第3話・恐怖の夜(vs鎌鼬)

-------妖怪憑依の特性②-------------------


・妖怪は、強くて邪悪な念を媒体とし、恨みや憎しみなどの強い邪念を持つ人間、もしくは、強い念の残った物に寄りやすい。

・人に憑く場合は、完全に支配する場合と、共存をする場合がある。

・憑く人間の意志が弱いほど完全支配の傾向が強く、善人が発する瞬間的な邪念に憑く場合も支配傾向にある。


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-文架市 上鎮守町-


 鎮守の森公園に面する公園通りの対面側、市内を二分する一級河川・山逗野川(さんずのがわ)を背負った一角は大型ショッピングモール施設で拓けており、夕方頃までは多くの買い物客や車で賑わっていた。

 施設内には様々な店舗がひしめき、2階には多くの客が利用出来る広いフードコートがある。休日の昼間であれば、このフードコートには客がごった返し、タイミングが合わないと席すらなかなか見付けられないほど繁盛しているのだが、平日の19時を過ぎた今は閑散としている。


 ファーストフードの大手フランチャイズ店・マスドナルド・リバーサイド鎮守店。

源川紅葉はレジカウンターで、お持ち帰り用のハンバーガーとフライドポテトを客に受け渡して見送ったあと、調理場の時計に視線を向けた。


「・・・7時15分かぁ」


 バイト上がりは7時半、あと15分ほどある。いつもの事だが、7時を過ぎるとめっきり暇になる。せいぜい2~3組の客が来る程度。この時間帯の客は、2㎞ほど離れた場所に建つドライブスルーがある別店舗に流れてしまう。特に今日のように金曜日ともなると、大半は車を使わずに遊びに行ける文架駅方面の繁華街に飲みに行ってしまうのだろう。

 実益を考えれば6時半~7時上がりで良いのだが、店長は、彼女が希望するバイト時間、「~7時半まで」を聞き入れている。単純に、彼女が可愛いからという理由もあるが、それだけではない。紅葉は気付いていないのだが、平日の夕方や休日には‘彼女のスマイル’のリピーターが何人もいる。店長としては、彼女が「あっちのバイトの方が融通が利く」と別の店に行ってしまい、リピーターまで奪われては困るのだ。接客力もあり、仕事も卒無くこなすので、文句の付けようがない。時にミスがあるが、彼女がやや困り顔で謝罪をすれば大抵の客は受け入れてくれる。


 余談だが、つい最近知り合った年上の友達・佐波木燕真いわく「口さえ開かなければ文句の付けようがない美少女」とかなんとか・・・。


「今日はデートか?」

「彼氏は迎えに来ないのか?」

「そんなの居ませんよ~!」


 時々、店長やバイトの男共がセクハラ気味の質問をするが、彼女は嫌な顔をせずに笑顔を返してくる。年相応らしく芸能人やアイドルグループは好きだが、今のところ色恋沙汰には興味が無く、同性の友達と遊んでいる方が楽しいらしい。

 彼女に交際を申し込むと「凄まじい毒舌で再起不能になるくらいコテンパにフラれる」という噂があるが、おそらくは、誰かが流した根拠の無いデマだろう。これまで、2~3人のバイト君が彼女に告白をしたらしいが、何故か、その後、直ぐにバイトをやめてしまったので、真相の聞きようがない。


 結局、次の客が来ないまま、時計の針は7時30分を示す。紅葉は上がり際に、「ぉ手伝ぃする事ぁりますか?」と店長やパートさんに訪ねる。時々、片付けや掃除で8時まで残業になる事もあるが、たいていは「上がって良いよ」と返事が返ってくる。


「ぉ疲れ様でしたぁ~!」


 紅葉は、笑顔で一礼をして厨房を出て更衣室に入る。明日のシフトは9時から14時まで。ショッピングモールが開くのは10時だが、準備の都合上、入りは開店よりも1時間早い。友人とはバイト(別のバイト)の時間帯が噛み合わず、14時以降はフリーになる。鼻歌を歌い「明日のバイトが終わったら何をしよう?」などと考えながら、制服の胸ボタンを外し始める。


ギィン!!


 更衣室奧の闇の中、獲物を待ち続けていた不気味で大きな目が見開く!何も知らずに制服の袖から腕を抜こうとする紅葉をジッと睨み付ける怪しい眼!それは、最初は息を殺してゆっくりと、やがて勢いよく、紅葉の背後に襲い掛かってきた!

慌ただしい物音にハッとして振り返り、目を丸くする紅葉!


「きゃぁぁぁっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」




-翌朝8:30 陽快町・YOUKAIミュージアム-


 燕真が愛車を駆り到着。バイクを博物館裏に止める。退治屋としての招集が掛かったワケではない。彼は、この博物館に勤務をしているのだ。入門ゲートを開けるのはAM10時。準備時間を考慮したとしても少し早い。

 生活力に乏しい彼は、毎日、博物館の直ぐ隣にある粉木の自宅に寄り、まかないを頂戴しているのだ。


「おはよーっす」


 挨拶をして、粉木家の玄関に上がり込む。粉木から「どうぞ」との返事は無いが特に問題は無し。燕真と粉木の間には、勝手に上がり込む事を特に何とも思わない信頼関係が出来上がっていた・・・というか、この若者の面倒を見る好々爺は、その程度の無礼など気にしないのである。


「おす!」

「おはよーっす」

「チィ~~~ス!」


 台所に行くと、いつものように粉木が老眼鏡を掛けて新聞を読みながらと声を掛ける。燕真は再度挨拶をして、食卓の粉木の向かい側に腰を掛け、足下にすり寄ってきた猫をなでる。テーブルの上には燕真用の食パンが置いてある。メインのおかずとなる卵料理は一緒だが、粉木はご飯と味噌汁と漬け物、燕真はパンとトマトジュースだ。ほどなく、可愛らしい笑顔の少女が、燕真の前に、皿に乗った黄身が半熟の目玉焼きを置く。


「半熟2個でぃぃんだょね、燕真!」

「おう、サンキュー!・・・てか、いい加減に‘さん’をつけろ!俺は年上だぞ!」


 燕真は、いつものように、テープルの上にある塩を、目玉焼きに降りかけてから、黄身を潰し、パンを付けて頬張った。・・・が、ちょっと待って欲しい。改めて考えると、何かがオカシイ。ジッと周囲を見回して、今置かれている状況を確かめる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どぅ?美味しぃ、燕真?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ!」


 目の前で燕真を眺めている紅葉と目が合った。途端に、口に入れたばかりの目玉焼きを吹き出して咳き込んでしまう。

 昨日まで、この食卓にいなかったはずの源川紅葉が、さも当然のように目の前に居るではないか!つ~か、何の疑問も持たずに接していたが猫まで居る!


「うわぁ!ゲロはぃた!!きったねぇ!!」

「ゲホォッ!ゲゲホォッ!ゴホォッ!

 ・・・ゲ、ゲロじゃねぇ・・・ゲゲホォッ!ゴホォッ!」

「にゃ~ん」

「吐いたモンもキチンと食いや!残したら罰があたんでぇ!」

「ゲゲホォッ!ゴホォッ!

 ・・・・なんでオマエがここにいるんだぁぁぁっっっ!!!?ゲゲホォッ!」




-数分後-


 紅葉の話によると、突然予定していたバイトが無くなってしまい、友人はバイト(紅葉とは別のバイト)があり、暇になったので遊びに来たらしい。


「ゃる事無ぃから、博物館の仕事、手伝ってぁげるょ!」


 先日の学校で助けた猫は、紅葉が飼う事になったのだが、親に「がさつな性格の紅葉では面倒を見られないからダメ」と言われてしまい、結局は粉木の家で飼う事になった。流石は親、紅葉の性格をよく存じてらっしゃる。ちなみに猫の名前は、紅葉が、某有名なネコのゆるキャラから名前を取ってヒコと名付けた。


「暇だからって、何で此処に来るかねぇ~・・・?

 なぁ、粉木のじいさん・・アイツのバイトって?」

「なんやよう解らんけど、マスドナルドちゅうところでバイトをしていたんやけど、

 昨日クビになってもうたんやて」

「マッスルをクビにねぇ」

「知っとるんか、燕真?」

「あぁ、アイツがバイトしてたってのは初耳だけど、マッスルは知ってるよ!

 マスドナルド、略してマッスル。

 マッスルバーガーとかマッスルフライポテト、聞いた事あんだろ?」

「おうおう、そう言えばコマーシャルで見た事あんのう。」

「・・・で、一体、何をやらかしたんだよ?」

「昨日たまたま視察に来ていたマスドナルドの社長に粗相をしおったんやと!

 ・・・そうやなぁ、お嬢!?」


 紅葉は、キッチンに向かいながら頷く。着る物選ばずと言うべきか、改めて見てみると、制服姿や私服姿もなかなか良いが、エプロン姿もかなり可愛らしい。

・・・「黙ってさえいてくれれば」の話だが。


「従業員に手を出す事で超有名な、社長なんだけどさぁ~

 昨日、視察の時にァタシに目を付けたみたぃで、言い寄ってきたんだよね~。」

「それで、断ったらクビになったってか?

 訴えたら勝てるんじゃね~か?」

「ん~・・・そうぢゃなくてね。

 断ったのしつこいから、

 ムカ付いて近くにぁったパィプ椅子で10発くらいブン殴ったの。

 そ~したら、店長に二度と来るなって言ゎれちゃったぁ~。・・・テヘッ♪」


 僅かに表情をしかめて小さく舌を出して「テヘッ」をする紅葉。その表情はもの凄く可愛らしい。どれくらい可愛らしいかと言えば、「テヘッ」の瞬間に背景が白く輝くエフェクトがかかって、可愛らしい天使さんが登場して、矢でハートをズキューンと撃ち抜かれて、ハートマークになった目が飛び出るくらい可愛らしい。

・・・この女が喋りさえしなければ。


「テヘじゃね~だろ・・・。訴えられたら負けるぞ。

 よ・・・よく、クビだけで済んだなぁ。」

「ぁ~ぁ!クソォヤジのセクハラを拒否しただけでクビなんて、信じらんなぃ!」

「俺はオマエが信じらんね~よ!

 ・・・なぁ、粉木のジジイ、アンタからも何とか言ってくれよ!」


 燕真は、半ば呆れ顔で粉木老人に同意を求めるが、粉木は、まるで‘何をやっても許せてしまうくらい可愛い初孫’でも眺めるかの様に、目尻を下げて、鼻の下を思いっきり伸ばして、紅葉を眺めている。


「・・・・・・・・・・・スケベジジイ」


どうやら「テヘッ」にハートを撃ち抜かれちゃったらしい。




-AM9:00-


 YOUKAIミュージアムの開場までは、まだ1時間ある。集客力のある博物館ならば、もう開場の準備を始めるのだろうが、此処は例外だ。朝一で訪れる客などいない。・・・と言うか、客が来ない。

 3人は朝食を終え、粉木宅の居間でコーヒーを飲んだりテレビを見ながら、開場までの時間を潰す。


 ‘退治屋’は一般人を巻き込まない様に心掛けている。本体捜索の過程で情報を聞き出したり、妖怪から救出した被害者を保護する事はあるが、退治が終わればアカの他人として、二度と接点は作らない。それなのに、既に終わったはずの事件に係わった民間人が、こうも簡単に踏み込んできて良いのだろうか?燕真は不満なのだが、年輩のパートナーが受け入れているようなので、ハッキリとは批難が出来ない。


 粉木自身、紅葉を受け入れたわけではなく、この状況は芳しくないと思っていた。しかし、それより、少女の存在自体が、粉木老人の興味を強く引いていた。

 彼女は、本体の位置を正確に言い当てた。ある程度経験を積んだ者(燕真は経験を積んでも無理っぽい)なら、実体化した本体の妖気を追う事は出来るし、実体化前の影を、漠然と「この付近に居そうだ」と予測する事も出来る。だが、彼女が言い当てたのは実体化前の本体の正確な位置だ。類い希な霊力の持ち主が長年の修行を積んだとして、そこまで感覚を研ぎ澄ます事が出来るのだろうか。粉木にはそこまでは出来ない。長年の記憶を辿ってみても、これまで一緒に仕事をしてきた仲間達の中に、実体化前の本体の動きをあれほど正確に把握した者は居なかった。

 少女の索敵力は、人間が才能を修練で開花させた能力よりも、自分の縄張りに入った瞬間に殺気立って威嚇する妖怪や、妖怪の力をツールにして索敵を行う妖幻ファイターに近い様に思える。


 彼女が子妖に襲われたというのも気になる。妖怪にとって同族であり敵でもある妖幻ファイターが成敗に来ているにも係わらず、妖幻ファイター討伐よりも何の変哲もない娘を優先的に襲う事例など、今まで聞いた事が無い。


 同様に、本体が戦闘不能になるほどのダメージを負っていた(第1話)にも係わらず、彼女の友人に憑いた子妖が消滅をしなかった(第2話)事も気になっている。他の生徒に憑いていた子妖は最初の討伐時に全て消滅した。少なくても、学校からの引き上げる前に、粉木が確認をした生徒達には憑いていなかった。例外的に友人の子妖だけが残ったのだ。本体の支配力を受けずに子妖が生き残るなど、余程身近に妖力を供給出来る存在がなければ説明が出来ない。


「・・・まさか、な。それは無いやろ。」


 粉木は、一瞬だけ紅葉に疑惑を持ったが、それは直ぐに思考の奥底に引っ込めた。紅葉が妖怪に憑かれていれば、上記の‘前代未聞’は説明が付く。しかし、妖怪に憑かれる人間は何らかの闇や暗い思念を抱えているはずだ。人が人に感じる腹黒さや邪念がそれだ。だが、表情に屈託が無く、頭に浮かんだ事を隠さずにそのまま喋るタイプの紅葉には、妖怪が好む雰囲気などは、まるで感じられない。目に見える状況だけではなく、粉木の長年で培われた勘も、紅葉には瞑い要素は微塵も無いと答えている。   むしろ、今はまだ高校生だけど、これから社会人になって身に着けるであろう汚い処世術すら、彼女には身に付けて欲しくないと考えてしまうほどに、今の紅葉は無垢に思えてしまう。


「なぁ、お嬢・・・オマンの家、格式の高い神主さんとか、坊さんの家系か!?」

「・・・なんで?全然違ぅょ!」

「おかんは、何しとる人や?」

「ママゎスーパーのパートをしてる。

 あ!でも、学生時代にミス西陣織とミス九谷焼に選ばれたって聞いてるよ!

 何か関係有るの?」

「ふむ・・・なるほどな。」

「ん!?粉木のじいさん、ミス西陣織やミス九谷焼に何か意味があるのか!?」

「いや、お嬢が西陣織と九谷焼のことを妙に詳しい理由が解っただけや!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだそれ?」


 粉木は、これ以上聞いても何の進展も無いし、徒に話を広げても不審に思われるだ けと考えて追求をやめた。・・・が、またしても、まだ退治屋になって日の浅い若者が、何の考えも無しに話を広げやがった。


「そういや、オマエ。妖怪の位置とか、思念の位置とかが見えるんだよな?

 何で見えるんだ?そう言うの良くある事なのか?」

「ょく・・・でゎなぃけど、たまにね!

 ポワ~ンとなってぃて、なんとなくミョ~ッとしてぃるの!

 ぃるってのを解ってぃて気持ちを集中させれば、

 もぅ少しシャキィ~ンて感じかな?」

「ぽわ~ん・・・みょ~・・・しゃき~ん・・・・何だそりゃ?」

「燕真ゎどんなふぅに見ぇるのぉ!?」

「え!!?」

「だってほら、ヒコちゃんの念・・・見えたんだよね?

 ザムシードになる前に言ってたじゃん!」


 確かに猫の思念は燕真にも見えたが、それはザムシードに変身してからの話で、変身前の燕真には全く見えていない。だが、確かにザムシードに変身する前に、その場のノリで「見える」と言ってしまった。


「え!?・・・あぁ、アレね!・・・う、うん・・・見えた見えた!

 ぽわ~んで、みょ~で、しゃき~んみたいに!!」

「あれぇ?

 ヒコちゃんの念は、もっとこう、ムニーッみたいな感じじゃなかったっけ?」

「あぁ!そうそう、それだ!むにーだ!!」

「ほぉ~~~~・・・初耳やな!

 ザムシードシステムを使わんでも見えたんか?霊感ゼロの燕真にも?

 そない強い念やなかったさかい、余程の霊力があらな見えへんでぇ!

 わずか数日で、えろう霊感上げよったなぁ、燕真よぉ!」


 粉木には、直ぐに「燕真は美少女の前で虚勢を張ったのだろう」と解った。俗に言う霊感が無い部類の人間でも、絡新婦(じょろうぐも)が攻撃的になった時の学校内の雰囲気の変化は、「空気が重い」「暑苦しい」程度には感じただろう。しかし、燕真は、粉木に言われるまで、一切何も感じていなかった。そう言う意味では才能はゼロである。そんな燕真が、猫の思念を感じ取れるわけがないのだ。


「こう・・・むにーとなって・・・・・・」

「霊感・・・ゼロ?」

「そや、ゼロや。」

「・・・・・むにーって」

「燕真・・・0点・・・なんだ?」

「せや、れい点や。」

「ヒコちゃん思念が見ぇたのゎ?」

「そないもん、ハッタリや。」

「・・・・・・・・・・・・・むにー」

「ぅゎぁっ!かっこ悪ぅっ!マジ引くんだけどぉ~?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「何でそんなのが妖幻ファイターに?」

「さぁ・・・それがワシにも、よぉ解らんねん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、余程「霊感ゼロ」を暴露された事がショックだったらしく、呆けながら、脱力してヘナヘナと畳に寝転がった。

 こんなハズではなかった。何処で間違えてしまった?紅葉と行動を共にするのは絡新婦を退治するまで。その後はアカの他人になるのだから、少しくらい美少女の前で良い格好をしたい。その程度の軽い気持ちで見えない物を「見える」と言っちゃった。ただそれだけなのに・・・。




-AM10:00-


 博物館開場の時間である。館内係員用の制服に着替えた燕真が、駐車場入り口のゲートを開き、建物出入り口の施錠とカーテンを開け、受付カウンターに入って待機をする。もちろん、朝一から見学に来るような奇特な客は1人もいない。だいたい、キチンと客の来る博物館なら、受付に暑苦しい男なんて座らせないだろう。経営者が、ハナっから商売を放棄しているようにしか思えない。


「燕真~。」


 入り口脇にあるトイレに籠もっていた紅葉がヒョッコリと顔を覗かせる。暇を持て余しているので、遊び半分で博物館の仕事を手伝う事になり、トイレの中で、急きょ支給された仕事着に着替えていたのだ。

 しかし、小柄な女子が着るような制服は用意していない。制服とは言っても上下があるわけではなく、背中にYOUKAIミュージアムと書かれたオレンジ色のジャケットだけ。

 燕真は今着ている制服を含めて2着持っているが、紅葉には大きすぎる。粉木の制服には、脇腹あたりにデカデカと‘館長’という刺繍が入っているので、流石に紅葉に貸すわけにはいかない。役職はバッチか首掛けプレートにしろよ!ちなみに、燕真に支給された制服には、燕真の希望に関係無く、左脇腹に‘閻魔’、右脇腹に‘大王’と刺繍が入っている。


「いつも見てカッコ悪っ!どんなセンスしてんだよ?

 ・・・てか、何処のゾクだよ!?」


 着替えを終えてトイレからピョコンと飛び出して来た紅葉は、巫女さんの衣装で身を包んでいる。燕真は、思わず見入ってしまった。

 あえて粉木に「何故、巫女さんの衣装があるのか?」とのツッコミは入れない。・・・というか、ツッコミを入れる事すら忘れてしまう。美少女、着る物選ばず。とてもよく似合っていて可愛らしい。

・・・まぁ、そのまま何もせずに黙って座っていてくれれば・・・なのだが。


「巫女さんと言えばこれだよね!?」

「・・・はぁ?」


 何のアニメの影響のだろうか?紅葉は、屈託のない笑顔を見せながら、駐車場で威勢の良い掛け声を上げて、ホウキを振り回している。「天は2物を与えず」とは良く言った物である。頼むから、愛車(ホンダVFR1200F)を仮想敵に見立てて戦うってのだけは勘弁してくれ。




-AM11時過ぎ-


ピーピーピー!!!

 安穏とした平穏は、突如、崩れた!事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!


 文架市内には、妖気に反応して、ミュージアムの警報機を鳴らすセンサーが、数十カ所ほど取り付けてある。先日の出動も、この警報機の知らせによるものだ。・・・と表現すれば聞こえは良いのだが、数十カ所しか設置していないという方が正確である。欲を言えば、電柱2本おきくらいにセンサーが設置してあれば、妖怪の出現をいち早く察知出来るのだが、費用的な問題で、そこまでは完備されていない。

 だからこそ、センサーの設置箇所は工夫がされている。市内で最大の龍穴がある亜弥賀(鎮守の森)神社を中心にして、そこに集まる大龍脈に沿うようにセンサーを点在させ、大龍脈に流れ込んだ妖気の濃さや拡散具合から、ある程度の妖怪出現場所の推測が可能になっているのだ!

 粉木が、センサーからコンピュータに送られてきた情報を確認して、受付カウンターにいる燕真に指示を出す!


「出現場所は、文架大橋の東詰や!!」

「了解!」


 妖怪の出現場所を聞いた燕真は、YOUKAIミュージアムのジャケットを脱ぎ捨てて、急いでホンダVFR1200Fに跨がる!タンデムには、巫女姿の紅葉が、「待ってました!」と言わんばかりに飛び乗った!


「ぃくょ、燕真!」

「おう!飛ばすから振り落とされるなよ!・・・・・・・・・・・・え?」

「レッツゴォ~!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 さも当然のように相乗りをするこの小娘は、一体何様のつもりなのだろうか?

 燕真は、溜息をつきながら愛車から降りて、後ろに回り、タンデムに跨がっていたクソガキの両脇腹を握って、抱き上げて地面に降ろし、再びバイクに跨がって発進をした!!

 燕真がサイドミラーで確認すると、置いてけぼりを食った紅葉は、プンプンと怒りながら腕を振り回している!


「こらぁ~~~!バカァ~~!!何でァタシを置ぃて行くンだぁ~~~!!

 老け顔!!霊感ゼロ!!0点!!ねずみ男!!小魚顔!!

 猫に食ゎれて死んでしまぇ~~っっ!!」


 「霊感ゼロ」と、成り行きで付けられた「ねずみ男」は仕方がないし(ホントはイヤだけど)、「老け顔」は年の差を考えれば一定の許容出来るが、「小魚顔」ってなんだ!?どんな顔なんだ!?また変なあだ名(?)が増えてんぞ!

 燕真は、紅葉が言い放った暴言が気になって仕方がないが、雑念を振り払って、目的地に意識を集中させた!




-上鎮守町・文架大橋東詰-


 燕真が到着をすると、パトカーや消防車が道を塞いで、事故処理や、慌ただしい消火活動が行われている。事故現場には入れない為、燕真からは規制線の内側で上がってる炎と煙をしか見えない。

 野次馬の話によると、突然、橋方向に左折をした大型ダンプトラックが、炎を上げて、中央分離帯に突っ込んだらしい。詳細は解らないが、救出活動を行おうとしたが、運転席に運転手の姿は無く、今も、運転手は行方が解らないとの事だ。

 燕真が粉木に詳細を伝えると、「戻ってこい」との指示が出た。燕真が出発して直ぐに、センサーの妖怪反応も消えてしまったらしく、もはやこの場に残っていても意味が無いとの事だ。




-PM1時過ぎ-


 燕真が博物館に戻ると、宿題やクラブ活動を終えて、昼食を済ませた小学生達がボチボチと集まっていた。妖怪グッズに便乗して扱っている人気妖怪アニメの玩具を一通り眺めて、時には人気妖怪アニメのアイテムが入っているガシャポンをして、車が入ってくる可能性が極めて低い駐車場を公園代わりにして遊ぶのが、彼等の日課である。

 子供達や、その親からは、この敷地のオーナーは、子供好きのお爺ちゃんとして大変慕われている。時には粉木が駐車場で遊んでいる子供達を集めてオヤツを配り、時には子供がなけなしの小遣いで自主的に買ってきたオヤツを、粉木が分けて貰い眼を細めて嬉しそうに食べる。子供達の親から「いつもありがとう」と差し入れや旅行土産を貰う事もしばしばある。彼等はそんな信頼関係を結んでいた。

 燕真は、子供が嫌いと言うよりも扱い方が解らず、その輪に加わる事はないが、彼等の年の差を超えた友情や信頼関係には理解を示していた。燕真が、時々変な暴走をする粉木を慕っているのは、こういった分け隔てのない優しさにもあるのだ。


 今は、粉木が日向ぼっこをしながら、子供達を笑顔で眺め、紅葉が子供達の輪に入って、携帯型ゲーム機で人気アニメゲームの通信プレイをやっている。一緒になって騒ぎながら遊んでいるその姿は、まるっきり子供である。


「やれやれ、あんなにはしゃいじゃって・・・巫女さん仕様が台無しだな!」


 受付カウンターの燕真は、ゲーム機を握り締めながら騒いでいる紅葉達を眺めながら、軽く微笑む。どうやら、一方的に置いて行った事は気にしていないようだ。「小魚顔」の暴言が気になるのは事実だが、子供達と戯れる姿を眺めていたら、次第にどうでも良くなってきた。

 まぁ、小学生相手に、一切の手心を加えず、マジになってゲームに熱中しているのは、些かどうかと思う。その無垢な笑顔で誤魔化せるのは大人だけ、子供には通じないぞ!

・・・と言うか、何度も言うが、そういう所さえ無ければ、非の打ち所はない。


 それまで、ガキ丸出しで大騒ぎをしていた紅葉が、ふと、視線に気付いて顔を上げる。生活道路を挟んだ向こう側・・・10歳前後の男の子が、ジッとこちらを見詰めている。仲間に入りたいのだろうか?


「ねぇ、一緒に遊ぼぅょ!こっちぉぃで!!」


 立ち上がり、道路の向こう側にいる少年に手招きをする紅葉。しかし、少年は首を横に振り、その場から動かない。


「恥ずかしぃのかな?」

「お姉ちゃん、どうしたの!?」

「もう一回対戦しようぜ!」

「次は負けないよ!」

「ぅん、でもちょっと待ってねぇ!」


 紅葉が、子供達に‘次の対戦’をせがまれながら、道路の向こうの少年を連れて来る為に、敷地を出て道路を渡ろうとすると、慌ただしくクラクションを鳴らしながら、スピードを超過気味に上げたダンプトラックが通過していく。

 駐車場で遊んでいた子供達と粉木はクラクションに驚いて道路を眺め、館内にいた燕真も何事かと顔を出す。


「なんだぁ?」

「けったいな車やのう!」

「ぅるさぃなぁ、もぅ!そんなにピーピー鳴らさなくても解るのにぃ!」


 しばらく、不満そうに、ダンプのテイルランプを見つめる紅葉だったが、やがて、子供達の「続きしようぜ!」の声で我に返る。そう言えば自分達を眺めていた少年を連れてくるつもりだったと、道路の向こう側を見ると、もう其処には少年の姿は無かった。


「・・・・・・・・・・・ぁれ?何処に行っちゃった?」


 首を傾げながら駐車場に戻ってくる紅葉を見て、顔をしかめる粉木。紅葉の巫女衣装の襟合わせ辺りに、5ミリくらいのカマキリのような虫が這いずっている。‘カマキリのような’と表現したが、それはカマキリではない。現世の虫に非ず、異界の生物が産んだ虫=子妖だ。何処で本体と接触をしたのかは後回し、今はそれどころではない


(・・・このままでは、お嬢が憑かれる。)


 粉木はジャケットの内ポケットに手を忍ばせ、携帯用の祓い札を握る。迅速且つ正確に祓わなければならない。粉木の表情が険しくなる。


モゾモゾモゾッ

「ひゃっ!」   パチン!

「!!!!!!!!!!!!!!!!?」

「な、なんだぁ!?」


 子妖が、紅葉の襟足から背中に入っていこうとして、首筋に辿り着いた瞬間、紅葉は背筋をピンと伸ばして、反射的に首筋を叩いた。叩かれた場所に小さい闇の渦が出来て空気中に解けるように消滅をする。


「どうしたんだ!?突然悲鳴なんて上げて!」

「ごめん!虫がぃた!」

「虫?」

「ぅん、今、手で潰しちゃった!キモイ、サイアク!ほらっ!」


 首筋を叩いた手を燕真に見せる紅葉。だが、其処に虫の残骸は無い。首筋を触るが、やはり残骸らしい物はない。


「ぁれぇ~・・・ぉかしぃなぁ~」

「オカシイのはオマエの頭だ!どれ、見せてみろ!」

「ヒドォ!燕真にそれを言ゎれたらお終いってカンジなんですケドォ~」


 紅葉が叩いた場所に顔を近付け、ジッと眺める燕真。綺麗な首筋やうなじである。鼻を楽しませてくれる良い香りは、紅葉が使ってるシャンプーの香りだろうか?まだ十代の少女の独特の匂いも良い。どうやら彼女は、香水や化粧品で肌を偽るタイプではないらしい。思わず生唾を飲む。


「どぅ?・・・ぃた?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ、燕真?・・・ぃたの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ!」


 慌てて首筋から視線を外して咳払いをする燕真。僅か数秒間だが、思い掛けず目を奪われてしまった自分が恥ずかしい。


「む、虫なんて、何処にもいね~よ!脅かすな、バカ!」

「ぁれぇ~?ぉっかしぃなぁ~~?

 前にもこんな事、ぁったんだけどさぁ~・・・。」

「気のせいだ、気のせい!」

「ん~~~~~~~~~・・・そっかぁ~~~。」

「おおかた、風に乗ってゴミかなんかが飛んできたんだろ!」

「・・・・・・・・ぁ!!」


 紅葉が燕真の顔を見上げると、その頬を小さな虫のような物が動き回っている。紅葉は、特に何を考えるでもなく、つい反射的に、燕真の頬に手のひらを、思いっ切り叩き込んだ。


「いってぇっ!!・・・何すんだよぉ!!?」

「だって、燕真も頬に虫が居たから・・・ほら!」

「何処だよ!?」

「ぁれぇ?また、ぃなぃ!」

 

 紅葉が燕真に手のひらを見せるが、先程と同じように虫はいない。単に、燕真がビンタをされただけ。燕真は頬を摩りながら「この女は何でこうも粗忽なんだ?」と大きく溜息をついた。

 一方の粉木だけは驚いた表情のまま、紅葉を眺め続けている。最初はただの目の錯覚かとも思ったが、2度も続くと確信せざる負えない。


(素手で子妖を祓いおった?いったい何なんや、・・・この娘は?)


ピーピーピー!!!

 粉木の疑惑を掻き消すかのように、事務室の警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!


「・・・またかよ!?」

「今日は忙しいこっちゃなぁ!」


 紅葉の事も気になるが、今は妖怪対策が先である。粉木が、事務所に駆け込んで、センサーから送られてきた情報を確認をする。


「燕真、出現場所は、陽快町3丁目(ミュージアムは1丁目)!此処から直ぐや!!

 詳細は解りしだい報せるよって、先ずは向こうてくれ!!」  

「了解、直ぐに出る!!」


 燕真は、バイクが駐めてある博物館裏に行こうとするが、それよりも早く、紅葉が博物館前に駐めておいた自転車で乗り出して行ってしまった。


「3丁目だねぇ!ぉっ先に~~~!!」

「おい、バカ!!!ちょっと待て!!」


 燕真が紅葉を呼び止めるが、紅葉はお構い無しに自転車で突っ走って行ってしまう!燕真は、舌打ちをしながらバイクに跨がり、紅葉を追い始めた!


「あのバカ!!一体なんのつもりなんだ!?」


 一方の紅葉は、勢いよく飛び出して来てしまったが、改めて考えると‘3丁目’と言っても結構広い。周辺に行けば大騒ぎになっていて、直ぐに現場が解ると予想していたが、考えが甘かったようだ。3丁目の何処に行けば良いのだろう?


「ょ~し!ぁの角を曲がってみょっかぁ?ごぉ~~~~!!」


 行き先が解らないなら、己の勘に頼るのみ!自慢じゃないが、幼い頃から勘は結構良い。ただし、テスト前のヤマ勘は壊滅的。

 狭い路地に入り、スピードを乗せたまま、次の十字路でハンドルを右に切る!


「・・・ぇ!?」

「わぁっ!!」

「きゃぁぁぁぁっっっっ!!」

キィーーーーーーーーー・・・ガラガラガッシャ~~~~~ン!!


 曲がった瞬間に少年が飛び出して来た。あわや衝突の寸前で辛うじてブレーキを掛けながらハンドルを切る紅葉。自転車は、あまりの急ハンドル&急ブレーキに耐えられず、バランスを崩してタイヤを滑らせ、近くの道路工事で立てかけておいた‘この先工事中’や‘ご迷惑おかけします’の看板に激突して薙ぎ倒しながら転倒する。


「ぁ痛っ・・・イタタタタッ!」


 貸してもらった巫女の衣装はすり切れているが、お陰で紅葉には、殆ど怪我は無い。腕に負ったかすり傷を摩りながら、ぶつかりそうになった少年を眺める。少年の方も、ジッと紅葉を見詰めている。


「ぁ・・・・さっきの?」


 紅葉はその少年に見覚えがあった。先程、博物館の対面で紅葉達を眺めていた少年だ。少年に近付いて外傷がないか探すが、特に怪我は無さそうだ。ホッと溜息をつく紅葉。しかし、同時に、その少年の寂しそうな表情が目に入る。


「ねぇ、君・・・みんなと遊びたかったの?」

「違うよ。俺は、お嬢ちゃん達がやっていた遊びは知らない。」

「なら、遊んでいた誰かに用があったの?」

「お嬢ちゃんと遊んでいた子も知らない。」

「そっか、知らないんだ?・・・ねぇ?ぉぅちゎ何処?この辺なの?」

「・・・うん」


 てっきり、仲間に入りたくて自分達を眺めていたのかと思ったが違ったようだ。


「だったら・・・何を見ていたの?」

「・・・・うん・・・お嬢ちゃんになら話してやるよ。俺はね。」

「ぁのさぁ・・・

 さっきからスッゲ~気になってたんだけど、

 ‘お嬢ちゃん’じゃなくて‘お姉ちゃん’じゃね?

 どう考えても、ァタシの方が年上だょねぇ?」


 少年が紅葉に何かを打ち明けようとしたその時!


「ぎゃぁぁっ!!」 「わぁぁっ!!」


 幾つもの男達の悲鳴が上がる!紅葉がその方向に視線を向けると、工事用のヘルメットを被った男達が逃げ惑い、その少し先には、背中から鎌の付いた2本腕を生やした男が暴れ回っている!


「ぁ!・・・妖怪、見付けた!・・・子妖ってヤツかなぁ?」




-YOUKAIミュージアム-


 粉木が張り付いていたコンピューターの画面に、‘妖怪発生場所’の詳細情報が映し出される。『陽快町3丁目○番地付近』。直ぐさま出動中のYウォッチに通信を送る粉木!


 しかし、現場に急行中の燕真の耳には、発信音は届いていない。


ピーピーピー!!!

 そして、紅葉が転倒させた自転車の籠の中の手下げ袋で、発信音が鳴り響いている!




-陽快町2丁目-


 捜索を続ける燕真の胸ポケットで、スマホが着信音を鳴らす!バイクを止めてディスプレイを確認をすると、発信者は‘会社’と表示されている。


「どうした、じいさん?」

《どうしたもこうしたもあるか!?なんで、Yウォッチに出ぇへんねん!?

 いくら通信しても出ぇへんから、携帯に電話したんや!!》

「・・・あ、ワリィ、(左腕に)着けるの忘れてた!」

《ボケェ!アホンダラッ!!オマン、任務中にどういうつもりや!!?》

「ワリィって!直ぐに着けるよ!それより、どうしたんだ!?」

《そう言う問題やない!気が弛んどるんや!!

 まぁ、今、ゴチャゴチャ言うてもしゃ~ない!

 その件は、あとでキッチリ話付ける!!

 妖怪が出おった場所は、陽快町3丁目○番地付近や!!

 今、道路工事中やから、行けば直ぐ解る!!》

「了解・・・直ぐに行く!」


 燕真は通話を切り、Yウォッチと和船ベルトを入れてある専用収納スペースに手を伸ばす。どのみち緊急時は基本的にバイク移動なので、ミュージアムで働いている平常時はバイクに収納しておくのだが、つい、装備するのを忘れていた。我ながら、粉木に「性根が据わっていない」と非難されても反論のしようがない体たらくと感じる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」


 ‘いつもの場所’にウォッチもベルトも無い。「確か此処に?」と何度も探すが、どう見ても無い。拙い、何処に置いてきた?自宅アパートか?粉木宅か?博物館事務所か?「装備するのを忘れていた」なんて次元のミスではない。チョット青ざめてしまう。

 しかし、立ち止まって頭を悩ませている時間など無い!置いてきた場所の見当がついても、取りに戻るつもりも無い!


「まぁ、なんとかなるだろう!

 最悪、バイクで体当たりをするくらいは出来るはずだ!!」


 現場に到着してから、その後の事を考える!燕真はヘルメットを被り直して、再びバイクを走らせた!



-YOUKAIミュージアム-


 燕真の不真面目っぷりが心配になった粉木は、念の為に「燕真は何処にいるのか?」と、GPSでYウォッチの現在地を探す。まだ通信を終えたばかりの燕真では、現場には到着出来ないはず。しかし、ウォッチの反応が、妖怪発生現場にあるのを見て、頭を抱え込んでしまう。


「・・・・・・・・・・・・・・・あんのバカ共がぁ~~」



-陽快町3丁目○番地付近-


ピーピーピー!!!

 紅葉が転倒させた自転車の籠の中の手下げ袋で、発信音が鳴り続けている!


 紅葉は、今朝初めて、燕真に霊感が全く無いと聞かされて驚いた。「見える」と言ったのが嘘だったので驚いたワケではない。妖怪退治屋を名乗ってるにも係わらず、妖怪を感じる能力が欠片も無いと言う事に驚かされた。

 そのクセして、妖怪出現現場に相乗りをしようとしたら、理由も聞かずに置いて行きやがった。一緒に行けばサポート出来る自信はあるのに・・・。見返してやりたい。役に立つところを見せ付けてやる。

 祓うべき対象すら解らない燕真でも務まるのなら、自分にならば、もっと上手く出来るはずだ。変身アイテムの隠し場所は、以前、燕真が出し入れしているのを見たので知っていた。


「霊感ゼロの燕真にでも出来るんだから、

 ァタシなら、もっと上手に出来るはず!!」


 ‘背中から鎌付きの手を生やした男’に注意を払いながら自転車に近付く紅葉!手下げ袋の中に手を忍ばせて、発信音が鳴り続けるYOUKAIウォッチと和船ベルトを取り出す!


「燕真の変身ゎ見た!ァタシにだって出来る!!」


 紅葉は左手首にYウォッチを取り付け、『閻』と書かれたメダルを抜き取って、和船を模したバックルの帆の部分に嵌めこんだ!!


「げ~んそうっ!!」  《JAMSHID!!》   


 ザムシード(紅葉)を敵と見なした子妖が、背中の鎌を振り上げながら襲い掛かってくる!応戦すべく子妖に立ち向かっていくザムシード(紅葉)!しかし、その突進は鈍足&不格好そのもので、燕真が変身した時と同じような雄々しさと軽やかさは全く無い。想定していたのとはだいぶ違う。身に纏った装備が重く感じる。


「やぁぁぁっっっっ!!」

「うぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!」


 装備の重さも手伝って、まるで腰の入っていないパンチを繰り出すザムシード(紅葉)!しかし、アッサリと回避され、胸プロテクターに左右の大鎌を叩き込まれ、火花を散らせながら吹っ飛ばされ、悲鳴を上げながら無様に地面を転がる!


「なにこれ・・・ちっとも強くならなぃ!」


 ザムシード(紅葉)は、重さとダメージに支配され、満足に立ち上がる事すら出来ない!子妖は、脆弱な敵にトドメを刺すべく突進してきた!


「ヤバいっ!!」


 マスクの下で目を瞑る紅葉!直後に、バイクが激しい排気音を響かせながら突っ込んできて、子妖に憑かれた男を弾き飛ばし、タイヤを横滑りさせながら、倒れているザムシードを庇うように止まった!搭乗者は、ヘルメットを脱ぎながらバイクから降りて、ザムシード(紅葉)に向けて手を差し出す!


「オマエ、紅葉だよな!?何だよ、オマエが持ち出していたのかよ?」

「・・・燕真」

「あとは俺がやる!ソイツをよこせ!」

「ぅ・・・ぅん!」


 変身を解除した紅葉から、Yウォッチと和船ベルトを手渡される燕真!ベルトを腰に廻し、『閻』と書かれたメダルを、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!!


「幻装っ!!」

《JAMSHID!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!

 すかさず、一歩踏み込むながら身を屈め、突進してくる‘鎌を生やした男’に足払いを掛けて転倒させ、背中を押さえ付けるようにして地面に押し付ける!


「子妖か!・・・直ぐに後ろのもん祓ってやるから、おとなしくしてろ!!」


 ザムシードは、裁笏ヤマを男の背中に叩き込み、飛び出して来た鎌付きの子妖を貫く!子妖は闇に解けるように消滅し、憑かれていた男は意識を失ったまま穏やかな表情を取り戻す!


「うぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!」


 子妖を祓って安心したのも束の間、百数十m先で、もう一匹の‘鎌を生やした男’が、ザムシードの方をジッと見ている。


「もう一匹居やがったのか!」


 もう一匹に向かって突っ走っていくザムシード!子妖は、「敵は侮りが足し」と2~3歩後退してから背中を見せて、その場から逃走していく!子妖に憑かれている為か、その逃走速度や跳躍力は、人間の時とは比べ物にならない!


「ぅゎっ!逃げたぁ!!」

「え~~~・・・逃げんのあり!?掛かって来ないのかよ!?」


 逃げて行く子妖を追い掛けるザムシード!しかし、離されないものの、元々100m以上も距離が離れているので、簡単には追い着けそうにない。何処かで曲がったり隠れたら、見失ってしまいそうだ。


「・・・ならばっ!」


 ザムシードは、Yウォッチから『朧』と書かれているメダルを取り出して、Yウォッチの空きスロットに装填!


《オボログルマ!!》


 電子音が鳴り響き、時空が歪んで不気味で大きな顔のある牛車の妖怪が出現!停車してあったホンダVFR1200Fの西陣シート&九谷焼サイドカバーに取り憑いた!途端に、カウルに朧車の顔が出現し、エネルギータンクが背骨と肋骨のような物で覆われる!マシンOBOROの完成だ!

 妖怪化をして意志を持ったバイクは、自動発進をして、ダッシュ中のザムシードに追い付いて並走をする!マシンOBOROに跨がり、ハンドルを握り、アクセルを噴かすザムシード!


「頼むぜ、OBORO!アイツの匂い(妖気)を覚えてくれ!

 黄泉平坂フィールドを使って、アイツを追うぞ!!」

〈オ~~~~ボォ~~~~~ロォ~~~~~~~~!!〉


 マシンOBOROの進行方向に時空の歪みが出現!そのままOBOROを走らせ、時空の歪みに飛び込むザムシード!時空の歪みの向こう側(黄泉平坂フィールド)に入った途端に、マシンOBOROは搭乗者の周りを牛車っぽい形のバリヤで包み、超音速モードに移行して爆走する!

 妖怪が通過した後には、2~3分程度だが、妖気が停滞をする。そして朧フェイスには、覚えた匂い(妖気)を追跡する事が出来るのだ。

 また、人の目には見えないが、人間界には、様々な外的要因で発生した霊気や妖気の停滞しやすい歪みが各所に存在をする。マシンOBOROは、朧フェイスでその歪みを発見・干渉して、その歪みから黄泉平坂フィールドと呼ばれる空間に入り、ボーンタンクに集まる怨念を推進力にして異空間を超音速で走らせる事が出来る。

 上記を超解りやすく説明すれば、マシンOBOROは、逃走した妖怪の追跡と、ワープが出来るのだ。


「・・・た、助かったぁ。」


 紅葉は、ザムシードとマシンOBOROを見送って、一難が去った事に胸を撫で下ろし、おそらくその辺で脅えているであろう先程の少年を捜す。しかし、少年の姿は何処にも無かった。


「・・・・・・・・ぁれぇ?ぃなぃ・・・・何処に行っちゃたんだろぉ?」




 鎌付きの腕を背負った男は、道路を走り、交差点でジャンプして行き交う車を飛び越え、堤防に上がり、ひたすらに逃走を続ける!その背後に発生した妖気の歪みから、マシンOBOROを駆るザムシードが出現!逃走者との距離を20mほどまで狭める!


「このままブッ叩く!

 逃げたオマエが悪いんだから、スッ転ぶくらいは我慢してくれよ!!」


 裁笏ヤマを腰ベルトから外して横に構え、数秒後に射手例距離に入るであろう背中を狙う!しかし、突如、側頭部のアンテナが、別の妖気反応をキャッチして雑音を鳴らし、ザムシードの複眼に映像を送る!


「なっ!!?」


 数百mほど先の文架大橋の照明灯の上で、両手に鎌を付けた獣が、こちらを睨んでいる!そして、獣が発した渦を巻いた平たい気流のような物が、ザムシード目掛けて急接近してきた!


「・・・空気の・・・カッター?・・・・間に合うか!?」


 子妖とOBOROの速度、放たれた空気カッターの接近スピードや入射角を考えると、子妖諸共に空気のカッターに切り刻まれる!


「その前に・・・先ずはアイツを転倒させる!!」


 逃走子妖の背中一点を睨んで、アクセルを捻り、一気に距離を詰めるザムシード!すれ違いざまに背中に裁笏ヤマを叩き込む!背中を叩かれた男から子妖が離れ、男は、土手の斜面を転がっていく!これで、男は空気のカッターに巻き込まれずに済んだ!チョット痛そうだけど、死ぬ事はないだろう。


「・・・げっ・・・・・・・ま、まずい!!!」


 逃走子妖の処理に集中し過ぎたので、ザムシード自身が回避する事を考えていなかった!慌ててブレーキを掛けながらハンドルを切り、空気のカッターを回避するザムシード!しかし、ギリギリで回避は出来たものの、バイクが安定をするよりも先に空気のカッターが地面を削り、その衝撃波に煽られて転倒をしてしまう!

 バイクから投げ出されて地面を転がるザムシード!バイクは脇腹を地面に擦りながら堤防上を滑って、斜面に落ちて、下まで転がって、草むらに突っ込んでようやく止まった。


「ヤツはっ!?」


 立ち上がり、警戒をしながら周囲を見回す。しかし、もう、その周辺に妖気の類は感じられない。空気のカッターの主は、一撃だけを放って、完全に気配を消してしまったようだ。


「クソッ・・・逃げられたか!」


 捜索を諦め、転倒したバイクを起こす。流石は特殊仕様のバイクである。見た目は一般仕様のホンダVFR1200Fと大差無いが、耐久力が全く別物らしく、粉木が趣味で付けた九谷焼のサイドカバーは粉々に割れて派手に散らばっているが、他には特に目立った傷は見当たらない!


「あんだけ派手にやっちまったから、大破したかと焦ったけど、

 大丈夫みたいだな!」


 ザムシードは、変身を解除してバイクに跨がり、来た道を戻る。最初の戦闘場所になった陽快町3丁目の工事現場に辿り着くと、紅葉が、道路の隅で膝を抱えて背中を小さく丸めて座っていた。


「おい、そんなところで何をやってんだ?帰るぞ?」


 紅葉は小さく蹲って俯いたまま反応を示さない。燕真は、やれやれと溜息をつきながら、バイクから降りて、工事看板に突っ込んだまま、引っ繰り返っていた紅葉の自転車を起こして、紅葉の脇に運ぶ。「またいつものように、小うるさい悪口でも飛ばしてくるのだろうか?」と思いながら、紅葉の顔を覗き込むと、その表情には元気が無い。


「・・・ぉこらなぃのぉ?」

「・・・・んあ?」

「変身するヤツ、パクッた事」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 紅葉は、Yウォッチと和船ベルトを勝手に持ち出し、それでいて全く戦力にならず、足手纏いになってしまった事を怒られると考え、拗ねていたのだ。生意気なだけの小娘かと思ったが、案外素直なところが有るようだ。


「・・・それか~」


 こういう場合、何も言わずにお互いにウジウジと気にするよりも、シッカリと怒ってスッキリさせた方が正解なのかも知れない。しかし、燕真には、どう怒れば良いのか、よく解らない。だから、燕真は、紅葉の目線までしゃがんで、その額にデコピンをした。


「ィタッ!」


 反射的に額を抑えながら、ようやく紅葉が顔を上げて視線を合わせる。


「悪ぃ、紅葉・・・どう怒ったら、一番スッキリする?」

「・・・・・・・・・・・・・・・ぇ?」

「俺にはさ、強くなりたいってオマエの気持ち、理解出来るんだよな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「メダル1つでスーパーヒーローになれりゃ、誰だって試したいよな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅん」

「その力で悪い事すんなら許せないけど、オマエは妖怪と戦おうとしてた。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・燕真。」

「だからさ、今んとこ、怒る理由が思い付かないんだ!

 有るとすれば、いい加減に‘さん’を付けろってくらいか?

 まぁ、また持ち出したり、オマエが無茶ばかりしたら、

 今度は怒鳴るだろうけどな!」


 燕真の言葉に何度も頷き、次第にいつもの表情を取り戻していく紅葉。


「ありがとう、燕真!」


 ようやくその場から立ち上がり、立ててある自転車のハンドルに手を置いた。


「・・・・・‘さん’は!!?」


 どうやら、呼び捨てをやめる気は無いらしい。まぁ、燕真にしてみれば、今さら突然‘さん’付けになっても違和感があるので、これはこれで良いかと、特に気にもしない。

 2人は、自転車の紅葉が先行して、バイクの燕真が低速で後を追うようにして、YOUKAIミュージアムに戻っていく。




-YOUKAIミュージアム-


「バッカモォォォォ~~~~~~~~~~~~ンンンッッッ!!!」


 博物館内に、失敗だらけの若者達に対する粉木老人の怒鳴り声が響き渡る。一番の怒りの理由は、巫女の衣装をボロボロにした事でも、紅葉が変身アイテムを持ち出した事でも、妖怪を逃がした事でもない。

 燕真に支給した愛車が、変わり果てた姿で帰ってきた事。自慢の粉木カスタマイズ・九谷焼サイドカバーが綺麗サッパリ無くなっている事だった。


「んぢゃ・・・ァタシ帰るねぇ~。」

「待てや、お嬢!連帯責任や!

 元はと言えば、お嬢がザムシードシステムを持ち出さんければ、

 こない事には成らなかったかもしれんないのやからな。」

「・・・げっ!」


 紅葉は「そのお説教は自分には関係無い」と自宅に帰ろうとしたが、考えが甘かった。燕真の隣に正座をさせられて、揃って、延々と説教を喰らい続けることになった。シートに貼った西陣織と、サイドカバーを覆う彼岸花を描いた九谷焼は、ホンダVFR1200Fに朧車を憑かせる為に必要な仕様らしい。


「・・・な、長かった」 「・・・ふぇ~~~。」


 2時間後、ようやく小言から解放されて脱力をする燕真と紅葉。しかし、まだ贖罪は終わらない。


「九谷焼が如何に重要か解ったな。

 ほんじゃ、今から、放置してきた‘割れた九谷焼’を拾い集めてこい!」

「えっ!?今からっ!?」

「マヂっすか!?」


 反論の余地無し。2人は‘現場’に戻って、粉々に割れたまま放置されたサイドカバーの残骸を拾い集める為に、ホウキとチリトリと袋を渡されて、粉木邸から放り出される。

 その後、紅葉は、疲れ果てて帰宅。燕真は、倒し損ねた妖怪出現を警戒して、その日は粉木宅に泊まる事になった。風呂から上がり、髪を拭きながら居間に戻ったら、粉木の怒りは収まってくれたらしく、TVを見ながら笑ったり、他愛もない世間話をしながら茶菓子を勧めてくる。燕真は、一緒にテレビを見ながらお茶を飲んで時間を潰したが、年寄りとは見る番組の種類が違うので、宿泊用に借りた和室に引っ込む事にした。布団に横になり、しばらくスマホを弄っていたが、やがて眠りに落ちる。


「むぐぅっっっ!!!」


 突然、顔面に凄まじい圧迫を感じた!息苦しくて、頭が思い通りに動かない。もしかして、これが金縛りという現象か!?


「二度とザムシードシステムを他人に使わすなよ。特にお嬢は要注意や。」


 眠気で朦朧とする燕真の耳に、謎の声が聞こえる。


「むぐぅぅぅっっっっっ!!」


 燕真は「解っている!」と言いたいのだが、顔面を圧迫されているので喋れない。


「お嬢の行動は気ぃ付けて見張りや!」

「むぐぅぅぅっっっっっ!!」


 燕真は「解っている!」と言いたいのだが、顔面を圧迫されているので喋れない。


「今後、妖怪発生時は、出来る限り、お嬢とセットで動くんや!」

「ぬぐぐぅぅぅっっっっっ!!」


 燕真は「嫌だ!」と言いたいのだが、顔面を圧迫されているので喋れない。眠っていた脳が覚醒してきたので、声が、謎ではなく、良く知った人物の声と気付く。ついでに、何が顔面を圧迫しているのかも気付く。


「そか・・・嫌か。しゃ~ないな。

 ほいなら、承知するまで、毒ガス攻めにしたろ。」

「ぬぐぐぐぐぅぅぅっっっっっ!!」


声は粉木ジジイ。顔面の圧迫しているのは尻。つまり‘毒ガス’とは、尻から放出されるアレことだ。ゼロ距離で喰らうなど冗談ではない。喋ることが出来ない燕真は、「ギブアップ」の意思表示の為に、手の平で何度も畳を叩いた。


「了解と解釈してええんやな?」

「むぐぅっっ!!」


 顔面の圧迫が解かれ、眼を開ける燕真。やはり、顔面に押し付けられていたのは、粉木の尻だった。


「ジ、ジジイ!何のつもりだっっ!!」

「今後、オマンとお嬢はセットや。了解したからには、男に二言は無しやで。」


 粉木は、去り際に‘発射寸前にまで溜め込んでいた毒ガス’を放出。襖を開けて部屋から出て、まるで「換気はさせん」と言わんばかりに、ピシャリと襖を閉めて去って行った。尋常な臭さではない。夕食のあと、腹に強烈なガスを溜める為の食い物でも食ったのだろうか?


「ぐおぉぉっっっっ!!!くっせぇぇ~~~~~~~~~~!!!」


 慌てて、縁側と隔てている障子戸を開けて、室内に新鮮な空気を入れる燕真。粉木老人はパートナーであり、上司であり、頼りになる妖怪退治の大先輩だ。近所の子供達と分け隔てなく付き合う優しさも慕っている・・・が、時々、もの凄く付いて行きたくない気分になってしまう。


 粉木が、敢えて軽々しい態度で紅葉を押し付けてきたので、この時の燕真は気付かなかった。燕真と紅葉をセット扱いした指示には、深い意味があることを。

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