妖怪編①

第1話・ヒーローは閻魔様(vs絡新婦)

 科学が未発達だった時代、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす不可思議な力を持つ非日常的な存在を‘妖怪’と呼び、時には恐れ、時には敬っていた。


 そして、時は進み21世紀・・・科学が発達した現代においては、妖怪の存在は実証はされていない・・・はずだった。


 しかし奴等は科学の影に隠れ、その痕跡を残さないようにして、人知れず何処にでも存在をしているのである・・・。




-文架市(あやかし)・鎮守町-


 文架市の郊外にあるこの町は、人口の増加と都市の郊外化に伴い、鎮守の森を開発したニュータウンだ。

 昼間であれば、公園や河川敷は子供達の声で賑わい、大型ショッピングモールに出入りする車が行き交う活気に溢れた町だが、夜9時にもなれば人通りも車通りもめっきりと少なくなる。


 町の一角には、主要道と新興住宅地を繋ぐようにして大きな公園(鎮守の森公園)があり、その公園の中心には開発から取り残された古びた神社=亜弥賀(あやか)神社が在る。昼間は、その場所に在る事に「誰からも気付かれない」かのようにひっそりと建っているのだが、夜になり町を静寂が包み込むと、その神聖さと不気味さを発揮しているかのような錯覚さえ感じる不思議な神社である。その所為なのか、昼間は多くの人々の憩いの場として賑わうこの公園は、夜になると近道に使う以外の人は殆どいない。


 その日の夜も、いつもの様に、その場の雰囲気はピィンと張り詰めていた。

 塾かバイトからの帰宅中なのだろうか?ボブカットの女子高生が、公園内の遊歩道を足早に歩いている。防犯上の観点から、いくつもの照明灯が建ち、遊歩道を明るく照らしているのだが、それでもやはり夜になると空気が変わるこの公園を通過するのは、あまり気持ちの良い物ではない。

 長い遊歩道を7割程度進んだところで女子高生が顔をしかめて足を止めた。照明灯に照らされたベンチに座って缶ビールを飲みながら騒ぐ2人の若い男が眼に入ったのだ。時折、女子高生の方をチラチラと見ているようだ。彼等の前を通過しなければ公園を抜けられないのだが、もし彼等が干渉をしてきたらどうしよう?このようなひとけの無い時間帯には係わりたくない連中だ。遠回りになるが仕方がない。今来た道を戻って、公園を迂回しよう。そう考えた女子高生は踵を返し再び足早に歩き始めた。

 しかし、若者達は見逃す気は無いようだ。ニタニタと笑いながらベンチから立ち上がり、遠ざかっていく女子高生に声を掛けながら追い始めた。


「にゃっはっは!ねぇ、お嬢ちゃん!こっち通んじゃねぇの!?」

「遠慮しないで、こっちにおいでよ!」

「別に襲ったりしないから安心しなよ!」

「そっちに戻るなら、ついでに一緒に遊びに行こうよ!」




-公園に面した大通り-


 殆ど車通りが無くなった公道を一台のバイクが公園方面に向かって爆走する!

 鬼の顔を模した装飾のカウル、背骨と肋骨を模した装飾を施したエネルギータンク、西陣織のカバーを貼ったシート、彼岸花を描いた九谷焼のサイドカバー。そのバイクは、一般的なバイクと比べてあまりにも異形なのだが、操縦者はバイク以上に異形である。朱色のライダースーツ、胸&腰&脛には日本系と中国系の鎧を足して2で割った様なプロテクター、左手首には腕時計型のアイテム、腰回りに和船を模したバックルの付いたベルト、ゴーグルタイプの仮面の下で輝く赤くて大きな複眼・・・まるでテレビで見た閻魔大王をイメージしたような出で立ちである。


「反応が強くなってきた!公園の中か!?」


 異形の者がハンドルを公園側に切り、車止めポールの間を器用に抜けながらバイクで乗り入れる!


ピーピーピー!

 同時に、左手首には腕時計型アイテムから発信音が鳴る。


「・・・ん!?何だよ、こんな時に?」


 バイクを止め、通信機を兼ねた腕時計型アイテムを顔に近付ける。


「どうしたんだ、粉木の爺さん?」

〈どうしたやないやろ!

 オマン、OBORO(バイク)に乗ったまま公園に入ったやろ!?

 こっちの発信器で解ってんで!〉

「・・・それがなんだ!?」

〈アカン!その公園は車輌乗り入れ禁止や!〉

「ハァ!?今、それ言う!?こっちは急いでんだよ!」

〈急いでてもアカ~ン!公園の外にバイク止めて走って行きや!

 入り口付近は駐停車禁止やから、ちゃ~んと駐車場に止めや!!

 ・・でないと駐禁取られんで!〉

「今はそれどころではないだろ!!文句があるなら後から聞くからさぁ!」

〈文句があるなら、‘次回からは道路沿いで襲ってくれ’って妖怪に言いうか、

 オマンが市長になって規則を変えや!〉

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・解ったよ!メンドクセェ~なぁ!」


 異形の者は、深い溜息をついて、「やれやれ」のゼスチャーをしながらカウルを道路側に向け、バイクを引いて公園から出るのだった。




-鎮守の森公園内-


 女子高生に追い着いた2人の若い男達は、ニタニタと薄ら笑いを浮かべながら通せんぼをするように寄ってくる。彼等は、自分達を見て逃げた女子高生を少しばかりからかう程度のつもりだった。女子高生の反応次第では、多少の悪さくらいは考えていたのかもしれない。


「な、なんですか?通して下さい!」

「な~んで逃げちゃうの?」

「ボク達傷付いちゃったなぁ~~!」

「いいから通して下さい!」

「良いよ!でも代わりに今から飲みに行こうよ!」

「・・・・・・うぅぅ」

「変な事しないからさぁ~!にっひっひっひ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・お!?反論無し?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「遊んでくれんの?」

「今日は2人だけ・・・ですか?」

「ん!?」

「今日はアナタ達2人だけ・・・ですか?」

「おぉ!遊んでくれんの!?」

「なになに!?もっと呼んだ方が良いの?

 こっちも友達呼んだら、そっちも友達を呼んでくれんの?」


 女子高生の思いがけず‘まんざらでも無い’反応に色めく若者達。


「いえ・・・そうではなくて・・・。」

「だったらなに?」

「遊んでくれるんじゃないの?」

「噂では、普段はもう2~3人多く集まっているって聞いていたので・・・。」

「え!?なになに?もしかして、俺達に会うのが目的で此処に来たの?」

「・・・・・・はい」

「な~んだよ!それならそうと最初っから言ってよ!何か用なの?」

「だったらなんで逃げたの!?」

「さっきのベンチの場所では、人の目に付く可能性がありましたので・・・。」

「・・・人の目?」

「なんで・・・?」


 ハナっから自分達と会う為にこの公園に来た。人目が気になる。

 若い男2人は、少々怪訝そうに首を傾げながら女子高生を見詰める。女子高生は俯き加減で、先程までに比べて眼は虚ろで顔色は青白い。女子高生の背中がモゾモゾと動く。


メリッ・・・メリッ・・・メリッメリッ・・・

「おぉ・・おぉぉ・・・」


 異変を感じた若い男の1人が女子高生の後ろに回り込むと、女子高生の背中に漆黒の歪みのような物がある!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」

「ひぃ・・・ひぃやぁぁぁっっっっ!!!」

「ば、化け物だぁぁっっ!!!」


メリッメリッメリッメリッ・・・ズバァァッ!!

 女子高生の背中にある漆黒の歪みから毛の生えた8本の醜い虫の足のような物が出現!口から糸のような物を吐き出して、若い男達を絡め取る!


「残念・・・2人しかおらんのか!!アテが外れたワァァ!!

 マァ良い・・・我が満腹には足りぬが・・・

 オヌシ等2人・・・ワシの贄にしてくれるワァ!!」


 女子高生は、虚ろな表情のまま、背中から生えた8本の足をモゾモゾと動かしながら、太い糸で自由を奪われた2人の若い男に近付く!


「ふぅ~ん・・・てっきりヤンキー共が悪い奴で、

 女子を助けるのかと思っていたけど・・・逆かよ!?」

「ヌゥゥ!?」


 不意に‘食事の時間’を妨げるかのような声が投げ掛けられる!8本足を背負った女子高生が声のする方を振り向くと、閻魔大王をイメージしたような異形の物が、木にもたれ掛かって腕時計型アイテムで会話をしながらこちらを眺めていた。


「なぁ、粉木ジジイ!」

《だぁ~れぇ~がぁ~子泣き爺じゃ~~~》

「いたぜ、蜘蛛かなにかに憑かれた女の子がバカ共を襲っている!

 こりゃ、完全に正気を失ってるな!

 どっちかっつ~と、バカな野郎共より女子を応援したいだけど、

 それでも男共を助けなきゃダメか!?」

《当たり前じゃ!ボケェ!!》

「・・・ま、当たり前か!・・・解ったよ!」

《怪我さすなよ!》

「解ってるよ!」


 異形の物は、それがいつものクセのように、片手の拳を、もう一方の手の平に当てて打ち鳴らし、腰ベルトに帯刀したある木笏(聖徳太子が持っている木の札みたいなヤツ)=裁笏ヤマをナイフを持つように握り身構える!


「オヌシも妖怪か!?・・・コレは我のエサだ・・・誰にも渡さぬゾ!」

「フン!んなもん、くれるって言われたっていらね~よ!」


 女子高生は見た目に似つかわしくない不気味な雄叫びを上げながら、背中から生やした8本足を振り回して突進!異形の者が裁笏ヤマ(木笏)に手の平を当てて呪文のような物を唱えると、裁笏ヤマ(木笏)は光を帯びる!


「はぁぁっっ!!」


 異形の者は、8本足のうち、最初に襲ってきた2本を裁笏ヤマの刀身で払いつつ、すれ違いざまに背中にある足3本を切断!斬られた足は地面に落ちると、まるで闇に溶け込むようにして消滅!女性は低い唸り声を上げるながら仰け反る!その隙を突いて、女性の背中にある足の中心部に裁笏ヤマ(木笏)の腹(平らな部分)を叩き込む異形の者!同時に呪文のような物を唱える!


「オーン・退散!!」

「おぉぉ・・・おぉぉぉぉぉっっっっ!!!」


 呪文に反応して、裁笏ヤマ(木笏)を包んでいた光が、女性の背中から生えていた蜘蛛の足に吸い込まれ、女性が低くて苦しそうな唸り声を上げた後、憑いていた8本足(5本しかないけど)の大きな蜘蛛が背中から飛び出した!


「さぁ、仕上げだ!!」


 異形の者は左手首の腕時計型アイテムから何も模様の無いメダルを取り出して、指で頭上に弾いてから手の平で掴み、裁笏ヤマ(木笏)の握り部分に空いている穴にセットして、大きな蜘蛛を切り裂いた!


「オーン・封印!!」

「おぉぉ・・・おぉぉぉぉぉっっっっ!!!」


 蜘蛛は闇のような渦を巻きながら、裁笏ヤマ(木笏)に吸い込まれて消え、握り部分にセットしてあるメダルが変色し、やがてあたりは静寂を取り戻す。


「ふぅ・・・コレで完了!チョロいぜ!!」


 先程まで8本足を背負っていた女性は、憑き物が取れたような表情を取り戻し、その場で意識を失っている。

 餌にされかけた若者2人は、涙眼になりながら呆然と異形の者を眺めている。若者達に巻き付いていた太い糸は、蜘蛛の消滅に伴って跡形もなく消えていた。


「あ・・・まだ完了してないか!」


 異形の者は、若者達にツカツカと歩み寄り、軽く悲鳴を上げる程度に力を加減したデコピンを叩き込んだ!


「バーカ!

 運良く女の子の方が憑かれていたおかげで、女の子は大事には至らなかったし、

 今回は仕方なく助けたけどよぉ、2度と女の子を怖がらせるような事はすんな!!

 次にやったら、オメー等が食われるのを待ってから妖怪を成敗すっからな!!」

「は・・・はひぃ・・・」

「ごめんなさぁ~~~い」


 異形の者は、泣きべそをかきながら走り去っていく若者達を見送り、意識を失っている女性をベンチに寝かせた後、公園から去っていくのであった。




-YOUKAIミュージアム-


 その建物は文架市(あやかし)の郊外・陽快(ようかい)町にひっそりと建っていた。掲げている看板は随分立派だが、それほど知名度の高い博物館ではない。建物の面積は各階100㎡程度の2階建てと、極端に狭いわけではないが、ミュージアムと呼べるほど広いわけでもない。正面には車が5~6台駐められるくらいの駐車場がある。

 妖怪好きの老人が趣味で始めた個人経営の博物館で、妖怪が描かれた掛け軸、館長が作った子泣き爺の像、市販品の妖怪のフィギュア、有名な妖怪漫画のパチモンのグッズ、館長いわく妖怪が宿っている石、館長いわく妖怪が宿っている刀、館長いわく妖怪が宿っている人形、妖怪とは全く関係無い古い巻物等々が陳列をしている。

 週末に数組程度の市外の客が見に来てガッカリして帰って行く、場合によっては一通り見学を終えた客に「YOUKAIミュージアムは何処ですか?」と聞かれるような有様なのだ。ここ数年は、ドサクサに紛れて、TVゲームやアニメで有名になった妖怪作品の玩具やガシャポンを扱っている為に辛うじて利益を保っている。


 その事務室で、今風の容姿の青年=佐波木燕真(さばき えんま)がソファーにドッカリと腰を下ろし、テーブルを挟んだ向かい側にミュージアムの館長=粉木が座っている。


「駄賃や」

「どうも!あの程度の仕事で報酬貰えるなんて、ありがたいっすね!」


 一仕事を終えたふうの表情をした若者は、館長が差し出した封筒を受け取り、早速中身を確認する。名から出てきたのは、10円玉が2枚。


「なぁ、粉木の爺さん・・・札、入れ忘れてんぞ」

「忘れておらん。そいで全部じゃ。」

「・・・・・・・・・・・・はぁ?報酬20円て。

 粉木じじいが生まれた頃なら20円は大金だったかもしれないけど、

 今の時代じゃガキのおやつ代にすらなんね~ぞ。」

「誰が子泣き爺やねん!・・・貰えるだけでもありがたく思わなあかんで、燕真!

 これ見てみいや!今回の出動に掛かった経費や!

 ワシの世話役代考えれば赤字やで!!」


 粉木がテーブルの上に置いた報告書類と先程妖怪を封印したメダルに眼を通す。


 +出動費(退治査定込み)

 +民間人救助費(成功)

 +妖怪封印後のメダル価値

 -妖怪による民間人被害(無し)

 -出動時のマイナス査定(デコピン+女性放置)

 -空白メダル作成費

 =20円


「・・・・・・・マイナス査定・・・デコピン?」

「被害者にデコピンしたやろ?」

「・・・え?ダメなの?」

「当たり前じゃ!治安を守る‘守護者’が民間人しばいてどうすんねん!」

「だって、あれは」

「‘だって’やない!ダメなもんはダメじゃ!

 それに、蜘蛛に憑かれたオナゴ、放置してきたやろ?」

「してね~よ!女はちゃんとベンチに寝かせて来た!」

「風邪を引いたらどうすんねん?」

「んなもん知らね~よ!」

「キチンと保護せいや!」

「どうやって!?」

「此処に連れて来るんや!」

「気絶した女なんて拾ってきたら、かえって怪しいぞ!このスケベじじい!」

「誰がスケベじじいじゃ!」

「アンタだよ!」

「封印メダルかてただやない!こないなクズ妖封印しても価値あらへんねん!」

「・・・クズ妖?」

「メダル見てみいや!妖怪封印で変色しとるけど、文字が浮かんでないやろ!」

「あぁ・・・うん」

「おまんが封印したのは本体が生んだ子妖怪や、オナゴに憑いとったんは子妖やで!

 んなもん封印せんと退治せいや。

 子妖なんぞいちいち封印しとっらた、メダル費だけで赤字やで。

 封印すんのは消滅させられへん本体だけ。

 子が封印されたメダルなんて白紙メダル以下の価値や。」

「メンドクセーー・・・!

 だけど、赤字とかなんとか言うなら、

 先ずはこの胡散臭いミュージアムの赤字をなんとかしろよ!

 こんな酷い集客力で、館内係員の俺の給料出るのか!?」

「オマン・・・受付に座ってスマホ弄って暇潰ししているだけで、

 給料をもらえると思っているのか?」

「・・・おいおい。」


 これ以上話しても進展は無さそうだ。燕真は手の平にある20円を眺めながら溜息をつくのだった。

 バカ共へのお仕置きや、女性をお持ち帰りしなかった事までマイナス査定されたり、メダルの価値等々、言いたい不満は沢山あるのだが、それ以上に気掛かりな事がある。


「さっきのは子妖?・・・なら本体が何処かに?」

「あぁ・・・子が繁殖しているからには、

 子を憑かせた本体が、オナゴの周りにおるで!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「憑かれてたんは何処のオナゴや?明日からはオナゴの身辺調査やな!」

「知らね~よ!・・・あ!だけど、高校のブレザー着ていたな。」

「生活範囲は家、学校、友達・・・場合によっては塾やバイト先。

 そんなもんやろな。

 人が集まりやすくて子を憑かせやすい場所・・・

 一番可能性が高いのは学校やな。何処の高校や?」

「そこまでは知らね~よ!」

「なして知らんねん!?」

「俺が女子高生の制服に詳しい方がオカシイだろう!!」

「しゃ~ないのう・・・明日、同じ制服の娘を見付けて突き止めや!」

「・・・俺が!?」

「他に誰がおんねん!?

 なんなら、学校で何かおかしい事がないか聞いてみてるのもアリやな!」

「・・・俺が!?」

「他に誰がおんねん!?

 ほら見てみいや、憑かれた娘を連れてきて、事情を聞いておれば、

 こない面倒な事にはならへんねん!」

「気絶した子を連れてきちゃったら、別の意味で面倒な事になんだよ!」


 佐波木燕真は、対外的にはYOUKAIミュージアムの従業員という肩書きを持ちつつ、館長の粉木と組んで妖怪退治の仕事をしている。理由は「成功時の報酬が良いから」と「ほんのちょっとの正義感」。・・・とは言っても、この仕事を始めたのは3ヶ月前。研修を経て、2~3日前に実戦投入されて、今回が初ミッション。記念すべき初報酬は20円なのである。

 館長の粉木について、燕真は何も知らない。燕真と出会うまでの数年間、日本中を旅していたとか、世界中を走っていたとか、あとで伏線をどうとでも作れそうな‘いかにも’な過去があるらしいが、今のところ興味もない。常にフザケていて、関西弁で、会話の所々に変なギャグを挟む。「粉木のジジイ」はOKだが「粉木ジジイ」と呼ぶと怒る。時々、相手をするのが非常に面倒臭く感じるのだが、仕事上のパートナー件、上司になるわけなので、あまり邪険にもできない。


「・・・やれやれ、やりたかね~が、本体を放置しとくわけにはいかない!

 解ったよ!」


 言いたい事は多々あるが、それよりも今は‘本体’を突き止めて退治する方が大事。燕真は、渋々ながらも‘明日の調査の提案’を受け入れるのだった。




-翌日・AM7:30-


 燕真は、愛車を駆り、鎮守の森公園に到着する。公園で待機する理由は、昨夜の憑かれた女子高生が通学してくるのを待つ為。非常に安直ではあるが、帰宅時に通ったんだから通学でも通るはず。

 愛車はホンダVFR1200F・・・なのだが、西陣織のカバーを貼ったシートと彼岸花を描いた九谷焼のサイドカバーが行き交う人々の注目を引く(変身前なので鬼カウルと骨タンクは無い)。皆、奇行仕様のバイクをジッと眺め、バカでも見るような表情で通り過ぎていく。恥ずかしいので外したいんだけど、バイクを支給してくれた粉木から「妖気反応が強くなるから付けなアカン」と釘を刺されているので外すに外せない。成功報酬でガッツリ儲けて、早く支給品ではなく自費でバイクを買いたい・・・そんな心情である。


「ぅわぁ!なに、このバィク!?」


 黄色い声がする。早速と言うべきか?派手な西陣シートと九谷焼サイドカバーが注目を引いているようだ。燕真は「どうせバカにしてんだろ?」と思い、声を無視して遊歩道の向こうから昨日の女子高生が歩いてこないかと待ち続ける・・・つもりだったのだが。


「すっげ~!西陣織と九谷焼だぁ!!かっこぃぃ~~~!!」


 意外にも、黄色い声の主は、奇行仕様をバカにするのではなく評価をしているようだ。乗り主の燕真ですら格好悪いと思っているのに、他人目線で何処がどう格好良いのだろうか!?まだ常識を知らない女子小学生か、随分と奇特な女、もしくは中二病を患った子だろう。

 「どんな娘だ?」との好奇心溢れる表情を隠し、声のする方に振り返ってみる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」


 ツインテールで整えられた髪形で、かなりの器量で、小柄の細身。頭の天辺にピョコンと髪の毛が立っているのが寝癖と言えば寝癖なのだろうか?俗に言う美少女の部類である。違う子かな?と周囲を見回すが、他に黄色い声を発しそうな人物は居ない。つ~か、その寝癖でツインテールの美少女が、ジッとこちらを見詰めている。間違いなく黄色い声の主はこの娘だ。

 何故、こんな普通(よりも上)の娘が、こんな奇行バイクを高評価するのだろうか?からかっているのか?


「・・・あの?」

「ん~~~~~~~~~~~バィクは100点、乗ってる人ゎ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・60点・・・・・かなぁ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」


 ちょっと待って欲しい!自慢じゃないが容姿には自信がある!今日だって、鏡で‘イケメンな仕上がり’を確認してから出て来た!100点は言い過ぎだが、万人から80点以上の評価をいただく容姿だ!

 やはり、からかわれているだけなのだろうか!?それにしても‘見た目が赤点’の評価は酷すぎる!


「60って、オマエ・・・」


 燕真が文句を言いかけたところで、自転車に乗ったボブカットの少女がツインテールの美少女に寄ってきた。2人は「ぉはょー!」「まったぁ~?」等と会話をしながら、ツインテールの少女が停めておいた自転車に乗って去っていく。

 言いかけた言葉を飲み込み、なるほど、寝癖でツインテールの美少女は、ここでボブカット友達と待ち合わせていたんだな?と思いつつ、本来の目的である‘昨日憑かれていた女子高生’を待つ事にした。

 少し離れた所から、ツインテールとボブカットの笑い声が聞こえてくる。横目に視線を向けると、寝癖ツインテールがこちらを振り返っているのが見える。


「どうしたの?」

「ぅぅん・・・バィクは良ぃんだけど乗ってる人がね~」

「そうかな?結構、格好良いんじゃない?」

「悪くゎなぃけどバイクが良すぎて似合わなぃ。絶対ぁの人のセンスじゃなぃよ」


 凄まじい酷評が聞こえてくるので、イラッとしながら聞こえないふりをする。美少女とは言え、あんな奇特なセンスの持ち主に興味は無い。それよりも、憑かれていたボブカットの女子高生を見付けなければ!


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


チラッとツインテールの後ろ姿を見る。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もう一度見る。

 ツインテールの美少女が着ているのは昨日憑かれていた娘と同じブレザー・・・と言うか、ツインテールの隣を歩いているボブカットって昨日の女子高生じゃん!なんだこの展開!?寝癖ツインテールのおかしな評論の所為で、初っ端からペースが乱れてしまった!

 燕真は、西陣シートに跨がり、ヘルメットを被って、ツインテールとボブカットを追う為にバイクを走らせるのであった。




-県立優麗(ゆうれい)高校-


 文架駅から徒歩で30分ほどの場所・御領(おんりょう)町に、その高校はあった。創立当初は女麗(じょれい)学園と言う名の女子高だったが、文架市の開発に伴い、共学化して名前を改めている。学業では市内2番目の進学校。部活動は「勉強との両立」を前提にしているので、基本的には市内で‘中の上’くらいで、目覚ましい活躍は少ない。ただし、希に、文武両道で全国区の選手が在籍をする。


「おはよ~!」 「昨日、テレビ見た?」 「見た見た、アレでしょ~」 

「ユウ高~・・・ファイッ、オー、ファイッ、オー、ファイッ、オー!」


 通学してきた生徒達の挨拶や昨日の話題、部活動の朝練の掛け声など、校庭内では何処にでもありそうな日常が行き交っている。

 早いわけでもないが遅刻寸前でもない普通の時間帯、先ほど燕真を60点扱いしたツインテールとボブカットの少女が登校してきた。


「・・・?」


 正門から校庭内に入る直前、ツインテール少女が軽く怪訝そうな表情をして足を踏み入れる事を躊躇う。対照的にボブカットの少女は、何事も無く足を踏み入れ、足を止めてツインテールの少女に振り返る。


「どうしたの、クレハ?」


 紅葉(くれは)と呼ばれたツインテールの少女は、2~3日前から校庭内に‘漠然とした何か’を感じていた。一歩踏み込むと、気持ち悪くもありながら、心地良くもある空気に包まれる。それが何なのか、ただの気のせいなのかは解らない。昨日がそうだったから、多分今日の同じなのだろう。そんな、口では表現できない不思議な感覚が、校庭内に足を踏み入れる事を一瞬だけ戸惑わせていた。


「ん?ぁ、ごめん、何でもなぃ!」


 ボブカットの友人に呼ばれて、校庭内に踏み込む。やはり昨日と同じ‘モヤッと湿った感覚’に包まれる。


「ねぇ、妙に汗臭くなぃ?」

「誰が?もしかして私が?」

「違ぅ違ぅ!」

「なら、クレハが!?」

「違うょ!学校が!」

「学校が汗臭いの?何それ?意味わかんないんですけど!」

「・・・だょね、あははははっ!」


 ツインテールの少女は、上手く表現の出来ない感覚を‘汗臭い’と表現してみた。もちろん、少女の特有の表現なので、それでは友人には伝わらない。それどころか、友人はツインテールの少女のような違和感は少しも感じていないようだ。

 昨日、下校後に2人でカラオケに行った帰り際、ツインテールの少女は、ボブカットの友人にチョットした‘いつもと違う雰囲気’と‘少しだけ変な影があるような表情’を感じていた。気にはなったけど「カラオケでテンションを上げて歌いすぎて疲れたんだ」と解釈して別れた。今朝会ってみたら‘いつもと違う雰囲気’と‘少しだけ変な影があるような表情’は少しも感じない。ツインテールの少女は「やはり、ただの気のせいだった」と解釈をした。

 友人の表情も、学校の雰囲気も全て気のせい、気にしすぎ。ツインテールの少女は、そのように考えるのだった。


モゾモゾモゾッ

「ひゃっ!」   パチン!


 不意に、虫のような物が首筋に止まって、襟足から背中に入っていこうとする感覚になったので、背筋をピンと伸ばして、反射的に首筋を叩いた。手の平には小さな虫を潰してしまった時の‘プチッ’とした嫌な感触が残る。ツインテールの少女は気付いていないが、手の平で叩いた場所に小さい闇の渦が出来て空気中に解けるように消滅をする。


「ぅわぁ~~~朝からサィァクなんですけどぉ~~」

「どうしたの?クレハ。」

「虫潰しちゃったょぉ~」


 ツインテールの少女は、嫌な感触をテッシュで拭おうと手の平を見るが、そこには残骸的な物は何も残っていない。「ん?」と首を傾げ、今度は首筋を触るが、やはり残骸の感触は何処にも無い。


《おぉぉぉぉっっっ・・・何故、コノ娘ニハ憑ケナイ!?》


 不気味に澱んだ声が聞こえたような気がする。


「ん!?何か言った!?」

「何が!?」

「‘娘には付けない’とかなんとか?」

「言ってないよ!何を付けないの?」

「ワカンナイ!」

「何それ、変なの!」

「だょね!?アミ(ボブカットの友人)の声じゃなかったもん!

 ん~~~~空耳かな?」


 学校の雰囲気も、昨日の友達の表情も、虫の感触も、澱んだ声も、全ては気のせいなのだろうか?少女は、もう一度首筋を触って首を傾げた後、ボブカットの友人の後を追うように校舎内に入っていった。


 しかし、ツインテールの少女が感じた感覚は‘気のせい’ではなかった。校舎内のあちこちの隅、廊下や教室の天井、教員や生徒達の首筋から背中、ボブカットの友人の耳の裏あたり・・・至る所で‘小さい蜘蛛’がゴソゴソと動き回っていた。




-優麗(ゆうれい)高校正門から少し離れた電柱-


 少女達を尾行してきた佐波木燕真が、愛車を路肩に駐め、電柱の影から校舎を眺めるようにして立っていた。

 粉木からは‘接触して話を聞け’と指示されていたが、女子高生を呼び止めて不審者扱いされるのも嫌だし、何よりも‘それなりにイケてるはず’の自分を「60点」と酷評しやがったツインテール少女と接触したくない。接触をしない以上、最後まで尾行して高校を突き止めるしかなかったのである。


「学校に妖怪が居たらどうなる?」


 妖怪が出現して大暴れをした場合、生徒全員を守ることが出来るのか?燕真は、夏の暑さと緊張で喉がカラカラに渇く。長丁場の張り込みに成りそうだから、水分補給をしたい。自動販売機を探す為に周囲を見廻そうとした燕真の後頭部に、冷たくて固い棒のような物が押し当てられる!・・・銃口だ!


「手を上げろ!動くと撃つで!!」


 背中に冷たい汗が流れる。「動くと撃つ」と言われている以上、振り返る事が出来ないので、横目で背後を確認すると、ハッキリとは見えないなりに、警察官の制服らしいもの着た男が立っているのが解る。


「怪しいヤツや!こないとこで何しとる!?オマン、さては変質者やな!」

「・・・い、いえ・・・俺は」


 ゴクリと生唾を飲む。考えが甘かった。今の時代、通学中の女子高生に声を掛ける以外にも、高校の正門近くでウロチョロしていれば、不審者扱い&通報されるのは当然だろう。警察官の職務質問をどう切り抜ければ良い?「妖怪がいるらしいから調査をしています」と言って信じて貰えるのだろうか?ダメだ、更に怪しまれる。「娘を送ってきた」と言ったらどうだろう?ダメだ、23歳そこそこの自分に高校生の娘がいるなんて無理がありすぎる。なら「妹を送ってきた」ならどうだ?ダメだ、「妹の名前は?」と訪ねられたら一言も返せない。・・・どうする?どう切り抜ける?


「正直に答えな撃つで!オマンの名は!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さばき」


 だが、ちょっと待って欲しい。此処は日本だ。10歩譲って自分が高校の校舎を覗いている変質者だったとして、いきなり銃を突き付ける警官などいるか?凶器を持って正門前で待ち構えているならともかく、手ぶらだぞ。そう言えば、YOUKAIミュージアムの事務室で「昔、変装に使った警察官の衣装や」と意味の解らない自慢をしていたクソジジイがいたな。つ~か、背後のケイカン、関西弁だし。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・粉木ジジイ!」

「誰が子泣き爺やねん!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 胸をなで下ろして、背後を振り返ると、予想通り、レプリカの銃を構えてヘラヘラと笑う粉木が立っていた。安堵から来る脱力と同時に怒りが込み上げてくる。


「悪趣味はやめてくれ、粉木のじいさん!」

「オマン、単純でオモロイの~!」

「何の用だよ!?」

「オマン1人じゃ不安やからな、こうして来とったねん!」

「だったら、なんで、そんな格好をして俺を驚かす!?」

「オマンの反応がオモロイそうだからじゃ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勘弁してくれよ~~~」


 粉木は、軽くからかった後、ポットボトルのお茶を燕真に差し入れて、それまでの戯けた表情とは一変して、急に表情を険しくする。


「だいたいなぁ、燕真」

「・・・・・・・・・・・・・ん?」


 その真剣な表情につられて、燕真も表情を引き締める。


「初任務なんやから緊張してんのは解る!けどな、固くなりすぎやねん!

 せやから、ワシの接近にすら気付かへん!

 もうち~と肩の力をほぐしてシッカリ周りを見いや!」

「・・・・・・じじい?」

「なぁ、冷静に考えたら、後ろ向かんでも、

 けったいな警官がワシやと気付いたやろ!?

 1回極限まで来た緊張が途切れたんで、ええ感じにリラックスしたやろ!?

 それがええねん!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか、サンキューな!粉木ジジイ!」

「誰が子泣き爺やねん!」


 互いの眼を見てニコリと微笑む燕真と粉木!2人は再び校舎に視線を向け、燕真は貰ったお茶を一口飲んだ。


「今のところ、変わった様子は無いな。」

「そりゃそうやろ。外から見て変わった様子があれば、大事件になってまうで。

 せやけどな、若い生命力が集まる学校は、

 子を産んで憑依させるタイプの妖怪には恰好の餌場や。

 妖怪かて、そないにアホやない。力を蓄えよる時は息を殺して隠れとるわい。」

「だったら、どうやって調べんだよ?」

「簡単なこっちゃ!」

「・・・え!?」

「YOUKAIウォッチと和船ベルト・・・持って来ちょるよな!?」

「あ・・・あぁ、もちろん!」

「なら、えぇ!さぁ、行くで!」

「何処へ!?」

「学校ん中や!こっちから出向けばええねん!」

「・・・え!?んな無茶苦茶な!不審者扱いされて摘み出されちまうって!!」

「本体がおらん場合はな!そん時はそん時で逃げりゃえぇ!

 せやけど、もしいれば、不審者騒ぎどころではなくなるで!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」

「ただでさえ、子をオマンに倒されて気が立ってるはずや!

 変身システムを持ったオマンが本体のテリトリーに入れば、

 向こうの方から、オマンを排除する為に襲ってきてくれるで!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真には、粉木の言う理屈がイマイチ理解できない。しかし先輩格の老人が言うからには、間違いは無いのだろう。左腕のYOUKAIウォッチ(以後、Yウォッチ)を見詰め、和船ベルトを握り、粉木老人の後に続いて正門を通過する。




ドォン!!


「・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ?なに??」


 教室内でホームルームを待つツインテールの少女は、突如、一瞬だけ周囲が闇に包まれるような感覚に陥った。普段、校内に誰かが入ってきても、その気配を感じる事は無い。だが、その時だけは、何者かが校内に足を踏み入れ、学校を覆っている‘汗臭い’と表現した空気が、侵入者を拒んでいるように感じた。


「なに、この感じ!?」


 少女の視線は、無意識に正門側の窓の方を向け、今朝見た青年と見知らぬ老人を見付ける!!


《おぉぉぉぉっっっ・・・来タカ・・・小賢シイ!!》


 先程、虫を叩いた時と同じ不気味な声が聞こえてくる!気のせいではない、間違いなく聞こえた!!


「まただ!またさっきの声が聞こぇた!!

 ねぇ、みんな!?みんなも聞こぇたょね!?」


 室内のクラスメイトを見回して青ざめる!皆が皆、俯いており、眼は虚ろで顔色は青白い!背中に黒い渦が出現して何かがモゾモゾと動いている!


「ぇ!?なに!?ちょっ・・・みんな!?・・・アミ(ボブカットの友人)!?」


 その光景に息を飲む。何が起きているのかは全く理解できない。しかし、異常事態という事は理解が出来る!


「なにょ、これ?せ、先生・・・呼ばなきゃ!」




-正門付近-


「準備はえぇか!?」

「・・・あぁ、いつでも良いぜ!」

「当たりや!来るで!」

「解った!!・・・・・・・でも、何が!?俺等を不審人物と判断した先生か!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ァヘェ?」


 それまで、何があっても好々爺の表情を崩さなかった粉木が、初めてギョッとした表情をして燕真を見た。


「・・・・オマン、もしかして気付いてへんの!?」

「・・・何を?」

「‘なに’て・・・オマンが校庭に入った途端に空気がメッチャ変わったやん!?」

「・・・・・・・・クウキ?」

「え!?・・・解らんの?

 校舎の何処かから、オマンに向かって、ごっつい殺気が出とるんやけど?」


 燕真は、粉木の言葉に首を傾げながら、校舎をジッと見回す。


「・・・・・・・・全然解らない。」

「あの・・・燕真?念の為に聞くけど、オマン、幽霊見たとか金縛りの経験は?」

「1回も無い・・・それが何なんだ?。」

「・・・アカンがな。

 なして、閻魔はんは、こない素質の無いの選んだんやろか!?」

「俺、もしかして今、スゲーけなされてる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・おい、粉木じじい!」

「まぁ、えぇは!今言っても、しゃー無いもんな!

 なぁ、燕真、えぇか!?学校全体が本体のテリトリーになっとんねん!

 そいでもって、オマンの侵入に反応して殺気立っておんねん!!」

「そうなのか!?」

「あぁ、そや!

 オマンの持ってる変身システムを敵と見なして攻撃態勢に入っとる!!

 直ぐに、子妖等がオマンを潰しに来るで!!」

「え!?マジで!!?何でそんな危ない事を!!?」

「確かに、オマンにとっては危険やけど、他ん生徒には、これが一番安全なんや!

 本体の意識がオマンだけに向かってくるから、

 これ以上は生徒が憑かれる事も無い!

 憑かれていない生徒が襲われる事も無いちゅうわけや!」

「ふぅ~ん・・・よく解らないけど、まぁいいか!

 とにかく、俺が戦えば全部上手くいくってことだろ!」

「そういうこっちゃ!」


 校舎玄関から、闇の渦を背負った虚ろな生徒達がゾロゾロと押し寄せてくる!


「・・・来た!」


 燕真は、左手首に巻いた腕時計型のアイテム【Yウォッチ】を正面に翳して、『閻』と書かれたメダルを抜き取って指で真上に弾き、右手で受け取ってから、一定のポーズを取りつつ、和船を模したバックルの帆の部分に嵌めこんだ!!


「幻装っ!!」

《JAMSHID!!》   キュピィィィィィィィィィィン!!


 電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、異形の者に変身完了!

 腰に帯刀してある木笏=裁笏ヤマを構えて、子に憑かれた生徒達の群れに突進していく!




-校舎内-


 ツインテールの少女は、一目散に教室を飛び出し、教務室を目指した!廊下を走りながら、窓やドア越しに他の教室の中を見る。ジックリと見たわけではないからハッキリとは解らないが、どの教室の生徒達も、虚ろで背中に黒い渦を背負っているように思える!


「先生!!みんなが変なの!!」


 程なく教務室に到着!ドアを開け勢いよく飛び込む!!しかし、少女の眼に飛び込んできた光景は、少女を絶望させた!!教務室内の教員達も生徒達と同じ、イスに座ったまま俯いており、眼は虚ろで顔色は青白く、背中に黒い渦を背負っている!


「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」


メリッメリッメリッメリッ・・・ズバァァッ!!

 教員達の背中にある漆黒の歪みから毛の生えた8本の醜い蜘蛛の足が出現!!


「おぉぉぉぉっっっ・・・何故、オマエニハ憑ケナイ!?」

「おぉぉぉぉっっっ・・・目障リダ、我が糧とナリて消エろっ!!」


 8本足を背負った教員達がツインテールの少女に襲い掛かる!!


「きゃぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」


 恐怖で途切れそうになる意識を辛うじて保ち、抜けそうな腰を奮い立たせ、顔面蒼白になりながら、その場から逃げ出す!未だに何が起こっているのか理解できない!しかし捕まったら殺される!とにかく外に逃げ出さなくては成らない!

 廊下を走り、階段を駆け下り、玄関に向かう!!だが、玄関は既に沢山の8本足を背負った生徒達で埋め尽くされていた!


「ひぃっ・・・ぃやぁぁぁぁっっっっ!!!」


 何人かが、未だに憑かれていない少女に気付き、口から蜘蛛の糸を吐き出しながら押し寄せてくる!


「たぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっ!!!!」


 少女が腰を抜かしそうになった瞬間、悲鳴を聞いた戦士が窓を蹴破って少女の前に立ち、放たれた糸を薙ぎ払った!


「あぁ・・・ぁぁぁ・・・・」

「何だよ、俺が居れば他の生徒は襲われないんじゃなかったのかよ!?

 思いっきり襲われてんぞ!!」

「あぁ・・・ぁぁぁ・・・・」

「朝のセンスの悪い女か!?・・・立てるか!?」

「あぁぁ・・・ぅ、ぅん」

「君の他にも正気を保ってる奴はいるのか!?」

「ワ、ワカンナイ」

「そっか、まぁいい!今から玄関を強行突破する!!

 付いて来い!そして、玄関を出たら真っ直ぐに校庭から外に出ろ!!

 そうすりゃ襲われね~よ!」

「ぅ・・・・ぅん」


 危機を救われた少女は、声に成らない声を出して小さく頷く!


「いいな、行くぜっ!ハァァァァッッッ!!!」


 異形の戦士は、光を纏った木笏で、降りかかる8本足を薙ぎ払い、正気を失った生徒の背を叩き、背中から飛び出して実体化した蜘蛛を両断し、校庭への出口を目指す!


「わぁぁぁぁっっっっっっ!!」


 ツインテールの少女が、必死で戦士の後ろを付いていく。その時は必死だったので気付かなかったが、不思議な事に、その戦士の事が怖くはなかった。異形であり、片っ端から蜘蛛を切り、生徒達が次々と倒されていくにもかかわらず、その戦士が悪い奴には思えなかった。全く根拠は無いのだが、直感的に「その戦士に倒された生徒達は死んではいない」と感じていた。

 戦士の姿に勇気を貰ったのだろうか?少女は、気が付くと、掃除用のモップを振り回しながら、異形の戦士と一緒になって玄関までの道を作っていた!・・・まぁ、モップ如きで倒される妖怪はいないんだけど。

やがて、押し寄せる生徒達を蹴散らして、玄関を抜けて校庭に出た!すかさず、左腕の通信機越しに粉木に連絡を入れる!


「よし、出たぞ!!粉木ジジイ、この子を頼む!!」

〈任せときぃ!!・・・誰が子泣き爺やねん!?〉


 それまで正門付近で待機していた粉木が駆け寄ってきて、ツインテールの少女の手を取り、妖怪のテリトリーの外に連れ出す!

 異形の戦士は、少女の無事を確認し、再び玄関周辺に集う子妖に憑かれた生徒達から蜘蛛を祓い続けた!

 しかし、いくら祓っても次から次へと押し寄せてくる為、徐々に戦士の息が切れ始める。ただ斬るだけではなく、背中を打って子を追い出してから実体化した蜘蛛を斬らなければならない。それが1人や2人ならどうと言う事はないが、流石に何十何百といると全部仕留める前に息が上がってしまう。


「キリが無い!!・・・どうする!?」


 押し寄せてくるのは子妖を背負った生徒や教員ばかり!肝心の‘本体’は姿を見せない!やがて、子妖に押し戻されるようにして、校庭に転がり出てしまう!


「クソォ・・・本体は何処だ、何処にいる!?

 ザコばっか相手にしてたら、こっちが保たない!!」

「燕真!!妖刀ホエマルや!!ホエマルを使いや!!

 あれなら、邪念だけを斬れる!!」


 攻め手に欠き進退窮まっていた異形の戦士に粉木のアドバイスが飛ぶ!


「そ、そうか!あれなら!!」


 異形の戦士は【Yウォッチ】から『蜘』と書かれたメダルを抜いて、指で真上に弾いて手の平で掴み、【Yウォッチ】の空きスロットに装填!目の前に光の渦が出現して、日本刀=妖刀ホエマルが出現!


「オーン!!」


 異形の戦士が妖刀ホエマルを握って呪文を唱えると、その切っ先が鈍く揺らぐ!これで、物理的な切断をせずに憑いている邪気のみに致命傷を与える事が出来る!・・・はずなんだけど、その理屈が解らないので、子妖ごと生徒も斬ってしまうのではないかと考え少し戸惑う。


「おぉぉぉぉっっっ・・・!!」


 しかし、相手は待ってくれない!異形の戦士の戸惑いなどお構い無しに襲い掛かってくる!


「こ、こうなりゃ、オマエを信じるぜ、ホエマル!!

 うおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」


 突進してくる生徒の体に妖刀を当て、一気に振り切る!


「おぉ・・・ぉぉ・・・ぉっっっ」


 背中を支配していた8本足が闇に解けるように消滅し、斬られた生徒は穏やかな表情を取り戻してその場に倒れた!思いっきり刀を振り抜いてしまったが、倒れた生徒から血は出ていない。顔色は暖かみのある肌色を取り戻している。


「これなら行ける!!」


 これまでの面倒な行程を省き、刀を振り回すだけで子妖を消滅させる事が出来る!それまで息が上がり気味だった異形の戦士は、覇気を取り戻し、子妖を背負った生徒達に突進していった!


「おぉぉぉぉっっっ・・・オノレ・・・閻魔大王・・・

 ナニユエ人間如キニ・・・?」


 異形の戦士の攻勢になった途端、その場の空気が急激に澱み騒ぎ始めた!もはや子妖では太刀打ちできないと察した本体が動き出したのだ!異形の戦士の耳に、耳を劈くような雑音が聞こえてくる!両側頭部のセンサーが、妖気の変化を受信したのだ!だが、戦士(燕真)は「うるさいなぁ」くらいにしか感じず、それまでと一切変わりなく子妖を斬りまくっている!

 そのダメさ加減を見かねた粉木からアドバイスが飛ぶ!!


「来るで、燕真!!本体や!!」

「・・・・え!?何処から!!?」

「それはワシにも解らへん!

 せやけど、場の空気が今まで以上に殺気立っておる!間違いなく来るで!!」

「・・・りょ、了解!」


 ホエマルを構え、周囲を警戒する異形の戦士!何処から来るのか解らない。それどころか、‘クウキ’が解らないから、本当に来るのかさえも解らない。


「何処だ・・・何処から来る!!」


「上だょ!3階の窓!!そこに黒くて大きなシミみたいなのが見える!!」

「え!!?」

「‘汗臭い’空気がそこに集まってる!

 あぁ、シミが蜘蛛みたいな形になって60点を睨み付けてるょ!!」

「なんや!!?」


 正門付近、先ほど保護をしたツインテールの少女が、真っ直ぐに玄関真上の3階の窓を指さしている!


「・・・3階の窓!?よく解らないけど、そこかぁぁっ!!!」


 少女が示した場所に向けて意識を集中する異形の戦士!頭部のセンサーが周辺の妖気を受信して、映像化したデータを視覚に送る!


「み、みえた!蜘蛛の影だ!!」


 蜘蛛の影目掛けて勢いよく飛び上がる異形の戦士!


「おぉぉぉぉっっっ!!!」


 次の瞬間、少女が示した窓を突き破り、女の上半身が生えた巨大な蜘蛛が飛び出して来た!


「ホントに来やがった!!」

「出おった!・・・あれは絡新婦(じょろうぐも)や!!!」


絡新婦(じょろうぐも)

昼の間は美しい女性の姿だが、夜になると大きな蜘蛛の姿になり人を襲う妖怪


 少女のアドバイスに従って本体の位置を正確に把握していた異形の戦士は、絡新婦が身構えるよりも早く懐に飛び込んだ!


「ヤァァァァァッッッッッッッ!!」


 ホエマルの剣閃が走り、絡新婦の前足2本を切断!切り落とされた足は、まるで意志があるかのようにモゾモゾと動いて校舎の中に逃げていく!!


「本体はダメージは与えられるけど完全には倒せへん!!

 メダルに封印するんや!!」

「そ、そうだった!!」


 異形の戦士は、【Yウォッチ】から空白メダルを取り出して指で弾き、手の平で受けてからホエマルの握り部分にある窪みに装填!!


「オーン・封印!!」


 異形の戦士は、呪文の詠唱を受けて赤い光を纏ったホエマルを振り上げ、絡新婦に飛び掛かる!

 このままでは倒されると感じた絡新婦は、体内から子(子と言っても大きな蜘蛛)を数匹出現させて異形の戦士を迎撃する!


「雑魚は邪魔だぁぁ!!」


 お構い無しにホエマルを振り下ろす異形の戦士!異形の戦士と子妖、そして絡新婦がすれ違う!子妖が両断されて闇に解けるように消え、絡新婦にも、大きな一文字の裂傷が出現!!


「おぉ・・・ぉ・・ぉぉっっっ・・・オノレ・・・!」


 絡新婦は、大きく仰け反って苦しみもがきながら闇に解けるように消滅していった!そして、ホエマルの握りにはめ込んでおいた空白メダルが、斬った妖怪を封印して色を変化させる!


「ふぅ・・・終わった。」


 地面に着地し、肩をなで下ろし、周囲を見回す異形の戦士。それまで群がっていた生徒達は、一様に健康な顔色を取り戻して、その場に倒れている。


「なんか・・・スゴイんですけどぉ~」


 ツインテールの少女は、チョットした感動の面持ちで異形の戦士を見詰めている。先程まで校内を支配していた澱んだ空気は、今は全く感じられない。


「なんや・・・あの娘。本体の居場所が正確に解りおったんか?」


 ツインテールの少女をジッと見詰める粉木老人。こうも早く‘本体’を撃退できたのは、彼女のアドバイスのお陰で、燕真が先手を取る事が出来たからだろう。色々と訪ねてみたい事があるが、そうも言ってはいられない。

 粉木は、勝利の余韻に浸っている真っ最中の異形の戦士に駆け寄り、肩をポンと叩いて正門側を指さした。


「直に生徒らが目ぇ覚ます。こんだけの騒ぎになってしもうたから警察も動くやろ。

 その前に退散すんで!」

「あ、あぁ・・・うん」


 2人はツインテールの少女の脇を通過して正門から出て、異形の戦士は電柱脇に停車してあるバイクに、粉木は自転車に跨がる。背中越しに、少女の視線を感じた異形の戦士は「安心しろ。もう大丈夫だ!」と言い残して、その場を去っていった。「少女に優しい言葉を残して去っていく俺って格好良いぜ!」と思いながら!


晴れ渡る青空。夏の微風が、少女のツインテールをなびかせる。


異形戦士の活躍で、少女が通う学校に憑いた闇は、空と同じように晴れた・・・はずだった。

だが、校舎の奧の更に奧・・・消滅したはずの蜘蛛の影が、誰からも気付かれない様に、小さく唸り声を上げていた。

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