第6話・英雄って何だろう(vs鵺)

 駐車場に出て、戦況を見守る紅葉にとって、その光景は、彼女が思い描いた物とはあまりにも違っていた。

 ワンサイドバトル!ザムシードは手も足も出せず、一方的に嬲られ続けている!


「燕真っ!!!」


 地面に両膝を着くザムシードの腹を蹴り上げ、浮き上がったところに拳を叩き込むヌエ!


「うわぁぁぁっっ!!!」


 ザムシードは、全身から火花を散らせながら、再度弾き飛ばされ、何度も駐車場を転がる!


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 ヌエは、ひと飛びでザムシードに近付き、何度も何度も背中を踏み付ける!!


「行くで、燕真っ!タイミングを合わせぃ!!」


 その背後、粉木が御札を取り出して翳しながら指で印を結んで、ヌエ目掛けて飛ばす!御札はヌエの背中に命中して小爆発を起こす!一声嘶いて仰け反るヌエ!


「クッソォ・・・いつまでも、調子に乗ってんな!!」


 その隙を突き、ザムシードは、背中の痛みに耐えながら、Yウォッチから『炎』と書かれたメダルを抜き取って、空きスロットルに装填!

 妖幻ファイターは、武器として使用するメダルの他に、攻撃力に添加する『炎』『風』『雷』『水』『氷』『地』『閃』『斬』等の属性メダルを所持しており、ザムシードには『炎』メダルが支給されている。


「吠え面かかせてやんぜぇっ!!喰らえ、猿顔野郎!!」


 ザムシードの両手甲と脛当てから炎が発せられる!仰向けに体を捻りながら、ヌエが踏み降ろした足を左腕で軽く弾いてバランスを崩させ、右拳を突き出した!拳から打ち出された炎が、ヌエの上半身を包む!


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 掻き毟るようにして炎を振り払うヌエ!ザムシードは、その隙に裁笏ヤマを拾ってヌエ目掛けて突進し、その体に一閃を叩き付けた!大きく吼えながら後退りするヌエ!かなり強靱らしく、まだ仕留め切れない。だが、ようやくダメージを与えた手応えを感じる!

 間髪入れずにもう一閃叩き込もうと踏み込むが、これまでに受けたダメージが重くのしかかり、足がもつれて片膝を着く!その顔面にヌエの蹴りが炸裂!仰向けに転倒するザムシード!

 一方のヌエは肩で息をしながら大地を蹴り、博物館の屋根に着地をして、そのまま、幾つもの屋根を飛び越えて逃走を開始する!そして、一定の距離まで離れたところで、闇の渦化をして空中に消えた!


「何だよ、アイツ・・・今までのヤツと全然違うじゃね~か!!」


 ザムシードは、ヌエの妖気反応が消えた事を確認して変身を解除。燕真の姿に戻り、全身で息をしながら、その場で大の字に寝転がった!


「燕真、だぃじょぅぶ!?」


 紅葉が駆け寄ってきて、燕真を抱き起こす。


「あぁ・・・何とかな!

 だけど、何がなんだか全然ワカンネ~よ!!解るように説明してくれ!」

「・・・・ぅ・・・ぅん」


 燕真の問いに対して、紅葉は、やや表情を曇らせながら、小さく頷いた。3人は、駐車場から博物館内に場所を移す


「なぁ、粉木のじいさん、紅葉、何がどうなって妖怪が現れたんだ!?

 刀を盗んだアイツは何だったんだ!?

 俺にも解るように説明してくれよ!?」

「・・・そうやな」

「・・・ぅん」


 燕真の質問を受けた粉木と紅葉は、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰を下ろして、先ずは粉木が説明を始めた。紅葉は口を閉じたまま俯いている。


「あの男は、お嬢が連れてきおった霊体のボウズを狙いおったんや。

 アイツ等がどんな関係かは解らんけど、

 恐らく、霊祓いの刀でボウズを祓うつもりでな。

 せやけど、ボウズが妖怪になったから、あの男は祓えずに逃げたんや。

 逃げる時に刀を持ち逃げしよったさかい、またボウズを狙うつもりやろな。」


 だいたいの話の流れは解ったが、紅葉の表情が浮かない理由は解らない。‘子供が妖怪に憑かれていた&自分が連れ込んだ子供が妖怪に憑かれていた’という所は、カマイタチの時と同じ。紅葉は、困惑するどころか、率先して事件を解決する為に動き回った。なら何故、今回は、困惑をしているのだろうか?


「ねぇ、粉木のおじいちゃん・・・」


 しばらく俯いていた紅葉が、顔を上げて口を開いた。


「なんや、お嬢?」

「カマィタチの時みたぃに、

 憑ぃてぃる妖怪を先にやっつけたり、弱らせたりしちゃえば、

 ユータくんの望みを叶えてぁげる事ゎ出来るんだょねぇ?」

「あぁ・・・そうやな」

「だったら、憑ぃてぃる妖怪が強すぎて、やっつけられないと、どうなるの?」


 燕真は、紅葉のその質問を聞いて、何を困惑しているのかを理解した。先に妖怪を叩いて、依り代をフリーにすれば、依り代は希望を叶えて、「御祓い」ではなく「未練を断ち切る」形で見送る事が出来る。

 しかし、妖怪が強い場合、もしくは、絡新婦の時のように隠れている場合は、退治屋は依り代を先に消滅させて、妖怪を炙り出す手段を選択する。単独では現世に留まれない妖怪は、依り代を失った途端に、急激に能力を低下させて倒しやすくなる。これは、妖怪退治の視点で考えれば、間違いなく有効的な手段なのだ。

 ただし、依り代の残した未練は完全に無視をされる。元々現世に存在してはならない物として、その都合に関係無く‘撤去’をされてしまうのだ。

 紅葉は、自分を頼ってくれた少年が、なんの望みも叶えられずに祓われてしまう事を想像して、困惑している。


「解ったよ!・・・俺がもう少しシッカリすりゃ良いんだろ!?

 次は、あの猿顔を、問答無用で叩き潰してやるよ!!」

「・・・ぅん!!」


 燕真の答えを聞いた途端、紅葉の表情は明るくなった。例え強かろうと、妖怪さえ先に倒してしまえば、霊体少年の望みを叶える事が出来る。燕真の言葉で、紅葉はそれを理解したのだ。


「さてと・・・そうと決まれば、何よりも動く事が先決だ!!

 窃盗男に事情を聞くにしても、ガキの話を聞くにしても、

 探し出さなきゃ何にも始まらないからな!!

 なぁ、紅葉、軽く一回りしてくるから付き合え!!」

「ぅん!!」


 2人は、博物館から飛び出して、ホンダVFR1200Fに跨がり、公道に飛び出していった!


「なぁ、紅葉・・・シッカリ捕まって、目でも瞑っておけ!!

 オマエなら意識を集中させれば、ガキが近くにいれば感じられんだろ!?」

「ぅん!!」


 紅葉は、燕真の背中に寄り添って、腰に手を回してギュッと力を込め、目を閉じて意識を集中させる。今まで何度か、紅葉をタンデムに乗せてきたが、これまでは肩に掴まらせる程度で、ピッタリと密着をされるのは初めてだ。がさつで残念すぎる女ではあるが、彼女から少し信頼と期待をされているように思えて、燕真は少しばかり嬉しい。

 若い退治屋は「絶対に紅葉が望んでいる結末を見せてやる!!」と、心の中で、何度も呟くのであった!


 一方、燕真達を見送った粉木の表情は冴えない。頭を空っぽにして動く事で得られる物もある。それが若者達の特権でもある。確かに、燕真が言い切ったように、妖怪を先に叩いて依り代が解放されれば、紅葉の望みは叶えてやれるだろう。だが、その考えは余りにも稚拙すぎる。

 現に先程の戦いは、粉木の援護が無ければ、ザムシードは負けていた。辛うじて追い払えただけ。今回の戦いで見た「妖怪のパワー」と、一昨日の燕真からの報告で受けた「バイクの体当たりを凌ぎきったタフネスぶり」は、そして、燕真の妖幻ファイターとしての未熟さを考慮すると、力の差を覆すのは難しい。ヌエは、絡新婦やカマイタチに比べて、間違いなく数ランク格上の妖怪である。

 気合いや前向きな態度だけでは、どうにもならない差がある。退治屋の優先事項は、妖怪退治であり、依り代の都合は二の次なのだ。場合によっては、依り代の消滅の責は、粉木自身が負うべきか?彼はそう考えていた。




-数十分後-


 燕真が、山逗野川の堤防沿いでバイクを走らせていると、タンデムの紅葉が、肩を軽く叩いて「停めて欲しい」と合図をしてきた。バイクを停車させると、紅葉はタンデムから飛び降りて、川側の斜面を駆け下りて中腹で腰を下ろす。


「居た・・・・のかな?」


 燕真は、ヘルメットを脱ぎ、ハンドルに肘を突いて凭れ掛かりながら、紅葉の背中を眺める。退治屋の定石を考えれば、今ここで、問答無用で‘彼’を祓うのが一番早い。しかし燕真には、その気は無い。紅葉との約束を優先させたいと考えている。妖怪が霊体少年に憑いているのならば、野放しにするより、身近でキチンと管理をした方が良い。


「なぁ、紅葉!もし、ガキが隣に居るなら伝えてくれ。

 行く場所が無いならアパートに来いってさ!」


 燕真は、「紅葉経由」と言いながらも、燕真には見えない霊体少年に話し掛けるように提案をしてみた。その言葉が霊体少年に届いたかは解らないが、紅葉は、燕真には見えない物に「どうする?」と語りかけているので、おそらく言葉は届いたのだろう。しばらくの後、紅葉が堤防の斜面を駆け上がってきて、霊体少年と話した内容を燕真に説明する。

 霊体少年・ユータくんは、自分に妖怪が憑いている事を知っている。妖怪に支配されないように抵抗はしているが、憎しみや恐怖に駆られてしまうと、どうする事も出来なくなってしまう。退治屋に見付かれば、消されてしまう事も知っている。だからこそ、燕真のアパートや粉木の自宅には行きたくない。

 抵抗出来ずに、妖怪に支配されてしまったのは計2回。昨日の利幕町の事故と、先程の博物館での騒ぎだ。紅葉が、「何が原因で支配されたのか?」と訪ねたが、「話したくない」と、下を俯いてしまったらしい。


「そっか・・・まぁ、誰だって、自分を消そうって奴と一緒には居たくないよな。

 なぁ、紅葉、ガキに伝えてくれ!

 自分の意志で妖怪を暴れさせてんじゃないのなら、俺を怖がる必要は無い。

 どうにか、妖怪だけを退治するから、信用しろってさ!」


 燕真は、再び、「紅葉経由」と言いながらも、燕真には見えない霊体少年に直接問うように提案をしてみた。

 存在しないはずの物を家に招き入れるというのは、正直、あまり良い気分はしない。しかし、話に聞く限り、霊体少年は悪い奴では無さそうだ。存在を感じる事が出来ない燕真にしてみれば、彼が部屋に数日間居候しても、特に生活リズムが変わるわけでもない。

 紅葉は、見えない少年がいる方向をジッと見てコクリと頷き、今度は燕真を見て、もう一度頷いた。どうやら、霊体少年の同意が得られたらしい。


「部屋ん中で何をやっても構わないが、

 昨日みたいに、勝手に居なくなるのだけは勘弁してくれよ!」


 時計を確認すると18時半を過ぎていた。‘依り代消滅’を考えるであろう上司には、霊体少年を見付けた事を報告をしにくい。燕真は、博物館に電話を掛け、「見付からなかったが、定時を過ぎたので直帰する」と粉木に伝え、了解を得たので、その日は、そのままアパートに戻る事にした。


 コンビニに寄り、霊体少年用のプリン2個と、燕真の夕食用の弁当と、紅葉が勝手に買い物籠に入れたスナック菓子を購入し、レンタルDVD店で幼児向けアニメを3本ほど借りて、アパートに到着した頃には19時を廻っていた。

 先ずは、幼児向けアニメをDVDプレイヤーに入れて再生し、プリンの蓋を開けてテーブルの上に置き、燕真は弁当を食べ始める。紅葉はスナック菓子を食べながら、アニメを鑑賞して笑い、空気中に話し掛けている。どうやら、霊体少年もアニメを楽しんでくれているようだ。・・・・が、まさか紅葉は、アニメが終わるまで居座るのだろうか?


「ねぇねぇ、燕真。ユータくんと遊ぶからYメダルを貸してっ!」

「・・・はぁ?なんで?」

「い~から、い~から!」


 1本目のアニメが終わると、紅葉がYメダルのオネダリをしてきた。最初は渋っていた燕真だったが、紅葉がしつこく頼んでくるので、仕方なく『閻』『蜘』『朧』『炎』のメダルを渡す。紅葉はメダルをテーブルの上に並べて、『蜘』メダルを指で弾いて見せた。すると、今度は、『炎』のメダルが勝手に動いて、先ほど紅葉が弾いた『蜘』メダルにコツンと当たった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

「このメダルゎね、霊的な力が入ってるから、ユータくんにも触れるんだょぉ!」

「あ~・・・なるほどな」


 Yメダルは現世と常世の中間の存在。従って、燕真には見えない少年が干渉出来ても不思議ではない。Yメダルをオハジキにして遊ぶのは、少々罰当たりな気もするが、他に燕真と霊体少年が共有出来る手段が無いのならば、これはこれで有りなのかもしれない。

 燕真は、テーブル側に体を向け、『閻』メダルに指を添え、先ほど霊体少年が動かした『炎』メダルに、パチンと当ててみた。紅葉が『蜘』を指で弾き『閻』に当て、テーブルの縁ギリギリに追い詰める。『炎』が勝手に動いて『閻』をテーブルの外に弾き落とす。


「ありゃ、俺のメダルが!」

「ぁははっ!やりぃ!燕真の負け!ユータくん上手い!!」


 見えない存在とのオハジキ遊び、それは燕真にとっては不思議な感覚だった。しかし、見えなくても間違いなく其処にいる。同じ時間を楽しく共有出来ている。それは、決して悪い事ではないように思えた。Yメダルによるオハジキは、紅葉が帰宅をした後も、しばらく続けられた。




-翌朝・YOUKAIミュージアム-


 本日は土曜日。朝一で紅葉が燕真のアパートに顔を出して、霊体少年の存在を確認する。今回はキチンと室内に居てくれたらしい。燕真は、朝食用のプリンをテーブルに置き、霊体少年をアパートに残して、紅葉と共に博物館に出社をした。

 昨日夕方の捜索と隠蔽でスッカリ忘れていたが、戦闘時に出入り口ドアの破損と、窃盗犯に館内を荒らされた為に、本日は急きょ閉館である。今日は壊れた扉を仮補強して、2~3日中に入れ替えをすることに成った。

 朝食を終えた燕真達は、粉木邸から博物館事務所に移して、パソコンで検索を掛けながら、会話を続ける。


「・・・有ったで、これや!

 もう10年以上も前やさかいスッカリ忘れておったが、確かに有ったわ!」


 一昨日の大型トラック事故が発生した場所は、確か以前にも事故があったような気がする。粉木のうる覚えの記憶を頼りにしてネットで検索を掛けたら、一件の交通事故がヒットをした。


【親子を救った英雄

 20××年12月23日、

 文架市利幕町の交差点で、大学院生の西条悟(25)さんが・・・】


「なぁ、じいさん・・これって?」

「せや、一昨日の事故と同じ場所や!」

「何だかイマイチ話が見えないけど、行ってみるしかなさそうだな!」


 粉木は、燕真達を見送ったあと、再びパソコンの前に座る。妖怪の依り代に襲い掛かった窃盗犯の事も、放置出来る事案ではない。彼が残していった自転車の防犯登録から、検索依頼をした結果の答えが、そろそろ届く頃である。




-AM10時・利幕町-


 現場に到着した燕真と紅葉は、バイクを路肩に停車させ、十数年前の事故があった交差点に足を運ぶ。

 交差点歩道に立ち、横断歩道をジッと眺める燕真。相変わらず何も感じない。その場にしゃがみ込み、「俺だって少しくらいは!」と意識を集中させる・・・が、やっぱり何も感じない。此処は至って普通の横断歩道だ。


「オマエは何か感じるのか?」

「ぅん。・・・前から、ココを通るたんびに感じていた重い空気の原因が、

 十何年か前の事故のせいってことくらいはね。

 ユータ君の念を感じるよ。でも、ユータ君ゎいないの。」

「どういう事だ?」

「十何年か前の事故の時、ユータ君ゎココに居たの。

 だから、ユータ君の念が残っちゃってるの。」


 紅葉曰わく、事故で命を失った本人が思念を残した場合は、事故現場に自縛されるが、事故に関わった他者の場合は、何らかの目的の為に動き回ってしまうらしい。だから、思念は残っているが、此処には居ないのだ。


ピーピーピー!

 燕真の、左手首に巻かれたYOUKAIウォッチから発信音が鳴る。


「どうした、粉木のじいさん?」

〈解ったで、昨日の窃盗犯!

 乗り捨てていきおった自転車から身元を割り出したんや!!

 名前は香山裕太!!住んでんのはそこから直ぐや!!直ぐに行けるか!?〉

「解った、直ぐに行ってみる!」


 ほどなくして、燕真達は自転車の持ち主の家に到着。表札を確認すると【香山】と書いてある。直ぐにインターホンを鳴らして家主を呼ぶ。出て来たのは父親らしき人物だった。家主の話だと、息子は朝出て行ったっきり戻ってきていないらしい。


「そうですか。」


 燕真は立ち去ろうとするが、紅葉はその場から足を動かさない。そして、頭の中で何一つ纏まっていないまま、無意識に問いかけた。


「十数年前の事故の事を教ぇてくれませんか?」


 その瞬間、それまで穏やかに接していた家主の表情が曇った。燕真はその表情を見逃さない。


「君達には関係無いでしょう!」


 家主は、そそくさと逃げるように扉を閉めようとするが、燕真が手を掛けて閉めさせない。


「アンタ、なんか隠してるな!?」


 扉の閉塞を防いだまま、家主の目をキッと睨み付ける燕真。家主は視線を逸らす。


「何なんですか、君達は!警察を呼びますよ!!」


 家主や警察に「香山家の息子が妖怪事件と関わっている」なんて説明しても、納得をしてくれるわけがない。燕真と紅葉は戸惑うが、直ぐに、背後から援護射撃が入った。


「こんちわ~!川東のYOUKAIミュージアムの館長なんやけど・・・

 ちいと話させてもらえんかのう?」


 聞き慣れた声がする。振り返ると粉木が穏やかな表情で立っていた。家の直ぐ脇の路肩には、粉木の車が駐車してある。燕真達に連絡を取って直ぐに駆け付けてきたようだ。


「うちのガキ共が粗相して、すまへんなぁ~!せやけど、悪気はあらへんねん。

 ただ、昨日、うちでちぃ~と盗難騒ぎが有っての、

 お宅んとこの裕太君の事を聞かせてほしいんや」

「・・・と、盗難?・・・裕太が?」


 それまで部外者を拒絶しようとしていた家主の動きが止まり、閉めかけていた扉が開かれる。


「此処で話すのも何なんで、お上がりください。」


 3人を家の中へと招き入れる険しい家主の表情と対応からは、「息子の素行は、以前から何かの問題を抱えていたのだろう」と察せられる。


「えろう、すんまねんなぁ~」


 穏やかな表情のまま軽く会釈をして、突っ立っている燕真と紅葉の間を通るようにして、玄関に踏み込む粉木。すれ違いながら、燕真と紅葉の後頭部を軽く叩く。


「いてっ!」 「ィタァ!」

「オマン等みたいな小僧が、血相変えて押し掛けてきよったら、誰でも怪しむわ!!

 アホか!もうちっと、考えや!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2


 これが年の功というやつか?燕真と紅葉は、些か不満そうに互いの眼を見合ってから、粉木を追って玄関に上がり込んだ。




-香山邸・客間-


 粉木は、挨拶代わりに、近所で購入した菓子箱を差し出して、早速話し始める。


「ワシの勘違いならええんやけど、昨日ワシの店で盗難があったんや。

 ほんで、うちの物を持ちだした子の乗りほかした自転車が、

 裕太君の物と解りましてな。

 なんか心当たりがあるか思いまして、此処に来たわけです。」


 粉木の問い掛けは、言い回しは穏やかだが、単刀直入だった。後々聞いた話だが、「入るまでは警戒させない」「入ってしまえばこっちのもの」らしい。流石は年配者と言うべきか?


「すみませんでした!!弁償はしますから、このことは!!」


 その場で床に頭を擦り付け、何度も謝罪をする家主。彼の慣れた行動からは、この父親にとって謝罪という行為は初めての事ではなく、息子の素行がたびたび問題を起こしていると、再確認する事が出来る。


「頭を上げなはれや。取った物は戻してもらえたら警察沙汰にする気はおまへん。

 割られたガラスなんてやすもんやさかい、どうでもええ。

 そやけど、ワシは、裕太君が、なんであんな事をしたのか知りたいんや。」


 燕真は、一言も発することなく、老獪な粉木をジッと眺めていた。この老人は、僅かな言葉選びだけで、確実に家主の懐に入り込みながら、盗難事件の核心を突いている。今の自分に、粉木と同じ事はできない。玄関先で門前払いをされて終わりだろう。

 家主は、俯いて、話しにくそうにしている。恐らく、家庭の事情を打ち明けるに当たって、「話し相手に子供が交ざっている事に抵抗があるのだろう」と察した粉木は、紅葉に、「直ぐに終わらせるから、しばらく車の中で待っていて欲しい」と言って席を外させ、再び話を切り出した。


 やがて家主は、それまで腹の中に溜め続けていた物を吐き出すようにして、息子・裕太の事を語り出した。



 自分を助けてくれたお兄ちゃんのような英雄になる。

 あの日、自らの命を盾にして少年を救ってくれた西条悟は、裕太少年の目標と成った。「頑張って英雄にならなきゃな!」「英雄はそんな事は言わないよ」まだ幼かった息子に、ひと1人の命を背負うなんて事はあまりにも重すぎると考えていた父母は、英雄になる目標を持つ事で、彼が前向きに育ってくれると思っていた。

 勉強もスポーツもそれなりに頑張った。友達にも恵まれた。

 だけど、そんなものは英雄でもなんでもない。高校生になり、大学に進学し、彼は気付き始めていた。


 平凡な自分では、どんなに頑張っても英雄にはなれない。

 彼は次第に「英雄の名を語る暴力」に走るようになる。「自分の中の正義」に反する行動を取った者を見ると「英雄」という大義名分を翳して暴力を加えた。しかし、自分が求めた英雄像とかけ離れている事に気付き、やがて笑顔を失った。



「そうか、裕太君には、そんな過去があったんでんなぁ。」

「ふぅ~~~ん・・・英雄ねぇ?

 何で英雄にならなきゃなのかは、よく解らないけど、

 アイツはアイツで苦労してんだな。」


 燕真と粉木は、「自分が他者の死の上に成り立つ辛さ」を背負ってしまった青年に同情をする。




-香山邸・外-


 会話から外されてしまった紅葉が、不満な表情をしながら、粉木の車の後部座席で、スマホのゲームをして時間を潰す。仲間外れが面白くない。イライラするのでゲームにも集中出来ず、すぐにミスをしてゲームオーバーになってしまう。


「ヒマっ!燕真とジィちゃんゎ、まだ戻って来ないの?」


 車内から窓の外を眺めた。道路沿いの50mほど離れた場所、トボトボとこちら(香山邸)に歩いてくる男と眼が合う。先日の刀の窃盗犯だ。今、紅葉達が居る場所が自宅なのだから、いつ戻ってきても不思議ではない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ!ァィツ!」


 紅葉は、車から飛び出すようにして降りて、窃盗犯に向かって突っ走る!窃盗犯は、紅葉の接近に気付き、驚いた表情を見せて、逃走を開始する!


「あの女・・・昨日、博物館にいた奴だ!!

 車って事は、他のヤツらも居るのか!?」


 追う紅葉、逃げる窃盗犯!窃盗犯は住宅地の狭い路地に入り、広い空き地に抜けて、適当な物陰に身を隠す!数秒後に、紅葉が空き地に乗り込んできて、窃盗犯を捜す!息を殺して身を潜めていた窃盗犯は、通過直後の紅葉の背中目掛けて突進!そのまま体当たりをして押し倒し、護身用に携帯しておいたナイフを紅葉の眼前にチラつかせた!


「きゃぁっ!!」

「暴れたり、大声を出したら、どうなるか解ってんだろうな!?

 オマエ、博物館の女だよな!?

 オマエには聞きたい事があったんだ!!オマエ、あのガキが見えていたのか!?」

「・・・・・・・・・・・んぅぅぅっ」




-10分後(AM11時)・香山邸-


 一通りの話を終えた燕真と粉木が、香山邸から出てくる。外に紅葉を待たせている都合上、あまり長居は出来ないと考え、今日のところは要点のみを聞いて、話を切り上げたのだ。「紅葉はおとなくし待っているか?」と車を見るが、紅葉の姿は無く、後部座席のドアは開けっ放しになっている。


「・・・あのバカ、ドアも閉めずに、何処に遊びに行きやがったんだ!?」


 紅葉がジッとしていられない性分なのは気付いていたが、まさか、30分も我慢出来ないほど、堪え性が無いとは予想していなかった。燕真は、大きく溜息をついて、紅葉のスマホをコールする。


「おい、紅葉、何処に行った!?帰るから、すぐに戻ってこい!!」

〈・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〉

「おい、聞こえてんだろ!?何処をほっつき歩いてんだよ!?」

〈・・・そうか?その声は、博物館にいた男だな!?〉

「・・・・・男の声?・・・・・・おまえ!?」


 様子がおかしい。発信相手を間違えたのかと、ディスプレイを確認するが、発信先は間違いなく紅葉のスマホだ。しかし、知らない男の声がする。


〈ちょうど良い。僕も君達に電話をしたいと思っていたところなんだ。〉

「・・・・・・・・・アンタ・・・誰だよ!?」

〈僕の声、忘れたのか?昨日、博物館で会ったよね?〉

「・・・・・・・・昨日?・・・・・・・・・・・・オマエ、昨日の窃盗野郎か!?

 何でオマエが紅葉の携帯を持っているんだ!?」

〈簡単な事だ!僕と女は一緒にいる!少し考えれば解るだろ!?

 この女を無事に帰して欲しかったら、昨日の子供を捜し出して連れて来い!

 あの子供、オマエ等にも見えてんだろ!?〉

「・・・え!?」

〈子供を見付けたら、もう一度、この女のスマホに電話を掛けてこい!

 場所はその時に指示をする!

 いいか、親父や警察には言うなよ!〉

「・・・ちょっと待て!」

〈守られなければ、女の無事は保証しない!!〉

「・・・・・・・・・・・お、おい!!」

プツン・・・ツー・・・ツー・・・


 通話は一方的に切られてしまう。燕真は、悔しそうに表情を曇らせ、握っていたスマホに力を込める。どうすればいい?展開が突飛すぎて、思考が追い着かない。

 それまで、無言で会話を聞いていた粉木が、燕真の肩をポンと叩く。


「話はだいたい解った。今から、オマンのアパートに行くで!」

「・・・・・・・・・・・・・・え!?」

「あのボウズ、オマンの所に居るんやろ!?」

「え!?・・・なんでそれを!?」

「ドアホ!昨日、捜索に出たっきり、アジトに戻らずに直帰したやろ!?

 おおかた、ボウズを見付けたが、ワシには会わしたくない・・・そんな魂胆やろ!

 オマン等の考えてる事くらい、たいていは想像出来るわい!!」

「・・・・・ゴメン、でも行ってどうすんだよ!?」

「祓うに決まってるやろ!」

「・・・・・・・・・・・・・・え!」


 粉木は、燕真と窃盗犯の会話の内容や、昨日の窃盗犯の行動から、ある程度の状況は把握していた。窃盗犯が霊祓いの刀を盗んだ理由は、霊体少年を祓う為。その為に、紅葉を拉致し、燕真達に取引を持ちかけた。博物館での対応を見れば、紅葉には一般人には見えない物が見える事は把握出来る。仲間である燕真や粉木にも、同等の力があると考えたのだろう。

 そして、「捜せ」との指示から解る事は、紅葉は、窃盗犯には、霊体少年の居場所を伝えていない。ユータくんを庇っている。


「お嬢の気持ちを無視する事になってまうが、お嬢を助ける為や!!

 ボウズを祓って、そのことを窃盗犯に伝える!!

 あのボウズがただの霊で、オマン等が友達ごっこをしとる分には、

 何も言うつもりはない!

 オマンがボウズ祓うより、妖怪潰すんを考えよるなら、

 被害が出んうちは、何処までやれるか見物しようとも思った!

 せやけど、もうアカン!

 ワシ等‘退治屋’が守るんは、残留思念やない!生きた人なんや!」


 燕真は、霊体少年を祓う事には抵抗があったが、粉木の言い分は正論であり、反論の余地はない。依り代を守って紅葉に危害が及んだら、退治屋としても、人としても、本末転倒である。


「・・・・・・解ってる。」

「ただなぁ、もしワシの推測が正しければ、

 ボウズはもう、オマンのアパートから逃げとるかもしれんで!」

「・・・・・・・・・・・・・え!?」




-30分後(AM11時半)-


 燕真と粉木がアパートに到着。粉木が、燕真の部屋を覗き込むが、予想通り、霊体少年の姿は無かった。


「やはり・・・」

「・・・どういう事だよ?」

「気付かんか?・・・ボウズと窃盗犯の名前から。」

「ガキの名前はユータ・・・窃盗野郎は香山裕太・・・・・同じ名前?」


 燕真は、状況を理解できずに首を傾げた。



-駅西の国道より更に西側にある廃倉庫-


 其処には、紅葉がビニール紐で後ろ手に縛られて座っており、少し離れた所に窃盗犯=香山裕太がドラム缶の上に腰を下ろしていた。


「こんな事して、ごめんな。だけど、僕はどうしてもアイツを消したいんだ。

 だけど、既に1回失敗をしたから、次は僕がアイツに近付く前に、

 アイツは僕に気付いて逃げてしまうだろう!

 だから、君のツレが僕の要求を呑めば、君に危害を加える気は無い」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 今のところ、追跡時に体当たりをされてナイフで脅された以外には、危害は加えられていない。本人も「危害は加えない」と言っている。しかし、この様なひとけの無い場所で、いつ事態が急変するか?、香山裕太の要求が通らない場合はどうなるのか?

 不安で仕方がないが、取引が成立すれば、ユータくんは香山裕太に消されてしまう。それは納得が出来ない。紅葉は、恐る恐る、香山裕太に尋ねてみる。


「ねぇ・・・なんでユータくんを消したぃの?」

「へぇ~・・・名前まで知ってるんだ?

 なら、僕とアイツの関係、だいたい想像ついてんだろ?」

「ユータくんゎ・・・ァンタの分身。」


 紅葉の発言に対して、裕太が頷く。



-燕真のアパート-


 燕真の前で、粉木の勘と経験に裏打ちされた推測が続けられている。


「・・・そや、同じ名前、あの2人は同一人物なんや!

 せやから、香山裕太の考えちょる事は、ボウズの意識にも流入する!

 香山裕太が自分を消そうとしよると知って逃げたかて、

 なんも不思議なことはあれへん!

 ましてや、既に1回襲われとるんやからな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「香山の家主の話・・・

 おそらく、香山裕太は、十数年前の事故の呪縛に取り憑かれてしもうとる。

 自分が許せなくて、自分を憎むようになり、

 やがては、その罪の意識から逃れる為に、

 十数年前の自分を別人格のように切り離し、

 十数年前の香山裕太を憎むようになったんや!」

「・・・それが、ユータってガキ?」

「そういうこっちゃ!

 憎まれるだけの為に生み出された思念!しかも十数年も蓄積された膨大な思念や!

 妖怪にとっちゃ、これほど憑きやすく、力を発揮しやすい依り代は無いやろな!」



-駅西の国道より更に西側にある廃倉庫-


「そう、アイツは僕の分身だ!

 僕を助けてくれた英雄のように、僕も英雄になるなんて、

 そんな下らない事を考えてるカスだ!

 そんな、立派なものになんて・・・成れるわけがないのに!!」



 平凡な自分では、どんなに頑張っても英雄にはなれない。

ど うすれば英雄になれるのだろう?もし今、目の前に轢かれる寸前のアカの他人がいたら、命を投げ出してまで助けられるのか?答えはノー。そんな勇気は無い。

 英雄を追い続けた少年は、成長の過程で理想と現実の狭間で藻掻き、到達の出来ない事実に気付いてしまった。


 香山裕太は、、永久に英雄には、なれない。英雄になる事を諦めた。

 西条悟という名の英雄は、こんなちっぽけな命を庇って死んだ。なんの役にも立たないクソのような命の為に、英雄は死ななければならなかった。あの時、自分が居なければ、英雄は死ななかった。自分が死んでいれば、英雄は死なずに済んだ。

 その結果、青年は自分を恨むようになり、やがて英雄の命という重荷に耐えられなくなった香山裕太は、自分自身ではなく、幼き日の香山裕太を恨むようになる。自分ではない別の個体として。その苦しみと恨みが、強い思念となり、少年の霊体を生み出した。


 一番悪いのは、少年時代の香山裕太。



「僕が自分を憎んで憎んで憎み続けたら、ある日、目の前にアイツが居た。

 アイツは、僕にとっては一番許せない汚点だ!

 最初は、見るのも気分が悪いから遠ざけていた。

 だけど違うんだ、僕の手でアイツを始末しなきゃ、

 僕は一歩も先には進めないんだ!

 変な怪物とグルになったアイツを消せば、

 僕は、この苦しみから、やっと抜け出せる!!

 僕は、過去の自分との決別と同時に、怪物退治をして英雄になれる!!

 これは、過去に縛られた僕にとってのチャンスなんだ!!」

「・・・だから・・・博物館の刀を?」

「そうだ!調べたら解ったんだ!!

 アイツみたいな物は、普通の武器では倒せない!!

 だから僕は、霊祓いの刀で!!」


 自分の行動を正しい事のように語る裕太。紅葉は、その大義名分に嫌悪を感じる。


「・・・・・・間違ってる。」

「なに!?」

「そんなの絶対に間違ってる!!」

「なんだと!?」

「アンタは、みんなユータくんの所為にして、自分は関係無いってフリをしてる!

 ユータ君の事を自分の分身て言いながら、まるで他人扱いをしている!

 ユータくんを消して、それで英雄にでもなるつもりなの!?

 ・・・そんなの絶対に違う!!」

「だ、だまれぇ!!」


 反論の余地がないほどに神経を逆撫でされた香山裕太は、苛立ちを募らせながら紅葉に駆け寄り、その頬を力いっぱい引っ叩いた!


「・・・んわぁっっ!」

「僕の気持ち1つでどうなるか解らない分際で、調子の乗るな!!」


 香山裕太は、紅葉の胸ぐらを掴み、顔を近付けて睨み付ける。そして、しばらくの後、紅葉から手を離して髪の毛を掻きむしりながら遠ざかった。


「オマエと話すとペースが乱れる!!無事でいたかったら僕に話し掛けるな!!」




-燕真のアパート-


 室内に霊体少年の姿は無く、彼を最も感知出来る紅葉は拉致されている。燕真には、霊的な存在を捜す能力は無く、粉木でも、捜索には時間がかかりすぎるだろう。  妖幻ファイターに変身をすれば、索敵力は高まるが、同時に捜索相手からも感知をされてしまう。

 妖怪ヌエが暴れ出せば、直ぐに妖怪センサーが反応して、霊体少年の居場所を特定出来るが、それを待つわけにも行かない。

 打つ手無し。しかし、何もしないワケにはいかない。何もせずにはいられない。


「燕真、こうなりゃ、やる事は1つや!意地でもボウズかお嬢を捜し出すんや!!」

「あぁ!それしかないな!!」


 確率は極端に低いが、動き回れば、粉木の霊感に霊体少年が引っ掛かるかもしれない。紅葉や香山裕太の手掛かりが見付かるかもしれない。燕真と粉木は、駅西地区を中心に、別行動で、街中の捜索を開始した。


 ただし、粉木は、確実とは言えないが、霊体少年を捜し出せる手段を、腹の中にしまい込んでいた。香山裕太が最も未練を残す十数年前の事故現場に行って、思念に干渉をして活性化させれば、思念の塊=ユータ少年の居場所まで導いてくれるだろう。だが、それは、自分がアドバイスをする物では無く、出来る事ならば、燕真に気付いて欲しい。紅葉と行動を共にするようになり、以前に比べて‘見えない物’の存在を認めるようになった燕真ならば、その案に辿り着くのではないか。

 紅葉が心配なのも事実だが、香山裕太が崇高な英雄を気取り、暴走の矛先がユータ少年一点に向いている間は、恐らく蛮行に及ぶ事は無いだろう。だが、悠長に対応をして良いわけではない。今の時刻は正午、おそらく夕刻~本日中が限界。夕刻の時点で事態に進展がなければ、事故現場の思念に干渉をする。これが粉木の考えだった。




-1時間後・駅西地区-


 利幕町の交差点、香山宅の周辺、国道・・・思い付く場所を中心にして、燕真は、ひたすらバイクを走らせるが、手掛かりは何も得られず、焦りばかりが募る。


「クソッ・・・どうすれば良いんだ!?」



-更に1時間後・利幕町の交差点-


 燕真は、紅葉捜索の過程で何度も通過をした交差点に戻っていた。何処を捜せば良いのか全く解らない。何も想像出来ないなりに導き出された答えは、紅葉が「この交差点にはユータの念が残ってしまった」と言った事。眼を瞑り‘自分には感知出来ない物’を感知しようと試みるが、やはり燕真には何も感知出来ない。

 妖幻ファイターに変身をすれば、多分何かが解る。だけど、本当にそれで良いのか?ユータを見付け出して、祓って、事件終了。・・・燕真には、どうしても、それが正解とは思えない。


「なぁ・・・ユータ・・・。

 オマエなら紅葉と窃盗野郎の居場所・・・

 もう1人の自分が隠れている場所・・・解るんだろ?

 紅葉を助けたいんだ・・・頼む、教えてくれ。

 俺にはオマエの声は聞こえないけど・・・

 一度だけで良いから、オマエの声を俺に聞かせてくれ。」


 それは、燕真の無意識から出た、燕真の本心だった。霊感の無い燕真には、どんなに近くにいても、霊体少年の声は聞こえない。しかし、ほんの僅かな時間でも、霊体少年と心を通わせた燕真の声は、どんなに遠くにいても彼の心に届いた。




-駅西の国道より更に西側にある廃倉庫-


 その場の空気がザワッと変化をして、紅葉の前に、それまでは居なかったはずのユータが立っている。


「ユータ・・・くん?」

「燕真お兄ちゃんが困っている・・・

 僕に‘お姉ちゃんの居場所を教えて欲しい’ってお願いしてくれた。」

「こんな所に来ちゃダメだよ、ユータくん・・・逃げて!」

「・・・オマエ!!」


 ユータの出現に気付いた香山裕太が、盗んだ霊祓いの刀を持って、近付いてくる。しかし、ユータ少年は、もう1人の自分を一瞥もせず、ジッと紅葉を見つめて話し続ける。その体の中心には、闇の渦が出現をしている。


「一度目は、13年前の事故の交差点で、

 同じように突っ込んでくるトラックを見た時・・・

 事故のことを思い出しちゃったら、何がなんだか解らなくなって、

 妖怪に乗っ取られちゃった。

 二度目は、お姉ちゃん達と居て、もう1人の僕に襲われた時・・・

 もう1人の僕の憎しみの心が入り込んできたら、

 何がなんだか解らなくなって、妖怪に変身しちゃった。

 だからきっと・・・また、もう1人の僕に会えば、僕は僕じゃなくなっちゃう。」

「ダメだよ、ユータくん!

 大丈夫だから・・・ヒドイ事されてないから・・・心配しなくて良いから・・・」

「ぽっぺのアザ・・・もう1人の僕がやったんでしょ?

 隠しても解るよ・・・だって・・・もう1人の僕も僕なんだから。」


 ユータ少年の体に出現した闇の渦は、ドンドンと大きく膨らんでいく!


「どんなに頑張っても、憎いって心に勝てなくなっちゃう。

 でも・・・そうすれば・・・燕真お兄ちゃんに、この場所を教えてあげられる。」

「ゴチャゴチャと煩い!!オマエのような奴は、僕の手で始末してやる!!!」


 迫ってきた香山裕太が、刀を抜き、頭上高く振り上げて、ユータ少年目掛けて振り下ろした!




-駅西区・利幕町付近-


ピーピーピー!

 燕真の左腕にあるYウォッチから発信音が鳴る。燕真は、直ぐにバイクを路肩に停車して、発信主の粉木に話し掛けた。


「じいさん、何か解ったのか!?」

〈燕真、妖怪出現や!この反応は、この間と同じヌエやで!!

 場所は、国道西の廃倉庫!!〉

「クソッ・・・こんな時に!!」

〈そうとも言えんで!

 今回の出現場所は、今までのような街中やあらへん!何も無いところや!!

 もしかしたら、其処にお嬢と香山裕太がおるのかもしれんで!!〉

「解った!直ぐに向かう!!」


 燕真は、バイクに跨がったまま『閻』と書かれたメダルを抜き取って、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!


「幻装っ!!」


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!直ぐさま朧車を召還して、ホンダVFR1200FをマシンOBOROに変身させ、黄泉平坂フィールドに飛び込んだ!




-廃倉庫-


「ガォォォォォォォッッッ!!」

「ひぃ・・・ひぃぃぃぃっっっ!!!」


 ユータ少年は妖怪ヌエに変化をしてしまった為、香山裕太の持つ霊刀程度では刃が立たず、刀身はへし折れ、香山裕太は眼に涙を浮かべながら逃げ惑っている!

 ヌエは鼻をクンクンと嗅いで、依り代が最も望む(憎む)餌=走行中の大型トラックを捜す。直ぐ近くでは、その匂いは感じられない。しかし少し離れた高速道路上に美味そうな餌が何台も走行をしている!


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 ヌエが雄叫びを上げて、餌場に移動しようとしたその時!


「うおぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっ!!!」


 時空の歪みから、ザムシードの駆るマシンOBOROが出現をして、タイヤを炎に包みながら、ヌエにフライングボディープレスを叩き込んだ!


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 しかし、着弾寸前で、ヌエは両手でカウルを押さえ込み、そのまま横倒しに、マシンOBOROを放り投げる!マシンOBOROは転倒し、ザムシードは地面に投げ出されながらも体勢を立て直して身構えた!直撃による致命傷は与えられなかったが、炎とタイヤで一定のダメージを与えた手応えはある!

 周囲を見回すと、手首を拘束された紅葉と、腰を抜かして座り込んでいる香山裕太の姿を確認出来る。


「相変わらず・・・すげーパワーだな!!

 だけど・・・ガキを祓うならともかく、妖怪退治なら願ったり叶ったりだ!

 オマエを封印して、ガキを解放してやる!!

 ・・・紅葉、もうちっと待ってろ!!」


 ザムシードは、Yウォッチから白メダル取り出して、ブーツの窪みに装填!ザムシードとヌエの間に炎を絨毯が出現をする!


「ゴチャゴチャした戦いは抜きだ!一発で決めてやる!!」


 ヌエに体の正面を向け、ゆっくりと腰を落として身構え、顔を上げ、標的を睨み付けるザムシード!


「閻魔様の・・・裁きの時間だ!!」


 ザムシードは炎を絨毯を踏み、ヌエ目掛けて突進してジャンプ!幾つもの火柱が上がり、ザムシードの体を押し上げる!そして空中で一回転をしてヌエに向けて右足を真っ直ぐに突き出した!


「うおぉぉぉぉっっっっっっ!!!」

「ガォォォォォォォッッッ!!」


 インパクトの直前に、ヌエが振り回した蛇の尾が、ザムシードの側面に炸裂!ザムシードはバランスを崩したまま吹っ飛ばされ、何度も地面を転がる!更に、突進してきたヌエに蹴り飛ばされ、壁に激突し、砕けた壁の破片と共に、屋外に投げ出された!


「くそっ!やはり強いっ!」


 その間に、一足遅れて到着をした粉木が駆け付けて、紅葉の拘束を解いて保護をする。そして、座り込んだまま俯いている香山裕太に手を差し伸べ、引っ張り起こした。


「なぁ・・・香山、これはオマンが起こした騒ぎの顛末や!シッカリと見ときや!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 粉木の発言に小さく頷く香山裕太。3人は、廃倉庫から出て、戦闘中のザムシードを見守る。

 十数年分という重い恨みを依り代にした妖怪。猿の知恵+狸のしなやかさ+虎のパワーと敏捷性+強力な蛇の尾を持つヌエという妖怪。その凶悪さは、これまでの妖怪達とはあまりにも違った。


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 ヌエは、朧ファイヤーのダメージをモノともせず、ザムシードに襲い掛かる!ザムシードは、体勢を立て直すよりも早く懐に飛び込まれ、重たい拳や蹴りを叩き込まれ、蛇の尾を叩き付けられる!ザムシードの攻撃は悉く回避されるか、受け止められる!

 何度立ち向かっても、吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられ、地面を転がり、まるで刃が立たない!一撃で致命傷になるほどの攻撃は無いが、このまま一方的にダメージを受け続けていれば、やがて変身が解除されてしまう!

 博物館での戦いが学習をさせてしまったらしく、密着による炎の攻撃を警戒して、正面からの攻撃ばかりでなく、背後や横合いからの攻撃を織り交ぜて仕掛けてくるので、ザムシードとしては狙いすら定められない!!


「・・・こんなハズじゃ!!」


 四つん這いになり、全身で息をしながら、ヌエを睨み付けるザムシード。このままでは、妖怪を封印して、霊体少年を解放する事など到底不可能だ。此処で敗北をすれば、間違いなく「依り代を先に取り除く」選択肢しか手段が無くなるだろう。


「嫌だ・・・せっかく通じ合えそうなのに・・・

 言葉は聞こえなくても、共有出来そうなのに・・・

 俺が不甲斐ない所為で、全否定をされてたまるか!!」


 ザムシード目掛けて、拳を振り上げながら突進してくるヌエ!!


「ガォォォォォォォッッッ!!」

「俺は・・・ユータを救ってやるって約束したんだっっっ!!」


 辛うじて立ち上がり、身構えるザムシード!しかし、ヌエの攻撃に持ちこたえる手段も、一撃を叩き込む手段も、何も思い付かない!



           「燕真お兄ちゃん!!」



 燕真には聞こえないが、ザムシードには聞こえる声。それが、ほんの僅かの間ではあったが、心を通わせたユータの声である事は直ぐに解った。


「・・・・・・・・・え!?」

「僕が・・・やるよ!!」


 突進中だったヌエが足を止め、突然、その場で藻掻き始める。周囲に大きな闇の渦が出現し、ヌエと重なるようにして、少年の姿がうっすらと出現する。


「・・・オマエ?」


 国道で初めてザムシードとヌエが激突をした時、被害者と加害者の違いはあるが、トラックと、その前に立つ妖怪(自分)と、飛び込んでくるザムシードの関係は、十数年前の事故と全く同じ光景だった。

 同じ光景が繰り返された事で、妖怪に支配されていた依り代は、僅かではあるが、妖怪の中で意識を取り戻していた。だからあの時、妖怪の雄叫びが、依り代の声に変化をした。

 トラックと衝突する直前にザムシードが飛び込んできた事で、十数年前に命を救ってくれた青年とザムシードを重ね合わせ、妖怪による完全支配から我を取り戻し、「十数年前には何も出来なかった無力な自分」を覆したいと考えるようになった。そして、「飛び込んで救ってくれた人を見殺しにしたくない」と言う意志は、‘会話は伝わらなくても共有出来た時間’を経て、より鮮明になっていた。


「僕が支配されないように、いっぱい頑張れば、妖怪は勝手なことは出来ない。

 だから・・・僕が動けなくするから、妖怪をやっつけて!!」


 ザムシードは、ユータ少年の言い分が、何を意味するのかを知っている。依り代が完全に支配された状態ならば、妖怪を封印して、依り代を解放する事は可能だ。だが、依り代が出現した状態で妖怪を叩けば、依り代は、除霊用の武器の干渉を受けて消滅してしまう。そして、ユータも、「この場に燕真を呼ぶ」と紅葉に打ち明けた時点で、こうなる事を覚悟していた。


「ふ・・・ふざけんなよ!やっとオマエの声が聞けたってのに、何だよそれ!?

 俺、頑張るからさぁ・・・

 アニメ見たいとか・・・

 プリン以外の物が食いたいとか・・・

 もっと・・・クソガキみたいな可愛い事を言えないのかよ!?」

「ねぇ、お兄ちゃん・・・僕ね・・・英雄になりたいんだよ。」

「なぁ、・・・まだ、借りたまんま見てないアニメ、あるんだぜ!

 オマエに見せたくて借りたんだぜ!

 ・・・だからさぁ・・・ちゃんと、全部見てくれよ!!」

「僕は英雄になるんだ!

 だからね、紅葉お姉ちゃんを助けたんだ。・・・僕が妖怪をやっつけるんだ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユータ!!」

「だから・・・・・・・・・手伝ってよ、燕真お兄ちゃん!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ザムシードは、足下に落ちていた妖刀ホエマルを拾い上げ、ブーツにセットしてあった白メダルを外して、ホエマルの握りにある窪みにセットする。


「ねぇ・・・お兄ちゃん・・・僕、英雄になれるのかな?」

「あぁ、ユータ・・・オマエは、もう立派な英雄だよ!」


 ホエマルを握る手に力を込めるザムシード!最初は一歩一歩をゆっくり踏みしめるようにして、藻掻いているヌエに近付き、やがて、ホエマルを脇に構えながら全速力で突進をする!!


「うわぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!」


 すれ違いざまに、ヌエの体に横一文字の一筋の剣閃が走る!


「ガォォ・・・ガォォォ・・・ォォッッッ!!」


 妖怪ヌエは、闇の渦に飲み込まれながら爆発四散!周囲に撒き散らされた闇が、妖刀ホエマルに吸収され、握りの窪みにセットされていたメダルから『鵺』の文字が浮かび上がる。


「・・・ユータ。」


 その場に両膝を落とし、項垂れ、悔しそうに、地面に拳を叩き付けるザムシード。

 その背後では、「未練を断ち切る」事が出来ずに祓われた白い光が、空気中に蒸発をしていく。しかし、ザムシードは背後を振り返らない。振り返れないと表現した方が正確かもしれない。おそらく、ザムシードの背後には、自分を見つめてくれるユータ少年がいるのだろう。しかしザムシードは、自身の剣で消滅をしていく少年が、「バイバイ」と手を振る光景は見たくはなかった。それを見て、望みを叶えられなかった事を認めるのが怖かった。


「なぁ、香山・・・

 今のオマンと、あのボウズ。どっちが西条悟に追い着けたんやろな?

 本当に勇気があんのはどっちやろな?

 ・・・ボウズと同一人物のオマンなら、解るやろ?」


 蒸発する光を見つめながら、粉木が香山裕太にポツリと呟く。香山裕太は、粉木の問いに言葉を詰まらせて俯く。そして、紅葉と粉木が見守る中、白い光は、完全に解けて消えた。

 妖怪ヌエは封印され、戦いは終わった。紅葉も無事に取り戻す事が出来た。だが、燕真の中では何一つ終わっていない。何一つ納得が出来ていない。


「うぅぅ・・・うわぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 変身を解除した燕真が、香山裕太に掴みかかる!


「オマエだぁ!!全部オマエの所為だぁ!!」


 胸ぐらを掴んだまま、力任せに壁に押し付け、何度も揺さぶって、香山の背中を壁に叩き付ける!


「何が英雄だ!ふざけんな!!

 何でもかんでも人の所為にすんじゃねーよ、クソ野郎!!」


 無抵抗のまま俯いている香山目掛けて、拳を振り上げる燕真!粉木が背後から燕真の腕に自分の腕を絡めて、止めようとする!


「それはアカン、燕真!そない事すれば、また査定もんやで!!」

「知った事か!?ユータを祓って貰える金なんて、いらねぇ!

 そんなもん、こっちから突っ返してやる!!」


 紅葉が燕真と香山の間に入り、胸ぐらを掴んだままの燕真の手を握りながら、止めようとする!


「解ってるんでしょ、燕真!コィツもユータくんなんだょ!!

 コイツをやっつけたって何にもならなぃんだょ!!

 それじゃ、全部ユータくんの所為にしたコィツと同じだょ!!」

「関係無い!!コイツの腐った根性を叩き直してやる!!」

「そんな事をしてもユータくんゎ喜ばなぃょ!!

 ユータくんゎ、コィツの事ゎ襲わなかった!!燕真だって解ってるんでしょ!!

 コイツゎユータくんを憎んでぃたけど、

 ユータくんゎコィツの事ゎ憎んでぃなかった!!

 だって、ユータくんゎ、コィツと違って、

 コィツも自分だって、ちゃんと解ってぃたから!!」


 紅葉は、戦いが終わるまで、自分が燕真を止める側になるとは考えてもいなかった。ユータが祓われた後、燕真がいつも通りの行動をしていれば、燕真に駆け寄り「約束を守ってくれなかった」と責めただろう。しかし、普段とは全く違う燕真の行動は、「やり切れない悔しさは、燕真の方がずっと強く感じている」と紅葉に伝わっていた。それをキチンと理解した紅葉は、自分でも驚くほど冷静であった。

 一方の燕真も、頭の中では、香山裕太を殴っても何の意味も無い事は理解している。自身の不甲斐なさも理解している。しかし、振り上げた拳を叩き付ける場所が無い。頭では解っていても、心が納得をしない。


「コイツをブン殴らなきゃ腹の虫が治まらないんだ!!」

「・・・・・解った・・・ただし、一発だけやで。」


 燕真の気持ちは理解出来るが、憎しみに駆られたまま拳を振りかざし続ければ、今度は燕真が闇に傾倒してしまう。しかし、何もさせなければ、香山裕太は救われない。燕真には、拳を一発振るう事で気持ちを整理させる。香山は拳を一発受ける事で過ちを認め、贖罪をさせ、負の緊張感を断ち切る。これが、粉木の出した結論だった。


「燕真、一発で腹の中のもん、全部吐き出せ!!」


 それまで腕を掴んで燕真を止めていた粉木は、燕真の拳を手で覆いながら、ジッと燕真を見つめ、続けて香山に視線を移す。


「なぁ、香山・・・

 オマンとボウズの葛藤は、オマン自身が長い年月を掛けて、整理を付けたらええ!

 刀持ち出した事も、オマンなりの偽善を考えれば、許してやれる!

 これは、お嬢を人質にしよったぶんや!

 オマンが、どんなに偽善を説いても、それだけはアカン!解るやろ!?

 観念して、歯食いしばって、燕真に一発だけ殴られや!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・うん」


 香山裕太は、観念したようにして頷き、歯を食いしばって燕真を見つめた。粉木は、燕真の拳を覆っていた手を外し、紅葉を見つめて頷き、一歩引き下がる。同様に、粉木に促された紅葉も一歩引き下がる。


「うわぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」


 手が痛くなるほどに拳を強く握り締め、香山裕太の頬に叩き込む燕真!

 殴られた香山は、反動で壁に叩き付けられて、その場に座り込む。


「う・・・ぅぅ・・・・ごめん・・・なさい」


 俯いたままポロポロと涙を流す香山。先程までのくすんだ表情とは違い、憑き物が取れたように穏やかになっており、その表情からはユータ少年の面影が見て取れる。 彼もまた、自分の行動が、正しい物では無く、行き場のない悔しさを他人に転嫁しているのだと気付いていた。気付いていながら認めたくなかったのだ。


「オマエが・・・」


 燕真は、「オマエが初めからそうなっていれば、ユータはあんな事にはならなかった」と言い掛けたが、その言葉は飲み込んだ。今の香山裕太ならば、ユータ少年とキチンと向き合える。ユータ少年は香山裕太の中で生きている。そう思えたからだ。


「ねぇ、燕真」


 紅葉がポツリと呟く。


「・・・ん?」

「結局、英雄って、どうやれば成れるのかな?」

「さぁね・・・考えた事もないからワカンネ~し、

 俺は、そんな面倒臭いもんには成りたくも無い!!

 ・・・だけどさぁ、そう言うのって、

 本人じゃなくて、他人が決めるもんなんだろうな!」

「・・・そっか」

「・・・多分・・・な」


 紅葉が、燕真を見て笑い、右手人差し指と、左手の五本指を立ててこちらに向けた。


「・・・6点加点・・・これで、合計68点かよ。相変わらず辛い点数だなぁ~」


 燕真は苦笑いをしながら紅葉を見つめる。あとどれだけ頑張れば100点になるのか見当も付かないが、紅葉の手厳しい評点には、もう慣れている。


「・・・合計15点!」

「ん!?15点の加点?これで、合計77点て事か!?

 いつの間にか、だいぶ点数上がったんだな!」

「ちがぅょ!全部で15点だょ!」

「・・・・・・・はぁ!?」

「えんま、15て~~~ん!」

「え!?え!?62点から、いきなり15点!?

 マイナス47点!?減点、ひど過ぎね!!?」


 慌てふためく燕真を見て、紅葉はクスクスと笑う。1(ひぃ)6(ろー)点にあと一歩の15点。この理由は燕真には内緒なのである。




-一週間後・燕真のアパート-


 博物館内部の片付けと、出入り口の修理が終わり、今日が開館日となる為に、久しぶりの出勤だ。燕真は、バイクに跨がって、Yウォッチから1枚のメダルを抜き取って指で真上に弾き、手のひらで掴んで眺める。『鵺』と書かれたそのメダルは、粉木の計らいにより、ザムシードの新たなる武器・弓銃カサガケとして支給された物である。

 そのメダルにユータ少年が宿っているわけではない事は、燕真も理解をしている。 それでも、燕真には、そのメダルを手にする事で、ユータ少年と共に居た時間が無駄ではなかったと思えた。


「ユータ・・・オマエが倒した妖怪のメダルだからな!」


 燕真は、ヘルメットを被り、YOUKAIミュージアムに向かって愛車を走らせた。




-粉木邸-


 朝食を得る為に粉木邸の玄関扉を開けようとするが、鍵が掛かっていて開けられない。留守なのだろうか?本日から開館なのに、いきなり館長が不在と言う事は有り得ないだろう。もしかしたら、久しぶりの営業で気合いが入りまくって、既にYOUKAIミュージアムの方に行っているのだろうか?


 燕真が、YOUKAIミュージアム正面に廻り込んでみると、既に出入り口のシャッターは開かれている。予想通り、粉木は既に、こちらに来ているようだ。

 扉を開けて館内に入り、幾つも並んでいるテーブルと椅子の中から、一番近くの椅子に座る。すると、メイド姿の紅葉がニコニコと笑いながら寄って来た。朝っぱらからコスプレって・・・以前から解っていた事だが、相変わらず、随分とメデタイ思考の持ち主である。


「チィ~~~ス!燕真!!飲み物ゎトマトジュースで良ぃょねぇ!?

「おう、サンキュー!」

「‘ぉ店の売り’って思って、ピザトースト作ったけど、

 初挑戦だったから失敗しちゃったみたぃ!

 味見してみてょ!」

「お嬢が一生懸命に作ってくれたんや、有り難く頂戴せい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 出勤した燕真を待ち受けてたのは、とんでもない失敗作のピザトーストだった。盛り過ぎたチーズが流れ、ベーコンはカリカリを通り越して炭と化してる。そして目玉焼きの黄身がガッツリ焼けちゃってる。これは確実に分量ミス&調理時間のミスだろう。

 しかし、せっかく作ってくれたのにダメ出しするのは悪いので、大人の対応で「ありがとう」と礼を言い、引きつりそうな笑顔でピザトーストを食べる。見た目と比べて、全体的な具のチョイスは悪くない。チーズの分量、焼き時間が何とかなれば、そこそこの食い物にはなりそうだ。


「どぅかな、燕真?ぉ店で出しても良ぃかな?」

「まぁ、もう少し改良すればな!」


 紅葉作のピザトーストを半分ほど食べたところで、トマトジュースに口を付ける。・・・が、ちょっと待って欲しい。改めて考えると、何かがオカシイ。ジッと周囲を見回して、今置かれている状況を確かめる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 目の前には、ウェイトレス姿の紅葉が立っている。奧のカウンターにはウェイター姿の粉木が立っている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ!」


 思わず、眼を点にして、口に入れたばかりのトマトジュースを吹き出して咳き込んでしまう。


「うわぁ!血ぃはぃた!!きったねぇ!!燕真、死ぬの!?」

「ゲホォッ!ゲゲホォッ!ゴホォッ!

 ・・・血じゃねぇ・・・ゲゲホォッ!ゴホォッ!」


 燕真は、慌てて屋外に飛び出して、看板を確認すると、『喫茶・YOUKAIミュージアム』と書いてあった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁぁぁっっ!!!?」


 再び扉を開けて店内に入り、よ~~く見廻すと、テーブルと椅子が幾つも並んでおり、メイド姿の紅葉がニコニコと笑いながら立っていて、カウンターテーブルの奧にはウェイター姿の粉木が居て、カウンター上ではコーヒーメーカーが湯気を立てている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・あの?」

「お嬢の提案でな、修繕を期に、装いを大幅に変える事にしたんや!」

「変えすぎだろう!!!

 従業員が1週間ぶりに出社してみたら、

 会社の趣旨が根底から変わっているって、どんな状況なんだ!!?」

「喫茶店は1階だけ、2階はこれまで通りの博物館や!」

「気にしなぃ気にしなぃ!

 さぁ、燕真も、朝ご飯済ませたら、着替ぇて、ぉ店のぉ仕事手伝ってょ!」

「気にするなってのが無理な話だ!!

 あ~~~~~もうっ!!勘弁してくれよぉ~~~~~~~~~~~~~!!!」


店内に燕真の声が虚しく響き渡る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る