第9話 ナザル伯爵

 僕とギンが冒険者ギルドに行くと、そこにはメアリーが執事と一緒に待ち構えていた。そして、僕達はメアリーに連れられて王都の観光をすることになった。王都観光を終えた僕達が、ナザル伯爵の館に行くと応接室に通され、そこにメアリーとナザル伯爵がやってきた。

ナザル伯爵は僕にいきなり質問してきた。



「シン君。君は一体何者かね?」



 突然の質問に僕は焦った。



「君には悪いが、部下に命じて我が領地クチマシティーの冒険者ギルドで君のことを調べさせてもらったよ。」



 もしかしたら、ガンジ達に話を聞いたのかもしれない。そう考えていると、ナザル伯爵が言ってきた。



「君は魔獣の巣窟と言われているあの森の奥で、一人で生活していたんだよね。ガンジとかいう冒険者達から話を聞いているよ。それに、キングベアを討伐してそれを空間収納に仕舞ったそうじゃないか。」



“どうしますか?シン様。この場から転移で逃げますか?”


“いいや。この国の伯爵に知られてしまったんだ。もう隠せないよ。”



「君が僕に言った話は嘘だったのかね?どうして嘘をつく必要があっただね?」


「正直に話しますね。ナザル伯爵。」


「ああ、頼むよ。」


「ですが、僕がこれから話すことが大勢の人達に知られたら、僕はこの国を出て他の国に行きますよ。それでもいいですか?」


「大丈夫だ。ここにいるのは私とメアリーだけだからね。秘密は守るさ。」


「シン君。私も誰にも言わないよ。」



 ナザル伯爵は自分の領地であるクチマシティーに使いを出して、僕のことを調べたのだろう。僕は、自分の能力やギンのことは隠したままにして、ある程度のことを説明しようと考えた。



「わかりました。実は僕は気が付いたらあの森で倒れていたんです。自分が何者でどこから来たのかも知りません。ですが、家の中にあった本に『シンへ』と書かれていたので、自分の名前がシンということだけはわかりました。」


「そうだったのか~。それはいつのことなんだね?」


「今から3年ほど前です。」


「なら君は10歳にもならない時から、あの魔物の森に一人でいたのかね?」


「そうですね。でも、一人で生きていくのは大変でしたよ。今より小さかったですからね。魔獣に殺されずに生きていくことで精いっぱいだったんです。でも、その本の中にこの国や世界のことが書かれていたから、大分知識は身につきましたよ。」


「なるほど。だが、魔法が使えるのはどうしてなんだ?」


「自分でも気づかないうちに使えるようになっていました。多分、生き残ることに必死だったからかもしれません。」



 すると、メアリーが悲しそうな顔で言った。



「シン君。大変だったのね!」


「確かに大変だったけど、でも楽しかったよ。何をするのも自由だったからさ。」


 

 ナザル伯爵が真剣な顔つきで聞いてきた。



「ところで、どれくらいの魔法が使えるのかね?」



 魔法の本に書かれていた内容はここで説明しきれない。また、説明したら大問題になってしまう。



「自分でもわかりません。魔法については詳しくありませんから。ただ、空間収納や火の魔法、水の魔法は使えますね。生活するのに必要でしたから。」


「そうかね。」


「攻撃魔法は使えないのかね?」


「どうしてですか?」


「私達を助けた時に、君は魔法を使わなかったからね。」


「見ていたんですか~。そうですね。攻撃魔法はあまり得意ではないですね。むしろ、剣の方が好きですからどうしても剣で攻撃してしまいます。」



 なんかまた嘘をついてしまった。ここで、僕が魔法を自重しているだけとは言えない。すると、ナザル伯爵が聞いてきた。



「そうなるとそこにいるギンさんが幼馴染というのも違うよね?」



 やはり、ギンのことについて聞かれた。何と答えようかと悩んだ。



“シン様。やはりこの場から逃げた方がよろしいのではないですか?”



「ナザル伯爵。すみません。ギンも記憶をなくして森を彷徨っていたところを僕が見つけたんです。だから、ギンが何者なのかよくわからないんです。」


「だが、私達を助けた時にシルバーウルフはいたが、ギンさんはいなかったはずだが。」


「はい。先に王都に行かせていましたので。」



 物凄く苦しい言い訳だ。僕が嘘をついていることはナザル伯爵にもわかっただろう。だが、ナザル伯爵の言葉は意外だった。



「そうかい。なら、そういうことにしておこうか。実は、君達の素性を調べたのには理由があるんだよ。」


「理由ですか?」


「ああ、そうさ。太古の昔にこの世界は一度滅びかかったという伝説があるのさ。魔族のせいでね。だから、申し訳ないが、君達が魔族かどうか確認させてもらいたかったのさ。なにせ、魔族は人に化けるのがうまいからね。」


「そうだったんですか?」


「シン君は魔力についてどこまで知っているかね?」



 本の中には魔力の使い方が中心で、魔力そのものについては詳しく書かれていなかった。



「よく知りません。」


「この伯爵家は代々魔力が高くてね。魔力について詳しく調べたようなんだ。そこで分かったことだが、魔力とはエネルギーなんだよ。魔素をエネルギーに変換しているんだよ。ただし、そのエネルギーには善と悪があるんだ。」


「そうなんですか~。」



 僕も初めて知った内容だ。非常に興味深い話だ。



「そうさ。悲しみや憎しみは負のエネルギーを生み出し、喜びや幸せは善のエネルギーを生み出すのさ。魔族はすべてではないだろうが、負のエネルギーを利用する者が多いんだ。」


「なら、人の中にも負のエネルギーを利用する者がいるということですか?」


「そうさ。ただ、そのエネルギーを利用するには魔力量が関係するのさ。君も冒険者ギルドで銅板で確認しただろ?あの銅板で魔力量が測れるのさ。」


「つまり、魔力量が小さければ善でも悪でも魔法の威力が小さくなり、逆に魔力量が大きければ魔法の威力が強くなるということですよね。」


「その通りさ。そこでだ。冒険者ギルドからの報告で、君の魔力量が大きかったという報告があってな。もし、君が魔族であればすぐにでも拘束する必要があったのさ。」


「それでどうでしたか?ナザル伯爵様の判断は?」


「そうだな。君やギンさんからは負のエネルギーを感じないさ。むしろ、神聖なものを感じるくらいだ。」


「僕からですか?」


「ああ、そうだよ。」



 僕は自分が何者なのかわからない。でも、ナザル伯爵からは神聖なものを感じると言われた。自分が何者なのかを知る何か手掛かりになるかもしれない。そう思った。

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