36
「え、なになに。アタシの食べるとこガン見しすぎじゃない?」
卓の対面に座ったみつねが、ロールキャベツを持ち上げたまま指摘してきた。
げ、様子をうかがいすぎて不信感を与えてしまった。
「そんなに見たいん? 目の前に口持っていってパクパクしちゃろうか?」
「いやそれは汚すぎるでしょ」
「え〜、臨場感抜群だと思うけどなぁ」
「抜群すぎるんだよ! 世界一いらん3D!」
味と感想が気になるだけなんだ。だからとりあえず早く食べてくれ。
と、手のひらで『どうぞ』と促すとみつねは『へいへーい』とおどけてみせた。
こういう気の置けないノリが好きなんだろうな、この子は。
「じゃあありがたくいただきますわ。今日頑張ってお腹ペコペコだし」
言って、みつねはボサボサのロング髪を両耳にかけて戦闘体制に。
ヒョロリとしたシルエットも相まってなんだかコウモリを彷彿とさせる。
「あ〜む……」
そしてみつねは静かに口を開き、小さく薄い体の中にロールキャベツを取り込んだ。
反応はどうだ……?
「…………なにこれ」
「そ、それはどっちの――」
「わかんない?」
難しい。
みつねは感情を顔になかなか出さないタイプだし、今もクールな顔で口角だけが上がってるし……え、口角が上がってる?
「今日のロールキャベツ、まじヤバいよ? ニヤニヤ止まんないんだけど……」
言い切るより前にみつねの手が動き、ロールキャベツを切り分ける。理性ではなく本能で動く、肉食獣のような手捌き。幸せと驚きで目を丸くしつつ、2口3口と加速度的に咀嚼スピードが上がっていく。
「やっば、やっば……」
クールビューティーなみつねがここまで取り乱して感情を露わにする。
十何年兄貴をやっているけど、見たことのない光景だった。
「美味い?」
「見たらわかるでしょ」
「口数減ってるな」
「ごめん。兄貴より夢中になっちゃってる」
「ホントに美味しいご飯の前で人は無力……テレビの食レポとかはぺちゃくちゃ喋ってるけど、こういうのが一番美味しさ伝わるよな」
勝った。
下を向いてロールキャベツに釘付けになっている姿を見て、俺はそう思っていた。
雲来ちゃんすごい。たかだか数週間でここまで仕上げるなんて。
ちょっと前までは料理界のパリコレがあってもドン引かれるぐらいの先鋭的なご飯を錬成してたんだけどなぁ……。
「これ、ホントに兄貴が作ったの? 最近ちょっと落ち混んでるのを見て、友達のシェフにでも頼んだ?」
「友達にシェフなんているかぁ」
「というか友達がいないか」
「正解だよ泣いてやろうか!」
けどこれは種明かしには最適なパスが来たというものだ。
俺は自信満々に、みつねの顔をまっすぐ見据えつつ拍手する。
「さすがだよ、我が妹の舌はすごい」
「急にラスボスみたいな振る舞い方するじゃん」
「感心してるんだ。兄貴の料理とそれ以外をしっかり分別できる妹の舌にね」
「嘘、マジで……?」
みつねとしても例えで作成者をうたがってみせたが、本気で別人が作っていたとは思うまい。だって他にあてがないからだ。自分にご飯を作ってくれそうな。
「誰が作ったと思う?」
「いや、そんなのわかるわけないし……」
舞台は整った。
ここで驚くみつねの虚をついてやれば俺たちの作戦は完璧。
――あとはみつねが、それを受けてどう思うか。
「えへへ。そのロールキャベツ、みつねちゃんに幸せな気持ちになって欲しくて私が作ったんですよ」
2人で視線を送った先には――太陽のような優しい笑顔で微笑む雲来ちゃんが立っていた。俺にはもう、後光が差して天使のようにしか見えなかった。いや何教の最上位存在なんだよって感じだけど。
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