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 雲来ちゃんの差し出したロールキャベツを受け入れる。

 それは文字通りではあるが――みつねが彼女に心を許したのと同義だった。


「ゆ……優心くんっ!!!! みつねちゃんが! みつねちゃんがご飯を!!!」

「いや初めての育児中みたいに⁈ そんなに驚かなくても!」

「だって、まさか食べてくれるとは思ってなくて……!」

「そ、それはそうか……。正直、これは俺からしても大事件だよ」


 まさかあのみつねが他人様のご飯を進んで食べるとは。

 それどころか、無防備に口を開けてあーんをさせてやるなんて。


 ウチの狂犬が可愛いわんころに変わった瞬間やで、ホンマ……。


「お、美味しいですか? みつねちゃん」

「…………もっかい」


 まっすぐ前を向いたまま、箸を持った雲来ちゃんの腕をロールキャベツの元へと引っ張る。

 ファイトだ雲来ちゃん! 

 みつねにわがままを言われるってのは相当気を許されてる証だぞ!


「無言でもう一口ってことは、相当気に入ってくれたんですね〜っ⁈」

「し、知らない。アタシは何も言ってない」

「うふふ〜! 言ってなくても態度から伝わってきますよぅ!」

「いいから早くちょーだい。アタシにあーんして」

「はい喜んで〜! どうぞ、みつねちゃ〜ん!」

「……こんなに甘ったれでも変な目で見ないんだ」

「当然ですよ! え、だってシンプルに可愛くないです? こんなピュアな女の子に甘えられたらいくらでもご奉仕してあげたくなります!」


 言いながら雲来ちゃんは再びみつねにあーんをした。

 今度は、もう片方の手をロールキャベツの下に添えて。


 こんなに優しくされたらそりゃオチますって。


「大森さん、ちょーぜつ優しい」

「ホントですか⁈ 嬉しいなぁ!」

「……兄貴ですら、『ワガママな妹だな』とか一言添えてからじゃないとアーンしてくれないのに」

「いやあのさ、ためらいなく実妹にあーんをする兄もどうかと思わない?」

「思わない。お兄ちゃんなんて妹に甘ければ甘いほどいい」

「くっそ! やっぱり思考が少し変わってやがる!」

「いや、でも私はわかりますよ? ケーキと一緒ですよね⁈」

「……多分そう……?」

「微妙な例えでみつねを困らせないで⁈」


 適切なきょうだいの距離感を説いている俺が、なぜか多数決の原理によって押されているのは解せないが、別にいい。

 俺をイジることで2人の結束が深まっているのを感じるからだ。


「大森さん、もっともっと」

「えへへ、がっつきすぎですよー。でもすっごく可愛い」

「あはは〜。大森さん、好き〜……」


 デロデロの顔のまま、ジャージ姿で首だけ突き出してあーんを受け続けるみつねは、完全に雲来ちゃんの軍門に下ったようだ。


 だってよほど心を許していないと、こんなにだらしない姿は見せられない。

 懐へのセキュリティは強すぎるけど入ったら楽勝だな。システムが日本の大学受験と一緒じゃん。


「よーしよーし、私はみつねちゃんが飽きるまでいくらでも甘やかしてあげますからね〜?」

「うん。甘える。いっぱい愛情もらう」

「もちろん大歓迎ですよ〜?」

「……はぁん、大森さん……っ」

「みつねちゃん」

「大森さん」

「みつねちゃん」

「…………お姉ちゃん」


 豊満な胸でみつねを受け止めつつ、頭をなでなでしている。

 もはや羨ましいぞ。2人が急接近しすぎて俺の影が急激に薄くなっとる。


「って今、私のことを『お姉ちゃん』って呼びましたよね?」

「呼んじゃった……イヤだった?」

「いえ、むしろ嬉しいです。ただ――」


 雲来ちゃんの何か言いたげな視線がこちらに向く。

 最上級にバブってるタイミングで呼び名すら変わってしまう。この現象に俺は、よーく覚えがあった。


「誰かさんも、べったり甘えてるときに私のことを下の名前で呼んできたなぁと思って!」

「言わないで雲来ちゃん⁈ 妹の前なんだけど⁈」


 一番言われたくない事実を、一番言われたくない人の前で……っ!

 羞恥プレイにも程があるだろ!


「へぇ。兄貴はお姉ちゃんに甘やかしてもらって、下の名前で呼んでブヒブヒバブバブやってたんだ。豚の赤ちゃん」

「うふふ、私にお顔をしゅりしゅりしてきてすっごく可愛かったですよ?」

「リークの速度がエグい! この歩く週刊誌め……!」

「アタシの前では気丈なお兄ちゃん気取ってたけど、裏では甘えたがりなのかぁ……ふぅん」


 2人のジトっとした視線が突き刺さって、いたたまれない気持ちになる。当方、生まれて一番の大恥。


 すっかり本当の姉妹みたいに仲良くなったみつねと雲来ちゃんは、互いの顔を見やって無言で何かを示し合わせる。

 そして調子よくスキップするような足取りでこちらにズンズン迫ってきた。


「な、なんで近寄ってきたの」

「だって私たちが仲良くしてるとき、優心くんが少し寂しそうにしてましたから」

「し、してない! 良かったなぁ、って微笑みながら見てたから!」

「隠せてなかったぞ豚赤」

「豚の赤ちゃんを略すなみつね! 造語の略語は入り組みすぎだから!」


 感情って顔つきに滲み出ちゃうものなんだなぁ。

 頑張ってポーカーフェイスを貫いてたつもりではあったんだけど。


「ったく、アタシに散々言っておきながら甘えたがりはどこの誰だし」

「あ、兄としての説得力が……」

「いいじゃないですか。甘えたがりのお兄ちゃんって可愛くて」

「それはそうだね。ギャップ萌えする」


 あぁ、俺の頼れる兄貴像……。

 髪をぐしゃぐしゃ掻き乱して喚いていたところで2人は、


「「せーの。甘えさせてあげるよ??」」


 と声を揃えて言ってきた。

 それどころか両手は胸の前で組まれ、上目遣い。媚びるようなデレデレ感はさすがに露骨だったが、いかんせん2人はルックスが強い。


 あ、甘えさせてもらいてぇ……っ!


「……あんな暴露された後なのに、妹の前で甘えてる姿なんて見せられるかっ! 俺は毅然とした強い兄貴! ほらみつね、今日もいつも通りウエイトトレーニング行くぞ⁈」


「焦りすぎて突然スパルタ変異してて笑っちゃう」


「ぬおおおおおおおっ……!」


 テンパる俺を見て平和そうに笑う2人。


 もうこれでいいや。

 俺の弱点は盛大にバラされたけど、隙だらけのみつねの笑顔はどこか不器用で――最高に輝いていた。

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