ガルダ編

第12話・鬼の蠢動(vs加牟波理)

-数日前(羽里野山の戦い)-


 逃走を開始する温羅鬼!ザムシードは温羅鬼の背中目掛けて突進!空高く飛び上がり、右足を真っ直ぐに突き出した!


「うおぉっ!!! エクソシズムキィィーーーッック!!!」


 朱く発光したザムシードの右足が温羅鬼の背中に突き刺さり、そのまま貫通!温羅鬼は、大声で嘶いたあと、俯せに倒れて、黒い炎を上げて爆発四散!

 一方では、ガルダが、鳥銃・迦楼羅焔の照準を星熊童子に向ける!!


「ギガショットッ!!」


 鳥銃・迦楼羅焔の中央にある嘴が開き、風のエネルギーが凝縮されて白く輝いた空白メダルが発射され、星熊童子の腹を貫通!星熊童子は、断末魔の悲鳴を上げ、全身の力を失って地面に両膝を落とし、黒い炎を上げて爆発四散をした!


「早く帰って、ジジイに御報告しなきゃな。」

「ぅんっ!そ~だね!」


 隠れて戦いを見守っていた紅葉のところに燕真が合流した時、ガルダの姿は何処にも無かった。



-山頂の神社-


 燕真達は、ガルダの変身者=インテリ系イケメンは既に帰ったと思っていたが、彼の姿は、信者の宝物殿にあった。


「鬼がこの地を占拠したからには‘ある’と思ったのだが、考えすぎだったか?」


 インテリ系イケメンは‘何か’を捜しているようだが、目的の‘それ’は此処には無いようだ。




-羽里野山の麓-


 同時刻、ジッと山頂を見つめる者(人間)がいた。長髪を後ろで束ね、体格が良い男だ。


「星熊童子・・・功を焦りすぎたか。

 結界封じを仕掛けた狗塚の倅と、氷柱女と雪女と諍いを仲裁した文架の退治屋、

 奴等を侮れば、星熊童子の二の舞と成ろうな。

 どうやら、しばらくは、迂闊な動きは控えた方が良さそうだ。」




***数ヶ月前・回想****************************


-京都府・大江山-


 頭に数本の角がある骨が収められた大きな棺の周りに、幾人もの鬼が集まっている。そして、集団より1段高い岩の上に、長髪の男によく似た青鬼や、他に2匹の鬼がいる。


 青鬼の名は茨城童子、他の2匹は、羽里野山で倒された星熊童子、巨漢の熊童子・・・鬼族の幹部達だ!


「皆の者!ようやく、我らは、御館様の所在が判明した!!

 誇り高き鬼族の力を集結させて、奪還するぞ!!」


 茨城童子が号令を掛けると、群がった鬼達は一斉に咆吼に似た歓声を上げる!


「おぉぉうっっ!!!」×たくさん


 その直後!山の各所に仕掛けられた呪符が光り輝き、それぞれの光が繋がって、大江山中腹から山頂を包むようにして、巨大な光の柱が立ち上がった!そして、呪符の光に反応をして、山のあちこちにバラ巻かれていた銀塊や石つぶてが、白い光に包まれながら空に跳び上がり、鬼達の集団を目掛けて、弾丸のように一斉に降り注ぐ!


「ガォォォォン・・・これは!」

「妖怪封じの結界!?いったい誰が!?」

「いかん!身を守れ!!」


 不意突かれた鬼達は、各々で防御をしたり、障害物に身を隠すが、何体かは白い光の弾にハチの巣にされて崩れ落ちる!!幹部達は妖気で防壁を張ったが、対応が後手に廻ってしまい、石つぶては止めるものの、何発かの銀塊に防壁を貫通されてダメージを負う!


「掛かったな・・・鬼共!!

 オマエ等の動きは事前に察知をしていた!

 必ず、酒呑童子の終焉となったこの地に集結するだろうと、結界を仕掛けておいたのだ!!」


 白い光の雨が止んだ直後、不敵な笑みを浮かべ、鬼達の中心に歩みをを進める者がいる。羽里野山で燕真達を救ったインテリ系イケメンだ!


「おまえは!!・・狗塚の!!」

「そうか、今の攻撃は貴様が!!」

「この結界内では、オマエ等はロクに力を発揮する事が出来まい!!

 一網打尽にしてやる!!」


 インテリ系イケメンは、左腕の裾をまくり、左手首に巻いた腕時計型のアイテムを正面に翳して、『天』と書かれたメダルを抜き取って、一定のポーズを取りつつ、羽根扇を模したバックルに嵌めこんだ!!


「・・・・幻装っ!!」

《GARUDA!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に男の体が光に包まれ、翼を模したマスク、翼を模した肩当て、そして翼のある異形=妖幻ファイターガルダに変身完了!

 鳥の顔を模したハンドガン=鳥銃・迦楼羅焔を連射しながら、縦横無尽に暴れ回る異形の戦士!不意打ちで傷を負った茨城童子や星熊童子は、身構えながら数歩後退をして、次々と小鬼が倒されていく中で、巨漢の熊童子が立ち塞がる!


「兄者達は、そのメダルを持って、この地を離れろ!!」

「熊童子!!」

「いくら、鬼封じの結界とは言え、兄者達ならば抜けられるはずだ!!」

「・・・させるか!!」


 ガルダが最優先で狙うのは最高幹部の茨城童子!熊童子を跳び越え、銃口を茨城童子に向ける!振り返って、両腕を振り上げ、ガルダ目掛けて振り下ろす熊童子!ガルダは素早く身を退いて回避し、銃口を熊童子に向けてトリガーを引く!


「邪魔だ!」


 その間に、他の幹部クラスの鬼達は、霊体化をして姿を消し、その場から離れていった!ガルダは、空に逃走した鬼達を見て「チィィ」と舌打ちをしたあと、追い打ちの邪魔をした熊童子を睨み付ける!


「熊童子!!オマエだけでも潰しておく!!」


 両腕を振り上げながら突進をしてくる熊童子!!鳥銃・迦楼羅焔の銃口を熊童子に向けるガルダ!

 その数分後、熊童子は、異形の戦士が放った‘白く輝いた空白メダル’で風穴を空けられ、爆発四散をするのだった!


***回想終わり******************************


 長髪男は、その場に片膝を付き、掌を地面に充てて、何やら呪文を唱え始める。一瞬だけ、男の姿が青い皮膚で角のある姿に変わり、掌から地面に禍々しい闇が灯され、直ぐに地面に消えていった。


「我らの存在を隠す為に、他の妖怪を呼び寄せる呪・・・

 もうしばらくの間、退治屋共の警戒は、‘他’に向けてもらう!!

 ・・・お館様の復活まで!!」


 長髪男は、立ち上がり、もう一度羽里野山の山頂を見つめたあと、踵を返して、その場から立ち去っていく




-羽里野山の戦い夕方-


 鬼退治を終え、氷柱女の帰還を見届けた燕真達は、報告の為にYOUKAIミュージアムに戻っていた。一連の報告を終えた燕真は、今回の件の疑問点を粉木にぶつける。その質問は、同席をしている紅葉も知りたいことだった。


「なぁ、粉木のじいさん・・・ガルダって、一体?」

「燕真のザムシードと似てたけど、色が違って、鳥みたいなヤツだったよ。」

「狗塚の使う天狗の妖幻ファイターや。」

「アイツ、狗塚ってのか」

「あぁ、狗塚雅仁・・・

 千年以上も前から、朝廷の狗として、成り立った先祖代々の退治屋の家系や!」

「・・・イヌ?」 「わんちゃん?」


 燕真や粉木のように組織には所属せず、基地となる支部を持たない、フリーの妖幻ファイター。それが狗塚家。

 陰陽師だった狗塚家は、約900年前に天狗を倒して封印した。その力を、現代の退治屋の技術で武装化したのが、妖幻ファイターガルダ。


「へぇ~・・・そんなのがいるのか?」

「狗言うても、現代のような‘飼い犬’とバカにした表現ではあらへん。

 偉いさん方の守り手っちゅうこっちゃ。

 ワシ等のような勤め人の雑種退治屋とは違う、血統書付きって奴やで。」

「俺等は雑種かよ!」

「今でこそ、狗塚の陰陽と、退治屋のシステムを持ち寄って、

 共有の妖幻システムを使っておるが、考え方は、退治屋とは全くの別もんや。

 退治屋で飯を食っていくつもりなら、あまり深入りをせん方がえぇで!」

「‘深入り’たって・・・アイツを呼んだのはジイさんなんだろ?」

「お友達ぢゃないの?」

「別に特別に親しゅうしてるワケちゃう。

 狗塚家は、鬼退治の専門やから呼んだんや。」

「オニタイジ?・・・桃太郎さんみたいなの?」

「まぁ、そういうこっちゃ。」

「ジイさん、今回の事件に鬼が絡んでいるって知っていたのか?」

「お氷を問答無用で縄張りから追い出すような奴やからな。

 可能性くらいは考えておった。

 そやさかい、厄介思たら直ぐに引き替えせと釘を刺したのに、

 オマエ等と来たら、忠告を無視して、アッサリと巻き込まれやがって・・・。

 ワシが狗塚を呼んでおれへんかったら、確実に死んどったぞ。」

「・・・それを言われると、ぐうの音も出ない。」


 ガルダについては、もう少し興味があったが、粉木からの、それ以上の説明はなかった。しかし、‘狗塚’には深入りしないとしても、燕真には、今日の戦いで知り、興味を持ったことが他にもある。


「アイツ、相殺結界ってのを使ってたな。

 結界って、妖怪だけじゃなくて、人間にも使えたのか?」

「奴は血統書付きやからな。結界を使えたとしても、何も驚くことはない。」

「結界について、もう少し教えてくれよ。

 今後も、鬼や氷柱女みたく、結界を張る妖怪と戦う事になるかもしれないからな。

 俺も、もう少ししておきたい。」


結界

一定の技術を習得した人間、一定の言語や知能を持つ妖怪が使用する、術者に有利に働く空間。


広域結界

広範囲に薄く張り巡らせる結界。範囲は、術者の力量による。

発動者が縄張りを目的として使用する結界で、部外者の進入は比較的容易である。

温羅が山全域に張った結界や、絡新婦が優麗高に張った結界が、これに該当する。


集中結界

密集した範囲に強く張り巡らせる結界。範囲と部外者への強制力は、術者の力量による。

部外者の進入妨害、閉じ込めた者の脱出妨害、内部での能力低下などが生じる。

星熊童子のように、戦闘中に結界を張って戦いを有利に進める等の戦略面に有効だが、その反面、広域結界に比べて術者への負担も大きく、術者の力量を選ぶ。


結界破壊

外部から集中結界を破壊する事。結界以上の妖力をぶつけて押し潰すか、結界の起点を破壊して、結界全体のバランスを崩す。

粉木は、氷柱女が施した起点を突いて、結界を破った。強い妖力を用いて、内部に別の大きな結界を張り、パンクをさせる事も可能。要は力業。

     

結界相殺

広域結界、または、集中結界の内部に別の結界を張って、一部を清浄化させる。

結界破壊ほどの妖力は必要としないが、既存結界を無効化する為に、既存結界の種類を読んで、状況に合わせた呪文の詠唱をする為、一定の知識や技術が必要。


「なるほどね・・・

 それでさ、その結界術ってのは、狗塚って奴にしか使えない技術なのか?」

「いや、そない事はあれへん。ワシ等退治屋も時と場合で使っておるで。

 ただし、人間が結界術を用いる場合は、妖怪のように、

 逐次、膨大な妖力を保有してるわけちゃうさかい、手順が必要やねん。

 妖幻ファイターに変身をして、封印妖怪の妖力を利用するか、

 日常的にアイテム(銀塊や護符)に霊力を蓄えとき、

 使用時に妖力に変換をして開放する。

 宝石・金塊・銀塊は霊力を備蓄しやすう、特に金塊は備蓄に適してるけど、

 そんな高価な物を、幾つも所有することはでけへん。

 一般的には銀塊が使用されてる。」

「そっか、血統証が無くても使えるんだな。

 だったら、俺にも教えてくれ。・・・てか、なんで俺には教えてくれないんだよ?

 狗塚ってのに‘結界相殺を知らないのか?’ってバカにされたんだぞ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なぁ、粉木のじいさん!」


 粉木は、溜息をついて立ち上がり、外に出て、直系5㎝くらいの石を拾って室内に戻り、燕真に渡した。


「・・・石?」

「オマンも、石には念が残るって話は聞いた事あるやろ?

 金や銀ほどではないが、石にも霊力は溜められる。

 結界の事を教えて欲しいなら、その石に霊力を込めてみい。」

「・・・・・・・・・・え!?」

「霊力ゼロのオマンに出来るなら・・・な!」

「・・・試してみる。」


 燕真は、石を掌に乗せて、しばらく見つめてから、握り締めて瞑想をしてみる。


「なにやってんの燕真?寝るの?」

「チゲーよ!石に念を・・・。」

「そりゃ、力を込めて石を握って、目を閉じ取るだけや!

 念なんてなんも籠もっておらん!

 霊力の‘れ’の字も知らんオマンに、霊力を溜めるなんて出来るワケがないんや!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ~~~」


 次に粉木は、金庫の中から直系2㎝くらいの銀塊を一粒取り出して、呪文が書かれた紙と一緒に燕真見て渡した。


「呪文を詠唱しながら、銀塊にオマンの中の霊力を一押しだけ送り込んで、

 銀塊の中に溜まった霊力を開放してみいや!」

「・・・・あぁ・・・・・・・うん・・・・」


 燕真は、掌にある銀塊を見つめてから、紙に書かれた呪文を読み上げてみる・・・が、ぶっちゃけ、燕真自身が、成功するとは思っていない。


「話にならんわ!」

「あのさ、燕真・・・その銀の石、念なんてカラッポだよ。」

「えっ?マジで??騙したのか、粉木ジジイ!」

「ワシは、ハナっから、オマンが念の開放なんぞ出来るとは考えておらん!

 それどころか、触れてみて、念が籠もっとるか籠もっとらんかも解らん奴に、

 結界の何を教えれば良いんじゃ!?」

「・・・え?マジで!?」

「せやから先日言うたやろ!

 結界を壊すには、それ以上の力で外部から破壊するしか無いんや!

 オマンの場合は、妖幻ファイターになって、

 力業で結界を破壊する以外には対処法なんてあらへん!

 なんで、霊感の才能ゼロのオマンが退治屋に成れたのか、ワシには解らへん!

 せやけど、霊感ゼロゆえに、干渉を一切受けずに、

 相手の結界から脱出できるんは、オマンの強みや!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 霊感ゼロをバカにされるのは毎度の事だが、さすがに、結界の便利さを知った直後に、霊感ゼロゆえに、結界の対処法が力業しか無いと言うのは、かなりショックだ。 燕真は、大きな溜息をつきながら、銀塊をテーブルの上に置いて、ガシガシと髪の毛を掻きむしり、スッカリ覚めてしまったお茶をすする。


「わっ!わっ!凄ぃょ、凄ぃ凄ぃ!!」


 すると、先程まで燕真の隣で興味津々と銀塊を見つめていた紅葉が、いきなり奇声を発してきた!燕真が横を振り向くと、紅葉が掌に銀塊を乗せて嬉々として騒いでいる!


「ねぇねぇ、粉木じぃちゃん!溜まった溜まった!これで良ぃんでしょ!?」


 燕真の目には、紅葉が掌に銀塊を乗せているようにしか見えないが、粉木は驚いた表情をして、紅葉の手のひらにある銀塊を慌てて奪い取った!つい先程までは何も籠もっていなかった銀塊に、今はズシリと重たく感じるほどの念が籠もっている。


「は、話は終いや!!燕真では結界は操れん!解ったやろ!!」

「でも、ァタシなら霊力込めができるみたぃだょぉ!

 試しに、開放も出来るかやってみょっかぁ?」

「試してみろよ!」

「アカン!もう終いや!!」

「ぇ?なんでぇ!?」

「試すくらい良いんじゃないのか?どうせ、紅葉が込めた念なんだろ!?」

「ええか、お嬢!オマンは結界術は使てはアカン!!」

「ぇ?なんでなんでぇ!?」

「知識が無いままで使えば、命の関わる事もあるんや!

 結界には、身を削るほどの生命力が必要なんやぞ!!」

「あぁ、そっか!でも、なら、ちゃ~んと、ぉ勉強するから!」

「アカン!!そない勉強をしとる暇があるなら、学校の勉強をせい!!

 この話は終いや!!」


 結局、結界の件は、粉木がそれ以上は取り合わず、燕真も紅葉も納得が出来ないままで会話は終了をしたのであった。




-数時間後-


 紅葉が帰宅をしたあと、粉木は、改めて燕真を呼び寄せて座らせ、しばらくの無言の後、重たい口を開いた。


「なぁ、燕真・・・お嬢からは目を離しちゃアカンで!」

「危険な目には合わせるなってんだろ!・・・いつだってそのつもりだよ。

 子守をさせられる俺としては、迷惑なんだけどさ。」

「ワシが、部外者のはずのお嬢の手伝いを黙認している理由・・・

 そろそろ話さなアカンな。」

「・・・え?なんの事だ!?」

「ワシがお嬢を部外者に排除せんのは、お嬢から目を離してはマズイからや。」

「どういう事だ?言ってる事が矛盾してないか?

 危険だから目を離すなってなら、部外者にしてしまえば一番安全なはず・・・。」

「えぇか、燕真!ワシが危険視しとるのは、お嬢の身の安全やない。お嬢の才能や。

 あれは危険すぎる。

 初めて会った時から、妖怪の居場所を適確に見抜いたり、素手で妖怪を祓ったり、

 かなり違和感は感じておったが、銀塊の件で確信に変わった。

 訓練もしとらん人間に、あない流暢に念なんて込められへん!

 狗塚の家系ですら無理や!」

「アイツには、狗塚以上の才能が有るってことなのか?」


 粉木は、深く頷き、目の前にある湯飲み茶碗を銀塊に見立てて握り締め、説明を続ける。


「湯飲みなら、眼で見て、どの程度の茶が入るかを把握して、急須に湯を注ぐ。

 湯飲みの1/3にも満たない湯しか準備せんとか、

 湯飲みの倍の湯を急須に注ぐバカはおらんやろ。」

「まぁ・・・そうだな。」

「鉱石の場合は、込められる霊気の量は、体積ではなく質や純度で変わる。

 触れて感覚的に内空量を把握し、

 その分の霊気を出来るだけ無駄なく的確に銀塊に込める。

 退治屋が結界の訓練をする場合、

 最初にするんが、鉱石の内空を、少ない誤差で把握する事や。

 それが出来んければ、1個の銀塊に必要な霊気量が解らず、

 霊力の無駄使いに成ってまう。」

「へぇ~・・いきなり霊力を込めるんじゃないんだな」

「鉱石に力を込めるんに、10の霊力を放出したとして、

 一定の訓練を受けたワシは、7程度の霊力が銀塊に留め、

 3は無駄に垂れ流されてまう。

 他の退治屋でも、5~8程度、狗塚の家系でも余程の訓練を積んでも、

 9を留められるかどうかやな。

 訓練を受けておらんければ、1~3しか留められんのが一般的や。

 つまりは、鉱石に念を満タンにすんに、

 1.1倍から10倍の霊気が必要なんじゃ。」

「・・・・・・・・・・」

「せやけど、お嬢は、訓練も無しに、掴んだ直後に銀塊の内空を把握して、

 ほぼ無駄なく、10の霊気を銀塊に込めおった。・・・瞬時にな。」

「へぇ~・・・アイツ凄いじゃん!」

「・・・異常や!ワシの知る限り、あない芸当ができる者など覚えが無い」


「なら、紅葉はなんで?」

「才能としか言い様が無い・・・ただ、あきらかに異常や!」

「確かに凄いのかもしれないけど、考え過ぎじゃないのか?」

「あの才能は、妖怪に気付かれれば、間違いなく目の仇にされてまう!

 才能に対して、精神面が未熟すぎやから、いつ、悪に染まるかも解らん!」

「紅葉が悪に?まさか、そんな事は」

「お嬢の行動理念を考えてみい!その理念を色にしたら、何色か考えてみい!

 行動理念は、ワシ等退治屋のような人助けや慈善事業やない!

 お嬢のは興味や欲求や!

 純粋がゆえに、今はまだ透明色やけど、

 白色か黒色かで言うたら、黒に近い透明なんやで!!

 せやから、ワシは、茶店や退治屋手伝いの名目で、

 お嬢を監視下においておるんや!

 好き好んで、あない年端もいかん娘を、

 オマンのサポートをさせてるわけじゃないんやで!」

「・・・え?監視!?」

「そや!監視や!!

 退治屋に絡んどらんでも、遅かれ早かれ、妖怪には目を付けられる!

 せやから、目の届かん所には置けんのや!

 燕真、オマンに黙っておったんはスマンかったと思うが、

 今後は、そのつもりでいるんやで!」

「紅葉を・・・監視・・・。」


 いつの間にか、紅葉と行動を共にする事を‘当たり前’のように感じていた燕真にとって、粉木の真意はあまりにも意外だった。紅葉が悪に染まるなんて事を考えた事もなかったし、今でも、紅葉の限って、その様な事はないと考えている。だが、それは、燕真の勝手な想像であり、何の確信も無い事を、同時に思い知らされていた。言われてみれば確かに、素直で可愛げがある反面、度々、独断や身勝手で衝動的な行動に振り回されている燕真は、彼女が‘純粋な白’ではないことを理解が出来る。


「解った・・・今後は、少し気を付けるよ」


 燕真は、気持ちの上では全く納得出来ないが、粉木の注意喚起に対して、それ以上の言葉を喋る事が出来なかった。


 その後、しばらくは、優麗高の芸能発表会や、雪女の帰還などがあり、特に事件らしい事件は無いまま、平穏な日々が経過をした。最初は、‘監視をしなければならない紅葉’と、どう接すれば良いのか迷った燕真だったが、紅葉の笑顔を見て、いつものように紅葉に振り回されているうちに、自然と、いつもと同じ対応をするようになっていた。




-数日後の夕方-


 下校中(バイトに向かう途中)の紅葉は、リバーサイド鎮守前の歩道上で自転車を止め、振り返って、すれ違った老人の背中を眺めた。ほんの僅かではあるが、老人からは、一般人とは違う気配・・・妖気を感じる。悪意に満ちた物ではないが、先日怖い思いをした時と同種の、苦手意識を持つ「鬼の妖気」だ。


「ぉ爺ちゃん・・・憑かれている?」


 紅葉は、カバンからスマホを引っ張り出して、燕真に連絡を入れる。燕真に電話をする。


「タワシみたいな顔をした鬼っぽぃお爺ちゃんが居たから、

 バィトに行くの、チョット遅れるねぇ。」

〈たわし?・・・おい、おい、紅葉!いい加減・・・・・・〉


 燕真は止めるが、紅葉は一方的に告げて通話を切り、いつもの興味半分&怖さ半分で、老人を尾行する。



-YOUKAIミュージアム-


 ちょうど、一般客と、紅葉目当ての客達が入れ替わる時間帯で、閑散としている店内に、燕真の大声が響き渡る。


「おい、紅葉!

 いい加減、勝手な事ばかりしてないで、俺がそっちに行くまで・・・・・・」


 燕真は、電話越しに「紅葉の無謀さ」を怒鳴りつけたが、言い終わる前に通話は切られてしまった。「タワシ顔」も気になるが、今は、それどころではない。ジャジャ馬娘は、相変わらず、こうと決めたら、他人の言う事なんて全く聞く気が無いらしい。しかも、言葉足らずで詳細を伝えない為、燕真からすれば「どんな鬼がいて」「何をされたのか?」と、心配で仕方がない。慌てて電話をかけ直すが、尾行中の紅葉はマナーモードのまま通話を受けようとはせず、直ぐに留守録に変わってしまう。 その為、「捕まって電話に出られない?」と一層不安になる。ましてや、粉木から「危険な存在だから目を離すな」と言われたばかりである。

 燕真が、居ても立ってもいられなくなって、店を飛び出そうとすると、その光景を見ていた粉木が、大きな溜息をつきながら止めた。


「おう、燕真!何処に行く気や!?・・・お嬢が何処にいんのか解っとるんか?」

「・・・・・・・・・・え!?・・・・・・・・・・あ!!・・・解らない。」

「ちっとは落ち着かんか、アホンダラ!センサーに妖怪反応は出ておらん!

 お嬢が何をほざいたかは知らんけど、

 それほど、慌てんでも大丈夫なんとちゃうか?」

「あぁ・・・うん」

「言うてみい、お嬢は何を言うておったんや?」


 粉木は、燕真から「紅葉の伝言」を聞いて、再び大きな溜息をついた。確かに、燕真が怒鳴り声を上げた気持ちは理解できる。喉元過ぎれば何とやらと言うべきか、先日、不用意に鬼の住処を刺激して、命の危機に晒されたというのに、行動があまりにも迂闊すぎる。紅葉には「紅葉の危険性」は伝えていないが、「自制をを促す為にも本人にキチンと説明するべきか?」と考えてしまう。


「鬼っぽいジジイ・・・か。」


 粉木には少しばかり心当たりがある。恐らく、放っておいても、紅葉が危険に晒される事も、事件に発展する事も無いだろう。しかし、危機管理能力が低すぎる紅葉には、少しばかりお灸を据えてやらねば成らないだろう。


「まぁ・・・お嬢を捕獲する為に、久しぶりに連絡を取ってみるかいのう。」


 粉木は、カウンター脇の固定電話の受話器を取って、ボタンを押し始めた。



-リバーサイド鎮守前-


 紅葉は、老人の後方5mくらいのところで、息を殺して尾行を続けている。3分が経過して、50mくらい進んだところで、ふと背後を振り返る老人。紅葉は、慌てて、近くの電柱に身を隠した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 10秒ほど間を置いて、「恐らく、老人は、また歩き出しているだろう」と予想をして、コッソリと、電柱の陰から顔を出して、老人の動向を探る紅葉。老人は、ジ~っと紅葉の方を見つめている。バッチリと眼が合ってしまった。


(やばい、見付かる!)


 咄嗟にカバンで顔を隠す紅葉。一方の老人は、ニコリと微笑みながら、紅葉の方に歩み寄ってきた。


「なぁ、娘さん?

 さっき、尾行しているつもりみたいじゃけど、わしに何か用か?

 オナゴから後追いをされるのは、嫌な気分ではないが、

 出来る事なら、若くて可愛らしい娘とは、並んで歩きたいのう。」

「・・・ぇ!?見付かっちゃった!?」


 カバンで顔を隠しながら、眼を大きくして驚く紅葉。・・・てか、見付かるもクソも無い。尾行があまりにも下手くそすぎる。「素人だから見付かった」って次元ではない。「隠れる気があるのか?」って次元だ。こんな完成度の低い尾行に気付かないのなんて、燕真くらいだろう。老人は、紅葉が尾行を開始した直後から、背後の視線に気付いていたのである。つ~か、「鬼っぽぃお爺ちゃん」て電話の内容は、モロに聞こえていた。


ピピピッ!ピピピッ!

 老人のポケットから着信音が鳴り、老人は立ち止まって携帯電話を取り出して通話に応じる。


〈ワシや、粉木や!〉

「おぉ!粉木か!?どうしたんじゃ?」

〈今、何処におるんや?

 おまん、ワシの言いつけ守らんと、またフラフラとしとるんか!?〉

「今は、鎮守の森公園の前にいる。それがどうした?」

〈ワシの見当外れなら気にせんでもらいたいんじゃが、

 オマンの近くに、二つ結いの娘はおるか?〉

「ん?二つ結いの娘?おぉ、テレビでも充分通用しそうな美少女が目の前におるぞ。

 わしに一目惚れしたみたいで、後ろから着いてきてる。

 今から、でーとに誘うつもりだ。」

〈アホ!その娘は、ワシんとこで働いとる娘や!

 つ~か、デートて、おのれの見た目を自覚せいや!〉

「なに?おまえの連れなのか?そりゃ、残念。流石に手垢をつけられんなぁ~。

 しかしまぁ、おまえも随分と趣味が変わったな。

 以前はもっと落ち着きのあるオナゴを・・・。」

〈余計なお世話や!

 今から、そっちに行くさかい、目の前の娘と一緒に待っとれや!〉


 通話を終えた老人が、優しい眼で微笑んで、警戒中の紅葉を見つめる。




-YOUKAIミュージアム-


「やれやれ・・・どいつもこいつも・・・・」


 粉木は、通話を切って大きく溜息をついた後、出動準備のまま待機をしていた燕真に視線を向けた。


「おう、燕真!とりあえず安心せい!

 お嬢の居場所も、尾行相手の正体も判明したで!」

「え?もう解ったのか?」

「細かい説明は、みんな揃ってからするが、

 掻い摘むと、お嬢が言うとった‘鬼っぽいジジイ’はワシの知り合いじゃ!」

「なんだよ、その人騒がせなオチは!?」


 2人は店を閉め、粉木は車で、燕真はバイクで、リバーサイド鎮守に向かう。




-数分後-


「あ!燕真!じぃちゃん!こっちこっち!」


 燕真達の到着をいち早く発見した紅葉が、大きく手を振って呼ぶ。紅葉と老人は、フードコートのテーブル席で、タコ焼きを食べながら待機をしていた。

 見付かった直後は警戒をしていた紅葉だが、尾行相手から「粉木の知人」と説明されて、安心したらしく、もうスッカリと馴染んでいた。「いつまでも怖がれ」とは言わないが、もう少し人見知りをした方が良いのではないだろうか?


「・・・あのバカ。」


 呑気に手招する紅葉に対して、燕真は肩を怒らせて近付こうとしたが、粉木の方が数歩早かった。

 粉木は足早に近付き、紅葉が次の言葉を発する前に、ゲンコツで紅葉の頭を思いっ切り叩いた。鈍い打音と甲高い悲鳴が、フードコート内に響き、眼から星マークを飛び散らせて、頭を抱える紅葉。


「ぃったぁ~~~~ぃ!!!」

「アホンダラ!独断で危険に身を晒す行動は慎め!」

「でも~~~~」

「でもやない!!」

「まぁまぁ、娘は無事なんだから、そんなに目くじらを立てなくても良いだろう?」

「ワシ等の話や!オマエは黙っとれ!」


 相席をする老人が取り持とうとするが、粉木は取り合わない。普段は好々爺の粉木が、珍しく怒りを露わにしているので、さすがの紅葉でも反発ができない。


「・・・ゴメンナサ~イ。」


 傍目からは、少女へのDVと見られそうだが、行動が迂闊すぎる紅葉へのオシオキは必要なので、燕真には、粉木を止める気は無い。むしろ、粉木が叩いてなければ、燕真が叩いていただろう。

 これで、反省して、温和しくなってくれれば気が楽なのだが・・・まぁ、多分、無理だろう。温和しくなっても、せいぜい2~3日程度・・・かな?


「さて・・・張り倒したいんは、お嬢だけやない。オマンもや。」


 粉木は、痛む頭を抑えている紅葉の隣に座り、同席していた老人をジッと睨む。老人は、ヘラヘラと軽口で粉木と会話をするつもりだったが、粉木の真剣な表情に気付き、真顔になった。


 燕真的には、「紅葉への制裁」と「紅葉の回収」をして、「はい、終了!帰宅!」と思っていたのだが、粉木の思惑は違ったらしい。何となく「長くなりそう」と空気を察した燕真は、ドリンクを4つ購入して、テーブルの上に並べ、空いている席に座った。


「なぁ、爺さん?この人は?」

「ワシの古い知人の天野や。」

「こんちは。佐波木です。」

「こっちの小娘は源川や!・・・まぁ、もう自己紹介は済んどるかもしれんがな。

 2人とも、ワシんところで、退治屋をやっちょる。」


 一通りの自己紹介を終えた粉木は、ドリンクに口を付けた後、社交辞令的な会話も無いまま、早速、本題に突入する。


「天野・・・また、出歩きよったんか?えぇ加減にせえよ!」

「また、その話か?解っているんだが、家から出ないってのは暇すぎてな。」

「今の文架市が、以前と違うんは気付いてるやろ?」

「あぁ・・・気付いてる。最近は妖怪騒ぎが頻繁じゃからな。」

「必然的に、退治屋の動きも活性化する。

 解っとるんか?オマンかて、見方次第では、討伐対象やで。

 現に、早速、ワシんとこの若いの(紅葉)に目を付けられおった。

 鬼専門の狗塚も、この地に来おったで。」

「だけど、ずっと隠れているってのは窮屈でなぁ~。」

「・・・悪い事は言わん。潮時や。隠れているのが嫌なら、文架市から離れい。」

「う~~~~ん・・・それも面倒臭いなぁ~。」


 前置きが無いので、燕真には話の内容が全く解らない。「目の前のジジイはボケ老人だから、出歩くな」と言っているのだろうか?それにしては、会話の端端に退治屋のキーワードが出てくるのが説明出来ない。紅葉が会話を理解しているのかは不明だが、所々で「ウンウン」と相づちを打って、何となく会話に参加をしているのが、チョットだけムカ付く。

 燕真が、頭の中を「?」だらけにしていると、老人との一定の会話を終えた粉木が、燕真に老人の紹介を始めた。


「紹介が遅れたな、燕真・・・この老人は、ワシの友人で天野っちゅうねん」

「あぁ・・・それは、さっき聞いた。」

「ほれ、この写真見てみい」

「・・・ん?」

「ワシの若い頃の写真や。そいで、隣に写っちょよるんが天野はんや。」

「へぇ・・・。」


 粉木は、自分のスマホに画像を表示させて、燕真に渡した。紅葉が席を移動して覗き込む。ガラケー時代に撮影した画像をスマホに移したのだろうか?かなり荒い画質の画像に、2人のオッサンが並んで写っていた。


「へぇ~!じいちゃん若い。何歳の時の写真?」

「20年くらい前や。」

「ジイさんが50代の頃か。」

「若い時のじぃちゃんて、マカデミアナッツみたぃ!

 結構イケメンだったんだねぇ~。」

「・・・オマエ(紅葉)の美的感覚では、マカデミアナッツって格好良いのか!?」

「イケてるワシの風貌など、今はどうでも良い。

 見て欲しいんは隣に映っちょる天野はんの風貌や。」

「・・・ん?」 「あれぇ?」

「どや?違和感あるやろ!」


 画像を実像を交互に見比べる燕真&紅葉。画像では、天野より粉木の方が若く見えるが、今は、粉木の方が老けて見える。・・・と言うか、天野大守の風貌は、今と全く変わらない。


「どういう事だ?」

「天野はんは、ワシがオッサンじゃった頃からジジイやった。

 ・・・これがどういうこっちゃか解るか?」

「今は、見た目以上に年寄りって事か?」

「そや・・・とうに1000歳は越えちょる。」

「げっはっはっは!もう、何年生きとるか解らんが、まだまだ人生これからじゃ!」

「千!!?嘘を付くな!そんな人間がいるわけ無いだろ!」

「そっか、やっぱり、そのぉ爺ちゃんゎっ!」

「まさかっ!そういう事かっ!!」


 天野老人は、妖怪に憑かれ、他者から精気を吸い上げる術か何かで、若い姿を保っている!そう察した燕真は、警戒をして息を飲み、椅子を後方にずらして、少しだけ間合いを空ける!


「そうや!・・・天野はんは、人間やあらへん。

 お嬢が感じた通り、鬼や。鬼が人間を装っておんねん。」

「・・・・・・・・・・・・・・え、鬼!?」

「どうも!本名は天邪鬼と申します」

「急に立ち上がって、ど~したの、燕真?トイレ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真の予想は外れていた。妖怪に憑かれた老人ではなく、妖怪その物だった。それならそれで、「もっと警戒しなきゃなんじゃね?」と思うのだが、「鬼のカミングアウト」を受けても、粉木&天野&紅葉の対応が特に変わらないので、燕真も平静を装い、椅子に座り直して会話を続ける。


「な、なんで、鬼が知り合いに?」

「お氷と同じ・・・天野のおじぃちゃんも、悪くなぃヒトなんだね?」

「あぁ、そうや。人間社会に害せず、共存を楽しむ妖怪や。

 人畜無害なただの小鬼、戦闘力で考えれば、氷柱女の方が余程危険なくらいや。

 些か悪戯好きで、以前、蛙に植毛をしたり、トカゲに羽を付けたりして、

 ‘妖怪発見’なんて騒いで、世間の注目を集めようとしておったが、

 それも止めさせた。」

「適当なモンを並べて、インチキ博物館やってる粉木ジジイと変わんねーじゃん。」

「おもしろそうっ!燃えながら飛ぶ鳥のヨーカイとかゎ発明してないの?」

「燃える鳥はいないのう。」

「オマエ(紅葉)の発想が怖い。鳥を燃やしたら、悪戯のレベルじゃ済まん。

 動物愛護団体からクレームが来るぞ。」

「下らない悪戯しかせえへんから見ぬフリをしとるが、

 皆が見逃すわけではあらへん!

 特に、狗塚は・・・な。

 のう、天野はん、オマンだって、それくらいは解るやろ?」

「それなら、家に籠もって、久々に新しい妖怪の発表でもするかな。

 ゴールデンコックローチ(金色のゴキブリ)・・・とかな。

 どうだ?紅葉ちゃんも手伝うか?」

「ぅへぇ~~~・・・ゴキちゃんゎ嫌だなぁ~~」

「目立つ事はするなと言うとるんや!」

「解った解った。相変わらず心配性じゃな。」


 粉木としては、どうにか古き知人の行動を制限したかったのだが、天野にのらりくらりと話題を回避され、結局は、何となく言いたい事だけを伝えて、「営業日なのにいつまでも店を閉めたままには出来ない」と言う理由で、終了・解散と成ってしまった。




-YOUKAIミュージアム-


 燕真達が職場に戻ると、紅葉目当ての客数人が、店の前でスマホのゲームをしながら、並んで開店を待っていた。やや敬遠したい連中だが、看板娘が進めるがままに注文をしてくれる彼等は、貴重な収入源だ。最近では、退治屋の稼ぎより、茶店の売り上げの方が良い。今の利益なら、週休3日くらいにしても充分に生活できそうだ。正義の味方一派が、お節介で絡んでくる女子高生の魅力で生計を成り立ててというのは随分と嘆かわしいが、事実なんだから仕方がない。

 ちなみに、言うまでもなく稼ぎ頭は紅葉なのだが、流石に、17歳の子供に、歩合の給料=高額を払うのも問題有りなので、彼女への支給額は、以前のバイト(マスドナルド)より若干高い(時給で100円アップ)程度に設定してある。紅葉自身、稼ぐことより、楽しむことが目的なので、時給に対する不満は特に無い。


「ぁ!ぃらっしゃぃませぇ~~~!」

「お~~~~~~~~~~!!」×数人

「やれやれ、コイツ等、他にする事はないのか?」


 慌ただしく店を開け、客の対応をして、20時の閉店までの時間が瞬く間に過ぎた。



-閉店後-


 燕真は、戸締まりをして、夕方は(天野の前では)聞きにくかった疑問を粉木に訪ねてみた。

 先日は「狗塚には深入りするな」、そして先ほどは「狗塚は甘くない」的な言い様。嫌でも「狗塚」という青年の事が気になってしまう。


「なぁ、爺さん?

 随分と警戒しているみたいだけど、アイツ(狗塚)って、危険人物なのか?

 そんなふうには見えなかったんだけどな。」

「へぇ~・・・燕真はそぅ思ったんだぁ?

 ァタシゎ、気難しそぅで、あんまり仲良くなりたくなぃ感じがしたょぉ。」

「危険人物ではあらへん。歴とした退治屋や。

 せやけど・・・先祖代々、鬼とは宿敵の関係にあり、

 鬼に対しては、一切の容赦をせえへん。」

「つまり・・・天野の爺さんは、狗塚に見付かればヤバイと・・・?

 でも、今まで1000年以上、退治されずに済んだんだろ?」

「今まではな。せやけど、‘今まで’と‘今’は違うで。

 今の文架市には、妙な妖気が集中しておる。

 龍脈に集まる妖気も、これまでとは比較にならんほど濃い。

 妖怪の発生率が急激に上がっとるんは、オマンかて解るやろ。

 氷柱女のような人里離れた山奥とは違い、

 街中は、鬼が隠れ住むには、刺激が多すぎるんや!」


 粉木からすれば、天野を温和しくさせて安全を守りたいと同時に、天野と狗塚が絡めば、その争いに燕真や紅葉が巻き込まれ、深入りをしてしまう可能性があるとの不安もあった。ゆえに、天野には派手な活動は謹んで欲しかった。


「でもさ、狗塚ってのと鬼が宿敵なんてのは、平安時代くらいの話だろ?

 先祖代々、未だに宿敵なんて、考え方が、あまりにも古くないか?」

「考えが古くとも・・・狗塚からすれば、そう言うもんなんや。

 オマエかて、そない考えなんて理解できんやろ。

 せやから、奴には深入りするなと言うとるんや」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほどな。

 爺さんが言いたい事は、何となくは解った。・・・・・・・・・・・・・けど」


 「狗塚と鬼」については、全部を納得出来たわけではなかったが、燕真なりに「自分には理解のできない世界」と一定の理解をする事にした。




-翌日の夕方・リバーサイド鎮守前-


 昨日、紅葉とすれ違った同じ場所・同じ時間の15分前、天野老人の姿があった。脇には、封筒が抱えられており、中には、「紅葉が興味を示した珍種の写真」が入っていた。

 彼は、同時刻に下校して来るであろう紅葉に珍種の写真を見せ、彼女に笑顔を見たら、粉木のアドバイス通り、直ぐに自宅に戻って温和しくするつもりだった。


「きゃぁぁっっ!!!」


 ショッピングモール内で、幾つもの悲鳴が上がり、天野老人の耳を衝く!


「ん?なんじゃ?」


 悲鳴の方向に視線を向ける天野。声は、昨日、紅葉とデート(?)をした場所=フードコートから聞こえてくる。店内(フードコート部分)からは、青ざめた客達が逃げ出してくる。ガラス越しには、店内を逃げ惑う客達の姿も見える。


「妖気?・・・妖怪が出現したのか?」


 天野は、騒ぎの場所に向かおうとしたが、直ぐに足を止めた。粉木の「温和しくしていろ」というアドバイスが脳裏を過ぎる。見ぬフリをして、この場から離れた方が賢明と判断する。


「・・・だが」


 今は、文架市の妖怪関連は、知人の粉木が統括をしている。しかし、騒ぎや犠牲が大きくなれば、やがては、この地に沢山の退治屋が派遣される事になるだろう。

 どの道、この地は、住みにくい土地になってしまう。粉木が見逃した妖怪は、天邪鬼だけではない。氷柱女など、会った事はないが、聞いた事のある妖怪は何匹か知っている。沢山の退治屋が派遣されれば、この地に土着した妖怪達は、皆、安息を奪われかねない。


「ならば・・・逃げずに、被害を食い止めるべきじゃな!」


**************************************


 それは、20年くらい前の思い出。


「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!キンイロのザリガニの妖怪じゃ!」

「アホか、バカバカしい。」

「ザリガニを塗料で塗ったのね。動物虐待だわ。」


 嬉々として金色に塗装したザリガニを見せびらかす天野。今よりも若い粉木と、隣に立つ女性が、呆れた表情で対応をする。その女性は、紅葉とは違って凜とした表情をしているが、どことなく紅葉の面影がある。


*************************************


「わしは、安息の地を追われたくないんじゃ!」


 天野老人は、喧騒のショッピングモール内に向かって駆け出していった。




-リバーサイド鎮守の北側出入り口-


 天野が向かう出入り口とは別の場所に、長髪を後ろで束た男が姿がある。店内のトイレに闇を灯し、妖怪を招き、恐怖を発生させたのは彼である。彼にとって、妖怪を呼び寄せる場所は、何処でも良かった。たまたま、大型ショッピングモールが目に止まり、「ここで騒ぎを起こせばどうなるか?」と試したくなっただけ。

 彼は、直ぐ近くに、平穏を望む下級の同族(天野)がいる事も知らない。退治屋が駆け付けるまでの間に、誰が犠牲になろうが、何人の命を奪われようが、彼にはどうでも良かった。


「ふむ・・・多くの雑念が渦巻く施設ゆえに、早々に妖怪が育ったな。」


 長髪男は、駐車場に設置してある防犯カメラを横目に見て、小さく舌打ちをする。一昔前ならば、怪しい素振りを見られても、目撃者を始末すれば証拠の隠滅はできた。だが、現代は、防犯カメラよって、記録に残されてしまう。


「人間の技術が生んだ‘姿を記録に残す’道具か。なかなか厄介な代物だ。」


 人間が多すぎる場所で妖怪を呼び寄せた場合、妖怪の成長が早すぎるゆえに、妖怪が発生する直前に、長髪男が彷徨いている様子が撮影されてしまう。1回や2回なら偶然と判断されるだろうが、毎回同じ状況が続けば、誰かが「関係があるのでは?」と気付く可能性がある。退治屋がデータを回収して確認すれば、高確率で気付かれるだろう。


「妖怪の育成が早いのは便利だが、やがては、足が着くと考えると、

 力を蓄えるべき今は、あまり好ましくない・・・か。」


 長髪男は、そのまま、「防犯カメラを気にする素振り」を見せないように心掛けながら、騒動の場を離れていった。




-フードコート-


「カッカッカッカッカ!!」


 上半身だけが通常の2倍くらいの大きさで、老人の姿に成った者達が暴れている!逃げ遅れた人を抑え付け、冷たい息を吹きかけた!


「ひぃぃぃっっっっっ!!!」


 だが、息を吹きかけられた人に、凍り付く等の障害は発生せず、拘束を解かれて逃げていった!他の老人妖怪も、一般人を抑え付けて、冷たい息を吹きかけるだけで解放をする!そのうちの一匹が、転倒して逃げ遅れ、泣き叫んでいる子供に襲い掛かる!


「やぁぁぁぁぁっっ!」   バキィ!!


 天野老人がイスを振り上げ、妖怪の背中を殴打!怯ませた隙に、子供を立たせ、手を取って後退する天野老人!上半身だけが通常の2倍サイズの者達がジリジリと詰め寄り、天野老人はイスを振って威嚇をする!

 相手(上半身だけが通常の2倍サイズの者達)は子妖に憑かれた人間である。本性が鬼の自分が本気を出せば、簡単に撃退できるだろう。最悪、命が危険になれば、それも仕方がないと覚悟はしている。しかし、出来るなら、人外がバレる事は避け、この地に留まりたい。彼は、そんな思いで、人として、人を救おうとしていた。




-公園通り路上-


 妖気反応を受けた燕真が、ホンダVFR1200Fを駆り、騒然とするショッピングモールに到着!逃げ惑う人々を縫うようにして、駐車場内で愛車を走らせ、建物脇に駐車をして、店内に飛び込み、ひとけの無い物陰を選んで隠れ、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」 


 燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!

 フードコートに到着すると、逃げそびれた人々が、テーブルやイスを盾にしながら震えており、子妖に憑かれて正気を失った者が、3人ほど徘徊をしている。すかさず、裁笏ヤマを振るって、憑かれた人々から子妖を祓い、無事である事を確認し、隠れている人達に「この人達はもう大丈夫」と伝えてから周囲を見回す。


「小妖3匹終了・・・本体は何処だ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 視線の先、憑かれた者に対してイスを振って牽制中の天野老人を発見。ザムシードは、素早く憑かれた者の背後に近付いて子妖を祓い、天野老人に声を掛けた。


「アンタ・・・粉木の爺さんのアドバイスを聞く気が無いのか?」

「ん?その声は、昨日会った退治屋の坊や・・・確か、鯖煮メンマか?」

「坊や扱いされる歳じゃね~し、そんなマヌケな名前でもない!

 まさか、この騒ぎ、アンタが元凶って事は無いよな?」

「わしは、紅葉ちゃんに写真を見せたくて、たまたまここに来ただけじゃ。」

「俺の名前は覚えてないクセに、紅葉の名前はインプット済みかよ!?

 まぁ、いいさ!アンタを倒すって展開じゃなくて、少し安心した!」

「子妖の形から察するに、親は‘加牟波理(かんばり)’じゃろうな。」

「カンバリ?」

「冷たい息を吹きかけて、対象を便秘にする恐ろしい妖怪じゃ。」

「それ、恐ろしいのか?・・・まぁ、スゲー迷惑だけどさ。

 なぁ、天野さん!本体が何処に居るか、解るか!?」

「もちろんじゃ!こう見えても、妖怪のエリート種族!

 わしがその気になれば、妖怪の索敵なんぞ、朝飯前じゃ!」


 ザムシードと天野老人は、互いの眼を見て頷き合い、天野老人の先導で、子妖を蹴散らしながら、本体の居場所に駆けていく。数分後、2人は、フードコート脇の男子便所の前で足を止めて、天野老人が、便所内を指さした。


「いるぞ!」

「流石は純正妖怪だけあって、妖気の索敵はお手の物だな!」

「親は男子便所の中だ!」

「例え任務とはいえ、女子トイレには入りたくないからな。

 妖怪が変態じゃなくて助かった!」

「息を浴びると便秘に成るから気を付けろよ!」

「了解!」


 ザムシードは、感心しつつ、妖刀ホエマルを召還して、白メダルをセットしてから構え、カンバリが潜んでいる男子トイレに足を進めた。ザムシードのセンサーでは、濃厚な妖気を感知している。しかし、妖怪の姿は何処にも確認できない。


「・・・あれ?」


 警戒して周囲を見廻すザムシード!その背後に煙が集まり、足の無い巨大ジジイが出現!察知をしたザムシードは、体を半回転させて妖刀を振るうが、カンバリは煙に変化して消え、妖刀は空を切る!直後にザムシードの死角に出現したカンバリが、ザムシードの背中を殴打する!


「くっ!」


 ザムシードは、体勢を崩しながら妖刀を振るって牽制する!しかし、カンバリは煙に成って消え、再びザムシードの死角に出現して、冷たい息(便秘にする息)を吐き出した!慌てて回避をするザムシード!


「チィ・・・素早い!」


 死角でしか実体化をしないカンバリも厄介だが、狭いトイレ内では、妖刀のリーチを活かして大きく振るえないのも厄介!カンバリがトイレから出てくれれば戦いやすいのだが、そのつもりは無さそうだ!


「トンマ君!カンバリは、厠神(かわやかみ)の側面も併せ持つ!

 自分のテリトリーである便所内では無敵だ!」


 苦戦を察知した天野老人が、トイレに入ってきて、ザムシードに声を掛ける!


「トンマじゃなくて燕真だ!

 トイレでは無敵だからって、放置をするわけにはいかないんだよ!」

「ならば、カンバリの習性を利用して、罠にかけるんじゃ!」

「どんな習性だ?」

「個室に入って便器に座れ!それが、カンバリの習性を発揮させる条件だ!」

「・・・なんだよ、その、ふざけた条件は?」


 このまま戦っていても拉致が開かないと判断したザムシードは、言われるまま個室の入ってドアを閉め、洋式便器(蓋は閉めたまま)に腰を降ろした。


「・・・・・・・・・・・・・うわぁ~~~~。」


 途端に妖気の集中を感知したので見上げたら、大きなジジイの妖怪が、天井とパーテーションの隙間から覗いている。


「・・・マジか?簡単に罠に掛かったぜ。」


 ザムシードが大便中で動けないと判断して、便秘にする息を吐きかける為に、大きく息を吸い込む。だが、ザムシードは大便中ではない。天野老人にアドバイスされて、便器に座っていただけだ。


「カンバリには、厠を覗く習性があるのじゃ!」

「嫌な妖怪だな~!」


 座ったまま、隠していた妖刀で、覗き込んでいるカンバリの顔に突き刺す。


「オーン!封印!!」

「ぐわぁぁ~~~~~~~~~~~~」


 妖怪は、恨めしそうな悲鳴を上げながら、妖刀に吸い込まれ、束にあるメダルに吸収をされる。天野老人の的確なアドバイス(?)のお陰で、この度の妖怪退治はアッサリと終了をした。




-文架大橋-


 妖怪の仕掛け人・長髪男は、橋の中央付近で足を止め、大型ショッピングモールを振り返る。たった今、妖気が消えた事を感じ取ったのだ。


「想像していた以上に終息が早いな・・・。

 いや、様々な人間が存在する場所では、暗く上質な念を選ぶ事もできず、

 稚拙な念に引っ掛かってしまい、出来の良い妖怪が育たなかったと言うべきか。

 無駄に騒ぎだけが大きくなり、得る物は無し・・・。

 この様な愚策、2度と打つまい!」


 退治屋には興味がある。どんな人間なのか見てみたい。だが、長髪男は、「その様な感情が無意味で愚かな事」、「今はそのタイミングではない事」を充分に理解している。


「お館様を封印せしYメダルの所在を突き止めること・・・。

 妖怪事件を乱発させて、お館様の復活に相応しい邪気を、

 この地に集めること・・・。

 今、重要なのは、この2つだ!」


 やがて、必ず、退治屋と対峙をする時は来る。そしてそれは、‘御館様’を復活させ、万全の戦力を整え、退治屋に勝利する時でなければならない。

 長髪男は、橋の手摺りに保たれて、無表情のまま、しばらく眺めた後、大型ショッピングモールに背を向けて、再び歩き出すのであった

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