第2話・裁きの時間だ(vs絡新婦)

-------妖怪憑依の特性①-------------------


・妖怪は、強くて邪悪な念を媒体とし、恨みや憎しみなどの強い邪念を持つ人間、もしくは、強い念の残った物に寄りやすい。

・妖力が弱い状態では長時間の実体化は出来ず、憑いた物(者)の中に潜んでいる。

・物に憑く場合は、その‘物’を持った人間の意識を支配する場合と、子を産んで付近にいる人間に憑かせて支配し、子に養分を集めさせ、戻ってきた子を食う事で力を蓄える場合がある。


・妖怪の力を物に憑かせ、その‘物’をツールとして支配、または、利用する者を‘妖幻ファイター’と称する。


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-陽快町・YOUKAIミュージアム-


 燕真がソファーにドッカリと腰を下ろし、少し離れた事務机で粉木がパソコンのキーボードをポチポチと叩きながら‘今回の出動の精算’処理を行っている。昨夜の初出動は目も当てられないお駄賃しか貰えなかったが、今回はそれなりの手当が期待できるはず。燕真は、事務処理を続ける粉木を眺めながら、期待に胸を膨らませていた。


「燕真・・・アカンわ。まだ、終わっとらへん」

「・・・え!?」


 バツの悪そうな顔をした粉木が、先程妖怪を封印したばかりのメダルをチラつかせながら燕真を見詰める。


「このメダル、本体を封印した時の文字が浮かんどらん」

「・・・え!?なんで!?」

「本体ではなく、子妖を封印したっちゅうこっちゃ」

「え!?でも確かに俺は本体を!」

「オマン、本体を仕留める前に、子妖を斬ったやんか。

 封印メダルがそっちの方に反応しよったんや。

 絡新婦(じょろうぐも)のヤツ、オマンに斬られる直前に子妖を生んだやろ。

 アレは、子妖を囮にして封印から逃げる為だったんやな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか」


「気にすんなや、燕真。

 今回はワシも他に気ぃ取られてしもて、メダルの確認を怠ってしもた。

 まだ、行動内訳を打ち込んだばかりで、精算の計算は出来てへんけど、

 今回はそれなりの報酬になるんちゃうやろか?」

「そうかな?」

「マイナス査定は、価値の無い封印後メダルと、

 女子生徒を助ける為に窓ガラスを突き破った分。

 一番のマイナスは、生徒数人をモップでしばいて歯折ったり鼻の骨を折った分。」

「え!!!?・・・モップ!?それって俺じゃなくて、あの小娘が勝手に」

「アカ~ン・・・オマンの監督不行届や!」

「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「まぁ、それでも、救出規模がデカかっただけに、プラス査定の方が多いはずや。」

「・・・なら良いんだけど。」


 ピロリロリィ~~ン♪ピロリロリィ~~ン♪

 博物館の出入り口を通行する際に反応するチャイム音が鳴る。誰か見学客が来たようだ。こんな平日の昼間に誰だろう?休日に看板に騙された県外や市外の客が訪れる事はあるが、YOUKAIミュージアムがただの趣味の陳列と知れ渡っている市内に在住の客が来る事なんては有り得ない。時計の針は14:00を示している。近所の小学生達が妖怪関連の玩具目当てに集まる時間には、まだ早すぎる。


「誰だ、こんな時間に?」

「燕真、行って入館料もろて来い」

「あぁ・・・うん。」


 入館料は大人300円・子供150円。決して高くはないが、燕真に言わせれば「この展示内容で300円はボッタクリ」である。粉木が「妖怪が憑いている」と言い張っている石や刀、粉木が作った子泣き爺のオブジェ等々インチキ臭い物ばかりが並んでいる。粉木館長が不在の時は、見学に来た客に「ガッカリするから入らない方が良い」と追い返す事さえあるのだ。


「いらっしゃいませ、見学ですか?何名様でしょう?」


 燕真は、客が気の毒と思いつつも、精一杯の笑顔を作って受け付けカウンターに入り客を見た。

 ブレザーを着て、前髪がピョンと立ったツインテールの可愛らしい美少女が、こちらをジッと見詰めている。


「・・・・・・ぁ!やっぱりココに居た、60点!」

「ゲッ・・・・モップ女!!」

「ねぇねぇ、さっきの変な鎧のヤツさぁ・・・」

「わぁぁぁっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「ぇぇ?・・・ちょっと、なに!?」


 慌てて少女の肩を掴んで博物館の外に押し戻し、出入り口を施錠して、カーテンを閉める!

 「つい」、反射的な行動だ。何故、こんな行動をしているのか、燕真自身全く説明出来ない。ただ、60点扱いしたり、モップを振り回して思いっきりマイナス査定を入れてくれた少女となんて絡みたくない。そんな思いが先行していた。


「ぉ~~~ぃ!開っけろぉ~~~~~!!」


 出入り口の向こう側では、少女がバンバンとドアを叩いている!燕真は、背中でドアを押さえ、ガンガンと響く振動を受け続けながら思わず叫んだ!


「スミマセ~~ン・・・今日は閉館で~~~~すっっ!!」


 その光景を、粉木が事務所から呆れ顔で覗いている。


「いきなり変身バレて、アジト突き止められて・・・

 こりゃ、でっかいマイナス査定つくやろな。

 オマンの取り分、のうなったかもしれんでぇ~!」

「えっっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~マジかよぉぉぉ!!!?」


 館内に燕真の声が虚しく響き渡る。




-数分後-


 YOUKAIミュージアムの事務室。もの凄くガッカリした表情の燕真がソファーにドッカリと腰を下ろし、粉木が差し出した封筒を受け取る。中に入っているのは100円1枚と10円1枚。


「えかったなぁ、燕真。販売機のジュースくらいは飲めんで!」

「飲めね~よ!ジュース110円て・・・いつの時代の話だよ?」


 テーブルを挟んだ向かい側のソファーには、ツインテールの少女がチョコンと腰を掛けて、粉木が煎れたコーヒーを飲んでいる。つい先程まで、約15分間ほど、博物館の出入り口を挟んで「入れろ」「帰れ」の下らない言い合いが続いていたが、見かねた粉木が招き入れたのだ。どうやら、博物館の見学というわけではなく、燕真に用があって訪れたらしい。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 お互いに聞きたい事は山の様にあるのだが、何から聞けばいいのか整理が付かない。しばらくの沈黙の後、粉木が少女の隣に腰を下ろし、とりあえず当たり障りの無さそうな話題から始めようと、おもむろに口を開いた。


「お嬢ちゃん、学校は終わったんか!?」

「ん~~~・・・ホントならまだ授業中なんだけど、今日ゎ休みに成っちゃったぁ!

 今、学校にゎ、ぉ巡りさんがぃっぱい来てるょ!」

「そりゃそうやろなぁ・・・

 生徒や先生が集団で気絶しとるんやさかい、警察沙汰になんのは当然やな。

 そんで?生徒さん達はみんな帰ったんか?

 お嬢ちゃんみたいに憑かれんかった子は他にもおったんか?」

「ぅん。ァタシ以外にも異変に気付ぃて隠れてぃた子ゎぃたみたぃだょ。

 ァタシの教室ゎ2階なんだけど、無事な子ゎ1階のクラスに多かったみたぃ。

 体育館で朝練してた子も大丈夫だったみたぃ。

 おかしくなった子は、入院した子もぃるけど、

 殆どの人ゎぉ医者さんの診察だけ受けて帰ったょ!

 そう言えば、何人か、歯が折れたり、鼻の骨が折れたり、

 鼻血が止まらない人が居たなぁ~」

「そりゃ、オマエにモップでブン殴られたからだろうに!」

「今ゎ調査中で、原因が解るまでゎ休校だってさぁ~」

「他にオカシナ事は無かったかいな!?どんな些細な事でもええで!」

「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 少女は、しばらく俯いて、話すべきか話さないべきか迷っていた様だが、やがて顔を上げて話を始めた。


「2~3日前から学校が変な感じがしたんだけど、さっきの事と関係ぁんのかな?

 閻魔大王のヒーローが来なかったら、まだあのまんまだったのかな?」


 事件が起こるまでは、「変な事を言う娘」とレッテルを貼られるのを恐れ、違和感は‘気のせい’で片付けていた為、話して良い物かと躊躇ってしまったらしい。燕真と粉木は「2~3日前から続く変な感じ」こそが絡新婦(じょろうぐも)が学校に憑いた事を意味していると瞬時に把握したが、少女を必要以上に怖がらせない為に、その件についてはこれ以上は追求しなかった。・・・が、それはそれとして、少女はさりげなく関係者しか知らないはずの固有名詞をポロッと言いやがった方が気になってしまう。


「お嬢ちゃん・・・なんで、コイツ(燕真)が『閻魔大王』て知っとるの!?」

「ん~~~~~~~~~~さっきのぉ化けが、60点の事をそぅ言ってたから。」

「・・・60点かいな?」

「60言うな!俺は80点はある!!」


 粉木は笑いを堪えながら、少女から60点と評価された若者を見る。


「お嬢ちゃん・・・なんで、60点が閻魔大王のヒーローて知っとるの!?」

「アンタまで60言うな、粉木ジジイ!」

「誰が子泣き爺やねん!?」

「ん~~~~~~~~~~雰囲気が似てぃたって言ぅか、

 なんとなくそう思ったから・・・かな。」

「なんとなくて・・・なんちゅう勘の鋭さや?」

「ぁっ!ぁと、60点の乗ってぃる100点のバィクと、閻魔大王のバィクが同じだったから!」

「60言うな!!」

「バイク100点・・・解んの?あのバイクの良さ!?」

「解るょぉ~!西陣織と九谷焼、最高だょねぇ~~!」

「のほほぉ~~~~!嬢ちゃん、ええセンスしとるで!」

「どんなセンスしてんだよ!?

 つ~か、支給されたバイクの所為でバレたのに、

 俺がマイナス査定されんのか!?」


 燕真は露骨に不満な表情をしてそっぽを向くが、粉木は気にせずに会話を続ける。


「・・・で、お嬢ちゃん・・・なんで、60点が此処におるて知っとるの!?」

「ぇへへ!そんなの超簡単だょ!」

「まさか、また、‘なんとなく’ってんじゃ無いだろうな!

 そんな理由で手取りをポンポン引かれたんじゃ割に合わね~ぞ!!

 これでも、‘退治屋’手引き書を一通り読んでいる!

 俺はルール通りに、此処に到着するまで、

 一般人の尾行が無いように細心の注意を払ったんだ!」

「・・・尾行?そんなメンドイの必要無いょ~!

 それに、‘なんとなく’で居場所を突き止めるなんて、

 ぃくら何でも無理だってぇ!」

「だったらどうやって!?」

「ぇへへ!これこれぇ!!」


 少女は、鞄の中からピンク色のスマホを取り出して、燕真と粉木に見せびらかす。


「おいおい・・・そんなんでどうやって?

 検索機能で此処がヒットするワケじゃないだろうに!」

「ァタシのスマホをさぁ・・・

 正門のところに置ぃてぁった100点バイクの西陣織とィスの間に挟んでぉいて、

 あとで、友達のスマホのGPS機能で、ァタシのスマホの場所を調べたんだょ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・燕真、尻の下にあないもん仕込まれてんのに気付かへんかったん?」

「・・・発信器って・・・なんちゅうおっかない女だよ!」

「気付けや・・・オマンがマヌケすぎるやろ。なけなしの110円、没収やな。」


 粉木は深い溜息をつきながら考える。特に規則は決まっていないのだが、暗黙の了解で‘退治屋’は一般人を巻き込まない様に心掛けている。本体捜索の過程で情報を聞き出したり、妖怪から救出した被害者を保護する事はあるが、必要以上のプライベートにまでは踏み込まないし、‘退治屋’の情報も最低限度しか教えない。そして退治が終わればアカの他人として、二度と接点は作らない。


 少女の能力に興味があるものの、一般人の彼女に対して、「何故、妖怪の位置が解ったのか?」とか「優先的に、妖怪に狙われた心当たり」をダイレクトに聞く事が出来ない。聞いたところで意味も無いし、彼女のが部外者だと考えれば聞かない方が彼女の為でもある。


「なぁ、オマエ・・・なんで、妖怪の本体の居場所が解ったんだ!?

 狙われた心当たりは!?」


 だが、まだ退治屋になって日の浅い若者が、何の考えも無しに聞きやがった。


「うわ~~~~~~・・・それ聞くんかいな!?」

「ぇ!?さっきのぉ化けって妖怪なの!?ぅわっ!ぅわっ!何かスゲェ~~~!!

 テレビで見た事あるぅ~~!!

 ぇ!?ぇ!?もしかして、手が鬼の手に成ってて、それで妖怪やっつけんのぉ!?

 手ぇ、見せてょ!ァレ?普通の手だ!だったらどうやってやっつけんのぉ!?

 ぁぁ、そっか!だから代ゎりに閻魔大王に成るんだねぇ!

 剣とか棒で戦ってたけど、ァレで妖怪をやっつけるんだょねぇ!?

 ぁの剣で斬っても妖怪しか斬れないのゎ何で!?

 同じコトする仲間って沢山いるの?

 みんな格好良いバイクに乗ってるの?

 どうやって変身すんの?

 それでそれで、閻魔大王ってのには・・・なんたらかんたら・・・・・・・・・」


 少女の一方的なトークが延々と続く中、粉木は頭を抱えながら燕真にぼやく。


「どうすんねん、ドアホ!これ、まだ続くんか?」

「知らね~よ!俺に聞くな!」

「オマンの質問のせいや!

 しかも一般人相手にあないに直球で聞いてどうするつもりじゃ?

 おかげさんでドサクサに紛れて‘退治屋’の任務まで思い切りバレとるやないけ!

 オマン、このまんまじゃ、マイナス査定だらけで当分はただ働きになんで!」

「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・」


 その後、お喋りに火が付いてしまった少女の弾丸トークは1時間ほど続き、燕真が核心を突いた質問をした「本体の居場所が解った理由」と「狙われた心当たり」は、「なんとなくそう思った」と「狙ゎれた心当たりゎ無ぃ」の二言のみで終わり、最終的には学校の異変や妖怪の話ではなく、好きなアイドルだの、バイトの店長への愚痴になり、何故か、「今度みんなでカラオケに行こう」という話でまとまった。

 台風が来た様な慌ただしい時間が終わり、「バイトがある」と言って帰っていく少女の後ろ姿を、ドッと疲れた表情で、窓越しに眺めながら、粉木がポツリと呟いた。


「なぁ、燕真、ヮシ・・・行かへんからな!」

「・・・何処へ?」

「カラオケじゃ!」

「え!?ノリノリで行くって約束してたじゃん!!」

「あぁ言わな、帰らへんやろ!!」

「だったら誰が行くんだよ!?」

「オマン以外に誰がおんねん!?

 オマンの所為で此処がバレとんねん!責任持ってキチンと付き合ってやりや!!」

「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」


 慌ただしくて無駄な青春トークだらけで困惑したなりに、一定の収穫もあった。絡新婦(じょろうぐも)を倒し損なった都合上、最低でももう一度は学校に潜り込まなければならないのだが、警察が動いている以上、事件当日の今日は現場検証やパトロールの所為で、潜入は難しいだろう。妖怪退治は明日以降に成る。


「学校が狙われる事は良くあるこっちゃ!

 こういう場合は、たいていが‘ガス漏れ’で話が付く。

 こういう時の為に、警察ん中に‘退治屋’上がりがおるでな。

 死人が出てまうと、そうも行かんけど、

 今回は誰も死んどらんから、同じ結果になるやろな。

 現場レベルでは原因は究明できんやろけど、

 1~2日後には‘ガス漏れ’で着地させる様に上から指示が出るはずや。」

「ふぅ~ん・・・そう言うものなのか」


 再度学校に潜り込む際の手掛かりも得られた。1階と体育館には憑かれていない生徒が多かったと言う事は、被害が集中したのは2階と3階と言う事に成る。これは、本体が媒介とする念が存在する場所が2階もしくは3階の何処かであり、1階と体育館は捜索対象から外れる事を意味している。


「子妖は、単体では、本体から遠くへは行けへん。

 離れれば離れるほど妖力が弱なって維持出来へんのや。

 せいぜい、本体の敷いたテリトリー内が単独での活動限界やな。

 せやから、子妖が勝手に動き回って、手当たり次第に憑きまくる事はありえへん。

 子妖が本体のテリトリー外で活動するには、人に憑いておらなならんのや」

「なるほどな!だからこそ、被害が多かった場所=妖力が強い場所に成るわけか!」

「現に、あの娘が言い当てたんは3階やった!」

「確かに・・・。」


「さて、問題はここからや!

 一度目の交戦を経て、絡新婦(じょろうぐも)はオマンを警戒しとるやろな。

 おそらく、さっき以上の力を得るまでは、オマンとは戦は避けるはずや。

 そうかと言って、体力を付けてオマンの前に出てくるまで待つわけにもいかん。

 ヤツらは力を得る為に人を食う。

 ヤツが体力を付けるまで犠牲者を出し続ける事に成ってまう。」

「う~~~ん・・・

 言ってる事は解るけど、ならどうすりゃ良いんだよ?何も出来ないじゃん!」

「方法はある!本体が何を媒体にするのか・・・知っちょるよな?」

「確か・・・物に憑く場合は、そこに残された強い念だったよな!」

「そうや!強い念や!!本体が出てこんなら、媒体にしている念を取り除けば、

 本体は媒体を失って現世に留まれんくなるわけや!!」

「念・・・ねぇ~~~。そんなのどうやって?」

「七不思議の類のもんか、他に何かあるのか・・・

 まぁ、行って捜すしかないやろな。」

「・・・俺が・・・だよな?」

「・・・あぁ、しもた!しくったわぁ~!

 こない事なら、さっき、もう少し聞いとけばえかったわ!

 まぁ、ええか!え~~~~~っと・・・」


 粉木は、おもむろに携帯電話を取り出して画面をポチポチと操作し始めた。何処かに電話を掛ける様だ。


「おい、粉木のじいさん、一体何処に?」


燕真の質問に対して、粉木は小指を立ててウィンクをする。


「小指って・・・恋人?」


プルルルルルルルッ!プルルルルルルルッ!

「あ!お嬢か!?うっひっひ・・・子泣き爺やでぇ!さっきはアリガトな!!

 ほんでな、もうちぃっと聞きたい事があんねんけど・・・・・・」

  「おいおい、ジジイ!何処に電話してんだよ!!?」

「おう、おう、そいでええ!・・・頼むわ!

 ・・・カラオケ?あぁ、もちろんや!

 ワシも燕真・・・あぁ、60点も楽しみにしとんで!!

 あ、今、60点が愛してるって伝えてくれ言うてるでぇ!」

  「おい!!クソジジイ!!ちょっと待て!!誰と何の約束をしている!!!?」

「・・・ほな、明日、9時にワシん処なぁ~~!バイビィ~~!!」・・・プツン!


 まるで、‘何をやっても許せてしまうくらい可愛い初孫’でも眺めるかの様な鼻の下を伸ばした表情で通話を切る粉木老人に、燕真が詰め寄る!


「改めて聞くのもバカバカしいんけど、一応聞く!!何処に電話をした!!!」

「けったいなことを聞くな。愛人に決まっとるやろう。」

「誤魔化すなっっっ!!!」

「み。な。が。わ。。く。れ。は。ちゅわぁ~~~~~~ん!!」

「こんの、スケベジジイッッ!!!

 一般人は深入りさせないんじゃなかったのかぁぁっっ!!!

 俺がいつ、カラオケを楽しみにした!!!

 愛してるって伝えてくれってなんだ!!?

 つ~~~か、いつ、名前を聞いた!!?いつの間に番号交換をっっっ!!!?」


 燕真にとって、粉木老人はパートナーであり、上司であり、頼りになる妖怪退治の大先輩だ!今朝の戦いでもおちゃらけて緊張をほぐしてくれたり、的確にアドバイスをくれたりして経験値の浅い燕真を上手く導いてくれた・・・が、時々、もの凄く付いて行きたくない気分になってしまうのは何故なんだろうか?関西人のノリには付いて行けん!!




-その日の夜・御領町・文架市立優麗学園-


 校内では幾人もの警察官が2人以上で1組のペアを作って見廻りや調査を行っている。集団昏睡という異常事態ではある物の、死者が出たわけではないので、警察官達の緊張感は比較的緩い。2人組の警官達が、事件とは関係の無い世間話をしながら、3階の廊下をパトロールして、階段を下りていく。

 彼等が通過した直後の廊下天井・・・黒くて蜘蛛の形をした大きなシミが出現し、赤くて不気味な眼が、通り過ぎた警官達をジッと睨む。


《おぉぉぉぉっっっ・・・2人カ・・・マダ・・・2人ハ無理ダ》


 天井を支配していた黒いシミは、まるでそこには初めからそんな物など無かったかの様に消えた。

 今朝の戦いで著しく体力を消耗させてしまった為、少しでも多く捕食して傷を癒したい。しかし、今の絡新婦(じょろうぐも)には2人を同時に悲鳴を上げさせずに喰らうほどの瞬発力は無い。彼等が悲鳴を上げれば他の警察官達が異常に気付いてしまい、すぐに退治屋が再討伐に来るだろう。子を憑かせたくても、子を産む体力も限られている為に、手当たり次第に生み散らす事も出来ない。


《オノレ・・・忌々シイ!!》




-翌日・YOUKAIミュージアム-


 本日も休学と言う事で、粉木に呼ばれたツインテールの少女が朝から顔を出し、「優麗高の七不思議」について、燕真と粉木に話して聞かせていた。

 夜になると増える階段、笑う音楽室の肖像画、トイレから聞こえる鳴き声、窓際に立つ女生徒の霊、動く人体模型、死後の顔が見える更衣室の鏡、誰も居ないはずの体育館で鳴り響くバスケットボールのドリブル音、夜になると死者の世界に繋がる扉、誰も居ないはずの小体育館で鳴り響く卓球の球を打ち合う音・・・。


「何処にでもありそうな話だな。

 ・・・てか、7じゃなくて、9不思議じゃん。

 しかも、バスケと卓球で微妙に被ってる。」


 燕真には、どの「七不思議」も、今回の件と関わりがある様には思えず、全く興味が持てない。そんな事よりも、今日もツインテールの少女の頭の天辺でピョンと立っている寝癖の方が気になる。どんだけ自己主張が強い寝癖なんだろうか・・・と。


「そぅ言ぇば!」


 ツインテールの少女は思い出したように、数日前に校舎に猫が入り込んできた話をし始めた。女子達は「可愛い」と追い回し、男子達はからかい半分に追い回したらしい。もはや、「七不思議」ですらない。

 燕真は「下らない無駄話」にスッカリ飽きてしまった。根も葉もない「学校の怪談」や「迷い猫」の話なんて聞いて何の意味があるのか?女ってヤツは、なんでこうも‘無駄な話’が好きなのだろうか?

 一方の粉木は、少女の話を、満面の笑みで親身になって聞いているようだが、ただ単に、スケベジジイが女子高生と話をしたかっただけではないのか?これで‘お小遣い’をあげちゃったら立派なエンコーである。


 それよりも、少女の寝癖の方が気になって仕方がない。毎日、どんなに調子の悪い日でも80点以上を決めてから外出する燕真を「60点」扱いするクセに、寝癖すら直さない少女は何様のつもりなんだろうか!?彼女自身が自分の事を「40点」くらいに評価しているのなら、燕真の「60点」にも納得は行くが、どうなのだろうか?燕真は、少女の頭の天辺でピョンと立っている寝癖をジィ~~っと眺めながら、ある思いに至った!


「あ、そうか!何処かで見た事あると思ってたけど、ゲゲゲの鬼太郎か!?」

「・・・・・・・・・・・あへ!?」

「・・・・・・・・・・え?」


 燕真の場違いな発言に反応して、キョトンとした視線を向ける粉木と少女。


「鬼太郎!?」

「・・・キタロー?」

「うん、ほら、その寝癖!」


 燕真が立ち上がって少女の頭の上の寝癖を指先でつまみ、粉木がジッと見詰める。


「言われてみりゃ・・・鬼太郎やな?・・・んほほほほほっ!」


 燕真と粉木に頭の上をジッと見詰められ続けた少女は、徐々に赤面し、肩を震わせて、やがていきり立った!


「ね・・・ね・・・寝癖ぢゃなぁぁぁ~~~~~ぃ!!!

 これゎァタシのトレードマークのァホ毛だぁぁぁ~~~~~~~~~~!!!」

「え~~~~~~~~~~!!!オマエ、その寝癖、ワザとやってんの!!?」

「60点の分際で、人の髪形をバカにするなぁぁっっ~~~!!!」

「60言うな!!

 寝癖をトレードマークにしているオマエよりは、俺の方がマシなはずだ!!」

「60点は60点だ!!60点にアホ毛が解ってたまるかっっ!!」


 少女の怒りにつられて、燕真まで鼻息を荒くしながら反論をする!そして粉木はそれを見て頭を抱える。


「・・・おう、60・・・いや、燕真!」

「何だよ、粉木ジジイ!!」

「誰が子泣き爺やねん!

 今のは全部オマンが悪い!!お嬢のは、可愛らしいアホ毛や!」

「えぇ~~~~~~~~~~~・・・粉木ジジイも‘鬼太郎’で笑ったじゃん!!!

「誰が子泣き爺やねん、ねずみ男!!

 も1回言う、今のは全部オマンが悪い!!」

「や~~~ぃ!ネズミィっ!!」

「えぇ~~~~~~~~~~っっ!!!・・・しかも俺、ねずみ男かよ~~~!!」


 燕真は、余程「ねずみ男」が悔しかったらしく、脱力してヘナヘナとソファーに腰を落とした。

 結局、粉木が燕真を一方的に悪者にした事で話がまとまり、少女は鼻歌交じりに帰宅をするのであった。


「・・・のう、60点」

「60じゃな~~~い」

「そか、なら・・・のう、ねずみ男」

「もっとイヤだぁ~~~~~」


 少女を見送った後、粉木が、ソファーの上に寝転がって凄く落ち込んでいる燕真に話し掛ける。


「七不思議には根拠は無さそうやな。

 時々、根も葉もないデタラメに混じってホンマもんが有る場合もあるが、

 お嬢の話は、どいつも根拠があらへん。」

「ねずみおとこはイヤだぁぁ~~~~」

「じゃが、学校内に本体が媒体にしとるモンがある事実に変わりはない!」

「80点はあるんだぁ~~~~~~~」

「2階と3階の捜索・・・

 本体が最初に姿を見せた3階を中心に捜索をすんのは変わらへん!

 ええな、燕真!

 絡新婦(じょろうぐも)が出てこんなら、媒体になっちょる念を晴らすんや!」

「俺が、センス最悪のバイク以下なんてありえな~~~い」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ドツンッ!

ゲンコツで燕真のオデコをドツク粉木!


「イッテェ~~~~ッッ!!突然なにすんだ、ジジイ!!」


 額を抑えて仰け反る燕真。お陰でチョットだけ眼が冷めたようだ。


「いつまでも、可愛い嬢ちゃんと仲良く話せた余韻に浸ってんな!」

「浸ってね~よ!落ち込んでんだ!」


 当面の狙いは決まった!再度学校に潜入をして、絡新婦(じょろうぐも)が媒体にしている思念を捜して祓い清める!

 しかし、結局、その日のうちに学校の封鎖は解かれず、行動は翌日以降に持ち越されるのだった。そして、翌日の昼頃になり、粉木が予想した通り、現場の警官達では「集団昏睡」の原因は解らないまま、‘ガス漏れ’と公開された。

 少女からの情報では、「本日中に教員達が招集されて授業の準備を整え、明日から体調が戻った者は登校して良い」との連絡が回ってきたらしい。

生徒が戻った校内で、絡新婦(じょろうぐも)がどんな行動を取るかは解らない。だから、妖怪が動き出す前に、媒体を祓い清める。

 本日、教員達が帰宅した直後から、明日の朝、生徒達が登校してくる前までに。




-夜・鎮守の森公園-


 ひとけが無くなった遊歩道を、ボブカットの少女が、涙眼になり、息を切らせながら懸命に走る。その後ろを、原付やら自転車に乗った5人ほどの若者達がヘラヘラと笑いながら追い回す。やがて少女は若者達に追い着かれて囲まれ、1人に羽交い締めにされ、別の1人が頬を鷲掴む。若者達の最後尾には、先日、彼女を追い回して、異形の戦士にデコピンをされた2人の若者がビクビクとしながら顔を覗かせている。


「な、なんなんですか!?やめてぇ!!」

「フン!見付けたぜ~、妖怪女子高生ちゃん!」

「何の事ですかっ!?」

「このあいだは、コイツ等をビビらせてくれたんだってなぁ!

 俺等もビビらせてくれよぉ~!」

「なぁ、オマエ等、コイツだろぉ?妖怪女ってさぁ!!」

「あぁ・・・うん・・・背中から変な足が・・・」

「ケッ!バカバカしい!!何も生えてね~じゃんよ!

 オマエ等、夢でも見たんじゃね~の!?」

「どうせ、下らないトリックに決まってるぜ!!」


 先日、彼女が若者達に出会った時は、彼女は子妖に支配をされて意識を失っていた。だから、ボブカットの少女は彼等の事も、背中の足の事も知らない。

 ただ、友達と遊び終えて、自転車を引いて遊歩道を歩いていただけなのに、突然、見ず知らずの若者達に因縁を付けられ、追い回され、囲まれてしまったのだ!


「いやだ・・・離して下さい!」

「あっはっは!良いぜ、コイツ等の言う背中の変な足を見せてくれたらな!」

「背中見せろ!」

「服なんて剥いちまえ!!

 おっかない背中か、可愛らしい背中か、ちゃんと見てやるよ!!」

「い、いやぁ!!やめてぇぇ~~~~~!!!」



-鎮守の森公園に面する大通り-


 家に遊びに来た友人の忘れ物に気付いて、自転車の乗って追い掛けてきたツインテールの少女は、公園内から聞こえてくる悲鳴を聞いてペダルをこぐのを止めて、足でブレーキを掛けた。


「・・・・・・・・え!?なに!?今の声・・・アミ?」


 少女は恐る恐る公園の中を覗き込む。



-公園内・遊歩道-


 若者の1人がニヤニヤと笑いながら少女の上着を捲り上げる!


「うっひっひ!ひん剥いてやんよ!」

「い、いや・・・やめて・・・」

「あっはっは!スカートの中から見た方が良いかな~?」

「いやぁぁぁっっっっっ~~~~~~~~~~~!!」


 自分は若者達に対して何もやっていないのに、何故こんな目に!?恐怖、悔しさ、怒り・・・ボブカットの少女の心の中は、行き場のない黒い絶望に支配される・・・その瞬間!


ドォォン!!

「おぉぉぉぉぉぉ・・・・暗くて強い念・・・美味い!!」


 少女の眼は虚ろになり、顔色は青白く変化して、彼女を中心に急激に闇が広がり、背中から8本の足(子妖)が出現!後ろから羽交い締めにしていた若者を8本足で掴んで背中に出来た闇に飲み込む!


「う、うぎゃぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!!!」




-YOUKAIミュージアム-


ピーピーピー!!!

 事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴り響かせる!学校潜入の準備を整えて待機をしていた燕真と粉木が、息を飲んでセンサーからパソコンに送信されてきた情報を確認した!


「妖気反応や、燕真!?」

「場所は・・・公園近辺!!妖気の波長は先日と同じ、また蜘蛛だ!?」

「バカな!?それは考えられへん!本体は弱ってるはずや!!

 本体が弱れば、子は存在を維持出来へん!!

 生徒達に憑いた子妖は消滅したはずなんや!!

 本体以外から妖力を得ておらな、こないこと説明できへんわ!!」


 狙いは学校の念のみ、本体が傷を負っている今ならば子妖の単独行動は無いと想定していた粉木は、悔しそうに手の平で机を叩く!


「なぁ、どうすんだよ?じいさん!!今日は学校は中止か!?

 俺、公園の方に行くぞ!!」


 粉木は数十秒ほど眼を閉じて思案して眼を開いた!


「いいや、行くんは学校や!!」

「え!?でも!!」

「おそらく、既に発生してしまった場所に行っても手遅れや!

 子は本体が封印されれば消滅する!!

 被害を増やさん為には、子妖を探すよりも、

 所在がハッキリしている本体を叩いた方が早いんや!!」

「なるほどな!確かにそっちの方が早い!」

「もう待った無しや!!失敗は無しや!!何が何でも本体を叩く!!

 これしかあれへん!!」

「あぁ!そのつもりだ!!」

「ええな、燕真!小賢しい妖怪を封印すんなら、剣や木笏のような長物やない!!

 最も臨機応変に小回りが利くんは、己の体や!!

 己の体を使て本体を叩くんや!!」

「・・・・・・解ったよ、粉木じじい!今度こそ、やってやる!!」


 燕真はYOUKAIミュージアムから駆け出し、ホンダVFR1200Fに跨がって、夜の学校へ急行する!




-鎮守の森公園-


「ひぃぃっっっ!!」 「たすけてぇぇっっ!!」


 8本の足を背負ったボブカットの少女は、腰を抜かした若者達の自由を禍々しい糸で封じ込め、次々と蜘蛛の足で掴み、背中に広がった闇の渦に引きずり込んでいった!


「おぉぉぉぉぉぉ・・・・若き魂は・・・美味い・・・・・・

 此を・・・母様に・・・届けなくては!」


 5人の新鮮な魂を捕食して腹を満たした子妖は、本体が居る学校の方向をジッと眺めた。



-鎮守の森公園に面する大通り-


 友人の悲鳴に続いて、男達の悲鳴が聞こえた。公園内で何か大変な事が起きている。ツインテールの少女は大通りと公園を隔てる植樹の隙間から顔を覗かせて、中で起きている事を確認しようとする。年相応に好奇心の塊のような少女ではあるが、だからと言って危険を顧みないほど無謀なわけでもない。何かに巻き込まれた友人を助けたいが、自分まで巻き込まれたくはない。公園内の事は心配だが、公園内に踏み入るのは怖い。

 その場から大声を掛けて友人の安否を確認する。それが、少女の出来る精一杯の勇気だった。


「アミィッッーー!!!?ぃるのぉぉーーーー!!!?」


ザザザザッッッ・・・ガサッガサガサッ!!

 凄まじい早さで枝葉を掻き分けるような音が少女の耳を劈き、公園の中から何かが飛び出して、少女の前に現れた!!


「・・・ぇ!?・・・アミ?」

「おぉぉぉぉぉぉ・・・・!!」


 それは、つい先程まで遊んでいたはずの友人の、あまりにも変わり果てた姿だった!俯き気味で、目は虚ろで、顔色は青白く、背中からは蜘蛛の足が生えている!悲鳴を上げて腰を抜かすツインテールの少女!

 しかし、既に満腹の子妖にとって、出会い頭のツインテールの少女など、もはや必要な食料ではない。8本足に憑かれた友人は、少女を一瞥する事もなく跳び上がり、8本の足で近くのビルの看板にしがみつき、糸を吐き出して屋上手摺りに絡みつけて這い上がり、やがてツインテールの少女からは見えなくなった。


「・・・ア・・・ミ?」


 突然の出来事に、しばらく我を忘れて呆気に取られていた少女だったが、次第に落ち着きを取り戻す。友達の姿は学校で経験をした「あの時」と同じだ。「明日からは平常通りに通学して良い」との連絡が来た事で、学校で起こった一連の不可思議な事件は終わったと思っていた。だが、未だ終わっていない。

 この様な非日常を連絡できる相手など1人しか知らない。少女は、震える手で携帯電話を取り出し、出会って間もない年配の友人に電話を掛けるのだった。




-何処かの大通り-


ピーピーピー!

 バイクで学校に急行する燕真の左手首に装着されていた腕時計型アイテム【Yウォッチ】から発信音が鳴る。燕真は、近くの路肩にバイクを停車して、【Yウォッチ】の向こう側にいる粉木老人に話し掛けた。


「どうした?粉木のジジイ!?」

《今しがた、お嬢から連絡が来たで!》

「ハァ!?勘弁してくれよ!こんな時にあの女の話かよ!?」

《ちゃうわ、ドアホ!

 憑かれたんは、お嬢の友達や!それを目撃して、連絡してきおったんや!

 お嬢の話では、子妖は学校に向こうとる!!》

「解ったよ!

 アイツの友達が本体に捕食される可能性があるから急げってことだな!?」

《それもあるが、それだけやない!

 お嬢には「安心して帰るように」と言って、お嬢は了解したが、

 あん子がおとなしく帰るとは思えへん!!

 公園通りを経由して学校に向かうんや!

 そいでもって、途中でお嬢を拾ってくれ!》

「ハァァ!?何だよそれ!?」

《公園通りならそこからすぐやろ!ワシも出来るだけ早よ行くさかい頼むで!》

「やれやれ・・・メンドクセー小娘だ!」


 ほどなくして、燕真が駆るホンダVFR1200Fは、鎮守の森公園に面する大通りに到着!


「アイツは何処だ!?」


 燕真は愛車を走らせながら、小生意気なツインテール少女の姿を捜す。先日の尾行で、彼女が公園通りから学校に行くまでの通学路は把握している。交差点を曲がり、市内を流れる山頭野川に架かる文架大橋に差し掛かったところで、懸命に自転車の立ち漕ぎをする少女の後ろ姿を発見した。粉木の予想通り、少女は「おとなしく帰宅」などする気は無かったようだ。


「あのバカ・・・ホントにいやがった!」


 燕真は自転車を追い越して50mほど進んだところでバイクを止め、追い着いてくる少女に声を掛ける!少女も直ぐにバイクの主が燕真だと気付いて、自転車を止めた!


「おい!何やってんだよ!?」

「ぁぁ!60点!!」

「60言うな!粉木のジジイから事情は聞いた!!

 あとは俺がなんとかするから、オマエは帰れ!!」

「ィヤ!アミが心配だから行く!!」

「何が起きているのかも解ってないクセに首を突っ込むな!

 無謀にも程があるぞ!!」

「ァンタにゴチャゴチャ言ゎれる筋合ぃは無ぃもん!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「絶対にアミを助けるんだもん!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・解ったよ!なら、付き合え!!」

「・・・ぇ!?」

「後ろに乗れっての!・・・学校に着いたら、絶対に俺から離れるなよ!」

「ぅん!!」


 燕真は、溜息をついた後、予備のヘルメットを取り出し、少女のオデコに軽くコツンと当てるようにして差し出した。少女はにこやかに微笑むと自転車を橋の欄干側に寄せて手摺りにチェーンキーを廻してロックを掛け、ヘルメットを被り、ホンダVFR1200Fのタンデムに跨がった。

 この燕真の行動は少女の決意を汲んだからではない。正直、現場まで連れて行くなんて足手纏いとしか感じない。しかし、おそらく彼女は、いくら止めても単独でも現場に行くだろう。ならば悶着をしても時間の無駄である。事態が急展開をしている以上、進展が望めない口論よりも、現場への到着を優先させるべきであると判断したのだ。事前に粉木から「少女を拾うように」と指示が出ていたので、連れて行く事にそれほど抵抗はない。

 燕真自身気付いていないが、粉木が、少女の無謀な行動と燕真の性格を判断した上で、少女の安全確保と無駄な口論によるタイムロスを避けるように、言葉巧に燕真を誘導したのである。


「行くぜ、振り落とされんなよ!」

「うん!」


 少女は、燕真から「無謀にも程がある」と評されたが、実際には言われるほど浅はかな行動ではなかった。 おそらく、何も知らない状況で今回の異常事態に直面していたら、腰を抜かしたまま動けないか、何も言えずに家に戻って震え、最悪の結末が終わったあとで親や警察に相談する事くらいしか出来なかっただろう。しかし、彼女は、粉木に連絡をした時点で、燕真が学校に向かっている事を知った。妖怪退治屋が動いているという事実は少女を安心させた。「目の前で起こった異常事態は頼れる若者が解決してくれる」「先日、自分が助けられちゃように、きっとアミは救い出されるはず」。それらの安心感は、やがて彼女の好奇心を動かした。「退治屋が来てくれるなら、友人の救出に向かっても危険は無い」「事件の成り行きを見たい」と。




-県立優麗(ゆうれい)高校-


 昼前に「集団昏睡事件」調査を終えたその場所は、既に規制線も取り払われ、警官達は何処にも居ない。明日からの通常授業の準備を終えた教員達も帰宅したあとだ。

 燕真と少女は、正門からそっと校庭を覗き込み、誰も居ない事を確認して足を踏み入れる。少女は、燕真が踏み込んだ瞬間に少しだけ空気が変わった事を感じたが、前日のような急激な変化は感じられない。まるで、燕真の侵入に気付き、息を殺して潜んでいるように感じる(燕真は一切感じていない)。


「アミィ~~~~!!」


 少女が友人の名を呼ぶが、反応は返ってこない。少し不安になるが、黙々と歩いて行く燕真の後に続く。

 しばらくは黙って付いて行く少女だったが、校舎玄関に入った辺りで沈黙に耐えられなくなり、燕真に声を掛けた。誰も居ない校舎に、少女の声が響く。


「ねぇ、60点!何処に行くの!?」

「いつまでも60言うな!・・・俺には佐波木燕真って名前があんだよ!!」

「ふぅ~ん、そっか?さばきぇんまって言ぅんだぁ!珍しい名前だね!」

「オマエは?・・・鬼太郎で良いのか!?」

「違ぅょぉ!ァタシはキタローなんて名前じゃなぃもん!」

「んなもん、訂正されなくても解ってるよ!何て呼べば良いんだよ!?」

「ぁれ!?言ってなかったっけ??」

「俺は聞いてない!」

「ふぅ~ん、そっか!

 ァタシの名前は源川紅葉(くれは)だょ!!よろしくね、燕真!!」

「‘さん’を付けろ、小娘!

 オマエ、高校生だろ!?俺の方が5~6歳は年上だぞ!!」

「ぅん解った!・・・で、何処に行くの!?佐波木さん!」

「3階だよ!何か異常が無いか調べるんだ!・・・階段はどっちだ?」

「階段ゎこっちだょ、燕真!」

「おう、そっか!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‘さん’は!!」


 60点もイヤだが、クソガキに呼び捨てにされるのは、かなり癪に障る。今が緊急事態でなければ、この場に正座をさせて「大人を舐めんな!」と小一時間ばかり説教してやりたい気分だ。しかし今はそんな日常的な状況ではない。依り代の念を祓うにせよ、本体を封印するにせよ、いずれにしても、これ以上被害が拡大する前に絡新婦(じょろうぐも)を消滅させなければならない!

 紅葉(くれは)の後を追って3階までの階段を駆け上がる燕真。暗くて全くひとけの無い長い廊下で、消火栓の赤いランプだけが周囲を照らしており、その場の不気味さを必要以上に際立たせる。


「・・・・・・・・・・ぁ!?」


 紅葉は、長い廊下のずっと先の方を見て何かに反応をする。


「どうした?」

「何か見える・・・モヤモヤした霧みたぃなの。」

「オマエ、解るのか?」

「・・・ぅん!何となく・・・だけどね。」

「何処?」

「・・・あっち!資料室の前!」


 静寂の中、燕真と紅葉の足音だけがコツコツと響く。やがて2人は紅葉が示した‘資料室’の扉の前に到着する。


「祓う念は何処だ?ソレっぽい物は何処にも見えないけど。」

「払ぅねん?へぇ~、燕真って、元々は粉木さんと同じ関西系なの?」

「チゲーよ!念だ念!オマエが見たって言う思念だよ!!

 その話が事実なら、そいつを祓い清めれば、妖怪の本体は消えるんだよ!!」

「ぁぁ、それかぁ・・・え!?燕真、解らないの?」

「何が!?」

「よく解らないけど、モヤモヤした光の玉みたいなのなら、ソコにぃるょ!」

「・・・マジで!?」

「ぅん・・・燕真のチョット後ろ・・・資料室側の壁のところ!」

 普段は解らなかったけど、今ならハッキリと解るょ!・・・夜だからかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は紅葉が指さす方をジッと眺めるが、何も見えない。退治屋失格と言われそうだが「いる」何て言われちゃうと、ちょっとビビってしまう。つ~か、直ぐ傍に少女が居るから平静を保ったフリをしているが、実はかなり怖い。


「あ!本当だ!!此処にいたんだな!!」


 少女に対して格好を付けたいのか、退治屋としてのプライドなのかは不明だが、紅葉の話に合わせて、そこに思念がある事を確認した旨をアピールする燕真。もちろん、実際には全く見えていない。ただまぁ、変身すれば、多分、見えるようになるし、祓うには変身をする必要がある。


「さてと・・・サッサと祓って終わりにしよう!」


 燕真は、和船を模したバックルのベルトを腰に巻き、左手首に巻いた腕時計型のアイテム【Yウォッチ】を正面に翳して、『閻』と書かれたメダルを抜き取って指で真上に弾き、右手で受け取ってから、一定のポーズを取りつつ、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!!


「幻装(げんそう)っ!!」

《JAMSHID!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、異形の戦士に変身完了!


 一連の光景を間近でジッと見ていた紅葉は、チョットした感動の面持ちだ。テレビやマンガの世界でしか見た事の無かった‘変身’が現実に存在をして、目の前で見る事が出来た。物珍しそうに、ジロジロ眺め、腕や胸プロテクターや頭を触りまくる。異形の戦士を見るのはこれで2度目だから、最初に出会った時よりも慣れたのだろう。ましてや中身と知り合いなのだから、異形の戦士が自分には危害を加えない事を知っている。


「ふぅ~ん・・・【ザムード】ってんだ!」

「ん!?なんだそれ!?

 変身をした後は、【妖幻ファイター】って名前があるんだぞ。」

「そっか。なら、【妖幻ファイターザムシード】だね!

 燕真が変身した時に‘JAMSHID’って音が鳴ったでしょ!」

「そう言えば、そんな音が鳴ったな!

 うん・・・【妖幻ファイターザムシード】か・・・悪くないな!」


 ザムシードは、先程紅葉が示した壁に意識を集中してジッと見詰める。マスクの両脇に付いたアンテナが、ザムシードが意識を集中させている場所の周波数を拾って映像として変換し、視覚に送り込む。


「・・・見えた!」


 ザムシードの目にも、紅葉が言う‘澱んだ光の玉’が見える。粉木の説明が正しければ、この玉を祓えば、妖怪は消滅する・・・らしい。腰に帯刀してある裁笏ヤマを握り、手を翳すザムシード。


「オーン・退散!!」


 赤い光を纏った裁笏ヤマ振り上げ、光の玉に振り下ろそうとしたその時!

ドォォォンッ!!

 一瞬だけ周囲が闇に包まれるような感覚が学校全体を包んだ!


「わゎっ!」 「なんだっ!?」


 祓おうとしていた思念が、ゆっくりと天井に上がっていく!異常を察知した紅葉はザムシードにピタリと寄り添い、ザムシードは身構えて周囲を見回し、ゆっくりと動く思念を追う!


「今の空気の変化は!?」

「この感覚・・・ぁの時と同じだよ!

 一昨日、燕真と粉木さんが学校に来た時と!!」


《おぉぉぉぉぉぉ・・・・・・祓ワセテ・・・・成ルモノカ!!

 ソノ念ハ・・・我ノ物ダ!!》


 扉や窓などがカタカタと小刻みに揺れる!!


「この思念で当たりって事か!」

「燕真・・・なんか、怒ってるみたぃだょ!」

「・・・そうだろうな!

 ボケッと消滅させられるのを眺めているわけがないかなら!」

「また、大きい蜘蛛が出てくるって事なの!?」


 ザムシードは、紅葉の問いに頷いてから、周囲を見渡す。


「隠れてないで出て来い絡新婦(じょろうぐも)!!

 俺としても、自分の目で見えないもんを相手にするよりも、

 オマエのようなヤツを相手にして、派手に立ち回った方が性に合ってんだ!!」

「ドンドンと‘汗臭い’のが集まってぃく!!」

「汗臭い?・・・何だよその表現!?まぁいい、何処に集まってるか解るか!?」

「あの玉(思念の玉)の真上だょ!!」

「あそこか!サッサと叩き潰してやんぜ!!」


 ザムシードが、紅葉の示した位置に踏み込もうとした瞬間、8本の巨大な足を背負った女生徒が、教室の壁を突き破り、ザムシードを羽交い締めにした!!


「し、しまった!!気付かなかった!!」

「アミィ!!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・母様は・・・私が守る!!!!」

「何だコイツ、この前よりも力が強い!!」


 退治屋としての日が浅い燕真は解らない事だが、子妖はいくつかの魂を捕食する事で力を得るのだ!それ故に、今の子妖は、先日の空腹な子妖よりも数段強い!ザムシードは8本の足で完全に押さえ込まれてしまった!

 子妖を背負った少女が、‘紅葉が位置を示した天井’に手を伸ばし、天井から染み出した糸が、子妖を背負った少女の腕に絡みつく!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・母様・・・若き魂を・・・捧げます!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・デカシタゾ・・・可愛イ・・・我ガ子ヨ!!」

「クソォ!何て力だ!!」


 床を滑り‘紅葉が位置を示した天井’付近に引き摺られていくザムシードと子妖を背負った女生徒!

 本体は子妖ごと女子生徒を捕食しようとしている!それどころか、このままではザムシードまで食われてしまう!


「アミィッ!!やめてぇっ!!」


 紅葉は、必死になって教室側から友人の腰にしがみつき、捕食を阻もうとする!しかし、女子高生程度の腕力ではどうにもならない!!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・離れろ!!」

「きゃぁぁっっ!!!」

「紅葉ぁぁっっ!!!」


 紅葉は、女生徒から生えている8本腕のうちの1本に弾かれて吹っ飛ばされ、床を転がり、壁に激突する!

 その瞬間、上手く説明出来ないのだが、言い様の無い怒りが込み上げ、ジタバタしても始まらないと腹をくくるザムシード(燕真)!


「じょ・・・冗談じゃねぇ!!

 いくら、小生意気なクソガキだからって、

 目の前で親友が食われる所なんて、見せられっかよ!!!

 いつまでも、調子に乗ってんなぁぁっっっっ!!!・・・オーンッッッ!!!!」


 ザムシードは、力任せに蜘蛛の戒めを振り解き、握っていた裁笏ヤマで、女生徒に絡みついていた糸を切断! 引っ張られる力が無くなった反動で後ろ向きに転倒する女生徒とザムシード!子妖の拘束力が弱まった一瞬を利用して、子妖の羽交い締めから脱出!すかさず女生徒の背中に憑いていた子妖に裁笏ヤマを叩き込んだ!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・!!」


 祓われた蜘蛛が女生徒の背中から放れ、女生徒はガックリと崩れ落ちる!意識は失っているものの、女生徒のの表情は憑き物が取れて穏やかさを取り戻している!


「アミィィッ!!」


 友人の救出を確認した紅葉が駆け寄ってきて、女生徒を抱きしめる!


「大丈夫!寝ているだけだ!!」

「ぅん!!ぅん!!」

「へ~~~・・・生意気なだけ・・・ではないんだな」


 自分だって壁に激突して痛いだろうに、何度も頷きながら友人を介抱する紅葉を見て、燕真はマスクの下でニコリと微笑んだ。

 その間に、女生徒から離れた子妖は本体に収集されてしまう!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・愚カナリ!!

 オヌシが小娘如きニ構ってイル隙ニ、我ハ、子ヲ喰ろうテ傷ヲ癒しタ!!

 小娘ヲ喰えナカッタとは言え、充分回復ヲ出来たワァァ!!!」


 天井に巨大な蜘蛛の影が出現!しみ出るようにして実体化していく絡新婦(じょろうぐも)!先日付けた裂傷や、切断した足は完全に復元されている!体力を回復した絡新婦は先日のように、子(子と言っても人間サイズの巨大蜘蛛)を2体ほど産み出し、ザムシードに差し向ける!


「ふ~~~ん・・・それで!?

 コイツ(紅葉)が足手纏いになる事くらい、

 連れて来た時から織り込み済みだ!!」


 ザムシードは【Yウォッチ】に『蜘』メダルを装填して妖刀ホエマルを召還!!


「ハァァァッッ!!」


 気合いの掛け声と共に、子妖に向かって踏み込み、先行する1匹目を唐竹斬りにして、続く2匹目を右薙ぎに斬り捨てた!2匹の子妖は唸りを上げて闇に解けるように消えていく!


「紅葉っ!友達は任せたぞ!」

「ぅんっ!」


 ザムシードは、女生徒を紅葉に託して、ゆっくりと立ち上がり、妖刀ホエマルの切っ先を絡新婦に向けながら睨み付ける!


「もう、オマエが回復してようがしてまいが関係無いんだよ!!

 オマエが許せねぇからブッ潰す!!・・・それだけで充分だ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・」


 狭い廊下では子妖の動きを見切られて不利と考えた絡新婦(じょろうぐも)は、その場から逃走!戦いの場を屋上へと移す!




-校舎屋上-


 しばらくの睨み合いから突進して激突するザムシードと絡新婦!妖刀ホエマルの刀身と、絡新婦の足が幾度となくぶつかり、やがて、巨大な蜘蛛の足が2本ほど斬り飛ばされた!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・」

「言っただろ!オマエの回復なんて、もう関係無いって!!」


 ザムシードは、粉木のアドバイスを噛み締める!子妖を盾にして逃れるような小賢しい妖怪には、武器を使うよりも、臨機応変に小回りが利く己の体を使ったほうが効率的に倒せる!


「己の体ねぇ・・・確かにそうかもな!」


 【Yウォッチ】から空白メダルを引き抜いて、指で真上に弾いてから手の平で受け止め、身を屈めて右足ブーツのくるぶし部分にある窪みに装填して、自身の右足に気合いを入れる為にパァンと叩いた!


「今度こそ仕留める!!」


 ザムシードの右足が赤い光を纏う!同時にザムシードと絡新婦の間に幾つもの小さい火が上がり、炎の絨毯を作る!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・此ハ・・・地獄ノ炎・・・オヌシハ一体!?」


 遅れて階段を駆け上がってきた紅葉が、ドア枠に手を掛け、扉から半身を乗り出して叫ぶ!


「行けぇぇっっ!!!やっつけろぉぉっっ!!!

 佐波木燕真のお裁きの時間だぁぁ!!!」


 ザムシードは、ゆっくりと立ち上がりながら横目で紅葉を見る!


「なんだそれ、センス無い決め台詞だ!

 ・・・でも、そう言うのも悪くない!いただくぜ!!

 どうせ台詞を決めんのなら、こんなふうに変えてな!!」


 絡新婦に正面を向け、ゆっくりと腰を落として身構える。


「・・・閻魔様の!!」


 ザクシードの体躯が、炎を絨毯によって、朱く照らされる!


「裁きの時間だ!!」


 顔を上げ、標的を睨み付けるザムシード!絡新婦から、3匹の子妖が生み出され、ザムシード目掛けて襲い掛かってくる!妖刀ホエマルを振り上げて踏み込むザムシード!すれ違いざまにいくつもの剣閃が走り、子妖が次々と消滅する!しかし、子妖を斬っただけでは、ザムシードの突進は止まらない!狙いはハナっから本体・絡新婦のみだ!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・!!」


 更に子妖を出現させながら、ザムシード目掛けて突進をする絡新婦!


「オーン・封印!!・・・ハァァァッッ!!」


 ザムシードは絡新婦一点を目掛けて大股で炎の絨毯を一歩一歩を力強く踏みしめながら突進!ザムシードが踏んだ炎が火柱となり、その突進を後押しする!

 襲い掛かる子妖を回避して両足を揃えて空高く飛び上がった!踏み切った場所の炎が一際大きな火柱となり、ザムシードを大きく飛ばす!空中で一回転をして絡新婦に向けて右足を真っ直ぐに突き出した!



「うおぉぉぉぉっっっっっっ!!!

 エクソシズム(闇祓い)キィィーーーッック!!!」



 朱く発光したザムシードの右足が絡新婦の腹に突き刺さり、絡新婦の突進を押し戻し、そのまま一気に突き抜け、妖怪の中心を抜けて背後に着地をした!絡新婦のど真ん中には、大きな風穴が開いている!


「おぉぉぉぉ・・・ぉぉっ・・・オノレ・・・口惜しヤ・・・

 おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・!!」


 ザムシードが貫通したそれは、全身の力を失い、下半身にある蜘蛛の体をドスンと床面に降ろして、大きく仰け反る!そして、咆吼と共に黒い炎を上げて爆発四散をした!

 撒き散らされた黒い霧のような物は、やがて1ヵ所に集まり、ザムシードのブーツに嵌められていたメダルに吸い込まれるようにして完全に消る!

 本体の消滅に伴い、本体が嗾けた子妖達も、存在を維持出来なくなり、闇に解けるように消えていった!


「また失敗なんてオチは勘弁してくれよな。」


 ブーツにセットしたメダルを外してジッと見詰めるザムシード。メダルには先程までは無かった『絡』の文字が浮かび上がっている。


「封印成功!今度こそ・・・終わったんだ!」


 それまで学校を覆っていた澱んだ空気が急激に晴れていくのが解る。いつの間にか、ザムシードの隣には粉木が立っている。戦いに夢中で気付かなかったが、随分と前に到着していたようだ。粉木の胸には、何故か猫が抱えられている。


「にゃ~~~ん」

「粉木のジジイ・・・その猫は?」

「あぁ、これか?資料室に閉じ込められておったんや!

 何処の何奴かは知らんが可哀想な事するで!

 おそらく絡新婦は、このニャーの、追い回される恐怖と、

 外に出たいって念に、憑いたんやろな!?」

「ふぅ~~~ん・・・猫にねぇ」

「妖怪の憑く媒体なんて、何でもええねん。そこに強い念さえ残ってればな」

「・・・そっか」


「ぁ!この間の猫ちゃんだぁ!」


 それまで校舎の中で成り行きを見てた紅葉が近寄ってきた。粉木から猫を渡されて抱きかかえ、頭や背中をなでで微笑んでいる。猫を愛でる少女の笑顔は、この場所が日常に戻った事を象徴しているように思えた。

 紅葉は、ザムシードを見て嬉しそうに笑い、2本指を立ててこちらに向けた。大変な一難が去った安心があるからだろうか?ぶっちゃけ、メッチャ可愛く感じる。


「お・・・おう!」


 ザムシードは、紅葉のVサインにやや照れながら、サムズアップをして返す。


「・・・2点!」

「おう、まぁな!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え!?2点!?」

「アミを助けてくれたから2点追加!これで62点!!」

「・・・・・・・え!?え!?」

「60点ゎ返上してぁげるねぇ!今度からゎ62点!!」

「はぁぁぁっっっっっっっっ!!!?あんだけ頑張って、たったの2点!!?」


 その場に脱力して膝を突くザムシードを、紅葉と粉木がクスクスと笑う。




-翌日の朝・YOUKAIミュージアム-


 燕真が事務室のソファーにドッカリと腰を下ろし、少し離れた事務机で粉木がパソコンのキーボードをポチポチと叩きながら‘今回の出動の精算’処理を行っている。


「・・・源川・・・紅葉か。」


 燕真は、もう会う事はないであろう美少女の名をポツリと呟いた。学校が日常を取り戻した今頃は、彼女は‘いつも通り’の登校をしている頃である。退治屋の暗黙のルールにより、事件が解決すれば、当事者達との接点は無くなる。もう、小生意気なツインテール少女と会う事はないだろうし、何処かですれ違ったとしても声を掛ける事はない。彼女が名付けた「妖幻ファイターザムシード」は少し気に入っている。同じく彼女が付けた「60点」や「62点」は気に入らないが、それも今となっては、良い思い出にさえ感じられる。少し寂しい気もするが、日常に戻った彼女には、日常の中だけで生きる方が幸せなのだ。


ピロリロリィ~~ン♪ピロリロリィ~~ン♪

 博物館の出入り口を通行する際に反応するチャイム音が鳴る。誰か見学客が来たようだ。


「スマン、燕真!精算にもうちっと掛かる。対応頼むわ!」

「おう!」


 こんな平日の昼間にいったい誰だろう?YOUKAIミュージアムがただの趣味の陳列と知れ渡っている市内に在住の客が来る事なんては有り得ないはずだが。


「いらっしゃいませ、見学ですか?何名様でしょう?」


 燕真は、受け付けカウンターに入り客を見た。私服を着て、前髪がピョンと立ったツインテールの可愛らしい美少女が、猫を抱えて、こちらをジッと見詰めている。


「チィ~ス!3階の教室が壊れて今日も休校になったから、遊びに来たょ~~~!」

「にゃ~~~ん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「家にいても暇だから、博物館のお仕事手伝ってあげよっか?

 それとも、退治屋の方を手伝ってあげよっか?

 それと、猫ちゃんのお世話は交代制で・・・・・・」

「わぁぁぁっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「ぇぇ?・・・ちょっと、なに!?」


 慌てて紅葉の肩を掴んで博物館の外に押し戻し、出入り口を施錠して、カーテンを閉める!「つい」、反射的な行動だ。何故、こんな行動をしているのか、燕真自身全く説明出来ない。ただ、62点扱いしたり、モップを振り回したり、寝癖にしか見えないアホ毛をオシャレと言い張る少女となんて絡みたくない。そんな思いが先行しちゃった。


「ぉ~~~ぃ!開っけろぉ~~~~~!!」


 出入り口の向こう側では、紅葉がバンバンとドアを叩いている!燕真は、背中でドアを押さえつつ、ズルズルと小さくしゃがんで頭を抱えながら思わず叫んだ!


「スミマセ~~ン・・・ずっと閉館で~~~~すっっ!!

 もう来ないでくださぁ~~い!!」


 その光景を、粉木が事務所から呆れ顔で覗いている。


「あ~~~あ~~~~すっかり懐かれてもうたな。今回も給料無くなりそうやな」

「えっっっっっ~~~~~~~~~~~~~~・・・そりゃないよぉぉ~~!!!」


 館内に燕真の声が虚しく響き渡る。

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