第6話 妹が誕生日らしい


下駄箱では面倒くさい女に絡まれてしまったが、それ以降は何事もなく自宅に到着した。

週に一回の委員会とはいえ、麻衣が居ないと帰り道も退屈でつまらない。


……と言うより人生がつまらなくなる。学校どころじゃない、麻衣が居なくなったら何もかもが詰まらなくなるだろう。


母さんや麻衣の両親達とは違う種類の愛情が麻衣に対してはある。



「我ながら依存してるな」


最近まで麻衣と疎遠だったとか……嘘だろ俺?麻衣なしでどうやって生きて来れたんだマジで。



──家に帰っても何も予定ないし、適当に部屋でスマホゲームでもプレイしようか。でも一年近く放置してたのに今更やってもな。


家に帰ってもただいまの挨拶をせず玄関の扉を開けて中へ入る。

まぁ母さんは帰ってないだろうから言った所で返事なんてないけど。



「……………」


しかし、何故か玄関を入って直ぐのところに渚沙が立っていた。

腕を組みながら何かを言いたそうにしているが、その姿を見て不快な気持ちになる。

道端で小動物の死体を目にした時──それに匹敵するほどの不快さが妹にはあった。間違いなく帰って来てそうそう見るようなモノではない。



「………遅かったね」


「…………」


うわっ、なんか気安く話しかけられたし。

さっき生徒会長に『地獄に堕ちろ』って言ったけど、まさか俺が地獄に堕ちたんじゃないよな?


渚沙と話す事なんて一つもないのにマジでウザったい……だいたいなんで玄関に居るんだよ。

それも制服を着替えないままだし、誰かを待ってた雰囲気がある……多分あのクソ姉だろう。俺であってたまるか。



「あ、あのさぁ」


言い淀みながら髪を弄る仕草をし出す。

あの仕草には覚えがある……何か言い辛い事を話す時にしていたコイツの癖だ。

こう言う時はいつも俺から声を掛けていたんだが、今では絶対に有り得ない。


俺は無視して部屋へ向かう。



「ま、まって!」


「………ッ」


引き止めようと渚沙が腕を掴んで来た。

深刻そうな表情をしているが、俺は掴まれた腕をジーッと見詰める。



「…………」


渚沙が俺に触れた手を消毒した事があった。

なんであんな酷い事をするのか、ずっと疑問だったが今ようやく理解した。


本当に気持ち悪いんだ、渚沙の手が。

もし同じ気持ちだったとしたら、渚沙があんな真似をした理由にも納得だ──うん、俺も消毒しよう。



「……何か言うことあるんじゃない?」


何もねぇよ。


「な、なに黙ってるの?」


何も言う事がないから黙ってんだよ。


一切顔を合わせたくないから、帰宅後はいつも部屋に直行してる。今回も逃げるべきだが……俺の部屋があるのは2階。


そこへ続く階段は渚沙の背後にある。



(あんま近く通りたくないんだよね)


俺は諦めてリビングへと向かった。

近くを通り過ぎるのが嫌だったからだ。


ただでさえ生徒会長に絡まれて疲れてんのに、話し掛けないでくれよ。



「ね、ねぇ!ちょっと待って!」


「…………ちっ!」


(付いて来んなよっ)


俺はそのまま台所へ向かい、そこに置いてあるアルコールを使って渚沙に触られた腕を消毒する。



「………ぁ……くっ」


その瞬間、渚沙から息を呑むような声が聞こえて来る。

俺が何も言わないで黙ってると、元妹は表情を強張らせながら口を開いた。



「ひ、酷いよ……お兄ちゃん……今日誕生日なのに……」


誕生日?だったらお前の産まれた呪いの日じゃねーか。

というか自分も同じことやった癖に、まさか忘れてんじゃねーよな、コイツ?



「汚い手で触るな。第一、先にやったのはお前だろ?」


「…………え?な、何を」


「アルコール消毒」


「あ、あれは……昔の事だしッ」


「あっそ」


昔のこと……所詮はその程度の認識だ。

俺の味わった恨み、辛み、悔しさなんて知りもしない……知ろうともしない。


そんな人間と話す事はないもない。



「ま、待ってお兄ちゃん!は、話が──」


「お兄ちゃんとか呼ぶなよ」


「……は、はぁ?だってお兄ちゃんでしょ!?」


「お前……これまでのこと無かった事にすんなよ。お前にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いはマジでないから。本当だったら文句すら言いたくないけど、余りにもお前の頭がおかしいから忠告だけしといてやる……二度と兄扱いすんな」


「ちょ、ちょっと──」


「返事は?」


「だ、だか──」


「返事は?」


「………くっ!」


「…………」


「ぅぅ………ぐすっ……」


久しぶりに見た渚沙の顔は涙で濡れていた。

だが、その顔はとても醜悪なモノに見える。

なんで泣いてるのかも分からない……しかし、泣き顔を見てもちっとも可哀想だとは思わなかった。


俺を散々傷付けた顔なのだから。


第一、急に馴れ馴れしくなったのも訳分からないし、そんな相手と会話をしても不快感が増すだけだった。



『──お前みたいな兄は要らない!!』


そう言われた事があった。

一度だけじゃない、何度も言われ続けて来た。


俺はたくさん傷付いたと思う。

だけどコイツは少し責められただけで、まるで俺と同じくらい傷付いたみたいに絶望した顔で涙を流す。


それに辞めろと言われたから優しいお兄ちゃんである俺が兄を辞めて差し上げたというのに、今更どういうつもりだよ?

今日が誕生日なのも忘れてたくらい、こっちはお前にはちっとも興味無いんだよ。


………


………



ダメだ、どうしても愛情が湧いて来ない。

もう本当にダメなんだろうな、俺たち兄妹の関係は……



「うぅ……お兄ちゃん……」


泣き続ける妹を無視して部屋に直行した。

俺は通り過ぎる後も振り返らず、立ち止まる事もなかった。

だって罪悪感や後ろ引かれる気持ちなんて微塵もないからな。



──それから1時間くらいが経った頃、無性に用を足したくなったので、読み途中の漫画を閉じてトイレへと向かう。

もう渚沙とのやり取りは頭の片隅に追いやられている。



「ん?」


トイレへと向かう途中、玄関の方から話し声が聞こえて来た。



「俺たちは外で食って来るからな」


「………はい」


母さんと父の会話だ。

これから渚沙の誕生日祝いで外食をするらしい。


俺に声が掛けられないのはいつもの事だが、最近では母さんにも冷たく接するようになり始めた。

いつも俺と母さんが二人で食事してるのが気に食わないらしいが……思い通りにならないからって母さんは違うだろ。


単なる八つ当たり。

楓と渚沙は子供だし脳みそが足りないだけとしても、アンタは大人だろ?

俺はこの父親が一番の害悪だと思う。



「じゃあ行ってらっしゃい、楓、渚沙」


「…………」


「…………」


姉はスマホを弄りながら母さんの方すら見ずにそのまま父と家を出た。


ただ渚沙の方は無視してるというより、落ち込んでるように見えた。

目元が赤く腫れ上がっている──さっき俺にコケにされたのが悔しくて泣いてたんだろうねぇ。



「はぁ〜……あの人はもうどうでも良いけど、楓と渚沙に嫌な態度を取られるのは堪えるわね……」


取り残された母さんは悲しそうだ。

元父には愛想尽かせてるみたいだけど、元姉と元妹には愛情があるらしい。

母親なのだから子を思うのは当然だろう……俺を簡単に捨てたあの父とは違って優しいからな。



──だから尚更、母さんには申し訳ない。



「母さん……ごめん」


俺なんかを庇ったせいで苦労を掛けてる。

でも俺に構うなとは言えない……俺には母さんと麻衣たち家族しか居ないんだから。


「……!!亮介っ!!大丈夫よっ!!二人で御飯食べましょう!!腕によりを掛けるからね!!」


気を遣ってくれる優しい母さん。

母さんを傷付けるアイツらも、麻衣を除け者にする学校の奴らも、いつか殺してやる。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


〜楓視点〜


渚沙の誕生日祝いから帰った私は弟である亮介の部屋を訪れていた。

しかし、相変わらず態度が気に食わない……寝転がりながら漫画を読み、こちらを見ようともしないのだから。



「どういうつもりだ?」


だが、今はどうしても言わなければダメな事がある。それを言わなければならない。



「…………」


「またダンマリか!?」


コイツは……自分が何をしたのか分かってるのか?

せっかく渚沙が歩み寄ろうとしてあげたのに、亮介はそれを無下にしたんだっ!


今日という今日は許せないっ!



「詳しく聞いたぞ!?お前、渚沙に触れられた腕をわざとらしく消毒したみたいだな!?やっていい事と悪い事の区別も付かないのか!?」


「はっ、詳しく聞いたねぇ?」


「……なに笑ってるんだ?」


「別にぃ?アイツに都合良く言い包められたんじゃないのぉ?」


「………っ!」


亮介めっ!馬鹿にした話し方を……!注意すれば反省すると思ったのに、まさか姉の私を馬鹿にしてくるとは……!


最近まったく話せてなかった。久しぶりに声を聞けたと思ったらなんという──



「──良い加減にしろ!お前は本来なら犯罪者だろ!?そうならないのは向こうが示談に応じてくれたからだっ!そして今まで通り暮らせているのも父さんが家に置いてやってるからなんだっ!母が味方をしてるからって調子に乗るなっ!」


よしっ!言ってやったぞ!

これで自分が置かれてる状況を少しは自覚したか?母さんが馬鹿みたいに庇う所為で一年経った今でも謝罪の言葉がひとつもない。


これだけ説教したのだ、少しは反省しただろう?



「言いたいことは言えた?だったらもう出て行ってくれる?久しぶりに麻衣と高難易度のマルチバトルやってるのに鬱陶しい」


鬱陶しいだと……姉に向かってコイツめっ!



「くっ!スマホ画面から目を離さないと思ったらゲームをしていたのかっ!?──だいたい、あの女とは遊ぶなってずっと言ってるだろ!?ウチの高校もギリギリ合格するような頭の悪い──」


「それ以上言うと殺すぞ」


「………なっ!?」


今まで感じた事もない、それこそ刺し殺すような目で亮介がこっちを睨みつけて来る。

顔を合わせたのなんて久しぶりだが……亮介って、こんな目をしていたっけ?


怖い……こんな亮介を私は知らない……あの女を悪く言ったくらいで何をそこまで怒るんだ?

頼むからそんな目で私を見ないでくれ……私はただお前に反省して心を入れ替えて欲しいんだ!!



「くっ!!」


気が付けば亮介の部屋を飛び出していた。

途中で振り返り、開けっぱなしのドアから亮介を見ると、こっちを見る事もなくスマホを弄っている。

まるで私になんて興味がないと言わんばかりに……それが悔しくて仕方なかった。



「……何故なんだ……どうして」


自分の部屋に戻ってベッドに横たわる。

さっき亮介に言われた言葉が脳裏にこびり付いて離れない。



『それ以上言うと殺すぞ』




──亮介を愛してる。

亮介へ向ける憎しみは全て愛情の裏返しなのだ……でなければ酷い言葉を投げ掛け、反省を促したりなんてしない。


なのに、殺す……たかだか中里麻衣を悪く言っただけで殺すと脅されたのか……?


信じられない。


怯えて言い返せない私自身も嫌になる。

でもまさか殺意を抱かれるなんて、じゃあ私は……どうすれば良かったのだ?





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