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 そして、作戦決行の日がやってきた。


 俺と雲来ちゃんの目指すのはただ一つ。

 ――雲来ちゃんの美味しい料理でみつねの心を解きほぐし、信用を勝ち取って、味方だと思ってもらうこと。


 みつねの精神衛生的にも、こんな素敵なお姉ちゃんはいたほうが良いに決まってる。


「夜に優心くんのお家に来るなんてドキドキしちゃいますね?」


 決戦の舞台は、有間家。夕食どき。

 部活を頑張ってきたみつねを美味しいご飯で癒してあげる寸法。


 ただ普通に雲来ちゃんが台所に立って料理を振る舞うのでは味気がない。

 というか、色眼鏡で見られたり、場合によってはハナから食べるのを拒否される可能性だってある。


 だから俺たちは、とある小細工を仕掛けた。


「ここに隠れてればいいんですね?」

「ごめんね、ソファの裏なんかで」

「仕方ないですよ。ここで2人のお食事を観察してます。……ま、私が作った料理ですけど!」


 そう、みつねには雲来ちゃん作の料理とは伏せて食べてもらうのだ。

 美味しい料理でご機嫌をとって、後からテッテレーする寸法。

『いま美味しそうに食べてたの、敬遠してた雲来ちゃんが作ったご飯だよ』と。


「か、隠れられる……?」

「い、いけます! ふにゅにゅ……」


 ソファの裏で姿を隠してもらうわけだけど、この狭いスペースに雲来ちゃんは上手く入り込めないみたいだ。

 なんでかって? 雲来ちゃんの名誉のために伏せておこう。彼女もれっきとしたレディーなのだから。


「く、くりゅ……しい……っ」


 どうにか極狭のスペースに体を押し込みきった。

 息は絶え絶えになって窮屈そうに苦悶の表情を浮かべているのが妙にえっちなのはどうしましょうか。


「す、すぐに種明かしまで持っていくようにするから!」

「お願いしますう……」


 漫画だったら目が渦巻きで描かれそうな表情だ。

 こんな苦しいところに長居は無理だな。


 そして、ややあってみつねが帰ってきた。


「おかえり、みつね」

「ただいま」


 あの日から数日はちょっとギクシャクした感もあったけど、もう平常運転だ。

 みつねにとっての唯一の味方は俺な訳で。頼るしかない、というのが彼女の実情なんだろう。


「部活お疲れ様。今日は練習どうだったの?」

「なんかいっぱいボール触った」

「説明が大雑把すぎる……」

「いやいや。バスケ部――というか体育会系の部活で、1年生がボールに触れることなんて少ないんだから。今日は充実してたよ」

「なるほど。じゃあご機嫌も良い?」

「へへ。珍しく」


 なんだかんだ成長を感じて嬉しい。

 もっともっと機嫌を良くさせてあげよう。


「そんなみつねに晩御飯を差し上げよう」

「えへ、待ってた。今日も今日とて一番の楽しみ」


 みつねを机に座らせ、その間に鍋に火を入れる。

 あらかじめ作っていたロールキャベツを温め直し、お皿によそって彼女の待つ食卓へと運ぶ。


「にやぁ……」


 擬態語を擬声語にしてしまうぐらいにはみつねのテンションは上がっていた。


 食欲をそそるトマトベースの海の中で、堂々とセンターを張るお肉の爆弾。

 キャベツの青、トマトの赤、肉塊の茶。


 黄金比としか言いようのない完璧な配色が視覚から胃袋に語りかける素晴らしい見た目。


「いつもと作り方変えた? これ」

「ま、まあね」

「えへへ。よく気づいたっしょ。いつものも当然美味しいけど――今日のはちょっとレベルが違うかも」


 つかみは完璧だ。みつね専属シェフを長年やっていた身からするとちょっとビミョーな気持ちにもなるが、そんなことより雲来ちゃんすげえ。


 この会話を聞いて、鼻の下伸ばしてるんだろうな。


「どうぞ、食べて」

「よっし、いただきまーす」


 さあ勝負だみつね。今日のロールキャベツはいつもと違うぜ。

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