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驚いている。みつねと雲来ちゃんのあまりの急接近にだ。
ロールキャベツを食べ終えた後も、2人で胸キュンシチュエーションを妄想したり高校と中学校の違いなどをネタに永遠に語らっていた。
みつねの話し方はまだまだ不器用でぶっきらぼうなところもあったけれど、面倒見の良いお姉ちゃんからするとそれも愛嬌だったみたい。
そして、今のみつねは史上最大級に隙だらけで。
「ふやあ…………」
「寝顔、すっごく安心してますね?」
「うん……。こんなスッキリした顔、いつぶりだよって感じ」
そう、眠りの世界に落ちてしまったのだ。
しかも雲来ちゃんの膝枕の上というおまけ付き。
寝るということは完全に無防備になるということ。生物学的に一番弱い状態を晒せるぐらいには、雲来ちゃんへの信頼感が生まれているらしい。作戦が成功してホントに良かった。
「優心くんに似て可愛い寝顔だなぁ」
「……っ」
みつねの髪を撫でながらさらりと言う。
さらりと言うから、本音だと確信させられる。
まるで我が子を育てる夫婦のような穏やかな空気が部屋に充満する。
そこで雲来ちゃんは思い出したように、こう訊いてくる。
「私がみつねちゃんばかりにかまってたとき、ホントに妬いてたんですか?」
からかうというより単純に気になっているようだ。
まああの雰囲気だと、みつねの笑いを誘うために努めてイジられ役を演じていたと見られてもおかしくない。
ただ悪いが、俺もかなりの問題児である。
大好きな人が自分ではない他の人ばかりに愛想を振り撒く――みつねが感じていたのと同じであろう寂しさを、正直抱いていた。
「……うん。マジだよ」
少し照れ臭く、ドアのほうを向きながら声だけを発する。
死ぬほど甘えたくなってた。でも好きな女の子の前で女々しいところは見せたくない。
と、最後の意地を張っていた俺に、
――つんつんつん。
指先で肩甲骨が優しくつつかれる感触。
思わず振り返ると、そこでは雲来ちゃんが両手を広げて待っていた。
知らない間にみつねはベッドの上に横たえられ、ご丁寧に掛け布団まで被っている――ばっちり熟睡のままでお世話をする必要はない。
ということは、つまり。
「私、好物は最後までとっておくタイプなんです」
俺のターン……?
しかも好物ってか? ショートケーキで言うイチゴみたいな扱いってことだよね。
「……いいの? 今の俺、正直相当甘えたゲージ溜まっちゃってるけど」
制服のワイシャツの皺、女の子座りから覗かせるスカートと黒タイツの間の絶対領域。
雲来ちゃんと相対し、思わず生唾が出る。
制服JKが『甘えにおいで』と両手をウェルカムしてくれているのだ。
その破壊力たるや、超巨大隕石級。
「もう、逆にいつならその甘えたゲージが収まってるんですか?」
「や、やかましいかも……。こんなの雲来ちゃんといたらずっと収まんないよ……」
だって死ぬほど可愛いもん。それに彼女の抱擁力は、いくらでも甘えていたくなる不思議な居心地の良さがある。
と、俺が童貞丸出しのヘナヘナ発言で雲来ちゃん欲を漏らしているところで。
「別に収まらなくていいです〜。私が優心くんのこと、ずっと甘やかしてあげますから!」
柔らかく微笑んで、俺の手を静かにとった。
頸動脈がどっくりどっくりと騒ぎ出して、緊張感が伝わらないかとさらに緊張する。
が、その血流は荒れ狂う波のように俺という船を突き動かす。
よくよく考えたら、みつねとの計画を実行する前に打ち合わせ済みだったじゃないか。
俺たちが好き同士であること。すべてが上手くいったら目一杯イチャイチャしよう――付き合おうと。
「雲来ちゃん…………っ」
「ふふ。甘えたがりのお兄ちゃんは私がいくらでもなでなでしてあげますね?」
文字通り彼女の胸に飛び込み、すべてを解き放つかのように顔をコシコシ擦りつける。
少し獰猛な愛情表現だが、雲来ちゃんはちっとも引かずにその大きめの体で受け入れてくれる。
やわらかいしすっごく温かい…………。
お母さんのお腹の中ってこんな感覚なんだろうか、知らんけど。
「こっほん、改めて聞きます」
俺に胴体にしがみつかれたまま、雲来ちゃんが仕切り直した。
改めて、ということは以前の約束の続きだろう。
「優心くんのこと、ずーっとそばで甘やかさせてくれますか?」
「な、なにその独特の告白……。めっちゃ俺のことを甘やかしたい人じゃん」
「だって事実ですし!」
雲来ちゃんはからりと笑って続ける。
「私、優心くんのことをすっごく頼りがいのある男らしい人だと思ってました。……というか、好きになったきっかけがそれなんですけど」
赤裸々すぎて顔が熱い。
仲良くなり始めた当初、そういう目で見てくれていたんだ。
「自炊とかもできるしマメだし……みたいなこと?」
「その通りです。同い年なのに年上みたいに、色々できちゃうところを尊敬してました」
誠実な声音で言いつつ、雲来ちゃんは俺の胴にも手を回してくる。俺の強めのハグを受け止めているだけだった状況から一転、割れ物に触れるかのように優しく体を抱き返してくれた。
「でも、優心くんのご家族の事情を知って。寂しさを抱えながらもずっと自分を奮い立たせて頑張っていたんだと気づきました」
おでこ同士がぴったりくっつく。互いの息遣いや体の熱がこれでもかと伝わってくる。
好き……、好き好き好き大好き……っ。
なにこの可愛い女の子……。
「こんなへにゃへにゃの私にさえ『守ってあげなきゃ』と思わせたんだから優心くんは相当なクセモノですよ?」
「だよね。雲来ちゃんもホントは甘えたいタイプだと思ってるし」
「そうですよ。わがままのせいでお腹もぽちゃってるんですし」
「…………でも俺は雲来ちゃんにずっとこのぐらいの身体でいて欲しいかな。男として」
「………………優心くんのえっち」
いてててて。胴に回っていた手が、静かに俺の脇腹をつねった。
ちょっと調子に乗りすぎたな。
雲来ちゃんが満更でもなさそうなのが唯一の救いだ。
そして彼女は一旦息をついて、冷静にさせた思考で、俺への純な想いを口にする。
「今は……、うん。優心くんと2人で支え合って生きていきたいな……なんて思ってます」
「それもう結婚じゃん⁈ スケールが膨らみすぎでは⁈」
「さ、さすがにまだ早いです……っ!」
まだ、ってことはゆくゆくはそういうのも視野に入れているのと同じでは?
「わ、私が優心くんに美味しいご飯でお世話してもらうだけじゃなくてしっかりと甘えさせてあげたい……そう、うぃんうぃんですよ! うぃんうぃん! そういうカップルになりたいということです!」
それも『支え合う』って言葉のうちだよな、うんうん。
「……うん、こちらこそこれからもよろしく」
夕焼けでつくられた2人の影が、混じり合って1つになった。
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