40
ジュー、カチャカチャカチャ……。
卵の焼かれる香ばしい音に続いて、煽ったフライパンとお玉が擦れる金属音。
軽快な料理の音は人間の食欲を刺激する。
それに加え、リズムに乗って俺のテンションも上がってくる。
一時はあんなに面倒くさく、義務感強めだった料理が今はこんなにも楽しい。
だって――、
「今日はチャーハンなんですね、珍しいです」
コンロに向かっている俺の背越しに興味津々な声がする。フライパンの中の白と黄色の演舞をのぞきこんでいるようだ。
「付き合ってからずっと雲来ちゃんには手の込んだ料理を作ってきたけど……逆にぱぱっとした男飯的なのも食べて欲しいなって。手抜きじゃないよ?」
「ふふ、優心くんが料理に手を抜かないことなんて知ってます!」
「よかったよ。さすがに毎日凝ったものを作り続けてるとレパートリーが……」
みつねの心を解きほぐす計画が成功した夜、俺と雲来ちゃんはちゃんと付き合い始めた。
それ以降も、お昼は俺の作った弁当を一緒に食べるのが定着している。
……雲来ちゃんは週末にもウチに来るから、ホントに毎日手料理を振る舞わないといけないのは想定外だったけど。昨今閉店しがちな街の本屋は俺が守る。レシピ本の購入で。
チャラチャラのパーハンを錬成すべくフライパンを振る俺を、雲来ちゃんは後ろ手を組みつつじいっと見続け……完成した瞬間に『わあ』っと小さな歓声をあげた。
毎日毎日俺の料理を食べてるのに未だにこんな新鮮で嬉しい反応をくれるんだ。そりゃモチベしかないでしょ。
一応、役割分担で雲来ちゃんが配膳済みのお皿をテーブルに運んでくれる。3皿。
あ、わかってると思うけどお供えものじゃないからね?
生前にチャーハンを好んでたチャイナご先祖なんて我が家にはいないからね?
「みつねー。お昼できたよー」
「わ、わかった! あと54秒したら下りる!」
「相変わらず計算が細かいなぁ……」
「だってウソは良くない」
「たかだか数秒の申告ズレを嘘とは言わないと思うんですが……」
こういう不器用なところは相変わらず。
でも俺は、最近のみつねに明確な成長をいくつも感じていた。
階段越しで話せるぐらいに大声を出してくれることだってその一つ。
今までは吹けば飛ぶどころか、某乱闘ゲームのメテオぐらいの勢いでどこかへぶっ飛んでしまうほどのか細い声でしか話さなかった。
そして、51秒後。慌てて降りてきたみつねが合流し、3人で食卓を囲む。
「3秒巻きましたね、みつねちゃん! 偉い!」
「雲来ちゃん、みつねに甘すぎでは……?」
「いやいや3秒ですよ? これが陸上の大会なら超絶大躍進じゃないですか!」
家の階段ダッシュは陸上の大会じゃないからなぁ。
「そうだし。あ、アタシ陸上部に転部しようかな」
「そそのかされるのが早すぎるって。詐欺被害RTAやめて?」
「いや、アタシのジョブが『高齢者』じゃない時点でRTAにならんし」
「真面目にwikiすんな」
正面に座るみつねと、いつものごとくボケとツッコミをぶつけ合う。
雲来ちゃんは楽しそうに、でも時々そのスピードについていけない感じで難しい表情も浮かべる。
「いま、めっちゃバスケ部頑張ってるでしょ? 陸上部に転部しちゃダメじゃん」
ホントの話を混ぜて会話の空中戦を終わらせる。
みつねがバスケ部に一段と精を入れ出した――これが目に見えてわかる一番大きな進化だと思う。
「でへ。しょーじき泣く子も黙るほど頑張ってます」
「頑張るの形容にあんまその表現使わんでしょ」
「それぐらい頑張ってるもんねー。あ、雲来ちゃんと兄貴で同時に頭ポンポンしてよ」
「おい甘えの王様。同時にポンポンなんてさぁ……」
「優心くん、私は右手で!」
「ノリノリにならないで⁈」
雲来ちゃんはやっぱり優しすぎるなぁ。
まあこのずば抜けた面倒見の良さが、みつねには嬉しいんだろう。
「まったくもう…………」
彼女がやる気なので、俺もみつねの頭に手を重ねてなでなでした。……ここのところ毎日部屋にこもってバスケの研究をしているし、さっきもきっとそれだ。事実、頑張ってはいる。
「うひひぃ、ありがとうございますお2人ともぉ」
「ふふふ、みつねちゃんはホントに可愛い妹さんですね〜?」
「いえいえ滅相もない〜。お姉ちゃんの手懐け方にまんまとやられただけですよ〜」
「いや変な喋り方になってるからね?」
みつねがここまで雲来ちゃんに懐くとは。
正直、嬉しい誤算だった。
おかげさまで3人の距離がぐっと縮まって、楽しい毎日が送れている。
美味しい料理(自分で言うけど)、ワイワイ楽しい雰囲気、気の置けない大切な人たち……気づけば、俺の毎日はこんなにも彩り豊かになっていた。
と、ほっこりした気持ちで雲来ちゃんの笑う横顔を眺める。ごめん可愛すぎ……はもちろんのこと、この人のおかげで俺の人生は間違いなく好転し始めたのだ。改めて、そういう恩が身に染みていた。
「…………?」
心臓がぴょくりと跳ねる。
机の下で何かがゴソゴソ動いたかと思えば、みつねに見えない位置で俺の手を握ってきたからだ。
しかも恋人繋ぎ?! 不意打ちすぎるって!
「も、雲来ちゃん」
口をパクパクさせて動揺を訴えかけるが、彼女は笑顔を維持したまま何も起きていないかのように振舞っている。
ねえこれ、みつねからどう見られんの?! 急にアウアウ言い出したS級変人だと思われてない?
「じ〜〜〜〜っ」
「あ」
異変を察したみつねは、机の下に頭をくぐらせる。かんっっっぜんに見られた。俺と雲来ちゃんがこっそり手を繋いでいたこと……。
しかもこういう抜け駆けみたいなの、みつねが一番嫌がるはずで。
自分の知らないところで、兄である俺がたぶらかされているのに不安定なはずで……。
「あ、アタシ用事思い出した」
「よ、用事?」
「うん。部屋のPCに水やるの忘れた。枯れちゃう」
「…………ごめん、意味がわからん」
PCに水やる用事なんて聞いたことないぞ。
枯れちゃう、じゃねえよ壊れるだけだろ。
「用事は用事。ということで、一旦上がりまーす」
みつねは手をひらひらさせて、階段を上がって行った。
その表情がやけに爽やかで、俺は察する。
――俺と雲来ちゃんが手を繋いでいるのを見て、わざわざ2人の時間を作ってくれたのだと。
(いつからそんな芸当ができるように……っ!)
これは1本とられた。いや100本ぐらいとられた。俺が他の人と仲良くするのを、嫉妬深く睨んでいた狂犬が、とうとうそれを応援してくれるまでに……。成長したなあ、みつね。お兄ちゃん泣いちゃうよ。
「2人になりましたね、優心くん」
期待まみれの眼差しを向けられる。
その視線が俺にやるべきことを自覚させる。
(もう逃れられないな)
腕を伸ばす。その間に雲来ちゃんを挟み込む。
むにゅっと柔らかい感触。お互いの体温がぐちゃりと肌を介して混ざり合って、彼女がくすぐったそうに表情を崩す。
「俺は雲来ちゃんに出会えて良かった」
照れを隠すように、強気に言う。
雲来ちゃんは『はい』と聞き分けの良い子供みたいに俺の発言に納得してくれている。
「私もです。だーいすき、優心くん!」
彼女の笑顔が弾けると同時に、俺の理性もぱあぁんと音を立てて破裂した。
重なった唇は雲来ちゃんの体どころではない柔らかさで……あれ、甘くはない。
初キスは果物の味とか言うけど。
「ふふふ、これからも私とたぁくさん美味しいものを食べましょうね!♡」
初めてのキスはチャーハンに入れた……ニンニクの匂いだった。
「ふふ……ふふふっ!」
それがなんとも俺たちらしく、互いの唇をはむはむはむと美味しそうに食みながら――この幸せが永遠に続けば良いのに、と思った。
【あとがき&お知らせ】
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
少しでも楽しいひと時を提供できていたら幸いです。
お知らせ①ペンネーム変更……火粉(ひのこ)に改名。ゴロが気に入ったのと気分転換です!
お知らせ②新作投下……
『学園一無口なあの子が、胸を揺らしたダンス動画でこっそり承認欲求を満たしてた』
クーデレ系物静かヒロインの、俺だけ知ってる大胆な姿。
地味子ちゃんが恥ずかしながら踊って胸を見せるギャップがに悩殺寸前!
是非、ご覧ください!
いっぱい食べる大森さん、俺の弁当を横からつついてくる。〜俺に胃袋掴まれたふわふわ天然美少女がデレまくってくる〜 夢々ぴろと @HIROTO_Genesis
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