第5話・見えない友達(vs鵺)

-------YOUKAIメダルについて------------------


・白メダル:銀色をした妖怪を封印する前の空白メダルの事。

      倒した妖怪を封じ込める力を持つ。

・黒メダル:妖怪を封印したメダルの事。

      本体を封印するとメタリックの黒に変色をして文字が浮かび上がる。

      子を封印したメダルは価値の無いクズメダルと呼ばれる。

・色メダル:黒メダルを錬金塗膜して、妖幻ファイターへの変身や、

      武器としての性能を与えたメダル。

      用途に応じて、様々な色に分けられている。

・闇メダル:妖気で汚染をされたメダル。くすんだ黒に変色をする。


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-深夜・・・とある住宅の1室-


 ベッドの上で、硬く閉じられた目、眉間に寄せた深いしわ、止めどなく流れ落ちる汗。穏やかな眠りではないようだ。


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 幼稚園児くらいの少年と、父親が、交差点で信号待ちをしている。

 信号が青になるのを確認して、父親が息子を抱きかかえ、横断歩道を渡り始めた。


 赤信号に気付かない大型トラックが交差点に突っ込んでくる。幼い少年の眼には、トラックが近付いてくる光景が映っているが、まさか、そのまま突っ込んでくるとは思っていない。父親は、トラックの接近そのものに気付いていない。

 トラックは停まる気が無い!自分達にぶつかってくる!少年が、幼いなりに、漠然と、その事実を悟ろうとした瞬間!


「危ないっ!!」


 青年が飛び込んできて、親子を突き飛ばした!


 青年の気転で親子は助かった。

 だが、歩道の上、集まって来る野次馬の中心で、青年は俯せに倒れたまま動かない。そして、しばらく開いていた目は、やがて閉じられる。


 命を救ってくれた英雄に必死で呼び掛ける父親。少年は、しばらくは青年を眺めていたが、やがて顔を上げ、自分を救ってくれた英雄の命を奪った大型トラックを睨み付ける。このトラックが全て悪いと言うように。


**************************************


「うわぁぁぁっっっ!!」


 汗ダクになって飛び起きる青年。肩で息をして「またあの夢か」と呟く。以前から、幼い頃の事故の夢はたびたび見ていたが、最近は特に‘この嫌な夢’を見てしまう。両手で顔の汗を拭い、そのまま顔を覆う。


「・・・クソォ・・・クソォ」


 まぶたを閉じて項垂れながら、何度もくやしそうに呟く青年。

 暗がりに中、青年を、ジッと見つめる小さい影が立っている。




-数日後・文架市 本陣(ぼんじん)町-


 1000年くらい前に戦の本陣が置かれた事が、この町名の由来らしい。

 陽快町と広院町に挟まれたこの町は、陽快町と同様に、古い時代に‘鎮守様’の近くに移り住んだ人々によって作られた村から住宅地に発展した地域だ。ゆえに、急発展を遂げた上鎮守町や広院町に比べると、古い家が並び、狭い路地が毛細血管のように張り巡らされている雑然とした町なのだが、それでも十数年前に比べると随分と賑やかになっている。


 その町に、佐波木燕真の住むボロアパートは在った。燕真が‘物を置かない’性格なのか、金が無くて何も買えないのかは不明だが、彼の部屋はキチンと整っていて、ボロ部屋を感じさせない透明感がある。ただし、壁にデカデカと貼ってある‘人気女優・清原果緒里’のポスターやカレンダーが、その透明感を台無しにしている。むしろ‘清原果緒里’以外は透明感がある為に‘清原果緒里’だけが頭抜けて目立つ。


 今日は木曜日、YOUKAIミュージアムは休館日だし、退治屋の呼び出しも無い。粉木邸での飯に有り付けないのは少々痛いが、休日まで粉木老人の家に行くほど暇人でもないので、本日の飯はコンビニで買ったパンや弁当で済ます。


「朝から晩までジックリ時間をかけて、

 レンタル店で全巻まとめて借りた‘HNK朝の連ドラ・おかえりモモ’を見る!」


 それが、燕真が今日の自分に与えたミッションなのだ!・・・スゲー暇人じゃね~か!

 インスタントコーヒーを煎れて卓袱台に置き、買ってきたパンを頬張りながら‘おかえりモモ’を鑑賞する。


「あ~~~・・・俺の隣に引っ越してきてくんないかな~~。」


 TV画面では、上京をしたばかりの主人公(清原果緒里)が、知り合い(後に恋人になる)の部屋の扉をノックするシーンが映し出されている。緊張した主人公の表情が、とても可愛らしい。


ガァンガァンッ!!・・・ガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!


 突然、何かを思いきり叩くような凄まじい轟音が鳴り響き、テレビ画面の中で主人公がドアをノックする音を掻き消す!

 何処の部屋でどんな馬鹿が騒いでいるのだろうか?名シーンが台無しである。燕真は、テレビの音量を上げて、騒音を気にしないように心掛ける。


ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンガァンガァンッ!!


 隣人トラブルは抱えたくないので、出来るだけ気にしないようにしていたが、だんだん腹が立ってきた。

 これまで、燕真は、多少の騒音は、「安アパートだから仕方がない」と大目に見ていた。右隣には小説家志望の青白い大学生、左隣にはプータロー、真上の部屋には自称ダンサーが住んでいるのだが、どの隣人とも、親しくはないが、トラブルを抱えているわけでもない。


「全く・・・何処の何奴が、どの部屋で大騒ぎしているんだ!?

 昼間だからって、非常識にもほどがあるぞ!!」


 音の大きさから察するに、両隣のどちらかだろうか?燕真は、自分がブチ切れる前に他の部屋の住人が苦情を言ってくれないかと期待をする。


ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンガァンガァンッ!!


 しかしまぁ、それにしても凄まじい轟音だ。音を発している主は、叩いている物を壊すつもりなんだろうか!?つ~か、誰か他のヤツ、さっさと騒音バカに文句を言ってくれ!!


ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンガァンガァンッ!!

「ぉ~~~~ぃ!!!燕真~~~~~~~!!!

 居るんでしょ~~~!!!!あっけろぉ~~~~!!!」


 燕真はやっと解った。この金切り声を発する猛獣は知り合い、今まさに叩き壊されそうなのは自室の扉、隣人から苦情を受けるのは自分だ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 自宅アパートの場所は報せていなかったので、まさか、此処にまで台風が上陸するとは想定していなかった。


「あのバカは‘限度’という言葉を知らんのか!?」


ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンガァンガァンッ!!

「ぉ~~~~ぃ!!!燕真~~~~~~~!!!」


 燕真の部屋の外では、帰宅途中で寄り道をした女子高生が、一生懸命に玄関扉をノック・・・と言うか、ほぼブン殴っている。


「うるせーぞぉー!!!静かにしろぉーーー!!!!」


 案の定と言うべきか、早速、燕真の左隣の住人が部屋から飛び出して、燕真の部屋の前にいる猛獣を怒鳴りつける。


「何やってんだ!!?迷惑だぞ!!」


 上の部屋の住人も、階段を駆け下りてきて、猛獣を睨み付けている。


「あっ!こんにちゎぁ~!もしかして、ぅるさかった?ゴメンね~!」


「やっちゃったぁ~」みたいな小悪魔な表情をして、舌を小さく出しながら、苦情主達に軽く頭を下げる紅葉。美少女の背後に桃色のエフェクトがかかり、あどけない表情からキラキラ光線が発射され、苦情主達のハートを撃ち抜いた。


「あ・・・あぁ・・・・・こっちこそ、怒鳴ってゴメン・・・

 解ってくれれば良いんだけど。」

「まぁ・・・まだ、昼間だし・・・・文句を言うほどでもないか。

 俺達の方こそ、変な言い掛かりを付けてスマンな。」


 どうやら、紅葉の誠意(?)ある謝罪(?)のお陰で、苦情主達の怒りはアッサリと収まったようで、2人は何度も何度も紅葉の方を振り返って笑顔を見せながら、部屋に引き上げていった。


ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンガァンガァンッ!!

「ぉ~~~~ぃ!!!燕真~~~~~~~!!!あっけろぉ~~~~!!!」


 途端に、紅葉は再びドアをノック・・・と言うか殴り始める。だが、美少女パワーでスッカリ牙を抜かれた左隣と真上の住人からは、もう苦情は来ないようだ。

 本音として、無視を続けたい気分だが、このままでは扉が叩き壊されてしまう。おとなしく開けるしか無さそうだ。


「やれやれ・・・果緒里ちゃんの爪のアカを煎じて飲ませてやりたい気分だ。」


 燕真は、朝から流しっぱなしだったDVD鑑賞を諦め、渋々と玄関ドアの鍵を開けた。すると、右隣の住人が、「チィ!居たのかよ!?」みたいな表情をしながら、自分の部屋のドアを半開きにして、こちらを覗いている。


「あ!やっぱりぃたぁ~~!!何で直ぐに出て来なぃんだょぉ~~~!」


 紅葉は、少しばかり慌てた表情をしている。なるほど、何か不測の事態があって、慌てていたから、あんな派手にノック(?)をしていたのか?まぁ、だからと言って、ドアを力一杯ブン殴って良い事にはならないが。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさぁ・・・

 まず最初に・・・

 オマエのドタバタに巻き込まれて忘れる前に、聞いておきたいんだけど、

 どうやって、俺の家を調べた?粉木ジジイに聞いたのか!?」

「うぅん!だぃぶ前に、バイクにGPS付きのケータイ仕込んでぉぃたんだぁ!!

 ・・・そんな事よりも、ねぇ、燕真、大変だょぉ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 またGPSかよ?しかも、プライベートを完全に無視されている燕真的には、大問題だと思うんだけど、この猛獣は「そんな事よりも」と軽く流しやがった。自分のストーカー的な行為を「そんな事よりも」扱いするからには、余程「大変な事」に巻き込まれたんだろうな?そう思わせておいて‘どうでも良い事’ってのがお決まりのパターンなんだが・・・。


「大変だょぉ、どぅしょぅ、燕真!?」

「何がだよ!?」

「ぁたし、幼稚園くらぃの小さぃ男の子をユーカイして来ちゃったぁ~!

 ケーサツに掴まるかなぁ~~!?どうすればぃぃ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・そ・・・それは・・・・・・・・・たいへん・・・だねぇ」


 さっきは、どうせ‘どうでも良い事’と予想したけど、想定の50倍くらい大変な事件だった。しかも、この猛獣は、その大事件に、燕真を巻き込むつもりなのだろうか?誘拐をして悔いているなら来る場所が違う。先ずは警察に行って欲しい。そして、人としてキチンと矯正されるまで出て来ないで欲しい。


「誘拐って・・・オマエ?」

「学校からぉうちに帰って、

 そのぁと、アミ(友人)達とリバサイ(リバーサイド鎮守)で待ち合わせして、

 ゲーセンに行って、クレーンゲームやリズムゲームで盛り上がりまくって、

 そのぁと、ウィンドショッピングをして、ミキがDVD買って、アイスを食べて、

 ついさっきバィバィしたんだけど、自転車で帰ってきて、ぉうちに着いて、

 自転車を片付けようとしたら、荷台に男の子が乗ってぃたんだぁ~!

 これって誘拐だょねぇ?ァタシ死刑かな?どぅしょう、燕真!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 話を整理する。アミとかミキとか言われても、誰の事なのか解らない。自転車で家に帰宅するまでの、友人と遊んだ話題は全部要らない。見知らぬ男の子が自転車の荷台に乗っている事に気付かずに、リバーサイド鎮守から帰ってきた・・・以上。


「それ・・・誘拐じゃなくて迷子って言うんじゃね?」

「・・・まぃごちゃん?」

「今頃、リバーサイドでその子の親が大騒ぎしているだろうから、

 直ぐに連れて行けばいいだけだろ?」

「ァタシ、ケーサツに捕まらない?」

「直ぐに返してくればな!」

「ぇ~~~~でもぉ~~~」

「途中で気付よ、どんだけ鈍感なんだ?」


 随分とマヌケな話だが、不可抗力とは言え、幼い子供を連れ帰ってしまい、誘拐犯扱いを恐れて動揺する少女の気持ちは、理解出来る。部屋の時計を見ると18時5分。アパートからリバーサイド鎮守までは、紅葉の自転車のペースに合わせても15分程度。おそらく既に迷子捜しの館内放送が流れているだろうから、総合受付に電話をして、子供を送り届ければ、一件落着だろう。


「・・・仕方ない!一緒に行ってやるよ!」

「ぁりがとぉ~、燕真!」

「・・・で、その子供は何処にいるんだ?」

「ここだょぉ!」

「・・・・・・・・・・・・・・??」


 紅葉は、その場にしゃがみ込み、燕真の腹の手前で、何かの上(空気中)に手を置くような姿勢になった。しゃがんでいるので、スカートの中がバッチリ見えている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中は短パンかぁ~」

「・・・ぇ!?」

「・・・いや、独り言!・・・・・つ~か、子供は何処?」

「燕真と同じ場所!そっかぁ~、燕真ゎワカンナィんだぁ~?

 ちょうど重なってるから、

 燕真のお腹から、男の子の顔が生ぇているみたぃになってるょ!

 あははっ!ォモシロォ~~~イ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・早く言え!」


 どうやら、また燕真には見えない子供らしい。この女は、幽霊掃除機か?紅葉はケタケタと無邪気に笑っている。相変わらず粗忽だ。全く感じないとはいえ、「重なっている」とか「腹から生えてる」と言われて、気分の良い物ではない。だからと言って慌てて飛び退くのも格好が悪い。燕真は冷静なフリをして、2歩ほど後退をした。

 さて、困った。どう事情を説明して、見えない迷子の子供を、迷子センターに引き取って貰えば良いのだろう?・・・てか待てよ?


「・・・それって・・・誘拐どころか、迷子ですらないじゃん。」


 片っ端から変なモンを持ち込みやがって!ガキは見えないが、話が見えてきたところで、燕真は、2回ばかり深呼吸をする。


「ねぇねぇ、なんてゆ~名前なのぉ?

 ・・・・ふぅ~ん、ユータくんて言うんだぁ~・・・いくつ?

 そっか、4歳なんだ?・・・・・・ぉ姉ちゃんに、何かして欲しぃのぉ?」


 紅葉の姿勢や仕草から察するに‘一般人には見えない4歳児’の背の高さに合わせてしゃがんで、両肩に手を置いているのだろう。どうやら、人目のある玄関口で話すような事ではなさそうだ。


「まぁ、いい・・・少し落ち着いて話がしたいから、とりあえず入れ!」

「・・・ぅん!ぉじゃましまぁ~すぅ!!

 ゎぁ~~~~~・・・燕真って、清原果緒里ちゃん好きなんだぁ~~~!?

 ぅんぅん、わかるぅ~~~!カオリちゃん、可愛ぃモンね~~~!」


 当然と言えば当然だろうが、初めて部屋に上がり込んだ珍客の目には‘清原果緒里のポスター’が強烈な印象を与える。燕真は、「他人に自分の好みを覗かれてチョット恥ずかしい」、「クソガキとは言え、女が来るのなら、ポスターは外しておくべきだったかも」等と考えたが、紅葉の反応は意外とシンプルだ。‘笑顔でこちらを見つめている清原果緒里(のポスター)’をジッと眺めて、その笑顔を真似たりしている。


「別に好きなワケじゃね~よ!

 ただ、殺風景で、穴だらけな壁に何かを貼りたくて、

 たまたま手元にあった適当なポスターを貼っただけだ!」


 ダイレクトに「好きなんだ?」と聞かれて、つい「違う」と答えてしまった。当然、「たまたま手元にあった」物を貼ったわけではない。好きだから買ってきて貼ったのだ。

 若干‘女性’として意識している16歳の少女からの質問を誤魔化してしまうのは、22歳の男性としては年相応の反応だろう。・・・が、16歳の根が素直すぎる少女には、そんな誤魔化しは通じない。


「ふぅ~~~ん・・・へぇ~~~~~・・・別に好きじゃなぃんだぁ~~!?

 ならさぁならさぁ、このポスター、部屋に貼るから、

 ァタシにちょぅだぃよぉ~~!

 代わりに、ァタシがマスドナルドでバィトしていた時に、

 ぉ店から支給された変なポスターをぁげるからさぁ~!」


 この‘がさつ女’に清原果緒里の良さが解るとは、少々意外だった。てっきり「自分が一番可愛い」「自分以外には興味が無い」タイプかと思っていたが、一般的な‘可愛い’を理解出来るだけの常識と知能はあるらしい。・・・が、ダメに来まってんだろう。しかも、要らないポスターと交換って、非常識にも程があるぞ!


こういうシーンの定番は・・・

主人公が誤魔化す

ヒロインがニヤニヤしながら「そう言う事にしておくね」的な事を言う

見透かされた主人公が照れる

なんとなく和やかムードになる

・・・なんじゃないのか?

まだ、信頼関係が薄く、恋愛感情も芽生えていない男女間では、これは使っておきたいパターンの1つだろ?


主人公が誤魔化す

ちょうだい

・・・なんてパターンは聞いた事がない。

変なところばかりが、あまりにも素直すぎるぞ!


 紅葉は、興味津々と燕真の部屋を見回し、ベッドの脇に積んであるグラビア雑誌を引っ張り出して、パラパラと巻頭カラーページをめくる。露骨な‘裸’が掲載されている雑誌ではないが、独身男性としては、部外者による枕元周辺の本の物色は、絶対にやって欲しくない行為だ。頼むから、年頃の男性をもう少し勉強してくれ。


「あ!こっちにもカオリちゃんだぁ!」

「べ、別に、清原が見たくて買ったわけじゃね~!その雑誌は毎週買ってんだよ!」

「ふぅ~~ん・・・そっかぁ~~~。

 カオリちゃん、可愛くて良いよね~。

 どうやればこんなに可愛くなれるのかな~?」


 紅葉は、ベットに腰を掛けて、足を前後に揺らしながら、グラビアの清原果緒里を見入っている。その仕草や表情は、とても可愛らしい。つい燕真は、「喋らなければ清原果緒里の次くらいには可愛い」と言いそうになったが、グッと堪えた。


「きゃっはっはっはっは!」


 グラビアを眺めていた紅葉が、突然ゲラゲラと笑い出した。今、紅葉が開いているページには、透明感溢れる清原果緒里の写っている。このページに笑う要素など一つも無い。急に頭がおかしくなったのだろうか?


「ねぇ~ねぇ~、燕真ぁ~・・・

 良く見るとさぁ、カオリちゃんて鉛筆みたいだょねぇ!?」

「・・・・・・・・・・・・・はぁ?」

「だってほら、全身グラビア見ても、ぁんまりスタイル良く無さそうだしぃ、

 プロフィールにスリーサィズ書ぃてなぃし、きっとこの子、棒なんだねぇ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 やはり、この女は頭がおかしいらしい。ちょっとイラッとしたが、初っ端に「清原が好きなワケじゃない」言い切っちゃったので、文句を言いにくい。燕真は、表情を引きつらせて、苛立ちを隠し、頭を抱えながら「早く帰れ!」と心の中で願うしかなかった。




-PM7時過ぎ-


「ぁ!帰って宿題なんなくちゃ!」


 台風の眼は立ち上がり、帰り支度を始める。一応、玄関を出て見送る燕真。


「ほんじゃ、また明日、ぉじいちゃんの博物館で会ぉ~!」


 紅葉は、燕真を見て挨拶をした後、少しだけ視線を外して部屋の奥を見詰めて手を振った。


「バィバ~ィ、また明日ねぇ~!」


 燕真は、紅葉の視線に、若干の違和感を感じた。清原果緒里のポスターに挨拶をしたのだろうか?紅葉が燕真の顔に視線を戻したので、燕真も紅葉を見つめた。


「ょろしくね!」

「おう!またな!」


 挨拶を返すと、紅葉は自転車に跨がって帰っていった。また明日もアレに会うと思うと少々ウンザリしてしまう。

 嵐が去った後の部屋の中は、雑誌やら、お菓子の袋が散乱をしている。まるで、本物の台風が直撃をしたような気分だ。たった一時間しか居なかったはずなのに、もの凄く疲れた。まさか、清原果緒里の話題のみで終わるとは思わなかった。

 燕真はお菓子の空き袋をゴミ袋に入れ、散乱した雑誌を積み重ねながら、グラビアの清原果緒里を眺める。ダメだ、残念すぎる女子高生の所為で、頭と手の付いた鉛筆にしか見えない。


「あのバカ女、清原果緒里をバカにするだけバカにして帰りやがって、

 一体何をしに来たんだ!?」


 燕真は、溜息をつき、冷蔵庫から炭酸飲料を出して飲みながら考える。紅葉は、清原果緒里を鉛筆扱いする為に、突発的に押し掛けてきたのだろうか?何か違う気がする。そう言えば、誘拐とか迷子騒ぎで困って、此処に怒鳴り込んできたんだっけ?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 帰宅直前の紅葉が、燕真から視線を逸らして「バィバ~ィ、また明日ねぇ~!」と手を振り、その後、燕真に「よろしく」と言っていたのは、かなり違和感があったが、何の意味があるんだろう?


「・・・・・・・・・・・・まさかアイツ、連れて来た物を置いていったのか?」


 見えない上に、清原果緒里の話題の所為でスッカリ忘れていたが、多分、この部屋に居るのだろう。「よろしくね」たって、見えない相手に、なにを「よろしく」すれば良いのか、サッパリ解らない。燕真は、念の為に、飲みかけの炭酸飲料を部屋の中央方向に差し出してみる。


「・・・飲むか?」

し~~~~~~~~~~~~~~ん

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もちろん、一切反応は帰ってこない。




-午後8時-


 燕真の部屋のテレビでは、直ぐ近くにあるレンタルDVD店で借りて来た幼児向けのアニメが再生されている。ただし、燕真は、このアニメに興味は無い。先日のように、見えないガキとは言え「苦手」扱いをされるのは地味に傷付く。いくら見えなくても、嫌われるより、好かれる方が良いに決まっている。見えない幼稚園児(紅葉談)が何をすれば喜んでくれるのかと考えた結果‘アニメを見せておけばイイコにしてるんじゃね?と考え、今に至る。

 燕真は、テレビの前に座ってアニメの登場人物達の愉快な行動に軽く笑い、隣を見て「面白いな!」と話し掛ける。もちろん反応は無いし、それどころか、見えない幼稚園児が、ちゃんと隣で見ているのかすら解らない。

 燕真は、幼児向けのアニメを見ながら、残念すぎるヒロインの所為で、この異常な状態に慣れつつある自分が怖いと思うのであった。




-午後9時過ぎ・文架駅西側・利幕町-


 一台の大型トラックが、高架橋沿いの道路を走っている。交差点に差し掛かる前に、信号は青から黄色に変わる。運転手はアクセルを踏み、赤に成る前に交差点に進入しようとした。


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 突然、トラックの目の前に、人間より一回りほど大きな獣が出現!真正面からトラックを受け止めた!フロントガラスからは、猿を凶悪にしたような顔が、両目をギラリと光らせて覗き込んでいる!


「う・・・うわぁぁぁっっっっっ!!!!」




-本陣町・燕真のアパート-


ピーピーピー!

 妖怪発生の報せを受けた燕真が、部屋を飛び出してバイクに跨がる。せっかくの休日だったが、妖怪はこちらの都合で動いてくれるわけではない。部屋に幼稚園児を置き去りにするのは忍びないが、アニメを見ながら留守番してもらうしかない。

 燕真はホンダVFR1200Fのエンジンを掛け、急いで現場に向かう。しかし、ここから現場までは些か遠い。車の通行が少なくなった時間帯とは言え、信号待ちを考えると、現場まで20~30分程度は掛かってしまうだろう。

 燕真は、バイクを走らせながら、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!


「幻装っ!!」


 燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!続けて、Yウォッチから『朧』メダルを抜き取って、Yウォッチの空きスロットルに装填!


《オボログルマ!!》


 ザムシードの背後の時空が歪んで、妖怪・朧車が出現!先行するホンダVFR1200Fに追い付いて取り憑き、マシンOBOROに変形をした!


「頼むぜ、OBORO!5~6キロ西側にある妖気反応が現場だ!!」

〈オボォロォ~~~~~~~~!!〉


 本来であれば、マシンOBOROは、周囲の溜まった妖穴を利用して黄泉平坂フィールドに侵入するのだが、周囲に都合の良い妖気が無くても侵入は可能。マシンOBOROは、ボーンタンクに蓄積された怨念パワーを朧フェイスの口に圧縮させて、前方に撃ち出した!すると、その場に簡易的な妖穴が出現し、ザムシードとマシンOBOROは、その中に飛び込んでいく!




-利幕(としまく)町-


 先程襲われた大型トラックは横倒しにされており、フロントガラスは粉々に割れ、運転手の姿は既に無い。間を空けて走行してきた2~3台の一般車が、道を塞いで倒れているトラックを見て車を停車させ、「何事か?」と車を降りる。トラックの上では、人間よりも1サイズ大きな‘猿顔で手足が虎’のような獣が吼えている!


「わぁぁぁっっっっっっ!!!」 


 その、非日常の光景を目の当たりにして悲鳴を上げ、腰を抜かす一般市民達!その場にいた誰もが、「逃げなければ殺される!」と恐怖する!しかし獣は、クンクンと鼻を嗅いだ後、その場にいた人々には目もくれず、西の方向に走り去っていった!


「遅かったか?」


 直後、獣が残していった妖気を利用して、マシンOBOROが出現!ザムシードは、バイクを停車させ、直ぐに妖気反応を探す!


「まだ居る・・・近い・・・真っ直ぐ西に動いている?」


 目の前にある交差点を西に向かうと、1~2キロで国道にぶつかる。


「急がなきゃ拙いな!」


 市道や県道ならどうでも良いというわけではないが、国道はこの時間帯でもかなりの車が走っている。そんな所に妖怪が出現したら、収拾が付かないパニックになるのは目に見えている!

 考えている時間は無い!ザムシードは両耳のアンテナに意識を集中させ、OBOROの妖怪センサーに妖気のニオイをインプットし、西側に移動する妖怪を追った!




-国道-


 片側2車線の計4車線道路を、北方向から、荷を積んだ数台の大型トラックが連なって走る。その200mほど前方、猿顔の獣が、進路を塞ぐようにして立つ!


「・・・ん!?」


 先頭を走る運転手は、前に何かがあるとは気付くが、夜間なので、それが何なのかハッキリとは解らない。


「・・・いた!!」


 マシンOBOROを走らせるザムシードは、国道の真ん中に立つ妖怪を発見!周囲を確認すると、大型トラックが連なって走ってくるのが解る!


「アレを狙っているのか?」


 トラックのスピードを目測すると、バイクを止めて赴いたのでは間に合わなくなる!ザムシードはアクセルを全開に捻り、大型トラックを待ち構える妖怪目掛けて、マシンを突っ走らせた!


「このまま体当たりをする!・・・間に合うか!?」


 一方、トラックの運転席で、身を乗り出すようにして、前方にある「何か」を見つめる運転手。しだいに、その「何か」が見えてくる。それは、2本足で立つ毛むくじゃらの動物だ!見た事のない動物が、トラックに対して身構えている!


「う、うわぁぁっっっっっっっっっっ!!!」


 慌ててクラクションを鳴らしながら急ブレーキを掛ける運転手!


「うおぉぉぉぉぉっっっっっ!!間に合えっっっっっっっっ!!!」


 時速450キロに達したマシンOBOROが、国道を横切り、トラックを待ち構える妖怪に激突!妖怪は寸前で邪魔者に気付き、マシンOBOROを受け止める!マシンOBOROは妖怪にしがみつかれたまま、衝突寸前でトラックの前を通過!そのまま、国道を横切って、交差する道を突っ走る!


「ガォォ・・・?」


 妖怪の目に、今、目の前で起きている‘バイクの体当たり’とは違う光景が映る!バイクでも妖幻ファイターでもなく、別の人間が飛び込んできて、大型トラックの前から自分を突き飛ばす光景!


「ガォォ・・・ガォ・・・・・・うわぁぁぁっっっっっ!!」


 妖怪の嘶きが擦れ、幼い少年の叫び声のような物に変化する!


「・・・・え!?人の声!?」


 驚いて、マシンOBOROに押し込まれている妖怪を見るザムシード!妖怪は、闇の渦に姿を変え、空気中に溶け込むようにして消えていった!


「クソッ・・・逃げられたか!」


 バイクを止め、周囲を確認するザムシード。両耳のアンテナでも、OBOROのセンサーでも、新しい妖気反応は拾えない。

 倒した手応えは無い。むしろ、バイクの体当たりで弾き飛ばされずに、バイクに押されたまま、バイクにしがみつき、凌ぎ続けたパワーを考えると、余力を残して逃げたと考えた方が妥当だろう。

 ザムシードは、Yウォッチで粉木に現状報告をして、「戻ってこい」の指示を受けて、変身を解除し、その場を後にするのだった。


 帰宅の途中で、最初の現場と成った利幕町の交差点付近に来ると、何台ものパトカーやレスキュー車が道を塞いで、転倒したトラックの事故処理を行っている。野次馬の話に耳を傾けると、「トラックの運転手が何処にも居ない」「事故にびびって逃げたんだろう」等と話をしている。


「食われてしまったのか?・・・間に合わなくてゴメン。」


 燕真は、姿無き運転手に対して小声で謝罪をしてから、その場を離れるのだった。




-陽快町・YOUKAIミュージアム-


 最初の事件でも、国道でも、狙われたのは大型トラック。猿顔の妖怪は、OBOROの体当たりを防ぎきるほどのパワーを持っている。人間の子供のような悲鳴を上げて逃げた。燕真が粉木に一通りの報告を終える。


「そか・・・ご苦労やったな」

「なぁ、粉木のじいさん、

 今日も、次の出動に備えて、じいさんの所に泊まろうか!?」

「いや、また、何かあったら呼ぶさかい、今日は帰ってええで!」


その日は解散となり、燕真が自宅アパートに戻った頃には、0時を過ぎていた。




-本陣町・燕真のアパート-


 室内では、テレビが点けっぱなしで、画面には幼児向けのアニメのタイトル画面が映し出されている。そう言えば、この部屋には、燕真には見えない客が居たことを、スッカリ忘れていた。


「・・・ごめん!だいぶ待たせちゃったな!また最初から見ようか!?

 俺、これから風呂に入るから、悪いけど、しばらく1人で見ていてくれ!

 それとも、オマエも風呂に入るか!?」

し~~~~~~~~~~~~~~ん

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


もちろん、一切反応は帰ってこないが、燕真はアニメを再生して、浴室に入るのだった。




-AM1時-


 燕真は、風呂から出て、慌てて出動した為に、部屋の中に忘れていったスマホを手に取る。着信履歴56件、全て紅葉からのコールだ。22時頃から定期的に履歴が入っている。何かの嫌がらせだろうか?それとも、この部屋に宿泊をしている見えない客が心配なのだろうか?用があるなら、また着信を入れてくるだろう。しばらくはアニメを見ながら着信を待ったが、かかってくる気配は無さそうだ。


 燕真は、見えない客に「もう寝ようぜ」と言って、テレビと電気を消して布団に入る。見えない客が寝るのかどうか、どんなふうに寝るのかは見当も付かないが、見当が付かないことをアレコレ考えても意味が無い。

 いつもならば、布団に入ってしばらくは‘清原果緒里のグラビア’を眺めるのだが、残念すぎるヒロインの所為で鉛筆に見えてしまうし、鼻の下を伸ばして‘果緒里ちゃん’を眺めているのを、見えない客に見られるのも嫌だし、明日になってからその行為を紅葉にチクられるのも嫌なので、本日はおとなしく寝ることにした。




-翌朝6時25分-


ガァンガァンガァンガァンガァンッ!!・・・

ガァンガァンガァンガァンガァンガァンガァンッ!!

「ぉ~~~~ぃ!!!燕真~~~~~~~!!!

 居るんでしょ~~~!!!!おっきろぉ~~~~!!!」


 アラームは6時半にセットしてあるのだが、人為的、且つ、凄まじく雑なアラームで、起床予定の5分前に、燕真は目を覚ました。


「うるせ~なぁ~!モーニングコールの出前を頼んだ覚えはないぞ!!」


 寝ぼけ眼を擦りながら、玄関の鍵を開ける燕真。同時に、通学途中の寄り道をした女子高生が怒鳴り込んでくる!


「チョット、燕真!どぅぃうつもりなの!!?

 ァタシ、昨日‘ょろしく’って言ったょねぇ!?」

「・・・ハァ、何が!?」

「ユータ君の事、‘ょろしく’って言ったょねぇ!?」

「あぁ、それか!」


 寝起きだったんでスッカリ忘れていたが、この部屋には、燕真には見えない客が一泊をしたのだった。


「それなら、3時間ばかり家を留守にした以外は、

 それなりに上手くやったつもりだ!

 一緒にアニメ見たりしてさ。」

「ハァ!!?そんなゎけ無ぃでしょ!?」

「ん!?なんで!?」

「ユータ君、夜の10時前にゎ、ァタシの所に居たもん!!」

「・・・へ!?」

「駅西で事故がぁったみたぃだし、何となく気になって、何回も外を眺めてぃたら、

 ユータ君がマンションの駐車場に立ってぃて、

 ァタシのぉぅちは、亜弥賀神社の御札がぃっぱぃぁるから、

 ユータ君ゎ入れなぃし、もぅ1回ココに連れて来たくても、

 遅ぃ時間に出掛けるとママに怒られちゃうから、

 迎ぇに来てもらぉぅと思って、何回も燕真に電話したのに全然出なぃし!!

 仕方なぃから、粉木のぉじぃちゃんに連絡して、迎えに来てもらったんだょ!!

 なんで、ぉ願ぃしたのに、メンドウ見てくれなかったのぉ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 なるほど、今の紅葉の話から、紅葉が自宅に霊体少年を連れて帰れない理由は理解出来た・・・が、これを言ってしまうと話が根底から覆ってしまうのだが、「根本的に、預ける相手が間違えている」「見えない俺にどうしろってんだ!?」と言ってやりたい。

 しかし、一方的に押し付けられたとは言え、直後に突き返すというアクションを取らずに、預かってしまい、それでいて紅葉の期待に応えられなかったのは事実だ。


「ゴメン、悪かったよ!

 ・・・だけど、粉木のじいさんが預かってくれたなら、それで良いだろ!?」

「・・・ぅん、そぅなんだけど」


 燕真が、変に言い訳をせずに、素直にミスを認めたので、それまで激しい剣幕を見せていた紅葉も少し落ち着く。その後、燕真が「話の続きは夕方、遅刻しないように学校に行け」とその場をやり過ごし、紅葉の登校をを見送った。

 改めて考えると、燕真はたった1人で深夜まで幼児向けアニメを見ていた事に成り、随分とマヌケである。




-陽快町・粉木邸-


 見えない少年の事や、昨日の事件の事も気になるので、燕真は、いつもより30分ほど早く、朝のまかないの場に到着をした。

 粉木に会って直ぐに訪ねてみると、紅葉の言った通り、燕真が帰宅したあとに紅葉から連絡があり、ユータ少年を引き取ったらしい。相変わらず燕真には全く感じられないが、今は、茶の間でおとなしくしているとの事だ。


「・・・そっか。」


 燕真は居間に入り、道中でコンビニに寄って購入したプリンの蓋を開けて、ちゃぶ台の上に置く。


「どうしたんや、燕真?」

「・・・ん?良くワカンネ~けど、この辺にいるんだろ!?

 こう言うの食うのかは知らないけど、仏壇にお供え物すんのと同じかな?ってさ。

 ガキが怒ってるようなら、教えてくれ。」

「・・・ほぉ~・・・・良い心掛けやな」


 粉木は、燕真の行動を見て、最初は少々驚いたが、眼を細めて喜ぶ。

 これまでの燕真なら、自分には見えない物には無関心だった。「見えない物は見えない」「感じられない物は仕方がない」で終わらせていた。粉木は、何故そんな男が妖幻ファイターに選ばれたのか不思議で仕方がなかった。だが、燕真は少しずつ変わり始めている。おそらく、燕真には見えない物を、明確に居る者として接する少女の影響だろう。ただ、燕真自身は、まだ自身の変化や少女の影響力には気付いていない。




-PM4時・YOUKAIミュージアム-


「チィ~~~~~~~~~ス!きったょぉ~~~~~~~~!!

 ユータ君ぃるぅ~~~~!!!?」


 学校での授業を終えた猛獣が訪れた。博物館の閉館は18時であり、紅葉が下校してくるのは16時、または17時なので、平日はバイトと言うより遊びに来る。燕真視点では何も無い場所に手を振って駆け寄り、しゃがみ込んで、「寂しくなかった?」等と質問をしている。この博物館が、客の来ない博物館だから良いようなものの、アカの他人が見たら、間違いなく「かなり痛い娘」と思うだろう。


「まぁ、実際に、色んな意味で、かなり痛い娘だけどな・・・。」

「なんか言った、燕真?」

「いや・・・独り言。」


 今のところ、昨日の妖怪に動きは無い。その日も、閉館までダラダラと時間を潰して、いつもと何ら変わらずに‘表面上の仕事’は終了になると思われた。しかし、1人の招かれざる客が訪れる事で、状況は一変をする。

 一台の自転車がブレーキを掛け、乗っていた青年が鋭い目付きで博物館を睨み付けた。


「・・・いる」


 青年は建物から視線を外し、駐車場に掲げられている『YOUKAIミュージアム』の看板を見上げる。今までに客として訪れた事はないが、嘘か誠かの真相はともかく、妖怪の宿った品物が展示されているとの噂は聞いた事がある。青年は自転車を引いて敷地内を歩き、博物館の扉に手を掛けた。



-館内-


「大人300円です」

「・・・・・・」


 青年から入場料を受け取り、入場券の半券を手渡す燕真。青年は無言で半券を受け取り、受付カウンターの脇で妖怪関連の本を読んでる紅葉の方をジッと見つめ、館内の見学を開始する。しばらくすると、紅葉が燕真の元に寄って来た。


「ねぇ、燕真・・・ァィツ、なんか嫌な感じ。」

「・・・あぁ!」


 燕真は、その青年から何かを感じていた。彼には、紅葉や粉木のように、目に見えない物を感じ取る事は出来ない。だから、紅葉が青年から感じ取った物と、燕真が感じ取った物が、同一の物なのかは解らない。しかし、燕真は、青年の暗く濁った目は見逃さなかった。他人を正義や悪、白や黒で分けるのは好きではない。しかし、その青年を例えるなら、いつ黒に染まってもおかしくない灰色・・・そんなイメージだ。


「紅葉・・・気を付けろよ。」

「・・・・ぅん」


 青年は、車ではなく自転車で来た。つまりは市内の人間だ。おおかた、紅葉の容姿に惹かれてやって来た変質者の類ではなかろうか?そうでなければ、市内の人間が、こんなインチキ臭い博物館に足を運ぶ理由など無い。ただ、「紅葉の見た目に騙されて入って来ちゃった」くらいならば気にする事は無いのだろうが、一歩間違えれば何かをしそうな雰囲気が気になる。

 青年は、妖怪が宿った石、妖怪が宿った人形と見て回り、妖怪が宿った刀の所で足を止めて、ガラスケースに手を添えてジッと眺めている。


「ねぇ、燕真・・・

 ァタシ、ぁの‘ちくわ顔’の根暗に話し掛けてみょぅか?

 ガラスに手を付くな!って」

「・・・バカ、やめとけ!・・・てか、ちくわ?」

「ぅん、カビの生えたちくわ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は‘ちくわ顔’がどんな顔なのかは全く想像出来ないが、紅葉の所為で、館内の青年が‘ちくわ’に見えてきた。

 事務室にいた粉木も、何かを感じ取って顔を出す。


「じいさん、アンタは引っ込んでいた方が良いんじゃね~か!?」

「年寄り扱いすんなや!まだ、オマンよりは頼りんなるわい!!」


 燕真は気付かないが、粉木と紅葉には、あちこちの空間が歪み、毛の生えた小さな虫が出現をして、館内を這いずり回るのが見える。


「・・・子妖?」

「あの男が連れて来おったんか!?」

「え!?・・・何の話だ!?」

「ァィツがココに来た途端に、小っこぃ虫が発生してぃるの!きっとァィツがやってぃるんだょ」

「・・・マジで!?」

「お嬢・・・先ずは自分が憑かれんように、それを優先的に考えや!」

「・・・ぅん」


 近寄ってきた虫は、粉木は携帯用の祓い棒で、紅葉は手で叩いて消滅させる。本物の虫ではないと解っていても、手で叩くのは気持ちの良い物ではない。


「ぉじぃちゃん、ァタシも棒が欲しぃょぉ~」

「スマンの、次までに用意しとくさかい、今日ゎ我慢してくれんか。」

「おいおい、俺はどうすりゃ良いんだよ!?見えないんだけど!」


 燕真は、心配そうに、粉木と紅葉を交互に見る。粉木と紅葉も、燕真を見る。


「ねぇ、ぉじぃちゃん・・・子妖って、レーカン無ぃヤツにゎ憑けなぃの!?」

「どうやら、そうみたいやな。

 自覚の有無に係わらず、少しでも霊感があれば憑けるんやろうけど、

 霊感ゼロだと憑ける要素がゼロっちゅう事なんやろな。」

「・・・何の話をしてんだよ!?」

「燕真、念の為に聞くで!

 気分悪いとか、意識が無くなりそうとか・・・そんな症状ありよるか!?」

「・・・無いけど、なんで!?」

「燕真の顔や体、小っこいのが50匹くらぃ動き回ってるょ!」

「・・・マジで!?」

「普通、そんだけ量山の子に集られたら、

 憑かれる憑かれない以前に、発狂しよるで!

 なんも無いちゅう事は、オマンはどんだけ集られても安全ちゅうこっちゃ!

 便利やの~!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、顔を触ったり、体のあちこちを見回すが、至って普通通り。‘50匹の小っこいの’なんて一匹も見えない。見えないんだけど、気分の良い物ではない。


「なぁ、じいさん・・・取ってくれよ」

「憑かれる心配の無いヤツは後回しや!

 今のオマンがする事は、他に移さんようにジッとしとく事や!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 紅葉も粉木も、最初は、博物館に来た男が、妖怪に憑かれていると警戒していた。しかし、紅葉は、子妖を潰しながら、この妖気の発生源が、別の場所にあると感じ始めていた。

 数週間前、学校で初めて妖幻ファイターを見た時と同じ・・・闇の中に潜んで様子を窺っている暗く澱んだ気配。おそらく、博物館に来た客が引き金になって、その闇が目覚め始めたのは間違いない。それは、自分や粉木の直ぐ後ろから感じられる!


「・・・ユータくん!!?」


 紅葉の大声に釣られて、燕真と粉木が見学者から眼を逸らした瞬間、ガラスが砕け散る音が博物館内を支配した!ガラスの割れた音の方向に視線を向ける燕真達!見学者が、カラスケース内に陳列されていた刀を手にしている!


「これが有れば・・・アイツを!!」


 そこからの男の動きは速かった!紅葉を睨み付けて襲い掛かってくる!

 男の狙いは「紅葉を殺害して自分だけの物にする」つもりか!?


「やめろぉぉっ!!」


 咄嗟に、紅葉を突き飛ばしながら庇うように立ち、姿勢を低くして、男が抜刀をする前にタックルをする燕真!


「邪魔をするなぁっ!!」


 男は、燕真の背中に、奪った刀の鞘を何度も叩き付ける!


「紅葉、早く逃げろっ!!」


 燕真は、懸命に男を抑えて、背後の紅葉を逃がそうとする!しかし、紅葉はその場から動こうともせず、背後の空間を見つめている!


「ユータくんっ!!」

「グズグズすんなっ!!サッサと逃げろってんだ!」

「邪魔をしないでくれ!!早くしないとソイツが!!」


 男が燕真に押さえ付けられて藻掻きながら、必死になって手を伸ばしている場所、其処は、突き飛ばされた紅葉が居る場所ではなく、何も無い無い空間だ!

 しかし、何も無いはずの空間が暗く歪み、その中から、人間の大人よりも一回りほど大きい獣が出現をする!猿のような顔に、虎のような手足、蛇のような尾・・・昨日、駅西に出現をした妖怪である!


「ガォォォォォォォッッッ!!」


「これは・・・鵺(ヌエ)や!!」

「・・・ユータくん!!」

「・・・・・・・・え!?」


 妖怪・ヌエは、燕真と男に目掛けて、腕を振り回す!吹っ飛ばされた燕真達は、ゴロゴロと床を転がり、壁に激突した!


「・・・イッテェ~!」

「・・・ク、クソォ、邪魔をしたオマエが全部悪いんだ!!」


 男は、吹っ飛ばされた時に手から投げ出された刀を拾って、博物館の外に飛び出して逃走をする!


「ガォォォォォォォッッッ!!」


 妖怪・ヌエは、大声で嘶きを上げて、館内に残された燕真達を睨み付ける!

 燕真は、状況が全く把握出来ない。男の狙いは紅葉ではなかった?紅葉は、妖怪を見て「ユータ」の名を叫んでいる?男は妖怪を切ろうとしていたのか?


「一体どうなっている?」


 何1つとして理解は出来ないが、今やらなければならない事は決まっている!  『閻』と書かれたメダルを抜き取って、一定のポーズを取りつつ、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!


「幻装っ!!」


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!

妖刀ホエマルを装備して、妖怪・ヌエに突進をしていく!ヌエは一声上げて身構え、ザムシードが振り下ろしたホエマルの刀身に左手を宛てて薙ぎ払い、右拳をザムシードの腹に叩き込んだ!そして、僅かに蹲ったザムシードを蹴り飛ばす!

 吹っ飛ばされたザムシードは、博物館出入り口を突き破って、駐車場を転がった!


「・・・クッ、なんてパワーだ!!」


 起き上がり、足下に転がっていた妖刀ホエマルを拾い上げて構えようとするザムシード!しかし、ヌエの突進速度は、ザムシードが身構えるよりも速かった!ザムシードの懐に飛び込んだヌエの強烈な張り手が、再びザムシードを転倒させる!蛇の尾がザムシードの足に絡みつき、虎の足がザムシードを踏み付ける!


「・・・グハァッ!!」


 駐車場に出て、戦況を見守る紅葉にとって、その光景は、彼女が思い描いた物とはあまりにも違っていた。

ワンサイドバトル!ザムシードは手も足も出せず、一方的に嬲られ続けている!


「燕真っ!!!」


 ヌエの重々しい攻撃の一発一発で、ザムシードの意識が飛びそうになる!地面に両膝を着くザムシードの腹を蹴り上げ、浮き上がったところに拳を叩き込むヌエ!


「うわぁぁぁっっ!!!」


 ザムシードは、全身から火花を散らせながら弾き飛ばされた!

 猿の知恵+狸のしなやかさ+虎のパワーと敏捷性+強力な蛇の尾を持つヌエという妖怪・・・その凶悪さは、これまでの妖怪達とはあまりにも違った!

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