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01 部活動説明会
本日から更新を再開いたします。
今回は全11話で、隔日で更新していく予定です。
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卒業ライブを終えた後には、また楽しい日常が待ちかまえていた。
卒業ライブの三日後には終業式で、その後は春休みであったのだ。この期間は森藤たちもバンド活動を行わないため、『KAMERIA』が部室を独占することがかなったのだった。
スタジオ練習が楽しいことは事実であるが、部室であれば午前の九時から午後の六時まで使い放題であるのだ。このひと月ほどは土曜日でも数時間は先輩がたに場所を譲っていたため、文字通り朝から晩まで練習に打ち込めるのもひさかたぶりのことであった。
卒業ライブをやり遂げて、次なる目標は四月下旬のライブである。実に慌ただしい話であるが、めぐるにとってはその慌ただしさも楽しいばかりであった。
「でもさ! ずーっとおんなじ曲ばっかり練習してるとマンネリになっちゃうから、なんか新しいことにも取り組んでみよーよ!」
町田アンナのそんな提案によって、『KAMERIA』は新たな課題曲を設けることになった。
紆余曲折を経て選出されたのは、『SanZenon』のミニアルバムに収録されていた一曲である。『KAMERIA』は年末から二月にかけて『
ただし、余興と言っても手を抜くような人間はいないし、上手くまとまるようであればこれもいずれライブで披露しようという話であったので、めぐるは大いなる熱情でもって取り組むことができた。もとよりめぐるは『SanZenon』のすべての楽曲のフレーズを辿ることに勤しんでいたため、それを『KAMERIA』で演奏できるならば幸福な限りであった。
そんな楽しい春休みは、二週間ていどで終わりを告げる。
四月の第一水曜日は、始業式である。その日から、めぐるたちはついに二年生に進級してしまうのだった。
「さてさて、運命のクラス分けか。いったいどんな結果が待ってるだろうねぇ」
始業式の朝、通学路を辿る道行きで和緒はシニカルに微笑みながらそんな風に語っていたが、めぐるはべつだん気にしていなかった。教室で孤独に過ごすことは慣れっこであったので、今さらそれを気に病むこともなかったのだった。
「わたしはむしろ、ひとりのほうが気楽かも……あっ、もちろんかずちゃんと同じクラスになるのが嫌なわけじゃないんだけど……」
「あんたは人前でいちゃつくのが大の苦手だもんね。って、なんであたしがあんたみたいな齧歯類といちゃつかないといけないのさ?」
「わ、わたしは何も言ってないよ?」
そうして裏門をくぐって部室棟に直行すると、そこにはすでに町田アンナと栗原理乃が待ちかまえていた。
「おー、来た来た! 誰か一緒のクラスになれるかなー? めっちゃ楽しみだねー!」
と、町田アンナはいつも通りの笑顔であったが、栗原理乃は見るからに落ち着きのない素振りであった。どうやら彼女はめぐると異なり、大事な幼馴染と是が非でも同じクラスになりたいと願っているようである。
しかし残念ながら、彼女の願いがかなうことはなかった。栗原理乃は二年一組で、町田アンナは二年三組であったのだ。
そして――栗原理乃と同じクラスであったのは、町田アンナではなく和緒であったのだった。
「なるほど、こう来たか。それじゃあまあ、人間関係のバランスを揺さぶることに全精力を傾けるとしようかね」
そんな風に言いながら、和緒は栗原理乃の華奢な肩に腕を回した。
栗原理乃は真っ赤になり、町田アンナは「あはは!」と笑う。
「バランスなんてどーでもいーから、理乃のことをよろしくねー! で、めぐるは何組だったの?」
「あ、わたしは四組でした」
「四組だったら、ウチと隣じゃん! 体育の授業とかは、一緒だね!」
町田アンナにおひさまのような笑顔を向けられて、めぐるも「そ、そうですね」と曖昧に笑顔を返す。
すると和緒は神妙な顔になりながら、栗原理乃の頭に頬ずりをした。
「あっちはあっちでよろしくやるみたいだよ。こっちも覚悟を決めて、一線を越えちゃおうか?」
「い、磯脇さんが言うと、冗談に聞こえないのですけれど……」
「それは重畳。気色悪さをこらえてひっついてる甲斐があったよ」
「そ、そういう物言いは栗原さんに失礼だってば」
そのようにして、クラス分けは完了した。
そしてその日は始業式とホームルームのみであるので、午後からはまた練習ざんまいである。
その翌日は入学式であるため、在校生は自宅学習となる。なおかつ部室の使用も禁止にされたため、めぐるは一日アルバイトに励むことになった。
さらに翌日は避難訓練でまた半ドンであり、その翌日は土曜日だ。『KAMERIA』のメンバーはそこでも楽しい練習に励み――そうして間に日曜日をはさんで、ついにその日がやってきた。
四月の第二月曜日――
めぐるがベースを購入して、丸一年となる期日である。
昨年は四月の第二日曜日であったが、本年は月曜日であったのだ。一年前の今日、めぐるはネットカフェで『SanZenon』のライブ映像を目にして、『リペアショップ・ベンジー』で浅川亜季と出会い、そしてリッケンバッカーのベースを購入したのだった。
あれから一年が過ぎたのかと思うと、めぐるの心にはさまざまな感慨が渦巻いた。
まったく大仰な話でなく、あの日からめぐるの運命は一変したのだ。あの日に一歩を踏み出していなければ、めぐるの人生はまったく異なる方向に転がっていたはずであった。
(ていうか……わたしはきっと、それまでとまったく変わらない人生を送ることになってたんだろうなぁ)
学校では和緒としか口をきかず、家ではひたすら勉強に励み、月に一度のネットカフェ通いが唯一の娯楽――それが、めぐるの人生のすべてであったのだ。ベースを手にしてバンド活動に取り組んでいなければ、そんな人生から脱するすべはどこにもなかったのだろうと思われた。
「いやいや。きっとあんたの中には、行き場のない情念やらエネルギーやらが渦巻いてたんだろうからね。ベースと出会ってなかったら、別の何かと出会ってたんじゃない?」
和緒はそんな風に言っていたが、めぐるにはまったく想像がつかなかった。
そしてべつだん、そのようなものを想像する必要もなかった。めぐるはすでにベースと出会っているのだから、他の選択肢を想像する必要などなかったのである。たとえ和緒の言葉が真実であったとしても、めぐるは今以上に幸福な人生など想像できなかったし、そのようなものはこれっぽっちも求めていなかったのだった。
(わたしは、今の人生が一番いい。……そんな風に思えるのは、なんて幸せなことなんだろう)
そうしてめぐるが胸を詰まらせていると、和緒はとても優しい眼差しで頭を小突いてきたのだった。
しかしまあ、ベースを購入して一周年などというのは、めぐる個人の出来事だ。月曜日であるその日も、普通に登校日であり――そして最後の特別日程であった。
午前中は、全学年の身体測定である。
そして、午後からは――部活動説明会の開催であった。
「正直言って、去年の記憶はおぼろげなんだよねぇ。あんたは、どう?」
「うん。わたしもあんまり覚えてないや。部活に入るつもりはなかったから……もしかしたら、居眠りしちゃってたのかなぁ」
昨年の部活動説明会において、宮岡部長はライブでも使用していたエレアコギターを持ち出していたとのことである。ただし、アンプの持ち込みは禁止されていたので、壇上で生音の弾き語りをひと節だけ披露していたのだそうだ。
そして、本年は――新部長たる森藤が奮起していた。彼女は先週の始業式の午後、新たな副部長たる小伊田とともに部室を訪れて、思いのたけを語っていたのだった。
「うちの学校って、ビラ配りとかは禁止されてるからさ! この部活動説明会が、勝負の日なの! 町田さん、さっそく力を貸してね!」
「んー? でもウチ、アコギとかは持ってないよー?」
「大丈夫! 禁止されてるのは、電源が必要なアンプだけだから! 吹奏楽部なんて盛大に音を鳴らしてるんだから、こっちもめいっぱい対抗しないとね!」
ということで、町田アンナが部活動説明会の切り込み隊長に任命されたわけである。
当日たる今日、めぐるは我がことのように緊張しながら体育館に出向くことになったのだった。
「森藤新部長は、どんな形で町田さんを使うつもりなんだろうね。あんまり共感性羞恥を刺激しない内容であることを祈るばかりだよ」
和緒は、そんな風に言っていた。
これは新一年生のための催しであるため、二年生と三年生の出席は任意だ。しかし、町田アンナにすべての苦労を負わせて練習にうつつを抜かす気持ちにはなれなかったため、『KAMERIA』のメンバーは体育館の片隅から壇上を見守ることに相成った。
壇上では、まず運動部から説明を開始している。野球部、サッカー部、軟式テニス部、バドミントン部、バスケ部、バレー部、陸上部、ラグビー部、水泳部、柔道部、剣道部、弓道部――果てには、レスリング部やカヌー部などというものまで登場する。この学校にそれだけの運動部が存在することを、めぐるは初めて知ることになった。
それからようやく、文化部の番である。
まずは文芸部から始まって、美術部、華道部、茶道部、写真部、生物部、漫画研究部、天文気象部ときて――その次が、ついに軽音学部であった。
『続いて、軽音学部です』というアナウンスとともに、気合の入った面持ちの森藤が登場する。
そして、華々しいギターサウンドが鳴り響くや、町田アンナも飛び出してきた。
「……なんじゃ、ありゃ」と、和緒は溜息をつく。
めぐるは栗原理乃と一緒に、目を丸くしていた。
町田アンナはジャージのトップスに制服のスカートといういつもの格好で、頭に紙袋をかぶっている。目もとと口もとにだけ穴のあいた、ライブでお馴染みの扮装だ。
そしてさらに愛機たるオレンジ色のテレキャスターを抱えているのは当然として、首には小さなミニアンプをぶら下げていた。
あれは、小伊田が校外のバンドメンバーから借り受けた品である。めぐるたちも先週、部室でその品を拝見していた。
いちおうブランドはマーシャルであるが、縦も横幅も十五センチ足らずで、出力はなんと1ワットであるという。なおかつ、9ボルトの電池でも駆動させることができるため、これならば壇上に持ち込んでもかまわないという許可をいただいていたのだった。
(でも、これ……ちゃんと、町田さんの音だ)
知らず内、めぐるは体が疼いてしまった。
よくよく見てみると、町田アンナが羽織ったジャージのポケットから、ラットのエフェクターの黒い筐体がちらりと覗いている。ギターからのびたシールドはそのラットを経由してミニアンプに接続されているのだ。主力1ワットのミニアンプでも、それで町田アンナらしい豪快なギターサウンドが完成されていたのだった。
紙袋をかぶった町田アンナはライブさながらのアクションで躍動し、ギターをかき鳴らす。最初は適当なフレーズであったが、いつしかそれは『転がる少女のように』のイントロに移行していた。
『はじめまして。わたしは軽音学部の新部長になった、三年一組の森藤です。あちらは我が部の誇るバンド「KAMERIA」のギタリスト、Aさんです』
スタンドマイクの前に立った森藤は、きりりと引き締まった顔でそのように申し述べた。
その間も、町田アンナはギターをかき鳴らしており――そうしてAメロに入ったならば、元気いっぱいに歌い始めた。
マイクを通さない、生声の歌である。ただし彼女はとてつもない声量であったため、体育館の後ろ側に陣取っためぐるたちのもとにもそれなりのボリュームで聴こえていた。
『我が校の軽音学部は数年前まで活況を呈していて、コンクールでも素晴らしい結果を残していたのですけれど、ここ数年でちょっと元気をなくしていました。でも、去年入部した部員たちが「KAMERIA」という素晴らしいバンドを結成して、大いに盛り上げてくれました。どうか新一年生のみなさんも、わたしたちと一緒にこの楽しさを共有してください』
町田アンナの歌とともに、森藤はそのように熱弁した。
新一年生たちは、いったいどのような思いで町田アンナたちの姿を見守っているのか――それは判然としなかったが、めぐるとしては満ち足りた気持ちであった。
(この町田さんの格好よさがわからないなら、入部したって意味ないよ。……まあ、わたしは新入部員なんていなくてもかまわないけど……)
それよりも、めぐるは一刻も早くこの格好いいギターと一緒に演奏をしたかった。
そんな具合に、部活動説明会はつつがなく終了し――そしてその翌日に、さっそく本日の成果が示されることに相成ったのだった。
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