第4話・お嬢ちゃんと少年(vs鎌鼬)

-文架市広院(ひろいん)町-


 鎮守地区にある鎮守の森公園の南側、その住宅地の一角にある中層マンションの一室で、朝から、元気声が響き渡り、デニムのミニスカートとラグランTシャツで決めた少女が飛び出していく。


「ぃってきま~すぅ!」

「こら、紅葉!脱いだ服くらい片付けていきなさい!!」

「ぅん!帰ってきたら片付けるねぇ~!」


 紅葉の母が、脱ぎ散らかされた玄関のスリッパとリビングのジャージ(寝巻き)を整える。娘の容姿の良さは親も認めているし、髪形や着こなしをキッチリ決めているからには本人もそれなりに自覚をしているのだろう。しかし、如何せん、性格ががさつ過ぎる。年頃の娘がリビングで着替えて、脱いだ物は放りっぱなし。風呂上がりはほぼ全裸に近い状態で歩き回る。自室はゴミなのか必要な物なのかよく解らない物が散乱しており、「片付けろ」と言っても「今度ね」と言う返事しか返ってこない。

 各部屋のあちこちには、鎮守様(亜弥賀神社)の御札が貼ってあるのだが、紅葉の部屋には、御札と並べて、アイドルグループやイケメン俳優のポスターが貼ってあり、ありがたみも何も有ったものではない。

 たまにラブレターを貰ってくるが、封を切った形跡もないまま、ゴミ箱に捨てられている。ベッドや布団の下で、埃まみれになったまま、存在すら忘れられたものまである。本人いわく「面倒臭い」らしい。

 このままでは我が子はマズイと思い、最低限度の一般常識や人目を意識するクセをしつける為に、バイトを勧めたところ、比較的卒無くこなし、物覚えも早いと安堵したのも束の間、金曜日の帰宅後に「セクハラな社長をパイプ椅子で殴ったらクビになっちゃった」と笑いながら話していた。


 ちなみに友人(アミ)との交流が始まったキッカケは、小学校中学年時代に、公園で男子上級生にいじめられていた友人を見た紅葉が、上級生達を蹴っ飛ばして泣かせて助けて以来らしい。


「これは、当分は男の子は寄ってこないわね~」


 慌ただしく駆け出していく紅葉を見送りながら、母は深々と溜息をついた。紅葉は「新しぃバィトに行ってくる」と言っていたが、彼女のバイト面接の履歴書を確認した覚えは無いし、そのバイト先が求人を出しているとも思えない。ただ、そのバイト先のオーナーは『鎮守地区』では有名な好々爺なので、些か心配に思いつつ、「彼ならば粗雑には扱わないだろう」と考えていた。




-陽快町・YOUKAIミュージアム-


 紅葉の自宅から南東側(郊外側)に10分~15分ほど自転車を走らせたところに、新しいバイト先(本人談)がある。まだ、開場時間までは時間があるが、昨日、粉木宅のキッチンで作った朝食が高評価だったので、本日も‘スッカリその気’になって、朝食前の時間帯に合わせてやって来たのだ。


「・・・・・ん?」


 紅葉が敷地内に自転車で乗り入れると、駐車場にポツンと立って博物館の方を眺めている少年がいる。


「ぁ!・・・昨日の子だぁ!チィ~~~ス!」


 元気な挨拶を受けた少年が振り向く。紅葉は「ちょっと待ってね」と言って、自転車を博物館前の駐輪スペースに止めてから少年に近付いた。


「昨日ゎビックリしたでしょう?ぁのぁと、何処に行っちゃったの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少年は、しばらくは無言のまま、ジッと紅葉を見詰めていたが、やがて、ポツリと呟いた。


「・・・・お嬢ちゃんになら話してもいいよ。・・・俺ね・・・」

「ぁ!今から朝ご飯なんだけど、君も食べるょね?

 ・・・ぉぃで!食べながらぉ話ししょぅ!」

「・・・・ぁ、でも」


 紅葉は、やや困惑する少年の手を引っ張り、粉木宅に上がり込んでいった。


「チィ~~~ス!」


 玄関から聞こえてくる金切り声と、騒がしく廊下を走る足音で、燕真は目を覚ました。目を覚ましたと言っても、実はロクに寝ていない。時計を見ると8時半を示している。昨日、寝入った直後に、粉木の妨害を喰らって寝そびれしてまった。

 燕真は、「今日は朝食は要らない。開場ギリギリまで寝ていよう。」と、2度寝を気も込もうとしたが、そうは問屋が卸さない!


「燕真~~~!!朝だぁぁ~~~~!!!

 おっきろぉぉ~~~~~~~~~~~~!!!」


 クソ騒がしい金切り声の主が、足音を立てながら枕元に立ち、両手に持っていたフライパンと玉杓子を打ち鳴らす!騒がしくて仕方が無い!粉木ジジイと同レベルのウザさだ!


「頼むからもう少し寝かせてくれ。」


 燕真が頭まで布団を被ると、今度は、足元から布団を剥いで燕真の腹に跨がり、玉杓子で燕真の額をゴツゴツと叩き始めた。きっと、端から見れば、バカップルのじゃれ合いに見えるのだろうけど、燕真からすると凄まじい台風が直撃をしたような心境である。


「燕真~~~!!朝だぁぁ~~~~!!!

 おっきろぉぉ~~~~~~~~~~~~!!!」

「あ~~~~~~~~~~もうっ!!!

 解ったよ、起きれば良いんだろ、起きれば!!!」


 たかが玉杓子とはいえ、寝ている間ずっと叩かれ続けるワケにもいかない。つ~か、起きた直後の若い男的には、恋人以外には感づいて欲しくない、朝一の生理現象ってヤツがある。

 軽~く殺意を覚えながら起き上がる燕真。独身の若い男に跨がる美少女なんて、他人が見たら、確実に2人の関係性を勘違いするぞ。‘ガキではなく女性である’という自覚を、もう少し持って欲しい!・・・てか、朝一の男の事情を理解して欲しい!


「ちょっと待っててねぇ!美味しぃの作ってぁげるからぁ!」


 台所に戻った紅葉は、椅子に腰を掛けている少年の頭を撫でて、調理台の前に立つ。温めたフライパンに放り込まれたキャベツが、ジューッと言う焼音を立てて食欲をそそる。キャベツに火が通って柔らかくなったところに、2つに切ったソーセージを幾つも入れ、塩で味を調えて、簡単ではあるが野菜炒めの完成だ。

 引き続き半熟卵焼きの調理に取り掛かる。白身は焦げ目が出来ないようにキッチリと焼き、黄身はトロトロのままに仕上げ、一つ目の目玉焼きをフライパンから皿に移し、招き入れた少年の前に差し出した。


「おっ!美味そうじゃん!」


 着替えを終えた燕真が台所に入ってきて、冷蔵庫からトマトジュースを持ち出して椅子に座り、コップに注いでグビグビと飲み干す。続けて、テーブルの上の箸立てから専用の箸を取って、事前に調理が終わっているキャベツ炒めを一口頬張った。

 味付け、火の通し方、共に文句無し。簡単な料理とはいえ、丁寧に調理してある事は、歯ごたえで解る。そう言う点では、紅葉の‘腕’は一定の評価をしている。

 見た目は可愛いし、料理はそれなりに出来るし、学内で「お嫁さんにしたい候補」のトップ5には入るのではないだろうか?ただし、喋ると全てが台無しになるが。


「あれ?君は食べないの?食べて良いんだよ。」


 紅葉が見ると、少年は朝食には一切手を付けずに、ずっと俯いている。食べるように勧めるが、少年は首を横に振るばかりだ。野菜が嫌いで食べてくれないのだろうか?


「ごめんねぇ・・・ぉ姉ちゃんが作ったの、口に合わない?」


 紅葉は椅子に座っている少年の足元にしゃがみ、少年を見上げながら自分の頭をコツンと叩く。燕真から見て、これがまた可愛い。ただし、それが‘意味不明で電波系な行動’でさえなければ。


「なぁ・・・オマエさぁ、一体、誰と話してるんだ?」

「・・・ん?ぁ、そっか!

 燕真にゎまだ紹介してぃなかったねぇ!この子ゎショータくん!

 朝早くから博物館に遊びに来てくれたから、朝ご飯に誘っちゃったぁ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・しょうた?」


 紅葉が手先で示す方向をジッと見詰める燕真。


「しょうたくんて・・・・その椅子がか?」


 燕真には、其処には椅子しか見えない。紅葉は、何の変哲もない椅子を擬人化しているらしい。大切なヌイグルミに名前を付けるなら女の子らしくて可愛いが、他人の家の椅子に名前を付けるって、どんだけ電波なんだろうか?


「・・・え?イス??」

「あぁ・・・椅子。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 紅葉は、もう一度、椅子に座っている少年を見て、首を傾げながら口を開いた。


「ねぇ・・・もしかしてショータくんて・・・・人間じゃなぃの?」


 少年は、コクリと首を縦に振った。


「そっかぁ~・・・燕真にゎ見えなぃ子なんだねぇ~」

「相変わらず、オマンには見えんか?」


 向かいの席の座っていた粉木が口を挟む。


「粉木のおじいちゃんには見えるの?」

「おう、見えるで!半透明やけどな!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、それ以上説明されなくても何となく解った。さっきは‘意味不明で電波系な行動’と考えたが、どうやら違うらしい。紅葉は、燕真には見えない人と話をしていたようだ。


(あぁ~~~、そう言う事ね。

 そういう類の物が目の前にいるんだ~?

 そ~ゆ~のって、夜だけ出現するんじゃなくて、朝一からいるんだ?

 ・・・そっかぁ~・・・ふぅ~ん・・・・・チョットだけ怖い。)


 朝食を終えた燕真達は、昨日と同じように、居間でテレビを見ながら、開場までの時間を潰す。紅葉は、燕真には理解の出来ない話をしている。燕真の頭が悪くて理解出来ないってワケじゃなくて、燕真には見えない人と会話をしているから、会話が穴だらけで理解不能なのだ。


「どこに住んでぃたの?」

「へぇ~・・・そうなんだ?この辺の事は詳しぃの?」

「そっかぁ~。」


 燕真には、紅葉が座布団に向かって話し掛けているようにしか見えない。多分、ザムシードに変身をすれば会話に加われると思うけど、そういうワケにもいかないだろう。

 テンポ良く長文の言葉が続いているわけではなく、比較的単語に近い言葉ばかりを喋っているので、会話が弾んでいるワケでは無い事は想像出来る。


「ありゃぁ~~・・・そうなの?そんな悪い人ぢゃないんだけどなぁ。

 ねぇねぇ、燕真ぁ~。」

「・・・ん?」

「ショータくん、燕真のこと苦手なんだってさぁ~。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真からすれば、いくら見えない相手とは言え、何も悪い事はしていないのに、一方的に‘苦手’扱いされるのは、チョットだけ寂しい。そう言う事は黙っとけ、がさつ女!ただでさえ見えなくて距離が開いているのに、そんな余計な情報を聞いちゃったら、もっと距離が開くだろうに!


(この娘・・・なんで、霊体を、自分と同じ種族(人間)のように扱えんねん?)


 一方の粉木は、紅葉の対応や仕草から、自分よりも紅葉の方が霊力が高い事は察していた。しかしそれでも、これまで霊体は霊体として接してきた粉木からすれば、まるで同じ人間のように接する事が出来る紅葉が理解出来ない。

 「友人に憑いた子妖の維持」については、その友人の通学路が公園の遊歩道であり、遊歩道は龍脈として強い霊気が流れ込んでいるので、友人が頻繁に霊気を浴びていたと考えれば説明出来る。

 だが、「妖怪の索敵能力」「妖怪に最優先で狙われた」「素手で子妖を祓った」は、全く別の話だ。例え、紅葉が友人と同じように龍脈で霊気を溜めていたとしても、それを能力として開花させる事など有り得ない。


(お嬢は、人が外的要因で得た能力と言うよりも、

 妖怪や、妖怪と同等の力を持つ妖幻ファイターに近い能力の持ち主や。)


 ここ数日間の紅葉との付き合いの中で、粉木は次第に「一般人を深入りさせてはならない」ではなく「彼女からは目を離してはならない」と考えるようになっていた。粉木が紅葉の来訪を拒まず、燕真に「セットで動け」と指示をした理由はそれだ。

 どうしても、この娘の能力の根拠を知りたい。しかし、変な聞き方をして彼女を不安にさせたくない。粉木は、言葉を選びながら、これまで有耶無耶になっていた話題を蒸し返す事にした。


「・・・なぁ、お嬢?おかんは、お嬢に霊が見えることを知っとるんか?」

「ん~~~~~~~~・・・多分、知らないと思うよ。

 言ったことないからね。・・・なんで?」


 相変わらず、事の重大さを認識していない紅葉からは、アッサリとした答えしか返ってこない。


〈そっか、お嬢ちゃんからは不思議なものを感じると思ってたけど、それだな?〉 

※燕真には聞こえない


 不意に、粉木の疑問を吹き飛ばすかのように、少年がポツリと呟きながら紅葉の胸元を指さした。粉木とは違う存在だからこそ、粉木には解らない何かを察知してようだ。


「・・・・それ?」


 紅葉は、何を言われているのか解らず、しばらく首を傾げて「ん~~」と呻っていたが、やがて何かを思い出したかのように表情を晴らした。

 おもむろに上着の襟元を引っ張り下げて、中に手を突っ込む。粉木は興味津々と覗き込み、会話に参加出来ずに話が解らない燕真も、思わず紅葉の行動に見入ってしまう。年頃の娘が人前で襟元全開って・・・男なら誰でも見るぞ!もう少し‘女’を自覚しろよ!!


「水色の・・・肩紐」

「ん?・・・なんか言った?燕真??」

「・・・い、いえ、別に」


 目を泳がせて訂正するが、美少女の健康そうな肩から鎖骨辺りが見られて、チョット嬉しい。

 紅葉は、首から掛けて服の中に入れてあった物を引っ張り出す。それは、亜弥賀神社のお守りだった。


「これの事かなぁ?」

〈うん・・・それそれ。お姉ちゃん、神様に守られているんだね〉 

※燕真には聞こえない

「これね、ママが、肌身離さず付けてなさいって、

 年に何回か神社から貰ってきてくれるの。」

「なるほどな・・・そういうこっちゃか?」


 確かに、お守りの効力を考えれば、それが目障りと感じた「妖怪に最優先で狙われた」、それがあるゆえに「素手で子妖を祓った」と説明出来る。




-AM10:00-


 どうせ、博物館に客なんて来ないので、粉木の提案で、燕真と紅葉は、もう一度、昨日の事故現場と、妖怪との遭遇場所に行ってみる事になった。


「おいおい、爺さん、マジで言ってんのかよ?」

「何を今更。昨夜のうちに、セットで動けと決めたやろ。」


 紅葉は、粉木の提案に対して、嬉しそうにサムズアップをして見せる。だが、燕真は、不満を隠せない。暗黙のルールで‘一般人は巻き込まない’事に成っているはずだ。これまでのように、紅葉が勝手に動き回って、燕真がフォローの為に一緒に動くなら話は解るが、粉木は一般人の紅葉に協力を求めたのだ。現場にアカの他人を連れて行くのと、粉木邸や博物館でのドタバタとはワケが違う。


「すまんけど、ワシはやる事あるさかいに、もうちっと動けんねん。

 お嬢なら、現場を見れば何かが解るかもしれん!・・・頼んだで、お嬢!!」

「ぅん!リョーカイ!」

「おいおい、俺よりコイツ頼みかよ!?」


 燕真は、半ば、粉木に強引に押し付けられるような勢いで、紅葉との同伴を渋々承諾させられてしまう。


「直ぐに返ってくるからチョット待ってぃてねぇ。」


 紅葉は霊体少年に話し掛けてからタンデムに跨がり、2人は、とりあえず昨日の事故現場を目指した。

 一方の粉木は、粉々になった九谷焼きのサイドカバーを引っ張り出して、陶器用の接着剤を割れ目に塗りながら思案に耽る。昨日の事件に関連性が無いか?妖怪の行動パターンに一定のクセは無いか?最初の事故で襲われたのは大型のダンプトラック、陽快3丁目で子妖に襲われたのは土木作業員。職種としては共通しているが、所属会社は違う。こう考えてしまうのは不謹慎だが、もう一つくらい事件が起こらないと、共通点を見付けることは難しそうだ。




-上鎮守町の文架大橋東詰-


 現場に到着した燕真と紅葉は、バイクを路肩に停車させ、昨日の大型ダンプトラックの事故現場付近に足を運ぶ。破損した中央分離帯と、舗装面に流れたガソリンの跡とタイヤ痕が、そこが事故現場だった事を生々しく物語っている。

 燕真は、子妖追走時に出現した‘本体’が立っていた照明灯の天辺を眺めるが、もちろん妖怪の姿は無い。この橋で事故と妖怪の出現が有ったことを考えると、橋に何らかの思念が残っているのだろうか?紅葉が意識を集中させてみる。確かに幾つかの思念は感じるが‘邪悪な物が巣作りをしているような嫌な気配’は感じられない。




-陽快町3丁目-


 燕真達は、昨日の追走経路を戻るようにして、子妖との遭遇場所に来た。本日は日曜日なので、道路工事現場はバリケードと工事看板で囲まれて、休工をしている。燕真が見る限りでは、特に変わった形跡は無い。昨日、紅葉が‘自転車で体当たりをした工事看板’が、凹んでいて痛々しい程度だ。燕真は、紅葉が‘燕真には解らない何か’を感じているのだろうか?と少し気になる。


「なぁ、オマエは何か解るか?」

「ん~~~~~~~~~~~~・・・チョットねぇ」


 紅葉は、工事区域付近に幾つか並んでいる住宅の一軒をジッと眺めている。‘伊達’という表札の出ている家が気になるようだ。築2~3年くらいの新しい家だ。広く開けられた間口にはワゴンタイプの普通自動車と軽自動車が一台ずつ止まっており、車の中には、チャイルドシートがあり、人気アニメや子供向け教育番組のヌイグルミが転がっている。子供が居る若夫婦、もしくは親・子・孫の3世代家族が住んでいるのだろう。


「あの家が、何かあんのか?」

「ん~~~~~~~~~~~~」

「鎌妖怪の気配でもあるのか?」

「ん~~~~~~~~~~・・・そぅじゃなくて・・・・

 ショータくんのニオイを感じるんだぁ。」

「・・・はぁ?」

「多分、ここ・・・ショータくんのぉぅちだょ。」

「しょうたくんて、俺には見えない10歳くらいのガキの?」

「ぅん、そぅ!」


 ふと、背後に視線を感じる紅葉。あえて振り向かなくても、その気配の主が‘ショータくん’と解る。博物館事務所で待っているように言ったが来てしまったらしい。


「ねぇ、ここのぉぅち、そぅだょねぇ?」

「知らね~よ!俺に聞くな!」


 紅葉はショータ君に話し掛けているのだが、ショータ君が見えない燕真は、自分が話し掛けられているのと勘違いをして対応をする。

 一方、燕真には見えない少年は、紅葉の問い掛けに対して、小さく頷いた。そして、ショータ君は紅葉に近寄り、紅葉の手を引く。


〈すごいんだな、お嬢ちゃん。やっぱり、お嬢ちゃんになら話してあげる。

 ・・・でも、コイツ(燕真)は苦手だから、お嬢ちゃんだけ。〉 

※燕真には聞こえない

「ぅん、なぁに?ぁ、コレ(燕真)にゎ聞こぇなぃから大丈夫だよぉ」


 紅葉は、ショータ君の前でしゃがみ込み、顔を覗き込むようにして、話を聞こうとする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、その光景を見て、「あ~俺には見えない人が居るんだ」と状況を察した。紅葉の話す言葉しか聞こえないが、なんか、スゲー馬鹿にされているような気がする。

 ただ、まぁ、紅葉は気付いていないが、燕真には紅葉の目の前に存在する物が見えない為、しゃがんだ紅葉の健康そうな両足の隙間から、水色のパンツが微妙に見えてしまい、目のやり場に困る。自分が鑑賞するのは棚に上げておくとして、通行中の他人が‘微妙に見えそうな物’を横目で見ているのは、どうにも気に入らない。

 そんな格好するなら、スパッツくらい履いてこいや!燕真は、紅葉には「喉が渇いたからジュースを買ってくる」と言い、内心では「タイツくらいは売ってんだろう」と考え、道路を挟んだ斜め向かいにあるコンビニに駆け込んでいった。


 紅葉が話し込んでいると、正面の家の玄関が開き40歳前後の男性と、高齢の女性が慌ただしく出て来て、車に乗り込んでいる。会話からは母子と推測が出来る。少年は、少々寂しそうに、高齢の女性を見つめた。紅葉が乗入路から離れてしばらくすると、中年男性と高年女性を乗せた車は、何処かに出掛けていく。


「・・・もう、俺には時間が無いんだ」

「・・・・・・ぇ?」


 ショータ少年が紅葉の手を引っ張って歩き出す。


「お嬢ちゃん、お願いだから、手を貸してくれ!」

「ぅ、ぅん、別に良いケド、何を!?」

「・・・こっち」


 斜向かいのコンビニから、レジ袋を持った燕真が出てくる。袋の中には入っているのは、缶コーヒー2本だけでタイツは無い。店内には売っていたけど、恥ずかしくて買えなかった。


「コーヒーで良いか?」


 袋からコーヒーを出して、紅葉に見えるように頭上に掲げる・・・が、紅葉の姿は何処にも無い。もの凄く虚しい気分になる燕真。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 昨日に続いて単独行動かよ?燕真は、愛車に跨がって勝手な行動ばかりする生意気な小娘を捜す。東側に向かい、狭い十字路で一時停止をして周囲を確認したら、南方向に足早に歩いて行く小娘を発見した。


「おい!」

「ぁ、燕真!そんなに慌ててどぅしたの!?」

「どうしたもこうしたもあるか!?1人で勝手に動き回るな!」

「1人ぢゃなぃよ!ショータくんと一緒だょぉ!」

「・・・・そう言う場合も、フツーの人から見れば‘1人’って言うんだよ!!」


 燕真は‘紅葉を見失って探し回る’展開じゃなくて、少しホッとした。言いたい事は沢山あるが、今ここで、燕真には見えない物を‘1人’とカウントするかどうかを議論しても意味が無い事も解っている。


「なぁ・・・何処に行くんだ?」

「ショータくん、この先でおっきな工事をしてぃる所に行きたぃんだってさぁ~!

 そんな場所、ぁるっけ?燕真知ってる!?」


 2~3キロ南の明森町に行けば、ニュータウン開発に伴う市営の大型公園の造成工事である。公園と言っても、町中にある小さな公園とは違い、アスレチックやイベント会場がある総合レジャー施設が作られる予定の場所だ。


「あんな所に何に用があるんだ?行っても何も無いぞ!?」

「ワカンナイ!でも、ショータ君が、そこに行くって!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 目的地の土地開発区(大型の工事現場)は随分と広い。開発区の入口まで徒歩で30~40分、開発区内を動き回るのに30~60分くらい。

 何の為に、事件調査そっちのけで、見えない子供に付き合うかは甚だ疑問だが、どうせ、小娘は、言っても聞かないだろう


「・・・仕方ないか!サッサと終わらせるから、後に乗・・・」


 燕真は、バイクを紅葉の5mほど前に停車させ、ヘルメットを差し出した。だが、チョット考えて直ぐに引っ込め、シートから降りて、バイクを押し始める。

 紅葉はタンデムに乗るとして、燕真に見えない物はどうなるのだろう?3人乗りになるのだろうか?TVでありがちな、「見えないんだけど、バックミラーを見ると後ろにいる」とかってパターンはチョット嫌だ。それとも飛んだり、いつの間にか目的地にワープしていたりするか?自分には理解不能な世界のことをアレコレ考えても答えは出ないので、見えない物が見えている紅葉のペースに合わせる事にしたのだ。




-陽快町・YOUKAIミュージアム-


 その事務室で、粉木の手によって、ヒビ&接着剤だらけながら、九谷焼サイドカバーが本来の形を取り戻していた。粉木は、安堵の溜息をつきながら、九谷焼の下に敷いて置いた新聞紙に目を付ける。それは、『文架市・明森公園予定の敷地内に、粗大ゴミの不法投棄が後を絶たない』という記事だった。

 初めは、何の気無しに文字を眺めているだけだったが、やがて、粉木の表情が険しくなる。ゴミの不法投棄は以前から知っている。新聞記事ではなく、あくまでも噂話だが、たびたび工事区域内の重機の部品が破損していたり、燃料が抜き取られていると聞いた事がある。前に聞いた時は、特に何とも思わなかったが、改めて考えると不思議な話だ。不法投棄は通りすがりの外部の人間でも可能だが、重機への悪戯となるとワザワザ工事区域内に侵入しなければならない。1回や2回ならまだしも、たびたびあると言うことは、それほど管理が杜撰なのだろうか?それとも、内部の人間が行っているのだろうか?


「なんや、気になりよる。ちぃと調べてみるか?」




-1時間後・明森(めいしん)町-


 大型公園の建設に伴う造成地区に指定されているその場所の入り口は、「関係者以外立ち入り禁止」と表示され、工事用のフェンスとゲートで閉鎖をされていた。この地域には、数年前までは集落や大きな工場があったが、別区画の開発に伴って寂れ、新たなる開発計画による立ち退きが終わり、今は誰も住んでいない。奥の方は、解体前の建造物が建ち並んでいるが、手前側は平地に成り、造成工事が始まっている。

 日曜日の為、工事車輌の出入りや重機の動く振動や騒音も無い。ただし、この地域へのゴミの不法投棄や、休日の工事現場内へのイタズラが後を絶たない為、入口のプレハブ小屋に、ガードマンが常駐をして警備をしている。


「無駄足だったな・・・戻ろうぜ」


 しばらく眺めていた燕真達だったが、特に変わった様子は見受けられない。ガードマンが警戒している為に侵入出来そうもないので、燕真は、押してきたバイクを、来た方向に向けようとする。


「ショータくん!!待って!!」


 しかし、紅葉は、突然大声を上げて、出入り口の折りたたみゲートにしがみつき、中に向かって手を伸ばす。ショータ君が、ゲートを擦り抜けて立ち入り禁止区域内に侵入をしたのだ。


〈もう時間が無いんだ・・・急がなきゃ!〉 ※燕真には聞こえない

「ショータくん!!ダメだってば!」

〈お嬢ちゃん、こっち、手伝って!〉 ※燕真には聞こえない

「無理だって!入れなぃょ!!」

〈お願いだから・・・手伝って〉 ※燕真には聞こえない

「・・・・・・・・で、でもぉ!」


ピーピーピー!

 状況が解らない為に、「また紅葉が奇行を始めた」と溜息をついた直後、燕真の左手首のYウォッチから発信音が鳴る。粉木からの通信だ。燕真は、その場でバイクのスタンドを立てて自立させ、Yウォッチに話し掛けた。


〈おう、燕真、今は何処や!?直ぐに戻れるか?〉

「ワリィ・・・チョットばかり寄り道してる!直ぐは無理だ!」

〈さよけ、ほなら、出来るだけ早く、今から言う場所に調査に向こうてくれ!

 確証は無いから徒労に終わるかもしれへんが、

 もしかしたら何かが解るかもしれん!〉

「了解!出来るだけ急ぐ!・・・で、何処だ!?」

〈明森町・・・今、盛んに開発が行われているところや!〉

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ~~~」

〈どうしたんや、燕真?〉

「今、其処にいるんだけど。」

〈・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なしてやねん?〉

「しょうたくんとやらに案内されて来た。

 ・・・まぁ、俺は紅葉に付いて来ただけなんだけどな。」

〈そうか!ほなら、しばらくそこで待っとれ!

 ワシも直ぐに、修理の終わった九谷焼を持って車で向かう!〉

「・・・九谷焼?昨日割ったヤツか?何でそんなモンを!?」

〈ドアホ!

 西陣シートと九谷焼サイドカバーの、両媒体がキチッと無こうたら、

 朧車が憑いても本領を発揮できへんねん!〉

「・・・あ~~そっか、そう言や、そうだったっけ?」

〈えぇな!オマン等は、妖怪事件の調査をしておるんや!

 妖怪の出現には警戒をしておけ!〉

「了解!」

〈ワシが九谷焼持って行くまでは、其処を動いたらあかんで!

 お嬢にも、良う伝えときいや!〉


「聞こえたろ、紅葉!?

 直ぐに粉木のジジイが来るから、それまでは此処で待・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、居ね~しっっ!!!」


 燕真は振り返って、粉木からの指示を、ゲートにしがみついて騒いでいる紅葉に伝えようとしたのだが、その場に紅葉の姿は無い。既に工事区域内を突っ走っている。また、単独行動全開である。しかも、部外者の侵入に気付いたガードマン×2人に、追い回されながら、「ぎゃーぎゃー」と叫き散らしている。


「・・・・・・・あのバカ!少しは‘落ち着く’って事が出来ないのか!!?」


 工事敷地内で、紅葉は、ショータ君の後を追ってひた走る。そして、その後を2人のガードマンが、紅葉を呼びながら追い掛ける。

 ガードマン達は、自分達が警備をしているのに、こんなに堂々とゲートを乗り越えて侵入してくる部外者なんて、今まで聞いた事も見た事もない。しかも、真夜中ならともかく、真っ昼間だ。如何にもって感じのイカれた兄ちゃんとか、ケチを付けるのを前提にして押し掛けてきた強面の人達じゃない。ごく普通というか、普通よりも上の美少女が乗り込んでくるなんて前代未聞である。


「そこのお嬢さん!」 「危ないから出て行きなさい!」


 ガードマン①が紅葉の前に回り込んで行く手を阻もうとするが、紅葉は器用に回避していく。ガードマン②が追い付いて、紅葉の腰を掴んで引っ張り戻そうとする。


「ぃやぁ~!変質者~~~!!」


 紅葉は悲鳴を上げながら、落ちていた木の枝を振り回して、ガードマン②の頭をブッ叩く。アレを捕獲するためには、ライオンを捕まえる網か、象を眠らせる麻酔銃でも使わなければ成らないんじゃないのか?


「・・・まるで、動物園から逃げた猛獣だな。」


 そうこうしているうちに、紅葉はガードマン達に押し倒され、足をジタバタとさせながら、押さえ付けられてしまった。多分、ガードマン②からは、パンツ丸見えである。


「・・・やれやれ」


 だだっ広い敷地に、逃げ回る美少女と、追い回すオッサン2人。パッと見は、可哀想な少女と極悪な男共って世界観だが、ガードマンさんの方が全面的に正しい。彼等は忠実に職務を全うしているだけだ。


「はなせ~~~!!ドヘンタイ!!」

「解ったから、先ずは落ち着きなさい!」

「俺達は君を捕まえて煮て食おうってワケじゃない!

 危険だから、此処に入って欲しくないだけなんだ!」


 燕真は、放し飼いにしてしまった猛獣の件を謝罪し、解放して貰う為に、紅葉とガードマンに駆け寄っていく。しかし、直後に、和気藹々(?)としたムードは吹き飛ぶ事と成る!


〈俺と・・・お嬢ちゃんの・・・邪魔をするな!!〉  ※燕真には聞こえない

「ぇ!?・・・ショータくん?」

〈・・・退け!!〉


 紅葉がガードマン達に拘束された途端、ショータ君の表情が暗く歪み、一瞬の闇が周囲を通り過ぎる!空気中に小さな闇の渦が出来て、中から両手に鎌の付いた全長5ミリくらいの虫=子妖が出現をする!子妖は、地面を這いずり、紅葉を押さえ込んでいるガードマン達をよじ登り、襟元から背中に侵入をしていく!


「す、すみませんでした、この娘は俺のツレでして・・・

 チョット目を離した隙に・・・」


 相変わらず空気の読めない燕真が、頭を掻きながらガードマン達に近付くが、何やら様子がおかしい!2人とも、うつむき加減で、目は虚ろで、顔色は青白い!


「うぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!」×2


 ガードマン達の背中から鎌の付いた2本の腕が出現!!紅葉を解放し、仰け反りながら遠吠えを上げる子妖達!


「・・・え!?子妖!!?」


 それまでとは状況が一変したとは言え、粉木から一定の警戒指示を受けていた燕真の対応は早かった!2~3歩引いて身構え、左手のYウォッチに右手を当てる!!


「ジジイの‘ここを調べる価値あり’って予感、的中だな!」


 燕真は、『閻』と書かれたメダルを抜き取って、一定のポーズを取りつつ、和船を模したバックルの帆の部分に嵌めこんだ!!


「幻装っ!!」

《JAMSHID!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!

すかさず、妖刀ホエマルを装備して、憑かれたガードマンを切り祓う!まだ覚醒途中だった子妖は瞬く間に消滅し、ガードマン達は穏やかな表情を取り戻したまま気絶をした!


「・・・本体は!?」


 妖刀ホエマルを構えながら、本体の出現を警戒するザムシード。何も感じなかった先程までとは違い、周囲を支配する重たい空気と、紅葉の視線の先にいる10歳前後の少年(ショータ君)の存在を確認することが出来る。


「あれが、しょうたくんってヤツか?ホントにいたんだな!

 ・・・だけど、今は・・・あの子よりも本体を!!」


 ザムシードは、本体の索敵をするために、霊体少年から目を逸らそうとしたが、直ぐに霊体少年に視線を戻し、そこから逸らせなくなる!!


「・・・・・・・・・・・・・・・・え!?」

「何も解らないクセに邪魔をするな、若僧!!

 だから俺はオマエが嫌いなんだ!!ここから失せろ、退治屋!!」


 少年の体の中心に闇の渦が出現し、徐々に大きくなり、少年を覆い尽くす!そして、その中から両腕の先に鎌の付いた獣=妖怪カマイタチが出現をする!


「ウォォ~~~~~~~~~~~~~~~~~ン!!!」


 妖怪カマイタチは周辺の空気を両手の鎌に集めて、高密度な空気の塊を作り、両手を振り下ろす!すると、渦を巻いた平たい気流のような物が、ザムシード目掛けて急接近してきた!


「ヤァァァァァッッッッッ!!!」


 ザムシードは、空気のカッターに突進して、紅葉の前に出て、抜群の格闘センスと集中力により、カッターが着弾するタイミングを狙って、ホエマルを振り回して威力を相殺!・・・なんてことは出来るわけもなく、空気のカッターは見事に直撃!火花を散らせて吹っ飛ばされ、地面を転がる!


「・・・燕真!!」

「・・・イッテェ~・・・やっぱ、風に対して剣を振っても、防げるわけないか!?

 勢いで、何となく相殺出来そうな気がしたけど、全然無理だった!!」


 先程と同じように、渦を巻いた歪んだ空気が、カマイタチの両腕に集中していく!1回目は、咄嗟の判断で紅葉の盾になり、上手くダメージを受け止めることが出来た!だが2回3回と続くと、やがて、紅葉やガードマン達に危害が及ぶ恐れがある!


「ヤツの発射方向を変えるしかない!!」


 ザムシードは紅葉に「危ないから伏せてろ」と突き飛ばし、大きく旋回をするようにカマイタチの右側に廻り込む!その直後に、高密度の空気を纏った両腕を、交互にタイミングをずらして振り下ろすカマイタチ!一発目はジャンプをして回避!外れた空気のカッターは背後の雑木を切断する!続けざまに放たれた二発目は、着地直前のザムシードに直撃!吹っ飛ばされ、またも地面を転がるザムシード!


「イテテッ・・・タイミングずらして2発飛んで来やがった!

 イタチのクセに頭良いじゃね~か!!」


 防御も回避も難しいと判断したザムシードは、ホエマルを構えて攻撃に転じる!だが、ザムシードがカマイタチに近付くよりも、カマイタチの高密度空気の収束の方が早く、突進中に空気カッターの直撃を受けて吹っ飛ばされ、3たび地面を転がる!!


「クソォ!調子に乗りやがって!!」


 防いでダメ、避けてダメ、攻撃してダメ、カマイタチ相手に打つ手無し!


「さてと・・・どうやって、アイツの懐に飛び込むか!?

 避けてもダメなんだから、痛いのを我慢して突っ込む以外に無いか!?」


ピーピーピー!

 ザムシードが攻め倦ねていると、左手首のYウォッチに粉木からの通信が入る!


〈オマンなぁ・・・アレほど待てと言うたのに、思いっ切り無視しおったな!!〉

「ワリィ・・・じいさんを待ってらんなくて、先に宴会始めちまった!!」

〈まぁ、えぇ!しゃーない!!

 たった今、バイクに九谷焼サイドカバー取り付けたよって、

 いつでもOBORO呼べんで!!

 妖気を飛ばしよるヤツには、OBORO使うのが有効やろ!!〉

「了解!良いタイミングだぜ、粉木ジジイ!!」

「誰が子泣き爺やねん!?

 最初に言うとくが、次に壊しよったら、自分で直せよ!!」

「了解!!」


ザムシードは、Yウォッチから『朧』と書かれたメダルを抜いて、Yウォッチの空きスロットに装填!


「やれやれ・・・原形がガキだから、あんま手荒な事はしたくね~んだけど、

 アイツの懐に飛び込むには、これしか無い!!

 アイツには、九谷焼を粉々にされた恨みもあるしよぉ!!」




-工事区域外-


 入場ゲート前に粉木が乗ってきたセダン車が停車してあり、粉木老人は、修理を追えたサイドカバーを取り付けられた直後の、ホンダVFR1200Fの脇に立っている。


〈オボォロォ~~~~~~~~!!〉


 ホンダVFR1200F直上の時空が歪んで、不気味で大きな顔のある牛車の妖怪が出現!西陣シート&九谷焼サイドカバーに取り憑き、カウルに朧車の顔が、エネルギータンクに背骨と肋骨のような物が出現をする!

 マシンOBOROへと姿を変えたバイクは、自分の意志を持って動き出し、ザムシードに合流するために、ゲートを突き破って工事敷地内を突っ走っていった!




-ザムシードvsカマイタチ-


 通算何発目になるかは解らないが、カマイタチが発生させた空気のカッターを喰らって吹っ飛ばされるザムシード!至近距離にならないように間を開け、出来るだけ直撃にならないように攻撃を受けてきたが、やはり痛いものは痛い!


「イテテッ!」


 立ち上がり、首を振るザムシード!その横に、意志を持って自走してきたマシンOBOROが到着をした!


「来てくれたか相棒!キスしてやりたい気分だぜ!!

 さ~て、随分と調子に乗らせちまったが、そろそろ反撃の開始だ!!」


 「待ってました」と言わんばかりに、朧フェイスを撫で、マシンOBOROに跨がり、ハンドルを握り、クラッチを切ったままアクセルを噴かすザムシード!!


「頼むぜ、OBORO!

 先ずは、此処から一番に近い妖力の歪を探してくれ!!」

〈オボォロォ~~~~~~~~!!〉

「次にアイツが風を発射したタイミングで仕掛ける!!

 出現ポイントは、カマイタチに一番近い歪みだ!!解るな!!?」

〈オボォロォ~~~~~~~~!!〉


 朧フェイスは、眼を見開き、カマイタチの攻撃によって周辺に停滞する妖気の中から、妖気が強い場所を探す!一方のザムシードは、Yウォッチから『炎』と書かれたメダルを抜き取って握り締める!


「ウォォ~~~~~~~~~~~~~~~~~ン!!!」


 再び、カマイタチの両鎌の周辺が、高密度の空気で歪む!両腕を振り下ろすカマイタチ!真空波が、ザムシードを目掛けて放たれた!!


「風が来た!!歪みはまだか、OBORO!!」

〈オボォロォ~~~~~~~~!!〉

「・・・見付けたな!!」


 ザムシードは、ローギアでアクセルを強く捻りマシンOBOROを急発進させる!進行方向に時空の歪みが出現!そのままOBOROを走らせ、時空の歪みに飛び込むザムシード!次の瞬間、妖穴を通って黄泉平坂フィールドを利用してワープをしたザムシードとマシンOBOROが、カマイタチが放った空気のカッターの真後ろに出現する!


「カマイタチに最も近い妖気の歪み・・・それは、オマエ自身が放った風だ!!」


 ザムシードは先程準備した『炎』と書かれたメダルを、ハンドルにあるスロットルに装填!マシンOBOROのタイヤが灼熱の炎を纏う!


「オォォォォォォォォッッッッ!!!」


 炎の推進力を得たマシンOBOROは、高々とジャンプして、炎を纏ったタイヤで、カマイタチにフライングボディープレスを叩き込んだ!!


「ウォォ~~~~~~~~~~~~~~~~~ン!!!」


 炎に巻かれ、弾き飛ばされて、地面を転がるカマイタチ!


「うぉ~~~・・・ぉぉぉ・・・・・・・・っっっん」


 大ダメージを受けたカマイタチは、苦しそうに嘶き、闇の渦に姿を変える。同時に、それまでカマイタチに取り込まれていた‘ショータ君’が出現し、闇の渦は‘ショータ君’の体の中に消えていった。


「うわっ!この期に及んでソレをするか!?嫌なヤツだな~~!!」


 このままでは勝てないと悟ったカマイタチは、再び霊体少年の体の中に隠れてしまったのだ。この状況では、カマイタチだけを直接叩く方法は無い。先ずは隠れ蓑になっている‘ショータ君’を消滅させなければならないのだ。


「やれやれ・・・俺にガキの霊を祓えってか!?良い気分しないぜ!!

 ただでさえ、アイツから好かれてないってのによぉ!

 だけどまぁ・・・やるっきゃ無ぇ~んだよな!!」


 ザムシードは、バイクから降りて‘ショータ君’に近付き、腰に帯刀してある裁笏ヤマを握って振り上げた。


「・・・ワリィ!カマイタチを野放しには出来ない・・・一緒に祓われてくれ!!」


 霊体少年は、ザムシードが振り上げた裁笏ヤマを見詰めながらジッとしている。ただ、その表情はとても寂しそうに見える。今日の夢に出て来そうだ。


「・・・ゴメンな!」


 ザムシードが裁笏ヤマを振り下ろそうとしたその時!


「ダメだょ、燕真!」


 紅葉がザムシードの背中に飛び付いて、霊体少年の御祓いを妨げる!


「どういうつもりだ、邪魔をするな!!」

「これじゃ、ショータくんが可哀想!!」

「だったらどうしろってんだ!?

 まさか、祓うのが可哀想だから、

 中のカマイタチごと、放っておけと言うんじゃないんだろうなぁ!?」

「そんな事ゎ言ゎなぃ!ショータくんゎ天国に行かなきゃダメ!

 でも、それゎ燕真がやっちゃダメなの!!」

「ハァァッッ!?意味ワカンネ~よ!!

 せめて、もうちっと解るように説明してくれ!!」

「ちゃんと説明する!!だから、御祓ぃの棒を降ろして!!」

「解ったよ!・・・だが、その説明が納得出来なきゃ、ガキは祓うぜ!!」


 紅葉の説得を受け、渋々裁笏ヤマを下げるザムシード。それを見てホッと胸を撫で下ろし、ショータ君を見る紅葉。


「ねぇ、ショータくん・・・もう邪魔者ゎ居なぃょ!

 一体何処に行きたかったの!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ショータ君は、ザムシードを軽く睨んでから、紅葉の手を引き、無言で歩き始める。ザムシードは、紅葉に特別な感情を抱いているわけではないが、ガキが紅葉にばかり妙に馴れ馴れしいのが無性に腹立たしい。そのくせして、自分には半端なく余所余所しいのが癪に障る。

 やがて、領地買収前には道路だった場所から、敷地の跡地に少し入った辺りで立ち止まった。


「此処は昔の俺の家があった場所。

 機械が来てメチャクチャに掘り返される前に、

 この場所を掘って見付けて欲しい物があるんだ。

 本当は、自分で掘らなきゃだったんだけど、

 この家が引っ越す時には、もう俺は意識が無かったし、

 もう時間も無いから・・・」

「・・・燕真、掘ってぁげて!」

「・・・俺が?」

「ザムシードのパワーが有れば、あっとぃう間でしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 仰ることは尤もだが、まさか手で穴掘りをさせられるとは思っていなかった。この小娘は、妖幻ファイターの能力を何だと思っているのだろうか!?

 ほどなくして、掘った土の中から、錆びたお菓子の缶のような物が発見された。


「何か有ったけど・・・何だこれ?」


 その缶箱が出て来た途端、ショータ君を中心にして、周囲が白い光に包まれ、ショータ君の体は徐々に透明になっていく。


「ありがとう、それだよ・・・俺が、今の俺くらいの時に埋めたタイムカプセル。

 そして、その後も大切な物を隠しておいたタイムカプセル。

 俺、大切な物を、大切な人に見られるのが苦手でさ。ずっと隠していたんだ。

 でも、これで俺は、思い残すことなく行ける。

 これが最後の願い、それを俺の新しい家に置いてきて欲しい。」

「・・・ぇ!?どぉゆぅ事!?」

「コイツを陽快町の家に持っていけば良いんだな!?」


 ‘最後の願い’を確認しようと、ショータ君の方に視線を向けるザムシードと紅葉。しかし、既にその場に、ショータ君の姿は無かった。


「・・・・・・・・・・・・あれ?アイツ、何処に行ったんだ!?」


 周囲を探すザムシード。一方の紅葉は、空に向かって消えていくキラキラとした白い光の柱を見つめていた。


「思念が晴れて・・・きっと、帰って行ったんだね」


 同時に、何処からともなく、妖怪の遠吠えが聞こえてくる!


「ウォ・・・ウォ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンンン!!!」


 上空に闇の渦が出来て、中から両鎌の獣が出現をする!憑いていた媒体が消滅したので、隠れる場所が無くなったのだ!先程の戦いで大ダメージを受け、しかも依り代を失ったカマイタチは、苦しそうに藻掻きながら、何処かに逃げて行こうとする!


「燕真!!」

「やれやれ・・・無粋な妖怪だぜ!!ちっとくらい空気読めっての!!」


 ザムシードは、Yウォッチから空白メダルを引き抜いて、身を屈めて右足ブーツのくるぶし部分にある窪みに装填する!


「閻魔様の・・・裁きの時間だ!!」


 ザムシードの右足が赤い光を纏い、周囲に幾つもの小さい火が上がり、炎の絨毯を作る!ゆっくりと腰を落として身構え、顔を上げるザムシード!カマイタチ目掛けて突進してジャンプ!幾つもの火柱が上がり、ザムシードの体を押し上げる!そして空中で一回転をしてカマイタチに向けて右足を真っ直ぐに突き出した!


「うおぉぉぉぉっっっっっっ!!!

 エクソシズム(闇祓い)キィィーーーッック!!!」


 ザムシードがカマイタチの体を貫通!カマイタチは苦しそうな嘶きを上げて爆発四散!爆発によって撒き散らされた闇は、ザムシードのブーツに収束して、セットされていたメダルに『鎌』の文字が出現をした!


「ふぅ~・・・KY妖怪、封印完了っと!」

「燕真っ!」 「ごくろうやったな、燕真!」

「おう、爺さん。OBOROが間に合ってくれて助かったぜ。」


 粉木と、缶箱を抱えた紅葉が駆け寄ってくる。


「なぁ、爺さん。なんでここが、妖怪と関係あるって気付いたんだ?」

「ゴミの不法投棄の所為で、この工事区域で発生している事が、

 人為的な物とばかり思っていたが、違ったんや。」


 この工事現場から、「ゴミの不法投棄」を排除すると、「重機の燃料が抜かれる」「重機のケーブル切断」「架設水道の配管や仮設電気のケーブル切断」など、工事の遅延を目的とした妨害ばかりが発生していたのだ。しかも、ガードマンが常駐しているにもかかわらず、事件は続いていた。


「そないもん、普通の人間の目には見えないもんの仕業の可能性が高い。

 特にケーブルや配管の切断なんて、

 人間の力で簡単に出来ることじゃないからのう。」

「なるほどな。それで・・・妖怪の仕業って考えたわけか。」

「事故を起こしたダンプカーは、この区画に入っている工事業者と同じや。

 尤も、町中の工事は全く関係が無い業者だから、

 なんで妨害されたのかは解らんかったがな。」

「あっ・・・ァタシ、それなら解るよ。

 きっと、ショータくんの家の前で工事の音が騒がしかったから、

 八つ当たりされちゃった・・・かな。」

「有り得る話や。

 妖怪に憑かれた依り代は、徐々に闇に飲まれて、攻撃的になっていくさかいな。」

「へぇ・・・そ~ゆ~もんなんだ?」


 これにて、妖怪カマイタチの事件は落着と成る。その後、燕真と紅葉は、ショータ君の頼み通りに陽快町3丁目の伊達宅に行ったが留守だったので、玄関脇に缶箱を置いてきた。




-そして、数日後の夕方-


 YOUKAIミュージアムに、伊達と名乗る、高齢の女性が訪ねてきた。数日前に最愛の夫を亡くしたらしい。その表情は悲しそうではあるものの、穏やかな表情で満ちている。

 彼女の話によると、医者からは「二度と意識は戻らない」と言われて、数年前からずっと病院に入院をしていた夫の様態が、先週の日曜日に急変をして、「別れの時」を覚悟して病院に駆け付けたらしい。しかし、その日と夜に、医者ですら予期していなかった奇跡が起こり、夫は意識を取り戻したと言う。そして、突発的に、息子に「家の前にある缶箱が有るから持ってきて欲しい」と告げた。その中には、幼少の頃の夫が大切にしていたガラクタに混ざって、故人と老婦人が出会うキッカケと成った思い出の品も入っていた。その日、老夫婦は、若き日の懐かしい思い出話に花を咲かせ、翌日に、夫は最愛の妻に手を取られながら、「ずっと一緒にいてくれてありがとう」と言い残して、安らかな表情で亡くなったらしい。


 不思議なことに、亡き夫・伊達昌太郎は、見ず知らずの若者達に、ある言葉を伝えて欲しいと口にした。老婦人がここを訪れたのは、その為だった。老婦人は、紅葉の手をシッカリと握り締めて話を続けた。


「YOUKAIミュージアムにいるお嬢ちゃんへ、

 俺の最後の望みを叶えてくれてありがとう、とても感謝をしている。

 YOUKAIミュージアムにいる若僧へ、

 オマエのことは最後まで嫌いだったが、感謝はしている。

 お嬢ちゃんのことを大切にしろ。」


 紅葉は、その言葉を聞きいて妙に納得している、燕真としては見た事もないジジイに、いきなり「嫌いだ!」なんて評価されてしまい、無性に腹が立つ。つ~か、最愛のご主人の遺言をシッカリ伝えたいって気持ちは解らなくはないが、そこは、余計な酷評は入れずに「感謝している。お嬢ちゃんのことを大切にしろ。」だけで良いんじゃないのか?

 見えないガキが「苦手だ」と言った事を隠さずに伝える紅葉と言い、会った事もないジジイの「嫌いだ」をそのまま伝えるババアと言い、もう少し考えてから喋って欲しい。いくら、見えないヤツや知らんヤツでも、そんな事言われたら地味に傷付くぞ。


 ただまぁ、老婦人の幸せそうな笑顔を見ていたら、燕真まで幸せな気分になり、見知らぬジジイの酷評は次第にどうでも良くなっていった。

 紅葉は、窓を開け、澄み渡る秋空を眺めながらポツリと呟く。


「そっか、ショータ君、笑顔で行ったんだね」


 紅葉にだけは、雲の上で手を振るショータ君の「ありがとう」と言う言葉が聞こえたような気がした。

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