第2話 敵と味方
空はよく晴れていた。
俺は一人で通学路を歩いている。
「あいつよく学校来れるな」
「顔を見るのも嫌なんだけど」
「近寄ると犯されんぞ」
「やめてよ、本当にやりそうなんだから」
学校の前に差し掛かり生徒が増え始めると、俺は決まって誹謗中傷という名の雑音を受ける。一年という月日が経っても飽きることがないなんて……逆に暇過ぎて羨ましい。
「…………」
俺は黙って歩き続けた。
もう陰口には慣れたものだ……心にダメージはない。
しかし、校門を通り過ぎようとした所でソレに出会した。
「……君か……今日は随分遅いんだね」
「…………」
今日は朝からトコトン運がない。
大嫌いな人間にまた会ってしまった。
生徒会長・姫川涙子。高校三年生。
スラッとしたモデル体型の女性……でも中身は人の言い分を聞かないゴミ以下。
『君は明日から顔を見せないでっ!君に会うと心底不快な気持ちになるからっ!』
高校一年の頃、俺は彼女の強い推薦で生徒会書記に立候補した。中学から付き合いのあった彼女は俺を信頼しており、半ばゴリ押し気味で生徒会に当選を果たした。
実際、結構役員の仕事には貢献してきたと思うが、あの事件をキッカケに生徒会を追い出されている。
もう明日から来ないで欲しいと言われ、生徒会長の周りの人間もその意見に同意していた。
そう、全員が俺を追い出したのだ。
嫌なのを強引に誘った癖に……頼りにしてるからと雑用を押し付けやがって。
彼女とは家族でもないし、学年も違うので滅多に顔を合わすことはない。今日会ったのも実に三ヶ月ぶり位になる。
早く卒業してくれと願うが今は7月と先は長い。
「挨拶もなしなのね」
気持ち悪いからしない。
「…………」
「……はぁ……もういいよ」
(自分だって言ってないだろ)
溜め息を吐きながら嫌そうにコチラを睨む。
何かの募金活動をしていたらしく、手には募金箱があり、周りには他の生徒会メンバーも居る。
他の奴らも全員睨み付けてくるが相手にする必要なし。
俺は下駄箱へと向かった。
「………ふん!」
「…………」
背後から生徒会長の気色悪い視線を感じたが、もちろん俺は振り返らなかった。
──────────
下駄箱に到着し、靴を上靴に履き替えようとするが──
──ジャラッ
「…………」
上靴の中から画鋲が大量に出て来る。
「こんな入れたら気付くに決まってんだろ」
俺はその画鋲を掻き集め、それを犯人だと確信している人物の上靴の中に入れ、そのまま教室へと向かった。
「──あっ!亮介!おはよー!」
その声を聞いた瞬間、淀んだ心に光が差すのを感じた。
「おお、おはよう麻衣」
「今日は委員会だったからごめんね?」
「良いよ別に、気にしないで」
走り寄って来たのは同級生の幼馴染で、俺がこの学校で唯一心から信頼している優しい女の子だ。
家も隣同士で名前を中里麻衣という。
今日は委員会活動があるので登校時間が合わなかったが、普段は登下校共にしている。
彼女は母さんと一緒で、俺を信じてくれた数少ない人物の一人だ。学校で孤独にならず居られるのも全て彼女が居てくれたからこそ……母さんと一緒で俺の恩人。
栗色の短い髪で綺麗な体型。
胸も大き過ぎず、小さ過ぎず、バランスが取れている。
近寄ってくれるだけで、どんよりした気分を吹き飛ばしてくれる元気で優しい女性だ。おっとりとした目元で可愛らしい容姿。格好は地味だが彼女は誰よりも輝いてた。
『俺はほんとにやってないんだ……』
『当たり前だよ!絶対に亮介はそんな酷いことしないって分かってる!!それなのにクラスのみんなも亮介の家族もおかしいよ!!』
家族から否定された直後だけに本当に嬉しかった。
あの時は出張で母さんも家に居なかったから、俺をいち早く信頼してくれたのは麻衣という事になる。
……実のところ、それまでは仲が良い幼馴染程度の関係だったが──今は心から信頼できる大切な存在になった。
母さんは家族として、麻衣は一人の女性として大好きだ。
「今日は遅いねー?」
「寝坊だよ、寝坊!」
「マヌケだねぇ〜」
「言い過ぎだよ」
麻衣の前では声色も変わってしまい、ついつい優しい口調になる。
彼女が同じクラスで本当に良かった。
「…………」
「どうしたのー?」
「いや、なんでもないよ」
──俺は麻衣に気付かれないように、自分の椅子にばら撒かれた画鋲を取り除いた。
(幼稚なことをするなよ、麻衣が気付いたら悲しむだろ)
その件に触れる事なく麻衣との有意義な時間を過ごした。
────────
「ちょっとあんたっ!」
「………」
ホームルームが終わったタイミングで、面倒くさい女が絡んで来たが、俺は無視して本を読む。
「無視すんじゃないわよ!」
「…………」
机を叩かれても反応してやらない……だって嫌いなんだからな。
相手は髪の長い金髪のヤンキー女。桐島文香。同級生で歳は同じ。スタイルはいいんじゃないの?──興味ないけど。
この高校の入学式で出会い意気投合した。
出会って浅かったけど、趣味も同じだったり、好きなアーティストが一緒だったり、好きな芸能人が一緒だったり、とにかく何かと気が合う女だった。
純粋に遊んでて一番楽しかったのがコイツで、桐島本人も同じ事を言っていた。
『てめぇ……屑野郎だったんだなっ!』
なのにそう言って俺を殴ってきた。
その時は精神的に参ってたから何もしなかったが、今同じことされたらやり返してやる、屑女。
因みにコイツが上靴に画鋲を仕込んだヤツ。
俺に画鋲を返されたから逆ギレしてるっぽい……ダサッ。
ヤンキー女はギャーギャー喚き続けるが、こちらも無視を続ける。
すると痺れを切らしたのか、顔を真っ赤にして俺の胸ぐらに掴み掛かって来やがった。
「調子のんなしっ!」
「………ッ」
殴られた時はやり返そうと拳を握り締める。
「や、やめてっ!」
「………ちっ!」
しかし、殴られるよりも早く麻衣が掛けつけた。ヤンキー女は麻衣を睨みながら立ち去って行く。
麻衣が来てくれて良かったな。
「はぁ〜……だ、大丈夫……?」
「大丈夫大丈夫……むしろ大丈夫?」
「……も、もちろんよ!」
怖かったんだろうに……麻衣は震えてる。
そういえば最初に殴られて以降、桐島には殴られた事なかったっけ?
野生の勘というヤツか……お陰で正当防衛が成立しないからコッチから手出し出来ないんだよ。
「怖かっただろ〜、よしよし」
「あ、頭撫でないでっ!」
俺は授業が始まるまで麻衣を宥める。
周囲からクラスメートの刺すような視線を感じた。
しかし、今更どんな目で見られようがどうでも良いし、麻衣も全く気にする素振りはない。
この一年、嫌というほど浴びせられた眼差しだから。
「………ッ」
その中には当然、桐島文香も含まれているがそれこそどうでも良かった。
────────
『……触わらないで!汚らわしい!』
妹だった女に言われた言葉を思い出す。
この後、渚沙は俺が触れた手を消毒し始めて……この出来事が何より一番堪えた。
そしてもう本当にダメだとも分かった。
『お前なんか居なくなれば良いのに……』
これは姉だった者の言葉。
ショックで本当に家出したら探してもくれなかった。
そして俺を見付けてくれたのは母さん。
探してくれたのは母さんと麻衣……そして麻衣の両親の四人だけだった。
麻衣の両親は優しい……俺の事を信じてくれている。
『赤の他人の子供なのにどうして?』
そう聞いたら──
『ずっと幼い頃から見て来たよ。だから亮介くんは女性に暴行したりしないって信じてるよ』
『そうよ。家に居づらかったらウチの子になりなさい。麻衣も必ず喜ぶわっ!』
うちの両親より10歳も歳上で、もう直ぐ50歳だと最近嘆いてる二人。母さんが居なかったらこの家の息子になりたいと本気で考えた筈だ。
俺はこの夫婦が大好きだ。
──そして俺が家出から帰った時、姉と妹が玄関で待っていた。もしかして心配していたのかと微に希望を抱いたが──
『ふ、ふん……人に迷惑を掛けて……お前みたいな弟が居て私は恥ずかしいっ』
『お、お兄ちゃん……別に帰って来なくて良いのに』
『……………そうか、それは悪かったな』
この瞬間、俺は全てを諦めた。
──────────
「じゃあ帰ろー、亮介!」
「おう!」
放課後、俺はいつもの様に麻衣と帰路を歩く。
「あ、委員長!サヨナラ!」
「………うん」
麻衣の挨拶に委員長の女性は嫌そうに返した。
俺の所為で麻衣も腫れ物のように扱われている。
俺みたいに中傷されてる訳じゃないが、麻衣と好んで接しようとする人間は誰も居ない。
巻き込んでしまった事が申し訳なくて仕方なかった。
でも、俺に関わるなとはどうしても言えない……麻衣だけは手放せないんだ。
そんな自分が情けなく思えた。
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