気付かれないくらい遠くから眺めていた。


「3人いた・・・車の外に出た男と小娘・・・車の中に1人・・・」


 伊原木は、車の後部座席から出なかった男(天野)の雰囲気には、何となく覚えがあった。過去(数十年前)に、鬼族と退治屋の全面戦争時に、鬼の姿をしたその男を見た記憶がある。


「奴(天野)が・・・鬼の印を探し当てたのだな。」


 遠ざかっていく車を見詰める伊原木の眼が、赤く冷たく輝く。




-羽里野山の麓・天野宅-


 片道で45~60分程度の行程だが、紅葉が、「あそこの木の根元!」とか「あの橋の下!」などと、たびたび停車を要求して、計3箇所の闇祓いをした為、目的地にへの到着は、予定より30分ほど遅れてしまった。

 妖気の塊が、これ程に点在をしているのは初めての経験だ。理由は、鬼専門の退治屋・狗塚が文架市に来た為、鬼の幹部が、目眩ましのつもりで、無差別に鬼の印をバラ巻いているからなのだが、この時の粉木は、まだその事実には気付いていない。


「上がって、茶でも飲んでいくかね?生のミラートータスも見たいじゃろ?」

「いや、時間が掛かりすぎたさかい、寄らんで・・・」

「ぅん!見せて見せて!!」


 紅葉は、粉木に確認を取る気など一切無しで、大守に言われるまま家の中に上がり込んでいった。粉木は、溜息をついて、今の時刻を確認してから、紅葉に続いて玄関に上がり、茶の間に入って腰を下ろす。


「粉木は茶で良いか?」

「あぁ!なんでもええで!」

「紅葉ちゃんは?」


 廊下に飾られた生ミラートータスを眺めている紅葉に声を掛けると、紅葉は大声で返した。


「ジュース!あ、でも炭酸ゎ今ゎ気分ぢゃなぃなぁ~!」

「安心せい、お嬢!この屋敷に、そない気の利いたもんあらへん!」


 あまりノンビリしている時間は無いが、粉木には、もう一度、大守に忠告しておきたい事があったから、この時間は無駄ではないと考えていた。


「なぁ、天野はん?

 道中の妙な妖気の塊、今までも、あないもんが、量山あったんかいな?」

「いや・・・増えたのは、ここ最近じゃな。」

「いつ頃からや?」

「羽里野山の鬼退治以降じゃな。」

「星熊童子が施したちゅうことか?」

「いや、星熊が倒れて以降も、呪印は増えている。」

「他にも、鬼が文架市に入り込んどるっちゅうことか?」

「・・・そうなるのう。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2


 しばらく無言になり、眼を合わせる粉木と天野。


「皆まで言わんでも、粉木が言いたい事は解ってる。」

「・・・・・あぁ!」

「潮時かな?」

「そういうこっちゃ!特に、鬼族のオマンはな!」

「紅葉ちゃんを嫁にくれるなら、意見に従って、文架を離れるが・・・どうじゃ?」

「アホンダラ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2


「名残惜しいが・・・明日にでも、離れる事にする。」

「あぁ・・・早い方がえぇで!」

「此処(文架市)が以前のように落ち着いたら戻って来るから、

 此処(家)はこのままにしていてくれ。」

「あぁ・・・そうする!」


 話が纏まったところで、天野が廊下に顔を出して、妖怪ミラートータス(甲羅に鏡を張り付けただけの亀)の剥製を見入っている紅葉を手招きする。


「そんなに気に入ったんなら、要るかね?」

「ぇ!?くれるの!?欲しぃ欲しぃ!!」

「おいおい、そない悪趣味なもん、お嬢の部屋に飾る気かいな?

 お嬢の部屋がどないもんかは知らんけど、

 そんなもん飾ったら、雰囲気ぶち壊しになるで!」

「ァタシの部屋ゎ飾る場所無ぃから、喫茶店か博物館に飾るつもりっ!」

「ワシんとこに置いてくんかい!?勘弁してや!!」

「だったら、粉木じぃちゃんの寝てる部屋に!!」

「尚更あかんわい!!」

「え~~~~~~~~~・・・粉木じぃちゃんのケチ~~~!!!」


 粉木の抵抗により、紅葉は妖怪ミラートータスをゲットできず、手ぶらのまま、天野宅を後にするのだった。




-その頃・YOUKAIミュージアム-


 ただいまの時刻、午前11時30分。カウンターの上にコーヒーが置かれ、カウンター内に燕真が立ち、カウンター席にメガネを掛けたインテリ系イケメン=狗塚雅仁が座っている。粉木とは午後から面会をする予定のはずだが、気が早いのか、11時には来店をした。

 店内が混んでいれば、雅仁1人に構う必要は無いのだが、こんな日に限って、他に客は居ない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 粉木から「深入りするな」と忠告を受けているので、何を話したら良いのか解らない。雅仁は、燕真に興味が無いのかは不明だが、何も話し掛けてこない。死ぬほど間が保たない。いきなり「昨日のドラマ見たか?」とか「どんなアイドルが好きなんだ?俺は、アイドルじゃないけど、清原果緒里ちゃんのファンだ!」なんて話題は、どう考えても不自然だろう。

 粉木だけでなく、紅葉まで手放したのは失敗だった。こんな時こそ、空気を全く読まず、相手の都合など一切お構い無しに、無駄に話を弾ませるバカが居てくれると、かなり助かるのだが・・・。


(あ~・・・早く帰って来ね~かな~~~。)


 燕真は、度々、掛け時計の秒針や、携帯電話の時計を見る事くらいしか、暇を潰す手段が無かった。




-12時30分-


 ようやく、粉木と紅葉が帰ってきた。店に入ると同時に、紅葉が燕真の元に駆け寄ってきて、凄まじく無駄なマシンガントークを開始する。


「ねぇ、燕真!ミラー亀ちゃん、欲しいんだけど、じいちゃんだダメって言うの!」

「えっ?もらうつもりなのか?」

「うん、もらうつもり!

 でも、ァタシのおうち、置く場所無いし、

 持って帰ったらママに怒られそうだから、

 喫茶店か、博物館か、じいちゃんの部屋に飾ろうと思うんだけど、

 どこがイイと思う?」

「ジジイの押し付けるつもりか?そりゃ、ダメって言うだろう。」

「なら、飾る場所ゎ、燕真の部屋でもイイよ。」

「嫌だ!」

「飾ってくれたら、毎日、見に行ってあげるよ。」

「尚更、嫌だ!」

「アミやミキやユーカにも見せてあげたいのっ!」

「俺の部屋を、オマエと友達の溜まり場にする気か!?」


 一方、紅葉から少し遅れて入ってきた粉木を見るなり、狗塚雅仁は、立ち上がって一礼をする。


「ご無沙汰しています。星熊童子の情報、ありがとうございました。」

「鬼は、オマンの専門やからな。連絡を入れんわけにはいかんやろ。」

「早速ですが、粉木さんに、頼みたい事がありまして・・・」

「それは・・・言うまでもなく、同業者として・・・ちゅうこっちゃのう?」


 雅仁は、粉木の問いに対して、首を縦に振る。粉木は、「茶店で話す内容でもあるまい」と、今度は紅葉に店番を任せて、燕真と雅仁を伴って、店の奥(事務室)に入っていった。

 向かい合わせのソファーの奥に粉木が腰を下ろし、隣のソファーに燕真が座り、向かいの席に雅仁が腰を掛ける。


「オマン等、初対面やないんやろけど・・・自己紹介くらいせいや。」

「狗塚です。」

「佐波木です。」


 互いに簡潔すぎる自己紹介しかしないので、粉木は呆れてしまう。雅仁は、元々、無駄口が苦手。燕真は、もう少し愛想が良いはずなのだが、「狗塚とは関わるな」が効いて、意識しすぎているようだ。


「もう解ってるやろうけど、コイツ(燕真)はワシんとこの若いもんや!

 文架の妖幻ファイターの任は、コイツに任しとる。」

「もう1人の女の子は?」

「あれは、簡単な雑用をしとるだけ・・・退治屋やあれへん。

 部外者みたいなもんや。」

「かなり高い才能が有るように見受けられましたからね。

 てっきり彼女が、アナタの愛弟子かと思っていました。」


 実際に、霊能者としての実力は紅葉の方が上(・・・つ~か、燕真は才能ゼロ)だし、雅仁は見たままのことを言っただけなのも解るが、燕真は少しだけイラッとしてしまう。一方の雅仁は、燕真に興味があるのか、全く無いのかは解らないが、燕真の仏頂面には目もくれず、淡々と話を進める。


「粉木さん、早速、本題なのですが・・・。」

「わかっちょる。情報の共有やろ?」

「話が早くて助かります。」


 粉木や燕真が所属をしている退治屋と、先祖代々の宿命を背負う狗塚家は、技術の共有はしているが、理念や目的は全く別の物である。

 退治屋は、政府の非公式組織で、本部から派遣をされ、担当地域の安全を守り、給料を貰って生活をしている。

 狗塚家は、古から続く大王(おおきみ)直轄の家系で、一箇所に土着はせず、全国各地を飛び回って政権を脅かす物と戦い、政権の守り手を担っている。そして、政権を脅かす代表例が、妖怪でありながら人間と同じ知能を持つ「鬼」であり、いつの間にか狗塚は、「鬼退治の一族」と呼ばれるようになっていた。

 早い話、退治屋は非公式の地方公務員(またはサラリーマン)で、狗塚家は政権の守護者。形式的には、退治屋のトップより、狗塚の方が格上なのだ。


「戦闘協力や、アイテム支援は必要か?」

「出来るだけご迷惑は掛けないようにしますが、場合によってはお願いします。」

「了解や!」


 退治屋と狗塚家の活動地域が重なる場合、無意味な諍いや、混乱や、意地の張り合いを避ける為、地域の退治屋は狗塚家の活動に協力(その際の経費は政権に請求)し、情報を提供するように協定が締結されている。なお、情報提供と言っても、何かある度にいちいち報告をするわけではなく、狗塚からの情報開示が有れば答えたり、地域の妖怪センサーを狗塚の通信機とリンクさせて妖気の発生を共有する程度である。


「狗塚が名門なんて、何年も昔のこと・・・。

 今では、スッカリと、枯れかけた家系ですよ。」

「そう言うなや。

 ワシ等退治屋と比べて、狗塚の才能が突出しとるんは、今も同じや。」


 名門と呼ばれる自分が解らなかった「鬼の居場所」を、ただの雑用係(紅葉)が、適確に見抜いたのだ。認めたくはないが、現実から目を背けるほど無能ではない。

 ‘羽里野山の鬼退治’に参加をした娘の才能に一目を置き、てっきり彼女も退治屋に所属をしていると思っていた。彼女の手助けがあれば、鬼討伐は早く済みそうだと考えていた。それゆえ、表情には出さないが、期待をしてしまった分、内心では少しだけ残念に感じる。


「あまり、肩肘を張らず、気にせずにワシ等を頼りや!」

「そう言っていただけると助かります。」


 粉木への協力要請を終えた雅仁は、特にそれ以上の世間話をするわけでもなく、妖怪センサーと通信機のリンクを済ませて、早々にYOUKAIミュージアムから立ち去っていくのであった。


「なんだ、アイツ・・・無愛想な奴だ。」


 会話に参加をしておきながら、ほぼ会話に参加を出来なかった燕真は、雅仁から相手にされていないような気分で、少しばかり不満だ。窓越しに、専用バイクに跨がって出て行く雅仁を眺めながら、ポツリと呟くと、粉木が背後から、燕真の肩を軽く叩く。


「まぁ、そう言うなや・・・

 狗塚は、ワシ等のような、気楽な勤め人の退治屋とはちゃう。

 アイツはアイツで、結構大変なんやからな。」

「・・・住む世界が違うってか?」


 納得が出来たわけではないが、「根本が別物の狗塚とは、長い付き合いには成らないだろう」と考え、狗塚雅仁については、あまり深く考えないことにした。




-翌日・羽里野山の麓-


 天野宅から徒歩で5分ほど離れたバス停のベンチに、大きな鞄を担いだ天野老人が座っていた。文架市から離れる為に、駅に向かうバスを待っている。文架市を捨てる気は無いが、このままでは、やがて、鬼と退治屋の抗争に巻き込まれる。人として生き続けたい天野にとって、それは、回避したい選択だった。


「おっ!来たか。」


 道路の向こう側、定刻通りに「文架駅行き」のバスがやってくる。ベンチから立ち上がって、乗車準備をしようとして動きを止める天野。その胸中に、「旧友が身を案じてくれるのはありがたいが、果たして、自分だけが逃げて良いのか?」「雲隠れする前に、やるべき事があるのではないか?」と言う不安が過ぎる。


「粉木や、弟子の若僧は・・・ちゃんと気付いているのだろうか?

 わしなんぞよりも、もっと危ない立場にあることを。」


 天野老人は、再びベンチに腰掛け、乗車予定だったバスをやり過ごす。利用者の少ない僻地なので、バスが来るのは1時間に1本程度だが、終バスまでは、まだ数本の余裕がある。今日中にこの地を離れるとしても、その前に、旧友に伝えるべき事がある。

 大型ショッピングモールでの紅葉との出会いは、偶然ではなく運命。自分と紅葉は間違いなく引き合ったのだ。


「粉木に、紅葉ちゃんの価値と危険性の根拠を説明せねばならん。

 場合によっては、あの娘をかっさらう覚悟をせねばならん。」


 天野が住んでいるのは文架市の西側の外れで、粉木宅があるのは東側。駅行きのバスは、YOUKAIミュージアムやリバーサイド鎮守は通過しない。天野老人は、立ち上がってバス停に表示してある時刻表を眺め、一番早く此処に来る川東行きのバスを探す。


「おぉ・・・15分後か。」


 その背後に、人影が立った。天野は、即座に冷たい気配を感じる。


「この地の退治屋の動きに、妙な違和感が見え隠れしていたが・・・オマエだな。」


 背後から、威圧感のある低い声が聞こえる。大守老人が振り返ると、その場所には、いつの間にか、長髪の男=優麗高の非常勤講師・伊原木が立っていた。


「なんじゃ、あんたは?」

「誇り高き鬼が、退治屋如きと連むとは・・・流石に考えていなかった。」

「なんの事じゃ?」

「この地の退治屋は、まだ未熟としか思えない。

 遠目に観察しても、度々、妖怪を討ち漏らしている事くらいは解る。

 だが、そのワリには、被害は極めて少ない。

 未熟を補う適確な能力がサポートをしている。」

「・・・的確な・・・才能?」


 数歩後退る天野。目の前に居る人物が、同族の上級幹部である事は、感覚的に理解をした。伊原木の眼は赤く染まり、額には2本の大きな角が突き出している。


「あんたは・・・茨城童子!!」


 天野は、鬼の上級幹部の判断が間違えている事を知っていた。天野が退治屋に手を貸したのは、大型ショッピングモールで二口女を倒した1回だけ。彼が言う「未熟な退治屋を補う適確な能力者」は自分ではない。

 しかし、天野には「適確な能力者」の心当たりがあった。つい先日、初対面で、一言も交わさず、天野の正体に気付いてしまった者がいる。・・・その少女の眩しい笑顔が脳裏を過ぎる!


「い・・・いかん。」


 鬼の上級幹部を倒さなければ、やがては、本物の「適確な能力者」に気付いてしまう。そう思った瞬間、天野は、自身を天邪鬼の姿に変化させ、鬼の上級幹部に飛び掛かっていた!


ドォン!!


 力の差は歴然だった。次の瞬間には、鬼の上級幹部の掌底が、天野の腹に叩き込まれていた。担いでいた荷物が地面に落ち、詰め込まれていた中身が散乱をする。腹に当てられた掌からは、禍々しい闇が発せられ、天野の全身に溶け込んでいく。


「小鬼とは言え、人間如きに尾を振るとは何事だ!?鬼の誇りを取り戻せ!」

「あぁぁぁ・・・うぁぁぁぁっっっっ・・・」

「我らは、誇り高き鬼の種族だ!!人間との共存など、俺が許さん!!」

「うぁぁぁぁっっっっ・・・ああああああああっっっっ!!!」

「狗塚の小僧が我らを嗅ぎ廻って、些か目障りなんでな!

 オマエに倒せるとは思わんが、我らの目眩まし程度にはなるだろう!」

「はぁぁぅぅぅぅっっっ!!!うぁぁぁっっっ!!!!」


 腹を押さえ、その場に跪く天野。その体は、次第に闇色に染まっていく。それを見た鬼の上級幹部は、満足そうな笑みを浮かべながら、その場から姿を消すのであった。




-YOUKAIミュージアム-


ピーピーピー!!!

 事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!粉木が、センサーからコンピューターに送られてきた情報を確認して、燕真に指示を出した!


「出現場所は、羽里野山の麓!!・・・この妖気反応は!!」


 そこまで口にした粉木は、言葉を詰まらせる。その妖気は、コンピューターのデータ照合より、1つの検索結果を出していた。過去にも出現し、データとして残されていたそれは天邪鬼!粉木は、天邪鬼が何者なのかを知っていた。


「なんちゅうこっちゃ!」


 正体がなんであれ、人間社会に害を為す妖怪であれば、全てが討伐対象である。粉木は、それがどんなに辛い選択でも、退治屋にとって一番大切なルールを破る気は一切無い。

 しかし、燕真に倒すべき妖怪の正体を告げれば、燕真は情に流されて倒せなくなる可能性が高い。粉木は、事実を伝えるべきか、「ただの妖怪を倒せ」と事実を伏せるべきか、その判断に迷ってしまう。


「・・・・えぇか、燕真、良く聞きや!暴れとるんは、天邪鬼や!

 直ぐに現場に行って、退治をしてこい!!」

「・・・・・・え?天邪鬼って、まさか!?」

「天野のぉじぃちゃん?」


 事実を伏せて退治をさせるべきではない。誤魔化してしまったら、若い退治屋を成長させてやれない。退治屋ならば出来て当たり前、出来なければ退治屋失格として、離職をさせるだけ。佐波木燕真が身を置いている世界は、そう言う世界である。

 行動が迂闊すぎる紅葉に対しても、この活動が遊びではない事を自覚させるには、ありのままに説明すべきと考えた。


「話はあとや!ワシも後から行くさかい、サッサと行け!!」

「・・・う、うん」


 燕真も紅葉も、粉木に打ち明けられた事実を納得をしたわけではなかった。しかし、悩んでいる時ではない。粉木に文句を言っても意味が無い。自分の眼で確かめて、その先の事はそれから考える。2人は、ホンダVFR1200Fに飛び乗り、現場に急行をするのだった。


「誤報であってくれ!」


 愛車を駆る燕真の脳裏に、数ヶ月前の苦い思い出が甦る。圧倒的な攻撃力を誇るヌエに対して、手も足も出ず、解り合いかけていた依り代の霊体を切るしかなかった。  もう2度と、そんな思いはしたくなかった。しかし、また、同じ事に成るのか?今度は粉木老人の友人を切らなければならないのか?討伐をせず、円満に解決する方法はあるのか?燕真は、決して答えの出ない自問自答を繰り返していた。




-羽里野山の麓-


 燕真達が到着をすると、路線バスが転倒して炎を上げながら道路を塞いでおり、数台の乗用車が足止めをされていた。逃げ惑う一般人達に紛れて、正気を失った数人が暴れ回っている。


「燕真!ぁの人達、子妖に憑かれてる!」

「オマエは、ここにいろ!」

「ぅんっ!」


 燕真は、バイクを止めて駆け出し、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」


 燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!

 妖怪センサーを介して正気を失った人々を見ると、一様に、頭の天辺に小さな角が生えている。蓄積済みのデータは、彼等を鬼族の子妖=餓鬼と照合した。

センサーは引き続き周囲に充満する妖気を追い続け、バスから上がる炎の中に、妖怪の本体=天邪鬼を発見する!一方の天邪鬼も、ザムシードの存在に気付き、炎を掻き分けて近付いてくる!


「天野のジジイ・・・そんなところで、何をやってんだよ!!」

「ガォォォォォォッッ!!やっちまえ!!」


 天邪鬼の命令を受けた餓鬼達が、一斉にザムシード目掛けて突進!すかさず、裁笏を装備して、擦れ違いざまに餓鬼達に打ち込むザムシード!子妖を祓われた人々は、穏やかな表情を取り戻して、次々とその場に倒れる!


「ガォォォォォォッッ!!」


 ザムシードが、襲い来る餓鬼全てを打ち払った直後、天邪鬼が怪力で乗用車を持ち上げ、ザムシード目掛けて放り投げる!


「チィィ!!」


 回避は容易だが、回避をすれば、祓われて足元に倒れている一般人が、自動車に潰されてしまう!1~2人ならともかく、複数人を安全圏に救出する時間も無い!ザムシードには、必然的に、凶器の軌道を変えるという選択肢しか残されていなかった!


「ハァァァッ!!」


 ザムシードは勢い良く跳び上がり、飛んでくる自動車に蹴りを叩き込み、人がいない場所目掛けて叩き落とす!その隙を突いて、ザムシードの頭上から襲い掛かる天邪鬼!しかし、ザムシードは、天邪鬼の行動を読んでいた!車を蹴り落とす際の反動を利用して、更に高く跳び上がり、天邪鬼に応戦!空中で互いに一撃ずつ拳を喰らい、体勢を崩しながら地面に着地をする!


「目を覚ませよ・・・ジイさん!」


 妖刀ホエマルを装備して、天邪鬼との間合いをはかるザムシード。未熟なりに戦闘を重ねてきたザムシードからすれば、天邪鬼は、それほど強敵とは思えない。恐らく、力業一辺倒の類だろう。本気で戦えば、容易に倒せるように感じられる。

 しかし・・・戦って良いのか?どうしてこんな事に成っているのか?天野老人に戻す方法は無いのか?そればかりを考える。


「・・・燕真」


 構えるばかりで、攻めに転じようとしないザムシードの迷いは、見守っている紅葉にもハッキリと伝わっていた。しかし、紅葉も、どうすれば良いのか解らない。天野老人に戻す方法は無いのか?ザムシードと同様に、そればかりを考える。

 天野老人は、自分が鬼である事を自覚しながら、人間社会で穏やかな生活を送っていた。鬼に乗っ取られたのではなく、今も昔も鬼のままだ。では、どうしてこんな事に成っているのか?原因は何なのか?なにが、天野老人を急変させたのか?


「!!!!」


 紅葉は、文架市のあちこちに沈んでいる邪気の塊の様な物(鬼の印)を思い出した。穏やかな鬼が、それに触れてしまったらどうなるのか?小さな猫の念が凶悪な絡新婦を育てたように、邪気の塊は、闇の力を増幅させる物ではないのか?現に天野は「触れたら精神ごと闇に食われる」と言っていた。


「燕真っ!!容赦なくやっつけちゃえ!!」

「・・・え!?」


 この閃きは、あくまでも、直感的な仮説であり、確証は一つも無い。だが、その仮説で辻褄が合うのも事実だ!

 封印メダルを使用せず、妖刀で何度も切って、邪気を祓い続ければ、やがては、穏やかな天野老人に戻るかもしれない。

 一撃で決着を付けられる封印メダル使用に比べ、決定打には成らない一撃を何度も叩き込むのは、かなり手間が掛かる。しかしそれでも、「倒さない」ようにして「倒す」しかないと、紅葉は考えたのだ。


「多分・・・封印さぇしなければ、大丈夫だから!」


 紅葉から、「戦っちゃダメ」と言われると思っていたザムシードには、意外すぎるアドバイスだった。


「・・・とりあえず、弱らせてから考えるってか!」


 ザムシードには、紅葉の思惑は解らない。しかし、何の打開策も無く、だからと言って眺めているわけにもいかない。「妖気を祓い続けて徹底的に弱らせる」なんて、極めて面倒臭い戦い方だし、結論の先送りとも取れるが、何も出来ないよりはマシである。


「そんなの名案でも何でもないけど、その案に乗った!!」


 迷いは吹っ切れた!妖刀を構え、天邪鬼に突進するザムシード!両腕を振り回しながらザムシードに飛び掛かる天邪鬼!ザムシードは、天邪鬼が太い腕から繰り出す大振りの一撃を横に回避!同時に脇腹目掛けて、妖刀を振り切り、返す刀で、背中への一撃を叩き込んだ!


「ガァゥゥゥゥゥッッッッ・・・ぅぅぅわぁぁっ!!」


 妖怪の咆吼に混ざって、人間の悲鳴が聞こえたような気がする!次の一撃を叩き込もうとしていたザムシードは、天野老人の声に戸惑い、追い打ちのタイミングが逸れてしまい、慌てて間合いを空ける!


「くそっ!やりにくい相手だ!」


 戸惑うザムシードとは対照的に、紅葉の目には、天邪鬼が切られた時の‘違和感’がハッキリと見えていた。

 脇腹への一撃が入った時、天邪鬼の腹の真ん中で、闇のような物が歪んだ。通常時には見えていないが、妖気祓いの武器が触れた瞬間にだけ、その光景が見えた。背中への一撃の時は、天邪鬼が切られただけで、特に不思議な感覚は無かった。


「燕真!!ぉ腹だよ!!ぉ腹だけを攻撃してっ!!」


 天邪鬼の腹に仕込まれた闇のようなものが、天野老人を支配しているのだ。


「え!?・・・・腹指定!?」


 天邪鬼とはある程度の戦力差が有るが、必殺の一撃(封印メダル)禁止の上に、攻撃は腹だけとは、凄まじいハンデである。戦ってる身にもなって欲しい。

 しかも、そんな大声で「腹だけ」などと言ったら、余程のバカでもない限り、‘腹’だけは狙われないように気を付けるだろう。


「アホッ!こっちの作戦を晒してどうすんだよ?」


 ザムシードは、右手で妖刀ホエマルを、左手で裁笏ヤマを構え、やや前傾姿勢で突進をする!振り下ろした妖刀を、天邪鬼は素手で払って受け流す!続けて、天邪鬼の腹目掛けて裁笏を振るう!しかし、天邪鬼は腹を引っ込めて回避!切っ先が僅かに掠っただけ!案の定、天邪鬼は、腹への攻撃を警戒している!


「もう1人、妖幻ファイターが居てくれれば、

 抑え付けてもらって、腹だけを叩くことができるんだがな。

 そんな都合の良い展開に成るわけないか。」


 天邪鬼の腹を無防備にするには、どう戦うべきか?構えながら思案をするザムシード。次の瞬間!


「鬼は・・・皆殺しだ!!」


ガォンガォンガォンガォンガォンッ!

 獣の咆吼のような銃声が鳴り響き、頭上から、天邪鬼目掛けて幾つもの光弾が降り注いだ!


「・・・なっ!!?」


 上空を見上げるザムシード!翼を展開し、ハンドガン=鳥銃・迦楼羅焔(カルラほむら)を構えた妖幻ファイターガルダの姿がある!


「狗塚!!」


 不意打ちの直撃を喰らった天邪鬼は、ダメージを負い、全身から煙を上げながら、グッタリと膝を落としている!

ガォンガォンガォンガォンガォンッ!!

 なおも響き渡る銃声!容赦のない光弾の雨が降り注ぎ、天邪鬼は苦しそうな咆吼を上げながら地に伏した!

 しばらくは呆然としながら状況を傍観していたサムシードだったが、我に返り、倒れた天邪鬼を庇うように立ち、ガルダを見上げる!


「もういい!やめてくれ!」

「・・・ん?」


 ガルダは、ザムシードの制止を聞き、首を傾げながらも構えていた銃を下ろし、広げていた翼を収納して、地面に着地をする。


「何故庇う?」

「コイツはそんなに悪い奴じゃないんだ!」

「どういう事だ?」

「コイツは、人間社会への共存を望んでいる!倒す必要は無いんだ!」

「これほどの被害を出しているのに共存だと?」

「確かに被害は出した!でもそれは、コイツの意思ではない!

 ・・・きっと、何かに操られて!

 でも、多分、コイツを支配している闇を祓えば元に戻る!!」

「きっと?・・・多分?・・・君の言っている事が理解できない。」


 今度は、天邪鬼に対して、至近距離からハンドガンを構えるガルダ!それを見た紅葉が、慌てて駆け寄ってきて、ガルダと天邪鬼の間に立つ!


「やめて!!

 ぉじぃちゃんゎ、ぉ腹に変な妖気を入れられてパニクってるだけなんだょ!!

 ぉ腹にぁるのを消してぁげれば、ぃっものぉじぃちゃんに戻るんだ!」

「・・・変な妖気?そうか、コイツ、茨城童子の‘鬼の印’を取り込んで?」

「そう言う事だ!!(鬼の印とか言われても解んね~けど)」

「そぅそぅ!だから、大丈夫!!」

「・・・コイツ、天野の爺さんて言うのか?」


 ガルダにとって、紅葉の説明は稚拙で言葉足らずながらも、状況を把握していないザムシードの説明よりは理解が出来た。先日の羽里野山の鬼退治で、紅葉は隠れている鬼の居場所を、退治屋の名門である自分よりも先に適確に見抜いた。その妖気感応力を考えれば、‘腹に変な妖気を入れられて操られている’と言う判断は、信用できるように思える。


「君達の理屈は解った・・・

 だが、それでも、コイツが鬼という事実に変わりはない!」

「・・・・・・・・ぇ?」

「・・・なに!?」


ガォンガォンガォンガォンガォンッ!!

 ガルダは、前に立つ紅葉を軽く押し抜けるようにして、銃を突き出し、倒れている天邪鬼を狙い打つ!

ガォンガォンガォンガォンガォンッ!!

 無数の光弾を一身に浴び、弱々しい悲鳴を上げながら体を震わせる天邪鬼!


「や、やめろっ!!」


 見かねたザムシードが、ガルダの腕を取り、天邪鬼から鳥銃・迦楼羅焔の照準を外す!睨み合うザムシードとガルダ!力尽くで照準を戻そうとするガルダと、力尽くでそれをさせないザムシード!天邪鬼は、その隙を見て立ち上がり、フラフラと逃走を開始する!


「邪魔をするな!!」

「操られてるだけ、ホントは共存を望んでるって解ったんだろう!?

 なのに何故!?」

「鬼の印を祓えば、共存を望んで温和しくなるかもしれないが、

 裏を返せば、再び、鬼の印を取り込めば忘我して暴れるということだろう!」

「そ、それはっ!」

「・・・君が邪魔をするつもりなら!」

「・・・え!?」


ガォンガォンガォンッ!!

 力尽くのせめぎ合いで、鳥銃・迦楼羅焔の銃口がザムシードに向いた瞬間、発せられた光弾が、ザムシードの胸部や腹部に炸裂!自分への攻撃を想定していなかったザムシードは、無防備に全弾を受けて吹っ飛ばされ、地面を転がる!


「所詮は鬼!鬼に・・・生かす価値は無い!!」


 ガルダと天邪鬼の間に障害物が無くなった!

 ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔の銃身後方を展開させて、『雷』のメダルを装填し、銃口を逃走中の天邪鬼の背に向け、引き金を引く!数発の雷撃弾が発射され、天邪鬼に次々と炸裂!いくつもの小爆発を起こしながら、脱力をして、その場に両膝を着く天邪鬼!


「や、やめろぉっ!!」


 ザムシードは、我を忘れてガルダに突進!拳を思い切り握り締めて、ガルダの顔面をブン殴る!思い掛けない横槍を受けて、数歩後退するガルダ!しかし、すかさず、銃口をザムシードに向けて、迷うことなく引き金を引く!


「退治屋が妖怪退治の邪魔をするとは、どう言う了見だ!!」


 強烈な電撃を帯びた光弾が、ザムシードに炸裂!大ダメージを受けて十数mほど吹っ飛ばされ、変身が強制解除をされて、燕真の姿に戻って地面を転がる!

 一方のガルダは、動かなくなった天邪鬼を睨み付け、鳥銃・迦楼羅焔の銃身後方を展開させて、空白メダルを装填!


「やめて!!」


 紅葉の大声が届いているにも関わらず、耳を傾けようとはしないガルダ!

 迦楼羅焔の中央にある嘴が開き、風のエネルギーが凝縮されていく!両手で構え直し、銃口を天邪鬼に向け、引き金に力を込める!


「鬼は皆殺しだ!!」


 ギガショット発動!耳を劈くほどの轟音が鳴り響き、高エネルギーを纏って白く輝いた空白メダルが発射され、容赦なく天邪鬼の腹を貫通した!


「グウォォォォォォォォォン!!!」


 天邪鬼は、断末魔の悲鳴を上げ、全身の力を失って地面に倒れ、黒い炎を上げて爆発四散をする!

 撒き散らされた黒い霧は、爆心地に集まりメダルに吸い込まれて完全に消え、『天』と『鬼』の文字が浮かんだメダルが、アスファルト面に冷たい音を立てて落ちた。


 燕真は地に伏したまま、紅葉は棒立ちのまま、正気を失った天野老人の最後を、呆然と見つめる。

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