妖怪編②

第7話・恋せよ男子(vs二口女)



-YOUKAIミュージアム-


 ただの博物館から、喫茶店を併設した喫茶店に方針転換して以降、YOUKAIミュージアムの収益は順調に上がっていた。・・・と言うか、ただの博物館だった頃の収益は、ほぼゼロ。YOUKAIミュージアムは、初めて月間の収支が黒字になっていた。


「・・・暇だ。」


 しかし、従業員の燕真は暇だった。2階の博物館がメインで、1階に喫茶店を併設したこの施設で、燕真に宛がわれたのは、博物館の受付、兼、管理。2階の入口に待機をして、博物館に興味を持った客から入場料を取るのが仕事だが、階段を上がってくる客など誰も居ない。客の大半が、喫茶店目当てで訪れて「2階が博物館」と初めて知るが、特に興味を持たない。中には博物館がある事を知らずに帰っていく客も存在する。


「・・・暇すぎる。」


 忙しすぎる仕事は遠慮したいが、一日中受付カウンターにボケッと座っているだけの仕事も辛い。まるで、窓際族に追いやられた気分だ。座り飽きた燕真は、階段を降りて1階を覗く。


「アリガトーございました~。」


 会計を済ませた客が、『喫茶・YOUKAIミュージアム』から出ていくところだった。


「なんや、燕真?何か用か?」

「いや・・・用は無いんだけど、

 1階が忙しそうだから、なんか手伝う事があるかと思ってさ。」

「おぉ、気ぃ利くなぁ。なら、便所掃除と皿洗いを頼む。」

「・・・了解。」


 もう少し‘喫茶店ぽい仕事’をしたかったが、何も仕事が無いよりはマシ。燕真は、カウンター内で座っている粉木に言われた通りに、トイレに籠もって掃除をする。手際良く掃除を終わらせて皿洗いをしていると、昼の繁忙期が終わり、店内から客が居なくなった。


「これもお願いね、燕真っ!」


 メイド姿の紅葉が空いた皿を持ってきたので、燕真が引き取って洗う。此処はメイド喫茶ではなく、あくまでも、博物館を訪れた客が一息つく為に併設された喫茶店。 メイドの格好で客を出迎える必要は無いのだが、館長の粉木の趣味&紅葉が乗り気で今に至る。・・・と言うか、男性客のリピーターの大半は、メイド姿の紅葉に会いに来るのが目的だ。ファーストフードでのバイト経験があり、スマイルでリピーターを増やした紅葉からすれば、自分目当ての客のハートを掴みつつ、一切隙を見せない対応は簡単な事。

 ただし、燕真が身近に居る時だけは、紅葉は燕真に話しかけてばかりでペースが乱れてしまう。だから、老獪な経営者は、‘紅葉が燕真に纏わり付く事を嫌がる客達’への配慮で、燕真を窓際族(誰も客が来ない2階の管理)に追いやっている。


「塾は何時からなんだ?」

「今日ゎオヤスミだよ。」


 高校生は夏休み。紅葉は、塾の夏期講習の時間帯以外は、『喫茶・YOUKAIミュージアム』でウェイターのバイトをしている。紅葉目当てで店に来て、紅葉が居ない事を知って、ガッカリしながらコーヒーを注文する男性客は多い。夏休みが終わって学校が始まったら、おそらく、客は激減をするのだろう。

 布巾でテーブルを拭いて戻ってきた紅葉が、カウンター内で食器洗いをする燕真の向かい合わせの椅子に座る。


「ねぇねぇ、燕真!今日の夜、暇!?」

「忙しい。」


 実際には、帰宅をしても‘テレビを見る’くらいしかやる事は無いのだが、仕事後まで騒がしい小娘と絡みたくない。


「どうせ暇でしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 この娘には耳があるのだろうか?今、ハッキリと「忙しい」と言ったのに聞こえなかったようだ。


「ァタシの親戚のマキ姉ちゃんが、文架大の文学部の4年生でさぁ・・・

 文架市の子ぢゃないから、女子寮に住んでんの。

 高校までは陸上部やってたけど、

 大学では、サークル活動とかは、なんにもやってないんだってさ~。

 文架大って、頭良くないと入れないよね?マキ姉ちゃん、凄くね?

 元々、ァタシがマスドナルド(ファーストフード)でバイトしてたのは、

 先に同じ所でマキ姉ちゃんがバイトしていて、

 ァタシに紹介してくれたからなんだよ。

 でもね、就職活動と卒業ロンブンの準備で結構忙しくなって、

 4年生になって直ぐにバイトやめちゃったの。

 大学生って大変だよね?燕真も大学行ったんでしょ?4年生の時は大変だった?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 話を整理する。何故、いきなり‘マキ姉ちゃん’の話題になったのかは一切不明。今の説明の中で、燕真が記憶に留める価値が有りそうな話題は、一つも無い・・・以上。


「それでね、それでね、今日、ァタシとマキ姉ちゃんで晩ご飯ぉ食べるんだけど、

 燕真も一緒にどう?」

「行くに決まってんだろう!」


 即答をする燕真。ただ煩いだけの小娘かと思っていたけど、親戚のお姉ちゃんを紹介してくれるなんて、良いところ有るじゃん。前言撤回。記憶に留める価値が無いと思えた情報は、全て価値あり。大学4年生って事は燕真の一個下か?年齢的には何の問題も無し。卒業論文に苦戦しているなら手伝ってやる。文架大の女子寮に住んでいるなら、バイクで頻繁に迎えに行ける。マスドナルドでのバイト経験があるなら、対応力が備わってるだろうし、同じバイト先に紅葉を紹介したって事は、バイト仲間からの一定の信頼は得ていたのだろう。


「ところで、マキ姉ちゃんって可愛いのか?」

「ぅんっ!カワイイよ。」

「芸能人に例えると、誰に似ている?」

「ずんだ餅3個分に似てる。」

「・・・ずんだ餅?」


 女の子の言う「可愛い」が、どの程度信用できるかは微妙。ずんだ餅と言う名の芸能人はいない。紅葉の視点で、ずんだ餅のどの辺が可愛いのかは、ジックリと説明していただきたい。だけど、紅葉の親戚=黙っていれば満点美少女の紅葉と同じ血を引いているなら、一定の期待はできる。


「何時から、何処で飯を食うんだ?」

「7時半から、文架大の近くのファミレスだよ。

 バイクに乗せてってもらってイイ?」

「任せろ!」


 YOUKAIミュージアムは、あくまでも博物館がメインの施設なので、夕食時にもかかわらず、18時には閉館をする。現地までの移動時間を考慮しても、急いで帰宅をして、シャワーで汗を流して爽やかな私服に着替える時間は充分に有る。

 浮き足立って今の時刻を確認する燕真。閉店までの残り4時間半が待ち遠しい。こんな時に限って‘妖怪が出現しやがった’って展開にならない事を祈るばかりだ。


「やれやれ・・・朴念仁が。

 もうちっと、女心を勉強せんと、空回りばかりで、なんも上手くいかんやろな。」


 一方の粉木は、紅葉が常々猛アプローチをしている事に一切気付かずに、ちょっとした出会いのチャンスに浮かれている燕真を、溜息まじりに眺めた。


 不安要素だった「こんな時に限って妖怪が出現しやがった」は発生せず、無事に定時になってYOUKAIミュージアムは店じまいをして、燕真はバイクに乗って低速で、自転車に乗る紅葉と並走して同じ方向に帰る。本陣町に入り、燕真のアパートに繋がる路地の手前で、2人は止まった。


「んぢゃ、7時におうちの前に向かえに来てね。」

「何処かに待ち合わせじゃなくて、家に迎えに行くのか?

 オマエの家、何処?」

「あれぇ?来た事なかったっけ?」

「無ぇ~よ!広院町に住んでいるんだっけ?」

「あそこっ!広院町にあるサンハイツ広院だよ。」


 紅葉が指さす先(現在地の隣町)には、綺麗な中層マンションが建っている。


「へぇ・・・良いところに住んでんだな。了解。7時な。遅れるなよ。」

「燕真こそ。」


 45分後に待ち合わせる約束をして別れ、燕真は自宅のボロアパートの敷地にバイクを乗り入れる。部屋に入って、直ぐにシャワーを浴び、髪を乾かして清潔感が演出したヘアスタイルに纏め、クローゼットから服を引っ張り出して、鏡の前でアレコレと合わせる。


「う~~~ん・・・これで・・・良いかな?」


 考えてみたら、オシャレな服なんてロクに持っていなかった。ちゃんとした格好と言っても、就職活動で着たリクルートスーツでは、いくら何でも堅苦し過ぎるだろう。チャラチャラした格好は嫌いなので、ネックレスやリングのような装身具は一つも持っていない。黒のテーパードパンツに、シンプルなTシャツと、淡い色のカーディガンでコーデを決める。点数的には、平均点ってところだろうか?




-文架市の東-


 文架大橋と真っ直ぐに繋がる幹線道路を東に向かい、国道で左折をしてしばらくバイクを走らせると、市街地ほど賑やかではないが、郊外ほど閑散としているわけでもない地域の一角に、文架大学のキャンパスが鎮座をしていた。その周りには、学生対象の安普請なアパートが、幾つか見受けられる。


「マキ姉ちゃんの女子寮、アレだよ!」

「へぇ~。」


 促されて、バイクを操縦しながら眺める燕真。タンデムの紅葉が指さす先には、安普請アパートとか一線を画す3階建てで可愛らしい色合いのマンションが建っていた。家賃は周りのアパートと比べて高そうだが、他県から文架大に来た年頃の娘を1人暮らしさせるなら、割高でも、セキュリティの良さを選択するのだろう。


「女子寮・・・か。」


 建物の中は、どれほど華やかな園なんだろうか?年頃の健康的な男子にとって、その甘美な響きは大変興味深い。紅葉の親戚の「マキ姉ちゃん」と仲良くなれれば、燕真が迎えに行くって手段で、女子寮に用事が出来るかもしれないが、残念ながら今日の目的地は女子寮ではない。この先の国道沿いにあるファミレスで待ち合わせをしているのだ。燕真と紅葉を乗せたバイクは、文架大と女子寮を横目で見ながら通過をする。




-ファミレス-


 待ち合わせの10分前。比較的道路が空いていたので、予定よりも早く到着をした。紅葉を先頭にして、期待に胸を膨らませた燕真が店内に入る。


「んぉっ!マキ姉ちゃ~ん!」


 早速、紅葉が、先に席を確保していた待ち合わせ相手を発見して手を振る。相手も紅葉に気付いて手を振り返した。その光景を見た燕真は、表面的にはクールを装っているが、心の中でガッツポーズをする。紅葉と同じ血を引いているだけのことはあり、マキ姉ちゃんの容姿は80点。ただし満点に20点足りないと言うより、比較対象が、いつも身近に居る紅葉になので、目が肥えてしまい、どうしても点数の付け方が辛口になる。シンプルなボーダーTシャツとチノパンという飾りすぎないファッションセンスも良い。スタイルについては、大学4年の彼女と、高2の紅葉を比較するのが間違いだろうけど、全体的にはスリムだけど、ちゃんと出るところが出ている。総合的に、文句を付ける場所が無い。


「コレが燕真で~す。」

「どうも、佐波木燕真です。」

「親戚のマキ姉ちゃんだよ。」

「初めまして。クレハちゃんの従姉の友野真紀です。」


 紅葉から‘コレ’扱いをされた燕真は、少しカチンときたが、キューピット役に文句を言って、いきなり第一印象を悪くするワケにはいかないので堪える。燕真と紅葉は、同列の席に並び、紅葉が窓側(真紀と対面)、燕真が通路側(真紀と斜向かい)に座った。

 先ずはメニューを眺めながら、「これが美味しそう」「こっちが良いかも」と当たり障りの無い会話をする。燕真はサンドイッチとフライドポテト、真紀はスパゲティとサラダに決めた。


「あっ!ァタシもフライドポテト注文する。」

「俺が注文したのは、皆で摘まむ用だ。」


 紅葉はドリアとハンバーグとチキンソテーのプレートとピザに決めた。3人ともドリンクバーを選んで、滞りなく注文を終える。


「マキ姉ちゃん、スパゲティとサラダだけで良いの?」

「クレハちゃん、そんなに注文して大丈夫?」

(全くだ。食べ放題に来たんじゃね~んだぞ。)

「ダイジョブダイジョブ!燕真のおごりだもん。

 マキ姉ちゃんのぶんも払ってあげるんでしょ?」

「はぁぁっ!?」

「えっ?良いんですか?初対面でそれは拙いですよ。」

「い、いや・・・俺、社会人ですし、おごりますよ。」


 紅葉のバカは、ハナからおごってもらうつもりだったのか?おごらせるつもりなら、もう少し遠慮して注文しろよ。燕真は猛烈に文句を言いたかったが、お見合い相手に好印象を与えたいので言えない。それどころか、爽やかな笑顔で、真紀の分まで「おごりますよ」と言ってしまった。


(あ~~~~・・・稼がんと拙い。妖怪、出現してくんないかな~。)


 だが、まぁ、素敵な従姉を紹介してくれたと解釈すれば、紅葉へのおごりなど、安い物だ。燕真は、紅葉へのお礼と解釈する。


「ところで、友野さんは、文架市の人ではないんですか?」

「んっ!マキ姉ちゃんゎ、文架市の子ぢゃないよ。

 文架市の人が寮に入るわけないぢゃん。」

(うるせーぞ、紅葉!んなこと、オマエに突っ込まれんでも解っている!

 会話の取っ掛かりにする為の、当たり障りの無い質問だよ!)

「マキ姉ちゃんゎ、燕真と同じ美宿市出身でぇ~す!」

「・・・えっ?マジで?」

「佐波木さんも美宿市なんですか?」


 真紀に聞いているんだから、紅葉が答えるな。なんで、紅葉が燕真の出身地を知っている?問い詰めたいことは幾つかあるが、同郷出身と聞いて、全部吹っ飛んだ。これってもう、運命なんじゃね?縁を結んでくれた紅葉に感謝。


「どこの中学?案外、近所だったりして?」

「私は、美宿第二中学校です。」

「俺、平本(へいぼん)中学校。高校は布津迂(ふつう)高校に行った。」

「平本中だと、松莉花(まつ りか)ちゃん知ってます?同じ高校なんです。」

「松莉花ってジャスミン(あだ名)か?」

「そうそう、ジャスミンちゃん!」

「知ってるも何も、小中一緒。近所の子だよ。懐かしいなぁ。」

「え~~~~・・・そうなのぉ~~!?

 彼女とは、今でも連絡取り合ってるんです。」

「ジャスミンと仲良いんだ?部活の先輩とか?

 あれ?でも、紅葉から聞いたけど、君、陸上部だよね?

 ジャスミンは中学の時は卓球だったけど、高校で陸上を始めたのかな?」

「あっ!私、一浪しているんです。だから、ジャスミンちゃんとは同期生。

 必然的に佐波木さんとも同い年になりますね。」

「マジかぁ~~~~!

 俺さ、バスケ部だったけど、

 陸上部の人数が足りなくて、時々狩り出されていたんだよ。

 もしかしたら、どっかの大会で会ってたかもしれないね。」

「うんうん、有り得る~~。」


 同郷で、共通の知人有り。同世代なので、中学高校時代に流行ったことや、行った店も似通っている。必然的に会話は弾み、全く話題に入れない紅葉は、徐々にふくれっ面になる。燕真と真紀の波長がバッチリと咬み合い、自分が蚊帳の外に追い出されるなんて想定外だ。


「マキ姉ちゃ~ん。例の話はど~なったの?もう、ダイジョブになったの?」

「あっ!そうだった!」

「・・・れいのはなし?」


 普段は無駄話ばかりの紅葉が、珍しく真剣な表情で、話を妨げてきた。例の話ってなんだろう?今日は、紅葉が燕真に真紀を紹介してくれる会食ではなかったの?


「あの・・・実は・・・・ですね。最近、頻繁に変なことが起こるんです。」

「マキ姉ちゃん、最近、変なことに巻き込まれちゃってるの。」

「・・・はぁ?」

「先日、クレハちゃんに会った時に、私の様子がおかしいって見抜かれてしまって、

 周りで起きている現象を相談したら、

 頼りになる人が居るから連れてくるって・・・。」

「もしかして・・・それが・・・俺?」


 燕真が自分を指さして紅葉を見ると、紅葉はウンウンと首を縦に振る。なるほど、紅葉が、燕真に彼女候補を紹介してくれるなんて奇妙だと思っていた(実際は舞い上がって、少しも疑問に感じていなかった)が、違ったみたいだ。


「れいのはなし?・・・例?霊?どっち?」

「よ、よく解りません。でも、変なことばかり起こって気持ち悪くて・・・。」

「調べなきゃワカンナイけど、多分、霊だねぇ。」

「あぁ・・・そうっすか。」


 お見合いではなかったと知って少し(かなり)ガッカリする燕真。気分転換を兼ねて、ドリンクバーにコーヒーのお替わりを取りに行く為に席を立つ。まだコップに半分ほど残っている紅葉と真紀は、少し肩を落とした燕真の背中をチラ見で見送った。


「彼が、クレハちゃんの言ってた人だね。

 私と同い年にしてはチョット頼り無い感じがするけど、

 優しくて良い人っぽいね。」

「でしょでしょ!んっへっへっへ。

 今日ゎ、いつもと比べると、チョット温和しいけどねぇ~。」

「へぇ~・・・普段はもっと騒がしいんだ?

 そう言われてみると、無理してクールっぽく決めてるのが見え見えで、

 チョット可愛いかも。」


 燕真は、席から離れた瞬間に話題にされていることなど気付かず、ドリンクバーでカプチーノを選択して、注がれる様子を眺めながら考える。お見合いではなかったが、まだ話が終わったワケでもない。真紀の要求に応える活躍をして「頼れる人アピール」をして、この出会いを、価値の有る出会いにすれば良いのだ。


「しゃ~ない。

 例の話だか、霊の話だか知らんけど、

 スパッと解決して、良いところを見せてやるよ。」


 真紀から、「無理してクールっぽく決めてる」と見透かされていることに気付かず、クールで格好良い雰囲気を作り直し、カプチーノが注がれたカップを持って席に戻る。


「では、早速本題に入りましょうか。友野さんの周りで起こる変なこととは?

 可能な限り詳しく説明してもらえると助かります。」

「寮の、私の部屋の窓の下で、十数匹の猫が、夜の間、ずっと鳴いていたり・・・

 4日間連続で、寮や大学や買い物先の駐輪場に駐めておいた私の自転車に

 マーキングをしたり・・・

 寮の私の部屋の窓の手摺りに、野鳥が止まって糞をしたり・・・」

「・・・・はぁ?」


 運が悪い人?動物から嫌われて威嚇されている?それとも、もの凄く好かれて求愛でもされている?燕真は、動物のことは、あまり詳しくないんだけど、なんで、そんな生活レベルのことを、初対面の女性から相談されているんだろう?


「マキ姉ちゃん・・・ちゃんと説明しないとワカラナイよ。」

「で、でも、変な人だと思われたら・・・。」

「変な人にゎ慣れてるからダイジョウブ!」

(・・・た、確かに、変な人には慣れている。

 オマエ(紅葉)以上に変な人なんて、居ないだろうからな。)


 真紀は、しばらくは戸惑っていたが、紅葉に何度も催促をされて、ようやく話し始めた。


「わ、私は見ていないんですが、

 見た人の話だと、猫も犬も野鳥も、

 長髪で、頭の後ろに口が有ったらしいんです。」

「・・・長髪で頭に口?・・・そ、それは大変だな。」


 燕真が真紀にからかわれているか、真紀が周りの人にからかわれているか、非日常絡みの三者択一だ。念の為に隣に座っている紅葉をチラ見したら、紅葉は燕真の方をガン見して首を縦に振った。


「・・・感じるのか?」

「んっ!」

「・・・そっか。」


 紅葉の反応からして、妖怪絡みで間違いなさそうだ。あからさまな態度で示さないのは、紅葉なりに真紀を思いやっている、もしくは、退治屋の活動を大っぴらにしない為の配慮だろうか?燕真は、紅葉に少しは気遣いが出来ることを安堵する。


「寮の皆が居た時は気にしないようにしていたのですが、

 夏休みになって周りが地元に帰省して、

 ひとけが無くなったら急に怖くなってしまって・・・」

「解りました。

 あまり詳しくは説明できないけど、

 俺からすれば、それほど珍しい現象でもなさそうだ。

 友野さんの周りで何が起きているのか、調査してみるよ。」

「よ、よろしくお願いします。」


 真紀の依頼に対して、燕真は笑顔とサムズアップで返す。先ほどは燕真を「頼り無い感じ」と表現した真紀だが、その時は少しだけ格好良く見えた。食事を終え、燕真が3人分の会計をして、自転車で来た真紀を寮まで送り、その日は解散と成る。早速、女子寮の近くで張り込みをしたい燕真だったが、紅葉を家に帰さなければ拙いので、粉木への報告と相談を兼ねて、一度引き上げることにした。

 帰りの道中、赤信号で燕真がバイクを停車させたところで、タンデムの紅葉が燕真の頭をヘルメット越しにポカポカと叩く。


「イテッ!なんだよっ!?」

「燕真のヘンタイ!マキ姉ちゃん見て、鼻の下伸ばしてたでしょ!?」

「伸ばしてねーよ!」

「絶対伸ばしてたっ!鼻の下がテーブルまで垂れ下がってたモンっ!」

「テーブルまでって、どんな状況だ!?俺の鼻の下、そんなに伸びね~よ!

 そんなことよりもオマエさぁ・・・妖怪退治の依頼なら、最初からそう言えよ!」

「言ったぢゃん!」

「一言も聞いてね~よ!

 オマエが言ったのは‘親戚の姉ちゃんと飯を食うから、一緒に来い’だけだ!」

「あれれ?そ~だっけぇ?」

「全くもうっ!」


 一悶着の後、目の前の信号機が青に変わったので、燕真はバイクをスタートさせる。がさつ小娘の所為で、余計な仕事を請け負ってしまい、面倒臭くて仕方が無い。だけど同時に、紅葉が真っ先に自分を頼ってくれたのは、少し嬉しい。




-22時・YOUKAIミュージアムの事務室-


 紅葉を送り届けた燕真は、帰宅はせず、粉木のところに赴いていた。


「そいで・・・お嬢の従姉の頼みを受けて来たんか?」

「・・・うん。」

「オマン、いつから、依頼を受けて仕事をする探偵になってん?」

「拙かったか?」

「・・・拙くはないが、退治屋の業務からはズレとるのう。

 営業をして、妖怪退治の仕事を持ってくるなんて、前代未聞やで」


 退治屋は、事件が発生をして被害が出てから動く・・・と言うか、いくら妖怪退治の専門職でも、妖怪が出現する前に動くなんて不可能だ。


「仕事、引っ張ってきたんはお嬢か?」

「まぁ~な。」

「・・・やれやれ。」


 粉木は、目の前のパソコンで退治屋のデータベースを検索して、モニターに画像を表示する。


「・・・これは?」

「猫や犬や野鳥が、長髪で、後頭部に口・・・子妖に憑かれとるんやろうな。

 お嬢の従姉の周りに隠れとる妖怪は、おそらく二口女や」


 子妖が憑いた動物の外見的特徴、及び、子妖が憑いているにもかかわらず、大した被害が無い点から考えて、本体は二口女で、まだ覚醒はしていないと判断できる。


「お嬢の従姉に、どない些細な噂でも良いから、

 他に学校や寮で不思議な噂が無いか聞いてみい。」

「不思議な噂か。

 ・・・そう言えば、絡新婦の時も、紅葉に同じような事を聞いていたな。」

「そや。一番解りやすいのは、学校の七不思議ちゅうヤツや。

 あないなもん、たいていは誰かがでっち上げたデタラメやけど、

 時たまホンマもんが混ざっちょる事があるでな。

 同じ解釈で、女子寮の怪現象を聞いて、

 そん中からホンマもんを突き止めるところからや。

 それで見付からにゃ、近所を聞き込んだり、過去の新聞を引っ繰り返して、

 念が残るような事件性のもんが無かったか探せばええ。」

「七不思議・・・まぁ、確かに何処にでもあるな。

 解った。明日、聞いてみるよ。」


 粉木から初動のアドバイスを貰った燕真は、「早速、連絡をする理由ができた!」と喜び勇んで帰宅をする。見送る粉木は、燕真が見えなくなってから大きな溜息をついた。


「源川紅葉・・・か。」


 出現妖怪の種類が解れば、対策も立てやすい。そして、張り込みをして、妖怪出現と同時に被害が出る前に、倒せれば、これほど効率的な事はない。だが、妖怪が出現して、被害が出てから討伐の動くのが当たり前。退治屋の常識から考えれば、事前に営業をして仕事を得るなんて前代未聞。それをナチュラルにやってのける紅葉の才能には、底知れ無さを感じてしまう。




-翌朝-


「・・・むむむぅ~~~~。」

「どうしたんや、お嬢?」


 YOUKAIミュージアムにバイトに来た紅葉が唸り声を上げた。理由は燕真が居ないから。燕真は朝一で女子寮の張り込みに行ってしまった。


「しゃ~ないやろ。

 燕真の本職は、2階の受付で一日中暇潰しをしている事やのうて妖怪退治や。」

「ァタシの本職もヨーカイ退治っ!

 ァタシと燕真ゎ、2人揃って妖怪バスターズなのっ!」

「おいおい、妖怪バスターズってなんや?いつの間に、そない組織ができた?

 お嬢の本職は妖怪退治やのうて、高校生活。昼からの塾通いも立派な本職。

 文架大の寮で張り込みなんてしたら、塾に行けんくなるで。」

「・・・むむむぅ~~~~。」


 不満そうに、身近な椅子に腰を降ろす紅葉。燕真が単独で妖怪の調査(しかもマキ姉ちゃんのところ)に行ってしまったのが面白くない。きっと、鼻の下は伸びっぱなしなのだろう。だが、粉木が言う通り、塾をサボれないのも事実。納得はできないが受け入れるしかない。紅葉は、ムスッとした表情で立ち上がって事務室に行き、メイド服に着替える。


「おはよ~!紅葉ちゃ~ん!今日も元気だね~!」

「はぁぁ?ァタシが元気!?どこに眼を付けているんですか!?」

「・・・ご、ごめんなさい。」

「紅葉ちゃ~ん!愛情たっぷりのピザトーストお願いっ!」

「品切れですっ!今日ゎなんにもありません!」


「おいおい、燕真が2~3日、店を離れただけで、閉店に追い込まれそうやな。」


 開店と同時に、紅葉目当ての客が数人訪れるが、その日の紅葉の接客は、もの凄く雑だった。しかし、例え、退治屋より喫茶店の収益が上だったとしても、本業はあくまでも退治屋なので、粉木には、燕真を店に戻すことは出来ない。




-文架大近くのファミレス-


 呼び出された真紀が入店すると、先に席を確保していた燕真が軽く手を振って合図をした。真紀は軽く会釈をして、燕真と向かい合わせに座った。


「おはよう。早速呼び出して悪かったね。」

「おはようございます。クレハちゃんは?」

「アイツは、塾とバイトがあるんで、そっちが優先だよ。

 今日呼び出したのは、調査の過程で、確認しておきたいことがありましてね。」


 このファミレスのモーニングはビュッフェ形式。燕真と真紀は、食べたい物を自由に取ってテーブルに戻った。真紀が選んだプレートの盛りつけは、パンとスープの他に、赤や緑(サラダ)、黄色(目玉焼き)等々、彩りが綺麗で見た目が非常に良い。  対する燕真のプレートは茶色(揚げ物やウインナー)だらけ。見比べた燕真は、真紀の女子力の高さに感動してしまう。


「女子寮や文架大で、昨日、教えてくれたこと以外に、奇妙な噂ってある?」


 食事をしながら、早速、本題を始める。

 文架大では、軍事工場の跡地に建っている、夜になると増える建物、夜になると増える階段、トイレから聞こえる鳴き声、屋上に立つ人影、校庭で姿が見えないのに複数の声がする、誰も居ないはずのグラウンドで発せられる応援歌、体育館で鳴り響くバレーボールの打撃音・・・等々。

 女子寮では、以前は墓地だった、窓際に立つ女性の霊、徘徊する人影、2階で何故か一つだけ窓ストッパーで固定されて開かない窓、定時になると死者の世界に繋がるトイレの扉・・・等々。


「夜になって、増えた建物を見たことは?」

「ありません。」

「・・・だろうな。

 いきなり見覚えの無い建物が増えてたら、

 噂レベルじゃなくて、大騒ぎになってるよ。

 女子寮で、友野さんが霊を見たことはことは?」

「ありません。」

「だよな~・・・経験してれば、とっくに話してるだろうし・・・。」


 真紀が教えてくれたのは、どれも、何処にでもありそうな噂話だった。ちなみに、文架大の一帯は、過去は全て休耕した田んぼ。町中ならともかく、文架市郊外には、まだ幾らでも土地があるのに、ワザワザ軍事工場や墓地を潰して建物を建てたりはしないだろう。しかも、いくつかは、優麗高の七不思議と被っている。

 粉木は「時々、噂の中に本物が混ざっている」と言っていたが、今の、何処にでもありそうな話の中に、「本物」なんてあるのだろうか?燕真は、殴り書きしてメモを眺める。


「ん?・・・窓ストッパーで固定された窓が一つ?これって心霊現象か?

 友野さん、この窓は実際にあるのか?」

「はい、あります。」

「なんで一つだけ?開かずの窓になった原因は?」

「私が入寮した時には既に固定されていたので詳しくは知りませんが、

 十数年前に、おとなしくて、あまり目立たない女生徒が、

 年上の恋人にフラれた事を儚んで身を投げたって噂は有ります。」

「・・・2階だよな?身を投げても死なないだろ。」

「私も気になったので調べましたけど、寮に事故物件の情報はありませんでした。

 それに、噂の窓の下は花壇になっていて、

 落ちても、多分、低木や土がクッションになります。」

「変な噂だな。」

「ですよね。」


 プレート内を完食した燕真と真紀は、お替わりを取りに行く。燕真は、先ほどはパン食が中心だったので、今度はご飯や味噌汁を持ってきた。相変わらず副食は茶色(納豆や揚げ物やウインナー)。一方の真紀は、パン一つとデザートを持ってきただけ。


「それで足りるのか?」

「朝は、いつもこんな感じです。」

「友野さんと紅葉が同じ血を引いてるとは思えないな。

 アイツならプレート山盛りで5~6回はお替わりに行きそう。」

「あははっ、クレハちゃんなら、そうなりそうですね。」


 その後は、文架大や女子寮の奇妙な噂から派生した雑談や、故郷・美宿市の話題、紅葉の話などをして、燕真が3回目のお替わりでデザートを食べて朝食を終え、2人はファミレスの駐車場で別れた。

 自転車で去る真紀を、燕真が見送る。やはり真紀とは波長が合う気がする。「バイクで女子寮まで迎えに行って、女子寮まで送り返す関係」に成りたいのだが、まだ時期尚早。今は、彼女の悩みを晴らすのが優先だ。


「じいさん、女子寮の噂で、チョット異質なのがあった。」

〈そうか。そいで、これからどうする?一度、こっちに戻って来るか?〉

「いや、気になるから、少し調査してみるよ。」


 燕真は、粉木への報告を終え、真紀が通過したばかりの道をバイクで通って、女子寮へと向かった。




-11時-


 今は真夏。太陽が昇りきったこの時間帯は非常に暑い。燕真は、自動販売機で買ったペットボトルに口を付け、木陰に身を置いて、50mほど先にある文架大女子寮を眺める。真紀が言った‘開かずの窓’は、寮正面の2階端の窓。下がコンクリートやアスファルトならともかく、下には植え込みが有り、飛び降りたところで、若者が自らの命を絶つなんて不可能。霊感ゼロの燕真が聞いても、あきらかに異質な状況だ。


「友野さん・・・絶対に解決してやるからな。」


 燕真は、額の汗を拭い、女子寮を睨み付け、清涼飲料水を口の中に流し込んだ。


「アホンダラっ!」

「ぶっっ!!」


 直後に後から後頭部を叩かれ、口に入れた清涼飲料水を吐き出す。振り返ったら、真後ろの粉木が立っていた。その直ぐ後ろには、仏頂面の紅葉も居る。


「どこが‘調査’や!?女の園を覗いているだけやないか!?」

「燕真のヘンタイっ!」

「チゲーよ!寮の窓が怪しいんだよ!だから、こうやって見張って・・・」

「やっぱり、覗いとるやんけ、ドアホ!

 一日中、こないとこに突っ立って、女子寮を眺めとったら、

 付近の住人に通報されんで。」

「燕真のヘンシツシャ!」

「張り込むなら張り込むで、もうちっと頭を使えっちゅ~んや!」

「どうやって?」

「それを考える為に、いっぺんYOUKAIミュージアムに戻らなあかんやろ!」

「燕真のタラズ!」

「オマエに言われたくない!

 だいたい、なんで、じいさんと紅葉が来られるんだよ?店や塾はどうした?」

「オマンの所為で、お嬢が職場放棄しおって、どうにも成らんねん。

 放置しといたら店が信用を失って潰れてまうで、

 早々に店じまいして、こっちに来たんや。」

「・・・なんで、紅葉の職場放棄が俺の所為?」

「燕真が鼻の下を伸ばしてるからだっ!」

「そやっ!オマンが鼻の下を伸ばしているからや!全部、燕真が悪い!」

「・・・はぁ?意味が解らん。」

「まぁ、ええ。

 オマンが、のぞき魔として警察に連行される前に合流できて良かった。

 なして、寮の窓が怪しいのか、説明しいや。」

「真面目に仕事してんのに、ひでー言われようだな。」


 燕真は、大学と寮の奇怪な噂のうちで、「開かずの窓」だけが事実と言うことと、そこから寮生が飛び降りた噂が有るが、事故物件の噂は無く、立地的に怪我程度で収まることを説明する。話を聞いた粉木は、燕真の意図に一定の理解を示した。


「なるほど、確かに怪しいな。

 だけど、此処で眺めとっても、霊の類いはなんも感じへん。」

「ァタシゎ、ちょっとモヤモヤを感じるけど、ココからぢゃ、よくワカンナイ。

 もうちょっと近くに行ってみるねぇ。」

「あっ!おい、紅葉っ!」


 紅葉は、燕真の制止を無視して、女子寮に近付いていく。成人男性やジジイが女子寮の周りを彷徨いたら即座に不審人物扱いだろうけど、女子ならば、余程おかしな行動をしなければ見逃されるだろう。粉木は黙って見守る。10分ほど寮の周りを見て廻った紅葉が戻ってきた。


「ん~~~・・・モヤモヤゎ絶対あるケド、近くに行っても、よくワカンナイ。」

「そか。お嬢でも解らんか。

 寮の管理人に聞いたら詳細は解るかもしったらいが、

 いきなり行って説明を求めても、怪しまれるだけやろう。

 よし、解った。しばらくはワシが張り込んだる。

 ぼちぼちお嬢の塾の時間や。燕真は、お嬢を塾まで送ったれ。」

「なんで俺が?」

「オマンが、アホ面下げて此処で突っ立って張り込んでるより、

 ワシが昼寝中のジジイのフリして張り込んどる方がマシやさかいな。」


 粉木が指さす方向には、粉木の自動車が路上駐車されている。確かに、エアコンの効いた車内で粉木が昼寝のフリをしながら様子を見ていた方が数倍はマシだ。


「それに、お嬢の送り迎えほど、オマンに適任な仕事はあれへん。」

「・・・小娘の塾への送り迎えが仕事って・・・俺はどこの暇人だ?」

「ええさかいちゃっちゃと行かんかい。お嬢が塾に遅れたら、オマンの所為やで。」

「そ~だぞっ!サッサとァタシを送れっ!もちろん、お迎えも来なきゃだからね!」

「・・・全くもうっ!」


 粉木から紅葉の子守を押し付けられた燕真は、渋々とバイクに跨がり、タンデムに紅葉を乗せて、文架市街に向けて走り出した。見送った粉木は、車に乗ってエンジンをかけ、リクライニングを倒して、「昼寝中のジジイ」のフリをしながら女子寮を眺める。




-十数分後・文架大橋東詰-


 燕真と紅葉が、バイクで信号待ちをしている。紅葉の塾は文架駅前商店街に在る為、そこまで送らなければならない。しかも、粉木からは、夕方になったら迎えに行く命令まで受けている。「これのどこが仕事だ?」と燕真はバカバカしくて仕方が無い。

 交差する公園通りの道路から、何台もの車が文架大橋側に曲がっていく光景を、燕真は漠然と眺めていた。


「んぁっ!燕真っ!!あの車、追ってっ!」

「・・・はぁ?」

「黒くて大っきい車っ!」

「無茶言うな!」


 燕真の正面は、まだ赤信号のまま。追えと言われても、信号無視は出来ない。


「友達でも乗ってたのか?」

「チガウチガウ!

 マキ姉ちゃんの寮のモヤモヤと同じのが、さっきの車にあったの!」

「マジで?」

「ぅん!超マヂ!」


 事件を解決して、真紀に良いところを見せたい。信号が青に変わったので、燕真はバイクをスタートさせる。信号待ちをしている間に、紅葉が指定された車にはだいぶ先行をされてしまったので、速度を上げて、前方を走る車を縫うようにして抜き去りながら‘黒くて大っきい車’を探す。


「いたっ!黒くて大っきい車っ!アレだよ!」

「モヤモヤってのは感じるのか?」

「んっ!間違いないっ!寮のモヤモヤと同じっ!」


 文架大橋の西詰め交差点で信号待ちをしている黒いワンボックスカーを発見。問題は、どうやって運転手を呼び止めて話をするか?いきなり運転席の窓を叩いて「モヤモヤしてますよ~」と伝えても、気味悪がられるだけだろう。ワンボックスカーの数台後方でバイクを駐めた燕真は、アプローチの手段を考える。


「んぢゃ!行ってくるねっ!!」


 しかし、燕真の思案など、紅葉はお構い無し。タンデムから降りて、数台前方の黒くて大っきい車に駆け寄って、助手席の窓を叩いて窓を開けてもらい、しばらく何やら話しかけている。いきなり変な若造がアプローチを求めるより、見た目(だけは)満点の美少女に突撃された方が、相手の警戒心のハードルは下がるだろうけど、やることがあまりにも直球する。

 燕真が様子を眺めていたら、正面の信号機が青の変わった。「当然、話し終えて戻って来る」と思っていたのに、紅葉のバカは、助手席を開けて乗り込んでしまう。信号が青になり、紅葉を乗せたワンボックスカーが動き出した。


「・・・おいおい、塾はどうする気だ?

 あのバカ、

 子供の頃に‘知らない人の車に乗っちゃ行けません’って教わらなかったのか?」


 さすがに、このまま放置はできない。見失ったらシャレに成らない。燕真は、青ざめながら、紅葉を乗せた黒いワンボックスカーを追い掛ける。




-14時-


 疲れ果てた表情の燕真が、女子寮の前で待機中の粉木の車の助手席に乗り込んできた。薄目を開けて寮を眺めていた粉木が、昼寝のフリをしながら話しかける。


「随分と遅かったのう。お嬢は塾に届けたんか?」

「あのバカの独断専行の所為で、だいぶ遅刻したけどな。

 でも‘開かずの窓’の詳細は解った。俺達が動くのは夜になってからだ。

 問題は、どうやって、妖怪に接触するか・・・だな。」

「ほぉ、詳しく聞かせい。」


 粉木は、興味を示して起き上がった。営業で妖怪事件を獲得するだけでも驚いているのに、今度は、被害が出る前に対策を練ろうとしているのだから、話に乗る以外の選択肢は無い。しかも、これが部下の活躍ではなく、全て部外者(紅葉)の手柄なのだから、ベテラン退治屋の粉木ですら、今まで培った退治屋の常識を片っ端から覆されている気分である。

 説明を聞いた粉木は、燕真の「動くのは夜になってから」を支持して、日中の張り込み中止をする。今のうちに仮眠で体を休め、夜に行動すると判断して、燕真と粉木は一時帰宅をすることにした。ただし、燕真には、塾に紅葉を迎えに行くという重要ミッションがあるので、夕方には起きなければならない。更には、騒がしい紅葉の相手もしなければ成らないという超難関ミッションも控えているので、仮眠できる時間は1時間程度しか無いだろう。




-20時-


 燕真と紅葉の乗るバイクと、粉木の運転する車が女子寮前に到着。路上駐車をして、エンジンを止める。市街地と郊外の中間にあるこの地域は、夏休みで学生の大半が帰省をしている為、この時間帯は静まりかえっている。


「お昼よりもモヤモヤが強いね。」

「解るのか?」

「ぅん。もーすぐ来る。」


 燕真&紅葉&粉木は、忍び足で寮へと近付く。すると、事前に示し合わせていた真紀が、1階通路の窓を開けた。


「アリガト、マキ姉ちゃん。」

「クレハちゃん、佐波木さん、お願いね。」


 粉木は異常発生に備えて外に残り、燕真と紅葉は、真紀の手引きで、窓をよじ登り、男子禁制の寮内に潜入する。燕真が粉木に「どうやって妖怪と接触するか?」と相談を持ち掛けた答えが、まさかの凄まじくアナログな「忍び込む」だった。

 今ならば、大半の寮生が帰省中なので、見付かる可能性は低い。且つ、セキュリティの観点から、寮の入口には防犯カメラが有り、1階の窓は強化ガラスだが、プライバシーの観点から、寮内の通路や部屋には防犯カメラは無い。

 粉木曰わく、もし見付かっても、紅葉は「友達が遊びに来た」、燕真は「真紀の恋人が忍び込んだ」と言い張れば、真紀はペナルティーを受けるが、警察には突き出されるに済むとのこと。

 緊張した面持ちで、女の園を見廻す燕真。生活の香りを楽しもうとしたら、察した紅葉が燕真の鼻を摘まんだ。


「いってぇっ!」

「うるさい。声出すな燕真。」

「オマエがいきなり鼻を摘まむからだろうに。」


 燕真と紅葉は、端数の時間を待機する為に、1階の真紀の部屋に隠れる。教材とノートが広げられた机、小物が飾られて教材が収納された棚、備え付けのクローゼット、ベッドの上にはヌイグルミが一つ。小ざっぱりしているが、女の子らしさ部屋だ。燕真が、露骨にならない範囲で見廻していると、部屋をノックする音が聞こえる。

 真紀が咄嗟にクローゼットを指さしたので、燕真と紅葉は慌てて隠れた。


「さっき、変な声、聞こえなかった?男の人の声。」

「気付かなかったよ。テレビの音か、外で酔っ払いが騒いでたんじゃない?」


 帰省をしていない寮生が、先ほどの燕真の悲鳴を不審に思って尋ねてきたようだ。真紀が扉を開けて2~3会話をしてやり過ごし、寮生が去ったのを見計らってクローゼットを開けた。中では、様々な物が収納されて狭くなったスペースで、燕真と紅葉が密着状態で収まっている。


「ふぇ~・・・焦ったぁ~。」 「せ、狭い。」

「ゴメンね。もう大丈夫だよ。」


 クローゼットから脱出して数分ほど待機。紅葉が、妖気の支配力が強まったことを感じる。


「2階・・・来たよ。」

「わ、私も行った方が良いですか?」

「いや、君は部屋で待機していて良いよ。」

「・・・佐波木さん。」

「・・・友野さんは。」


 クールな頼れる男を決め込んだ燕真が、真紀と見つめ合う・・・が、直後に紅葉が燕真の髪の毛を引っ張って台無しにした。


「ゴチャゴチャ無駄話してないで行くよ、燕真!」

「いつも、無駄話しかしないヤツが、何を偉そうにっ!」


 2人は真紀に見送られ、部屋を出て、息を殺して物音を立てずに、階段を2階へと上がった。


「居るか?」

「んっ・・・いるよっ。窓から飛び降りようか迷ってる。」


 開かずの窓の前、燕真には見えないが、紅葉には女性の姿が見える。今の世代で見える寮生が居なかった為に‘別の噂’として扱われたが、「開かずの窓」と「窓際に立つ女性の霊」は同一の出来事だったのだ。女性の霊が、紅葉を睨み付ける。


『なんで、男と一緒に居るの?アナタ達は恋人同士?』 ※燕真には聞こえない 

「だとしたら、どうだっての?」

『不幸になってしまえ!』 ※燕真には聞こえない


 途端に、強い怪奇現象によって、LED電球や窓ガラスなどが次々と割れていく!


「わっ!わっ!」

「紅葉っ!」


 紅葉を抱きしめるようにして庇う燕真!その行為が引き金になり、女性の霊の背後に闇の渦が出現!女性の霊が飲み込まれ、闇の渦は、後頭部に口がある着物姿の女に姿を変える!妖怪・二口女だ!


「燕真っ!」

「任せろ!・・・幻装っ!!」


 燕真は、左腕のYウォッチから『閻』と書かれたメダルを抜き取って、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!妖幻ファイターザムシード登場!二口女は髪を伸ばしてザムシードの拘束を試みるが、ザムシードは裁笏ヤマを振るって、アッサリと髪の毛を切断して、二口女に突進をする!


「ヌゥゥゥッッッ!」


 勝てないと判断した二口女は、開かずの窓を突き破って外に飛び出した!一方のザムシードは、Yウォッチから『鵺』メダルを抜き取って、Yウォッチのスロットに装填する!目の前に光の渦が出現して、弓形の銃=弓銃カサガケが出現!グリップを握り締めて、照準を二口女に向け、引き金を引いた!銃口から光弾が連射されて逃走する二口女に着弾!標的の足止めに成功したザムシードは、2階窓から飛び跳ねて地面に着地!


「今の音なにっ?」 「ガラスが割れた?」 「怪物!?」 「ひぃぃっっっ!!」


 一連の騒音で、寮生や管理人が部屋から出て来る。だが、妖怪事件になった以上、退治屋の上層部が一定の権力介入や損害の補償をしてくれるので、慌てる必要は無し・・・と言うか、一切誰にも見られずに妖怪を討伐するなんて不可能。妖怪が出現してくれた方が、退治屋は堂々と戦えるのだ。


「もしかして・・・あれ(ザムシード)が佐波木さん?」


 真紀が1階の窓からザムシードを見詰めている。視線を感じたザムシードは、真紀に向けて小さく手を振った後、銃身に収納された弓身を展開して、弓銃カサガケを連射特化の‘小弓モード’から、一撃必殺の破壊力に特化した‘強弩モード’に切り替え、グリップの空きスロットに白メダルを填めた!


「これで終わりだ!」


 弓銃カサガケに妖力がチャージされ、ザムシードが銃口を二口女に向ける!矢形の光弾発射!二口女を貫通して爆発四散!撒き散らされた黒い霧は、1ヵ所に集まり、ザムシードの握るグリップに吸い込まれ、白メダルに『二』の文字が浮かび上がった!


「まだ終ゎってぃないょ、燕真!あの子もココから解放してぁげなきゃ!」

「・・・え!?」


 振り返ると、背後に紅葉が立って、割れた‘開かずの窓’を眺めていた。側面アンテナが周波数をキャッチして映像変換をしたので、ザムシードにもハッキリと見える。そこには、二口女から解放された、寂しそうな目をした女性が立っていた。


「そっか・・・また、別の妖怪の媒体にされちゃマズイもんな!」

「ねぇ、ァンタ・・・

 その窓から飛び降りた子が、飛び降りる前に残した思念なのぉ!?」


 思念の少女は小さく頷いて答える。


「彼氏に振られのが寂しぃの?」

「おいおい・・・いくら思念だからって、

 よくもまぁ、そんなにズケズケと聞けるなぁ?」


 思念の女性は一層寂しそうな目をして小さく頷いて答える。


「そか!ならさぁ、!!も1回、飛び降りてみなょぉ!」

「はぁぁぁぁっっ!!!?オ、オマエ、可哀想な霊になんて事を!!!?」

「ぃぃからぃぃから!!」

「イヤイヤイヤ、全然良くないだろう!!

 残留思念だからって、なんでそんなに容赦が無いんだ!?」

「ねぇ!騙されたと思って1回だけ!ァタシを信じて1回だけ!

 もし何も起こらなくても、思念は、窓のところに戻るだけだしぃ!」

「・・・おいおい!」


 思念の女性は、紅葉の強引な説得を受けて、半信半疑ながら、割られた窓に近付き、しばらく躊躇した後、身を乗り出す!その瞬間!


************************************


 足音が響いて、男が飛び込んできて、女性を受け止めた!男と女性は、そのまま花壇に植えられた植樹の上に落ちる!


「あ・・・あの?」

「何があったかは知らんが命を粗末にしちゃいかん!!」


 男が身を挺したお陰で、女性には掠り傷が数カ所ある程度だ。男は植樹と絡んで掠り傷だらけだが、女性の無事を確認して屈託のない笑顔で笑っている。


「う、うわぁぁ~~~~~~~~ん!!!」


 恋人に振られて凍り付いた心が急激に解けて、大声で泣きながら男に抱きつく女性。男は泣きわめく女性をシッカリと受け止める。


**************************************


 気が付くと、思念の女性は、2階廊下に立っている。開かずの窓は割れたままだが、男の姿は何処にも無い。ザムシードと紅葉が、2階の女性を見詰める。


「・・・紅葉、今のは?」

「飛び降りた事で、この子の記憶が、この先の未来に繋がったの!」

「未来・・・そっか、そういうことか。」


 昼間、紅葉が追った黒いワンボックスカーの運転手こそが、窓際に思念を残した女性だった。だから、紅葉は同じ気配を感じた。彼女は男に助けられた。しかし、思念だけは、あまりにも強すぎて残ってしまった。その後、助けてくれた男と交際をして、結婚に至るという新しい幸せが待っていると知らずに。


「開かずの窓の本当の噂・・・

 その窓から飛び降りた女の子を、男の子が下でちゃんと受け止めたら、

 2人は幸せになれる。

 ァンタが飛び降りたぁとに出来た言ぃ伝えだょ」

「寮の管理者が閉鎖するワケだ!

 2階から花壇に落ちた程度じゃ大怪我はしないだろうけど、

 そんな理由でポンポンとダイブされたら、シャレに成らないからな。」


 未来を知った女性の周囲がホワイトアウトをして、輝きながら蒸発をしていく。


「・・・・そう。私、もっと幸せになれたんだ?教えてくれてありがとう」

「ぇへへ!ぃっぱぃ幸せになってねぇ!」


 消えていく思念に向かって手を振る紅葉。ザムシードは見詰めている。

 やがて、周囲は平時の静寂を取り戻した。もうそこには十数年前に置き去りにされた思念は無い。彼女は、幸せな今に回帰をしたのだ。


「・・・本当に、被害が出る前に討伐しおった。

 こないこと、退治屋創設以来、初めてやないか?」


 ザムシード&紅葉の後で成り行きを見守っていた粉木が、生唾を飲む。被害は、割れた窓ガラスや電球だけ。人的被害はゼロ。これが、後手の行動ではなく、営業活動で妖怪事件を獲得して、事前に動いた結果なのだ。退治屋の在り方を根底から変えてしまうような出来事なので、上層部にどう報告するべきか悩ましい。



-女子寮が一望できる公道-


 黒いワンボックスカーが停まっており、車内で30代の夫婦が女子寮を眺めていた。昼間、紅葉に接触をされた妻が、大学時代を懐かしみ、夫を誘って、久しぶりに‘2人のキッカケとなった場所’を見に来たのだ。妻は夫に寄り添い、夫は満更でもない表情をする。


「どうした?」

「うぅん・・・なんでもない。ただチョット、昔を思い出してね。」


 夫は決してイケメンではない。だが、妻は彼と出会い、彼の暖かさを知った。彼の屈託のない笑顔に癒され、手ひどく振った年上の男を次第に忘れる事が出来た。大切なのは見た目ではない。彼のお陰で、それを知る事が出来たのだ。

 夫妻は、あの頃の懐かしい記憶を思い起こしながら、黒いワンボックスカーを発車させ、その場を去っていく。



-寮の前-


 ザムシードは、寮内からの白い目を気にしながら考えていた。女子寮なのに何で敷地内に男が居たんだろう?抜群のタイミングで受け止めたって事は、ずっと近くに潜伏して、覗いていたって事だよな?ある意味、それはそれで大問題ではないのだろうか?美談で片付けて良いのか?


「・・・まぁ、この状況では言うのは野暮か?」

「さぁ、なんも知れへん野次馬共に絡まれる前に帰るで。

 騒ぎの収集や、壊れた物の保証は、上(退治屋上層部)に任せたらええ。」

「んっ!帰ろっ!」

「あぁ・・・そうだな。」


 本音では、真紀のところに行って、武勇伝を語りたいのだが、他者の目も有るので接触をしにくい。ザムシードは、1階で見守っている真紀に小さく手を振ってから、粉木&紅葉と共に、暗がりの中に去って行く。




-翌日-


 西陣織のカバーと九谷焼でカスタマイズされたホンダVFR1200Fが、女子寮の前に駐まった。ヘルメットを脱ぎ、花束を抱えた燕真が、寮の前に立つ。アポ無しで真紀を尋ね、事件解決のお祝いと称して花束を渡して驚かせ、勢いに乗じてデートに誘うつもりだ。


「ふぬぅぅ~~~」


 背後の建物の影では、不満な表情をした紅葉が様子を見ているが、燕真は気付かず、真紀を呼び出すべくスマホを取り出して操作を始めた。


「あれ?佐波木さん?」


 呼び出す前にお目当ての声が聞こえる。これは運命と解釈するべきか?驚いた燕真が顔を上げたら、オシャレにコーディネートした真紀が立っていた。


「友野さん?」

「どうしたんですか?」

「あぁ・・・ちょっと、調査と、事後報告で・・・」

「そうですか、お疲れ様です。」

「友野さんはどうして此処に?」

「今から彼氏とデートなんです。」

「・・・えっ?」


 デートが余程楽しみなのだろう。真紀はキラキラと眩しい笑顔を見せる。一方の燕真は「彼氏持ち」と聞いて呆然とする。


「ところで、その花束は?」

「ああ・・・こ、これは。」


 花束をバットに見立てて、派手に空振りをした気分。燕真が恥ずかしそうに花束を隠すと、背後で、いきなり花束を奪い取られた。何事かと振り返ると、花束を持った紅葉が立っている。


「ァタシに買ってくれたのっ!ぁりがとぅ、燕真!」

「・・・・・・え?・・・・あ、あぁ・・・・・」

「クレハちゃんと佐波木さん・・・本当に仲が良いね。

 クレハちゃんのこと、よろしくね、佐波木さん。」

「・・・あぁ・・・は、はい」


 真紀は、紅葉に笑みを向けてから燕真に一礼をして、寮の前の駐車場に止まっている車の助手席に乗り込んだ。真紀を乗せ、若い男が運転する車を、燕真は寂しそうに見送る。


「燕真も、寮の2階の窓から飛び降りれば?

 言ぃ伝ぇみたく、誰かが受け止めて、幸せになれるかもょ!」

「バカ言え!俺は、そんな下らない噂なんて信じていないよ。」

「マキ姉ちゃんにダーリンいるって言わなかったっけ?」

「一切聞いてね~。」

「ずんだ餅と同じくらい可愛いんだから、いるに決まってるぢゃん。

 聞いてなくても気付きなよぉ。

 だから、マキ姉ちゃん、二口女に嫌われちゃったんだよ。」

「どういう事だよ?話が全然繋がらん。」


 真紀は彼氏持ち。頻繁に寮の前に迎えに来てもらい、デートを終えて送ってきてもらったあとは、寮の前で、仲むつまじげにしていた。その光景を、2階の窓際に立っていた‘恋人にフラれた女性の思念’から常に見られ、嫉まれて攻撃対象にされたのだ。


「二口女が覚醒する前に調査して倒せたから良かったけどさ、

 もうちょっと遅れて、二口女が覚醒してたら、ヤバかったかもね。」

「そうなのか?」

「ぅん。マキ姉ちゃん、殺されちゃってたかも。」

「・・・そっか。」


 説明を聞いた燕真は、真紀のハート獲得には失敗をしたが、真紀を死なせずに済んだことをに、一定の誇りを感じる。

 頻繁に真紀と恋人を見て、徐々に覚醒状態に成っていた二口女が、何故、燕真と紅葉の介入で急激に覚醒をしたのか?それは、依り代が、燕真と紅葉から、真紀と恋人以上の強い繋がりを感じたから。

 紅葉は気付いているが、燕真には内緒にしておく。


「お花・・・燕真が可哀想だったからウソ付いてあげたけど、

 マキ姉ちゃんにあげるつもりだったんでしょ?」


 握っていた花束を燕真に突っ返す紅葉。燕真は受け取って、しばらく眺めて「自室の飾る趣味は無い」と考え、紅葉に差し出した。


「・・・いるか?」

「ぃらない!だって、ァタシに買ってくれたお花ぢゃないぢゃん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 指摘に対してグウの音も出ない燕真は、花束を自分の手元に引っ込めた。すると今度は、紅葉が手の平を燕真に差し出す。


「でも、次ゎ、ァタシにくれるなら、今回の恥ずかしぃお花ゎ引き取ってぁげる!」

「・・・・・・・・・・え?」

「ァタシ用ゎ、お花屋さんに選んでもらったのぢゃなくて、

 真っ赤なバラ100本の花束ね!」

「・・・バカ言うな!やるとしても、もっと安いヤツだ!」


 燕真は、花束で紅葉の頭を軽く叩いてから、手渡した。


「約束だょ!」

「1000円以内の安い花束な!」


 微笑んで花束を抱える紅葉。鮮やかな花と対になった少女が映える。燕真は、がさつで残念なだけではない、紅葉の可愛らしさに、改めて気付くのであった。

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