第5話 早く終わりたい学校生活


──それから一週間が経過した。

麻衣と遊ぶ以外は特にする事がなかったな。


スマートフォンの連絡先には母さんと麻衣、それから麻衣の両親……後は他校にいる唯一無二の友人。


それ以外は全て削除した。

登録しているのはこの五人だけだ。

もう真っ白で何もなくなってしまった。

ずっと遊んでいたアプリゲームもやらなくなった。何をしても楽しいと思えないし、また新しく始めようとも思えない。


だと言うのに全く寂しいとは感じない……もう随分慣れてしまった。




「母さん、行ってくるよ」


「はーい!いってらしゃ〜い!」



母さんの夜勤も明け、いつもの様にクズ三人とは顔を合わせない時間に学校へと向かう。

今日からは母さんが弁当を用意してくれるし、見送りにも来てくれる。


冤罪で捕まる前は、正直、母さんと挨拶を交わすのは恥ずかしいと感じていた。

でも今は違う……信頼できる誰かに見送られながら学校に行けるのは本当に有り難い。



「あ、おはよー亮介!!」


「ああ、おはよう、麻衣」


外では麻衣が待って居てくれた。

二人で肩を並べながら学校へと向かう。



「……あっ!お母さん!」


「本当だな」


麻衣の家の前を通ると、ベランダから麻衣のお母さんが手を振ってるのが見えたので麻衣と手を振り返した。



「亮介く〜ん!今日は家で御飯食べに来ないかしら?」


「お誘いありがとうございます!でも今週末は母さん家に居てくれるので、また来週お願いします!」


「あら、そういえばそうだったわね!気が向いたらお母さんといらっしゃいな!」


ベランダから距離があるので互いに声が大きくなってしまう。

こんな朝早くから大声で話している。


それなのに煩わしいとは思わない。

だって麻衣の母さん•舞香さんはとても優しい人だから。


──────────



「はーあー……席替えまだかな?」


「…………」


「隣がマジで最悪なんだけど」


一限目の授業が始まる直前、隣の席に座る女子がため息混じりに嫌味を呟いていた。明らかに聴こえると分かってて言ってる。席だってむちゃくちゃ離してる癖に。


相変わらず教室に居場所なんて無いけど、麻衣が来てくれるから別に大丈夫だ。

それにしても良い気分だったのに台無しにしてくれたな屑の癖によ。



「強姦魔が隣の席とか可哀想」


「でしょ?明日から休んでくれないかな?」


桐島文香と話してる……そういや友達か。

良く見れば両方ガラも悪いし、これぞ正しく類は友を呼ぶって奴だな。



それにしても桐島は休み時間の度に必ず来るから煩い。俺は今更こんな屑に何を言われても気落ちしないけど、麻衣は気に病むからムカつくんだよ。


もしその悪意の矛先が、ほんの僅かにでも麻衣へ向ってみろ──その時は絶対に殺してやる。



────────



「それじゃ……今日は先に帰ってて」


「委員会?」


「うん……ごめんね?」


「いいよ、気にしないで」


今日は麻衣が週に一度の委員会活動がある日。

待ってても気を遣わせるだけだし、言われた通りに帰るとするか。

別に麻衣の為なら待ってても良いんだけど、長い時間待ち惚けてプレッシャーを感じさせると可哀想だ。



──俺は下駄箱に向かい靴を履き替える。


すると前方から目障りな女が近付いて来た。待ってれば良かった……でもプレッシャーが……ああ、めんどくせぇ。



「………はぁ」


思わず顔を顰めてしまう。


相手が生徒会長だったからだ。

俺はこの人を嫌悪し、軽蔑している。



「相変わらず嫌な子だね。そんな子だと知らずに生徒会に誘った自分が恥ずかしいよ」


生徒会長は嫌そうな俺の態度に腹を立てたらしい。不服そうにコチラを睨む。



「……………」


勝手に誘っといて何言ってんだよ。

身長は俺より少し小さいが女子の中では高い方。モデルにスカウトされるくらいの美貌と体型で、男子生徒から憧れの的らしいが……


こんなのより小柄でおっとりとした優しい性格の麻衣の方が100倍良いに決まってる。

一時はこの生徒会長の憧れたりもしたけど、それは過去の話で既に憧れる要素なんて一つ足りとも存在しない。



……今になっては黒歴史だが、この女は俺の初恋の相手だったと思う。

あの頃は不覚にも麻衣の可愛さに気付いて無かったから、ずっと可愛がってくれる生徒会長に心が惹かれていたんだ。


…………


…………


それなのに、あの事件で家族の次に傷付けて来たのがこの人だった。

姉と共謀して俺を生徒会から追い出し、酷い言葉も沢山投げ掛けて来た女だ。


そんな恩知らずが更に話掛けてくる。



「いつまで恥ずかしい男を続けるつもり?」


──あまりにも煩いから俺は黙って横を通り過ぎようとする……が、コイツはそんな俺をわざわざ引き留めてまで悪意のある言葉をぶつけて来た。



「………はぁ?」


完全無視を貫いてたのに思わず返事をしてしまった。

俺が『おっと』とわざとらしく口元を押さえると、その仕草が癇に障ったらしく、顔を真っ赤にして捲し立てる。



「女性を酷い目に遭わせといて!一回も謝ってないんでしょ!?ほんとにほんとに最低だよっ!!」


「………」


肩で息をするくらいエキサイトしてる。

ちょっと煽られたくらいでキレるなよ……俺はずっと我慢してるのに。



「ねぇ話聞いてるの?!」


聞こえてるに決まってるだろ。

それより早く終わってくれねーかな?

偽善者の的外れな説教とか聞く耳耐えん。



「……か、楓ちゃんも可哀想だよ」


「………?」



いやいや、可哀想なのはあんな姉を持った俺の方だよ。

っていうか意味不明な説教よりも、アイツの名前を聞かされた事が一番堪える。



「楓ちゃん、君が謝ったら少しくらいは許しても良いって言ってたよ?……犯罪者を完全に許す事は出来ないけど、歩み寄るくらいはしても良いって」


「…………」


「わかる?女性を襲った君と歩み寄るって言ってたんだよ?本当に優しいお姉さんだよ──それに、わ、私も、君が心を入れ替えて本気で反省してくれるなら、ちょっとくらい話してもいい……よ?」


「…………」


鳥肌立って来た……気持ち悪いなマジで。

しかも上から目線でモノを言って来るし、自分にどれだけ価値があると思ってんだよ。


もう自分が絶対に正義なんだろう、この人にとっては。そして俺は絶対悪で揺るがない、そこは大前提。


それに歩み寄るってなんだよ?

お前がそれをしなかったからここまで関係が拗れたんじゃないのか?


罪を償えだと?

何もしてないのに?

謝る事が前提の話をされてもそれはどう考えても却下だ。こっちの言い分を聴かないヤツらに寄って来られても良い迷惑なんだよ。



「……生徒会長さん」


「な、なに?」



──初めてだった。


生徒会長・姫川涙子。

彼女が亮介を生徒会から追い出して10ヵ月以上が経過している。追い出したのは少しやり過ぎと思ってたが、被害者の立場で考えると許せない。


ただ、それからも会う度に心を入れ替えさせようと何度も注意した。

本当に心を入れ替えてくれたなら許しても良いと涙子は本気で思っていた。


それは山本亮介に好意を抱いていたから……だから性犯罪を犯した時に誰よりもキツく当たった。好きな男性が下衆だと知ってショックだったのだ。


しかし、会って注意すれば不貞腐れた態度で無視される。とても反省している様には見えない──だが、それでも亮介を思って言い続けたが、いつの間にか返事すらしなくなってしまった。


そんな亮介が生徒会を追い出して以降、初めて声を掛けてくれたのだ。

涙子はようやく反省の言葉が聞けると期待に胸を躍らせた。



──だがそれも束の間の喜びとなる。



「……意外にギャグセンス有るんですね」


「え………ギャグ?……ギャグって……なに?」


「褒めてるんですよ?──反省すれば少しは話しても良いって?……そんなの恥ずかしくてセンスが無ければ中々言えませんよ。自分が俺に求められてるとでも本気で思ってんすか?」


「………な、何を……自分が悪い癖に……!」


顔を真っ赤にして肩を震わせる涙子。

そんな生徒会長にトドメの言葉を投げ掛ける。



「───地獄に堕ちろ」


「………ッ!?」


言い返そうとして涙子は言葉を飲み込んだ。


今まで目を見て話せる機会がなかった……亮介が決して目を合わせようとしないのだから当然だろう。


久しぶりに目の当たりにする亮介の瞳の奥にはマグマのような敵意が宿っている。

一見すると冷たいだけの冷え切った眼差し……ただそれは表面だけで内側は憎しみが充満していた。



「…………ぁ……あ、の」


身震いする程の憎しみを垣間見てしまい、今度は怒りではなく恐ろしさで涙子は震え上がった。



「それじゃ」


言いたい事を言い終えると、亮介は何事も無かったかの様にその場から去って行く。

そんな亮介の後ろ姿を涙子は黙って見ていた。いつものように小言など言える状況ではなかった。



「不貞腐れてた……んじゃないの?」


あれは不貞腐れてたというよりも全てを諦め何かを本気で憎んでいた。あの温かくて優しい眼差しは……もう何処にもない。


涙子は唐突に痛み出した胸を押さえた。



「もしかして……私が間違ってたの……?」


そう言った後でブンブン首を振り今の呟きを否定する。未遂に終わったとしても亮介がやった事は許せない。私がして来た事、言った事は間違いじゃない。


しかし、1年以上が経っても罪を認めようとしない彼の頑なの態度には思うところもあった。

何かが変だ……少なくても謝りさえすれば味方をする人間は何人か存在するのだから、彼の性格を考えると意地を張らずに謝ってもおかしくない。



「……………ッ!?」


そう考え込んだ末、ある単語が涙子の脳裏を過ぎった。




──【冤罪】



「……!?」


想像しただけで涙子はビクッと身体を震わせる。


もしそうだったら最悪だ。

なんの罪もない人間を皆んなで貶めている事になるのだから……それも自分にとって初恋の後輩を。



「違う……!違う……!」


今度はさっきよりも激しく首を振った。

好きな男子を更生させようと酷い事を言い続けた……だからこればっかりは何がなんでも認められない。

亮介を率先して乏しめたのは他でもない自分なのだ。



「…………でも」



──本当に冤罪だったのなら、どうやって謝れば許して貰えるのか……?いろいろ考えてみたが、涙子には何一つ良い方法が思い浮かばなかった。


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